仏書・良書に親しむ
新緑読書特集2024

新緑読書特集 掲載広告 ※広告画像から各社HPに行くことができます。




『週刊佛教タイムス』2024年5月16日号の新緑読書特集では、17冊の仏教書・宗教や信仰をテーマにした書籍をご紹介しました.


宗教法人光明園 『田中木叉上人五十回忌記念文集 徹照―木叉上人の教えと言葉―』
五島邦治 著 『平安京の生と死 祓い、告げ、祭り』 吉川弘文館
毎日新聞取材班 編 『ルポ 宗教と子ども 見過ごされてきた児童虐待』 明石書店
南直哉 著 『苦しくて切ないすべての人たちへ』 新潮社
大谷弘 著 『道徳的に考えるとはどういうことか』 筑摩書房
山田忍良 著 『苦を見つめて泥に生きる』 スローウォーター出版 
『菅田正昭離島論集〈共同体論〉』 みずのわ出版
末木文美士 編著 『日本仏教再入門』 講談社学術文庫
三輪是法 著 『近現代日本における日蓮信仰』 法藏館
ジェンダー事典編集委員会 編 『ジェンダー事典』 丸善出版
武覚超 監修 花咲てるみ 著 『比叡山延暦寺の神さま仏さま』 サンライズ出版 
西原一幸 著 『楷書の秘密』 勉誠社
大角修 編著 『基本史料でよむ日本仏教全史』 角川選書 
石田一裕 監修 『やさしくわかる仏教の教科書』 ナツメ出版
芳滝智仁・武田達城 編著 『親鸞 尊厳・平等の念仏』 阿吽社
ゾクチェン・ポンロプ・リンポチェ 著 『感情のレスキュープラン』 春秋社
高橋徹 著 『「オウム死刑囚 父の手記」と国家権力』 現代書館


新緑読書特集2024の書評の一部をご紹介

『平安京の生と死 祓い、告げ、祭り』 五島邦治 著 吉川弘文館

 
 生者と死者が交わり、現世と異界が交錯する平安京。『源氏物語』が紫式部によって書かれた約千年前の平安中期を基準に、遺体や霊魂の認識、疫病と御霊への畏怖、葬送や墓地への意識、浄土への憧れなど、多彩な死生観を史料に基づいて活写していく。華麗なる王朝文化が栄えた京で、死はどのような様相を見せ、どのようにして豊饒な精神文化を育んでいったのか。

 『源氏物語』に描かれるいくつもの死。特に光源氏の最愛の妻である紫の上の「美しい遺体」の描写に、「遺体はむしろ生きている世界の延長にあるもの」という観念を看取する。

 複数の貴族の事例から、「死者を愛おしむ態度」は「遺体に対する執着となって葬送の形に表現され」ると説明。だが遺体が埋葬された後は墓所に参ることはなく、放置されたまま高位の貴族であってもどこに葬られたのかさえ忘れ去られてしまうという。ここから「遺体や遺骨が置かれた葬地には、亡くなった人々の魂が漂っている、と考えられた」と指摘。「道長は、だからこそここに供養のための寺(宇治の北の木幡の浄妙寺)を造ろうとしたのである」と時代のキーパーソンである藤原道長の名を挙げる。

 『源氏物語』宇治十帖に登場する「横川のなにがし僧都」のモデルである恵心僧都源信が著した『往生要集』を、道長も読んでいた。『往生要集』の思想は道長が造営した法成寺の大伽藍などで具現化し、心の中で観想する極楽浄土の景色を鮮やかに視覚化するに至った。

 平安京では死者の声を託宣として取り次ぐ巫覡(ふげき)(巫女と男巫)たちも活躍。『年中行事絵巻』に描かれている巫女たちの姿から、「日常の悩みや指針を求める人にとって、巫女は社会的な役割を持っていた」とし、様々な身分の人々に彼女たちの託宣が必要とされていたと推断する。まさに死者の声は、都市で生きる人々にとってなくてはならないものだったのだ。巫女は単なる宗教者ではなく、「新しい富裕の勢力」として羨望されていたことも明らかにする。
(四六判・224頁・価1870円)




『ルポ 宗教と子ども 見過ごされてきた児童虐待』 毎日新聞取材班 編 明石書店

 「たたいてしつけないと子どもも親も滅ぼされる」と教団の長老が植え付ける恐怖心に支配された父が、居眠りをした子どもを革のベルトで何度も鞭打った。「祝福のために必要なの」と母は子どもを消費者金融に連れていき50万円を引き出させ、それを全額奪って教団に献金した。耳を疑う事例だ。こうした信仰に基づく児童虐待を受け、中高年になってもその記憶に苦しむ人の絶望の叫びに、ほんの2年前まで社会の大多数は気づいてこなかった。本書は虐待当事者多数に直接取材をした毎日新聞の同名シリーズ連載を書籍化したもの。

 「信者の家庭に生きる子どもにとっては、教義にあらがうことは家族を失うことと同義である。『個人や家族の決定』という表向きの言葉とは裏腹に、子どもたちに選択肢はほとんどないのだ」と取材班は綴る。伝統仏教界も、選択肢を提示できているか省みる必要があろう。

 また地下鉄サリン事件後にオウム真理教の施設から保護された子どもたちの生活や回復の公的記録が殆ど封印されていることを明らかにした第四章は重要。(四六判・216頁・価2200円)





『「オウム死刑囚 父の手記」と国家権力』 高橋徹 著 現代書館

 ある日突然、わが子が殺人を犯す。それを知った親はどんな心境なのだろうか。その日から加害者と同様の視線にさらされ、一方でメディアから執拗にマイクをつきつけられたりと精神的ダメージを推し量ることは難しい。まして世間の注目を浴びたオウム事件となればなおさらである。

 2018年7月6日、オウム事件の死刑囚13人のうち7人が刑を執行された。その一人が井上嘉浩死刑囚である(残り6人は7月26日執行)。13人の中ではもっとも若い。逮捕時25歳。執行時48歳。およそ人生の半分は獄中である。井上死刑囚には真宗大谷派の平野喜之氏(かほく市浄専寺住職)ら支援者がいた。井上死刑囚と平野氏らと手紙を交わし続けた。その数は188通に及び、そこから井上死刑囚の変化が読み取れる。

 井上死刑囚の父は1995年のオウム事件直後から手記を書き始め、死刑執行で終わる。原稿用紙にして1千枚近く。父の手記が平野氏に託された。さらにオウム番組を制作していた著者のもとに。一読した著者は「息子が重大事件の加害者と知ったとき、父はこれほどまでに自らを責めるものなのか」と綴る。

 カルト、親子の絆、加害者と被害者、受刑者の処遇、償いとは何か、死刑制度など、死刑囚と父の文書、支援者の手紙からさまざまな問題があぶり出されてくる。これらの問いに宗教者はどんな処方箋を用意するのだろうか。(四六判・195頁・価2200円)




 『近現代日本における日蓮信仰』 三輪是法 著
法藏館

 近代以降、鎌倉仏教の祖師たちの中で知識人たに人気だったのは親鸞であろう。歴史学者の家永三郎や思想家の吉本隆明らである。近代仏教史研究からみると、各宗門研究者の取り組みもあって親鸞や浄土真宗に関する成果は重厚なものがある。

 それに比して日蓮に関心を示す知識人はさほど多くはない。だが近年、宗門外の研究者らによっ裾野が広がった。とりわけ近代の日蓮主義研究の進展は著しい。

 そうした中で他の類書と趣を異にするのは、著者が日蓮教学を専門としている点である。その立ち位置から「日蓮仏教が信仰者に及ぼした心理的影響を知ること」に努める。すなわち日蓮の思想や行動が信仰者にどんな影響を与えたかを検証する作業である。

 第1章「近代初頭の日蓮信仰」では、本門佛立宗を開いた長松日扇、第2章「近代における日蓮仏教と田中智学」では国柱会を創立し、日蓮主義の生みの親である田中智学、第3章「知識人にみる日蓮信仰」では、国柱会系日蓮主義に接触した髙山樗牛、姉崎正治、上原専祿、第4章「軍人にみる日蓮信仰」では、日清日露戦争に従軍した佐藤鐵太郞と世界最終戦争を論じた石原莞爾、第5章「教育者・社会活動にみる日蓮信仰」では、創価学会のルーツである牧口常三郎と戸田城聖、社会改革運動家の北一輝、新興仏教青年同盟を立ち上げた妹尾義郎を取り上げる。計11人の日蓮信仰を叙述してから、第6章「近現代日本における日蓮信仰と久遠の生命論」と終章で結ぶ。(A5判・548頁・価8250円)



『ジェンダー事典』 ジェンダー事典編集委員会 編
 丸善出版

 ジェンダー問題に関して仏教界でもシンポジウムが開かれ、宗派が調査したりと、関心は高まっている。言葉の認知は広がったが、何を問題として論じているか理解されているだろうか。ジェンダーの基礎から政治や経済、ポップカルチャーから社会運動まで、様々な分野におけるジェンダー研究の最先端の成果を解説する。18章345項目、総勢293人の専門家が編集・執筆した。

 1章『ジェンダー』では同研究の流れや、ジェンダー視点からの歴史を概説。アンコンシャスバイアス、性の二重基準、性別役割分業や家父長制といった基本トピックもわかりやすく解説する。「身体と病い」「セクシュアリティ/LGBTQ」「国連と国際社会の動向」「法律と制度」「社会福祉と社会政策」「学術と科学」「文学・表象文化・芸術」等の多彩な項目のなかで、 15章は『宗教と信仰』を取り上げる。「仏教と女人成仏」「新宗教」「女人禁制・穢れ」「修行・禁欲」「聖職者の性暴力」といった事項を解説。「ジェンダーの視点から見た宗教」の項目では、宗教が「神仏などの権威」によりジェンダーを正当化・正統化し、「男女間の階層的差異を固定化し、差別の形成と現状維持に加担してきた」と提起。「抑圧」と「不公正」から解放された宗教の実践には「男性中心主義の規範から排除された人びとの存在が宗教界の平等化に不可欠である」と問いかける。

 4章『イエ・家族・親密圏』は寺院を支えてきた檀家制度の基礎でもある「イエ」「家族」「墓」の変容を概説しており、今後を展望するうえでも示唆に富む。
 
 ジェンダーは女性や性的少数者の問題だけでなく男性性も考察してきたが、11章『暴力と犯罪』の「男性性と暴力」で論じられる「暴力の文化」は重要な問いを投げかけている。

 ジェンダー研究は「性別や性の在り方にかかわらず人間の尊厳と人権を守る」ことを出発点にする。ゆえにあらゆる分野で論じられてきた。本事典はその成果であり、社会課題を解くための視点や気づきを提供する(A5判・800頁・価2万6400円)