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2024/10/17・24合併号
日本被団協にノーベル平和賞 核なき世界 訴え続ける


2016年8月、WCRP軍縮公開シンポジウムで被爆体験を証言した被団協の田中熙巳氏  ノルウェーのノーベル賞委員会は11日、今年のノーベル平和賞を日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)に授与すると発表した。「核兵器のない世界を実現するための努力と、核兵器が二度と使われてはならないことを目撃証言を通じて示してきた」活動が評価された。(公財)世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会は12日、戸松義晴理事長名で祝福のメッセージを発表した。日本被団協の田中熙巳代表委員(92)は2016年8月、WCRP主催の公開シンポジウムで被爆体験を証言している。

 1954年3月のビキニ環礁で行われたアメリカの水爆実験を機に原水爆禁止運動が盛り上がり、1956年8月に被団協が結成された。被爆者による証言活動を展開し、2017年に国連で採択され、2021年に発効した核兵器禁止条約の成立を後押しした。同条約の前文には日本語の「ヒバクシャ(被爆者)」が用いられている。

 長崎で13歳のときに被爆した日本被団協の田中氏は、WCRPシンポで体験を話すと共に、核廃絶に向けた署名活動の意義をこう語った。「数を望んでいるのではありません。賛同を得る過程で、核兵器がどんなものであるかということを、みなさんが話し合い、知っていただき、核兵器をなくす意志と行動に変えていただきたい。それを願っての署名活動なのです」

 世界には1万5千発もの核弾頭がある。核保有国であるロシアとイスラエルは紛争の中で使用を示唆している。こうした世界的な核戦争の危機状態に対して、今回のノーベル賞は核なき時代を求める地球市民の声を集約したものと言える。

 創刊者常光浩然と谷本清牧師
 ノーモア・ヒロシマ誕生の場に

 本紙は1946年7月25日、本願寺派僧侶の常光浩然(1891~1973)によって広島で創刊された。戦時中、東生まれ育った広島県三次市の覚善寺にいた常光は、そこで原爆を体験した。

 〈八月六日は、私は、広島市から直線距離にして三十㍄もある三次町という人口二万位の町にある自分の寺にいた。朝八時ごろ自分の書斎にいて、フト何気なく立ち上がった瞬間に、黄金の光が目の前で光った。これがまさしく原爆の光であったのだ。それとは知らぬ自分は奇妙な光だナと思った。その時はそれきりですんだのであるが、正午頃になると、広島は大変なことになったという評判が伝わってきた〉(仏教タイムス1965年5月15日)

 常光は東京で活動していたが、戦争が激しくなり、郷里の寺に疎開。そこで原爆の光を見たのだった。この体験が1年後の仏教タイムス創刊につながっていく。第1号に「敗戦はこの広島市街に投げられた原子爆弾から発生した」とあるように、原爆を強く意識していた。また一人の青年牧師との出会いが、有名なフレーズを生み出す。

 〈この広島に、キリスト教の牧師で谷川清という人があった。アメリカの大学を出た人で、若くてなかなか元気のある人であった。この人と心やすくなっていろいろ話をしているうちに、「広島で世界宗教会議をやろうではないか」ということになり、二人で東京のマッカーサー司令部に来て宗教課長にあった。その時の話では、やるのは結構だが、ただ焼野原に場所があるかどうか、経費はどうするか、あらゆる便宜は供与するということであった。宿所は米軍使用の建物も一時借りられる。資金は谷川氏がアメリカで集めて来るということで、話しは非常に好都合に進んだ。そのとき宗教課長がUPか何かの新聞記者を紹介してくれ、その新聞記者が、何の目的で広島で宗教会議を開くのか、と聞いたので、「再びあんな惨事をくり返さぬためだ」といった。記者は、それをアメリカその他各国へ打電した。それがNo More Hiroshima(ノー・モア・ヒロシマ)という見出しで世界各国の新聞に出たのである。これも一寸、後世のために記しておくことも無駄ではあるまい〉(仏教タイムス1965年6月12日)

 谷川清とあるのは谷本清(1909~86)の誤記。常光は戦前、汎太平洋仏教青年大会に参画するなど国際性を有していた。2人が取材を受けたのは1948年。世界宗教会議は実現しなかったが、先進的アイデアと言える。谷本牧師はヒロシマ・ピース・センターを設立し、被爆者救援や平和活動に尽力した。

2024/10/17・24合併号
大本で裏千家献茶式 丸い茶碗は地球、中はグリーン 101歳大宗匠が平和講演


全身全霊で茶を点てる千大宗匠 大本(出口紅教主)の聖地梅松苑(京都府綾部市)で6日、茶道裏千家の千玄室大宗匠による「長生殿献茶式」が営まれた。大宗匠は101歳の長寿だが、体は健康そのもので歩行も杖を使わず、かくしゃくとした所作で参集した茶人たちを驚かせた。

 長生殿の祭壇下に設けられた点茶盤にゆっくりと大宗匠が進み、恭しく献茶之儀を執行。大宗匠が釜から湯を注ぎ、全身全霊で点てた茶を祭員が神前に運んだ。出口教主をはじめ、山崎善也綾部市長や仏教・神道の宗教者たちが玉串奉奠した。

 ウクライナや中東などで起きる戦乱に心を痛めた大宗匠が「祈りと一盌のお茶」の題で平和講演をした。大宗匠は中東紛争が第三次世界大戦に発展することを危惧し、一方で我が国に目を向けても尖閣諸島や北方領土は「歴史的に絶対に日本の領土」と力を込め、武力による領土侵犯を断固として批判。またアメリカでの講演で原爆の悲惨さを訴えた時は、「ノー、あれを落としたから日本は戦争をやめたんだ」と反応があったため、「あんた戦争に行ったことがあるのか!」と一喝したエピソードも披瀝。「私は一遍死んできた男」とし、自身が海軍の特攻隊に所属していた戦争中の話も織り交ぜた。

 知らない人同士でも「いかがですか、いただきます」とお茶を勧めあうピース・アンド・ハーモニーの精神が大切だと強調。「お茶碗は丸いんです、地球なんです。その中をご覧ください、グリーンがいっぱいある。この茂った緑がなかったらどうします?鳥も人間も獣も生きていけない。森林があるから本当に私たちは自然と共生できる。そのありがたさをもう一度感じていただきたい」と述べ、茶道精神が地球を救うカギになることを訴えた。

 大本と裏千家は長い友好関係があり、大宗匠は1973年11月2日の梅松苑内みろく殿での献茶式以来たびたび献茶式を行っている。大宗匠は出口王仁三郎聖師が、美意識を開発することが平安な人間精神につながるという思想から茶道や和歌、能を実践したことを「稀に見る才能のある方です」と称えた。

 講演の後は添釜席も設けられ、出口なお開祖のお筆先、王仁三郎聖師の書を鑑賞しつつ、出口教主と大宗匠が歓談した。

2024/10/17・24合併号

曹洞宗臨宗 ソートービル運営計画を白紙撤回 大和証券業務委託契約問題 服部総長が陳謝

会議中に「挨拶」の形で登壇した服部総長 曹洞宗の第145回臨時宗議会が7日、東京・芝の檀信徒会館で開かれた。内局の承認を得ずに大和証券と業務委託契約を結んでいた問題について、服部秀世宗務総長は「配慮を欠くものだった」とし、「あらためてお詫び申し上げる」と陳謝。大和証券との契約は解消し、ソートービルの運営計画を白紙撤回すると述べた。

 服部総長は会議中に「挨拶」の形で演壇に立ち、両会派からの代表質問は受けなかった。大和証券との契約は、ソートービルなど宗門所有不動産の再開発計画に関して協力を受ける内容で、昨年8月に締結。今年8月下旬に明らかとなった。庁議(責任役員会)で承認を得ずに契約し、宗議会議員らにも知らされずに計画が進められていた。

 ソートービルで運用する東京グランドホテルの赤字が続いていたことから、ホテルの運営を企業に委託する方針だったが、服部総長は「交渉自体に疑義が生じる状況に陥った」と計画を見直す意向を示し、大和証券との契約について「現内局の任期満了(20日)までに解約する」と明言。「私個人の責任において覚書に押印して、ほかの内局員には一切の責任を負わすものではない」と責任の所在を明確にした。

 さらに、大和証券を通じて委託候補に挙がった3社のうち、貸会議室大手でホテル運営も行うティーケーピー(東京・市ヶ谷)と進めていた交渉も打ち切ると発表。ソートービルの建て替え構想などを含め、これまで積み上げてきた計画を白紙撤回する考えを示した。

 その上で、今後のホテル運営やソートービル再開発計画について、「次期内局でも最重要課題として持ち越していくことになる」と引き続き取り組む姿勢を見せた。

 宗議会後の記者会見で、服部総長は庁議にかけずに契約した理由について、ソートービルの運営計画を諮問した総合特別審議会の専門部会で使用する資料作成のために結んだ契約だったと釈明した上で、「庁議で決める事案ではなかったと認識しているが、内局に相談しなかったことを後悔している」と話した。

 服部総長は計画を仕切り直すとしたが、「この間に総合特別審議会などの会議を開くためにかなりの費用がかかっている。そうした問題にどう責任をとるのか」などと、問題の解決には至っていないとの見方を示す宗議会議員もいた。

2024/10/17・24合併号

本門佛立宗 上座講師の住職が性加害 天台尼僧の姿見て決意 被害尼僧と弁護士が会見


 千葉県東金市の本門佛立宗妙恩寺の住職(50代)が昨年7月7日頃、弟子の尼僧(Aさん・40代)に性加害をして準強制わいせつ罪で今年5月30日に緊急逮捕された。尼僧と國松里美弁護士が11日午後に会見し、信仰に基づく師弟の絶対的な上下関係を暴力的に強いた上で行われた密室での性被害(霊的虐待・信仰虐待〈スピリチュアル・アビューズ〉)を告発した。

 Aさんは、性被害を告発した天台宗の尼僧叡敦氏(50代)の姿を見て決意。「自分と同じような被害に遭っている人の助けになりたい」という願いから記者会見に臨んだという。

 加害住職は6月20日、千葉地裁八日市場支部に起訴され、当初は否認していたものの9月3日の第1回公判で罪状を認めた。今月29日午後3時からの公判で結審する。

 本門佛立宗には直接身体に触れて罪障を消除するという教義はないが、加害住職は教義を偽ってAさんの信心と「師僧は絶対」という立場を利用して淫行。有罪が確定すれば、信仰心を悪用した信仰虐待を司法が裁く画期的な判決になる。

 Aさんの父母は元々同宗の熱心な信者。シングルマザーとなっていたAさんも母親の勧めで令和3年3月頃に加害住職に相談するようになり、女人救済の教えに惹かれて翌年6月に得度。やがて加害住職と妻による理不尽な叱責や恫喝、無視等で心身共に絶対服従に追い込まれた。宗派の上座講師でもある加害住職は、「謗法人(教えに従わない者)は家族も含めてみんな地獄に落ちる」などと説いていたという。

 逮捕に繋がった性加害は令和5年7月に発生したが、その前にもあり、昨年7月以降も同年11月頃まで継続。同月に東金警察署に相談した。

 妙恩寺に送った還俗願が12月2日に加害住職に到着したが、同日と翌日に加害住職やその意を受けた信者らが自宅に複数回来訪。Aさんは、「加害者やその周りの人たちの言動と行動で身の危険を感じ、私や私の家族が報復を受けるのではと怖かった」と振り返った。

 加害住職は、Aさんだけでなくその両親にも電話やメールで何度も連絡。Aさんは今年3月に警察署に被害届を出し受理された。

 Aさんの還俗願は、宗務本庁で今も保留になっているという。Aさんは、「今後もできることなら佛立宗の僧侶として活動したい」と語った。

2024/10/10

増上寺からガザへ祈りの灯火 今すぐ停戦を

増上寺境内にキャンドルでGAZA。スマホのライトでの生活を余儀なくされているパレスチナへ連帯しスマホを掲げた パレスチナで人道支援活動をしているNGO団体は5日、東京都港区の浄土宗大本山増上寺で即時停戦を求める集いを開いた。共同声明「停戦を、今すぐに」を発表し、境内に「GAZA」の文字をキャンドルで灯し、犠牲者を追悼した。200人が参加した。

 イスラエルとイスラム組織ハマスとの戦闘が始まって1年を迎えようとするなか、ガザでの死者は4万1802人、負傷者が9万6844人、国内避難民が190万人にのぼる。現地で活動するNGOは多くの子どもたちが飢餓や精神的な抑うつ状態にあること、過酷な状況でも懸命に生きるパレスチナ人の生の声を届けた。

 国連決議や国際司法裁判所の勧告が無視されている状態に、パレスチナ子どものキャンペーンの手島正之氏は「市民が主役と思って行動するしかない」と主張。ヨルダン川西岸地区で活動するパルシックの高橋知里氏は、インターネットで日本での抗議行動などが現地の人にも伝わり力づけられているとし「一人ひとりのできることは小さいが、それが現地に伝わり、世界にも広まっている。それは力強いこと」と連帯の力に希望を見いだした。

 集会にはガザの難民キャンプ出身で医師のイゼルディン・アブラエーシュ氏も参加し「行動が必要です。即時停戦をもっと広めて下さい」と訴えた。

 実行委員会は「一人の市民として、一刻も早い恒久的な停戦と占領の終結、この理不尽な暴力の終息を強く訴え」る声明を発表。宗教者に求めることは何か、との問いに対し、セーブザチルドレンジャパンの金子由佳氏は「パレスチナ問題は宗教問題ではないが、宗教者の取り組みが重要になる側面がある」とし、「平和を訴えていない宗教はないと理解している。そこを宗教者は声を大にして言ってほしい」と要望した。パレスチナ子どものキャンペーン代表で浄土宗僧侶の大河内秀人氏は「尊厳、自由や人権、平和をテーマに連帯することが信念や信仰の妨げにはならないし、連帯していくことは可能なこと。憎しみや欲や無知が私たちの一番の障害。それを乗り越えるために、信仰の力を活かしたい」と話した。

2024/10/10

宗門系大学サバイバル 愛知学院大学編 木村文輝学長に聞く 広い視野持つ僧侶を育成

 明治期の1876年に大光院(名古屋市中区)内に開設された曹洞宗専門学支校を源流とする愛知学院大学(本部・愛知県日進市)。再来年の2026年に学校法人愛知学院として創立150年の節目を迎える。現在、1万1千人超が学ぶ10学部16学科、9大学院研究科などからなる中部地区最大級の総合大学に発展し、県内の社長輩出数で最多を誇る大学としても知られる(全国で18位、2023年の東京商工リサーチ調査)。一方で宗門子弟が通う曹洞宗の宗門大学という役割を担い、木村文輝学長は教師養成機関でもある文学部宗教文化学科を大学の基幹に位置付ける。木村学長に、育成目標とする僧侶像や縮小社会での宗門大学のあり方を聞いた。
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 文学部など4学部が設置される日進キャンパスの広さは約50万平方㍍。東京ドーム11個分という広大なキャンパスの中央には大学シンボルの100周年記念講堂が建つ。自然豊かな構内にはグラウンド4つのほか、強豪で知られる硬式野球部の野球場やサッカー場、ゴルフ練習場など運動施設も充実しているが、注目したいのは坐禅堂だ。

 国内の大学が保有する最初の坐禅堂として1980年に開単。曹洞宗の様式に基づく本格的な僧堂で、同大の教育理念を具体化するもう一つのシンボルだ。前門に掲げられる「選佛場」の扁額は大光院17世・梅嶺大枝(1731~1794)の筆で、曹洞宗専門学支校時代の草創期を伝えている。

 毎月第2火曜日に開く「火曜参禅会」は開単以来の伝統で、学外からも広く参加者を募って活動が続けられている。坐禅堂と廊下でつながる建物が大学付置研究所の禅研究所。「学内における私の本籍地です」と話すのは木村学長だ。禅研究所の研究員がキャリアのスタートだった。学長となった今も机が置かれ、所属する文学部日本文化学科の授業でゼミも行っている。

 宗教を教育の基幹に

 同大には仏教学部は設置されず、宗門子弟の育成は文学部宗教文化学科が担う。過去10年間の入学者数は、2017年に定員70人を下回る69人が一度あった以外は70~80人台で推移。今年度は88人だった。そのうち宗門子弟数は毎年10人前後となっている。

 学科名が表すように、宗教一般の幅広い理解が得られるカリキュラムが特色。宗学や禅宗史を中心にしながらも、西洋思想や現代社会と宗教の関わりを探る授業も開講する。東日本大震災などを機に問われるようになった仏教者の社会的役割という見地も踏まえ、時代の変化に対応できる広い視野を持った僧侶の育成を目指している。

宗教文化・仏教文化・禅文化の3分野があり、3年生の進級時にコースを選択する。宗門子弟向けの授業もあり、法式を修得する「行持の基礎」や法話を学ぶ「教化布教特講」といった実習を伴う講義を行っている。

 「中東の紛争や米大統領選、チベット問題など現在の世界情勢は、宗教を見取り図に眺めると理解が深まる。今はもっと宗教研究が注目されるべき時代だ。しかし、その受け皿となる大学は少なく、私立では宗学が中心となってしまう。その点、宗教という大きな枠の中で仏教を見ることができるのが、本学の強みと言える」

 木村学長はそう述べ、現代に宗教研究は重要だと強調する。宗教が後景に退く時代にあって、大学案内の冊子では文学部5学科の掲載順で同学科が最後という立場となっている中、「今こそもう一度、宗教・仏教学を教育の中心に据えなければならない。禅研究所は本学の柱であり、宗教文化学科は基幹として位置付けられねばならない」と力を込める。(続きは紙面でご覧ください)

2024/10/10
武蔵野大学 次期学長に小西聖子副学長 初の女性学長誕生へ

小西次期学長 武蔵野大(東京・有明)は4日、任期満了を迎える西本照真学長の後任に、小西聖子副学長を選任したと発表した。任期は2025年4月から4年間。1924年の創立以来、初の女性学長となる。

 小西氏は1954年生まれの69歳。愛知県出身。東京大教育学部卒。筑波大医学専門学群を卒業した1988年に医師免許取得。筑波大大学院博士課程医学研究科修了。1999年に武蔵野女子大(現武蔵野大学)人間関係学部の開設に合わせて教授に就任。2021年から現職。

 心的外傷後ストレス障害(PTSD)の治療が専門で、トラウマを乗り越える治療・持続エクスポージャー法を施術できる数少ない精神科医。2021~23年に刑法の性犯罪規定の見直しを検討した法制審議会の刑事法部会の委員も務めた。

2024/10/10
浄土宗宗議会 機構改革案、異例の否決 責任役員の増員ならず

閉会挨拶で「十分に検討する」とした川中総長 浄土宗第133次定期宗議会(宮林雄彦議長)が9月30日から10月3日までの4日間、京都市東山区の宗務庁に招集された。令和5年度決算をはじめほとんどの議案を可決したが、川中光敎宗務総長が力を入れていた宗務庁機構再改革の案は僅差で否決された。

 否決されたのは宗教法人浄土宗の規則改正案。①責任役員を4人から6人に増員、②現在の総務部・社会部・教学部・企画調整室の機構を「総務部・社会部・教学部・財務部・企画広報部」に改組し各部長を宗務役員とする、というのが大きな骨子。豊岡鐐尓前内局が宗務機構のスリム化を主眼に作った2019年4月からの「3部1室制」を再改革しようとするものだった。背景には総務部が財政関係の仕事を分掌することになり権限と業務が過大になっていたことがある。2019年3月までは財政関係の業務は「財務局」が所管しており、財務部の設置に関しては復古という面があった。なお豊岡前内局において、川中現総長は財務局長・教学局長だった。

 宗教法人浄土宗の代表役員は総長、責任役員は宗務役員だが、川中総長は、他宗と比較検討した上で、浄土宗の教団規模で責任役員が4人ということにコンプライアンス上の問題意識を抱いていた模様。機構改革と責任役員増加を組み合わせて上程した形だ。

 法規特別委員会(村上眞孝委員長)にこの議案が付託されたところ「数年前に議会の場で同意した機構改革の理念から乖離する」といった意見、責任役員の増加は妥当だが「経費増大となる」という懸念が出たものの、原案可決すべきと意見がまとまり、議会に委員長が報告。これを受けて無記名投票が行われた。浄土宗規則の改正には議員の3分の2以上の賛成が必要だが、出席議員70人中24人が反対票を投じ、僅差ながらも否決。特別委員会が原案可決すべきとしたものが本会議で覆されるのは異例の出来事。(続きは紙面でご覧ください)

2024/10/3
宗門系大学サバイバル 種智院大学編 村主康瑞学長に聞く 寺リーマン 会計できる真言僧育成


 真言宗各派の総大本山18カ寺を経営母体とする種智院大学(京都市伏見区)は、弘法大師が1200年前に開いた綜藝種智院の伝統を受け継ぐことから、「日本最古の私学」とも称される。人文学部に仏教学科(入学定員15人)と社会福祉学科(同)を設置し、真言密教の事教二相に精通した僧侶と密教福祉を実践する人材を輩出している。村主康瑞学長はこれからの僧侶像について、「事教二相に加え、寺院経営学を修得する必要がある」と強調。「小さくても、キラリと光る。これこそが、お大師さまが目指された宗門大学の形だと思う」と話す。

 「各派18本山とその関係寺院・宗派に支えられている本学の最大の責務は、徹底した宗門教育を実施すること。『種智院大学に行きさえすれば、真言僧侶の何たるかを学ぶことができる』。こうした宗内の期待に応え、弘法大師から続く教相(哲学と理論)と事相(実践)の血脈を受け継いでいくのが本学の使命だ」

 仏教学科の入学者はほぼ各派の寺院子弟で、在家出身者は2~3人。女子も3人前後いる。「定年退職後に僧侶になるために入学する人もおり、若い学生の刺激になっている」。他大学を卒業してからの3年次編入学が、毎年10人くらい来るという。入学定員15人は毎年充足しているが、日本人は10人程。5人前後は中国からの留学生だ。

 真言僧になるための加行(けぎょう)は、各派本山の修行道場と単位認定などで連携して実施。学生は休学せずに所属本山で行に入ることができる。「この制度は本学が最初。当初は文科省から『大学教育を外注していないか』と指摘されたが、正当な仏教教育だと説明した上で本学の教員が行の場に出向する形にした」。大学の加行道場も西大寺(奈良市)を借りて、春夏の長期休暇中に計約90日間開設。主に女子や在家の学生、留学生が入行し、大学から各派講師を派遣する。

 天台宗の叡山学院(滋賀県大津市)とも事相面で教育交流。声明公演の共催など平安仏教への理解を深めている。

 少子化の中で、中国の留学生が重要に。「7年程前に世界仏教徒大会があり、中国仏教界の要人に『中国に唐の時代の仏教が正しい形で伝わっていない。それを戻したい』と相談した。それが契機になり、留学生を送ってくれるようになった。1年間、日本語を学んでから来日するが、本学でも日本語講座を用意している」

 「寺(てら)リーマン」を育成

 村主学長は、「今、本学で力を入れているのは寺院経営学の授業で、私が講義している。これからのお寺は、経営理論がなかったら成り立たない。自坊の経営状態の洗い出しや周辺環境の把握、将来の展望など、それらを見極める力が必要だ」と力説。元TBSアナウンサーによる講義で法話とは違う話し方を学んだり、会計士による寺院会計、京都府から行政の専門家や弁護士を招いての宗教法人法の講座も開いたりしているという。

 「お布施を頂いたら寺院会計に入れて、そこから源泉徴収して給料をもらう。丼勘定では、もう世の中に通じない。檀家からお布施をもらった時、それを相手がどういう気持ちで出しているか。サラリーマンが1万円稼ぐのは大変だ。ましてや年金生活者のお布施は貴重だ。そういうことが分かる僧侶を育てたい。私はそうした人材を、会計がしっかりできる僧侶という意味で『寺リーマン』と呼んでいる」(続きは紙面でご覧ください)

2024/10/3
能登半島豪雨災害 寺族を防災ヘリで救出(高野山)珠洲市の女性僧侶死亡(大谷派)


 元旦の大震災に続いて今度は線状降水帯が9月21日に発生し石川県能登半島の被災地を襲った。豪雨は23日まで続き、広範囲に被害を及ぼしている。

【高野山真言宗】
 大地震で全38カ寺が被災した石川県北部の能登宗務支所では、川元祐慶支所長(穴水町・明泉寺)が全寺院の安否を確認。全員の無事が判明した(9月26日現在)。金沢市や小松市などで避難生活を続けている住職もいることから、「寺の被害の本格的な調査はこれから」。川元支所長は、「寺の復旧自体すら始まっていないのに、この豪雨でさらに輪をかけて復興が遠のいた…」と嘆息した。

 土砂崩れで庫裏の1階が倒壊し22時間閉じ込められた後に防災ヘリで22日に救出された岩倉寺(輪島市町野町・一二三秀仁住職)の寺族(住職母・良子さん)は「1週間ほどの入院」。川元支所長は、「無事だったのは奇跡。元旦の地震で助かった命だ。救出が間に合い、本当に良かった」と安堵した。

 第1次調査で以下の状況を把握。「山奥の入り組んだところにある」A寺は「道路寸断だが、敷地外の車庫まで徒歩で行けば外出は可能。通電しているが断水」。B寺では「本堂に泥水が流入し、本堂のみ電気不可。ボランティアを求めている」。C寺は「家屋に床下浸水。周辺に流木が散乱、水が濁り使用不可。水の配給はある」。D寺は「停電・断水」。E寺は「本堂、納屋横の崖崩れで泥水流入。納屋の使用不可」。

 川元支所長は、「元旦の地震で寺の裏山が崩れたが、さらに今回の豪雨でその時の土砂の上に新しい土砂が崩れてきたケースが多いようだ。経験したことがない大雨だった」と説明。「通水したばかりなのに断水した地域や、井戸が濁り使えなくなった所もある」とし、「明日(27日)、宗務所の担当者と被災寺院を回り状況を確認した上で、今後のことを話し合う」とした。

【真宗大谷派】
 石川県珠洲市大谷町の浄正寺で24日午後3時、山からの流出土砂で屋根まで埋まった寺院兼庫裏から女性僧侶が発見され、死亡が確認された。同寺より高い場所にあって隣り合う廣榮寺は、元日の地震で発生した土砂で倒壊。住職が亡くなり、1月28日に発見された。

 6月に被災地を回り両寺も訪れていた僧侶の一人は、「現場は谷になっていて、廣榮寺の本堂は土砂に埋もれていた。凄まじい土砂の量だった。その下側に浄正寺があり、間に用水路のような小さな川が流れていた。今回の豪雨で、さらに山から谷筋に大量の土砂が押し寄せたのだろう」と悲痛の念を示した。

2024/10/3
佛教大学 次期学長に佐藤和順教授


佐藤次期学長 佛教大学(京都市北区)は9月25日、来年3月末に任期満了となる伊藤真宏学長の後任の学長選挙を実施し、第14代学長に佐藤和順(さとう・かずゆき)教育学部教授・幼児教育学科長を選出した。任期は2025年4月1日から29年3月末までの4年間。

 佐藤次期学長は1965年10月生まれの58歳。兵庫教育大学大学院連合学校教育学研究科博士課程修了。博士(学校教育学)。兵庫大学短期大学部助教授、就実大学教授、岡山県立大学教授を経て2019年4月から佛大教授、岡山県大名誉教授。20年4月から佛大附属幼稚園園長。専門は幼児教育・保育で、『保育者の働き方改革』などの著作がある。自坊は広島県福山市の浄土宗定福寺。

2024/10/3
袴田事件 袴田さん無罪判決に思う 生命山シュバイツァー寺 古川龍樹代表


 9月26日、静岡地裁で袴田巌さん(88)に無罪判決が出された。判決では捜査機関の証拠捏造まで指摘している。自白も強要されたもので、袴田さんは裁判で無罪を主張したきたが、死刑判決が確定。重い扉である再審によって、58年を経て、ようやく無罪となった。
同様に冤罪を訴えながら刑死した福岡事件の西武雄さんの再審運動に、父の古川泰龍師以来、2代にわたって取り組んでいる生命山シュバイツァー寺(熊本県玉名市)の古川龍樹代表にコメントいただいた。 
   …
 袴田巌さんの無罪判決、おめでとうございます。姉ひで子さんとも長い付き合いになりますが、判決の日の今まで見たことのない満面の笑顔は、私にも感慨深いものでした。また、長い間活動継続されてきた支援者の方たちへ、心からお祝い申し上げます。

 それにしても判決は、司法の多くの問題を浮き彫りにしました。この後に及んで控訴できるなど、再審のハードルを高くしてきた問題だらけの刑事訴訟法(再審法含む)はすぐに改正が必要です。長い年月を費やした上、人生を狂わせた責任は誰がとるのか…。またこれで冤罪死刑囚5人が死刑台から生還したのに、死刑は廃止しないのでしょうか。  

 国は、結果全員助かったのだから、再審法も死刑もそのままに、と何ごともなかったかのようにやり過ごすかもしれません。

 しかし「死人に口なし」、「福岡事件」の西武雄さんのように、冤罪死刑囚本人が処刑されれば、遺族などに請求権は限られ、名誉回復さえも叶わないなど、人権軽視の現行法は問題が山積みなのです。そしてこれらを放置してきた責任は、司法のみならず、私たち自身にもあるのではないでしょうか。「万人は一人のために」、「いのち」の繋がりに目覚めなければ、過ちは繰返されます。

 来年は西武雄さん処刑後50年を迎えます。彼の記録を元に、冤罪死刑囚の苦しみや死刑執行の異常さなどを公にしたい、そして再審法改正、死刑廃止に繋げたい。袴田さんの無罪判決を無駄にしないためにも休む時間はないのです。

2024/9/26
日蓮宗総本山身延山久遠寺 共栄運動5周年 自利利他の精進表明 法華経の聖地から理念発信


共栄社会の実現を願い唱題する持田法主 日蓮宗総本山身延山久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町、持田日勇法主)は16日、同寺本堂で「共栄運動発足五周年記念大会」を執り行った。法華経の共生、共和の精神を実践し共栄社会を実現する信仰運動が5周年を迎え、持田法主は「寛容と和合の精神を発揮していく」と述べ、自利利他の精進を誓った。

 同寺の信仰運動「共栄運動」は「共に生き 共に栄える」をスローガンに令和元年(2019)に発足。寺院を取り巻く外部環境に対応し、法華経に説かれた六波羅密の菩薩道を実践することで世界全体が共に栄える社会を目指す実践運動として始まった。(続きは紙面でご覧ください)

2024/9/26
曹洞宗 内局部長 辞任の意向示す 大和証券業務委託 承認得ない契約を問題視


 曹洞宗が東京グランドホテル(港区芝)として運用するソートービルなど宗門所有の不動産の運営を巡り、服部秀世宗務総長が内局の承認を得ずに大和証券と業務委託契約を結んでいた問題を受け、内局の各部長が辞任の意向を示していることが分かった。任期4年の折り返しに伴う10月の内局改造を目前に、宗政は混乱に陥っている。

 契約は大和証券が不動産の再開発計画に協力する内容で、昨年8月に締結。契約にあたっては一部の部長にのみ知らされ、庁議(責任役員会)の承認を得ずに進められていたことが8月下旬に明らかになった。

これを受け、首班の大本山永平寺系会派・有道会側を含め、内局の各部長が辞任の意向を表明。大本山總持寺系会派・總和会側では、三𠮷由之会長が留めている状況という。

 一方で服部総長から諮問を受け、昨年からソートービルの運営方針を検討してきた総合特別審議会にも契約の事実が報告されていなかったことから、関係する宗議会議員らも問題視。6月の宗議会では中村見自議員がホテル運営の方針決定に至る経緯を質し、「宗議会でわれわれ議員は一度もゴーサインを出していない」「その都度合意形成を図り、検討と協議を重ね、丁寧に宗議会議員に議決を求めるべき」と訴えたが、服部総長は答弁で契約のことには言及しなかった。

 一部の議員からは「議会軽視だ」と憤りの声が上がっている。9月18日に宗務庁で両会派議員総会が非公開で開かれ、服部総長はこの問題に関して説明したと見られる。

 ホテル運営の委託候補となった企業も大和証券を通じて決定している。服部総長は内局改造前の第一次内局で結論を出すとしていたが、一連の計画は立ち消えとなるのか注目される。

2024/9/26
佛教大 障がい超えスポーツ共生 車いすバスケ大会初出場


シュートを決めた藤原さん(中央) 障がいの有無に関わらず誰もが主役になれるパラスポーツを盛り上げたい―そんな思いから佛教大学(京都市北区)に7月、バスケットボール部内に車いすバスケ部門が誕生した。今月15日には大阪府枚方市の渚市民体育館で開催された、大学対抗車いすバスケ大会「ビリケンカップ」に出場し、2試合を敢闘した。

 車いすバスケ部門は、教育学部4年生の藤原芽花さんが中心になり設立された。藤原さんはハンドボール部に所属していたが2年生の時に練習中に転倒。手術後に不随意運動という症状を抱え、車いす生活となった。そこでパラスポーツに取り組むようになり、車いすハンドボール(日本代表)、パラアイスホッケー(世界大会出場)、それに車いすバスケの三刀流で活躍する。

 車いすバスケは選手たちが車いすに乗る以外、大きなルールは通常のバスケットボールと同じ。ガシンと車いす同士がぶつかり合い、時にひっくり返ってしまうこともあるが、そこは敵味方関係なく選手同士で起き上がるのを助け合うフェアプレイだ。

 今回は佛教大学からは藤原さんを含め、学生・教職員の6人が参加。大阪体育大学との混成チームだが息のあったプレイに。藤原さんはここぞという時にシュートを決め、インターバル中にはチームメイトを力づける役割も。

 初戦相手の宝塚医療大学のチームには、車いすバスケ日本代表の村上直広選手もおり、40対28で佛大チームが黒星。藤原さんは「本気で戦ってもらった」と悔しそうだが爽やかな笑顔。藍野大学との2戦目では前半は佛大チームが優勢に展開を繰り広げるが、後半、藍大も怒涛の追い上げを見せ、大激戦に。33対28で佛大チームは惜敗した。

 しかしこれは、次に繋がる「価値ある負け」。藤原さんは「次は1勝します!」と、3月の次の大会への抱負を話す。大学生としてはその大会が最後。やがては日本代表に、と闘志を燃やしている。

2024/9/19
共生特集 農から考える地球環境 東京農大名誉教授・日本財団特別顧問 板垣啓四郎氏に聞く 「食・農・環境」は1本と考えよう


 いたがき・けいしろう/1955年鹿児島県生まれ。東京農業大学卒業後、イギリス・レディング大学食品・農業経済学部へ客員研究員として留学。東京農業大学助教授、教授を経て、2020年に定年退職し名誉教授。その後(公財)日本財団特別顧問となり、現在に至る。専門は農業開発経済学。博士(農業経済学)。 昨年、国連のグテーレス事務総長は、地球温暖化は「地球沸騰化」になったと警告を発し対応を迫ったが、今年も異例の暑さとなった。他方でロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナ・ガザ地区の戦争が続いている。地球温暖化に加え、こうした戦争は世界の農業にも大きな影響を及ぼしている。全世界が約束した持続可能な開発目標(SDGs)を含めて、「農」から考える環境と平和について東京農大名誉教授の板垣啓四郎氏にインタビューした。

 ――今夏の暑さは地球規模のようですが、農作物にはどんな影響を与えているのでしょうか。

 経済追求が土壌にしわ寄せ
 板垣 地球温暖化によって、産業革命以来、平均気温は1・8℃の上昇。このままでは今世紀末には2・2℃まで上がると予測されている。

 地球温暖化の影響は高緯度地方ほど大きく、赤道周辺はそうでもない。高緯度地方は世界の穀倉地帯にあたり、北半球ではカナダ、アメリカやロシア、ウクライナなど。南半球ではオーストラリアとニュージーランド。ブラジルは高緯度ではないが、農業大国。温暖化の影響で今年大洪水が発生し、天候不順が続いたため、一部の農産物が不作となった。身近な輸入品ではオレンジ果汁がブラジルから入ってこなくなった。そのためファストフード店ではオレンジジュースの販売を休止したところもある。

 気候変動に加えて土壌の荒廃が起きやすくなっている。高温で風が強かったりすると農地は乾燥し劣化する。化学肥料は、速効性はあるけれども頼りすぎると農地が硬化し、土中に空気や水が入らず、表土はより一層乾燥する。禾本科作物だけでなくマメ科作物などを輪作していかないと土壌の肥沃度は回復しない。効率性や低コストといった経済性を追求した結果が、土壌にしわ寄せされているといえる。

 温暖化が進めば寒冷地は暖かくなるから作物ができるという楽観論もある。ロシアが一つの事例であるが、国土の一部を除きそれほど農地は豊かでない。栽培する作物の種類が増え生育期間は延びるかもしれないが、ロシア南部では逆に高温によって不作になる可能性もある。

 一方で困った問題は、肥料の原料となるカリウム、尿素、リン鉱石などがロシアに集中していることだ。ロシアは肥料を製造し輸出しているが、その原料も輸出している。肥料をつくるのに原料を融解し粉状にしなければならないが、その過程で多くのエネルギーを使う。たまたまロシアは天然ガスが豊富だからでそれができた。ところが、ロシアがウクライナと戦争したばかりに世界的に肥料の原料および肥料の輸入が制限されている。そのため肥料価格が高騰し、世界の農業に深刻な影響を及ぼしている。
 
 「水の輸入国」日本
 ――かねてから「水」問題が指摘されていますが。

 板垣 アメリカでは地下水の水位がどんどん下がり、汲み上げるのにコストがかかる。アメリカの穀倉地帯である中西部は主にトウモロコシや大豆、小麦などを栽培しており、またここは世界有数の肉牛飼養地帯でもある。肉牛は大量の水を必要とする。1㌔の牛肉をつくるには1万5千㍑の水が要る。飲む水のほかにエサとなる飼料の栽培にも大量の水を使う。牛は比較的体温が高いため、気温の高い状態が続くと炎症を起こしやすい。それを避けるため牛に放水したりする。これも相当な量になる。

 日本にとってオーストラリアは最大の牛肉輸入国。ここでもアメリカと同様に大量の水が使われていることに変わりはない。日本は水が豊富に存在するが、世界から見れば、「水の輸入国」でもある。

 ――アフリカで農業開発支援プロジェクトに携わっていますが。 
 板垣 SDGsが掲げる17の目標の第1に掲げられているのが「貧困をなくそう」、第2が「飢餓をなくそう」。それだけ世界的に切実な目標であるが、コロナ禍の間に飢餓人口は逆に増えてしまった。飢餓というのは絶対的な栄養の不足。アフリカの場合、4人に1人が栄養不足の状態にあり、非常に緊急性を帯びている。しかも人口が現在14億弱だが、10年後には24億になる。そのときの世界人口は90億近くになる。その4分の1がアフリカの人口、さらにその4分の1が飢餓線上にあり、いかにアフリカで食料が不足しているかが分かる。

 エチオピア、ソマリア、ケニア、コンゴ、カメルーン、中央アフリカ、ナイジェリア等が特に深刻で、やはり経済的に貧しい国、紛争が多い国々に顕著に現れている。最近ではフーシー派が台頭するイエメンでも食料不足が深刻です。 

 日本の農業分野に対する国際協力は、途上国の中でアフリカを中心に行われているが、日本のODA(政府開発援助)予算は年々減少してきている。政府予算の多くが防衛費などにまわされ、現在ではODA予算が最も多かったときの半分ぐらい。できるだけ民間セクターの力も借りて国際協力を担ってもらおう、という方向に舵をきっている。

 アフリカ農業支援
 アフリカの国際農業協力では、日本は4つの柱でもって進めている。1つめはコメ増産技術の向上、2つめは栄養改善、3つめは売れる農業、4つめは気候変動対策。かれらの主食はイモやトウモロコシだが、国によってはコメがだいぶ出回ってきた。コメは貯蔵が利くし、調理が簡単なので好まれている。栽培には水稲もあれば陸稲もある。しかしながら、陸稲作は収量が上がらない。日本は水稲作、陸稲作ともに技術支援してきた結果、比較的よい成果が出ており、支援している国から高い評価をいただいている。

 栄養改善では、既存の作物に不足しがちなミネラルとかビタミンを含む品種を開発している。また従来の調理法では穀物や野菜などの栄養素が十分に留まらないため、栄養を保持する調理法を教え、また燃料を効率よく使うためにカマドの改良も指導している。日本で行っている食育が現地でもショクイク(Shokuiku)として受け入れられ、食生活の改善が実践されている。

 売れる農業というのは、農家が自ら市場を調査して何が売れそうな農産物なのか、何が高く売れそうな農産物なのかを確かめてから、計画的に作物を栽培し販売するというものである。これまで買い手である商人の言い値に販売を任すままであったが、生産者側も交渉して価格を決められるようになり、その結果収入が増えていって農家から喜ばれている。

 気候変動対策は、灌漑施設を改善して水を圃場へ安定的に供給するとともに、土壌に有機物や堆肥を投入、被覆作物を圃場に植え付けし、また輪作などの作付体系により、土壌の乾燥を防ぎ、土壌を豊かにし、さらに二酸化炭素など温室効果ガスの大気への放出を抑えるための技術支援である。

 農業が環境・資源を保全
 ――農業と環境は密接につながっています。両立するには。

 板垣 日本の食料自給率(カロリーベース)は38%とかなり低い。その一方で、食料・農産物の輸出に力を入れている。インバウンドの効果もあって日本の食事=和食に対する評価が高まり、ここを輸出に向けた商機としている。しかしながら、輸出品目は極端に片寄っている。サシの入った牛肉、ウイスキー、リンゴなどの果実、水産加工品など。言い換えれば、不足する原材料を海外から輸入し加工して輸出しているのが実態です。

 栽培している作物によって異なるが、稲作就業者の平均年齢はおよそ75歳。この人たちがリタイアーしていけばはたして後継者はいるのだろうか。耕作放棄地はさらに増えていくだろう。彼らに代わって農業法人に引き継いでもらうという政府の方針はあるが、このままでは米価が低いのでコストを十分に補い切れず、収益が上がらなければ、新規の就農者も増えず法人もまた農業を諦めるかもしれない。日本人のなかには、食料は安くて当たり前という感覚がある。食料価格が少しでも上昇すればすぐに政府が悪いとする。

 しかし農業(林業・水産業含む)によって、環境や資源が保全され、景観が維持され、農村の文化や伝統も守られている――というように考えなければならない。農業をコメなど農産物の量や価格だけで判断するのではなくて、農業が営まれる背後にある環境の側面にも貢献しているといったように目を向けてもらいたい。そういう観点から農業をもう一度見直し、コメや農産物の量と価格は妥当なのか、持続可能な農業で環境の保全と共生できているのか。すなわち「食・農・環境」を一本にして考えて欲しいのです。