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2018/7/12
高野山大学密教文化研究所 空海直筆の拓本発見 『性霊集』所収の和韻詩

①高野山密教文化研究所四天王寺大学本.JPG嵯峨天皇に返礼として贈られた和韻詩(四天王寺大学・恩頼堂文庫所蔵・縦約28センチメートル) 真言宗の宗祖で、書の達人「三筆」の一人として知られる弘法大師空海。その直筆から作成された江戸時代中期の拓本(原本をそのまま写し取って木版などで刷ったもの)が、このほど発見された。同じく「三筆」の一人である嵯峨天皇から贈られた七言詩に対して、空海が返礼として作った和韻詩で、その筆勢から大師の息遣いまでも伝わってくるようだ。

 高野山大学密教文化研究所(和歌山県高野町)の大柴清圓研究員が、四天王寺大学(大阪府羽曳野市)所蔵の古文書コレクション「恩頼堂文庫」の中から発見。目録に「弘仁五年三月一日弘法大師上表」(外題)と付けられていたため長く埋もれていたが、空海の直弟子である真済が師の詩文を集めて編纂した『性霊集』巻三に納められている「奉謝恩賜百屯綿兼七言詩詩一首并序」(恩賜の百屯の綿兼ねて七言の詩を謝し奉る詩一首ならびに序)であることがわかった。

 さらに『性霊集』には記述されていないが、拓本には「弘仁五年三月一日沙門空海上」とあり、書かれた日付も判明。この和韻詩は、嵯峨天皇から贈られた百屯の綿と七言詩(『凌雲集』所収)に対して、天皇の詩の押韻字を変えずに作って返礼したもので、1200年前の嵯峨天皇と空海の交流の深さを直に伝える。弘仁5年(814)当時の空海は41歳で、京都の高雄山寺(後の神護寺)に居住していた。高野山開創の2年前だ。

 大柴研究員は、「嵯峨天皇が寒い神護寺で暮らす大師を気遣って、服を作るための綿を贈ってくれた。そうした優しさへの感謝が筆跡から伝わってくる」とし、「筆跡は格調高く、楷・行・草の三書が自在に駆使され、大師特有の龍爪書や蠆尾(たいび)書などの技法が認められる。誰にも真似できない」と分析。「模写の可能性は極めて低く、ほぼ真筆と断定できる」と結論付けた。

 真筆発見の可能性も

 拓本には、天皇に関係する言葉が行頭に来るように改行する「平出」や、天皇を表す言葉の前を1文字分空ける「闕字(けつじ)」が施されており、嵯峨天皇への深い敬意を表現。興味深いことに、いわゆる「弘法も筆の誤り」も3カ所ほど見られ、「書き忘れた『奉』を加えたり闕字を置き忘れたりするなどしている」。これらは大師がその場で返礼の和韻詩を書き上げたことを示し、『性霊集』序の「草案を假(か)らず(弘法大師は下書きをしない)」を裏付ける実証例になるという。
 大柴研究員は、「大師が天皇の使者に詩の原本を託す前に、真済師が急いで書写したものが『性霊集』に収められたのだろう」と推断。「大師の側近くに仕えていた真済師は、そのようにして大師の詩文を写し集めて『性霊集』を編んだ。その功績は実に大きい」と追想する。
 その上で、「真筆本の所蔵者が江戸時代に拓本を作ったのは、大師真筆を大切に保管したいから」と指摘。「先日、もう一本、同じ版の拓本が見つかった。京都のどこかで拓本のもとになった真筆が見つかる可能性もある。もし発見されれば伝教大師との書簡『風信帖』などと並ぶ大師全盛時代の書となり、国宝指定は間違いない」と展望している。

2018/7/12
特別寄稿 オウム死刑囚7人執行 事件解明も不問の宗教的動機(藤田庄市)

2東京拘置所.JPG麻原死刑囚が刑を執行された東京拘置所(葛飾区小菅) 7月6日午前、教祖・麻原彰晃死刑囚の死刑執行に続いてオウム真理教幹部だった6人の死刑囚の刑が執行された。20年以上にわたる裁判によって事件の真相はだいぶ明らかになったとはいえ、事件が持つ宗教的要素は顧みられなかった。長年オウム事件を取材し、死刑囚とも接触してきた藤田庄市氏は弊紙の「まいんど」に何度も寄稿してきた。改めて今回の死刑について執筆いただいた。 
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 刑を執行されたオウム真理教事件元死刑囚7人の冥福を祈ります。

 今年2月、山梨県旧上九一色村富士ケ嶺(現冨士河口湖町)を訪れた。かつて林立していたサティアン群。その倉庫のような無機質な姿が思い出された。跡地は枯草と雪に覆われていた。サリン工場として建設途上だった第七サティアンの跡地の隣には新築の民家があった。車でそう遠くない静岡県富士宮市人穴の富士山総本部道場跡は盲導犬の訓練場に生まれ変わっていた。1989年2月、最初の殺人と死体損壊事件の現場となったところである。犬の声が響いた。諸行ハ無常ナリ。

 刑執行の7月6日、朝8時半過ぎ、NHKテレビから麻原彰晃教祖(松本智津夫)の名が伝えられるや、一時間ほどのうちに次々と処刑者の名が流された。井上嘉浩、新実智光、中川智正、早川紀代秀、土谷正美、遠藤誠一。名前がそこで止まってほっとする。残り6人は処刑されてない。テレビは各局ともワイドショーを先頭に、一日中、かしましく番組が展開された。7日、8日も時事番組や特別番組が続いた。新聞、芸能スポーツ紙も死刑関連記事が紙面を占拠した。延長国会のニュースは隅に追いやられた。

 「公開処刑」。そんな指摘があった。たしかにマスメディア、インターネットによる現代の、刑場の見えない公開処刑だった。


 麻原が法廷でほとんど語らなかったことでオウム事件の真相が明らかになっていないという声がある。しかし、オウム法廷群の膨大な裁判記録や諸判決、それらを報じた新聞雑誌記事を虚心に読めば、事件は相当に解明されていることがわかる。責任を弟子になすりつけた麻原の法廷発言も明瞭だ(http://sky.ap.teacup.com/takitaro/、 http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-186.html)。この点ははっきりさせておかないと混乱が生じる。

 しかし筆者の持論であるが、司法(警検察、裁判所、弁護士の多く)が明らかに目を逸らせてきた重大な側面、というより根幹部分がある。それは、「事件の宗教的動機と犯行における有機的結合の解明」である。その回避ぶりは諸判決に表れており、それはメディアに反映された社会全体の意識であった。

 ※じつは興味深い現象がある。死刑囚の移送後、取材に来た記者たちの多くは20代前半から30代前半だった。事件当時は出生時か幼児である。彼らは「なんでオウム死刑囚は殺人まで犯したのか」という冷静かつ根本的疑問を発した。先輩たちのかつての報道を検討するうちにそう思ったという。それで修行による神秘体験と麻原への霊的隷属、宗教的動機による犯行について説明すると納得できたようだった。

 犯行の宗教的動機について法廷で声を大にしてきたのが早川紀代秀だった。だが、
 「なにもかも却下された。最後まで理解されなかった」
 裁判についての口調は厳しかった。早川は次のように総括している。

 「オウム事件は、どんな気狂いじみたことであっても、それはグルの宗教的動機から起こっていったということ、そしてグルへの絶対的帰依を実践するというグルと弟子の宗教的関係性によって、弟子がグルの具体的な指示、命令に従って事件を起こしていったということ」(『私にとってオウムとは何だったのか』ポプラ社)

 こうした事件、ばかりか歴史的社会的背景を含めた麻原とオウム真理教の全体像は解明されていない。そのためにも死刑囚たちには生き証人として語ってもらわねばならなかったのである。残り6人を処刑してはならない。今や「遺言」となってしまった、収監直前の最後の面会での早川の言葉が蘇る。

 「また(カルトの犯罪が)起こりますよ」

※事件と宗教的動機の結びつきの具体相については、拙著『宗教事件の内側』(岩波書店)、『カルト宗教事件の深層』(春秋社)をご覧ください。
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ふじた・しょういち/1947年東京生まれ。大正大学卒(宗教学専攻)。フォトジャーナリスト、日本写真家協会会員。カルト事件の取材からスピリチュアル・アビュース(霊的虐待)の観点を提示した。

2018/7/12
西日本豪雨の寺院被害が広範囲に及ぶ 各宗派、確認急ぐ

 7月5日以降、西日本各地を襲った長期にわたる豪雨による被害は、11日までに150人を超える死者を出し、行方不明者も70人以上に及んだ。死者は広島・岡山・愛媛県に集中している。各宗派寺院も浸水や土砂崩れなどの被害を受けている。また被害を免れた寺院の中には被災者やボランティアの休憩施設としているところもある。各教団とも被害調査を急ぐと共に、緊急支援を始めている。

【天台宗】
 滋賀県大津市の総本山比叡山延暦寺の浄土院前で土砂崩れ。奥比叡ドライブウェイでも土砂崩れが発生した。岡山教区では圓満寺(高梁市)で参道の土砂崩れ。蓮華寺(同)では土砂崩れで墓地が壊滅的被害。明王院(浅口市)では境内に大量の土砂流入。善應寺(津山市)でも境内に土砂流入。慈恩寺(同)では本堂裏の庚申堂が土砂で損傷。四国教区では常信寺(愛媛県松山市)で土砂が墓地に流入。兵庫教区では14カ寺が被災。神戸市垂水区の多聞寺で10㍍幅の土砂崩れが発生し、アパート駐車場のフェンスと塀、駐車中の車を損傷したほか、他の寺院でも境内・参道の土砂崩れや山からの流水での駐車場損傷、土砂流入、倒木、瓦の落下などの被害が発生。九州西教区では7カ寺で被害。二階寺(佐賀県三養基郡)では本堂裏山が崩れ、境内に流入、駐車場でも土砂崩れ。安禅寺(同県神埼郡)では裏山からの落石で十三観音が2体破損。他の寺院で庭園や参道の土砂崩れ、倒木被害。玄清法流の福岡県内の3カ寺で大規模な雨漏りによる浸水、壁の剥落と瓦落下、参道破損などが発生している(10日現在)。

【高野山真言宗】
 9日正午、社会人権局に災害対策本部を立ち上げ、被災各県の宗務支所と連携して情報収集を開始。被災寺院と被災自治体の復興支援や関係機関の支援活動のために「義捐・支援金」の募集を開始した。10日現在で被害の大きい岡山県の備中地区で寺院の浸水被害が報告されているのをはじめ、各地から被害が報告されている。警察や自衛隊の救援活動で被災地入りが規制されているため、地元支所や青年会、婦人会と連絡を取りながら支援活動に入る準備を進めている。

【真言宗智山派】
 災害対策室で情報収集中。石川県加賀市の寺院で物置に土砂が流入し全壊した(10日現在)。

【浄土宗】
 広島県内の寺院に床上床下浸水の被害があったとの情報が災害対策事務局に入った。情報収集中だが、寺院数の多い福岡県などでも被害確認を急いでいる。大阪府内の寺院からブルーシートやタオルの救援物資の求めがあった。

【曹洞宗】
 宗務庁広報係によると、特に広島・岡山の山陽地方に被害が大きいとのこと。広島県竹原市勝運寺では庫裡裏のがけ崩れが発生した。岡山県総社市の華光寺では道路の崩落、高梁市定林寺では床下浸水、高梁川に近い倉敷市源福寺では天井まで浸水した模様。京都府では舞鶴市桂林寺の裏山が崩れたと報告されている。このほか、兵庫県、高知県でも被害があった。
 今週末から福祉課が現地入りし調査と被害実数の確認にあたる。

【臨済宗妙心寺派】
 8日、災害対策本部を設置。救援金の募金を始めた。四国西教区では、肱川の氾濫で浸水した愛媛県大洲市で大きな被害があった。同県宇和島市を流れる立間川決壊の影響などで、福厳寺では道路が寸断され出入りが困難な状況。大乗寺では胸あたりまで浸水した。土砂崩れがあった2カ寺では宗昌寺の参道がふさがれ、西光寺の本堂が傾いた。京都両丹教区では、法常寺で床上浸水、少林寺で床下浸水、常栖寺で浸水の被害があった(9日現在)。

【日蓮宗】
 10日現在で岡山管区14カ寺、広島管区6カ寺、福岡管区で1カ寺に被害があったことが報告されている。被害範囲が広範囲で今後も継続して被害調査が行う見通しだ。建物被害については、被害の全容が判明した上で、建物災害見舞金で対応をすることを検討中だ。
 岡山管区では、美作市の寿林寺で床下浸水。岡山市の複数の寺院で裏山が崩れ、土砂が境内に流入する被害があるほか、井原市の圓立寺では、県道が浸水したため地域全体が孤立し、地域住民7人が避難中。避難中の住職もおり、被害状況が不明の寺院もある。
 広島管区では、東広島市の妙養寺で裏山が崩れ、本堂が一部損壊。安芸郡の清正寺で土砂が境内に流入し、本堂裏壁に歪み。三次市の妙栄寺、妙眼寺でも境内に土砂が流入した。
 福岡管区では、北九州市門司区の大雄寺で本堂裏の崖が崩れ、建物被害が発生している。

2018/7/5
浄土宗東京教区寺庭婦人会 仏教音楽コンサートに1600人

1浄土寺庭コンサート.JPGサントリーホールで行われた仏教音楽コンサート 浄土宗東京教区寺庭婦人会(小野富子会長)は6月27日、東京都港区のサントリーホールで仏教音楽コンサート「未来に響くみ仏のこころ」を開催した。仏教音楽の普及に努めた作曲家・オルガニストの伊藤完夫氏が作曲した「ばあらたの岸辺」のオーケストラ版が初演され、聴衆1600人が壮大な仏教音楽を楽しんだ。

 仏教音楽コンサートは東京教区寺庭婦人会発足50周年記念、浄土宗開宗850年慶讃お待ち受け事業として開催。声明や詠唱、明治以降の西洋音楽と融合して作られた仏教音楽を通して、み仏のこころを感じてもらおうと企画された。

 コンサートの第一部は大本山増上寺式師会による声明、関東吉水講有志による詠唱で始まり、オルガン奏者の小島弥寧子氏が伊藤完夫作曲「讃仏」を演奏。次いで、東京混声合唱団と、東京教区の4人の寺庭婦人も含む大本山増上寺合唱団有志が「念仏」「みほとけは」「法然上人頌」のほか、法然上人御忌800年記念委嘱作品でさだまさしさんが作った「いのちの理由」を美しいハーモニーで披露した。

 第二部は伊藤完夫(1906~2005)がインドの詩聖タゴールの宗教詩に感涙して作曲した「ばあらたの岸辺」をオーケストラ版で初演。迫力ある仏教音楽をホールに響かせると、演奏後は舞台に並んだ出演者に対してのカーテンコールが鳴りやまなかった。

 小野会長は「すばらしい仏教音楽をみなさんにも知ってほしいという思いでした」と企画の趣旨を語ると共に、記念の音楽コンサートが無事開催されたことに「東京中のお寺さんがバックアップしてくださった」と感謝した。

2018/7/5
新宗連 新理事長に岡田光央氏(崇教真光三代教え主)を選出

2岡田光央・新宗連理事長、崇教真光 三代教え主.jpg岡田光央新理事長(新宗連提供)(公財)新日本宗教団体連合会(新宗連)は6月27日、都内で理事会を開き、新理事長に崇教真光(岐阜県高山市)の岡田光央・三代教え主を選出した。任期は2年。

【新理事長略歴】
 岡田光央(おかだ・こうおう)/昭和22年(1947)東京生まれ。国学院大学文学部神道考古学科を卒業後、崇教真光の幹部育成機関・訓練部の第1期訓練生を志願し、岡田光玉(おかだ・こうたま) 救い主の直弟子となる。平成14年(02)、二代教え主代理に就任し、同21年(09)に三代教え主に就任。世界平和実現のため、世界各国での幅広い救済はじめ、アフリカでの植林活動など環境問題にも取り組んでいる。新宗連では平成18(06)年から理事。同22年(10)から同28年(14)まで常任理事。(続きは紙面でご覧ください)

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2018/7/5
第38回韓日・日韓仏教交流大会 米朝会談高く評価

日韓法要法住寺.JPG法住寺大雄寶殿で営まれた世界平和祈願法要  第38回韓日・日韓仏教文化交流大会が6月25~28日、韓国中部忠清北道の古刹、曹渓宗法住寺を中心に開催された。昨年は北朝鮮のミサイル発射など政情不安を背景に中止されたため2年ぶりの大会。日韓仏教交流協議会および韓日仏教文化交流協議会による共同宣言は、先の南北首脳会談・米朝首脳会談を踏まえた平和メッセージとなった。

 26日、法住寺大雄寶殿で世界平和祈願法要が営まれ本式典がスタート。両国僧侶は心を一つに般若心経を読誦した。韓国側会長の雪靖氏は「相生を願う世界中の人々の切実な祈りに感応し、朝鮮半島と北東アジアにも平和の機運が芽生えています」と挨拶。日韓両国の仏教界が不幸な過去を克服するために歩んできたことを踏まえ、釈迦の大慈大悲を実践してきた日本仏教界に深い感謝を述べた。

 続く学術大会はテーマを「青少年の人格形成における寺院の役割」とし、曹渓宗の宗門校である東国大学校師範大学付属女子中学校校長の金衡中氏と川崎大師教学研究所教授の佐藤隆一氏が講演。金氏はテンプルステイ(韓国版宿坊)や経典読誦による青少年育成などを通じ青少年に良い影響を与える寺院の力を力説、護国仏教思想による愛国心の涵養もプラス面に挙げた。

 佐藤氏は青年期の課題は「いかに生きるか」という実存的な悩みとの格闘だとし、シッダールタが出家して釈尊になった歩みにその解決法があると仏教心理学の観点から論じた。

 大会最後に共同宣言を発表。「これまで韓半島には長きに渡り葛藤と反目の時代を経てきたが、去る4、5月に歴史的南北首脳会談と、6月の米朝首脳会談を通じ、韓半島を越え全世界へ究極の和解と平和というメッセージを伝播している」と述べ、日韓両国の仏教界が持続的に願ってきた釈迦の慈悲の具現化ともいえる時代の流れだとしている。

2018/7/5
固定観念ゆさぶれ!高橋氏が「遺言」 

2高橋さん.JPG青年僧侶に様々な問いかけをした高橋氏 今年5月に長野県・浅間温泉の神宮寺を去り、8月からタイで仏教を学ぶことを宣言している寺院改革の旗手、高橋卓志氏。6月26日、東京都文京区の真言宗豊山派宗務所で行われた青年僧侶有志からなる法話研鑽会の研修会講師として登壇。「高橋卓志からの遺言」と題し、葬儀やお寺の在り方、世襲や戒律の問題など様々な課題を投げかけ、「固定概念にゆさぶりをかけろ 既成概念を疑ってかかれ」と叱咤した。

 高橋氏は「お坊さんの世界は固定観念の塊。既成概念がなければ葬儀はやっていられないと思いこんでいる人が山のようにいる。このままでは飛べないペンギンになってしまう」と叱咤。神宮寺では、葬儀の前に遺族に話を聞いて故人を偲ぶ映像を製作して式で流すなど、一つひとつの葬儀をオリジナルで作り上げてきた。「大切な人の死を納得し、心の中に残せるのか。それが一番のスピリチュアルケアになり、グリーフケアになる」とし「葬儀の現場にはそうした場面がいっぱいあるのにそれを逃している」と苦言を呈した。

 「大乗仏教は抜苦。苦を抜くことから成り立っている」と高橋氏。生老病死の苦のほか、チェルノブイリと福島で起きた原発事故への支援など、「社会にあふれる苦の現場に対応してきた」と述べ、この経験から「異分野の人とどうつながるか」が重要と指摘した。

 イオンの葬儀やお坊さん便などが話題になったが「本当の危機は戒の問題。坊さんが本来は持戒しているはずなのに、今の日本の仏教では難しくなってきた。それをどうするのか」と提起。このほか、団塊世代の大量死、いのちの定義の変化など、「社会が大きく変わる」と見通し、そのなかでも「四苦八苦を一括してケアできるシステムを有利に使える場所が寺であると考えてほしい。自分一人の力では難しくても、異分野の人とコラボレーションしてほしい。生老病と続けていけば、死の場面でも今までとは違った対応になる」と変化を期待した

2018/6/28
曹洞宗 4年後に全専門僧堂の認可取り消し

1.JPG力を込めて教育規程改正の重要性を語る釜田総長。後方は小島議長
 曹洞宗(釜田隆文宗務総長)は25日、第130回通常宗議会(小島𣳾道議長)を東京都港区芝の檀信徒会館に招集した。釜田総長が就任以来最も重要視してきた僧堂振興に関し、僧侶教師分限規程、教育規程の大規模な変更案が上程された。平成34年9月30日をもって開単している全国27の専門僧堂・尼僧堂が一旦認可を取り消されることも含まれている。今秋には宗議会議員選挙と内局交代があり、釜田内局にとって最後の通常宗議会となる。

 釜田総長は施政方針演説で「僧堂の隆替こそが宗門の盛衰に繋がると考え、就任当初から取り組んできたことの集大成」と力を込めて議案上程の意義を説明。特に、僧堂の継続基準(認可取り消し理由)の明確化を図ったものだとした。

 掛搭僧の減少、不十分な資産、幽霊安居、人権意識の希薄さに伴う暴力事件の発生など、近年の専門僧堂には宗内外から改善が求められていたことが背景にある。

 一度すべての専門僧堂の認可をリセットすることで、継続困難な僧堂を閉じ、健全な僧侶養成の体制を確立する意向。平成34年10月1日をもって再び専門僧堂を設置しようとする者はあらかじめ平成31年4月1日から32年3月31日までの間に認可申請を届け出て、教学部長の認可を受ける必要がある。事実上、全専門僧堂の教育力・経済力チェックという形だ。(続きは紙面でご覧ください)

2018/6/28
日蓮宗神奈川二部法華和讃会が30周年 「龍口法難和讃」初披露

①日蓮宗 神奈川県第二部法華和賛会創立30年.JPG龍口法難の霊跡本山龍口寺で開催された記念の集い 創設30周年を迎えた日蓮宗神奈川第二部管区(楠山泰道宗務所長)の法華和讃会(大森ゆきゑ会長)が24日、神奈川県藤沢市の本山龍口寺(本間日恩貫首)で記念の集い「日蓮聖人の祈りと共に」を開催した。2年後の龍口法難750年に向けて制作された『龍口法難和讃』など、日頃の練習の成果を披露する和讃奉詠を行った。約250人による祈りの歌声が本堂に響いた。

 龍口法難は文永8(1272)年、『立正安国論』を著した日蓮聖人が龍口刑場で処刑される寸前に難を逃れたことに由来する。地元の同和讃会では2年後の法難750年迎えるにあたり、大本山本圀寺(京都市山科区)の伊藤日慈貫首に作詞を依頼し、新たに『龍口法難和讃』の制作を企画。当日は完成した和讃が披露され、歌詞の教本が記念品として配布された。

 法華和讃は団扇太鼓で優しく調子を刻み、情感を込めて信心を歌うのが特徴。大森会長は「伊藤貫首の歌詞や教本の解説で法難の情景が思い浮かぶ素晴らしいものができた。和讃を通じて、龍口法難の奇跡を多くの人に深く知ってもらうため、まず地元で弘めていきたい」と話した。

 当日は和讃奉詠以外にも、オペラ歌手で米国ハワイ州ホノルル妙法寺の山村尚正住職が記念法話や唱題行指導を行った。

 「子どもの頃からお題目の信仰があった」という山村住職は、名刀政宗で知られる刀鍛冶、岡崎五郎政宗の25代目として鎌倉に生まれた。先祖の政宗の名は日蓮聖人が名付けたとの言い伝えがあり、僧侶になったことに「仏縁を感じている」と感謝。「和讃を聴かせていただいたお礼」にオペラで歌われる「オー・ソレ・ミオ」などを披露し、アンコールでは、同和讃会とともに「上を向いて歩こう」を歌った。 (続きは紙面でご覧下さい)