2019/5/23
スリランカ連続爆破テロ事件 攻撃されたのは諸宗教共存社会 

事件の背景を説明する清水氏 4月21日にスリランカで発生した連続爆破テロ。キリスト教会や高級ホテルなど全国8カ所で起きた爆発で250人以上が犠牲(邦人1を含む)となり、約500人が負傷した。これを受けアーユス仏教国際協力ネットワークとNPO法人パルシックが主催する緊急セミナーと祈りのつどいが15日、東京都新宿区の日蓮宗常圓寺で行われた。事件の背景を探ると共に、グローバルジハードの台頭、宗教・民族間の共存について議論した。

 講演者は青年海外協力隊でスリランカに赴任し、各種業務に携わってきた清水研氏。内戦終結から10年経ち、平穏な日常を過ごす人々にとって事件は「大きな衝撃だった。これまでとは違う新たな驚異を感じる」と語った。事件後にムスリムの商店街が襲撃される事件も起こり、夜間外出禁止令出るなど「社会がショック状態」だとした。

 犯行リーダーはイスラム過激派「ナショナル・タウヒード・ジャマア(NTJ)」を作り、ISの思想を喧伝するなどして、国内のムスリムから通報を受けたこともあった人物。事件直前にはインド諜報機関から情報提供もあったが、「全て後手に回った」。関係者の多くが拘束されたことで「同様のテロは起きにくい」が、残党が存在することから仏教寺院などの宗教施設が「攻撃対象になる可能性もある」と警戒した。


 仏教徒にも過激派がおり、リーダー格の僧侶は法廷侮辱罪などで収監中だった。「彼が外に出ていたらもっと色んな問題が起きていたと思う」と清水氏。被害者側であるコロンボ大司教のマルコム・ランジス枢機卿は合同葬儀の場で「犯人でさえも我々は赦すべき」と説くなど、自制的な態度を示し、社会に安心感を与えたという。

 清水氏はスリランカでは一部対立があったものの、諸民族・諸宗教が共存してきた歴史を強調し、事件は「今までの伝統的な、民族・宗教間の協力や共存、友情への攻撃」との見方を示した。

 近年、ムスリムが増加し、分化した一部が先鋭化しているとし、「グローバルジハードを生み出す土壌が強化されている」と解説。「南アジアにISの影響力が拡大」している状況も指摘しながら、その影響力を跳ね返す「スリランカ社会の寛容性や元に戻そうという力」にも期待した。

 同国で開発事業などを行うパルシックの井上禮子氏も活動を通して見てきた宗教・民族の共存を語り、「人々の不安が高まることや、経済が不安定になることが心配される」と話した。

 スリランカで日本語を教える横尾明親氏(大谷派僧侶)はネット中継で現地の様子を伝えた。日本の花まつりに当たるウェーサク直前だったが「本屋さんにはいつも大きくてカラフルなウェーサクカードが並んでいるが今回は非常に少なく、町にも飾りつけのランタンがあまりない」と話した。準備は少しずつ始まっているが、「仏教徒のフラストレーションがたまり、ムスリムのせいだ、とならないか心配している」と危惧した。

 日本語を教えている大学では他宗教との対話をテーマにしたシンポジウムが開かれたこともあり、「他宗教と連携、調和、和解が図れる場」を作る必要を挙げた。

2019/5/23
タイ・バンコク 国連ウェーサク祝典 叡南門主3年ぶりに参加 釈尊の輝きを全世界へ

タイ僧伽最高位、ソムデット・プラ・アリヤヴァンサガタナヤナ大僧正と言葉を交わす叡南氏 仏陀の生誕・成道・涅槃を祝する第16回「国連ウェーサクの日」祝賀式典が16日、タイの首都バンコクにある国連会議場で開かれた。世界各国から2000人余が1999年12月の国連決議から20周年となる祝典に参加した。日本からは世界連邦日本仏教徒協議会(世連仏)やITRI(インナー・トリップ・・レイユウカイ・インターナショナル)の代表者など約20人が出席。3年ぶりに世連仏会長の叡南覚範氏(天台宗毘沙門堂門跡門主)が参加し、スピーチした。

 タイ僧伽最高位にあるソムデット・プラ・アリヤヴァンサガタヤナ大僧正を迎えて開会式が行われた。主催者である「国連ウェーサクの日国際評議会」(ICDV)のプラ・ブラマプンティット議長(前MCUマハチュラロンコン仏教大学学長)は、1999年12月ニューヨークの国連本部でウェーサクを祝う国連決議や2004年から主にタイでウェーサク式典を開催してきた経緯を大僧正に紹介。さらに今年は5月12~14日までベトナムでウェーサク行事を催し、前日(15日)にはバンコクの同じ国連会議場でマインドフルネスフォーラムを実施したことを報告した。

 大僧正は降壇して各国や各団体代表の一人ひとりと面談し言葉を交わした。日本人では叡南覚範氏とICDV副議長の松本正二氏(ITRI)が記念品を手渡した。

 大僧正が退堂してからプラ・ブラマプンティット議長及びタイ政府と国連代表が登壇してスピーチ。議長は「仏教を基盤とした組織として持続可能な開発(SDGs)、気候変動、平和構築、教育の4つがICDVの活動の指針である」と近年打ち出している取り組みを改めて表明した。

 国連のグテーレス事務総長はビデオメッセージで、「ウェーサクはブッダの生誕、成道、涅槃を祝福するものであり、仏教徒及び非仏教徒は一様にブッダの生き方と教えからインスピレーションを得ることができるだろう。不寛容と不平等の時代にあって、非暴力と利他を説くブッダのメッセージはこれまで以上に重要性を持っている」と述べた。

 各国・各団体の仏教指導者のスピーチでは、2番目に世連仏を代表して叡南会長が登壇した。92歳の叡南会長は張りのある声で、ウェーサク祝典がプミポン前国王の意志をワチラロコン国王が継承していることに敬意を表した。そしてアジアにおける諸問題や自然環境の悪化を憂慮し、「釈尊はこの世に存在する事物・現象すべてを真実ならざるはなし(=諸法実相)と述べられ、現実肯定の真理を悟られ大覚世尊となられた」と提起。その上で、「自然を愛し、自然と共に生きると認識し、謙虚に受け止めることを教え訓された釈尊の精神の輝きが、これから先の世界をますます光あらしめるためにも、大仏教国であるタイ国におけるウェーサクの日祝賀式典並びに国際仏教徒会議が国王さまのご加護の下に推進されることを心から祈念申し上げる」と表明した。

2019/5/23

浄土宗平和賞にカワセミクラブ フィリピン貧困地域を支援

福原法主から表彰状を受け取った小泉会長 浄土宗平和協会(浄平協、広瀬卓爾理事長)が主催する「浄土宗平和賞」の授賞式が14日、京都市東山区の宗務庁で開かれ、受賞したカワセミクラブの小泉顕雄会長(京都府南丹市・教伝寺住職)に、大本山知恩寺の福原隆善法主から表彰状が贈られた。

 カワセミクラブは小泉氏が2014年に設立。文部科学政務官を務めた元参議院議員で、2007年の任期満了後にフィリピンの貧困地域での自立支援活動を始めた。地元の園部高の生徒たちを派遣し、現地で交流する企画も5年間継続して実施している。

 受賞の喜びを述べた小泉氏は、参院選に敗れ失意の中で始めた活動が今や自分の支えになっていると述べ、「多くの人が笑顔を見せてくれる。僧侶としての生きがいに巡り会った私が一番幸せかもしれない。受賞を一つの糧に国内にも視線を向けつつ、貧困に苦しむ人々を支援していきたい」と話した。

 活動支援金は次回の園部高生徒たちの派遣に使いたいとし、「宗門校の生徒たちと一緒に行くことができたら」と抱負を語った。

 けがで静養中の伊藤唯眞浄土門主の代わりを務めた福原法主が垂示を述べ、「万人平等、個人救済の仏教へと大きな転換をもたらした法然上人の教えは、平和主義そのものだ」と説いた。

 浄土宗平和賞は、地域福祉や国際交流など幅広い範囲で社会参加する寺院や団体を顕彰し、支援するもの。受賞者には副賞の活動支援金50万円も贈られる。

2019/5/16

第36回庭野平和賞 「紛争変革」提唱 レデラック博士に 俳句の視点紛争地に活かす

 
庭野会長から賞状を受け取るレデラック博士 第36回庭野平和賞を受賞した米国ノートルダム大学名誉教授のジョン・ポール・レデラック博士(64)を迎えての贈呈式が8日、東京・六本木の国際文化会館で開かれ、主催団体である(公財)庭野平和財団名誉会長の庭野日鑛氏(立正佼成会会長)から賞状、記念メダル、賞金(2千万円)が贈られた。平和構築にあたり「紛争変革」という新たな概念を提起したレデラック氏は、活動の背景に信仰するキリスト教メノナイトの教えがあると話した。一方で造詣が深い松尾芭蕉の俳句にも影響を受けているとした。

 レデラック氏はウェンディー夫人と子息のジョシュアさんと共に、拍手に迎えられて入場した。

 最初に庭野平和賞選考委員会のアン・ジェウン委員長(韓国・キリスト教)が選考結果を報告し、30年以上にわたり紛争調停や和解の促進に取り組んできたことを紹介した。その活動はニカラグアやソマリア、北アイルランド、コロンビア、ネパール、フィリピンに及んでいる。そして「博士は和解がどのように進捗し結終結できるかが確信できないときでも、この道が正しいと献身してきた」と地道な活動を讃えた。

 続いて庭野氏とレデラック氏が登壇。「あなたは、平和と和解をもたらすための『紛争変革』という新たな取り組みを生み出し、数多くの紛争地帯に赴き調停役としての実践に身を投じながら、後進の育成に尽力してこられました」と読み上げ、庭野氏からレデラック氏に賞状が手渡された。

 庭野氏は挨拶の中でこの「紛争変革」について言及。レデラック氏が「紛争や衝突は人間にとって、ごく当たり前の関係力学の一部である」と紛争を日常的な事象の一つと捉えていることに、「仏教では、『十界互具』と言って、人間は誰でも仏のような心から、地獄の鬼のような心まで同時に備えていると教えている」として、自分と他者を区別しない仏教のあり方と紛争変革の共通性を指摘した。

 柴山昌彦文部科学大臣(代読)と日本宗教連盟の岡田光央理事(新日本宗教団体連合会理事長)の祝辞後、レデラック氏が「第3の転換―人類の一体化と私たちの傷を癒やす長い旅路」と題して記念講演。今回の受賞に感謝すると共に、信仰を基盤とした平和構築活動について報告した。

 さらに前日、都内の松尾芭蕉記念館を訪れたことを明かし、芭蕉の俳句や俳文に深く感化されたと吐露。「俳句は、その瞬間にある複雑さを最もシンプルな形で捉えることを私に求めた。謙虚に、物事の本質をより深く求め続けることができるようになった」と述べた。後の記者会見では俳句によって紛争地域の複雑な状況を「シンプルに捉えられるようになった」と俳句効果を口にした。

【ジョン・ポール・レデラック博士】
 1955年4月米国生まれ。ベテル・カレッジ卒業後、コロラド大学大学院博士課程に進み、社会紛争プログラムに特化した研究で社会学博士号を取得。1980年頃から国際的な平和構築活動に携わり、非暴力と平和主義で知られるメノナイト中央委員会国際調停部門の部長を務めた。「紛争は人間関係に置いて普通のこと」として、紛争解決ではなく、紛争改革を提示。関係性やプロセスを重視したところに特色の一端がある。

2019/5/16 
遺骨返還で全日仏に政府から謝意状 進展なしに全日仏は不満


謝意状を受け取る釜田理事長。右は厚労省の八神審議官 (公財)全日本仏教会(全日仏、釜田隆文理事長)は15日、東京都港区の明照会館で第25回理事会を開き、平成30年度の事業報告と決算を承認した。朝鮮半島出身の旧民間徴用者等の遺骨返還問題について厚労省や外務省、内閣官房の担当者が来訪し、情報提供に協力した全日仏に対して謝意状を贈呈した。しかし、遺骨の返還に進展が見られないことから、釜田理事長は「納得がいかない」と改めて遺骨返還の早期実現に向けて努力するよう強く要望した。

 朝鮮半島出身の旧民間徴用者等の遺骨返還については、平成16年(2004)12月の日韓首脳会談で韓国の廬武鉉大統領が提起し、取り組みが始まった。全日仏は、翌17年(2005)に日本政府から返還を前提とした情報提供の協力要請を受け、人道的立場から協力。各加盟団体、各寺院に協力を依頼し、全国的な実地調査が行われた。

 しかし、遺骨の返還に進展が見られないことから、全日仏は平成27年(2015)に政府に対して「朝鮮半島出身の旧民間徴用者等の遺骨の即時返還を求める要望書」を提出。以後、全日仏と政府担当者間で定期的に情報の共有が行われている。今回の謝意状は、調査終了後、政府が協力に謝意を表明したもので、全日仏を通じて協力した各加盟団体、各寺院にも贈られる。

 厚生労働省の八神敦雄・大臣官房審議官は、「様々な形でこの問題に取り組んでおられる全日本仏教会さま、各加盟団体さまの長年にわたるご努力に敬意を表します」と仏教界の協力に感謝。平成27年の全日仏の要望書については「重く受け止めている」とし、遺骨の返還は「内閣官房、外務省と連携し、政府一体で対応してまいりたい」と話した。

 仏教界は、協力要請を受ける以前から、自然な仏教者の思いとして各寺院で自発的に回向や埋葬などを行い、政府の調査にもすべてボランティアで協力してきた。全日仏はそうした各加盟団体、各寺院に対して「返還を前提として」協力を依頼していた経緯がある。

 釜田理事長は、協力要請から14年の歳月が過ぎた現在でも、「結果として政府においては何ら進展がない」と述べ、協力した遺骨の所在調査や収骨が終了しているにも関わらず、「肝心なところが動かないというのは、御遺骨の気持ちを汲んだ時に、私は納得ができない。どんなことがあっても御返ししたい」と率直な意見を各省庁の担当官らにぶつけた。

 寄せられた遺骨の情報では、平成29年4月時点で2799柱の存在が判明し、内1600件余りが宗教団体から寄せられた情報を基にしている。遺骨の所在では1978柱を宗教団体が保管している。

 返還が実現しなければ、別の問題も懸念される。全日仏が遺骨の早期返還を急ぐ理由の一つには、遺骨を保管する住職たちの高齢化が背景にある。戸松義晴事務総長は、「遺骨の事情を知る住職たちが高齢化しており、もう時間がない。このままでは事情を知らない寺院後継者が御遺骨を無縁仏と一緒にするなど、御遺骨が分からなくなる可能性もある」と危惧する。

 しかし、韓国での徴用工裁判の影響や近年の日韓関係の悪化により、早期返還は難しい状況だ。全日仏では、仏教での民間外交ルートで返還の糸口を模索するなど、日韓関係の改善、遺骨返還実現に向けて対策を検討していくとしている。

2019/5/16
日蓮宗 「令和」奉祝文を発表

 
 日蓮宗は1日付けで、新元号「令和」についての『新元号奉祝文』を中川法政宗務総長の名で宗門HPと『日蓮宗新聞』で発表した。今後、宗報でも掲載される予定だ。

奉祝文は、退位した上皇陛下が被災地で被災者を励まし、慰霊のために多くの戦跡へ赴いたことに「陛下の大御心に感動し、国民等しく勇気をいただいた」とし、「国内外、天地ともに四海静謐、平和となるようにと願われて制定された『平成』の大御代に、心から感謝の誠をささげたく存じます」と感謝の意を表明した。

 新元号の「令和」については、「『令』とは素晴らしいという意味であります。『和』とは、篤く仏法僧の三寶を敬うことを旨とし、『和を以て貴しと為す』と聖徳太子が定めたとされる十七条憲法に端を発する、日本の心ともいえる言葉でもあります」との見解を示した。

 今上天皇陛下の即位については「慶賀の至りこの上なき」と祝意を示し、「一人ひとりを大切にし、平和にして調和のとれた和やかな素晴らしい日本、素晴らしい世界となるよう、宗門は挙げて、今上天皇陛下の大御心を奉じ、精進してまいることをお誓い申し上げ、御代替わりの言祝ぎと致します。謹しんで、聖寿の万歳と皇室の弥栄(いやさか)をお慶び申し上げます」と結んでいる。

 日蓮宗では、昭和から平成に改元した時に、当時の岩間日勇管長、澁谷直城宗務総長が昭和天皇への奉悼文を発表。昭和天皇は、昭和6年(1931)の宗祖650遠忌の際に、大師号の『立正』の勅額を総本山身延山久遠寺に降賜している。

2019/5/16

山崎弁栄百回忌法要とシンポジウム 〝光明主義〟の再評価を

和太鼓部の迫力ある奉納演奏。ステージ右の肖像が弁栄 明治時代に独自の「光明主義」思想を打ち立てた浄土宗僧侶・山崎弁栄(1859~1920)の百回忌法要とシンポジウムが12日、神奈川県相模原市の光明学園相模原高校で開催された(主催=山崎弁栄上人讃迎会)。弁栄が創立した同校も今年で創立百周年にあたる。声明念仏を通じて霊性を目覚めさせ、真実に明るく楽しく生きていく光明主義を実践する僧俗が報恩感謝した。

 体育館に弁栄の描いた巨大な阿弥陀如来像が掲げられた。オープニングは相模原高校和太鼓部の迫力ある奉納演奏。同部は海外公演多数で高校和太鼓界では屈指の実力を持つ評価が高い。尺八奏者の矢野司空氏(愛知県阿久比町・谷性寺前住職)も哀愁溢れる演奏を披露した。参列者一同により「聖きみくに」など、弁栄が作った聖歌が歌われた。弁栄は音楽を布教の手段として活用しており、自らアコーディオンやバイオリンを使って歌いながら布教したこともある。

 法要の大導師を務めたのは大本山増上寺法主の八木季生氏。増上寺で弁栄は学んだ。八木氏は1930年生まれで弁栄と直接の面識はないが、兄や姉から、自坊の一行院(新宿区)に弁栄が時折訪れ、水飴を貰うなど優しくされていたと聞かされたことを垂示で語った。弁栄は一行院に墓所のある江戸時代後期の念仏僧・徳本を「法然上人以来、徳本行者ほど内感豊かな念仏者はない」と慕っていたという。

 法要後のシンポでは、批評家で山崎弁栄記念館館長の若松英輔氏(東京工業大学教授)が記念講演。弁栄の法話を弟子の田中木叉が編纂した『人生の帰趨』に基づき光明主義の要諦を説いた。「弁栄聖者は鈴木大拙が霊性を語る四半世紀も前に霊性に着目した思想家」と高く評価。その生きざまと思想をどのように後世に伝えていくかが自分たちに問われているとした。一方で、弁栄の「霊性」を「スピリチュアリティ」と訳すことは思想の矮小化につながるとして斥けた。

 弁栄の思想にはキリスト教の影響が指摘されており、若松氏もカトリック信徒ながら弁栄の求道心に惹かれている。弁栄がミオヤ(阿弥陀如来)に帰依することで常住の平和を得られると説いていることを引き、「仏教こそ平和を大真面目に唱えることができる唯一の世界宗教」と語った。

 『修行と信仰』(岩波全書)で山崎弁栄を取り上げたフォトジャーナリストの藤田庄市氏は弁栄が青年時代に筑波山に籠って断食・修行をし、宗教的確信を得たことに着目。これを中世末期から近世の「念仏修験」の流れに位置付け、「弁栄さんは日本宗教の本流」であるとした。

 弁栄の直弟子・藤本淨本の孫にあたる藤本淨彦氏(佛教大学名誉教授)は「弁栄聖者の光明主義と椎尾辨匡上人の共生主義、これを両輪として復活させていくべき」と、近代浄土宗を代表する2人の巨人の再評価を強調した。

2019/5/16
30日から2日 小倉尚人展 孤高の仏教画家 

「蛤蜊観音(軸物)」 小倉尚人(1944~2009)という画家をご存じだろうか。世間に出ることを好まず、ほぼ隠棲といっていいほどに絵を描き続けた孤高の仏画家である。没後10年を機に、その初の展覧会が企画されている。

 東京学芸大学時代から坐禅道場に通っていた小倉は仏教美術を志す。30代のうちに描いた抽象曼荼羅がアート界でも大きな話題を呼び、福島県南相馬市の曹洞宗岩屋寺に奉納された。しかしやがて「名利は自分の成長に何の役にも立たない」と発心、仏道修行と仏画の制作を続けた。その900点にのぼる絵画は深い精神性を湛えている。

 小倉尚人展後援会会長の竹村牧男氏(東洋大学学長)は曼荼羅画を「まさに『自心の根底』、秘密荘厳心そのものを画いたものと思わずにはいられない」、観音画を「仏画ないし宗教芸術の極致に位置すると言って過言ではないであろう」と評する。

 プレ写真展は5月30日から6月2日まで、東京都の曹洞宗青松寺(港区愛宕2―4―7)で開催される。本展覧会は10月6日から来年1月14日まで、長野県の梅野記念絵画館(東御市八重原935―1)で。後援会の入会者も募っている(個人会員一口千円以上、法人会員一口2千円以上)。問い合わせは事務局(☎042―734―2258 江渡英之幹事長)まで。

2019/5/9
平成から令和へ 総本山で感謝と慶祝の法要

 令和の幕開けとなった5月1日、新天皇陛下は「即位後朝見の儀」においてのお言葉で、「常に国民を思い、国民に寄り添いながら、憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としての責務を果たすことを誓い、国民の幸せと国の一層の発展、そして世界の平和を切に希望します」と述べられた。上皇陛下の退位と新天皇陛下の即位にあたり、各総本山では感謝と慶祝の法要が営まれた。

根本中堂で4日間、祈りが捧げられた(延暦寺) 滋賀県大津市の天台宗総本山比叡山延暦寺は平成から令和へと移る4月28日から5月1日まで、総本堂根本中堂で天皇陛下御即位奉祝御修法(全9座)を厳修した。森川宏映座主を大阿闍梨に延暦寺一山僧侶ら宗内高僧が出仕。森川座主は開闢法要の表白で、国民に寄り添い続けた天皇皇后両陛下の「慈悲の御心」に言及し、「その御姿は全国民の心に残り感謝と敬愛の念と共に消えることなし」と読み上げた。(続きは紙面をご覧下さい)


太元師法本尊像を奉懸して営んだ即位法要(醍醐寺) 京都市伏見区の真言宗醍醐派総本山醍醐寺で4月30日から5月1日に日付が変わる深夜、上皇さまの譲位と天皇陛下即位の法要が営まれた。太元帥法本尊像六幅(複製)を奉懸した内陣で、仲田順和座主を導師に同寺僧侶ら約30人が「平成」から「令和」への改元をまたいで祈りを捧げた。(続きは紙面をご覧下さい)







御所紫宸殿を移築した金堂での「御代替り特別法要」(仁和寺) 京都市右京区の真言宗御室派総本山仁和寺は平成最後の日となる4月30日、金堂で「退位の礼 今上天皇感謝法要」を厳修した。吉田正裕執行長(同派宗務総長)が表白。皇室と関係の深い旧御室御所・仁和寺の歴史を振り返り、国民の安泰を常に祈ってこられた天皇陛下への感謝の言葉を奉読した。(続きは紙面をご覧ください)

2019/5/9
シュバイツァー博士の遺髪拝受50年 「生命への畏敬」共鳴半世紀

大本、キリスト教、仏教で営まれた遺髪拝受50年法要 占領期に起きた福岡事件の冤罪を確信し2人の死刑囚のため再審運動に生涯を賭した古川泰龍師(1920~2000)。泰龍師が托鉢先の神戸市でシュバイツァー博士(1875~1965)の遺髪を拝受して50周年となる4月27日、熊本県玉名市の生命山シュバイツァー寺(古川龍樹代表)で記念の集いと諸宗教法要が営まれた。泰龍師の視座と運動が博士の唱える「生命への畏敬」と共鳴してから半世紀となった。

 本堂には博士の遺髪が納められた多宝塔と博士の遺影を安置。最初に大本の木村且哉氏が祝詞を奉読し、冤罪を叫びながら刑死した西武雄元死刑囚の冤罪が晴れるよう祈念した。

 続いて泰龍師と晩年15年にわたり親交を深めたイタリア出身のフランコ・ソットコルノラ神父(真命山諸宗教対話・霊性交流センター)。フランコ神父は「シュバイツァー博士と古川泰龍師をつなぐのは、いのちに対する態度でした。だから生命山というこの寺が生まれた」とし、「聖書からいのちに関するシンボリックなところを読ませていただきます」と挨拶してから創世記を読み上げ讃美歌を披露した。

 最後に古川家の龍桃・龍衍・龍樹3姉弟が出仕して法要を勤修し、念仏のなか全員が焼香。読経では般若心経などのほか、「人間とは生きようとする様々な生命に取り囲まれた、生きようとする生命である」で始まるシュバイツァー博士の「生命の畏敬」を全員で唱和した。

 法要後、龍衍氏がシュバイツァー博士の孫娘クリスティアーネ・エンゲルさんのメッセージを紹介。また昨年末、突然同寺を訪問したことを報告した。

博士の遺髪拝受について説明する古川龍樹氏 龍樹氏は挨拶で、50年前に遺髪を託された当初、「生命への畏敬」という思いから泰龍師が病院を計画していたこともあったと明かした。「父は、とにかく遺髪をいただいたことは、無実を叫ぶ死刑囚の助命運動に授けられた勲章だと受け取った。しかし2人の死刑囚を助けられていないならば、勲章には値しない。けれどもこの光栄に浴し得たのは、捨身懸命、悲願を成就せよとの仏天のお計らいだろうか、ということで運動を続けていく決意をしていく」と遺髪拝受が新たな転機となったと説明した。

 さらに龍樹氏は「父の思いを考えるならば、まだ目的は達成されていない。(福岡事件元死刑囚の)西武雄さん、石井健治郎さん、父も母もいないが、このことを伝えるためにもシュバイツァー寺を育てていきたい。50年、こうしてこの日を迎えられたのも奇跡だと思う。これからもよろしくお願いします」と継続した協力を要請した。

 泰龍師が1969年4月神戸での托鉢中、「神戸シュバイツァーの会」代表の向井正氏と出会った。泰龍師に共鳴した向井氏は初対面翌日(27日)、ノーベル平和賞受賞者でもあるシュバイツァー博士の遺髪を授与。老朽化した温泉宿を自宅としていた古川家は4年後、自宅を宗教法人「生命山シュバイツァー寺」(単立)として開山した。再審運動は古川泰龍・美智子夫妻の子どもたちが受け継いでいる。