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2022/5/26
沖縄本土復帰50年に寄せて 基地のない復帰の願いかなわず 今も日米の〝植民地〟 岡田弘隆・真言宗豊山派沖縄山長谷寺住職


沖縄戦で犠牲になったすべての人々の名前を刻む平和の礎(2016年撮影) 5月15日、沖縄は本土復帰50年を迎えました。政府と県が共催し、東京と那覇で記念式典が行われましたが、祝賀ムードとは違い県民からは疑問の声が上がっています。なぜなら、日本国憲法の下で基本的人権と米軍基地のない復帰を願った沖縄県民は、50年間裏切られたままだからです。米軍が何をやっても文句ひとつ言えない政府に、絶望しています。なぜ日本政府は米軍とアメリカ政府にものが言えないのか?私なりに解明したいと思います。

 まず一つに考えられるのが「日本はアメリカの植民地」ではないかということです。植民地主義とは自国民の移住を目的とするものと、異民族を政治的・軍事的・経済的支配下に置くものがあり、日米関係は後者です。日本には「主権」がありません。その証拠に、「横田空域」で知られるように、日本の首都圏と新潟から静岡までの広大な上空が今でも米軍横田基地の管制空域です。沖縄周辺の空も同じで、日本の空の主権がアメリカに握られているのです。

 また在日米軍は日本では超法規の存在です。これは「日米地位協定」に基づいたもので、沖縄国際大学に米軍ヘリが墜落(2004年)しましたが、米軍が規制線を張り、日本の警察も消防も入れず、政府は抗議もできませんでした。この不平等を解消するために「地位協定」の改正をしようともしません。日本は司法もアメリカに支配されているからです。

 司法の支配は砂川事件(1957年)に始まります。東京・立川の米軍立川基地の拡張に反対する人々が基地内に入り、起訴された事件は、一審東京地裁が「無罪」判決を出しました。これに対してアメリカ大使が直接介入し、当時の田中耕太郎最高裁長官と連携をとり「米軍や安保条約のような高度な政治的問題には、裁判所は憲法判断はできない」と、安保条約と米軍は、日本国憲法の上位にあると判断。この判決により、アメリカが日本の司法を支配することになり、それが今でも続いています。

 植民地・日本の、さらに植民地が沖縄です。国土面積の0・6%しかない沖縄が、米軍基地の70%以上を押し付けられているからです。これが私の試論です。

 なぜ私が政治に関心を向けているのか。その原因と理由は、先の大戦における仏教教団や住職らの戦争協力にあります。釈尊は「不殺生」を説きましたが、日本仏教は教団をあげて戦争に協力し、釈尊の教えよりも国家を優先させる「国家仏教」になってしまったのです。

 明治政府は神道を上に置きつつ、仏教も優遇しました。政府が対外戦争を始めた時に、日本仏教は批判することができませんでした。日本の戦争は諸外国に甚大な被害を与え、国民にも大きな被害を与えました。この戦争責任を自覚してこそ、真の仏教は再生できると考えます。

 高校時代に、住職である父はなぜ戦地に出かけたのか、と疑問を持ちました。それが私の出発点になっています。その父は戦争で病気になり、戦病死の認定を受けました。「仏教が再び戦争に協力してはならない」というのが私の信念です。日本が再び戦争を起こさないようにできるか。これが私たちに問われています。そのためには政治への関心と監視が必要だというのが私の観点です。 

おかだ・こうりゅう/昭和21年(1946)東京生まれ。弁護士。真言宗豊山派泉福寺住職を経て、平成18年(2006)に沖縄戦の犠牲者供養のため糸満市に沖縄山長谷寺を開き、住職を務める。

2022/5/26

日宗連セミナー 社寺教会施設の活用を考える 災害時「いのちを守る」 宗教界と行政、歩調を合わせる


セミナーでは戸松氏をコーディネーターに6氏が発題した 日本宗教連盟(日宗連)は18日、東京・芝公園の増上寺慈雲閣で宗教者や行政担当者ら6人をパネリストに第6回宗教法人の公益性に関するセミナー「防災・減災、災害時の地域協力―社寺教会施設の活用を考える」を開催した。宗教界と行政という珍しい顔合わせに約80人が出席。災害時に「いのちを守る」という点で歩調を合わせた。大震災や豪雨被害の支援体験なども報告された。東京都宗教連盟(都宗連)と宗教者災害支援連絡会(宗援連)が後援した。

 日宗連の宗教文化振興等調査研究委員会委員長の戸松義晴氏(全日本仏教会理事長)をコーディネーターに進行。

 最初に災害避難所としての宗教施設のあり方を研究し、提案を続けている稲場圭信大阪大学大学院教授が発表。東日本大震災後の宗教と防災を俯瞰し、自治体と寺院や神社との協定締結が進んでいるが、中には「自治体が宗教法人にお願いするケースも増えている」とした。稲場氏の調査によると、指定避難所、指定緊急避難場所、自主避難場所なとで自治体と協力関係を結んでいるのは4千カ所を超え、「国や自治体には災害対策基本法に基づいて8万前後の避難所があるが、その5%が宗教施設」と説明した。

 2年前の熊本・球磨川流域豪雨災害を体験した球磨村・曹洞宗神照寺住職の岩崎哲秀氏は、動画をまじえて発表した。「一夜明けたらこんな状態だった」と軒先まで浸水した町の様子を説明。高台にあるお寺と併設している保育園は難を逃れた。「道路は水路になり、指定避難所は水没」。寺の両隣にある本願寺派寺院と川の対岸の神社が避難者を受け入れた。

 岩崎氏の保育園には120人が避難した。「どの避難所を選択するか。子ども、高齢者、ペットがいるかにもよる。より安全にいのちを守れる場所、安心して避難生活を送れる場所を選択する」と報告した。

 内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(避難生活担当)の重永将志氏は政府の方針を発表。近年の豪雨災害で高齢者に被害が集中していることから、有識者会議が個別の避難行動を提言していると説明。具体的には高齢者や障がい者、医療的なケアが必要な人たちは、一般的な体育館では困難なため、小規模でも宗教施設での受け入れに期待感を示した。

 文化庁宗務課課長の石﨑宏明氏は、宗教法人の防災・減災活動を「有意義な活動」と評価。そうした取り組みをさらに行いやすいようにと昨年、「宗教法人が行う社会貢献活動について」と題する事務連絡文書を発出したことを報告した。

 東京都総務局総合防災部防災対策担当部長の八嶋吉人氏は、帰宅困難者対策としてのDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進、事業防災リーダー制度、そして一時滞在施設の3点について報告した。首都直下型地震では92万の帰宅困難者を想定。現在、公的施設と寺院を含む民間施設を合わせて約45万人分を確保しているが、「それでも5割に満たない」として、民間の一時滞在施設の必要性を訴えた。そうした施設は一人あたり3日分の水、食糧、簡易トイレ、毛布などを備蓄している。(続きは紙面でご覧ください)

2022/5/26

曹洞宗 梅花流創立70年 6775人の講員を表彰 来年5月、4年ぶり全国大会


「梅花流創立記念奉讃御和讃」を奉詠した特派師範ら 曹洞宗の詠讃歌流派「梅花流」が、昭和27年(1952)の道元禅師700回大遠忌に際して創立されてから今年で70年を迎え、東京都港区の檀信徒会館で17日、御詠歌の興隆に貢献した人を顕彰する記念表彰式が行われた。講員ら参加者約60人が、6700人以上の表彰者を祝った。節目に合わせ、バリトン歌手の平林龍氏が二部合唱向けに編曲した御詠歌も発表された。

 表彰されたのは年功賞(講員歴5年以上)3825人、奨励賞(同20年以上)2950人の計6775人の講員。佐藤みえ子氏(東京都・宗保院)と市川君子氏(神奈川県・泰翁寺)に、それぞれ年功賞と奨励賞の表彰者を代表して賞状と記念品が授与された。宗務所や宗務庁が推挙した僧侶や寺院への表彰もあった。

 また、東日本大震災をきっかけに始まった被災者を御詠歌で元気づける活動「スマイルアゲイン梅花のつどい」代表の北野良昭・正伝師範(滋賀県高島市・正傳寺住職)や、これまで詠讃歌2曲を作詞・作曲した歌手の南こうせつ氏に感謝状が贈られた。

 「スマイルアゲイン」はこれまでに21回開催。参加者から集まった浄財計976万3815円を曹洞宗義援金に寄付し、被災地に心を寄せる。北野氏は「詠讃歌を歌う皆さんの生き生きとした顔から、音楽布教の大切さを感じている。これからも真心が被災地に届くようにがんばっていきたい」と語った。

 大分市の同宗勝光寺の三男として生まれた南氏は「父と母の喜ぶ顔が浮かんだ」と挨拶。「お坊さんの姿を見て、帰ってきたようでリラックスしています」と話し、デジタル化などで複雑な時代に、「人の交流を支えるお寺の役割が大事になってくる」と寺院の活躍に期待を寄せた。多死社会を迎える中、高齢者が集うカフェを自坊で開きたいとの願望も明かした。

 特派師範の僧侶13人による「梅花流創立記念奉讃御和讃」の奉詠後、平林氏とソプラノ歌手の北野里沙氏が、栗原麻樹氏のピアノ演奏でミニコンサートを開催。編曲した23曲のうち8曲を歌い、オペラの名曲も披露した。

 加療中の鬼生田俊英宗務総長に代わって賞状を授与した岩井秀弘伝道部長が、来年5月24日に東京・有明の東京ガーデンシアターで4年ぶりとなる全国奉詠大会を開催すると発表した。

 創立70年の祝辞を寄せた管長の石附周行・大本山總持寺貫首も来年の全国大会への参加を約束し、「コロナ禍で2年間全国大会が開催できなかったのは残念」と述べ、瑩山禅師の教えを引きながら“あるべきときはあるべきように暮らす”ことを勧め、「研鑽の時間と受け止め、日々努力していただきたい」と垂示した。

 梅花流の講員数は10万9381人(2021年9月末時点)で、欧米にも梅花講が広がっている。

2022/5/26
日本香堂 母の日参り俳壇 入選作決定 ラジオで発表 「孫はしゃぐ 母の日参り からのパフェ」


 ㈱日本香堂(土屋義幸社長)は今年の「母の日」に向け〝母との心の絆〟を詠んだ俳句作品を公募した『母の日参り 俳壇』を開催。その入選作4句を同社提供のTBSラジオ朝のワイド番組「パンサー向井の#ふらっと」(月~木)内の「ふらっとポスト」コーナー(8時41分頃)の5月2・3日放送回で発表した。併せて、同社サイト内特設ページでも入選作を掲載している。

 番組MCの向井慧さんは過去のテレビ番組で俳人・夏井いつきさんに作品を絶賛されたことから、同社が推進する新たな供養習慣「母の日参り」への協力を番組に持ちかけ「俳壇」が実現。4月4日~22日の期間中、「母の日」「母の日参り」をテーマとした俳句作品の投稿を番組発信を中心に呼びかけたところ、短期間で335句が全国から寄せられた。

 事務局で一次選考の後、入選作の選句は向井さんと、俳句にまつわる著書もあるフルーツポンチ・村上健志さんに委任。5月2・3日の放送で選んだ句が披露された。入選4句は以下の通り。

「風薫る 母の面影 妻の背に」(岡山県 かじゅるおさん)
「孫はしゃぐ 母の日参り からのパフェ」(東京都 遠音さん)
「母の日も 母の居りたる 厨かな」(東京都 破れ蓮さん)
「母の字の ポテサラレシピ 夏始」(兵庫県・江國優笑さん)

 番組では向井さんが、「風薫る~」について、「ご存命であろうがなかろうが、面影を感じる瞬間がある。素敵な作品」と講評。「孫はしゃぐ~」を選んだ村上さんは、「お墓詣りは寂しさもある。でも、お墓の前で笑い声が起きること、それが母へのプレゼントになる」と「母の日参り」の意義も話していた。

2022/5/19

親鸞聖人と蓮如上人の尊骨 東西越え初の分骨法要 大阪 平野区慧光寺(東)から八尾市顕証寺(西)へ 約350年没交渉、5年前に交流復活


慧光寺本堂での「引渡之儀」 「混迷を深める現代にあって、浄土真宗も東だ西だと言っている場合ではない」―そんな思いから大阪市平野区の真宗大谷派慧光寺(近松暢昭住職)が恪護する親鸞聖人と蓮如上人の御尊骨が、八尾市の浄土真宗本願寺派顕証寺(近松真定住職)に分骨され、11日に両寺で奉送迎法要が営まれた。来年の親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年に向け、両派の結束が深まる機縁となった。

 慧光寺と顕証寺は共に蓮如上人の六男である蓮淳僧都(滋賀県大津市の近松坊舎2世)が開基。河内の本願寺教団では重要な寺院で、東西分派に際しては共に西本願寺に所属した。しかし江戸時代中期の貞享年間に争いが発生し、慧光寺は東本願寺へ転派。以後、およそ350年間没交渉だったが、平成29年(2017)に慧光寺で親鸞聖人750回御遠忌が営まれた際に交流を復活。現在では報恩講などで拝礼しあう仲である。

 慧光寺の暢昭住職は「ある時、当寺に御尊骨が残されているというお話をして、顕証寺さんにも当然あると思っていたら、ないと仰る。そこから話が進んだ」と振り返る。尊骨はいずれも創建当初から伝わるもので、指先ほどの大きさだという。「派を越えた分骨は浄土真宗800年の歴史で初めてのこと。準備を重ね執行できて本当によかった」と笑顔を見せた。

唐櫃に入れられ顕証寺境内に入る御尊骨 慧光寺で法要を営んだ後、舎利器に納められた尊骨が厳かに顕証寺の真定住職に引き渡された。その後、約3キロ離れた顕証寺まで送迎。唐櫃に入れられた尊骨が山門に入ると、大勢の門信徒が一斉に念仏で出迎えた。というのも、この日、顕証寺は750回大遠忌の祥当。尊骨が奉安されると、大谷派僧侶による正信偈が読誦された。東西本願寺で共に読まれる正信偈だが、節回しは全く異なる。顕証寺本堂で大谷派流の正信偈が読誦されたのも初のことだという。

 山階照雄・本願寺派津村別院輪番、禿信敬・大谷派難波別院輪番、澤田秀丸・同八尾別院輪番が祝辞。山階氏は「東西本願寺のお寺では、住職は『うちはお西だ、お東だ』という意識があるようだが、門徒さんはあまり気にせず、親鸞さんの尊い教えを伝えてくれるお寺と思っている」と話し、慧光寺と顕証寺が交流を深めたことを「新しい東西本願寺の出発」と称えた。

 顕証寺の真定住職は「ビッグバンにも匹敵するような、大地や空気が感動で振動する日」と大感激。両近松がこの尊骨を護持し、門徒ともどもみ教えに救われる道を進むことを誓った。

2022/5/19
比叡山サミット35周年テーマ発表 気候変動と宗教者の責務


 改選後最初の天台宗第152回臨時宗議会(細野舜海議長)が10日、滋賀県大津市の宗務庁に招集された。阿部昌宏宗務総長は施政方針演説で、今年8月4日開催の比叡山宗教サミット「世界宗教者平和の祈りの集い」35周年記念大会の概要を発表。「気候変動と宗教者の責務」をメインテーマとして、国内外の宗教者が地球環境を護持する持続可能な生活のあり方などについて討議するとした。比叡山の聖域に宿る「草木国土悉皆成仏」の教えを世界に発信する重要な機会になりそうだ。

 午前中に国立京都国際会館(京都市左京区)で寺島実郎・日本総合研究所会長が基調講演を行い、国内外の宗教者がシンポジウムを展開する。午後は比叡山延暦寺(滋賀県大津市)に会場を移し、山上から国内外に向けて平和の祈りを奉修する。

 オンライン配信もフル活用し、空間や国境を超越した大会にするという。12日には東京出張の一環として阿部総長らがバチカン大使館を訪問し、宗教サミットへの協力を要請した。

【35周年テーマ深読み】 リオから30年
 35周年の大会テーマは「気候変動と宗教者の責務」と発表された。周知のように日本政府は「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表した。すなわち地球温暖化の要因である温室効果ガス排出を実質ゼロにするというものである。環境問題には倫理的なアプローチも求められ、その意味では時宜を得たテーマであろう。

 また1992年6月、国連環境開発会議(地球サミット)がブラジルで開催された。リオサミットの名称で知られており、それから30年の節目となる。このリオサミットで提起されたのが、「持続可能な開発」という命題だった。今日、各教団が取り組んでいるSDGs(持続可能な開発目標)の源流といえるものだ。比叡山からのメッセージに注目したい。

2022/5/19

真如苑が摂受心院誕生110年祭 MURAYAMA用地「真如ヤーナ」と命名 


 真如苑(総本部:東京都立川市)9日、立川市泉町の応現院と秋田市の秋田支部を二元中継で結び、開祖伊藤真乗教主の妻で霊能の祖である伊藤友司夫人(1912~1967)の誕生を祝する「摂受心院お誕生110年大祭」を厳修。真如苑が所有する立川市と武蔵村山市にまたがるプロジェクトMURAYAMA用地(日産村山工場跡地)の正式名称が「真如ヤーナ」と発表された。

 今年は開祖と摂受心院が秋田へ布教に赴いて60年を記念して秋田支部と伊藤真聰苑主が導師を務める応現院を結んで法要が執り行われた。

 法要後、苑主が挨拶に立ち、信徒は接心修行によって困難をこえ勇気と希望を見出すことができること、その接心の基は霊祖である摂受心院であることを伝え、それぞれの場所で参座したすべての信徒とともに、摂受心院の誕生を祝う言葉を述べた。

 続いて、02年に真如苑が取得した約106万平方㍍のプロジェクトMURAYAMA用地の正式名称を“真如ヤーナ”と命名したと発表。ヤーナはサンスクリットで「救いへの道・乗り物・教え」の意であることを解説し、真如ヤーナは開祖の名前である真乗(まことののりもの)そのものであると説明した。

 さらに「人と自然が共生し、あらゆる存在の個性輝く、思いやりと安らぎに溢れた新たな聖地を築いて参ります」と決意を口にした。そして、“真如ヤーナ”の出発として6月18日に行われる「火と水の浄儀 済摂会」にむけて、真如苑の利他行である三つの歩み(お救け・歓喜・奉仕)に励んでいくよう呼びかけた。

 苑主の挨拶ののち、中継を結んだ秋田支部と応現院で、それぞれ一名の代表信徒がみ仏尊前で感謝の言葉を言上。開祖・霊祖の姿や言葉に触れて心動かされ、今日まで精進を続けてきた経験と、さらなる精進の誓いを述べた。

 本法要は、真如苑の霊能の祖であり、法母として親しまれる開祖の妻・摂受心院の誕生を寿ぎ、報恩実践を誓う法会。開祖誕生大祭(3月28日)と、一年の精進を奉告する秋の一如まつり(11月上旬)とともに、三大祭の一つ。

2022/5/19
仏教書総目録休刊 刊行会は解散


 仏教書普及のため毎年発刊の『仏教書総目録』が2022年版(2021年9月刊行)で休刊。刊行元の「仏教書総目録刊行会」(刊行会)が今年6月末に解散する。

 休刊と解散の大きな要因は来年10月から開始されるインボイス制度。業務・費用の負担が大幅に増加するため、会員社らで議論し、継続が困難との結論に至った。代表幹事の石原俊道・大法輪閣社長は「全国の書店で仏教書フェアを開くなど活動してきたので、会員社とは別の形で何かできないか、今後相談したい」と話した。

 昭和58年に発足した刊行会は、仏教書、聖典、経典、辞典・事典、仏教の文化事象に関わる仏教書を収録した総目録を刊行。最終号2022年版には100社、約3500点が収録されている。会員社は春秋社、誠信書房、大蔵出版、大法輪閣、東京大学出版会、中山書房仏書林、法藏館、吉川弘文館の8社。

2022/5/12

全日仏 葬儀実態調査の結果を発表 全葬連協力 僧侶の資質向上に課題 50%が失礼な態度経験 葬儀に僧侶必要は76%


僧侶の失礼な態度を経験した葬儀社は50%に達した(報告書より) 全日本葬祭業協同組合連合会(全葬連)の協力を得て葬儀に関する実態調査を実施した(公財)全日本仏教会(全日仏、戸松義晴理事長)は4月25日、その調査結果をHPを通じて発表した。遺族や葬儀社に対する僧侶の態度に厳しい指摘がなされる一方で、今後の葬儀においても「僧侶が必要」との回答は76%に及んだ。また自由回答では忌憚のない意見が提出されている。

 調査は、「今後の寺院、葬儀、僧侶のあり方の考察にあたり、葬儀に関わる僧侶と葬儀社との関わりについて、実態を把握すること」を目的に昨年9月から10月にかけて行われた。設問は10項目のほか自由回答を設けている。全葬連に加盟する1269社が対象だが、回収率は18・6%(236社)に止まった。

 直近1年間で僧侶が携わらなかった葬儀について「5~20%」の割合が40・7%だった。だが、「20%以上」は17・8%で葬儀の2割近くは僧侶不在の可能性がある。関東が高く、新型コロナの影響が考えられる。

 僧侶が遺族に対して失礼な態度をとったり、遺族への寄り添いが感じられないと回答したのは、半数に上った。「遺族に対し横柄な態度、言葉遣い」55・1%、「お布施でもめる」42・4%、「日程を強引に決める」41・5%が上位を占めた。

 「今後の葬儀に際しての僧侶の必要性」については、「絶対に必要」11・9%、「必要である」64・4%と76・1%が認めている。「あまり必要でない」「必要でない」は10%ほどだ。必要な最大の理由は「葬儀の導師であり葬式に不可欠だから」と約6割が回答。一定程度は葬儀における僧侶・仏教界の存在意義を実感しているようだ。

 全日仏関係者は、自由回答の意見を踏まえて「一般常識の欠如やマナーの悪さが指摘されている。調査結果を研修会等に活かして僧侶の資質向上につながればと思っている」と話している。

 回収率の低さを指摘する葬送事情に詳しいジャーナリストは「各地の葬儀社が仏教界に遠慮した様子がうかがえる。回答することで生じかねない寺院との摩擦を回避するためだと考えられる」と解説する。

 調査結果は、全日仏HPhttp://www.jbf.ne.jp/info/detail?id=16091からダウンロードできる。問い合わせは全日仏(☎03―3437―9275)まで。

自由回答から(抜粋)

~僧侶の失礼な態度など~
▶式に遅れてきたにもかかわらず「遅れて申し訳ありません」の一言もなく遺族も嫌な思いをした。
▶葬家にとって悲しみや関係者の対応等で大変な状況であるにも関わらず、日程調整や戒名、お布施などの事項を決定するのに、寺へ呼びつける方が多くいる。
▶式場が自分のお寺ではないと機嫌が悪くなり、お花を使った祭壇を作ったこと、故人とのお別れで棺に花を入れることなどは葬儀社の金儲けのためにしている風習だ、と法話で葬儀社批判をする。
▶遺族の意向は聞かず、火葬式や一日葬を認めない。
▶9時から17時の間しかお寺は業務をしていないので、その間に全ての事柄を行ってほしいと言われた。
▶遺族からのお布施の金額が少ないため、葬儀社でその分負担しろと言われた。
▶火葬場で飲酒され、遺族と話の行き違いで暴力を振るわれ大変だったことがある。
▶一般社会人の常識欠如、立場をわきまえていない。非課税の意味を全く理解していない。
▶現状のままだと寺院を含めて葬送文化が廃れる。インターネット等の紹介僧侶の方が常識的である。
 
~評価や提言~
▶寺院にて月一回「カレーの日」を開催し、食育を行っている。町内に9ケ寺の寺が存在するが、社会活動を1ケ寺が行っていて、社会的な役職を務めているのが1ケ寺、他の7寺院は社会的な活動に参画していない。
▶浄土宗のお寺様で生活困窮者の方のご遺骨や引き取り手のないご遺骨を合同合葬していただいている。
▶特定の菩提寺が無い方でも信じる心のある方、僧侶がいてくれることで安心していただけると考えます。実際そのような印象を受けます。
▶亡くなった人の遺族に寄り添い、心のケアをするには必要不可欠な存在であるべきだが、日常で寄り添いにくい環境になってきたことが僧侶離れに拍車がかかっていると思う。今一度、存在意義を示すことが必要だと思う。

2022/5/12

遺骨奉還連 韓国への返還求め外務省に要望書 朝鮮半島出身徴用者の遺骨


白眞勲参院議員(右から3人目)とともに外務省を訪れ、要望書を提出する宗教者ら 「遺骨奉還宗教者市民連絡会」は4月26日、東京・霞が関の外務省を訪れ、太平洋戦争中に朝鮮半島から徴用されるなどして日本で亡くなった民間人の遺骨の返還を求める岸田文雄首相宛の要望書を提出した。

 アジア大洋州局の船越健裕局長と面談する予定だったが、韓国の尹錫悦新大統領が派遣した「政策協議代表団」の対応のため欠席。同局の武田克利日韓交流室長が代理出席した。

 要望書では、政府の依頼を受けた全日本仏教会の調査で明らかになった寺院などに残される1018体と、長崎・壱岐島の曹洞宗天徳寺に安置される131体の民間徴用者らの遺骨について、早急な返還を求めるとした。

 提出にあたっては、戦没者の身元を特定する遺骨のDNA鑑定拡大に尽力するなど遺骨収集問題に取り組んできた立憲民主党の白眞勲参院議員も同席。「まさに在日韓国人という私の出自からしても一刻も早くご遺族のもとにお返しすべきだと考えている」と強調。日本との関係に前向きな姿勢を示す尹大統領の就任で、「日韓の新しい枠組みが期待される中、早期実現に向けて私も取り組んでいく」と語った。

 同連絡会は武田氏に対し、天徳寺に参拝した上で、「遺骨を前にして、政治的な課題にとらわれずに人道的な立場から検討してほしい」と訴えた。同連絡会によると外務省は、遺骨返還を巡る交渉は日韓両国ともに現在も続いているとの認識だが、両政府間の合意にいたっていないと述べたという。

同連絡会メンバーでもある天徳寺の西谷徳道住職は、遺骨とともに埋葬されていた靴底や布切れなどの遺品を持参。同寺に安置されるのは、引き揚げ途中に壱岐島で難破した船に乗っていた朝鮮半島出身者たちの遺骨で、遺品は遺体が身につけていたものと推測される。武田氏は「生活が伝わってくるようだ」と関心を持って話したという。

 西谷氏は「亡くなった人たちは祖国に帰りたかった。その思いが何よりも大切にされるべき。それを後回しにしてほかの都合を優先していれば、いつまでも返還できない」と力を込めた。

 遺骨返還に長年取り組む同連絡会世話人の殿平善彦・浄土真宗本願寺派一乗寺住職は「私たちは犠牲となったこの遺骨の上に立って生きている。遺骨を届けるのは日本人の責任だ」と述べた。

 同連絡会からほかに、事務局長の森俊英・浄土宗正明寺住職、木村眞昭・本願寺派妙泉寺住職、松本智量・本願寺派延立寺住職、真宗大谷派僧侶・森修覚氏が同席した。同連絡会はこれまで2回、遺骨返還についての要望書を厚生労働省に出しているが、今回初めて両国間の交渉に関わる外務省に提出した。

2022/5/12
「上州月夜野七福神」発足 群馬県みなかみ町に30㌔の巡礼路 地域振興へ観光施設も札所に


月夜野びーどろパークでの開白法要。『大般若経』転読も執り行われた 群馬県北部の旧月夜野町(現みなかみ町)にある7カ所の寺社などを巡る「上州月夜野七福神会」(会長=鈴木潔州・曹洞宗嶽林寺住職)が発足し、7番札所の月夜野びーどろパークで4月30日、開白法要が営まれた。鬼頭春二町長ら参拝者約35人が、巡礼興隆と地域振興を祈念した。

 同七福神は約30㌔の巡礼路。札所は1番・嶽林寺(布袋尊)、2番・曹洞宗如意寺(寿老人)、3番・本山修験宗三重院=事務局=(毘沙門天)、4番・三峯神社(恵比寿)、5番・茂左衛門地蔵尊千日堂(福禄寿)、6番・曹洞宗常恩院(弁財天)、7番・月夜野びーどろパーク=瑠璃光院=(大黒天)。

 月夜野びーどろパークは、ガラス製品を製造・販売する上越クリスタル硝子が運営する観光・体験施設。地域振興に向け、寺社以外も参加するのが同七福神の特徴で、札所名は「瑠璃光院」とした。大黒天は2階に安置する。

 法要は鈴木会長を導師に、札所の寺社による神仏習合の形式で執り行われた。三峯神社の高橋和昭禰宜が修祓で場を清め、三重院の村上圓信代表が七福神を開眼。入退堂では法螺貝を吹き鳴らした。鈴木会長が法語を唱え、『大般若経』の転読も修された。二胡奏者の李英姿氏の奉納演奏もあった。

 記念式典で利根西部仏教会の山岸弘文会長が祝辞を述べ、「人の心を耕し、信仰を呼び起こす七福神巡りとなってほしい。巡礼をきっかけに参拝者が真実心を持てるよう祈念する」と話した。

 発起人となって約1年前から計画を進めてきた鈴木会長は「七福神が大きな福を招いてくれると信じている」と力を込め、「県内で最も広いみなかみ町を歩いて回れば新たな発見もある。ぜひチャレンジしてほしい」と期待を込めた。

 今後瑠璃光院で毎月1日、札所の輪番で祈祷が行われる。毎年5月の大型連休頃に大祭を営む予定。各札所のスタンプを集めると、大祭後の抽選会で記念品が贈られる。

 今月25日に三重院の主催で歩いて札所を巡る企画がある。問い合わせは同院(☎0278―25―3578)。

2022/4/28

修復秘仏を背負い麓から本堂へ 1200段の石段 14人が交代で 滋賀・観音正寺 5月22日から御開帳 


篤信者に背負われゆっくりと山道を登る秘仏 聖徳太子が推古天皇13年(605)に創建した滋賀県近江八幡市繖山(きぬがさやま)の観音正寺(岡村遍導住職)の「御前立」千手観音菩薩像が修復された。20日に住職、信徒、修験者らの手により麓から1200段の石段を登って本堂まで運ばれ、開眼供養が営まれた上で宮殿に奉安され、新たに秘仏となった。修復は聖徳太子1400年御遠忌大法会事業の一環で、来月下旬から33年に1度の御開帳となる。

 西国霊場第32番でもある観音正寺は創建以来、観音・聖徳太子信仰の聖地だったが、1993年に不幸にも火災で本堂や国の重文だった秘仏千手観音像を失った。その後、本堂を再建し2004年に丈六仏の千手大観音像を本尊に迎えたが、さらに2012年になって偶然、旧秘仏千手観音の「御前立」が発見された。この御前立を新たに秘仏にしようと観音正寺は発願し、冨田工芸(京都市東山区)の冨田珠雲仏師に依頼して修復。宮殿も新調した。

 繖山の麓から岡村住職、信徒、修験者らが登嶺。白木の箱に厳重に封印された重さ約30㌔の秘仏を担いだのは老若男女14人。交代で、時に急角度にもなっている道を少しずつ休みながら慎重に運んだ。雲一つない晴天の下の新緑に、「さーんげさんげ、ろーっこんしょうじょーう」の大音声が響いた。60年前に旧秘仏が修復された際も同じルートだったという。

 道中の日吉神社では、住職らが神前で般若心経一巻を読誦。神仏習合の豊かな文化が残る近江の信仰を示した。山頂の観音正寺本堂前では深尾増男宮司が代表して岡村住職に秘仏受け渡しの儀を行った。

 岡村住職が本堂裏手で開眼供養を行い、華道家の川瀬敏郎氏が松と牡丹の壮麗な生け花を奉納した。秘仏は御開帳前ということで、参列者には一切姿を見せなかった。岡村住職は「もう開帳という行事はできないと思っていた」が、御前立の発見を機縁に修復、登嶺、宮殿の造立を経て再び開帳ができるようになったとし、「これで焼失からの復興を成就させていただきました」と感無量の面持ちで話した。

 御開帳は5月22日から来年7月10日まで。また御開帳終了後も2025年12月まで御遠忌大法会は続き、期間中には脇侍仏の開眼や聖徳太子絵伝の公開などさまざまな慶事がある。

2022/4/28

成田山新勝寺 岸田照泰貫首が晋山 お練り1800人 地域を挙げて慶祝

 
くす玉で地元の人々から祝福される岸田新貫首 真言宗智山派大本山成田山新勝寺で24日、岸田照泰・中興第22世貫首の晋山式が執り行われた。お練り行列では、岸田貫首をはじめ職衆、稚児、地元の小中高校生など約1800人が参道を練り歩いた。境内での盛大な庭儀の後、大本堂で晋山式・奉告大護摩供を厳修。岸田貫首は奉告文の中で、疫病、環境破壊、戦乱に対し、「宗教界に置く者の責務極めて重きを覚ゆ」と述べ、世界平和と人類の共生の実現に貢献することを誓った。

 参道の門前町には、晋山を祝うのぼり旗やくす玉が用意され、お練りする岸田貫首に何度も花束を贈呈する場面が見られた。前日にも約380人の稚児行列が行われ、地元を挙げて岸田貫首の晋山を祝った。

 大本堂前で営まれた庭儀式では、古式に則り厳かな声明が境内に響いた。続いて「銚子はね太鼓保存会」による太鼓演舞を奉納。岸田貫首による稚児加持も行われた。

 大本堂内に移動して行われた奉告大護摩供では、約300人が入堂。本堂に入りきらない参列者は、別室でモニターにより、暗闇の中で炎と相対する岸田貫首の姿を見守った。

 岸田貫首は晋山傳燈奉告文で、地域の教育・福祉・文化に尽くした歴代先師や成田山の教化活動に報恩謝徳の思いを披露。世界でまだ生命冒涜の風潮が続いていることに、「晋山を契機として、さらに一段高く御本尊不動明王の御本誓の体得に努め〝生命尊し、いただこう、生き抜く力〟を唱導し、以って済世利人の仏行に精進して世界の平和と人類の共生の実現に貢献せん」と誓った。

 記念式典では、真言宗智山派の芙蓉良英宗務総長、成田山奉賛会の山崎正昭会長、成田市長の小泉一成氏が祝辞を述べた。最後は奉祝歌「今ぞ讃えん」が奉唱され、新貫首の誕生を慶祝した。

2022/4/28
黄檗宗宝蔵院 重文「鉄眼版一切経」保存に動く 収蔵庫老朽化し版木が危機に


6万枚の版木が積み上げられている様子は圧巻だが、棚も歪みが目立つ 京都府宇治市の黄檗宗大本山萬福寺塔頭宝蔵院(盛井幸道住職)に恪護されている「鉄原版一切経版木」は6万枚にも及ぶ一切経の版木で、うち約4万8千枚が国の重要文化財に指定されている。ところがこの保存が近年、危機に瀕しているというのだ。背景は60年以上前に建てられた収蔵庫の老朽化。同寺は普茶料理付きの見学会や写経会でこの鉄眼版の重要性を知ってもらおうと呼びかけ、収蔵庫の建て替えを目指す。

 鉄眼版は熊本出身の僧侶・鉄眼道光(1630~82)が修行の中で、人々に広く仏典を伝えるためには版木が必要だと痛感し、中国から来日した隠元禅師に相談。隠元禅師は快く鉄眼に7千巻の経巻を授け、これを基に版木が製作された。

 版木は吉野桜でできており、縦26㌢、横82㌢、厚さ2㌢。これが6万枚あるのだから、保存してきた先人の労苦は並々ではなかっただろう。ちなみにこの版木で使われている字体が、現在、紙面などでも使われている「明朝体」の元になった。出版文化的にも非常に重要なものだ。

 だが、本堂裏山の収蔵庫は1961年の竣工。すでに60年以上が経ち、扉やスチールの棚に歪みも出つつある。さらに当時の技術的な問題で冷暖房装置は一切なく、湿気によるカビや虫喰いも懸念される。耐震も不十分だ。「本来、版木は縦置きにすべきなのですが平積みにされており、下部のものの損傷は本当に心配。きちんと調査しなければと思っているのですが」と役僧の黒木啓宗氏。宝蔵院は世襲ではなく数年おきの輪番で住職が交替する寺なのも、継続的な調査になかなか手が付けられなかった要因の一つのようだ。

 一部の版木は現在でも貝葉書院(京都市)の職人がやってきて手で刷っているが、全容は未解明といっていい。黒木氏によると「実は、どれが重文の版木でどれが未指定なのかもはっきりしていない」とのことだ。文化庁は実態を把握していく方針だという。

 宝蔵院では、「てつげん版木の会」を設立し、法話、見学、普茶料理のセットを提供して志納金を勧募している(1人2万円から)。4月30日には第3回目となり、順次開催予定。黒木氏は「鉄眼さんは一切経のために全国を巡って集めた喜捨を、延宝の大坂洪水や天和飢饉の時には被災者を救済しようとすべて放出し、それから改めて完成させました。そういった事績もこれから顕彰していきたい」と話している。

 5月28日には鉄眼版大般若転読法要を営む。