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2026/1/15
展望2026 戒と日本仏教の21世紀 「在家」か「出家」かを超えて
寄稿 清水俊史氏(仏教学者)
仏道修行の範とされる常不軽菩薩の像(目黒区・日蓮宗常圓寺) 日本の寺院に足を運べば、剃髪し、端正な袈裟を身にまとった僧侶の姿を目にすることができる。しかし、その私生活に目を向ければ、妻帯し、肉食を嗜み、世襲によって寺院を維持するという、実態として「在家」と変わらぬ生活が営まれているのが現状である。釈尊以来の伝統において、出家者とは「戒」を保つことで聖性を担保される存在であったが、現代の日本仏教はその根幹に矛盾を抱えている。日本仏教の僧侶は「出家」なのか「在家」なのか。原理原則を突き詰めるほど、その実態は出家ではなく在家に相当すると言わざるを得ない。
戒の形骸化
この矛盾に最も苦悩しているのは、僧侶自身であると私は信じている。遥か古代に定められた戒を現代社会において完遂することは困難を極める。釈尊から連綿と続いていた戒の伝統は、我が国においては既に形骸化しており、これを復興しようとする動きも主流ではない。その背景には、社会が僧侶に対して厳格な持戒をそれほど強く求めていないという現実がある。
多くの檀家にとって、先祖供養は重要な意義を持つものの、それが必ずしも峻厳な宗教心に基づいているわけではない。彼らが僧侶に求めているのは、先祖供養の場を管理し、儀礼を執り行う職能としての役割であり、第一義的な「持戒」ではない。したがって、仮に戒を厳格に保とうとする「清僧」が現れたとしても、それが直ちに日本仏教の復興や寺院の活性化に繋がるとは考え難い。このような時代の中で、僧侶はいかに行いを正していくべきなのだろうか――この問いを考えていきたい。
そもそも、最澄以降の日本仏教の伝統に立つ限り、「もはや戒を保てない時代」に生きているという前提を踏まえる必要がある。釈尊が成道してからの20年間は「第一菩提」と呼ばれ、この時期には詳細な戒律を定めずとも、出家者たちは清浄な修行生活を営み、悟りに達し、神通力を自在に用いることが容易であったとされる。それに対し、現代は「末法無戒」の五濁悪世である。修行によって現世で悟りを開ける可能性は、ほぼ皆無と言ってよい。浄土宗や浄土真宗といった鎌倉仏教の諸宗派が、現世での悟りを断念した背景には、周囲を見渡しても修行を完成させた者も神通力を現した者もいないという、切実な現実があったのだと確信する。
もはや、我々は悟れないのである。もし声聞蔵(三蔵)に記された通り、出家持戒によって悟りに至り、その証として空中を移動し、未来に起こる出来事を予言できたならば、どれほど信仰も実践も容易であったろうか。釈尊在世の時代に仏法に巡り合えなかったことを、「恥ずべし。悲しむべし」と嘆いた法然の言葉は、私たちもまた心に刻むべきである。
しかし、悲観する必要はない。日本仏教において、僧侶が「出家か在家か」「悟れるか否か」という問いは、本質的な課題ではない。日本仏教における僧侶の本懐は、自らが「菩薩」であるという自覚と反省にこそある。
より厳格な自制
釈尊がそうであったように、菩薩であることは必ずしも出家者であることを要求せず、その点においてすべての戒を保つことは必須条件とはならない。釈尊の菩薩時代を振り返れば、前世において大小様々な悪業を犯しており、決して完全無欠の善人ではなかった。シッダールタとして生を受けた最後生においても、出家するまでは王子として贅沢を享受し、妃を迎え、子を設けるという在家生活を送っていたのである。
したがって、日本仏教の僧侶が、無上正等菩提を目指し、輪廻をめぐりながら衆生を利益せんとする「菩薩」たらんとするならば、釈尊の事績に鑑みても、破戒か持戒か、あるいは出家か在家かという区別は、本質的な問題ではない。菩薩として何をなし、何ができるのか。その実践が、僧侶に問われているのである。
ただし、戒を保てるのであれば、それに越したことはない。菩薩であるという自覚と反省は、決して破戒の免罪符ではない。持戒が出家・在家の別を問わず推奨されるべきである以上、在家者よりも僧侶がより厳格な自制を求められるのは必然である。
それゆえ、もし戒を破っているのであれば、世間からの批判は甘んじて受けねばならない。自身の破戒を指摘され、躍起になって反論する僧侶の姿は、およそ美しくない。批判を受け入れ、耐え忍ぶことこそが忍辱という仏道修行である。人々から軽んじられ、罵られてもなお礼拝を続け、ついには成仏した常不軽菩薩のあり方に、我々は思いを馳せるべきである。
しみず・としふみ/仏教学者。2013年、佛教大学大学院博士課程修了、博士(文学)。主要著作に『上座部仏教における聖典論の研究』大蔵出版、『ブッダという男—初期仏典を読みとく』ちくま新書、『お布施のからくり』幻冬舎新書。
2026/1/15
願いの一字は「柔」 BDK公募 平和と調和を願って
鈴木氏による揮毫で発表された願いの一字「柔」(5日・増上寺) 仏教伝道協会(BDK)が公募した「願いの一字コンテスト2026」の漢字が「柔」に決まり、5日に東京都港区の浄土宗大本山増上寺で書道家の鈴木猛利氏の揮毫で発表された。
願いの一字は昨年10月から12月までに集まった60字から選ばれた。「柔」は柔軟でしなやかなあり方、耐え忍ぶ心を象徴する漢字。仏教において「柔軟心(にゅうなんしん)」や「柔和忍辱(にゅうわにんにく)」は重要な教えで、執着や偏った考えを手放し、心を柔らかく保つことが悟りへの一歩とされている。直面する困難や不安も、しなやかな心で受け止め、偏りなく向き合うことで乗り越えられると仏教は示している。新しい年の幕開けに、柔らかな姿勢で人とつながり、互いを思いやり、共に前へと歩んでいく一年になるようにとの願いを込めた。
毎年「願いの一字」を揮毫している鈴木氏は「年明けに課題をいただいた気持ちになります。柔らかく優しく書きたいが、ただ柔らかいだけでは軸がなく崩れてしまう。細い針金のようなしっかりとした芯があり、そのまわりに柔らかいものが付いているイメージで書かせていただいた。自分自身もそのような人間でありたい」と話した。
会場を提供した増上寺の中村瑞貴執事は新年の国内外の社会情勢に触れつつ「人によって社会が作られる。社会情勢も人の行いが作り上げる」と説示。そのうえで仏教の「身意柔軟」をあげて「仏さまのお光をいただくと、身意が柔らかで穏やかになり煩悩が消されて、善心を生じていく」と説いた。「柔らかで優しい心を持ち、安らいだ一年となりますよう、世界平和と皆様のご多幸をご祈念します」と語りかけた。
2026/1/15
大正大学特別協賛 地方創生フォーラム 豊かさからウェルビーイングへ
情報科学部4月から開設 デジタル人材を育成
大正大学の学生が登壇したパネル討論 超高齢化と人口減少による地域の衰退を克服するための取り組みを国・企業・教育機関が共に議論する日本経済新聞社主催の地方創生フォーラム「地域戦略人材の育成が日本の未来を創る!」が昨年12月9日に日経ホール(東京都千代田区)で開催された。前首相の石破茂氏が地方創生をテーマに特別講演。4月に「情報科学部」を開設する大正大学が特別協賛し、同大の実践的な学びが紹介された。
開会にあたり大正大学の神達知純学長が挨拶し、同大の地域創生に関する研究や地域に貢献できる人材育成の取り組みを紹介したうえで「若者が地域や社会、自然と向き合い、他者と協働しながら課題解決に取り組む経験はこれからの時代に不可欠」と述べ、今フォーラムの成果を期待した。(続きは紙面ご覧ください)
2026/1/15
立正佼成会 新年御親教 今年は開祖生誕120年
自ら揮毫した二幅の書を解説した庭野会長 立正佼成会(庭野日鑛会長)は7日、東京・杉並の本部大聖堂で新年恒例の御親教式典を挙行し、都内を中心に約1100人が参拝し、新しい年のスタートを切った。今年は庭野日敬開祖生誕120年にあたり、2年後には創立90周年、12年後には創立100年を迎える。
ステージ上には新年らしく庭野会長揮毫の「素心」と「深念」の二幅を掲示。庭野光祥次代会長を導師に読経供養が行われ、妙法蓮華経方便品第二、如来寿量品第十六を全会員で唱和した。
教団を代表して熊野隆規理事長が挨拶し、昨年の「今年の漢字」が自身の名字と重なる「熊」だったことから、清水寺での場面を「複雑で微妙な思いで眺めていた」とユーモラスに語った。
また庭野開祖生誕120年について「生きてこの賀寿を迎えられる人は、ほとんどいらっしゃらないが、私たちの心の中にはちゃんと開祖さまが生きている」と述べ、「この年にしっかりと菩薩としての六波羅蜜を実践してみてください」と呼びかけた。
会員代表による決意の言葉発表後、庭野会長が登壇。機関紙「佼成新聞」に掲載された年頭法話「歴史・伝統を尊重しつつ前進する」をゆっくりと読み上げた。その中で創立100年に向けて「人を植える(育てる)」ことと、「斉家(家庭をととのえる)」を強調した。
二幅の書き初めの「素心」は数年続いているが、「深念(しんねん)」を新たに揮毫。「深く思う」という意味で、「仏さまの教えに導かれ、有り難い教えを頂いたことを深く思う。自分の日ごろの心の救われ、それは自分でなければできないこと」と自己の内面洞察を説示した。
2026/1/5
仏教界の「縮充」を考える 『縮充する日本』著者・コミュニティデザイナー 山崎亮氏(関西学院大学建築学部教授)に聞く
最近、仏教界でも「縮充」が提起されている。文字通りの解釈が多いようだが、10年前の2016年に刊行された『縮充する日本』(PHP新書)によれば、縮充のキーワードは「参加」。人口減少社会にあって地域の課題を地域の住民が解決する「コミュティデザイン」の先駆者である著者の山崎亮氏(関西学院大学建築学部教授)に、過疎化や檀家離れ等に直面する仏教界の「縮充」について提言や提案をいただいた。しかし、「宗教が必要かという問いに向き合わず、お寺(施設)だけ残そうという状況」でいいのかと、本質的な問題提起もあった。
真宗大谷派(東本願寺)での講演を契機に根室別院でコミュニティデザインによる寺院活性化に参画した山崎氏。理念から具体事例へと話が展開した。
やまざき・りょう/1973年愛知県生まれ。大阪府立大学大学院および東京大学大学院修了。博士(工学)。studio-L代表。関西学院大学建築学部教授。コミュニティデザイナー。社会福祉士。 建築・ランドスケープ設計事務所を経て、2005年にstudio-Lを設立。地域の課題を地域に住む人たちが解決するためのコミュニティデザインに携わる。著書に『コミュニティデザインの源流』(太田出版)『縮充する日本』(PHP新書)『ケアするまちのデザイン』(医学書院)『地域ごはん日記 おかわり』(建築ジャーナル)『面識経済』(光文社)など多数。 最初にお伝えしたいことは、お寺を残すことを目的化していて大丈夫なのかという懸念です。人々が宗教や仏教を必要とする状況をつくり、そのためには宗教施設がないと困るという世論が生まれ、その結果、お寺が存続している状態になることが望ましいはずです。しかし、現代においてなぜ宗教が必要なのかという問いに向き合わないまま、お寺だけ残そうとする状況は、どうなのでしょうか。
歴史を見ると、宗教がとても大事である時代が長く続いてきました。先進国と呼ばれる国々は近世に入るまではそうでした。中世ぐらいまで宗教は人間が生きていく上での拠り所でした。近世と近代は宗教にとって苦難の時代で、それは他の分野も同じです。哲学の分野ではデカルトが登場し、個人が着目され、理性が物事を考えるのであって、神が決めているわけではないと主張する人たちが現れました。ダーウィンやニュートンにみられるように宗教と科学とのせめぎ合いがありました。宗教から科学と哲学が分かれ、宗教はそのまま残っているけれども科学は肥大化しました。われわれは科学教の信者になり、その後、経済が大きな力を持つと経済教、お金教の信者がすごい勢いで増えました。科学や経済を信じていれば、自分の人生は憂いなく送れると思った時、宗教にかかわる意味は何があるのだろうか、と考えざるを得なくなりました。
今日の日本は、人口減少により消滅可能性都市が指摘され、宗教について考える余裕もありません。科学と経済から理性を考えると、損得勘定や人口減、高齢化率などは理性で語られる内容です。しかし、これらが限界に来ているのです。そこで忘れ去られていた感性――かわいい、かっこいい、おしゃれ、気持ちいい、おいしい――を理性や科学、経済にまぜていく、これがデザインです。人口が減り、しんどいなと思っているところに少し違う試みが生まれるのではないか。そう思い取り組んだのが、根室別院と井波別院です。
多くの人に来てもらい、参画してもらうのですが、決してお金が目的ではありません。一方で、おしゃれだねとか、インスタ映えするとか、こういうことは他者の心に欲望や嫉妬を植え付けてしまう行為なので、正直悩みもあります。その当たりを読者にお聞きしたい思いもあります。
根室別院の事例
真宗大谷派(東本願寺)での講演後、お寺もコミュニティデザインを取り入れたらいいだろうということになりました。本山が声をかけたら、根室別院の輪番が手を挙げました。そこから本山からの委託で取り組むことになりました。別院には輪番と若い列座(僧侶)が6人。それに門徒さん。ここで宗派関係なく集まってもらい、お寺をどう使いこなすかを考えるワークショップをやりましょうと提案。人生100年時代の生き方を考えてみましょうと呼びかけました。(続きは紙面でご覧ください)
2026/1/5
縮小、解散、合併、縮充―寺院の現状から将来像を探る
曹洞宗永正寺 首都圏に拠点を移して半世紀 下北沢の新寺で活動広げる
永正寺本堂で宝前に立つ藤木住職 小劇場やライブハウスが集まる東京・下北沢の曹洞宗永正寺。2021年に晋住した藤木隆宣住職(81)は故郷・福井県の日庭寺を2024年末に合併した。上京から半世紀以上。活動拠点は首都圏のため、整理することを決断した。
藤木住職は福井県越前町の臥牛院出身。1968年3月に大本山永平寺を送行し、地元の県立高校に非常勤講師として勤めた。転機となったのは駒澤大の同級生だった篠原鋭一氏(NPO法人「自殺防止ネットワーク風」理事長)から、全国青少年教化協議会(全青協)に参画しないかと声を掛けられたことだった。
上京したのは1970年頃。全青協を経て篠原氏らと設立した出版社パンタカで活動し、1982年に「曹洞禅グラフ」などを発行する仏教企画(神奈川県相模原市)を立ち上げた。現在まで広く禅の教えを伝え、仏教文化を発信している。
師匠が住持する金剛院(福井県越前市)の末寺にあたる日庭寺を兼務したのは1990年頃。檀家のない寺だった。臥牛院の檀家も少なく、保育園を運営するなどして寺院を護持してきた。
松井氏が2019年に遷化。翌年に臥牛院の住職を長男の総宣氏に継承し、永正寺晋住を機に日庭寺の合併を検討するようになった。「少子高齢化の進行で寺院後継者も減り続ける。いくつも兼務する時代ではない」と今後を見据え、「活動の場を首都圏に移して50年以上経つ。後代への継承を複雑にしないためにも、整理すべきときだろう」と決断した。(続きは紙面でご覧ください)
2026/1/5
縮小、解散、合併、縮充―寺院の現状から将来像を考える
浄土宗念佛寺 教区長が苦慮する解散 高齢尼僧住職退任
大津駅近くも踏切と石段 解体撤去に多額費用
本堂の前に積まれた廃材・ガレキ。搬出も困難 寺は残さなくてはならない、宗教法人は解散させるべきではない―もちろん、それが理想だ。だが、現実にはどうしても清算しなければならない状況にあるお寺もある。滋賀県大津市逢坂の浄土宗念佛寺は現在、増本俊幸教区長が代務者となって清算を進めている。
念佛寺の創建に正確な記録はないが、16世紀にできたとみられる。地図の上から見ればJR大津駅から徒歩10分程度、国道1号線沿いで好立地にさえ思える。それがどうして廃寺の状況になったのか。
2024年1月、念佛寺のG住職(尼僧)と檀家らで今後について考える会議が開かれ、G尼から住職退任と廃寺の申し出があったのが解散への始まりだった。後期高齢者のG尼は足が悪く、認知症もあり、家族も後継者もなく寺院を続けることはできないと自身も周囲も判断した。同じ逢坂の幻案寺の住職で、当時大津組長(2025年4月より滋賀教区長)でもあった増本氏が代務者として清算に当たることになった。残余財産の引受人は幻案寺だ。
増本氏は組長をしていた中で大津市内の別の寺院の解散に取り組んだことがある。「その経験があるから同じようにできると思っていたら大間違い」で、現在まで苦労が続いていると頭を抱える。
増本氏に念佛寺まで案内してもらった。驚いたのは、念佛寺は山の麓、しかも京阪電車の線路のすぐ隣で、参道は「念佛寺踏切」というそのものの名前の踏切を越えなければ到達できないのである。そこ以外に道はない。本堂に入るまでに石段もある。足の悪いG尼にとっては厳しい環境だっただろう。本堂前には瓦などの廃材が山と積まれている。「山門と客殿は老朽化がひどく、非常に危険でとりあえずこれだけは早急に解体しなければならなかったんです」と増本氏。しかし車両が通れないのでガレキの搬出は困難を極めている。(続きは紙面をご覧ください)
2026/1/1
仏教の幸福観 大安楽 大自在の境地に至るには
真言宗智山派管長・総本山智積院化主第73世 吉田宏晢
明けましておめでとうございます。この新しい年が平和で安らかな年であることを祈っております。ただ、世界ではウクライナやパレスチナの戦闘は収まっておらず、ベネズエラやインドとパキスタン、東南アジア各地での紛争や戦闘もいつ止むのかという見通しが立っておりません。地球温暖化の進行は止まることを知らず、去年の我が国の猛暑は耐え難いほどで、熱中症患者の救急搬送数が過去最高の8341人に昇ったということです。一方、イーロン・マスク氏の年収は150兆円だそうですが、世界の7億人以上が一日294円で生活していると言われています。
こうした災害や戦争、不平等を見ると、おめでとうなどと言っている場合かとも思いますが、しかし、年の初めや結婚式、会社の開業などは目出度いのであり、その目出度いことが続き、よりよくなることが願われているのだと思います。私も去年の6月28日から真言宗智山派管長、総本山智積院化主第73世という大役に任ぜられ、多くの方々から祝福されました。その後、毎朝の勤行や団参回向、様々な行事や執筆活動、法話や垂示等で毎日を過ごしておりますが、以前のようにおめでとうとは言われなくなりました。
昔、智山派のある化主猊下が「毎日が元旦のような気持でいれば毎日が目出度い」と言われたそうでありますが、確かにその通りだと思います。しかし、一昨年の元旦に起こった能登半島地震の時に、人々はとてもおめでとうとは言えなかったのです。
さて、目出度いはおよそ初めの時だけですが、幸福はもっとスパンが長いと思います。美味しいものをいつも食べていれば、その間は幸せですし、三世代の家族が揃って皆健康で仲良くやっていれば、こんな幸せなことはないと思います。ですがそういう幸せも、食べるものがなくなったり、家族の誰かが亡くなったりすると、途端にその幸せの百倍も千倍もの悲しみが襲ってくるでしょう。ですから普通の幸福は条件づきで、幸せの条件が無くなると、たちまちその幸せに倍する悲しみに襲われるかもしれないのです。また、どんなに幸せであっても永遠にその幸せが続くことはありません。
他方、自分の幸せが誰かの不幸になっていることがあります。例えば好きな人と結婚して幸せいっぱいな時に、失恋して泣いている友がいるかもしれません。さらに言えば、健康だから幸せだけれど、お金がない。お金はあるが病気がちである、など完全な幸福などはありえないのだと思います。
さて、仏教の幸福観はどのようなものかと考える時、釈尊は世間的な幸せを全部捨ててしまわれたと言うことが出来ます。何故なら釈迦国の王子として何一つ不自由なことはなく、結婚もして子どもも出来て、いずれは釈迦国の王様になるわけですから、こんなに幸せなことはないと思われます。しかしシッダールタ(釈尊の幼名)はその幸せを一切合切捨ててしまった。それは何故かと言うと、ある時、城門から外に出て(四門出遊)、老人、病人、死者を見て、自分もいずれそうなることを知って悩み、これを解決しようとして城を出たというのです。これが29歳の時だったと言われています。6年間の難行苦行の末、その苦行を捨てて山を下り、ニレゼー河を渡って、ピッパラ樹(菩提樹)の下で瞑想に入り、明けの明星を見て、遂に悟りを開いたと言われています。
それでは悟りを開いたことによって、何を解決したのか。それは老病死の問題で王位を捨てたのだから、老病死の問題を解決したのです。老病死の先には生まれるということがありますから、生老病死の問題を解決した。よく商売がうまくいかなかったり、受験や就職が上手くいかなかったりすると、四苦八苦しているなどと言いますがb、「人生は四苦八苦だよ」と言われると、「そんなことはない。人生には楽しいことも一杯ある」と反発するでしょう。
しかしこの四苦八苦の「苦」とは、「思い通りにならない」という意味だと言われると、生まれる、年をとる、病気になる、亡くなる、ということは正に「思い通りにならない」から「人生は四苦八苦である」ということは、まさにその通りだと気が付くでしょう。
インドから仏教が中国に渡った時、サンスクリットのドウッカを「苦」と翻訳したために、中国や韓国、日本の人々は、大きな誤解をしてしまったのです。しかし四苦八苦の「苦」は「思い通りにならない」という意味だと知れば、四苦八苦はまさに思い通りになりませんから、誰でも納得すると思います。従って釈迦は一切の苦しみ悲しみを乗り越えたから無条件の安楽(大安楽)を得、一切の思い通りにならないことがなくなったから、大自在の境地に至られたと言われているのです。
これを別の言葉でいうと、解脱涅槃で、解脱は生老病死の繰り返し(輪廻転生)から解放されること(大自在)、涅槃は無条件の幸福(大安楽)ということになります。釈尊はこの境地に如何にして至るかを説法されました。それが四諦(真理)八正道で、その最初の真理が「人生は四苦八苦である」でした。第二の真理は「苦には原因の集まりがある」、第三の真理は「苦の原因の集まりをなくせば苦はなくなる」、第四の真理は「苦の原因の集まりをなくす方法」です。
京都・総本山智積院の中心伽藍である金堂。宗祖弘法大師ご誕生千二百年の記念事業として昭和50年(1975)に建立された これを病気の苦しみとその原因、原因がなくなって健康を取り戻し、安楽と自由を得たことに譬えると、病苦の原因は三種類あり、直接的な原因と、間接的な原因と、無知だと考えられます。例えばお腹が痛い時、その直接的な原因は、胃癌か胃潰瘍か食あたりなどでしょう。そこでその原因がわかれば、手術をしたり放射線を当てたり、下剤を飲んで治療します。それによって痛みがなくなれば、健康を取り戻しますが、胃癌や胃潰瘍や食あたりになった間接的な原因があり、それは不摂生をしたり、ストレスが溜まったり、腐った物を食べたりしたからでしょう。それからさらに大事な原因があって、それは無知です。暑い日に水も飲まずにパソコンをやっていたら熱中症になるよという知識がなければバッタリ倒れて救急車で病院に運ばれるということになります。
そこで生老病死等の四苦八苦にも三つの原因があり、その直接的な原因は我執であり、間接的な原因は法執(自分は生まれてから死ぬまで変わらないと思っているが、それは自分という言葉が変わらないだけで実際には毎日毎年変わっていることに気が付かない)です。最後の無知に当たるものは無明でこれを打ち破るものが悟りの智慧であると考えられます。仏教の歴史はこの智慧を如何にして獲得するかの歴史であったと言っても過言ではないでしょう。従ってこの歴史をたどって実践すれば般若の智慧が得られると思います。
ただそれが得られなくても、直接的な原因と間接的な原因をなくせば痛みは無くなると思います。痛みがなくなれば四苦八苦はなくなるのですから、大安楽大自在の境地に至ったと考えてもよいでしょう。『般若心経』に「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄」とある通りです。
それでは年頭に当たって、皆様の幸運と安楽をお祈りして筆をおきます。
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よしだ・こうせき/昭和10年(1935)2月25日生まれ。90歳。自坊は埼玉県本庄市の宥勝寺。大正大学名誉教授。博士(文学)。令和7年(2025)6月28日から現職。任期は4年間。平成28年・30年に真言宗の最高厳儀である後七日御修法の供僧(伴僧・五大尊供)を務め、今年の御修法には舎利守として出仕する。令和4年(2022)に第32回中村元東方学術特別顕彰受賞。著書に『空海思想の形成』(春秋社)『やさしい密教』『覚鑁』(共に作品社)など。
2026/1/1
青森東方沖地震 むつ市と大槌町で曹洞宗2カ寺が避難所に
発生直後に受け入れ準備
青森県むつ市の大安寺(同寺提供)震源地に近い下北半島の津軽海峡に面する青森県むつ市大畑町の曹洞宗大安寺で8日夜に避難所が開設され、住民約180人が身を寄せた。避難所の開設は今年2回目。
地震の発生は8日午後11時15分。その10分後には受け入れ態勢に入った。7月のカムチャッカ半島沖地震で避難所を開設した経験から、スムーズに対応できたという。到達した津波の高さや休校などを伝える情報掲示板を設置し、避難者の不安をやわらげようと努めた。津波注意報が解除された9日朝に避難所を閉じた。
2019年の大雨で大畑町の市街地で浸水被害があり、海面から約15㍍の高台にある同寺にも住民が避難してきた。長岡俊成住職は「被害が長期間に及んだときに支援できるようにしておこう」と市に働きかけ、2022年4月に避難所の指定を受けた。翌年9月には市と災害時の協定を結んだ。ソフト面の強化を図ろうと、2023年に防災士の資格も取得した。
こうした準備が、今年に入って頻発する地震の際に役立った。「今回は停電や断水もなかったため乗り切れたが、今後さらに大きな地震が起きるかもしれない。しっかり備えておきたい」と語った。
岩手県大槌町の吉祥寺(同)最大震度5強の揺れを観測した岩手県では、津波警報が発令された沿岸部の大槌町で避難指示が出された。東日本大震災で避難者を受け入れ、記憶の風化を防ぐ様々な伝承活動を続ける同町の同宗吉祥寺で8日夜、避難所が開設された。
「カムチャッカ半島沖地震よりも強い揺れを感じた」と髙橋英悟住職は津波警報が出ると予想し、すぐに準備を開始。午後11時半に避難所を開設し、9日朝6時頃まで住民26人を受け入れた。
東日本大震災の経験から、近場の避難所ではなく海抜約60㍍の同寺を選ぶ住民もいたという。避難指示が解除されたのは9日午前3時頃だったが、残った住民が帰宅するまで閉鎖を延長した。
今回役場から物資が届かなかったため、寺院の備蓄品を提供。髙橋住職は災害時の対応について役場に確認を行ったとし、「大きな災害の前に新たな課題が分かってよかった」と話した。
2026/1/1
第8期臨床仏教師 2人を認定 3年余の研修修了し
臨床仏教師に認定された關氏(左)と丹羽氏(右)。中央は池田名誉所長(公財)全国青少年教化協議会(全青協)・臨床仏教研究所は12月7日、東京・芝の東京グランドホテル(曹洞宗檀信徒会館)で臨床仏教師認定式を挙行し、第8期を修了した2人に池田魯参同研究所名誉所長(駒澤大学名誉教授)から認定証が授与された。認証者はトータルで24人となった。
資格を認定されたのは關元生氏(愛媛県西条市・臨済宗東福寺派寿聖寺副住職)と丹羽隆浩氏(埼玉県秩父市・曹洞宗四萬部寺副住職)。およそ3年かけて座学やワークショップ、実践研修などを重ね、生老病死を含む現代社会が抱える諸課題を研さんした。
池田名誉所長が2人に認定証を手渡し、「おめでとう、しっかり頑張って」と激励した。両氏の認定期間に違いがあり、關氏は2025年12月1日から31年3月31日までの約5年。丹羽氏は2025年12月1日から28年3月31日までの約3年。丹羽氏は「臨床仏教師レジデント」となる。
認定書を手にした關氏は「とても重たいものをいただいた。皆さまや研究所にご迷惑をおかけしないよう、自分でできることを一生懸命精進してまいりたいと思います」と心境を語った。
丹羽氏は、臨床仏教師を志したきっかけが知人の母が末期がんで死去したことだとし、「その時から死に向かう方々に何かお手伝いができないかという思いで、無我夢中で来たような気がする。やっと目に見える形になった。しかしこれがスタート地点。気持ちを新たに色々な方々の思いに寄り添い、それが私の僧侶としての修行だと思っている」と決意を表明した。
臨床仏教研究所の神仁所長は、2人を祝福すると同時に若者たちの自死が増え、特殊詐欺に加担している状況に「経済苦と心の貧困が連動しながら進んでいるような思いをしている」と憂慮した。 そして「今日がスタート。それぞれ3年、5年後に再認定となるが、その中でどのような活動をしていくか。自分自身に気づきながらしっかりと他者ケアをしていくことが求められる。2人の姿を期待を持って見つめて参りたい」と現場での活躍を期待した。
2026/1/1
日蓮宗 井上日修管長就任奉告式
750遠忌円成へ常精進
就任の挨拶を述べる井上管長日蓮宗の第56代管長に推戴された井上日修・本山瑞輪寺貫首(88)の就任奉告式が12月17日、東京都大田区の宗務院で挙行された。井上管長は「祖願達成を目指し、日蓮聖人第750遠忌報恩奉行の無事円成に向け、常精進せんことを誓願し奉る」と6年後に迫った宗祖750遠忌への思いを語った。
式典では、管長推戴委員会の山田光映副委員長が井上管長の推戴に至る経過を報告。同委員会の総意により委員長を務めていた井上管長の推戴を決定し、委員長を辞した上で井上管長が推戴を承諾したことを伝えた。
井上管長に、山田副委員長による推戴書の奉呈、星日龍・管長代務による管長印璽の授与がなされ、田中恵紳宗務総長からは大僧正叙任、特別大法功章の奉呈がなされた。
田中総長は、体調不良のため辞任した菅野日彰管長の7年6カ月にわたる教導や星管長代務に宗会での教旨を賜ったことに感謝。井上管長には「第750遠忌事業の円成に向けてご教導賜りますよう伏してお願い申し上げます」と懇請した。
井上管長は、「宗門は今まさに6年後に迫った宗祖750遠忌に向け、いよいよ邁進致し始めたところ。けだし宗務院には宗祖750遠忌報恩奉行会、企画推進委員会が設けられ、6年後の準備も着々と進められております。不肖、その円成に向けて誠心誠意、精進致す所存」と述べ、事業円成に意欲を示した。(続きは紙面でご覧下さい)
2026/1/1
日蓮宗 新宗務総長に光岡潮慶氏
「行動力と機動力」で対応
新宗務総長に就任した光岡潮慶氏 日蓮宗は12月11日、田中恵紳宗務総長の任期満了に伴う次期宗務総長を選出する第125臨時宗会を東京都大田区の宗務院に招集し、愛知県名古屋市栄立寺住職の光岡潮慶氏(57)を新総長に選出した。光岡新総長は「余力を残すことなく、全身全霊を傾け宗政宗務に尽力する覚悟」と決意を表明。22日には宗務院で内局認証式が行われ、光岡内局が発足した。
11月の宗会議員選挙で宗政会派の明和会が過半数となる23議席を獲得。今月9日、宗憲による参与推薦議員が阿部和正議員(明和会)、田邉木蓮議員(同心会)に決定し、明和会24議席、同心会21議席となった。
投票の結果、光岡氏(明和会)が43票、藤田尚哉氏(同心会)が1票、無効票1票で光岡氏が新総長に選出された。
田中総長は退任の挨拶で4年間の任期中に実施したグランドデザインをはじめとする施策や改革に触れ、「すべての施策に共通するのは、宗門がこれから先も今までと同じように存続しうるであろうかとの強い危機感に根差している」と強調。
総長就任時に述べた「誰がするかは重要ではなく、何をするかが重要である」との言葉を再び議場に投げかけ、「その〝何をするか〟の問いに私なりに出した答えの一つがグランドデザイン。新たな宗務総長と宗務内局の方々には、ぜひともこのグランドデザインを基として、その具現化に取り組んでいただきますよう」と呼びかけた。
田中内局で総務局長を務めてきた光岡新総長は田中総長について「多岐にわたる大改革をわずか4年で着実に実行された」「常に物事の本質を見抜く洞察力と状況を的確に把握し判断する決断力をまじかに拝見してきた」と述べ、「田中総長の後任者として重責をしっかりと引き継がせていただくためにも、決意を新たにして常に日々精進して参る所存」と話した。令和13年に迎える宗祖750遠忌に宗門一丸となって邁進する必要を訴え、「自身の価値は行動力と機動力にあると自負している」と宗政宗務の諸課題に迅速に対応していく意向を語った。
光岡新総長は昭和43年生まれ。立正大学仏教学部宗学科卒。議員4期目。田中内局で総務局長、災害対策本部副本部長、管長推戴委員会委員、日蓮聖人第750遠忌報恩奉行会常任役員などを歴任。立正大学学園理事。全国日蓮宗青年会第28代会長を務めた。
2025/12/15
9人の研究者に仏教書・宗教書の「今年の3冊」を聞く
世界各地で起きる紛争や頻発する自然災害。人工知能の発展は目覚ましいが明るい未来につながるだろうか。昭和100年、終戦から80年の節目となった2025年。仏教書・宗教書にはどんな成果があったか。研究者に「3冊を」選んでもらった。(各書への評は紙面でご覧ください)
奥野光賢・駒澤大学教授(中国仏教)
①大久保良峻・川尻秋生編著『光定撰『伝述一心戒文』の基礎的研究』法藏館
②井上隆史・竹村牧男著『三島由紀夫と唯識』青土社
③石井公成著『「憲法十七条」を読みなおす』春秋社
師茂樹・早稲田大学教授(東アジア仏教)
①石井公成著『「憲法十七条」を読みなおす』春秋社
②大谷由香編『性なる仏教』勉誠社
③櫻井唯著『華厳教学の形成と展開』法藏館
松本峰哲・種智院大学教授(印度哲学・仏教学)
①一郷正道・小澤千晶・太田蕗子訳『全訳 カマラシーラ 修習次第 ―初篇・中篇・後篇』起心書房
②日本臨床宗教師会編集『スピリチュアルケア: 臨床宗教師によるインターフェイス実践の試み』作品社
③アニタ・イサルスカ著(高崎拓哉訳)『 葬祭ジャーニー 世界の「死」をめぐる、びっくりするような風習と儀式』日経ナショナル ジオグラフィック
猪瀬優理・龍谷大学教授(宗教社会学)
①キャロル・ギリガン著、川本隆史・山辺恵理子・米典子訳『人間の声で:ジェンダー二元論を超えるケアの倫理』風行社
②森山りんこ著『お寺に嫁いだ私がフェミニズムに出会って考えたこと』地平社
③安田菜津紀著『遺骨と祈り』産業編集センター
松尾剛次・山形大学名誉教授(日本仏教史)
①末木文美士著『道元 実践の哲学』角川書店
②村井章介著『定本中世倭人伝』講談社
③平雅行著『鎌倉仏教の中世』法藏館
大谷栄一・佛教大学教授(宗教社会学/近代仏教)
①呉 佩遥『近代日本の仏教思想と〈信仰〉』法藏館
②武井謙悟『近代仏教儀礼論序説』法蔵館
③引野亨輔『近世・近代寺院蔵書の社会史』塙書房
大竹晋・佛教翻訳家・宗教評論家
①西口順子著『女の力 古代の女性と仏教』法藏館文庫
②勝浦令子著『女の信心 妻が出家した時代』法藏館文庫
③森山りんこ著『お寺に嫁いだ私がフェミニズムに出会って考えたこと』地平社
杉浦道雄・同朋大学非常勤講師(真宗学)
①瓜生崇著『統一教会・現役二世信者たちの声―壁の向こうの言葉を聴く』法藏館
②四夷法顕著『日本浄土思想の歴史―円仁・源信・法然・親鸞』法藏館
③日本臨床宗教師会編『スピリチュアルケア―臨床宗教師によるインターフェイス実践の試み』作品社
今年の3冊文芸篇編
内藤麻里子・文芸評論家
①金原ひとみ著『YABUNONAKA』文藝春秋
②朝井リョウ著『イン・ザ・メガチャーチ』日本経済新聞出版
③朝井まかて著『どら蔵』講談社

