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2021/4/29・5/6合併号

京都・毘沙門堂門跡 今出川門主が晋山 秘法で世の安寧を祈願 


宗祖伝教大師から続く法燈相承譜に署名する今出川門主 天台宗五箇室門跡の一つである京都市山科区の毘沙門堂門跡で4月23日、昨年11月19日に就任した今出川行雲第62世門主(83)の晋山奉告法要が営まれた。今出川門主は、宗祖伝教大師から続く法燈相承譜に署名。法華経を日本社会に浸透させる歴史的な役割を担ってきた毘沙門堂の歴史の継承を誓い、新たな仏法発信への意欲を見せた。

 今出川門主は極楽橋から参道を進列。地域住民らで作る護持会「般若会」や近隣住民ら120人が、参道両側で紅白の提灯を持って出迎えた。住民らは門主の後に続いて石段へ。晋山式の時にだけ開く勅使門をくぐった。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/29・5/6合併号

京都・壬生寺 松浦貫主が晋山 戒と律の伝統をつなぐ


晋山式を無事終え感無量の松浦新貫主 律宗大本山壬生寺(京都市中京区)で24日、松浦俊昭新貫主の晋山式が営まれた。鑑真和上の律の伝統と、地蔵盆や大念仏狂言など地域の心の支えとなる活動を継承し営んでいく決意が披露された。新型コロナウイルスを鑑み、参列者は約30人と最小限度にとどめた。

 法要で律宗管長の岡本元興長老を導師に地蔵堂で営まれ、松浦俊海前貫主も出仕。奉告文で松浦新貫主は新型コロナウイルスに人々が悩み苦しむ中、仏教の力で「万劫の安らぎ」を与える活動に精進することを誓った。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/29・5/6合併号
豊山仏青・災害対策講習 自助力の向上目指し 青年僧、重機免許を取得


講習を受ける青年僧たち。講師は林代表 真言宗豊山派仏教青年会(鈴木真人会長)は21・22日に、千葉県柏市の同派布施弁天東海寺(下村法之住職)を会場に災害対策講習会を開いた。災害復旧でも使われるパワーショベルなどの重量3トン未満の建設機械(小型車両系建設機械)の運転免許を取得できる講習を行い、参加者28人が免許を取得した。

 講習会は豊山仏青前会長の林映寿氏(長野県小布施市・浄光寺)が代表を務める(一財)日本笑顔プロジェクトの協力で実施。豊山仏青の会員27人と同会と災害協定を結ぶ石井食品㈱のスタッフ1人が参加した。初日は学科の講習と試験、2日目は屋外にて林代表をはじめ災害現場で活動してきた3人が講師となり、パワーショベルを使った実技を行った。使用した重機は笑顔プロジェクトが協定を結ぶ建機メーカー「アクティオ」が用意した。参加者は2日間の講習を終えて、全員に免許証が授与された。

 講習に参加した榊宥章氏(千葉県松戸市・広照寺)は初めての重機操作に、「思ったよりもスムーズに動かせて楽しい」と手応え。一昨年の台風19号では布施弁天にもほど近い利根川も氾濫する危険があったが、「災害の時に重機を使えれば(復旧も)早くすすむ。こうした機会は有難い」と話した。 

 参加者からは重機操作に経験が必要なため、練習の機会を求める声もあった。鈴木会長も「資格があっても動かすのは難しいので、定期的に訓練する必要性も感じました」と課題にあげ、他地域での講習会開催にも意欲を見せた。震災から10年の節目で、「災害への備え・支援への備え・自助力共助力の強化」を念頭に講習会を企画したが、「宗派が動く前にフットワーク軽く動けるのが豊山仏青」と話し、「お寺は檀家だけでなく、地域の方に支えられている。昨年はコロナもあり熊本県の豪雨災害では県を超えた支援が難しかったが、お寺がある地域を自分たちで守っていけるようにしたい」と展望した。

2021/4/29・5/6合併号

伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開 <最澄存命時代編②>
最澄と南都六宗の戒 『梵網経』再検証 大竹晋(仏典翻訳家)


 インド仏教の諸学派、中国仏教の諸宗、日本仏教の南都六宗においては、仏教徒である七(しち)衆(しゅ)の戒が定められている。

在家者の戒 ①優婆塞・②優婆夷:五戒、八斎戒
出家者の戒 ③沙弥・④沙弥尼:十戒⑤式叉摩那:六法戒⑥比丘:二百五十戒⑦比丘尼:五百戒

最澄没後、比叡山に建立された戒壇院。現在の建物は江戸期に建立された。重要文化財 七衆の戒は部派仏教と大乗仏教とに共通である。奈良時代の南都六宗においては、奈良の東大寺、大宰府の観世音寺、下野の薬師寺に戒壇が設置され、正式な出家者となる者はそこで比丘の戒を受けていた。なお、平安時代に真言宗を開いた空海も、七衆の戒を真言宗の顕(けん)戒(かい)として採用し、みずから東大寺別当職を務めている。

 ところが、空海に先立って天台宗を開いた最澄は、七衆の戒のうち出家者の戒を小乗戒として放棄し、偽経『梵網経』の菩薩戒を在家者と出家者とに共通の大乗戒として採用した。最澄の死後、比叡山に大乗戒壇が設置され、正式な出家者となる者はそこで『梵網経』の菩薩戒を受けるようになった(のちに各地に設置)。

 『梵網経』の菩薩戒は在家者と出家者とに共通である。では、最澄は在家者と出家者とをどのように区別したか。(続きは紙面でご覧下さい)


2021/4/22
日蓮宗 身延山でライブペイント 小松美羽さんが描き奉納


描き終え、作品と向き合う小松さん 日蓮宗総本山身延山久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町)で17日、宗祖日蓮聖人御降誕800年事業の一環として身延山、比叡山、高野山の日本仏教3大霊山への祈りの旅をしているアーティスト・小松美羽さんによるライブペイントが行われ、作品が奉納された。コロナ禍に配慮して混雑を緩和するためユーチューブでも配信された。

 ライブペイントのために本堂前には、金箔と銀箔が施された直径1㍍80㌢の円形のキャンバスを3枚設置した特設ステージが用意された。小雨が降る中、白装束に身を包んだ小松さんが現れ、本堂で山内僧侶が読経を開始。絵を描き終えるまでの約1時間、読経が続けられた。

 今回は身延山を守護する龍をモチーフに作品を描いた。絵具を直接塗りつけたり、手の中で混ぜ合わせて投げつけるなど、迫力ある制作過程に居合わせた参拝者は釘付けになった。独特のリズム、色彩でキャンバスに描かれた龍に、最後に目が入れられると、小松さんは合唱し天を仰いだ。

 ライブペイントを見守っていた宗務院の関本城伝道部長は「小松さんに龍神さんが宿ったような迫力で鳥肌が立った」と感嘆。ライブペイントを食い入るように見ていた地元の高校に通う美術部の生徒たちは「感動しました。作品も素晴らしいけど、制作過程も迫力があってパワーをもらいました」「私も独創的な自分の世界を描いていきたい」と刺激を受けた様子だった。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/22

本願寺派愛唱歌公募最優秀作品「みんな花になれ」 加藤登紀子さんが作曲


御影堂で朗々と歌声を響かせる加藤さん 浄土真宗本願寺派(石上智康総長)は本山西本願寺(京都市下京区)で営まれた春の法要最終日の15日、かねてより歌詞を公募していた「愛唱歌」を発表した。東京都練馬区の童話作家・山口タオさんの詞による「みんな花になれ」が最優秀作品に選ばれた。審査委員長で作曲をしたシンガーソングライターの加藤登紀子さんは「とってもわかりやすくて、つい口ずさんでしまうような楽しい曲にしたいと思った」と講評。優秀作品には東京都中野区の幸田哲弘さんの「つなぐ命」と岡山県倉敷市の井上千紗さんの「おくりもの」が選ばれた。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/22
伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<最澄存命時代編①>
空海から見た最澄 ライバルか理解者か? 内藤理恵子(善通寺勧学院専門研究員)


 
1.エンターティンメント作品に描かれる両者の関係
 空海は最澄をどう見ていたか。これについては小説、映画、漫画の題材にもなっています。フィクションの中では両者の関係は誇張されがちで、モーツァルトとサリエリのような光と影の相剋という雛型に当て嵌めようとする傾向が見られます。周知のようにエンタメ作品はエキサイティングな面白さを追求するものですから、それに対しては何の異論もありません。
 
 とはいえ、多くの人がそうしたフィクションを通して、両者の関係を認識している現状もあります。そこで今回は、実際の関係性はどのようなものであったのか、慎重に考えてみたいと思います。

伝教大師が筆写した「弘法大師請来目録」(冒頭部分)。国宝、東寺所蔵(図録『日本国宝展』より) 2.国宝『弘法大師請来目録』(最澄筆)について
彼らの関係性を示す資料として、まずは国宝『弘法大師請来目録』(最澄筆)が挙げられます。空海が唐から持ち帰った経典等のリストを最澄が写したものです。最澄は、唐で天台の教えはもちろんのこと、密教にも触れてはいるのです。しかし、自身が持ち帰ったものと空海が持ち帰ったものを比較して、自身の持ち帰った密教の知識が完全ではなかったことに気づきます。

 その後、最澄は空海に経典の貸し出しを請うようになります。このエピソードは、空海の才を証明すると同時に最澄の真摯な姿勢の証しでもあります。しかしながら、両者の関係は、その後、断絶に至りました。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/22
四天王寺 聖徳太子かるた完成 漫画家・川崎ゆきおさん描く 札の裏には僧侶の解説


絵はフルカラー。解説も充実 聖徳太子が創建した日本最初の仏法道場である和宗総本山四天王寺(大阪市天王寺区)でも来年の1400年御聖忌法要を前に各種記念事業が行われている。その一つが3月から販売されている「聖徳太子かるた」。聖徳太子の偉業や四天王寺の歴史が楽しく学べるものだが、イラストを描いているのが漫画界の奇才・川崎ゆきおさんなのだからビックリ。漫画マニアからも注目されている。

 川崎さんは伝説の漫画雑誌「ガロ」でデビューし、独自の画風と世界観がマニアックな支持を集める。大阪・関西の風物についての飄逸なエッセイも人気で、四天王寺の山岡武明参詣課長は「地元のことをよくわかっている漫画家に描いてほしいという思いがありました」と話す。四天王寺が川崎さんに資料を提供、5年がかりで46枚のイラストの執筆となった。凛々しくもどこかとぼけた感じの太子や仏像は抜群に印象に残る。

 「和の精神平和を愛す太子の心」など読み札の裏には詳細な解説がある。「四天王寺には絵解き説法の伝統がありますが、かるたも絵解きと同じく幅広い人々に仏法を伝える手段。まさに僧侶が法話をするつもりで解説を書きました」と山岡課長は力を込める。

 箱には「PЯAYING—CARD of Prince Shotoku」との英語表記が。「PLAYING」ではないのは祈り(PRAY)とひっかけているというわけで、こんな遊び心も面白い。(1500円)

2021/4/15

聖徳太子1400年御遠忌が開白 太子ゆかりの寺院勢ぞろい 和の心 世界へ伝える


御詠歌が響く中、御廟への階段を上がる近藤住職ら 聖徳太子の御廟所である大阪府南河内郡太子町の叡福寺(近藤本龍住職)で10日、聖徳太子1400年御遠忌大法会が開白した。初日は僧俗合わせて約250人が参列、仏教や和の精神を日本に根付かせた偉大なる功績を敬い感謝した。来月11日までの1カ月にわたり、ゆかりある宗派・霊場会の親修法要や関連行事が続く。

 雲一つない快晴の下に御詠歌の声が鳴り響き、境内を近藤住職をはじめとする聖徳太子御遺跡霊場会寺院の僧侶が練り供養した。出仕したのは四天王寺・大聖勝軍寺・道明寺・西琳寺・野中寺・橘寺・金剛寺・法輪寺・朝護孫子寺・平隆寺・大安寺・広隆寺・六角堂・中山寺・鶴林寺・斑鳩寺・西方院。宗派を超えて太子が尊崇されていることが示された。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/15

曹洞宗大本山總持寺祖院 江川貫首親修で落慶法要 能登半島地震から14年 伽藍復興


江川辰三貫首の親修で営まれた大般若転読 2007年3月25日に発生したマグニチュード6・9の能登半島地震で大きな被害を受けた石川県輪島市。そのシンボルともいえる曹洞宗大本山總持寺祖院(輪島市門前町)で6日、伽藍の修復落慶法要が江川辰三貫首の親修により営まれた。鬼生田俊英宗務総長をはじめとする全国宗侶や工事関係者ら約100人が参列。9月の開創700年慶讃法要を迎える準備がここに整った。

 発生時刻の朝9時41分、境内で金沢市在住の書家・阿部豊寿氏が黒板に金色の墨で「禅」と書き、続いて長さ10㍍、幅2・5㍍の巨大和紙に「完全復興」と力強く大書し奉納した。阿部氏は「人は祈ることや手を合わせること、あるいは他人の支えによりどんな難局も乗り越えることができると信じております」と語り、「禅の里」である輪島市門前町がますます発展することを願った。

 大般若経の転読の声が修復された大祖堂に鳴り響いた。守護神の三宝荒神には荒神真言で報恩。江川貫首は垂示で全国の寺院・檀信徒・関係者の力添えで復興が果たせたことに感謝。「本山と祖院は一体であります。これからも常に数限りない方々の信仰のよりどころとしてあり続けます。護持発展のためになにとぞご協力を頂きたく、よろしくお願い申し上げます」と述べた。

修復された境内で「完全復興」と大書する阿部氏 乙川暎元・震災復興委員会統監(大本山總持寺監院)は、この14年の間に伊東盛熈監院や横山敏明監院ら、再建に尽力した人々が亡くなったことに思いを馳せた。神奈川県横浜市の大本山總持寺と輪島市の祖院が一体となり活動をしていく将来を見据え、「願わくば能登半島、輪島市の信仰の一助になればそれに勝る幸せはありません」と語った。

 祝辞で梶文秋市長は、震災発生後に祖院の僧侶が懸命に被災者支援のボランティア活動をし、市の復興支援に協力したことを回想。「自分のことを差し置いても人のために尽くす祖院の皆様の姿に心を打たれました」と感銘を語った。梶市長は、「祖院の復興なくして市の完全復興なし」との気持ちで市の「完全復興宣言」を控えており、この日の午後に営まれた市主催の復興式典で宣言した。

 鈴木永一・總持寺祖院監院は「静寂の中に高くそびえる七堂伽藍の中に佇む時、皆様がたのご恩を決して忘れることはありません」と感謝し、永遠の祈りと安らぎの場としていきたいと抱負を語った。

 祖院は完全に倒壊した坐禅堂をはじめ、山門や大祖堂など18棟が甚大な被害を被った。復興に要した資金は約40億円。

2021/4/15

宗教者核燃裁判 第2回公判 原告宗教者 核燃サイクル停止を要求 当たり前の理論で勝負 


公判後に光明寺で報告集会が行われた 仏教、キリスト教などの諸宗教者約240人が原告となり日本原燃株式会社を相手取り、青森県六ケ所村の原子力施設(再処理工場)の運転差止を求めている「宗教者核燃裁判」の第2回公判が8日、東京地裁(千代田区霞が関)で開かれた。原告は原発事故の危機的被害や安全性の問題を主張し、核燃料サイクル事業は「未来世代のいのちを貪っている愚かな行為」と訴えた。

 地裁前での集会では原告団事務局の長田浩昭氏(兵庫県、真宗大谷派法伝寺)が裁判母体となった「原子力行政を問い直す宗教者の会」が「もんじゅ」が初臨界を迎える93年に結成されたことにふれ、「当初からプルトニウム利用を問題とし、課題としてきた。この不正義に声を上げ続けていこう」とアピールした。

 公判では原告側の井戸謙一弁護士が答弁書に反論。再処理工場の安全性について、被告代理人が絶対の安全性は望めないため内在する危険性が顕在化するおそれが一定程度に低減していると主張。これに対して、再処理工場の事故が起これば原発以上に重大で広範に被害が及ぶことから、「通常人が万が一にも事故は起こらないと確信を持ちうるというレベルの安全性が必要」と主張した。

 原告の片岡輝美さん(福島県、日本キリスト教団若松栄町教会信徒)による意見陳述では、原発事故で子どもたちが育つ環境が放射能に汚染された苦しみや、再処理工場の稼働や事故で「未来のいのちを滅びの道に引きずり込むかもしれない危険性を次世代に渡すことに耐えられません」と語り、「核燃料サイクル事業を手放さないことは、この時代の富を享受している者たちが未来世代のいのちを貪っている愚かな行為」と断言し、事業廃止を求めた。

 この訴えに対して被告側は本件と関係ない陳述を制限するよう意見。これには河合弘之弁護士が再処理工場停止を求める理由に結びつく内容であり、「何を陳述するかは原告の自由だ」と反論した。

 公判後は神谷町光明寺を会場に報告集会を開いた。原告共同代表の中島哲演氏(福井県、真言宗御室派明通寺住職)は「超危険・超浪費・半平和をキーワードに『もんじゅ』のことを語ってきたが、再処理工場はこれに輪をかけたようなもの。再処理工場ストップまで頑張りたい」と挨拶した。共同代表の岩田雅一牧師(青森県、日本キリスト教団八戸北伝道所)は体調不良で欠席した。河合弁護士は「彼ら(被告側)は宗教者かどうかは関係ないという立場だが、僕らはそれこそが大事であり、再処理施設を止めなきゃいけない理由だ」と改めて強調した。2014年に福井地裁で大飯原発の運転差し止め判決を出した樋口英明元裁判長も参加。「原発の及ぼす被害はとてつもなく大きい。だから事故発生確率を抑えるため安全にしないといけない。しかし原発も六ケ所も地震に弱い。だから止める。当たり前の話だ。この当たり前の理論で勝負しないといけない」と今回の裁判でも鍵となる「樋口理論」に言及し、「最高裁で勝ち切らないといけない」と激励した。

2021/4/8
大本山永平寺 南澤道人貫首が晋山開堂 問答で只管打坐説く


修行僧が担ぐ輿に乗り山門へ向かう南澤貫首 福井県永平寺町の曹洞宗大本山永平寺で2日、南澤道人第80世貫首(93)の晋山式が執り行われた。修行僧らと問答した南澤貫首は道元禅師が示した禅の真髄を伝え、只管打座の徹底を説いた。

 梵鐘の音を合図に塔頭・地蔵院を出発。修行僧らが担ぐ輿に乗った南澤貫首は太鼓が鳴り響く中、唐門をくぐり山門へ進んだ。自身の境地を表す法語を述べ、『無門関』に記される「大道無門」を語った。その後、佛殿、土地堂、祖堂、承陽殿と巡拝し、各堂で法語を捧げた。

 法堂で晋山開堂に臨み、須弥壇に上堂し説法を開始。8人の修行僧と問答を繰り広げ、修行の意味などを問われると、「古仏現成」など道元禅師の教えを示しながら、只管打座を徹底するよう説いた。仏法の奥義を聞いた修行僧たちは「吉祥、吉祥、大吉祥」と喜びの声を上げ立ち去った。

 大本山總持寺(横浜市鶴見区)の江川辰三貫首や乙川暎元監院、鬼生田俊英宗務総長、河合永充永平寺町長ら参列者が祝辞を読み、永平寺の小林昌道監院が謝辞を述べた。

 式後に行われた記者会見で南澤貫首は「ご開山さまの教えを修行僧たちと一緒に行じ、命ある限り勤めたい」と決意を語った。修行僧との問答を振り返り、「それぞれ表現の違いはあるが、みな同じ問い。只管打座ということで本来の自己を確立すること、そして善悪無記を挙げた。煩悩と向き合いどう生きていくか、身体と心で受け止めていってほしいと伝えた」と述べた。

 卒寿を迎えて貫首に就いたとあって元気の秘訣を尋ねられ、「食事は腹八分で、やりたいこともある程度慎む。自律自戒を心掛け、良い生活習慣を確立する。その中で本当の自由を味わっていけるような生活が、結局は長生きの秘訣なのでは」と話した。

 感染防止策で宗内関係者だけに参加を制限するなどし、参列者は山内僧侶と合わせて約300人に絞られた。08年の福山諦法前貫首(88)の晋山式では、約2500人が参列した。

 南澤貫首は1927年生まれ。長野県出身。47年に得度した。駒澤大専門部仏教科を卒業後、永平寺に安居し、長野県千曲市の龍洞院住職に就任。永平寺監院、札幌市の中央寺住職などを歴任し、2008年に永平寺副貫首に就任。福山前貫首の退董に伴い、昨年9月に貫首に就いた。

2021/4/8

法隆寺で聖徳太子御聖諱 和国の教主に仏恩報謝

 
輿によって運ばれる太子七歳像と南無仏舎利 奈良県生駒郡斑鳩町の聖徳宗総本山法隆寺(古谷正覚管長)で3~5日、聖徳太子1400年御聖諱法要が営まれ、全国から太子を讃仰する僧侶約450人をはじめ仏教徒が参集。日本仏教最大の恩人に篤く報恩感謝した。新型コロナウイルス感染症を鑑み、遠方の太子信者のために朝日新聞社の協力でインターネットによるライブ配信も行われた。

 太子の命日にあたる3日(旧暦2月22日)、午後0時半を回った頃に東院伽藍から練り供養が始まった。法要の本尊となる「太子七歳像」(平安時代)と、太子が2歳の時に東を向いて合掌し「南無仏」と唱えた際に手のひらからこぼれ落ちたと伝わる一粒の「南無仏舎利」が輿によって西院伽藍の大講堂まで運ばれた。鬼や鳥の面を付けた伎楽人や舞人が雅楽の音色と共に桜咲く境内を行進し、一帯は古式ゆかしい飛鳥時代の雰囲気に包まれた。舞人は五重塔の前で舞を奉納。鳥に扮した子どもたちがかわいらしく踊る「迦陵頻の舞」も大講堂前舞台で披露された。

ゆかりの寺院が集って営まれた法華・勝鬘講(3日) 開白にあたる法華・勝鬘講法要では、古谷管長が「神分」と「表白」を読み上げ、諸仏・神々に対して世界平和と疫病退散を祈った。法隆寺と並ぶ聖徳太子創建寺院の四天王寺からは加藤公俊管長が慶讃文を読み上げ、「和国の教主」として国を守ってきた遺徳を讃えた。出仕した僧侶は法隆寺と隣の中宮寺(聖徳宗)のほか、奈良県の達磨寺(臨済宗南禅寺派)、橘寺(天台宗)、兵庫県太子町の斑鳩寺(天台宗)、大阪府太子町の叡福寺(真言系単立)で、ゆかりの寺院から宗派を超えた法要となった。各宗管長や大本山法主、立正佼成会や神社界からの焼香があった。

 2日目の法華・維摩講法要では法隆寺と興福寺・東大寺・薬師寺・西大寺・唐招提寺で構成される「南都隣山会」の僧侶による法要が営まれた。法隆寺で隣山会全山が揃った法要は初。5日の結願である管絃講を終え、太子七歳像と南無仏舎利は再び東院伽藍に遷座。準備にあたっていた大野玄妙前管長が2019年10月に急逝し、コロナ禍に悩まされながらも、100年ぶりの御聖諱法要は無事に円成となった。

 夢殿では秘仏の国宝・救世観音像が特別公開された(5月18日まで)。また大宝蔵殿では国宝3点・重文40点を含む特別展「法隆寺の信仰と宝物」を開催(6月30日まで)。拝観した奈良県在住の男性(70代)は「法隆寺には何度も来ているけど、仏像も五重塔も何度見ても感動があります。今日の法要も一生の思い出になりました」と手を合わせた。

2021/4/8
ミャンマー国軍の資金源絶て! 宗教者ら外務省前で抗議

 
外務省前で行われた集会には宗教者、在日ミャンマー人が多数参加した ミャンマーで2月1日に起きた軍事クーデターから2カ月となる4月1日夕刻、アーユス仏教国際協力ネットワークなどの国際協力や環境NGOが呼びかけて、東京・霞が関の外務省前で集会が行われた。日本政府に対して経済的関係を断つ行動を求め、外務省に要請書を提出した。「国軍の資金源を絶て!」と書かれたボードやキャンドルを手にした宗教者やNGO関係者約200人が集まった。この内、在日ミャンマー人約100人も参加し、犠牲者を追悼し、平和と民主主義を求める行動を訴えた。

 日本政府はミャンマーに対する多額の経済援助を行っており、その一部が国軍に利益をもたらしていると言われている。アーユスの枝木美香事務局長は「日本に暮らす私たちもミャンマーの在り方や暮らしに深い関係があり強い影響を及ぼしていることを自覚しないといけない」と促し、呼びかけ団体の一つであるメコン・ウォッチの木口由香事務局長は日本政府に対し「要求はシンプル。きちんと調べてください。そして国軍との関係を切ってください」と求めた。

 共同要請書は「ミャンマー国軍を利する日本政府の経済協力事業を直ちに停止するよう求めます」とし、新規の対ミャンマー支援は『緊急・人道支援』以外は実施しないと国際社会に表明すること、国際協力機構(JICA)が現在実施している対ミャンマーODA事業について全て支援を一旦停止し、事業の実施が国軍に経済的利益をもたらしていないか早急に調査することなどを求めている。

 集会に参加した在日ミャンマー人の女性は「2カ月たったが、日本政府の具体的な行動は見られないし、多くの日本国民に知られていないのが現状です。ミャンマーで起こっていることをメディアを通す以上にわかってもらうためにもこうした集会が必要」と訴えた。

2021/4/1

花まつりに食を考え、食をアピール 曹洞宗大本山總持寺 五十嵐典座に聞く 食べるだけが「食」にあらず 作る側といただく側 お互いに尊敬を


典座の五十嵐徹通氏 「食」をテーマにした今年の花まつり特集。真っ先に浮かぶのは禅宗寺院の典座である。そこで100人超の修行僧がいる曹洞宗大本山總持寺(横浜市鶴見区)で典座を務める五十嵐徹通氏(51)に取材した。食や食育、そして僧堂での食事などについてうかがった。

 まずは僧堂では、花まつりにちなんだ食事はあるのかを尋ねると、五十嵐氏は「特別な料理はありません」とあっさり回答。「誕生仏に甘茶を注ぐ花御堂を総受付に置くのですが、昨年はコロナのため、出しませんでした。今年もどうなるか」と顔を曇らせた後、本題について話し出した。

 「『食』はとても大きなテーマです。毎日のことですから、動物として自分の身やいのちを支えるものである一方で、コミュニケーションの場であったり、生活のリズムを刻むものであったりします。とはいえ、私自身が修行中の身なので、これだという明確なものは申し上げにくいのです」

生産者への思い

 五十嵐氏はサラリーマンを経て30代に入ってから總持寺に安居し典座寮へ。修行を終え郷里(山形)に戻ってから再び上山したのは平成26年(2014)9月。坪川民主典座のもとで副典を務めた後、典座となった。典座寮には6人ほどの修行僧がいて、五十嵐氏の指導のもと1回150人分を日に3度作る。

 「典座寮の修行僧に、『あなたにとって食とは何ですか』と聞いてみました。生きるために必要なものとか、初めて大変さを身をもって考えるようになりました、といった返答がありました。それまで包丁なんか握ったことはなくて、やってみて初めてわかる部分があるのです」

 總持寺で参拝者に提供される精進料理の一例(写真=大本山總持寺提供)「それに食は、いただくだけが食ではありません。作る側の食があるのです。道元禅師の『典座教訓』や『赴粥飯法』に記されていることは、まさにそのものです。『典座教訓』には食を作る側の心得、『赴粥飯法』は食をいただく側の作法など。それを習得中の修行僧ですから、作って、食べてと両方の側に立てば、その答えは見つかるのかなと思っています」

 最近はグルメ番組が多い。圧倒的に食べるシーンだ。五十嵐氏は、食や食育においては両方の視点が重要だと指摘。禅宗での食事の際の言葉である「五観の偈」の一番である「一(ひとつ)には、功の多少を計り彼の来処を量る」を唱えた。

 五十嵐氏はこの意味について、「何もしなければ食事はのぼりません。ここにあるお茶一つとっても、運んでくれる雲衲さんがいて、遡ればお茶の生産者さんがいてと多くの人たちの手を経てここに来ているわけです。そうしたことに思いをめぐらし、感謝していただきましょうという偈なのです」と解説する。

一生懸命作る

 道元禅師が中国にわたり、老典座から修行の基本を学んだように、僧堂生活に欠かせない精進料理を作るのも修行である。「どうしたらおいしくできると思うか」と修行僧に尋ねると、だいたい味付けに関する回答があると五十嵐氏。でもそうではないという。

 「一生懸命作ったものは形に出る。形が悪くてもいいんです。それがいただく側にも伝わり、おいしいと言ってくれるのです。よく精進料理は、作る側も、いただく側もお互いに敬う気持ちがないといけないと言っています。今どきの言葉でいうとリスペクト。多少焦がしても、どうしたのかなとか、忙しかったのかなと思えば文句も出ずにいただける。作る側も、なんで残すんだとは思わずに、どこか体調でも悪かったのかなとか。そのようにお互いにリスペクトし合うとおいしくいただけるのです」

 こうした指導のたまものか。五十嵐氏はあるエピソードを話した。修行僧の中には動物性タンパク質にアレルギーを持つ人がいる。そうしたものが入っている調味料を使わないようにしようよ、と作る側の修行僧が提案した。「ここにもお互い敬う心がある。いい心構えだなとみていました」と優しく笑った。

 形よりも一生懸命調理する姿勢は相手に伝わり、さらに作る側といただく側を分けずに、互いに尊敬し合う心が大事だと五十嵐氏から学んだ教訓である。