2020/5/28
全日本仏教徒会議 10月の島根大会延期 1年後の開催を決定 

 
 10月2(金)・3(土)両日、松江市の島根県民会館で開催予定だった第45回全日本仏教徒会議・島根大会が新型コロナウイルスの影響により、1年ほど延期することが決まった。26日に開催された全日本仏教会(全日仏)の書面決議による理事会で報告された。昭和28年(1953)の高野山大会(和歌山)以来、大会延期は初めてと見られる。

 新型コロナの世界大流行により国際的なイベントが相次いで中止や延期になり、おおよそ2~3年ごとに開かれる全日本仏教徒会議の行方が注目されていた。島根県仏教会の清水谷善圭会長は、4月下旬、全日仏と相談の上で決断したと明かした。

 島根大会は神仏習合の地である特色を活かして「異文化理解と共存―仏の心を稽古する」を大会テーマとしている。基調講演やパネルディスカッションなどが企画され、講師やパネリストも決まっていた。1年後の大会でもほぼ踏襲される。日程は来年10月1日(金)2日(土)の2日間。

 島根大会後の次期大会に関しては、山梨県仏教会が名のりをあげ、全日仏に依頼書を提出。令和4年(2022)中に日蓮宗総本山・身延山久遠寺を主会場に計画していたが、今回の延期で山梨大会の開催時期は再調整されそうだ。

 なお現在の理事は今理事会で任期(2年)を終える。6月、評議員会に続いて新理事による理事会が開かれ、第34期理事長と事務総長が決まる。慣例では、理事長は浄土宗から、事務総長は真宗大谷派から選任される。



3年前の福島大会で島根大会をアピールする清水谷氏(2017年10月) 準備もできず4月下旬決断
苦悩の内を打ち明ける島根県仏教会会長で大会長の清水谷善圭氏(天台宗清水寺住職)の話

 突如とした新型コロナウイルスの発生で、オリンピック開催が延期された頃から仏教徒会議の開催も危ういのでは、と実行委員の頭に過ぎっていました。しかし、秋には収束するだろうとの淡い期待もあり、決断しかねていましたが緊急事態宣言下、一切の行動の自粛が呼び掛けられ、しかも景気の後退が顕著となり、これでは大会経費の募金が頼みづらい、集まっての準備も出来ない環境に諦めがつき、4月下旬全日仏事務局と相談の上、延期を決断した。

 会員の意欲や熱意が冷めるのを恐れ、まず次の日程と開催会場を決めようと会場を押え、令和3年10月1日・2日に開催することを決定。全日仏会長、講師の先生方にも延期のお詫びと共に明年の日程をお伝えして一応の承諾を得ることができ、今は自由に動ける日が来るのを首を長くして待っているところです。

2020/5/28
真言宗豊山派 次期管長に浅井侃雄氏


浅井次期管長 真言宗豊山派(星野英紀宗務総長)は6月13日に田代弘興管長が任期満了を迎えるのを受け、管長推戴委員会を12日に東京都文京区の宗務所で開き、次期管長(総本山長谷寺化主)に浅井侃雄(かんゆう)氏(78)を選出した。任期は6月14日から4年間。総本山長谷寺への入山式を6月15日に営む。

 浅井氏は昭和16年11月生まれ。埼玉県越谷市・金剛寺住職。昭和62年から宗会議員、その後財務部長、総務部長を務め、平成16年から宗務総長。総本山長谷寺評議員、事務長、宗機顧問などの宗内要職を歴任。平成21年に密教教化賞を受賞した。

2020/5/28

進むオンライン学術大会 7月印度学仏教学会が初の試み


 新型コロナウイルスにより大学授業のオンライン化が進行しているが、日本印度学仏教学会(下田正弘理事長)は18日、7月4・5日の第71回学術大会をオンラインリモート会議で開催するとHPで発表した。16日の理事会で正式決定した。6月6・7日の「宗教と社会」学会の第28回学術大会もオンラインでの開催となる。9月の日本宗教学会第79回学術大会は、予定通り駒澤大学(世田谷区)開催で準備を進めている。

 印度学仏教学会の学術大会の会場公は創価大学(八王子市)。250人以上が全国から集い研究を発表する予定だった。しかし、緊急事態宣言発令後、「大学や研究機関において活動が著しく制限」(発表文書)されており、オンライン開催を決定。「取りうる最善の可能性を選択し、会員が一致協力することによって、この困難を乗り越え、次世代に向けてあらたな未来を開いてゆくことができるものと確信しています」とも述べ、「新鮮な経験」(同)となりそうだ。

 オンライン発表が不可能な人に対しては、原稿をウェブ上に掲載してレヴューを行うなど代替手段による発表を、例外的に認めるという。

 喫緊に迫った「宗教と社会」学会(矢野秀武会長)の学術大会は東洋大学(文京区)が会場校だったが、大学側の「学事日程(開場使用)が不透明」となったことも一因だという。すでにオンラインのプログラムが発表されている。

 9月18日から3日間、駒澤大学で行われる日本宗教学会(山中弘会長)の学術大会は、予定通り準備を進めるが、「今後の感染拡大の状況によっては、開催規模の縮小、開催中止になる可能性があります」(4月21日文書、HP)としている。

 例年、5月か6月に研究大会を実施している日本近代仏教史研究会(岡田正彦会長)は3月末に、10月か11月に延期するとHP上で発表している。また状況によっては次年度に延期する可能性があるとしている。

 新型コロナの感染予防として3密(密閉・密集・密接)を回避しなければならず、各種研究会もオンラインで行われるケースが増えた。また会場となる大学がキャンパスを閉鎖したり入校者を制限している中での大会開催は実際上困難だ。緊急事態宣言の解除後は、大学側の判断にも左右される。

メリット=遠隔地から参加容易、デメリット=入室制限の厳密さ
 寺田喜朗・大正大学教授(宗教社会学)のコメント Covid-19の影響で、学会の学術大会もオンライン開催がトレンドとなっている。ICT(情報通信技術)対応が遅れていた日本の研究者にとって強烈な喝となっており、今さらながら習熟に追われる日々である。

 オンライン開催のメリットは、海外を含めた遠隔地からの参加が容易となり、移動・宿泊の費用・労力、大会開場費のスリム化が可能となる点が挙げられる。デメリットは、セキュリティとクオリティの問題がある。前者は、入室制限(チェック)の厳密さをある程度犠牲にしないとスムーズな学会進行に支障が生じる。後者は、プレゼンテーターのICT対応とオーディエンスの情報環境(通信障害)の問題が懸案となる。また質疑応答・議論の質の確保は、司会者のICT技術の習熟・力量に依存している。

 運営側は、マニュアルを作成し、有料アカウントを購入し、司会者に一律に操作を覚えてもらう要請をする。これらの負担もデメリットと言えるが、これをテコにICT技術に馴致すればメリットになる。

2020/5/28
サバイバル コロナ後に備えよ! 100年後存続できるよう知恵絞れ 上田二郎氏(副住職兼税理士・元マルサ)

 

元マルサ(国税局査察部)という異色の経歴を持つ上田二郎氏。縁あって寺院に入ったものの、それまでの世界とはまるで違った。戸惑いながらも改善すべきところは改善し、護持すべきものは護持する姿勢を貫いている。そして新型コロナ後を見すえて、今から備えよと訴える。


 寺報で促す「墓じまい」
 筆者は昨年3月、本紙に「30年後の寺院はどう変わっているのか?」と題し、終活ブームで「墓じまい」や仏壇の処分をする人が急増している現状を寄稿した。少子高齢化の影響で後継ぎがいない世帯が増えているほか、都市部に住む子どもが田舎の墓を移すケースもある。

 一部の観光や不動産で潤う寺院と違い、檀家寺の多くは檀家が減って困窮し、荒れ果てて無住寺と化す。人口減少社会では尻つぼみにならざるを得なく、無縁墓の整理を寺の負担としないためには家族状況をしっかり把握し、後継者がいない檀家に対しては、寺院側からの積極的なアプローチが必要だ。

 ふと自坊を見渡すと、一見して無縁となったと思われる墓があって、問題が山積していることに気づいた。悩んだ挙句、寺報に「墓じまい」を載せると、連絡が途絶えていた檀家から離檀の申し込みがあった。聞けば、妻の実家の墓を継いだが、年を取って墓参できない。嫁ぎ先の長男(独身)が墓守をしていたが、死亡して夫に回ってきた。しかし、夫が死んで守る者がいないなど、仕方のないケースばかりだ。

 結果的に寺報が離檀を促したのかもしれないが、放置されるよりはましで、空いた墓地の再利用を考えられる。数年かけて整理し、他の檀家に墓の移動を納得してもらえば、ある程度の大きさを確保して有効利用できる可能性が広がる。

マスク着用などを訴えている都内の桐ヶ谷斎場の貼り紙 一日葬どころか直葬が主流に
 ここ10年で葬儀が大きく変わった。ほんの少し前まで、葬儀が終わって骨上げを済ませ、その後、本堂に戻って改めて初七日をしていた。それが、式中初七日が主流になったと思ったら、今度は通夜がなくなって、一日葬が当たり前になってきた。

 筆者は、人口減少社会にあって、遺族だけに向かっていては檀家減少を食い止めることができないとの思いから、通夜のない葬儀はしないと指導してきた。簡単に省略できるなら、今まで何のためにやってきたのかと疑問を持つ人もいるだろう。

 ところが、新型コロナの影響で状況が一変した。先日行った斎場では、たった2件だけがひっそりと一日葬をしていた。顔見知りの葬儀社は「斎場から、できるだけ通夜をしないよう指導され、60~70%が直葬です」と顔を曇らす。昨年の寄稿では30年後の寺院の景色を想定していたのだが、コロナによって一気に直葬が主流になってしまったようだ。

 アフターコロナで危惧しているのは、直葬の日常化だ。出番が炉前での読経だけになれば、信仰心を養う機会はない。葬儀を支えてきた世代の旅立ちが、直葬ではあまりにもかわいそうであるだけでなく、親族の絆を確認する場が失われつつある。

 想送式「お坊さんのいないお葬式
 最近登場した「お坊さんのいないお葬式」はその名のとおり、僧侶を呼ばないお別れパーティーだ。僧侶への布施を排除して、食事や思い出動画の作成などに充てる。コンセプトで「なぜ葬儀は仏式なのか。高額な布施は必要なのか」と従来の葬儀に疑問や不満を持つ層に訴えかける。

 一方、コロナを逆手に取って、リモート葬儀や法事を呼びかけている業者もいる。派遣手数料が減った苦肉の策なのかもしれないが、民間企業は抜け目なく収益の機会を探る。

 これらの動きに対し、泰然自若としているのか、身動きが取れないでいるのか分からないが、仏教界の動きが見えてこない。
 
 今こそ、本堂葬を考えるべき
 コロナが終息しても葬儀の縮小化は避けられない。経済が低迷して費用が抑えられ、家族葬すらできなくなる可能性もある。結果、香典返しや祭壇で利益を得ていた葬儀社が困窮する。斎場は荼毘にふすためだけの場所になるだろう。

 今こそ、本堂を檀家に開放するべきではないか。厳粛な本堂葬儀が、民間が手掛けるお別れパーティーと比べ物にならないことは言うまでもなく、集う檀家の子や孫たちの信仰心を育む。

 世代交代によって、僧侶を排除したお別れ会が広がっていくことは避けられず、食い止めるには、従来の葬儀を支持する葬儀社と連携して伝統を守る防衛ラインを構築するしかない。斎場使用料の負担がなくなれば、檀家としてのメリットが生まれる。

 選ばれる僧侶 布施に見合う葬儀
 従来の価値観では計り知れない葬儀ビジネスが生まれ、日本人が長く守ってきた葬儀スタイルを根底から揺さぶっているが、動きを止めるのはすでに遅きに失した。座して待つだけでは寺院の未来はない。人材育成は急務だが、世襲制が限界にきているのかもしれない。民間業者では、会社や従業員を守るために、親族以外の者に後継者を託す動きが加速している。

 人材確保に乗り出した宗派もあり、退職者に僧侶の道を開いた。退職者を出家させて修行をしてもらえば即戦力になる。

 もともと社会経験を積んでいるため、基本教育の必要がないばかりか、厚生年金に加入していれば食うには困らない。そして、退職者は老後の生きがいを見つけ、社会貢献をすることができる。

 新型コロナが追い打ちをかけた今、改めて檀家寺が100年後にも存続できるよう、宗派を超え、仏教界全体が知恵を絞って考える必要があるのではないだろうか。
 
 檀家寺が立ち行かなければ、お盆行事の灯が消えてしまうかもしれない。お盆のない日本の夏が来ないことを祈るばかりだ。
 
 うえだ・じろう/1964年生まれ。首都圏寺院の副住職。東京国税局採用後、税務署勤務のほか査察部(マルサ)を体験。著書に『マルサの視界』『税理士の坊さんが書いた宗教法人の税務と会計入門』など。本名と寺院は非公表。

2020/5/28
シリーズコロナ禍の寺院 宗教者たち 寺院の公的支援 弁護士と行政書士に聞く

 コロナ禍による葬儀や法事、月参りなどの縮小・中止で、一般寺院の布施収入が激減している。当面の運営資金にも行き詰まる寺院が出る中、持続化給付金などの公的支援金が中小寺院にも支給されるのか、政府による最終調整の行方が注目される。コロナ禍は、運営面でも中小寺院の課題を浮き彫りにした。当面の苦難を乗り切り、今後に備えるには何をすればよいのか。宗教法人の実務を専門とする弁護士と行政書士に聞いた。

 コロナ禍が檀家制度の崩壊を一層促進し、今後の寺院運営に大きく影響する事例が出ている。

西口弁護士 檀家数約300軒の和歌山県内の寺院は、4月中の葬儀・法事がゼロ。そうした中、檀家が菩提寺の知らないところで葬儀をしていたことがわかった。コロナ不況で家計が苦しくなった檀家が、「今の経済状態では菩提寺のお布施の額は払えない」として、インターネットで見つけた低料金の葬儀社に依頼。派遣されて来た僧侶から戒名ももらっていた。結局、菩提寺は遺骨の埋葬を認めざるを得なかったという。

 コロナ禍で進んだ月参りの減少や葬儀の極端な簡素化が通常化すれば、多くの寺院が立ち行かなくなると懸念される。兵庫県南部ではコロナ禍で寺院運営に行き詰まった住職が、将来を悲観し寺から出て行ってしまった事例まで発生したという。

 主に阪神地域や和歌山県内の寺院から相談を受けている西口竜司弁護士(神戸市垂水区・神戸マリン綜合法律事務所)は、「会社勤めなどの兼業をせずに住職専業で暮らしていける規模の寺院が、コロナで大きな影響を受けている」と指摘。「法事や月参りがゼロという寺は少なくない。兼職も収益事業もせず、仏事のみで成り立っている普通のお寺を救済するセーフティネットがない」と話す。

田村行政書士 西口弁護士への相談の多くは、「当座の運転資金を調達するために金融機関から融資を受けたい」という切実な内容。だが田村実貴雄特定行政書士(同区・田村行政書士事務所)は、「金融機関からすると一般的な寺院は現金商売で運転資金の概念がなく、担保価値も不明確なため原則融資の対象外。仮に融資を受けられたとしても、会計年度内の収入で償還できない額の借入や伽藍や境内を担保に入れる場合、1カ月間の公告や宗派への承認申請などの手続きが必要で、時間がかかる。融資条件によるが、現状では住職個人の資産を担保に入れて融資を受け、お寺に寄付するしかない」と言う。(続きは紙面をご覧ください)

2020/5/21
興亜観音建立80周年・終戦75年 怨親平等の例大祭執行 コロナ終息も祈願

 
山内行脚の後、本堂に向かう伊丹住職(左) 旧陸軍大将の松井石根将軍(1878~1948)の発願により怨親平等の精神のもと、日中戦争(昭和12年)で倒れた両軍の戦没者を供養する熱海市伊豆山の興亜観音。建立80周年を迎えた今年の例大祭は18日午後、伊丹妙浄住職を導師に営まれた。新型コロナウイルスの影響により興亜観音奉賛会役員ら関係者のみが参列。終戦75年の節目にあたり平和を祈ると共に、コロナ終息も願った。

 心配された雨はやみ、関係者は本堂前に距離をとりながら参席。伊丹住職は団扇太鼓を手に庫裏を出発し、お題目を響かせながら険しい山道を経て本堂へ。表白では、日中戦争・大東亜戦争戦没者や東京裁判刑死者7人の名前を一人ひとり読み上げ、さらに殉難法務者への追善であることを奏上した。

昭和15年(1940)2月に開眼された赤銅色の興亜観音 法華経の方便品・如来寿量品・普門品(観音経)・陀羅尼品を読誦。観音経は全員で唱和し、順次焼香した。再び表白を口にした伊丹住職は、松井将軍の辞世の歌の一つ「世の人に残さばやと思う言の葉は自他平等に誠の心」を紹介。さらに新型コロナに対して、「日本人の底力を示す必然、多大にあり」と読み上げ、終息を祈願した。法要後には、参列者に感謝の言葉を述べた。

 建立80周年事業として、防犯の観点から①本堂境内の防犯防災整備関連工事、②山門建立関連工事、③崇敬者ご位牌供養関連工事を計画していたが、新型コロナにより来年に延期するという。

2020/5/21

持続化給付金 宗教法人も? 政教分離で慎重論も根強く

 
 新型コロナウイルス対策として経済産業省が今月から申請受付を開始した「持続化給付金」の対象に宗教法人を追加する案が浮上している。持続化給付金は、営業自粛等により特に大きな影響を受けている事業者に対して最大200万円を給付するもの。経営が厳しい小規模寺院を念頭においているとされているが、一方で憲法の政教分離の観点から慎重意見も出ている。

 今月9日付の「申請要領」では、大企業を除く中小法人(企業)のほか、医療法人・農業法人・NPO法人などを対象としているが、宗教法人・宗教団体は含まれていない。不給付要件の中には風俗営業や政治団体などと共に「宗教上の組織若しくは団体」と明記されている。

 今月13日、テレビ東京のニュース番組で、政府が「新たに中小の法人を対象にする方向で最終調整に入った」と報道した。「コロナの影響で葬儀などが大幅に減り、経営が苦しい寺などが増えていることが背景にある」とも述べている(ネットでも視聴可能)。その後、これに関する報道はない。

 この前後、日本宗教連盟(日宗連)の事務局サイドが関係省庁や各政党に宗教法人を追加するよう要望を伝えた。葬儀減少や自粛の長期化等が寺院経営を圧迫。アンケート回答で、そうした事情を考慮した日宗連加盟団体は、公益財団・社団やNPO法人などが給付対象とされ、同じ公益法人の宗教法人が外されていることを疑問視。さらに「対象外とされた風俗業や政治団体と宗教団体が同列視されている」ことにも苦言を呈したという。

 しかし宗教団体への公金支出は憲法違反の疑いがあるため、「政教分離の観点からいっても慎重であるべきだ」(日宗連役員経験者)という声は根強い。「仮に可能にするには政教分離に抵触しない、新たな枠組みが必要ではないか。そうすると給付時期は遅れる」との意見も。また法人会計の専門家は「小規模寺院では、帳簿類が整っていない場合がある。収入が減ったことをきちんと証明できるかどうか」と手続き上の問題点を指摘する。

 複数の日宗連関係者は、東日本大震災以降、宗教施設の公共性や宗教の社会貢献への関心が高まっているとし、「寺院だから、神社だから、教会だからといって排除されるのはおかしい。災害時にはそれぞれ地域社会に根ざした活動をしている。他の公益法人は給付対象なのに、宗教法人だけ外されるのはおかしい」と話す。

 宗教法人が給付対象になるかどうかは高度な政治判断に委ねられることになりそうだ。近いうちに結論が出ると見られている。

 憲法第20条(信教の自由)第1項 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、 又は政治上の権力を行使してはならない。

 第89条(公の財産の支出又は利用の制限)公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、 教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。

2020/5/21

新型コロナが突きつけた諸課題 持続可能な循環型社会の創生へ

 
国会近くで団扇太鼓を叩くことができない、と苦笑する日蓮宗僧侶で宗教者九条の和世話人の小野文珖氏。新型コロナウイルスをめぐる諸現象と共に、その裏で国民生活に欠かせない種苗法が“改悪“されようとしていることに警鐘を鳴らす。


 百年ごとの人類の試練
 1719年―ペスト・世界大流行 フランスのマルセイユからパンデミック。
 1819年―コレラ・世界大流行 インドのカルカッタからパンデミック。
 1919年―スペイン風邪・世界大流行 アメリカのカンザス州陸軍基地から第1次世界大戦中のヨーロッパでパンデミック。一説には約1億人の死者との推計も。 2019―新型コロナ・世界大流行 中国の武漢からパンデミック。2020年5月5日現在、感染者約352万人、死者約25万人。

 100年ごとに人類に襲いかかる疫病の試練は、地球の自然淘汰の意思か? しかし、そのウイルス禍の災厄を乗り越えて人類が繁栄してきたのも歴史の事実である。人間の智慧と共助で、疫病の苦難をくぐり抜けて今日に到っている。人類が助け合えば新型コロナウイルス「COVIDー19」の大嵐に耐えていけるはずである。それを信じたい。
 
 ウイルスとの共存
 「疫病史観」という用語があるくらいに、人類にとって疫病流行は重大な歴史的転換点になっていたのである。小説家村上龍氏に異色作『ヒュウガ・ウイルス―五分後の世界Ⅱ』(幻冬舎)がある。今から24年前の作品だが、当時の京都大学ウイルス研究所長の畑中正一氏が「21世紀の黙示録である」と解説している。小説の中にこのような一節があった。
 〈ウイルスの多くは宿主と共存して生きている。ヒュウガ・ウイルスも恐らくそのようにして、虫とかコウモリとか鳥とか動物の中にいたのだろう。生態系に強いストレスがかかると、ウイルスと他の生物との平衡状態が変化する。温暖化によってウイルスの繁殖範囲が拡がり、都市が生まれ広がることによってウイルスを宿した小動物が集まり、ヒトに感染するウイルスを持つ動物、たとえば豚やアヒルや犬や鶏などをお互い近くで飼うことによって遺伝物質の交換が容易になりその結果ウイルスが突然ヒトに出くわし、出現し、襲うわけだ〉

 ウイルスは生きているが、「生物」ではない。細胞を持たず、自分を自力で複製できないから、細菌でもなく、生物でもない。0・1マイクロメートル以下のタンパク質の殻なのだ。ただその中に遺伝子があり、他の生き物の細胞に寄生して増殖する。

 ヒトが地球の森林を切り開き、動植物を育て、町を作り、国を広げていく過程で、眠っていたウイルスが突然変異して襲ってくるのである。ペストやコレラや天然痘がそうだった。
 文明を捨てるか、それとも「種痘」のようなワクチンを発明し自らの体にウイルスを取りこみ、共存するか。ウイルスは生物ではないから消滅させることはできない。

 生死の優先順位
 このまま医療崩壊したら、イタリアのように社会が死の選択に迫られると思う。今まで日本では、「高齢者を救え」というような方向で対応されているように感じる。テレビで、若者に向かって、「あなたのおじいさん、おばあさんの命が危ないから」と訴えているのをしばしば耳にする。しかし、私は異議を申し立てたい。「若者を救って」欲しい。

 今年、私は72歳になる。生老病死の仏教の真理から言えば、滅相に近づいている。この無常の世で無事老いを迎えられたのだ。東洋的な見方をすれば、70歳は古来稀(まれ)なのだ。

 医療機器や時間や人手が足りなくなったら、70歳以上は寿命に任せ、60代より下の世代の人たちの命を選び取って欲しい。コロナ後の世界の復興は並大抵ではないはずだ。全く今までと異なった世界を創り上げなければならないかもしれない。結果としてこのようにウイルス蔓延の世界を作ったのは、私たち世代の責任だ。もう取り返しがつかない。未来を構築するのは「高齢者」ではない。次の世代だ。この災厄を凝視して、持続可能な循環型社会の創生に「人類」として尽力して欲しい。

 自家採種の禁止
 コロナ禍の陰に隠れて、国民に知らされずに、この国の「かたち」が変えられようとしている。政府は3月3日「種苗法改正案」を閣議決定し、国会に提出。2021年4月施行を目指している。18年の主要農作物種子法廃止から、食品の農薬残留基準緩和に通ずる政府の姿勢で、水道法改正(水質基準緩和)、森林法改正(民間企業参入)等々の現政権の「グローバリゼーション」「新自由主義」を謳い文句とする「新しい日本」の国づくりが着々と進んでいるのである。その根本に憲法改定がある。

 農協を定年退職した友人と日本の農業問題について学習していると、明日の日本に恐怖を感ずるほど不安が募る。「農山漁村文化協会」が、今国会で採決されようとしている種苗法改正案に、「農家の自家増殖(自家採種)『原則禁止』に異議あり」と反対の声をあげているが、コロナ対策の声にかき消されている。

 農作物387種にわたって農家が勝手に種を採り栽培すると、10年以下の懲役もしくは1千万円の罰金という法律である(東京新聞では登録品種8100超許諾必要)。コロナ禍で見過ごされようとしているが、持続可能な社会に向けたパラダイムシフト構築のためにも“改悪”させてはならない。

 おの・ぶんこう/1948年生まれ。日蓮宗栗須祖師堂(群馬県藤岡市)堂守。宗教者九条の和世話人。群馬諸宗教者の集い代表。

2020/5/21
医療従事者の悩み傾聴 WCRP日本委が後援


 世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会は8日、新型コロナウイルス感染症の治療にあたる医療従事者の精神的ケアのために立ち上げられた「感染症と闘う医療従事者の話を聴く会」を後援することを発表した。

 同会は、感染症診療に関わる医療従事者が様々な精神的苦痛や困難を抱えている状況を受けて、在宅医や臨床宗教師らが世話人となって発足。心理専門職(公認心理師、臨床心理士)、認定臨床宗教師、スピリチュアルケア師がインターネットのテレビ電話システム「ZООM」を使用して医療従事者の悩みを傾聴する。

 対象となる「医療従事者」は医療機関で働く人すべてを指し、職種は一切問わない。医師や看護師等の医療専門職だけでなく、事務職や清掃職など医療機関に勤める全員を対象としている。

 5月1日から傾聴活動を開始した。傾聴は基本的に単回で終了するが、状況に応じて最大5回まで無料で利用できる。個別相談とグループトーク(準備中)の2種類があり、同会のサイトから申し込みができる。

2020/5/14

コロナ禍 仏教系大学一人2万~10万円 学生に支援金 オンライン授業のため環境整備として 


仏教系大学の学生に対する支援金(主にネット環境整備費として) 新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が5月31日まで延長された。各大学ではオンライン授業に切り替え、その環境整備費用として支援金を給付しており、仏教系大学でも同様に学生への緊急支援が行われている。2万円から10万円の範囲で、5万円支給が多い。また困窮する学生のための奨学金を設定したり、他の奨学金を紹介したりしている。

 関東地方では、都内の大正大学(学生数約5千人)は総額4億5千万円の新型コロナ対策臨時基金を開設し、学生のインターネット環境整備などのため1人当たり5万円を給付するほか、最大30万円まで授業料を減免する。

 駒澤大学(約1万5千人)、立正大学(約1万人)も1人当たり5万円の修学支援金を給付。武蔵野大学(約9千人)は全学生・院生に、後期学費からの5万円減額という形で1人当たり5万円の学修支援金を給付。東京、埼玉、千葉にキャンパスを置く淑徳大学(短大部含め約5400人)1人当たり5万円を、神奈川県横浜市の鶴見大学(短大部も含め約2800人)は1人当たり10万円を給付する。

 関西では京都の龍谷大学が著しく経済上の困難を抱える学生に最大10万円を給付する「経済支援奨学金」を新設。オンライン授業導入に伴い全学生(付属平安中高の生徒も含む)に一律3万円給付を決定している。

 花園大学(約1700人)は緊急修学支援奨学金を創設し、1人当たり5万円を給付する。佛教大学は通学課程(約6200人)に5万円を給付するほか、パソコン(PC)の貸与などを支援。

 大谷大学(約3400人)も同趣旨で学修支援金として、学部生と大学院生に一律5万円を今月中に給付する。同大独自の奨学金制度として、教育後援会家計急変奨学金(給付型)や教育後援会特別貸与奨学金(貸与型)も用意している。

 大谷派系の京都光華女子学園は大学・短大・院生(合計約2100人)に1人当たり5万円、高校・中学・小学生には3万円給付のほか、PCの無償貸与を決定した。浄土宗系の京都文教大学(約2千人)は1人当たり3万円の給付を検討している。

 大阪の本願寺派系の相愛大学(約1200人)がネット環境整備のために1人当たり3万円。和宗の四天王寺大学(短大部も含め約4200人)は一律ではないが、保護者の家計が急減した600人までを対象に5万円を給付。40人までを対象とする30万円の修学支援奨学金を新設した。

 中京地方では愛知学院大学(約1万1千人)がネット環境整備支援として1人当たり10万円を給付する。浄土宗系の東海学園大学(約4400人)は5万円、大谷派系の愛知文教大学(約420人)も5万円を給付する。

 福井県越前市にある真宗誠照寺派系の仁愛大学(約1200人)は全学生に2万円を給付するほか、自宅以外から通学する学生に家賃補助として1人当たり3万円を給付する。

2020/5/14

ハンセン病史と新型コロナ 酒井義一氏(ハンセン病首都圏市民の会事務局長・真宗大谷派僧侶)

 新型コロナウイルスに伴う偏見や差別が指摘されている。専門家会議も感染者や医療従事者への偏見に警鐘を鳴らしている。かつてハンセン病患者に対して国は隔離政策をとってきた。それが廃止されたのは1996年である。昨年7月に判決が確定したハンセン病家族訴訟原告団をサポートしてきたハンセン病首都圏市民の会事務局長で真宗大谷派僧侶の酒井義一氏から提起いただいた。


大谷派総長のメッセージが記載された酒井氏自坊の掲示板 5月3日、お寺で永代経を行う予定でした。門徒さんが集い、法要を勤め、法話があり、食事を一緒にするというものです。若い頃は苦痛でしたが、今では楽しみになっています。どうしても催したかったので、講師の先生にはぎりぎりまで待って頂きました。しかし事態は改善せず、中止を決めました。自分自身、とてもショックでした。

 自然災害の場合は、被災地があり、被災された人を支援するということがあります。そこには炊き出しや後片づけ、交流や出会いの機会があります。

 ところが今回の新型コロナはお手上げです。日本だけでなく世界のすべての人々が当事者だからです。ウイルスの性質上、ボランティアに出かけ、顔を突き合わせて相手の思いを聞き、こちらの思いを届けるということが難しい。その点では、直接治療にあたる医療従事者には、本当に頭が下がります。その方々に偏見・差別が及んでいる現実は、とても痛ましいことです。

 ハンセン病と新型コロナウイルスは状況が異なるので同列に扱うことはできません。しかし偏見や差別が出てくる背景には、いくつかの共通したパターンがあるように感じています。


 たとえば「よく分からない」ということ。ハンセン病もそうでしたが、新型コロナウイルスについて、そのすべてが解明されているとは言えません。そこには無知があります。はっきりしない情報のなかで、勝手に負のイメージを広げてしまうことがあるのでは。

 それから「怖れる」。人間は本能的に怖れを感じると自分の身を守ろうとします。自己防衛本能があるからです。しかし、その自分を守るという思いが、時に暴発する。そして、差別が起こる。排除すべきは菌であるのに、必要以上に人間を排除しようとしてしまうのです。根底にあるのは怖れとか守るという思いではないかと思います。 

 それから、「ひとくくりにする」傾向もよく似ています。「ハンセン病の患者」「コロナウイルス感染者」と。たとえば、現在はほとんどの場合が感染者は数字で発表されています。人権上当然ではありますが、その向こうには名前を持った一人ひとりの人間がいて、苦しみや悲しみや辛さがあるというところまでは見えてきません。ひとくくりにすることによって、そこにいる人間が見えなくなっているのではないでしょうか。

 そのことを私は「ひとくくりの罠」と表現しています。ハンセン病の場合、「ハンセン病患者たち」とひとくくりにするところから差別が現れてきた。典型的な事例が元患者たちの宿泊を拒否した熊本での事件(2003年)でした。すでに完治しているにもかかわらず、宿泊拒否を容認する〝善意〟の人の中にあるのは、「ハンセン病の患者たち」とくくってしまう姿勢です。

 3年前、神奈川県の障がい者施設で19人が殺害された事件がありました。犯人は「意思疎通のできない障がい者は、いなくなればいい」といった旨の発言をしています。人間性・違い・人格など、それらを無視して「障がい者は」とひとくくりに見てしまい、差別や偏見の心が暴発して人間を襲ったのです。歴史も状況も違いはありますが、差別や偏見が生じる構図は、ハンセン病も新型コロナも同根だと感じています。

 私たちに必要なのは、ウイルスに対する正しい認識や理解ですが、それだけではない。自らの中にある様々な課題や闇に気づいていくこと、そして相手を人間として見つめるまなこを持つことが、大切なのではないでしょうか。

 ウイルスに関して私の先輩である大阪・南溟寺住職の戸次公正さんが寺報(「法蔵魂」5月号)でこんなことを書いています。

 〈バイキンマンは「ばい菌」です。それは敵ですが、実はアンパンマンだってイースト菌という菌がないと作れないのです。世の中からばい菌がいなくなればいいのか?というと、そうはいかない。ばい菌がいなくなると人間も生きていけなくなる。人間は常にばい菌やウイルスとたたかいながら、それで免疫ができて共に生きていける。〉

 バイキンマンもアンパンマンも菌がないと生きていけない。人間も乳酸菌などのたくさんの細菌が体内に生きています。コロナウイルスを根絶すればこの問題は解決するのか。そもそも根絶はできるのかというと、難しいようです。ウイルスとの共生は専門家も指摘しています。

 ここに親鸞の世界と非常に近いものを感じます。敵と思うような自分にとって都合の悪いことを帳消しにして日常に戻るのではなく、悪を包み込みながら、それらを善に変えなしていく、それらの意味を見いだしていく道を歩む。免疫の考えと似ていると思いませんか。

 経済的な面でしんどい上に精神的な過酷さを誰もが共有しています。この現実を乗り越えようという言葉もありますが、乗り越えるというよりも、この辛さや孤独を無駄にしない。この現実から何かを学んでいく道を歩むことが、すべての人に問われていることだと思います。(談)

さかい・よしかず/1959年東京生まれ。真宗大谷派存明寺(世田谷区)住職。国立ハンセン病療養所多磨全生園(東村山市)にある真宗報恩会の駐在布教使を30年以上務める。ハンセン病首都圏市民の会事務局長。自坊で子ども食堂を実施しているが、新型コロナによる緊急事態宣言以降、休止している。

2020/5/14
インタビュー 心をも蝕む 新型コロナ 増える相談、足りない相談員 孤立者の声 只管傾聴せよ! 篠原鋭一氏(自殺防止ネットワーク「風」理事長、曹洞宗長寿院住職)に聞く


 新型コロナウイルスは肉体だけの病ではなく、感染・非感染を問わず人間の心を蝕んでいた。NPO法人自殺防止ネットワーク「風」理事長で曹洞宗僧侶の篠原鋭一氏(75)はそう指摘する。そして仏教者に「只管傾聴」を訴える。
 
――お寺の状況はいかがですか。
 「通常のお寺としてやるべき法事はしていません。先日も葬式がありましたが、家族葬でした。仏事は極端に縮小し、お寺さんとの交流も極力控えている。お寺が集まる教区の会議や護持会もキャンセルしている」
 「長い間、自殺防止の相談活動をしているので、いまは結構電話相談が増えている。条件はさまざまですが、死ぬとか死にたいとか。先日、取材でテレビ局が来寺した。放映後には見た人からの相談が増える。いまはそれに追われているところです」


――仏教界や僧侶は何ができるでしょうか。
 「医療従事者は命をかけてあれだけの活動をされている。行政の人たちもいろいろされている。翻って僧侶は何ができるだろうか。コロナに関しては医療や経済、教育といった専門知識がなければ応えられない問題も確かにある。けれども、坊さんはそれに応える必要はないと思うんですよ。専門家ではないんですから、ひたすら聴くこと、只管傾聴です。相手は何か話したくてしょうがないんだから、思いの丈をぶつけて下さいと。少々怒鳴ってきたって、そりゃそうだと思ったらいいんです。閉塞感と窮屈な状況に追いつめられているんですからね。サンドバッグになることです。一通り話し終えると相手の声が明るくなる。スッキリするんです」

 「最初にお聴きするだけですよと断ってもいい。そうなんですね、私も辛いんですよと言いながらひたすら聴き続けることです。テレビを見たお坊さんから、私も参加したいという反響があってそれは嬉しかった。相談を受ける人は不足しているので、お寺でもできる」

 「お寺としては、お寺に来てお茶を飲みましょうと誘えないのが辛い。でもこういう時にこそ、坊さんから声をかけていく。手紙であれ、電話であれ、檀信徒との関わりを確認するいいチャンスじゃないのかな。お元気ですかとか、お盆に会いましょうねとか。結果的にお盆ができなくなってもいい。ハガキ一枚出してほしい。ハガキを書く時間はあるのですから。多少、お節介と思われるぐらいがいい」

※インタビューの一部を掲載。詳しくは紙面をご覧ください。

2020/4/30・5/7合併号 
WCRPとPNND共同会合 核軍縮の努力延期させず 宗教者と国会議員 共同提言を作成


オンラインで開催された合同会合 4月27日から米国ニューヨークの国連本部で予定されていた核兵器不拡散条約(NPT)運用検討会議が新型コロナウイルスの影響により延期されたが、「核軍縮の努力は延期されてはならない」と世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会と、国会議員からなる核軍縮・不拡散議員連盟(PNND)日本は27日午前、都内の参議院議員会館を主会場にオンラインで合同会合を開催。共同提言文について検討し、「核兵器に関わる国際情勢が、本年ほど危機的状況にある年はない」と警告した。提言は日本政府に提出される。

 具体的な提言は①核抑止政策の検証、②核廃絶と核兵器禁止条約、③喫緊の課題の3点。
 
 ①では「核兵器使用の敷居が低くなりつつある可能性」があるとした。さらに「核の誤爆、盗難、事故の可能性の高まり」を指摘した上で、「本当に人々の生命や生活を守るために必要な政策が一体何なのかについて検証されるべき」としている。
 ②では、3年前の国連の会議で採択された核兵器禁止条約に現在81カ国が署名し36カ国が批准。「近い将来の条約発効が見込まれている」とし、「我々は、日本政府が、本条約支持へと即座に方針転換できないまでも、この条約が発効後1年以内に招集される『締約国会合』にオブザーバーとして出席することを強く望みたい」とした。
 ③では、「ヒバクシャ国際署名」活動に敬意を表する一方で、AI(人工知能)ロボット兵器や宇宙空間の軍事利用、新たなミサイル開発に警鐘を鳴らし、「昨今の状況に対して倫理的、人道的な責任を宗教者と国会議員は痛切に自覚し、これらの防止に向けた役割を果たすものである」と決意を表明している。

2020/4/30・5/7合併号
寄稿 新型コロナ後の文明 若麻績敏隆氏(画家・浄土宗善光寺白蓮坊住職)

 ゴールデンウイークに先立ち、東京都は「いのちを守る ステイホーム週間」を打ち出し、この標語は全国に広がった。そして、どの都道府県でも新型コロナウイルス感染拡大防止に努めている。昨年の台風19号で甚大な被害を受けた長野県の若麻績敏隆氏(浄土宗僧侶)が医療現場への感謝と共に災害と地球環境の観点から提起する。


 新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるい、1年前には誰もが想像だにしなかった惨状が、世界各地に広がっています。4月21日現在、全世界の罹患者は250万人にも達し、死者数は17万人を超えました。日本でも罹患者は1万人を超え、死者数も180人を超えています。多くの人々が自宅待機を余儀なくされる一方で、過酷な医療現場で昼夜を問わず命がけで救命にあたられている医療関係者の方々、そして、人々の日々の暮らしを維持するために、様々な職場で懸命に働いて下さっている方々には心よりの感謝を申し上げたいと思います。 
   
 今回の新型コロナウイルスによるパンデミックの状況を見ると、私は改めて、私たちの文明が大きなターニングポイントにさしかかっていることを感じずにはおれません。今回のウィルスがこれほどの世界的流行になったことは、地球温暖化やゴミ問題などと同様に、現代の科学文明が大きく影響していると言われています。もともと中国の武漢周辺の風土病にすぎなかったこの病気は、世界中に張り巡らされた航空網によって、一気に世界全体に拡散してしまったのです。

 グローバリズムの影響は、日本国内でも、近年目覚ましい、インバウンド観光などで顕著です。グローバリズムそのものは、すべてが否定されるべきものではありませんが、弊害を含めて再検証する必要があるでしょう。

 ここのところ、地球温暖化が原因とされる強大な台風が、毎年のように日本列島を襲い各地に大きな被害をもたらしています。昨年の秋、私の住む長野市では、令和元年東日本台風と命名された台風19号のもたらした大雨によって千曲川の堤防が決壊し、広範な地域での浸水被害がおきました。2人の方が亡くなり、被災家屋は3600棟に及びました。

あっけなく無価値に
 私は発災の2日後から、友人の寺でゴミ出しや泥かきの手伝いを行いましたが、膨大な量のゴミが、ゴミ置き場を瞬く間に埋めていくことに、大きな衝撃を受けました。それぞれの家庭の大切な家財や思い出の品が、一夜にして泥だらけになり、放られてうずたかく積まれていく様は痛々しくもありました。それは、まさしく無常の理を示しており、文明の生み出した多くのものの価値が、あっけなく無価値になる過程を示していました。その姿を見ながら、現代文明の作り出すものは、最終的にはゴミになってしまうのだという思いを強くしました。

 数日後、私は、会期終了間際の塩田千春展を見るために東京・六本木の森美術館に足を運びました。巨大な空間を覆い尽くす繊細にしてかつ豪快な、糸を用いたインスタレーションの数々は、私に非常に強い印象を残しました。会場を進むと「小さな記憶をつなげて、」という、恐らくは作家お気に入りのままごとに使うような家具や用具のミニチュアの数百はあろうかというものが、床に並べられて互いに糸で結ばれた可愛らしいインスタレーションに目が引きつけられました。

 私はしゃがみ込んで、しばらくはその極小の魅惑的な世界を楽しんでいましたが、突然、被災地で目にした泥だらけの家財の姿がそこにオーバーラップして見えたのです。その時、作家には大変失礼なことですが、「この愛らしい作品たちもいつかはゴミになってしまうのだろう」と私は思いました。そして、インスタレーションの向こう側のガラス越しに無数に広がるビル群に目を転じたとき、「ああ、この巨大な街もまたいつかはゴミになるのだ」との思いがこみ上げて、背筋がぞっとするのを感じました。

 私たちは、万物の霊長として、何の疑いもなしに、その欲望を実現するステージとして自由に地球の様々な場所を移動し、巨大な街をつくり、様々なものを作ってきました。そして、そのために、莫大な化石燃料や危険な原子力を利用してきました。

 ところが、私たちは、そうした際限のない行為が、我々人類の健康をも含めて、母なる地球環境に看過できないダメージを与えていると、気づき始めました。昨年、環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんが国連で行った衝撃的なスピーチが、多くの人の共感を生んだのはご承知の通りです。

 この1年、日本では台風によって各地に大きな被害がもたらされ、オーストラリアでは山火事によって広大な面積の森林が焼失しました。北極圏では、温暖化によって広範の永久凍土が溶け出し続け、メタンガスなどの温室効果ガスとともに、閉じ込められていた病原菌やウイルスが放出される危険性も指摘されています。

 残念ながら日本は、今もなお、東大の鈴木宣弘教授が指摘する「今だけ金だけ自分だけ」の文明に飲みこまれているように見えます。一方で、大人の強欲さを叱った若きグレタさんの主張する「足ることを知る」「謙虚な」生き方とは、仏教がずっと大切にしてきた生き方でもあります。

 私たちは今回のパンデミックを機に、グローバリズムを含む現代文明のあり方を検証し、様々ないのちの共生を目指した持続可能な新しい文明のありかたをこそ模索したいものです。

わかおみ・びんりゅう/1958年長野市生まれ。東京芸術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業。浄土宗善光寺白蓮坊住職。東京や長野などで絵画の個展を開催。現在は日本仏教看護・ビハーラ学会会長。