『週刊佛教タイムス』2025年5月22日号の新緑読書特集では、21冊の仏教書・宗教や信仰をテーマにした書籍をご紹介しました.
平井正修 著 『〈わたし〉を捨てる。山岡鉄舟に学ぶ「無敵」という生き方』 佼成出版社
浄土宗総合研究所 編著 『法然上人の教えとカウンセリング』 浄土宗出版
関澤まゆみ 著 『盆行事と葬墓習俗の伝承と変遷』 吉川弘文館
柿﨑明二 著 『権力の核心 「自公と創価」交渉秘録』 小学館
末木文美士 著 『霊性の日本思想 境界を越えて結び合う』 岩波書店
武井謙悟 著 『近代仏教儀礼論序説』 法藏館
大正大学地域構想研究所・BSR推進センター 編 『地域と寺院 まちに開き、まちを拓く』(1)(2) 大正大学出版会
長松清潤 著 『こころ仏る』 東京ニュース通信社
『親身に寄り添ってくれる十一人の僧侶図鑑』 ラシサ出版
小倉幸雄 著 『仏教から読み解く老舗 企業『長寿』の不思議』 サンライズ出版
武内孝善 著 『ご宝号念誦 その成り立ちとこころ』 春秋社
山本譲司 著 『出獄記』 ポプラ社
本願寺史料研究所 編 『増補改訂 本願寺史 第4巻』 本願寺出版社
『禅の風 55号 特集「火伏の神 天狗と秋葉三尺坊」』 曹洞宗宗務庁
文・苅田澄子 絵・中川学 『だいぶつさま かぜをひく』 アリス館
保阪正康 著 『右翼と左翼の源流』 文春新書
川添泰信 著 『値遇のこころ』 永田文昌堂
川副秀樹 編著 『江戸東京 庶民信仰事典』 国書刊行会
曽根宣雄 著 『法然上人の生涯と教え』 ノンブル社
吉田宏晢 著 『やさしい密教』 作品社
新緑読書特集2025の書評の一部をご紹介
『〈わたし〉を捨てる。 山岡鉄舟に学ぶ「無敵」という生き方』
平井正修 著 佼成出版社
幕末三舟の一人、江戸無血開城を導いた山岡鉄舟が辿りついた境地「無敵」。鉄舟居士が幕末維新期に殉じた志士たちの菩提を弔うため創建した谷中・全生庵の住職が、その極意をひもとく。
鉄舟居士の大悟の言は「自己あれば敵あり、自己なければ敵なし」だったという。ここで言う無敵とは「向かうところ敵なし」という一般的な意ではなく、自己を滅する仏教的な生き方を指している。これが本書を貫くテーマだ。
鉄舟居士は剣の達人として知られるが、名だたる禅僧に歴参修行し、ついには京都・天龍寺の由理滴水老師から印可を受けた禅の求道者でもあった。だから鉄舟居士の無敵の境地は仏教の説く無我の教えに通じている。
本書では心が惑わされるような日々の場面で、心を調えるヒントが説き示される。生きていく中で壁に突き当たったり、何かにつまずいて転んだりする。もちろん、悪だくみする人がいたり、障害物があったりすることは事実だ。そんな世知辛い社会でどうやってまっとうに暮らしていけばいいのか。
その答えは、究極的には無敵の境地にあることは想像できる。だが、私を捨てるという事態は可能なのか。「真理」は直接的に言い表せないもの。鉄舟居士の生き様や著者の体験を交えつつ、その周辺を巡って浮かび上がらせようとする。
「『関係』を心得る」、「自己を調える」、「幸福の在り処」、「思い込みを転じる」の各章で取り上げる話題の中で行きつ戻りつ、無私性へと向かっていく。(四六判・152頁・価1760円)
『法然上人の教えとカウンセリング』
浄土宗総合研究所 編著 浄土宗出版
法然上人の教えの根底にある人間観に基づくカウンセリングを提唱した中原実道師の理論や実践を解説。浄土宗僧侶向けの言わば「法然仏教カウンセリング」の入門書として、悲しみや悩みを抱える人にどのように寄り添い、接していくかを学ぶ一冊となっている。
副題は「凡夫が凡夫によりそう」。この言葉に法然仏教カウンセリングの根本的な立ち位置が示されている。自分自身も迷い続ける存在であるという凡夫の自覚から出発し、「全ての人を平等に受け入れられない」「来談者の精一杯の気持ちだけを受け止める」ことがまずは大事だと教える。
この「凡夫が凡夫によりそう」という芯があることで「傾聴」などのカウンセリングの有用性を学びながらも、増上慢に陥らずに相手によりそうことができる。
本書は、より実践的な解説として「傾聴」でのカウンセラーの態度に着目し、相手の心を変えることや話を聞き出すのではなく、カウンセラーの態度を重視する。クライエントとカウンセラーの〝関係の質〟に大きな影響を及ぼすからだ。
法然仏教カウンセリングでは、困難な苦しみや悩みに向き合うあり方を法然上人の教えからいただき、阿弥陀仏の視点で捉える。現代的に教えをアレンジしたものではなく、現代カウンセリングを否定しているものでもない。真正面から法然上人の教えや人間観から導き出すカウンセリング。もちろん檀信徒と接する時でも必要となる内容だ。(四六判・208頁・価2420円)
『近代仏教儀礼論序説』
武井謙悟 著 法藏館
近代仏教研究において儀礼が対象とならない傾向は長く続いているという。ビリーフ(信念体系)に重きが置かれプラクティス(慣習行為)が軽く見られるようになった近代の宗教観を反映したものと思われるが、しかし現在、葬儀も坐禅も開帳も命脈を保っており、仏前結婚式も数は多くないものの行われている。これらの儀礼が近代においてどのように隆盛し、衰退していくのかの過程を、新聞雑誌記事の詳細な調査を基礎に分析する。
著者は曹洞宗僧侶でもあるため、禅の儀礼について特に深く掘り下げている。第4章「授戒会の動向」では、明治初期にはレベルが低い戒師による授戒会が横行しており「醜態」とまで言われるほどだったが、曹洞宗はそれを是正することに腐心し、一方で金銭上納の規則も明確に定めたことで、寺院・教団にとって重要な収入源になっていったことを指摘。戦前期から戦後期の授戒会の差定には『血盆経』が含まれており、差別的な女性観を前提とすることは問題とした上で「授戒会に参加する女性の割合が高かったこと」を推測している。また天皇から禅師号を受けた曹洞宗管長による授戒会親修が、間接的に天皇への肯定的イメージを地方の民衆に与えたという指摘は、今後、他宗の管長との比較を通して掘り下げてほしい。
5章では禅会について詳述。明治~大正期には釈宗演が師家となる正覚会・禅道会など、修養性が強かったが、やがて「虚弱な体を治したい」といった現世利益性の強い参禅者も増えてくる。そして戦争の時代には「物資の少ない戦時体制に適応する実践」の儀礼として女性やサラリーマン層にも広まったという。
かつて施餓鬼が言論の自由の擁護や戦没者供養といった社会性を持っていたことを示す第2章、仏前結婚式の普及が進まなかった理由を挙げる第7章など、どれも興味深い。「近代日本の仏教儀礼は、知識人からの批判の対象や『信仰』に従属したものという側面だけではなく、仏教や教団の命脈を保つ重要な要素」だったのだ。近代開帳年表・禅会一覧表・仏前結婚式一覧表も大作。(A5判・480頁・価6050円)
『出獄記』
山本譲司 著 法藏館
秘書給与詐取事件で刑務所に服役した元国会議員の著者。その体験は『獄窓記』として世に送りだされた。耳目を集めたのは刑務所には日常生活に支障を来す障がいを抱えた人たちや、認知症の人たちが一定数存在することだった。彼らの排泄の世話までした著者は出所後、障がい者の受刑者らに目を向けると共に、矯正行政の見直しを働きかけてきた。
そして同著刊行から22年を経て上梓されたのが本書である。出獄後、著者は全国各地の刑務所を訪れ、刑務官たちから意見を聞き、さらに元受刑者(出所者)を福祉につなげる地域組織や実際に受け入れている更生施設などを訪問し、当事者らと会話を重ねてきた。その歩みをノンフィクション(一人称)とフィクション(三人称)に分けて記述。フィクションとしたのは個人情報に配慮したためだ。
死刑に立ち会った刑務官の心情、外国人受刑者の沈黙、出所した女性元受刑者の足取りなどを描き出す。知的障がいのある元受刑者のために奔走する施設の職員たちの思いと願いが、元受刑者には必ずしも伝わっていない。職員たちの辛抱強さには頭が下がる。
本書でしばしば重要な数値が提示されている。例えば他殺死亡者の減少と厳罰化の傾向。1980年代後半は年間1千人ほどが殺人などの犠牲となっていたが、2000年代半ばには600人を切り、20年代以降は年間200人台。一方、1991年の無期確定者は24人だったが、刑の上限が引き上げられた2005年は134人に達した。仮釈放も減少しており、長期化は当然、受刑者の高齢化となる。
全体を通して日本は元受刑者が生きていくには厳しい社会であることがわかる。同時に問われているのは、受刑者や元受刑者ではなく、むしろこの日本社会のようだ。
本書でまったく触れていないのが教誨師である。死刑に関する文脈に「僧侶」の文字があるだけ。現在1700人以上存在する教誨師たちは、障がいを抱えた受刑者にどう接しているのだろうか。次作でぜひ教誨師を加筆して欲しい。(四六判・358頁・価2090円)
『地域と寺院―まちに開き、まちを拓く』(1)(2)
大正大学地域構想研究所・BSR推進センター 編
大正大学出版会
寺院が生き残りを賭けて地域の課題解決に取り組む事例を取材した月刊『地域寺院』の巻頭特集「まちに開き、まちを拓く」をまとめた書籍が全2巻で刊行された。未来の寺院のあり方を模索する全国91寺院の活動をレポート。これからの寺づくりのヒントが満載の一冊となっている。
少子高齢化や儀式の簡素化、寺離れ、墓じまいなど寺院を取り巻く環境が厳しさを増す昨今。社会に必要とされる寺院・僧侶とは何か、各地で地域に向き合う活動をしている寺院を紹介する。取り挙げた寺院は、宗派も地域性も様々。そして、活動はカフェ、フェスタ、宿坊、縁日、学童保育、震災支援など多岐にわたっている。なぜその活動を始めたのか、楽しみや苦労はどんなことがあるのか、登場する住職たちには必ずその活動への思いがある。参考になる事例があるはずだ。
第2巻の巻末には、取り挙げた寺院の索引と共に、活動形態の4分類も提示されている。
イベント型は、寺院内外の人々と力を合わせて行う地域集約・協働型。定例型は、寺院の催しを通して交流の無かった地域住民がつながる縁結び型。日常型は、日常の交流の中で地域の課題を発見していく課題発見型。そして事業型は、寺を拠点にNPOや社会福祉法人などを設立し地域の課題解決に乗り出す課題解決型と定義する。これからの時代の寺づくりの参考書として宗派を問わず参考にできる内容だ。(B5判・1巻192頁、2巻200頁・各価2970円)