2018/10/18
曹洞宗新宗務総長に鬼生田俊英氏(福島県廣度寺住職) 前内局の政策継承、原発反対を明言

最初の演説に臨む鬼生田新総長。後方は須田新議長 釜田隆文宗務総長の任期満了に伴い新宗務総長を選任する第131回曹洞宗特別宗議会が16日、東京都港区芝の宗務庁に招集された。先月末に總和会会長に4選された鬼生田俊英議員(81)が宗務総長に決まった。釜田総長からバトンを受けた新総長は、僧堂振興など釜田内局の基本政策を受け継ぐことを表明した。任期は4年。新内局は22日に発足する予定。

 9月に行われた宗議会議員総選挙で当選した新選良72人のうち、急逝した塩竃博隆議員を除く71人が出席。宗務総長候補者指名選挙が記名投票で行われ、鬼生田議員が70票を得票。無効票1を除く満票で総長候補者に選出され、直ちに両大本山貫首に諮られた上で任命となった。

 釜田総長は最後の総長演説で、「僧堂の隆替こそ曹洞宗の盛衰につながる」との思いで僧堂振興・改革・教育に取り組んできたことに議員一同が全面協力してくれたと深く感謝を述べた。一方、過疎問題については、今後も全日本仏教会理事長の職務に当たることから、超宗派で検討していきたいとした。

 鬼生田新総長は就任後最初の総長演説では「前釜田内局の取り組みを継承する」とし、柔軟心と緊張感を持って宗務に当たると抱負を語った。

 福島県郡山市出身の鬼生田新総長は、閉会後に設けられた記者会見で「原発問題にどう取り組むか」との質問に、「私は基本的に原発には反対です」と明言。「安いコストで多くの電気を作るのは、文明のためにはいいのかもしれないが、原発の恐ろしさは後始末ができないこと」と述べ、避難した人が故郷に戻ることが困難な状況や、水産物が全く売れず安値で買い叩かれていることなど、福島県の厳しい現実を語った。一住職としての意見であり具体的な宗門レベルの行動にまでは踏み込まなかったものの、今も苦しむ被災者に寄り添う姿勢を示した。

 総長選挙に先立ち、正副議長選挙が行われた。總和会から選出の議長は前副議長の須田孝英議員が67票、三吉由之議員が3票を獲得(無効1)。有道会からの副議長は石川順之議員が70票、来馬宗憲議員が1票で、須田・石川両議員が就任した。

 審事院長には村山廣甫氏(大阪府・東光院住職)、副院長には吉岡棟憲氏(福島県・円通寺住職)が指名された。

【鬼生田俊英新総長の略歴】昭和12年(1937)2月13日生まれ。郡山市廣度寺住職。97年に宗議会議員初当選(現在6期目)。99年に檀信徒会館事業部長となり、赤字の株式会社東京グランドホテルを宗教法人曹洞宗の収益事業にすることで立て直した。宗内では梅花流特派師範、宗外では地元郡山市で自動車学校などを経営。

2018/10/18
総本山醍醐寺 水晶入り阿弥陀仏を公開 快慶作の可能性も

水晶に入った阿弥陀如来像 京都市伏見区の真言宗醍醐派総本山醍醐寺の霊宝館で15日、秋期特別展が始まり、水晶の仏龕に納められた阿弥陀如来像が初公開された。鎌倉時代の仏師快慶作の可能性があるという。水晶龕に密閉された状態で保管されていたため、調査にあたった副島弘道大正大名誉教授(日本彫刻史)は「今出来上がったばかりのような黄金色に輝いている」と話している。

 阿弥陀如来像は、高さ約5・5㌢で、ヒノキの一木造り。木製の蓮華形の台から伸びる茎を表したような銅製の筒の上に取り付けられた、ハスのつぼみの形をした水晶の中に納められている。水晶を通すと光の屈折で実際よりも細く見えるのを計算し、意図的に太めに作られたとみられる。

 切れ長の目や厚い唇は鎌倉時代の特色を示しているが、特に快慶だけが用いる衣の形が見られるという。下半身に着ける衣の裾の合わせ目が左足後ろにくる特徴が、西方寺(奈良県山添村)が所蔵する快慶作の阿弥陀如来像とも一致している。

 この仏像は元々、塔頭光台院の蔵に保管されていた。その後、移された倉庫で2002年に発見され、調査が続けられていた。室町時代後期の大永8年(1528)以前に、上醍醐にある清瀧宮の御神体と同じ箱に入っていたとの記録がある。さらに、室町時代前期の至徳元年(1384)に清瀧宮で見たと取れる当時の光助座主の談話記録も残っているが、どういう理由でいつ作られたかは明らかになっていない。

 仲田順和座主は、醍醐寺で出家し、後に法然上人に学んだ重源上人が、同寺境内にある現在の栢ノ杜遺跡に建てた九体丈六堂に安置した阿弥陀如来像の胎内仏だったのではと思いを巡らせ、「祈りを実践する者として夢を持つのは大切。念仏信仰を広げる重源上人とそれを見守った法然上人の姿を想像していただきたい」と語った。

2018/10/18
天台宗宗議会 来春の天皇即位慶祝で三壇御修法を検討

 天台宗(杜多道雄宗務総長)の第143回通常宗議会(中村彰恵議長)が9~11日、滋賀県大津市の宗務庁に招集された。開創から鎮護国家・玉体安穏を祈ってきた霊場である比叡山として、来春の天皇即位儀礼にあたって慶祝の大法を厳修する方向で準備に入っていることが報告された。

 栢木(かやき)寛照議員(道興会・法流北海道教区)が代表質問。来春の天皇即位儀礼に際し、「天台宗は桓武天皇の御願によって開宗された。この国家的慶事をどのように受け止めるのか。記念大法要を厳修するなど、立派な形を整えていただきたい」と要望した。

 総本山比叡山延暦寺の小堀光實執行は、年中行事として根本中堂で4月4日から11日まで天皇陛下の玉体安穏や天下泰平、万民豊楽などを祈る宗派の最高法儀・御修法(みしほ)大法(来年は熾盛光法/しじょうこうほう)を厳修すると報告した。比叡山では毎年4月4日、天皇陛下の御形代(おんかたしろ)である御衣(ぎょい)を奉迎。高僧と使者らが御衣を納めた唐櫃をお練りしながら根本中堂まで運び、内道場に奉安して玉体安穏を祈念している。

 さらに譲位・即位儀礼に際して、「4月28日から5月1日まで三壇御修法を営む。5月1日の国祷会を結願の座として勤め、新天皇ご即位を慶祝し、玉体安穏を祈るべく検討している」と発表した。三壇御修法はかつて宮中で厳修されていた天皇の玉体護持の秘法で、如意輪法・不動法・延命法がある。鎌倉末期の仏教書『渓嵐拾葉集』巻105などに記述がある。

 杜多総長は、宗派としても延暦寺の慶祝行事に協力していくと表明した。

 杜多総長は執務方針演説で、31周年を迎えた比叡山宗教サミット「世界平和祈りの集い」(8月4日開催)の積み重ねられた成果を「宗教・宗派の垣根を越えて共に世界の恒久平和の実現を祈る意義は十分認識されている」と総括。今後も継続する意思を示した上で、「炎天下での開催」のあり方や「時間短縮に向けたプログラムの内容の変更」など早急に課題を検討する必要性を提起した。

 「無住職寺院教会及び兼務住職寺院教会対策委員会」では、「寺院存続の手立てや存続不可能となる寺院の問題を鋭意検討する」とし、「現在4年以上無住職となっている寺院に対して現況調査と総代と後任者の選定を該当教区宗務所長に依頼している。非法人寺院の実態も調査する」と表明した。

2018/10/18
中村元東方学術賞授賞式 タミル文学者の高橋孝信氏(東京大学名誉教授)に

チノイ大使から賞状を受け取る高橋氏 公益財団法人中村元東方研究所・東方学院とインド大使館の共催による第28回中村元東方学術賞の授賞式が中村博士の命日にあたる10日、東京都千代田区のインド大使館で行われた。本賞は東京大学名誉教授の高橋孝信氏(タミル文学)、奨励賞は名古屋大学研究員の猪瀬千尋氏(中世芸能史)が受賞。スジャン・R・チノイ大使も臨席し祝福した。

 東方研究所の前田專學理事長が高橋氏の受賞理由を発表。博士論文『タミル恋愛詩と詩論』がオランダの名門出版社・ブリル社から出版され、「世界の著名な大学や図書館に所蔵され、またそれ以後のタミル研究では必ず参照文献に挙げられているように、タミル古典研究では必携の書」とされているほか、以後も続々と新発見やタミル文化の紹介をしてきたことを賞賛した。

 高橋氏は元々は仏教研究を志していたが、中村博士の『インド思想史』に紹介されていたタミル文学「ティルックラル」に魅了されてタミル文学の道に入った。「中村先生の岩波全書のたった1ページから私の研究は始まりました」と感慨深げに舞台上の中村博士の写真を見つめ、「懐かしいお顔です」と、恩師の名を冠した賞を受けた喜びを噛み締めた。

 友人代表として、東洋大学客員教授の宮本久義氏が来賓祝辞。高橋氏が南インドのタミル文化の研究を深めたことで北インドとの接点の理解が進み、「インドを見る見方が違ってきます」と称えた。

 奨励賞の猪瀬氏の受賞理由は菊地大樹氏(東京大学准教授)が発表。著書『中世王権の音楽と儀礼』(笠間書院)は、中世音楽の権力性・身体性・宗教性に着目し、従来注目されてこなかった一次資料を博捜し堅実に論を組み立てたことを「従来の専門分野を飛び越えて東洋における宗教文化の芸能性を幅広く明らかにしようとした意欲作」と評価した。

 猪瀬氏は子どもの頃から「古代ギリシャのディオゲネスのように、哲学や真理のうちに人生をまっとうできたらと思っていました」と振り返り、実際の学問生活はディオゲネスのように閉じこもって研究だけしている人はいなかったとしつつも、この受賞を栄誉にますます励みたいと語った。

2018/10/11
辯天宗 大森光祥新管長のもと85年祭へ 4月13日に第3世晋山式

就任後初の大祭で「お諭し」をする大森光祥管長。右は寛祥新宗務総長 辯天宗の秋季大祭が6・7両日、奈良県五條市の総本山如意寺で営まれた。全国から大勢の信者が参拝。9月20日に逝去した大森慈祥第2世管長の後を継いだ大森光祥新管長は、半年後に迫った「宗祖霊顕85年祭」(来年4月13~21日)に向けて信仰の原点「水の心」を再確認することを呼びかけた。

 宗派責任役員会を代表して向賀子(むかいしげこ)・橋本教会長が、第3世管長の推戴を報告。続いて大森新管長から、子息である大森寛祥氏に統嗣と宗務総長の任命書が授与された。

 寛祥新宗務総長が就任後の最初の務めとして、宗祖の最後の言葉『御遺告』(昭和42年)を拝読。「私が地下にもぐっても私の魂はこの世に生き続け、信者さんをお守りし、もっともっと沢山の人たちをたすけさせていただきます」と読み上げた。

 大森管長は「お諭し」で、「亡くなった私の父、第2世管長が申していたように、この大祭はご本尊様が皆様方を助けようとして一番お働きくださる日。慌てて帰る必要はない。どうぞゆっくりと参拝を」と挨拶。「第2世管長は安らかに息を引き取り、宗祖様のもとに旅立った。私が第3世管長という大役を頂くことになったが、前管長のように大きなことをやり遂げる自信はない」と胸中を明かした上で、「亡き管長猊下の教えを精一杯引き継いで、宗務総長と一緒に信者の先頭に立って前を向いて歩んでいく覚悟を新たにした。人の幸せを祈ることを通して自分たちの功徳を積んでいこう」と力強く呼びかけた。

 地元選出の国会議員や県市議会議員らが来賓として参加。「第2世管長への感謝の念でいっぱい」「悲しみを乗り越えて、辯天宗のますますの発展を」等の声が寄せられた。

 宗祖智辯尊女が昭和9年(1934)に大辯才天女尊から天啓を授けられたことに始まる同宗。「宗祖霊顕85年祭」は、「世界の人々を救いたい」という宗祖の願いと教えをさらに多くの人々に伝える機縁となる。第3世管長晋山式は、「85年祭」初日の来年4月13日。

【大森光祥管長略歴】 昭和31年(1956)3月生まれ。高野山大学卒。同57年学校法人智辯学園評議員、同63年辯天宗宗務総長就任。平成30年9月20日に管長就任。
【大森寛祥宗務総長略歴】 平成元年(1989)5月生まれ。大正大学卒。同14年辯天宗新統就任。

2018/10/11
法相宗大本山興福寺、300年ぶりに中金堂再建 壮麗な天平の伽藍甦る 

創建当時の規模と様式で復元された中金堂 奈良市の世界遺産・法相宗大本山興福寺(多川俊映貫首)で7~11日、約300年ぶりに再建された中金堂の落慶奉告法要が厳修された。初日の開白法要で多川貫首らが屋根の頂の両端にある鴟尾(しび)を除幕。黄金色の輝きが「再照」し散華が舞い散る中、1300年前の壮麗な天平伽藍が甦った。

 興福寺では平成10年から「天平の文化空間の再構成」を合言葉に境内の史跡整備(第1期)を実施し、中金堂再建を中心事業として推進。創建当時の規模と様式での復元に取り組んできた。

 中金堂は平城遷都が行われた和銅3年(710)、藤原不比等が興福寺の最初の堂宇として建立。藤原氏の氏寺の中核をなす建物として奈良時代随一の規模を誇った。だが6回の焼失と再建を繰り返した後、享保2年(1717)の大火以降は文政2年(1819)に「仮堂」が再建されただけで創建規模の中金堂を失ったままになっていた。

 平成12年、老朽化した「仮堂」を解体。基壇の発掘調査で創建当時の規模を確認し、興福寺創建1300年を迎えた同22年(2010)に立柱式、同26年に上棟式を終えた。柱となる欅(けやき)の巨木が国内にはなかったため、遠くアフリカ・カメルーンから調達した。

 諸尊像が奉安される内陣の本尊は木造釈迦如来坐像(江戸後期)で、今回の落慶に合わせて修復。本尊前の法相柱にはインドの無著(むじゃく)菩薩・世親菩薩から中国・唐の玄奘三蔵、慈恩大師、奈良前期の玄昉(げんぼう)僧正、鎌倉前期の解脱上人まで14人の法相宗の祖師が色鮮やかに描かれている。

 多川貫首は「創建以来7度の焼失を経て8度目の再建」となった感慨を、「文字通り七転び八起き」と述懐。「中金堂は皆様が再建した御堂。今後、伽藍の中核施設として興福寺の祈りの中心となる」と語った。南都隣山会を代表して華厳宗大本山東大寺の狹川普文別當が慶讃文を奉読。「天平回帰の大願」成就を寿いだ。

2018/10/11
浄土宗定期宗議会 責任役員2人減ずる 身を切る改革姿勢示す

 浄土宗の第119次定期宗議会(木村弘文議長)が1~5日、京都市東山区の宗務庁で開かれ、宗務庁の組織再編案に関し、責任役員を2人減らし4人とすることが決まった。人数を変更しないとしていた当初の方向性から一転、豊岡鐐尓宗務総長は目標に掲げる組織のスリム化に向け、「身を切る改革」の姿勢を示した。

 組織再編案は、5局2室3事務局の現行体制から、3部1室(総務、教学、社会の3部と企画調整室)とする組織の合理化を骨子としたもので、今年3月の宗議会で議決された。来年4月の実施を目指している。

 現在の責任役員数は代表役員(宗務総長)を含む6人で、5人が各局長を務める。3月に提案した再編案では従来通りの人数で、各部を分担する方向性が示された。現行の10局室から4部室に減ることから、将来的に責任役員数の適正化も視野に入れていたが、今回、一気に改革を推し進める形となった。

 豊岡総長は、「痛みを伴う決断だった。人口減少が進み、この先同じ規模で教団を維持するのは難しい。改革の意味を理解してもらうためにも、まずは身を切る姿勢を示さねばならない」と決意を語った。

 さらに、責任役員に関する将来構想について、総本山知恩院と大本山増上寺の執事長に就任してほしいとの思いを明かし、「浄土宗の方向性を定めるにあたっては、両本山抜きでは考えられない。責任役員に入ってもらうことで宗本一体が形づくられ、宗全体としての意思を示すことができる。近い将来に実現できるよう議会に考えてもらいたい」と話した。

 責任役員の人数を変更する規則改正は3分の2以上の賛成が必要となるため、採決では投票が行われた。結果は賛成55票、反対15票で可決した。(続きは紙面でご覧ください)

2018/10/4
大本山大覚寺 60年に1回の戊戌開封法会が開白 嵯峨天皇宸翰心経を公開

勅封般若心経を拝観する高円宮妃久子さまと三女絢子さま 60年に1回、嵯峨天皇が書写した般若心経を披露する「戊戌開封法会」が1日、京都市右京区の真言宗大覚寺派大本山大覚寺で始まった。黒沢全紹門跡を導師に開白法会が営まれ、勅封心経が奉安される心経殿の扉が開かれた。初めての一般公開に檀信徒ら約500人が参拝し、天下泰平の祈りが込められた般若心経に手を合わせた。公開は法会期間の11月30日まで。

 戊戌開封法会は干支が戊戌の60年に1回、都で流行した疫病を治めようと、弘仁9年(818)戊戌の年に弘法大師の勧めで嵯峨天皇が書写した般若心経を開封し、世界平和を祈る法会。今年で1200年の節目を迎えた。

 午前9時40分過ぎ、お練りを始めた出仕者約100人が勅使門をくぐり、心経前殿に入堂。高円宮久子さまと三女絢子さまが臨席された開白法会では、今年で創流1200年を迎えた嵯峨天皇を始祖と仰ぐいけばな嵯峨御流の華道総司所理事2人が、白砂庭園の石舞台で若松の生花一対をいけ、宝前に捧げた。

嵯峨天皇宸翰心経の復元模写 伊勢俊雄執行長が慶讃文を読み終えると、心経殿が開扉された。久子さまと絢子さまが、1200年の時空を超えた祈りが込められた般若心経を拝まれた。
岡村光真執行は、戊戌の年に巡り合わせた平成最後の年は、災害の多い年でもあったと述べ、「嵯峨天皇は1200年前の国難に直面し、一字三礼の誠を尽くして写経された。今回、改めてその御心に触れ、思いを新たにした」と話した。

 嵯峨天皇宸翰の般若心経は横約68㌢、縦約25㌢。藍染の綾織物「紺綾」に、金泥で書かれている。上下の辺に蓮の絵柄が織り込まれ、薬師三尊像も描かれている。天変地異の際に歴代天皇が、文字を削って金泥をつくり写経したほか、削った文字の金粉を病気になった天皇が服飲してきたため、文字はかなり薄くなっている。

 今回初めて復元が試みられ、法会期間中、復元模写が境内の霊宝館で展示されている。大覚寺で同じく勅封として秘蔵、奉安する後光厳・後花園・後奈良・正親町・光格の5天皇宸翰の般若心経も公開している。

2018/10/4
WCRP日本委員会 新理事長に植松誠氏(日本聖公会首座主教)を選出

 公益財団法人世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会は9月28日、京都市内の立正佼成会京都普門館で第26回理事会を開き、任期満了となる杉谷義純理事長(75、天台宗宗機顧問、妙法院門跡門主)の後任に植松誠氏(66、日本聖公会首座主教)を満場一致で選出した。任期は2年。新理事長は同日発表された来年8月の第10回世界大会(ドイツ)、2年後の2020年10月東京で行われる第9回ACRP大会と国際的な会議に臨むことになる。

 全議事を承認し報告事項を終えた後、國富敬二.事務局長に議長を交代して任期満了に伴う後任理事長の選任に入った。杉谷氏は「3期6年、皆さんの力がなければできなかった。また十分に果たしえなかったこともある。長く務めることは必ずしも良いことではなく、私自身も事情があり退任させていただきたい」と述べた。

 議長の進行により、杉谷氏が活動実績を説明しながら後任理事長に植松氏を推薦した。理事会も拍手で歓迎した。植松氏は「ずいぶん前に杉溪理事長などからお話をいただき固辞してきた」と明かしつつも、「引き受けざるを得ない」と受諾。「聖書には、神は耐えられない試練を与えることはない、と書いてある」「私も限界がある人間なので、できないことだらけだと思う。そうであるが故に理事の皆さまが支えてくださるだろうという思いを持っている」と述べた。

 杉谷氏の退任にあたり國富事務局長が、公益財団法人への移行のため08年から特別諮問委員会委員長を務めた杉谷氏の活動に感謝。再び挨拶した杉谷氏は公益財団法人への移行においてWCRPの特色をどう生かすかに腐心したと言い、「タスクフォースは自主的でユニークな活動ができるようになった」と語った。

【植松誠氏の略歴】
 昭和27年(1952)2月山梨県生まれ。大阪芸大卒、米国フィリップス大学大学院修了、米国聖公会サウスウェスト神学院修了。神学博士。日本聖公会大阪教区の牧師などを経て平成9年(1997)日本聖公会北海道教区主教就任。同12年(06)日本聖公会首座主教に。(公財)日本宗教連盟理事長、日本キリスト教連合会委員長を歴任。06年からWCRP日本委員会の理事となる。札幌市在住。