最新記事

2025/4/17
本願寺派総研 戦後80年の平和論点整理 他宗の戦時調査と協働も


 浄土真宗本願寺派総合研究所は宗報3月号で「平和に関する論点整理」(戦後80年版)を発表した。昨年2月の総局(池田行信総長・当時)が提示し宗会で議決された令和6年度宗務の基本方針の具体策「平和への取り組み」のもと、どうすれば平和を実現できるのか必要な論点をまとめたもの。10年前に発表した戦後70年版以後、ロシア・ウクライナ戦争、ガザの動乱、日本被団協のノーベル平和賞受賞などさまざまな出来事があったが、それを踏まえ、念仏者としての態度を示している。

 「念仏者は、国や行政などとは異なる立場にありつつ、相応の社会的役割があると考えられます。宗門として、戦前・戦時の反省のもと、戦後の平和やヤスクニ問題への取り組みを継承し、他領域・他団体との関係をいかに構築していくのかは、永続的な課題となります」と述べ、社会問題への関与を肯定し、実際に困っている人に寄り添うことを推奨。

 その上で、①法要の充実②貧困への取り組み③対話・交流の促進④人間像の点検⑤宗教教育の検証と充実⑥平和の学びに資する場と機会の創出⑦平和学、平和の教化学の構築の7点を「戦後80年にあたっての平和貢献策」として示した。①では毎年9月18日の千鳥ヶ淵戦没者追悼法要の願いを核に、教区や組、寺院、教化団体などで法要や平和の集いを実施することを推奨。④では真宗の世界観や人間像を研究するほか、ジェンダー問題など現代の諸課題に即した実践が平和につながるとしている。

 ⑤は目標として「公教育や宗教教育における宗教や宗教心に関する議論を深める」としており、政教分離にも関わる問題設定と言えそうだ。注目は⑦で、浄土宗平和協会や高野山真言宗などで進められている戦時資料調査との比較検討を表明。これが呼び水になり他の教団でも戦時調査が進むかもしれない。

 戦前・戦中における宗門の戦争協力についても紙幅が多く割かれている。本願寺派僧侶で、第一次日本共産党の結党メンバーでもあった高津正道(戦後に衆議院議員)を「奪度牒」すなわち僧籍剥奪にしたことにも言及。異論や多様性を認めなかった戦前の政治・社会におもねったことへの反省を記している。

2025/4/17
高野山大学教育学科 募集停止を発表 設置5年目、4年後廃止


 高野山真言宗の宗門校・高野山大学(和歌山県高野町)は8日、学生募集で極度の不振が続いていた文学部教育学科の新規募集を停止すると発表した。設置5年目となる今年度の入学生が最後となり、全員が卒業する4年後に学科廃止となる。

 公式ホームページに、就任したばかりの松長潤慶学長名でコメントを発表。「昨今の社会的な動向として教職に対する関心の低下や志望者数の減少が影響しており、教育学科への募集は困難を極める結果となりました」とし、「現在在籍している学生の皆様におかれましては、卒業までの間、安心して学業に専念いただけるよう、引き続き充実した教育環境の提供と万全のサポート体制の整備に努めてまいります。また、学費を出資してくださる皆様、及びその他の関係者の皆様にも、丁寧に対応し、信頼にお応えできるよう全力を尽くす所存です」としている。(続きは紙面でご覧ください)

2025/4/17
日弁連/死刑制度を考えるシンポ 政府に会議体設置要望 
懇話会報告書を受け開催 イタリアの元国会議員 死刑廃止へ行動促す カトリック かつて支持、現在は完全否定


懇話会の井田座長とゲストスピーカーのマラッツィーティー氏 民間組織の「日本の死刑制度について考える懇話会」(座長=井田良・中央大学大学院教授)が12回の会議を経てまとめた報告書が昨年11月に完成。8日夕、都内の弁護士会館でオンラインを併用してシンポジウム「報告書を受け、死刑制度を議論する公的な会議体設置をどのように進めるのか」が開かれた。ゲストスピーカーのマリオ・マラッツィーティー氏(イタリアの元国会議員)は世界的な潮流から日本の死刑制度廃止への行動を促した。主催は日本弁護士連合会(日弁連)。

 最初に日弁連死刑廃止及び関連する刑罰制度改革実現本部事務局長代行の釜井景介氏が死刑制度に関する世論調査の結果について報告。昨秋、内閣府が実施した調査(有効回収1815人)では、「死刑は廃止すべきである」16・5%、「死刑もやむを得ない」83・1%だった。

 この8割の数値は死刑賛成の根拠になっている。一方で、将来の死刑廃止については、「状況が変われば廃止してもよい」が死刑容認派の中で34%あり、さらに「将来も死刑を廃止しない」と回答した64%のうち、終身刑を導入した場合の問いに14%が「廃止する方がよい」と回答。

 釜井氏は、将来的に廃止せず、終身刑導入でも廃止しないという回答は45%で、「55%は条件次第では死刑廃止を受け入れると解釈することができる」と分析し、「8割が死刑に賛成しているとは単純には言えない」と論じた。

 続いて井田氏が懇話会と報告書の概要を説明した。懇話会は昨年2月に発足。各界有志16人が委員となり、宗教界からは元全日本仏教会理事長の戸松義晴氏(浄土宗)が参加している。

 報告書は「基本的認識」と「提言」で構成。全体の結論としては「死刑制度とその現在の運用の在り方は、放置することの許されない数多くの問題を伴っており、現状のままに存続させてはならない」。提言では「早急に、国会及び内閣の下に死刑制度に関する公的な会議体を設置し、この制度の存廃や改革・改善に関する個別的な検討に基づき、法改正に直結する具体的な結論を提案すべきである」とし、死刑制度を議論する会議体設置を強く主張した。

 個別の問題点として①国際社会の動向と日本の責務、②誤判の可能性と死刑制度、③遺族の処罰感情と死刑制度、④死刑の犯罪抑止力、⑤執行と執行にいたる手続きの問題性、⑥情報公開と世論調査―6点について解説した。なお報告書はネットで公開されている。(続きは紙面でご覧ください)

2025/4/17
連載コラム 中垣顕実のニューヨーク宗教卍交差点
破壊行為に対する声明文発表―仏教・道教寺院に被害


3月22日、NY仏教連盟の仏教フォーラムではNY市警と中国仏教連盟の代表者を招き、破壊事件について話し合った 第2期トランプ政権が誕生してから3カ月経ちました。いろいろな政策が打ち出される中で、特に顕著な変化が見えるのが強硬な移民政策です。不法移民は最初の数週間で10万人以上が送還され、永住権保持者や一時保護ステータスを持つ人々も、特定の行動や背景を理由に送還対象となる事例が報告されています。アジア系、ラテン系、アフリカ系などのコミュニティにも波及し、マイノリティに対する差別や暴力を容認する風潮を強めています。

 そんな中、マンハッタンのチャイナタウンでは3月18日朝、6カ所の仏教寺院及び道教寺院で破壊事件が発生しました。崇德仏教寺院では観音菩薩像が消化器で破損、小さな仏像は地面に破壊され、佛恩仏教寺院では入り口正面の防弾ガラスに大きなヒビが入り、世界仏教センターでは防犯カメラが壊され、さらに大乗仏教協会、普照仏教寺院、そして黄大仙道教寺院などで同様の被害が報告されています。

 ニューヨーク仏教連盟ではこの事件を受けて、声明を発表しました。(続きは紙面でご覧ください)

2025/4/14
駒澤大学 新学長に村松哲文氏


村松新学長 駒澤大(東京都世田谷区)の村松哲文教授が1日付で学長に就任した。各務洋子前学長の任期満了に伴い選任された。任期は4年間。

 村松教授は1967年生まれ。東京都出身。早稲田大大学院博士後期課程単位取得退学。専門は仏教美術史、禅美術。NHKの仏像を紹介する番組出演などでも知られる。2005年に駒澤大専任講師となり、2015年仏教学部教授に就任。禅文化歴史博物館館長などを歴任した。

2025/4/14
立正大学 新学長に北村行伸氏


北村新学長 立正大学学園は、寺尾英智学長の任期満了に伴い、昨年11月27日の理事会でデータサイエンス学部教授(68)の北村行伸氏を第36代学長に選任し、4月1日付で北村氏が新学長に就任した。任期は2028年3月31日までの3年間。

 北村氏は1981年 慶應義塾大学経済学部卒業。その後、米国ペンシルバニア大学大学院修士課程修了、英国オックスフォード大学大学院博士課程修了。1989年同大学院博士(経済学)取得。経済開発機構(OECD)パリ事務局事務官、日本銀行金融研究所研究員。1996年から慶応義塾大学大学院商学研究科客員助教授を務め、1999年より一橋経済研究所助教授、同研究所教授、同研究所所長を歴任した。2020年4月に立正大学経済学部教授兼学長補佐。2021年4月より同大学データサイエンス教授兼学部長に就任した。専門分野は経済学、公共政策、応用計量経済学、応用データサイエンス。著書は『応用ミクロ計量経済学Ⅱ』(編著・日本評論社)、『パネルデータ分析』(岩波書店)など多数。

2025/4/14
鶴見大学 新学長に高田信敬氏


高田新学長 鶴見大(横浜市鶴見区)の高田信敬名誉教授が1日付で、学長に就任した。中根正賢前学長の任期満了に伴い選任された。任期は4年間。

 高田教授は1950年生まれ。岐阜県出身。東京大大学院博士課程退学。専門は国文学。1984年に鶴見大専任講師となり、1994年文学部教授に就任した。図書館館長などを歴任し、2018年に退職。2022年から曹洞宗大本山總持寺の宝蔵館「嫡々庵」の館長を務めていた。

2025/4/10
ミャンマー地震 JPF 緊急支援へ SVA、寺院や僧院倒壊を報告


 (特活)ジャパン・プラットフォーム(JPF)は4日、ミャンマー中部地震を受け被災者支援プログラムの説明会をオンラインで緊急開催した。JPFの加盟NGOである(特活)難民を助ける会、(特活)CWSジャパン、(公社)シャンティ国際ボランティア会(SVA)が現地の状況、被災者へのニーズを解説した。

 難民を助ける会からは野際紗綾子氏が報告した。同会は発災翌日の3月29日から被災状況調査をスタートした。避難はしたが屋根もない路上で過ごさざるを得ない人々や、200ある家屋のうち180棟が倒壊した村、デング熱ほか感染症などの危機を説明。僧院に避難する人々もいるという。同会が主催する「障害者のための職業訓練校」の卒業生も深刻な被害を受けており、「私たちは全てを失った、家業のお菓子屋も潰れました…」と手話で悲しみを伝える映像も流された。同会では現在、火を使わずに食べられる食糧や水を配布する緊急支援を実施、障害者やケガをした人のための補助具も準備している。紛争影響下での支援には困難があることを認めつつ、女性や子ども、障害者のような弱い立場の人を取り残さないような支援を目指すとした。(続きは紙面でご覧ください)

2025/4/10

念法眞教 立教百年大祭で開闢法要 4月1日 念法菩薩の誓い新たに


開祖親先生の御真影を石舞台上に奉安して挨拶する桶屋燈主㊧ 小倉霊現初代燈主(開祖親先生)が「現世界極楽浄土建設」を掲げて立教開宗してから100周年を迎えた念法眞教は1日、大阪市鶴見区の総本山金剛寺で来年3月31日までの1年間に及ぶ立教百年大祭の開闢法要を勤修した。全国から信徒2100人超が参拝し、僧侶約90人が出仕。応現した久遠実成阿弥陀如来から人類救済・衆生済度の仏勅を受けた親先生に始まる100年の信仰を継承し、念法眞言や念法開祖御宝号を唱えながら念法菩薩として菩薩行の実践に邁進する誓いを新たにした。

 午前10時から境内で塔婆庭儀式。桶屋良祐燈主を導師に記念の角塔婆を開眼し、立教百年大祭の開幕を飾る念法眞言に無魔円成の祈りを込めた。

 一宮良範教務総長の「出発!」のかけ声に続き、念法浄土の荘厳を表現した「二十五菩薩おねり供養・稚児行列」を開始。北海道から沖縄までの支部旗をはためかせながら、全国支院主管者(住職)と大勢の信徒らが九角如来堂拝殿前広場まで進んだ。

 僧兵姿の弁慶衆が担ぐ御駕籠には、立教100年大祭のために仏師が謹刻した親先生の等身大尊像が乗り、その後を桶屋燈主が微笑みながら進列。信徒が見守る壮麗なお練り行列の中で、親先生から歴代燈主を経て桶屋燈主まで念法の法燈が継承されていることを示した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/4/10
天台宗審判 「性暴力肯定の不当決定」 女性僧侶と弁護士会見 再審と第三者委求める


会見で涙を拭いながら訴える叡敦氏 女性僧侶の叡(えい)敦(ちょう)氏(50代)が14年間に及ぶ性暴力被害を天台宗に告発し、男性僧侶2人の僧籍剥奪を求めた問題。宗内の司法機関・審理局が3月27日までに加害住職(60代)を「罷免」処分、その師僧である大僧正(80代)を「懲戒に該当しない」とする審判決定を出した。これを受けて叡敦氏と代理人の佐藤倫子弁護士が4日、東京・永田町の衆議院第二議員会館で会見。叡敦氏は再審を強く望んだ上で、宗派内部の審判ではなく第三者委員会の設置による審判のやり直しを訴えた。

 審判員3人で構成する審理局第一次審判所の審判会は滋賀県大津市の宗務庁で開かれ、1月24日・2月27日・3月24日の3回で結審。佐藤弁護士は「審判会の公開と傍聴を求めたが認められなかった」と説明し、「どういった事実を認定してこの判断に至ったのか、わからない。軽きに失する処分だ」と批判した。

 今月中旬が不服申立と再審請求の期限だが、それを行えるのは懲戒処分当事者の加害住職と細野舜海宗務総長のみ。叡敦氏は、当日朝に代理人を通して宗務庁に送付したという不服申立と第三者委員会設置を細野総長に求める手紙を朗読。「被害者である私の声を一度も聞かず、たった3回の書類のみの非公開による審判会で、性暴力を肯定するかのような不当な審判決定を出された」と涙を拭い、「細野総長様、どうかお助けください、私にお力をお貸しください」と繰り返し切望した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/4/7

大阪府佛教会 仏教徒会議大阪大会の概略発表 諸宗教対話 4大宗教登壇 いのちシンポ 万博プロデューサーら


概要を中間報告する清澤実行委員長 来る9月5・6日に予定されている全日本仏教徒会議大阪大会「無量のいのち―全ての『いのち』を慈しむ」(主催=大阪府佛教会、共催=全日本仏教会)。現時点で定まっている計画の「中間報告会」が3月27日に大阪市天王寺区の和宗総本山四天王寺で開かれた。

 村山廣甫会長(豊中市・東光院)は挨拶で、「府佛教会は60周年を迎えることになりました。我々の先輩も檀信徒の追悼や世界平和の祈りを続けてこられた。その集大成が、戦後80年、阪神・淡路大震災30年の今年に重なった」と大会の重要性を説き、大会を経験したことのない若い僧侶の意見もどんどん取り入れたいと話した。

 清澤悟実行委員長(門真市・願得寺)が概略を発表した。開会式の法要は戦後80年を受け、全世界物故者追悼法要として全日本仏教会の伊藤唯眞会長(浄土門主)を大導師に営む。続いての諸宗教対話フォーラム「未来社会における宗教の役割」は仏教からは戸松義晴氏(世界仏教徒連盟執行役員)、キリスト教からは小原克博氏(同志社大学学長)、イスラームからはアナス・ムハンマド・メレー氏(ムスリム世界連盟日本支部代表理事)とサイード佐藤氏(同理事)、神道からは諸宗教対話にも詳しい三宅善信氏(金光教春日丘教会長)が登壇。ファシリテーターは宗教学者の釈徹宗氏(相愛大学学長)が務める。「四大宗教の対話を通しての現状の社会への展望を見極めていきたい」と清澤氏は期待する。夜は懇親会。(続きは紙面でご覧ください)

2025/4/7

築地本願寺 空襲犠牲者悼み 被爆ビアノ演奏 米国出身ピアニストが平和願い


夜のコンサートで演奏するコーラー氏(塚野順子マネジャー提供) 東京大空襲から80年となる3月10日、防空壕があった東京都中央区の築地本願寺境内で、広島の原爆で焼け残った「被爆ピアノ」の演奏で全国ツアー中のピアニスト、ジェイコブ・コーラー氏(45)のコンサートが開かれた。

 コンサートは「被爆80年 被爆ピアノコンサート実行委員会」(委員長・岩田幸一弁護士)が開催。「被爆地だけでなく、空襲によって東京でも多くの人が犠牲になった。防空壕で人々を守った築地本願寺で、平和を考えるきっかけとなるコンサートができれば」とピアノ調律師で被爆2世の矢川光則氏(広島市・矢川ピアノ工房代表)が企画した。

 矢川氏は原爆投下に耐えた被爆ピアノを引き取って修復し、戦争の記憶を継承しようと全国各地で演奏会を開くなどの平和活動を行っている。築地本願寺で使われたのは爆心地から2・6㌔離れた広島市の民家にあったピアノ。自宅で被爆したカズコさんが矢川氏の活動を知り、2009年に託したものだ。

 米国出身のコーラー氏は日本人女性と結婚し、2009年から日本を拠点に活動している。被爆80年の節目に合わせ、昨秋から矢川氏とともに被爆ピアノを演奏する全国ツアーを開催中で、今年元日には広島の平和記念公園で年越しコンサートを行い、原爆ドーム前でも演奏した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/4/3

花まつり 寄稿 君島彩子氏 美術と出会った誕生仏
誕生仏に反映された美的価値 戦後は復興と平和のシンボルに

 釈尊降誕会といえば「誕生仏」をご本尊に、参拝者が甘茶を灌いでお祝いするのが日本の「花まつり」の光景として定着している。日本書記にも「灌仏会」の記述があるほどで、古来より受け継がれてきた伝統の行事である。その主役ともいえる「誕生仏」もまた、時代ごとにその姿を変え、時に新たな価値が付加されながら伝承されてきた。君島彩子氏の寄稿から古今の「誕生仏」に触れてみよう。



現在の東大寺の仏生会における釈迦誕生仏像(東大寺提供) 釈尊が産まれてすぐに立ち上がり7歩歩いて、両手で天と地を指し「天上天下唯我独尊」と唱えた姿をかたどった仏像を「誕生仏」と呼ぶ。灌仏会(仏生会や降誕会とも)の本尊とされるため、多くの寺院に誕生仏が伝わっている。灌仏会では誕生仏に香水または甘茶を注ぐ儀礼がおこなわれ、多くは青銅に鍍金を施した金銅仏である。誕生仏は長い歴史の中で、釈尊の誕生を祝した儀礼で使用され、重要視されてきた。

造形性を重視

 明治初期、欧米をモデルに美術や文化財といった概念が日本にも導入され、仏像は美術史の中に位置づけられた。誕生仏にも美術的な価値観が反映され、その造形性が重視されるようになった。近代から現在に至るまで、誕生仏の造形的な規範のひとつとなっているのが、東大寺に伝わる国宝の《誕生釈迦仏立像》だ。通常の誕生仏の倍以上の大きさがあり、肉づきのよい身体、胸や腕にあるくびれ、柔らかな表情で幼児らしい姿は天平時代の作風を現在に伝えている。この誕生釈迦仏立像は、現在、東大寺ミュージアムをはじめ博物館等に展示されることも多い。一方、東大寺では4月8日の仏生会で、大仏殿正面に国宝の誕生釈迦仏立像の複製を納めた花御堂が設置され、参拝者が甘茶をかけることが可能だ。目で鑑賞するだけでなく、甘茶をかけ、参拝することで釈尊の誕生を祝う儀礼に参加できる。

仏教に追い求めたアイデンティティー

 明治期には誕生仏にも美術的な価値が見出されるが、さらに大正期に入ると、彫刻家の表現の発露として彫刻作品としての誕生仏が模索された。多くの青年が仏教の中に自己のアイデンティティーを追い求めた大正期、西洋的美術教育の基礎にある裸体表現と仏像の造形が結びつき仏像風の彫刻が多数制作された。その中で注目されたのが釈尊の母である摩耶夫人の姿である。こうして摩耶夫人の姿が裸体で表現されるようになったのだ。前近代にも法隆寺伝来の《摩耶夫人および天人像》や、摩耶寺の《摩耶夫人立像》のように摩耶夫人と産まれたばかりの釈尊を表現した像は伝わっているが、決して数は多くない。さらに摩耶夫人の姿を裸体で表すことは前近代の仏像ではありえないことだった。

 大正以降の誕生仏を表した代表的な彫刻作品に、1926年の第7回帝展に出展された三木宗策の《降誕》、そして1929年に行われた構造社展に出品された陽咸二の《降誕の釈迦》がある。三木の《降誕》は、摩耶夫人のイメージを古代インドに求め、半裸で豊満な胸や装飾など随所にインドのグプタ朝の彫刻の影響が見られる。そして脇の下から釈尊が生まれる瞬間を見事に表現している。陽の《降誕の釈迦》は、聖母マリアとキリストの姿を連想させる構図で、デフォルメされた身体と、足へかかる布は写実的であるなど独自の造形理解が見られる一方で、摩耶夫人の腕に抱かれる幼児の釈尊は仏像のイメージを反映している。

戦死者の冥福祈る新たな仏像の造像

 しかしこのような自由な表現の仏像風彫刻は日中戦争の開戦とともに制作されなくなる。そして戦後、戦死者の冥福を祈り新たな仏像が作り出された。その中には数奇な運命を辿った誕生仏もある。名古屋市の平和祈念施設である平和堂(千種区平和公園)には、常滑の陶彫作家である柴山清風が1950年頃に制作した陶製の《釈迦誕生仏像》が保管されている。空襲によって破壊された名古屋市の復興の指揮をとった名古屋市復興局長、田淵寿郎は、戦後の復興計画で道路用地などの確保のため、市内278寺院の墓地を東部丘陵地へ移転し、広大な平和公園の整備をおこなった。そして田淵は、平和公園の中央に、中国から送られた千手観音像を安置した平和堂を募金によって建設しようとした。

柴山清風「釈迦誕生仏像」の原型と考えられる仏像(大善院蔵・筆者撮影) 平和公園に誕生仏

 平和公園には平和堂に先立って灌仏堂が建設され、清風が制作した釈迦誕生仏像が安置された。灌仏堂では平和堂建設の募金を集めるため小さな仏像の販売が行われた。そして毎年4月には灌仏式や稚児行列などが行われていた。さらに、この釈迦誕生仏像を動物園の象の上に乗せられ、名古屋市内を練り歩いたという証言もある。

 しかし伊勢湾台風などの影響で、平和堂は募金だけでは建設できず、名古屋市の公共事業として完成。宗教的な儀礼は一掃され灌仏堂も廃止され、かつて多くの人々が手を合わせた釈迦誕生仏像は、現在は見ることもできない状態だ。常滑市の大善院には田淵の旧蔵で、平和公園内の灌仏堂に安置されていた釈迦誕生仏像の原型と考えられる像が安置されている。信仰対象として制作されているため造形的に大きな逸脱はなく、衣紋の表現などは東大寺に伝わる国宝の誕生釈迦仏立像を参照し、さらに身体の表現はより生身の人間に近い姿となっている。

君島彩子(きみしま・あやこ)和光大学講師。1980年東京都生まれ。大正大学大学院修士課程修了、総合研究大学院大学博士後期課程修了。博士(学術)。専門は仏像を中心とした物質宗教論、宗教美術史。著書『観音像とは何か』など。

※紙面には三木宗策「降誕」(耕三寺博物館所蔵)、陽咸二「降誕の釈迦」(宇都宮美術館所蔵)の写真も掲載されています。

2025/4/3
花まつり企画 誕生仏の世界

 釈尊降誕を祝い、誕生仏に甘茶を灌ぐ花まつり。各地で見られる誕生仏は造られた時代や場所により様々な特徴を持っている。像高80㌢もある大きな誕生仏や、通常とは逆に左手で天を指す誕生仏、最古とも言われる誕生仏はピースしているようにも見えて、どれも興味深い。特徴ある誕生仏を紹介する。(紙面では9体をご紹介しています)

岡崎市・胎蔵院 昨年建立 像高80㌢


「子どもや女性に親しんでもらえるように」とつくられた。子どもの姿にこだわった お釈迦さまの生まれた姿を表すため、誕生仏は基本的に小さい。ところが、浄土宗西山深草派胎蔵寺(愛知県岡崎市保母町)の誕生仏は像高約80㌢のビッグサイズ。台座は1㍍ほどある。昨年の花まつりに合わせて建立された。

 生まれた姿といっても成人のような外形が多い中、同寺の誕生仏は子どもの容姿そのもの。「保母」の山号や「胎蔵」の寺号が伝えるのは、子を宿したまま亡くなった女性の供養のため建立されたという縁起だ。本堂には子宝や安産の功徳をもたらす秘仏・准胝観音菩薩像も安置される。

 「子どもや女性に親しんでもらえる寺にしたいと思っています」と同寺の誕生仏の由来を話す野村宗臣住職。自らデザインも考えた。広く知ってもらおうと、当初は石造として日本一の大きさを目指したが、今の形に落ち着いた。「写真を撮りに来る人が増えました。気軽に参拝してもらえたら」と話している。

大牟田市・通玄寺 左を天 中国式の尊像


黄檗宗通玄寺所蔵の誕生仏 誕生仏は、釈尊が生まれた際に右手で天を指し、左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と唱えたという説話にちなみ、その姿を表した仏像。一般的に右手を上げ、左手を下げている像が多いが、稀に左手を上げた誕生仏も存在する。

 福岡県大牟田市の黄檗宗通玄寺(金子衛三住職)には左手を上げた誕生仏がある。金子住職は「当山に古くから安置されている誕生仏です。残念ながらいつ頃造られたものか正確なことは分かりません。当山が1700年代に建立されたことや、細部に見られる特徴などから16世紀から17世紀頃の中国式の仏像ではないかと思われます」という。

 左手を上げた誕生仏には中国式のものが多いとも言われ、「黄檗宗は特に中国の文化を色濃く残している宗派です。周りの地域の黄檗宗寺院にある仏像も明から清の時代のものが多いそうです」と宗派や地域と誕生仏の縁起に思いを馳せる。

 経年劣化のため、天を指していた指がなくなってしまったが、誕生仏はガラスケースに入れ本堂で大切に安置している。「いずれにしましても、長きにわたり当山や地域の方々を見守り続けてきた仏像です。これからも変わることなく大切にしていきたいと思っております」と語った。

湖南市・善水寺 花まつりに特別公開


東大寺の誕生仏に似た姿の善水寺の誕生仏(写真=善水寺提供) 奈良時代の和銅年間に開創された滋賀県湖南市の天台宗善水寺(梅中堯弘住職)には国宝の本堂をはじめ、多くの寺宝が伝承されており、「金銅釈迦誕生佛」(重文)もその一つ。通常は非公開だが毎年5月5日に開催する「花まつり」に特別公開している。

 天平年間(760年頃)の造像で、像高は23㌢ほどの金銅仏。同じ天平時代に作られた国宝の東大寺「銅造誕生釈迦仏立像」に非常によく似た姿で密接な関係があったと言われている。「右の手のひらを天に挙げているのが特徴です。東大寺は特別に大きくて47・5㌢。善水寺の誕生仏はちょうど半分ほどの大きさです」と梅中住職。

 25年ほど前に途絶えていた花まつりを再開させ、誕生仏の特別公開も始めた。子どもの日に合わせ、灌仏用の誕生仏を置いた花御堂を置く。「小さなお姿」の誕生仏の公開には気も配りながら、地域の人々が訪れているという。この期間のみ特別公開を今年も行う。会期は4月29日から5月5日、時間は午前9時から午後4時まで。

2025/4/3
天台宗審理局 加害住職に「罷免」処分 性加害審判 師僧の大僧正、懲戒なし


 女性僧侶の叡敦(えいちょう)氏(50代)が14年間に及ぶ性暴力被害を天台宗に告発し、男性僧侶2人の僧籍剥奪を求めた問題。宗内の司法機関・審理局は3月27日までに加害住職(60代)を「罷免」処分、その師僧である大僧正(80代)を「懲戒に該当しない」とする審判決定を出した。通知を受け取った叡敦氏側の発表でわかった。

 被害者の叡敦氏が求めていたのは、最も重い懲戒処分である「擯斥(ひんせき)」(僧籍剥奪・除名)。今回下された「罷免」はその一つ下の処分で、現在住持している寺院の住職を解任されるという内容。叡敦氏代理人の佐藤倫子弁護士は、「審判結果は大変残念。大阿闍梨(大僧正)について不当なのは言うまでもないが、加害僧侶の『罷免』も、住職としての地位を失うだけであり、他の寺の住職にはなれる。住職としてでなければ、僧侶として今の寺で働き続けることも可能な処分であり、軽きに失する。また、審判の場で叡敦さんが直接審判員に言葉を届けることなく結果が下されたことも、大変残念に思う」とのコメントを発表した。

 懲戒審判は2審制。被申立人の加害住職には審理決定から20日以内に不服申立と再審請求を行う権利があり、4月中旬がその期限。懲戒当事者以外では宗務総長にも不服申立の権利が付与されているため、叡敦氏側は3月28日に細野舜海宗務総長宛てに不服申立を求める嘆願書を送った。

 審理局長が局員全11人の中から選定した3人(非公開)の審判員で構成する第一次審判所の審判会(同)は、滋賀県大津市の宗務庁で開かれ、1月24日・2月27日・3月24日の3回で結審。審理局は三権分立による独立機関であるため、審判結果が出るまで「審判会がどのくらいの頻度で何回開かれるのか、どのような審理がなされているのかなど、私たちも一切わからない」(宗務庁総務部)。

 加害住職と並んで僧階最高位の大僧正までもが懲戒審判の結果を待つことになった前代未聞の審理は長期に及ぶと予想されたが、意外にもスピード結審。以下の規定が今回適用されたかどうかは不明だが、懲戒規程第七条には懲戒事犯該当者の処分の「軽減又は免除」の条文があり、その中に「七十五歳以上の者」という適用除外の項目がある。

 叡敦氏側は、4日午後1時半から東京・永田町の衆議院第二議員会館で会見を開く。