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2018/1/11
展望2018 成熟社会に入った日本社会―急がれる潜在力の顕在化

 日本は成熟社会に入った。成熟社会とは、大量生産・大量消費の時代が終息し、精神的な豊かさや生活の質を重視する社会である。昨今のマインドフルネスやヨガ、メディテーション(瞑想)のブームをみても、それが実感できるだろう。マインドフルネスは医療や教育などで効果を示しているという。これらは仏教(宗教)から発したものではあるが、だいたいが脱色されている。けれども視点を変えれば仏教(宗教)には潜在力があるということだ。

 潜在力を埋もれたままにするのではなく、いかに顕在化していくか。また新たな素材を見出していくか。宗教には教えのほか儀礼、行、実践などの魅力的な要素が少なくない。それらを抽出し社会にアピールしていくにはどうするか。

人材育成と登用

 技術面とあわせて不可欠なのが人材である。しかしこの人材発掘と育成が簡単ではない。伝統教団の場合、寺院後継者難が指摘され続けている。過疎化の進行や寺院家庭の縮小もあって人材確保は容易ではない。道元禅師の「一箇半箇」(極めて稀少な真実の仏道を求める人)ではないが、志ある人材を指導し、登用していくことが迫られている。

 日本の人口は西暦2060年代に4千万人減の8千万台になると推計されている。こうした数字から元首相の福田康夫氏は、政治家や官僚に対して「少なくとも三十年~五十年後くらいを見据えた総合的・戦略的な計画を早急に練らないといけません。ところが政治家は、官僚にそれを命じていないどころが、そもそも自分たちが突き詰めた議論すらしていない」(『文藝春秋』1月号)と嘆いている。福田氏は同時に「東京一極集中」にも警鐘を鳴らしている。

 ほとんどの伝統教団は定期的に教勢調査を実施し、現実を的確に把握していると考えられる。教勢調査をしていないまでも、宗費賦課金の納入状況や住職辞令などから教団の状況は推測できる。福田氏の発言までいかなくても5年、10年、20年先を見据えたうえで、今なにをなすべきかを多角的に考えることが必要となる。

 向こう10年余をみると、各教団とも祖師の生誕や遠忌など節目の行事が待っている。こうした行事を一過性ととらず、思い切った人材登用をはかり、時間をかけた育成の機会にできないものか。10年後、40~60代前半となる人たちの積極活用もその一つだ。そうした体験はその後の教団・寺院運営や人材育成にも役立つ。

相続資産が都市に
 一方で、人口減少に伴う教団財政の見直しもしなければならないだろう。東京への人口集中は、相続資産の移動にもつながっている。「親が地方圏、子供が首都圏に住む場合、相続資産は地方圏から首都圏に移転する可能性が高い。今後10年間に地方で発生する相続資産は238兆円。そのうちの約21%の50兆円は子供などの相続人が3大都市圏に住んでいるため、相続資産の3大都市圏への移転が起きるという。首都圏だけでも、10年間の累計で36兆円、年間当たり3・6兆円の相続資産の流入が起きる」(前田裕之著『ドキュメント銀行』ディスカヴァー・トウェンティワン、2015年12月)

 親の死去に伴って資産が都市圏に移動すると、地方銀行や地方経済に打撃を与える。実際、地方からのお墓の引っ越しも増加傾向にあり、地方寺院の経済基盤はさらに弱まるとみられる。葬儀や法事の縮小・簡略化がそれに追い打ちをかける。

 では、どのような未来への対策が考えられるのだろうか。例えば、給付型の奨学金の充実による人材育成と確保、檀信徒を含めた大都市圏の寺院と地方寺院の定期交流、増加する外国人旅行者へのアプローチ――。

 じっと時を待つよりは、種を蒔かなければならない。蒔きさえすればやがて芽が出て実がなるだろう。

 仏教詩人、坂村真民さん(1909―2006)の詩を紹介する。

 あとから来る者のために 

 あとから来る者のために
 田畑を耕し
 種を用意しておくのだ
 山を
 川を
 海を
 きれいにしておくのだ
 ああ
 あとから来る者のために
 苦労をし
 我慢をし
 みなそれぞれの力を傾けるのだ
 あとからあとから続いてくる
 あの可愛い者たちのために
 みなそれぞれ自分にできる
 なにかをしてゆくのだ
 (『坂村真民記念館公式ガイドブック』より)

 成熟社会時代。仏教者・宗教者は、あとから来る人たちになにを用意し、なにを残すのか。

2018/1/1
愛知学院前理事長・曹洞宗訴訟 訴えを棄却、宗門側の主張認める

 愛知学院前理事長の中野重哉氏が曹洞宗審事院から下された懲戒処分の無効確認と宗議会議員の選挙権及び被選挙権の確認を求める民事裁判の判決が12月22日、横浜地方裁判所であった。長谷川浩二裁判長は被告曹洞宗の主張を認め、中野氏の訴えを却下した。中野氏は控訴した。

 判決では、宗教教団内の懲戒処分の効力に関する紛争に関して、「具体的な権利義務又は法律関係に関する紛争ということはできない」とし、「裁判所に対し上記処分の効力の有無の確認を求めることはできない」と判示した。

 学院理事任期が4年に改正され、内局交代の際、曹洞宗側が宗門理事に辞職を求めたが、裁判所は「長年にわたり継続」していたことから、「被告(曹洞宗)が原告(中野氏)に対し理事を辞任するよう求め、原告(中野氏)がこれに従わなかったことから懲戒の手続を執ったことには相応の合理的理由があるものと解される」と曹洞宗側の主張を認めた。

 懲戒処分をめぐっては元理事を含む愛知学院理事で宗議会議員の3氏が提訴した東京地裁の判決(11月16日)では、懲戒処分を「無効」とし曹洞宗側の不法行為を認定した。東京地裁と横浜地裁で判断が分かれた形になった。

2018/1/11
「遺骨奉還宗教者市民連絡会」発足 朝鮮出身徴用者の遺骨返還目指す

 太平洋戦争を巡り日本で死亡した朝鮮半島出身者の遺骨返還を目指す「遺骨奉還宗教者市民連絡会」(森俊英事務局長=大阪府堺市・浄土宗正明寺住職)が6日、発足した。日韓両国間で難航している民間徴用者などの遺骨返還が、宗教者らの市民活動で大きく前進しそうだ。

 朝鮮半島出身の旧日本軍人・軍属の遺骨は、国内にまだ残されているものの、これまでに9千柱以上が返還された。しかし、民間徴用者らの遺骨返還に関しては、2004年の日韓首脳会談での合意を受け、日本政府が企業や全日本仏教会(全日仏)に情報提供を求めて調査してきたが、両国関係悪化などの影響で難航している。

 一方で、北海道では1970年代から市民グループによる遺骨発掘が行われていて、2015年9月には民間徴用者115人の遺骨が返還された。それまでにも16人分の遺骨が韓国に返還されている。

 実施したのは、日本と韓国の市民や宗教者でつくる「強制労働犠牲者追悼・遺骨奉還委員会」。共同代表を務めた殿平善彦氏(北海道深川市・浄土真宗本願寺派一乗寺住職)が、今回発足した連絡会の世話人となった。ほかにも遺骨返還の調査や研究に関わる正木峯夫氏(広島の強制連行を調査する会)と小林知子氏(福岡教育大教授)が世話人に名を連ね、日韓両国のメンバー計28人(6日現在)が参加する。このうち宗教者は12人。

 1945年10月に長崎・壱岐島の芦辺湾で遭難した朝鮮半島への引き揚げ船に乗っていた人の遺骨を安置する埼玉県所沢市の真言宗豊山派金乗院(田中政樹住職)や、遭難者の供養を当時から続ける壱岐市の曹洞宗天徳寺(西谷徳道住職)での慰霊法要の機会などに意見交換するなどして、連絡会は結成された。住職2人もメンバーとなった。

 金乗院は国から委託されて遺骨を安置しているが、両寺院は韓国に返還できないのならば壱岐に戻されることを望んでいる。天徳寺の西谷住職は厚労省などに何度も訴えており、金乗院の田中住職は年度末の3月をめどに移動を求めている。

 森事務局長は、朝鮮半島への遺骨返還が目標だが、壱岐への送還が当面の課題になると述べた上で、「国内の寺院に遺骨がなお多く残されている。全日仏の依頼で各教団が調査し、分かったことを放置するのは心苦しい。国家間で返還されるのを強く願っているが、そのために市民活動が担えることを模索したい」と話した。

2018/1/11
新連載シリーズ「貧困現場の帯同者たち」①群馬県館林市・源清寺三松会 孤独死防止から葬送まで

1群馬・三松会.JPG納骨堂と塚田副住職。境内には皆護墓地があり、死後も無縁にはしない 曹洞宗源清寺(群馬県館林市)の境内にある三松会(NPO法人・社会福祉法人)は、僧侶による福祉専門の葬儀社だ。その活動は生活困窮者の葬送支援に始まり、後見人事業による孤独死予防活動、さらには66人を収容する救護施設の運営にまで広がる。理事長の塚田一晃副住職(51)は、「この活動は、お寺でなければできない」と言い切る。

 20年ほど前、亡くなった生活困窮者を読経などの供養儀式を一切せずに火葬する直葬が出始めた。当時、千葉県内の寺院に勤めていた塚田氏は、「本当はお葬式をしたいのに『お布施が払えない』という理由で供養を諦める遺族を目の当たりにした」。自坊に戻った後、「増加する直葬を阻止するには、自分で葬儀社を立ち上げるのが一番手っ取り早い」と考え、平成7年に福祉専門の葬儀社を設立。「その頃はNPOがなかったので、有限会社として妻と2人で始めた」

 収益を目的としない僧侶による葬儀社は、意外にも他の葬儀社からの賛同を得た。本堂脇に知り合いの葬儀社からもらった祭壇を置き、棺桶も手作り。大工の檀家が霊柩車に改造した中古のバンで、病院に遺体を迎えに行った。「病院も、僧侶が来たのでびっくりしていた。最初はストレッチャーもなかったから、病院で納棺していた。看護師も手伝ってくれた。私が行けない時は、妻が子どもを背負って行っていた。火葬の手続きも収骨も、全て行った」(続きは紙面でご覧ください)

2018/1/1
新春随想 引き継がれる仏教精神―印度山日本寺・東大寺修二会 北河原公敬(東大寺長老)

①.JPGブッダガヤの大塔を仰ぎつつ印度山日本寺に晋山する北河原竺主(2017年1月) 昨年(2017)1月、インドのブッダガヤにある印度山日本寺の第6世竺主として晋山しました。国際仏教興隆協会(東京都目黒区)が運営しています。各教団へ就任の挨拶まわりをしましたが、仏教界の方々があまり認識されていないのには驚かされました。

 40年以上前、日本寺本堂落慶の際には12月8日を中心に各教団や団体が、だいたい一日一座の法要を執り行いました。東大寺は南都六大寺からなる南都隣山会の一員として参加し、私も法要に出仕しています(昭和48年12月9日)。東大寺から4人でしたが、生き残っているのは私だけ(苦笑)。そうしたご縁もあったのでしょう。日本寺では光明施療院(無料診療所)や菩提樹学園(無料幼児保育施設)を運営しています。ブッダガヤには各国寺院がありますが、こうした活動をしているのは日本寺だけです。多くの人に知ってもらいたいと思い、竺主として行く先々で広報活動に努めています。

 仏教は中国、朝鮮半島を経て日本に伝わりました。より大きな視野でみれば、伝来した経典はお釈迦さまが説かれた教えであり、それはインドにたどり着きます。東大寺の大仏開眼では、インドの菩提僊那(704―760)が導師を務めました。2002年、大仏開眼1250年慶讃大法要の折、東大寺では菩提僊那のお徳を讃え感謝するために、その彫像を新造しました。残念ながら大仏開眼にインドからお坊さんが来たという歴史を初めて知ったという方が圧倒的でした。

 東大寺は聖武天皇によって創建されましたが、その後の展開をみると罹災と復興の歴史なのです。源平の戦い(1180)では灰燼に帰し、復興して戦国時代になると三好・松永の乱(1567)で再び中心伽藍が焼失。そうしたなかでも、お水取り(=修二会)という行法は続けられてきました。1260回以上になります。修二会の様子は『二月堂修中練行衆日記』に記録され、重要文化財に指定されています。それを読むと中止の危機もありました。衆議で今年は止めようと決めていながら、そういうわけにはいかないと、必要な物をかき集めたり、これまで懸命に続けてきた人たちに申し訳ないと言って行ってきているのです。

 昭和19年の日記をみると、行中に召集令状が届き、お坊さんが3人抜けたこともありました。また灯火管制の厳しさが増し、松明を赤々と燃やすわけにはいかず、お堂の灯りが漏れないように締め切ったそうです。昭和20年3月13日、夜の行法を勤めているさなかにB29の飛来音がし、行中に手水(ちょうず)といって手洗い休憩で堂の外にでると、西の空が真っ赤に染まっていたと書かれていました。大阪大空襲の日です。

個人的な思いですが、どんな苦難に遭っても、どこかに支柱となるものがあり、東大寺の場合、それは大仏さまと修二会という行法ではないか。明治の廃仏毀釈もありましたが、仏教の精神と東大寺の伝統を絶やしてはならないという強い信念がそれぞれの時代の人たちにあったと思っています。そうした精神が日本の文化や伝統を支えていると思っています。(談)

きたかわら・こうけい/昭和18年(1943)奈良県生まれ。龍谷大学大学院修士課程修了。東大寺執事、執事長、東大寺学園理事長などを経て平成22年(2010)、東大寺第220世別当に就任。現在は同長老。平成28年(2016)7月、印度山日本寺第6世竺主に就任、昨年1月ブッダガヤで晋山式が営まれた。
 ロータリークラブ2650地区(京都・福井・滋賀・奈良)のトップであるガバナーを2014・2015年に務め、地域と世界の両面から国際交流や平和活動を推進した。
 著書に『蓮は泥の中で育ちながら、泥に染まらない』DVD対談集『いのちを語る第10巻 北河原公敬×さだまさし』など。

2018/1/1
明治維新150周年企画座談会「学僧が語る近代仏教―人物・事象からみた教団と寺院」
安中尚史・佐久間賢祐・星野英紀・山崎龍明

 平成30年(2018)は明治維新から150年という節目の年にあたる。時代を大きく区分すると敗戦の昭和20年(1945)が分岐点であり、戦前77年、戦後73年となる。檀家制度を柱とする近世仏教は明治に入り、神仏分離令・廃仏毀釈といった問題に直面しつつ、存続をはかるため様々な取り組みをしてきた。そうした中から、近代を代表する仏教者が誕生し、時代をリードしてきた。今日、近代仏教研究はめざましい進展を遂げているが、仏教系大学や教団、僧侶、寺院がそれらをどのように受け止めてきたかは判然としないところがある。僧籍を有する研究者の視点から近代仏教について、人物と事象をたどりながら語っていただいた。

――各発題を受け、色々なことが提起されました。いまは学問が細分化されていますが、かつては八宗兼学のように他宗派についても学んでいた。そのあたりから進めたいと思います。

星野 戦後仏教が隘路に陥ったのは、自分のところの所依経典しか読まなくなったことだと思っていて、例えば私どもの総本山長谷寺ですが、真言宗では理趣経だとか、大日経だとかを学ぶ。でも本山にいけば法華経も読む。大乗仏教なら当たり前です。真言の考えからすると自我偈(法華経如来寿量品)は当然関連してくるのですが、大学では学ぶ機会が少ない。単位となる宗典講義とか弘法大師の著作を読ませるだけでせいいっぱい。だから、もう8年ぐらい大学にいてほしいという先生もいる。自分の宗派だけにこだわりすぎるというのはどうなのでしょうか。

山崎 先日、こんなことがありました。日本で亡くなった韓国人の方のお骨を本国にお返ししようということで所沢のお寺に行った。墓前で般若心経を読むことになり、ぼくは読みますがほかの真宗の人は読まない。真宗では、般若心経を読んでいいんですかという雰囲気があります。「般若心経」の空を否定したら、親鸞の浄土や念仏は成り立たないですよ。十万億土にユートピアがあるんだというようなことを言うけれども、親鸞はそんなことは説いていないと考えます。
(座談会の続きと4氏の発題は紙面をご覧ください)

2018/1/1
真言宗御室派に史上初・2人の女性議員が誕生 “女性として注目は不本意”

御室派 女性議員誕生②.JPG議会に臨む岡田さん(左)と石川さん 京都市右京区の真言宗御室派総本山仁和寺で12月12日、宗会議員の改選に伴う宗会があり、146回を数える宗会史上初めて女性が参画する議会が開かれた。11月に行われた宗会議員選挙で当選した岡田幸恵さん(61)と石川仁蓉さん(60)の2人に話を聞いた。

 前香川支所副支所長の岡田さんは香川県善通寺市の出釋迦堂住職。「まさか自分がなるとは思っていなかった」。支所長ら周囲からの推薦を受け腹をくくった。偶然同期になった石川さんとは今回初めて会話。「男性社会の中で心強い」

 自坊は四国八十八カ所の73番札所。在家出身で僧侶になった夫と二人三脚で護持にあたる。「途中で息がつける寺になれたら」と、全国の先達に支えられてきた報恩の気持ちを込め、お遍路さんに「もうひとがんばり」と声をかける。

 3年前に県内の23カ寺でつくる四国霊場讃岐部会に女性部会を立ち上げ、女性の活動の場を広げようと励んでいる。「後継者がいない寺が増えてきた。議員1年生で分からないことも多いが、課題を見つけて解決につなげていきたい」と意気込みを話した。

 前広島支所長の石川さんは広島県府中市の福泉寺住職。広島支所では、元支所長の吉田正裕次期宗務総長から宗会の結果を聞くのが習わしで、「本山の現状には理解がある」と使命感に燃える。

 自坊では、「24時間いつでも電話してきてね」と檀信徒に呼びかける。都会から移り地域になじめないとの相談や嫁姑問題まで身近な悩みに応えてきた。一般の人向けの写経や御詠歌の教室も催し、開かれた寺を目指している。元会社員の夫も支えてくれる。

 同市の人口は40年間で1万人減少。「過疎化は他人事でない。無住寺院も多くなっている。地元の声を本山に届けながら、長期的な視点で対策を考えたい」と目標を立てる。「女性だからと注目されるのは不本意。役割をしっかり果たしたい」と力を込めた。

2018/1/1
日蓮宗 新宗務総長に中川法政氏 掲げる目標は「強い日蓮宗」

中川法政①.JPG中川法政新宗務総長 日蓮宗は12月15日、小林順光宗務総長の任期満了に伴う新宗務総長を選出する第113臨時宗会を東京都大田区池上の宗務院に招集した。45議員は全員一致で中川法政議員(同心会)に投票し、新総長に選出した。前内局で連立を離脱した明和会は再度連立を組み、2021年の宗祖降誕800年に向け挙宗一致で動く方針が固まった。これに先立つ14日の第112特別宗会では議長に大塩孝信議員(同心会)、副議長に高津憲周議員(明和会)を選出した。

 選出後、中川新総長が挨拶。降誕800年の慶讃事業の始動や災害対策などに的確な対応をしてきた小林前総長に対して感謝を述べた。「その重責を引き継ぎ、宗政宗務を全うするには各聖のご協力が不可欠」と宗門僧侶すべてに期待した。

 小林前総長は退任挨拶で広島・長崎・沖縄での戦没者追善法要ができたことを「心願成就」と感慨を持って振り返り、執政中の助けに深謝した。

 認証式は20日に宗務院で行われた。中川新総長は寺院を取り巻く状況が悪化している中、「強い日蓮宗」を目標に掲げた。「体質的にも絆においても、色々な面で強いということ。その強さの源は異体同心であります」と述べ、僧俗一体で宗祖の祖願達成のために邁進することを誓った。

 中川新総長は68歳。大阪府如在寺住職。龍谷大学卒。宗議会議員4期。加行所五行成満。小林内局では財務部長。他の内局役職は以下の通り。

▼塩田義徹伝道局長=熊本県正立寺住職。68歳。元明和会会長。立正大学卒。熊本県宗務所長など歴任。
▼松永慈弘総務局長=埼玉県實相寺住職。54歳。同心会。早稲田大学・立正大学卒。制度研究委員など歴任。
▼松井大英伝道部長=静岡県了仙寺住職。60歳。同心会。ハワイ大学大学院修了。小林内局で伝道部長(留任)。
▼北山孝治教務部長=岡山県妙楽寺住職。65歳。明和会。早稲田大学卒。伝道推進委員など歴任。
▼大場正昭総務部長=静岡県大慶寺住職。64歳。明和会。慶応大学卒。宗門機構検討委員など歴任。
▼木村吉孝財務部長=福井県妙顕寺住職。57歳。同心会。立正大学卒。福井県中部宗務所長など歴任。

2018/1/1
本山東本願寺、ダムに沈む寺の「荘川桜」2世を植樹 念仏500年飛騨門徒の象徴

⑤大谷派 荘川桜植樹.JPG阿弥陀堂近くに植えられた若木に土をかける大谷暢顯門首(中央の木の右)ら 真宗大谷派高山別院(岐阜県高山市)の前身、旧荘川村の照蓮寺にかつて植わっていて、ダム建設に伴い移植された「荘川桜」の「2世」が本山東本願寺に2本植樹され、12月11日、京都市下京区の同寺で植樹式が行われた。高山教区や本山の関係者ら約130人が見守る中、大谷暢顕門首らが若木に土をかけた。
 荘川桜は樹齢500年超とされるエドヒガンで、光輪寺にあった桜と合わせて2本あり、同県の天然記念物に指定されている。御母衣ダムの建設で湖底に沈むのを惜しまれ、1960年12月に現在のダムを臨む湖岸に移植された。

 照蓮寺は親鸞聖人の弟子、嘉念坊善俊上人が開基。永正1年(1504)に旧荘川村で再建され、落慶記念に植えた桜が荘川桜と伝わる。
今回、2019年5月10~12日に高山別院で執行する親鸞聖人750回御遠忌の記念事業として、本山で飛騨地方の真宗の歴史を伝える架け橋になってほしいとの願いを込め、高山教区と高山別院が主催した。
高さ約6メートルの若木が植樹された阿弥陀堂近くで式典が行われた。小原正憲御遠忌推進委員長は、「500年以上お念仏を聞きながら育った桜が、本山に植樹されるのは大変意義深い」と語った。

 但馬弘宗務総長は、「飛騨真宗の熱き願いを引き受けて、後の世の人々へ伝えていくための大切な勝縁となった」と話し、感謝の言葉を述べた。もう1本は研修道場付近に植えられた。