2020/1/9・16
展望2020 僧侶の資質向上と再教育 急速に進む変化に対応を(今岡達雄・浄土宗総合研究所副所長) 


今岡達雄・浄土宗総合研究所副所長ー僧侶の資質向上や再教育はなぜ必要なのか。
 わが国は超高齢化・少子化が進行し人口減少社会になりました。家族形態も核家族化ばかりでなく、さまざまな世代で単身世帯が増加しています。もう一つ重要なことは多様な価値観が許容される社会になったことです。このような社会変化は寺院活動の基盤となっていた寺檀関係に大きな変化をもたらしています。人口減少や世帯数の減少は檀家の減少をもたらし、価値観の多様化は祭祀の簡素化に向かっています。

 これまでの習慣化された社会の中での寺院活動から、急速に変化する社会に対応した寺院活動が出来る教団に変わる必要がありますが、そのためには人的資源が極めて重要であるといえるでしょう。つまり活動の中心となるのは教師であり、変化への対応には教師の資質向上が必要となります。

 教師資格の取得には一定水準の教学、布教、法式の知識と伝宗伝戒(加行)を受けることが必要です。しかしこれは教師としての最低限必要なレベルであり、教師資格取得後の不断の学習と実務経験の積み重ねによって一人前の教師になると考えられます。これに対応して僧階、教階、学階という階位を設け、それぞれ実務、教化、教学の業績を評価し階位の進叙を行ってきましたし、様々な講習会、研修会を開催して生涯研修の機会を設け教師の資質向上を図ってきました。

 近年あらためて教師の資質向上、生涯教育の具体的施策を行っているのには様々な理由があります。例えば、従来の仕組みでは受講の機会に恵まれない教師の方々が存在する。つまり法務以外の仕事を兼職しているという時間的制約、京都や東京といった都市部で開催される研修会には遠隔地からの参加が困難であるという空間的制約の問題への対応です。
また、最近の社会変化は急速に進むので、その変化へ対応した研修プログラムが必要となります。一人でも多くの浄土宗教師が生涯研修の機会に恵まれ、不断の資質向上を目指すことが出来るような施策が必要と考えます。

浄土宗教化研修会館として改修された源光院(京都市東山区)ー今、僧侶に求められるものは何か。また教団はどのようなバックアップが出来るのか。
 現代社会の中で浄土宗教師に望まれる教師像とはどのようなものでしょうか。まさにこの質問が研修プログラムの一つになっています。つまり、一つの典型的教師像を描くのではなく、現代社会には多様な教師が必要であり、教師一人ひとりが自らの教師像を意識し、学習し活動することが必要であると考えます。この研修プログラムの中では、教師が備えることが望まれる因子を8つ挙げています。詳しい説明を省きますので誤解される可能性もあるのですが、要約すれば以下の通りです。

①社会人としての一般常識がある
②僧侶として聖性がある
③信仰心があり、念仏実践者である
④浄土宗僧侶としての基礎能力がある
⑤死者儀礼を通じて檀信徒と共感できる
⑥寺院管理運営者としての知識と技能を持っている
⑦社会の弱者と共に生きることが出来る
⑧一般社会で必要とされる専門知識を保有している

 ここで提示した因子には、浄土宗教師の基本として不可欠な因子、住職になったら不可欠な因子、社会事業やボランティア活動の根源となるような因子、臨床宗教師のように医学・看護・介護などの専門知識が重視される因子もあります。
これらすべての因子を高いレベルで具備していることが理想ですがそれはかなり困難なことであり、各教師が自分自身がどのような教師になるかを意識することが重要と考えます。

 浄土宗では教化研修会館を開設し生涯研修のための様々なプログラムを開催しています。「教師研修会」は教師を対象にしたプログラムで全教師が受講することを目標にしています。「実践講座」は実務の研鑽の場で「布教編」「『選択集』編」「法式編」「『御法語』編」「ともいき編」「年中行事編」「寺院運営編」など、教師が具備すべき因子のブラッシュアップが目的です。

ーすでに寺院住職の立場にあるものは、資質向上をどのように心がけたらいいのか。
 浄土宗では、現実的な方法として世襲を柱にした寺院継承が行われています。それぞれの寺院の状況によって、伝宗伝戒を受けた直後に若くして住職になる場合もありますし、長い副住職経験を経て住職になる教師もいます。住職就任時点での実務経験や知識レベルは著しく異なりますし、実務上の問題解決能力にも大きな差があることは事実です。この問題を解決する方法の一つが生涯研修です。住職という職務に依らず教師には生涯研修が必要と考えます。

 いまおか・たつお/1948年千葉県生まれ、早稲田大学理工学部、同大大学院修了。(株)三菱総合研究所にて20有余年技術予測、需要予測等を担当、技術戦略部長で退職。1980年善照寺住職。98年浄土宗総合研究所入所、専任研究員、主任研究員を経て12年より副所長。研究実績に技術予測関連で『価値観の研究』『科学技術の進歩とその社会・経済との関連』。仏教関連では『社会変化と浄土教』『科学技術の進歩と浄土教』『生命倫理問題への浄土教団としての視座』。最近研究では『教化センター論』『僧侶論』『浄土教社会福祉論』など。

2020/1/9・16

TBSドラマ『病室で念仏を唱えないでください』 善立寺で制作発表会 僧医役の伊藤さん「深い縁感じる」

 
多数の僧侶も参加した制作発表会。前列左から余貴美子さん、ムロさん、伊藤さん、中谷さん、松本穂香さん、片寄涼太さん 僧侶で救命救急医師の「僧医」が主人公のTBS金曜ドラマ『病室で念仏を唱えないでください』(1月17日午後10時スタート)の試写会と制作発表会が9日、同ドラマの仏事監修を務める新倉典生氏の自坊、東京都足立区の日蓮宗善立寺で行われた。主演を務める伊藤英明さんをはじめ中谷美紀さん、ムロツヨシさんら主要キャストが登壇した。

 ビッグコミック(小学館)で連載中のこやす珠世さんの同名漫画が原作。主人公の「僧医」松本照円(伊藤さん)の奮闘する姿を通して、「生きることとは、そして死ぬとは何か」を問う医療ヒューマンドラマだ。伊藤さんは子どもの誕生、恩師の死などを経験し、「生と死という人生の岐路を感じている時に素晴らしい役をいただいたことに感謝をしつつ、深い縁も感じます」と今作への想いを明かした。毎日読経するなどの役作りをしたという。同僚医師を演じる中谷美紀さんは「本来は無宗教」だそうだが、「僧医」松本の人間味溢れるキャラクターや伊藤さんの演技に、「極楽浄土はもとより、地獄の果てまでお供したいという気持ち」と話した。

 見どころとして伊藤さんは「医療で人を救う側面だけでなく、患者と患者に関わる人に仏教を通して、何を残せるか、救っていけるか。一筋縄ではいかないですが」と述べ、エリート外科医役のムロさんは、「救おうとして救えなかったもの、遺された者たちがどう前を向いていくかが大事なところ」と話した。
 
 仏事監修を務める新倉住職は「仏教の言葉や僧侶の振る舞いは、人を苦しみから救うことが出来る。そんなことを感じてもらいたい」と話した。東北大学で臨床宗教師養成に携わる谷山洋三准教授がチャプレン監修を務めている。

2020/1/9・16

ひと 石塚慈雄氏 栃木県日光市・輪王寺第86世門跡 新しい形の供養営む

 
石塚慈雄・輪王寺門跡 世界遺産・天台宗日光山輪王寺(栃木県日光市)の石塚慈雄・第86世門跡(70)が12月26日、同寺本坊で就任会見を開き、「墓じまいの悩みに応える、全く新しい形の供養を営みたいと考えている」と抱負を語った。

 祈祷が主の同寺だが、「信者から少子高齢化で〝お墓や位牌をどうしたらいいか〟と相談を受けるようになってきた」。「永代供養や納骨堂ではない」新しい供養のあり方を検討しているとし、「2~3年後には具体化するのではないか」と話した。

 石塚門跡は昭和24年(1949)3月生まれ。一山安養院住職。中央大学文学部英文学科と大正大学仏教学部卒。栃木新聞社記者を経て昭和54年から輪王寺に奉職。財務部長や堂務部長など要職を歴任した。
 20年ほど前に病気で視力を失った。だがそうした苦難とは逆に自身を「ざっくばらん」と語る率直な明るい人柄が、多くの人を魅了している。

 そんな石塚門跡の観光振興策はユニークだ。「観光客が減って疲弊している」奥日光・中禅寺の愛染明王堂に俳優・加山雄三さんの「君といつまでも」の歌碑の建立を計画。「ここで撮影された映画で歌った愛の歌。年齢を問わずに様々なカップルが〝君といつまでも〟と愛を誓う名所にしたい」

 平成25年7月から停止している日光二社一寺(二荒山神社・東照宮・輪王寺)の共通拝観券については、「窓口でお金を払う方法はもう古い。海外の観光客にも対応できるキャッシュレスの拝観制度など新しい構想を温めている」と意欲。「拝観料設定の問題なども含めて春頃から本格的に話し合っていきたい」とした。

 新門跡は平成26年6月から運営トップの執事長を務めてきたが、2期目(1期3年間)の途中で門跡に就任することになった。門跡任期は5年間だが、「前(執事長時代)から続けてきたことの形が決まれば、早めに辞めてもいいかな」と微笑んだ。

 心配しているのは、一山15カ院のうち2カ院が兼務状態にあること。「後継者難が深刻になりつつある」との見解を示し、「一般の人から募集し、僧侶として養成していく時代が来ているのではないか」と話した。

 石塚門跡は小暮道樹門跡の任期満了を受け、日光山一山会議の推薦により12月21日付で就任。晋山式は3月末に平成大修理を終える三仏堂(本堂)の落慶法要と合わせて「夏頃になる」予定。

2020/1/9・16
僧侶を育てるということ 後継者育成の現状と未来② 


曹洞宗、人口ピーク後に増加も
 曹洞宗の教師資格新規取得者数は①1990年は183人、②2000年は223人、③2010年は281人と増加してきたが、④2018年では251人と減少した。日本が人口減少社会に転じた2008年は226人だった。人口のピーク以降も増えているのは注目される。教師補任者が増加した理由はいくつか推測できるが、一つには1995年宗議会で僧侶教師分限規程が見直されたことでの、取得要件の緩和が挙げられるだろう。人口増減と教師資格取得者数が必ずしも連動しているわけではないケースは興味深い。
なお、法階を備え、安居を終えても教師資格をすぐに取得しない場合もある。

直近では回復の妙心寺派 
 臨済宗妙心寺派では14ある法階のうち、法脈相承を証する「前堂」の一つ手前の位「首座」以上の法階が教師とされている。教師資格の新規取得者の統計がないため、僧侶となれる最初の法階である「沙弥」の取得者数から推移を見ることとした。①100人→②104人→③96人→④57人と減少傾向にはあるが、直近の2019年は大きく増加し、83人(今月10日現在)となっている。

 近年の「前堂」以下(沙弥から前堂まで5法階)の取得者数は、2015年の359人をピークに2016年267人、2017年238人、2018年238人と減少傾向にある。

智山派は尼僧割合アップ
 真言宗智山派は①63人→②74人→③→62人→④42人。2010年以降のここ10年ほどは他宗派と同様に減少傾向にあるが、一方で尼僧は①3人→②2人→③9人→④6人とやや増加傾向にある。全体が減少しているため、尼僧が占める割合は必然的に高まり、1990年で約5%だったのが2018年では3倍の約14%にまで伸びていることが分かった。

2020/1/1
新春エッセイ 森川宏映・天台座主 「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」


森川宏映 天台座主 新年明けましておめでとうございます。皆様におかれましては、清爽の気みなぎる初春を迎えられたことと、お慶び申し上げます。

 さて昨年を振り返りますと、天皇・皇后両陛下の御即位、そして新元号「令和」が公布され新たな御代が始まりました。またラグビーW杯での日本チームの活躍や、ノーベル化学賞受賞など、日本国民にとって誇らしい出来事があり、国中に笑みが溢れたことは、真に喜ばしいことでした。

 しかし、その反面、悲しむべき出来事も多々ありました。国内では、7月のアニメ会社放火殺人事件、8月の九州北部での豪雨災害、さらには関東・東北地方を中心に襲った台風15号・19号による大災害がありました。こうした事件、災害にあわれました方々には衷心よりお見舞い申し上げます。

 その自然災害の原因とされる地球温暖化問題が、近年、私たちの生活を脅かすようになりました。

 私は比叡山の山林保護を志して農学部に進学し、卒業後は比叡山延暦寺で長年営繕管理に携わって参りました。比叡山には、山林を伝教大師のお衣と考えるゆかしい伝統がありますが、私も山林の仕事を通して、天台本覚思想が身についたと思っております。人間ばかりでなく、動植物、鉱物などあらゆる存在は仏性を持ち、成仏できるとする天台本覚思想の草木国土悉皆成仏という考え方こそ、仏教の中心思想であると思うのです。それこそ環境破壊の問題を解決できる糸口になろうかと存じます。

 また世界を見渡しても神仏に代わって経済発展こそを最高規範とし、加えて自国第一主義が蔓延し、人々は互いの慈悲の心を忘れているように見受けられます。そのゆがんだ状況が富の偏在と差別の増長を生み、負の連鎖となって人々を苦しめているのです。

 昨秋、ローマ教皇フランシスコ聖下が来日されましたが、わたくしも広島での「平和のための集い」に参列させていただきました。平成28年のバチカン以来の再会に、固い握手を交わし友情を確認しあいました。

 その平和メッセージでは、核兵器の使用を非難され、「真の平和とは非武装の平和以外にありえません」と述べられ、その強い姿勢に共感いたしました。神仏から授かった私たちの“いのち”を、人間が作り出した核兵器によって奪うことはあってはならないことでありましょう。

 社会での自分の立場を考え、人を思いやる心を持ち、行動や会話の前に今一度、神仏の思いに叶っているかを考えてみてください。人間ひとりで生きている訳ではありません。自然との共生、人との共生を考えて生活することが大切です。それが宗祖伝教大師最澄様が申された、「己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」の精神を実践することになります。

 安寧の世界が一日でも早く訪れますよう、神仏のご加護を仰ぎ、皆様と共に行動して参りたく存じます。

 もりかわ・こうえい/大正14年(1925)10月22日愛知県生まれ。京都大学農学部卒。昭和11年得度。同25年延暦寺一山眞藏院住職に就任。平成11年11月から平成18年11月まで京都・毘沙門堂門跡門主。平成6年に戸津説法を務める。延暦寺副執行・天台宗宗議会議員(一期)・一隅を照らす運動会長・延暦寺学園比叡山中学校校長・延暦寺学園比叡山高等学校校長などを歴任。平成27年12月14日、天台座主に上任。

2020/1/1

真言宗智山派 芙蓉良英総長 再選 

  
再選した芙蓉総長 11月28日に発令された真言宗智山派の宗務総長選挙の立候補届け出が12月8日午後5時に締め切られた。立候補者は現職の芙蓉良英氏1人だったため、当選人に確定。令和5年に迎える「宗祖弘法大師ご誕生1250年慶讃事業の完遂」に向け、来年3月28日から2期目(任期4年間)に入る。

 立候補にあたり、選挙公報を発表。重点施策として、①現在進めている「慶讃事業の完遂」②ペーパーレス化とデジタル化、インターネット化の推進、出張不要の遠隔会議システムの構築などによる「一層の宗務の効率化」③サポート体制の拡充で兼業・兼職する住職の負担軽減を目指し、少子高齢化社会での寺院支援体制の整備も視野に入れた「教育と教化の更なる充実」④災害対策の充実やキャッシュレス決済による利便性の向上も盛り込んだ「総本山智積院の護持と興隆」などを掲げた。宿坊・智積院会館の新築と新活用案策定も進める。

 芙蓉総長は昭和31年12月15日生まれの63歳。東京都港区三田・大聖院住職。東京西部教区長や内局財務部長(2期)・総務部長など要職を歴任し、平成28年から現職。

2020/1/1 
世連日宗委大会 地域の宗教施設結び SDGsを点から面へ 枡野俊明氏が提案 宣言文「地球ワンチーム」


相互理解によるグローバルなSDGs活動を期待した枡野氏 世界連邦日本宗教委員会(会長=田中恆清神社本庁総長・石清水八幡宮宮司)主催の第41回世界連邦平和促進全国宗教者・信仰者神奈川寒川大会が12月17日、寒川町の寒川神社を会場に開催された。「令和の平和への願い」のテーマのもと超宗派から200人余が参加した。
 
 開会にあたり、大会会長の寒川神社宮司の利根康教氏が挨拶し、神社の歴史や地域での活動を紹介。終戦70年の節目には寒川仏教会の12カ寺と共催で「平和祈願祭」を本殿で執り行ったとし、「異なる宗教であっても平和を希求する気持ちにはいささかの相違もないことを再認識することができた」と述べた。

 昭和40年代から携わってきた田中会長は、先達の一人である比叡山延暦寺の故葉上照澄長臈から賜った「打ち上げ花火じゃいかんぞ。始めたら一人になろうが、続けていかないと意味がないんだ」との言葉を紹介。そして「この教えを受けて今できることを考えて、多くの教団の方のご協力を得ながらこの大会を続けさせて頂いている」と協力に感謝した。

 特別講演は、曹洞宗僧侶で庭園デザイナーの枡野俊明氏(多摩美術大教授)が「相互理解と連携の推進」と題して。モノが溢れ、スピード化され、情報過多の中で心のよりどころを失っているのが現代社会だと分析。寺院においても檀家制度が「音を立てて崩れている」とした。

 庭園デザインの仕事を通じてさまざまな宗教と交流してきた体験を披露しながら、「宗教界全体で相互理解を活発にしていく必要がある。世界連邦日本宗教委がその中心となり、プラットフォームをつくっていくことが意義深いのではないか」と提案した。

 さらに「宗教の基本はその地域に根ざしていること。神社や教会やお寺。それらの点をどう結び付けて線や面にしてグローバル化させてくかが今後の課題であり、問題を共有化していくことが大事だ」と提起した。

 具体策として「誰一人取り残さない」との理念を掲げる国連のSDGs(持続可能な開発目標)に着目。各地で実践されているゴミを減らす活動や地球温暖化への対応、子ども食堂に象徴される貧困問題などを列挙し、「それぞれが点と点で行われている。つながりと連携を持って取り組んでいけば大きな面、大きな力になる」と相互理解ネットワークによるグローバルな活動を期待した。

 続いて、基調講演として外交評論家の加瀬英明氏が「世界が日本を待っている」のテーマで、新元号「令和」の意味や、海外では「神道=エコロジー」として受容されている事例などを話した。

 最後に、「一人ひとりが勇気を持ち、世界連邦という『地球ワンチーム』を信じて前進していくことができるならば、必ず世界の平和は訪れると確信いたします」と結ばれた大会宣言文を採択して閉幕した。

 大会に先立ち参加者は、本殿で平和の祈りを捧げた。

2020/1/1
東京茶道の本山・護国寺 仲麿堂・箒庵・三笠亭を公開


仲麿堂の内覧会でお堂や仲麿塚を見学した参加者 真言宗豊山派大本山護国寺(文京区)で12月12・13・16・17日に、茶道関係者や文化人らを招いて、仲麿堂・箒庵・三笠亭の内覧会が行われた。4日間で約120人が訪れた。

 大正・昭和期に実業家として活躍、護国寺の檀家総代を務め、同寺を東京茶道の本山とすべく尽力した高橋箒庵居士(1861~1937)。箒庵が奈良・阿倍文殊堂前にあった阿倍仲麻呂の招魂塚「仲麿塚」を買い取り、大正13年に護国寺境内に遷座させたうえ、自邸の小堂を移築して「仲麿堂」を建立。堂内には高村光雲に師事した彫刻家の内藤伸作の仲麿像が安置されている。仲麿堂にはその後、護国寺最初の茶室である「三笠亭」や小間の「箒庵」も設けられ、茶道の発展に寄与した。

 これまで裏千家の宗匠が堂守を務めて、茶道の稽古や茶会などで使用されてきたが、昨秋に急逝したため、護国寺の茶寮事務局が運営を引き継いだ。これを機に、広く一般にも公開することを企図し内覧会を開催。社寺と数寄屋と田舎屋が融合した貴重な建造物がお披露目された。

 茶寮事務局の伊澤元祐氏は「仲麿堂」の歴史を説明したうえで「茶室を利用して何ができるのか。みなさまのお知恵を拝借しながら、文化的なことで社会貢献ができないかなと考えている」と協力を呼びかけた。

 護国寺では毎年12月に高橋箒庵居士を偲ぶ箒庵忌法要を営むほか、護国寺慈善茶会も行われている。今年で53回目の慈善茶会は15日に開催され約700人が参加。茶券の売り上げは「読売光と愛の事業団」に寄付されている。

2020/1/1
僧侶を育てるということ 後継者育成の現状と未来① 教師資格新規取得者 各教団30年で減少傾向 

本願寺派の教師教修が行われる西山別院(京都市西京区)の研修道場 新時代の僧侶育成とは?
 過疎化と一極集中、少子高齢社会、葬儀離れなどが寺院や教団のあり方に影響を与え出してきている。主として社会的要因だが、他方で仏教界内部からは複数の共通課題が浮上してきた。例えば住職・僧侶(教師)の資質向上が挙げられる。事件や問題が頻発し、一部では教師資格取得後の再教育・再研修に力を注いでいる。もう一つが僧侶(教師)養成である。僧侶となるには動機(発心)があるはずだが、世襲化した今日ではさほど問題にならない。そうした中で後継者不足が続いている。各教団の教師資格の現状や新規教師数、僧侶育成の現場などをシリーズで追ってみたい。(続きは紙面でご覧下さい)

本紙調査 教師資格新規取得者数 各教団30年で減少傾向
 近年、寺院の後継者不足が大きな課題となっている。寺院住職・副住職となるには各宗派の「教師」資格を取得しなければいけない。実際に教師資格を得る僧侶は年間どれほどいるのだろうか。

 昨年、弊紙では平成仏教を振り返る企画のなかで各教団の寺院数、予算、教師数の推移を調査した。結果、平成30年で教師数に大きな変動はなく、平成の時代は増加傾向をみせていたが、今回改めて各教団の教師資格取得者数を調査した。その結果から、①1990(平成2)年、②2000(同12)年、③2010(同22)年、④2018の10年毎の4年分の数字を表にした。概ね各教団の教師資格取得者数は減少していることが分かった。(紙面では浄土真宗本願寺派・真言宗豊山派・日蓮宗・浄土宗の教師資格新規取得者数をグラフで紹介しています。続きは紙面でご覧下さい)

2020/1/1
災害復興と寺院 台風15・19号、東電福島原発事故、阪神淡路大地震 復興の今

  
 昨秋の台風15・19号の被害は広範囲に及び、現時点でもまだ復旧段階の地域がある。原発事故から9年を迎え避難解除のあった地域では過疎や高齢化、生活環境の整備などの課題を抱えながら復興への道を歩む。そして阪神淡路大震災からは25年を迎える。伽藍の再建を果たした寺院もあれば、途上の寺院もある。

 地震や津波、火山噴火など自然災害の多い日本列島。近年は、地球温暖化が要因と考えられる巨大台風や豪雨が毎年相次いでおこり、その被害が全国各地に広がっている。加えていうならば、全国に建設された原子力発電所もまた原発災害という大きなリスクをはらんでいる。災害への備えは、今後の寺院運営にも不可欠の要素となっていくだろう。各地の寺院の災害復興の今をレポートする。

倒壊した国指定重要文化財の「表門」の前で現状を話す岩間副住職 被災から3カ月 復興の目途立たず 
 9月9日に上陸し、大きな被害をもたらした台風15号。その後の台風19号もあり、3カ月経った今でも完全に復旧しているとは言い難い状況にある。聖徳太子が開基し関東最古の古刹である千葉県君津市の真言宗智山派鹿野山神野寺(山口照玄住職)も復興の目途が立っていないのが現状だ。

 台風が通過した朝、院代を務める岩間照種副住職(47)が目にしたのは、荒れ果てた寺の姿だった。境内全域も枝や枯葉で覆われ、岩間副住職は「まるで絨毯のようだった」と話す。寺のシンボルの一つであった国指定重要文化財の表門は、雨風をしのぐ鉄の保護屋根もろとも倒壊していた。

 「表門」の他にも道場半壊・宝物殿屋根損壊・奥の院半壊・本堂銅板別離・護摩堂半壊・太子講堂損壊・霊神塔損壊・九頭竜堂全壊・鐘楼堂屋根損壊・宿坊損壊・書院損壊…。全ての諸堂、伽藍に被害があった。現在でもお堂にもたれたままの倒木や応急処置のままのブルーシートが被害の大きさを物語っている。

 本堂と仁王門に比較的被害が少なかったのは不幸中の幸いだった。「お正月お参りしていただける本堂と仁王門は無事だった。御本尊が守ってくださったと思う」

 大きな被害があった堂宇は本堂を取り囲むように点在しており、「つむじ風か竜巻のようなものが起こり本堂の周りを通ったのではないか」と岩間副住職。文化庁の文化財担当職員が言うには「保護屋根と一緒にこの表門は一度持ち上がって、それから落ちている」と吸い上げられるような力が働いたようだ。それを示すように、書院の床板も下から突き上げられたように外れていたという。(続きは紙面でご覧ください)


2カ月を費やしようやく泥を除去した境内法事できず 兼務寺も被災
 「被災してから今に至るまで、葬儀も法事も一件もありません。檀家さんは『今は大変な時だから法事やめておこう』って気を遣ってくれているんでしょうね」

 10月13日未明、台風19号により千曲川が決壊して濁流にのみ込まれた長野市津野の曹洞宗玅笑寺の骨組みだけの庫裡で笹井義英住職(72)はそう語った。無理もないことだろう。被災から2カ月以上が経った今でも、この津野・赤沼地域に住民はほとんど戻れていないのだから。また、玅笑寺本堂は床もなく、仏事を行うどころの状況ではない。

 一気に境内に流れてきた高さ2㍍もの水に、なすすべもなかった玅笑寺。住職一家6人は皆、ヘリコプターで救出された。「何しろお寺を守らなければならないと思っていた」という笹井住職。避難所から戻ってきた10月15日、雨は止んでいたが、境内中が泥にまみれ、山門は大破、本堂の120枚の畳はすべて流され、多くの仏具や寺宝も行方不明となった。水に浸かった大般若経はとりあえず乾燥させているものの、ほとんど諦めている。笹井住職は「仏具だって未だに一つとして新しく買ってはいません」と、正直に苦衷を吐露する。本尊や位牌が高所に祀られていたため無事だったのが数少ない救いだった。「食料や水も備蓄していましたが、1階に保管していたのですべて流されてしまい何の役にも立ちませんでした」と振り返る。

 住職一家がヘリで救済されたニュースが流れ、SNSでも拡散されたことで全国から僧侶、一般ボランティアが駆け付けた。その数は「正確には覚えていられないくらい来ていただきましたが3千人は超えていますよ。本当にどうやって感謝の心をお伝えしていいかわからないくらい」。長野教区だけでなく、同じ曹洞宗というだけで、これまで特に付き合いがなかった各地の寺からもたくさんの青年僧が来てくれたという。人海戦術でまず、境内の泥をかき出し、床板を剥がし、がれきを集積する作業を続けた。おかげで12月上旬、泥はすっかりなくなった。連日入っていた県外からのボランティアも現在は週末のみとなった。(続きは紙面をご覧ください)

同慶寺のお盆法要には多くの檀信徒が参拝した 東電福島原発事故から9年 いわき市との往復生活 
 昨年11月25日、都内のホテル。バチカンのフランシスコ教皇(82)の前で東日本大震災被災者3人が、地震・津波・原発事故被災について述べた。その一人が僧服姿の田中徳雲氏(45)である。福島県南相馬市・曹洞宗同慶寺住職で、東京電力福島第一原発事故により避難生活を余儀なくされた。現在は、家族が暮らすいわき市と南相馬市を往復する日々が続いている。原発事故から間もなく9年。田中氏に現状を取材した。

 教皇の前でなぜ僧侶が?と思った人は少なくないだろう。「原町区(お寺のある地域に隣接)にあるカトリック教会の皆さんからの推薦でした。8月に入ったころです」。与えられた時間は2分。文案を練り原稿はバチカン側に提出し、スペイン語に翻訳され教皇に届けられる手はずである。

 ところが一波乱、二波乱あった。保守派バチカン官僚から意に添わぬ修正を求められたのである。心が折れそうになり、辞退を考えたりもした。しかし周囲の励ましもあって気を持ち直し何とか文面は落ち着いた。そこで気付かされたのは保守的なバチカンを改革しようとするフランシスコ教皇の一貫した姿勢である。教皇は就任時から「貧しい人たちのための教会」を掲げてきた。

 そして田中氏は原発事故と環境問題を重ね合わせてスピーチした。

 教皇は長崎と広島(共に11月24日)で核兵器廃絶を繰り返し訴えた。「核兵器の保有自体が倫理に反する」と言い切ったものの、核分裂による原子力発電については言及がなかった。それが、日本を離れ帰国中の機内で、原発について「完全に安全が保証されるまでは利用すべきではない」(11月26日、共同通信)と述べた。田中氏は「教皇さまのストレートなお言葉」だと受け止めている。(続きは紙面をご覧下さい)


11月に落慶を控える極楽寺本堂。入り口に立つ伊藤住職 二代にわたる悲願の再建 
 阪神・淡路大震災から25年を迎える今年、20年にわたる復興計画を成就させ、本堂の再建を果たした寺院がある。記憶の風化をいかに食い止めるかが課題となる中、現在も復興へ歩み続ける寺院や震災を語り継ぐ僧侶を取材した。

 今秋に落慶法要を控えるのは、神戸市長田区の浄土宗極楽寺。8年前に30歳で住職に就任した伊藤仁明住職(38)は、「この間、建て替えのことで頭がいっぱいだった」。4月に完成した真新しい本堂は鉄骨平屋建ての約121平方メートル。「人が集まってくれるように」と、伊藤住職の工夫がこらされる。

 1995年1月17日。目を覚ますと、倒れたタンスで身動きができなかった。救い出してくれた父の涼導前住職(68)ら家族は無事だった。激しい揺れでいったん抜けた書院の柱が倒れずにひっかかり、庫裏や本堂など建物の倒壊は免れた、と後に分かった。

 その日のうちに近所の住民が20人ほど寺に身を寄せたが、自宅より揺れると言って避難所の小学校に移っていった。「ショックだった」。当時中学2年生でどう過ごしたか記憶があいまいな部分もあるというが、その出来事は強く覚えている。

 本堂復興計画が始まったのは98年。庫裏は前年に新築した。本堂は修繕したものの、長くはもたないと総代らと判断。檀信徒はほとんど被災していたが、「これやったらうちもできる」と20年間の積み立てが始まった。

 「分からないことに答えられるよう元気なうちに住職を交代する」と以前から伝えられていた言葉通り、2011年、かつて同じ30歳で住職となった涼導前住職から引き継いだ。

 最も重視したのは耐震性。「檀家さんにもう恐い思いをさせたくない」と、耐荷重15㌧の本堂を完成させた。特徴は、靴を履いたまま上がれるようにしたこと。車いすやベビーカーでも気兼ねなく足を運んでもらいたいとの思いを込めた。

 「楽しみやね」と、心待ちにしていた落慶を前に亡くなった檀信徒もいる。その一方で、「もうお参りに来ないで」と離れた檀家もあった。「本当にやり遂げられるか。みんなが納得できるものが建てられるか」。伊藤住職はこの間、繰り返し自問した。

 6月に竣工式を終え、本堂は人が往来する以前の姿を取り戻しつつある。「震災が残した深い傷跡に苦しむ人はなお多い。ただ人が集まる寺ではだめだ。そのご縁から手を差し伸べられるようにしていきたい」(続きは紙面をご覧ください)

2020/1/1
戦後75年 教団の戦争責任と平和活動―懺悔と慰霊・追悼のはざまで―①

 平成6年(1994)6月、広島で行われた浄土宗の原爆犠牲者50回忌法要 令和2年(2020)は終戦から75年となる。戦争体験者の減少は続き、戦地まで赴いた世代はさらに少ない。戦争末期には国内の主だった都市は空襲に遭った。それは終戦当日まで続いた。沖縄では地上戦が行われ、多くの住民がいのちを落とした。広島と長崎の原爆投下からも75年を数える。しばしば宗教教団の戦争協力が指摘されるが、戦後の教団はどのように平和活動を担い、戦争の悲惨さを語り伝えてきたのか。各教団の取り組みを紹介する。

 総  論
 終戦間もない昭和22年(1947)5月5日、東京・築地本願寺で、前年に結成された日本宗教連盟とその加盟団体などを中心に「全日本宗教平和会議」が開かれた。議長を宗教学者の姉崎正治が務めた。この会議で発表されたのが、以下の「懺悔文」である。

 〈いずれの宗教も平和を本領とせざるものなきに拘らず、われらは昭和六年九月満州事変以来の軍国主義的風潮を阻止することができず、悲惨なる今次戦争の渦中に巻きこまれたことは、神佛に対し、祖国に対し、かつは世界の全人類に対し、慚愧に堪えないところである。今にして静かに思えば、われわれはかかる凄惨なる戦争の勃発する以前に、身命を賭しても、平和護持の運動を起し、宗教の本領発揮に努むべきであった。〉

 〈新憲法は世界に向って戦争放棄を誓約したが、この人類史上類いなき崇高なる理想の実現は、人間精神の改造による宗教的基礎に立ちてのみ可能なのである。われらは、ただに既往の過失を天下に陳謝し、頭を垂れて彼我戦争犠牲者に詫ぶるのみならず、茲に全日本宗教平和会議の開催を契機として、力強く平和国家の建設に挺身せんことを宣誓する〉

 時代的制約や要請があったとはいえ、戦時中、教団は飛行機献納や軍部慰問など色々な形で戦争遂行に協力してきた。終戦後、制約から解放されて、戦争を振り返る機会ができたのだろう。戦争を止められなかったことを懺悔し、戦争放棄を謳った新憲法を歓迎しているのがわかる。この2日前に新憲法が施行されたばかり。満州事変から約15年にわたった戦争に対する疲れや不安から新憲法への期待感が滲み出ている。

 この懺悔文が各教団や宗教者に浸透していったとは言い難い。もっとも都市部では空襲によって戦災に遭ったり檀信徒が離散したり、地方寺院では農地解放で経済基盤が弱体化したりと、日々の生活や寺院維持で精いっぱいだったに違いない。

 平和活動ではないが、戦没者供養・追悼は教団や本山で執り行われてきた。例えば、本願寺派は終戦1年後に戦没者追悼法要、真言宗豊山派は昭和29年(1954)11月、総本山長谷寺(奈良県桜井市)で五重宝塔落慶大法要の第二会において戦争殉難者・豊山派檀信徒慰霊土砂加持法要を営んでいる。

 平和活動として先駆的なのは昭和29年から取り組んでいる日蓮宗の立正平和運動があげられよう。ただし運動自体は昭和40年代頃には停滞していく。

 日蓮宗の場合、昭和34年(1959)、国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑が創設されてから欠かさず年8月15日に戦没者追善と立正安国世界平和を願う法要を続けてきた。昨年で60周年となる。

 その千鳥ヶ淵墓苑で毎年9月18日に全戦没者追悼法要を行っているのが浄土真宗本願寺派である。満州事変から50年の昭和56年(1981)に始まった。法要案内にある「法要の願い」文書で教団の戦争協力について「いのちを奪い、いのちの尊厳を踏みにじる戦争という行為に加担し、積極的に協力してきたのも、また私たちの教団の歴史です」と明記している。

 真宗大谷派は昭和12年(1937)の日中戦争から50年を迎えた昭和62年(1987)4月2日の全戦没者追弔法会にあたり、宗務総長名で戦争責任を告白した。その中で、「わが宗門は戦争を〈聖戦〉と呼び、『靖国神社ニ祀ラレタル英霊ハ皇運扶翼ノ大業ニ奉仕セシ方々ナレバ菩薩ノ大業ヲ行ジタルモノト仰ガル』といったのであります」と具体的である。

 曹洞宗は平成4年(1992)11月20日、宗務総長名で「懺謝文」を発表。「アジアの民族を侵略する戦争を聖戦として肯定し、積極的な協力を行った」と表明している。懺謝文が発表される背景には、『曹洞宗海外開教伝道史』の記述に誤った歴史認識があったと記されている。曹洞宗は当時、人権問題への取り組みから近代史の見直しを進めていた。この翌年、大逆事件に連座し刑死した内山愚童の名誉回復がなされた。

 臨済宗妙心寺派は2001年の9・11米国同時多発テロとその前に刊行された『禅と戦争』(ブライアン・ビクトリア著)が契機となり、同年9月27日、「臨済宗妙心寺派 第一〇〇次定期宗議会」名で発表された。戦争協力の事実を認め懺悔しているほか、同年ハンセン病訴訟で患者側が勝利したことにも言及し、「過去の国策による強制隔離のため誤った認識や偏見によって、その悲惨な生活を看過してきたことを懺悔し、お詫び申し上げるものであります」。
 
 市川白弦(1902~86)が仏教者の戦争協力を告発した『仏教者の戦争責任』(春秋社)を発刊したのが昭和45年(1970)。多くの人の共感を呼んだが、教団の動きは鈍かった。そして同書刊行から半世紀となる。(続きは紙面をご覧下さい)

2019/12/12

回想2019 温暖化対策 待ったなし 宗教者に目覚め促す役割が

  
東京ビッグサイトで開催された「エコプロダクツ2019」。SDGsと関連させた出展が普通になっている 過疎地寺院 1年を振り返ると新天皇の即位により平成から令和へと移行し、時代の変化を感じさせるものとなった。かと言って、仏教界・宗教界が抱える少子高齢社会、過疎地寺院、葬儀・僧侶派遣といった諸課題に、解決への新たな糸口が見えたわけではない。

 過疎地寺院に限って言えば、実際に足を運び、寺院や檀信徒の声を直接聴く教団や研究機関があり、継続性をもたせているところもある。そうした中で、曹洞宗・本願寺派・大谷派・日蓮宗の教団実態調査に基づいて研究した相澤秀生氏(跡見学園女子大学兼任講師)は、「過疎地寺院の7割弱がこの5派で占められる」と指摘する(『岐路に立つ仏教寺院』法藏館)。その対策は教団によって異なり、曹洞宗は「寺院おのおのに任されているのが現状」と解説する。おそらく曹洞宗のみならず他教団も同様の傾向だろう。

 また相澤氏によると「過疎化にともなう無縁化のなかで寺院が供養の担い手になってほしいとの意見」(同)が檀信徒にあるという。こうした現象は過疎地だけではなく、都市部でも同様である。家族が縮小(単身世帯化など)し、家墓が継承できないため菩提寺が設けた集合(合同)墓に“引っ越し”するケースだ。一般の檀信徒には寺院はいつまでも継続されるという意識があるからだ。

 そうした下地に支えられていると考えるならば、寺院への信頼は根強いと言えるだろう。そこにかすかな可能性を見いだせないか。例えば、現在地方寺院が人口の多い都市部に拠点を構えて布教することが主流だが、逆に都市寺院に属する僧侶や副住職クラスが「供養の担い手」として地方寺院をサポートするというものだ。そうすれば地方だけ、都市だけと限定せずに地方と都市寺院が一体となって過疎地寺院を考える機会になるだろう。

 SDGsと連動
 今年の本紙「共生特集」でSDGsについて教団アンケートを実施したところ、主だった教団で実践されていることがわかった(9月19日付)。SDGsの理念である「誰一人取り残さない」と、大乗仏教の教えや教団が掲げる指針が共通していると回答したところもある。その第一の目標である「貧困をなくそう」に関しては、子ども食堂を実施したり応援したりもしている。

 寺院や教団の社会活動は古くからあったが、大谷栄一氏(佛教大学教授)は「『日本仏教の公共的機能』がふたたび活性化したのが、二〇〇〇年代以降である」(大谷編『ともに生きる仏教』ちくま新書)と指摘する。

 2000年、国連でMDGs(ミレニアム開発目標)が採択されたが、日本では一部の教団や連合体を除いてそれほど関心を持たれなかった。ところが2030年を達成年とするSDGsに対しては取り組みを具体化させるまでにいたっている。寺院や教団の社会活動とSDGsとの連動は、国際課題と寺院や教団とのつながりの証でもある。シンク・グローバリー、アクト・ローカリー(地球規模で考え、足元から行動)の浸透を実感させるものだ。  
  
 おとぎ話
 「あなたたちが話しているのは、お金のことと経済発展がいつまでも続くというおとぎ話ばかり。恥ずかしくないんでしょうか!」 

 スウェーデンの16歳の環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが9月、ニューヨークでの国連気候行動サミットで、各国首脳に向けてこのように批判した。ニュースで目にした人も多いはず。

 進行する温暖化。今夏、ヨーロッパは熱波に襲われ、アマゾンはじめ北米、オーストラリアで森林火災が続発。インドでは50℃超えの猛暑により水不足が懸念された。日本では5月末に北海道で40℃近い気温を観測し、豪雨を伴った台風は日本列島を何度も襲い、各地に被害をおよぼした。台風15号は千葉県内の被災地域に長期的な停電をもたらした。

 温暖化の原因は二酸化炭素(CO2)を主とした温室効果ガスである。この削減が世界的に求められている。そのため世界の主だった千以上の都市は気候非常事態宣言を発した。科学的な知見に基づいてカーボンニュートラル(CO2排出と吸収がプラスマイナスゼロの状態)にむけて具体的な対策を提示している。日本では、長崎県壱岐市、神奈川県鎌倉市、長野県白馬村、長野県が宣言した。日本最初の宣言となった壱岐市はSDGsと連動させ、2050年までに「市内で利用するエネルギーを、化石燃料から、太陽光や風力などの地域資源に由来する再生可能エネルギーに完全移行」することを目標として掲げた。

 11月、環境問題に詳しい法華宗本門流管長の原井日鳳氏は管長就任時の諭達で次のように述べた。「『法華経』の三車火宅の喩えのように、地球という逃げ場のない家で火事が起こっている。世界の良識ある科学者たちやスウェーデンの女子高生まで火事だと叫んで知らせているのだ」

 火宅と化した地球に気付き、未来のために行動(対策)しなければならない段階に来ている。ライフスタイルの転換も迫られている。

 今月4日、アフガニスタンで銃撃され死亡した中村哲さん。生前こんな言葉を残していた。「(東日本大震災以降の日本は)豊かさの考え方を変えないといけません。無限に経済成長が続くことはあり得ないのに、多くの人が夢から覚めない」(毎日新聞夕刊12月5日付け)

 グレタさんのいう「おとぎ話」と通底する発言である。温暖化対策は待ったなしである。時には目覚めを促すのも宗教者の役割であろう。(工藤)

2019/12/12
仏教・宗教関係書 今年の3冊


 平成から令和へと時代を移した2019年。令和元年も残すところあとわずか。時代の変わり目を迎え、今年も仏教・宗教研究者に心に残る「今年の三冊」を挙げてもらった。

※数字は順位ではありません。紙面では選者による評も掲載しています。ぜひ紙面もご覧下さい。

永村眞(歴史学)
日本女子大学名誉教授

①常磐井慈裕著 『善光寺と親鸞―日本仏教史の諸相―』 春秋社
②岡野浩二著 『中世地方寺院の交流と表象』 塙書房
③安藤弥著 『戦国期宗教勢力史論』 法藏館

川橋範子(宗教学)
名古屋工業大学教授

①菅原征子著 『近世の女性と仏教』吉川弘文館
②真宗大谷派解放運動推進本部女性室編 『女性史に学ぶ学習資料集』 真宗大谷派宗務所
③那須英勝・本多彩・碧海寿広編 『現代日本の仏教と女性―文化の越境とジェンダー』 法藏館

志部憲一(仏教学)
曹洞宗総合研究センター所長

①小川隆著 『「禅の語録」導読』(禅の語録20) 筑摩書房
②石田哲彌著 『茶席の禅語[講座]』 考古堂書店
③トマ・ピケティ著 『21世紀の資本』 みすず書房

白石凌海(仏教学・インド学)
真言宗豊山派総合研究院指導教授

①森章司著(代表)『釈尊および釈尊教団形成史年表』 中央学術研究所
②高橋尚夫著 『維摩経ノート Ⅰ〜Ⅴ』 ノンブル社
③繁田真爾著 『「悪」と統治の日本近代―道徳・宗教・監獄教誨 』法藏館

寺尾英智(日本仏教史/日蓮教団史)
立正大学教授

①河内将芳著 『戦国仏教と京都--法華宗・日蓮宗を中心に--』 法藏館
②大谷栄一著 『日蓮主義とはなんだったのか 近代日本の思想水脈』 講談社
③望月真澄著 『もっと知りたい身延山』 日蓮宗新聞社

工藤量導(仏教学/中国仏教)
大正大学非常勤講師
浄土宗総合研究所嘱託研究員

①石井公成著 『東アジア仏教史』 岩波新書
②船山徹著 『仏教の聖者―史実と願望の記録 』臨川書店
③寺尾紗穂著 『南洋と私』 中公文庫

塚田穂高(宗教学・宗教社会学)
上越教育大学大学院助教

①宗教情報リサーチセンター編  『日本における外来宗教の広がり―21世紀の展開を中心に』『海外における日本宗教の展開―21世紀の状況を中心に』 宗教情報リサーチセンター
②渡辺雅子著 『韓国立正佼成会の布教と受容』 東信堂
③丹羽宣子著 『〈僧侶らしさ〉と〈女性らしさ〉の宗教社会学―日蓮宗女性僧侶の事例から』 晃洋書房
番外 きしもとげん著 『宗教と国会議員』(正・PART2・FINAL、私家版)同人誌

松尾剛次(日本仏教史)
山形大学名誉教授
一般社団法人日台政策研究所理事長

①島薗進著 『明治大帝の誕生』 春秋社
②末木文美士著 『冥顕の哲学2』 ぷねうま舎
③奥健夫著 『仏教彫像の制作と受容』 中央公論美術出版社

番外 文芸編今年の三冊
内藤麻里子(文芸評論家)

①宮内悠介著『遠い他国でひょんと死ぬるや』祥伝社
②又吉直樹著『人間』毎日新聞出版
③濱野ちひろ著『聖なるズー』集英社