Interviews & Report

『週刊佛教タイムス』では、特集・オピニオン・インタビュー・レポートなど、多彩な切り口で、宗教界、仏教界の様々な側面をお伝えしております。ここでは、その一部をご紹介致します。

エンディング産業展2018

来場僧侶、危機意識強く

伝統教団の出展増加 大谷派は模擬葬儀でPR

今年初めて出展した大谷派ブースでは模擬葬儀も 葬祭関連企業が集まる日本最大の専門展示会「第4回エンディング産業展」が22~24日、東京ビッグサイト(江東区有明)で開かれ、3日間で約2万5千人(昨年比約900人減)が来場した。葬儀や埋葬、供養などの終活に関する設備やサービスなどの展示、業者や寺院向けの各種セミナーが開催されるなか、浄土真宗本願寺派、真宗大谷派など伝統教団や僧侶グループが出展。会場にも多くの僧侶が来場した。

 昨年に続き、本願寺派は来場者を対象に寺院や僧侶への意見を求めるアンケート調査を実施。一方、大谷派は葬儀のデモンストレーションやセミナーを行い、仏教から考える「終活」をPRした。大谷派参務で首都圏教化推進本部の土肥人史本部長は「受け継がれてきた葬儀の姿をお見せし、人の死をどう捉えていくかを考えるきっかけにしていただきたい」と趣旨を話し、「(産業展で)経済的な価値のみを見出すことに危機感と、宗教者が大事な課題を見過ごしてきた反省もある」として、継続的な出展を展望した。

 曹洞宗岐阜県青年会もブースを出展し、同会40周年記念事業で制作した書籍『おくる』を頒布。「本はお葬儀で何をやっているか分からないという声を聴き、私たちが伝えるべきこと、お葬儀の一つ一つを知ってもらうために作った。自分たちにとっても自己研鑽になった」と同会の山守隆弘氏。本を手に取る葬儀社や石材店との交流、他宗派の出展にも刺激を受けた様子だった。

一般社団法人お寺の未来が運営するお寺のポータルサイト『まいてら』のブースでは超宗派の僧侶が来場者のエンディングにまつわる相談に応じ、真宗大谷派證大寺は「手紙のお祈り」を社会に伝える「手紙寺」の取り組みを紹介した。展示会主催のTSO internationalの佐々木剛代表は真宗興正派眞教寺(香川県高松市)の住職も務めている。仏教界の出展や僧侶の来場に「自分たちも関わっていかなければと感じ始めているのかもしれません」と話した。

奇抜な展示は減少 多様性学ぶ機会に

再現度が高く、生々しいと評判だった孤独死現場のミニチュア 昨年は読経ロボットなどが話題となったが「今年はとんがったものが減り、少し落ち着いてきた。4年間で大分こなれてきたという印象」とは宿坊研究会の堀内克彦氏。本願寺派総合研究所の福本康之氏は「奇抜さが減り、4年間でだいぶ熟成し、業界のネットワークを作る商品やサービスなどが増えている。唯一そこに入れていないのが宗教界だが」と話した。お供え花コンテストの審査員を務めた日蓮宗善立寺(東京)の新倉典生住職は「変えてはいけないところもあるが、ニーズに応え変えて良いものもある。その提案がある展示会。お坊さんが多様性を学び、変えてはいけないことや自分の大切なものを学ぶ機会になる」と話した。

 来場した僧侶はリピーターも多く、「業界が5年後、10年後にどこに向かうのか。その情報を我々も知っておかないと」「一般の方が何を望んでいるのか、色々な選択肢があることをまずは知らないと対応もできない」と語るなど危機感を感じさせた。派遣で生計を立てているという僧侶(埼玉県)は寺院運営の参考にと来場。展示と自分の活動を重ねながら「自分のやってることもサービス業になっちゃうなのかな…」と自問。毎回訪れている僧侶(東京)は「これまでのお墓や葬儀には違和感があった。新たなお墓の形態や親しい人だけでの葬儀などの多様化が出てきて、良い時代ともいえる」と本音をポロリ。初来場の大谷派僧侶(東京)は「最近の若い方は所有意識が少ない。家は賃貸、車はカーシェアリング。お墓も永代供養墓などでシェアするようになるのかもしれない」と変化を感じとっていた。

 最終日の24日は「終活フェスタ&ソナエ博」(産経新聞社など主催)も同会場で行われ、タレントの壇蜜さん、全日本仏教会の戸松義晴事務総長、流通業界から葬祭業に進出したイオンライフの広原章隆社長によるセミナー「現代の終活、葬儀を考える」などが開かれた。

(『週刊佛教タイムス』2018年8月30日号掲載)


<寺院ルポ>
奈良県・高野山真言宗生蓮寺

蓮の魅力で
地域おこし
高畑公紀副住職

境内に300株、国内外に種贈り交流サイトも

 奈良県五條市にある高野山真言宗生蓮寺は、知る人ぞ知る〝世界最先端の蓮の栽培試験場〟だ。高畑公紀副住職(40)は、蓮を中心にしたユニークな地域おこしに情熱を注ぐ。自坊で育てた蓮の種を全国に贈り、仏典に登場する幻の青い蓮の栽培にもチャレンジ。「蓮の美しさには癒されます。まず、それを広めたい」と話す。

 栽培が難しく、広い場所が必要というイメージがある蓮。だが、「庭がなくてもベランダで十分育てられます。小さい品種ならどんぶり茶碗でも大丈夫。蓮は誰でもどこでも栽培できます」

 高畑副住職は10年程前から境内で蓮を育て始め、4年前から主にホームページを通して全国に蓮の種を贈る活動を展開。「各地域で蓮を育ててもらい、種ができたらお寺に里帰りさせてもらう取り組みです。ずっと無料にしていましたが、予想に反して国内外から多くの申し込みが来ました。今年の5月(平成29年)からは送料(国内300円)だけ負担してもらっています」。現在までで約1500人に送ったという。生蓮寺から広がった蓮の愛好家同士が交流できる投稿サイトも開設している。

 京都大学大学院で生命科学の博士号を取得した高畑副住職は、同大研究所で3年間、「植物版のiPS細胞」を研究。帰坊してから、蓮の研究に本格的に着手した。

    幻の「青い蓮」栽培にチャレンジしている生蓮寺の高畑副住職


 境内には常時300株。巨大な甕から小さな鉢まで多品種が並ぶ。壮大な蓮の栽培試験場だが、極楽浄土のような風景でもある。「3月末からGW明けまで植え、鉢ごとに細かく記録を取ります。お盆までは花がもたないと言われる蓮ですが、遅咲きの品種をかけ合わせて改良し、お彼岸まで咲いているようになりました」

 育てた蓮の一部は、近くの大和二見駅や市内の病院、老人ホームなどへ。「蓮を見た人から『きれいね』と言われるのが嬉しい。地域の方々との蓮を通したコミュニケーションが楽しいですね」

 世界中で2千種類もあるという蓮。しかし、仏典の中に登場する「青い蓮は、自然界には存在しない」。「経典では睡蓮と蓮を同じ花として扱っていますが、植物としては実は別種」だという。

 そこで、世界中の蓮愛好家の夢であり、仏教徒の憧れでもある「青い蓮」の栽培にチャレンジ。「3年前から試行錯誤を繰り返し、肥料の成分や量などを工夫しています。今年は行けると思いましたが、咲いたら普通の色だった。蓮は奥が深い」

「蓮の葉寿司」開発も

 種の状態なら2千年も生きられるという蓮。インドでは仏教だけでなく、ジャイナ教やバラモン教でも神聖な花とされる。さらに捨てる所のない食材でもあり、全部分に漢方名が付いた薬でもある。花や葉、芽の芯はそれぞれ違う風味のお茶になり、種の甘露煮は栗のような味。蓮根の美味は言うまでもない。美白効果やアトピー、花粉症などにも効くというから、ブームにならないはずがない。

 高畑副住職は、こうした蓮の魅力を最大限に活かした様々な地域おこしイベントを企画中だ。新名物「蓮の葉寿司」の開発も進行。すでに自坊で、真言宗の瞑想法・阿字観と蓮のお茶の飲み比べを合わせた体験行事を開催。大阪などから来た参加者は、心身共にリラックスした境地を楽しんだ。

 生蓮寺の前の道は、奈良時代から続く古街道。「弘法大師が高野山に登る前に立ち寄ったから、この辺りを寄足(よらせ)と言います。この貴重な歴史と蓮の魅力で地域活性化を進めていきたいですね」

   生蓮寺ホームページでは易しい       蓮の育て方も紹介している


生蓮寺のホームページはこちらへ。


(『週刊佛教タイムス』2018年2月1日号掲載)

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<寄り添う僧侶>
傾聴に
取り組む
宗教者の会

女川町の災害公営住宅へ

 東北地方や熊本県の被災地で仏具配布や傾聴訪問を行う「傾聴に取り組む宗教者の会(KTSK)」が2017年8月31日、宮城県女川町の仮設住宅や公営住宅を巡った。参加したのは曹洞宗僧侶の遠田旭有氏、小杉瑞穂氏、太田宏人氏、本願寺派僧侶の安部智海氏、東北大学の高橋原准教授ら9人。今年2月にJR女川駅の北部に完成した災害公営住宅「大原住宅」にも足を運びお線香を配りながら、住民の声を聴いた。高齢の入居者が多く、「気持ちがすっきりしない」「仮設は賑やかだったけれど…」と、新しい環境への戸惑い、孤立した生活への不安が聞こえてきた。公営住宅を回って線香を配る僧侶

 車いすの母親と暮らすため、バリアフリーの住戸に応募した高齢女性。抽選に当たったものの、入居前に母は亡くなり一人で暮らしている。

 今夏は雨が続いたこともあってか、室内は湿気が多い。この日は、全国的に気温が下がり、女川町も8月にしては寒い一日だった。「体にてき面にこたえるのよ」と言って、寒さで傷みが出たという左肩をさすった。

仮設の時は…

 住宅は駅からも近い立地で便利だが、抽選で色々な地区から集まった住民が暮らしていて「誰が住んでいるのか分からない。都会のマンションみたい」とこぼす。「仮設の時は同じ地区の人が集まっていたし、賑やかだったからね」。その言葉には孤立した生活への不安も見えてくる。

 80代の夫婦は、抽選で当たった住戸の窓からもみえる場所に、息子家族が再建した戸建ての住宅がある。家族が近くに暮らすが、新たな環境に「何だか気持ちがすっきりしないんだよ」と落ち着かない気持ちを吐露した。

 自宅にあった大きな仏壇は息子の家に置いたが、位牌だけは手元に置きたいと、小さな棚に入れて、毎日ご飯やお水をお供えしているという。

 KTSKの活動は今回で88回目。「○○の仮設でお会いしましたっけ?」と言葉を交わす住民もいた。突然の来訪にも驚いた様子はなく、とりわけ、作務衣姿の僧侶には安心感があるのか、表情が和らぐのが印象的だった。

浜の人間だからね

 仮設住宅でも線香をもらったという82歳の女性も僧侶との再会に笑顔を浮べた。一部屋には立派な仏壇が置かれていた。「浜の人間だから供養は大事にしてきたの。仮設の頃は小さな仏壇しか置けなかった」という。6人きょうだいだったが、震災とその後の6年で亡くなってしまった家族もいる。「家族で助けあおうにも、それぞれ大変だったから。だから、みなさんには本当に助けてもらったのよ」と感謝の言葉が何度も口をついた。
活動終了後は女川の港で法要を営んだ
 大原住宅にはコミュニティスペースが置かれ、住民のための催しも行われている。朝はラジオ体操があり、これに参加しているという人も多くいた。今年の3月11日に七回忌を迎え、その後に始まった新たな生活。高齢者も多いなか、少しずつ落ち着きを取り戻し、新たな人間関係やコミュニティを作っていくまでをどう支えるのか。「孤立を防ぐ」ことの課題も傾聴活動を通して見えた。

 参加した安部氏は出会った人の声を聴きながら、その不安の想いを「心が追いつかない」と表現した。太田氏は「自宅に引っ込んでしまう方向にも行きかねない。新たな人間関係を作るのは大変なことで、イベントに出てこれる人ばかりではない」と、「個別に訪問する」ことの重要性を示唆した。遠田氏は「来たくて来たわけじゃない、という声が残っている。また来ます」と話した。

(『週刊佛教タイムス』2017年9月14日号掲載)

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<仏教者の国際貢献>

フィリピンに「テラコヤ」建設
大阪市・日蓮宗泰然寺

 2016年6月、フィリピンのパンパンガ州サンタ・リタに僧侶仲間とともに学校を作った僧侶がいる。大阪市阿倍野区にある日蓮宗泰然寺の長井正典住職(50)だ。なぜフィリピンで教育支援を始めたのか。その経緯や思いを聞いた。

人身売買を目の当たりに…

 きっかけは、2013年にフィリピン・レイテ島を襲ったスーパー台風だった。東日本大震災と同じく、大津波が押し寄せたことは記憶に新しい。東日本大震災で大津波に襲われた東北に、いち早く災害救助犬を派遣したフィリピンに恩返しがしたい。僧侶仲間とともに災害支援を行っていた長井住職は、その一念で現地へ入った。

 現場は治安が不安視されたものの、比較的穏やかだった。むしろ、都市部であるマニラの状況に驚いた。「本当に貧しい子たちがそこら中にいた。あの子たちは一体どうなるのか」。その思いがどうしても消えなかった。

開講式に出席した長井住職(右から3番目) 被災地に入る前に経由した町オルモックでは、生まれて初めて人身売買が行われる場面を目の当たりにした。1年後に子どもは帰ってくるという契約書にサインしたフィリピンの親たちを目にし、悲しむ長井住職に通訳のフィリピン人男性が諭した。「あの契約書は電化製品の保証書です。貧しい人々は読み書きができないので騙されてしまう。あの子たちは二度と戻って来られないでしょう」。それでも売られた先で子どもたちが夢見ているのが〝シンデレラ・ドリーム〟なのだという。

「子どもたちはリゾート地のセブ島へ連れていかれ、身体を売って、気に入られればマニラへ行ける。そこで日本語や韓国語を覚えて身体でお金を稼いで、故郷に戻ることをそう呼んでいる。言葉を覚えられ、お金も稼げて最高だと…、信じられなかった」

青年僧侶がNPO設立

「教育が一番大切なのです。今のフィリピンには」。通訳男性の言葉に長井住職は行動を起こした。フィリピンでは小中高校の学費は無料だが、制服、教材、交通費などが必要だ。人口の32・9%(2006年)が貧困層に属し、「その日食べられるかどうかも分からない家庭では、それすらも払えない。それなら完全無料の学校を作ろう」と発心した。

 学校建設で重要となる現地での協力者を探して方々を周ったが、うまくはいかなかった。八方ふさがりの長井住職に協力を申し出たのは、現地で行動を共にしていた通訳の男性だった。「私はあなたをずっと見てきた。外国人男性は皆、フィリピンに女遊びに来ているが、あなたは違う。ボス、私を信じられますか。私の町でやりませんか。協力させてほしい」。まさに法華経にいう〝変化の人〟だった。

 そこからは道が開けた。国営小学校の敷地の一角を無償で使えることになり、日蓮宗若手僧侶の児玉真人住職(京都本昌寺)、西山是文住職(岩手智恩寺)、平田泰弘住職(大分本光寺)らとともに日本でNPO法人「Tera Koya」を設立。昨年6月6日に同名の教育施設を開校した。感染症予防のためのシャワー付き水洗トイレは、クラウドファウンディングの「READY FOR」を通じて費用を捻出した。

「Tera Koya」での授業風景「Tera Koya」は20人用の教室が2室。午前・午後の交代制で約80人が通う。給食費や制服などはすべて支給する。国立の小学校へ編入できる学力を身に着けることができ、日本での幼稚園に相当する。今年4月、初めての卒園式も営んだ。

 建設費は約300万円。運営費は教員の給料や給食費など毎月約40万円が必要だ。特に運営費は寄付が追い付かず、その多くを長井住職が工面し、負担が重くのしかかる。「ここが正念場です。学校を設立しても維持するのは難しい。日本からの支援で建てられた学校は他にもありますが、建てっぱなしが多い。その後、中国や韓国が入り、旗だけが変わるということもよくあるのです」

信仰心の発露として

 今、支援は少しずつ広がりを見せている。大分の高校生が子どもたちのために卒業生の体育館シューズを寄贈してくれた。今年8月には大分ロータリークラブの協力で図書館が寄贈される。友人のアーティスト、ET―KINGさんやMAXのリナさんといった著名人もタオルやTシャツの支援を申し出てくれた。

「なぜフィリピンに学校を作ったか、よく聞かれる」という長井住職。「それはフィリピンの現実を知ってしまったから。すすで真っ黒な赤ちゃんを見たことがありますか。僧侶として、宗教者として見過ごせなかった。あとは信仰心の発露としか言いようがないんです」

フィリピンの子どもたちを思う長井住職の目には、優しさと厳しい覚悟が宿っていた。「人生を賭けて命賭けでこれをやり遂げたい。報酬はフィリピンの子どもたちとその親たちの笑顔。それで全部チャラです。あの笑顔を見たら、皆さんもきっと同じ気持ちになると思いますよ」と話した。

(『週刊佛教タイムス』2017年6月29日号掲載)
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<在日外国人の寺院>

神奈川県愛川町
在日本ラオス協会を訪ねて
本国から僧侶招きビサカブーサ(Vixakha Bouxa)

 日本在住のラオス人は約2500人。そのうち半数以上の約1300人が、インドシナ内戦において日本に逃れてきた難民だ。彼らの憩いの場、日本で唯一のラオス仏教寺院が神奈川県愛川町にある。小田急線本厚木駅からバスで約40分。仏像や仏塔が配され目を引く黄色い建物がある。そこがNPO法人在日本ラオス協会・在日本ラオス文化センターだ。設立14年、毎週日曜日には数多くのラオス人が集まる。(2017年4月2日に訪問)

 協会理事長の久永広喜さん(ラオス名=チャンナコン・チャンスッド)、事務局長の新岡史浩さん(ラオス名=レック・シンカムタン)は共にインドシナ難民で日本在住35年以上になる。新岡さんは帰化済みだ。ラオス人が神奈川に多く住む理由は、かつて大和市に「定住促進センター」があり、日本政府の支援で日本語の習得ができたからだ。

ラオス寺院風の外観のセンター そんなラオス人の心の支えは仏教であると新岡さんは強調する。もちろん行事も活発で、4月上旬のラオス正月(水かけ祭り)、11月上旬のタートルアン祭りが特に盛大に行われ、約60坪のセンターは何百人ものラオス人でぎっしりになるという。では、花まつりはどうかと尋ねると「ビサカブーサ(ラオス語でウェーサク)ももちろんやっていますよ。ラオスでは5月の満月の日がその日に当たっていて、このセンターでもその前後の日曜日に行っています」と新岡さん。

 ただ、正月やタートルアン祭りに比べると派手ではなく「参加者は40人くらいでしょうか」と語る。理由としてはコミュニティの規模的に、大規模な年中行事を何度も行うには余力がないとのことである。とはいえ、今後のセンターの発展次第ではぜひ大きくしていきたいとも。「ビサカブーサでやることは、ラオスから招いたお坊さんに読経をしてもらい礼拝。それに食事の供養をして、托鉢をすることです。他の年中行事も基本はそうですね」という。

仏教行事や文化フェスで発表する踊りを習う在日ラオス人の子どもたち 行事をさらに盛大にするネックの一つが僧侶を呼び寄せる手間。ラオスからの僧侶は観光ビザでしか滞在できず、90日で交代することになる。取材当日も、手続き上の問題で来日が遅れて僧侶は不在だった。文化センターは僧侶の住居も兼ねる。「ラオスの人は人生相談をお坊さんにしますし、占いやお祓いで道を示してくれるのを望んでいるのですが」と僧侶の活躍が重要だと語る。在日ラオス人はすでに二世・三世も多いが、そういった人も僧侶にしばしば相談を持ち掛ける。花まつりも僧侶への敬愛を育む場になっている。

 協会監事で行政との折衝などで活躍する日本人の伊藤裕子さんは「実は大使館から、このセンターを宗教法人にすればお坊さんが長期滞在できるビザを発行できるとも言われているのですが」と打ち明ける。しかしやはり、宗教法人格の取得は困難を極めるようだ。

 センターでは日本生まれ日本育ちのラオス人子弟に1週間ほどの「出家体験」も行っており、これが好評だと久永さんも太鼓判。そこで、遊んでいた男児らに感想を聞くと「頭を剃ったりして、めちゃくちゃ楽しかった。でも、夜ご飯が食べられないのは辛かったな」(※上座部では戒律上、午後に固形物を食べることができない)。将来、このセンターでの花まつりを支えるのはこの子たちのようだ。

(『週刊佛教タイムス』2017年4月6日号「在日コミュニティの花まつり特集」掲載)

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<インタビュー> 
定松栄一氏 国際協力NGOセンター(JANIC)事務局長

期限迎えた国連ミレニアム開発目標 評価と社会変革

 2015年までに「世界の貧困を半減する」ことなど世界の共通目標を定めた国連ミレニアム開発目標(MDGs)。仏教界では、日蓮宗、立正佼成会、ありがとうインターナショナル、真如苑などが支援してきた。国際協力NGOセンター(JANIC)の定松栄一事務局長にMDGsの評価と課題、そして来年から始まる持続可能な開発目標(SDGs)について話を聞いた。



JANICの定松栄一事務局長これまでの発展途上国に対する支援は、国連機関や各国政府、NGOなどの援助機関が個別に目標を掲げて、援助する側の都合で援助内容の優先順位が決まっていました。しかし、2000年に世界が共通の目標を8つに定め、その達成のために集中的に援助資源を投入することを決めたのがMDGsです。これは過去に前例がないことでした。

 私が長く駐在していたネパールの例で言えば、ネパール政府が国をどう発展させたいのか、各機関がそのマスタープランに沿った整合性のある支援を行い、援助の競合や重複が減り、全体の効果を高めることになった。

 残念ながら結果として、100%達成できた目標は多くはありませんでしたが、リーマンショックの前は各国の支援も資金に余裕があり、特に絶対的貧困を半減させる目標では、大きな進捗がありました。共通のゴールを定めて皆で実行すれば、良くなるということが確認できたことは大きな成果でした。

 一方で限界や課題も見えてきました。リーマンショック後に世界的に開発資金が途絶え進捗が遅れたことや、地域格差、国内格差の問題は扱われませんでした。例えば、支援の結果、中国やインドで著しい経済成長があり、国全体では平均して貧困率が減りましたが、各国内ではむしろ貧富の差が広がりました。地域的にもアフリカで貧困、妊産婦死亡率、教育などの進捗が遅れています。

 さらに、MDGsでは貧困や保健などの社会開発の点では一定の成果がありましたが、環境面での目標は少なかった。これらの課題や反省の上に立って、次の2016年から15年間の目標を定めたのがSDGsです。

 最終的には今月下旬のニューヨークでの国連総会で決定しますが、MDGsの8つの目標、21のターゲットに比べ、SDGsでは17の目標と169ものターゲットが設定され、その領域も広がっています。貧困、ジェンダー平等、飢餓、健康などはMDGsから引き継ぎ、新たに水源・海洋・森林保全、気候変動、持続可能な消費と生産などの環境系の目標やエネルギー、雇用、インフラ、不平等の是正等も新たな目標に設定されました。

 SDGsの策定には先進国・途上国を問わず参加し、NGOなどの市民社会も加わって3年間慎重に議論を続けてきました。国際交渉の場では、「一方的に決められた目標には従えない」という戦術を使う場合がありますが、SDGsの達成にはどの国も責任を負うことになるでしょう。

 ゴール(目標)に対する考え方も大きく変わりました。MDGsでは、もっぱら発展途上国に適用されていましたが、SDGsでは先進国も含めてすべての国に適用され、当然日本でも取り組みが必要になります。

 例えば、目標の一つである持続可能な消費と生産では、コンビニやファストフードなどで捨てられる大量の食糧廃棄物を半減させるとしています。企業もそして消費者である我々の日々の生活も改善が求められています。

仏教が試されている


 MDGsとSDGsとの一番の違いは、MDGsが富を重視する従来の価値観を継承していたのに対し、SDGsでは富以外の価値にも重きを置いている点です。それは今月国連で採択される文書の「Transforming our world(世界を変革しよう)」というタイトルにも表れています。

 この話をして改めて思うのは、仏教の役割の大きさです。仏教とSDGsには親和性があり、ブッダの教えと重なっていると思います。目標の達成には、欲望に執着しない、無常なものに執着する煩悩から解放されるという、まさしく仏教の教えが必要です。むしろそれがないと達成できないようにも思えます。逆に言えば、「今、仏教が試されている」ということが言えるのかもしれません。

 SDGsはチャリティだけでなく、自分の日々の行いを省みて行動のパターンを変えていくという心の問題でもあります。だからこそ、仏教の根幹に関わってくる。仏教者の皆さんが自ら範を垂れ、檀信徒の方などより多くの人に、この世界的な取り組みを紹介していただければと願っています。
(『週刊佛教タイムス』2015年9月17日共生特集号掲載)

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