2019年

11月

2019/11/7 石川素童禅師百回遠忌 總持寺「中興」能登から移転の偉業


石川禅師晋山時を再現した神輿のパレード(3日) 曹洞宗大本山總持寺は2~5日、独住4世である石川素童禅師(1841~1920)の百回御遠忌法要を厳修した。總持寺を石川県輪島市から神奈川県横浜市鶴見区に移転した功績から史上唯一「中興」と称えられる遺徳を偲び、全国の門末寺院や檀信徒、地域住民が報恩感謝の誠を捧げた。

 石川禅師は大正4年(1915)11月5日に總持寺に晋山。それに合わせた5日の御正当法要は江川辰三貫首の親修により営まれた。江川貫首は法系上、石川禅師の3代後の直系の弟子であり、大祖堂前には「住持法孫比丘辰三」と揮毫された角塔婆も建立された。江川貫首は表白で、石川禅師が大雄山最乗寺の興隆に尽力したことや、能登の總持寺の大火からの復興、曹洞宗の将来を見据えて東京近郊に移転を成し遂げた功績を深く鑽仰した。

 鬼生田俊英宗務総長以下内局一同、釜田隆文・全日本仏教会理事長ら宗門関係要路だけでなく、「京浜四大本山」として交流を深めている浄土宗増上寺・日蓮宗本門寺・真言宗智山派川崎大師からも焼香があった。御正当に先立つ献香諷経では大本山永平寺の福山諦法貫首が焼香師を務め、挨拶で移転事業を「大英断」と評した。石川禅師は明治時代に発生した總持寺と永平寺の紛擾の解決に尽力したこともあり、永平寺にとっても重要な存在である。

 地域住民を代表して女優の伊藤かずえさんが江川貫首に慰労と感謝の花束を贈呈。江川貫首もにこやかに「ありがとう」と応えた。

 乙川暎元監院は数多くの寺院の随喜により無事円成となったことに深く感謝しつつ「社会貢献などに、ギアを入れ替えて初心に帰って本山の務めを果たしていきたい」と語った。

2019/11/7  一隅運動発足50周年 アートや演奏で照隅祭 若者世代が山上を荘厳


にない堂前に出現した守護獣「KOMAINU」 一隅を照らす運動発足50周年記念「照隅祭」が2~4日、滋賀県大津市の天台宗総本山比叡山延暦寺で開催された。運動の「実践3つの柱―生命(いのち)・奉仕・共生」をテーマとするカルチャーイベントは、最終日も大賑わい。山上には本やアート作品、演奏などによる「一隅を照らす表現」が満ちあふれた。

 天台宗務庁・一隅を照らす運動総本部の志井浩順次長は「照隅祭」のコンセプトについて、「次代を担う若者と第一線で活躍する人たちに世代を超えて、書籍や歌・演奏、アート作品などで『一隅を照らす表現』をしてもらった」と説明。「これらを通して、来場する方々に『一隅を照らす』意味について考えてもらい、感じていただきたいと思って企画した」と話した。

 東塔エリアにある延暦寺の迎賓館・大書院(通常非公開)では、TSUTAYAがブックストアを展開。様々なジャンルから一隅を照らす運動の活動方針と通底する良書約千冊を選んだ。「奉仕であれば「『お互いさま』や『思いやり』、共生であれば『地球と生きる』などのテーマで選ばせてもらった」(同社担当者)

 西塔エリアの常行堂・法華堂(通称にない堂)の前には、現代美術作家ヤノベケンジ氏が京都造形芸術大学の学生10人と共に制作した「世界を守る守護獣『KOMAINU』」が出現。未来的な狛犬・獅子像に大勢が足を止めた。堂内では同大の学生と一流職人が作った巨大提灯を展示。参拝者は提灯の内側に入り、一隅を照らす灯りに自身の心を重ね合わせた。

 釈迦堂前の特設ステージでは、京都アニメーション制作の人気作品「響け!ユーフォニアム」のモデル校となった京都府立莵道(とどう)高等学校(宇治市)の吹奏楽部が、アニメファンや参拝者など約400人を前に公演。洗足学園音楽大学オーケストラ、女性歌手TRUEさんと一緒にスペシャルライブを披露した。

 公演前には出演者と観客らが、「京アニ放火事件」で亡くなった社員を追悼する黙祷を捧げた。

2019/11/7 サールナート仏伝壁画 修復への協力を訴える

 
木島氏が映像で紹介した漏水による剝離箇所 仏教4大聖地の一つ、インドのサルナート。悟りを開いた釈尊が初めて教えを説いたことから、初転法輪の地として知られる。 同地の初転法輪寺に野生司香雪画伯(1885~1973)が戦前に描いた仏伝壁画に剥離が生じるなど早急な修復が必要となり、10月31日、東京・九段の駐日インド大使館で修復に向けたフォーラム「野生司香雪とサールナートの仏伝壁画」が開催された(主催=野生司画伯顕彰会)。修復は今年度から来年度にかけて行われる。総事業費は5千万円だが(公財)仏教伝道協会から500万円の助成があり、募金目標は4500万円。

 野生司画伯は、昭和7年(1932)から足かけ5年かけて同11年(1936)、東南西3面の壁に「釈尊一代記」を描いた。高さ約4㍍、全長約44㍍もある。現在もインド国内外から多くの参拝者が訪れる。

 フォーラムではサンジェイ・クマール・ヴァルマ大使が「壁画は仏教徒にとってかけがえのない作品。修復されることをうれしく思う」と安堵するように話した。今事業の後援団体の一つ、(公財)中村元東方研究所の前田専学理事長(東大名誉教授)は、恩師である故中村元博士が野生司画伯の絵に惹かれ、生前、「訪れる人の心を和ませて真の道に導きいれてくれるもの。それが野生司画伯が全身全霊を傾けて完成された釈尊の仏伝図である」と話していたエピソードを紹介した。

 インドの詩聖タゴールや仏教復興運動を担ったダルマ・パーラ、岡倉天心(美術家)、荒井寛方(日本画家)など野生司香雪をめぐる幅広い人的交流や作品、壁画を描く経緯と価値について、大木礼子(さくら市・荒井寛方記念館学芸員)溝渕茂樹(元徳島文理大学非常勤講師)シッダールト・シン(インド大使館ヴィヴェーカナンダ文化センター所長)3氏が講演した。

 「(壁画の)降魔成道の図を見たダルマ・パーラは魔女が素晴らしい、と感想を述べた」(溝渕氏)という。また30代にアジャンタ壁画を模写した体験が、サールナートで活かされた。

 修復保全については木島隆康氏(東京芸大名誉教授)が、実際に視察した時の状況や修復方法等を説明した。「ミケランジェロの壁画を見ているような気分」と仏伝壁画を称賛した。コンクリート壁に白地を塗り、その上から日本画の手法で描かれている。随所に亀裂や雨漏りによる剥落と浮き上がりがみられる。「完全修復には2~3年閉じて行わなければならない」とした。しかし、寺院閉鎖ができないため、観光客がいるなかでの作業となる。「日本人が日本画の技術によって描いた仏画だからこそ、日本人の手によって修復、保全していかなければならない」と訴えた。

 修復期間は今年度から来年度の3期2カ年で、延べ74日間を予定。施行は(有)彩色設計。募金窓口は(公財)文化財保護・芸術研究助成財団(☎03―5685―2311)。

【野生司香雪(のうす・こうせつ)】1885年香川県生まれ。父は真宗僧侶。東京美術学校卒。47歳の時に桐谷洗鱗(日本画家)の急死により初転法輪寺の壁画を依頼される。そのほか作品は長野善光寺や大本山永平寺などに納められている、1973年仏教伝道協会より功労賞受賞。1973年死去。

2019/11/7 日韓でIPCR国際セミナー 和解や多文化共生を討論 課題認識しつつ対話重ねる


中国不参加のため日韓で行われた今年度のセミナー(10月26日) 韓国宗教平和国際事業団(IPCR)と韓国宗教人平和会議(KCRP)が主催し、世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会が共催する11回目のIPCR国際セミナーが10月25・26両日、横浜市内の立正佼成会横浜普門館で開かれた。日韓から65人が参加し、2016年以来継続しているテーマ「東北アジアの平和共同体構築のための課題」を討論した。香港デモに対する日韓宗教者への反発から中国宗教者和平委員会(CCRP)は初めて不参加となった。(続きは紙面をご覧ください)



曹溪宗軍宗特別教区副教区長 ソンジン氏に軍活動を聞く
 セッションⅠで、軍隊付き僧侶で曹溪宗軍宗特別教区副教区長のソンジン氏(星観寺住職)が軍隊内での宗教者の活動について発言した。軍にはカトリック、プロテスタント、円仏教と共に曹溪宗など仏教僧侶がいる。従軍宗教者で将校に位置づけられている。(続きは紙面をご覧下さい)

2019/11/14 臨済宗妙心寺派 阪神・淡路大震災25回忌 神戸で「平和・復興の祈り」


小倉管長を導師に営んだ慰霊・平和祈念法要 臨済宗妙心寺派は6日、戦没者を追悼するとともに、震災の復興を祈る「平和・復興のいのり」を神戸市中央区のポートピアホールで開いた。阪神・淡路大震災の25回忌にあたる今年、参加した花園会員ら約900人が被災地・神戸で祈りを捧げた。

 「平和・復興のいのり」が神戸で開かれるのは初めて。「花園会御和讃」が響くなか入堂した導師の小倉宗俊管長が慰霊・平和祈念法要を営み、阪神・淡路大震災の犠牲者をはじめとする全国の災害犠牲者や戦没者を回向。さらに兵庫教区会員が御詠歌「追善御和讃」を奉詠した。

 小倉管長は、震災発生から24年経つが、「被災された人の傷ついた心は十分に癒やされているとは言えない」と強調。「今日のように心を合わせて被災者の苦しみに寄り添うことわれわれの務めだ」と話した。

 栗原正雄宗務総長は、令和に入ってからも自然災害が多発し、多くの人が被災しているとした上で、「私たちは生かされて今ある。当たり前と思わず、おかげさまと受け止める日暮らしができるかが大事」と述べた。

 震災当時、師家を務めていた祥福寺(同市兵庫区)で山門が倒壊するなどの被害を受けた河野太通・龍門寺住職が講演した。冬の大接心が始まって3日目の早朝、講義の準備をしていた。数百羽のハトが近づく羽音のような音に気づいた途端、上下左右に大きく揺れた。裏山から長田区方面を見ると、7カ所から黒煙が上がり赤い炎が燃え出ていた。「まるで消音にしたテレビの画面を見ているようだった」と、発生の瞬間を語った。(続きは紙面でご覧ください)

10月

2019/10/3 京都市北区誠心寺 女性2人で名刹を護持 いろいろな家族の〝今〟に立ち会う


今年の秋彼岸供養。美しい念仏のハーモニーが堂内を荘厳した 観光客で賑わう金閣寺からほど近い京都市北区大北山鏡石町の真宗高田派誠心寺(じょうしんじ)は、女性2人が護持する隠れた名刹だ。副住職の釋(とき)(旧姓・立石)明日香さん(42)は一般家庭の出身。15年前、陶芸の専門学校に通うため同寺に下宿したのが縁で、いつしかお寺を手伝うようになった。昨年1月、子どものいない釋恵子住職(72)の養女に。「まだまだわからないことだらけ」と話しながら、住職と共にお寺を盛り立てている。

 約400年の歴史を持つ誠心寺は、52年前に現在地に移転。本山専修寺京都別院の移転に伴い、別院の塔頭だった同寺も中京区河原町二条から移らざるを得なくなった。

 当時、恵子住職の母親が僧侶となり、寺を切り盛りしていた。だが「女性住職が宗派から事実上認められていなかった時代。30代後半で未亡人となった母は、信頼できる隣のお寺に何十年も代務住職になってもらっていた」(恵子住職)。

 「移転の時、私は中学生。母は苦労していた。200軒以上の墓も移さなければならなかった」。個人から山林を買って、寺を再建。檀家も現在地に墓地を移転した。「母が墓地も一緒に移転しないと檀家は離れていってしまうと言っていた。先見の明があった」

 35年前、「私が九州のお寺の生まれの人と結婚し、夫が住職になった。夫が15年前(平成16年)に亡くなったので、それからは私が住職をしている」。時代は大きく変わり、平成15年の高田派宗議会での承認後、女性も住職になれるようになっていた。

 その頃、明日香さん(当時27歳)が陶芸の専門学校に通うために同寺で下宿を開始。明日香さんは、「釋さん(恵子住職)と私の父の共通の知人である陶芸家から、ここを紹介されたのが縁。それまで特に意識して仏教に触れたことはなかった」と振り返る。(続きは紙面でご覧ください)

2019/10/3 指導的立場の修行僧(評席)が集い研修会 臨済5宗派12僧堂が参加


僧堂運営について話し合った評席ら 僧堂の運営にあたり、修行僧の中で指導的立場にある臨済宗の評席が集まる「専門道場評席研修会」が9月26・27両日、京都市右京区の大本山妙心寺で開かれた。全国から5宗派の12人が参加し、修行僧の人権について学ぶとともに、各僧堂の課題などに関し意見を交わした。

 妙心寺派の8僧堂と円覚寺派・方広寺派・永源寺派・天龍寺派の4僧堂が参加。研修会は妙心寺派の主催で年一回開く。臨済宗では各派の僧堂に掛搭できるため、宗門全体で課題が共有できるよう各派に参加を呼び掛けている。

 栗原正雄宗務総長は開会式で、寺院を取り巻く環境は大きく変わりつつあるとし、「僧侶に対して厳しい目が向けられ、その存在意義も問われている」と強調。「修行に励みながらも、社会と乖離してはならない。研修の中で意見交換し、各僧堂に持ち帰ってほしい」と、僧堂間の交流に期待を寄せた。

 僧堂の運営は師家に任され独立性が高いが、修行僧の指導にあたる評席が集まり情報交換する貴重な機会となる。近年、修行僧の在錫期間が短くなっているのもあり、今回参加したのも22~32歳の比較的若い評席となった。

 経済的に疲弊する兼務寺院の状況などについて講義し、檀家制度だけに頼った寺院運営の課題も述べた上沼雅龍総務部長は、「地域の人と積極的につながり、葬儀以外に必要とされることも大切」と伝えた。さらに、「僧堂はかつて差別の世界とされた時代もあったが、堂々と平等を説き、社会に通じる僧侶の育成を考えてほしい」と語った。

 妙心寺派人権擁護推進委員長で、傾聴活動を行う成徳寺(兵庫県丹波市)の河合宗徹住職は「僧堂での人権」をテーマに講義。かつて僧堂で起きた暴行事件に対し、釈尊が唱えた「天上天下唯我独尊」の言葉を挙げ、「人権宣言そのもの。仏教の基本となる思想だ」と戒めた。

 パワハラやいじめの実態などの説明を受けた上で、「節度ある僧堂運営」に関し評席たちは4人一組のグループに分かれて話し合った。

 「パワハラや暴力は避けるべき」との見解で一致したが、問題につながる感情的な指導を抑制するために、「一人で感情をコントロールするのは難しい。問題が起きると、老師に伝えた上でみんなで解決策を話し合っている」との平林僧堂の対策も紹介された。

 河合住職は「感情に流されそうになったときに、なぜ怒りがあるのか自分を見つめ、頭ごなしに否定せずに相手の苦しみに目を向け、悩みを聞いてあげてほしい」と助言を送った。

 また、高齢者や障がい者への接し方について、「習熟度合いの把握に努め、軋轢が起こらないような指導を心掛けたい」などの意見が出た。性的少数者に対しては、「事前に申告してもらった上で、問題が起きた場合の対処を説明する」「尼僧堂を利用する方法もある」などの考えがあがった。

 参加者らは「ほかの僧堂の実情を知ることができ収穫があった」などと感想を述べ、円覚僧堂の草野彰元氏は「課題が各僧堂で共有でき、いい方向に向かっていると感じる。今後、全体の方針も考えられるよう話し合いを深められたら」と話した。

2019/10/3 日本学術会議が緊急メッセージ 「地球温暖化」に迅速対応迫る 


 日本学術会議は9月19日、「『地球温暖化』への取組に関する緊急メッセージ」を山極壽一会長(京都大学総長)談話として発表。二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの早急な削減が必要だと訴える一方、日本や世界の取り組みのスピードが遅いと嘆いている。9 月 23 日に開かれる国連気候行動サミットに合わせて、発表した。

 談話は「国民の皆さま」で始まり日本国民全体に向けられている。科学的な知見をもとに5項目の緊急メッセージを発表し、地球温暖化対策を訴えている。

 5項目のメッセージにはそれぞれ解説を付し、これまでの研究成果と報告を踏まえて具体的に論述。いくつかの要素によって気候システムの平衡状態急激に変化する「転換点」に達し、1500万年前の超高温の気候に遷移する可能性があるとして、「超高温の気候を人類は未だ経験したことがなく、極めて深刻な影響を被る可能性がある」と警告している。

 2015年12月に採択されたパリ協定では、世界平均気温を産業革命以前に比べて2℃より低く保ち、1・5℃に抑える努力をするとしている。 21世紀末の上昇音温度を1・5℃に抑えることで影響が大幅に軽減されることから、「1・5℃目標」達成のために、国際連携に加え、「国・自治体・企業などが、この目標に向けて、今、率先して取り組む必要がある」と訴えている。

 SDGs(持続可能な開発目標)や将来世代のための取り組みにも言及しているものの、宗教的・倫理的な面からの発言は含まれておらず、こうした点などは宗教界の課題になりそうだ。


「地球温暖化」への取組に関する緊急メッセージ

国民の皆さま
 私たちが享受してきた近代文明は、今、大きな分かれ道に立っています。 現状の道を進めば、2040 年前後には地球温暖化が産業革命以前に比べて「1.5℃」を 超え、気象・水災害がさらに増加し、生態系の損失が進み、私たちの生活、健康や安全が脅かされます。これを避けるには、世界のCO2排出量を今すぐ減らしはじめ、今世紀半ばまでに実質ゼロにする道に大きく舵を切る必要があります。

 しかし、私たちには、ただ「我慢や負担」をするのではなく、エネルギー、交通、都 市、農業などの経済と社会のシステムを変えることで、豊かになりながらこれを実現する道が、まだ残されています。世界でそのための取組は始まっていますが、わが国を含め世界の現状はスピードが遅すぎます。

 少しでも多くの皆さんが、生産、消費、投資、分配といった経済行為における選択を通じて、そして積極的な発言と行動を通じて、変化を加速してくださることを切に願います。我々科学者も国民の皆さまと強く協働していく覚悟です。

緊急メッセージ
1 人類生存の危機をもたらしうる「地球温暖化」は確実に進行しています
2 「地球温暖化」抑制のための国際・国内の連携強化を迅速に進めねばなりません
3 「地球温暖化」抑制には人類の生存基盤としての大気保全と水・エネルギー・食料の統合的管理が必須です
4 陸域・海洋の生態系は人類を含む生命圏維持の前提であり、生態系の保全は「地球温暖化」抑制にも重要な役割を果たしています
5 将来世代のための新しい経済・社会システムへの変革が、早急に必要です
(以下略)
                                  令和元年9月19日
                                  日本学術会議会長
                                      山極 壽一

 
 ライフスタイル 転換も重要要素
 
仏教学者で「宗教・研究者エコイニシアチブ(RSE)」会長の竹村牧男東洋大学学長のコメント

 今、世界では、多くの国家や地域自治体、学会や大学などで、「環境と気候の非常事態宣言」が続々採択されているが、日本ではまだまだこの取り組みが遅れている。そうした中、日本学術会議が先導的な役割を果たしてくれたことは歓迎したい。その緊急メッセージの内容を見ると、科学・技術を駆使することや社会システムの変革を通じて問題の解決に導こうとしているが、消費行動への反省などは含まれていないようである。

 環境問題への対応策として、未来世代への責任を自覚しての、ライフスタイルの転換も問題解決への重要な要素であり、また社会システムの変革の前提に、人文学に基づく人間存在への深い省察が欠かせないのではなかろうか。 

2019/10/10 希望は寺院と墓の存続 日蓮宗が山梨県で過疎地調査 

 
檀信徒に聞き取り調査を行う学生 日蓮宗現代宗教研究所(現宗研、三原正資所長)は9月25日から27日まで、山梨県南巨摩郡早川町で過疎地域寺院に対する檀信徒の調査を実施した。静岡大学地理学研究室の協力により町内の3集落で学生が檀信徒に聞き取り調査を行い、檀信徒から寺院への思いを聞いた。多くの檀信徒が菩提寺の存続を望み護持に協力する一方で、墓の継承者が決まっておらず、集落の外へ移転を検討する世帯も出始めており、寺院護持と信仰継承の課題が明らかになった。

 昨年3月の定期宗会で中川法政宗務総長が過疎地域寺院対策に言及したことを受け、同年9月に広島県で調査方法などを試行するパイロット調査を実施し、過疎地域寺院の調査に着手した。

 現宗研は1989年に過疎地寺院に関する調査報告書『ここまで来ている過疎地寺院 あなたは知っていますか?』を発表。当時の調査でも近隣に総本山身延山久遠寺があり、〝祖山のおひざもと〟と言われる早川町を対象地域の一つとしており、約30年ぶりの調査となった。

 昨年に続き、過疎地域の研究で知られる中條曉仁・静岡大学准教授(日蓮宗僧侶・現宗研嘱託)が協力し、ゼミ生9人が参加。約30人の檀信徒から世帯構成や住職・寺院の役割、墓や仏壇の継承者はいるか、など19項目について聞き取り調査を行った。

 茂倉集落の檀家男性は「人が少なくなれば、護持は大変になるが、残った者でやるしかない」と語り、「住職はよくしてくれているが、自分もいずれは甲府かどこかの町に移り住むかもしれない。お墓を移すことも考えなくてはいけないと思っている」という。

 総代を務める雨畑集落の檀家男性も集落から外へ出た住民がおり、「私の代だけでも3、4軒が墓じまいをした。なるべく集落に墓を置いておくように話している。この規模の集落では(転出は)まだ少ない方だと思うが…」と現状を話した。

 調査に協力した檀信徒は70代から90代と高齢者が多く、子や孫の世代は他の地域に転出している。中條准教授は全ての過疎地の共通課題として、親と子の世代が離れて生活する〝家族の空間的分散〟を挙げ、寺院との関わりでは「これを克服できないとこれから寺院は厳しい。次世代の檀信徒と寺院・住職がどうつながっていくか。今後は信仰の継承がより重要になる」と指摘する。

 現宗研では、他地域に転出した子の世代について、スマートフォンでも調査に回答できるシステムを採用し、調査の協力を呼びかけている。今月25日には、東京都大田区の宗務院で開催される教化学研究発表大会で、中條准教授が調査の中間報告を行う予定だ。

 日蓮宗では宗会議員などで構成される過疎地寺院対策委員会でも先日、石川県で調査を実施しており、過疎地寺院の現状把握に努めている。

2019/10/10 手塚「ブッダ」紙芝居に 仏教伝道協会が制作し配布 全国の幼保2425園に無償で


紙芝居『ブッダ』後編の表紙 (公財)仏教伝道協会(BDK/木村清孝会長)が漫画の神様・手塚治虫の名作『ブッダ』の紙芝居を制作。全国の仏教系幼稚園・保育園に無償配布することになり、1日に東京都港区の仏教伝道センタービルで紙芝居の寄贈式と紙芝居ショーが行われた。

 幼児や小学生にブッダの一生をわかりやすく理解してもらうことを目的に手塚治虫の名作漫画『ブッダ』を紙芝居化。BDKが保有する野生司香雪画伯の『釈尊絵伝』のパズルも作成し、全国の仏教系幼稚園と保育園2425園に無償で配布する。紙芝居の制作は㈱漫画家学会、監修は手塚プロダクションが行い、前編・後編(各15枚)の二部構成で完成した。

渋谷画劇団による紙芝居『ブッダ』ショーも行われた贈呈式 贈呈式では桂紹隆理事長が「素晴らしい紙芝居を作成いただいた。日常の保育や仏教教育に活用されることを期待している」と挨拶。(公社)日本仏教保育協会(日仏保)、浄土真宗本願寺派保育連盟、(公社)大谷保育協会、浄土宗保育協会、曹洞宗保育連合会、高野山真言宗保育連盟、日蓮宗保育連盟へ、紙芝居とパズルが贈呈された。

 日仏保の髙山久照理事長は「子どもは環境に働きかけながら色々なものを獲得していくが、視聴覚教材は子どもにとって大変に大事な環境の一つ」とし、「仏教保育を通じて、子どもたちにいのちの大事さを伝えることを使命としている。紙芝居とパズルを充分に活用し、命を大事にし、思いやりのある豊かの心を持った仏の子を育ててまいりたい」と謝意を示した。

 監修した㈱手塚プロダクションの内藤出さんは、手塚治虫が『ブッダ』を描いた際に、「宗教を描くことは精神的に辛く、ブッダを描くのは一つの修行だったと言っていた」というエピソードを紹介。現在では多くの小学校図書館にも所蔵され「小学校へ仏教を普及」する一助になったことから、「手塚治虫は亡くなるまで漫画は子どものために描いていると言っていた、と聞いている。今回の紙芝居化もきっと草場の陰で喜んでいると思う」と話した。

 贈呈式後には渋谷画劇団による『ブッダ』紙芝居ショーも行われた。

2019/10/10 庭野財団が世論調査結果を発表 宗教への評価高まるも 教団との関係は希薄化


20年間の継続調査の分析結果を発表する石井教授 立正佼成会の外郭団体である(公財)庭野平和財団(庭野浩士理事長、東京都新宿区)は9月30日、京都市内で世論調査「日本人の宗教団体への関与・認知・評価の20年―1999年・2004年・2009年・2019年の世論調査から」の分析結果を発表した。20年間の継続調査から、「宗教団体への評価やイメージが高まった」一方で、「進行する宗教離れ」が明確化。特に「神棚・仏壇の保有率」が大幅に低下し、「神棚はない」が50%台から62・3%に、「仏壇はない」が40%台から50%になった。

 2019年調査は6月に実施。満20歳~70歳代の男女4千人から、個別面談で1203人の有効回答を得た。

宗教への容認と無関心

 国學院大学の石井研士教授(宗教学)が、分析結果を発表。「『寺社への参拝』(29・8%)『お守りやお札』(27・8%)が微妙ではあるが、増加傾向にある。特に伝統的な宗教行動が残っている町村ではなく、人口の多い東京都特別区で増えている。一方で都市部での檀家・氏子意識ははっきりと低下している」と指摘し、「この(一見、矛盾する)傾向には注意しておきたい」と述べた。

 「易や占い」への関心は微減(6・8%)で、「(十数年前の細木数子ブームなどは)易ではなく違うものへの関心だったのだろう」との見解を示した。

 「具体的な宗教団体との関わりは」との問いでは、過去70%台だった「(宗教団体の奉仕・慈善活動、政治活動などに)『参加したことはない』」が81・3%に達した。

 「寺社、新宗教団体が持つ社会的役割」では「地域社会の交流や安定に貢献している」が20年前の21・5%から33・6%、「災害時の救援・ボランティア活動」が10・7%から19・1%に増加。「宗教団体の政治活動」では「宗教団体が特定政党を支持する」ことなどを容認する回答が増えた。

 「宗教団体への税制上の特別措置」では、「特別措置は必要ない」が20年前の53・8%から40・5%に大きく減少するなど「容認」が増えた。

 さらに石井教授は「宗教に対する評価や認知はかなり良くなったが、宗教団体が関わる宗教活動とは別の社会貢献活動に(一般市民が)参加するかというと、〝関わりたくない〟という意向が強い」と指摘。容認層増加の背景に、宗教団体への無関心層の増加を読み取った。

 その上で、「本当の深い宗教文化が拡散し、希薄化していくことを危惧している」と憂慮。「情報の中から自分に合ったものを集め、都合のいいように解釈する(宗教者を介在させない)宗教の自己理解(が蔓延している)。これは情報と消費に大きく左右されている」と分析した。
 
 調査の詳細は財団HP(https://www.npf.or.jp/)に掲載されている。

2019/10/17・24日合併号 比叡山延暦寺 大書院初公開で特別展 鬼太郎と妖怪の七不思議

 
「旭光の間」を荘厳する妖怪たちの日本画。 伝教大師1200年大遠忌記念「ゲゲゲの鬼太郎と比叡山の七不思議展」が12月8日まで、天台宗総本山比叡山延暦寺(滋賀県大津市)の大書院で開催されている。延暦寺の迎賓館である大書院(特別保存建造物)は通常非公開で、一般公開は今回が初。堂内には、比叡山の七不思議として伝えられてきた妖怪たちと鬼太郎らの出会いを描いた日本画約20点を展示。拝観者は鬼太郎らに導かれながら、ちょっぴり怖い妖怪巡礼を堪能できる。11月1~5日は休館。

 七不思議の伝承に登場する妖怪や亡霊たちが集結。夜な夜な山内を巡回して不真面目な者たちを懲らしめる「一つ目小僧」(出没場所=総持坊)、織田信長の比叡山焼き討ちに際し大講堂鐘楼の鐘を撞いて急を知らせた「なすび婆」(南光坊跡)をはじめ、「大勢の女の亡者」(船坂)「一文字狸」(にない堂)「大蛇」(龍ヶ池)らが拝観者を出迎える。特に、ほの灯りに照らされた「旭光の間」は圧巻。東塔・西塔・横川に点在する七不思議スポットのスタンプラリーもある。

下は「なすび婆」(出没場所=南光坊跡)  作品を制作した豊和堂㈱の山田晋也・代表取締役は平成21年、延暦寺大講堂に織物掛軸「釈迦悟涅槃図模様」を奉納。伝統的な日本画とアニメキャラクターの融合など革新的な取り組みも行っている。今回は「鬼太郎と妖怪が比叡山で浄化される」イメージで描き、「新たに継承される仏画を感じてもらえたら」と抱負を語った。

 延暦寺の今出川行戒・参拝部長は、「ただ大書院を公開するのではなく、アート作品も展示したいと考えていた」と述懐。「比叡山の七不思議は逸話として昔から伝えられてきたが、絵画などはなかった。今回初めて鬼太郎とのコラボで、連作の〝七不思議絵巻〟ができた。大書院の素晴らしい建物と合わせて楽しんでほしい」と話した。

 拝観料は大人・中高生千円、小学生無料(延暦寺巡拝料別途)。

2019/10/17・24日合併号 浄土宗議員選挙 77人立候補、新人4割 進む世代交代 7区で選挙戦


 任期満了に伴う浄土宗の宗議会議員選が10日、告示され、定数70に対し、現職46人を含む77人が立候補した。約4割にあたる31人が新人で、そのうち16人が無投票当選し、世代交代が進んだ。47選挙区のうち宮城、東京、岐阜、滋賀、京都、兵庫、長崎の7選挙区で選挙戦となっている。投票は26日。

 宮城(1、以下カッコ内の数字は定数)はいずれも新人の東海林良昌氏と太布基雄氏が立候補。東京教区(6)では現職6人に新人の水野佳昭氏が挑む。岐阜(2)は元総長公室長で6期のベテラン、浅野義光氏と新人の松野秀成氏の一騎打ちとなった。

 前回に引き続いて選挙戦となったのは滋賀と京都。滋賀(4)では、大本山金戒光明寺(京都市左京区)の法主に就任した久米慶勝氏のほか、現職2人が引退。残る現職の鶴野重雄氏以外、4人が新人となった。京都(5)でも現職の武田和清氏と土方了哉氏の2人を上回る4人の新人が出馬した。

 兵庫(2)は前議長の小栗賢亮氏と新人2人が立候補。長崎(1)では現職の安藤光宣氏に新人の深町光洋氏が挑戦する。

 今回の選挙は立候補者のうち約4割が新人。無投票当選が決まった40選挙区のうち16人が新人となり、世代交代が進みそうだ。

 5期務めた議長の木村弘文氏(京都)をはじめ、大本山光明寺(鎌倉市)の執事長に就任した里見嘉嗣氏(神奈川・6期)や近江隆寛氏(岩見・5期)、井澤隆明氏(山形・4期)といったベテランが引退。いずれも3期の時田敏孝氏(福島)や和田典雄氏(長野)、横井皎因氏(滋賀)、池田正顕氏(鳥取)のほか、宗務役員の杉山俊明氏(千葉)も退いた。

 無投票で初当選した秋田の小林俊道氏は昭和63年(1988)生まれの30歳。同じく無投票当選し9期目を迎える最古参の村上眞孝氏(伊勢)が平成元年(1989)に38歳で初当選して以来、平成の30年間をまたいで令和元年に再び30歳代の議員が誕生した(紙面では全立候補者を掲載)。

2019/10/17・24日合併号 真如苑 サーブ先遣隊が被災地へ 8カ所で130人の避難者を受け入れる


洪水により崩落した橋(佐野市、真如苑提供) 台風19号の日本上陸に際して真如苑は真澄寺別院(山梨県)をはじめとする8カ所の精舎で合計約130人の避難者を受け入れた。14日からは真如苑救援ボランティア・SeRV(サーブ)の先遣隊が被災地域での情報収集を開始し、支援活動の準備を進めた。

 真如苑は11日に「台風19号対策本部」を立ち上げ、食料や水などの備蓄をそろえる全国100カ所以上の精舎で避難者の受け入れ準備に着手。そのうち防災協定を結ぶ精舎の一つである山梨県河口湖畔の真澄寺別院は、富士河口湖町からの依頼を受け精舎を開放、53人が避難した。

 サーブ先遣隊は長野県長野市・東京都世田谷区・神奈川県川崎市・栃木県佐野市・埼玉県川越市にそれぞれ派遣。サーブ長野は14日に行われた社会福祉協議会の情報共有会議に出席した。

 サーブ本部は14日から16日にかけて世田谷区・川崎市高津区・佐野市・長野市で現地確認を行い、特に佐野市では、堤防が決壊し泥水が押し寄せてきた状況や避難場所に多くの人が残っていることを確認した。

 サーブ本部とサーブさいたまは16日に川越市に赴き、川越・東松山・坂戸・入間・さいたまの5市にボランティアセンターが開設されていることを確認した。

 今後も情報収集を続けつつ、ニーズに沿った支援活動を展開していく予定だ。

2019/10/17・24合併号 台風19号 150カ寺以上被災 水没や土砂崩れなど 各教団情報収集に努める

 
決壊した宮城県大郷町の吉田川の濁流にのみ込まれる曹洞宗糟川寺。墓石や仏像も流された(13日、国土交通省北上川下流河川事務所提供) 大型で強い勢力を保ったまま日本を襲った台風19号は12日から13日にかけて猛威をふるい、東海から中部、関東、東北にかけて甚大な被害をもたらした。台風が去った後の洪水も相次いだ。河川の氾濫で浸水した寺院も少なくない。各教団では広域にわたる寺院の被害状況の把握に努めている。仏教タイムスが各教団に取材したり、HPで確認したところ5教団で150カ寺以上が被災している模様だ。今後さらに増えると見られる。(紙面では、浄土宗・本願寺派・大谷派・曹洞宗・日蓮宗の被害情報を掲載)

2019/10/31 台風19号 始まった復旧・復興 長野市・宇都宮市レポート

 
 台風19号被害からの復旧作業が各地で行われているが、追い打ちをかけるように25日には大雨によって再び千葉県と福島は洪水や土砂崩れに見舞われた。復旧・復興への道は険しく、長期化しそうな被災地もある。

千曲川氾濫で浸水した長野市の玅笑寺。境内には大量の土砂が流れ込んだ。僧侶ボランティアなどが後かたづけに協力した(長野市)【長野市 千曲川】 13日未明、豪雨で増水した千曲川は長野市北部で危機的状況となっていた。消防団の半鐘がガン、ガンと鳴り、地域住民に危険を知らせた。だが堤防は決壊し、濁流が一帯を覆った。10日後の23日、川沿いの寺院を取材した。

 長野市の市街地はすでに水もなく、普段の生活を取り戻していた。しかし国道117号線からリンゴ畑を超えて屋敷地区に入ると、浸水で損壊した家具や家電製品などが集積されている。曹洞宗林光院の駐車場にもそういった粗大ゴミがうずたかく積まれていた。林光寺は外観は大きな被害はなさそうであったが、本堂の中には様々な書類が乾燥のため並べられており、庫裏の床板は浸水のために剥がされていた。

 そこから数分歩くと真宗大谷派西厳寺。境内に長野県社会福祉協議会のボランティアセンターが机を設置し、ボランティアの受け付けをしていた。社協職員は「西厳寺さんのご厚意で境内をお借りしてボランティア受付の拠点としています。多い日だと120~130人の登録があります」と話す。ボランティアに入っている僧侶もいると教えられた。西厳寺は多忙のようで話を聞くことはできなかったが、寺院が拠点となるのは心強いだろう。

 西厳寺付近にいくつかの寺院があるが、片付け中だった真宗大谷派勝念寺の中澤義広住職が取材に応じてくれた。本堂の床はほとんど剥がされ地面が丸見えになっていた。「これを見てよ、もうお朝事だってできないよ」と嘆息する。庫裡や書院も同様に床上浸水で畳や床板が台無しになっており「とりあえず石灰撒いて、乾燥させるしかない」と、扇風機をフル稼働させている状態だ。本尊だけは中澤住職が必死で2階に運んだ。

 「こんな水害ははじめての体験。伊勢湾台風の時だってこんなにひどくはなかったみたい」という。門徒も1人亡くなった(長野県全体の死者は3人)。「気の毒なのは門徒さんの家。背の高さくらいまで水が来た家もあって、ほとんどのお宅では仏壇が駄目になっちゃった。漆だから下手にいじると剥がれちゃうし」と慮る。寺の中も湿気と土ぼこりまみれなので「娘がアレルギーだから困っちゃって。家の中でもマスクしなきゃいけない」とこぼす。

 「うちは一人で何とかなっていて、ボランティアさんの助けを呼んではいない。もっとひどいところを助けてほしいから。これから北(決壊地付近)に行くなら覚悟したほうがいい」と話した。(続きは紙面をご覧下さい)

青年会の有志による支援が続く清巌寺(宇都宮市) 【宇都宮市 田川】 広範囲に被害をもたらした台風19号。栃木県宇都宮市では、市の中央を南北に流れる田川が氾濫した。JR宇都宮駅からほど近い、寺院が密集する寺町が洪水に襲われ、墓地の水没や庫裡、客殿の床上浸水などの被害にあった。

 駅から徒歩5分ほどの天台宗宝蔵寺(黒﨑寂深住職)では、寺の裏にある墓地が田川と隣接しており水没する被害にあった。表の山門は坂の頂上付近にあり、一段高い本堂や庫裡などにも幸い被害はなかったが、水はすぐそこまで来ていた。「まるで波打ち際のようだった」と黒﨑住職は話す。

 雨風が止んだ13日午前。水没した墓地の状況を見た黒﨑住職と寺族は途方に暮れた。風が強い台風だと聞いて準備していたが、「水が来たのは想定外でした。その時は水も引いておらず、どうすればいいのかと、ため息しか出ませんでした」。

 とにかく何か始めなければと石材店に相談。水が引いた14日頃から墓地の泥をかき出す作業を始めたが、終わりが見えない状況だった。

 ここで宗派の青年会が支援に来たことが精神的にも大きな助けになった。前住職夫人は「仏青の方たちがすぐに来てくれて18日には墓地の通路が通れるようになった。感謝しかありません。色々な人のおかげで力づけられ、目標が見えたことで初めて前向きになれました」と感謝した。

 塔婆や桶などの漂流物の問い合わせを受けるなど、対応に追われた黒﨑住職は、「今できることは何か」と考え、墓地の状況や復旧の様子を写真に撮り、檀家に郵送して知らせた。「県外のお檀家さんなどにも〝安心した〟との声を頂きました。もし停電していたら、それもできなかった」と振り返った。

 宝蔵寺から田川に沿って少し進むと日蓮宗妙正寺と浄土宗清巌寺の2カ寺が見えてきた。宝蔵寺と同様に両寺の裏口や墓地も田川と隣接している。

 清巌寺では、墓地だけでなく、客殿も浸水していた。山門には大量の災害ゴミがあり、畳も80枚近く積み上げられていた。寺院の災害ゴミは一般の後に対応するのが市の方針であるため、回収はまだ先になるという。

 同寺でも復旧作業に宗派の青年会が活躍。地元の浄土宗青年会の動きは迅速だった。13日朝にはSNSで情報提供や支援を呼びかけ、取材当日も地元の青年会のほか、千葉からも青年僧が駆け付けていた。特に水を吸った畳は想像以上の重さになるため、4人がかりでようやく1畳を運ぶほどの重労働だった。(続きは紙面をご覧下さい)

2019/10/31 布施浄慧化主が晋山 総本山智積院 学山の歴史と使命を継承

 
輿に乗って金堂に向かう布施化主 真言宗智山派総本山智積院(京都市東山区)で16日、布施浄慧・第72世化主(同派管長)の晋山傳燈奉告法要が営まれた。本坊大玄関から輿に乗って境内をお練りし金堂に入った布施化主(85)は、本尊宝前で傳燈奉告文を奉読。優れた僧侶を輩出してきた学山智山の歴史と人々の救済に尽力する学侶の使命に言及した上で、「特に心を致すところは、相承法流の護持、宗祖大師教学の鑽仰、教化活動の活性化、宗祖大師ご誕生1250年慶祝諸行事の円成なり」と重点目標を掲げた。

 法要の前に、広範囲に甚大な被害をもたらした台風15号・19号で亡くなった人々を追悼。被災地の早期復興を祈念して、参列者全員で黙祷を捧げた。布施化主も傳燈奉告文で、「本日この厳儀に当たり、かたや東日本大震災をはじめ、近年多発する事件事故、自然災害による被害者の境遇を案じつつ、今ここに法燈継承と微志を開陳、謹んで曼荼羅界会に啓白し上(たてまつ)る」と表明した。

 式典では、真言宗各派総大本山会・真言宗長者の田代弘興・豊山派総本山長谷寺化主が祝辞。「深く大師の教学を研究され、智山講伝所を通じて事相の研鑚を積まれ、後進の指導に努め」てきた布施化主の功績を挙げ、「真言宗の拠り所としてご活躍されることを」と要望した。

 智山派教区代表会の池田英乘議長は、「宗団の発展と総本山智積院の護持興隆のため努力、精進致す所存」と表明。「ご教導賜りますようお願い申し上げる」と懇請した。

 総本山智積院総代の大槻俊介氏は「碩学の誉れ高い化主猊下をお迎えでき、誠に心強い」、布施化主の自坊である吉祥院(埼玉県久喜市)総代の飯島誉夫(よしお)氏は「私ども檀信徒の誇り」と喜んだ。

 芙蓉良英・智積院寺務長(同派宗務総長)が謝辞。布施化主の教導を仰ぎながら、「誰もが平穏な生活をおくれる社会の実現を目指して一層の精進、努力を惜しまぬ決意」と誓った。

 続いて晋山祝賀会を市内ホテルで挙行。宗内外から約450人が出席し、真言宗智山派の新しい歴史の幕開けを祝した。

2019/10/31 仁和寺・知恩院 天皇陛下即位の慶祝法要を厳修

 天皇陛下は22日、皇居で「即位礼正殿の儀」に臨まれ、即位を宣言された。天皇陛下は、おことばの中で「憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います」と述べられた。即位礼には三権の長をはじめ各界代表、191の国や国際機関の元首や代表など1999人が参列した。総大本山などでも慶祝法要が営まれた。

京都御所紫宸殿を移築した金堂での法要(仁和寺) 【仁和寺】 天皇陛下が内外に即位を宣言する「即位礼正殿の儀」が行われた22日、皇室ゆかりの旧御室御所・真言宗御室派総本山仁和寺(京都市右京区)で慶祝法要が厳修された。江戸初期に京都御所の紫宸殿を移築した金堂(国宝)で、一山僧侶と大勢の参拝者が心を合わせて慶賀の祈りを捧げた。

 平安前期に光孝天皇(本願天皇)の発願によって仁和4年(888)に創建された仁和寺は、第1世門跡の宇多法皇以来、明治維新まで皇子皇孫が歴代門跡を務めてきた筆頭門跡寺院。現在に至るまで、皇室の安泰と世の平和を1130年以上祈り続けてきた。

 移築前は京都御所の紫宸殿だった金堂。仁和寺の本堂であるのと同時に、宮殿建築の粋を今に伝えている。慶祝法要の導師を務めた瀬川大秀門跡は、「かつて紫宸殿だった時、即位の礼がこの中で執り行われていた。そうした歴史のある金堂で、皆さんと一緒に(御即位の)お祝いを申し上げることができた。これ以上の喜びはない。令和が平和な時代であることを祈念している」と述懐。広範囲に及んだ台風の被害で亡くなった人々を追悼し、被災地の復興を願った。

 「奈良からたまたま来た」という女性は、「この前来た時には時間がなくて観音堂にお参りできなかったので、今日来た。即位の日は知っていたが、(仁和寺で)法要があるとは知らなかったので感動した」と話していた。

 参拝者には、「第百二十六代天皇の御印(おしるし)」とされる「梓(あずさ)」の文字を記した記念散華(揮毫=瀬川門跡)が手渡された。

玉体安穏、天下泰平を祈念した伊藤門跡(知恩院) 【知恩院】 「即位礼正殿の儀」が執り行われた22日、京都市東山区の浄土宗総本山知恩院で慶祝法要が営まれた。天皇陛下の即位を記念する限定御朱印が配布され、参拝者が長い列をつくった。

 法要は伊藤唯眞門跡を導師に営まれた。表白では、法然上人の8つの大師号と下賜された天皇陛下の名を読み上げ感謝を表した上で、玉体安穏や天下泰平を祈念した。

 法然上人の滅後、元禄10年(1697)に下賜された大師号は、500年遠忌の宝永8年(1711)以降、50年ごとの遠忌に加謚されている。直近の大師号は8年前の「法爾」(平成23年、800回忌)。
 
「天下和順」と書かれた限定御朱印は先着500人に配布。和順は昭和36年に贈られた大師号でもある。

「名号松」の植樹も
 法要後には来春の御影堂落慶に向け、御影堂前で「名号松」の植樹も行われた。

 名号松は、南無阿弥陀仏の6文字を表すように、根元から幹が6本に分かれたマツ。かつて御影堂前に植えられていた2本の名号松は、修理を前に2011年末に納骨堂近くに移植。今回、新たに名号松2本が植樹された。非常に珍しいマツで、全国各地を探した小林造園(京都市北区)が寄贈した。

 植樹したのは、いずれも高さ約2・5㍍のクロマツとアカマツの若木。勤行した後、参拝者が見守る中、伊藤門跡がクロマツに土をかけた。

9月

2019/9/5 平和なしに発展なし アフリカの新たなビジョン2019国際会議 

学生や宗教者、ビジネスマンなど850人が参加した 立正佼成会・聖エジディオ共同体(ローマカトリック)・上智大学の共催による国際会議「アフリカの新たなビジョン2019」が8月31日に東京都千代田区の上智大学で開催された。28日から30日まで横浜で開催された政府主催の第7回アフリカ開発会議のパートナー事業であり、アフリカ各国の首脳陣も演壇に立った。

 セッション1では、立正佼成会次代会長の庭野光祥氏が昨年5月に開催された第1回「アフリカの新たなビジョン」の成果を振り返り、日本・アフリカ・イタリアの3者が協力してアフリカを発展させることは「世界に蔓延する自国中心主義へのアンチテーゼ」と位置付けた。「差別と格差が広がる中、憎悪と不信の壁を破ることができるのは、世界の苦しみを自分の事と考えられる人を一人でも多く増やすこと」であるとし、諸宗教協力の重要性も呼びかけた。

 中央アフリカ共和国のフォースタン・アンシャンジュ・トゥアデラ大統領は「私たちのアフリカは多くの危機に直面している。政治、治安、自然災害など」と苦境を訴え、「平和がなければ社会や経済の発展は望めない。だから平和が必要なのです」と平和構築への協力を切望した。同国は武装グループによる暴動が長年続き、全人口の4分の1が国外への非難を余儀なくされる、深刻な状況にある。

 世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会総務部長の篠原祥哲氏はリンダウ大会の成果をもとに発表。政府間協議は国益の調整が大きな目的だが、「国益の調整だけに偏ると自国ファーストの風潮を過剰に招く」とし、強い者がより豊かになり弱い者がより貧しくなる不公正が加速することを懸念。寛容と慈悲を根本とする宗教が仲立ちとなり、政府と一般市民との対話(トラック1・5協議)の架け橋となっていくことが必要とした。(続きは紙面をご覧ください)

2019/9/5 「死刑をなくそう市民会議」設立 弁護士や宗教者ら参加

設立集会で死刑廃止を訴える平岡元法務大臣 死刑廃止に取り組む弁護士や研究者、宗教者らにより今年6月に発足した「死刑をなくそう市民会議」の設立集会が8月31日、東京都千代田区の明治大学リバティホールで開催された。共同代表の一人の平岡秀夫・元法務大臣は「日本は死刑を廃止しなければならないし、いつか必ず廃止されると信じている」と訴えた。

 同市民会議は、3年前に「2020年までに死刑廃止」を掲げた日本弁護士連合会(日弁連)の宣言が機縁となって設立。日弁連の菊池裕太郎会長は「多くの方々、団体と連携して死刑廃止に取り組んでいく。その中核となるのがこの市民会議」だと話した。

 日弁連前会長の中本和洋氏が講演で死刑反対の理由を提示。①日本では明治6年(1873)の太政官布告以来、140年以上も死刑の執行方法が絞首刑であり、憲法が禁ずる残虐な刑罰にあたる。②冤罪の可能性が避けられないため、刑の執行は取り返しがつかない。③人は変わり得る。罪を反省した者を殺すべきなのか、と説明した。

 共同代表の「死刑をとめよう」宗教者ネットワークの柳川朋毅氏(カトリック)などが登壇したシンポジウムでは、柳川氏がローマ教皇が「死刑は受け入れられない」との立場を表明していることを紹介し、「教皇が今秋来日する話があり、死刑廃止の流れとしても期待している」とした。

 鼎談では、真宗大谷派教学研究所元所長の玉光順正氏、作家の中山千夏氏、明治大学名誉教授の金山明生氏(死生学・宗教民俗学)が登壇。

 中山氏は現在の死刑廃止運動は自身が関わり始めた「数十年前と一緒」だと述べ、結果的にそれほど前進していないと嘆息。これを受けて玉光氏は、運動が進むためには仏教の基本である「自分で考える」ことが大事だと指摘し、死刑について考えてもらうよう「我々は他の人に伝えているか。それがこの運動に欠けている。それだけ、我々は分断されている」と自戒を込めて語った。(続きは紙面でご覧ください)

2019/9/5 ロボットコンテスト日本大会決勝 裾野光明寺が3位 世界大会へ

 
日本大会で3位入賞し喜ぶチーム裾野光明寺。左が松岡住職 世界の小中校生がロボットプラグラミングを競うロボットコンテストの世界大会(WORLD ROBOT OLYMPIAD)の日本決勝大会が8月25日、兵庫県西宮市の関西学院大学で行われ、静岡県裾野市の曹洞宗光明寺(松岡広也住職)のチーム「裾野光明寺」が小学生レギュラーカテゴリー、エキスパートの部で3位入賞。これにより11月にハンガリーで開催される世界大会に出場することが決まった。

 来年2020年から小学校で必修化されるプラグラミング教育。光明寺では2年前から小学生を対象にしたプログラミング教室を開講。松岡住職が講師となり、レゴで組み立てたロボットに様々な動作を指令するプログラミングを学ぶ教室を月に2回開いている。

 大会に出場した「裾野光明寺」は小学生3、5、6年生の3人からなるチーム。7月23日に行われた静岡県沼津予選会を勝ち抜いて、全国40地区を勝ち抜いたチームが出場する決勝大会に3年連続で進出。「世界大会に行こう!」を目標に、生徒たちも自主的に準備に取り組み、大会では自律型ロボットでテーマに沿ったミッションをクリアする「レギュラーカテゴリーエキスパート」の部で世界大会に出場できる3位入賞を果たした。

 11月の世界大会は厳しい勝負になるとのことだが、チームは動画サイトYouTubeなども参考にしながら、プログラミングの向上に励んでいるという。一方で「大会のためだけの教室ではない」と松岡住職。仏教青年会の活動で他国と交流してきた自身の経験からも、「子どもたちには国際交流もしてほしい。色々な国の人と知り合うことが財産になる」ともう一つの〝ミッション〟も設定している。世界大会には子どもたちの顔写真が入った名刺を作成して臨む予定だ。

2019/9/5 九州北部豪雨 武雄市・長泉寺の本堂が崩壊

 
屋根が崩れ落ちた本堂(長泉寺提供) 九州北部を襲った猛烈な雨で広範囲にわたり冠水した佐賀県武雄市で8月28日、臨済宗南禅寺派長泉寺(瀧川大雄住職)の本堂などが倒壊した。けが人はいなかった。

 裏山が崩れ、土砂と倒れた木が本堂になだれ込んだ。納骨堂・白雲殿と位牌所も倒壊した。崩れた本堂の屋根が庫裏にも被害を及ぼした。崩落の危険はあったが、信行前住職が建物に入ると、がれきに埋もれ停止した時計の針が「午前5時半」を指していた。

 「創建から660年で初めてのこと」。信行前住職によると、昭和30年代に土砂崩れで位牌所の壁が損壊。平成3年の台風で木が倒れるなどの被害も経験したが、災害で壊滅的被害を受けたとの記録はないという。現在の本堂は昭和3年に建て替えたもの。

 自衛隊が救援に訪れたが、二次被害の恐れもあり復旧作業は進んでいない。

 「自然が意見を吐いた」。自然の猛威を目の当たりにし、信行前住職は鈴木大拙の言葉が浮かんだ。「万物の発生もみんな心と栄西禅師は説かれた。私の心掛けが悪かったせいだ」。そう力なく語った。

佐賀県内に被害集中

 8月27日から続いた九州北部豪雨で各宗派の寺院に被害が相次いでいる。

【曹洞宗】3日現在、宗務庁に寄せられた被害報告では、佐賀県江北町の竜沢寺で境内地の崩落、武雄町の円応寺で裏山の崩落、朝日町の満徳寺で境内地崩落と伽藍の破損、白石町の法泉寺で境内地の崩落が発生している。白石町では朝元寺、広雲寺、世尊院で床下浸水の被害もあった。檀信徒の被害も多数あるものと見られる。
 北方町の永源寺は27日から30日まで避難所となった。30日からは佐賀県曹洞宗青年会が多久市でボランティア活動を開始、曹洞宗婦人会も支援に動き出している。

【日蓮宗】3日現在、宗務院福祉共済課に寄せられた報告では、佐賀県の佐賀市・唐津市・杵島郡で計7カ寺に被害があった。内、5カ寺が床下浸水の被害。水害による孤立が1カ寺。断水被害1カ寺。被害額が100万円を超える場合、一部損壊として宗門の支援があり、引き続き、被害の申告を呼びかけている。

【本願寺派】佐賀県内の7カ寺に被害があった。武雄市内の3カ寺で本堂や庫裏、納骨堂の床上・床下浸水があったほか、境内地に泥が流入するなどした。白石市の3カ寺と佐賀市の1カ寺で墓地が冠水した。
 山口県下関市の1カ寺で裏山が崩れ、本堂が損傷した。
 社会部災害対策担当は8月28日に福岡教区に土嚢袋を送付。同30日に佐賀教区にタオル500枚を送った。

2019/9/12 和空プロジェクト 法隆寺門前に初のホテル

関係者がテープカット 奈良県斑鳩町の世界遺産・聖徳宗総本山法隆寺に向かう南大門前の参道沿いに門前宿「和空 法隆寺」が8日、「世界でいちばん法隆寺に近い宿」としてオープンした。茶道・華道・書道・香道などの和文化が体験できる初の宿泊施設。2年後の聖徳太子1400年御遠忌を前に、参拝客の増加が期待される。

 宿泊施設がなかった今までの斑鳩町は、日帰り・通過型の観光地だった。町は地域活性化のために滞在・宿泊型の観光地になることを目指し、平成26年に条例を改正。今回が規制緩和第1号のホテルとなった。宿坊研究会代表の堀内克彦氏は、「日帰りであわただしく参拝するという従来の形から、ゆっくり時間を使って広い法隆寺を拝観できるようになった」と話した。

寝室 宿坊「和空 下寺町」(大阪市天王寺区)・宿坊「和空 三井寺」(滋賀県大津市)に続き、「和空 法隆寺」の企画・運営を担当する株式会社和空プロジェクトの熊澤克己代表取締役は3日の記者発表で、「国内外に斑鳩の里の魅力を発信する拠点になれば」と抱負。荒井正吾・奈良県知事は、「門前の賑わいを作る」取り組みに期待感を示した。

 設計・施工は積水ハウス株式会社。2階建・2棟で60室・定員141人。1泊2食付で1万8500円(税別)から。地元食材を用いた料理は、北新地「神田川」店主・神田川俊郎氏の監修。問い合わせは同宿(電話0745―70―1155)。

2019/9/12 奈良・大本山興福寺の新貫首に森谷英俊氏

森谷貫首 奈良市の法相宗大本山興福寺の貫首(代表役員)に、森谷(もりや)英俊氏が1日付で就任した。「教学の増進と境内の史跡整備を進めてまいりたい」と抱負。「天平の文化空間の再構成」事業を引き継ぐことを表明した。平成元年から6期30年にわたり貫首として天平伽藍の復興に尽力した多川俊映氏は、8月31日付で任期満了により退任。寺務老院(責任役員)に就任した。

 森谷貫首は昭和24年 9月28日生まれ。群馬県出身。法政大学法学部卒。昭和55年10月に興福寺入寺。同58年に録事。平成元年に責任役員・執事。同3年に慈恩会竪義加行成満。興福寺子院大聖院住職に就任。同13年に興福寺執事長。同16年に山田寺住職兼務。同26年に興福寺副貫首・湘南別院院主。著書に『阿修羅を究める』(共著・小学館)『興福寺のすべて』(同)『寺院と仏像のすべて』(共著・フジタ)『唯識―こころの仏教―』(共著・自照社出版)『新古寺巡礼 興福寺』(共著・淡交社)など。

2019/9/12 日本仏教看護・ビハーラ学会シンポ ケアに「資格」は必要か 臨床宗教師らが討論

様々な形で医療や福祉に関わる仏教者たちがケアの課題を考察した 日本仏教看護ビハーラ学会(若麻績敏隆会長)の第15回年次大会(佐藤雅彦大会長)が8月31日から2日間にわたり、東京都港区の浄土宗大本山増上寺で行われた。大会テーマは「仏教から『いのち』のケアを問い直す」。2日目には「病む人々を支える仏教者の活動」と題し、臨床宗教師、臨床仏教師、スピリチュアルケアワーカー、チャプレン、ビハーラ僧が、ケアの課題を討論した。

 シンポジストは臨床宗教師の打本弘祐氏(龍谷大学教授)、臨床仏教師の吉水岳彦氏(東京都・浄土宗光照院)、スピリチュアルケアワーカーの大下大圓氏(岐阜県・高野山真言宗千光寺)、チャプレンの小西達也氏(武蔵野大学教授)、ビハーラ僧の樺澤賢正氏(新潟県・真言宗豊山派金剛光寺)。それぞれが活動の歴史や展開、養成プログラムなどについて紹介した。

 新潟県の長岡西病院緩和ケア病棟のビハーラ僧である樺澤氏は昨年4月に「仏教者ビハーラの会」(長岡市仏教会が基盤)から選出されて「専任ビハーラ僧」として同院に勤務。ビハーラ僧は資格認定はないが、「先輩が培ってきたものを受け継ぐ」「患者さん第一のお坊さん」であることが重要とし、「医療者とチームを組む。患者さんだけでなく、患者さんが何を要求しているかを特に知っている看護師さんや医師に声をかけられやすい人であることが大事。そのためにいつも暇そうに存在していたい」と話した。(続きは紙面でご覧ください)

2019/9/12 環境非常事態を宣言 宗教・研究者エコイニシアチブ、温暖化警告し対策を要請

宣言を読み上げる山本良一・東大名誉教授 宗教者と研究者が協力して環境危機を克服し人と自然の調和を目指す活動を行っている「宗教・研究者エコイニシアチブ(RSE)」(会長=竹村牧男・東洋大学学長)は7日、東京都文京区の東洋大学で第10回宗教と環境シンポジウムを開催。その中で地球温暖化に警告を発する「環境と気候の非常事態宣言」を採択し、政府機関の早急な取り組みを要請した。

 環境非常事態宣言をするよう日本政府や各自治体に働きかけてきた地球環境学者の山本良一・東大名誉教授(RSE副代表)によると、日本では環境経営学会、自身が会長を務めている環境プランニング学会に続いてRSEが学会として3番目だと説明した。「RSEの夏合宿で文案を練ったもの」だと言い、他の宣言を踏襲しつつ、宗教的な視点を加えている。

 シンポの中で山本氏は、気候非常事態宣言をめぐる世界の動きを報告。今夏のヨーロッパ熱波では40度を超える都市が続出。国家として気候非常事態宣言を出したのは19カ国に達し、世界の900以上の自治体が宣言。「日本の自治体で宣言したところはない。今月(9月)に出す予定の自治体はある」とした。

 山本氏はさらに、昨年8月、スウェーデンの国会前で15歳(当時)の少女が一人で気候ストライキを始め、全世界に広がっていることを紹介。5月には125カ国180万人の青少年がストライキに参加した。フランシスコ・ローマ教皇やカンタベリー前主教も賛同し、これを支持していることから、日本宗教者の行動に期待を込めた。「この9月20日には全世界で気候一斉ストライキが呼びかけられている。大人も巻き込んで、数百万人規模になるだろう」と話した。

 その上で山本氏は「子どもたちの要求は何か。科学者の警告を真剣に受け止めて危機を回避するよう大人、特に政治家が動かなければいけないと訴えている」と解説し、科学者や大人の対応を強く促した。そして宗教者をはじめ来場者に環境非常事態宣言への支援を訴えた。(「宣言」の文面は写真をクリックしてご覧ください)

2019/9/19 真如苑シンガポール イスラム教の行事で交通整理ボランティア


 真如苑シンガポールは8月11日、同地区のモスクで行われているイスラム教の犠牲祭(ハリラヤハジ)に際して交通整理ボランティアを実施。地元メディアなどで報じられ、注目を集めた。

 アブドルラザク・モスクは、年々信徒の増加に伴い、収容人数を超えることがしばしばあった。近年では、モスクの信徒が交通整理し、モスク前の道路を一部封鎖して儀式のために活用していた。しかし交通整理をすると儀式に参列できず、祈りを捧げることができないという悩みがあった。

 真如苑では、近隣地域で行われている人種宗教間交流懇談会(IRCC)の場でこうした悩みを耳にして、ボランティアを申し出た。イスラム教徒が安心して祈ることのできるように男性信徒6人が、交通整理のボランティア活動を行った。イスラム教徒はみな儀式に参加できた。

 地元メディア(ネット版)によるとIRCC会長は、「小さな行為かも知れないが、とても重要なことであり、他の人たちの琴線に触れたことでしょう」と話している。

 真如苑シンガポールでは、過去にも宗教の枠を越えたさまざまな協力を行っており、今年のイスラム教の断食期間(ラマダン)にダルアマン・モスクの青年と一緒にハラル料理のおかゆを駅やバスターミナルで配布した。

2019/9/19 神奈川県藤沢市・TERRAとも 外国人への日本語教室 「住んでよかった」と思われるように

毎週土曜日に開校されている日本語教室。左が黒澤住職、右が澤野さん 在留外国人が年々増えている日本。神奈川県藤沢市の臨済宗円覚寺派東勝寺の黒澤宗剛住職はNPO法人地球市民友の会(通称TERRAとも)の代表として、地域に暮らす外国人への日本語教室や異文化交流活動を行っている。「来てよかった日本、住んでよかった湘南。そう思ってもらえるように」と話す。

 約15年前に子息が通う小学校にペルーの少年サッカーチームが来日。黒澤住職は保護者のホームステイ先として自坊を提供した。試合当日は近隣に住む多くのペルー人が応援に駆け付けた。その光景に「こんなにペルーの人が働きに来ているのか」と気づかされ、彼らとの交流が始まった。

 湘南エリアにはかつてペルーやアルゼンチンなど南米からの労働者が数多く住んでいた。しかし景気の悪化に伴い失職者が増加。仕事を得るため「日本語を学びたい」と要望があり、協力者を求めて日本語教室を始動した。2010年にはNPO法人化。これまで延べ200人が通い、「ピーク時には部屋に入りきれないほど」。このほか年末には国際交流会として日本人と外国人が自国の食べ物を持ち寄って大忘年会を開催。外国籍の子どもの学習指導、お寺でのお泊り会等も開く。学生ボランティアも参加し、国籍や年齢を超えた協力の輪を広げている。

 日本語教室は毎週土曜日に開講。現在は20~30代の外国人約20人が通い、ボランティアの先生がほぼマンツーマンで教えている。TERRAとも副理事で日本語教室を取りまとめる澤野博さんは檀信徒総代で中学校の元教員。ボランティアの多くが元学校の先生だ。
 
 かつて南米人の在留者が多かったが、近年はアジア人、特にベトナム人が増えている。「学校ではないので限界もあるが、気楽におしゃべりができるのが良いところ。(日本語能力試験最高レベルの)N1を持つ人もいますが、敬語や日常で使う正しい日本語を実践的に学びたいと言います。そういう場は少ない」と澤野さん。

 彼らから学ぶことも多い。黒澤住職も澤野さんも共に「人との交流」を通して「その国を知ることができる。その国への信頼が芽生える」と国際交流の醍醐味を話す。

 外国人労働者の受け入れが進む日本だが、黒澤住職は「受け入れも良いが手当ても必要。一番大事な手当てが日本語だと思う。意思疎通ができないことが問題を生む」と危惧する。いつか母国に帰った時に日本はどんな国に映るのか。「来て良かった、と思ってもらえれば、日本のことも応援してもらえる」。活動は将来への種まきでもある。

2019/9/19 龍谷総合学園 高校生がSDGsを推進 21校が龍谷大で交流


協力できそうな高校と意見を交わす生徒たち 浄土真宗本願寺派の関係学校70校でつくる龍谷総合学園(理事長=入澤崇龍谷大学長)に加盟する高校の生徒たちが、国連の掲げる「SDGs」の取り組みを進めている。8月21~23日の3日間、全国から21校の42人が龍谷大深草キャンパス(京都市伏見区)に集い、各校との連携を探った。

 「国際的な課題に取り組む中で、『誰一人取り残さない社会の実現』との目標が仏教の利他精神ともつながるという気づきに期待したい。共通の目的を持つことで学校間の交流も生まれやすい」。今年度初めてSDGsを交流学習のテーマとした理由を、北條英明・龍谷大高大連携推進室次長が説明する。

 龍谷大の教員による指導DVDを各校であらかじめ視聴し、2人一組で参加した生徒たちは初日に、SDGsの17目標に合わせて考えてきた目標を発表。北海道から九州まで参加校の地域は幅広く、それぞれ特色あるテーマが持ち寄られた。

 「塵を払わん 垢を除かん」という仏教の教えを題に、観光地・小樽の美化に取り組むことにした小樽双葉(北海道小樽市)はイギリスの「投票ごみ箱」を参考に、観光スポットを明示した箱にごみを「投票」してもらうことで人気の場所を知らせるアイデアを披露した。

 発表を聞いた生徒たちは翌日、互いに協働できそうな学校に声を掛け合った。ジェンダー差別をなくす目標を掲げた旭川龍谷(北海道旭川市)は、「学校の女性教員に聞き取りをする中で、校舎が古く女性用トイレが少ない」との意見があったという。そこで、トイレをきれいに保つ運動をする相愛(大阪市中央区)と手を結んだ。

 最終日、協力を決めた学校が共に目標を宣言。旭川龍谷と相愛は「ジェンダーフリートイレを広める」と新たな目標を定めた。1校が複数校と連携する例も多く、事務局・本願寺派社会部の山下弘樹氏は「思いがけない発想が生まれていた」と、生徒たちの自主性を育むというもう一つの目的に手応えを示した。

 地元に密着した目標がある一方で、テーマが大きかったり費用がかかったりする取り組みも。助言役で参加した杉岡孝紀・龍谷大教授は、「的を絞らないとやることがぼやけてしまう。まずはできることからという心がけも学んだのでは」と話した。

 各校はそれぞれの目標と連携校との取り組みを実行し、年度末にホームページなどで成果を報告する予定だ。

2019/9/19 教団におけるSDGsアンケート 基本理念「誰一人取り残さない」 5教団がすでに活用

 
 2015年9月、国連サミットで採択された 持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals、SDGs)。2016年から2030年までの国際目標である。「持続可能な開発のための2030 アジェンダ」とも呼ばれる。その前のミレニアム開発目標(MDGs)は、主に発展途上国を対象としていたが、SDGsは先進国も含まれる。日本でもNGOのみならす市民団体や民間企業でも取り組みが見られる。宗教界も同様で、共生特集にあたり教団アンケートを実施した。

 SDGsは17の目標と169のターゲットで構成。その第1は「貧困をなくそう」。ターゲットの最初には「2030年までに、現在1日1・25ドル未満で生活する人々と定義されている極度の貧困をあらゆる場所で終わらせる」とある。このように17目標のもとに具体的なターゲットが明示されている。MDGsが8項目21ターゲットだったことからすれば、大きく増加し、明確にもなった。そのうえMDGsに環境への取り組みがあったが、より具体化されてもいる。

 昨今の宗教関連の国際会議でもSDGsへの取り組みが表明されている。例えば昨年のWFB世界仏教徒会議日本大会の東京宣言では「私たちは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の実現を支援します。例えば、貧困集落が生活の質を改善し、収入を増やすことができるような実用技術を身に付ける手助けをします」と言明した。

 先月開催された第10回WCRP/RfP(世界宗教者平和会議)リンダウ大会の宣言では、「我々は持続可能な開発目標(SDGs)に明記された人間開発に取り組んでいく」と明記している。

 こうした状況を背景に仏教タイムスでは教団アンケートを実施した。質問は4項目で、シンプルなものにした。14教団にアンケートを依頼し、11教団から回答が寄せられた。最初の質問は「教団のSDGsへの認識について該当するものをお選び下さい」(別掲)。すでに活用しているとしたのは5教団で、全体的に関心を示している。

 一方、SDGsと教団の活動に関する質問「SDGsが設定している17のゴール(目標)で教団が特に重視するものを3つ選んでください」(別掲)では、目標16の「平和と公正をすべての人に」の回答が9教団ともっとも多かった。ほか、目標1「貧困をなくそう」が4教団、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」が4教団となった。選択を3つと限定したため、回答以外の取り組みもあるとみられる。

 目標5「ジェンダー平等」には本願寺派、目標7「エネルギー」には妙心寺派、目標11「まちづくり」には日蓮宗、目標15「陸の豊かさ」には大本と、それぞれ1教団のみで教団の特色がみられた。

 SDGsの基本理念は「誰一人取り残さない」である。これに着目する教団は多い。(各教団のアンケートの回答は紙面をご覧ください)

2019/9/19 第29回中村元東方学術賞 及川・村上両氏に授与 共著『パーリ仏教辞典』を評価


 (公財)中村元東方研究所(前田専学理事長)はこのほど、インド大使館との共同事業である第29回中村元東方学術賞に、及川眞介(日蓮仏教研究所所長・文学博士)村上真完(東北大学名誉教授・文学博士)両氏に授与すると発表した。若手研究者を対象とした第5回中村元東方学術奨励賞は齋藤公太氏(国学院大学研究開発推進機構日本文化研究所助教)に決まった。授与式は10月10日午後5時から、東京・九段のインド大使館で行われる。

 及川氏は1932年生まれ。東北大学文学部印度学仏教史専攻卒、東京大学大学院人文科学研究科修士課程印度哲学専攻修了。日蓮宗常圓寺院主。

 村上氏は1932年生まれ。東北大学文学部印度学仏教史専攻卒業、同大学院文学研究科博士課程印度学仏教史学専攻退学。東北大学名誉教授。

 齋藤氏は1986年生まれ。国際基督教大学教養学部卒業。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。専攻は日本思想史・宗教史。

本賞の授賞理由
 村上真完・及川真介両博士の共著『パーリ仏教辞典』(仏のことば註――パラマッタ・ジョーティカー――付篇 パーリ聖典スッタ・ニパータ註索引・辞典)[2009年出版]は四半世紀にわたるお二人の協力の結晶で、今や原始仏教研究者には不可欠な辞典となっております。

 既刊の辞書から洩れた語彙や既刊の辞書では理解できない語彙をも含んでいるばかりではなく、用例の豊富な辞典であり、本辞典は原始仏教研究にとって、ひいては仏教研究にとっては画期的な貢献であります。

 本辞典の完成には、その基礎となった共訳註『仏のことば註 パラマッタ・ジョーティカー』に対して翻訳文化賞を贈られた中村元先生もさぞお喜びの事と推察し、村上真完・及川真介両博士が中村元東方学術賞に相応しいと判断し、令和元年度の授賞者と決定しました。(選考委員会)

2019/9/19 旧嵯峨御所・大本山大覚寺 尾池泰道門跡が晋山 心経信仰の宣揚誓う

 
田代弘興・真言宗長者の祝辞を聞く尾池門跡 京都市右京区の旧嵯峨御所・真言宗大覚寺派大本山大覚寺で9日、5月9日に就任した尾池泰道第64世門跡(同派管長・嵯峨御流華道総司所総裁)の晋山奉告法会が営まれた。真言宗各派総大本山の山主をはじめ宗内外から約160人が参列。尾池門跡(79)は御影堂で晋山奉告文を読誦し、「只々、仏祖の冥助を仰ぎ、先徳の洪業に学び、一意精進を以て、罔(もう)極(きょく)の聖恩に奉答せんことを誓い、寺門興隆・宗団発展、併せて嵯峨御流華道の隆昌に寄与せんとす」と法灯継承の思いを語った。

 真言宗長者の田代弘興・豊山派総本山長谷寺化主が、「共に大師信仰と真言教学の宣揚に尽くさんことを」と祝辞。尾池門跡の自坊、延命寺(香川県観音寺市)の原田信彦総代長は「私ども檀信徒は尾池名誉住職を大変誇りに思っている」と感慨深そうに呼びかけ、伊勢俊雄執行長(大覚寺派宗務総長)は「宗祖弘法大師・ご始祖嵯峨天皇のみ教え、心経信仰の宣揚をお示しいただき、私どもをお導きくださいますように」と懇請した。

 続いて市内ホテルで祝賀会が開かれ、仏教界内外から約600人が参加。尾池門跡は、「大覚寺の法流と伝統の護持、心経信仰の宣揚」を誓った。

 嵯峨御流華道総司所の辻井ミカ華務長が、流麗な祝挿花を奉納。大覚寺の隣山である御室派総本山仁和寺の瀬川大秀門跡が、「猊下のもと、平和で優しい思いやりのある社会にお導きくださいますことを」と祝辞を述べた。

 嘉原唱光宗会議長は、「全国末寺・檀信徒に一層のご指導を」。京都府の西脇隆俊知事も、「京都からの新しい文化政策にお力添えを」と懇請した。

 孫である守谷美咲さん、尾池里奈さん、尾池里沙さんから尾池門跡に花束を贈呈。嵯峨美術大学・嵯峨美術短期大学の佐々木正子学長は同大名誉学長でもある尾池門跡に、「嵯峨天皇が築いた文化と美意識、弘法大師の思想の伝統を継承し、社会に貢献できる人材育成に精進してまいりたい。どうか若い学生たちを温かくお見守りくださいますように」と願い、乾杯の発声を行った。

2019/9/26 台風15号 千葉県内に被害集中 復旧と支援 被災寺院動く

 
水浸しになった浄蓮寺本堂は畳を全て取り払った。ブルーシートの中には支援物資がある(鋸南町) 9月9日、関東地方を襲った台風15号は、千葉県南部を中心に大きな被害をもたらした。強烈な風と雨によって広範囲にわたり家屋が損壊し、電柱倒壊に加え倒木によって電線にも被害を与え、2週間経っても一部では停電が続いた。強風が直撃した寺院も相次いでいる。一方で地域の避難場所に指定されている寺院には、支援物資を求める被災住民たちがひっきりなしに訪れた。復旧と支援に取り組む被災寺院を彼岸入りの20日、取材した。(特別取材班)

鋸南町
 千葉県南部の鋸南町では多くの家屋にビニールシートがかけられ、復旧作業が続いていた。

 浄土宗浄蓮寺(郡嶋晨定住職)は本堂屋根瓦の大半が吹き飛んだ。木組みの上に大きなブルーシートがかかる。入口のサッシも吹き飛び水浸しになった。畳が全て搬出された本堂には、各地から寄せられた飲料水や食料、手ぬぐいなどの物資が置かれていた。壁に突き刺さった瓦礫が、強烈な暴風の爪痕を残す。

 境内の墓地では石材店が墓石の復旧作業にあたっている。お彼岸を迎えたこの日、供えたての花があちこちに見られた。

 浄蓮寺から海側に近い臨済宗建長寺派大智庵(丸山全法住職)でも、本堂や庫裏の屋根半分が落ち、壁の一部も飛来物で破られた。入口のサッシ4枚のうち2枚が吹き飛び、堂内に暴風雨が吹き荒れた。大きなブルーシートが屋根や壁面を覆う。

本堂や庫裡全体に雨漏りがあった高徳院。地域の避難場所に指定されており、本堂前には支援物資が置かれた(南房総市) 本堂の前には3日間かけて片づけたという、墓地に散乱した瓦礫やガラスの破片が山になっていた。本堂内は、濡れた畳が立てかけられ、大量の木材や工事用具が並ぶ。「待っていたらいつになるかわからない」と丸山住職。自力で復旧作業を進めている。
   
南房総市
 南房総市千倉町の真言宗智山派高徳院(星孝芳住職)では、本堂・庫裡共に建物全体に著しい雨漏り被害を受けた。内陣天井も雨漏りが激しく、堂内はブルーシートで覆われたままだ。地域の一時避難所に指定されており、同寺を中心に復旧に向けた活動が行われた。

 研修で東京にいた星住職は、宗門僧侶の協力で板氷などの支援物資を購入しながら車で帰宅。冷やした飲み物をリヤカーで地域に配り、地域住民の安否確認を行った。

勢國寺境内の大木が倒壊。間一髪で本堂直撃を免れた(いすみ市) 同寺のある川口区では停電も多い。同寺では発電機でエアコンを動かし、雨漏りを免れた客間で近隣住民に涼を提供した。電力復旧には1週間ほどかかった。復旧後に漏電が判明した。

 通信状況が悪い中、星住職は護持会や自坊の地域行事、子ども会、青年会などのネットワークを基に地域の復旧に向けた活動を開始。寄せられた物資の集配や被災住民のニーズを聞いて回り、地域の復旧に努めた。
   
いすみ市
 内陸地域にあるいすみ市山間部の萩原地域にある曹洞宗勢國寺(小黒澤信行住職)では境内の斜面に立つ杉の巨木が根元から倒れた。高さ十数㍍、幹も直径1メートル以上あり、衝撃でコンクリートの地面は激しくひび割れた。(続きは紙面でご覧ください)

2019/9/26 身延山久遠寺「共栄運動」を開始 題目・法華経の聖地へ

共栄運動の発足を宣言する持田総務 日蓮宗総本山身延山久遠寺(内野日総法主)は16日、同寺本堂で共栄運動発足式を執り行った。身延山に関わるあらゆる人々との「共生共栄」を打ち出し、立正安国・世界平和の具現化を目指す。同運動は、祖山全域が世界中に認知される題目・法華経の聖地となることを目指し、短期・中期・長期の計画を策定。2年毎に点検・評価し、計画の実効性を高めていきたい考えだ。

 スローガン「共に生き、共に栄える」は、岩間日勇・第90世法主が常々口にしていた言葉で、現在の内野法主も大切にしてきた言葉。発足式に先立ち営まれた立正安国世界平和祈願会で内野法主は「世界中の祈りのエネルギーで互いに敬い合い、協力し合い、助け合いながら誰もが心豊かでいられる安穏な社会を築くことが共生共栄」と説示した。
その上で「今こそ、共に生き、共に栄えるという久遠実成の仏陀釈尊の時空を超えた世界が実現されますよう努力していこうではありませんか」と約600人の参拝者を前に呼びかけた。

 発足式では、持田日勇・久遠寺総務が発足宣言。持田総務は「あらゆる人々を受け入れ、共に幸せになる仏の智慧をいただく。変えていくことを恐れない、変わっていくことにも驚きません。それには勇気がいる。皆さんどうか勇気をもって共栄運動を始めましょう」と運動の開始を表明した。

 共栄部長の浜島典彦副総務は、国内外・宗内外の諸問題を指摘し、「身延山ではこの現状を打破すべく共栄運動を推進していくことに決した。共栄運動は、信仰運動であり、宗門運動と連携、連動するもの」と説明した。

 さらに「身延山に関わるあらゆる有縁無縁の方々とともに栄え、お題目の聖地、法華経の聖地としてすべての人々の心の拠り所として常に開かれた場として存在することを目指す」と門下連合や題目系教団、新宗教など、さらなる交流を通じて協力関係を模索していくことを語った。

 中川法政宗務総長は、「身延山は日蓮大聖人にご縁のある、法華経に縁のあるすべての人にとっての祖山。今日、世界に向けて高らかに発信された。これは日蓮宗だけでなく門下連合、新宗教の各諸団体、そして世界に縁をもっておられる人すべての人の祖山であるということ。参詣に来ていただいた人々をこれまで以上にお迎えしていただきたい」と祖山の発展を願った。

 井上日修参与、法華一乗会副会長の逢沢一郎・衆議院議員、長崎幸太郎・山梨県知事、檀家総代の堀内光一郎・富士急行社長が祝辞を述べ、運動への期待を示した。

 次世代からのメッセージとして、身延山高等学校の生徒2人が感謝や思いやりから「共に生き、共に栄える」の精神を受け継いでいく、素直な思いを読み上げた。最後は武見敬三・参議院議員による万歳三唱で運動の成功を祈った。

 清興では、共栄運動の短期計画にも盛り込まれているオペラ『日蓮の宇宙~曼荼羅世界』の一部が披露された。

2019/9/26 僧籍持つ従軍画家 小早川秋聲展、関東圏で初開催

陸軍省が受け取りを拒否した「國之楯」。戦後には改作も 真宗大谷派の僧籍を持ち、戦時中は従軍画家として活動した小早川秋聲(1885~1974)の関東圏で初となる展覧会「無限のひろがりと寂けさと」が8月31日から9月16日まで加島美術(東京都中央区)で開催された。陸軍省の依頼で描いたものの、受け取りを拒否された『國之楯』、東本願寺の大谷光暢第24代法主と久邇宮智子女王の成婚に際し、東本願寺の委嘱で制作した六曲金屛風『薫風』など約40点が展示された。

 鳥取県日野町の光徳寺、小早川鐵僲住職の長男として生まれ、9歳で東本願寺の僧籍に入った秋聲。画家になるためお寺を飛び出し、京都画壇を中心に活躍。国内外の旅行にも数多く出かけ、幅広い見識を持つ異色の画家でもあった。1931年に満州事変が勃発すると、いち早く戦地に赴き、終戦近くまで従軍を繰り返し戦争画を描いた。

 1944年完成の『國之楯』は、戦死した日本兵の顔を日の丸が覆う。完成当時は秋聲作品の特徴でもある金泥や金粉がふんだんに使われ、死を美しく荘厳するかのように桜が描かれていた。日本兵の活躍を描く戦争画とは対照的に、その死を描いた同作は厭戦感につながると受け取りを拒否される。1968年には秋聲によって桜の花などを黒く塗りつぶすなど改作された。秋聲の心境の変化、戦中から戦後という社会の変わりようを映したような作品と言えよう。

 戦意高揚の戦争画ではなく、兵士の生活や、過酷な戦況下における日本人の強靭な精神性を表現したとも評される秋聲。戦後は多くの仏画も手がけた。

8月

2019/8/1 真如苑 新教務長に西川勢二氏 教務長代理に宮沢健治氏

 真如苑(総本部=東京都立川市)ではこのほど、2001年から教務長を務めていた長塚充男氏が退任し、教務長補佐の西川勢二氏が新教務長、宮沢健治氏が教務長代理に就任したと発表した。伊藤真聰苑主のもと、今後は新体制で教団を運営していく。

 西川教務長は、昭和23年(1948)佐賀県生まれ。東京大学農学部を卒業、同大学院博士課程を経て1979年に真如苑事務局に入局。教学、国際、広報、企画部門に従事。1995年真如苑救援ボランティアSeRV(サーブ)設立に携わり、環境NPOベルデ代表、(公財)ユニベール財団評議員、教務長補佐などを歴任した。

 宮沢教務長代理は、昭和22年(1947)東京生まれ。日本大学商学部卒業後、金融系企業を経て1985年真如苑事務局に入局。財務・総務・人事部門を経て2009年より本部長、13年より教務長補佐を歴任した。また09年より(公財)伊藤国際教育財団事務局長を務めている。

 なお、長塚氏は教務長顧問に就任した。

2019/8/1 清浄華院離脱問題 吉川執事長の審決会開始 浄土宗審判長 豊岡総長を聴取へ

 

 法主人事を巡って大本山清浄華院(京都市上京区)が一時浄土宗からの離脱手続きに入った問題で、除籍などの懲戒処分にあたるとする申告を監正委員会(染井義孝委員長)に採択された同寺代表役員代務者、吉川文雄執事長の第1回審決会が7月22日、京都市東山区の宗務庁で行われた。野口竜栄審判長(東京都足立区・性翁寺住職)は、申告人の豊岡鐐尓宗務総長に聴取を行う方針を示した。申告に関して調査にあたった監正委員が外れる形で審決会が構成されるのは初めて。

 審決会は、非公開の浄土門主・法主推戴委員会での協議内容に触れるとして同寺僧侶ら傍聴人は一時退出となった。審議の結果、申告人の豊岡総長に聴取することで意見が一致。盆明けの8月中旬以降に面談が行われる見通し。

 野口審判長は「申告人と被告人を聴取したこれまでの監正委員会の調査によると、両者の主張にずれがある」と述べ、慎重に審議を進める意向を示した。監正委員会で申告が採択されたものの、審決会は処分しない決定を出すことができる。

 審判員は監正委員で構成。事案の重大性から今回、裁判官に相当する審判員の兼務を避けるため、検察官に相当する調査にあたった正副委員長3人以外の監正委員が就いた。人数も通常より増やし、5人としている。

 同寺は真野龍海前法主の再任が推戴委で認められないことに反発し、1月に宗派からの離脱手続きを開始。関係寺院からの反対もあり、中断した推戴委の再開を求めて2月末に離脱の意向を撤回した。

 吉川執事長は申告に対し、離脱を企てたことを理由に役職を解任するなど不利益となる措置を、包括法人に2年間禁止することなどを定めた宗教法人法78条に違反すると反論。不採択を求めたが、監正委員会は7月19日付で吉川執事長に採択通知を送付した。(続きは紙面でご覧下さい)

2019/8/1 大谷派と興隆財団が和解 「お東紛争」裁判終結 事務所やバス停など撤去

 
和解により撤去が決まった緑地帯の「東山浄苑行」バス停
 真宗大谷派(京都市下京区・東本願寺、但馬弘宗務総長)は7月29日、(一財)本願寺文化興隆財団(大谷暢順理事長)との裁判(建物明渡等請求事件・減額地代確認請求事件)で同19日に和解が成立したと発表した。東本願寺内にある財団事務所・倉庫の明け渡しや、財団が門前(大谷派所有地)に設置した「東山浄苑行」バス停の撤去などで合意。親鸞聖人の血筋である大谷家と宗派が対立し、大谷家が宗派を離脱するなどした「お東紛争」訴訟は全て終結した。

 大谷派は平成28年11月、財団に無償貸与してきた東本願寺(真宗本廟)内にある財団事務所と倉庫の明け渡しなどを求めて提訴。財団は同29年11月、財団が運営する東山浄苑(京都市山科区)の地代を年額1284万4千円から945万円に減額するよう求めて提訴した。財団は昭和47年、大谷派と東山浄苑底地の賃貸借契約を締結。大谷派に地代を支払っている。(続きは紙面をご覧ください)

2019/8/1 オウム13人死刑執行から1年 俳句と手記から読む中川元死刑囚の心性 藤田庄市(ジャーナリスト)

 

 坂本弁護士一家殺害事件や地下鉄サリン事件などに関与した麻原彰晃元死刑囚を含むオウム真理教の幹部13人が死刑執行されて1年が経過した。事件(犯罪)の物理的解明は進んだが、宗教的動機は明らかにされたとは言えず、課題は残された。オウム真理教をウオッチし法廷にも通い続けたジャーナリストの藤田庄市氏が、医師でもあった中川智正元死刑囚の手記から麻原教祖の深部に迫った。

 
 2018年7月6日に6人、同26日に7人。オウム真理教事件死刑囚13人の大量処刑から1年が経った。
 
 同房の蛾と引越しの蕎麦ゆうげ
 (『ジャム・セッション』第5号、2014年)
 中川智正元死刑囚(執行時55歳。以下、中川)の句である。房替えの時、前の房にいた蛾が荷にまぎれてついて来た。その日の夕食は奇しくもソバだった。中川の拘置所暮らしは未決囚の時期を含め22年間、続いた。

「失踪」の母が帰りし寒の里
(同第13号、2018年)
 面会に通い続けた母親も認知症に罹る老齢の身となった。その母を案じながらの句であろう。昆虫や小動物をユーモアまじりに観察し、母親を思い遣る。本来の中川は優しい男だった。

 一方、中川は教団時代に麻原彰晃教祖一家の「お世話係」のトップであり、麻原の侍医だった。麻原の日常を見聞し、知る立場にいたのである。裁判は被告の罪状を決める場であるから、犯行に関すること以外は基本的に排除される。そのため裁判から、オウム真理教の姿と事件の真因をトータルに知ることはできない。それを補うべく、以下、中川が残した手記から麻原に関する一部を、引用に徹する方向で稿を埋めてゆきたい。

 麻原彰晃の社会的イメージはむさ苦しく不様であるというのが通り相場だった。だが中川は、彼が感じた麻原の強烈なカリスマ性をこう書き残している。 


日常的にも教祖
 「教団内での麻原氏は、教祖としての威厳を保ち、信者の掌握から教団の運営に至るまで卓抜した能力を発揮していました。私は麻原氏の日常生活を知っていましたが、信者の前だけ教祖を演じていたのではなく、日常的にも教祖でした。それだけでなく、あの頃の麻原氏にはこの生命体は何年生きているのだろうと思わせる底知れぬ部分がありました。彼の生まれは私より7年上です。しかし、麻原氏に接していると、時折、この人物は何百年・何千年と生きているのではないか、と感じてしまうのです。私はそんな麻原氏をすごく恐く思いました」(同第7号、2015年)

 中川によると、麻原は1990年末にはほぼ失明状態だった。松本サリン事件をはじめ多くの事件を起こした94年頃には自室のソファーに座るか、ベッドに寝るかしていることが多くなったという。地下鉄サリン事件は翌95年。中川は、麻原の人を惹きつけ、従わせる恐さに思いを及ばす。

 「私は、それを見て考え込んでしまうこともあったのです。山梨の田舎のソファーに座っている目の不自由なこの人物が、千人以上の人間をいいように動かしている。その中には殺人に関わる者がいる。月に何千万とお布施を集める者もいる。何十人と入信させる者もいる。自分も必死になってこの人に従っている。ふと、この人は何者なのか、何で皆この人に従っているのか、この人の中の何が人を惹きつけているのかと考えた時、恐ろしいものがありました」(同上)
 
 宗教団体が事件を起こすと決まって「教祖インチキ詐欺師論」や「教祖を操る黒幕論」が出現する。あるいは「あれは宗教ではない」と片づける傾向も強い。それらの態度は、興味本位のみでなく視座をきっちり確立すれば有効に働く場合もある。

危険性感じる
 が、結局はそこで思考停止に陥り、教祖・教団の実相と信者の精神世界から目を逸らせ、教訓を学ぶ道を自ら閉ざしてしまう例が圧倒的だ。中川の手記を続ける。

 「私は別に、自分が逮捕されて都合が悪くなったから、こんなことを言い始めた訳ではありません。麻原氏が世間話でもするかのような口調で『お前は私を何者だと思うか』と私に聞いてきたことがあります。私は「言葉は悪いですけれども、化け物だと思います」と答えました。麻原氏は全く怒ることなく、微笑を浮かべて何もいいませんでした」(同上)。

 しかし中川は死刑囚の身になってから、麻原の微笑の奥の内面に気づいた。
 「麻原氏は膨大な説法や著書を残していますが、その中には『私を人間とみてはいけない』『自分は弟子のためにいる』『自分が救済のためにボロボロになるのは本望である』『私には苦が存在しない』などという趣旨の話があります。今から思うと、当時の麻原氏は、その頃私が考えていたよりもずっと無理をしていたのです」(『ジャム・セッション』第10号、2016年)
 
 そして、その麻原の言葉を「仏像」として信仰しているのが現在のアレフなどのメンバーであり、ゆえに彼らに「危険性やあやうさ」を感じると、中川は言い残したのだった。(文中、敬称、肩書略)

 注①『ジャム・セッション』誌は、俳人である江里昭彦の尽力により、中川と2人の同人誌として2012~19年まで14号が刊行された。なお私事ではあるが、同誌掲載の江里氏の社会評論を通じて彼への敬意が醸成されたことを、歴史的事件の余波として記しておきたい。
 
 ②中川については、拙著『宗教事件の内側』(岩波書店)、仏教タイムス   2011年11月3  日号、同12月9・15日号、2012年1月12日号、同2月16日号参照。

2019/8/8 特別攻撃隊(特攻)開始から75年 フィリピンから沖縄戦へ㊦その悲惨さを語り継ぐ寺院


佐賀・吉野ヶ里町 西往寺 癒やしの場 最後の時間過ごす
出撃前の特攻隊員が滞在した書院(西往寺提供) 鳥濱トメさん(1902~92)は「特攻の母」として知られる。鹿児島の知覧基地近くの富屋食堂の女将として、若き特攻隊員たちの面倒を見てきた。

 ほかにも「特攻の母」がいた。佐賀県吉野ヶ里町の浄土宗西往寺(南悦朗住職)の南壽賀さん(平成5年、90歳で死去)である。現住職の祖母にあたる。壽賀さんの娘たちも一緒に特攻隊員の世話にあたった。そもそもなぜ西往寺が特攻隊員の施設になったのか。(続きは紙面をご覧下さい)

京都・舞鶴 明教寺 特攻隊員の生家 最近、軍隊日記を発見
 かつては日本有数の軍港として、戦後は引き揚げ船到着の港町としてその名を知られた京都府舞鶴市。現在は海上自衛隊が置かれている。その舞鶴市に、海軍特別攻撃隊(特攻)の第一陣となった敷島隊の隊員、谷暢夫(のんぷ)(享年20)が生まれ育った浄土真宗本願寺派明教寺がある。

 現在の谷公人住職は、暢夫の甥。父親(英夫前住職・故人)が暢夫の弟にあたる。同寺にはハガキや写真、新聞切り抜きなど暢夫に関する多くの資料が残っている。谷住職によると、取材の訪れる人もその量の多さに驚くという。(続きは紙面をご覧下さい)

神奈川・厚木市 西福寺 戦争を知る最後の世代 供養欠かさず
本堂に子犬を抱いた少年特攻隊員の写真(雑誌グラビア)を飾る宮澤住職 大正大学元教授の宮澤正順氏(文学博士・浄土宗勧学)は昭和6年(1931)生まれ。軍港が近い神奈川県横須賀市に生まれた。戦争中、長兄は学徒出陣し、現在の北朝鮮で終戦を迎え、ソ連に抑留された。3年後に帰国。次兄は前橋陸軍予備士官学校に進み、中学2年だった宮澤氏は縁故をたよって長野に疎開していた。「農家を手伝ったり、飛行場建設に行ったり、勉強なんかしない。あとは松根油作りですよ」と宮澤氏。「(二人の兄から聞いた)外地のシベリアの辛さや軍部のことも、それに内地の様子も知っているのは、私たちの世代が最後でしょう」と続けた。(続きは紙面をご覧下さい)

東京・世田谷区 世田谷観音 及川海軍大将の仏心継ぐ「特攻観音」を祀る
華頂宮家の持念仏堂を移築した特攻観音堂 東京都世田谷区下馬の世田谷観音には「特攻平和観音」が祀られている。1953年に奉安されて以来、毎月18日の観音縁日と毎年9月23日の彼岸法要に開帳され、遺族らが供養し祈りを捧げている。

 世田谷観音は元々、商売繁盛の祈願寺だった。戦前に菓子製造業として財をなした太田睦賢開山(1889~1955)が地道に土地の造成、伽藍の建立などを進め、1951年に浅草寺から聖観音菩薩像を本尊として迎えて単立寺院として出発した。睦賢開山は青年時代にはクリスチャンで、戦時中には王子稲荷神社(北区)の神職でもあったというユニークな経歴を持つ。その祈願寺になぜ、特攻観音が祀られているのか。(続きは紙面をご覧下さい)

2019/8/8 原爆の残り火、京都を出発 宗教者ら火を吹き消す

火をともに吹き消そうと呼びかける宮城門主 原爆の残り火「平和の火」を携え、自転車で各地を巡るNPO法人「アースキャラバン」(京都市、代表・遠藤喨及浄土宗和田寺住職)のピースサイクリングが広島原爆の日の6日午前、京都市左京区の浄土宗檀王法林寺(信ヶ原雅文住職)を出発した。滋賀・愛知・岐阜の各県で平和を祈りながら目的地の長野県を目指す。

 同寺で毎年開かれる原爆や戦争の犠牲者を追悼する「京都平和の集い」で出発式が行われ、宮城泰年聖護院門跡門主が「私たちが業として持つ心の中の怒りの炎を一緒に吹き消してほしい」と参拝者に呼び掛け、「平和の火」を吹き消した。

 アースキャラバンはエルサレムなど世界各地を回り、今年3月にはバチカンを訪問。謁見を果たしたフランシスコ・ローマ教皇が、平和への祈りを込めて火を吹き消している。

 集いに駆け付けた広島で被爆した花垣ルミさん(79)=京都市北区=は当時を思い出しながら、「74年前のこの時間、あたりは死体だらけだった。8時15分を迎えると今も本当につらい」と、涙を流しながら出発を見送った。

 ピースサイクリングに参加するためにオーストリアから来日し、バチカンにも同行したミリアム・シュミッツホッファーさん(12)や京丹波町立和知中学3年の東昌一郎さん(15)、一昨年に長崎から東京まで平和の火を自転車で運んだ被爆2世の本岡晃浩さん(32)ら4人が交代で走る。 

 最初の目的地は滋賀県近江八幡市。市役所訪問後、観音正寺で平和イベントを開いた。後日、真宗大谷派高山別院(岐阜県高山市)なども訪れ、各地の宗教者や市長が火を吹き消す予定だ。

 遠藤住職は「今日は原爆が投下された特別な日。思いをはせ、その気持ちを各地に届けてほしい」と話した。

2019/8/8 比叡山サミット32周年 軍縮後退を危惧、対話を強調

 
平和の鐘が響く中、黙祷が捧げられた 超宗教で世界の恒久平和を祈る比叡山宗教サミット32周年「世界平和祈りの集い」が4日、滋賀県大津市の天台宗総本山比叡山延暦寺・一隅を照らす会館前「祈りの広場」で開催された。約900人が参加し、宗教・宗派を超えて神仏の導きによる平和行動の実践を誓った。

 杜多道雄宗務総長は開式の辞で、「誰もが求める平和だが実現は容易ではなく、暴力や憎悪の連鎖が続いている」と憂慮。特に「今月2日に冷戦後の核軍縮の支柱となった米露の中距離核戦力全廃条約が失効し」、軍縮の気運が後退したことを危惧した上で対話による相互理解の重要性を強調した。

 第54回「天台青少年比叡山の集い」に全国から参加した小学6年生から中学生の約250人が、舞台中央の地球儀に平和や災害復興などの願いを込めて折り鶴を奉納。参加者全員が、比叡山メッセージ「平和のために祈ることは、平和のために働くこと、そして平和のために苦しむことですらある」を共有した。

 森川宏映天台座主が登壇。「イタリア・アッシジでの世界平和祈りの集いの精神を継承して」比叡山から世界に「慈悲の心」を発信してきた比叡山宗教サミットの取り組みを振り返り、「共に祈ること」から「世界の恒久平和」を実現すると誓った。

 各宗教の代表者11氏が登壇。午後3時30分、天台青少年とワールドピースベル協会の代表者が文殊楼横鐘楼の「世界平和の鐘」を打ち鳴らし、参加者全員が起立して黙祷を捧げた。

 次いでローマ教皇庁諸宗教対話評議会議長のミゲル・アンヘル・アユソ・ギクソット司教と、世界仏教徒連盟のパン・ワナメティ会長(タイ)から寄せられた平和のメッセージも披露された。

 次代を担う青少年が「平和への思い」を発表。花園中学高等学校1年生の和田真琴さんは、「戦争について学ぶ」ことと「普段の生活の中で幸せを実感する」ことの大切さを強調。禅の教えから、「世界が平和になるために、私たちがお互いに幸せになる道を探さなければならない」と述べた。

 天台青少年代表の貴船新太君(中3)は、「自分がいかに平和に守られているか」と自問。紛争地帯で暮らす子どもたちに思いを寄せ、「少年兵という言葉が世界から消えることを願う」と語った。

 宗教者を代表して教派神道連合会の宍野史生・扶桑教管長が、2人の情熱を受け止めて応答。「宇宙船地球号の操縦桿を青少年に委ねる」ために、「神仏を信じ互いの違いを認め合い、共に進む道を開く」ことを約束した。

 参加者全員で「世界の人々と仲よく暮らそう」と「平和の合い言葉」を唱和。閉式にあたり、小堀光實・延暦寺執行が全参加者に両隣に座った人と手を繋ぐよう求め、「これからも世界の平和を共に祈ることを約束しよう!」と強く呼びかけた。

2019/8/15・22 念法眞教 青少年信徒が北方領土研修

樺太を望む「氷雪の門」前で戦争殉難者を追悼する研修生 念法眞教(大阪市鶴見区・総本山金剛寺)の第33回「念法青少年による北方領土視察研修旅行」が4~10日、北海道内各地で開かれた。中学3年生から大学生までを中心とする研修生41人と僧侶ら計約50人が、各自の信仰に基づいて日本の近現代の歴史観と国家観を学習。道内に残る戦争の記憶を実地踏査し、「平和の礎を築いてくれた人々の死を決して無駄にしない」決意を共有した。

 43キロ先の沖合にサハリン(旧樺太)を望む日本の最北端・宗谷岬。研修団は6日、ロシア(旧ソ連)との国境の街・稚内市を訪問し、稚内念法寺(松下芳友住職)で工藤広市長と面会した。

 工藤市長は「当時、40~50万の日本人が樺太に渡り、暮らしていた。戦後、稚内市にも引き揚げ者5千人超が定住した。樺太と稚内市の歴史は切っても切れない。樺太にとって、8月15日は終戦記念日ではない」と説明。一方で「国境の街」として未来志向の日露交流の重要性も強調し、「この25年、サハリンの若者を招待して日本の文化や経済を学んでもらっている。今年は2人来ている」と話した。

 研修団は7日、宗谷岬に近い浜にある「念法眞教開祖小倉霊現大僧正日本最北端御巡錫記念碑」に参拝。全員で宗谷海峡と日露国境を望みながら、「戦争とは急に起こるものではなく、普段の生活の中でまかれた争いの種がいつしか大きくなって起こる。親先生は大自然の恵みに感謝し、人々と仲良くすることを願って教えを説かれた」 ことを胸に刻んだ。

 8日には、北方領土4島で2番目に大きい国後島がはっきりと見える羅臼漁協を訪問。川端達也副町長は、「北方領土は私たちの祖先が開拓した日本固有の領土。ソ連軍に不法に占拠されてから74年が経つ。何とか早期に解決し、高齢化が進む元島民が自由に故郷に行けるようになることを願っている。皆さんには北方領土のことを家族や友だち、周りの人たちに知らせていただき、返還運動の輪を広げてほしい」と要請した。

 研修団は元島民の証言を聴いた後、北方領土返還運動の発祥地・根室市へ。返還運動やロシア人島民との交流に携わっている地元住民らと懇談し、日露領土問題の最前線を体感した。

2019/8/15・22 本願寺派 護持口数の目標数緩和へ 賦課基準見直し中間答申


 4年に1回の賦課基準見直しにあたり、浄土真宗本願寺派の宗門財政構想委員会(霍野廣紹委員長)は8日、各教区の護持口数を5%の範囲で弾力的に調整できるなどとする中間答申を出した。賦課基準改定年にあたる2020年度に実施されれば、各教区の護持口数は2006年の目標数設定以来、実質的に初めて緩和される。

 財政構想委は、10年間の長期計画「宗門総合振興計画」の一環で設置。この日、宗務所(京都市下京区)で開かれた宗会議員らが参加する同計画推進会議で協議された。
今回の見直しでは、要望が多かった護持口数の調整を行い、ほかの要素は現状のままとした。答申書では、過疎化や少子高齢化などの進行で教区内でも寺院間に格差が生じているとし、教区全体の護持口数を5%の範囲で調整できるとする方針を示した。これにより、5%を下限に減らすことも可能となる。

 さらに、解散や合併、被包括関係の廃止で減った寺院の護持口数もそのまま減じる方向性も提示。これまでは寺院が減っても、目標数を下回らないよう教区内で負担していた。減った寺院数は、現行の護持口数が設定された2006年にさかのぼって減算。新寺建立の場合は加算する。また、他教区へ編入した寺院についても加減の調整を行う。

 5%の調整に関しては、見直し初年度に設定。「目標数の設定で硬直化していた護持口数を弾力化」(宗務当局)させることが狙いで、一律減とする目的でないとしている。この日の会議に参加した議員からも、「一律に減らすと捉えられかねない。しっかり説明して進めてほしい」との意見があった。

 見直し案は、8~10月にかけて行われる公聴会で総局らが全教区を巡回し、住職らに説明した上で意見を集める。来年3月の各教区会などを経て、同年4月から実施される見通し。(続きは紙面をご覧下さい)

2019/8/15・22 平和願う思い、民族や国の境なし 日蓮宗千鳥ヶ淵法要 墓苑と共に歴史刻む


墓苑の六角堂内で営まれた戦没者慰霊・立正平和祈願法要 日蓮宗(中川法政宗務総長)は15日、今年60周年を迎えた東京都千代田区の国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑で戦没者追善供養・世界立正平和祈願法要を執り行った。中川総長は表白で「諸霊に報いる道は、無念を晴らすにあらず。命を賭して祈り求めし、安穏なる平和世界をこの世に築き上げること」と述べ、戦没者の供養と祖願である立正安国・世界平和を祈念した。

 法要は、中川総長が大導師を務め、東京4管区各宗務所の沖真弘所長(東部)、茂田井教洵所長(西部)、長亮行所長(南部)、肉倉堯雄所長(北部)を副導師に厳修された。

 千鳥ヶ淵法要は、小松浄慎総長以来、宗務総長が大導師を務め、挨拶は局長や部長が務めてきたが、元号が令和となった今年は中川総長が宗門を代表して挨拶を行った。

 日蓮宗は墓苑が創建された昭和34年(1959)から毎年8月15日に法要を営んでおり、「終戦記念日の午前中という本当に大切な時間を頂戴している」と感謝。「平和を願う思いに民族や国という境目はなく、万人が望み願うもの。戦争を知る方々が少なくなる今日、戦争の悲惨さや恐ろしさを次世代へ正しく語り継ぐことは現代を担う私たちの使命」と平和への思いを新たにした。

 (公財)千鳥ケ淵戦没者墓苑奉仕会の古賀英松理事長は、創建以来法要が執り行われていることに「日蓮宗の皆さまの戦没者慰霊に対する熱意と志に敬意を表したい」と感謝。今年、墓苑と奉仕会が60周年を迎えたことにも触れ、「戦没者団体と遺族会の皆さまが高齢化し、孫やひ孫へと受け継がれている。先の大戦の記録が忘れられないように、次の世代に継承していきたい」と慰霊奉讃に努めていくとした。

 宗門寺院が菩提寺だという春日部市から訪れた男性(88)は「朝、歳のせいで身体がだるかったが、戦没者のことを思ったら休んでいられないと思った。特別な日に多くのお上人が供養してくれていることに感激した。来てよかった」と語った。

 同墓苑は、先の大戦の海外戦没者の遺骨を納める「無名戦没者の墓」として創建。今年も新たに926柱が奉安され、5月現在で37万69柱の遺骨が収骨されている。

2019/8/15・22 全国戦没者追悼式 7千人が冥福祈る


標柱を前に戦没者を追悼する両陛下 74回目となる令和最初の全国戦没者追悼式が15日、東京都千代田区の日本武道館で開かれた。天皇、皇后両陛下のご臨席の下、全国の戦没者遺族や安倍晋三首相ら各界の代表者など計約7千人が、先の大戦で命を落とした約310万人の冥福を祈った。

 「終戦の日」の戦没者追悼式典に初参列した天皇陛下は、上皇さまが昨年新たに加えられた「戦後の長きにわたる平和な歳月に思いを致しつつ」など、ほぼこれまでの表現を踏襲して平和への思いを綴られた。

 一方で、疎開など戦時を知る上皇さまの「深い反省とともに」との表現を「深い反省の上に立って」とするなど、戦争を経験していない世代として誠実に表現を改め、平和への思いをお言葉に込められた。

 安倍首相は、「戦争の惨禍を二度と繰り返さない。この誓いは昭和、平成、令和の時代にも決して変わることはありません」と述べ、「世界が直面している様々な課題の解決に向け、国際社会と力を合わせ全力で取り組んでまいります」と語った。

 東部ニューギニア戦線で父を亡くした戦没者遺族代表の森本浩吉さん(77)は、「遺児たちは散華された父たちの享年の2倍半を超す年齢を迎えましたが、父への尊崇と追慕の気持ちは変わることがありません」と述べ、広大な戦域で眠る遺骨について「一柱でも多く、一日でも早く、祖国に帰還が叶いますことを遺族は強く望んでいます」と国による遺骨収集を加速することを訴えた。

 各界代表による献花では、宗教界を代表して日本宗教連盟の岡田光央理事長(新日本宗教団体連合会理事長・崇教真光3代教え主)が献花した。

2019/8/29 大磯町・地福寺で島崎藤村の七十七回忌 若いファンも墓参

梅に囲まれた墓で読経する櫻井住職。奥は静子夫人の墓 『破戒』『春』などを書き、今なお多くの読者を惹きつける文豪・島崎藤村(1872~1943)の命日の22日、墓所のある神奈川県大磯町の東寺真言宗地福寺で七十七回忌となる「藤村忌」が営まれた(主催=大磯町観光協会)。地元住民だけでなく、藤村の母校である明治学院の出身者や、藤村の登場するゲームのファンらも参列した。

 櫻井智定住職が藤村の墓所の前で読経し、供養。藤村の墓は梅の木に囲まれ、棺のような土台の石に20センチほどの細い柱が立つ特徴的なもので、千鳥ヶ淵戦没者墓苑の設計などで知られる谷口吉郎によるもの。正面に立つと十字架のような形にも見える。参列者は線香と白菊を次々と手向け、隣の静子夫人の墓にも手を合わせた。

 櫻井住職は「涼しい風だね(藤村の臨終の際の言葉)。まさに今日はそんな日かと思います。ここで読経している時に風がそよいで、そんな中でお勤めさせていただきました」と挨拶。亡くなった人や本尊に気持ちを伝える回向の大切さを説いた。また、最近訪ねてきた藤村の若いファンから酒の寄進があったことも披瀝。参列者を代表して、町観光協会会長の大倉祥子氏がその酒を墓所の周りに振りまいた。

 藤村は晩年の1941年に大磯に移住したが、その理由は黒川鍾信氏の『高等遊民天明愛吉』によると、友人だったが長年絶縁していた元俳優・天明愛吉が地福寺の離れに住んでおり、その招きで左義長の見物に訪れたことがきっかけだった。旧交を復活させた藤村は「天明君のいるこの寺で眠るのだ」と口癖のように語っていたという。天明は藤村の墓守として余生を過ごす。いわば地福寺は藤村の晩年の友情をつないだ寺である。

2019/8/29 真宗大谷派 来年7月、大谷暢裕氏が門首に就任

 真宗大谷派(京都市下京区・本山東本願寺)は21日、大谷暢顯第25代門首(89)が来年6月30日に退任し、翌7月1日に門首後継者の大谷暢裕鍵役(68)が第26代門首に就任すると発表した。20日に内事会議の答申を得て、継承審議会で決定した。門首継承式は前例を踏襲し報恩講の前日となる来年11月20日に営む予定。所定の会議を経て確定する。

 大谷門首は昨年7月に入院。門首代行に門首後継者の大谷暢裕鍵役を立て、加療・リハビリの後、11月に公務に復帰した。真宗本廟(東本願寺)での晨朝等、日々の勤行に影響はなかったが、宗祖親鸞聖人の御命日法要や報恩講での登高座登壇、宿泊を伴う御親修等では体力的に負担がかかるため、大谷暢裕鍵役が代行していた。

 宗務所で会見を開いた但馬弘宗務総長は「本年7月5日、門首から『現在、体調は良好だが、新年度に入り2023年の宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要に向けた取り組みが展開されていくであろうことを思う時、この際、後継に門首としての任を継承してもらうことが最良ではないかとの思いに至った』との意向が私宛に表明された」と明かした。

 大谷門首は親鸞聖人の血筋である大谷家と内局が対立した「お東紛争」を経て、1996年7月31日に就任。1981年6月に改正・制定された現行「宗憲」の規定「門首は、僧侶及び門徒の首位にあって、同朋とともに真宗の教法を聞信する」などに基づき、真宗本廟崇敬の務めを果たしてきた。宗外では2000年から2年間、全日本仏教会会長。但馬総長は、「言葉では言い尽くせぬほど尊くありがたいことであり、深甚の敬意と謝意を表する」「地方御親教の折には御門徒と目線を同じくして語り合っていただいた」と感謝した。

 大谷暢裕次期門首は、大谷門首のいとこで京都市出身。但馬総長は「(次期門首は)ブラジル国籍で日本語・ポルトガル語・英語に堪能な方。ブラジル開教区だけでなくハワイ・北米の開教区など海外の方々に普遍の教えである本願念仏を伝えていきたいと常々仰っている」と紹介した。


新門に大谷裕鍵役

 大谷暢裕次期門首の後継者となる新門に、次期門首の長男である大谷裕鍵役(33)が来年7月1日、就任することも発表された。門首継承の順序を定めた内事章範の規定「宗祖の血統に属する嫡出の男系の男子」で「門首の長子」による。

 裕鍵役はブラジル出身で、サンパウロ大学卒。東京大学大学院博士課程理学部数理科学研究科修了。大谷大学大学院真宗学専攻修士課程在籍中。2017年に鍵役に就任。

2019/8/29 WCRP/RfPで初の女性事務総長アッザ・カラム氏就任 25年にわたるベンドレイ氏退任

庭野日鑛氏とベンドレイ前事務総長(左隣)が見守るなかスピーチするカラム新事務総長(23日) 22日、ベンドレイ氏が国際事務総長を退任し、新たにアッザ・カラム氏が就任すると22日に発表。最終日(23日)の閉会式で新旧事務総長が顔を揃えた。女性事務総長は初めて。

 1994年以来25年にわたって牽引してきたベンドレイ氏に代表者が感謝の言葉を贈った。日本委員会の庭野日鑛会長(立正佼成会会長)は、「ベンドレイ事務総長のご尽力によってRfP(WCRP)は行動する共同体へと進化を遂げてきた。日本委員会を代表して感謝の意を表する」とねぎらった。

 ベンドレイ氏は、「ここにいる一人ひとりと活動することによって私自身も皆さんに助けられ、自分も変わったように思う。心より感謝する。この期間、素晴らしい恋愛生活を送ったように思う。本当に愛をありがとうございます」とユーモアをまじえて退任の弁。

 カラム新事務総長は、「大きな責任を感じている。ベンドレイ博士を師と仰ぎ今後も活動を引き継いでいきたい。皆さまの私に対する信頼感を忘れずに大切にしていきたい」と抱負を口にした。

【アッザ・カラム新事務総長略歴】国籍はオランダだが、出身はエジプトのカイロ。イスラーム。アムステルダム自由大学で宗教と開発を研究。博士。シニアアドバイザーとして国連人口基金(UNFPA)に勤務し、国連宗教・開発タスクフォースコーディネーターを務める。ヨーロッパ、アラブ諸国、中央アジアにおける異文化間リーダーシップの指導者として活動してきた。50歳。

2019/8/29 第10回WCRP/RfPリンダウ大会 「つながりあういのち」は積極的平和

開会式では諸宗教と地域から6人の子どもたちが「共通の未来」に向けてメッセージを発表した(20日) 「慈しみの実践:共通の未来のために―つながりあういのち」 (Caring for Our Common Future - Advancing Shared Well-being)」のテーマのもと世界125カ国・地域から約1千人余が参集してドイツのリンダウで第10回世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)リンダウ大会が20日から23日まで開催された。日本委員会からは正式代表やオブザーバーなど約40人が参加した。採択されたリンダウ宣言では、「つながりあういのち」を積極的平和と位置づけた。今後、WCRPは宣言をもとに行動を具体化させる。(近号詳報)

 初日(20日)の開会式では、世界の各地域と諸宗教を代表して6人の子どもと青年たちがステージに登った。共通の未来に向けてメッセージを発表して開幕した。

 WCRP/RfP共同議長による挨拶では、庭野光祥氏(立正佼成会次代会長)が着物姿で登場し、1970年のWCRP創設メンバーの労苦に思いを寄せながら、「現在は恐怖によって(世界が)分断されている。私たちは脅威に脅えるのではなく、自分自身に何が必要なのかを問いかけることが重要だと思う」と呼びかけた。

会議場から近くの公園まで行進。途中、庭野光祥氏がRfP旗を振った(21日) 開催国ドイツ連邦政府のフランク=ヴァルター・シュタインマイヤー大統領は、プロテスタントとカトリックが戦った「30年戦争」や世界に蔓延する今日の暴力に言及し、「宗教は戦争を正当化するものであってはならない」と主張。WCRP/RfPの活動についても、「努力が実を結んでいると言える。宗教は紛争解決や平和への建設的な役割を果たすことができる」と評価し、期待を込めた。

 大会は、特別セッションや5つの分科会、紛争当事国などによるセッションなどを経て最終日(23日)にリンダウ宣言が採択された。日本委員会の黒住宗道氏(黒住教教主)が宣言文奉読者の一人として一節を読みあげた。宣言文では、「つながりあういのち」と積極的平和が結び付けられている。また行動計画として9項目が掲げられた。日本委員会が事前に提出していた提言とも重なり合うものとなった。

 2日目(21日)には、会議場から近くの公園まで平和行進。ウイリアム・ベンドレイ事務総長をはじめ共同議長らを先頭に行進し、途中、庭野光祥氏がRfP旗を力強く振る場面もあった。

 また同日夕には、リンダウ市民が歓迎夕食会を催した。カトリックとプロテスタントの両教会に挟まれた広場で、市民が持ち寄った手作り料理が中央テーブルに並べられた。諸宗教指導者と市民が交流する、こうした企画は珍しい。

7月

2019/7/4 宣言に「ヒバクシャ」明記 16年ぶりABCPモンゴル大会

原爆被害を説明する岸田団長(中央)とパネルを掲げる日本団メンバー アジア仏教徒平和会議(ABCP)が結成50周年を迎え、本部を置くモンゴルのウランバートルにて6月21〜23日、第11回大会がガンダン寺内で開催された。前回のラオス大会から16年ぶりの大会となり、各国代表団で世代交代が確認された。13カ国と1地域から140人を超える仏教徒が結集し、伝統を引き継ぎつつ次の50年に向けての再出発を誓った。
 
 日本からは、日本宗教者平和協議会(宗平協)と立正平和の会の会員有志で日本代表団(団長=岸田正博・真言宗智山派多聞寺住職)を結成し、日本センターとしてABCP理事会より正式に認証された。

 ガンダン寺本堂の落慶式も兼ねた大会開会式では、モンゴル仏教会会長でABCP会長のハンボ・ラマ師はじめ、モンゴル国のバトトルガ大統領が祝辞を述べ、過去の大会には何度も出席しているダライ・ラマ法王のビデオメッセージが披露された。

 各代表団からの現況報告会では、日本団は、反戦・反核の活動を報告すると共に、被爆の実相、核兵器使用の非人道性、そして東京電力福島原発事故による、現在も続く甚大な被害を写真パネルを交えながら訴えた。日本団が国連に提出する「ヒバクシャ国際署名」に各国代表から賛同署名を得られた。

 続く各国代表からなる理事会では、冷戦下で策定された現行ABCP憲章の改訂作業が主な議題となった。ここで、原理主義やテロリズムの撲滅といった近年の平和への脅威を認識し、戦争のリスクを喚起すると共に、日本側の主張であった「軍縮」と「核兵器廃絶」も目標の一つとして憲章に明記された。

 大会の総括である宣言文には、国連が提唱するSDGs(持続可能な開発目標)への支持と共に、さらに核兵器禁止条約履行への努力、「ヒバクシャ」のために祈り、NPT核兵器不拡散条約再検討会議の成功を祈念するといった具体的な文言も盛り込まれた。

 全体総会・閉会式では、アジアのみならず世界中の未来の発展と平和を祈る仏教徒としての連帯を再確認した。次回ABCP大会はインドで開催される予定。

2019/7/4 僧侶がミスコン挑戦 「いい住職になるために」 大谷大3年 髙橋るりさん

 
身長は174センチ。「引け目だったけど持ち味にしたい」と話す髙橋さん 世界4大ミスコンテストとして知られ、地球環境問題への意識向上に取り組む「ミス・アース」の日本大会に、京都代表に選ばれた大谷大3年の僧侶、髙橋るりさん(27)が挑む。東京大卒業後に勤めた地元・愛知県の大手自動車メーカーを退職し、自坊・真宗大谷派正晃寺(名古屋市中村区)を継ぐために勉強中だ。「いい住職になるために挑戦した」と熱意を見せる。

 「住職、ミスを目指すことは似ている」。そう話す髙橋さんの言葉を聞いて、驚かれる住職もいるのではないか。「仏教離れと言われる世の中。住職一人ひとりが魅力を磨くことで興味を持ってもらえるのでは」。質問に答える目は真剣そのものだ。

 出場すると所作やスピーチ、身だしなみなど、人前に立つ様々な訓練が受けられるとテレビで知った。もともと前向きな性格ではなかったというが、「人に見られるのは住職も同じ。成長につながる」と、思い切って飛び込んだ。

 一昨年夏、人生観を変える出来事に直面した。同郷で一人っ子と境遇の似た、姉と慕った大学時代の先輩が亡くなった。突然だった。「何も力になれなかった。寺の娘なのに」。先輩の両親の気持ちを思うと、かける言葉もなかった。悔いが募り、「私の人生は何だったのか」との思いが頭をもたげた。

 「自分にしかできないことをしよう」。両親を大切にしたいとの気持ちも背中を押した。住職の道を選び、今年4月に真宗学科の3年次に編入した。得度は大谷派の習わしで9歳で済ませている。

 「自力の人生だったように思う。信心の大切さや本願の意味に触れ、価値観が大きく変わった。今まで頑張ってこられたのは両親や周りのおかげだったと気づいた」。編入してからの学びをこう語る。「個々の利益を追求する限り、環境問題は解決しない。大会で仏教の利他精神を訴えたい」

 木越康学長は「調和を大切にする仏教精神を発信し、自らの学びを深めてほしい」と激励の言葉を寄せた。

 日本大会は7月22日、東京都文京区のホテル椿山荘東京で行われ、各都道府県の代表34人が競演する。世界大会は11月、フィリピンで開かれる予定。

2019/7/4 キャッシュレスに反対!京都仏教会 課税対象の拡大を懸念


宗教行為に関するキャッシュレス決済に反対声明を出した京都仏教会の有馬理事長(左) 京都仏教会(有馬賴底理事長=臨済宗相国寺派管長)は6月28日、拝観料や賽銭といった布施を電子マネーなどで支払う「キャッシュレス決済」に反対する声明を発表した。キャッシュレス化に伴う手数料が発生し、「収益事業として宗教課税をまねく恐れを憂慮する」として、宗教活動に対する課税対象の拡大に懸念を示している。府内約千カ寺の加盟寺院のほか、全日本仏教会(全日仏)や日本宗教連盟など全国の寺院や団体、宗派に同調を求める方針。
 
 「布施の原点に還る」と題した声明文では、宗教行為と収益事業は違うとし、「宗教活動は世俗の事業とは本質的に異なる」と指摘。「キャッシュレスによる布施は対面的である宗教行為の本旨に反するものであり、不適切」と主張している。

 さらに、決済データから個人や寺院の情報が外部に流出した場合を想定し、「信者および寺院の信教の自由が侵される」ことや「宗教統制、宗教弾圧に利用される」ことへの危惧を示している。

 宗教法人への課税は収益事業に対して行われてきた。地方分権一括法が施行された2000年以降、課税を強めた自治体もある。京都仏教会は1985年に制定された拝観料に課税する京都市の古都保存協力税(88年に廃止)に、拝観停止で抵抗するなどして反発。宗教活動への課税に反対する姿勢をとってきた。

 キャッシュレス決済を寺社でも導入する動きが出てきたのを受け、昨秋から理事会や付属研究所などで対応を検討。京都市上京区の相国寺で同日に開いた記者会見で、「決済に手数料が発生し金銭取引と理解されれば、収益事業を行う施設として境内地にまで課税対象が広がる恐れもある」と説明。一方で、収益事業のキャッシュレス化を否定しない意向も示した。

 信教の自由や宗教統制への危惧については、過去に何度も宗教が弾圧を受けてきた歴史から、「ささいなことでも極めて敏感に捉えなければならない」と主張。研究所長の洗建・駒沢大名誉教授は、「ビッグデータの利用に関しては、重大な危機をはらんでいる。個人の信仰を秘匿する配慮が大切だ」と強調した。

 有馬理事長は「布施行の根本からすると、キャッシュレス化はありえない。考える機会にしてもらえたら」と話した。全日仏は、「声明の危機意識は十分理解できる。今後、話を聞いた上で対応を検討したい」とコメントした。

2019/7/11 ひたちなか市 無二亦寺 WFPを支援して20年 「地球のはらぺこをすくえ!」お寺で飢餓問題を啓発


宇中住職と手作りのパネル。赤いカップはWFPの給食の器で、シンボルだ。 世界の飢餓人口は8億2100万人、全人類の9人に1人が飢えに苦しんでいる。飽食の日本でこの事実をどれだけの人が知っているであろうか―。こうした状況に取り組んでいるのが、国連世界食糧計画(WFP)である。このWFPをおよそ20年間支援している住職がいる。茨城県ひたちなか市の日蓮宗無二(むに)亦寺(やくじ)、宇中智伸住職(56)だ。「地球のはらぺこをすくえ」を合言葉に、飢餓をなくそうと訴え続ける。
 
 境内で秋に行われる「飢餓救済チャリティコンサート」。「笑って食べて楽しんで地球の腹ペコを救おう!」と、地元高校の吹奏楽団やビッグバンドジャズ、地域の音楽愛好家たちによる演奏が楽しめる。音楽だけでなくお笑い芸人やマジシャンの出演もあり、ピザやカレーの出店、特産品の販売、歯医者の出張診療まである。一種の寺フェスとも言える。


 無二亦寺のWFP支援はこれだけではない。WFPは世界の飢餓問題を訴えるチャリティ・ウォーキングイベント「ウォーク・ザ・ワールド」を大都市で行っているが、無二亦寺はそれをひたちなか市で開催。子どもも大人も、WFPの横断幕を掲げながら市内を散策、行進していく。ゲーム気分で楽しめるのが好評だ。世の中には、一日一食の給食が生命線で、そのために10キロの道を歩く人もいる。「今日歩いて、世界の人の苦しんでいる気持ちがわかった」。こんな感想も寄せられる。(続きは紙面でご覧下さい)

2019/7/11 「死にたい」にどう対処? 精神科医の住職が講義 僧侶Q&Aサイト「hasunoha」がセミナーを開催

 
僧侶回答者限定でネット配信もなされたセミナー。左が講師の川野氏 「死にたい」という悩み相談が寄せられた時、僧侶はどう答えるべきか。僧侶が悩みに答えるQ&Aサイト「hasunoha」(ハスノハ、堀下剛司代表)が企画した仏教と精神医学の連携セミナーが6月27日、東京都渋谷区の寺小屋ブッダLABで開かれた。臨済宗建長寺派林香寺住職で精神科専門医でもある川野泰周氏が講師を務め、自殺リスクへの対処や精神疾患の基礎知識を講義した。

 川野氏は最初に、自殺の相談に答える支援者は「自殺を水際でくい止めるゲートキーパー」であると指摘。自殺未遂者のうち、誰にも相談しなかった人は73・9%で、「この人なら理解してくれるかもしれないと思って気持ちを開示している、希死念慮の告白は困難が解決すれば生きたいとの意思表示」だと説明した。

希死念慮者の「死にたい」との言葉にひるんだり慌てたりする必要はなく、「死にたいというメッセージを受け取った時点ですでにその人を助け始めている。この人は自分が生きたいということを確認していると思ってほしい」と述べた。

 「死にたい」という言葉への具体的な対処としては、①告白に感謝し、気持ちを語ることは良いことだと知ってもらう②説き伏せても安心感は生じないので「自殺してはいけない」は避ける③病的・妄信的で論理が破綻していても耳を傾ける④死にたいと考えさせる要因について質問することは、問題を明らかにするきっかけになり、支援者との関係をつなぎとめる効果があると説示した。

 希死念慮には精神疾患が関係していることも多く、専門家の治療が必要な統合失調症、うつ病、PTSDなどを見分けるための基礎知識も解説。「ゲートキーパーにも限界がある。次の支援資源につなげることも大切だ」と抱え込みや燃え尽きにも注意を促した。

 同サイトが開設されて7年。質問件数は3万5千件を超え、回答が追いつかない状況だ。企画した堀下代表は「いじめ、パワハラ、セクハラ、親や夫を殺したいといった重たい相談も多い。質問は現代社会が抱えている問題とつながっており、ハスノハを通してお坊さんに助けてほしいという思いをひしひしと感じている」という。共同代表を務める井上広法氏(浄土宗光琳寺副住職)も「お坊さんも社会のことを知ることが今後ますます必要になってくる」と僧侶が社会に関心を寄せていく必要性を指摘した。

 セミナーは、遠隔地の僧侶回答者も受講できるようインターネットでも限定配信された。同サイトでは、引き続き僧侶回答者の参加を呼びかけている。

2019/7/11 生長の家 三たび与党を支持せず


 生長の家(山梨県北杜市)は3日、7月21日投開票の参院選を前に「三たび、与党とその候補者を支持しない」とする教団方針を発表した。HPにも掲載された。

 与党自民党が掲げる原発継続のエネルギー政策や、国や大企業の管理につながる「スーパーシティー」構想などに教団として反対を示す一方で、軍備拡大ではなく地球温暖化対策に注力するよう訴えてもいる。

 生長の家は2017年の衆院選、2016年の参院選でも与党を支持しないと発表した。

2019/7/11 「菩提寺あり」55% 全日仏×大和証券「仏教実態把握調査」 寺院からの情報提供は不足気味

 
檀信徒・門信徒からみた菩提寺を数字で解説する佐藤氏 (公財)全日本仏教会(全日仏)は4日、東京・築地本願寺第2伝道会館で「仏教に関する実態把握調査」(第2回)の報告会を開いた。檀信徒・門信徒側からみた菩提寺との関係や信仰心を調査したもので、半数超の55%が菩提寺があると回答したものの、23%はなしで、菩提寺があるかどうか分からないという回答は21%だった。全日仏の広報委員会委員、報道機関が参席した。

 全日仏と大和証券株式会社が実施した同調査。菩提寺との関係や距離、葬儀に至るまで細部にわたる項目と結果を同社営業サポート部副部長の佐藤泰之氏が解説した。過疎との関連では、「菩提寺が過疎地域にある」は25%だった。さらに「仏教信者の信仰心は、菩提寺が過疎地域にあることの影響はかなり小さい」と語り、信仰と過疎の相関性には一線を画した。

 一方で、自宅と菩提寺の距離が近い(概ね1時間未満)と仏教理解や信仰に影響を与えていることから、「理解や信仰につながる仏教への関心は、距離の近さを活かしきれていない。仏教に関心をもっている人に対し、お寺の敷居は高いのではないか」と注文を付けた。

 菩提寺からの情報提供については「菩提寺との距離が遠くなると情報が来ない。都市部は情報発信が熱心」と情報提供の格差を指摘し、「各宗派が過疎地寺院をサポートしているが、情報発信のサポートは必須ではないかと思う」と助言した。また菩提寺の収支報告書の開示を求める人が仏教信者の約24%あり、佐藤氏は私見と断った上で、「過疎地で寺院近くに住んでいる人たちは、菩提寺は大丈夫かなという意識から収支を見てみたいと捉えてもいいと思われる」と解説した。

 真宗教団連合の調査結果と今回の結果を重ね合わせて佐藤氏は、「お寺から情報が欲しいと若い人たちが希望しているにもかかわらず、お寺から情報提供されていない。情報が不足すればお寺との縁が遠くなり、その次にはお寺への満足度が減る」と述べ、情報発信の重要性を強調した。

 この調査は20歳から79歳までの男女を対象に回答のあった7412サンプルを基調とした。今回の報告書は全日仏HPに掲載されている。1回目は2年前、仏教文化の認知状況などに関して行われた。どちらも全日仏HPに掲載。

2019/7/18 全日仏青 災害VC支援員研修 僧侶支援員増目指す 

 
講師を交えグループに分かれ、具体的な行動について話す青年僧ら 全日本仏教青年会(全日仏青、谷晃仁理事長)は6月27・28の両日、東京都港区の青松寺で災害時に大きな役割を果たす災害ボランティアセンター(VC)の「運営支援員」を目指す僧侶向けの基礎研修会を開催した。曹洞宗、浄土宗、天台宗、真言宗、日蓮宗の青年僧侶21人が参加した。

 研修1日目は、NPO・経団連・社会福祉協議会(社協)などが参画する災害ボランティア活動支援プロジェクト会議(支援P)や全国社協職員、社協職員、消防士などの専門家が講義。

 2日目は、参加者が「すぐに被災地に行ける者」「活動をバックアップする者」「宗門や青年会組織の役職者」のグループに分かれ、平時にできること、災害時にできることを具体的に話し合った。

 参加した全国曹洞宗青年会の原知昭会長は「VCなど支援活動の中身が分かりイメージが広がった。我々青年会や僧侶の復興支援との連携が今後の課題。今日はその第一歩目になった」と災害支援の専門家による研修に手応えを感じていた。 

 運営支援員の研修は、災害VCを設置する全国社協が主催しているが、対象者別の講習を企画するにあたり、支援P委員でもある米沢智秀・曹洞宗高雲寺住職(全日仏青元顧問)が僧侶向けの研修を提案。全日仏青との共催で実現した。

 社協が設置する災害VCは被災地でニーズの把握やボランティアの受付、ボランティア活動の調整などを行い、今や復興に欠かせない存在。運営支援員は、その災害VCの立ち上げから運営、行政・NPOとの調整など被災している現地の社協職員を助け、協働する役割を果たしている。

 運営支援員ができる僧侶はまだ少なく、災害支援関係者も担い手として期待し、研修の開催日を水害が多くなる直前の時期に間に合わせた。今回講師も務めた米沢住職は「7月以降にもし災害が起きた場合、即戦力で現場に来てほしいと考えている」と後進の青年僧らに期待を寄せていた。

2019/7/18 参院選推薦 全日仏32人 佼成会36人 本願寺派15人

 
 7月4日に公示され、21日に投開票が行われる第25回参院選(改選議席124)。いくつかの団体や教団では候補者を推薦している。

 全日本仏教会(全日仏)は32人を推薦。内訳は、自由民主党17人、立憲民主党7人、国民民主党5人、日本維新の会1人。無所属2人(7月12日現在)。公示後も推薦を受け付けており今後増える可能性がある。

 立正佼成会は36人を推薦したが、比例代表は含まれていない。内訳は、自由民主党8人、立憲民主党11人、国民民主党8人、無所属9人。

 浄土真宗本願寺派(西本願寺)は宗門推薦として15人(比例代表を含む)を推薦。内訳は、自由民主党8人、国民民主党3人、日本維新の会2人、立憲民主党1人、無所属1人(7月15日現在)。

2019/7/18 大正大学 次期学長に髙橋教授 智山派数学専攻

髙橋次期学長 大正大学(東京都豊島区)は大塚伸夫学長の任期が10月31日で満了になるのを控え、次期(第36代)学長に人間学部教育人間学科の髙橋秀裕教授を選出したと3日、発表した。任期は11月1日から2023年10月31日までの4年間。数学を専門とする学長は初。

 髙橋氏は1954年9月23日生まれ。早稲田大学教育学部理学科数学専修を卒業後、埼玉県の公立高校で数学教師を務めた。東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻博士課程修了。「ニュートン数学思想の形成」で博士(学術)。2007年から大正大学に勤務し、2012年に教授。図書館長、副学長を歴任した。埼玉県美里町の真言宗智山派眞東寺住職。著書に『ニュートン―流率法の変容』(東京大学出版会)などがある。教科書の執筆も多い。

2019/7/18 ハンセン病家族訴訟 問われたのは誰か?

横断幕に加え家族の思いを記した色紙を手にアピールした参加者。シュプレヒコールではない 6月28日、熊本地方裁判所がハンセン病家族訴訟で原告の元患者家族の主張を認める判決を出し、政府の控訴断念を訴えてきたが、7月9日安倍晋三首相が控訴をしないと表明。12日には総理大臣談話と政府声明が発表された。原告団や弁護団と支援者たちは10日、東京・永田町の衆院議員会館で院内集会を開き、控訴断念を評価。その後は首相官邸前でサイレント・アピールを行った。

 ハンセン病療養所である多磨全生園で入所者と30年余り交流を重ね、18年前のハンセン病訴訟では原告団をサポート。現在は「ハンセン病首都圏市民の会」の事務局長を務める酒井義一氏(東京都世田谷区・真宗大谷派存明寺住職)にインタビューした。

院内集会で発言する酒井義一氏 ――ハンセン病元患者が原告となった18年前の訴訟に続いて、今回の家族訴訟も全面的にバックアップされた。今の感想は。
 やったぜ、2連勝という気分です(笑い)。国を相手にした裁判なので容易ではないのですが、国を動かして国賠訴訟で2度勝訴したというのは、それだけ被害が重かったということでもあり、それを裁判所も総理も認めたのだと思います。

 また多くの人たちが我がこととして関わってきたということがあったと思います。多くの人というのは、自分自身はもちろんですが、マスコミや国会議員、弁護団、それに宗教者を含め、それぞれ責任ある人たちのことで、過ちを犯してきたという歴史を胸に、それを回復させ、贖罪の道を歩まなければならないという強い意志があった。それが勝利の裏側にあると思います。

 ――隔離政策に無関心でいたということは容認ないし肯定に等しいと弁護団も自己批判的に述べています。隔離の影響は、ハンセン病当事者のみならず、家族にまで及んでいた。
 私は真宗大谷派ですが、1996年の「らい予防法」廃止のときに教団として声明(ハンセン病に関わる真宗大谷派の謝罪声明)を発表しています。そこで家族の被害に言及しているんです。今から考えると、あの時点でよく言及できたなと思うのですが、ただしその後、家族の声をきちんと聴いてこなかった。そうした歴史が今日まで続いている。内実が伴わなかったというのは、自分自身の反省でもあります。

 ――その謝罪声明では「隔離されてきたすべての『患者』と、そのことで苦しみを抱え続けてこられた家族・親族に対して、ここに謝罪します」とあります。
 遅きに失しましたが、私自身、今回の家族訴訟が始まった3年前から、ハンセン病だった方々の家族の声を真剣に聴くように心がけました。それまでは、入所者の方々が中心でしたから。
 それに故郷に帰れないのは、家族が拒否しているからではないかと、どちらかというと家族が加害者のような見方がまかり通っていた。しかしそうではなくて、隔離政策によって、本来親しくあるべき家族に、そうした行為や言動をさせてしまった世の中や私たち宗教者にも責任があると思うのです。悩み、苦しんでいた元患者の家族に無関心だった。

 これまで入所者ばかりに目が向き、家族や親族にまで考えが及ばなかった。でも家族の側から出来事を見ると全く違った風景が見えてくる。家族も追い込まれ、誰にも打ち明けられず、孤立していたわけです。「筆舌に尽くしがたい」(安倍首相発言)状況にあったことが、見えてなかった。

 それが今回の訴訟で、きちんと耳を澄まし、目をこらして、現実を見なさいということが問われた、そういう裁判だと思います。

 ――宗教界に一言
家族の方々の苦しみや悲しみに対して、隔離政策に加担してきた宗教界の多くは沈黙しているのが現状ではないでしょうか。この訴訟によって問われているのは誰ですか? 私たちの一体何が問われているのですか? 宗教者は、このまま終わってしまっていいのですか? 宗教者にはそう強く問いかけたい。

2019/7/25 参議院議員選挙推薦候補当選者 全日仏17人、佼成会23人、本願寺派7人、日蓮宗2人 


 全日本仏教会(全日仏)は加盟団体からの申請をうけて32人を推薦し、17人が当選した。

 立正佼成会は36人を推薦し、23人が当選。自由民主党8人(推薦8人)、立憲民主党5人(推薦11人)、国民民主党3人(推薦8人)、無所属7人(推薦9人)。

 浄土真宗本願寺派(西本願寺)は宗門推薦として15人(比例代表を含む)を推薦し、7人が当選した。当選者は以下の通り(所属と選挙区)。
 林芳正(自民党・山口)馬場成志(自民党・熊本)河井あんり(自民党・広島)森本真治(国民民主党・広島)松山政司(自民党・福岡)東徹(日本維新の会・大阪)堂故茂(自民党・富山)。

 日蓮宗は4人を推薦し、2人が当選した。当選者は以下の通り。
 武見敬三(自民党・東京)西田昌司(自民党・京都)。以上、敬称略

2019/7/25 第53回仏教伝道文化賞 本賞に藤田徹文氏(本願寺派僧侶)、沼田奨励賞に森村森鳳氏(同朋大学教授)

藤田徹文氏 公益財団法人仏教伝道協会(木村清孝会長)は18日、第53回仏教伝道文化賞選定委員会(大久保良峻委員長)を開催し、仏教伝道文化賞に藤田徹文氏(78、浄土真宗本願寺派光徳寺前住職)、沼田奨励賞に森村森鳳氏(62、同朋大学教授)を選定したと発表した。贈呈式は10月17日午前、東京都港区の仏教伝道センタービルで行われる。

 仏教伝道文化賞は国内外で仏教関連の研究や論文、美術や音楽、仏教精神を基に活動する実践者など、幅広い分野で仏教精神と仏教文化の振興と発展に貢献した人物や団体を顕彰。今後の仏教伝道を通じた文化活動の振興が大いに期待できる人物や団体に沼田奨励賞が贈られている。

 藤田氏は本願寺派教学本部伝道院部長等を歴任。多数の伝道書を刊行し、長年にわたり全国各地で法話会を開催する等、伝道一筋に生き、多くの人々を仏の道へと導いた功績が評価された。

森村森鳳氏 森村氏は中国長春市出身。野間宏作品等を通じて仏教や親鸞の教えに触れ、『歎異抄』の中国語訳等の活動を通じて仏教思想の伝道に従事したことを評価。今後の活躍が大いに期待される。

 受賞者には文化賞500万円、沼田奨励賞300万円の賞金と記念品が贈られる。

受賞コメント

いただいた喜びを…藤田徹文
 受賞にはびっくりしました。多くの本を書いてきたが、教えをいただいた喜びをみなさんにも聞いてもらいたいと思いやってきた。私が生きる意味でもある。法話会に呼んでもらい全国を回りましたが、一人ではできなかったと。ご縁があってこそできることです。
本も法話もその時に問題にしていることを書き、話している。最近よく考えるのは「心」の問題。心は揺れてばかりなのに、自分の心を大事にしすぎてはいないか。与えられた身を安定させることを考えなければいけないのではないか。昔は「心身」ではなく「身心」の順番だった。「身豊かに」「身安らかに」そんなことを思っている。

光当ててくれた…森村森鳳
 少女時代に文化大革命を体験した私は、人間の残酷さと、それによってもたらされた数多くの惨劇を目の当たりにしました。以来、人間存在の悪について、生きる意味についての問いかけが私を捉え続けていました。
 親鸞に出会ってから私は親鸞の著作も、その中に引用された仏典もひたむきに読み、真実に出会う喜びを常に感じ、私を捉えていた問いかけも深められています。私は、出会った真実の教えを今の厳しい時代に生きている方たちに伝えるために努力していますが、このような小さな営みに、光を当てて下さったこの賞に深く感謝しております。これからも、力を尽くしていきたいと思います。

2019/7/25 映画『マントー』ナンディタ・ダース監督が来日 表現の自由を貫いた生涯を描く


上映会に合わせて来日したナンディタ・ダース監督 今から70年前のインド・パキスタンで、表現の自由を貫き、社会と戦った作家マントー。その生涯を描いた映画『マントー』(2018年/インド・フランス/114分)が、4日から7日にかけて東京・大阪で開催された東京外国語大学TUFS Cinema「南アジア映画特集」(東京外国語大学南アジア研究センターほか主催)で日本初上映された。併せてナンディタ・ダース監督も来日。なぜ、いまマントーを題材にしたのか聞いた。

 サアーダット・ハサン・マントー(1912~55)は反英運動の中心地であった北インドのパンジャーブで生まれ育ち、47年の印パ分離独立の後にはパキスタンに移り住んだ。激動の時代を生きたマントーの作品は娼婦や女衒、市井に生きる人々の奥深い心理を描き、宗教間対立が深まる印パ独立の時代を切り取る「動乱文学」も残した。作品が「猥褻」との非難を浴び、パキスタンで発禁処分や裁判にかけられ、次第にマントーは酒に溺れていく。

 映画では、その生涯を描きつつ、弱い立場におかれた娼婦の姿や、動乱のなかで性暴力に遭う少女、印パ分離独立によって引き裂かれる人々を描いた彼の短編作品が、折々に挿入され、その時代とそこにいた人々、表現の自由を貫く戦いを同時に映し出す。

 いま作家マントーを撮ろうと思ったのはなぜか。ダース監督は、「私はアイデンティティ政治にずっと関心がありましたが、マントーは70年前からそれに関して、表現の自由を追求しながら作品を書いていた」。ありのままの姿をとらえる作品が「猥褻」と批判されたマントー。「何が猥褻で、何が正しいのか。誰がそれを決めるのか。非常に難しい問題ですが、このことをマントーを通して考えてほしいと思ったのです」。現代インドでも表現の自由を求める人が逮捕されたり、困難な状況にあるとし、「現代のマントー」にも勇気を届けたかったと話す。

映画『マントー』のポスター 初監督作『Firaaq』(2008年、日本未公開)では2002年のグジャラート州での宗教暴動を描いた。本作でも印パの分離独立、イスラームとヒンドゥーの対立が描かれた。「精神的にしっかりしていれば宗教は何だろうと関係ないと私は思っています。問題なのは人間が宗教を使おうとしていること。それによって色々な問題を起こしている」と指摘する。

 特定の信仰はないというダース監督だが、「私の理解のなかでは、精神的にも理論的にも仏教徒に一番近い」という。「仏教徒が持つ生活スタイル、哲学、生き方は素晴らしいと思っています。アンベードカルが不可触民の改宗運動をしましたが、仏教は人を変えようとするものではないでしょうか」。

 俳優としても性的マイノリティ、民族紛争や身分差別、男女差別など物議を醸すテーマを扱う作品に多数出演。大学時代にはソーシャルワークを学んだダース監督は、現在も子どもの権利や女性への暴力など、社会から排除される人々を支援するNGOに協力、積極的に発言し、行動する。

「女性たちの問題は数字だけでは見えてきません。インドには先進的な女性もたくさんいますが、その一方で、性暴力やDVなど、虐げられている女性たちが今もいるのです」。こうした問題を知ってもらうために活動しているという。「インドも日本も似たような状況があるかもしれません。本当のトップに行ける人は少なく、力があってもそれを発揮できない女性が少なからずいます。力ある女性がいたとしても、社会として女性の話を聴こうとする環境がなければ、女性を活かしていく社会になりません」。

 ダース監督は東京外語大と大阪大学での上映会では映画解説や来場者とのQ&Aで交流。東京外語大では9日に「現代インド女性をめぐる問題:女性として、活動家として」と題した国際ワークショップも行った。

(『マントー』の字幕翻訳は、本紙で連載『映画で観るインド』を執筆した藤井美佳さんが担当した)

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2019/6/6 H-1法話グランプリ 神戸・須磨寺 安達瑞樹氏に初代栄冠 笑顔生まれる法を説く

トロフィーを手にするグランプリの安達氏(右)と審査員特別賞の山添氏 若手僧侶たちが法話を披露し、「また会いたいお坊さん」を選ぶ「H1法話グランプリ」が2日、神戸市須磨区の真言宗須磨寺派大本山須磨寺で開かれた。超宗派の僧侶らが地域を超えて参加する初めての大会で、曹洞宗長楽寺(兵庫県篠山市)の安達瑞樹住職(44)がグランプリに輝いた。審査員特別賞には、浄土宗の山添真寛氏(50、京都市)が選ばれた。

 出場したのは7宗派の8人7組。審査員5人と来場者の投票でグランプリを決めた。ルールは10分の制限時間だけ。キーボードの演奏に合わせて歌ったひのう姉妹(石川県小松市・真宗大谷派西照寺)やオリジナルの紙芝居を使った山添氏らが会場を沸かせ、来場者約450人は楽しそうに仏法に耳を傾けた。チケットは発売から2日で完売したという。

 「グランプリの安達住職は駒沢大の落語研究会出身。「笑うみんなが観音さま」と題し、檀信徒からもらったスズムシの飼育がきっかけとなった小学生との交流から、「何気ない生活の中で、受け継がれるいのちについて少しでも考える時間を持てば、笑顔につながるのではないか」と説き、独特の調子で来場者を引き込んで「ウケ」をさらった。

 「28歳の布施」を題に、等身大の布教をみせた最年少出場者、天台宗正明寺(兵庫県姫路市)の小林恵俊副住職に、予定外の奨励賞が贈られた。

 審査委員長の釈徹宗・浄土真宗本願寺派如来寺住職は、「大変まれな超宗派の法話大会が実現された」と評価。その上で、「優劣や巧拙を競うのでなく、一丸となって仏法を伝えるという思いに打たれた。この取り組みが契機となって仏縁を深めてもらえたら、とても意義があること」と語った。

 年間200を超える法話で全国を回る林覚乗・高野山真言宗南蔵院住職が記念法話を行い、「一人ひとりが幸せになるために話すことが本当の布教。宗派の宣伝と布教を間違わないことを、これから修行していってほしい」と激励した。

 実行委員長の小池陽人須磨寺副住職(32)は「自分も出たかった」と挨拶。「仏教の可能性を感じられた一日だった。一回で終わるのでなく、継続していけるよう進めていきたい」と話した。

2019/6/6 真如苑 ハワイ灯籠流し20周年 摂受融和の心を世界へ 

アラモアナ・ビーチに7千艘の灯籠が浮かび、海面を照らした(5月27日夕) 真如苑(総本部・東京都立川市)は米国メモリアルデー(戦没将兵追悼記念日)にあたる5月27日、ハワイのアラモアナ・ビーチで20周年となる灯籠流しを行った。ビーチには5万人が参集。特設ステージではハワイ伝統のオリとフラ、和太鼓や仏教儀式からなるセレモニー、それに伊藤真聰苑主の祈りの言葉が続いた。午後7時頃から続々と灯籠が海面に流され、7千艘が波間を揺れ動いた。今年からハワイ州政府、ホノルル市、市議会の理解と承認を得て真如を冠して「真如ハワイ灯籠流し(Shinnyo Lantern Floating  Hawaii)」となった。

 午後6時過ぎ、勇壮な真如太鼓によるプレ・セレモニーで幕開け。地元テレビの著名な男女の司会者が進行を担当し、1999年の最初の灯籠流しとその後の歴史や、主催する真如苑の紹介と今回の真如を冠した意味などを伝えた。またハワイ州のデービッド・イゲ知事夫妻をはじめとする来賓や参席した地元の宗教者が発表された。

 本セレモニーでは、真如苑の職衆らに続いて伊藤真聰苑主が入場。苑主はマイクの前に立って挨拶し、まずは関係各方面の協力に感謝の言葉をおくった。さらに、真如苑開祖・伊藤真乗と妻の摂受心院(友司夫人)が開いた「誰もが『生きる意味を見出し、喜びで人生を歩める』よう、一人ひとりの善なる個性、大いなる可能性を輝かせる『真如』の道」を紐解いた。その上で「生かされることに気づき、『有り難い』と感謝したなら、善き個性、即ち智慧と慈悲が生まれます。そして足許から優しく温かく、利他に努めることで、その個性は光り輝きます。他のために捧げる信実・真如の灯りは、世界平和を進める確かな力となるのです」と宣言。

 そして「個々の力は小さくとも皆が手を繋ぎ、慈しみの行いを結集すれば、過去の魂、今の私たち、さらに未来の命を照らします。お互いを認め、受け入れ、協調する摂受融和の心をハワイの海から遍く拡げ、真如、心の光をシェアしてまいりましょう!」と呼びかけた。(続きは紙面でご覧下さい)

2019/6/6 川崎殺傷事件 動機はどこに? 宗教者は何ができるか 識者に聞く①


事件の現場に多くの花束やお菓子が寄せられ、手を合わせる人が続いた(5月30日) 5月28日朝、川崎市の登戸駅近くでスクールバスを待つ児童の列に51歳の男性が襲いかかり、外務省職員と児童2人の死亡を含めて20人が殺傷された。容疑者はその場で自死した。そのため動機の解明は困難を伴う。容疑者は就労体験がなく、引きこもりとされる。かといって、引きこもりによる事件が相次いでいるわけではない。不登校や引きこもり、家族の問題に取り組む識者にコメントをいただいた。

ふれいあいたいのにふれあえない 自虐は一転、他罰的行為に
(富田富士也/子ども家庭教育フォーラム代表、教育心理カウンセラー)

 誰一人この世にいわゆる〝悪い子〟で生まれた人はいません。そして誰一人〝悪い子〟に育てようと子育てした親や保護者はいません。しかし現実には人が人の命を侵す事件が繰り返されます。

 川崎市多摩区でスクールバスに乗り込もうとしていた児童ら19人が51歳の男性容疑者によって次々と殺傷される事件が起こりました。男性は犯行後、その場で自ら命を絶ったため動機などの真意を聞くことはできません。そのため男性の人格が誕生から事件を起こすまでにどのように変容していったかは憶測でしか語られません。幼少期に両親離婚。そして、伯父夫婦と同居。長期間、無就労在宅の身で世間との関わりもなく引きこもり状態とのことです。

 報道で紹介される男性の人恋しさと孤独の、葛藤ともいえる中学生時代の寂しい顔写真をみていると、彼の人格の形成、成長に世間とのふれあいがどれほどあったのかと思いを馳せます。

 学齢、青年期の不登校を経て、仲間集団になじめず無就労在宅にある成人を「引きこもり」と名付けるようになって30年になります。

 この間にネットやパーソナル的価値観も広がり、引きこもりの成人は不登校とは無関係に増え身近に居ても世間には見えにくくなっています。すでに子は50代に入り親は80代です。国は「8050問題」として、就労を自立の切っ掛けにしていますが、「人とふれあいたいのにふれあえない」引きこもりの疎外感は就労以前の課題です。出会い、ふれあい、信頼の獲得がまず先です。

 昼夜在宅の有無に関わらず、成人後も人と交流する術(すべ)を得られない苦悩は、子の立場にこだわる限り年齢に関係なく子育て環境への不条理になります。この嘆きへの空しさが募り果てると自虐的な言動が一転、衝動的な他罰的行為になりがちです。だから殺害した人にも自死念慮があったのです。本当に業縁を感じます。

 避け難いデジタルな人間疎外の日常にあって、とりわけ他者に防衛的なはかなげな人やプライドの高い人の不条理を察して、付かず離れずにその嘆きにアナログで耳を傾け「私も一緒」と関係を築いていける僧侶にあらためて期待します。

深刻化する当事者の高齢化 お寺は「こころの居場所」を
(神仁/全青協主幹、臨床仏教研究所上席研究員、東京慈恵会医科大学講師)

 今回の事件のようなことはこれまでもありました。例えば、大阪の池田小学校事件(2001年)、秋葉原の無差別殺傷事件(2008)などです。いずれも犯人は、自ら死ぬことを意識して犯行に及んでいます。川崎の事件も同様でしょう。

 人は自尊感情(自己肯定感)を持ち得ないと、孤独感や孤立感、疎外感に苛まれます。その内面的な負のエネルギーは、他者や自分自身に向かいます。他者に向かうと殺傷事件となり、自身に向かうと自傷行為、さらには自死へ至る可能性があるのです。今回の事件もその両者を含む典型的なケースだと言えるでしょう。他殺と自殺は、まさにコインのウラオモテなのです。

 引きこもり状態にある当事者に限らず、現代社会では世代を超えて「自分は生きている意味などあるのか」「このような世界に生まれてこなければ良かった」「早く死んでしまいたい」という「いのちの痛み」(スピリチュアル・ペイン)を抱えている方が多数存在します。私を訪ねてくれる相談者の多くは、その「いのちの痛み」を抱えていらっしゃる方々です。

 内閣府が3月に発表した「中高年の引きこもり調査」というものがあります。40~65歳の男女5千人の調査から、回答を得たうちの1・45%がひきこもりに該当し、全人口ではおよそ61万3千人が、引きこもり状態にあるとしています。引きこもりは決して若年世代の問題ではないのです。「8050問題」と言われるように、引きこもり当事者と親たちの高齢化は年々深刻化しています。

 とはいえ、引きこもり当事者が殺傷事件を起こす確率は極めて少ないと言えます。なぜならば、他人と顔を合わせるのが怖く、外出ができない当事者が多数だからです。人を殺傷したり、自死を選択するエネルギーを持ち合わせていないのです。

 そのような彼ら彼女らにとって重要なことは、やはり自尊感情を取り戻すことです。そのためには社会の中に、いのちといのちの繋がりを感じることのできる場所や空間の存在が重要です。「自分は人から必要とされている」「生きていても良い存在なのだ」「この世に生まれてきて良かった」と実感できるような場が必要なのです。

 お寺は、引きこもり問題には関係ないと切り捨てるのではなく、地域社会に開かれた空間であり、「こころの居場所」となってほしいと願っています。人と人とのご縁を紡ぐ場所、見える命と見えないいのちの繋がりを実感してもらう空間として、お寺の存在意義を発揮してもらいたいと思います。

 今回のような悲劇を繰り返さないためにも、お寺の潜在的な力をぜひ顕在化させてください。(談)

2019/6/13 最高裁 曹洞宗の上告棄却 元愛知学院理事との訴訟 宗門「遺憾な判決」


 宗議会議員(元を含む)で元愛知学院理事4氏に対する懲戒処分は「無効」とした東京高等裁判所の判決(昨年11月15日)を不服として曹洞宗(鬼生田俊英宗務総長)は最高裁判所に上告していたが、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)は7日、これを棄却した。平成28年(2016)3月から続いた裁判劇は3年余で幕を閉じた。

 今判決について曹洞宗の成田隆真人事部長は「曹洞宗だけでなく他教団にも関わることであり、極めて遺憾な判決。精査の上で対応していく」と語った。
 
 裁判に注目する関係者は「懲戒処分(分限停止)の期間は終了し、宗議会議員選挙も行われたので、最高裁判決が教団に与える影響は少ないのではないか」と推察する。ただし曹洞宗側はかねてから「裁判所は今回のような教団内の問題に関与すべきではない」と主張してきた。政教分離や信教の自由にも抵触しかねないため、「今後さらなる研究が必要だ」と訴えた。

 一方、宗教団体の裁判に詳しい紀藤正樹弁護士によると、昨年11月の東京高裁判決は、半年前の同年5月の東京高裁判決が影響を与えたとみる。文化庁宗務課発行の『宗務時報123号』にその判決抜粋が掲載されている。教団構成員と教団との間で争われた「処分無効確認等請求控訴事件」である。

 紀藤弁護士は、曹洞宗のケースと似た点があるとし、解説の結論に着目する。「本判決は、団体の自治権ないし自律権並びに信教の自由及び結社の自由のある宗教団体であっても、構成員に対し著しく不利な処分を一方的に課す場合、適正な手続きに則っとらなければ、公序良俗に反し、懲戒権の逸脱・濫用とされる場合があることを示し、実際に当該場合に当たると認めた初めての事例であり、執務上、非常に参考になると思われる」(P26)

 そのうえで紀藤弁護士は、「宗教団体であっても最高法規である『憲法秩序』(手続的正義)に違反するようなことがあってはいけませんよ、ということでしょう」と説明する。(続きは紙面をご覧ください)

2019/6/13 全日本仏教婦人連盟 新理事長に本多氏〝責任もって仏婦の伝統継ぐ〟


本多端子新理事長 (公社)全日本仏教婦人連盟(全仏婦)は4日、東京都台東区の聖観音宗大本山浅草寺で第7回総会と理事会を開らき、末廣久美理事長の任期満了に伴い、新理事長に本多端子氏を選任した。任期は2年間。

 理事会で推薦を受け新理事長に就任した本多氏は「身の引き締まる思いです。私のような若輩者が後を継いでいけるか不安ですが、引き受けるからには責任をもってやろうと思っています」と抱負。「皆さまと手を携えて、仏婦の伝統を守りながら、末廣理事長、篠田副理事長の後を歩んでいきたい」とし、協力を呼び掛けた。

 本多新理事長は平成18年から全仏婦理事。今年、東本願寺派婦人会理事長にも就任した。自坊は東京都台東区の浄土真宗東本願寺派妙清寺。

 また副理事長には梨本三千代氏(真言宗豊山派)が選任された。常務理事には松井百合子氏(曹洞宗)、大橋百合子氏(真言宗智山派)、花岡眞理子氏(真言宗智山派)、日比野郁皓氏(浄土宗)、丸山弘子氏(学識経験者)が選任された。

理事長は体力勝負 若い世代に期待

 理事会に先立つ総会では4期8年間にわたり理事長を務めた末廣久美氏が感謝と新時代の仏婦への期待を語った。

 平成13年に副会長として全仏婦に参画、平成23年に理事長に就任した末廣氏は、「良いご縁もいただいてとても幸せでした。しかしながら理事長職は体力勝負。健康でないとやっていけません。何かあった時にご迷惑をおかけすることになる」と退任の理由を語った。続けて、「私たち仏婦は時代に即応した活動をしてきました。女性に活躍してほしいという期待があります。これは政府も仏教界も言っている。これからは若い方々に大いに頑張ってもらって仏婦を盛り立ててほしい」と後任へ思いを託した。

 末廣理事長を支えてきた篠田節子副理事長も今期で退任。今後は末広氏は参与、篠田氏は監事として参画する。

2019/6/13 川崎殺傷事件 動機はどこに? 宗教者は何ができるか 識者に聞く②

無力だった責任を真摯に 温もりある眼差しを 
(広瀬卓爾/佛教大学名誉教授、浄土宗平和協会理事長)

 筆者は、約40余年の期間、社会病理学という研究領域を専らにしてきた。関心を寄せた事象は犯罪であるが、とりわけ人々の犯罪に対する意識についての分析が主である。人々はどのような行為や人を犯罪ないし犯罪者と認識するのか、また犯罪の予防や統制についてどのような考えを有しているのか等々が研究の中身であったが、これらの研究を通して覚えたのは、「マス・メディアの社会病理事象や犯罪事件に関する報道のありようが、当該事象の抑制につながるどころか、逆にそれらを増幅・増殖する結果を招いているのではないか」という思いである。

 また、私たちの時代と社会は、当該事象の再発防止や低減を真に願っているのだろうか、本気なのだろうかと、研究的視角とは異質の感覚で強い疑念を抱くに至っている。表向きは社会正義をかざし、事案の発生に憂慮を表明しながらも、人々の欲情をことさらに煽るばかりで、問題の解決とはおよそほど遠い角度の報道が少なくない。

 さて、本紙から意見を求められたのは5月28日の「川崎殺傷事件」についてである。すでに、いわゆる「ひきこもり」と本事案とを短絡的に結びつける報道に対しては、連日厳しい批判が加えられており、いまさらながらの感無きにしも非ずだが、時をおかずに東京・練馬区で起きた事件の、息子を殺害した76歳の父親の殺害動機に関する供述も契機の一つになって、非人権的報道や誤解を招くような扇情的報道はある程度抑制されつつあるように思う。精神的な疾患をもつ「病者」とその家族に対する人々の眼差しが温もりあるものに変化することを祈るばかりである。

 事件が起こるたびに、私と同じ浄土宗に所属する僧侶の友人が遺した言葉を思い出す。「罪を犯してしまった人、自死を選んで亡くなった人、そのような人たちがその境遇に至った責任の一端を、僕たち僧侶は本気で負うべきではないのだろうか? 我々が彼や彼女の生の営みに無力であったことに、いささかでも思いを馳せ、真摯に受け止める姿勢なくして、法など説くべきではない」。実に重たい言葉であると胸に刻んでいる。

様々な要因から事件に 僧侶は胸の内に耳を
(高野光拡/長崎・日蓮宗本立寺住職、臨床心理士、公認心理士)

 臨床心理士としてお寺で「引きこもり」の相談対応をする中で、川崎の事件については似たような境遇の方々から「うちもそうなるのだろうか」と不安の声が吐露されることがあります。私はそのたびに「境遇が似ていても、そうなるとは限りません」という当たり前のことをお伝えしています。

 この事件について私がまず強調したいのは、事件の原因や動機を「引きこもり」だけに帰属するのはメリットが少ないということです。61万人とも100万人とも推計される「引きこもり」の内の一人が事件を起こしたからと言って、全員がそうなるわけではありません。今回の事件に至るまで、犯人の性格特性、家族を含むこれまでの対人関係、サポートの有無、幼少期から直前まで積み上げてきた経験など、様々な要因があったと思います。言い方を換えるなら、事件を回避するためのたくさんの選択肢があった中、悪い条件が重なりたまたまそこまで至ってしまった、という見方ができるのではないでしょうか。

 引きこもり対応の基本的な方向としては「誰かとつながる」「つながった者が耳を傾ける」ことが大切だと考えます。しかしながら、「引きこもり」と「事件」を関連付けることで起こる「恐れ」や「不安」は、当事者や家族とつながろうとする気持ちそのものを萎えさせかねません。「あいつは引きこもりだから危ない」という視線を受ければ、当事者はさらに追いつめられるでしょう。

 当事者やご家族、またはその支援に携わる方々は、このことに十分留意し、「引きこもり」と「事件」のつながりに必要以上に捉われてはいけないと、自戒の意味も込めて思います。

 現実はもっと多様で、それぞれの事情や関係があります。自分の心の色眼鏡を自覚し、それを外して世界を「そのままに見る」という「正見」を目指す僧侶こそ、「引きこもり」というレッテルに惑わされることなく、その苦しい胸の内に耳を傾け、一人の人間としての相手に寄り添う存在であって欲しいと願います。

2019/6/13 奉還の遺骨を追悼 宗教者市民連絡会が訪韓

遺族に奉還した遺骨が埋葬された墓碑前で読経する僧侶たち(写真=連絡会提供) 日本で死亡した朝鮮半島出身者の遺骨奉還を目指す「遺骨奉還宗教者市民連絡会」は2~4日、韓国を訪問した。かつて奉還が実現した物故者を追悼しようと、遺骨が安置される国立墓地「望郷の丘」(チョナン市)とソウル市立墓地(パジュ市)に参拝したほか、遺骨奉還の韓国政府担当課を訪れ意見交換した。

 戦時中に動員されるなどして帰国を果たせぬまま死亡した人らを弔う望郷の丘。連絡会世話人で浄土真宗本願寺派一乗寺(北海道深川市)の殿平善彦氏は、1970年代から北海道で市民らとともに発掘を続け、16人分の遺骨を奉還した。

 一行約10人は、遺族に返すことができた遺骨が埋葬された墓地や納骨堂を巡拝。謝罪を求めて受け取りを拒否する複雑な感情も遺族にはあると伝えた殿平氏は、奉還した遺骨一人ひとりの名を呼ぶとともに、「東アジアの平和に向けて力を尽くしたい」と誓った。

 続いて向かったのは、殿平氏が共同代表を務めた民間団体が奉還した北海道の遺骨115人分が安置されるソウル市立墓地。2015年に「70年ぶりの里帰り」を合言葉に北海道を出発し、東京や京都、広島など各地で追悼法要を営みながら遺骨を韓国へ届けた。

 望郷の丘から同行する遺族2人も立ち会った。僧侶3人の読経が響く中、兄を亡くしたという男性は涙を流しながら手を合わせ、参拝者たちは物故者に思いを馳せた。

 韓国中央行政機関の行政安全部強制動員犠牲者遺骨奉還課も訪れ、担当者と意見交換した。連絡会設立の目的や、引き揚げ途中に長崎・壱岐島で死亡した朝鮮半島出身者の遺骨を、委託先となっていた埼玉県から壱岐島へ移動させる活動などを説明した。

 韓国側の担当者は、壱岐島や沖縄、山口県宇部市の海底炭田「長生炭鉱」などの現状は認識しているとした上で、沖縄への現地訪問も視野に奉還に前向きな姿勢を示した。

北朝鮮も訪問
 殿平氏は訪韓に先立ち、5月中旬に北朝鮮を訪問し、遺骨奉還の窓口となる朝鮮対外文化連絡協会の担当者と面談した。本願寺札幌別院(札幌市中央区)に安置される北朝鮮出身者の遺骨13人分の奉還について意見を交わし、遺族調査を含め互いに努力を継続することを確認した。

 北朝鮮出身者の遺骨が多く安置される浄土宗祐天寺(東京都目黒区)に父の遺骨がある遺族にも面会。かつて入国を拒否され、果たせなかった参拝を実現したいとの強い意志があったという。また、2千人を超える遺骨を埋葬したとされる平壌郊外の日本人墓地「龍山墓地」にも参拝した。

 殿平氏は韓国・北朝鮮ともに解決に向けた意向を確認できたと述べ、「届ける一方で、持ち帰らなければいけない遺骨もある。外交問題と捉えてはいけない。人道的問題として、連絡会で具体的な取り組みを進めていきたい」と強調した。

2019/6/20 G20諸宗教フォーラム2019京都 「寛容と相互尊重」をG20サミットへ 清水寺で宣言文発表

 
一般参拝者も見守る中、宣言文が読み上げられた 今月下旬に大阪で開かれるG20サミットに向け、世界各国の宗教指導者らが教派と国を超えて京都市に集い、現代社会の課題について経済成長とは異なる視点から意見を交わした「G20諸宗教フォーラム2019京都」が12日、閉会した。2日間で議論した8課題に対する提言をまとめた宣言文を採択し、東山区の清水寺で発表した。宣言文は14日、G20サミットに臨む日本政府に届けられた。

 出席者約70人と一般参拝者が集まった西門前で、伊奈波神社(岐阜市)の上杉千文宮司が日本語で、京都精華大のウスビ・サコ学長が英語で読み上げた。宣言文では主要国の指導者に対し、「自国の利益を尊重するだけでなく、地球全体を俯瞰する視座から、指導力を正しく発揮できることを望む」と要請。国益優先の傾向が加速すれば、「行き着く先は国家間の対立と衝突」と指摘した上で、「寛容と相互尊重の立場に立って、協調路線を取ることを望む」と主張している。

 さらに、核軍縮に向けた努力がある一方で、東アジアは弾道ミサイルの脅威にさらされていると注意を喚起し、「唯一の戦争被爆国日本において開催されるG20首脳会議では、核兵器及び弾道ミサイルの廃絶へ向けて明確な意思を示すことを強く望む」としている。

 宣言文発表前には、大阪府佛教青年会の寺本憲生会長や村山博雅氏ら8人が読経したほか、インターハイに出場する一燈園高少林寺拳法部6人が演武を披露。平和の祈りを込め、出席者全員が梵鐘の音を響かせた。(続きは紙面でご覧下さい)

2019/6/20 川崎殺傷事件 動機はどこに? 宗教者は何ができるか 識者に聞く③

原因を直せば治る ひきこもりへの偏見懸念 
(作田勉/日本保健医療大学総長・精神科教授)

 令和元年5月28日早朝、痛ましい事件が起きた。川崎市の、ある小学校のスクールバスを待っていた大人や子供たちが、後ろから来た男に次々に刺されたのだ。その男は五十一歳、がっちりした体型で、約50メートルにわたって、2本の長い柳刃包丁で次々と刺した。後ろから刺されたのでは男性でも防ぎようがなかったであろう。気が付いたスクールバスの運転手が「何をやっているんだ!」と叫んだ。そこで男は、もうだめだ、と思ったのか、さらに10メートルほど走った後に、自分の首を包丁で刺し、死んだという。

 男の経歴を調べると、幼少期に両親が離婚、伯父伯母に預けられた。学校を卒業後に定職につくことはなかったというから、伯父伯母は育てるのに苦労した事と思われる。両親が離婚していなければ大きく違っていたかもしれない。病院の通院歴はないが、いわゆる引きこもりであったようだ。部屋にはインターネット等はなく、事件雑誌が数冊あった他には、意味不明の言葉が書かれたノートがあったという。

 最終的解明には、精神科医の介入が必要な事件と思われる。そして、そのまえに、これらの事件の容疑者が引きこもりの人間だからといって、ひきこもりの人に対して偏見を持つような風潮が広がることを懸念するものである。引きこもりはいろいろな原因があってなるのであって、その原因を直せば引きこもりは治るものであるからである。

戦後民主主義の欠陥表出 支え合う「場」の再構築を
(藤大慶/京都・本願寺派西福寺前住職、社会福祉法人るんびに苑理事長)


 川崎殺傷事件、元事務次官の息子殺人事件、またまた悲惨な事件が発生しました。以前から予想していた通り、このような事件は今後も頻発することでしょう。なぜなら、素晴らしいと思っていた戦後の民主主義・自由主義の欠陥だと思うからです。

 四十数年前から、当時子どもたちに見られたシンナー吸引・校内暴力・家庭内暴力・不登校・いじめ・深夜徘徊等々、個々の現象に対処してきましたが、都会だけではなく田舎にも頻発していることに気づき、問題はどこにあるのかと考えさせられました。
 
 今日、政治・教育・医療・福祉、さらには家庭にまで民主主義・自由主義が浸透しています。その結果、ごく一部を除き、地域も家庭もバラバラになり支え合うことが出来なくなっていることが問題のようです。

 また、自由主義は能力主義となり、すべてに恵まれた者は脚光を浴び、そうでない者は当てにもされず、生きる希望を無くし格差は広がるばかりです。ワーキングプア・ネットカフェ難民・引きこもり・精神疾患・自殺願望等々から抜け出せない者は、自己嫌悪に陥ります。

 しかも、そういう惨めな思いをしている者を、思いやる配慮もなく、傍若無人に見せびらかす者たちが、彼らの心をますます傷つけていきます。幸せそうな者を見ると腹が立つ、世の中が悪いんだ、誰でも良いからメチャクチャにしてやりたいという衝動が沸き上がってきます。かといって、強いものには立ち向かえないので、幼児・女性・母親等に矛先が向くのです。

 私たち仏教徒は、被害者・加害者の気持ちを分かろうと努めると同時に、釈尊や祖師方の心に立ち返り、民主主義・自由主義の欠陥を埋め、真の民主主義・自由主義を確立し、皆が支え合い、一人ひとりが大事にされる場(村)を、寺を中心に再構築してほしいと願うばかりです。

2019/6/20 第39回 日韓・韓日仏教文化交流大会 「環境問題と仏教」考える 寺院の自然 大きな強み

 
日韓僧俗200人が般若心経を読誦 日韓仏教交流協議会(藤田隆乗会長)主催、韓日仏教文化交流協議会(圓行会長)共催による第39回日韓・韓日仏教文化交流大会が11日から15日まで、北海道内で開催され、両国合わせて約200人が参加した。メインの法要は札幌市の曹洞宗中央寺で厳修された。中央寺は同会顧問・大会総裁の南澤道人氏の自坊であり、2008年の第29回大会でも会場となった。

 南澤氏が大導師となった平和祈願法要では、両国共通のお経である般若心経を僧俗で読誦。柴田哲彦副会長(浄土宗大本山光明寺法主)は表白文で「日韓・韓日の仏教文化交流を更に深め、以て世界の平和と人類和合共生を祈願し奉る」と願った。韓国側の門徳副会長(天台宗総務院長)も「人類幸福 仏子和合 雨順風調 萬民合楽」の祝願文を捧げた。

 自然豊かな北海道での今大会、テーマは「環境問題と仏教との関連」。藤田会長(真言宗智山派大本山川崎大師平間寺貫首)は「いまこそ、経済的・物質的豊かさのみを追求するライフスタイルを見直し、社会と自然との様々な関わり合いの中で生かされている全ての命の尊さに思いを巡らせる」ことが仏教的観点から大切だと挨拶した。

 恒例の学術大会では、大正大学元学長の小峰彌彦氏と、釜山大学校教授の李炳仁氏が講演。小峰氏は釈尊の縁起の教えや「草木国土悉有仏性」から大乗的環境思想を説き、「自然を破壊することは仏の体を傷つける行為」と語った。

 李氏は韓国における環境保護運動には僧侶の文字通り身を挺した活動があった歴史を紹介。特に、韓国政府が経済発展を優先させ、自然破壊を断行しようとした四大河川整備事業においては、2010年に焼身供養(抗議の焼身自殺)までした僧侶がいたという。寺院の持つ豊かな自然環境は強みだとし、仏教界が環境問題に取り組む大きな意義を指摘した。

 学術大会後の両国の共同宣言では、昨年の西日本豪雨や北海道胆振東部地震、インドネシア大地震やギリシャの山火事など自然災害で多くの人命が失われたことを悼み、世界恒久平和を祈願した。この後、一同は北海道各地へ赴き、自然との触れ合いを堪能した。

全日仏遺骨問題で大きな進展見せる
 今大会には全日本仏教会(全日仏)から釜田隆文理事長をはじめ6人が参加。学術大会終了後に韓国側と非公開で会談が持たれ、全日仏が取り組む、戦前戦中に日本に来た朝鮮半島出身者の遺骨奉還について合意が得られた。両国仏教界で委員会を作り、政府にも奉還を働きかけていく。

 始まる前は緊張の面持ちだった釜田氏は会議室を出た後、戸松義晴事務総長と共に顔をほころばせ、目に涙も浮かべた。日韓仏教交流協議会のメンバーらに深い感謝を述べた。

2019/6/20 日蓮聖人門下連合会 中国・草堂寺で大法要 鳩摩羅什と宗祖に報恩感謝 


鳩摩羅什三蔵が翻訳した多くの経典が納められている蔵経楼で営まれた門下連の大法要 日蓮聖人を宗祖と仰ぐ11教団でつくる日蓮聖人門下連合会(門連、理事長=中川法政・日蓮宗宗務総長)は11日、令和3年2月16日に迎える日蓮聖人御降誕800年の記念慶讃事業として、5世紀頃に法華経を漢訳した鳩摩羅什ゆかりの中国・草堂寺(陝西省西安市)を訪れ、門連として初となる鳩摩羅什三蔵法師報恩大法要を執り行った。

 法要は、法華経を含め現存する鳩摩羅什三蔵法師の翻訳した経典を収蔵する蔵経楼で厳修された。中川理事長を大導師に門連加盟宗派総長の河野時巧総長(顕本法華宗)、西山英仁総長(法華宗陣門流)、堀智泰総長(法華宗真門流)、三吉廣明総務部長(法華宗本門流)が副導師、式衆には日蓮宗総本山身延山久遠寺の在院生が出仕した。

 草堂寺住職の諦性法師や加盟各宗派の管長が臨席し、日本から団参で訪れた僧侶・檀信徒約140人が参列。日本の法要式で営まれ、門下一同が法華経を読誦し、宗祖日蓮聖人の題目が法華経漢訳の聖地に響き渡った。

 法要後、中川理事長は境内を巡り、鳩摩羅什の舎利塔前で両膝をついて御拝。諦性法師を交えた昼食会で中川理事長は、門連として草堂寺を訪れた歴史的意義に触れ、「御仏の真意を伝えてくださった鳩摩羅什三蔵法師と、その真意へと私たちを導いてくださった日蓮聖人に報恩感謝の誠を捧げることがかなった」との感慨を述べた。

 乾杯の発声を担った法華宗本門流の総長名代・三吉総務部長も「門下連合会の発足から59年の歴史の中で、初めて門下連として草堂寺に参拝できた」と感謝した。

 今回の草堂寺結集では、同寺蔵経楼の壁面に門連代表者の連名で法華経如来寿量品を刻んだ経石碑を奉納。草堂寺支援のための浄財が諦性法師に贈呈された。諦性法師は、「この法要をもって日中友好を深め、末永く皆さまと付き合っていきたい。親交を重ねる度に親近感が増し、感謝の思いを強くしています」と語った。

 日蓮宗国際仏教親交会で、40年にわたり草堂寺の発展に尽力してきた持田日勇・身延山久遠寺総務(門連相談役)は、蔵経楼壁面に奉納する経石碑について、「いつか門下連合会が奉納することを考え、如来寿量品の部分を空けておいた」ことを明かし、経文と共に「門下連合の代表者の皆さんの名前が刻まれたことは、本当にありがたい」と万感の思いを語った。

 草堂寺は、玄奘三蔵と並び二大訳聖と言われる鳩摩羅什三蔵が後秦の皇帝に招かれ、法華経など数多くの仏典を漢訳した草堂が発端。中国史上最初の国立仏典漢訳場とされる。鳩摩羅什は13年間にわたり、同寺で仏典74部384巻を翻訳し、翻訳には弟子約3千人が従事したという。

2019/6/27 浄土宗教育・教化法制委 研修会受講 全教師の6% 資質向上へ課題確認


 教師の資質向上を目指す「教師研修会」の開始に向けて協議を重ねてきた浄土宗の教育・教化法制委員会(神田眞晃委員長)が17日、京都市東山区の宗務庁で開かれ、委員の任期を前に締めくくりとなる総括を行い、今後の課題を確認した。

 豊岡鐐尓宗務総長が最大の課題に掲げる「教師の資質向上」に向け、同委は教師研修会の具体化を検討。2016年の開始後には参加者のアンケートに基づき、日程や開講科目の見直しを議論してきた。

今年5月までに21回開講したが、全教師約1万人のうち受講したのは約6%にあたる682人。目標の全教師受講に向け、地方教化センターの地区ごとに出張開催を開始する。今年度は10月3・4日に北海道札幌市の新善光寺で、2月12・13日に福岡県久留米市の大本山善導寺で開催。開宗850年の2024年まで毎年2地区で開く計画だ。

 今後の課題をめぐっては導入が見送られた、教師研修会への参加手段としての在宅学習制度について、「資質向上を目指している段階で時期尚早。受講希望者は少ないのでは。まずは意識改革が先だ」との意見が出た。当局は「教師研修会に限らず、今後はインターネットを使用した在宅学習システムも必要になってくる」と理解を求めた。(続きは紙面でご覧ください)

2019/6/27 日仏保総会 新理事長に高山氏 今秋創立90周年式典

挨拶する高山新理事長 (公社)日本仏教保育協会(日仏保/緑谷一雄理事長・日蓮宗・みどり幼稚園)は19日、東京都港区の浄土宗大本山増上寺で第8回写真総会・令和元年度第1回研修会を開いた。緑谷理事長の任期満了による退任を受け、総会後の理事会で新理事長に高山久照氏(真言宗豊山派・寿福寺幼稚園)が選任された。任期は2年。

 高山新理事長は平成5年に日仏保事務局長に就任、平成27年から副理事長を務めてきた。副理事長には新任の高輪真澄氏(本願寺派・光輪幼稚園)、野村定弘氏(浄土宗・まや幼稚園)のほか、高田道雄氏(曹洞宗・マハヤナ幼稚園)、日野昭文氏(本願寺派・松尾幼稚園)が再任された。

 総会では平成30年度事業報告と同収支決算・監査報告、令和元年度事業計画・同収支予算等が報告された。「生命尊重の保育推進」「活力ある日仏保」「魅力ある日仏保」「国際交流・社会貢献できる日仏保」の基本方針のもと、研修会や講習会、指導者養成、仏教保育に関わる調査・研究、機関紙・仏教保育教材等の編集・刊行を進めていくことを確認した。

 研修会では「今こそ防災の備えを。どう守る…子どもたちの生命」をテーマに鎌田修広氏(㈱ユニーク総合防災アドバイザー)が講演した。

 今年、日仏保は創立90周年を迎え、秋に記念式典を開催する。高山新理事長は「90年前に社会事業として社会に貢献する願いを持って設立されたことを改めて思い返し、『生命尊重の保育』という理念のもとで90周年を意味づけながら、社会のなかで存在感を増していけるようにしたい。次の100周年に向けて社会から期待されるようアピールしていきたい」と抱負を話した。

2019/6/27 全日仏青 新理事長に谷晃仁氏 渉外委、全国大会委を新設


就任の挨拶で抱負を述べる谷新理事長 全日本仏教青年会は19日、東京都港区の東京グランドホテルで定期理事会を開催した。倉島隆行理事長の任期満了に伴い、天台仏教青年連盟の谷晃仁氏が第22期の理事長に就任した。谷新理事長は今期の活動テーマに「パートナーシップ」を掲げ、2つの専門委員会を新設。昨年の世界大会で結ばれた縁を広げると共に、会員相互のつながりを強固にするとの方針を示した。任期は2年。

 谷新理事長は就任の挨拶で、「倉島理事長が世界大会でご活躍され、多くの縁が結ばれた。この縁を私たちの代で昇華していきたい」と抱負。さらに、「自分たちの足元を疎かにしてもいけない。会員相互のパートナーシップをとった上で、それぞれが他の団体、業種の方々とつながりを持ち、多くの可能性を広げていければ」と語った。

 これらを具現化する施策として、従来の委員会に加え、2つの専門委員会を新たに発足。世界大会で結ばれた外部の団体との協賛事業などを引き継ぐための渉外委員会、2年に一度開催される全国大会の実務を担う全国大会委員会を設置した。

 日本から初の選出となった村山博雅顧問の世界仏教徒青年連盟(WFBY)会長就任を受けて発足したWFBY執行特別委員会(専門委員会)も引き続き継続する。

 谷新理事長は「人的、金銭的、役職的な負担を少し見直して、参加していただきやすい全日仏青を考えてみたい」との方針も提示。事務局費を90万円に増額(52万円増)し、小規模な加盟団体でも執行部運営が可能で理事長を輩出しやすい組織を目指していく。

 事業計画では、WFBY日本センターとして受け入れが決定している東アジア青年仏教徒交換プログラム(EA-IBYE)を2020年3月に関西で開催する。全国大会は、2020年中に予定している。

再会期し、今後も精進 倉島直前理事長が挨拶

 世界大会を成功に導いた倉島直前理事長は、退任の挨拶で内藤宏信事務局長をはじめ支えとなった事務方に感謝。「非常に満足しています」と任期を振り返った。

 現在も社会には自然災害や児童虐待、貧困問題など取り組むべき課題が山積しており、「まだまだ我々にはやるべきことが残っている」と青年僧の役割の重要性を強調。

 「将来、私たちがそれぞれの宗派でしっかりと役職を担い、また再会して日本社会を素晴らしい仏教の教えで誰一人取り残さず救えるようになればありがたい。私もそれに向けて精進をしていきたい」と話した。

2019/6/27 曹洞宗宗議会 総研に「近現代教団研究」新設 過去の宗門対応精査


総長演説に臨む鬼生田宗務総長 第133回曹洞宗通常宗議会(須田孝英議長)が24日、東京都港区芝の檀信徒会館に招集された。注目議案として、鬼生田俊英宗務総長が2月宗議会で演説した「曹洞宗総合研究センターの大胆な機構改革」のため、規程の大幅な変更案が上程された。鬼生田総長は施政方針演説で「研究機関としての機能の充実を図ろうとするもの」と述べた。総研は今年発足20年にあたる。

 総研規程の変更案で大きなものは、従来の現代教学研究部門を「未来創生研究部門」に改組することと、「近現代教団研究部門」の新設。後者は、明治元年以後の近現代の社会的な諸課題に対して宗門がどのように対応してきたか、その動向を精査し把握するものと位置付けられている。

 過疎化、葬式離れ、人権の抑圧、宗教の政治参画など現代社会で宗団が直面している多様な問題をひとまず明治から捉え直すことで、布教と問題解決に新視点をもたらすことが期待されているようだ。近年、宗内外で近代仏教研究が大きく進んでいることの反映でもあり、満を持しての設置との声もある。近現代部門には常任研究員若干名が置かれる。

 センター規定第1条には「本宗のシンクタンクとして現代及び未来の社会において本宗が直面する事象に係る諸問題を総合的かつ機能的に調査研究し、その成果を公開する」との文章が盛り込まれ、活動目的の明確化も図られている。

 総長演説では2月宗議会で伝道部に新設された過疎対策準備室についても説明があった。4月に島根県第一宗務所下の過疎地の視察を行ったことを皮切りに、状況と意見の把握に努めているとした。有道会・戸田光隆議員は総括質問で自身の選挙区である富山の過疎の苦境を訴え、視察を要請。総長は「特にご要請のある地域には担当者を率先して派遣し意見を伺いたい」と答弁した。(続きは紙面でご覧ください)

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2019/5/9 大本山興福寺 藤原不比等1300年遠忌 奈良の恩人 追福法要営む

かつて一体だった藤原氏の氏寺と氏社による神仏合同の法要。春日大社宮司が祝詞を奏上した 奈良市の法相宗大本山興福寺(多川俊映貫首)は3日、現在まで続く古都・奈良の礎を築いた藤原不比等(淡海公)の1300年御遠忌・追福法要を中金堂前庭で厳修した。同寺僧侶と共に、藤原氏の氏神を祀る春日大社の神職も出仕し、花山院弘匡宮司が祝詞を奏上。多川貫首が追福歎徳文を奉読するなど、明治維新の神仏分離まで一体だった藤原氏の氏寺と氏社による神仏合同の祈りを捧げた。

 藤原氏繁栄の基礎を作った藤原不比等(659~720)は、和銅3年(710)の平城京遷都を実現させた中心人物。「大宝律令」の撰定と「養老律令」の編纂で法整備に尽力するなど、古代国家の形成に貢献した。遷都と同時に一族の氏寺である興福寺の造営も開始。和銅7年に最初の堂宇として壮麗な中金堂を建立した。

 中金堂は奈良時代随一の規模を誇ったが、7度の火災で焼失。その後は仮堂が再建されただけになっていたが、昨年10月、約300年ぶりに8度目の再建を創建時の規模で果たした。

 多川貫首は法要後の挨拶で、「中金堂の再建は、文字通り七転び八起き」と述懐。「(今年は)不比等公がお作りになった中金堂の前で、皆様と一緒に不比等公の御遠忌を勤めることができた」と謝辞を述べ、「不比等公は奈良の恩人。その偉大な業績を顕彰してまいりたい」と話した。

 法要後、大勢の参拝者が中金堂に入堂。内陣に奉安された「淡海公御影」(鷹司家蔵)と結縁した。

2019/5/9 シュバイツァー博士の遺髪拝受50年 「生命への畏敬」共鳴半世紀

大本、キリスト教、仏教で営まれた遺髪拝受50年法要 占領期に起きた福岡事件の冤罪を確信し2人の死刑囚のため再審運動に生涯を賭した古川泰龍師(1920~2000)。泰龍師が托鉢先の神戸市でシュバイツァー博士(1875~1965)の遺髪を拝受して50周年となる4月27日、熊本県玉名市の生命山シュバイツァー寺(古川龍樹代表)で記念の集いと諸宗教法要が営まれた。泰龍師の視座と運動が博士の唱える「生命への畏敬」と共鳴してから半世紀となった。

 本堂には博士の遺髪が納められた多宝塔と博士の遺影を安置。最初に大本の木村且哉氏が祝詞を奉読し、冤罪を叫びながら刑死した西武雄元死刑囚の冤罪が晴れるよう祈念した。

 続いて泰龍師と晩年15年にわたり親交を深めたイタリア出身のフランコ・ソットコルノラ神父(真命山諸宗教対話・霊性交流センター)。フランコ神父は「シュバイツァー博士と古川泰龍師をつなぐのは、いのちに対する態度でした。だから生命山というこの寺が生まれた」とし、「聖書からいのちに関するシンボリックなところを読ませていただきます」と挨拶してから創世記を読み上げ讃美歌を披露した。

 最後に古川家の龍桃・龍衍・龍樹3姉弟が出仕して法要を勤修し、念仏のなか全員が焼香。読経では般若心経などのほか、「人間とは生きようとする様々な生命に取り囲まれた、生きようとする生命である」で始まるシュバイツァー博士の「生命の畏敬」を全員で唱和した。

 法要後、龍衍氏がシュバイツァー博士の孫娘クリスティアーネ・エンゲルさんのメッセージを紹介。また昨年末、突然同寺を訪問したことを報告した。

博士の遺髪拝受について説明する古川龍樹氏 龍樹氏は挨拶で、50年前に遺髪を託された当初、「生命への畏敬」という思いから泰龍師が病院を計画していたこともあったと明かした。「父は、とにかく遺髪をいただいたことは、無実を叫ぶ死刑囚の助命運動に授けられた勲章だと受け取った。しかし2人の死刑囚を助けられていないならば、勲章には値しない。けれどもこの光栄に浴し得たのは、捨身懸命、悲願を成就せよとの仏天のお計らいだろうか、ということで運動を続けていく決意をしていく」と遺髪拝受が新たな転機となったと説明した。

 さらに龍樹氏は「父の思いを考えるならば、まだ目的は達成されていない。(福岡事件元死刑囚の)西武雄さん、石井健治郎さん、父も母もいないが、このことを伝えるためにもシュバイツァー寺を育てていきたい。50年、こうしてこの日を迎えられたのも奇跡だと思う。これからもよろしくお願いします」と継続した協力を要請した。

 泰龍師が1969年4月神戸での托鉢中、「神戸シュバイツァーの会」代表の向井正氏と出会った。泰龍師に共鳴した向井氏は初対面翌日(27日)、ノーベル平和賞受賞者でもあるシュバイツァー博士の遺髪を授与。老朽化した温泉宿を自宅としていた古川家は4年後、自宅を宗教法人「生命山シュバイツァー寺」(単立)として開山した。再審運動は古川泰龍・美智子夫妻の子どもたちが受け継いでいる。

2019/5/9 平成から令和へ 総本山で感謝と慶祝の法要

 令和の幕開けとなった5月1日、新天皇陛下は「即位後朝見の儀」においてのお言葉で、「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望します」と述べられた。上皇陛下の退位と新天皇陛下の即位にあたり、各総本山では感謝と慶祝の法要が営まれた。

根本中堂で4日間、祈りが捧げられた(延暦寺) 滋賀県大津市の天台宗総本山比叡山延暦寺は平成から令和へと移る4月28日から5月1日まで、総本堂根本中堂で天皇陛下御即位奉祝御修法(全9座)を厳修した。森川宏映座主を大阿闍梨に延暦寺一山僧侶ら宗内高僧が出仕。森川座主は開闢法要の表白で、国民に寄り添い続けた天皇皇后両陛下の「慈悲の御心」に言及し、「その御姿は全国民の心に残り感謝と敬愛の念と共に消えることなし」と読み上げた。(続きは紙面をご覧下さい)


太元師法本尊像を奉懸して営んだ即位法要(醍醐寺) 京都市伏見区の真言宗醍醐派総本山醍醐寺で4月30日から5月1日に日付が変わる深夜、上皇さまの譲位と天皇陛下即位の法要が営まれた。太元帥法本尊像六幅(複製)を奉懸した内陣で、仲田順和座主を導師に同寺僧侶ら約30人が「平成」から「令和」への改元をまたいで祈りを捧げた。(続きは紙面をご覧下さい)






御所紫宸殿を移築した金堂での「御代替り特別法要」(仁和寺) 京都市右京区の真言宗御室派総本山仁和寺は平成最後の日となる4月30日、金堂で「退位の礼 今上天皇感謝法要」を厳修した。吉田正裕執行長(同派宗務総長)が表白。皇室と関係の深い旧御室御所・仁和寺の歴史を振り返り、国民の安泰を常に祈ってこられた天皇陛下への感謝の言葉を奉読した。(続きは紙面をご覧ください)

2019/5/16 30日から2日 小倉尚人展 孤高の仏教画家 

「蛤蜊観音(軸物)」 小倉尚人(1944~2009)という画家をご存じだろうか。世間に出ることを好まず、ほぼ隠棲といっていいほどに絵を描き続けた孤高の仏画家である。没後10年を機に、その初の展覧会が企画されている。

 東京学芸大学時代から坐禅道場に通っていた小倉は仏教美術を志す。30代のうちに描いた抽象曼荼羅がアート界でも大きな話題を呼び、福島県南相馬市の曹洞宗岩屋寺に奉納された。しかしやがて「名利は自分の成長に何の役にも立たない」と発心、仏道修行と仏画の制作を続けた。その900点にのぼる絵画は深い精神性を湛えている。

 小倉尚人展後援会会長の竹村牧男氏(東洋大学学長)は曼荼羅画を「まさに『自心の根底』、秘密荘厳心そのものを画いたものと思わずにはいられない」、観音画を「仏画ないし宗教芸術の極致に位置すると言って過言ではないであろう」と評する。

 プレ写真展は5月30日から6月2日まで、東京都の曹洞宗青松寺(港区愛宕2―4―7)で開催される。本展覧会は10月6日から来年1月14日まで、長野県の梅野記念絵画館(東御市八重原935―1)で。後援会の入会者も募っている(個人会員一口千円以上、法人会員一口2千円以上)。問い合わせは事務局(☎042―734―2258 江渡英之幹事長)まで。

2019/5/16 山崎弁栄百回忌法要とシンポジウム 〝光明主義〟の再評価を

和太鼓部の迫力ある奉納演奏。ステージ右の肖像が弁栄 明治時代に独自の「光明主義」思想を打ち立てた浄土宗僧侶・山崎弁栄(1859~1920)の百回忌法要とシンポジウムが12日、神奈川県相模原市の光明学園相模原高校で開催された(主催=山崎弁栄上人讃迎会)。弁栄が創立した同校も今年で創立百周年にあたる。声明念仏を通じて霊性を目覚めさせ、真実に明るく楽しく生きていく光明主義を実践する僧俗が報恩感謝した。

 体育館に弁栄の描いた巨大な阿弥陀如来像が掲げられた。オープニングは相模原高校和太鼓部の迫力ある奉納演奏。同部は海外公演多数で高校和太鼓界では屈指の実力を持つ評価が高い。尺八奏者の矢野司空氏(愛知県阿久比町・谷性寺前住職)も哀愁溢れる演奏を披露した。参列者一同により「聖きみくに」など、弁栄が作った聖歌が歌われた。弁栄は音楽を布教の手段として活用しており、自らアコーディオンやバイオリンを使って歌いながら布教したこともある。

 法要の大導師を務めたのは大本山増上寺法主の八木季生氏。増上寺で弁栄は学んだ。八木氏は1930年生まれで弁栄と直接の面識はないが、兄や姉から、自坊の一行院(新宿区)に弁栄が時折訪れ、水飴を貰うなど優しくされていたと聞かされたことを垂示で語った。弁栄は一行院に墓所のある江戸時代後期の念仏僧・徳本を「法然上人以来、徳本行者ほど内感豊かな念仏者はない」と慕っていたという。

 法要後のシンポでは、批評家で山崎弁栄記念館館長の若松英輔氏(東京工業大学教授)が記念講演。弁栄の法話を弟子の田中木叉が編纂した『人生の帰趨』に基づき光明主義の要諦を説いた。「弁栄聖者は鈴木大拙が霊性を語る四半世紀も前に霊性に着目した思想家」と高く評価。その生きざまと思想をどのように後世に伝えていくかが自分たちに問われているとした。一方で、弁栄の「霊性」を「スピリチュアリティ」と訳すことは思想の矮小化につながるとして斥けた。

 弁栄の思想にはキリスト教の影響が指摘されており、若松氏もカトリック信徒ながら弁栄の求道心に惹かれている。弁栄がミオヤ(阿弥陀如来)に帰依することで常住の平和を得られると説いていることを引き、「仏教こそ平和を大真面目に唱えることができる唯一の世界宗教」と語った。

 『修行と信仰』(岩波全書)で山崎弁栄を取り上げたフォトジャーナリストの藤田庄市氏は弁栄が青年時代に筑波山に籠って断食・修行をし、宗教的確信を得たことに着目。これを中世末期から近世の「念仏修験」の流れに位置付け、「弁栄さんは日本宗教の本流」であるとした。

 弁栄の直弟子・藤本淨本の孫にあたる藤本淨彦氏(佛教大学名誉教授)は「弁栄聖者の光明主義と椎尾辨匡上人の共生主義、これを両輪として復活させていくべき」と、近代浄土宗を代表する2人の巨人の再評価を強調した。

2019/5/16 日蓮宗 「令和」奉祝文を発表

 
 日蓮宗は1日付けで、新元号「令和」についての『新元号奉祝文』を中川法政宗務総長の名で宗門HPと『日蓮宗新聞』で発表した。今後、宗報でも掲載される予定だ。

奉祝文は、退位した上皇陛下が被災地で被災者を励まし、慰霊のために多くの戦跡へ赴いたことに「陛下の大御心に感動し、国民等しく勇気をいただいた」とし、「国内外、天地ともに四海静謐、平和となるようにと願われて制定された『平成』の大御代に、心から感謝の誠をささげたく存じます」と感謝の意を表明した。

 新元号の「令和」については、「『令』とは素晴らしいという意味であります。『和』とは、篤く仏法僧の三寶を敬うことを旨とし、『和を以て貴しと為す』と聖徳太子が定めたとされる十七条憲法に端を発する、日本の心ともいえる言葉でもあります」との見解を示した。

 今上天皇陛下の即位については「慶賀の至りこの上なき」と祝意を示し、「一人ひとりを大切にし、平和にして調和のとれた和やかな素晴らしい日本、素晴らしい世界となるよう、宗門は挙げて、今上天皇陛下の大御心を奉じ、精進してまいることをお誓い申し上げ、御代替わりの言祝ぎと致します。謹しんで、聖寿の万歳と皇室の弥栄(いやさか)をお慶び申し上げます」と結んでいる。

 日蓮宗では、昭和から平成に改元した時に、当時の岩間日勇管長、澁谷直城宗務総長が昭和天皇への奉悼文を発表。昭和天皇は、昭和6年(1931)の宗祖650遠忌の際に、大師号の『立正』の勅額を総本山身延山久遠寺に降賜している。

2019/5/16 遺骨返還で全日仏に政府から謝意状 進展なしに全日仏は不満


謝意状を受け取る釜田理事長。右は厚労省の八神審議官 (公財)全日本仏教会(全日仏、釜田隆文理事長)は15日、東京都港区の明照会館で第25回理事会を開き、平成30年度の事業報告と決算を承認した。朝鮮半島出身の旧民間徴用者等の遺骨返還問題について厚労省や外務省、内閣官房の担当者が来訪し、情報提供に協力した全日仏に対して謝意状を贈呈した。しかし、遺骨の返還に進展が見られないことから、釜田理事長は「納得がいかない」と改めて遺骨返還の早期実現に向けて努力するよう強く要望した。

 朝鮮半島出身の旧民間徴用者等の遺骨返還については、平成16年(2004)12月の日韓首脳会談で韓国の廬武鉉大統領が提起し、取り組みが始まった。全日仏は、翌17年(2005)に日本政府から返還を前提とした情報提供の協力要請を受け、人道的立場から協力。各加盟団体、各寺院に協力を依頼し、全国的な実地調査が行われた。

 しかし、遺骨の返還に進展が見られないことから、全日仏は平成27年(2015)に政府に対して「朝鮮半島出身の旧民間徴用者等の遺骨の即時返還を求める要望書」を提出。以後、全日仏と政府担当者間で定期的に情報の共有が行われている。今回の謝意状は、調査終了後、政府が協力に謝意を表明したもので、全日仏を通じて協力した各加盟団体、各寺院にも贈られる。

 厚生労働省の八神敦雄・大臣官房審議官は、「様々な形でこの問題に取り組んでおられる全日本仏教会さま、各加盟団体さまの長年にわたるご努力に敬意を表します」と仏教界の協力に感謝。平成27年の全日仏の要望書については「重く受け止めている」とし、遺骨の返還は「内閣官房、外務省と連携し、政府一体で対応してまいりたい」と話した。

 仏教界は、協力要請を受ける以前から、自然な仏教者の思いとして各寺院で自発的に回向や埋葬などを行い、政府の調査にもすべてボランティアで協力してきた。全日仏はそうした各加盟団体、各寺院に対して「返還を前提として」協力を依頼していた経緯がある。

 釜田理事長は、協力要請から14年の歳月が過ぎた現在でも、「結果として政府においては何ら進展がない」と述べ、協力した遺骨の所在調査や収骨が終了しているにも関わらず、「肝心なところが動かないというのは、御遺骨の気持ちを汲んだ時に、私は納得ができない。どんなことがあっても御返ししたい」と率直な意見を各省庁の担当官らにぶつけた。

 寄せられた遺骨の情報では、平成29年4月時点で2799柱の存在が判明し、内1600件余りが宗教団体から寄せられた情報を基にしている。遺骨の所在では1978柱を宗教団体が保管している。

 返還が実現しなければ、別の問題も懸念される。全日仏が遺骨の早期返還を急ぐ理由の一つには、遺骨を保管する住職たちの高齢化が背景にある。戸松義晴事務総長は、「遺骨の事情を知る住職たちが高齢化しており、もう時間がない。このままでは事情を知らない寺院後継者が御遺骨を無縁仏と一緒にするなど、御遺骨が分からなくなる可能性もある」と危惧する。

 しかし、韓国での徴用工裁判の影響や近年の日韓関係の悪化により、早期返還は難しい状況だ。全日仏では、仏教での民間外交ルートで返還の糸口を模索するなど、日韓関係の改善、遺骨返還実現に向けて対策を検討していくとしている。

2019/5/16 第36回庭野平和賞 「紛争変革」提唱 レデラック博士に 俳句の視点紛争地に活かす

庭野会長から賞状を受け取るレデラック博士 第36回庭野平和賞を受賞した米国ノートルダム大学名誉教授のジョン・ポール・レデラック博士(64)を迎えての贈呈式が8日、東京・六本木の国際文化会館で開かれ、主催団体である(公財)庭野平和財団名誉会長の庭野日鑛氏(立正佼成会会長)から賞状、記念メダル、賞金(2千万円)が贈られた。平和構築にあたり「紛争変革」という新たな概念を提起したレデラック氏は、活動の背景に信仰するキリスト教メノナイトの教えがあると話した。一方で造詣が深い松尾芭蕉の俳句にも影響を受けているとした。

 レデラック氏はウェンディー夫人と子息のジョシュアさんと共に、拍手に迎えられて入場した。

 最初に庭野平和賞選考委員会のアン・ジェウン委員長(韓国・キリスト教)が選考結果を報告し、30年以上にわたり紛争調停や和解の促進に取り組んできたことを紹介した。その活動はニカラグアやソマリア、北アイルランド、コロンビア、ネパール、フィリピンに及んでいる。そして「博士は和解がどのように進捗し結終結できるかが確信できないときでも、この道が正しいと献身してきた」と地道な活動を讃えた。

 続いて庭野氏とレデラック氏が登壇。「あなたは、平和と和解をもたらすための『紛争変革』という新たな取り組みを生み出し、数多くの紛争地帯に赴き調停役としての実践に身を投じながら、後進の育成に尽力してこられました」と読み上げ、庭野氏からレデラック氏に賞状が手渡された。

 庭野氏は挨拶の中でこの「紛争変革」について言及。レデラック氏が「紛争や衝突は人間にとって、ごく当たり前の関係力学の一部である」と紛争を日常的な事象の一つと捉えていることに、「仏教では、『十界互具』と言って、人間は誰でも仏のような心から、地獄の鬼のような心まで同時に備えていると教えている」として、自分と他者を区別しない仏教のあり方と紛争変革の共通性を指摘した。

 柴山昌彦文部科学大臣(代読)と日本宗教連盟の岡田光央理事(新日本宗教団体連合会理事長)の祝辞後、レデラック氏が「第3の転換―人類の一体化と私たちの傷を癒やす長い旅路」と題して記念講演。今回の受賞に感謝すると共に、信仰を基盤とした平和構築活動について報告した。

 さらに前日、都内の松尾芭蕉記念館を訪れたことを明かし、芭蕉の俳句や俳文に深く感化されたと吐露。「俳句は、その瞬間にある複雑さを最もシンプルな形で捉えることを私に求めた。謙虚に、物事の本質をより深く求め続けることができるようになった」と述べた。後の記者会見では俳句によって紛争地域の複雑な状況を「シンプルに捉えられるようになった」と俳句効果を口にした。

【ジョン・ポール・レデラック博士】
 1955年4月米国生まれ。ベテル・カレッジ卒業後、コロラド大学大学院博士課程に進み、社会紛争プログラムに特化した研究で社会学博士号を取得。1980年頃から国際的な平和構築活動に携わり、非暴力と平和主義で知られるメノナイト中央委員会国際調停部門の部長を務めた。「紛争は人間関係に置いて普通のこと」として、紛争解決ではなく、紛争改革を提示。関係性やプロセスを重視したところに特色の一端がある。

2019/5/23 浄土宗平和賞にカワセミクラブ フィリピン貧困地域を支援

福原法主から表彰状を受け取った小泉会長 浄土宗平和協会(浄平協、広瀬卓爾理事長)が主催する「浄土宗平和賞」の授賞式が14日、京都市東山区の宗務庁で開かれ、受賞したカワセミクラブの小泉顕雄会長(京都府南丹市・教伝寺住職)に、大本山知恩寺の福原隆善法主から表彰状が贈られた。

 カワセミクラブは小泉氏が2014年に設立。文部科学政務官を務めた元参議院議員で、2007年の任期満了後にフィリピンの貧困地域での自立支援活動を始めた。地元の園部高の生徒たちを派遣し、現地で交流する企画も5年間継続して実施している。

 受賞の喜びを述べた小泉氏は、参院選に敗れ失意の中で始めた活動が今や自分の支えになっていると述べ、「多くの人が笑顔を見せてくれる。僧侶としての生きがいに巡り会った私が一番幸せかもしれない。受賞を一つの糧に国内にも視線を向けつつ、貧困に苦しむ人々を支援していきたい」と話した。

 活動支援金は次回の園部高生徒たちの派遣に使いたいとし、「宗門校の生徒たちと一緒に行くことができたら」と抱負を語った。

 けがで静養中の伊藤唯眞浄土門主の代わりを務めた福原法主が垂示を述べ、「万人平等、個人救済の仏教へと大きな転換をもたらした法然上人の教えは、平和主義そのものだ」と説いた。

 浄土宗平和賞は、地域福祉や国際交流など幅広い範囲で社会参加する寺院や団体を顕彰し、支援するもの。受賞者には副賞の活動支援金50万円も贈られる。

2019/5/23 タイ・バンコク 国連ウェーサク祝典 叡南門主3年ぶりに参加 釈尊の輝きを全世界へ

タイ僧伽最高位、ソムデット・プラ・アリヤヴァンサガタナヤナ大僧正と言葉を交わす叡南氏 仏陀の生誕・成道・涅槃を祝する第16回「国連ウェーサクの日」祝賀式典が16日、タイの首都バンコクにある国連会議場で開かれた。世界各国から2000人余が1999年12月の国連決議から20周年となる祝典に参加した。日本からは世界連邦日本仏教徒協議会(世連仏)やITRI(インナー・トリップ・・レイユウカイ・インターナショナル)の代表者など約20人が出席。3年ぶりに世連仏会長の叡南覚範氏(天台宗毘沙門堂門跡門主)が参加し、スピーチした。

 タイ僧伽最高位にあるソムデット・プラ・アリヤヴァンサガタヤナ大僧正を迎えて開会式が行われた。主催者である「国連ウェーサクの日国際評議会」(ICDV)のプラ・ブラマプンティット議長(前MCUマハチュラロンコン仏教大学学長)は、1999年12月ニューヨークの国連本部でウェーサクを祝う国連決議や2004年から主にタイでウェーサク式典を開催してきた経緯を大僧正に紹介。さらに今年は5月12~14日までベトナムでウェーサク行事を催し、前日(15日)にはバンコクの同じ国連会議場でマインドフルネスフォーラムを実施したことを報告した。

 大僧正は降壇して各国や各団体代表の一人ひとりと面談し言葉を交わした。日本人では叡南覚範氏とICDV副議長の松本正二氏(ITRI)が記念品を手渡した。

 大僧正が退堂してからプラ・ブラマプンティット議長及びタイ政府と国連代表が登壇してスピーチ。議長は「仏教を基盤とした組織として持続可能な開発(SDGs)、気候変動、平和構築、教育の4つがICDVの活動の指針である」と近年打ち出している取り組みを改めて表明した。

 国連のグテーレス事務総長はビデオメッセージで、「ウェーサクはブッダの生誕、成道、涅槃を祝福するものであり、仏教徒及び非仏教徒は一様にブッダの生き方と教えからインスピレーションを得ることができるだろう。不寛容と不平等の時代にあって、非暴力と利他を説くブッダのメッセージはこれまで以上に重要性を持っている」と述べた。

 各国・各団体の仏教指導者のスピーチでは、2番目に世連仏を代表して叡南会長が登壇した。92歳の叡南会長は張りのある声で、ウェーサク祝典がプミポン前国王の意志をワチラロコン国王が継承していることに敬意を表した。そしてアジアにおける諸問題や自然環境の悪化を憂慮し、「釈尊はこの世に存在する事物・現象すべてを真実ならざるはなし(=諸法実相)と述べられ、現実肯定の真理を悟られ大覚世尊となられた」と提起。その上で、「自然を愛し、自然と共に生きると認識し、謙虚に受け止めることを教え訓された釈尊の精神の輝きが、これから先の世界をますます光あらしめるためにも、大仏教国であるタイ国におけるウェーサクの日祝賀式典並びに国際仏教徒会議が国王さまのご加護の下に推進されることを心から祈念申し上げる」と表明した。

2019/5/23 スリランカ連続爆破テロ事件 攻撃されたのは諸宗教共存社会 

事件の背景を説明する清水氏 4月21日にスリランカで発生した連続爆破テロ。キリスト教会や高級ホテルなど全国8カ所で起きた爆発で250人以上が犠牲(邦人1を含む)となり、約500人が負傷した。これを受けアーユス仏教国際協力ネットワークとNPO法人パルシックが主催する緊急セミナーと祈りのつどいが15日、東京都新宿区の日蓮宗常圓寺で行われた。事件の背景を探ると共に、グローバルジハードの台頭、宗教・民族間の共存について議論した。

 講演者は青年海外協力隊でスリランカに赴任し、各種業務に携わってきた清水研氏。内戦終結から10年経ち、平穏な日常を過ごす人々にとって事件は「大きな衝撃だった。これまでとは違う新たな驚異を感じる」と語った。事件後にムスリムの商店街が襲撃される事件も起こり、夜間外出禁止令出るなど「社会がショック状態」だとした。

 犯行リーダーはイスラム過激派「ナショナル・タウヒード・ジャマア(NTJ)」を作り、ISの思想を喧伝するなどして、国内のムスリムから通報を受けたこともあった人物。事件直前にはインド諜報機関から情報提供もあったが、「全て後手に回った」。関係者の多くが拘束されたことで「同様のテロは起きにくい」が、残党が存在することから仏教寺院などの宗教施設が「攻撃対象になる可能性もある」と警戒した。


 仏教徒にも過激派がおり、リーダー格の僧侶は法廷侮辱罪などで収監中だった。「彼が外に出ていたらもっと色んな問題が起きていたと思う」と清水氏。被害者側であるコロンボ大司教のマルコム・ランジス枢機卿は合同葬儀の場で「犯人でさえも我々は赦すべき」と説くなど、自制的な態度を示し、社会に安心感を与えたという。

 清水氏はスリランカでは一部対立があったものの、諸民族・諸宗教が共存してきた歴史を強調し、事件は「今までの伝統的な、民族・宗教間の協力や共存、友情への攻撃」との見方を示した。

 近年、ムスリムが増加し、分化した一部が先鋭化しているとし、「グローバルジハードを生み出す土壌が強化されている」と解説。「南アジアにISの影響力が拡大」している状況も指摘しながら、その影響力を跳ね返す「スリランカ社会の寛容性や元に戻そうという力」にも期待した。

 同国で開発事業などを行うパルシックの井上禮子氏も活動を通して見てきた宗教・民族の共存を語り、「人々の不安が高まることや、経済が不安定になることが心配される」と話した。

 スリランカで日本語を教える横尾明親氏(大谷派僧侶)はネット中継で現地の様子を伝えた。日本の花まつりに当たるウェーサク直前だったが「本屋さんにはいつも大きくてカラフルなウェーサクカードが並んでいるが今回は非常に少なく、町にも飾りつけのランタンがあまりない」と話した。準備は少しずつ始まっているが、「仏教徒のフラストレーションがたまり、ムスリムのせいだ、とならないか心配している」と危惧した。

 日本語を教えている大学では他宗教との対話をテーマにしたシンポジウムが開かれたこともあり、「他宗教と連携、調和、和解が図れる場」を作る必要を挙げた。

2019/5/30 WCRP 8月ドイツ世界大会へ メッセージと15の提言 ジェンダー平等盛り込む


翻訳の正確さを期すことも確認された 世界宗教者平和会議(RfP/WCRP)日本委員会(植松誠理事長)の理事会が27日、港区の東京グランドホテルで開催された。8月20日から23日まで、ドイツのリンダウ市で行われる第10回世界大会「慈しみの実践:共通の未来のために―つながりあういのち」の宣言への日本委からのメッセージと15の提言の骨子に、大筋での合意が形成された。

 メッセージ案は①「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」、②「危険をおかしてまで武装するよりも、むしろ平和のために危険をおかすべき」、③「もったいない」の3つが提示された。

 ①は宮澤賢治の「農民芸術概論綱要」、②はWCRP創設者の庭野日敬・立正佼成会開祖の1978年の国連軍縮当別総会での発言、③は古くからの日本の日常語。

 このメッセージを実践するための15項目の提言の骨子の具体化も図られた。注目されるものとして、「軍縮、気候変動、難民問題、貧困、災害というすべての平和課題においてジェンダーへの配慮は、十分になされていない」としてあらゆる分野でのジェンダー主流化(平等の達成)がある。このほか「貧困撲滅に向けた国際連帯税の実施」「温室効果ガス排出量実質ゼロを目指すための一人一本の植樹」「核兵器禁止条約の早期の発効」「一つの宗教施設が一つの難民家族を受け入れる」などが挙げられた。いずれも日本委が近年取り組んできた地球規模の課題への対応が反映されている。(続きは紙面でご覧ください)。

2019/5/30 日中宗懇総会 新会長に山田俊和理事長

 日中友好宗教者懇話会(日中宗懇)は24日、東京都港区のザ・プリンスパークタワー東京で平成31年度の総会を開いた。役員改選を行い、会長の持田日勇氏に代わって山田俊和理事長(天台宗東北大本山中尊寺貫首)が新会長に就任することを決定した。山田新会長は「伝統を受け継いで努めていきたい」と抱負を語った。

 昨年、持田氏は日蓮宗総本山身延山久遠寺の総務職に就任。さらに今年4月には、理事長を務める身延山大学の学長も兼職したため、役員会で公務多忙につき会長職を辞することを表明した。山田理事長は慰留に努めたが、持田氏の辞意は固く、辞任が承認された。
その他の人事では、内山堯邦事務局長(日蓮宗)が新理事長、事務局次長の持田貫信氏(日蓮宗)が事務局長となる新体制が発表された。

 副会長の吉田文堯氏(日蓮宗)、吉田宏晳氏(真言宗智山派)や常任理事、監事は留任。水谷栄寛氏(高野山真言宗)ら2人の新理事候補も報告され、総会で承認された。

 昭和50年(1975)から日中宗懇で日中友好に携わり、会長職を10年以上務めた持田氏は、「これから会を継承していく上で、山田理事長にやっていただくのが一番良いと思った。日中間の活動にご協力を願い、友好交流のために仏教徒が一肌脱ぐようにお力を貸していただき、将来を皆さんに託したい」と話した。

 令和元年度の活動計画では、日中韓の仏教交流を「黄金の絆」と称賛した趙樸初師について記録取材をしている中国中央テレビへの取材協力が承認された。

 このほか、中国仏教協会訪日団を歓迎する友好交流、中国大使館から招待を受けている第17次中国訪問団の派遣、今年10月29~31日に開催される第22回日中韓佛教交流会議に訪中団を派遣する件、11月に予定される中国人俘虜殉難者慰霊法要に共催協力する件などが検討された。

 続いて、全日本仏教会(全日仏)の戸松義晴事務総長が「全日仏の国際交流について」と題し講演。世界仏教徒連盟(WFB)の日本センターである全日仏の活動について説明した。戸松氏は、中国での世界大会や仏教フォーラムに参加した経験から「中国の皆さんにとっては、WFBも全日仏も新参者です。中国に行って感じるのは皆さんが長年培ってこられた歴史と信頼関係。国際交流では一番大事なことであり、全日仏もこれを大事にしなければ。その意味でも、ぜひ加盟団体にお入りいただきたい」と呼びかけると、役員らから拍手が起こった。

 懇親会には、駐日中国大使館の石永青参事官が参加。中国人徴用工の遺骨返還など、日中宗懇の業績に尊敬の念を表し、新体制の門出を祝した。

 【山田俊和新会長の略歴】昭和18年(1943)生まれ。天台宗宗会議員、総務部長等を歴任。自坊は東京都江戸川区の最勝寺(目黄不動)。

2019/5/30 豊山派臨時宗会 長谷寺 令和の大修復 宗派助成35億円 特別会計を可決

 
 真言宗豊山派(星野英紀宗務総長)の第149次宗会臨時会(加藤章雄議長)が24日、東京都文京区の宗務所に招集された。総本山長谷寺(奈良県桜井市)の伽藍修復事業の修復資金総予算案と令和元年度予算案の特別会計2議案が上程され、原案通り可決された。
長谷寺伽藍修復で宗派が助成する対象建造物は国宝本堂と重文本堂。事業費総額は約62億円で、国と県の補助金(53%)を除いた約35億円を宗派が負担。その費用は特別賦課金として徴収する。

 提出された修復資金の特別会計総予算案は収入支出ともに35億4755万円。収入のうち特別賦課金が26億4千万円(単年度1億2千万円を22年間)で、宗派交付金は9億711万円。支出では本堂・本坊の事業費34億9054万円が計上された。
令和元年度の特別会計予算案は収入支出ともに1億6002万円。各寺院の特別賦課の割合は18.45%で、通常賦課金の総額6億5330万円を基に算出された。令和元年から同5年までの第一期の特別賦課金の割合となる。

 今年度は本坊調査が行われ、その費用4千万円のうち補助金(国50%、奈良県3%)を差し引いた1880万円を宗派助成費として支出。その他、事務費、記念品関係費などを除いた予備費1億3071万円が次年度に繰り越される。
星野総長、岩脇彰信財務部長の議案説明の後、宗会議員の全員参加による特別委員会が設置され、審議の結果、原案通り可決された。

 星野総長は「令和の大修復と呼ぶにふさわしい大修復計画」への理解に謝意。初めて月面着陸した米国アポロ11号のアームストロング船長の言葉「人類にとって偉大な飛躍」を引用しながら、「今日の決定が長谷寺の今後の偉大な発展に結びつくようにしたい」とし、「我々の歴史的使命という気持ちで努めたい」と決意を述べた。

2019/5/30 梅花流熊本大会 御詠歌で犠牲者供養 9千人参加 中国雪竇山からも初
 

2日間で9千人が参加した梅花流熊本大会 曹洞宗梅花流全国奉詠大会が22・23の両日、熊本県益城町のグランメッセ熊本で開催された。両日合わせて約9千人の梅花講員が日頃の練習の成果を出し切った。近年、曹洞宗と友好を深める中国浙江省の雪竇山(せっちょうざん)資聖禅寺の一行も登壇奉詠を行い、日中間の禅の絆も強まった。

 天草市の伝統芸能である「牛深ハイヤ踊り」でオープニング。献灯献華は熊本市浄国寺の高平幼稚園、宇城市妙音寺の妙音寺幼楽園の児童が行った。開会式では江川辰三管長を大導師に、2016年の熊本地震で亡くなった人たちの追悼法要を厳修。「追善供養御詠歌(妙鐘)」で犠牲者250人をはじめとするあらゆる自然災害物故者を弔った。

 江川管長は垂示で、九州管区で全国大会が行われるのが18年ぶり4度目であること、しかも福岡県以外で開催されるのは初ということに触れ「今大会は、数多くの重要な意義を有する聖筵」と語り、被災地・熊本の復興を願った。熊本地震の被災者は今なお1万5千人以上が仮設住宅での暮らしを余儀なくされている。

 両日ともに登壇奉詠は静岡県からスタート、トリを務めたのは資聖禅寺の一団だった。資聖禅寺を開山した雪竇禅師は如浄禅師の師であり、道元禅師にとっても直系となる。2007年に資聖禅寺弥勒宝殿で梅花流詠讃歌が披露されたことから梅花流を通じた交流が始まり、2015年からは日本から師範が訪中して指導にあたっている。全国大会へは今回が初参加。「釈尊花祭第一番御詠歌(歓喜)」を見事に歌いあげ、喝采を浴びた。

 資聖禅寺の怡藏(いぞう)住職は梅花流の日々の詠唱で「法悦が感受でき、心身ともに清浄になる」と感謝。曹洞宗と資聖禅寺の末長い交流を記念する旗も披露された。

 清興は戦国武将のコスプレグループ「熊本城おもてなし部将隊」による演舞と、熊本市出身の歌手・水前寺清子さんの熱唱が参加者を楽しませた。

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2019/4/4 新元号発表「令和」 出典は『万葉集』

 4月1日、首相官邸で記者会見が行われ、菅義偉官房長官が平成に代わる新元号を「令和」と発表した。出典は『万葉集』の梅花の歌三十二首の序文で、確認できる限りでは日本の古典(国書)から元号が採用されたのは史上初となる。元号は皇太子殿下が即位する5月1日に改められる。

 安倍晋三首相は「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味」「万葉集は天皇や皇族から農民まで、身分にかかわらず幅広い層の歌が収録されている」と選定理由を説明し、希望に満ちた未来を作る願いを込めたとした。

 出典となった序文の「初春令月、気淑風和」(初春の令月にして 気淑(よ)く風和ぎ)は、後漢の政治家・張衡の詩「帰田賦」の影響が指摘されている。「帰田賦」は『文選』に収録。『文選』は万葉集の時代の知識階級には必読書だった。

 政府が元号案を委嘱した人物は公式発表されていないが、「令和」の案を出した人物は各紙報道によると、万葉集研究の大家である国際日本文化研究センター名誉教授の中西進氏ではないかとみられている。このほか、中国文学者の石川忠久氏もいくつかの案を出していたことが明らかになっている。

 昭和から平成への改元の際には有識者懇談会に仏教学者の中村元氏が加わっていたが、今回は仏教学関係者からは選定されていない。

2019/4/4 京都・仁和寺 駒札に「令和」大書 寺名同様「和」の心 新時代も

墨書された新元号と瀬川門跡 京都市右京区の真言宗御室派総本山仁和寺では新元号の発表直後、僧侶(宗務所職員)が二王門横の駒札に「令和」と墨書した。5月15日から21日まで営まれる観音堂(重要文化財)の「平成大修理 落慶法要」を告知する駒札(高さ約4㍍)を昨年12月25日に設置。新元号を書き入れるため、「〇〇元年」と空欄にしていた。

 仁和寺は仁和4年(888)、宇多天皇によって創建された。宇多天皇は寛平9年(897)に譲位。出家して法皇となり、第1世門跡となった。以後1100年以上、仁和寺は「和」の心を、時代を超えて伝え続けてきた。

 その歴史を現代に受け継ぐ瀬川大秀第51世門跡(71)は、「仁和寺も元号を頂いている寺院。さらに今、仁和寺と同じく『和』の入った新しい元号を頂いた。門跡としてこれ以上の幸せはない」と感想。「時代が『和』を求めている。日本の良き心、相手を思いやり、信頼し合う『和』の心を、新しい時代も弘めていきたい」と話した。

 墨書した同寺の大石哲玄氏(32)は、宗務所きっての毛筆の達人。報道陣や多くの参拝者、通行人の注目を浴びながら、高校時代に書道部で鍛えた腕前を遺憾なく発揮した。書き終えると、「年号の発表と同時だったので練習できず、緊張していた。でも足場に上がると〝間違えないように〟という一念だけで、無心になれた」と安堵の表情を見せた。

2019/4/4 日蓮宗宗立堀之内学寮 新学寮生14人が入寮

この春から立正大学で学び、学寮生活をおくる新入寮生ら 日蓮宗(中川法政宗務総長)の宗立堀之内学寮(伊東泰樹寮監)の入寮式が3月26日、東京都杉並区の同学寮で執り行われ、昨年よりも10人増の14人の子弟が新たに入寮した。入寮生代表の辻慶純(つじよしずみ)さん(18)は「4年間の仏道修行に精進することを仏祖三宝の御宝前にお誓いします」と宣誓し、入寮生らは僧侶への一歩を踏み出した。

 入寮式は、学寮の先輩が式衆を務め、中川総長を導師に厳修された。中川総長は、昨年入寮した4人の入寮生が式衆を務め、厳粛に式を執行したことを「本当に素晴らしい」とこの一年の成長を賞賛した。

 入寮生には「毎日お唱えするお題目をどう唱えるか」と問いかけ、「一遍の唱題に魂を込めるのか、それとも千遍、万遍のお題目を唱えるのか。私は、万遍のお題目も一遍のお題目の積み重ねだと思っている」と述べ、給仕への心構えを訓示した。
 
 来賓には、同学寮がある本山堀之内妙法寺の山田日潮貫首、宗務院の北山孝治教学部長、宗門関係学園委員会の中臣泰斎委員長、地元東京西部の池田順覚宗会議員、茂田井教洵宗務所長などが訪れ、入寮生の師僧、寺族らが見守る中、入寮生らに折五条が授与された。
 
 山田貫首は、「寮生活は厳しいが、これから既成仏教教団も大変厳しい状況になる。法華経の教え、日蓮聖人の精神は、時代が変わっても我々を救って下さる。聖人の教えをしっかりと学んでほしい」と激励した。

 入寮生の紹介では、一人ひとり名が読み上げられ、立ち上がる際に慣れない正座でよろめく者も。指導にあたる伊東寮監は、「成功や失敗、上手や下手はどうでもよい。もちろん各々頑張ってほしいが、そう思えば、意味もなく人を傷つけることはなくなる。互いに認め合い、尊敬できる関係を築いてほしい」と話した。

2019/4/4 東京国立博物館「国宝 東寺」開幕 圧巻の「立体曼荼羅」出現

東博で再現された東寺講堂の立体曼荼羅 東京国立博物館(台東区上野公園13‐9)で特別展『国宝 東寺‐空海と仏像曼荼羅』が3月26日に開幕した。弘法大師空海が真言密教の根本道場とした京都・東寺の文化財の全貌を紹介。最大の見どころは、東寺講堂に安置された21体の仏像からなる「立体曼荼羅」のうち、史上最多となる国宝11体、重文4体の合計15体による圧巻の仏像曼荼羅だ。

 空海が密教の神髄を表すために21体の仏像でつくった東寺講堂の立体曼荼羅。今展では国宝11体が全方位360度からみられるように展示され、東寺とは違った立体曼荼羅を体感できる。さらに立体曼荼羅のなかでも人気の高い「帝釈天騎象像」(国宝)のみ写真撮影が可能。今展のポスターでセンターも務める〝美仏〟帝釈天の画像を持ち帰ることができる。

 空海によって始められた鎮護国家の法会で、真言宗の最重要儀式「後七日御修法」の道場も再現。空海が唐から持ち帰った国宝「密教法具」や重要文化財「金剛舎利塔」が展示されるほか、大治2年(1127)に制作された国宝「十二天像」(展示期間:~4月21日)、国宝「五大尊像」(同:5月14日~6月2日)の全幅も公開される貴重な機会となる。

 現存最古の彩色両界曼荼羅である国宝「西院曼荼羅(伝真言院曼荼羅)」をはじめ、長さ約5㍍におよぶ国内でも最大級の「甲本」「元禄本」と「敷曼荼羅」の4件を含む多くの曼荼羅も公開される。開館時間は午前9時半から午後5時。観覧料は一般1600円、大学生1200円、高校生900円。問い合わせはハローダイヤル(☎03‐5777‐8600)へ。

2019/4/4 花まつりHistory ドイツ生まれ 東京育ち 全国に広がる

1901年、ベルリンで開催された「花まつり」に集った人たちの寄せ書き。花御堂の上に近角常観、薗田宗恵の名前がある(『佛教大年鑑』1969) 釈尊降誕を示す「花まつり」。その由来は、それほど古いものではないものの、日本では1400年以上にわたって釈尊降誕を祝ってきた。改めて花まつりの語源を探りながら、近代の花まつりの定着を追ってみた。

 花まつりの定番といえば花御堂である。春の草花に囲まれ、誕生仏に甘茶をそそぐ。灌仏会というだけあって、多くの人が体験したことだろう。 東京の中心地、銀座の鳩居堂前に安置されるようになって久しい。物珍しげに眺めていく人や甘茶チャレンジの外国人など新たな文化を創出している。

 かつてより規模は小さくなったとは言え、現在も都内の各地区仏教会では、地域の実状に合わせた花まつりが実施されている。花の種を配布したり(豊島)、カレーライスを食したり(八王子)、交通安全パレードをしたり(深川)。子どもが中心だが、家族でも楽しめる。

 かつて都内の老僧が話していた。「本物のゾウを使って練り歩いたこともありました」。調べてみるとなかなか見あたらない。共同通信の写真検索を試みると、一件だけ花まつりにゾウが登場する写真にあたった。昭和25年(1950)のモノクロ写真である。
 
 終戦から5年。占領下の日本の首都は、空襲被害や戦災からの復興途上にあった。そうしたさなかに花まつりが行われ、子どもをはじめ多くの人々に生きる勇気を与えてきた。

 ■ルーツは7世紀
 さて、誕生(4月8日)・成道(12月8日)・涅槃(2月15日)の仏教三大聖日のなかでもっとも大衆に親しまれてきたのが誕生の花まつりである。仏生会や灌仏会などと呼ばれてきた。そのルーツは、推古14年(606)。『日本書紀』によれば、この年の4月8日に灌仏会を始めたとされる。承和7年(840)からは宮中の清涼殿でも灌仏会が営まれるようになった(『続日本後紀』)。

 13世紀、吉田兼好が著した『徒然草』にも登場する。〈「灌仏の比、祭の比、若葉の梢涼しげに茂りゆくほどこそ、世のあはれも、人の恋しさもまされ』と人の仰せられしこそ、げにさるものなれ。〉(意訳=「4月の灌仏会や祭り、若葉の梢が涼しげに茂っているころこそ、世のあはれも人の恋しさにも勝っている」と人が語るのは、本当にその通りである)

 灌仏会はこの頃にはすでに知られていたことが理解できる。

 ■慶應大が街頭へ
 時間を一気に降って明治25年(1892)4月8日。慶應義塾大学で釈尊降誕会が開催された。塾長の演説に続いて釈雲照、大内青巒、島地黙雷らが演説した(『慶應義塾仏教青年会百年史』)。仏教ジャーナリストでもあった常光浩然はお寺を離れて行われたことから「釈尊降誕会の街頭進出の最初である」と位置づけた(「安藤嶺丸」『明治の仏教者・下』春秋社)。これを傍証する資料がある。東京朝日新聞1面の最後の記事だ(同年4月9日)。

〈●釈迦降誕会 昨日高等中学生徒の発起にて駒込真浄寺に催したる釈迦降誕会は、小栗栖香頂師を聘して開き、また哲学館生徒の発起にて神田斯文学会に催したる同会は、寺田福寿、大内青巒、島地黙雷三氏の演説あり。聴衆へは「宇宙之光」と題する釈迦の伝記を頒与せり〉(句読点を補い、漢字を改めた)

 神田で講演した寺田福寿は駒込真浄寺生まれで慶應出身である。自坊では、中国開教を行った小栗栖香頂が話し、自身は大内、島地と共に神田で講演した。慶應と神田、どちらの降誕会が先であったかは定かではない。この時期は仏教界にも勢いがあったのであろう。宗教学者の吉永進一氏は「仏教の近代化とは仏教が(日本の寺院から)出て行く過程である」と述べたという。まさに釈尊降誕会は寺から出て、大衆にアピールする契機となった。

 常光はまた、先述した中で明治33年(1900)4月8日、米国サンフランシスコにおいて釈尊降誕会が仏教会主催で行われたものを、「外地における釈尊降誕会の最初」としている。この場に本願寺派開教使の薗田宗恵(1863~1922)がいた。薗田は英語で説教したという。(続きは紙面でご覧ください)

2019/4/4 花まつり今昔 長野市仏、京都府仏、神田寺、東京鳩居堂 

 
 日本書紀にも記述がある伝統的な仏教儀式「釈尊降誕会」。灌仏会や仏生会として行われてきたが、「花まつり」という名称になり広まったのは大正年間のこと。そんな古くて新しい仏教行事は、大正・昭和・平成という時代のなかで、子どもたちの健やかな成長を願い、命の尊さを知る大切な行事として営まれてきた。新元号「令和」が発表され、新しい時代が始まる今、「花まつりの今昔」を振り返る。
 

長野市仏教会 大正12年に開始、3年後に100回
昭和9年、城山小学校のグランドにお稚児さんが集合。中央上には大本願大宮智栄上人『市仏30年史』より 地区仏教会の花まつりで長い歴史をもつ長野市仏教会(若麻績信昭会長=浄願坊住職)。同会は昭和16年(1941)に発足したが、「仏都花まつり」の始まりはそれよりも古い大正12年(1923)。今年で97回目を数える。月遅れの5月に開催され、現在はゴールデンウイーク中の5月5日の「子どもの日」に開催されている。

 昭和50年発行の『市仏30年史』によれば、大正12年に「長野県仏教聯合花まつり会」の主催で第1回が行われ、その後は善光寺一山や市内の寺院だけでなく、隣村郡部の寺院も参画して花まつりが発展。もともと明治32年(1899)から有志による降誕会は開催されていたようで、「花まつり」という名称も、東京で使われるようになった時期と大きな隔たりはなかったようだ。

 昭和初期には子ども会の活動が活発で、稚児行列に多くの子どもたちが参加し、誕生仏を乗せた白象を引っ張って行進した。この時期の花まつりは善光寺に近い城山公園で行われていた。信濃毎日新聞の昭和3年(1928)5月14日付けの紙面では、前日13日に開催された花まつりで約4千人の児童による行列の様子を伝えている。(続きは紙面でご覧ください)

浄土宗神田寺 戦後の町に名物パレード
圓諦師から配り物を受け取る園児(昭和30年代頃か) 東京都千代田区の浄土宗神田寺(友松浩志住職)は戦後の1947年、昭和の名僧として知られる友松圓諦師(1895~1973)により創建された(創建当時は単立)。千代田区一帯は江戸時代から寺院数が極めて少なく、圓諦師は都心に仏法興隆の拠点がないことに発心したという。

 神田寺では創建間もなくから4月8日に花まつりを開始している(前夜祭などがあった時期もある)。圓諦師が戦前から超宗派で取り組んだ仏教再生運動「真理運動」でも、花まつりは全仏教徒が祝うべき行事として重視されていた。東京大空襲で焦土と化した秋葉原周辺だが、それがようやく復興し始めた際に、神田寺幼稚園の子どもたちが笑顔で一帯をパレードする様子は、都民の心を癒した。

 友松住職は「当時は千人とまではいきませんが、800人くらいは参加していました。幼稚園の子どもやご家庭、近所の方だけでなく圓諦の真理運動に共鳴した方がたくさん来ていました」と回想する。圓諦師の法話はラジオなどを通じて全国的に知名度があり、花まつり法話を楽しみに来た人も多かったのだろう。(続きは紙面でご覧ください)

京都府仏教連合会 平成期を歩んだ花まつり 
四条通りをパレードする一団(1993年4月10) 京都府仏教連合会(事務局・総本山智積院)の発足は1987年。花まつりはその翌年から営まれ、平成期と時の歩みを重ねるように昨年で30年を迎えた。現在は東西本願寺、知恩院、智積院、妙心寺の京都市内の本山が交代で事務局を務める。

 市内一の繁華街・河原町周辺を区域とする立誠学区(中京区)の20余カ寺でつくる立誠仏教団(北川隆正団長=浄土宗西山禅林寺派安養寺住職)と当初から共催。立誠仏の浄土宗西山深草派総本山誓願寺の門前にある新京極六角広場で音楽法要を執り行い、参加者らが灌仏する。

 龍谷大吹奏楽部が毎年演奏するが、その交流は古い。京都府仏として初開催となる88年の資料に、当時の井上博厚事務総長(浄土真宗本願寺派)名で出演を依頼する文書が残っている。花まつりの目玉である白象を引きながら河原町周辺を練り歩くパレードに現在も共に参加し、華を添える光華高校バトン部にも同年に出演依頼を送っている。

 依頼書には「不特定多数の市民と釈尊のご誕生をお祝いするとともに、花まつり行事の市民への定着をはかりたい」との願いが記される。龍谷大職員で吹奏楽部副部長の水野哲八氏は、「今いろいろなところから依頼が来るのは、学内以外の行事としてこの花まつりで演奏したこともきっかけ」と話す。

 地元で生まれ育った智積院の連隆寿総務部山容課長(51)は、「かつては子どもが多く活気があり、パレードの距離も長かった。今は子どもたちに負担をかけないようにと短くなったようだ」と時代の流れを振り返る。(続きは紙面でご覧下さい)

東京鳩居堂 銀座 一等地で灌仏
東京・銀座の一等地にある鳩居堂前に安置されている花御堂。今年は1日から7日まで お香、書画用品の老舗として知られる東京都中央区の東京鳩居堂銀座本店では、例年4月1日から8日まで店舗の入り口に花御堂を設置しており、今年も色とりどりの花に囲まれた誕生仏が、春の訪れを銀座の街に伝えている。

 店先での灌仏は、現社屋が落成した昭和57年頃からの行事と言われており、「日本の伝統文化を守り育てる」という社是の一環として、毎年花御堂を置いている。

 銀座では再開発や歌舞伎座の改築が進み、外国人観光客の増加もあって、新たな人の流れが生まれている。特に鳩居堂がある銀座5丁目付近は、日本一地価が高い場所として、路線価調査でもおなじみの超一等地だ。

 同社MD企画室の高橋雄貴主任によると、「ここ数年、外国人の方が多くなってきました」という。以前から、花まつりを知らない人向けに、由来を記した説明書きを花御堂に添えていたが、外国人観光客が増えていることから、3年ほど前から英文での説明も加えた。

 「写真を撮る方が多いですが、灌仏も日本の方がするのを見て、真似てやる方もいらっしゃいます」。花御堂には浄財箱が付いており、赤十字社を通じ、東日本大震災の復興支援募金を行っている。

 埼玉県から訪れた斉藤玉枝さん(82)は、「最近、酷い事件が多いのは、手を合わせて祈る日本人の心が忘れられているからだと思う。こうした行事は続けてほしいですね」と話した。

 折しも取材当日は、新元号発表の日。「元号が変わっても、引き続き日本の伝統文化として紹介させていただければ」と高橋主任。誕生仏は「令和」となっても、銀座の街に春の訪れと祈りの大切さを伝え続けることだろう。

 2019/4/11 花まつりスケッチ 各地で釈尊降誕会


手をつないで行進する童子たち 下谷仏教会 40年来最高の桜の下で
 東京都台東区の約150カ寺による下谷仏教会(山崎正矩会長)は5日、上野公園で花まつりを開催した。満開の桜が風で花吹雪となる中、観光客も目を細めた。

 寛永寺境外仏堂清水観音堂から仏旗を先頭に、法竹妙音会の虚無僧が尺八を厳かに鳴らして行進開始。麗しい童子・童女姿の子どもたちが保護者と手をつなぎ、「カワイイ!」「こっち見て!」などの歓声を浴びながら、寛永寺が管轄する上野大仏パゴダまでゆっくりと歩いた。花見をしていた東京芸術大学の学生は「虚無僧は初めて見ましたよ。今でもいるんですね」と驚きながらシャッターを切っていった。

 松岡廣泰理事長は「私も40年くらいこの花まつりに関わっておりますが、今日は歴代最高の咲き具合で良い天気ですね」とニッコリ。雲一つない澄み渡った空の下で、山崎会長を導師に観音経を読誦し法要が営まれた。(続きは紙面でご覧ください)


町内を練供養後、お稚児さん一人ひとりにお加持とお守りが授かられた 板橋区佛教会 家族と地域の絆深まる
 東京・板橋区佛教会(42カ寺・平井和成会長)の花まつり会が3月30日、成増の真言宗智山派青蓮寺(花木義賢住職)で開催された。お稚児さん19人と僧侶11人をはじめとする檀信徒や地域住民、関係者ら約100人が、町内を練供養。沿道で大勢が見守る中、家族や地域との絆を深めた。

 お稚児さんたちは練供養からお寺に戻ると境内中央に集合し、みんなで紐を引いてくす玉割り。「花まつり、おめでとう!」と唱和して祝った。

 続いて本堂前で、平井和成会長(真言宗豊山派安養院住職)と会場寺院の花木住職が、お稚児さん一人ひとりに「元気に育ちますように」と語りかけながら無魔成育の加持。お稚児さんは、嬉しそうな笑顔を見せた。(続きは紙面でご覧ください)


声を揃えて感謝を伝えた子どもたち 大阪市仏教青年会 「お釈迦さま、ありがとう」
 大阪市仏教青年会と大阪市仏教会は4日、大阪市天王寺区のクレオ大阪中央で、「花まつり子ども大会」を開いた。市内の仏教系保育園の園児や親子連れ約300人と釈尊の誕生を祝った。

 大阪市仏青の行事中、花まつりは最大の催し。真宗大谷派大阪教区の公式キャラ「ブットンくん」や浄土宗の非公認キャラ「ぽくちんくん」も駆け付け、高津学園(天王寺区)や蓮美幼児学園(同区)の園児らが花御堂の誕生仏に甘茶をかけるのを見守った。会場では市内6区仏青が協力し、腕輪念珠づくりコーナーも開いた。

 式典では、大阪市仏青が制作した釈尊誕生や四門出遊などを描いたDVDを上映した後、大阪青少年教化協議会(大青協)の大東良弘会長(生野区、融通念仏宗本覚寺)や各区仏青代表者ら関係者が灌仏。蓮美幼児学園もりのみやナーサリー(中央区)の子どもたちが献花し、「ありがとうお釈迦さま。おかげでみんな元気いっぱいです」と声を揃えて感謝を伝えた。

 大阪市仏の白井忠雄会長に代わり、増田友信事務局長(北区、真宗大谷派圓勝寺)が挨拶し、仏教の教えが語源とも言われる「ありがとう」や「おかげさま」の言葉の大切さを伝えた。花まつりに合わせて行っている「第13回ほとけ様の絵コンクール」(大青協主催)の入賞作品が発表され、出席した10人に賞状などが贈られた。(続きは紙面でご覧ください))


嬉しそうにカレーを受け取る参加者ら 八王子市仏教会 100円カレー 400人が舌鼓
 八王子市仏教会(会長=山田一眞・高野山真言宗金剛院住職)では8日午前11時から、東京都八王子市八日町の八王子エルシィで釈尊降誕会を執り行った。白象募金箱への100円の募金で食べられる名物の「100円カレー」に約400人が舌鼓をうった。

 導師を務めた山田会長は三帰礼文の「仏・法・僧」の教えに触れ、「尊い人々の集まり、皆さま方、一人ひとりに素晴らしい力がある。正しい道、清らかな道を求める力をお集めいただいて、よりよい世になるように、皆さま方と一緒に精進をしてまいりたい」と話した。

 続いて、曹洞宗浄泉寺の上杉憲弘住職が法話。「私たちは、人を幸せにできる力を持って生まれてきた」と述べ、釈尊降誕にまつわる「天上天下唯我独尊」のエピソードを説明した。最後に名物の100円カレーが振る舞われた。

100円カレーは、会場を提供している八王子エルシィの会長夫妻が若くして先立った長男の供養になればと26年前に始めたもの。寄せられた浄財は市の福祉協議会に寄託され、地元の福祉に役立てられている。

 八王子市仏は2年ほど前から、市内で子ども食堂を実施する「八王子食堂ネットワーク」とも協働しており、会場にはフードリサイクルの受付も設けられた。寺院への供物などが「八王子市フードバンク」を通じ、困窮者や子ども食堂、無料塾、子どもの居場所づくりなどの一助となっている。


満開の桜の下、岡野統理を導師に営まれた灌仏庭儀 孝道教団 灌仏庭儀 青年50人が出仕
 孝道教団(岡野正純統理)の第67回花まつりは7日、横浜市神奈川区鳥越の孝道山で開催された。全国から信徒が参集したほか、天候に恵まれたうえ市内有数の桜の名所で満開とあって市民やアマチュアカメラマンなどで終日賑わった。

 花まつりは2部構成。午前は稚児や各支部旗、ボーイスカウト、午後の法要に出仕する青年式衆などによる山内パレードと、本堂南側を正面にした各種のパフォーマンスが繰り広げられた。おかめとひょっとこのお面をつけての踊りと獅子舞を公演した地元二ツ谷商店会のお囃子も行われ、喝采を浴びた。

 恒例の民謡踊りは青森・東北・福島・静岡の4別院と鹿児島信徒の5グループによる対抗戦。それぞれ地元に根ざした民謡と踊りを披露した。来賓の採点の結果は午後の授賞式で発表され、勇壮な太鼓とテンポある踊りの青森別院「五所川原立佞武多」が最優秀賞に輝いた。

 午後からは仏舎利殿前での灌仏庭儀。岡野統理と華蓮三世副統理がそれぞれ導師・副導師を務め青年式衆50人が出仕し、法華経の読経のなか岡野統理は花御堂の誕生仏に甘茶をそそいだ。(続きは紙面でご覧ください)

2019/4/11 第43回正力賞に徳応寺日曜学校、藤大慶氏

 仏教精神による青少幼年育成に尽力している個人・団体を表彰する(公財)全国青少年教化協議会(全青協)主宰の第43回「正力松太郎賞」本賞に、徳応寺日曜学校(代表・戸﨑文昭氏=浄土真宗本願寺派徳応寺住職/山口県下関市)と藤大慶氏(浄土真宗本願寺派西福寺前住職/京都府綾部市)が選出された。今月5日に発表された。

徳応寺日曜学校の卒業記念演劇。中央が戸崎住職 徳応寺日曜学校は明治初期の設立以来、「仏の子ども」を育てることを念願に子ども会活動を行っている。月に1回の定例会を開き、小学生を中心とした子どもたちが正信偈のおつとめをして法話を聞き、ゲームなどをして仲間と楽しい時間を過ごしている。

 毎年3月には日曜学校を卒業する小学校6年生を主役に、仏教童話などの題材を用いた卒業記念創作劇を上演。公演数は今年で 31回にのぼる。子どもと大人が1つの作品を作り上げ発表するという経験を通じて、子どもたちの教化育成と地域社会への仏教情操の涵養、活性化の相乗効果をもたらした。

藤大慶氏 藤氏は1976年から少年野球部や日曜学校等を始め、不登校やひきこもり等の諸問題解決に尽力してきた。「子どもたちが真っ直ぐに育つ環境を取り戻したい」 との一念から、2003年に児童心理治療施設(旧情緒障害児短期治療施設)「るんびに学園」(定員 30 名)を開園。子どもたちを短期間預かり、豊かな自然の中で心理治療や生活指導を行い、家庭や地域で安定した生活を送れるように支援を行っている。 施設内では学校教育を行い、児童指導員や臨床心理士などのスタッフがコミュニケーション能力や感情をコントロールする力を育み自立できるよう、 教化活動に努めている。

 両氏の長年の活動は、仏教精神に基づく精力的な活動として高く評価された。報告会・表彰式・祝賀会は5月30日午後3時半から、東京都港区の東京グランドホテルで開催される。

徳応寺日曜学校・戸﨑文昭氏の話
 春に行う小学校6年生を主役にした演劇の卒業公演は1988年に「何か記念になることをやろう」と始めました。題材は仏教に関するものを私が選び、門信徒さんが脚本を書き、音楽や大道具、公演ポスターなども作ってもらいます。劇には子どもも大人も出演しますが、子どもたちのほうが度胸があって上手い。その気になって役に入り込むと長いセリフも覚えてしまうのです。

 「仏さまのことを知ってもらうためにやるんだ」、ということをいつも言っています。私も、子どもたちも、裏方さんも、それぞれの仕事を一生懸命にやってひとつの芝居を作る。小さな子どもたちも観てくれますが、言葉が分からなくても伝わるものがあって、生の芝居だからこそ心に残るものがあるのだと思います。芝居という手段で仏教を伝えてきました。今回の授賞は今までやってきた人たちの代表としていただいたものだと思います。

藤大慶氏の話
 これまでの活動で取りこぼしてしまったり、自殺してしまった子どもたちがいます。完璧なことはできず、どうしたらいいのかを考えるなかで、一人では何もできない、私にないものを持っている人と一緒に分厚い体制を作らないといけないと思い学園を作り、模索を続けています。
 
 今考えているのは動物を介在させたセラピーができる牧場を作ること。そんな夢を描いています。都会のシステムのなかでは生きていけない人もいます。田舎と都会、健康な人とそうでない人、動物と人が支え合う。かつては村の中でみなで子どもを見て、お年寄りを見ていた。そうした支え合いを取り戻したい。青少年に限らず、ワーキングプアや引きこもり等の中高年の問題もあります。一人ひとりが大事にされる世の中を、仏教は目指すべきです。学園を作り15年が経ち、こうして評価されました。これを核にして夢を広げていきたいです。

2019/4/11 「原爆の残り火」バチカンへ 浄土宗僧侶ら教皇に謁見

ローマ教皇と対面した遠藤氏(教皇の左奥)たち(写真=アースキャラバン提供) 原爆の残り火「平和の火」をエルサレムなど世界各地へ運び、国や宗教を超えて平和を祈る「アースキャラバン」がバチカンへ渡り、各国のメンバー約20人が3月20日、フランシスコ・ローマ法王と対面した。核なき世界への願いのもと、ローマ法王は火を吹き消した。

 「平和の火」は広島から持ち帰ったとされ、恒久平和を祈り建てられた福岡県八女市星野村の「平和の塔」で燃え続けている。NPO法人「アースキャラバン」(京都市)の遠藤喨及・浄土宗和田寺住職が企画。昨夏にアースキャラバンで訪れていたパレスチナ自治区で、世界最年少のジャーナリストとして知られ、ヨルダン川西岸地区などの現状をSNSなどを通じて伝えてきたジャナ・イブリヒムさんら13歳の少女たちと一緒にバチカンへ行こうと決意した。

 「13歳の少女」には理由がある。核廃絶活動に取り組み、ノーベル平和賞の授賞式で演説したカナダ在住のサーロー節子さん(87)が広島で被爆した年齢が13歳だったからだ。遠藤氏は「願いを若者に知ってほしい」と期待を込めた。(続きは紙面でご覧ください)

2019/4/11 高野山大学 教育学部 不受理に 再申請で2年後の開設目指す

 経営再建中の高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)の宗門校・高野山大学(乾龍仁学長)の教育学部の新設が4日、来年4月の予定から、さらに1年間先延ばしになることがわかった。新学部開設に伴う寄附行為(定款)に不備が見つかり、文科省への認可申請が不受理となったため。同大を経営する㈻高野山学園(理事長=添田総長)では新たな体制で経営再建シミュレーションを練り直し、寄附行為を再修正した上で再度申請する意向だ。(続きは紙面でご覧ください)

2019/4/18 ひと 風間天心さん(39)北海道東川町東川寺 現代美術の「敏子賞」受賞した曹洞宗僧侶 弔いと供養をアートで表現

 20世紀を代表する現代芸術家の名を冠する美術賞「岡本太郎賞」で今年、大賞に次ぐ「敏子賞」を受賞した曹洞宗僧侶の風間天心氏(北海道東川町・東川寺徒弟)。修行、フランス留学を経て宗教とアートの融合に取り組む。

 受賞作の「Funetasia」は、水引と神社の社殿をモチーフにした祭壇の中央に「平成」の年号額が奉安されており、周囲の壁には歴代年号がびっしりと掲げられている。風間氏は「葬儀の形態と役割を拡張し、あらゆるものを振り返り、見つめ直し、別れを告げる」プロジェクトと位置付ける。敢えて神道的な意匠を用いたのも、日本宗教のハイブリッド性の表現だ。

 こうした風間氏の創作を美術批評家のジェレミー・ウールズィー氏は「風間は、鈴木(大拙)のZENから不純なものとして排除されているものをもう一度、美術を以て提示しているのである」と評す。

 「私は3兄弟の真ん中で、兄も弟も絵を描いていたので自然と芸術に関心が向いていった」と語る。地元を出て、東京の武蔵野美術大学に進学し創作を続けた。在学中の2006年には岡本太郎賞で入選した。その後、大本山永平寺に安居し、武蔵野美術大学パリ賞を受賞しパリに留学。修行体験と、現代芸術の最前線フランスで過ごした体験が密接に結びつき、悩んでいた創作活動に飛躍的な転機をもたらした。

 「Funetasia」が展示された岡本太郎美術館(神奈川県川崎市)で13日、風間氏と仏教美術ユニット「S―VA―HA」(ソワカ)との合同法要パフォーマンス「卒哭忌」が営まれた。ソワカの平林幸壽氏(真言宗豊山派僧侶)は「平成の終わりを一つの契機と捉え、参列者がいま『手放したいもの』を持ち寄り、僧侶による供養儀式を行う」ことをコンセプトにしたと説明。来場者から提出された「手放したいもの」が20日には東京で、21日には三重県で「お炊き上げ」され、弔いのアートが完成する。

 油絵から禅の食事をパフォーマンス芸術にした「日常茶飯事」まで、ジャンルにはとらわれない。宗教とアートの架け橋となりたいと願い創作を続ける。

2019/4/18 友好交流 大梵鐘が縁結ぶ スイス・ジュネーブと品川区 

レセプションで挨拶する仲田座主。中央はスイス大使、右は濱野区長 スイスのジュネーブ市と品川区の縁結びとなった真言宗醍醐派別格本山品川寺(ほんせんじ)(仲田順英住職)の大梵鐘。ジュネーブ市からの返還90年を記念し8日、本堂でスイスのロマンド管弦楽団による四重奏演奏会が行われた。演奏前には声明による花まつり法要も営まれた。前住職の仲田順和醍醐寺座主やジャン=フランソワ・パロ駐日スイス大使、濱野健区長らが参席し、市民らも演奏に耳を傾けた。

 開式にあたり仲田順英住職がフランス語で簡単に挨拶した後、日本語でジュネーブと品川寺の関係を説明しながら、「今日は特別な夜になると思います。本堂でのロマンド管弦楽団の四重奏。演奏をゆっくりと聴いていただいて90年の歴史に思いを馳せて頂けるとうれしい」と述べた。

 最初に釈尊降誕を祝福し、世界平和を願って仲田順和座主と式衆が出仕して声明による祈りが捧げられた。

満席の本堂で行われたロマンド管弦楽団の四重奏 ロマンド楽団の2人のバイオリン奏者、チェロとビオラの奏者が入堂して本尊前で演奏が始まった。プッチーニ作曲の弦楽四重奏「菊」を皮切りに、シューベルトの曲などを演奏。公演中、来場者は物音一つたてず熱心に鑑賞した。アンコールを含めて1時間弱にわたった。演奏後、子どもたちから4人の奏者に花束が贈られた。

 会場を庫裏に移してのレセプションでは、仲田座主が挨拶。仲田座主の師父が品川寺に入山したころ、大梵鐘はどこに行ったかわからなかった。近隣の人から海外に持ち出されたことを聞き、世界中を探し回った。「1919年にジュネーブのアリアナ公園にあることがわかり、すぐジュネーブ市と交流を始めながら返還交渉を行った。市議会の議決で、鐘は時を知らせるものだから返しましょうということで1930年5月、この品川に返った」。さらに返還60年を記念して平成3年(1991)、「品川区と友好都市を結んだ時に、品川寺近隣の方々や品川寺の方々などが御神輿をもって一緒に友好を深めてきた」と述懐した。

 品川区の濱野区長は区とジュネーブ市との友好交流を歓迎し、「素晴らしい演奏とこの懇親は、梵鐘のおかげ」と品川寺に感謝した。

 乾杯の発声はジャン=フランソワ・パロ大使。来年の東京オリンピック・パラリンピックに関して特別なプログラムがあると述べ、「これから五輪に向けたくさんの扉を開きたい。品川はその扉の一つ。品川寺の大梵鐘はシンボリックな存在であり、このイベントを含め国際的なイベントを通じて扉をどんどん開いていきたい。カンパーイ」と杯を上げた。

【品川寺の大梵鐘】
 明暦3年(1657)に鋳造され『武蔵風土記』などにも記されている。江戸末期に理由は不明だが、海外に搬出され、行方不明となった。慶応3年(1867)のパリ万博、明治4年(1871)のウィーン万博で展示されたと伝えられている。品川寺に入った仲田順海和上が近所の人から海外に持ち出されたことを聞き、探し求めた。その結果スイス・ジュネーブ市のアリアナ公園にあることがわかり、贈還(返還)を求めて奔走。ついに昭和5年(1930)5月、60有余年ぶりに品川寺に戻った。

 贈還60年にあたる平成2年(1990)に品川寺がジュネーブ市に新梵鐘贈呈を申し入れ、翌平成3年に梵鐘落成式が行われた。この年、ジュネーブ市と品川区が友好都市を締結した。

2019/4/18 辯天宗 大森光祥管長が晋山 「全信者と共に社会に貢献せん」 

如意寺本堂へと歩みを進める大森管長。前は寛祥宗務総長 辯天宗の「宗祖霊顕85年祭」が13日、奈良県五條市の総本山如意寺で始まり、大森光祥第3世管長(如意寺3代統主)の晋山式が厳修された。大森管長は「10年に一度の御開帳」となった「御本尊大辯才天女尊」の宝前で啓白文を読み上げ、宗祖智辯尊女、智祥第1世管長、慈祥第2世管長の法灯を継承する決意を表明。全信者と共に「宗団の興隆、宗勢拡大に献身して、ただひたすら信者万民の幸せと世界恒久の平和、国家安泰と繁栄を祈り、もって社会に貢献せん」と誓った。


 辯天宗は、十輪寺の住職夫人だった大森清子(宗祖智辯尊女)が昭和9年(1934)に大辯才天女尊から天啓を授けられたことに始まる。大森管長は午前6時から「85年祭執行奉告・御本殿御開扉法要」を営み、「10年に一度の御開帳」となった秘仏本尊「大辯才天女尊」に奉拝。7時半から桜満開の蓬萊山御廟(宗祖御廟)で晋山奉告法要を営み、9時過ぎから宗祖が天啓を享けた十輪寺で法楽を勤めた。

 そして沿道で大勢の信者が合掌する中、如意寺本堂へと歩みを進め、正門から入堂。本尊宝前で啓白文を読み上げ、「現代社会の趨勢にかんがみ、思いを宗祖が辛苦とその遺教に馳せ」ながら、「法脈を継承す」と表明した。

 大森管長は「お諭し」で大勢の参拝者に謝辞を述べ、「待ちに待った85年祭。皆様方も御開帳を待ちに待ったことだろうと思うが、御本尊さまも実は心待ちにしていらっしゃったと思う」と述懐。「皆様方は今、徳で光り輝いている。何か不思議なことが起こると、私は思う」と語りかけた。

 平成最後の4月に迎えた85年祭の初日に、各地から信者約3千人が参拝。終日、報恩感謝の思いを込めた「南無智辯尊女」の唱声が堂内外に響いた。

 兵庫県西宮市から参拝した女性は御開帳と晋山式が重なったことに、「信者としては嬉しくおめでたい日」と感想。10年に一度の奉拝を終え、「御本尊さまに『この10年、ありがとうございました』と日頃の感謝の報告をした。この先10年後もまた(御本尊さまに)『こうして来させていただきますように』とお願いした」と感慨深そうに話した。

 近所に住む女性も、「今日は辯天さんの85年祭。私は77歳だから、まだ生まれてない。ありがたい」と喜んでいた。

2019/4/25 「母の日参り」手紙コンクール 2カ月で1322篇の応募が 草刈正雄さんが金賞贈呈

選考委員長の草刈さんと金賞受賞者 新たな祈りの習慣として「母の日参り」の普及と浸透を目指している「『母の日参り』パートナーシップ」は23日、都内で共同プレス発表会を開き、「母の日参り」手紙コンクールの金賞を発表した。選考委員長である俳優の草刈正雄さんから受賞者に賞状と賞金が授与された。

 今年で2回目となる手紙コンクールは、亡き母への思いを綴った手紙を公募。2月から3月末までの2カ月で1322篇が寄せられた。3人の選考委員が選出した中から草刈さんが最終選考。新潟県のペンネーム「頑張っているお父さん」(49歳)の手紙「ばあちゃん(母)、素直になれずゴメン」が金賞に。草刈さんは自身がおばあちゃん子であったことを打ち明け、「母とおばあちゃんが絡んでいることから選びました」と明かした。
 
 十数年前に逝去した母にあてた作品は、母と父(執筆者)、娘の間で起きたエピソードを叙述。郷里を離れ大阪にいる娘からの電話で「お父さん、母の日参りって知っている? 母の日に新潟に帰るから、そしたら婆ちゃんのお墓参りに行こう。婆ちゃんの好きだった栗羊羹をもってさっ」と誘われ涙したというもの。
 
「涙腺が弱い」ということで、草刈さんは朗読を司会者にまかせ、じっくりと聞き入った。

 このパートナーシップには、㈱日本香堂、JAグループ和歌山紀州農業協同組合、㈱日比谷花壇、サントリーフラワーズ ㈱、(一社)花の国日本協議会、(一社)PRAY for (ONE)、(一社)全国優良石材店の会、(一社)日本石材産業協会、㈱亀屋万年堂、 生活協同組合コープさっぽろ、日本郵便㈱、㈱清月堂本店の6企業・6団体が参加。今年度から新規に(一社)手紙寺が加わった。

2019/4/25 須磨寺でH1法話グランプリ 6月2日開催 超宗派の8人が挑む


京都市内でPRした実行委員長の小池副住職(右から2番目)ら 仏教の世界にいざなう奥義ともいえる法話で、「もう一度会いたい僧侶」を決める「H1法話グランプリ」が6月2日、神戸市須磨区の真言宗須磨寺派大本山須磨寺で開かれる。とっておきの法話を携え、超宗派の僧侶8人がルール無用の10分間に挑む。

 ふだん葬式や法事でしか耳にしない法話。仏教に触れるせっかくの機会だが、それっきりということも多いのでは。「一方的に話している状況が問題。何が求められているのか、受け手の気持ちに目を向けなければ伝わらない」と企画した小池陽人須磨寺副住職(32)。今大会では、審査員とともに来場者の投票によってグランプリが選ばれる。

 檀信徒向けの法話と異なり、一般から評価されることで力量がつくと期待を込める。出場者は法話に立つ場が少ない若手僧侶が中心。登壇順に真宗大谷派、真言宗豊山派、日蓮宗、天台宗、臨済宗妙心寺派、曹洞宗、浄土宗の7宗派の8人が、北陸や関東、関西など全国から集う。

 ルールは10分の制限時間のみ。キーボードや紙芝居を使った法話が持ち味の僧侶も出る。審査基準は法話の技量でなく、「また会いたい」と思えるか。審査員は浄土真宗本願寺派僧侶で相愛大教授の釈徹宗氏や落語家の桂梅団治氏などが務め、出場者の講評もする。

 大会の土台となったのは、栃木県の豊山派仏教青年会が2017、18年と2回開いた「H―1グランプリ法話決戦」。反響を呼んだ大会に刺激を受けた小池副住職が中心となり、18年に兵庫県の高野山真言宗青年教師会でも開催。会場となったホテルや県民ホールは満席となった。

 今大会にもエントリーした豊山派東光寺(栃木市)の市村直哉副住職は初代グランプリの実力者だが、「それまで法話はしたことがなかった」と、出場が研鑽のきっかけになると話す。さらに、大会の影響でこの2年間で檀家が10軒増え、寺院の活性化も期待できるという。

 12日に京都市内で記者発表した小池副住職は、将来的に各地方で開催し、優勝者による全国大会を行いたいと表明。「その覇者は仏教界をけん引する僧侶になる。混迷した社会を生きるヒントを発信する力が高まれば」と話した。

 当日は午後1時開演。入場料1500円。チケットは前売りのみで、公式ホームページ(https://www.houwagrandprix.com/)で販売する。須磨寺寺務所でも購入可能。問い合わせは須磨寺内実行委員会(☎078―731―0416)。

2019/4/25 全曹青の映画「典座」 カンヌ映画祭に出品

 
 全国曹洞宗青年会(全曹青)が製作した映画「典座―TENZO」の、カンヌ国際映画祭(5月14~25日)の批評家週間「特別招待部門」への正式出品が決定した。

 同作は2018年完成。全曹青の倉島隆行会長と河口智賢副会長が主演し、河口副会長のいとこの富田克也氏が監督を務めた。大震災の津波で崩壊した自坊を建て直そうともがく青年僧を倉島会長が、アレルギーを持つ子どもを育てながら精進料理教室を開く青年僧を河口副会長が演じる。

 現実とフィクションをつづれ織りにした内容で、現代仏教の課題に鋭く切り込んだ。ゲスト出演する青山俊董・愛知専門尼僧堂堂長の言葉が大きな意味を持っている。映画祭側からは「単純さと深さに魅了された」とコメントがあったという。
 
 日本での劇場公開は秋を予定している。

2019/4/25 曹洞宗がペルーで移民120年法要 現地から招かれ記念行事に参加

中村部長を導師にカンポ・デ・マルテ公園で営まれた法要 今年は日本からペルーに最初の移民が到着してから120年。今月3・4日にペルーの首都・リマ市の国会議事堂などで行われたペルー日本人移住120周年行事に曹洞宗が招かれ、中村見自伝道部長の導師で法要を営んだ。招待主はペルー日系人協会(福元アデル明会長)。ペルー政財界や日本外務省の要人も多数参加し、両国の歴史を振り返った。1899年4月3日に約800人の日本人がペルーの土を踏んだことを記念し、この日は日本・ペルー友好の日と定められている。

 1903年、第2回移民団の一員として上野泰庵師が開教師として赴き、移民社会の中で懸命な布教をして1907年に南米最初の仏教寺院である曹洞宗慈恩寺がカニエテ市に開山した。

 2013年には上野師の功績を偲び、曹洞宗南米開教110周年法要がリマ市で営まれた。この時に鋳造された「日本秘露友好親善之鐘」も今回の法要会場に持ち込まれ、式典前から多くの日系人が撞いて日本との絆を再確認した。

 法要の拈香法語、回向はスペイン語通訳付きで、日系人たちの歩みを懐旧し弔った。上野師が開山したリマ市瑞鳳寺の梅花講が「三宝御和讃」を披露し、「憂き世の波を乗り越えて」きた先人たちに報恩感謝。鬼生田俊英宗務総長の祝辞を中村部長が代読し、現在約10万人いる日系人の益々の繁栄を祈念した。ペルー日系人協会には曹洞宗からの賛助金500ドルが手渡された。

 中村部長は「日系人の2世、3世以降は日本語ができない人も多いが、それでも自分たちのアイデンティティとして日本の文化を守ろうとする心が強いことを痛感した。ペルーでは仏教イコール曹洞宗とまで考えられているようだ」と語り、今後のさらなる交流、国際布教に意欲を見せた。

 宗門とペルーとの関わりは1980年代末に一時途絶えており、慈恩寺も曹洞宗僧侶が不在で浄土真宗僧侶が管理していたこともあった。慈恩寺に残された位牌を「ペルー新報」日本語版編集長だった故・太田宏人氏(後に曹洞宗僧侶)が調査したことをきっかけに交流復活の機運が高まった。2005年に采川道昭氏が南米国際布教総監に就任後、日系アルゼンチン人尼僧の大城慈仙氏が瑞鳳寺住職としてペルーに常住し、地道な布教活動の中で日系人との交流を深め、今回の招待に繋がった。

2019/4/25 天台宗 一隅を照らす運動50周年 埼玉教区推進大会に1000人

邦楽器と声明による厳かな開式法要 天台宗埼玉教区(木本清玄宗務所長)は16日、第53回「一隅を照らす運動推進大会」を川越市のウェスタ川越で開催した。今年は「一隅を照らす運動」が発足して50周年。これを記念した各教区ごとの推進大会としては近畿教区大会(6日)に続くもの。約千人がホールを満場にした。

 和太鼓・雅楽・声明の厳かな響きに始まり、宗歌斉唱、読経、御詠歌「比叡山仏道讃仰和讃」で僧俗が心を一つにした。一隅運動埼玉教区本部長を兼ねる木本所長は挨拶で、運動の始まった1969年は高度経済成長に伴う大量消費社会の真っただ中で「人々の心は物欲と自己中心的価値観に囚われ、心の豊かさを見失っていた」と回顧。時は流れたが、「生命・奉仕・共生」を大切にしていく運動の実践を再確認していきたいと語った。

 寺本亮洞天台宗総務部長、森定慈仁一隅を照らす運動総本部長、小堀光實総本山比叡山延暦寺執行、川合善明川越市長が来賓として祝辞を述べた。寺本氏は「私が記憶する限りは全国の教区の中で一番早くから(運動を)始められたのがこの埼玉教区」とその先駆者としての活動ぶりを賞賛。森定氏は「よく行いよく言う」という伝教大師の言葉を「たくさんの経験を積んでそれを次の世代に伝えていくこと」として紹介、子孫に一隅精神を広めていってほしいと願った。

 記念講演は元宗務総長の阿純孝氏(茨城県・千妙寺住職)による「ちょっとだけ仏さま」。法華経の諸法実相を「あらゆる存在するものには意味がある、真実の姿が宿っている」と解釈し、フェリーニの映画「道」の決め台詞「ここに石が転がっているのにはちゃんと理由があるんだよ」との共通点を指摘。幅広い話題で一隅精神を説いた。秩父市出身の落語家・林家たい平さんは「笑点」でおなじみの話術で笑顔の大切さを講演した。

 埼玉に続く今年の一隅運動推進大会は5月9日に神奈川教区、16日に南総教区で。以後も全国各地で営まれる。

3月

2019/3/7 平等思想からLGBT考える 衆生救済「性」問わず 当事者僧侶もスピーチ

LGBTの当事者や支援者らが課題などを考えた 浄土宗総合研究所は2月25日、東京都港区の大本山増上寺で公開シンポジウム「法然上人にみる平等思想ーLGBTを考える視座として」を開催した。L(レズビアン)G(ゲイ)B(バイセクシャル)T(トランスジェンダー)の生きづらさを知り、共に社会を生きていく方法を考えるために企画された。宗教者の当事者や支援者が、宗教的な課題と重ねながら活動や問題意識を話した。

 基調講演では林田康順氏(大正大学教授)が「法然上人にみる平等思想」について概説。釈尊の「家柄を問うな、行状を問え」(スッタニパータ)の教えに仏教の平等思想を確認し、「変成男子」などの女性差別がある一方で、法然上人の『選択集』「念仏往生願」による一切衆生の救済を「絶対的平等の確立」と位置づけ、「救いの働きを受け止められた念仏者は、悩みや悲しみの解決のために努力する姿勢が自ずと育まれるのであり、それこそが進むべき道」と示した。

 次いで、LGBT当事者でメークアップアーティストとして世界で活躍する浄土宗僧侶の西村宏堂さんがスピーチ。高校時代に孤独感を感じていたこと、アメリカ留学中にLGBTのイベントに参加したことや、浄土宗の加行の際に「生きている価値を感じられたこと」などを回想。同姓愛者であることに罪悪感を持つルームメイトの男性に、「私の宗教では皆が平等で性別や性的指向は全く関係なく全ての人が救われる教え」と伝えたことも振り返り、「そういったメッセージを浄土宗を通して世界に発信していこうと思います」と主張した。

 パネルディスカッションでは当事者や支援者が発題。牧師(日本キリスト教団)の中村吉基氏は宗教教団のLGBT研修のサポートや教団内の当事者の支援などを行う「宗教とLGBTネットワーク代表」の取り組みを紹介。同性愛者でもある中村氏は、同性パートナーを亡くした男性の「葬儀のような結婚式を行った」ことや、日本では同性婚が認められないために同姓カップルが医療・住宅・社会保障などで直面する諸問題も列挙した。

 浄土真宗本願寺派布教使の中平了悟氏は自坊で社会課題を語り合うイベント「テラハ」でLGBTをテーマにした。当事者の言葉「ほかの誰でもない、わたしはわたし」に、浄土真宗と同じメッセージを受け取り、「関わりのなかで、自分が育てられてきた教えの味わいや可能性を知った。自分自身が拡げられていくような感覚がある」との学びを披瀝。さらに自身の経験から「良かれと思ったことが相手を傷つけることがある」とも語り、「共に生きる」という課題に対し「すれ違いや意見の違いがあっても一緒にいる、という関係をどう作るのかという問いを共有したい」と話した。

 昨年に総研叢書『それぞれのかがやきLGBTを知る』を担当した浄土宗総合研究所研究員の石田一裕氏は、「仏教は平等や自由、平和を説くという。しかし、差別戒名、ハンセン病、戦争協力の問題などもあった」と提起。「仏教者が実践して初めて仏教が平等を説くと証明される」とし、その実践は「智慧=慈悲にもとづいて行われるべきもの。知ることが、平等を実践する大切な一歩」と呼びかけた。

2019/3/7レポート 日蓮宗荒行 痛み伴う行堂改革  

 日蓮宗の祈祷修法を習得する荒行で異変が起きている。毎年入行者が100人を超える大本山中山法華経寺の日蓮宗加行所では、一昨年から修行僧が大幅に減少した。遠寿院大荒行堂では、今年成満した11人の修行僧の内、4人に許証を授与しないという異例の措置がとられた。両行堂の異変の背景には、痛みを伴う行堂の改革があった。(続きは紙面でご覧ください)

2019/3/7 被災65年 3・1ビキニデー 墓前で核廃絶誓う 焼津市弘徳院

久保山さんのお墓に参拝する宗教者ら。数人ずつ交代で参拝した 被災65年を迎えた今年の3・1ビキニデー。米国の原水爆実験で被曝した第五福竜丸の乗組員で、半年後に死亡した久保山愛吉さん(享年40)の墓前祭が今年も1日、静岡県焼津市の曹洞宗弘徳院(松永芳信住職)で営まれ、核兵器のない世界を願った。主催は日本宗教者平和協議会(宗平協、荒川庸生理事長)。

 午前9時半、焼津駅前に集合していた1千人を超える参拝者が弘徳院に向けて行進を開始。横断幕に続く先頭には宗平協メンバーが、「兵戈無用」「南無阿弥陀仏」「南無妙法蓮華経」などの幟を手に行進。地元の日蓮宗伊豆国撃鼓伝道隊も加わり力強く唱題行脚した。

 同10時30分からは境内特設テントでの追悼法要。祭壇には久保山さんの位牌と遺影が安置され、入院加療中の住職に代わって弘徳院の松永善弘副住職と焼津市仏教会が出仕して営まれた。

 主催者挨拶では荒川理事長が、宗平協主催の墓前祭が55年となり、弘徳院や仏教会、市民らの協力に感謝した。さらに「昨年6月には1回目から準備し、守ってこられた鈴木徹衆元理事長が遷化され、追いかけるように1回目から参加された日隈威徳さん(宗教学者)も1月に遷化された。私たちは多くの遺志を受け継ぎながら続けていかなければならない。核兵器廃絶の日まで、久保山愛吉さんの遺志に添って努力していきたい」と力を込めた。

 法要後、松永善弘副住職は世界各国からの参拝に謝意を示し、「久保山さんは、私の祖父の時代に被曝された。“原水爆の犠牲者はわたしを最後にしてほしい”と言われて亡くなられた。久保山さんの願いを、皆さまお一人おひとりの願いとして成就されることを祈念する」と挨拶した。

 各界の誓いでは、各団体代表がマイクを握り、核兵器禁止条約への日本の参加や、核なき世界を訴えた。宗平協を代表して矢野太一氏が天理教平和の会の活動を紹介しつつ、「久保山さんの願いをしっかり受け継ぎ、他宗派の人たちや民主団体と共同して核兵器のない平和な世界を目指して精進を続けることを決意する」と墓前に誓った。

 久保山愛吉さんのお墓には「原水爆の犠牲者はわたしを最後にして欲しい」という遺言も。参拝者は久保山さんが好きだったバラを献花した。合わせて宗平協が核廃絶を願って製作したキリスト教と仏教の二つの鐘からなる「平和の鐘」を鳴らして追悼した。

2019/3/7 宗議会シーズン 浄土真宗本願寺派、高野山真言宗、真言宗智山派、浄土宗、日蓮宗、真言宗豊山派、臨済宗妙心寺派


浄土真宗本願寺派 4月に法要準備事務所設置 東京五輪イベントに協力
 浄土真宗本願寺派の第314回定期宗会(浅野弘毅議長)が2月27日、京都市下京区の宗務所で始まった。石上智康総長は執務方針演説で、2023年に営む親鸞聖人誕生850年、立教開宗800年の慶讃法要について、4月に法要準備事務所を設置し、12月に実働体制を整える方針を示した。4月15日の立教開宗記念法要で期日が発表される見通しだ。(続きは紙面でご覧ください)

高野山真言宗  学園赤字 参拝者補填? 駐車場有料化めぐり議論
 高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)の第161次春季宗会(安藤尊仁議長、2月26~28日)で発表された、高野山内9カ所の金剛峯寺所有の駐車場を来年4月から有料化して収益約1億円を経営難の㈻高野山学園(大学・高校)の運営資金に充てる計画。髙橋隆岱議員(東京)が「学園が赤字でなければ有料化は必要ない。赤字の責任は誰にあるのか。参詣者に赤字を肩代わりしてもらうような施策は道義的にいかがなものか」と問いかけるなど、その是非をめぐって論戦が展開された。(続きは紙面でご覧ください)

真言宗智山派 宗派負担で保険化 弔慰金一律70万円
 真言宗智山派(芙蓉良英宗務総長)の第128次定期教区代表会(池田英乘議長、2月19~22日)で、住職遷化に際して宗派から支給される弔慰金を保険化する智山派慶弔規程の一部改正が行われた。宗派が保険料を全額負担して末寺住職らに「一律70万円の生命保険」に加入してもらう制度で、保険金を弔慰金として支給する形になる。(続きは紙面でご覧ください)

浄土宗 豊岡総長が公式見解 法主推戴に条件あり得ず
 浄土宗の第120次定期宗議会が4日、京都市東山区の宗務庁で始まった。一般質問で大本山清浄華院(京都市上京区)の離脱問題が取り上げられ、豊岡鐐尓宗務総長が「法主の推戴に条件があってはならない」との考えを語った。この問題に関し、浄土宗側が公式の場で見解を示すのは初めて。(続きは紙面でご覧ください)

日蓮宗 「強い日蓮宗」支援体制整備 福祉共済・過疎対策で前進
 日蓮宗の第115定期宗会(大塩孝信議長)が5日、東京都大田区の宗務院に招集された。中川法政宗務総長は施政方針で、「強い日蓮宗」を実現するため「すべての教師が活発な布教活動を安心して継続できる支援体制」を整えると表明した。現在検討中の福祉共済制度改革に言及したほか、過疎対策などの施策を打ち出した。(続きは紙面でご覧ください)

真言宗豊山派 長谷寺 今年が「修復元年」 特別賦課金、5月臨宗で審議
 真言宗豊山派(星野英紀宗務総長)の第148次宗会通常会(加藤章雄議長)が5日、東京都文京区の宗務所に招集された。星野総長は施政方針演説で重要課題である総本山長谷寺(奈良県桜井市)の伽藍修復について、来年度から本坊(重文)の耐震調査が始まることや、修復費のための特別賦課金が始まる今年を重要な「修復元年」と位置づけ、「困難な道のりだが最大限の努力を尽くす」と表明した。(続きは紙面でご覧ください)

臨済宗妙心寺派 小倉宗俊管長の発言受け 雛僧教育の検討要請
 臨済宗妙心寺派第136次定期宗議会の通告質問は2月21日に行われ、小倉宗俊管長が開会宣示で禅僧の質の低下を問題視し、「原因の一つは雛僧教育の欠如にある」と述べたのを受け、山本文匡議員(四国東)が雛僧教育の充実に向け、教区単位での研修会開催を提案した。(続きは紙面でご覧ください)

2019/3/14 寺院実務法学会が発足 最新事例や判例を検討

寺院実務法学会への期待を語る渡辺教授(日蓮宗僧侶) 「寺院法務に精通した実務家の養成」を掲げる寺院実務法学会の設立総会が7日、神戸市東灘区の甲南大学法科大学院で開催され、弁護士ら専門士業や僧侶など約20人が参加した。設立発起人の西口竜司弁護士は、「宗教法人に関する法律を学んで寺院の発展に寄与したい」と抱負を語った。

 宗教法人の運営と実務に関する憲法・法律の専門的知識の習得や判例の検討を中心に、最新の問題や将来発生が予想される諸事象への対応、適切な寺院支援の方法を学ぶ。隔月で講演会や研修会などの定例勉強会を開くことを柱に、寺院でのフィールドワークも行う。寺院関係者対象の相談会なども予定しているという。

 宗教法人法や寺院実務等を深く学びたい住職・寺族ら寺院関係者の入会も可。営利目的での入会は不可。「入会金+年会費」は正会員=個人6千円・法人1万円。事務局(☎078―708―1919 神戸マリン綜合法律事務所内)。

 山梨県南アルプス市・日蓮宗了泉寺の副住職でもある渡辺顗修・同大法科大学院長(弁護士)は、「今、寺文化は間違いなく崩壊しつつある。もう(寺は)人が集まれる場所ではない。地域に根差したお寺が崩壊するのは、地域社会を弱め、日本を弱めていくことになる」と憂慮。「法という物差しを使って問題を解決していくサムライ(専門士業)と一緒に、(これからの)宗教文化を作っていきたい」と呼びかけた。

 第2回は4月26日午後6時から、三宮駅前の神戸市勤労会館で勉強会「仏教用語の基礎知識」(講師=中山戒仁・佑想庵代表)。参加費=会員千円、非会員3千円。今後、「クラウドファンディングによる収入は課税事業か、宗教活動(非課税)か」など、最新の事例検討も行っていくという。

2019/3/14 豊山仏青 「空」からも支援を整備 ヘリ会社と災害協定結ぶ

柏市の布施ヘリポートで調印の記念撮影を行った。(右から板谷氏、林氏、手塚氏、石井氏。ヘリ後方には布施弁天 真言宗豊山派仏教青年会(林映寿会長)は11日、国内唯一のヘリコプター旅客輸送プラットフォームを運用する㈱AirX(本社:東京都渋谷区、
手塚究代表取締役)と防災協定を締結した。協定は昨夏に結んだ食品メーカーの石井食品㈱(石井智康社長)とレンタルキャンピングカーの㈱レヴォレーター(板谷俊明代表)に次ぐ3社目で、今後、災害時のヘリコプターによる空からの物資支援体制を整備する。

 災害協定の調印式は千葉県柏市の同派布施弁天東海寺で開催。同寺から徒歩10分程の場所に布施ヘリポートがあることから行われた。同寺では昨年に豊山仏青主催の縁日プロジェクトが初めて行われた。

 東日本大震災から8年となることから、調印式を前に東海寺の下村法之住職を導師に本堂で復興祈願法要を厳修。下村住職は慰霊と復興を祈願し、「今後起こりうる災害に対して迅速なる支援を実現させるため、大同団結し災害協定の契りを結ぶ者なり」と奏上。災害が起こらずに、「この協定が履行されぬよう」と祈念した。

 昨年9月の北海道胆振東部地震では、被災地へ物資の支援を試みたが、陸路による物流が止まったため速やかな対応ができなかった。これを踏まえ、豊山仏青ではヘリコプターを活用した物資支援体制を整備することになった。AirXは全国のヘリコプター会社と提携し観光遊覧やチャーター事業を行っている。代表取締役の手塚氏は、「災害時には上空視察やお客様の移動などをしてきた。上空から何かお手伝いを出来たらと常々思っていた」と災害協定を歓迎。ヘリの着陸場所は20m四方があれば可能と言い、林会長は「今後、寺院の駐車場や境内地でも(着陸が)可能な場所を検討したい」と応じた。寺院のネットワークを活かした支援物資の運搬方法やネットワークづくりなどについては今後、具体的に検討していく。

 林会長は「(災害が起きず)活動しないことを願いつつも、どんなことが出来るのか、話し合う時間を4者で持ちたい」と抱負。昨年に「陸」のキャンピングカー、今回は「空」のヘリコプターと協定し、「次は『海』との提携を目指したい」と展望した。

2019/3/14 全日仏青 福島で慰霊法要 だるま300体を奉安

各宗派それぞれの形で復興への祈りが捧げられた 全日本仏教青年会(全日仏青)は8日、福島県伊達市(旧霊山町)の曹洞宗成林寺で東日本大震災慰霊法要と、全国の檀信徒から奉納された復興祈願だるまの奉安を行った。僧侶と成林寺檀家ら約50人が参加。震災から8年が経っても復興は道半ばだが、青年僧は「七転び八起き」のだるまさん精神で前に進む祈りを捧げた。

 震災の日を思い出すような冷たく強い風が吹いていた。成林寺は発災直後からしばらくの間、全国曹洞宗青年会災害復興支援本部が置かれ、復興支援の拠点となった寺。震災三回忌(2013年)に建立された納経塔には大小約300のだるまが並べられた。このだるまは、受験の合格や選挙当選などの願いがかなって両目が入れられた「役目を終えた」ものにもう一度、復興の願いを込めて届けられた。

導師を務めたのは倉島隆行理事長。金峯山青年僧の会による法螺貝の響きが山野にこだまし、曹洞宗の御詠歌、天台宗や真言宗の声明、浄土宗の念仏供養など各宗派それぞれの祈りを捧げ、観音経を読誦した。

 納経塔脇の「東日本大震災 鎮魂の誓い」の碑に書かれている「共に悼みます 失われた命を 共に祈ります 別れた命の安らぎを 共に忘れません その輝いていた命を 共に寄り添います 同じ命を生きる証に」の言葉を一同で唱和。碑が建立された時に全日仏青理事長だった村山博雅氏(現・WFBY世界仏教徒青年連盟会長)も、長い道のりに思いを馳せながら手を合わせた。

 成林寺の久間泰瑞住職は毎年、青年僧たちの慰霊法要が営まれていることに感謝。かつ、「今なお本県に帰ってこられない人が3万2千人いる」と語り、故郷を喪失した人々の苦しい心にも寄り添った。副住職の久間泰弘氏らが行っている、被災した子どもたちの心の悩みを聞く「チャイルドラインふくしま」には未だに、震災や原発事故で傷ついた子どもたちからの電話が鳴り止まないという。

 地元・白河市の白河だるま総本舗の14代目である渡邊高章氏は高校の卒業式を前に東日本大震災の直撃を受けた。「これだけのだるまが全国から集まったのは凄いこと。だるま屋の私でも初めての体験です」と驚き、東北復興のために力を尽くす青年僧たちの明るさ、思いやりを喜んだ。今回、だるまと共に5千円以上を奉納した人には、白河だるま総本舗が作っただるまが記念品として贈呈される。

2019/3/14 部下を「地涌の菩薩」と表現 吉田元所長を語る 同級生・杉浦弘道氏

放射線汚染土などの除染廃棄物の中間貯蔵施設の建設が進む(撮影2018年10月、大熊町) 8年前の東日本大震災で、とりわけ過酷な状況におかれたのが東電福島第一原子力発電所事故の処理にあたった作業員たちである。被曝を覚悟しながら原子炉に向かい続けた。これを指揮したのが吉田昌郎所長(2013年7月9日死去、享年58)である。吉田所長は作業員たちを法華経に記されている「地涌の菩薩」と表現した。「吉田君らしい」と語るのはネット公開された動画(当時)を見た奈良市の杉浦弘道・浄土宗稱念寺住職(64)である。


 「この時期になると吉田君を思い出します。今年7月には彼の七回忌を迎えます。静かに吉田君のことを、そして犠牲者の方々を回向したいと思っています」

 吉田君とは吉田昌郎元所長のことである。高校(大阪教育大学附属高等学校天王寺校舎)2、3年時には同じクラスだった。2人の関係と証言は門田隆将著『死の淵を見た男―吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫、初出はPHP研究所)に記載されている。

 高校時代、杉浦氏の前に吉田青年が現れた。「突然、お前はお寺の息子か、般若心経ぐらい知っているだろうと言って、目の前で諳んじ始めた。そのシーンは今でもよく覚えています。当時、私はまったくお経を知らず恥ずかしく思いました。これに刺激されてお経の勉強を始めたんですよ」と苦笑する。吉田氏は在家出身である。『死の淵』では道元の『正法眼蔵』を座右の書としていたとある。

根底に武士道精神と慈悲の心
 高校時代から吉田氏は存在感があった。「剣道部に所属していたこともあり武士道に関心を持ち、憧れをもっていました。一本筋の通った男でした」。学生時代の吉田氏は多彩な才能を発揮。学園祭では同級生に旧制高校の寮歌や校歌を教え、写真にも関心を寄せた。「私も影響を受けて一眼レフを買う羽目になりました。社会派の写真家、土門拳が好きで、とても尊敬していた。どういう字を当てるのかは知りませんでしたが、倣って『ドビンカン』を自称して、写真を撮っていましたね」

 高校卒業後、別々の進路をたどり吉田氏は東工大から東京電力へ進んだ。杉浦氏は大学卒業後、高校時代に急逝した父の跡を継いで住職資格を取得。一方で京都の華頂学園(高校)の数学教師(非常勤)を7年ほど勤めた。

 卒業後、2人の出会いは残念ながらなかった。それが連日放映されるテレビで“再会”したのはまさに震災直後からだった。その様子を視聴した杉浦氏は「久し振りに見る吉田君は非常に立派でした。とても冷静で落ち着いていた。原発事故後、うまく収束することをずっと願っていましたが、彼ならやってくれると信じていました」と全幅の信頼を置く。そして「行動力があり責任感が強い人間でしたが、それは武士道からの影響が大きかったのではと思っています。また部下や作業員をうまくコントロールしていたのは、彼の持つ仏教的背景の『慈悲』の心がその根底にあったのではという気がしています」。

 2011年12月、吉田所長は食道がんのため退任し、その後は入院と手術が続いた。脳出血もあった。2012年8月、福島で開かれたシンポジウムにビデオ参加した吉田氏は次のような発言をした。

 「現場に飛び込んで行ってくれた部下に、地面から菩薩が涌く『地涌の菩薩』のイメージを、地獄のような状態の中で感じた」

 法華経従地涌出品第十五に登場する「地中から出現する菩薩たち」である。「吉田君らしい表現だと思います。私の宗派は浄土宗ですから法華経は専門外なので、調べ直してこんな意味があったのかと思いました。それから動画(ネット)を改めて見て、彼なりの彼らしい表現だったなと思いました。その表し方に部下を思いやる優しさや感謝の気持ちが滲み出てますものね」

 杉浦氏は1995年の阪神淡路大震災後、兵庫県西宮市の斎場で読経ボランティアを行い、灘高では炊き出しに協力した。灘高では自衛隊員が風呂の設営をしていた。杉浦氏には自衛隊員と、吉田所長と作業員が重なって映る。「自衛隊員のキビキビした動作は、被災者にどれだけ信頼感や安心感を与えたことか。それを私はひしひしと感じました。同じように吉田君の部下たちも、吉田君を心から信頼していたからこそ、このような行動ができたのだと思います。『フクシマ50(フィフティ)』と呼ばれるようになったのも、この絶大なる信頼関係がその裏付けにあったからなんだと思います」

 今夏7月9日は吉田氏の七回忌。「ご命日には本堂で一座の法要をしたい」と語る。そして人づてに聞いた話だとして、「彼は再び元気になって、迷惑をかけた福島の方々、一軒一軒を謝ってまわりたいと話していたようなのです。そんな思いで、病気に真剣に立ち向かっていた。しかし残念ながらできなかった。その無念の思い、彼の遺志を何かの形で受け継げるようなことができれば」と静かに話した。

 高校卒業から45年余り接する機会はなかったが、杉浦氏は、吉田氏の壮絶な生き様を改めて思い、菩提を弔いつつ、被災地の復旧復興という、いのちを賭したその悲願が少しでも早く成就されんことを心から願う日々を送る一人である。

2019/3/21 宗会シーズン 佛光寺派、醍醐派、御室派、大覚寺派、豊山派、浄土宗、日蓮宗


佛光寺派 新寝殿 来年3月完成
 真宗佛光寺派の第194臨時宗会が13日、京都市下京区の宗務所で開かれた。親鸞聖人誕生850年法要など2023年5月に営む慶讃法会の記念事業の一環で新築する寝殿の工事請負契約が承認された。(続きは紙面でご覧ください)

醍醐派 高齢化・檀信徒減 浮き彫りに
 真言宗醍醐派(壁瀬宥雅宗務総長)の第71次定期宗会(麻生章雄議長)が13・14両日、京都市伏見区の総本山醍醐寺内宗務本庁に招集された。「檀家制度の弱体化と信仰人口の減少」が進む中、全末寺の現状把握のためのアンケート調査を昨年5~7月末に実施。壁瀬総長は「43・1%(714寺院・教会中308)の回答を得た。厳しい現状を実感した」と危機感を表明し、昨年11月から3期目に入った壁瀬内局の施政方針として「社会のニーズに応える寺院活動を行う」を掲げた。(続きは紙面でご覧ください)

御室派 海外セレブ向け松林庵 「旅館業」で特別会計
 真言宗御室派(吉田正裕宗務総長)の第149回前期定期宗会(木村正知議長)が6・7両日、京都市右京区の総本山仁和寺内宗務所に招集された。主に海外セレブを対象にした「1泊100万円」の超高級宿坊・仁和寺寺「松林庵」を「旅館業」と明記し、新規事業として「仁和寺特別会計(松林庵)」を創設。修学旅行生らを迎える御室会館に加え、海外賓客が日本文化の至高体験を楽しむ松林庵が「公益事業以外の事業」に設定された。(続きは紙面でご覧ください)

大覚寺派 10月に新天皇奉祝法会 復元模写の般若心経開眼も 
 真言宗大覚寺派の第68次定期宗会(嘉原唱光議長)が13日、京都市右京区の宗務庁で開かれた。皇太子さまの新天皇即位に伴い、奉祝法会を営むことが発表された。昨秋の戊戌開封法会で披露された嵯峨天皇直筆般若心経の復元模写の開眼法要も合わせて執り行う。(続きは紙面でご覧ください)

豊山派 過疎問題、超宗派で法務も 困難寺院は吸収合併へ
 真言宗豊山派(星野英紀宗務総長)の第148次宗会通常会(5日から7日、加藤章雄議長)で、過疎問題に関する質疑で、星野総長は超宗派での対応についても言及した。
(続きは紙面でご覧ください)

日蓮宗 「祖山参拝規程」に難色 総長、明和会代表質問に
 日蓮宗(中川法政宗務総長)の第115定期宗会(大塩孝信議長)の明和会代表質問では、川口久雄会長が登壇した(6日)。川口会長は最初の質問で祖山興隆のための方策として祖山参拝規程の制定を提示し、総長の考えを問うた。中川総長は、「義務化や強制的と受け取られる可能性がある」と参拝規程の制定には、難色を示した。(続きは紙面でご覧ください)

浄土宗 4月から新体制スタート
 浄土宗の第120次定期宗議会(木村弘文議長)は8日、予算関連議案14件、法規関連議案15件、機構改革関連議案10件の計39議案を可決し、5日間の会期を終え閉会した。昨年2回の定期宗議会で骨子を固めた宗務庁の組織再編案に関し、仕上げとなる細部の諸規定を整備。4月からいよいよ新体制がスタートする。(続きは紙面でご覧ください)

2019/3/21 日宗連理事経験者 文化庁長官表彰受ける 宗教者は初めて  

 文化庁(宮田亮平長官)は11日、平成30年度(2018)の文化庁長官表彰として個人86人、団体3件を発表した。そのうち(公財)日本宗教連盟(日宗連)の理事経験者3人が該当した。3人は日宗連での活動が評価された。18日に都内の文部科学省で表彰式が行われた。

 長官表彰を受けた日宗連理事経験者は、竹田眞(88、元日本キリスト教連合会委員長)豊原大成(88、元全日本仏教会理事長・浄土真宗本願寺派)不破仁(90、元全日本仏教会理事長・真宗大谷派)の3氏。それぞれ「永年にわたり、宗教者として活動し、日本宗教連盟の理事を務めるなど、我が国の宗教文化の振興に尽力するとともに、宗務行政に多大な貢献をしている」と評価された。

 竹田氏は平成9年4月から同13年4月、豊原氏は同20年4月から同22年4月、不破氏は同10年2月から同12年1月まで日宗連理事を務めた。

 日宗連以外では、団体表彰で京都の退蔵院方丈襖絵プロジェクトが選定された。若手芸術家の育成と伝統技術の継承を合わせての襖絵制作などが評価された。

 文化庁長官表彰は毎年行われているが、宗教者への表彰は今年度が初めて。昨年9月、文化庁創立50周年を記念した「文化庁長官50周年記念表彰」(個人108人、団体52件)の際に、日宗連の理事長経験者や複数年次にわたり事務局長を経験した人を表彰(全15人)したことを契機としている。

 日宗連は、教派神道連合会、(公財)全日本仏教会、日本キリスト教連合会、宗教法人神社本庁、(公財)新日本宗教団体連合会(新宗連)の5団体で構成。各団体の代表者が1年交替で日宗連理事長に就任する。現在は、神社本庁総長の田中恆清氏が理事長。慣例により次期理事長は新宗連の順番となる。決算後の6月に交替予定。

2019/3/21 WCRP日本委 宮城で復興会議と祈り トラウマ治癒 宗教者に期待 

各教団それぞれの作法でモニュメントに祈りを捧げた (公財)世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会(植松誠理事長)は13・14日、宮城県で「震災から9年目をむかえる宗教者復興会合」を開催した。日本委が宗教者や学者、民間NPO、行政等と協力して取り組んだ復興支援活動が総括された。初日の仙台国際センター(仙台市青葉区)におけるセッションには約130人、2日目の千年希望の丘(岩沼市)での復興合同祈願式には約120人が参加した。

 日本委の庭野日鑛会長(立正佼成会会長)は、宗教者として「失われたいのちへの追悼と鎮魂」「今を生きるいのちへの連帯」「これからのいのちへの責任」の3つの方針を掲げ活動したと挨拶。震災発生後から2週間後に現地入りした際に見た「悲しみの中で懸命に生きている人のことを今でも忘れることはできない」と回想し、表面的にはかなり復興したようには見えるが、今なおいくつもの重荷を背負っている被災者を助けていく必要性を語った。

 震災復興タスクフォース責任者である黒住宗道氏(黒住教教主)は、「感謝の気持ちを持って現場で活動してくださった方が次々とこの場に来て下さったことを心から感謝します」しつつ、感謝の応酬ではなく忌憚のない意見を求め、そこから今後の展開に活かすと述べた。

 前復興大臣の吉野正芳衆議院議員(自民党、福島県選出)が基調発題。とりわけ子どもたちの心のケアは今も重要課題だと提示し、「お父さんお母さんがオロオロしている姿がトラウマになっている。子どもたちにとって親は神様みたいなものなのに、その神様が苦しむ姿を見せられ傷ついている」と語り、トラウマの治癒を宗教者に期待した。

 セッションでは曹洞宗僧侶の金田諦應氏、浄土宗僧侶の中村瑞貴氏ら宗教者が発言し復興支援・心のケアの成果と残された課題を話し合った。

涙を流し献花する昌林寺の松山住職 会議終了後の14日午後、岩沼市の千年希望の丘に移動した。同所は津波の直撃を受け、多くの犠牲者を出した地を整備したメモリアル公園。冷たい風が吹きつける中、一燈園、イスラーム、カトリック、聖公会、日本基督教団、黒住教、金光教、浄土宗、神道、真如苑、曹洞宗、立正佼成会の宗教者がそれぞれの作法で慰霊モニュメントに祈りを捧げた。津波が直撃し、本堂が全壊した曹洞宗昌林寺(仙台市若林区)の松山宏佑住職は、犠牲となった檀信徒や地元住民のことを思い出し、涙を流しながら舎利礼文を唱え、白菊を献花した。

 この3月をもってWCRPの震災復興タスクフォースは一区切りとなり、今後は各教団レベルでの支援活動が続くことになる。

2019/3/28 『歎異抄』がペルシャ語に イスラム世界で初めて出版

翻訳したジャーファリー氏(左)と佐野教授 親鸞聖人の教えを伝える書物の中で、一般にも読まれる『歎異抄』がペルシャ語に翻訳された。龍谷大学(京都市伏見区)と交流協定を結ぶコム宗教大学(イラン)のアボルガセム・ジャーファリー専任講師(46)の翻訳が近くイランの宗教専門誌に掲載される。今後、書籍でも出版される予定で、イスラム世界で初めて浄土真宗の教えが広く紹介される。

 ジャーファリー氏は、仏教を専門的に学ぶ研究者などに贈られる龍谷大の「沼田奨学金」を受け、2015年から翻訳に着手。定期的に来日し、研究を続けた。龍谷大国際学部の佐野東生教授、嵩満也教授らも訳文を照合するなど協力した。

 掲載されるのはコム宗教大が発行する宗教専門誌「七つの天国(ハフト・アーセマーン)」。真宗の解説も付く。当初、書籍で出版される予定だったが、予算の関係から先送りとなった。

「浄土真宗が出現する時代背景を知らなければならず、当時の歴史を再検討する必要があった。英訳はいくつもあるが、ペルシャ語訳は初めての試み。あてはまる言葉を探し出すのが大変だった」と、翻訳にあたり苦労した点を話す。

 親鸞聖人が示す「救いの平等性」が深く印象に残ったというジャーファリー氏はシーア派の僧侶(ウラマー)でもある。13世紀のイランの詩人、サアディーが説いたように、他者の痛みを分かち合うことへの希求にイスラム教との類似性を見出し、「阿弥陀仏の本願に頼るのと同じように、イスラム教でも救いようのない自分を神に任せる。見かけは異なるが、教えそのものには共通性がある」と語る。

 ジャーファリー氏はコム宗教大の東方宗教学研究科に在籍。数人しかいない仏教研究者の中で、初めてイランで仏教学を教えた。「浄土真宗に興味を持つ学生もいる。これまでイスラム世界で紹介されたことがなかったため、時間はかかると思うが広めていきたい」と意欲を見せる。

 京都大で学ぶ妻と現在日本に滞在中。龍谷大の仏教とイスラム教の対話プロジェクトメンバーで、4月からは国際学部の非常勤講師も務める。

2019/3/28 過疎はチャンス 大正大学で地域寺院シンポ開く

民泊やフェスタ、寺カフェなど事例を多数発表 大正大学地域構想研究所は12日、東京都豊島区の同大で地域寺院シンポジウム「まちに開く、まちを拓く―地域を作る寺院の姿」を開催した。寺院を地元住民に開放し、様々な形で地域おこしをする3人の僧侶が実践例を紹介した。

 漁師町の千葉県勝浦市にある日蓮宗妙海寺の佐々木教道住職(41)は、地元では見向きもされなかったシイラを使ったフィッシュバーガーなどを開発したご当地グルメの立役者で、「日本一生臭い坊主」を自称する。このほか、寺では医療関係者を招いた健康講座「メディカルカフェ」や地域の文化祭「寺市」を開催。お寺の所有する空き家を使った民泊も好調で、月の3分の1は埋まるほどだという。

 人口約2万人の勝浦市も過疎化の影響は大きく、佐々木氏の子どもが通う小学校の新入生は4人だった。しかし、逆に「ピンチはチャンス。今、過疎が熱い」と力説。自分の幸せと他者の幸せを繋げていく「菩薩」の人々を増やしていくことが僧侶の役割だとし、人口総数が減っても菩薩が増えていけば、地域の「菩薩率」は増えていくので、それこそが地域づくりになるとダイナミックな提言。「これは田舎だからこそできる」と手ごたえを口にした。

 静岡県掛川市の駅近くにある真宗大谷派蓮福寺は約500軒の門徒があるが、市の区画整理にひっかかり移転した結果墓地がなくなり、墓を媒介とした寺檀関係が消滅した経緯がある。そこで馨(かおる)敏郎住職(46)は門徒一人ひとりの人となりを詳細に記す「現在帳」を作成し関係を緊密に。僧侶だけでなく医師や建築家、牧師、ムスリムなど様々な人から生と死について語ってもらう「ほっこり法話カフェ」などを開き地域おこしに繋げている。僧侶はとかく、宗派の違いを気にするきらいがあるが「聞く側にとっては宗派の違いなんて関係ないんです」。

 大谷大学卒業後、早稲田大学に編入学し教員免許を取得し県立高校の教員になり7年間勤務した。その経験から、宗門の僧侶養成機関では学問としての仏教ばかり学んで社会性に欠けた僧侶を送り出してしまい、社会で苦労している檀信徒を戸惑わせている面があるともやんわり指摘した。

 北海道函館市の浄土宗湯川寺は「いろんな人に会いに行けるお寺」をコンセプトとして、「結」という檀信徒や住民に広く開かれた会を結成。筒井章順副住職(32)がアイデアを捻り、花まつりでホットケーキを「ホトケーキ」として食べるイベントや、近隣の湯川神社や地元商店と協働しての「なごみフェスタ」などが好評だという。「大切なのは地域の人が主役になること」と語り、お寺が持つ地域の人間関係の集大成をうまく活かすことが成功の心がけだとした。

2019/3/28 4会場でデジタル出開帳 日本最大級「大観音大画軸」

初のデジタル出開帳。宗務所では星野総長を導師に法要を厳修した 東京都文京区の真言宗豊山派宗務所など4会場で13日、総本山長谷寺(奈良県桜井市)の「大観音大画軸デジタル出開帳」と「長谷寺 特別講座」が同時開催された。凸版印刷㈱(東京都千代田区)の協力でデジタルアーカイブ化された日本最大級の掛け軸「大観音大画軸」と法要の組み合わせという現代版の出開帳に、4会場合わせて190人が参加した。

 大観音大画軸は明応4年(1495)に罹災した総本山長谷寺の本尊十一面観世音菩薩像を再建するために作られた設計図で、ほぼ原寸大の高さ16・46メートル、横幅6・22メートル、重量125.5キログラムにもなる日本最大級の掛け軸。かつてはその大きさを伝えるため大画軸の出開帳も行われていたと言われる。今世紀に入り総本山長谷寺で3回、幕張メッセ(千葉)で1回、大画軸が開帳された。

 デジタルアーカイブ化は、凸版印刷が従来の手法ではデータの取得が困難なため、大画軸に合わせて設計したスキャナを用いて実現した。取得したデータを用いて、大観音を原寸大で拝観できる映像コンテンツも制作した。この映像により長谷寺以外での大画軸の出開帳も可能になる。

 今回のデジタル出開帳は、宗務所のほか、総本山長谷寺、北海道旭川市の五百仏寺(いおぶじ)、沖縄県糸満市の長谷寺の4カ所で行われ、各会場でも大画軸の映像が映され同時刻に法要を厳修した。その後、宗務所で行われた星野英紀宗務総長による特別講座「長谷寺観音様の秘密」が他の3会場にも同時中継された。

 星野総長は総本山長谷寺や本尊十一面観音像の歴史を解説し、天皇や貴族、武士や商人、一般信者など様々な階層の人々によって支えられてきたことを紹介。アーカイブ化により観音像全体の姿を見ることができるようになることから「長谷寺の信仰を良い方向に変える大きなきっかけになる」と新たな魅力の発見や可能性に期待感を示した。

 凸版印刷ではデジタルアーカイブにより、貴重な文化財を後世に伝えるだけにとどまらず、今回のような「出開帳」を行うなどして新たな利活用を進めている。総本山長谷寺東京出張所の門屋信譽執事は「今日の経験をもとにして、全国で皆様方に長谷寺の観音様の魅力をご紹介したい」と話した。

2月

2019/2/7 全日本仏教会理事会 過疎問題で情報集積へ 近くネットで調査へ

新年懇親会で来年の島根大会をアピールする島根県仏教会の清水谷会長とスタッフたち 公益財団法人全日本仏教会(釜田隆文理事長)は1月30日、都内のホテルで理事会を開き、新年度の事業計画案や収支予算案などを審議し、原案通り承認した。明年10月の第45回全日本仏教徒会議島根大会への共催が決まったほか、10年後の財団創立70周年に向けた要望も寄せられた。またこの2月末から3月にかけてインターネットを活用して、過疎問題に関する調査の実施が報告された。

 過疎問題について理事会後の会見で釜田理事長は、「それぞれの宗派では色んな形の過疎の問題がある。考え方も違うと思う。そういうものを全日仏に提供してもらい、全日仏として何か方向付けができないかと考えて、理事長になって提起した。一宗派で考えるよりも、いくつかの宗派が集まって考える方がいろんな意見が出てくると思う」と意義を語った。全日仏として情報集積と意見交換の場を設けることになりそうだ。

 戸松事務総長は過疎調査に関して、 地方から東京に出た人たちを対象にするという。「もともと菩提寺がある。だけど今はお寺さんと付き合いがない方たちはどういう葬儀をされているのか。例えば(郷里の)お寺に戻って納骨をするのか。推測ではなく実態を知るべく、首都圏を中心に全国規模で不特定多数に実施する」と語った。

 全日仏は2年前、大和証券と共同で「仏教に関する実態把握調査」を行っており、今回も同様にネットを用いて実施する。7千サンプルを予定している。(続きは紙面をご覧ください)

2019/2/7 ヒバクシャ国際署名、宗教界に協力求める 全日仏や佼成会など訪問

全日仏に署名の意義を説明する川崎氏ら(右側) 世界中の核兵器廃絶を目標とする「ヒバクシャ国際署名」の協力を求めるため、ノーベル平和賞を受賞した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の川崎哲国際運営委員と日本原水爆被害者団体協議会の田中煕巳代表委員、それに浄土宗僧侶で「ピースプラットホーム」の森俊英事務局長は1日、東京都内の教団や寺院、団体を訪問した。

 東京都杉並区の立正佼成会では川端健之理事長らと懇談。続いて訪れた港区の全日本仏教会(全日仏)では奈良慈徹社会・人権部長らの対応を受けた。川崎氏は「政治的な立場を超えて、まずは核兵器の廃絶という一点に絞って協力をしていく」と署名の目的を説明し、現在約830万筆の署名を集めているが「目標は数億筆で、まだ2桁ほど足りない状況です」と協力を切望。田中氏は「私も87歳だし、被爆者はどんどん亡くなっている。生きているうちに核兵器のない世界にしたい」と語った。

 奈良部長は、会として動くには理事会としての決定を経なければならず、すぐにというわけにはいかないと説明しながらも「実は30日の理事会でもこの署名のことが話題にされました」と明かし、前向きな姿勢を示した。この後は浄土宗大本山増上寺などを訪れた。

 全日仏は反核への取り組みを早くから行っており、1957年にはイギリスがクリスマス島で行った原水爆実験への反対声明を出し、以後も各国の核実験に抗議している。立正佼成会も加入する新日本宗教団体連合会は1982年の第2回国連軍縮会議に際して3700万筆の反核署名を集めた。こういった実績がある宗教界が反核運動に積極的に取り組むことが期待されている。

2019/2/7 アーユス・デイ 甲斐田万智子・谷山博史両氏にNGO大賞を贈る

大賞を受賞した甲斐田氏(中央右)と谷山氏(中央左) NPO法人「アーユス仏教国際協力ネットワーク」(アーユス、茂田眞澄理事長)が主催する国際協力NGOの祭典「アーユス・デイ」が1月31日、東京都品川区の日蓮宗本立寺で開催され、第6回アーユス賞授賞式が挙行された。長年にわたる功績に対して贈られるNGO大賞は、国際子ども権利センター代表理事の甲斐田万智子氏と日本国際ボランティアセンター前代表理事の谷山博史氏が受賞した。

 甲斐田氏は、1960年生まれ。長年にわたりアジア各地で暮らし、人身売買や児童労働、子どもの性的搾取の問題に取り組んだ。子どもの権利に関するNGO関係者に大きな影響を与え、多くの人材を輩出してきたことが評価された。

 受賞スピーチで甲斐田氏は、学生時代にフィリピンで出会ったスラムの子どもたちをはじめ、「多くの人の影響を受けて今の私がある」と感謝。今年は国連で子どもの権利条約が採択されて30年。SDGsでも子どもへの暴力を撤廃する目標が掲げられているが、日本でも体罰や児童虐待が続けられていると指摘し、「このような暴力をなくすためにも、あらゆる人が子どもの権利を知ることが大事」と話した。

 谷山氏は1958年生まれ。タイ・カンボジア国境の難民支援をはじめ30年以上にわたり活躍し、日本の国際協力NGOのネットワーク構築にも尽力。その現場経験に根差した非戦の精神は、国際NGOに携わる多くの人に影響を与えた。

 谷山氏はこれまでの活動を振り返る中で、「戦争は降ってくるものじゃない。作られているものだと現場の情報から訴えてきた」。紛争が続くアフガニスタンで、「対立は武力でしか解決できないと考えていた現地の男性が、NGOの活動を見て〝対話による解決しかない〟と考えを変えたことを、私は今でも心の支えにしている」と語った。(続きは紙面でご覧ください)

2019/2/7 WCRP理事会 6月にG20諸宗教フォーラム開催を承認 大阪サミットに向け成果発信

 公益財団法人世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会は1月29日、東京都杉並区の立正佼成会法輪閣で、今年度(18年度)の補正予算と新年度(19年度)の事業計画などを主義案とする理事会および評議員会議案説明会を開いた。6月下旬のG20大阪サミットに先立ち、京都でG20諸宗教フォーラム2019を開催することが承認された。8月にドイツで行われる第10回世界大会のテーマの訳語が「慈しみの実践―共通の未来のために」(Caring for Common Future)と決まった。

 昨秋、就任した植松誠理事長(日本聖公会)による最初の理事会。「以前、キリスト教では白柳誠一枢機卿が理事長をされたが、日本ではキリスト教はマイナー。理事長ができるかと心配しているが、優秀な評議員、理事、事務局みなさま方のお救けを得て理事長職を務めて参りたい」と決意を述べた。

 G20諸宗教フォーラムは6月11・12日、日本はじめ世界の宗教指導者や国際機関の代表者たちが参加。経済格差による貧困問題の恒常化や気候変動の悪化、核兵器禁止条約、SDGs(持続可能な開発目標)などを討議し、成果を世界に発信していく。

 ドイツのリンダウで行われるWCRP世界大会(8月20~23日)は、メインテーマのもと、「A、共通の未来のために積極的平和を促進する」「B、共通の未来のために戦争やテロ等の紛争を予防し解決する」「C、共通の未来のために公正で調和のある社会を促進する」「D、共通の未来のために持続可能な総合的人間開発のために行動する」「E、共通の未来のために地球を守る」の5つのサブテーマが設けられた。

 今回の世界大会にはドイツ政府が資金協力しており、ドイツ政府は地域ごとでの準備会議を要請。アジア地域では3月5~7日にミャンマーのヤンゴンでアジア準備会議を開催することが決まっている。(続きは紙面でご覧ください)

2019/2/14 興正寺問題 西部法照住職に聞く 裁判外和解〝間違い〟 訴訟リスク「全責任とる」

時折、怒気を帯び、独自の主張を展開した西部氏 名古屋市昭和区の高野山真言宗別格本山八事山興正寺の問題が再燃した。添田隆昭特任住職(宗務総長)による昨年5月の元住職側との裁判外和解後、再び元住職側の関係企業と係争状態に陥った。なぜ和解は崩れたのか。責任役員2氏の立ち会いのもと、西部(にしぶ)法照住職(73)に聞いた。西部氏は「内局と喧嘩をするつもりはない」とする一方、「興正寺住職として貫くべき立場がある」とし、独自の主張を展開。宗派との緊張関係を窺わせた。

西部 私の役割は興正寺の信頼と信仰を回復することに尽きる。混乱の原因がどこにあったのか、見定めることが大切だ。お寺に商業活動が立ち入る隙間は全くない。これが私の基本理念だ。

混乱の原因は何か
 私は昨年6月1日から主監に就任した。それ以前のことについて何かを言う立場にはない。ただ、梅村(正昭)住職(当時)が(寺有地売却の)礼録納付の手続きを怠ったとか、そういう表面的な問題ではない。100億円という金が消えているんだよ。もっと深い問題が隠されていると思う。だが過去に遡っての追及は私の仕事ではない。

特任住職だった添田総長から、具体的な和解内容などの引き継ぎはなかったのか。
 何もない。

引き継ぎなしの入寺に不安はなかったのか。
 私に与えられた天命だ。不安は全然感じていない。

特任住職が、責任役員が宗派に出した解任要望書を契機として昨年8月に辞任した。どう思うか。
 私の関与するところではない。

特任住職が行った裁判外和解をどう思うか。
 明確に間違いだ。だが何か深い隠れた原因があって、それによってそういう結果になってしまったのだろう。総長が判断を間違えたというわけではない。何かの力が働いて、そうならざるをえなかったということかもしれない。これは推測だ。

昨年8月に梅村元住職時代の関係企業R社から寺資産13億円超を差し押さえられた。なぜ、再び差し押さえられたのか。
 私は〝差し押さえが来る〟とか〝公正証書がある〟とか、全く知らなかった。和解内容も一度も見たことがない。和解で全部片付いたと思っていた。そうしたら8月20日に差し押さえられた。相手方は和解したように見せかけていたのだろう。こういう巧妙な戦略で初めからやっている。(続きは紙面をご覧ください)

2019/2/14 浄土宗東京教区「僧侶紹介」事業着手へ 菩提寺住職の承諾前提

紹介システム案について説明する成田氏 浄土宗東京教区は1月31日、港区の増上寺会館で浄土宗開宗850年の慶讃事業として同教区で実施する僧侶紹介システムに関する公開研究会を開いた。50人が参加した。

 離郷檀信徒や首都圏の宗教浮遊層への教化伝道、教宣拡大を目的に葬儀や法要への僧侶紹介システムの構築を目指す東京教区。教化団長の佐藤雅彦氏は事業に関する意義を「地方寺院の檀家で、東京在住の人々への浄土宗の法務提供のため」「東京近辺に在住で、霊園墓地などを保有し、『うちは浄土宗』という自覚のある人々に対する浄土宗責任遂行」と整理した。

 具体的な法務受付システム案については成田淳教氏(感応寺住職)が説明。東京教区のHPで法務を受け付けし、利用者が菩提寺の有無・日程・場所・法要内容・お布施額を選択入力し、対応可能な教区内寺院(登録制)へ情報が配信され、先着順で施行寺院を決定する仕組み。他教区の菩提寺から同システムへの紹介があった場合にはお布施の50%を「本尊前」として納めることで地方寺院運営に寄与する可能性も示した。
 
 その後、この取り組みやシステムへの活発な意見交換がなされた。特に菩提寺がある利用者の場合は「承諾を得た」ことを前提にして法務を受け付けるが、「東京都内に菩提寺があっても法要をお願いしたくない方の場合はどうするのか」「菩提寺が無いと言って、後からあったことがわかりトラブルになるケースも。その場合、責任の所在は寺院か教区か」と懸念。佐藤団長は「今現在は、菩提寺住職への断わりなしで執行することはできない」との見解を示し、今後の継続的な課題とした。

 このほか、僧侶紹介システムの認知、登録する僧侶の講習や研修会の実施、業者との関係性、住職の顔写真の掲載の有無など、多岐にわたった。

 開宗850年の正当は2024年だが、「僧侶紹介システム」は次年度から段階的に東京教区のHPで始動させる予定だ。

2019/2/14 日蓮宗荒行98人が成満 法華経寺87人が満行 遠寿院11人も4人に許証不授与

全身全霊で読経する満行僧(中山法華経寺) 
 修法祈祷を習得する日蓮宗の「寒一百日」荒行が10日に満行を迎え、千葉県市川市の大本山中山法華経寺の日蓮宗加行所(吉澤順將伝師)と、日蓮宗遠寿院大荒行堂(戸田日晨伝師)がそれぞれ成満会を厳修した。加行所は体調不良により五行僧1人が退堂し、87人が満行した。行堂改革を進める遠寿院では、気力減退で初行僧1人が退堂し、11人が満行したが、そのうち4人に「修行者として行堂清規等に反する行為があった」として許証を授与しない措置がとられた。

 法華経寺祖師堂で営まれた日蓮宗加行所の成満会では、同寺の新井日湛貫首を導師に修行僧らが全身全霊で読経。成満を待ち望む寺族、檀信徒らが見守る中、渾身のお題目が堂内に響いた。

 自身も五行成満の修法師である中川法政宗務総長は、「修法は世間に灯を点す最強の武器。修法師になった限りは一生、死ぬまで弱音を吐くことは許されない。修法師に弱音はない」と挨拶。「娑婆は平和で楽しいように見えるが、平和の中に地獄がある。それを見極め、治める力が修法にはある。全国津々浦々に救いの手を差し伸べていただきたい」と期待した。

 吉澤伝師は「大尊神さまにお預けした生命を、たった今皆さまにお返しいたします」と成満を宣言。成満後も常に感謝の気持ちを持つ修法師となるよう訓示した。

行満者に労いの言葉をかける戸田伝師(遠寿院) 遠寿院では、許証を授与しない異例の事態について、戸田伝師が挨拶の中で言及。「今回、以前とは違う行堂改革の視点で(修行僧の生活を)追ったところ、色々なことが発覚した。私の立場として、そういう者に遠寿院の許証を今渡すことはできない」と話し、該当する修行僧への許証は「伝師預かり」とすることを告げた。

背景に行堂改革の流れ

 遠寿院の成満僧は参行1人、再行6人、初行4人。許証が授与されなかった4人は、いずれも再行だった。具体的な違反内容は明かさなかったが、初行に対する先輩僧の立場を悪用した行為があり、戸田伝師は、「これまでの行堂改革の流れを含め、修行者として行堂清規等に反する行為があった」としている。

 遠寿院は、昨年修行僧を対象にしたアンケート調査をまとめ、同院内の修法研究所に行堂研究会を設けて外部の識者を招聘するなど、行堂改革を進めてきた。入行時の選考を徹底したほか、特に支配構造を生みやすい先輩僧と初行僧との関係で違反行為を戒める方針を打ち出していた。

 遠寿院での修行経験がある僧侶の一人は「異例の事態に驚いた。戸田伝師が目指す行堂改革に反する行為があったのだろう。伝師も相当な覚悟があるはず。賛否はあると思うが、行堂改革は支持したい」と話した。

2019/2/21 曹洞宗宗議会 鬼生田機構改革スタート 宗制を全面的見直し 


答弁する鬼生田総長。後方は須田孝英議長 第132回曹洞宗通常宗議会が18日、東京都港区芝の檀信徒会館に招集された。鬼生田俊英宗務宗長就任後最初の通常宗議会で、目玉施策として宗務庁内に「宗制調査室」(総務部)、「過疎対策準備室」(伝道部)を設置する案を上程。スローガン「竿頭の先に未来をひらく」を掲げ、100年後を見据えた教団のための「鬼生田機構改革」の幕が切って落とされた。

 鬼生田総長は施政方針演説で、「宗務運営の効率化と体制強化を図るため、組織の機構改革・事務分掌等の見直しを、現在内局において検討を重ねている」と述べ、宗制を見直し抜本的な組織改革に繋げたい考えを示唆した。過疎対策準備室の設置はその改革の一環であり、将来的には「過疎地域等における宗門寺院の問題に関する対策室」に発展させる意向。また曹洞宗総合研究センターについては「その活動が広範囲に渡っているため、各研究活動において、充分な成果が提示されていない場合も見受けられる」とし、シンクタンクとしてさらなる活躍ができるよう「大胆な構造改革」に着手すると表明した。

 議案説明で橋本壽幸総務部長は宗制調査室について、宗制を時代に即応するよう全面的に見直すための設置だと述べた。設置期間は2023年までの時限立法で、鬼生田内局の4年間で宗制の矛盾点や合理的でない点を徹底的に洗い出す。調査室と過疎対策準備室の今年度の予算は各100万円が計上されている。(続きは紙面をご覧ください)

2019/2/21 浄土宗全国女性教師の会 「ふたはたの会」発足 困難さ共感し合える組織に  


増上寺で開かれた第1回集会に20人が参加した 有志の浄土宗女性教師が準備を進めてきた「ふたはたの会ー浄土宗全国女性教師の会」が発足し、第1回集会が12日、東京都港区の増上寺慈雲閣で開催された。全国各地から約20人が参集。会長には女性宗会議員の稲岡春瑛氏(東京都・林宗院)が就いた。

 同会は「宗祖法然上人立教開宗の精神に基づいて、女性教師及び教師を目指す女性の研鑽と親睦を図り、全国の浄土宗女性教師の連絡提携及び社会教化に尽くすこと」を目的に発足。この日の第1回集会では初めに別時念仏を営み、その後の会議では会の名称、会則、役員などを決めた。

 「ふたはたの会」の名称は、法然上人の誕生時に、生家の木に「二幡」がなびいてきたという伝承にちなんだもの。将来的に男女差別がなくなれば「浄土宗全国女性教師の会」の名称を外す予定だ。会長には稲岡氏が就任。年々増加する女性教師の研鑽と親睦を図ろうと昨年から稲岡会長をはじめとする9人が発起人となり、全国の女性教師に賛同を呼びかける文書を送るなど準備を重ねてきた。

 会議では参加者が自己紹介を兼ね、これまで女性教師として感じた差別や困難な体験を交えて会への期待を語った。

 稲岡会長は自身の家事・育児・介護の体験を踏まえながら、「女性が外で活動するのは難しいとつくづく感じている。それを共有できるのが同じ女性教師」と述べ、「女性ということで降りかかって来る肩の荷の重さもあると思うが、私たちは決して一人ではない。思いを共感し合い、仲間がいることを知ることで、元気になり、頑張ることができる会にしたい」と挨拶した。

 養成道場の面接時に「なぜ女なのにやるのか、(教師をサポートする)助教師でいいんじゃないのか、と言われた」という会員は「こんなことをお坊さんが言うのか、ということがある。この会があって心強い」と吐露。住職のサポートのために僧籍を取った会員は「女性教師の場合は法務があるだけでなく妻や母としての仕事もあり、自分の仕事が倍になってしまった」と様々な役割への対処といった課題の意見交換を求めた。「教師だけでなく寺庭という形で都合のよい扱い方をされている方もたくさんいらっしゃる。変わっていくための第一歩になれば」と、寺庭の立場も念頭にした意見も上がった。

 会員数は現在のところ約50人。第2回集会は4月15日に行い、活動方針などを検討する。(続きは紙面をご覧ください)

2019/2/21 真宗大谷派 経典中の女性差別のパネル 総長判断で差し替え 

シンポでパネル差し替えに抗議した源氏 真宗大谷派解放運動推進本部主催の人権週間ギャラリー展「経典の中で語られた差別 『是旃陀羅』問題と被差別民衆の闘い」(12月6日~2月15日・東本願寺参拝接待所ギャラリー)で、展示予定だった「経典に表われた女性差別」に関するパネル3枚が直前で差し替えられていたことがわかった。京都市下京区の同派宗務所で14日、同展の公開シンポジウムが開催され、監修者として同パネルを担当した源淳子・世界人権問題研究センター嘱託研究員が抗議の意見表明を行った。約120人が参加した。

監修者、シンポで抗議表明
 差し替えになったパネルは、①女性は梵天王・帝釈天・魔王・転輪聖王・仏になれないとする「女人五障」の教え②女性は一度男身になってから成仏するという「変成男子」の思想③浄土真宗の聖教である『女人往生聞書』『御文』『親鸞聖人正明伝』等の中で「罪深い存在とみなされた女性」の3枚。

 源氏は「経典に表われた女性差別の核心・根幹の意味を持つ」とし、「但馬弘宗務総長の判断でパネル3枚が外されたとの報告を解放運動推進本部から受けた。思いもよらないことで、納得できなかった」と振り返った。

 本願寺派寺院の出身でもある源氏は、「経典や祖師の論釈は時代的な制約の中で作られたものである」とする一方、「檀家制度下で、女性は罪深い存在と説かれてきた。伝統・文化・宗教のキーワードの中では、女性差別は中々差別として受け止められない」と警鐘。特に親鸞聖人の『浄土和讃』中の「弥陀の大悲ふかければ 仏智の不思議をあらはして 変成男子の願をたて 女人成仏ちかひたり」を挙げ、「親鸞の言葉として(変成男子が)出ているにもかかわらず、どうして外されたのか、いまだに解せない。親鸞は〝女性だけが罪深い〟とは考えていなかっただろう。現代は人権や差別が議論できる時代なのだから(しっかりと議論すべきだ)」と提起した。

 源氏はシンポ後、「浄土真宗はあまり〝穢れ〟を言ってこなかったと思うが、〝穢れ〟だから排除するというのは日本の差別の特徴だと思う。部落問題とも重なる。しかし排除だけでなく、必要な時は利用するという差別構造も持っている」と指摘。経典や聖教類の中にある女性差別問題に取り組む必要性を語った。


「残された課題―日本文化の中の女性差別」に差し替えられたパネル 問題究明、不十分
 パネル「経典に表われた女性差別」は「残された課題―日本文化の中の女性差別」に変更され、大相撲や修験道の聖地の「女人禁制」などが代わって展示された。

 草野龍子・解放運動推進本部長は開会挨拶で、経典中の女性差別問題について「宗門として教学的に、解放運動の学びの中で問題性を究明できておらず、十分な啓発もできていない」と説明。「今展を大切な機会と捉え、問題に真摯に向き合ってまいりたい」と表明した。

 但馬総長は公開シンポ後、以下のコメントを発表した。「性差別に関する取り組みは、今までも女性室を設置し、公開講座や女性会議などに取り組んできました。当然、今後もその歩みを止めるつもりはありません。/しかしながら、現段階で宗派として経典における女性差別に関して正式な見解が出し得ていない状況において、参拝接待所ギャラリーにおいて展示することを差し控えさせていただきました」

2019/2/21 第36回庭野平和賞決まる 米国のレデラック博士に 紛争を和解に独自プログラム


庭野平和賞を受賞したレデラック博士 宗教協力を通じて世界平和に貢献した個人や団体に贈られる(公財)庭野平和財団(庭野日鑛名誉会長、庭野浩士理事長・東京都新宿区)主宰の第36回庭野平和賞受賞者に、米国の国際平和構築学者、ジョン・ポール・レデラック博士(ノートルダム大学クロック国際平和研究所名誉教授・63)が選ばれた。「紛争自体をより良い変化に向けての〝贈り物〟として捉える」独自の和解プログラムを用い、世界各地で「紛争・衝突」を「平和・和解」に変容させてきた功績が評価された。

 レデラック博士は1955年、インディアナ州生まれ。キリスト教プロテスタントの一派で平和主義と無抵抗を主張するメノナイト(メノー派)の信者。大学在学中から国際平和構築活動に取り組み、ニカラグアやコロンビア、ネパール、ソマリア、フィリピン、北アイルランドなど35カ国以上の紛争地域で「紛争の変容・変革」という概念に基づく独自の調停を命がけで遂行してきた。

 紛争や衝突を和解・平和に至るための必然のプロセス、すなわち「贈り物」として前向きに捉え、相反する勢力を「心からの和解」に導く理論は16の言語に翻訳されている。選考過程では40年以上にわたる数々の平和構築活動に加え、「次の世代の活動家を育成していること」も評価された。

 レデラック博士は受賞受諾メッセージを寄せ、「今日、私たちの地球で橋の上に壁を作るような、恐れから頻発する憎悪を元にした排他的政治の台頭に、私たちは再び直面している」と憂慮。「愛だけが恐怖を変革することができる」と断言し、今回の受賞が「憎しみ、分裂、そして排除を超えて、本当の癒しをもたらす絆を創るための大きな励ましを与えてくれる」とした。

 庭野理事長は18日、京都市内で開かれた記者発表会で、「(博士が)紛争地域で脈々と受け継がれてきた美に気付くために俳句を重視している」というエピソードを披露。特に松尾芭蕉の『奥の細道』に造詣が深く、自身で句作もする一面を紹介した。

 贈呈式は5月8日午前10時半から、東京都港区の国際文化会館で挙行され、賞状と顕彰メダル、賞金2千万円が贈呈される。同13日には京都市内で記者懇談会を予定。受賞者は125カ国・約600人の識者に推薦を依頼し、宗教者9人の国際委員から成る選考委員会で決定される。

2019/2/28 10回目の東京禅僧茶房 古民家でお坊さんを身近に

青年僧とざっくばらんに楽しく会話 曹洞宗総合研究センター教化研修部門「Shojin-Project」の青年僧による「東京禅僧茶房」が22~24の3日間、東京都文京区の健康古民家かのうで開催された。今回で10回目。

「お坊さん的人付き合いのススメ」をテーマに、僧侶とお茶を飲みながらのおしゃべりや坐禅、写経などでほのぼのとした心を集った人にもたらした。

「あきらめる」ことについてパネル展示。変わっていくことや分からないこと、理想が全てではないことを諦めるのが実は人間関係を楽にするコツだとする教えが説かれた。不要になった雑誌を切り貼りして自分なりのつながりを表現するアートワークショップや、心を落ち着かせるお香作り体験もあった。

 フェアトレードのコーヒーやお茶を飲みながら、僧侶と座談を楽しむひとときも。「お坊さんって修行中の買い物はどうしてるんですか?」「どうしてお坊さんになったんですか?」といった素朴な疑問にホンネで答え、距離がグッと縮まった模様。プロジェクトが駒澤大学で行っている坐禅教室の常連メンバーも多数訪れた。

 代表の本田真大氏は「少しでもお坊さんを身近に感じてもらえればいいなと思って」と、敢えて大会場ではなく小ぢんまりとした古民家で開催したことに手ごたえを感じていた。

2019/2/28 詩集『つぶやき』が大反響 詩人・たにともこさん こと 林惠智子さん(全仏婦顧問)

詩集『つぶやき』を手にする林惠智子さん「反響が大きくてびっくりしています。130通以上ありました。面識のない方からの感想もありました。これからゆっくりしようと思っていたら、それどころじゃなくなりそうです」

 笑みを浮かべてこう語るのは詩人のたにともこさん、こと全日本仏教婦人連盟(全仏婦)顧問の林惠智子さんである。

 昨年12月、『たにともこ詩集「つぶやき」』(コールサック社)を上梓した。年末から新年にかけてハガキや年賀状、手紙などが多数届けられた。地方紙に紹介されたことも大きかった。

『つぶやき』は全47の短編詩で構成。巻頭の「電車の中」は「その一」から「その十一」までの連作。こうした連作も特色の一つだ。そのため、手紙には「その二」が良いとか、具体的な詩編を示して感想を綴ってくるという。中には「ボランティアをしている養護施設で朗読させていただいています」という報告まであった。

「テレビより」と題した詩も6編からなる連作。その六。〈まあーまあー 仕方ないから/お笑い番組か/笑って過ごせれば楽しいか/これが平和な世の中か/何かむなしさだけが胸をつく/戦争、戦後を生きてきた/私には何かが違って/見えるだけ〉

 林さんは3年前に編集・発刊された『少年少女に希望を届ける詩集』に、約200人の一人として「ひとすじの涙」を寄稿。戦争や食糧難を乗り越えてきた亡き母に感謝の言葉を贈っている。

 昭和9年(1934)山形県生まれの林さんは、戦前と終戦直後の空気を知っている。そのため同世代以上からの感想が多い。「上は90歳以上、下は50歳代もいますが、圧倒的に70歳以上ですね」と林さん。「本当にそう思います」「もっともだと感じました」「大きく頷きました」「懐かしいです」といった共感の言葉が相次ぐ。

 林さんは昭和30年(1955)東洋大学を卒業後、全日本仏教会(全日仏)事務局に就職した。20年近く勤めた後に全仏婦理事に就任し、平成26年(2014)事務局長を最後に退職した。全仏婦時代の活躍は周知の通りである。この間、WCRP(世界宗教者平和会議)日本委員会婦人部会にも籍を置き、難民キャンプ視察や国際会議のため各国を訪問してきた。そうした体験も詩作に活かされている。

 次は詩編か仏教界ウラ話か。創作意欲は満々で、林さんは、いたずらっぽく笑う。

2019/2/28 宗議会シーズン 天台宗・高野山真言宗・真言宗智山派・臨済宗妙心寺派・曹洞宗

天台宗 機構改革に強い意欲
 天台宗(杜多道雄宗務総長)の第144回通常宗議会(中村彰恵議長)が19日から21日まで滋賀県大津市の宗務庁に招集され、平成31年度通常会計歳入歳出予算など全議案を原案通り可決して閉会した。代表質問で機構改革について問われた杜多総長は、予定を1年繰り上げ「宗務庁機構の改革だけは、私の任期中にぜひとも実現致したい」と強い意欲を示した。(続きは紙面でご覧ください)

高野山真言宗 駐車場収入で高野山学園維持
 高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)の第161次春季宗会(安藤尊仁議長)が26日、和歌山県高野町の宗務所に招集された。添田総長は高野山内9カ所の金剛峯寺駐車場を来年4月から有料化し、収益を経営難の高野山学園(大学・高校)への新たな助成金に充てると発表した。駐車料金は一律千円で午後5時から午前8時までは無料とし、経営は業界最大手の企業に5年契約で委託する方針。金剛峯寺の収益事業とし、企業から毎年定額1億3900万円が支払われるという。(続きは紙面でご覧ください)

真言宗智山派 宗祖誕生1250年に向け29億円勧募へ
 真言宗智山派(芙蓉良英宗務総長)の第128次定期教区代表会(19~22日、池田英乘議長)で、4月から平成35年(2023)に迎える「宗祖弘法大師ご誕生1250年」の奉修事業費29億円超の浄財勧募が始まるのを受け、その詳細が発表された。末寺(約2900カ寺)の志納金納付期間は2024年3月までで10期間に分割して納付。「宗費4カ年分相当」(『宗報』)の負担となる。(続きは紙面でご覧ください)

臨済宗妙心寺派 前堂職取得に学習会義務化
 臨済宗妙心寺派の第136次定期宗議会(松浦明恭議長)が20~22日、京都市右京区の宗務本所で開かれた。住職の登竜門となる法階「前堂職」の取得に、試験を伴う宗学の学習会受講を義務化する制度を導入することが決まった。現行の教師検定制度で無試験検定の対象外となる法階ができるのは初めて。花園大に設置した僧侶育成課程に続き、栗原正雄宗務総長は僧侶の資質向上に向けた施策を打ち出した。新制度は2020年4月から開始する。(続きは紙面でご覧ください)

曹洞宗 有道会議員が僧堂改革を要望
 第132回曹洞宗宗議会は22日、全議案を原案通り可決して閉会となった。鬼生田俊英内局で初の通常宗議会ということもあり19人が通告・文書質問をするなど盛況だったが、波乱・延長はなく平穏な議会の運びとなった。
 有道会議員は釜田隆文会長(前宗務総長)を中心に取り組む僧堂改革について相次いで質問・要望を出した。藤間良信議員は、高齢者が教師資格を取得する際の規定の柔軟化を要望。(続きは紙面でご覧ください)

2019/2/28 立正大学公開講座 オウム事件から今後の社会を考える 伝統仏教は反省が必要

左から登壇した西田教授、原田教授、貫名住職 立正大学は17日、東京都品川区の同大品川キャンパス石橋湛山記念講堂で公開講座「オウム事件から考える我々と社会」を開催した。教祖ほか13人の死刑執行で区切りを迎えたオウム事件について、事件の当事者に関わった心理学者、カルト脱会支援に携わる僧侶が事件を振り返り、今後の社会をどう考えるか語り合った。

 地下鉄サリン事件に関わるオウム信者を東京拘置所で面接した原田隆之・筑波大学人間系教授(犯罪心理学)と立正大学心理学部の西田公昭教授(社会心理学)が講演し、その後に日蓮宗宗教問題検討委員会委員長の貫名英舜常泉寺住職を交えて議論がなされた。

 原田教授は、「教祖と信者、事件を分けて考えるべきだ」として、教祖の麻原彰晃と信者を犯罪心理学の観点から分析。麻原については、「反社会的パーソナリティー」が強く、「冷淡性」「病的な虚言癖」「自分の行動に対する責任を感じない」等のサイコパスを定義づける要因と麻原の行動との共通点が多いことから「鑑定や記録を読む限りでは、サイコパスと考えられる」と語った。

 一方で、拘置所で原田教授が面接したオウムの〝次官〟クラスの信者たちは、「普通の人」。意外にも教団の教義を深くは理解しておらず、「教団の生活は非日常的だった。惰性でやっていた。命令されただけだ」と話していたという。

 ユダヤ人虐殺に関わったナチス将校の死刑執行までの記録『エルサレムのアイヒマン―悪の陳腐さについての報告』の「自分の昇進には恐ろしく熱心だったということのほかに彼らには何らの動機もなかった」との考察に触れ、加担したオウム信者にも「想像力の欠如と無思想性に同じ構図を感じた。悪の凡庸さという言葉が当てはまる」とした。

 実行犯の林郁夫や高橋英俊らは「なぜ自分は存在するのか」「人生の意味はあるのか」との問いを持って教団に入信。「自らの人生の中で答えをつかみ取るのではなく、教団に答えを求めた」。(続きは紙面でご覧ください)

1月

2019/1/1 東北大学大学院 「死生学・実践宗教学」新設 2019年4月スタート

 東日本大震災後に心のケアを提供する「臨床宗教師」を養成してきた東北大学で、2019年4月より大学院文学研究科に「死生学・実践宗教学」専攻分野が新設される。

 2012年から実践宗教学寄附講座を設けて東日本大震災の被災者支援として公共空間で心のケアを提供する宗教者「臨床宗教師」を養成。研修修了者は181人を数え、多くの宗教者が医療・福祉施設などの現場で活動を始めている。龍谷大学、上智大学などの大学機関でも養成講座が開設され、2018年には全国組織(一社)日本臨床宗教師会による資格認定制度もスタートした。

 こうした取り組みを踏まえて新設される「死生学・実践宗教学」では、広く現代の超高齢多死社会における生と死を取り巻く切実な諸課題に実践的に応える道を探求。宗教の知見を学問的に探求するとともに、心のケアに関わる人材養成に取り組み、多職種の連携・協働によって成り立つ社会の実現に貢献することを目指す。

 大学院前期課程(修士課程)は2年間。死生学、宗教学、心理学等の関連科目を履修し、実践領域としてスピリチュアルケア、グリーフケア、死生観、スピリチュアリティ等を学ぶ。修了には修士論文の提出が必要。実習科目を選択し、修了した者は、日本スピリチュアルケア学会「スピリチュアルケア師(専門)」の受験資格、宗教者の場合は日本臨床宗教師会「認定臨床宗教師」申請資格を得ることができる。

 大学院後期課程(博士課程)は3年間。実習科目を選択した者は臨床におけるリーダーを目指すことができる。

 実践宗教学寄附講座は引き続き設置され、宗教者以外にも開かれた履修証明プログラム(社会人講座)で、臨床宗教師・スピリチュアルケア師の養成も行う。

2019/1/1 全日仏人権セミナー 死刑を多角的に議論 被害者の立場も研修

セミナーに参加した4氏。右から小川原氏、柴田氏、江川氏、戸松氏 全日本仏教会(全日仏)は12月11日、東京・築地本願寺で人権セミナー「死刑廃止を考える」を開催した。死刑廃止派と存置派の弁護士とこの問題に詳しいジャーナリストを招き、遺族感情や人権上の立場などから多角的に死刑制度の是非を議論した。約50人が参加した。

 日本弁護士連合会(日弁連)の死刑廃止及び関連する刑罰制度改革実現本部事務局長の小川原優之弁護士がまず死刑制度の現状について説明。内閣府世論調査(2014年11月)では国民の8割が「死刑もやむを得ない」との考えを示しているが、やむを得ないと考える人でも「将来的には死刑を廃止してもよい」と回答した人が4割いることから、必ずしも死刑存置が国民全体の大半の意見ではないと述べた。

 10月7日に日弁連代表団がバチカンに赴き、ピーター・タークソン枢機卿を通じてフランシスコ教皇に、日本国民に対し死刑廃止メッセージを求める親書を渡したことも報告。ローマ教皇庁は2018年8月に改訂されたカテキズムに「死刑はいかなる状況でも容認できない」と明記している。

 死刑存置派で、日弁連の犯罪被害者支援委員会事務局次長を務める柴田崇弁護士は日本の法制上、「犯罪被害者給付金支援法」以外に犯罪被害者を守る仕組みが欠如している点を論じた。同法は被害者遺族に約3千万円~320万円が国から給付されることを定めるが、保険金や賠償金が入ると給付金は減額されてしまう「国が個人間の賠償を吸い上げるシステム」と欠陥を指摘。ノルウェーやスウェーデンの「犯罪被害者庁」のように国が加害者の支払う賠償金を立て替え払いする制度の成立が被害者保護に重要になってくるとした。

 冤罪問題に詳しいジャーナリストの江川紹子氏は「死刑が執行されると法務大臣に抗議声明が出されることがあるが、法務大臣の気持ちで執行できたりできなかったりするのは困る。私はむしろ(死刑判決を出した)裁判所に抗議すべきだと思う」と指摘した。

 その上で「無期懲役と死刑の間にあまりにも差がありすぎる」としつつ、小川原弁護士らが死刑の代替案として考える「仮釈放なしの終身刑」についても、死刑と変わらないほど人道的に問題のある刑罰ではないかと疑義を示し、「執行猶予付き死刑」を提案。死刑判決後、一定の執行猶予期間を模範囚として過ごせば無期ないし数十年の懲役に減刑されるというシステムで、「すでに中国では導入されている。これは仏教の考えから来たものだとされています」と述べた。(続きは紙面をご覧ください)

2019/1/1 修行は修行者を増上慢にする? 修行に意味はあるのか

修行の危険性について考えた遠寿院の修法研修会 千葉県市川市の日蓮宗遠寿院荒行堂(戸田日晨伝師)は12月11日、第38回修法研修会を同寺で開催した。フォトジャーナリストとして宗教取材を手がける藤田照市氏が「修行は危険。何の意味があるのか―宗教修行の現場を歩いて」と題して講演した。取材を発端に40年以上にわたる自身の山岳修行経験を交えながら「修行が増上慢の修行者を作り出していないか」と疑問を投げかけた。

 藤田氏は、自身が気づかぬ内に増上慢に陥り行中に滑落した経験や、宗教に関連した暴力や虐待、死亡事件化した事例にも触れ、修行の危険性に言及。修行は「宗教者の増上慢を余計増長させる」「修行が金銭的な収入源となっている」と指摘し、「修行が世間を欺くのに最適なツールになっている」と分析した。

 伝統教団の場合においても、曹洞宗僧堂での暴力事件や日蓮宗加行所で死亡者が出た問題を振り返り、「その中にいると気づかないが、世間全体から見れば〝宗教はやはり危ない〟と敬意とは反対の見方をされている」と警鐘を鳴らした。

 修行は、「人格を陶冶し慈悲心を高める」ものとされるが、「修行により人間が〝魔〟と化す」場合もあると指摘。実際、オウム事件の取材で、信者幹部が親族の死にも「悲しみが入ってこなかった。修行が進んでいると思った」と述べたことや、サリン散布を指示された者が「これは修行だからと言われ、心が軽くなった」ことを紹介した。

 宗教側からは、「修行者は世俗倫理を超えている」と〝聖〟の部分を強調されることもあるが、「形は宗教的でも、行をやって宗門内の地位を上げ、金銭・地位・権力を高める。それが世俗とどう違うのか」と問いかけた。

 一方で、仏教には元々〝魔〟に陥らないための教えがあるとし、「開経偈や懺悔文は、実はすごいことを言っている。毎日唱えることの意義を考えてほしい。この日常的内面化ができていないから魔になる」と説明。過酷な修行以上に日常の中にある〝家行〟での教えの実践が重要だと説いた。

 現在、遠寿院では同寺荒行堂の改革に着手し、修行道場について議論する「行堂研究会」を設けて具体策を検討している。藤田氏は外部の識者として参加しており、戸田伝師との対談では、修行組織のあり方も議論した。

 藤田氏は修行組織のあり方について「師を選ぶこと、選ばれることの重要性」を挙げ、同時に「器にあらざる者を弟子にすることは、師も自分の悟りを遠ざける。本当の修行の厳しさは師と弟子の出発点にすでにある」と提起。戸田伝師は、明治以降に伝統的な師と弟子の関係性が失われたのではないかと述べ、「近代合理主義を行堂から排除しようと思っている。合理主義に〝近代〟がつくと損得の概念が大きく関わる。これをどうするかが僧堂でも荒行堂でも大事だと遅まきながら実感している」と応答した。(続きは紙面をご覧ください)

2019/1/1 仏教ゲーム 気軽にスマホで楽しむ 理論や仏像解説も本格化

「マーシフルガール」をプレイするオタク男性 もはや年代を問わず日常生活には欠かせないスマートフォン。時間さえあればどこでもポチポチ…もちろんゲームだって楽しめる。そんなスマホのゲームで仏教に親しむ人が増えているのはご存じだろうか。
     
 2018年9月にリリースされた「マーシフルガール」は初期仏教の教えを学べるビジュアルノベル型ゲームだ。といっても鹿爪らしい説教が垂れ流されるわけではない。美少女キャラクターが法句経や四諦八正道、欲望の愚かさなどをかみ砕いて教えてくれるのだ。

 舞台は2037年の日本、主人公は30代男性の工学技術者。高度な知性を備えた介護用アンドロイドを開発したが、会社と折り合わず現在は無職。趣味はアイドルの追っかけ。そんな主人公が開発した介護用アンドロイドはなぜか「悟って」おり、執着の愚かさや観察の重要性を主人公に説いてくれるのだ。このアンドロイド、オタク層(記者含む)のハートをがっちり掴むメイド服である。着せ替え機能もある。

 「蜘蛛は自らが作った網に住み、獲物が罠にかかるのをじっと待っていますね? しかしそのために自らが作った網の上から一歩も外に抜け出すことが出来ずにいるのです。それは眼、耳、鼻、舌、身に囚われた他の生命もまた同じなのです」
 
 こういった初期仏教の思想が美少女から語られていく。軽妙なギャグも交えるのでスラスラ読める。物語は後半、主人公の母の介護・葬儀の話になる。葬式仏教にやや批判的な文章も出てくるなど、少々耳の痛い面もあるが、「人を悼む」とは何なのかを、アンドロイドを通じ考えさせられるのには感動を覚える。
 
 製作はアプリ製作グループのRhinocerosHorn(ライノセロスホーン)。短期出家をテーマにしたゲーム「森の聖者」や、出版社のサンガとコラボしたアルボムッレ・スマナサーラ長老のカレンダーアプリ「日めくりブッダの教え」をリリースしてきた。

 代表の漁一吉氏は20歳の時に神経症になり、苦しい日々を送ってきた。「当初は、キリスト教やキリスト教文学に救いを求めたのですが、相変わらず苦しい状態が続きました。しかし30歳ごろ、スマナサーラ長老の『自分を変える気づきの瞑想法』という本をきっかけに仏教を学び始めてからは、心が軽くなってきたのを感じ、それからどんどん仏教にハマりました」と語る。仏教アプリを開発することで、自分自身の仏教の学びも深めた。
 
 「マーシフルガール」の主人公はオタク男子。そこでオタクに仏教が訴えかけるものはと漁氏に聞くと、「私はゲーム業界でプログラマを沢山見てきましたが、主人公は典型的なプログラマ気質の人間だと思います。ゲーム業界には当然ながらオタク気質の人が多いですが、プログラマ気質のオタクには、仏教の持つ論理的な面が特に響くと思います」とのこと。

 現在はサンガと共同でスマナサーラ長老の読誦アプリを開発中。近日中にリリースとのことでこちらも期待できそうだ。(続きは紙面でご覧ください)

2019/1/1 鼎談「平成仏教・宗教30年史」 釈徹宗氏・大谷栄一氏・西出勇志氏

阪神淡路大震災の復興作業(1995年撮影 神戸市中央区) 天皇陛下の退位=発言を契機に特例法が制定され、平成は31年(2019)4月末で幕を閉じ5月1日から新元号となる。平成期の30年は何があったのかを検証するため、「平成仏教・宗教30年史」を企画し、宗教学者・宗教社会学者・ジャーナリストの3氏に鼎談をしていただいた。主に、仏教・宗教文化の現象、社会活動、研究(アカデミズム)の3点を柱にしながら、自由に語っていただいた。自然災害が相次ぎ、オウム真理教事件は宗教不信をもたらした。9・11米国同時多発テロ事件以降はイスラームへの関心が高まった。そうした中で宗教は様々な場面で社会に深くコミットしていた。そのことも今回の鼎談で示された。またこの30年間の仏教タイムス紙面に掲載された記事見出しの一部を別枠で掲載した。各人の30年史の参考になれば幸いである。(鼎談進行/構成 編集部)

 ――この30年を振り返ると3氏とも平成7年(1995)3月のオウム真理教の事件が大きい出来事だと指摘されました。事件前の1月には阪神淡路大震災が発生した。一年のうちに大災害と大事件という二つの現象が起きた。

釋徹宗氏(相愛大学教授)  阪神淡路大震災で各教団が社会貢献に目覚めた。この年はボランティア元年です。東日本大震災の時にいち早く各教団が動けたのは、阪神淡路以降の蓄積があったから。例えばお寺はメンバーシップ(檀信徒)で運営されているのでメンバー内の取り組みには一所懸命。それが阪神淡路大震災に遭遇し、メンバー外にも目を向けるようになった。当時はまだまだ稚拙だったし、神戸という都市だったこともあり、宗教者の活動が高く評価されたり、取り上げられるケースはそれほどありませんでした。

 その後の中越地震や能登半島地震などで蓄積ができて東日本で動くことができた。西出さんが話されたように伝統教団が高く評価されるようにもなった。寺院がソーシャルキャピタルとして公共性を示し得たからだと思います。

 大谷 宗教の公共性ですが、オウム真理教事件もまた宗教の社会的役割や公共性とは何かが問い直される機会になったと思うんです。また2008年に施行された公益法人改革関連3法が議論される中で、宗教法人の公益性や公共性がテーマにのぼりました。つまり阪神淡路大震災、オウム真理教事件があって、2000年代初頭の公益法人見直しが取り沙汰されてから公益性・公共性が問題にされるようになった。それが今も続いていると思います。

西出勇志氏(共同通信社編集委員) 西出 明治から続いた公益法人制度の改革が始まったのは平成14年(2002)から。日本宗教連盟や全日本仏教会、新宗連(新日本宗教団体連合会)が財団法人から公益財団法人へと移行を模索する中でシンポや研修会がたびたび開かれました。それまでは税金をどうするのかといった、どちらかというと不特定多数の公益というよりも教団益や団体益を考えた研修が多かった。それが公益法人制度改革議論で、宗教団体として公益性について話し合わなければいけないね、という気運が盛り上がったのは事実ですが、とってつけたような感じは否めなかったですね(笑)。

  東日本大震災前年の2010年は伝統仏教批判の年だったんですよ。その前年の09年あたりから生まれる人よりも亡くなる人が上回った。この頃「終活」という言葉も生まれ、2010年には流行語大賞に選ばれた。日本の場合、お葬式に200万円くらいかかり、世界の平均からみても突出していた。なぜ高額なのか。葬式・戒名・お墓だということで、伝統仏教が批判を浴びた。それが大震災後には手のひらを返したように変わる。寺院が公共性を示したからであって、社会が求めているのは公共性かとお坊さんも気が付いた。

 ――オウム真理教事件後、宗教法人法改正がありました。また1995年は終戦50年でもありましたので、各教団とも戦争責任に言及したり、平和メッセージを発表したりしました。

  その辺は大谷さんにぜひうかがいたいテーマですね。ぼくが大学院生の頃は近代仏教の研究は数えるほどしかなかった。

大谷栄一氏(佛教大学教授) 大谷 戦争責任の問題ですが、宗教情報センターのサイトで研究員の藤山みどりさんによる「宗教界の歴史認識~戦争責任表明とその後」で、教団がどのようにして戦争責任を告白してきたかをまとめています。日本では、日本キリスト教団が1967年に教団として初めて戦争責任を表明するんですが、その後はなかなか出てこなかった。それが戦後50年あたりにカトリックや仏教各宗派が戦争責任であるとか、不戦決議を表明していく。戦争責任を含めて戦時中の日本仏教教団が何をしてきたのかという研究は、先駆的なものはいくつかありますが、なかなかできなかった。それは第二次世界大戦(アジア太平洋戦争)がまだ歴史化していなくて、センシティブな問題でした。それが少しずつ歴史化され研究されるようになった。皇道仏教研究は従来ほとんどできなかったけれども、最近ようやく研究が進んできた。

西出 結局、当事者が存命だと言いにくいというのはあります。ジャーナリズムの世界をみていても、戦後70年になってようやく表に出てきたというのがあるんです。作戦を立案した人たちは鬼籍に入っていますが、前線の兵士たちが語り出す。NHK特集「告白~満蒙開拓団の女たち」では、性接待というとてもつらい経験をした当事者が語り出した。死ぬ前に語り残しておこうということです。

 大谷 戦争責任で興味深いのは、戦後50年とか、戦後70年も関係すると思いますが、大逆事件に連座した曹洞宗の内山愚童や真宗大谷派の高木顕明が教団の中で復権していることです。大谷派の竹中彰元のように戦時中に反戦的な言動をしたり、部落差別に反対した僧侶が注目されてきたのも戦争責任との関連で提示されてきたと個人的に思っています。(続きは紙面をご覧下さい)

2019/1/1 2019年新春エッセイ 社会実践重んじる日本仏教を世界へ 村山博雅(WFBY世界仏教徒青年連盟会長)

昨年11月、日本で開催されたWFBY世界仏教徒青年会議世界大会。社会実践を重んじる日本仏教を世界へ発信する機会となった。写真は、閉会式で大会仏旗を返還する全日本仏教青年会。WFBY会長として、仏旗を受け取る村山会長(中央右)。 昨年11月、仏教界における平成の締め括りに相応しく、公益財団法人全日本仏教会により世界仏教徒会議世界大会が盛大に日本で開かれ、過去最大規模の全日本仏教青年会全国大会が世界大会記念事業として開催されました。大本山總持寺における、国内外約900名の代表参加者が集った記念法要と、5000名を超える一般来場者を数えた全国大会は、仏教離れが叫ばれる昨今にもかかわらず、日本仏教のパワーを再確認させてくれました。終末期医療、自死、震災などに焦点を当てた世界大会シンポジウム「慈悲の行動―生死の中に見出す希望―」は、日本仏教最大の特徴である「密接に社会に寄り添う日本仏教」の重要性と可能性を広く発信し、「仏教×SDGs」をテーマにした複合的フェスティバルとなった全国大会は、「世界平和」と「持続可能な社会」を考える貴重な機会を作り上げました。

 さて、日本全国の仏教宗派と仏教団体、一般団体が共に協力して作り上げたこの度の大会を振り返って一番印象深く思うところは、通俗性を伴いながら社会化を果たしてきた日本仏教の特殊性が持つ、大きな潜在能力についてです。ご存じの通り現代は、国際的にも仏教の社会性や将来性が危ぶまれる時代を迎えています。その話を聞いて私たちは日本仏教が一番その危機にあると考えがちですが、実は逆に海外の仏教信者の方々は日本仏教の特徴に希望を見出そうとしているのです。

 日本の僧侶は、海外では考えられないスタンスで社会に参画しています。例えば、自然災害をはじめ、自死、貧困、人権等に関する社会問題の支援に対し、少なからず俗世と乖離した僧侶としてではなく、俗世で共に悩む一個の仏教者として活動するということです。国際的には特殊であり、私たちにとって当たり前であるこの日本仏教の特徴は、宗教性に留まらず純粋に社会に必要とされる仏教を確立すると共に、仏教に関わりのない一般団体や一般企業と普遍的に協働する仏教を構築する礎になり得ます。

 実はこの特徴が、これからの仏教に求められる一つの重要な姿であるという潮流が現に海外でも沸き起こっており、多くの新しい仏教団体が生まれつつあります。僧侶自身が世間一般と同じ環境で同じ目線で共に苦悩し共に喜ぶという在り方に、仏教に対する新しいニーズと魅力を開発する力があるのではないかという希望が、古くよりその伝統を持ち続ける日本仏教への大きな期待に繋がっているのです。

 この度の世界大会では多くの成果が上がりましたが、何よりも、社会実践を重んじ密接に世間に寄り添い続ける日本仏教を、明確に世界に発信する勝縁を得たことが最大の成果と言えるでしょう。戦争、紛争、テロ、飢餓、貧困、環境、エネルギー、その他多くの地球規模の課題が山積する世界において、日本が国際仏教界と共に果たすべき役割は、さらに軽視すべきものではないと考えています。新しい年を迎え、世界より大きな期待を頂く日本仏教が、将来に向けて何を成し遂げ、どのように歩んでいくべきなのか、仏教徒としての最大の希望を携えて、共に考えて参りたいと思います。

村山博雅(むらやま はくが)昭和46年(1971)生まれ。47歳。大阪府出身。曹洞宗洞雲寺住職。慶應義塾大学環境情報学部卒。愛知学院大学大学院仏教学博士課程前期修了。曹洞宗大本山永平寺僧堂本科修了。全日本仏教会国際交流審議会委員、世界仏教徒連盟日本センター運営委員、日本仏教青年会理事長、世界仏教青年連盟WFBY副会長などを歴任した。2016年にWFBY会長代行に就任し、2018年に日本人で初めてWFBYの会長に就任した。

2019/1/10・17日合併号 コルモス 「死刑」妥当性を検討 大谷光真会長が基調講演 善悪分ける人間観 再考主張

基調講演した会長の大谷本願寺派前門主 現代社会の課題に対し、諸宗教間の対話と協力の可能性を探る「現代における宗教の役割研究会」(会長=大谷光真・浄土真宗本願寺派前門主、略称はコルモス)の第65回研究会議が12月26・27両日、京都市内のホテルで開かれた。「なぜいのちを軽んじてはいけないのか―宗教と死刑」のテーマのもと、大谷会長が基調講演を行った。

 世界で死刑廃止の流れが進む中、昨年7月、元教祖・麻原彰晃らオウム真理教の死刑囚13人の大量執行されたのを受け、生命の尊厳をめぐり、死刑制度の妥当性を検討。 歴代門主が全国教誨師連盟会長を務める浄土真宗本願寺派の門主退任後、2017年に同連盟会長を退いた大谷会長が、死刑に関して意見を述べる機会に注目が集まった。

 大谷会長は、「死刑制度がないと困るのは誰か」との問題意識を提示。また、仏教観に由来すると断った上で、「相対的な人間社会に絶対的な死刑が成り立つのか」との疑問も提起した。

 殺人が処罰の対象となっているにもかかわらず、国家による死刑は容認されていると指摘。「なぜ人を殺してはいけないのか」という根本的な問いに答えられるものでないとし、「相対的な問題となっている」と問題点を挙げた。

 死刑の議論では犯罪者や世論などが注目されがちだが、刑務官の苦悩にもっと目を向けなければいけないと主張。「矯正を志す刑務官に、死刑の執行が命じられる。非常に残酷であり、見捨てて置けない事態だ」と強調した。教誨師の実状についても問題点を指摘。執行の実務を担う刑務官の立場を尊重し、反抗しない都合の良い受刑者の育成に協力することもあるとの考えを述べた。

 一方で、死刑廃止国では犯行現場で犯人を射殺することが多く、死刑を必要としない理由になるとの見解を紹介。「死刑制度がなくても、犯罪者を処分している場合がある。存置国の日本が遅れているとは言えない」と議論を深めた。

 こうした考えを述べた上で、「なぜいのちを軽んじてはいけないのか。この問題は宗教の問題であり、善人と悪人を分け、処罰する人間観を再考せねばならない」と主張した。「さるべき業縁のもよほさば、いかなるふるまひもすべし」(『歎異抄』)の一節を引き、「きっかけがあれば、誰でも同じことをする。本当にそう思う」と力を込めた。

 被害者と加害者の対立を超えた和解の可能性にも言及。「人の苦しみを理解するには、自分の心が豊かでないといけない。加害者も広い心を育てないと和解にはつながらない」と語った。

 今回の研究会議で、長年にわたって事務局長としてコルモスの開催を支えてきた佐々木正典氏(79)が退任する意向を明らかにした。「大谷会長と島薗進、氣多雅子両副会長の現体制となっていただけたのが最後の仕事。これからも宗教間対話の場となってほしい」と話した。

2019/1/10・17日合併号 西本願寺 大谷光淳門主がご消息 2023年に誕生850年法要を執行

ご消息を読み上げる大谷門主 京都市下京区の浄土真宗本願寺派本山本願寺で御正忌報恩講が始まった9日、大谷光淳門主は、宗祖親鸞聖人誕生850年(2023年)と立教開宗800年(2024年)の慶讃法要を2023年に執行すると告げるご消息を発表した。

 阿弥陀堂内陣の修復工事に伴い遷仏された本尊・阿弥陀如来像と、宗祖御真影の両像が内陣に揃って安置された御影堂で初めて迎えた報恩講に約千人が参拝した。

 法要に続いて行われた発布式で、大谷門主はご消息を読み上げ、「2023年には、宗祖親鸞聖人のご誕生850年、また、その翌年には立教開宗800年にあたる記念すべき年をお迎えするにあたり、2023年に慶讃法要をお勤めいたします」と表明した。

 親鸞聖人が執筆した根本聖典『教行信証』が成立した1224年を立教開宗の年と定めていると説明。親鸞聖人が明らかにした教えに触れた上で、「み教えに生かされ、いよいよお念仏を喜び、すべてのいのちあるものが、お互いに心を通い合わせて生きていけるような社会の実現」に向け、慶讃法要をともに迎えようと呼びかけた。

 ご消息を受け取った石上智康総長が所信を述べ、「宗門に集う者一人ひとりが深く受け止め、仏智に教え導かれ一歩ずつ力を尽くしていきたい」と強調。「心を一つにして精進し、共々に慶讃法要をお迎えいたしましょう」と決意を語った。

 境内では、東日本大震災被災地の岩手・宮城・福島3県の物産展のほか、刑務所作業製品を展示販売する矯正展といった全国教誨師連盟総裁を歴代門主が務める同派ならではの催しなども開催。報恩講期間中の16日までに約5万人の参拝者を見込んでいる。

2019/1/10・17日合併号 日本宗教学会など3学会がゲノム編集技術に声明 

 日本宗教学会理事会・日本哲学会理事会・日本倫理学会評議員会の3者は連名で、中国・南方科技大学の賀建奎副教授が「ゲノム編集技術を用いて双子の子どもを誕生させた」と発表したことを受け、12月25日に「ゲノム編集による子どもの誕生についての声明」を発表した。

 医学・倫理学上の重大な懸念があるとした上で、「遺伝子改変が世代を超えて不可逆的に子孫に伝わり、人類という種をゲノムのレベルで変えていくことの始まりになりかねない」と強く問題視。科学者や患者だけでなく、人類全体の未来に関わる重い倫理上の問題だとした。「特定の疾患の治療等のためになされることが将来ありうるとしても、それはごく狭い例外的な場合に限られなくてはならない」としている。

 その上で人間へのゲノム編集の規制について本格的に検討すべきだと提言。「規制を検討するにあたっては、その倫理的根拠について深く掘り下げ、規制の理由を明らかにしていかなくてはなりません。広く市民とともにゲノム編集や人の初期のいのちへの介入の倫理問題について考え、社会的合意を得ていく必要があります」とし、3者は合意形成を目指した討議にも積極的に取り組むと述べている。

2019/1/10・17日合併号 展望2019 僧侶の資質向上と再教育 願心のある僧侶育てよ! 松井宗益(花園学園学園長・元臨済宗妙心寺派総長) 

 「僧侶の資質向上」というテーマをいただきました。そこで何が肝要か。「願心のある僧侶」、この一語に尽きる。出家してお坊さんになろうとするのは、人を救いたいという願心があるからでしょう。

 出家の動機として、一つには自分自身が悩みや苦しみから解放され、自分の人生を意義あるものにしたいという思いもある。禅門では坐禅をして、自分とは何だろうというところからスタートする。その後はどうするのか。願わくば、より多くの人の悩みや苦しみに接し少しでも和らげてもらい、二度とない人生を有意義に生きていただきたいという願いを持つ僧侶になることです。

 私は、今の時代は、伝統教団にとって近代3回目の寺院消滅の危機だと思っています。最初は明治維新の廃仏毀釈。多くの伝統教団は伽藍を失い、仏像は焼かれた。苦難があったけれども先達によって維持存続できた。それは田んぼや畑、山林があったから。この時代はまだお坊さんも自分の修行ができた。

 しかし第2次大戦後の農地解放によって、田んぼや畑がなくなった。寺院経営にも支障をきたした。これが第2の寺院消滅。けれども住職は兼職をするなどしてなんとかお寺を維持してきた。

 そして第3の現在は、それを上回るような現象が起きている。檀家制度の崩壊、少子化、完全なネット社会――従来の価値観がものの見事に壊されてしまった。

 そんな中でお寺が残るとすれば、「このお坊さんに悩みを相談したい」「このお坊さんに葬式をして欲しい」と信頼され、存在感あるお坊さんになること。昔から付き合いがあるからとか、伽藍が立派だからとか、お坊さんならだれでもいいという時代は終わりを告げているように思います。

 ということは、本物のお坊さん、願心ある僧侶が残る時代なのです。寺院は消滅しても願心のある僧侶がいれば、仏法は残る。

 しばしば仏教界はお寺を残すことに重きを置く傾向にある。伽藍残して教えが消滅するのか、伽藍消滅しても教えを残すのか。むろん両立が一番良いのですが、現実は大変厳しい。資質向上や再教育は、建物を残すことが目的ではない。根本に立ち返り、願心のある僧侶を育成すること。まずは「人」なのです。

 総長時代、末寺は減らすな、資質も向上しろという声はありました。もちろん努力はした。しかし僧侶に向かない人はどうしても出てくる。戦後の宗教法人法の下では、すべての寺院住職は法人上、代表役員なのです。従ってそれに相応しい人物でないといけない。妙心寺派では、そこは厳しくラインを引いて試験をしている。

 例えば医師は、みんな国家試験を通っている。だから、患者は初めての病院や医師でも信頼して診察に行く。そうした信頼感や安心感を一般の人たちはお坊さんに持っているだろうか。理想を言えば、宗派は違えど、どこのお寺に行っても同じレベルの知識があり、対応ができるようになればいいと思っています。
 
共同生活で育成
 「願心のある僧侶」をどう育てるのか。世襲化が進み、なかなか願心をもちにくい環境にあるのも事実。教団として、共同生活が営めるような専門学校を作るのがいいと考えている。妙心寺派には花園禅塾があり、共同生活を送りながら大学で単位が取れる制度がある。ただし全員が入塾するわけではない。

 本来ならば、雛僧教育は師匠がすべき。師匠は親であることが多い。幼い頃からお寺で育ってきた者は毎日仏さまのご飯を頂いているわけですから、感謝しましょうねとお経を読む。それが嫌な人はやめていく。一方で、子どもたちは学校の授業に追われ、塾やスポーツと時間がない。高校や大学への進学は、偏差値を基準にして学校や塾が決めてしまう。そうなると宗教とは関係のない大学へ行く。寺で生まれながら、大学を卒業するまで教えにも触れたことのない人もいる。そうした人たちのためにも僧堂に入る前、一定期間、同じ行をするというのは大事なんです。

 スマホやパソコンが教えを説き、お経が流れるようにもなった。将来は、画面をセットして、遠隔地の菩提寺住職が引導をわたす時代が来るかもしれない(苦笑)。それでいいんですか、ということです。

 住職やお坊さんは、人と人との触れあいの中にいるもの。願心もそうした触れあいから生じてくると思います。

 すでに僧籍にある人たちの再教育ですが、妙心寺派では一定の法階に達しないと住職資格が取得できない。法階は一年ワンランクしかアップできない。法階昇叙には義務づけられている研修会に出席しなければいけない。だいたい一泊二日ですが、教区によっては複数回のところもある。

 問題なのは、法階をあげたい人だけが参加すればいいと思っている人たち。ベテラン住職も当然参加すべきです。そうすれば忘れかけた願心が少し甦るかもしれない。(談)

 まつい・そうえき/昭和22年(1947)生まれ。学校法人花園学園(花園大学)学園長。花園大学文学部卒。臨済宗妙心寺派宗議会議員、総務部長、宗務総長、花園学園理事長などを歴任。総長時代、過疎地寺院対策として先駆的な取り組みを行った。自坊は島根県の本性寺。

2019/1/24 曹洞宗とSVAが新たに相互協約を締結 ノウハウや人的交流活発に

若林会長と参与委嘱状を手にする鬼生田総長 曹洞宗(鬼生田俊英宗務総長)と(公社)シャンティ国際ボランティア会(SVA、若林恭英会長)は17日、新たに相互協力のための協約を締結した。

 協約は双方のボランティア活動を円滑に推進することを目的とするもので、曹洞宗は毎年SVAに補助金を交付するほか、義援金・募金の一部を寄贈する。SVAは曹洞宗から国内外におけるボランティア活動・緊急救援活動などで協力を依頼された場合は誠実に協力すると定めている。近年の大規模自然災害を鑑み、災害発生時には双方協力しての幅広い救援活動を実施する細則も設定された。

「曹洞宗ボランティア会」を前身とするSVAはこれまでも互いに助けあっての活動をしてきたが、相互協力が明文化されてより強固な協働ができるようになった意義は大きい。今後はSVAの持つノウハウやネットワークを宗門に伝えることや、宗侶の積極的なSVAの活動への参加などが期待されている。

 また、曹洞宗はSVAの名誉会員となり、曹洞宗代表役員(宗務総長)はSVAの参与職に就任することも定められた。参与は会長の諮問により助言、情報提供を行う。重要行事においてはSVAは参与の参加を拝請する。

 同日、港区の宗務庁宗務総長室で調印、楯の授与が行われた。若林会長は「阪神淡路大震災の日に締結できるというのは何かの縁だと思います。より一層の協力関係が新たなステージに入り、身の引き締まる思いです」と挨拶。鬼生田総長はSVA創始者の故・有馬実成氏の活動に若い頃から非常に感銘を受けたと語り、「(社団法人として)SVAができた時に『曹洞宗と縁が切れた』という議論もあり、皆さんと疎遠になったこともありました。昨今の自然災害においては皆さんの活躍は非常に目覚ましいものがあります。曹洞宗も原点に戻って皆さんと共に力を合わせてボランティアに協力していきたい」と抱負を語った。

2019/1/24 阪神淡路大震災から24年 NPOアース「1.17追悼の集い」高齢化で早朝の集い終了へ

今年で最後となった諏訪山での「早朝追悼の集い」(NPO法人アース提供) NPО法人「災害危機管理システムEarth」(アース、理事長=石原顕正・山梨県日蓮宗立本寺住職)と神戸の市民団体が共催する追悼式典「阪神淡路大震災 市民追悼のつどい」が17日、神戸市内で開かれた。現地の実行委員メンバーが高齢となったため、午前5時46分の地震発生時刻に行っていた「早朝追悼の集い」は今年で最後となり、節目を迎えた。

 アースや神戸の4つの市民団体が「早朝追悼の集い」を始めたのは、震災翌年の1996年。「神戸で天国に一番近い場所で追悼しよう」と、夜景の名所でもある市内の諏訪山公園ビーナスブリッジで集いを続けてきた。震災15年目からは、石原理事長が鋳造した「神戸・希望の鐘」を参列者とともに地震発生時刻に鳴らしている。最後となる今年の「早朝追悼の集い」には、例年の倍近い約200人の参列者が集まり、追悼の祈りを共有した。

 神戸市中央区の神戸市勤労会館に場所を移して営まれた「1・17市民追悼のつどい 声明と筑前琵琶による音楽法要」では、僧侶9人の声明と琵琶奏者の川村旭芳さんによる演奏が行われた。

 石原理事長は、震災以来神戸市民と歩んだ24年の歳月を振り返り、「謹んで全犠牲者への追悼、思慕の念を抱き、平和で安全な社会実現への祈りを捧げる」と回向。石原理事長が依頼し、仏教詩人の坂村真民の詩に川村さんが曲・節付けをした琵琶曲『つゆのごとくに』も披露され、参列者の涙を誘った。

 「早朝追悼の集い」は今年を最後に終了するが、今後も日中の「追悼のつどい 音楽法要」は、震災関係者が年に一度お互いの健康を気遣い、再会を喜ぶ貴重な機会となっており、今後も継続していく。石原理事長は「慰霊とともに、多くの人々が心待ちにしている。これからも真の救済の手立てを求め、実践していきたい」と話している

2019/1/24 大正大学 社会共生学部を開設へ 2020年4月

昨年11月2日、大正大学と京都市が協定を結んだ。大塚学長(左)と門川大作市長 大正大学(大塚伸夫学長、東京都豊島区西巣鴨)は明年(2020年)4月、「社会共生学部」を開設する(設置届出準備中)。現在の人間学部を改組したうえで、公共政策学科と社会福祉学科の2学科で構成。日本の将来を見据えた人材育成を目指す。

 大正大学は2010年に仏教学部を再開設し、表現学部を開設するなど近年、大胆な改革を進めている。また、2011年3月の東日本大震災後に宮城県南三陸町でのボランティア活動が契機となり、南三陸町をはじめとした各地域との繋がりを深めていた。2014年に地域構想研究所を設立、2016年に地域創生学部を設置した。

 大乗仏教精神を建学の精神とする大正大学。天台宗・真言宗豊山派・真言宗智山派・浄土宗の設置4宗派及び時宗が参画している。

 2020年開設予定の学部名「社会共生学部」はそうした仏教系大学としての姿勢も体現している。「共生」という言葉は、3期にわたり大正大学学長を務めた椎尾弁匡博士(1876~1971)が提唱し、実践活動を行ったのが起源で、今日では仏教界を超えて一般社会でも広く用いられている。また大学が教育ビジョンとして掲げる「四つの人となる」(慈悲・自灯明・中道・共生)にも通じる。

 公共政策学科は、少子高齢化・人口減少・雇用問題など多くの課題を抱える社会で、公共的課題を、政策という手段によって解決するための方法や手法を学ぶもの。社会福祉学科は従来通り、医療・福祉・教育など幅広い分野で支援を必要としている人の相談や援助を行うソーシャルワーカー(社会福祉士・精神保健福祉士)を育成する。

 大学側は、「『共生マインド』を身に付け、『連携と協働』をテーマに地域の課題解決を担う人材育成を行いたい」と新学部に思いをかける。

 大正大学は、大学および地方自治体と積極的に連携、協定締結を進めており、同じ仏教系の種智院大学とは研究を主体とした学術交流が中心。地方大学との大学間連携協定は、地方創生や被災地復興に貢献できる人材育成や人材交流などに主眼が置かれている。

 現在、連携および協定関係にある自治体数は、70以上に及ぶ。昨年11月には京都市と「首都圏における京都情報の発信・地方創生の推進に関する協定」を締結。 大正大学に近い「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる巣鴨で学生が企画運営する京都のアンテナショップ「京都館すがものはなれ 座・ガモール2号店」もリニューアルオープンした。

 ちなみに東北のアンテナショップ「座・ガモール1号店」も巣鴨地蔵通り商店街にある。北宮崎地方の物産を揃える「座・ガモール3号店」はJR巣鴨駅近くのアーケード街に構える。

 大学での学びと実践体験を地方に還元することで地域創生への貢献を志向する大正大学。社会共生学部もその延長上に位置づけられる。
 
「共生」写真展も
 大正大学のキャンパス内に設置されているアートスペースでは、「共生」をテーマに巣鴨地蔵通り商店街を撮影した写真展を開催中。写真家のハービー・山口氏が撮影し、運営は仏教学科国際教養コースの学生が担当している。5月6日まで。

2019/1/24 展望2019 天皇代替わりの年を迎えて 皇室に私的儀礼化の流れ 島薗進(上智大学実践宗教学研究科特任教授)

皇居へと続く二重橋(手前) 昭和から平成への代替わりは平成元年に昭和天皇の御大葬と剣璽等承継の儀が、同2年に即位の礼と大嘗祭が行われ、およそ2年間にわたって代替わり儀礼が行われた。今回は、本年4月30日の退位の礼、5月1日の剣璽等承継の儀、そして、11月に行われる即位礼、大嘗祭と半年の間に集中して行われる。

信教の自由
 昭和天皇から今上天皇への代替わりのときには、代替わり儀礼のいくつかが神道の儀礼として行われることについて、それが日本国憲法が規定する信教の自由と政教分離に反するものでないかどうかが議論された。御大葬や大嘗祭は明らかに神道儀礼であり、国民がこれに関与を強いられるのは憲法の規定からして適切ではない。国民の象徴である天皇の儀礼行為は公衆に押し付けられることのない私的な行為であるとしても、自ずから公的意味合いを帯びる。そこで、そこに国費を投入せず内廷費で行うという形で節度を保とうとの考え方も示された。

 特定宗教の儀礼、それも明治維新後、国民を神聖天皇への死をも辞さない崇敬に引き込むような働きを担った、国体論(神聖な天皇中心の国体は世界に類例ないすぐれたものとする信念)と結びついた皇室儀礼を、国家的な儀礼として行うことには、憲法上、問題がある。多様な思想・信条をもつ人たちに、ある特定宗教の儀礼への参加を押し付けることがないようにすること、これは日本国憲法19条や20条、さらには89条の定めるところである。特定の宗教的立場や国体論的立場を人々に押し付けるような働きに皇室が深く関与しないこと、これが象徴天皇制にふさわしい。

 平成に入り、皇室も国民もこうした考え方にそって新たな歩みを進めようとしてきた。平成14年には小泉首相の下で福田官房長官によって「追悼・平和祈念のための記念碑等施設の在り方を考える懇談会」が設置され、靖国神社ではない新しい追悼施設によって戦死者の追悼を行うことが提案された。靖国神社は天皇の祈りが重要な意義をもつ国家神道の中核的施設だった。その靖国神社に国家的地位を付与しようとする国粋派の動きを封印する方向での答申である。

 平成16年には小泉首相の私的諮問機関として「皇室典範に関する有識者会議」が設置され、翌年「皇室典範に関する有識者会議報告書」が提出された。これは男系の万世一系の皇統を維持しなくてはならないという国体論の立場に対して、女系天皇の可能性を示唆する方向で政府が動いたものだ。

 皇室の国家神道的機能を縮小しようとするこうした動きはその後も続き、宮内庁は平成24年から25年にかけて「今後の御陵及び御喪儀のあり方について」の検討を行い、その結果、天皇・皇后の葬法を土葬ではなく火葬とし、陵墓は簡素なものとすることを発表した。

創出された儀礼
 これは天皇・皇后他、皇室の意向を反映したものであり、「検討に当たっての基本的な考え方」には「今後の御陵の形態、御葬送の儀式については、国民の日常生活に影響が及ぶことを極力少なくするようなあり方とする」と述べられている。

 さらに、平成30年11月30日、秋篠宮は「大嘗祭への公費支出について「(手元金の)内廷会計で行うべきだ」と異議を唱え、「身の丈に合った儀式」とするのが本来の姿ではないかとの考えを示した」(時事通信)。同日夕刻の時事通信は「秋篠宮さまが大嘗祭は宗教色が強いとして公費支出に異議を唱えたことを受け、政府内に戸惑いが広がっている。政府は支出は既に決定済みとして沈静化を待つ構えだが、方針決定に際して議論を尽くしたとは言いがたい。政教分離をめぐる論争が再燃しかねないと神経をとがらせている」と報じている。

 代替わりに典型的に現れる荘重な皇室儀礼は、明治維新以後に創出または拡充されたものが多い。敗戦後、日本国憲法が信教の自由と政教分離を明確に規定した後も、それらを廃止ないし縮小する動きは目立たなかった。これは昭和天皇が継続的に在位したためやむをえなかった面があり、平成元年の代替わりに至った。

 しかし、平成時代には次第に皇室儀礼や神道と結びついた制度を皇室の私的な儀礼とし、国家神道として機能するのを抑える方向の変化が試みられてきている。

 戦前の国家神道に郷愁をもつ日本会議や神道政治連盟の立場に近い安倍政権は、皇室も従来の自民党政権も賛同しているこの方向に逆行するような姿勢を示してきた。しかし、次の代替わりに至るまでには、この変化がさらに明確になるだろう。それは象徴天皇制の理念が、自ずから指し示す方向である。

 しまぞの・すすむ/1948年生まれ。東京大学名誉教授。宗教学。著書に『国家神道と日本人』、『近代天皇論―「神聖」か、「象徴」か』(共著)など多数。

2019/1/31 「ハンセン病と佐川修さん」宮崎駿監督が思い語る 「プロミンの光」公開

言葉を詰まらせながら、「プロミンの光」を解説する宮崎駿監督 ハンセン病資料館開館25周年を記念して27日、東京・東村山市の国立ハンセン病資料館で映画監督の宮崎駿氏(78)を迎えて講演会「佐川修さんとハンセン病資料館」が開かれた。資料館のある国立療養所多磨全生園と元入所者自治会長だった佐川さん(享年84)とのエピソードなどを披露した。

 宮崎氏はまず、「もののけ姫」を制作時の思いを語った。「日本の時代劇は侍と百姓(農民)が出てくるだけ。もっとたくさん色んな人が住んでいた。それは資料館にも展示されている『一遍上人絵伝』にも描かれている。乞食だけでなくハンセン病の人も」と解説。歴史の表面に出てこない人たちを扱ったのが「もののけ姫」だった。

 50年くらい前から毎日全生園の前を車で通るという宮崎氏は、資料館が現在の国立ではなく、高松宮記念としていた時代に初入館。「膨大な資料の量に圧倒された。とにかくここで生きてきた人たちの証拠のものが山のようにある。僕は、自分個人の問題として、疎かに生きてはいけないと本当に思った」と当時の印象を口にした。

 佐川さんとも出会い交流を深めた。園内を散策していく中で、昭和初期に建設された山吹舎の保存を働きかけた。修復によってかつての姿が甦った。ところが、「佐川さんは気に入らなかった。『あんなに立派じゃなかった』『縁側にはガラス戸はなかった』と。亡くなる直前まで言ってました。『この頑固者!』と思っていました」と話し、会場を沸かせた。

 宮崎氏は時おり言葉を詰まらせながら「大事な友人」と繰り返し、佐川さんを悼んだ。そしてスタジオジブリの吉田昇氏(美術監督)と宮崎氏が構想し吉田氏が描いた「プロミンの光」の絵が公開、展示された。

 不治とされたハンセン病が特効薬のプロミンによって治癒していくようになり、園の雰囲気も患者の様子も変わった。佐川さんが残したそんな言葉から生まれた。プロミンの光を包むような両手は佐川さんの手がモデルだ。近く資料館に展示される。

 佐川さんは東京大空襲を体験した後にハンセン病であることが判明し、群馬県の栗生楽泉園に入園。当時あった重監房への「メシ運び」もした。その後、日蓮宗僧侶の綱脇龍妙が開設した山梨県の深敬園に移った。お経はこの時に覚えた。それから多磨全生園に転園。外部作業で高所から転落し死線をさまよったこともあった。入所者自治会役員や資料館の運営に力を注ぎ、昨年1月24日に死去した。

2019/1/31 清浄華院 浄土宗離脱へ 法主人事巡り協議決裂

会見した清浄華院の吉川執事長 法主の人事を巡り、浄土宗大本山清浄華院(京都市上京区)は25日、浄土宗との被包括関係を解消する意向を固めた。任期切れとなっている真野龍海前法主(96)の再任が認められなければ宗派を離脱する構えで、宗務庁(同市東山区)に通知するなどの手続きを開始した。29日に開かれた次期法主を推挙する3回目となる会議でも協議は決裂した。

 真野氏の任期満了を前に、浄土宗は昨年11、12月に2回にわたって法主を推挙する会議「浄土門主・法主推戴委員会」を開催。同寺側は続投の意思を示していた真野氏の再任を求めたが、推戴委として結論が出ず、同年12月27日に任期切れを迎えた。

 同寺は再任が認められない理由が分からないとして、25日、関係寺院でつくる「浄山協議員会」と責任役員会を開き、浄土宗との被包括関係の解消を決定。手続きに従い、28日までに境内に規則変更の公告を掲示するとともに、浄土宗にも通知した。新宗派名は「浄土宗一条派」で、住職は浄山協議員会で選任するとしている。
 
 京都府に規則変更の申請をするまでに手続き上少なくとも2カ月かかる。離脱の意思を示すことで真野氏の再任を迫る決意で、3回目となる29日の推戴委に臨んだが、決裂する結果となり、委員会は解散となった。
 
 委員長の豊岡鐐尓宗務総長は、「離脱を決定した寺院の法主を推挙する意味がない」と会議の打ち切りについて説明。離脱理由の説明を受けていないと断った上で、「留まってほしい。要望があれば聞きたい」と話し合いに応じる姿勢を見せた。
 
 推戴委後に同寺で開いた記者会見で、代表役員代務者の吉川文雄執事長(70)は、「法主は高齢だが教化の最前線に立っていただけると認識している。再任の否定は受け入れがたい」と主張。「続けられる意思がある以上、念仏申す機会を奪うことは教えの理念にも反する。離脱は法主を守るための手段」と強調した。さらに、「話し合う機会があれば応じたい。離脱手続きの中止も考える」と語った。
 
 浄土宗総大本山の離脱を巡っては、1947年に総本山知恩院が離脱。浄土宗本派として活動していたが、62年に再び合同した。大本山金戒光明寺も46~77年まで黒谷浄土宗を名乗り分立していた。
 
 浄土宗は昨年10月の宗議会で、被包括関係にない寺院の代表役員就任を禁止するとともに、就任した僧侶を除籍できるよう規定を改正した。施行日は4月1日。

2019/1/31 展望2019 ひとり死社会の時代 高齢者の独居化が進行中 小谷みどり(シニア生活文化研究所所長)

 
継承者がいないお墓の無縁化が進んでいる(東京近郊の墓地) ひとり暮らしをしていない人のなかには、独居高齢者に対して、「かわいそう」「さびしい」と思う人は少なくない。高齢者は子や孫に囲まれて幸せそうに過ごすという、昔のホームドラマのイメージが、いまだに多くの人の脳裏に染みついているからだ。

 高齢者の6割
 ところがいまや、高齢者の暮らし方は、ひとり暮らしの方が当たり前になりつつある。厚生労働省の「国民生活基礎調査」によれば、65歳以上がいる世帯のうち、三世代世帯が占める割合は、1980年には50・1%あったが、2017年には11・0%にまで減少した。変わって昨今では、ひとり暮らしの高齢者が26・4%を占め、高齢者の独居化がこの40年間で急速に進んでいる。高齢夫婦二人暮らしも合わせると、高齢者の6割が、すでに独居か、独居になる可能性がある。

 しかも内閣府の2014年調査によれば、65歳以上でひとり暮らしをしている人の76・5%が、今のままひとり暮らしでよいと回答している。元気なうちはひとり暮らしの方が、家族に気兼ねしなくていいという人は多いのだろう。病院通いはしていたとしても介護が必要な状況ではなく、親しい友人や親せきが何人かおり、年金は充分ではなくても日々の生活に困るほどではなく、気ままに暮らせるのであれば、ひとり暮らしは幸せかもしれない。

 そもそもひとり暮らし高齢者は、死別による独居化が主たる原因とされてきたが、これからは生涯未婚者の高齢独居化が深刻だ。50歳時点で一度も結婚経験がない人の割合を示す生涯未婚率は、2015年には男性が23・4%、女性は14・1%だった。日本では最近まで、「男性は結婚して一人前」などと言われており、結婚しないという人生の選択肢はありえない風潮があった。現に1950年には男性の生涯未婚率は1・3%しかなかった。
1990年以降、男性の生涯未婚率が急増したが、1990年に50歳だった人は来年、80歳を迎える。言い換えると、今までのひとり暮らし高齢者には生涯未婚は少なかったが、これからは生涯未婚による独居化が増える。もっと言えば、これまで亡くなっていた人で生涯未婚はほとんどいなかったのに、これからは結婚経験のない人がどんどん亡くなっていく時代がやってくる。

しかし僧侶だけでなく、社会全体も、この事象に対する対策を講じていないのが現状だ。今までとこれからは、まったく異なる社会であることは明白なのに、である。


孤独死の場合、室内がごみに覆われているケースは珍しくない(昨年のエンディング産業展でミニチュア再現された孤独死の部屋) 先祖の墓の行方は
 特に寺院にとっては、問題は深刻だ。多くの寺院は、その経済基盤を子々孫々継承することを前提とした檀家の布施に頼っているが、生涯未婚者の増加は、近い将来、檀家が減少することを意味する。

 墓の継承者がいなくなれば、無縁化も進む。先祖の墓を片付けてしまう墓じまいも、この先、加速度的に増えていくだろう。先祖意識が薄れた結果ではなく、墓参りをする子孫がいなくなるのだから、先祖の墓の行方は無縁化か、墓じまいのどちらかしかない。

 墓じまいには批判的な僧侶は少なくないが、自分でお金と労力をかけて墓を片付けようという人は、放置して無縁化させてしまう人より、先祖を大切に思う意識が強いのではないかと私は思う。子々孫々での継承を前提としてきた墓が破たんすれば、寺院の未来も危うい。

 なぜなら、檀家と寺院は墓や葬儀、法事でつながっている関係であって、多くは、信仰でつながっているわけではないからだ。現に、「菩提寺があることは子孫にとって負の遺産だ」と、離檀したいと考える人は少なくない。

 寺院にとってもっと喫緊の問題は、配偶者や子どもがいない人の葬儀を誰がするのかということだ。国立社会保障・人口問題研究所の2017年調査によれば、65歳以上の独居男性のうち、16%が2週間のうち、一度も誰とも話さないという。家族がいないだけでなく、社会ともつながりがない人がこれだけいれば、早晩、葬儀の意義を問われる時代がやってくる。布施を払う人もいない、遺族も参列者もおらず、葬儀をする意味をみいだせない場合、僧侶はどんな対策を取るべきだろうか。

 私は、無縁死の葬送を考えるよりも、無縁死をいかにして減らせるかを僧侶は考えるべきではないかと思う。

 家族や地域との関係が希薄化し、ひとり死が当たり前になる社会においては、新たなつながりの構築に寺院が関わる余地は広がる。誰も経験したことのない社会の到来に向け、僧侶がやるべきことはたくさんある。

こたに・みどり/昨年末で25年半勤務した第一生命経済研究所を退職。シニア生活文化研究所を設立し所長に。最新著作に『没イチ』(新潮社)、その他、『ひとり死時代のお葬式とお墓』(岩波新書)など。