2019/11/14
タイ・プーケットでインド洋津波犠牲者15周年法要 全日仏主催、日蓮宗出仕

津波犠牲者のための慰霊碑を前に営まれた慰霊法要 2004年12月に起きたスマトラ島沖地震で発生したインド洋津波の犠牲者を悼む「インド洋津波犠牲者15周年法要慰霊祭式典」が5日、タイ・プーケット県カマラビーチの慰霊碑で営まれた。財団法人全日本仏教会(全日仏)を代表して中川法政・日蓮宗宗務総長をはじめとする日蓮宗僧侶が出仕し、遺族や地元プーケット在住者など約150人が集い犠牲者の冥福を祈った。

 式典は、津波の経験を語り継ぐこと目的に国連が制定した「世界津波の日」に合わせて行われ、日本から訪れた遺族の他、WFB世界仏教徒連盟のパロップ・タイアリー事務総長や全日仏の戸松義晴事務総長、在タイ国日本大使館代表者、地元プーケット県カトゥー郡知事らが参列。穏やかな海の波音が聴こえる中、黙祷や献花・焼香が行われた。

 導師を務めた中川総長は追悼文で「昔より今にいたるまで家族の別れ、友と別れ、いずれもつらきこと、この上なきものなり。うちそうものは涙なり。ともなうものは嘆きなり。月は雲に入りてまだ出でぬ。雲は消えてもまた沸きいずる。人の命ばかり、出でて還らざる」と遺族の癒えぬ悲しみに心を寄せ、冥福を祈った。

 2004年のスマトラ島沖地震では、マグニチュード9・1を記録し、インド洋で津波が発生。津波はアジアからアフリカなどにも到達し、22万人以上が犠牲になったとされる。タイでは5千人以上が津波に流され、日本人も28人が死亡、1人が行方不明になった。

 翌年、タイ国政府が全日仏に慰霊団の派遣を要請。当時の会長であった藤井日光・日蓮宗管長の名代として、日蓮宗総本山身延山久遠寺の井上日修総務(当時)が導師を務めるためプーケットを訪れ、法要が営まれた。以後、日蓮宗は慰霊碑の建立など現地での慰霊活動に関わり出仕してきたが、遺族の高齢化のため、大規模な慰霊祭は今年で最後になるという。(続きは紙面でご覧ください)

2019/11/14

台風19号被害 鹿沼市・常楽寺 こぶし大以上の土石が大量流入 復旧まで道険しく

土砂が流入し、墓石が埋まってしまった常楽寺。重機を使い、土石の撤去作業が続けられている 各地に大きな被害をもたらした10月の台風19号から1カ月。本堂や墓地への土石流入などで甚大な被害を受けた栃木県鹿沼市の真言宗豊山派常楽寺(中野宣文住職)では復旧作業が現在も続いている。

 豪雨のため本堂の裏山から水と土石が境内に流れ込み、本堂内にはサッシを突き破り土石や水が浸入、録事堂が周囲を土砂が囲った。墓地へも土石が大量に流入し、墓石の上部10数センチまで覆った。

 台風の翌日には関係業者がお寺を訪れ復旧作業をスタート。その後も、豊山派の栃木1号・2号仏青や多くのボランティアが駆け付け土石の撤去、2つのお堂の100畳分の畳の搬出、仏具の清掃などが行われた。

 本堂の床下にも大量の土石が入り、これらの搬出がすべて終わったのは今月に入ってから。「元通りの姿に戻るには半年はかかる。来年の梅雨の時期までには、水がでないように境内の環境づくりをしないといけない」と中野住職。

 復旧への道は険しい。一方で親しい業者が支援に駆け付け、友人からは重機を借り受け、青年僧らが支援に駆け付けたことに、「人的なパワーもそうだが、なによりも(支援しようという)気持ちが有り難い。言葉では言い尽くせない」と感謝を口にした。

 10月31日には栃木1・2号の仏教青年会、豊山太鼓「千響」のメンバーや神奈川・茨城の青年僧や石材店から約25人がボランティアに訪れた。重機を使った作業も行われ、中野住職自らもハンドルを握った。その後も復旧作業は続けられているが、「墓地の土石撤去は1/3程度」(中野住職)。ボランティアに参加した栃木2号仏教青年会の三方優輝副会長は「ここまで大変な状態とは思わなかった。重機がないと作業が進まない」と被害の大きさを話した。11月20日午前9時からも重機を使ったボランティア活動を行うことから、協力も呼びかけている。

佐野市でも浸水被害

 栃木県佐野市でも4件の床下浸水、境内浸水が発生した。安養院では本堂床下や墓地に泥が流入し、宝光寺では境内が浸水し藁などの流入物が堆積した。栃木2号の仏青が泥かきなどの支援に入った。三方副会長は「佐野市は災害が少ないと言われてきたが、意識が変わった。青年僧と復旧作業をしながら、災害が増えるなかで将来の寺院維持・管理への危機意識も高まっている」と話した。

2019/11/14

樹木葬のアンカレッジが「LGBTの墓地ガイドライン」作成

 
 樹木葬・永代供養墓などを提供する㈱アンカレッジ(東京都港区/伊藤照男社長)は、LGBTカップルが一緒のお墓に入れるようにするための「LGBTカップルと墓地管理者のためのガイドライン」を作成した。

 現在、厚生労働省が作成した「墓地使用に関する標準契約約款」(平成12年)に準拠した規定を有する墓地管理者が多く、墓所に埋葬できるのは「使用者の親族及び縁故者」と規定されている。当時はLGBTカップルが想定外だったと考えられることから、今ガイドラインでは「使用者の親族及び縁故者又は当該使用者を祭祀主宰者とした者」と修正。LGBTカップル当事者の2人が「祭祀主宰者の指定」文書を作成し、寺院などの墓地管理者が当該文書を保管しておくことで、LGBTカップルの親族の意思よりも、カップル当事者の意思を受け入れやすくする。

 10月23日には都内の緑泉寺でガイドラインの勉強会とドキュメンタリー映画の上映会が行われた。伊藤社長は男性として生きながら女性の戒名を望む人の事例などを紹介し、お墓や葬儀の場面で「死のロールモデルがない」と当事者の声を代弁。LGBTカップルの埋葬トラブルとして、血族者がお骨を取り返しに来るケースが考えられるが、「故人の遺志と遺された親族の間でお寺が板挟みになるが、私たちの価値発信は当事者である故人の遺志を尊重してほしいというもの。そうでなければ差別はなくならない」と提起。「お寺は当事者たちの苦悩に寄り添ってほしい。ガイドラインは自由に使ってもらいたい」と呼びかけた。ガイドラインは同社HP(anchorage.co.jp)でも公開している。

 29日午後7時からは京都市下京区の龍岸寺でも説明会と映画の上映を行う。

2019/11/14
臨済宗妙心寺派 阪神・淡路大震災25回忌 神戸で「平和・復興の祈り」


小倉管長を導師に営んだ慰霊・平和祈念法要 臨済宗妙心寺派は6日、戦没者を追悼するとともに、震災の復興を祈る「平和・復興のいのり」を神戸市中央区のポートピアホールで開いた。阪神・淡路大震災の25回忌にあたる今年、参加した花園会員ら約900人が被災地・神戸で祈りを捧げた。

 「平和・復興のいのり」が神戸で開かれるのは初めて。「花園会御和讃」が響くなか入堂した導師の小倉宗俊管長が慰霊・平和祈念法要を営み、阪神・淡路大震災の犠牲者をはじめとする全国の災害犠牲者や戦没者を回向。さらに兵庫教区会員が御詠歌「追善御和讃」を奉詠した。

 小倉管長は、震災発生から24年経つが、「被災された人の傷ついた心は十分に癒やされているとは言えない」と強調。「今日のように心を合わせて被災者の苦しみに寄り添うことわれわれの務めだ」と話した。

 栗原正雄宗務総長は、令和に入ってからも自然災害が多発し、多くの人が被災しているとした上で、「私たちは生かされて今ある。当たり前と思わず、おかげさまと受け止める日暮らしができるかが大事」と述べた。

 震災当時、師家を務めていた祥福寺(同市兵庫区)で山門が倒壊するなどの被害を受けた河野太通・龍門寺住職が講演した。冬の大接心が始まって3日目の早朝、講義の準備をしていた。数百羽のハトが近づく羽音のような音に気づいた途端、上下左右に大きく揺れた。裏山から長田区方面を見ると、7カ所から黒煙が上がり赤い炎が燃え出ていた。「まるで消音にしたテレビの画面を見ているようだった」と、発生の瞬間を語った。(続きは紙面でご覧ください)

2019/11/7
日韓でIPCR国際セミナー 和解や多文化共生を討論 課題認識しつつ対話重ねる


中国不参加のため日韓で行われた今年度のセミナー(10月26日) 韓国宗教平和国際事業団(IPCR)と韓国宗教人平和会議(KCRP)が主催し、世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会が共催する11回目のIPCR国際セミナーが10月25・26両日、横浜市内の立正佼成会横浜普門館で開かれた。日韓から65人が参加し、2016年以来継続しているテーマ「東北アジアの平和共同体構築のための課題」を討論した。香港デモに対する日韓宗教者への反発から中国宗教者和平委員会(CCRP)は初めて不参加となった。(続きは紙面をご覧ください)



曹溪宗軍宗特別教区副教区長 ソンジン氏に軍活動を聞く
 セッションⅠで、軍隊付き僧侶で曹溪宗軍宗特別教区副教区長のソンジン氏(星観寺住職)が軍隊内での宗教者の活動について発言した。軍にはカトリック、プロテスタント、円仏教と共に曹溪宗など仏教僧侶がいる。従軍宗教者で将校に位置づけられている。(続きは紙面をご覧下さい)

2019/11/7

サールナート仏伝壁画 修復への協力を訴える

 
木島氏が映像で紹介した漏水による剝離箇所 仏教4大聖地の一つ、インドのサルナート。悟りを開いた釈尊が初めて教えを説いたことから、初転法輪の地として知られる。 同地の初転法輪寺に野生司香雪画伯(1885~1973)が戦前に描いた仏伝壁画に剥離が生じるなど早急な修復が必要となり、10月31日、東京・九段の駐日インド大使館で修復に向けたフォーラム「野生司香雪とサールナートの仏伝壁画」が開催された(主催=野生司画伯顕彰会)。修復は今年度から来年度にかけて行われる。総事業費は5千万円だが(公財)仏教伝道協会から500万円の助成があり、募金目標は4500万円。

 野生司画伯は、昭和7年(1932)から足かけ5年かけて同11年(1936)、東南西3面の壁に「釈尊一代記」を描いた。高さ約4㍍、全長約44㍍もある。現在もインド国内外から多くの参拝者が訪れる。

 フォーラムではサンジェイ・クマール・ヴァルマ大使が「壁画は仏教徒にとってかけがえのない作品。修復されることをうれしく思う」と安堵するように話した。今事業の後援団体の一つ、(公財)中村元東方研究所の前田専学理事長(東大名誉教授)は、恩師である故中村元博士が野生司画伯の絵に惹かれ、生前、「訪れる人の心を和ませて真の道に導きいれてくれるもの。それが野生司画伯が全身全霊を傾けて完成された釈尊の仏伝図である」と話していたエピソードを紹介した。

 インドの詩聖タゴールや仏教復興運動を担ったダルマ・パーラ、岡倉天心(美術家)、荒井寛方(日本画家)など野生司香雪をめぐる幅広い人的交流や作品、壁画を描く経緯と価値について、大木礼子(さくら市・荒井寛方記念館学芸員)溝渕茂樹(元徳島文理大学非常勤講師)シッダールト・シン(インド大使館ヴィヴェーカナンダ文化センター所長)3氏が講演した。

 「(壁画の)降魔成道の図を見たダルマ・パーラは魔女が素晴らしい、と感想を述べた」(溝渕氏)という。また30代にアジャンタ壁画を模写した体験が、サールナートで活かされた。

 修復保全については木島隆康氏(東京芸大名誉教授)が、実際に視察した時の状況や修復方法等を説明した。「ミケランジェロの壁画を見ているような気分」と仏伝壁画を称賛した。コンクリート壁に白地を塗り、その上から日本画の手法で描かれている。随所に亀裂や雨漏りによる剥落と浮き上がりがみられる。「完全修復には2~3年閉じて行わなければならない」とした。しかし、寺院閉鎖ができないため、観光客がいるなかでの作業となる。「日本人が日本画の技術によって描いた仏画だからこそ、日本人の手によって修復、保全していかなければならない」と訴えた。

 修復期間は今年度から来年度の3期2カ年で、延べ74日間を予定。施行は(有)彩色設計。募金窓口は(公財)文化財保護・芸術研究助成財団(☎03―5685―2311)。

【野生司香雪(のうす・こうせつ)】1885年香川県生まれ。父は真宗僧侶。東京美術学校卒。47歳の時に桐谷洗鱗(日本画家)の急死により初転法輪寺の壁画を依頼される。そのほか作品は長野善光寺や大本山永平寺などに納められている、1973年仏教伝道協会より功労賞受賞。1973年死去。

2019/11/7 
一隅運動発足50周年 アートや演奏で照隅祭 若者世代が山上を荘厳


にない堂前に出現した守護獣「KOMAINU」 一隅を照らす運動発足50周年記念「照隅祭」が2~4日、滋賀県大津市の天台宗総本山比叡山延暦寺で開催された。運動の「実践3つの柱―生命(いのち)・奉仕・共生」をテーマとするカルチャーイベントは、最終日も大賑わい。山上には本やアート作品、演奏などによる「一隅を照らす表現」が満ちあふれた。

 天台宗務庁・一隅を照らす運動総本部の志井浩順次長は「照隅祭」のコンセプトについて、「次代を担う若者と第一線で活躍する人たちに世代を超えて、書籍や歌・演奏、アート作品などで『一隅を照らす表現』をしてもらった」と説明。「これらを通して、来場する方々に『一隅を照らす』意味について考えてもらい、感じていただきたいと思って企画した」と話した。

 東塔エリアにある延暦寺の迎賓館・大書院(通常非公開)では、TSUTAYAがブックストアを展開。様々なジャンルから一隅を照らす運動の活動方針と通底する良書約千冊を選んだ。「奉仕であれば「『お互いさま』や『思いやり』、共生であれば『地球と生きる』などのテーマで選ばせてもらった」(同社担当者)

 西塔エリアの常行堂・法華堂(通称にない堂)の前には、現代美術作家ヤノベケンジ氏が京都造形芸術大学の学生10人と共に制作した「世界を守る守護獣『KOMAINU』」が出現。未来的な狛犬・獅子像に大勢が足を止めた。堂内では同大の学生と一流職人が作った巨大提灯を展示。参拝者は提灯の内側に入り、一隅を照らす灯りに自身の心を重ね合わせた。

 釈迦堂前の特設ステージでは、京都アニメーション制作の人気作品「響け!ユーフォニアム」のモデル校となった京都府立莵道(とどう)高等学校(宇治市)の吹奏楽部が、アニメファンや参拝者など約400人を前に公演。洗足学園音楽大学オーケストラ、女性歌手TRUEさんと一緒にスペシャルライブを披露した。

 公演前には出演者と観客らが、「京アニ放火事件」で亡くなった社員を追悼する黙祷を捧げた。

2019/11/7
石川素童禅師百回遠忌 總持寺「中興」能登から移転の偉業


石川禅師晋山時を再現した神輿のパレード(3日) 曹洞宗大本山總持寺は2~5日、独住4世である石川素童禅師(1841~1920)の百回御遠忌法要を厳修した。總持寺を石川県輪島市から神奈川県横浜市鶴見区に移転した功績から史上唯一「中興」と称えられる遺徳を偲び、全国の門末寺院や檀信徒、地域住民が報恩感謝の誠を捧げた。

 石川禅師は大正4年(1915)11月5日に總持寺に晋山。それに合わせた5日の御正当法要は江川辰三貫首の親修により営まれた。江川貫首は法系上、石川禅師の3代後の直系の弟子であり、大祖堂前には「住持法孫比丘辰三」と揮毫された角塔婆も建立された。江川貫首は表白で、石川禅師が大雄山最乗寺の興隆に尽力したことや、能登の總持寺の大火からの復興、曹洞宗の将来を見据えて東京近郊に移転を成し遂げた功績を深く鑽仰した。

 鬼生田俊英宗務総長以下内局一同、釜田隆文・全日本仏教会理事長ら宗門関係要路だけでなく、「京浜四大本山」として交流を深めている浄土宗増上寺・日蓮宗本門寺・真言宗智山派川崎大師からも焼香があった。御正当に先立つ献香諷経では大本山永平寺の福山諦法貫首が焼香師を務め、挨拶で移転事業を「大英断」と評した。石川禅師は明治時代に発生した總持寺と永平寺の紛擾の解決に尽力したこともあり、永平寺にとっても重要な存在である。

 地域住民を代表して女優の伊藤かずえさんが江川貫首に慰労と感謝の花束を贈呈。江川貫首もにこやかに「ありがとう」と応えた。

 乙川暎元監院は数多くの寺院の随喜により無事円成となったことに深く感謝しつつ「社会貢献などに、ギアを入れ替えて初心に帰って本山の務めを果たしていきたい」と語った。

2019/10/31
仁和寺・知恩院 天皇陛下即位の慶祝法要を厳修

 天皇陛下は22日、皇居で「即位礼正殿の儀」に臨まれ、即位を宣言された。天皇陛下は、おことばの中で「憲法にのっとり、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓います」と述べられた。即位礼には三権の長をはじめ各界代表、191の国や国際機関の元首や代表など1999人が参列した。総大本山などでも慶祝法要が営まれた。

京都御所紫宸殿を移築した金堂での法要(仁和寺) 【仁和寺】 天皇陛下が内外に即位を宣言する「即位礼正殿の儀」が行われた22日、皇室ゆかりの旧御室御所・真言宗御室派総本山仁和寺(京都市右京区)で慶祝法要が厳修された。江戸初期に京都御所の紫宸殿を移築した金堂(国宝)で、一山僧侶と大勢の参拝者が心を合わせて慶賀の祈りを捧げた。

 平安前期に光孝天皇(本願天皇)の発願によって仁和4年(888)に創建された仁和寺は、第1世門跡の宇多法皇以来、明治維新まで皇子皇孫が歴代門跡を務めてきた筆頭門跡寺院。現在に至るまで、皇室の安泰と世の平和を1130年以上祈り続けてきた。

 移築前は京都御所の紫宸殿だった金堂。仁和寺の本堂であるのと同時に、宮殿建築の粋を今に伝えている。慶祝法要の導師を務めた瀬川大秀門跡は、「かつて紫宸殿だった時、即位の礼がこの中で執り行われていた。そうした歴史のある金堂で、皆さんと一緒に(御即位の)お祝いを申し上げることができた。これ以上の喜びはない。令和が平和な時代であることを祈念している」と述懐。広範囲に及んだ台風の被害で亡くなった人々を追悼し、被災地の復興を願った。

 「奈良からたまたま来た」という女性は、「この前来た時には時間がなくて観音堂にお参りできなかったので、今日来た。即位の日は知っていたが、(仁和寺で)法要があるとは知らなかったので感動した」と話していた。

 参拝者には、「第百二十六代天皇の御印(おしるし)」とされる「梓(あずさ)」の文字を記した記念散華(揮毫=瀬川門跡)が手渡された。

玉体安穏、天下泰平を祈念した伊藤門跡(知恩院) 【知恩院】 「即位礼正殿の儀」が執り行われた22日、京都市東山区の浄土宗総本山知恩院で慶祝法要が営まれた。天皇陛下の即位を記念する限定御朱印が配布され、参拝者が長い列をつくった。

 法要は伊藤唯眞門跡を導師に営まれた。表白では、法然上人の8つの大師号と下賜された天皇陛下の名を読み上げ感謝を表した上で、玉体安穏や天下泰平を祈念した。

 法然上人の滅後、元禄10年(1697)に下賜された大師号は、500年遠忌の宝永8年(1711)以降、50年ごとの遠忌に加謚されている。直近の大師号は8年前の「法爾」(平成23年、800回忌)。
 
「天下和順」と書かれた限定御朱印は先着500人に配布。和順は昭和36年に贈られた大師号でもある。

「名号松」の植樹も
 法要後には来春の御影堂落慶に向け、御影堂前で「名号松」の植樹も行われた。

 名号松は、南無阿弥陀仏の6文字を表すように、根元から幹が6本に分かれたマツ。かつて御影堂前に植えられていた2本の名号松は、修理を前に2011年末に納骨堂近くに移植。今回、新たに名号松2本が植樹された。非常に珍しいマツで、全国各地を探した小林造園(京都市北区)が寄贈した。

 植樹したのは、いずれも高さ約2・5㍍のクロマツとアカマツの若木。勤行した後、参拝者が見守る中、伊藤門跡がクロマツに土をかけた。

2019/10/31
布施浄慧化主が晋山 総本山智積院 学山の歴史と使命を継承

 
輿に乗って金堂に向かう布施化主 真言宗智山派総本山智積院(京都市東山区)で16日、布施浄慧・第72世化主(同派管長)の晋山傳燈奉告法要が営まれた。本坊大玄関から輿に乗って境内をお練りし金堂に入った布施化主(85)は、本尊宝前で傳燈奉告文を奉読。優れた僧侶を輩出してきた学山智山の歴史と人々の救済に尽力する学侶の使命に言及した上で、「特に心を致すところは、相承法流の護持、宗祖大師教学の鑽仰、教化活動の活性化、宗祖大師ご誕生1250年慶祝諸行事の円成なり」と重点目標を掲げた。

 法要の前に、広範囲に甚大な被害をもたらした台風15号・19号で亡くなった人々を追悼。被災地の早期復興を祈念して、参列者全員で黙祷を捧げた。布施化主も傳燈奉告文で、「本日この厳儀に当たり、かたや東日本大震災をはじめ、近年多発する事件事故、自然災害による被害者の境遇を案じつつ、今ここに法燈継承と微志を開陳、謹んで曼荼羅界会に啓白し上(たてまつ)る」と表明した。

 式典では、真言宗各派総大本山会・真言宗長者の田代弘興・豊山派総本山長谷寺化主が祝辞。「深く大師の教学を研究され、智山講伝所を通じて事相の研鑚を積まれ、後進の指導に努め」てきた布施化主の功績を挙げ、「真言宗の拠り所としてご活躍されることを」と要望した。

 智山派教区代表会の池田英乘議長は、「宗団の発展と総本山智積院の護持興隆のため努力、精進致す所存」と表明。「ご教導賜りますようお願い申し上げる」と懇請した。

 総本山智積院総代の大槻俊介氏は「碩学の誉れ高い化主猊下をお迎えでき、誠に心強い」、布施化主の自坊である吉祥院(埼玉県久喜市)総代の飯島誉夫(よしお)氏は「私ども檀信徒の誇り」と喜んだ。

 芙蓉良英・智積院寺務長(同派宗務総長)が謝辞。布施化主の教導を仰ぎながら、「誰もが平穏な生活をおくれる社会の実現を目指して一層の精進、努力を惜しまぬ決意」と誓った。

 続いて晋山祝賀会を市内ホテルで挙行。宗内外から約450人が出席し、真言宗智山派の新しい歴史の幕開けを祝した。

2019/10/31

台風19号 始まった復旧・復興 長野市・宇都宮市レポート

 
 台風19号被害からの復旧作業が各地で行われているが、追い打ちをかけるように25日には大雨によって再び千葉県と福島は洪水や土砂崩れに見舞われた。復旧・復興への道は険しく、長期化しそうな被災地もある。

千曲川氾濫で浸水した長野市の玅笑寺。境内には大量の土砂が流れ込んだ。僧侶ボランティアなどが後かたづけに協力した(長野市)【長野市 千曲川】 13日未明、豪雨で増水した千曲川は長野市北部で危機的状況となっていた。消防団の半鐘がガン、ガンと鳴り、地域住民に危険を知らせた。だが堤防は決壊し、濁流が一帯を覆った。10日後の23日、川沿いの寺院を取材した。

 長野市の市街地はすでに水もなく、普段の生活を取り戻していた。しかし国道117号線からリンゴ畑を超えて屋敷地区に入ると、浸水で損壊した家具や家電製品などが集積されている。曹洞宗林光院の駐車場にもそういった粗大ゴミがうずたかく積まれていた。林光寺は外観は大きな被害はなさそうであったが、本堂の中には様々な書類が乾燥のため並べられており、庫裏の床板は浸水のために剥がされていた。

 そこから数分歩くと真宗大谷派西厳寺。境内に長野県社会福祉協議会のボランティアセンターが机を設置し、ボランティアの受け付けをしていた。社協職員は「西厳寺さんのご厚意で境内をお借りしてボランティア受付の拠点としています。多い日だと120~130人の登録があります」と話す。ボランティアに入っている僧侶もいると教えられた。西厳寺は多忙のようで話を聞くことはできなかったが、寺院が拠点となるのは心強いだろう。

 西厳寺付近にいくつかの寺院があるが、片付け中だった真宗大谷派勝念寺の中澤義広住職が取材に応じてくれた。本堂の床はほとんど剥がされ地面が丸見えになっていた。「これを見てよ、もうお朝事だってできないよ」と嘆息する。庫裡や書院も同様に床上浸水で畳や床板が台無しになっており「とりあえず石灰撒いて、乾燥させるしかない」と、扇風機をフル稼働させている状態だ。本尊だけは中澤住職が必死で2階に運んだ。

 「こんな水害ははじめての体験。伊勢湾台風の時だってこんなにひどくはなかったみたい」という。門徒も1人亡くなった(長野県全体の死者は3人)。「気の毒なのは門徒さんの家。背の高さくらいまで水が来た家もあって、ほとんどのお宅では仏壇が駄目になっちゃった。漆だから下手にいじると剥がれちゃうし」と慮る。寺の中も湿気と土ぼこりまみれなので「娘がアレルギーだから困っちゃって。家の中でもマスクしなきゃいけない」とこぼす。

 「うちは一人で何とかなっていて、ボランティアさんの助けを呼んではいない。もっとひどいところを助けてほしいから。これから北(決壊地付近)に行くなら覚悟したほうがいい」と話した。(続きは紙面をご覧下さい)

青年会の有志による支援が続く清巌寺(宇都宮市) 【宇都宮市 田川】 広範囲に被害をもたらした台風19号。栃木県宇都宮市では、市の中央を南北に流れる田川が氾濫した。JR宇都宮駅からほど近い、寺院が密集する寺町が洪水に襲われ、墓地の水没や庫裡、客殿の床上浸水などの被害にあった。

 駅から徒歩5分ほどの天台宗宝蔵寺(黒﨑寂深住職)では、寺の裏にある墓地が田川と隣接しており水没する被害にあった。表の山門は坂の頂上付近にあり、一段高い本堂や庫裡などにも幸い被害はなかったが、水はすぐそこまで来ていた。「まるで波打ち際のようだった」と黒﨑住職は話す。

 雨風が止んだ13日午前。水没した墓地の状況を見た黒﨑住職と寺族は途方に暮れた。風が強い台風だと聞いて準備していたが、「水が来たのは想定外でした。その時は水も引いておらず、どうすればいいのかと、ため息しか出ませんでした」。

 とにかく何か始めなければと石材店に相談。水が引いた14日頃から墓地の泥をかき出す作業を始めたが、終わりが見えない状況だった。

 ここで宗派の青年会が支援に来たことが精神的にも大きな助けになった。前住職夫人は「仏青の方たちがすぐに来てくれて18日には墓地の通路が通れるようになった。感謝しかありません。色々な人のおかげで力づけられ、目標が見えたことで初めて前向きになれました」と感謝した。

 塔婆や桶などの漂流物の問い合わせを受けるなど、対応に追われた黒﨑住職は、「今できることは何か」と考え、墓地の状況や復旧の様子を写真に撮り、檀家に郵送して知らせた。「県外のお檀家さんなどにも〝安心した〟との声を頂きました。もし停電していたら、それもできなかった」と振り返った。

 宝蔵寺から田川に沿って少し進むと日蓮宗妙正寺と浄土宗清巌寺の2カ寺が見えてきた。宝蔵寺と同様に両寺の裏口や墓地も田川と隣接している。

 清巌寺では、墓地だけでなく、客殿も浸水していた。山門には大量の災害ゴミがあり、畳も80枚近く積み上げられていた。寺院の災害ゴミは一般の後に対応するのが市の方針であるため、回収はまだ先になるという。

 同寺でも復旧作業に宗派の青年会が活躍。地元の浄土宗青年会の動きは迅速だった。13日朝にはSNSで情報提供や支援を呼びかけ、取材当日も地元の青年会のほか、千葉からも青年僧が駆け付けていた。特に水を吸った畳は想像以上の重さになるため、4人がかりでようやく1畳を運ぶほどの重労働だった。(続きは紙面をご覧下さい)

2019/10/17・24合併号

台風19号 150カ寺以上被災 水没や土砂崩れなど 各教団情報収集に努める

 
決壊した宮城県大郷町の吉田川の濁流にのみ込まれる曹洞宗糟川寺。墓石や仏像も流された(13日、国土交通省北上川下流河川事務所提供) 大型で強い勢力を保ったまま日本を襲った台風19号は12日から13日にかけて猛威をふるい、東海から中部、関東、東北にかけて甚大な被害をもたらした。台風が去った後の洪水も相次いだ。河川の氾濫で浸水した寺院も少なくない。各教団では広域にわたる寺院の被害状況の把握に努めている。仏教タイムスが各教団に取材したり、HPで確認したところ5教団で150カ寺以上が被災している模様だ。今後さらに増えると見られる。(紙面では、浄土宗・本願寺派・大谷派・曹洞宗・日蓮宗の被害情報を掲載)