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2021/1/14
展望2021 本山・大学・行政 相補関係が必要 星野英紀氏(前真言宗豊山派宗務総長)

 
星野英紀・前真言宗豊山派宗務総長 教学の興隆と子弟養成が伝統仏教で本格化するようになったのは江戸時代以降である。私ども真言宗豊山派も総本山長谷寺で新義真言宗の教学、教育の体系的展開と子弟の養成を行うようになったのは、江戸時代の始まりである。長谷寺はもともと民衆の祈願と往生の願いに応える祈願寺であったが、そこに江戸時代当初より新義真言宗の教学興隆、後継者養成のセンター的役割が、派祖専譽僧正の入山により始まった。

 一千人が修行

 江戸時代、長谷寺の盛んな時期には一千人の修行僧がいたと言われている。夕飯時に一斉に食事を食べる、その飲み込む音が下の門前町にまで聞こえたとも伝えられている。一千人は誇張ではないかと思っていたが、修行僧を収容する「所化部屋」が一山の所狭しと設置されている古地図を見て事実だと認識した。一千人の修行僧の管理運営は大きな仕事だったと想像されるが、変貌きわまりない現代と比べれば、江戸時代を通じて基本的には安定して、教学振興と後継者養成がなされていたと思う。

 その理由は江戸幕府による仏教寺院、特に本山クラス寺院への強力なバックアップと、現代とは比較にならないほどの社会の固定性のお陰であろう。

 真言宗豊山派のケースでいえば、明治新政府の発足とともに、豊山派は新たな装いをとり、宗派行政の中心を東京に移転し、それと同様に教学、子弟教育の中心を東京に移した。長谷寺にも教師養成のための専修学院を残したのであるが、豊山大学校を東京に起こし、そして大正大学開校とともにそこを教学興隆と子弟養成の中心とした。東京移転の是非は一言で結論することは難しいが、国家行政の中心に宗派の中心があることはメリットもある。

 社会貢献活動

 しかし、子弟養成についていえば、仏教の基本的立脚点である、行学一致という部分において、修行機関としての本山と教学研鑽の大正大学とが同一場所にないことはさまざまな工夫を宗派に強いることになっており、その苦労は今も解決されているといえない。

 さらに、本山の宗教的世界と東京の行政世界は相補的で等しい関係であるはずだが、完全に同じレベルではないことは問題である。行政の世界が宗教的世界に勝っているのである。

江戸時代には一千人が学び、今日では専修学院が置かれている真言宗豊山派総本山長谷寺(奈良県桜井市) 大正大学においては法儀研究という講座を設けて豊山派僧侶の必修科目にしている。年に夏、冬の合計2週間ほどの本山研修を行う。任意であるが大正大学卒業後、2年間、本山研修生として研鑽を続けている。大正大学における僧侶教育においては、もちろん高等教育機関でしっかりした仏教学関係の知識や見識を学べるということで、専修学院にありがちな「なあなあ主義」的な教育に陥らず、単位取得によるより厳正な教育システムを実行できるというメリットはある。 

 しかし、入学が他学科に比して容易なこと、大半の学生が寺院の子弟であることによる過度の均質性、単位履修さえすれば、僧侶への道が開けるという安易な修学態度、就職という一般学生が体験する対社会への緊張感と対面するチャンスが少ないので、〈社会との重要な接点〉が希薄になる、という問題点は残る。

 なかには優れた社会的視点を持つ学生もいる。私自身は〈仏になることをめざす、仏にできるだけ近づく〉という僧侶の最終目標は、ある意味では日常の社会を超越したものであるから、社会活動をすることが聖職者の唯一の目標であるとは思わない。しかし、「お坊さんとはどんな人なの?」という素朴な疑問に答えるためには、社会的活動、特に社会貢献活動を行うことは非常に大切なことであると思う。信仰がなければ活動はできないとたかをくくっているのは正しくない。行動を通じて信仰が徐々に形成されていくのであると思う。

 冒頭に私は江戸時代の日本仏教がおかれていた時代のことに触れた。宗派は鎖国状態で社会が今に比すれば固定化していた時代の教学のあり方、子弟養成のあり方を、いまも完全には脱却しきれていないのではないだろうか。現代の「なんでもあり」的傾向は、われわれの世界でいえば、ひとつ葬儀のあり方に関する急激な多様化をみればわかる。伝統主義一本ではもうやっていられない。
 
 ほしの・えいき/昭和18年(1943)生まれ。真言宗豊山派僧侶。大正大学学長・日本宗教学会会長・真言宗豊山派宗務総長を歴任した。

2021/1/14

再び緊急事態宣言発令 1都3県 教団本部の業務見直し


 政府は7日、新型コロナウイルス感染症対策として東京・千葉・埼玉・神奈川の首都圏1都3県に緊急事態宣言を再発令した。期間は今月8日から2月7日まで。

 首都圏の教団本部の勤務態勢は次の通り。

 【真言宗豊山派】
 12日から宗務所(文京区大塚)業務は職員を約半数に減らして交替で業務にあたる。これまで通り時短勤務(午前10時から午後3時)を継続する。各種委員会等は今後の動向をみて判断する方針。

 【日蓮宗】
 宗務院(大田区池上)は12日から、緊急事態対応として一部業務を除き通常業務を縮小する業務体制に移行した。当面は勤務時間を午前10時から午後4時とする予定。各部署内で交替で業務にあたる。急な用件には、各部署への直通電話で対応する。実施期間は2月7日まで。状況により期間の短縮・延長を行う。

 【曹洞宗】
 宗務庁(港区芝)は年末に感染が急速に拡大したのを受け、御用始めを12日に遅らせた。緊急事態宣言に伴い、13日から出勤者を減らし、交替で在宅勤務を始めた。

 【浄土宗】
 東京宗務庁(港区芝公園)は12日から職員の一部を時差出勤とした。感染状況を見ながら、今後の対応を検討する。

 【立正佼成会】
 本部周辺施設(杉並区和田)は閉鎖を継続中。宣言後、事務所は業務の内容に応じて、出勤と在宅を併用する。出勤時は時差通勤も活用し、職場では感染防止対策を徹底。さらに就業時間後は速やかに帰宅し、公私共に会食は控える。

 【真如苑】
 総本部(立川市)の勤務態勢や業務に大きな変更はないが、マスクなしに直接話さないことが今宣言後の要点。従来通り、消毒や換気などの感染対策を徹底する。

2021/1/14

各山会 厳戒態勢で御修法厳修 世界のコロナ禍 終息を祈る

開白上堂の進列を合掌しながら見送る僧侶ら(8日) 鎮護国家・五穀成就・国土豊饒を祈る真言宗の最高儀式・後(ご)七日(しちにち)御修法(みしほ)(主催=真言宗各派総大本山会〈各山会〉)が8日から14日まで、京都市南区の総本山教王護国寺(東寺)・潅頂院で厳修された。智山派総本山智積院の布施浄慧化主が大阿闍梨(大導師)を務め、真言宗各派の高僧が7日間二十一カ座にわたって国家・国民の安泰や世界平和、コロナ禍の終息を祈願した。

 8日の開白には、天皇陛下の御衣を奉持した宮内庁京都事務所からの勅使が参向。別當の芙蓉良英・智積院寺務長と総務の砂原秀輝・教王護国寺執事長、局長の菊入諒如・各山会事務局長が小子坊の門前で出迎えた。

 御衣を菊の御紋の入った唐櫃に奉安して潅頂院へ。御衣伝達式が厳かに営まれた。勅使は11日の中日、14日の結願にも焼香参拝した。

 正午から開白上堂。御修法に出仕する高僧が本坊から潅頂院へと続く参道をゆっくりと練り歩くと、参道の脇では僧侶や参拝者らが合掌しながらお練りを見送った。

 昨年3月に東京から京都市内に転居してきた男性(73)は、10年ぶりに開白に参拝。「今年はコロナ禍だから特に祈願することが大事ではないか。我々は何もできないので、こうして祈ってもらえるのはありがたい。そう思って来させていただいた」と感謝していた。

 開白前日、国は感染者が激増している1都3県に緊急事態宣言を再発出。潅頂院で熱祷が捧げられていた9日には、大阪・京都・兵庫が緊急事態宣言の要請に踏み切り、13日に発出された。

 厳戒態勢下での御修法厳修となったが、出仕者には事前にPCR検査を実施し、期間中はPCR検査を受けた人以外は東寺本坊への出入りを禁止するなど対策を徹底。例年賑わいを見せる定額位の中日参拝や外部からのお見舞いも自粛とし、極力外部との接触を避けるための措置が取られた。

 後七日御修法は、宮中の重要な正月行事。正月の前半7日間は神事、後半7日間(後七日)は仏事が行われ、御修法は宮中真言院で営まれてきた。真言宗の開祖・弘法大師空海が唐の例にならい、承和2年(835)に自ら大阿闍梨となって厳修して以来、南北朝期の動乱や明治初期の廃仏毀釈の影響による一時中断を乗り越えて、現在は東寺・潅頂院を道場に連綿と受け継がれている。

2021/1/14
埼玉63人のキーマン展 住職2人を選出 「仏教いいね」に手ごたえ


63市町村のキーマンの一人に選ばれた高応寺(三郷市)の酒井住職 埼玉県で地域活性化やまちづくりに取り組む63市町村のキーマンを紹介する企画展が昨年12月15~20日までJR東京駅内イベントスペース「スクエアゼロ」で行われた。三郷市のキーマンには日蓮宗高応寺の酒井菜法住職が選ばれ、会場でお守りづくりや写経のワークショップ等を行い埼玉県に加えて仏教の魅力も発信した。主催は地域愛を育む推進協議会。

 今年2021年が誕生150周年となる埼玉県。「キーマン展」は63市町村のキーマンの活動を紹介する展示のほか、トークイベントや各種ワークショップを開催。地域の自然や社会環境、伝統文化を大切に守り、人々を有機的につなげる取り組みを行う人をキーマンとし、63人の中には酒井住職のほか、小鹿野町・十輪寺の五十嵐英尚住職も選ばれている。

 「まちのサードプレイスとして、お寺が地域を超え世界を癒す」としてキーマンになった酒井住職は会場で「写経と御守りの会」「マインドフルネス瞑想」のワークショップを毎日開催。御守りは5種類の中から選んでもらい、その場で酒井住職が祈願。コロナ禍にあっても、ワークショップには遠方からくる人もおり、マインドフルネスでは涙を流した人もいたという。

 高応寺ではがんカフェ、ヨガ教室、ホタルの夕べなどを開催してきたが、今回はお寺を飛び出してのイベント。酒井住職は僧侶が公共的な空間での活動を認められたことを喜び、「仏教を知らなかった人も知ってもらえれば〝仏教いいね〟と関心を持ってもらえる」と手ごたえを得ていた。

20201/1/1
新春エッセイ 「愛楽仏法味 愛楽故郷味」 杉岡誠(浄土真宗本願寺派善仁寺住職、福島県飯舘村長)

 新年あけましておめでとうございます。

 昨年2020(令和2)年10月27日付で福島県相馬郡飯舘村の村長に就任いたしました。その重責を感じるとともに、深い感謝と感慨を覚えずにはいられません。

 飯舘村は、東日本大震災とその後の東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故により、全村避難を余儀なくされた被災地のひとつです。現在、総人口は約5300人。長泥地区以外の19地区は避難指示が解除されましたが、居住人口は震災前の約25%の約1500人であり、うち180人ほどが震災後の転入者です。

 私は東京都世田谷区に生まれ、神奈川県川崎市で24歳ごろまで過ごしました。幼少のころ母方のふるさとであるこの村に、夏休み、冬休みの度に訪れるのが何よりの楽しみでした。 私に村の素晴らしさと、南無阿弥陀仏という人生の拠り処を教示してくれた祖父は、私が大学3年生の3月末、浄土真宗本願寺派教師の資格を取得したその日、まるで私の報告に安堵したかのように往生いたしました。 私は祖父の遺言もあり、善仁寺住職を継職しつつ、その後も専攻していた物理学の勉強を続け、東京工業大学大学院に進学して原子核物理学を学び、修士号を取得しました。

 そして2000(平成12)年、数えきれないほどの思い出と、広大な自然、大らかで明るい心根を携えた村民の生き生きとした笑顔に手招かれるように、飯舘村にIターンしたのです。

 翌年に村役場職員となりましたが、この時点では、10年後に原発事故に遭い、大学院で学んだ知識を奇しくも活用することになり、農政担当として復興創生の10年間を過ごすことになるとは夢想だにしないことでした。

 震災と事故対応は筆舌に尽くし難いものがありますが、全村避難中にも避難先での営農再開など、それまでの国・県・村行政にはなかったコンセプトや手法を示しつつ、村民の復興と生きがいの再生に尽くして参りました。

 この間、全国から差し伸べられた多くの手によって、村の復興は少しずつではありますが、一歩一歩、前進してくることができました。皆様方の温かいお心に触れたことで、村民はどれほど心温められ、救われたことか。あらためまして、深く感謝申し上げたく存じます。

 阿武隈山系北部の高原に開けた美しい飯舘村の自然。村の総面積の約75%を山林が占める。広大な自然と歴史ある風土に育まれた「力強さ」と「開拓」の精神を、飯舘村民は受け継いでいる かつて相馬藩の山中郷と呼ばれた時代、約180年前から200年前の天明・天保の大飢饉の折り、主に北陸地方からの移民が新たな村民となり、生き残った村民とともに田畑を耕し、復興を成し遂げてきた歴史を持つ飯舘村です。

 この歴史を踏まえた風土に育まれてきたからこそ、未曾有の災害を経験しても、住まい方が変わっても、村への関わり方が変わっても、土を耕し、種を蒔き、花を咲かせ、実を結び、また次年へと繋ぐという「農」の営みに学んだ「力強さ」と「開拓」の精神を、飯舘村民は受け継いでいるのだと感じます。

 2021(令和3)年3月には震災から10年を満了します。村は避難指示解除から4年目です。「明日が待ち遠しくなるようなワクワクする楽しいふるさと」を、「ふるさと」を楽しみ、喜びをともにする方々、すなわち「ふるさとの担い手」とともに実現することが私の務めです。

 お念仏の味わいが私の根幹にはあります。「ありがとう、おかげさま」の報恩謝徳の心で、愛するこのふるさとのため、この身を報じて参ります。皆様方にも、飯舘村のあゆみをどうぞ温かく見守っていただけますよう、厚くお願い申し上げます。

 すぎおか・まこと/1976(昭和51)年3月14日、東京都世田谷区生まれ。浄土真宗本願寺派善仁寺住職。日本大学理工学部物理学科卒。東京工業大学大学院(原子核物理学)博士後期課程在学中に飯舘村に移住。2001(平成13)年4月に飯舘村役場に入庁。2020年10月、飯舘村長に無投票で初当選した。

2021/1/1

本願寺派総長選挙 石上氏3選果たす 伝道活性化を表明

 選出後、議場で謝辞を述べる石上総長。後ろは園城議長 浄土真宗本願寺派は総選挙後の12月17日、第318回特別宗会を京都市下京区の宗務所に招集した。総選挙で選ばれた新議員による投票で、新総長に石上智康氏が選出された。石上氏は2014年から総長を務めこれで3期目。4年の任期中には2023年の「慶讃法要」など重要行事が営まれる。

 17日にはまず議長選挙が行われ、園城義孝氏(元総長)が出席議員77人のうち73票を獲得し議長に選出された。コロナ禍のため地方教務所からオンラインで出席した議員は電子メールによる投票となった。

 翌18日に、石上氏が総長退任を申し出、大谷光淳門主から議会へ総長候補を指名する文書が下された。指名候補者は石上氏と沖井智子氏(福島県会津若松市本光寺副住職、本願寺派スカウト指導者会副理事長)の2人。女性が候補者になるのは、1952年以後の門主による総長候補者指名制度で初のこと。

 会場に出席した67人の議員が投票し、この日は終了。通常は即日投開票だが、オンライン出席の議員は書留郵便によって投票という特例が定められているため、土・日曜日を挟み月曜日(21日)に開票が行われた。結果、石上氏が67票、沖井氏が8票、白票・無効票が1票ずつで、石上氏の3選が決まった。

 22日の記者会見で石上氏は「伝える伝道から伝わる伝道」を掲げた。「昔、布教使の方がお説教された時、それに対してナンマンダブ、ナンマンダブという受け念仏が出てきた。ここに感応道交の一つの世界、真実信心で心が通い合う安心の世界が現実にあった。ところが今はなかなかそれが難しくなっている」と、少年時代に北陸に疎開した時の体験を語り、シンプルであるがゆえに伝えることが難しいみ教えを分かりやすく伝道し、慶讃法要に向かう決意を示した。

 また、秋に宗門財政構想委員会・宗務組織等に関する専門部会が出した答申書「新しい持続可能な宗門組織をめざして」を踏まえ、宗門組織に女性を起用することにも前向きな姿勢を示した。

 石上氏は1936年生まれ。東京大学大学院印度哲学科修士課程修了。千葉県君津市光明寺住職。1989年から宗会議員9期、総務5回。2001年から05年までは宗会議長を務めた。龍谷大学理事長。宗外では全日本仏教会理事長など公職を多数歴任。

総務は全員再任

 総務・副総務の5人は全員再任となった。▼竹田空尊総務(68)福井県坂井市本専寺住職。宗会議員8期、総務5回。▼光岡理學総務(78)佐賀市浄照寺住職。宗会議員6期、総務6回。▼足利善彰総務(72)宮城県仙台市善正寺住職。宗会議員6期、総務3回。▼公文名正真副総務(68)富山県射水市光照寺住職。宗会議員3期、副総務2回。▼高屋顕裕副総務(58)福井市光明寺住職。宗会議員3期、副総務2回。

2021/1/1 宗教者核燃裁判初公判 放射性廃棄物 将来に残すな! 命をつなぐ権利主張


初公判前、原告団は裁判所前でアピール。マイクを握っているのは中嶌共同代表 青森県六ヶ所村にある再処理工場(核燃料サイクル事業)の運転停止を求めて事業主体である日本原燃株式会社を相手取り宗教者有志が3月、東京地方裁判所に提訴(宗教者核燃裁判)。その初公判が12月17日、同地裁で行われた。原告団は幸福追求権として「いのちをつなぐ権利」を主張し、再処理工場の運転停止を強く求めた。原告団は28人増えて239人になったことも明らかにされた。

 原告は「原子力行政を問い直す宗教者の会」のメンバーらで、共同代表の中嶌哲演氏(福井県、真言宗御室派明通寺住職)と岩田雅一氏(青森県、日本キリスト教団牧師)が意見陳述を行った。両氏ともそれぞれの地で長年にわたり原発問題に取り組んできた。

 中嶌氏は裁判長や傍聴席に一礼してから約15分にわたり述べた。15基の原発が集中し「原発銀座」と呼ばれる若狭のある小浜市住民であると自己紹介。その原発から産み出された電力のすべてが関西圏に送られ、使用済み核燃料は六ヶ所村に搬出されていることを指摘。福島原発の電力も地元ではなく関東首都圏に送電されており、「原子力が安全ならば、なぜ多くのエネルギーを消費している人口の中心地から遠く離れた田舎に原発が建設されるのか」と問いかけた。放射性廃棄物を将来世代に残していることも問題視した。

 またブッダの言葉を引用しつつ、かつて仏教が戦前戦中の「滅私奉公」に加担したことに言及。「同じ『国策』としての原発推進に、私たち仏教者がどのように対応していくのかが厳しく問われている」と仏教者の課題も示した。

 原告代理人の河合弘之弁護士は、「日本の宗教者が立ち上がりました」と述べ、この裁判の意義を力説。とりわけ核燃料サイクルによって永久にエネルギーが得られるという構想の実現は不可能だとした。そして人格権と幸福権の重要な内容として、人類の一員として次世代に生命をつなぐ「命をつなぐ権利」を主張した。

 初公判後、原告団と弁護団が記者会見。環境行政に詳しい池田直樹弁護士は「先祖から受け継いだ命をつなげていく権利を現代風に言えばSDGs(持続可能な開発目標)だ」と説明した。

2021/1/1

辺野古埋め立てに遺骨含む土砂 平和ネットが反対の共同声明

 
参議院議員会館で共同声明について会見する宗教者ら 平和を作り出す宗教者ネットは東京都千代田区の参議院議員会館で12月10日、戦没者の遺骨が残存する沖縄本島南部で辺野古新基地建設のための埋め立てに使う土砂が採取されることに反対する共同声明を発表した。

 防衛省は4月、公有水面埋立法に基づき、設計変更を沖縄県に申請。埋め立てに使う土砂の採取地に現行計画にない沖縄本島南部を追加した。しかし、沖縄戦の激戦地であった本島南部には今も戦没者の遺骨が眠っているという。現地を訪れた日本山妙法寺の武田隆雄氏は「手で少し掘っただけでも遺骨が出てきた」と現状を語った。

 共同声明では、沖縄戦犠牲者の遺骨を38年間収集してきたボランティアの具志堅隆松氏の言葉「戦争で亡くなった人の遺骨を、土砂と一緒に軍事基地を造るための埋め立てに使ってはなりません。これは戦没者を二度殺すことと同じなのです」を紹介。その上で「日本人にとって遺骨は死者の尊厳そのものです。遺骨をないがしろにすれば、死者の尊厳を踏みにじることになる」と計画の撤回を求めた。

 共同声明は、6団体が呼びかけ、16団体306人が賛同。日蓮宗僧侶の小野文珖氏は「遺骨収集が終わっていない土砂を埋め立てに使うのは、本当に言語道断。人道にもとる行為」と批判し、基地建設よりも遺骨の収集を優先することを強く訴えた。

 宗教者らは同16日に共同声明を内閣府に提出。同22日には、沖縄県庁記者クラブで会見の後、玉城デニー沖縄県知事宛てに、防衛省が申請した設計変更を承認しないこと、土砂採取を禁止し南部戦跡一帯を「聖域慰霊保護区」とすること、遺骨の収集、土砂採取地現場を視察することを求める要請書を提出した。

 同23日には、糸満市米須の「魂魄の塔」など遺骨収集現場を視察。諸宗教合同慰霊式を行った。

2021/1/1

東日本大震災から今年3月で10年 10代で震災を体験 今、私たちが思うこと

福島県相馬市興仁寺 苦しみのその先へ 布教師との出会いが導く

名木橋さん 「自分にできることは何だろうか」。そう問い続けた5年間だった。無事だったことを負い目のように感じた。「この世はどこまでいっても苦しみしかない。でも、その先に仏さまの世界が必ずある」。すとんと腑に落ち、歩むべき道を見つけられたのは2016年。きっかけはある布教師との出会いだった。
    
 2011年3月11日。名木橋大光さん(28)は当時、相馬高校(福島県相馬市)の2年生だった。古典の授業中に揺れが襲った。ただ事でないと直感した。先生の誘導で、教科書やノートが飛び散る廊下を抜け校庭に出た。いたるところでひび割れが起きていた。

 急に降ってきた雪の中、電話が鳴り出した。「波がきているらしい」「自分の家はもうだめだ」とあちこちから聞こえた。海沿いに住む生徒も多くいた。泣き叫んだり、過呼吸で倒れ込んだり見たことのない姿の同級生たち。「世界が終わる」。そう思った。

 学校から自坊・興仁寺(同市)へは一人で帰った。約1㌔の道のりは、倒壊した建物や鉄骨が行く手を遮っていた。たどり着くと、電話がつながらなかった寺で父の隆英住職(58)が片付けをしていた。出掛けていた母と姉も無事だった。瓦や土壁が崩れ落ちた寺は後に、大規模半壊と判定された。

負い目にも似た感情

 進路が決まり家庭学習期間に入っていた3年生らの被害は深刻だった。自宅で、自動車教習所の送迎バスの中で、津波にのまれていのちを落とした。家が流され、親を亡くした同級生もいた。

 「そこまで思いをめぐらせることができなかったんです」。何が起こっているのかよく分からないまま、目の前に迫る事実に対応するほか為す術がなかった。「そのときのみんなの気持ちを考えると、今も胸が苦しくなる」

 避難所となっていた体育館におにぎりを持っていった。何かできることを、との気持ちだった。そこで被災者たちの姿を目の当たりにした。「自分は家族も無事で、庫裏も住めない状態ではない。被災したなんて言えない」

修復中の本堂(興仁寺提供) 福島第一原発の爆発で、叔父の寺がある山形県米沢市に身を寄せ、その兼務寺で生活を送ることになった。「恵まれていた」と思っていた環境が原発事故によって変わり、震災を自分のこととして受け止められるようになった。が、心にかかる霧は深まった。「自分に何ができるか見つけられなかったことを負い目のように感じていた」と、今思う。

 引き裂かれた思いは自分を責める方へ向かった。腹いっぱいに食べることが申し訳なく、スルメをかじりまぎらわせた。母には腹が減っていないと言い訳した。笑っていていいのかと、精神世界の本に手が伸びた。避難の間中考えたが、答えは出なかった。

世界の見え方が変わる

 1カ月余りを過ごし、高校が再開する4月に自坊に戻った。通常の学校生活を送り、卒業後は大正大へ進んだ。もどかしさを抱えながら、慣れない都会での暮らしの中で仏教を学び始めた。3年生から家計の助けになればと、寮もあって給料も出る祐天寺(東京・中目黒)に大学の研修制度を利用して勤めた。その冬、大本山増上寺で伝宗伝戒道場に入行し、教師となった。

 卒業後は祐天寺に就職した。経験を積むためで、現在も教化課の一員として勤務する。転機が訪れたのは、働き始めた2016年。10年ぶりに開筵された五重相伝にめぐり合った。勧誡師を務めたのは大本山金戒光明寺布教師会の日下部謙旨会長だった。

 「思い詰めていた心に光が差したような感覚だった」。5日間で計15時間の法話を聞くうちに、大学での学びが体験としてすっと身体に染み入るようだった。毎日お参りに来て手を合わせるおばあさん、寺を護持する一人ひとりの住職たち―。これまで見てきたものが鮮やかな意味を持ち始め、自然と涙が流れた。うれし泣きだった。

 受者たちも泣いていた。「僧侶として発信する姿を見て、自分もそうなりたいと思った」。腹は決まった。金戒光明寺に2年間通って研鑽を重ね、2019年、布教師の資格を取得した。

 見え方が変わったのは、震災の体験が大きかった。あの日の校庭での情景が忘れられない。「この世界は無常。人の苦しみは分からないかもしれないが、その中ですべての人がそれぞれこらえながら生きている」。そう確信できる。
 
 「どれほど上り坂で荒れた道のりでも、杖となって支えるものがある。念仏をしても苦しみは消えないかもしれないけれど、その先にそれを超えた仏さまの世界が必ずある。そこを目指して進んでいけると伝えたい」

 自坊は震災から8カ月後に修復を終え、庫裏も建て替えられた。将来は地元に戻って住職を継ぎ、教えでつながれる場を築きたいと考えている。

(紙面では、このほか、宮城県石巻市西光寺、宮城県仙台市妙運寺、福島県楢葉町大楽院をレポートしています。ぜひ紙面をご覧下さい)

2020/12/10

仏教・宗教関係書 今年の3冊

 
 コロナ禍の対応に追われたこの1年。不穏な時代の中でも人の営みは続き、知の進展は続いている。今年も仏教者・宗教研究者の心に残った「今年の3冊」をお届けする。

※数字は順位ではありません。紙面では選者による評も掲載しています。ぜひ紙面もご覧下さい。

末木文美士(仏教学/日本思想史)
国際日本文化研究センター名誉教授

①下田正弘著 『仏教とエクリチュール 大乗経典の起源と形成』 東京大学出版会
②菊地大樹著 『日本人と山の宗教』 講談社現代新書
③碧海寿広著 『科学化する仏教』 角川選書

中島隆博(中国哲学/世界哲学)
東京大学教授

①島薗進・末木文美士・大谷栄一・西村明編 『近代日本宗教史 第1巻 維新の衝撃―幕末〜明治前期』 春秋社
②伊藤聡・吉田一彦編 『日本宗教史3 宗教の融合と分離・衝突』 吉川弘文館
③下田正弘著 『仏教とエクリチュール 大乗経典の起源と形成』 東京大学出版会

弓山達也(宗教社会学)
東京工業大学教授

①碧海寿広著 『科学化する仏教―瞑想と心身の近現代』 角川選書
②問芝志保著 『先祖祭祀と墓制の近代―創られた国民的習俗』 春風社
③永岡崇 『宗教文化は誰のものか―大本弾圧事件と戦後日本 』名古屋大学出版会

松尾剛次(日本仏教史)
山形大学名誉教授

①末木文美士著 『日本思想史』 岩波書店
②山田邦明著 『上杉謙信』 吉川弘文館
③ 伊藤正敏著 『アジールと国家 中世日本の政治と宗教』 筑摩書房

宇野全智(教化学)
曹洞宗総合研究センター常任研究員

①柳田由紀子著 『宿無し弘文―スティーブ・ジョブズの禅僧』 集英社インターナショナル
②神仏分離150年シンポジウム実行委員会編 『神仏分離を問い直す』 法藏館
③一般社団法人 SDGs市民社会ネットワーク編 『基本解説そうだったのか。SDGs2020 』一般社団法人 SDGs市民社会ネットワーク

名和達宣(真宗学/近代日本思想史)
真宗大谷派教学研究所所員

①瓜生崇著 『なぜ人はカルトに惹かれるのか―脱会支援の現場から』 法藏館
②藤田正勝著 『人間・西田幾多郎―未完の哲学』 岩波書店
③若松英輔著 『弱さのちから』 亜紀書房

小林奈央子(宗教学)
愛知学院大学准教授

①永岡崇著 『宗教文化は誰のものか―大本弾圧事件と戦後日本』 名古屋大学出版会
②瓜生崇著 『なぜ人はカルトに惹かれるのか―脱会支援の現場から』 法藏館
③松田青子著 『持続可能な魂の利用』 中央公論新社

工藤信人
仏教タイムス編集長

①高山龍三著 『河口慧海』 ミネルヴァ書房
②大谷栄一著 『近代仏教というメディア』 ぺりかん社
③大菅俊幸編著 『仏教の底力』 明石書店

文芸編今年の3冊
内藤麻里子(文芸評論家)

①伊坂幸太郎著『逆ソクラテス』集英社
②池上永一著『海神の島』中央公論新社
③桐野夏生著『日没』岩波書店

2020/12/10
日宗連セミナー コロナ時代の宗教を検討 感染症学会理事長が講演 葬儀対応 政府に共同提言も

医学界と宗教界の共同も提案された日宗連のセミナー (公財)日本宗教連盟(戸松義晴理事長)は11月26日、第5回宗教法人の公益性に関するセミナー「コロナ禍における宗教活動を考える―ウィズ・コロナの時代の宗教の在り方」をオンラインで開催した。舘田一博氏(日本感染症学会理事長)が講演した。

 春の第1波、夏の第2波を経て第3波を迎えている日本の感染状況だが、第2波以降は死亡者数が減少したことに「治療法が確立されたことによるものだが、実態はよく分かっていない」と率直に語った。

 第1波より第2波が死亡数が少ないのは、フランスやスペインなどでも同じだ。「しかし南半球のオーストラリアでは第2波での死亡者が多かった。冬に流行したことは、日本でも死亡者の推移を注意して見ていかなければならない」と警戒を強めた。

 感染リスクを抑制するためにマスクの着用や一定の距離を保つことなど現在の対策が改めて必要だとし、「国の力だけではどうすることもできない。一人ひとりが感染症のリスクを考えて生活様式を変えていくことが重要になる」と強調。「宗教の場でもどうやったら感染リスクを抑えることができるかを考えなければいけない」と訴えた。

 さらに舘田氏は「このウイルスは人や社会、国に分断を引き起こし、この分断が差別や偏見を引き起こしてしまう。これをどう抑えるのか。宗教界の大事な責任になると思う」と期待を込めた。

 質疑では日宗連から3人が質問。ワクチンについては過剰な期待を避けるべきとしながら、「米国での接種で副作用が見られなければ、おそらく春先には日本で接種できるかもしれない」と観測を述べた。

 コロナで死亡した人と家族が会えないことには、「患者が家族にお別れも言えない。あるいはお骨になって初めて家に戻るようなことを聞いているが、状況はだいぶ改善している」と説明。「家族と面会して話をすることで、どれだけ力をもらえるか。感染対策を取りながら、そういう仕組みを考えないといけない」と前向きに述べた。

 さらに葬儀業者の対応が難しい局面にあることから、「怖がり過ぎているところがある。亡くなった人は息をしてないのでウイルスが出てくることはない。そういうことを理解した上で正しい対応を一緒に考えていければ」と話した。

 この発言を受けて戸松理事長は体験をまじえて「施設のクラスターで死亡したが、濃厚接触者でないにもかかわらず家族が接触できないケースがあった。葬儀もきちんとできなかった。亡くなられた方にとっても、家族にとっても一生に一度のこと。何とか改善を厚労省に申し入れたい」と意見を表明。

 舘田氏は理解を示し「葬儀は一生に一度。最後の別れを家族がどのように迎えるのかは非常に大事。そこに尊厳が与えられるような仕組みにしていかなければと思う。学会の立場もあるが、みなさんの考えに賛成だ。一緒に提言書を出させていただいてもいい」と賛同した。

2020/12/10
回想2020 新型コロナが世界を覆う 現代人の「苦」に向き合えたか


コロナ終息を願って水行する日蓮宗の修法師(2月21日、池上本門寺)ワンテーマ
 年間を通して新型コロナウイルス感染症が世界を席巻した一年であった。ある意味ではワンテーマであった。このワンテーマが経済力や政体、宗教を問わずすべての国を覆い尽くした。感染状況だけでなく対策のあり方も国によって違ったが、総じて、経済対策とコロナ対策の間で各国は揺れ動いた。

 同様にワンテーマは、すべての教団や寺院、宗教者に対応を要求した。2月6日に集団感染を起こしたダイヤモンドプリンセス号が横浜港に寄港してから日本では強く意識され始めた。宗教界では2月20日頃から教団行事の見直しや延期、中止の発表が相次いだ。同時に、コロナや疫病退散の祈願が各地の寺院などで始まるようになった。

 2月27日、安倍首相(当時)が3月2日からの公立学校休校を要請。この発表から一気に自粛が広がった。WHO(世界保健機関)は3月11日、パンデミックを宣言。同25日に志村けんさんの感染症が発表されたものの、4日後の29日に不帰の人となった。看取ることもできず、お骨となって帰宅したシーンが思い起こされる。新型コロナへの対処法がはっきりしないため、葬儀現場では対応に苦慮。感染リスクを減らすため葬儀の簡素化や会葬者の制限などが図られた。斎場の消毒も入念になされた。

 4月に入り、緊急事態宣言が7都府県から始まり、その後全国に拡大。全面解除は5月25日である。

 伝統仏教では2~3月は宗会シーズンだが、延期や会期短縮で対応した。そこから見えてきた課題は、意思決定に時間がかかるということだ。新宗教教団は、会長や理事長といったトップの判断で即時対応しやすいが、議会制を取り入れている教団はそうはいかない。臨済宗妙心寺派のようにオンラインを併用する議会を認めた宗派も出てきた。本山や教団本部への招集が困難な場合にどのような方法で意思決定ができるかを検討する必要があるだろう。

 ただし“伝統”や前例に縛られ、変革が難しいとされてきた仏教界にあって、オンライン化が加速したことは今後の可能性を示している。
  
元幹部からの電話

 ――お寺や教会が困っているのはよくわかる。しかし、それ以上に困っている人、苦や苦悩を抱えている人がたくさんいる。コロナ禍で世の中には苦が蔓延している。そうした人たちに仏教者、宗教者は何をしているのか!――

 概ね、こんな内容の電話をいただいたのは、宗教法人への持続化給付金が取り沙汰された5月である。電話の主は、某教団の元幹部。自戒を込めた怒りと無念さが混じった声だった。自粛で家にこもっていて見えにくいが、そこに間違いなく苦が存在するという指摘である。

 近世から近代の変革期、社会の苦に対峙した仏教者に曹洞宗の僧籍を返上した大道長安(1843~1908)がいる。大道長安は強力な観音信仰の持ち主で、明治19年(1886)に救世教(ぐぜいきょう)を開いた。明治20年代に監獄教誨を行っているほか、長岡大火や三陸津波、東北飢饉などで被災者を支援。仏教社会事業家の先駆者に位置づけられる。
 
 没後に刊行されたのが『大道長安仁者全集稿本』(1916)である。「救世は人生の大目的なり」とする大道長安は、「救世」の意味について、次のように説いている。

 〈救とはたすけるいう義にして、殺さぬという意味なり。世とは世界なり。世界とは我が身はじめ他人および国家天下三千世界をすぶ(べ)る名目にして即ち社会の義なり。されば救世とは、一には自分をたすけ、二には家族をたすけ、三には他人をたすけ、四には国をたすけ、五には天下並びに三千世界をたすけるという意味なり。他語をもってこれを言はば自利利他完全得せしむるの義なり(現代語訳)〉

 救世には5つの「たすけ」る意味を持ち、自利利他の会得と解釈できる。「救=殺さぬ」との指摘は重い。大道長安の思想を現代に生かすとすれば、宗教者はコロナ禍にある人々と苦を共にすることではなかろうか。すなわち同苦・共苦の姿勢だろう。
  
自他を分けない

 最後に社会の苦に関して、ある詩を紹介したい。菅政権発足後間もなく日本学術会議の候補者任命拒否問題が明らかになった。様々な団体が抗議声明を発表したが、日本映画界の監督らの声明にドイツの神学者マルティン・ニーメラーの次の詩が引用されている。

〈ナチスが共産主義者を攻撃し始めたとき、私は声をあげなかった。なぜなら私は共産主義者ではなかったから。次に社会民主主義者が投獄されたとき、私はやはり抗議しなかった。なぜなら私は社会民主主義者ではなかったから。労働組合員たちが攻撃されたときも、私は沈黙していた。だって労働組合員ではなかったから。そして彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる人は一人もいなかった〉(「キリスト新聞」10月5日WEB版)

 自分と関わりはないと社会問題や不正に対して自と他を分けて考えてはいけない。それはいずれ自身にも及んでくるという教訓である。コロナ禍の苦もまた他人事ではないのである。(工藤)

2020/12/10

輝け!お寺の掲示板大賞2020 大賞「コロナよりも怖いのは人間だった」

 大賞を受賞した明導寺掲示板 境内にあるお寺の掲示板を表彰する「輝け!お寺の掲示板大賞2020」(仏教伝道協会主催)の受賞作品が7日、同協会のホームページで発表された。ツイッターやインスタグラムなどSNSを通じた応募総数は1677点で昨年(925点)を大幅に上回った。

 仏教伝道協会大賞は、今年のコロナ禍を反映した熊本県球磨郡・浄土真宗本願寺派明導寺の「コロナよりも怖いのは人間だった 神奈川県ドラッグストア店員」が選ばれた。仏教タイムス賞は大分県宇佐市・本願寺派専光寺の「吾輩は凡夫(ヒト)である 自覚はまだない」が受賞した。全12点の入賞作は以下の通り。(寺院・標語・投稿者=受賞者の順)

【仏教伝道協会大賞】 熊本県球磨郡・浄土真宗本願寺派明導寺「コロナよりも怖いのは人間だった 神奈川県ドラッグストア店員」azusa0225mike

【仏教伝道協会本賞】 東京都中央区・築地本願寺「やられてもやり返さない 仏教だ」aco@SDGs×仏教

 静岡県清水市・曹洞宗鳳林寺「猫をしかる前に魚をおくな 板橋興宗」光禪@鳳林寺@holyji

 福岡県北九州市・浄土真宗本願寺派永明寺「限りない命 限りない光 いのちの輝き万国へ」松崎智海(非売品僧侶)@浄土真宗本願寺派♪永明寺住職@matsuzakichikai

【中外日報賞】 新潟県長岡市・真言宗豊山派千蔵院「地球は先祖から受け継いでいるのではない 子どもたちから借りたものだ サン・テグジュベリ」ふぉいる@foiru7

【仏教タイムス賞】 大分県宇佐市・浄土真宗本願寺派専光寺「吾輩は凡夫(ヒト)である 自覚はまだない」パードレ@hiro5936

【文化時報賞】 京都市伏見区・浄土宗龍源寺「部屋も心も換気よく」よっき @yokki256

【彼岸寺賞】 広島県広島市・真宗大谷派超覚寺「君は君 私は私 でも同行」林鶯山 憶西院 超覺寺@chokakuji

【フリースタイルな僧侶たち賞】香川県観音寺市・真宗興正派一心寺「信じるとはそのままを受け止められる自分がいること」masa @masa
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【まいてら賞】 広島県広島市・真宗大谷派超覚寺「豊かだから施すのではない。施すから豊かになるのだ。」林鶯山 憶西院 超覺寺@chokakuji

【お寺の窓口賞】 東京都墨田区・真宗大谷派本明寺「輝け‼お寺の掲示板大賞に身を煩わし 心を悩ましています」真宗大谷派本明寺@honmyouji
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【笑い飯哲夫賞】 東京都多摩市・浄土宗林海庵「浮かぶのは 笑顔ばかりの 墓まいり」林海庵@rinkaian 
 
 受賞作品の投稿者には、賞品としてクオカードが進呈される。

仏教タイムス賞の専光寺掲示板仏教タイムス賞を受賞した専光寺・末宏誓住職の話
愚かさは気づきにくい
 上毛組が掲示板ポスターを作っていて、その中から、坊守や娘と一緒に選んだものです。掲示板は月に一度のペースで変えていますが、受賞したものは気に入って2カ月くらい貼っていたと思います。在家の方でもわかりやすく受け止めやすい言葉を選ぶようにしています。人はなかなか自分の愚かさに気づきにくいもの。良い人間のように思っているが、よくよく考えると愚かなところがたくさんある。でも愚かな人間であることに気づかなければ手を合わせることもできない。阿弥陀さまにお任せする第一歩だと思います。

2020/12/10

都内の2本山 新貫首誕生 

 
根本中堂で儀式を営んだ浦井門主 天台宗輪王寺・寛永寺 浦井正明門主が晋山
 慈眼大師天海僧正への敬愛示す
 天台宗別格大本山寛永寺で7日、浦井正明東叡山輪王寺門跡門主・寛永寺貫首(83)の晋山式が執り行われた。菩提寺とする徳川宗家の18代当主で檀家総代の徳川恒孝氏ら約100人が参列した根本中堂で、浦井門主は「宗祖開山両大師並びに天台列祖の加被力を得て、職務を円成せしめたまわんことを」と宝前で祈願した。

 出仕した子院の住職たちと儀式を営んだ浦井門主は歴代の門主が名を刻む「相承譜」に揮毫し、表白を奏上。研究を続ける慈眼大師天海大僧正への思いを披歴し、「開山大師の偉大なる芳燭を仰ぎ、その真の姿を顕彰せん事を願う」と敬愛の念を示した。

 薬師経を読誦し、天台、伝教、慈眼三大師の宝号を唱和して法会が結ばれると、森川宏映座主の祝辞を杜多道雄前宗務総長が代読。人が仏性を持っていると気づく導きの役割が門主にあるとし、「ウィズコロナの混迷の世の道しるべとなりますよう今後ますますの活躍を期待しています」と読み上げた。

 石塚慈雄日光山輪王寺門跡門主は「日光山と東叡山のことやその結びつきについて、新たな本を執筆していただけたらと考えている」と話し、「天海大僧正の一生を小説のような形でしたためていただければ、日光も上野も発展するのでは」と期待を込めた。

 徳川氏の長男家広氏が並んで立った父の代わりに祝辞を読み、「徳川幕府にゆかりの深い住職に就かれることは慶賀の至りです」と述べた。

 浦井門主は今年2月にいずれも32世となる輪王寺門跡門主と寛永寺貫首に就任。新型コロナウイルスの流行に伴い、5月から晋山式を延期していたが、感染再拡大を受け、森川座主の出席を差し控えるなど参列者数を抑え、祝宴も中止した。戸松義晴全日本仏教会理事長や安永雄玄築地本願寺宗務長らが出席した。

山内を練り歩く佐藤新貫首 智山派高尾山薬王院 佐藤秀仁貫首が入山
 実修実証の精神で精進

 
 東京都八王子市の真言宗智山派大本山薬王院で7日、佐藤秀仁第33世貫首(50)の入山式が営まれた。大山隆玄前貫首(86)が体調上の理由で退任したことを受けて今月1日付で就任した。佐藤新貫首は「実修実証の精神をもって精進する」と力強く表明した。

 佐藤新貫主は法螺貝の音に先導され、高尾山の表参道をお練りし、商店の店員や地元住民に「よろしくお願いします」と挨拶。参詣者には「ようこそお参り下さいました」と笑顔で声をかけた。本堂へ入堂して法要が営まれ、同派の芙蓉良英宗務総長より住職任命の辞令が伝達された。

 祝辞では成田山新勝寺の岸田照泰寺務長が佐藤新貫首の活躍に言及し「ご信徒への教化や立ち居振る舞い、愛山護法に対する熱誠さはまさに明王の化身、ご本尊飯縄大権現様にお仕えなされる真言行者の典型」と讃え、高尾山隆昌を期待した。

 佐藤新貫首は大山前貫首の教えとして「広大無辺なる大自然の営みの中に人類は生かされている。尊い命を与えていただいたことに感謝すること」を紹介したうえで、「実修実証の精神をもってご本尊飯縄権現様の霊徳が現代社会の隅々におよびますよう、切なる願いとして一歩一歩精進する」と表明。高尾山がミシュラン三ツ星を獲得したことにちなみ、「歴代山主の愛山護法の精神」「信徒の信心」「地域の方の親しみの心」を三つの宝に励むことを誓った。

 高尾山薬王院は成田山新勝寺、川崎大師平間寺にならぶ智山派関東三大本山の一つ。法要には成田山新勝寺の岸田寺務長、川崎大師平間寺の出井宏樹執事長をはじめ、別格本山高幡不動尊金剛寺の杉田純一貫主など法類寺院から約100人が参列した。大山前貫首は平成5年に貫首に就任し、27年間を務めた。

 佐藤新貫首は昭和45年生まれ。八王子市・高楽寺住職。平成2年に薬王院に入山、平成30年には教務部長に就任。多摩少年院教誨師会副会長、八王子保護司会高尾分区保護司などを務める。晋山式は来年春以降を予定している。