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2016年

2018/1/1 「愛の像」再び東京駅前に 戦犯教誨師・真言宗豊山派僧侶の田嶋隆純が「愛」を揮毫

⑤愛の像東京駅.JPG東京駅前の「愛の像」 東京駅南口(丸の内側)に両手を天に突きだしたブロンズ像「愛(アガペー)の像」が再設置された。台座に刻まれている「愛」の文字は、戦争犯罪人(戦犯)を収容した巣鴨プリズンの教誨師だった真言宗豊山派僧侶で大正大学教授だった田嶋隆純(1892―1957)が揮毫。東京駅周辺の再開発のため10年余り、別の場所で保管されていた。昨年11月末に設置され、12月7日の駅前整備完了後から注目されるようになった。

 愛の像は反戦と平和のシンボル。恒久平和を願ってのものだが、一時は再設置が危ぶまれていた。そのため田嶋が住持していた正真寺(江戸川区)や巣鴨プリズン元刑務官らが署名活動を行い、平成21年(2009)12月、都知事・JR東日本社長・東京駅駅長3者に提出。そうした活動が功を奏したのかは定かではないが、事業完了後は再び設置することが決まった。

 BC級戦犯には、上官の命令に従ったという人や、無実のまま絞首台に赴いた人が少なくなかった。そうした状況に直面した田嶋教誨師は異例の助命嘆願運動に奔走した。そうした活動が戦犯から信頼を集め、“巣鴨の父”と慕われた。

①愛の像台座.JPG愛の像の台座に刻まれている「愛」は田嶋教誨師が揮毫 巣鴨だけではなく、世界各地で刑死した戦犯の遺書を集め昭和28年(1953)、巣鴨遺書編纂会編『世紀の遺書』(講談社)が刊行され、田嶋は序文を執筆した。その印税や同著を読んだ篤志家の中村勝五郎さん(故人)などの協力によって愛の像が製作(作者は彫刻家の横江嘉純)され、昭和30年(1955)に除幕。ギリシャ語で愛を表すアガペーの文字は中村さんの母親が記した。

 愛の像は再び姿を現したものの、説明文などはない。そのためほとんどの人は素通り状態だ。東京駅の担当者は、説明文などを設置する予定はないと話した。また、再設置にあたり、セレモニーはなされていない。

 NHKの放映で設置を知った田嶋の長女、田嶋澄子さん(77)は急いで出かけ、タクシー車中から拝した。「全体をみてホッとしました。世界の恒久平和を願う像が戻って来て本当に良かった。東京駅から多くの若者が戦場に行きました。そうした時代が来ないことを願っています」と話した。

2018/1/1 本山東本願寺、ダムに沈む寺の「荘川桜」2世を植樹 念仏500年飛騨門徒の象徴

⑤大谷派 荘川桜植樹.JPG阿弥陀堂近くに植えられた若木に土をかける大谷暢顯門首(中央の木の右)ら 真宗大谷派高山別院(岐阜県高山市)の前身、旧荘川村の照蓮寺にかつて植わっていて、ダム建設に伴い移植された「荘川桜」の「2世」が本山東本願寺に2本植樹され、12月11日、京都市下京区の同寺で植樹式が行われた。高山教区や本山の関係者ら約130人が見守る中、大谷暢顕門首らが若木に土をかけた。
 荘川桜は樹齢500年超とされるエドヒガンで、光輪寺にあった桜と合わせて2本あり、同県の天然記念物に指定されている。御母衣ダムの建設で湖底に沈むのを惜しまれ、1960年12月に現在のダムを臨む湖岸に移植された。

 照蓮寺は親鸞聖人の弟子、嘉念坊善俊上人が開基。永正1年(1504)に旧荘川村で再建され、落慶記念に植えた桜が荘川桜と伝わる。
今回、2019年5月10~12日に高山別院で執行する親鸞聖人750回御遠忌の記念事業として、本山で飛騨地方の真宗の歴史を伝える架け橋になってほしいとの願いを込め、高山教区と高山別院が主催した。
高さ約6メートルの若木が植樹された阿弥陀堂近くで式典が行われた。小原正憲御遠忌推進委員長は、「500年以上お念仏を聞きながら育った桜が、本山に植樹されるのは大変意義深い」と語った。

 但馬弘宗務総長は、「飛騨真宗の熱き願いを引き受けて、後の世の人々へ伝えていくための大切な勝縁となった」と話し、感謝の言葉を述べた。もう1本は研修道場付近に植えられた。

2018/1/1 日蓮宗 新宗務総長に中川法政氏 掲げる目標は「強い日蓮宗」

中川法政①.JPG中川法政新宗務総長 日蓮宗は12月15日、小林順光宗務総長の任期満了に伴う新宗務総長を選出する第113臨時宗会を東京都大田区池上の宗務院に招集した。45議員は全員一致で中川法政議員(同心会)に投票し、新総長に選出した。前内局で連立を離脱した明和会は再度連立を組み、2021年の宗祖降誕800年に向け挙宗一致で動く方針が固まった。これに先立つ14日の第112特別宗会では議長に大塩孝信議員(同心会)、副議長に高津憲周議員(明和会)を選出した。

 選出後、中川新総長が挨拶。降誕800年の慶讃事業の始動や災害対策などに的確な対応をしてきた小林前総長に対して感謝を述べた。「その重責を引き継ぎ、宗政宗務を全うするには各聖のご協力が不可欠」と宗門僧侶すべてに期待した。

 小林前総長は退任挨拶で広島・長崎・沖縄での戦没者追善法要ができたことを「心願成就」と感慨を持って振り返り、執政中の助けに深謝した。

 認証式は20日に宗務院で行われた。中川新総長は寺院を取り巻く状況が悪化している中、「強い日蓮宗」を目標に掲げた。「体質的にも絆においても、色々な面で強いということ。その強さの源は異体同心であります」と述べ、僧俗一体で宗祖の祖願達成のために邁進することを誓った。

 中川新総長は68歳。大阪府如在寺住職。龍谷大学卒。宗議会議員4期。加行所五行成満。小林内局では財務部長。他の内局役職は以下の通り。

▼塩田義徹伝道局長=熊本県正立寺住職。68歳。元明和会会長。立正大学卒。熊本県宗務所長など歴任。
▼松永慈弘総務局長=埼玉県實相寺住職。54歳。同心会。早稲田大学・立正大学卒。制度研究委員など歴任。
▼松井大英伝道部長=静岡県了仙寺住職。60歳。同心会。ハワイ大学大学院修了。小林内局で伝道部長(留任)。
▼北山孝治教務部長=岡山県妙楽寺住職。65歳。明和会。早稲田大学卒。伝道推進委員など歴任。
▼大場正昭総務部長=静岡県大慶寺住職。64歳。明和会。慶応大学卒。宗門機構検討委員など歴任。
▼木村吉孝財務部長=福井県妙顕寺住職。57歳。同心会。立正大学卒。福井県中部宗務所長など歴任。

2018/1/1 真言宗御室派に史上初・2人の女性議員が誕生 “女性として注目は不本意”

御室派 女性議員誕生②.JPG議会に臨む岡田さん(左)と石川さん 京都市右京区の真言宗御室派総本山仁和寺で12月12日、宗会議員の改選に伴う宗会があり、146回を数える宗会史上初めて女性が参画する議会が開かれた。11月に行われた宗会議員選挙で当選した岡田幸恵さん(61)と石川仁蓉さん(60)の2人に話を聞いた。

 前香川支所副支所長の岡田さんは香川県善通寺市の出釋迦堂住職。「まさか自分がなるとは思っていなかった」。支所長ら周囲からの推薦を受け腹をくくった。偶然同期になった石川さんとは今回初めて会話。「男性社会の中で心強い」

 自坊は四国八十八カ所の73番札所。在家出身で僧侶になった夫と二人三脚で護持にあたる。「途中で息がつける寺になれたら」と、全国の先達に支えられてきた報恩の気持ちを込め、お遍路さんに「もうひとがんばり」と声をかける。

 3年前に県内の23カ寺でつくる四国霊場讃岐部会に女性部会を立ち上げ、女性の活動の場を広げようと励んでいる。「後継者がいない寺が増えてきた。議員1年生で分からないことも多いが、課題を見つけて解決につなげていきたい」と意気込みを話した。

 前広島支所長の石川さんは広島県府中市の福泉寺住職。広島支所では、元支所長の吉田正裕次期宗務総長から宗会の結果を聞くのが習わしで、「本山の現状には理解がある」と使命感に燃える。

 自坊では、「24時間いつでも電話してきてね」と檀信徒に呼びかける。都会から移り地域になじめないとの相談や嫁姑問題まで身近な悩みに応えてきた。一般の人向けの写経や御詠歌の教室も催し、開かれた寺を目指している。元会社員の夫も支えてくれる。

 同市の人口は40年間で1万人減少。「過疎化は他人事でない。無住寺院も多くなっている。地元の声を本山に届けながら、長期的な視点で対策を考えたい」と目標を立てる。「女性だからと注目されるのは不本意。役割をしっかり果たしたい」と力を込めた。

2018/1/1 明治維新150周年企画座談会「学僧が語る近代仏教」 安中尚史・佐久間賢祐・星野英紀・山崎龍明

 平成30年(2018)は明治維新から150年という節目の年にあたる。時代を大きく区分すると敗戦の昭和20年(1945)が分岐点であり、戦前77年、戦後73年となる。檀家制度を柱とする近世仏教は明治に入り、神仏分離令・廃仏毀釈といった問題に直面しつつ、存続をはかるため様々な取り組みをしてきた。そうした中から、近代を代表する仏教者が誕生し、時代をリードしてきた。今日、近代仏教研究はめざましい進展を遂げているが、仏教系大学や教団、僧侶、寺院がそれらをどのように受け止めてきたかは判然としないところがある。僧籍を有する研究者の視点から近代仏教について、人物と事象をたどりながら語っていただいた。

――各発題を受け、色々なことが提起されました。いまは学問が細分化されていますが、かつては八宗兼学のように他宗派についても学んでいた。そのあたりから進めたいと思います。

星野 戦後仏教が隘路に陥ったのは、自分のところの所依経典しか読まなくなったことだと思っていて、例えば私どもの総本山長谷寺ですが、真言宗では理趣経だとか、大日経だとかを学ぶ。でも本山にいけば法華経も読む。大乗仏教なら当たり前です。真言の考えからすると自我偈(法華経如来寿量品)は当然関連してくるのですが、大学では学ぶ機会が少ない。単位となる宗典講義とか弘法大師の著作を読ませるだけでせいいっぱい。だから、もう8年ぐらい大学にいてほしいという先生もいる。自分の宗派だけにこだわりすぎるというのはどうなのでしょうか。

山崎 先日、こんなことがありました。日本で亡くなった韓国人の方のお骨を本国にお返ししようということで所沢のお寺に行った。墓前で般若心経を読むことになり、ぼくは読みますがほかの真宗の人は読まない。真宗では、般若心経を読んでいいんですかという雰囲気があります。「般若心経」の空を否定したら、親鸞の浄土や念仏は成り立たないですよ。十万億土にユートピアがあるんだというようなことを言うけれども、親鸞はそんなことは説いていないと考えます。
(座談会の続きと4氏の発題は紙面をご覧ください)

2018/1/1 新春随想 引き継がれる仏教精神―印度山日本寺・東大寺修二会 北河原公敬(東大寺長老)

①.JPGブッダガヤの大塔を仰ぎつつ印度山日本寺に晋山する北河原竺主(2017年1月) 昨年(2017)1月、インドのブッダガヤにある印度山日本寺の第6世竺主として晋山しました。国際仏教興隆協会(東京都目黒区)が運営しています。各教団へ就任の挨拶まわりをしましたが、仏教界の方々があまり認識されていないのには驚かされました。

 40年以上前、日本寺本堂落慶の際には12月8日を中心に各教団や団体が、だいたい一日一座の法要を執り行いました。東大寺は南都六大寺からなる南都隣山会の一員として参加し、私も法要に出仕しています(昭和48年12月9日)。東大寺から4人でしたが、生き残っているのは私だけ(苦笑)。そうしたご縁もあったのでしょう。日本寺では光明施療院(無料診療所)や菩提樹学園(無料幼児保育施設)を運営しています。ブッダガヤには各国寺院がありますが、こうした活動をしているのは日本寺だけです。多くの人に知ってもらいたいと思い、竺主として行く先々で広報活動に努めています。

 仏教は中国、朝鮮半島を経て日本に伝わりました。より大きな視野でみれば、伝来した経典はお釈迦さまが説かれた教えであり、それはインドにたどり着きます。東大寺の大仏開眼では、インドの菩提僊那(704―760)が導師を務めました。2002年、大仏開眼1250年慶讃大法要の折、東大寺では菩提僊那のお徳を讃え感謝するために、その彫像を新造しました。残念ながら大仏開眼にインドからお坊さんが来たという歴史を初めて知ったという方が圧倒的でした。

 東大寺は聖武天皇によって創建されましたが、その後の展開をみると罹災と復興の歴史なのです。源平の戦い(1180)では灰燼に帰し、復興して戦国時代になると三好・松永の乱(1567)で再び中心伽藍が焼失。そうしたなかでも、お水取り(=修二会)という行法は続けられてきました。1260回以上になります。修二会の様子は『二月堂修中練行衆日記』に記録され、重要文化財に指定されています。それを読むと中止の危機もありました。衆議で今年は止めようと決めていながら、そういうわけにはいかないと、必要な物をかき集めたり、これまで懸命に続けてきた人たちに申し訳ないと言って行ってきているのです。

 昭和19年の日記をみると、行中に召集令状が届き、お坊さんが3人抜けたこともありました。また灯火管制の厳しさが増し、松明を赤々と燃やすわけにはいかず、お堂の灯りが漏れないように締め切ったそうです。昭和20年3月13日、夜の行法を勤めているさなかにB29の飛来音がし、行中に手水(ちょうず)といって手洗い休憩で堂の外にでると、西の空が真っ赤に染まっていたと書かれていました。大阪大空襲の日です。

個人的な思いですが、どんな苦難に遭っても、どこかに支柱となるものがあり、東大寺の場合、それは大仏さまと修二会という行法ではないか。明治の廃仏毀釈もありましたが、仏教の精神と東大寺の伝統を絶やしてはならないという強い信念がそれぞれの時代の人たちにあったと思っています。そうした精神が日本の文化や伝統を支えていると思っています。(談)

きたかわら・こうけい/昭和18年(1943)奈良県生まれ。龍谷大学大学院修士課程修了。東大寺執事、執事長、東大寺学園理事長などを経て平成22年(2010)、東大寺第220世別当に就任。現在は同長老。平成28年(2016)7月、印度山日本寺第6世竺主に就任、昨年1月ブッダガヤで晋山式が営まれた。
 ロータリークラブ2650地区(京都・福井・滋賀・奈良)のトップであるガバナーを2014・2015年に務め、地域と世界の両面から国際交流や平和活動を推進した。
 著書に『蓮は泥の中で育ちながら、泥に染まらない』DVD対談集『いのちを語る第10巻 北河原公敬×さだまさし』など。

2018/1/11 新連載シリーズ「貧困現場の帯同者たち」①群馬県館林市・源清寺三松会 孤独死防止から葬送まで

1群馬・三松会.JPG納骨堂と塚田副住職。境内には皆護墓地があり、死後も無縁にはしない 曹洞宗源清寺(群馬県館林市)の境内にある三松会(NPO法人・社会福祉法人)は、僧侶による福祉専門の葬儀社だ。その活動は生活困窮者の葬送支援に始まり、後見人事業による孤独死予防活動、さらには66人を収容する救護施設の運営にまで広がる。理事長の塚田一晃副住職(51)は、「この活動は、お寺でなければできない」と言い切る。

 20年ほど前、亡くなった生活困窮者を読経などの供養儀式を一切せずに火葬する直葬が出始めた。当時、千葉県内の寺院に勤めていた塚田氏は、「本当はお葬式をしたいのに『お布施が払えない』という理由で供養を諦める遺族を目の当たりにした」。自坊に戻った後、「増加する直葬を阻止するには、自分で葬儀社を立ち上げるのが一番手っ取り早い」と考え、平成7年に福祉専門の葬儀社を設立。「その頃はNPOがなかったので、有限会社として妻と2人で始めた」

 収益を目的としない僧侶による葬儀社は、意外にも他の葬儀社からの賛同を得た。本堂脇に知り合いの葬儀社からもらった祭壇を置き、棺桶も手作り。大工の檀家が霊柩車に改造した中古のバンで、病院に遺体を迎えに行った。「病院も、僧侶が来たのでびっくりしていた。最初はストレッチャーもなかったから、病院で納棺していた。看護師も手伝ってくれた。私が行けない時は、妻が子どもを背負って行っていた。火葬の手続きも収骨も、全て行った」(続きは紙面でご覧ください)

2018/1/11 「遺骨奉還宗教者市民連絡会」発足 朝鮮出身徴用者の遺骨返還目指す

 太平洋戦争を巡り日本で死亡した朝鮮半島出身者の遺骨返還を目指す「遺骨奉還宗教者市民連絡会」(森俊英事務局長=大阪府堺市・浄土宗正明寺住職)が6日、発足した。日韓両国間で難航している民間徴用者などの遺骨返還が、宗教者らの市民活動で大きく前進しそうだ。

 朝鮮半島出身の旧日本軍人・軍属の遺骨は、国内にまだ残されているものの、これまでに9千柱以上が返還された。しかし、民間徴用者らの遺骨返還に関しては、2004年の日韓首脳会談での合意を受け、日本政府が企業や全日本仏教会(全日仏)に情報提供を求めて調査してきたが、両国関係悪化などの影響で難航している。

 一方で、北海道では1970年代から市民グループによる遺骨発掘が行われていて、2015年9月には民間徴用者115人の遺骨が返還された。それまでにも16人分の遺骨が韓国に返還されている。

 実施したのは、日本と韓国の市民や宗教者でつくる「強制労働犠牲者追悼・遺骨奉還委員会」。共同代表を務めた殿平善彦氏(北海道深川市・浄土真宗本願寺派一乗寺住職)が、今回発足した連絡会の世話人となった。ほかにも遺骨返還の調査や研究に関わる正木峯夫氏(広島の強制連行を調査する会)と小林知子氏(福岡教育大教授)が世話人に名を連ね、日韓両国のメンバー計28人(6日現在)が参加する。このうち宗教者は12人。

 1945年10月に長崎・壱岐島の芦辺湾で遭難した朝鮮半島への引き揚げ船に乗っていた人の遺骨を安置する埼玉県所沢市の真言宗豊山派金乗院(田中政樹住職)や、遭難者の供養を当時から続ける壱岐市の曹洞宗天徳寺(西谷徳道住職)での慰霊法要の機会などに意見交換するなどして、連絡会は結成された。住職2人もメンバーとなった。

 金乗院は国から委託されて遺骨を安置しているが、両寺院は韓国に返還できないのならば壱岐に戻されることを望んでいる。天徳寺の西谷住職は厚労省などに何度も訴えており、金乗院の田中住職は年度末の3月をめどに移動を求めている。

 森事務局長は、朝鮮半島への遺骨返還が目標だが、壱岐への送還が当面の課題になると述べた上で、「国内の寺院に遺骨がなお多く残されている。全日仏の依頼で各教団が調査し、分かったことを放置するのは心苦しい。国家間で返還されるのを強く願っているが、そのために市民活動が担えることを模索したい」と話した。

2018/1/11 愛知学院前理事長・曹洞宗訴訟 訴えを棄却、宗門側の主張認める

 愛知学院前理事長の中野重哉氏が曹洞宗審事院から下された懲戒処分の無効確認と宗議会議員の選挙権及び被選挙権の確認を求める民事裁判の判決が12月22日、横浜地方裁判所であった。長谷川浩二裁判長は被告曹洞宗の主張を認め、中野氏の訴えを却下した。中野氏は控訴した。

 判決では、宗教教団内の懲戒処分の効力に関する紛争に関して、「具体的な権利義務又は法律関係に関する紛争ということはできない」とし、「裁判所に対し上記処分の効力の有無の確認を求めることはできない」と判示した。

 学院理事任期が4年に改正され、内局交代の際、曹洞宗側が宗門理事に辞職を求めたが、裁判所は「長年にわたり継続」していたことから、「被告(曹洞宗)が原告(中野氏)に対し理事を辞任するよう求め、原告(中野氏)がこれに従わなかったことから懲戒の手続を執ったことには相応の合理的理由があるものと解される」と曹洞宗側の主張を認めた。

 懲戒処分をめぐっては元理事を含む愛知学院理事で宗議会議員の3氏が提訴した東京地裁の判決(11月16日)では、懲戒処分を「無効」とし曹洞宗側の不法行為を認定した。東京地裁と横浜地裁で判断が分かれた形になった。

2018/1/11 展望2018 成熟社会に入った日本社会―急がれる潜在力の顕在化

 日本は成熟社会に入った。成熟社会とは、大量生産・大量消費の時代が終息し、精神的な豊かさや生活の質を重視する社会である。昨今のマインドフルネスやヨガ、メディテーション(瞑想)のブームをみても、それが実感できるだろう。マインドフルネスは医療や教育などで効果を示しているという。これらは仏教(宗教)から発したものではあるが、だいたいが脱色されている。けれども視点を変えれば仏教(宗教)には潜在力があるということだ。

 潜在力を埋もれたままにするのではなく、いかに顕在化していくか。また新たな素材を見出していくか。宗教には教えのほか儀礼、行、実践などの魅力的な要素が少なくない。それらを抽出し社会にアピールしていくにはどうするか。

人材育成と登用

 技術面とあわせて不可欠なのが人材である。しかしこの人材発掘と育成が簡単ではない。伝統教団の場合、寺院後継者難が指摘され続けている。過疎化の進行や寺院家庭の縮小もあって人材確保は容易ではない。道元禅師の「一箇半箇」(極めて稀少な真実の仏道を求める人)ではないが、志ある人材を指導し、登用していくことが迫られている。

 日本の人口は西暦2060年代に4千万人減の8千万台になると推計されている。こうした数字から元首相の福田康夫氏は、政治家や官僚に対して「少なくとも三十年~五十年後くらいを見据えた総合的・戦略的な計画を早急に練らないといけません。ところが政治家は、官僚にそれを命じていないどころが、そもそも自分たちが突き詰めた議論すらしていない」(『文藝春秋』1月号)と嘆いている。福田氏は同時に「東京一極集中」にも警鐘を鳴らしている。

 ほとんどの伝統教団は定期的に教勢調査を実施し、現実を的確に把握していると考えられる。教勢調査をしていないまでも、宗費賦課金の納入状況や住職辞令などから教団の状況は推測できる。福田氏の発言までいかなくても5年、10年、20年先を見据えたうえで、今なにをなすべきかを多角的に考えることが必要となる。

 向こう10年余をみると、各教団とも祖師の生誕や遠忌など節目の行事が待っている。こうした行事を一過性ととらず、思い切った人材登用をはかり、時間をかけた育成の機会にできないものか。10年後、40~60代前半となる人たちの積極活用もその一つだ。そうした体験はその後の教団・寺院運営や人材育成にも役立つ。

相続資産が都市に
 一方で、人口減少に伴う教団財政の見直しもしなければならないだろう。東京への人口集中は、相続資産の移動にもつながっている。「親が地方圏、子供が首都圏に住む場合、相続資産は地方圏から首都圏に移転する可能性が高い。今後10年間に地方で発生する相続資産は238兆円。そのうちの約21%の50兆円は子供などの相続人が3大都市圏に住んでいるため、相続資産の3大都市圏への移転が起きるという。首都圏だけでも、10年間の累計で36兆円、年間当たり3・6兆円の相続資産の流入が起きる」(前田裕之著『ドキュメント銀行』ディスカヴァー・トウェンティワン、2015年12月)

 親の死去に伴って資産が都市圏に移動すると、地方銀行や地方経済に打撃を与える。実際、地方からのお墓の引っ越しも増加傾向にあり、地方寺院の経済基盤はさらに弱まるとみられる。葬儀や法事の縮小・簡略化がそれに追い打ちをかける。

 では、どのような未来への対策が考えられるのだろうか。例えば、給付型の奨学金の充実による人材育成と確保、檀信徒を含めた大都市圏の寺院と地方寺院の定期交流、増加する外国人旅行者へのアプローチ――。

 じっと時を待つよりは、種を蒔かなければならない。蒔きさえすればやがて芽が出て実がなるだろう。

 仏教詩人、坂村真民さん(1909―2006)の詩を紹介する。

 あとから来る者のために 

 あとから来る者のために
 田畑を耕し
 種を用意しておくのだ
 山を
 川を
 海を
 きれいにしておくのだ
 ああ
 あとから来る者のために
 苦労をし
 我慢をし
 みなそれぞれの力を傾けるのだ
 あとからあとから続いてくる
 あの可愛い者たちのために
 みなそれぞれ自分にできる
 なにかをしてゆくのだ
 (『坂村真民記念館公式ガイドブック』より)

 成熟社会時代。仏教者・宗教者は、あとから来る人たちになにを用意し、なにを残すのか。

2018/1/18 福井・仁愛大学 次期学長に田代俊孝氏

 学校法人福井仁愛学園(禿了修理事長)は5日、理事会を開き、仁愛大学(福井県越前市)の次期学長に田代俊孝氏(65)を決定した。任期は4月1日から4年間。

 田代氏は三重県いなべ市出身。大谷大学卒。同大大学院博士後期課程満期退学。平成5年に同朋大学教授。同11年に同大いのちの教育センター長。同15年に同大大学院文学研究科博士前期課程仏教文化専攻教授(現職)、同文学研究科長(現職)、同17年に同博士後期課程同専攻教授(現職)。
専門は真宗学、生命倫理学、死生学。日本印度学仏教学会、真宗連合学会、日本生命倫理学会、ビハーラ医療団などで要職を歴任した。

2018/1/18 連載シリーズ「貧困現場の帯同者たち」② 東京都日の出町 岩井院 福生市 三宝会 青少年・高齢者・障がい者 貧富・年齢を超えた大家族主義

2三宝会.JPG志茂有山住職前号でレポートした群馬・源清寺の三松会。実はその三松会がモデルにしたのは仏教系NPOだった。東京都日の出町・曹洞宗岩井院(がんせいいん)の志茂有山住職(62)が代表を務めるNPO法人三宝会だ。三宝会は福生市・横田基地のそばで、青少年と高齢者の自立型住宅と障がい者グループホームを併設する施設「ウィステリア福生」を運営するほか、福生市、青梅市、あきる野市でも障がい者グループホームを運営している。モットーは「大家族主義」。貧富も年齢も超えた、すべての人が家族という温かい家だ。


貧困者7千人を弔う

 岩井院の貧困支援活動は、ホームレスや野宿者ら、家のない人たちをお寺で受け入れるものから始まった。今から30年ほど前だ。時はバブル真っ盛り。日本中が好景気で浮かれており、そこからこぼれ落ちる人のことなど、世間はほとんど気にも留めようとしていなかった時代だ。志茂氏と新子夫人は、福祉機関や行政に紹介された行き倒れの人に心を込めて葬儀をし、岩井院の墓地に埋葬した。1三宝会.JPG4階建てグループホームのウィステリア福生

 生活保護を受けながら老人ホームで亡くなった身寄りのない人など、他の寺院や葬儀社が遠ざけた貧困者を弔った数は現在までにおよそ7千人。「誰にも看取られずに亡くなるのを見過ごすわけにはいかなかった」と志茂氏は語る。新子夫人の父である佐藤黙童氏も、お寺で貧困者への支援を長年行っていた。その姿に志茂氏は感銘を受けたのである。

 参列者も供物もない葬儀を何度も見てきた。自殺者や生み捨てられた赤ちゃんもいた。そういった貧困に転落し、身寄りのない人がたくさんいる現実に直面し、亡くなる前からの支援をしていかなければならない、という思いがだんだん強まっていった。「最近は経済状況を反映してか、そういう葬儀は昔よりも増えているように思います」。かっては年間100~200件だったが今では300件近い。

 ウィステリア福生を開設したのは2001年にNPO法人となってからだ。施設は4階建て。虐待や貧困家庭ゆえに自宅にいられない青少年、身寄りのない高齢者(生活保護受給者)、自立が困難な障がい者が約50人で共同生活をしている。共同生活の発想は里親経験から得た。志茂氏も「こういった共同生活が行われる施設はなかなかないんじゃないですか」と自負する大家族主義なのである。入居者には個室が充てられるが、食事はみんなで一緒に摂る。明るい雰囲気の施設内には笑顔があふれる。(続きは紙面でご覧ください)

2018/1/18 展望2018 仏教伝道の現在と未来に向けて 布教は「信心」を原点に 勇気をもって寺の外へ 細川晋輔・臨済宗妙心寺派布教師・東京禅センター副センタ―長

 昨年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」の劇中で柴咲コウさん演ずる井伊直虎が観音経を歌うシーンがありました。井伊家の菩提寺が臨済宗妙心寺派龍潭寺(静岡県浜松市)ということもあり、私が禅宗指導を担当したのですが、普段とは異なる節回しの観音経に多少なりとも葛藤がありました。しかし音楽家の菅野よう子さんが作曲し、柴咲さんが歌うことで大きな反響があり、「念彼観音力ってどんな意味?」という声も聞かれました。
①細川さん.JPG細川晋輔氏
 仏教や禅に興味を持つ人の受け皿となるのが、私たち僧侶。仏教を知識として知るには学問書で十分かもしれませんが、その言葉の先にあるものを伝えるためには、僧侶自身が「仏教で救われているか」という点が大事になります。その実感がないままで仏教を伝えられるでしょうか。

 祖父の松原泰道師は休む間もなく布教伝道に生涯を捧げました。その原動力の一つは戦争体験だったと思います。

 修行道場にいた仲間の雲水たちは赤紙が届いて召集されていきました。体が弱かった祖父は徴兵を免れ生き延びた。生と死の極限を経験し、生かされたいのちに報いてどう社会に還元していくかを考えたのでしょう。

  「生涯現役、臨終定年」という祖父のモットーにはこうした厳しい体験があり、それが布教を続けるパワーになっていた。私たちも、私たちの時代で強い思いや行動が必要になっていきます。②松原泰道さんの遺訓.JPG龍雲寺に掲げられている松原泰道老師の遺詞「私が死ぬ今日の日は、わたしが彼土でする説法の第一日です」

 最近はお寺で婚活やヨガ、各種イベントが開催され、お寺は身近なところになりました。「お寺の敷居を下げる」という言い方もされますが、果たしてそれだけでいいものなのでしょうか。なぜなら仏教を求めてお寺に来る人の動機は、悩みを持ち、自分と向き合うためなのです。緊張感があるのは当然で、「お寺に行ってみよう」というその決心に応えられる場でないといけません。だからこそ非日常の空間を大事にするべきではないでしょうか。

 仏教は心の病院とたとえられますが、SNSなどに「死にたい」と書き込むほどの苦しさを抱えた人たちに少しでも届くよう、仏教の門戸を広げる。この時に何か新しいことを始めるというよりも、私は法話・写経・坐禅の3本柱を根幹にしたいと考えています。

 祖父は昔、法話をしても誰も興味を示してくれないからといってオルガンを弾いたそうです。祖父の世代や多くの先輩方が苦労をして、法話を聞く土壌を作ってくれました。今、法事でお寺に来る方はたとえ法話が拙くても静かに聞いてくれます。しかし、本当にその法話が心に届いているでしょうか。内容を省みながら、研究を重ねる。様々な社会の資格のための勉強も必要ですが、何よりも仏教を学び続けなければなりません。

 数年前のある調査では妙心寺派全カ寺で坐禅会を開いているのは3割程度。禅宗寺院にとっての最高の布教は坐禅であると思うのです。私たちこそ坐禅を最も好んで行ってなければならないはずです。布教伝道は宗教法人の責務でもあります。人口減少など厳しい時代だからこそ、僧侶の原点である「信心」を再確認していかなければなりません。
 坐禅によって見出したもの

 「恩に報いる」。これが私の活動のキーワード。祖父に加えて、妙心寺派の宗務総長を務めた父の存在もあった私は、七光りどころか十四光の環境にありました。プレッシャーもありましたし、知らないうちに天狗になっていたかもしれませんが、9年にわたる僧堂での修行生活によって、それらを捨てることができました。坐禅によって豊かに生きる光を見出し、恩を知るだけでなく、その恩に報いるために何をすべきなのかと考えることができた。それはまさに禅のおかげなのです。

 周囲からは「若過ぎる」と言われましたが、35歳で宗会議員となったのも一番の根幹である僧堂を支えたい、万全の体制で修行に打ち込める環境を護りたいという思いがあったから。私が僧侶として生きるうえで、唯一、寄り掛かれるのが修行時代だからです。次世代の僧侶にもこの修行の場を残したい。将来的には、寺院子弟だけでなく、真剣に道を求める人を受け止めるシステムも整えたいと考えています。

 自坊では坐禅会、法話会や写経会を行い、学校や企業、カルチャーセンターでの話や坐禅を行う機会も増えてきました。檀信徒ではない不特定多数の方にお話をすることの難しさを常に感じていますが、毎回毎回、気づきがあり、自分が仏教や禅とどう向き合っているのか、その「信心」を見直す絶好の機会にもなっています。

 在家の方が、勇気をもって寺の門を叩くように、私たち僧侶も勇気をもって寺の外に踏み出す。お釈迦さまが悟りを開いたのちに、何のために立ち上がったのか。私たち僧侶はそのことを忘れてはならないと思うのです。


ほそかわ・しんすけ/1979年生まれ。臨済宗妙心寺派龍雲寺住職。佛教大学卒、花園大学大学院修了。 妙心寺派宗議会議員。妙心寺派布教師。東京禅センター副センター長。著書『わたしの坐禅』(青幻舎)。南無の会会長を務めた松原泰道老師の孫。

2018/1/25 横浜市・真照寺で「葬儀から永代供養まで」新葬儀保険スタート

③真照寺.jpg新保険の概要図。「入院や介護でお金を使い果たし、葬儀費用がない」という切実な声を受けて作られた 葬儀から納骨までの費用を保険でまかなう新しい葬儀保険が、昨年12月からスタートした。「ご安心150万円プラン」で、「家族に葬式の負担をかけたくない」「高齢で加入できる保険がない」「医師の診断を受けるのが面倒」という人に、特におすすめだ。お寺にとっては檀信徒だけでなく、一般の人々との新しい縁作りにも活用できそうだ。

 葬儀(主に家族葬)代一式、寺院費用(戒名・お布施)、永代供養墓(納骨・供養など一括費用)を含む葬儀保険を始めたのは、横浜市磯子区の高野山真言宗真照寺(水谷栄寛住職)と引受保険会社株式会社メモリードライフ。「数年前から『入院やその後の介護でお金を使い果たしてしまい、葬儀費用がない』という相談を度々受けるようになった」(水谷住職)のがきっかけだ。「ご安心150万円プラン」で葬儀から永代供養までまかなえるが、加入者がより質素な葬儀を希望するなどして残金が発生した場合は加入者に返還する。

 従来の葬儀保険では葬儀までが対象で、納骨まではカバーしていなかった。そのため「遺骨の埋葬先がない」というケースが発生。新保険では永代供養墓に埋葬されることになり、その後の供養も約束されている。
保険には弁護士費用も含まれる。保険金受取を弁護士に一任することで、保険金請求手続きをはじめ、死亡届の提出、葬儀費用の支払い、相続や財産処分、遺品整理などもスムースにできるようになる。

 保険料(かけ捨て)は例えば50歳男性(3カ月払・3780円)女性(半年払・4350円)。60歳男性(月払・2340円)女性(3カ月払・3060円)など。年金や生活保護費でも十分負担できる額で、保険には80代でも加入できる。

 新保険に協力希望の寺院(宗派不問)や葬儀社からの問い合わせ、資料請求等は取扱代理店株式会社つなぐワーク(電話090―4826―4170 児島大輔氏)。今後、自治体窓口をはじめ後見人業務をしている行政書士や司法書士、高齢者福祉施設、各地の民生委員などに幅広く広報。「生活困窮者のセーフティネット」としても周知を図っていく。

2018/1/25 浄土宗 オーストラリア・カウラ日本人墓地で慰霊法要 脱走時に日本兵234名死亡

 平成30(2018)年1月18日、豊岡鐐尓宗務総長を団長とする浄土宗訪豪団6名がニューサウスウェールズ州カウラ市の日本人戦争墓地において慰霊法要を執り行った。カウラでの浄土宗法要は、平成9年(1997)11月の追悼法要に次いで2回目である。一行はその後ブリズベンの浄土宗開教地を視察後、木曜島の日本人墓地での慰霊法要を行った。(報告・文責 田村恵子)

①浄土宗カウラ.JPGカウラ市の日本人戦争墓地で慰霊法要の導師を務める豊岡総長 カウラはシドニーから西へ約300キロの人口1万2千人の町で、第二次大戦中に日本人とイタリア人捕虜の収容所があった。捕虜待遇は良好だったが、1944年8月5日未明に日本人捕虜約千名が集団脱走を決行した結果、日本人が234名死亡し、豪軍側も4名の死者を出した。この事件は歴史的にも脱走として最大規模だった。事件後、日本人死亡者はカウラに埋葬され墓標が立てられた。

 戦後、日本政府は豪国内に点在する日本人墓の扱いに苦慮した。その数は500基以上で、戦争捕虜として死亡した軍人に加えて、敵国人としての抑留生活中に死亡した民間人の墓も含まれていた。日本政府は遺骨の日本送還も検討したが、豪国内に戦争墓地を設置して日本人墓を一カ所にまとめるとの決定をした。1964年11月に開園したカウラ日本人墓地には525基の墓があり、その土地は豪政府からの永久貸与で、日本政府が豪政府機関に依頼して維持管理をしている。しだいに脱走で生き残った元捕虜たちが慰霊のためにカウラを訪問するようになったが、カウラ市民は日本人訪問者を温かく迎えるだけでなく、日本との友好親善と和解を目的に、広大な日本庭園や桜並木を市内に整備している。

 今回の法要では、豊岡総長が墓地の慰霊碑への献花後、一つの花輪をある軍人の墓に捧げた。この墓に眠るのは長野県出身の陸軍准尉若麻績通明さん(享年27歳)で、長野県坂城町の浄土宗西念寺住職の次男だった。若麻績さんは1939年に陸軍航空通信兵として入営し、中国からニューギニアへ転戦後、1944年7月の戦闘中に捕虜となり豪国内の収容所に移送された。終戦間際の1945年7月30日に肺炎で入院先の病院で死亡し、遺骨を納めた墓がカウラにある。一方、遺族は「ニューギニアで1944年7月に戦死」との公報を受け取っていたため、若麻績さんが豪国内でその後1年近く生存し、墓がカウラにあることを知らなかった。(続きは紙面でご覧ください)

2018/1/25 1.17阪神淡路大震災から23年 継承し伝えていく使命

神戸青年仏教徒会・全日本仏教会 カトリック教会で追悼行事

③阪神淡路 神戸JB 全日仏青 鷹取教会2018.JPG位牌、十字架が置かれた祭壇で献灯・焼香する参列者 一般社団法人神戸青年仏教徒会(神戸JB、矢坂則人理事長)と全日本仏教青年会(倉島隆行理事長)は17日、神戸市長田区のカトリックたかとり教会(神田裕神父)で諸宗教による阪神淡路大震災の追悼行事に参加した。同地区にある「あわせ地蔵」でも震災慰霊法要を営み、いずれも震災発生時刻の5時46分に追悼の祈りを捧げた。

 同教会では震災当時、地域の寺院・教会・神社がボランティアを通じて絆を結んだことから、毎年宗教宗派を超えた合同の追悼式を行っている。

 同教会主任であった神田裕神父(カトリック大阪司教区)が震災から3年後に作成した「宗教者による神戸メッセージ」を読み上げ、地震発生時刻の黙祷を前に「最後の一人が震災から立ち直るまで震災は終わらない」と語りかけた。続いて青年僧侶の読経の中、十字架と位牌を並べた祭壇で参列者が献灯・焼香した。

 倉島理事長は、「こうしてご一緒に祈れる場所があることに感謝し、共に未来に向かって行動していきたい」と話し、神田神父も「多くの人の苦しみに思いを注ぐことができた歩みを、未来につないでいくための大事な日として祈りたい」と述べた。

 前日からの雨が降り続く中、「あわせ地蔵」での法要を終えた矢坂理事長は「これから学校があるだろうに、小さい子どもたちが3時に起きて豚汁をふるまってくれた。思いが紡がれていく。涙が出る思いだった」と感謝。

 地元の思いとして「思い出したくない方がたくさんいる一方で、忘れてほしくない方もたくさんいるのも事実。我々僧侶の言葉にまだ少し力が残っている。継承し、伝えていくのが使命だと思っています」と語った。

神戸市仏教連合会 避難所となった寺院で追悼法要

④神戸市仏 阪神淡路.JPG約90人の僧侶と住民が手を合わせ焼香した 神戸市仏教連合会は17日、神戸市中央区の浄土真宗本願寺派西方寺で、金井孝顕会長を導師に阪神・淡路大震災犠牲者追悼法要を執り行った。辻井定宏、善本秀樹両副会長が脇導師を務め、市内7区の仏教会会長が出仕。約90人の僧侶と住民らが手を合わせた。

 会所の西方寺は約2カ月間、避難所となった。当時副住職だった本川英暁住職(64)は夜明けを待って庭先に出ると、崩れ落ちた家で門前の道が塞がれていた。「地獄絵」のような風景が広がっていた。
同寺も庫裏が歪む被害(判定は全壊)を受けたが、震災17年前の1978年に鉄筋コンクリート2階建てに建て替えた本堂は大きな被害(同半壊)はなかった。「開けてくれないか」と集まった住民は夜には150人に達していた。

 寺に設置する唯一通じた公衆電話(ピンク電話)で区役所に連絡を入れ、当時の区長に状況を説明すると「分かった」と一言。翌日午後から救援物資が届くようになり、「公認民間避難所」になった。

 集まったのは門徒関係者が6割で、後は面識のない人たちだった。トイレ掃除や上下水道の仮復旧などは避難者が協力して行い、本堂1階の会館で共同生活を送った。ボランティアに訪れた多くの人に助けられた。

「写真を撮ろうと思わず、避難生活を伝える一枚も残っていないが、犠牲者6434人と遺族、被災者すべてに物語がある」と本川住職。「風化させまいと語り継ぎ、震災を思い出すのが追悼の意味ではないか。震災を知らない世代に日常の折々に伝え、その背中を見せるのが残された者の役目」と決意を新たにした。

 法要は、東日本大震災と熊本地震の犠牲者追悼を併修。金井会長が挨拶し、「神戸市仏教連合会が続く限り、追悼を続けたい」と語った。

2018/1/25 展望2018 僧侶再教育の場作りを 資質向上は布教や寺院存続にも(阿純孝)

 平成21年に天台宗宗務総長に就任するにあたり、「人材育成」「教えの普及」「寺院の存続」を執務方針に掲げました。試行期間を経て、平成24年には「教学の進展並びに人材の養成を図る」ことを目的に「教師研修会規程」を新設しました。加行を終えた天台宗全僧侶を対象にした再教育の場です。平成25年には規程改訂を行い、「僧都」の補任を受ける際の研修を義務化しました。

変化した寺院生活

 研修制度の背景には、寺院生活を含めた大きな社会変化があります。運営状況が厳しい寺院も多く、同時に高齢化によって80歳を過ぎても元気に活動する住職がたくさんいる。後継者の副住職は、生活のために外で仕事を持つようになります。こうした状況で将来を考えた場合に、仏教系大学よりも就職に有利な大学や学部、あるいは自坊から通える地元の学校を選択するようになる。学校を卒業して就職すれば、会社中心の生活になってしまいます。

H29年度H29.6大正大学.JPG平成29年6月に大正大学で行われた研修会の様子(天台宗提供) もちろん、昔から役所や学校の先生などを兼職しながらお寺を運営する住職はたくさんいましたが、職場環境が変わってきているのも事実。葬儀が入った時に、かつては「お寺さんだからしょうがないね」と、仕事を休むことが許容されていましたが、今はそうはいきません。

 社会人としての経験を積みながら、いずれはお寺の住職になろうという人は少なくありません。社会に出たことで幅広い知見を得ることもできるわけですから、僧侶になって活かせるものもあるでしょう。とはいえ、大学・社会人の時代に、仏教の勉強をする機会がほとんどなかったということでは困ります。近年、僧侶の資質向上が課題にされていますが、人材養成を考えるうえで、こうした社会構造の変化も考慮に入れるべきでしょう。

 天台宗の「教師研修会」では仏教的教養を身に付けてもらうことを念頭に、大学レベルの質を持ったカリキュラムになるよう内容を考えました。具体的には、A群『基礎科目』でインド・中国・日本の仏教史、B群『実践科目』で天台宗の行事や儀礼、C群『応用科目』で天台教学。各群10単位で計30単位あります。研修会は1回2泊3日で行われ、3回で満了となります。会場は大正大学、叡山学院を含め東北や九州などの全国5カ所ほど。講師は大正大学などの若手研究者を中心に登用し、事前に審査を行って任命することにしました。

 各会場に私も足を運びましたが、幅広い年齢層から多くの参加者がありました。これまでも学びたいと思っている人は多かったのでしょうが、その機会がなかったということなのでしょう。

“学び”のきっかけ

 幼少期からお寺で生活をしている限りにおいては、作務やご供養、朝夕のお勤めなど僧侶としての基本的な生活態度は身についていきます。同時に、檀家制度が立ち行かなくなり、これまでの枠を超えて親しくお寺に人が来られるようにしなければいけない時代に、仏教的教養の習得は不可欠です。研修会だけでは十分ではありませんがきっかけにはなるはず。研修会で仏教の基礎を学びなおして、その後は各々が勉強していけばいいのですから。

 昔はお寺を掃除してきれいにし、檀家さんのためにお経をあげていれば、ある程度はお坊さんとして認められていました。しかし、時代の変化によって、お寺や僧侶に対する見方、社会的な立場や役割は変わってきた。今は一般の人も仏教書を読んでいて、知的レベルも高くなっている。書店に行けば仏教書のコーナーにたくさんの本が並んでいます。仏教を学ぼうと思う人は、お寺に行かず書店に行くのです。それでは情けないではありませんか。

さまざまな段階で研修

 仏教の教えを知りたいという人はたくさんいるのですから、門戸を開いて仏教を説ける僧侶を養成しなければいけません。もっと言えば、仏教的教養がなければ社会的な問題に対して意見も言えないでしょう。例えば戦争や紛争などの大きな問題から、身近に起きる諍いへの対処の仕方など様々ですが、仏教的な見地からの意見を述べるためにも仏教的教養は必要です。これからの時代、そうしたことはさらに求められてくるかもしれません。

 当初は、加行後の研修のほかにも、得度を終えた寺院子弟を対象にした研修も検討していました。「写経」「止観(坐禅)」を通した布教実践を学ぶ研修などもいいかもしれません。様々な段階で研修を行うことで、豊かな人材を作る。それが僧侶の資質向上にとどまることなく、教えの普及や寺院の存続にもつながっていくのだと思います。(談)
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おか・じゅんこう/1937年、東京生まれ。早稲田大学文学部東洋哲学科卒業。同大学院修了。平成21年から天台宗宗務総長を一期務める。茨城県の名刹千妙寺貫主。

2018/2/1 全日仏新年懇親会 11月のWFB大会アピール 現・次期会長が協力と参加を要請

 今秋11月、千葉県成田市と神奈川県横浜市の曹洞宗大本山總持寺を会場に第29回WFB世界仏教徒会議日本大会・第20回WFBY世界仏教徒青年会議日本大会を開催する(公財)全日本仏教会(全日仏、石上智康理事長)。1月30日夕、都内のホテルで加盟教団はじめ各界代表ら500人以上が参席して新年懇親会を催し、大新年懇親会.JPG「三感王」について述べる中西副会長。左隣が小峰会長、右隣が江川次期会長 会をアピールした。

 現第32期と4月からの第33期会長および副会長が登壇。小峰一允会長(真言宗智山派管長)は昨年10月に実施された財団創立60周年記念式典と福島大会への協力に感謝しつつ、WFB大会に向けて「ぜひ、皆さまにはご参集いただきますようお願い申し上げます」と要請した。

 江川辰三次期会長(大本山總持寺貫首)は今年3月で満90歳を迎えるが、「この重要な役職を無事に全うできるよう心身をととのえ、精進を重ねてまいりたい」と抱負を披瀝。大会では總持寺も会場となることから「皆さまのお力添えをお願いします」と呼びかけた。

 乾杯の発声は中西玄禮副会長(浄土宗西山禅林寺派管長)。「感恩・感動・感謝の三感王をめざそう」と口上を述べて杯を上げた。

 WFB大会は11月5~9日、成田市内のホテルと總持寺で行われる。開会式は同7日、記念シンポは同9日の予定。 

2018/2/1 全日本宗教用具協同組合(全宗協) 3月27日を「祈りの日」に登録

③全宗協クリアファイル.jpg「祈り」をPRする全宗協のクリアファイル  全日本宗教用具協同組合(全宗協/小堀賢理事長)が3月27日を「祈りの日」と登録したと発表した。昨年に日本記念日協会に申請し、同11月20日に登録された

 全宗協は設立した昭和63年(1988)から「3月27日(毎月27日)はお仏壇の日」を開始し、各店でのぼりを出すなどしてPRしてきた。しかし、宗教用具業界を取り巻く厳しい環境もあり、全体の協調を考えて「祈り」に変更。業界全体で協力し合うことを目的に今回の記念日登録に至った。

 「祈りの日」の由来は『日本書紀』巻29、白鳳14年(685)3月27日の天武天皇の勅命である「諸國毎家作佛舎、乃置佛像及經、以禮拜供養(諸国の家毎に仏舎を作り、即ち仏像と経とを置きて礼拝供養せよ)」に依拠している。

 全宗協では「日本の祈り文化と、共にある」をテーマに、「INORI JAPAN」のロゴや動画CM製作など様々な活動を行っている。

2018/2/1 WCRP理評議 ACRP東京大会「行動する宗教コミュニティ」 20年10月開催 テーマや日程が内定 核廃絶に向けタスクフォースに「条約批准」明記

 (公財)世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会(杉谷義純理事長)は1月23日、東京都杉並区の立正佼成会法輪閣で第24回理事会・第15回評議員会を開催し、日本委員会人事、平成30年度事業方針・事業計画・予算などを審議し了承した。核廃絶に向けた取り組みとして「核兵器禁止条約批准タスクフォース(TF)」に名称を変え、啓発活動や他団体と連携していく。2020年に東京で開催する第9回アジア宗教者平和会議(ACRP)については、「行動するアジアの宗教コミュニティ」(仮)を大会テーマとして調整中であることが報告された。①WCRP日本委 (1).JPG開式にあたり挨拶する杉谷理事長

 開会に先立ち、杉谷理事長が挨拶。昨年、国連で核兵器禁止条約が採択され、協働でハンドブックを作成した国際NGO「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」がノーベル平和賞を受賞したことに触れ、「運動にはWCRP国際委員会はもちろん、日本委員会も頼りにされている」と改めて受賞を喜んだ。一方で条約の発効に向けての課題も多く、「普段の政治的なスタンスはあるだろうが、宗教者として核兵器に関しては心を一つにし、人間が存在する以上共存できないという基本姿勢を持っていきたい」と協力を呼びかけた。

 新年度からはこれまでの「核兵器禁止条約TF」から、条約の批准と発効に焦点を当てた「核兵器禁止条約批准TF」として事業を推進する。ICANとは協働で映像作品制作を検討しており、科学者、国会議員やNGO、首長ら他団体とも連携して条約批准に焦点を当てて取り組む。

 東日本大震災復興TFは当初5年間の活動が3年延期され、2018年度で最終年を迎える。これ以降の取り組みとして、継続的に支援してきた協賛団体への支援を続ける。地元の人々の自立を支えるフクシマコミュニティづくり事業は、地元の団体「ふくしま百年基金」を引き継ぎ団体の候補の一つと想定して調整することになった。

 報告事項として、2020年に開催のACRP東京大会の概要も報告された。東京大会は「具体的な行動をする運動体」(根本信博ACRP事務総長)の眼目のもと、「行動するアジアの宗教コミュニティ―包摂的で平和なアジアに向かって」を大会テーマに調整を進めている。大会は10月14~16日の3日間で4つの分科会を開くほか、11~13日に青年大会、13日に女性大会を開く予定。

 人事では理事に大本の浅田秋彦前本部長が退任、鈴木頴一本部長が就任。臨済宗妙心寺派の栗原正雄宗務総長も新たに就任した。


ロヒンギャ救援 米12トンを支援

 1月20日にバングラデシュ・コックスバザールのロヒンギャ難民キャンプを救援のため訪問したACRPシニアアドバイザーの神谷昌道氏が、理事会・評議員会で現地の様子を報告した。

 WCRP日本委員会の勧募で2万ドルが集まり、現地の救援活動の母体であるRfPバングラデシュに託された。これまでも毛布や蚊帳を送ってきたが、食料が不足しているという現地の要請から、12㌧の米を買い付けてキャンプに届けた。RfPの関係者20人が物資の配給にあたった

 神谷氏は難民登録ができずにキャンプに入れない難民が多くいたことなど、劣悪な生活環境下にあることなど厳しい状況に置かれたロヒンギャ難民の様子を話した。

2018/2/1 興正寺裁判に添田総長が出廷 寺有地無断売却 「宗規違反、確信犯的」

  中京大学への138億円を超える寺有地無断売却で罷免された梅村正昭元住職側と、宗派の特任住職側との間で住職の地位や寺の明け渡し等をめぐる裁判が続く名古屋市昭和区の高野山真言宗別格本山・八事山興正寺。名古屋地裁で1月24日、添田隆昭特任住職(同宗宗務総長)の尋問が行われ、罷免に至った経緯や処分(平成26年1月)の妥当性が争点となった。

 添田特任住職は、「元住職は宗規に違反して境内地を管長の承認を得ないまま売却し、礼録(売却収入の3%)も納めていない。確信犯的な宗規への反抗だ」と答弁した。

 元住職側弁護士は、「(処分に際し)他の罷免事例との比較はしたのか。高野山の塔頭寺院が重要文化財の仏像を売却しても降級処分。重文売却より重く処分している」と罷免処分の不当性について質問。添田特任住職は、「塔頭寺院は非を認めて礼録を払ってきたから、処分は軽微で済んだ。梅村氏は確信犯的に礼録を払わず、懲戒処分を避けるために宗派から離脱しようとしていた。だから(審査委員会で)罷免になった」と答えた。

 裁判長は、「末寺は(寺有財産処分に際して)どういう礼録が発生するのか、(宗派から)指導しないとわからないのではないか」と質問。添田特任住職は、「梅村氏は宗務支所長、宗会議員をしていた(から礼録納付の規則は熟知している)。確信犯的に宗規違反をしている」と答えた。特任住職側弁護士も、「寺有財産処分の際、管長の承認を得なければならないことは、興正寺の規則にも書いてある。周知するまでもない」と補足した。

 罷免後も寺を占有し続ける元住職側の職員への給与支払いについて、元住職側弁護士から「宗派から5億6千万円も借り入れているのに、なぜ多くの従業員に給料を払わないのか」と問われると、「公租公課を納めるためにやむを得ず借りている。この額は宗団にとっても簡単な額ではない。寺が不法占拠されているので、一人一人の雇用契約や勤務実態がわからない」と反論。社会保険料等は、「登記簿上の住職である私の所に請求が来るので、こちらが納付している」と強調した。

 元住職が1月17日の尋問で寺有地売却代金の投資運用益で「100億円」に上る伽藍改修事業を行う計画だったと説明したことに対しては、「50年に一度の高野山開創記念大法会でも、総事業費は約70億円。高野山よりも小さい興正寺で、100億円も伽藍改修にかければ、本来の興正寺の面目は失われてしまう」と主張。「宗務総長として宗規は守らなければならない。いわば梅村氏、(その息子の)昌寛氏は同僚。罷免・除名を通達する役にあったことは心苦しい」と吐露した。

 2月28日午前10時から最終弁論が開かれ、双方共に最終準備書面を提出。これで結審し、1審の判決日が決まる。

2018/2/8 朝鮮半島出身者の遺骨 壱岐・天徳寺に安置求める 宗教者市民連絡会が厚労省に要望書

 戦時中、朝鮮半島から日本に来た人の遺骨を韓国・北朝鮮に奉還することを目的に1月6日結成された遺骨奉還宗教者市民連絡会は同31日、加藤勝信厚生労働大臣に「金乗院の遺骨に関する要望書」を提出した。森俊英事務局長、曹洞宗天徳寺(長崎県壱岐市)の西谷徳道住職、浄土真宗本願寺派延立寺(東京都八王子市)の松本智量住職、在日コリアンの信仰を集める禅宗国平寺(東京都東村山市)の尹碧巌住職が霞が関の厚労省を訪れた。

 終戦の年の1945年秋に、福岡県・山口県などから船路で帰国する朝鮮半島出身者が、台風の直撃を受け対馬海峡で犠牲となった。遺体は壱岐・対馬の海岸に打ち上げられ、埋葬された。その後、1976年には壱岐で、83・84年には対馬で遺体の発掘が行われている。

 犠牲者の遺骨131柱は、国から委託され埼玉県所沢市の真言宗豊山派金乗院に安置されている。この遺骨は3月末までに別の場所に移される。

 そのため、「朝鮮半島出身者の遺骨は少しでも故郷の近くに安置され、ご遺族関係者などがお参りしやすいよう配慮されるべきと考えます」と指摘。長年にわたって犠牲者の供養を続け、韓国からも遺族や僧侶が弔いに訪れる天徳寺に安置されてこそ「現在の時点で実現可能な最も人道的な処置」と述べている。また、この海難犠牲者だけでなく、全国に存在する朝鮮半島出身者の遺骨をできるだけ早く奉還することも求めている。

 要望書を受け取った厚労省社会・援護局事業課の青木一生氏は、次の安置場所が見つからない場合は省内の安置室で預かる可能性があると示唆。要望書への文書回答はすぐにはできないが、できる段階になれば送付するように努力するとした。

 森事務局長(大阪府・浄土宗正明寺住職)は「壱岐の天徳寺への移送がスムーズに進むことを願うが、そうなるとは限らないという印象があった」と懸念しつつ、連絡会として何をすべきか模索していきたいとしている。

2018/2/8 曹洞宗・愛知学院理事裁判 東京地裁・横浜地裁両判決を読み解く 内局交代と理事退任 事実認定の違いが判決に反映 紀藤正樹弁護士に聞く

 曹洞宗(釜田隆文宗務総長)と愛知学院理事と元理事の3宗議会議員および前愛知学院理事長の間で争われていた懲戒処分をめぐる訴訟は、昨年相次いで一審判決が出た。東京地裁判決(11月)では「却下」としつつも原告宗議会議員の地位と賠償請求を認めた。一方、被告曹洞宗の主張を全面的に認めたのが横浜地裁判決(12月)だった。今回の訴訟は宗教法人と学校法人との関係性をめぐる争いでもあった。宗教教団の訴訟に詳しい紀藤正樹弁護士に、両判決を読み解いていただいた。1紀藤弁護士.jpg紀藤弁護士

 ――二つの判決は矛盾しているように見えますが。

 紀藤 原告側の請求は3つに分解できます。3人の原告がいる東京地裁では①懲戒処分の無効確認、②宗議会議員の地位確認、③550万円の損害賠償請求です。横浜地裁は、①と③は同じですが、②が異なり、宗議会議員の地位ではなく、宗議会議員の選挙権および被選挙権を有する地位の確認です。

 ②は、そもそも争いの対象が違いますので、東京地裁では宗議会議員の地位確認を求めたところ「法律上の争訟」とされましたが、横浜地裁では、議員の選挙権・被選挙権を有する地位は「法律上の争訟」ではないと判断されました。この点、宗議会は、世俗の宗教法人の組織上の議決機関として、その議員の法律上の地位は認めやすい。他方、選挙権・被選挙権を有する地位は、まさに宗教団体内部で決めるべき事項なので、法律上の地位というのは難しいケースでした。

 ①は、いずれの請求も「法律上の争訟」にあたらないとして却下しており、両者で違いはありません。他方、③は、東京地裁は損害賠償を認め、横浜地裁は損害賠償を否定している。この点は矛盾を感じる人もあると思います。なぜそうなったのか。東京地裁判決は懲戒処分の有効性について「処分にいたる手続が著しく正義に悖る場合」「処分の根拠となった重大な事実に誤認がある等により重大な事実の基礎を欠くこととなる場合」など、いくつか例を挙げて「裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものとして無効となる」とある。これが規範となります。

 横浜地裁判決でその規範にあたるのが「その判断が著しく不合理でない限り裁判所はこれを尊重すべき」という部分です。両判決で、懲戒処分の有効性について、「宗教団体の自律性」を尊重する立場の基本は一緒ですが、東京地裁判決はいろいろなケースを考慮しながら「裁量権」を限定する具体的な場面を意識した規範を設定しています。

 その規範に則して、横浜地裁判決では懲戒処分を受けた原告が敗訴し、東京地裁では原告の主張を認めている。この違いはどこにあるのか。東京地裁判決では「責任役員会の推薦により選任された理事が、内局の任期満了によって同一に退任するべきとは考えられていなかった」としている。つまり東京地裁判決では内局が代わったら、理事も代わるとは考えられていなかったことが認定されています。他方、横浜地裁判決では「内局が交代するごとに宗門理事も交代するとの取扱いがされていたと認められる」としており、それに伴う懲戒手続きは「相応の合理的理由がある」としています。

 つまり一見、両判決は法律上矛盾しているように見えますが、東京地裁と横浜地裁の両判決の大きな違いは、内局の交代が大学理事の退任につながるかどうかという真逆とも言える事実認定の違いの問題に尽きる感じがします。事実認定の違いで東京地裁は事実上原告が勝って、横浜地裁は被告が勝った。訴訟の場合、同種事件でも事実認定が矛盾することは往々にしてあります。(続きは紙面をご覧ください)


きとう・まさき/1960年山口県生まれ。リンク総合法律事務所所長(東京都千代田区)。著書に『21世紀の宗教法人法』『決定版 マインド・コントロール』『大阪弁訳 あたらしい憲法のはなし』など多数。

曹洞宗と愛知学院理事の訴訟】  平成26年10月、釜田内局が発足。これに伴い翌年2月、釜田内局は愛知学院理事の交代を求めたが、理事長および3理事は任期途中を理由に拒否。申告を受けて審事院から分限停止や謹慎の懲戒処分が下された。理事等は懲戒処分の無効などを求めて横浜地裁と東京地裁に提訴。東京地裁は却下としたが原告宗議会議員の賠償を認めた。横浜地裁は被告曹洞宗の主張を認めた。どちらも控訴した。

2018/2/8 《オウム裁判終結 事件の核心 今後の課題》 永岡弘行・オウム真理教家族の会会長 実行犯の証言を再発防止教育に

 社会を震撼させた無差別殺人テロ・地下鉄サリン事件(1995年3月)に至ったオウム真理教による一連の凶悪事件の裁判が先頃、終結した。今後の焦点は、死刑が確定した教祖・麻原彰晃(本名・松本智津夫)と実行犯12人の刑の執行に移る。だがこれを、事件の幕引きとしていいのか。オウム事件に深く関わった人に聞く。1回目は「オウム真理教家族の会」(旧称・被害者の会)の永岡弘行会長(79)。
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 オウム事件の裁判が全て終結したことで、事件の風化が急速に進むことを強く懸念している。

 私たちの会では、オウム真理教に入信した家族を取り戻す活動に加え、麻原以外の実行犯12人の死刑を回避するための署名活動をしている。死刑が執行されてしまえば、オウム事件の本質を解き明かす貴重な証言が失われてしまうからだ。

 私は死刑囚となった実行犯との面会を続けている。彼らは異口同音に「死にたい」と言う。私はそんな彼らに「とんでもない話だ!お前自身は死んだら楽だろう。だが、お前たちが役に立つことが必ずあるはずだ。大変なことをしてしまったと思うなら、生きて償いをしろ」と本心から言い聞かせている。

 実行犯を操った麻原彰晃という人間を見ていると、「なぜここまで人を憎めるのだろう」と思う。常軌を逸した憎しみがなければ、あそこまでできないだろう。「人のために尽くしなさい」と弟子たちに教えていながら、その若者たちに実行させたのは憎しみの行いでしかない。麻原はまず「現世の親子は、前世の敵同士。だから離れよ」と親への憎しみを教え、親から子どもを奪った。そして、その財産も奪い取った。

 純粋な若者ほど

 オウム真理教の教義は、麻原の歪んだ憎しみの上に仏教らしきものを被せただけのものだったのだろう。最初は、そのうわべの部分だけを教えて若者たちを惹きつけ、だんだん憎しみの行いへと導いていくという布教の構造がある。私は説法会で、麻原に何度も会っている。その弁舌には、詐欺師独特のわかりやすさがあった。これに騙され、「人のために何ができるか」「どう生きていけばいいのか」と真剣に考えていた好青年たちが入信し、マインドコントロールで徐々に思考力を奪われていった。

 10代後半から20代前半の若者が次々と麻原に騙されていったのは、麻原が若者の声を聴くふりをするのが非常にうまかったからだ。常に聴く耳を持っているように装っていた。皆、その姿に騙された。「この人だったら自分のことをわかってくれるかもしれない」。純粋な、きれいな、優しい心を持っていた若者ほど、そう信じ、どんどんオウムにのめり込んだ。(続きは紙面でご覧ください)

 ながおか・ひろゆき/1938年4月生まれ。89年にオウム真理教に入信した息子を脱会させた後も、教団への抗議活動を継続。地下鉄サリン事件直前のVX襲撃事件(95年1月)で、生死の境をさまよう。後遺症に苦しみながらも、カルト宗教による凶悪事件の再発防止のため、麻原以外の実行犯の死刑回避を求める署名活動を展開している。

2018/2/8 全日本仏教会理事会 WFB大会 總持寺で法要・シンポ 特別協賛金納入率113% 据え置きの負担金 見直し示唆

 公益財団法人全日本仏教会(石上智康理事長)は1月30日、都内のホテルで第20回理事会を開き、4月からの新年度事業計画案と予算案を審議し、承認した。11月開催の第29回WFB世界仏教徒会議日本大会・第20回WFBY世界仏教青年連盟日本大会の進捗についても報告された。大会テーマ「慈悲の行動」(Compassion in Action)のもと、最終日(11月9日)にシンポジウム「生死の中に見出す希望」(Creating Hope in Life and Death)を行うことが決まった。

 事業計画では、財団創立60周年記念事業として行われるWFBおよびWFBY日本大会について、「国内外の仏教徒とともに、社会との対話を推進していく」と位置づけた。併せて大会の詳細が発表されたが、その中の60周年勧募のうち、加盟団体協力金の予算額5千万円に対し、4311万円が納入済みで、納入率は86%(今年1月10日現在)。特別協賛金は予算額2千万円に対し、2258万円と納入率は113%に上り、今後も勧募を継続する。

 WFB大会の日本開催は10年ぶり4回目となる。前回は2008年11月、浅草寺と近接ホテルを会場に開催された。

 新年度予算では、経常収益総計1億8959万円、経常費用総計1億9665万円となった。

 出席監事が、収支赤字が続いていることから「こうした団体である以上、プラスにするのは難しい。もう少し赤字を減らすようにできないか。あるいは公益目的事業以外のところで収益を考えてはどうか」と提案した。

 これに対して久喜和裕事務総長が「ある程度の赤字予算で組ませてもらっている。最終的には内部で調整してやりくりしてきた。本会も20年以上、負担金を増額していない。事業も増え、大変苦しい状況ではある。今後、理事会とも協議しながら、これからの全日仏について考える必要があると思っている」とし、負担金の見直しを示唆した。

 各部報告では、社会・人権部から3月27日に国会議員と全日仏による「仏教懇話会懇談朝食会」を開くと発表。広報文化部は、機関誌『全仏』を年10回から4回に変更するとした。

 昨年1月の理事会では、僧侶派遣問題を検討する「法務執行に関する協議会」の中間報告が公表されたが、今理事会では言及がなかった。現執行部の任期中(今年3月末)に、何らかの報告があるとみられる。

2018/2/15 福岡県春日市の浄運寺 インドに仏教学校建設 シッキム州に今年3月開校予定

 浄土真宗本願寺派浄運寺(福岡県春日市)の白山大慧前住職が代表を務めるFKサンガ教育機構では、インド・シッキム州で学校建設プロジェクトに取り組んでいる。インドにはまだ本願寺派の開教拠点はないが、親鸞聖人のみ教えに基づく仏教主義の学校になるという。今年3月の開校を目指し、準備を進めている。3浄運寺 インドに学校開設.jpgインドで建設中の学校。左は学生寮、右が幼稚園を含む小中学校となる

 シッキムはインド北東部に位置し、西にネパール、東にブータン、北にチベットの国境があるヒマラヤ山脈に囲まれた内陸州。学校は、州都ガントクから約58キロ離れたヤンガン町で建設中だ。

 ヤンガンは人口の70%が仏教徒。本願寺派ネパール開教地カトマンズ本願寺所長のソナム・ワンディ・ブティア氏の出身地でもあり、地元住民の要望に応え、ソナム氏が2016年に仏教の教えに基づく学校の開設を発願した。

 新設する学校名は「ピュアランド インターナショナル アカデミー」。すでにインド政府からの開設許可を得て、学園理事長にソナム氏が就任。ソナム氏からの希望で校長と日本事務局代表を白山前住職が務める。
 幼稚園、小中学校から始めるが、白山前住職は「将来的には高校、大学まで発展させていきたい。浄土真宗の仏教情操教育を一貫して行う学校になる」と話す。

 高校までの学校開設資金の目標は約1億円。現在建設中の校舎は、3階建て鉄筋コンクリートで教室数は24部屋。建設用地にはソナム氏が寄附した0・58ヘクタールの土地などを充てた。2014年に発足したシッキム州浄土真宗仏教青年会(インドYBA)が現地で学校建設のためのボランティアを行っている。

 インドではカースト制撤廃後も地域によって差別が続いていることもあり、仏教主義の学校に通いたいと遠隔地の入学希望者もいるという。そのため、敷地内に学生寮も建設中だ。白山前住職は「仏教は縁の教え。非暴力、平和、自由、平等を説く教えがインドで広まり、教育から共生社会が実現できれば」と話している。

 FKサンガ機構を通じて賛助会員となることで学校建設支援を行うことができる。問い合わせは(浄運寺内同機構・電話092―593―1111)。

2018/2/15 《オウム裁判終結 事件の核心 今後の課題》② 滝本太郎・オウム真理教被害対策弁護団弁護士 12人を「殉教者」にしてはならず

  オウム事件の刑事裁判が終わりました。化学兵器は貧者の核兵器であり、世界史的にはそれほどのテロでした。様々な事件で起訴は193人、無罪は2人、無期懲役が6人、死刑確定が教祖以下の13人です。私の自動車にサリンをまいた教祖の愛人だった女性17歳は、私の要請もあり少年院にいかず歩んでいます。2滝本-空中浮揚.jpg麻原が得意とした「空中浮揚」を自分でもできると実演する滝本弁護士(1994年撮影)

 オウム集団は、最盛期の10%程度ですが今も残っています。出所者で戻ったのはごく一部です。本流の名を変えただけのアレフが1400人程、その資金は10億円ほどです。「山田らの集団」が30人程。アレフと話し合って分かれた「嘘をつくのがワーク」の上祐が指導する「ひかりの輪」は100人程です。アレフは特に血脈を重要視することから正妻と間の次男を新教祖にしたがり、次男や未だ離婚していない妻は、脱会者名目の信者らの支援で生活しています。「山田らの集団」は三女・長男の指導を仰ぎたがっています。教祖の死後はそのお骨の問題です。

 事件発覚からすでに23年を経過しており、今、若者の入信勧誘が成功する比率が高まっているようです。「真相が分からない」「麻原は語らなかった」という偽りの報道も影響しています。麻原は1997年4月24日、当時の17件中の多くは無罪を主張したが事件の成立と関与を認める罪状認否をしているのに、それが知られていなさすぎなのです。

 信者の問題は、第1には現実感覚を失っていることです。LSDや覚せい剤が出家者にはイニシエーションとして使用されてその影響もありましょうが、強烈な呼吸法などによる神秘体験の影響が継続しています。頭ではなく体で「現世は幻」と感じています。

 破壊的カルト 同時に宗教

 第2には、目的のためには手段を選ばないヴァジラヤーナの教えが、「説話ではなく現実にしたんだ」と分かりながら、残っていることです。

 だから平気で「冤罪だ」と言って勧誘します。次は「弟子が暴走」といいます。弟子が暴走と書いてある森達也氏の著作「A3」も利用されます。絶対者たるグルが出れば、その命令によりまずは内部から事件が起こるでしょう。グルは神様以上の存在で、全宇宙とすべての転生を把握している、「殺してあげる」という信仰なのですから。破壊的カルトであると同時に宗教なのですから。(続きは紙面をご覧ください)


 たきもと・たろう/1957年神奈川県生まれ。早稲田大学法学部卒業後司法試験合格。大和法律事務所所長(神奈川県弁護士会)。坂本堤弁護士一家殺害事件以後「オウム真理教被害対策弁護団」の一員としてオウムをはじめとするカルト問題に対峙している。著書に『Q&A 宗教トラブル110番』など。

2018/2/15 高野山3法人と前内局との訴訟 和歌山地裁が和解案提示 「遺憾の意と和解金」で

  放漫財政を行ったとして、前々内局の庄野光昭元宗務総長と森寛勝元財務部長を宗派3法人(宗教法人総本山金剛峯寺・宗教法人高野山真言宗・学校法人高野山学園)が訴えた総額8億7500万円超の損害賠償請求訴訟。第11回裁判(中山誠一裁判長)が7日、和歌山地裁で開かれた。一昨年1月21日の提訴から2年余り。裁判所は具体的な和解条項案を提示し、双方に打診した。

 現時点での和解条項案は、①「被告らは、原告らに対し、被告らが内局において宗務総長ないし、財務部長の職責にある際に、原告らに多大な財産的な損失を出したこと等について、深い遺憾の意を表明する」②被告らは「原告らに対し、本件和解金として、〇〇円の支払い義務があることを認め、次のとおり分割して〇〇の口座に振り込んで支払う。ただし、送金費用は〇〇の負担とする」③「原告らと被告らは、本件和解以降、より一層、宗門の発展及び一切衆生済度の大願を達成するために大同団結して、協力していくことを誓約する」④「原告らはその余の請求を放棄する」―など(〇印は未定を表す)。和解金額など詳細は、これから審理される見通し。

 原告側は今回の裁判で、賠償責任を負う善管注意義務違反など一切の法的責任を否定し続けている被告側に対し、「5千万円が54万円になってしまうようなハイリスクな仕組債を購入する必要があったのか、庄野・森両氏の認識を尋問で聞きたい」と要請。被告側は当時の金融市場の状況から、「(前任内局の)従来の為替商品に偏重した」運用にはリスクがあり、「分散投資の一環として」仕組債を購入した判断には「一定の合理性」が認められると主張し、その後の金融危機の発生は予見不可能だったと反論した。

 裁判長は、「本件は尋問など行わず、和解で解決すべき事案だ」と表明。次回期日は3月28日。

 宗内でも裁判終結を望む声は少なくない。しかし、「事実究明を曖昧にしての和解では、問題再発を免れない」と危惧する声も。今月末からの宗会での議論が注目される。

2018/2/22 各宗宗議会始まる 曹洞宗・天台宗

曹洞宗 39年ぶり選挙規程見直し
 第129回曹洞宗宗議会(小島泰道議長)が19日、東京都港区芝の宗務庁に招集された。残り任期8カ月となった釜田隆文宗務総長は、就任当初から取り組んでいる僧堂振興・改革における成果を強調。9月予定の宗議会議員選挙を前にして選挙規程一部変更案を上程した。平成30年度一般会計歳入歳出予算案総額は約50億6千万円で、前年度当初予算と比較し約1億3千万円増加している。級階賦課金は1点あたり161円で12年連続同額。
 釜田総長は施政方針演説で、選挙において連記制の投票用紙は引き続き用いるものの「投票における有効票、無効票の判断において、必ずしも連記であることを要しないとする抜本的な変更とななる」と述べた。昭和54年(1979)に現行規程に移行してから「系別・同数・連記制」に初めて手が付けられた。

天台宗 一隅運動来年50周年法要
 天台宗(杜多道雄宗務総長)は20日、滋賀県大津市の天台宗務庁に第141回通常宗議会を招集した。杜多総長は執務方針で機構改革に言及し、木ノ下前内局が提唱していた宗務庁機構、教区機構等を改編する〝新生天台宗〟を目指して機構改革に着手するとした。
 執務方針で杜多総長は歴代内局の懸案であった機構改革について、「平成34年4月より〝新生天台宗〟と生まれ変われるような宗務庁機構、教区機構」等のあり方を検討すると表明。平成30年度は機構検討委員会の回数を増やし、「まず現存する委員会の必要性、定員、任期や統廃合を含めた見直しから着手致したい」との方針を語った。

2018/2/22 《オウム裁判終結 事件の核心 今後の課題》③ 藤田庄市・ジャーナリスト 宗教的動機は解明されたか

3オウム・サテ_0131使用予定.JPGオウム真理教第六サティアン跡(山梨県旧上九一色村富士ヶ嶺。現、富士河口湖町。2018年2月7日撮影)。麻原彰晃は1995年6月15日、ここで逮捕された 最高裁は1月18日付で高橋克也被告の上告棄却を決定し、オウム真理教事件裁判群は約23年を経て終結した。裁判は、事件の外形は明らかにした。だが、事件の動機については、麻原判決に代表されるように、「(反対運動の中心者だから)将来教団にとって非常な障害となる」(坂本事件)とか、「強制捜査の矛先をそらす」(地下鉄サリン事件)といった世俗的動機に限定してしまった。そのため事件群全体が矮小化され、犯行を実行せしめた宗教的動機や修行・信仰内容と、事件の有機的結合は隠されてしまい、マスメディアもその枠内を出ることはなかった。今も「真相がわからない」という声が散見されるのはそれゆえであろう。

「事件は菩薩の所行」
 しかし、早川紀代秀死刑囚が収監直前の面会で、筆者に「(宗教的動機が)最後まで理解されなかった」と厳しい口調で語ったように、法廷によっては宗教的動機がかなり供述されていたのである。最も詳細かつリアルな言辞を吐いた新実智光死刑囚をみてみよう。彼は坂本事件の動機についてこう供述した。

「(坂本氏は)教団が進めているすべての人びとをニルヴァーナに導くための障害となり、最大多数の最大幸福を規制するので、やむなく一殺多生、一死多生で、坂本弁護士の犠牲で多くの人びとが救われるのならいたし方ない」

 そうして殺した一家三人は、麻原と縁ができたことにより救済されたとする。またほかの被告の法廷において裁判長から、「罪のない人びとを殺したことをどう考えるのか」と質されると、新実死刑囚はつぎのように証言した。

「すべては因果応報。罪なくして死する人はいません。因があって結果がある。これが罪のない人についての答えです」

 彼は27人を殺した。自らの法廷では、グルの指示であれば殺人にも喜びを感じるのが理想の境地、すなわち解脱であると供述した。さきの法廷ではかように言い放った。

「事件は大いなる菩薩の所業といえる」

新実死刑囚の精神は正常である。生来の凶悪的性向もなかった。一審判決は彼を、「両親の情愛に恵まれ、弟二人に対しても優しい兄であったことがうかがわれる」と認定した。一方、犯行動機については次のように断じた。

「如何に言葉を尽くして宗教的潤色を施そうとも」「(犯行は)所詮は自らの教団内の地位を守り、個人的な自負や意地、他の信者らに対する優越感を満たそうとする世俗的な欲望により動機付けられたものというべきである(続きは紙面でご覧ください)
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ふじた・しょういち/1947年東京生まれ。フォトジャーナリスト。現代宗教、カルト、山岳信仰、民俗宗教、宗教と政治など宗教取材に従事。昨年刊行の『カルト宗教事件の深層』でカルトに特有な「スピリチュアル・アビュース(霊的虐待)」の視点を提示した。

2018/2/22 第35回庭野平和賞 レバノンのNGO「アディアン財団」に 中東で和解プログラム実施

1庭野平和賞会見2018 (2).jpgレバノン教育大臣や関係団体との署名式。国家憲章の中に非排他的市民権や共存教育の概念が盛り込まれ、レバノン全土の教育に導入された。右端が理事長のファディ・ダウ神父、左端が教育大臣 公益財団法人庭野平和財団(庭野浩士理事長)は19日、京市内のホテルで記者会見を開き、第35回庭野平和賞をレバノン共和国のNGO「アディアン財団」に贈ることを発表した。同財団は、シリア内戦で傷ついた人々への平和と和解のための「回復と和解構築プログラム(BBR)」を開発し、シリア危機に対応した。贈呈式は5月9日、東京・港区の国際文化会館で行われる。

「アディアン財団」は2006年にキリスト教とイスラームの異なる宗派に属す5人が内戦により自国内のキリスト教徒とイスラームの対立が深まることを憂えて、レバノンで設立。現在、理事長を大学教授である、マロン派カトリック教会のファディ・ダウ神父、副理事長をイスラームを信仰する大学講師のナイラ・タバラ博士が務める。

 創設から延べ3千人以上のメンバーの協力を得て、教育者や宗教者への教育の他、政策立案、政策提言を含む社会的なプログラムを実施。現在、中東アラブ諸国を中心に13カ国でプロジェクトを稼働している。同財団が実践する誰もが有する権利「インクルーシブ・シチズン(非排他的市民権)」の概念は、レバノン全土の教育に導入され、国際社会でも広く受け入れられつつある。

 非排他的市民権に基づく「回復と和解構築プログラム(BBR)」は、レバノンとシリア両国の教育者への教育訓練を通じて宗教間に穏やかな対話と平和教育を提供した。国連グローバル教育担当特使からは「IS(イスラム国)に対する本当の解毒剤」と評され、子どもたちが暴力の連鎖に取り込まれることを防ぐのが期待される。

 ファディ理事長は受賞受諾に際し、「この賞を受賞するにあたって、庭野平和財団への私たちの心からの敬意と幸あれとの思いをお伝えしたい。世界に平和をもたらすため、信仰者が共通となる宗教の社会的責任に基づいて協働するという永続した諸宗教のハーモニーを確かなものにするため、中東そして世界で、多くの犠牲を伴いながら自らを捧げる者として、この思いを伝えます」とメッセージを寄せている。

2018/3/1 各宗議会 高野山真言宗・真言宗智山派・臨済宗妙心寺派

高野山真言宗春季宗会 高野山大学、河内長野に教育学科新設案
 高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)の第159次春季宗会(安藤尊仁議長)が2月27日、和歌山県高野町の総本山金剛峯寺内宗務所に招集された。添田総長は施政方針演説で、入学者減が深刻化している高野山大学(学校法人高野山学園理事長=添田総長)の経営再建の切り札として、大阪府河内長野市に教育学科(入学定員50人)を新設する計画を発表。「大学の命運を賭けた提案であり、残された道はここにしかない」と理解を求めた。
 教育学科は、弘法大師の教えを建学の理念として共有する河内長野市の千代田短期大学のキャンパス内に開設。幼稚園教諭・保育士資格の免許が取れる同短大のカリキュラムに加え、高野山大の教育学科で小学校教諭の免許も取得できるようにする。提携関係にある短大と4年制大学が単位互換を柱として教育学科を設置するというユニークな構想だ。(続きは紙面でご覧ください)

真言宗智山派教区代表会 宗祖誕生1250年事業に向け27億円勧募
 真言宗智山派(芙蓉良英宗務総長)の第126次定期教区代表会(川崎純性議長)は、2023年に迎える宗祖弘法大師誕生1250年に向けた予算総額約29億円の記念事業案など全27議案を原案通り可決し、4日間の会期を終え2月23日に閉会した。
 芙蓉総長は誕生年に向け、全宗門人の力を結集するときだと力を込めて演説。「宗祖の教えを宣揚し、檀信徒と共に宗団発展、総本山護持興隆の聖業にあたることこそ宗祖の鴻恩に報いることと確信している」と述べ、協力を求めた。
 記念事業の資金は来年度から23年度末の5年間で、約27億円を目標に勧募を実施して集める。寺院・教会に依頼するのは宗費4年分に当たる約24億円。1年に2回、計10回に分割して納めてもらう計画だ。(続きは紙面でご覧ください)

臨済宗妙心寺派宗議会 新宗務本所を花園中高に併設
 臨済宗妙心寺派(栗原正雄宗務総長)は2月21日から23日まで、京都市右京区の宗務本所に第134次定期宗議会を招集した。喫緊の課題であった老朽化による宗務本所の建替えについて、松井宗益花園学園長が花園中学高等学校に宗務本所を併設する案に賛意を示し、方向性が定まった。今後は宗門と学園との間で賃貸借契約や条件等の調整に入る。秋の議会で具体案が上程される見通しだ。
 宗務本所の建替えについては、老朽化や耐震対策の必要性から僧風刷新会議(会長=河合宗徹議員)の総務専門部会で「最優先課題」として議論され、昨年12月に栗原総長に答申が出された。
 答申では、平成34年に150周年を迎える花園中学高等学校が1・2号館の建て替えを計画しており、建設される新校舎に宗務本所や議場、委員会室を併設する宗務本所併設案を「短期計画として現況では最善の案」とし、学園と継続協議するよう要望していた。(続きは紙面でご覧ください)

2018/3/1 法話力競う「H-1グランプリ」開催 青年僧11人が挑戦、「また会いたくなるお坊さん」に

①豊山派H-1グランプリ.JPG工夫をこらした内容を一生懸命に法話。11人がエントリーした 檀信徒だけでなく、社会全体に向けた布教の重要性が高まる現代。青年僧侶が法話力を競う「H―1グランプリ法話決戦」(主催=真言宗豊山派栃木県第1号宗務支所仏教青年会)が2月12日、栃木市のサンプラザで開催された。「また会いたくなるお坊さん」をコンセプトに、昨年に続き2回目。同仏青に所属する20~40代の11人(平均年齢35歳)がエントリーし、日頃の研鑽の成果を発表した。

「小さい仏教みつけた」というタイトルで先陣を切って登壇した加茂龍阿さん(光明寺)は、「仏教って堅苦しい。今日は皆さんのそんなイメージをなくしたい!」と第一声。沢庵などを片手に、身近にある仏教由来の言葉を紹介し、「私はもっともっと皆さんにお会いしたいと思っているお坊さんです」と呼びかけた。

 仙田達広さん(成就院)は「幸せってなんだろう」と問いかけ、年末ジャンボ宝くじに当選するよりも「この世に人として生まれることができた幸せ」の方が確率的にも遥かに難しいと説明。「皆さん一人一人が奇跡」と説いた。

 小倉崇秀さん(慈福院)は、「成仏」とは亡くなることではなく「仏さまのような行いをすること」と法話。「自分の行動で周りの人が幸せになり、自分も幸せになる。〝日々成仏〟していただければ」と語りかけた。

 法話時間は8分。講評・採点を行う審査員は5人で、林亨尊・栃木県第1号宗務支所長をはじめ、法話の名手として知られる名取芳彦・豊山派布教研究所研究員、正城宥史・宗務所教化部布教課長、俳優・ナレーターの池渕厚子氏、ラジオMCで僧籍も持つ月門海氏が務めた。来場者も「また会って法話を聴きたい」と思った僧侶に投票するという全員参加型のルールで、一般のホールを会場としたのは「日頃、お寺と縁がない一般の人も来やすいように」という配慮から。今回も大盛況となり、10~80代までの171人(超満員)が来場した。

 「控室では皆、緊張で真っ青だった」(同青年会OB)というほどの重圧の中、「大切なこと」「むし歯」「欲との付き合い方」「供養のすすめ」「お塔婆って、なぁに?」「慈悲について」「生きること・死ぬこと」などのタイトルで法話。青年僧侶が一生懸命に話す姿と工夫をこらした内容に、来場者も引き込まれていった。(続きは紙面をご覧ください)

2018/3/1 WCRPいのちの森でヤマザクラなど50本の植樹祭 庭野日鑛会長も参加

①いのちの森植樹 (2).JPG庭野会長(右から2番目)も記念植樹。右はボランティアの野口さん 世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会気候変動タスクフォースは2月25日、埼玉県所沢市の「トトロの森」に隣接する「WCRPいのちの森」で第一回植樹祭を行った。同委員会の庭野日鑛代表(立正佼成会会長)や同タスクフォースの薗田稔代表(秩父神社宮司)らが記念植樹を行ったほか、子どもから大人まで130人が森に集まり、所沢産のヤマザクラやコナラの苗木50本を植えた。

 薗田代表は参加者の明るい表情を見ながら「人間は森から育ってきた。森に帰ると元気になると感じている。土に触れ、木に触れ、その体験を大事にして、心にも森を作っていただきますように」と挨拶。埼玉県川越農林振興センターの大里説慈郎氏は「大人から次世代を担うお子様まで、たくさんの皆さまが集い、新たな森づくりをされることに心より敬意と感謝を申し上げます。一本一本が大きく育ち、立派な森として、次世代に引き継がれますように」と祈念した。

 記念植樹は庭野会長や園田代表らが4カ所に分かれて行い、「よいしょ!よいしょ!」の掛け声で土をかけた。

 その後は参加者が手分けをして50本の植樹に着手。シャベルで穴を掘ると木や竹の根があり苦戦する子どももいたが、みな楽しそうに土に触れていた。最後の1本となったヤマザクラの苗木が植樹されると自然と拍手も起きた。②いのちの森植樹 (3).JPG子どもたちも楽しそうに植樹した

 さまざまな動植物がいのちを育むことができる森になるようにと願い名付けられた「いのちの森」。西武球場前駅から徒歩15分の距離にある狭山丘陵にある1万平方メートルの土地に「堀口天満天神社 周辺緑地を守る会」と協力し、昨年6月から本格的にプロジェクトが始動。これまで多くのボランティアが参加して堆積竹の伐採・焼却、下草刈り、園路整備などしてこの日を迎えた。

 初回からボランティアに参加してきた高校生の野口昌宏さん(16)は大量に積まれた竹の処分に苦労したそうで、「終わるのかなと思いました。でも、来るたびに景色が変わっていった。今日を楽しみにしていたので嬉しいです」と話した。

2018/3/8 臨済宗妙心寺派 峰尾節堂100回忌営む 大逆事件に連座 「痛恨なおあり一百年」―河野前管長ー 墓前に「誓い」の碑建立 新宮市

  臨済宗妙心寺派は6日、「大逆事件」に連座した宗門僧侶、峰尾節堂の100回忌法要を節堂が住職を務めていた和歌山県新宮市の眞如寺で営んだ。100回忌に合わせ、市内の南谷墓地の墓前に石碑が建立された。河野太通前管長は、懺悔の念とともに宗門や仏教界の戦争協力にも言及し、「我々僧侶が今日も自浄作用をしっかり持っているのか反省しなければならない」と話した。①妙心寺派 峯尾節堂100回忌.jpg節堂の墓所がある新宮市内の南谷墓地に石碑が建立され、河野前管長のもと回向が営まれた

 法要には、前日の宿忌法要で導師を務めた栗原正雄宗務総長や野口善敬教学部長ら宗門関係者、大谷派や曹洞宗、高野山真言宗の人権問題担当者、節堂の遺族など約50人が参列した。
 導師を務めた河野前管長は「痛恨尚存壱百年」と香語を唱え、「復階をしていただいたが、過ちが消えるわけではない」と懺悔の思いを表明し、「すべての命が尊いものであり、みな平等に尊いというお釈迦さまの教えを私たち僧侶自身が失っていた」と語った。

 宗門や仏教界の戦争協力に対し、「教えに基づいて自ら過ちを正さなくてはならなかったが、他の方に指摘されて初めて過ちに気が付いた。自浄作用の力を失っていた」と悔悟。「我々は一早く懺悔すべきであった」と述べた。

 市内の南谷墓地にある墓前では、「平和人権の誓い」を記した石碑が建立された。石碑は高さ約66センチ、幅約90センチで「人権尊重」や「過ちを再び繰り返さぬ」ことを願う碑文が刻まれている。

 墓前での回向後、野口善敬教学部長が挨拶。「これで終わりということではない。今日が出発点。人間はやはり弱い存在であり、その自覚の下に人々に対する優しさや慈悲心を見出し、仏教者としてのあり方を考え直していきたい」と話した。

 遺族の一人で節堂が大叔父にあたる三好哲也さん(54)は、「墓参りはしていたが、父親からも詳しい話はなかったので、色々知ることができ勉強になったというのが正直なところ」と話した。
 大逆事件は、1910年に明治政府が天皇暗殺を企てたと捏造し、幸徳秋水ら社会主義者を弾圧した事件。峰尾節堂は事件に連座して死刑判決を受けた。翌日に恩赦で無期懲役に減刑されたが、1919年3月6日に千葉の刑務所で服役中、病気により35歳の若さで獄中死した。

 当時の妙心寺派は判決が出る以前に節堂に対して「擯斥」処分を下し僧籍を剥奪。1996年に僧籍の復権・復階がなされ、処分が取り消された。

 百回忌で総長談話
 宗派HPで発表

 妙心寺派HPでは、2月8日付けで「百回忌を迎えるにあたって」の総長談話を掲載した。

 談話では、「宗門の社会的責任について改めて深く反省し、先の大戦で宗門が戦争に協力してきた事実を常に思いおこし、二度と同じ轍を踏まないよう、非戦平和の決意をあらたにせねばなりません」と表明。

 百回忌を迎えるにあたり、「節堂師に対する懺悔の念を込めつつ、この世の全ての人々の思想・信条の自由を守り、お互いの生命と人権を尊重すると共に、師の事蹟を忘れることなく啓発活動を進めていく所存です」と今後も引き続き宗内外での啓発活動を通じて、人権問題に取り組む意向が述べられている。

2018/3/8 各宗宗議会 本願寺派 豊山派 浄土宗 日蓮宗 御室派

本願寺派 基本方針に「念仏者の生き方」 総合計画第2期スタート

 浄土真宗本願寺派(石上智康総長)の第313回定期宗会が2月27日、京都市下京区の宗務所で始まった。石上総長は執務方針演説で、平成30年度の宗務の基本方針に「『念仏者の生き方』に学び、行動する―今、私にできることから」を掲げた。来年度から宗門総合振興計画の第2期がスタートし、「宗務組織が連携して一歩前に進める一年」としたいと話した。

 石上総長は行動指針に「真実をいただくとともに、広く阿弥陀如来の智慧と慈悲の心を伝える」「念仏者を育て、自他共に心豊かに生きることのできる社会の実現に努める」「宗門内外の課題に対応し、創造的な活動を育てるため、宗務の充実を図る」の3点を提示。この指針を具現化する取り組みとして「『念仏者の生き方』の学び」や「子ども・若者へのご縁づくり」「運営体制の強化と築地本願寺への支援」など7項目を挙げた。(続きは紙面でご覧ください)

豊山派 総本山伽藍修復に34億円 20年計画〝現代の長谷聖〟に

 真言宗豊山派(星野英紀宗務総長)の第146次宗会通常会(加藤章雄議長)が6日、東京都文京区の宗務所に招集された。星野総長は施政方針演説で総本山長谷寺(奈良県桜井市)の20年に及ぶ伽藍大修復計画について、「昨秋、立ち上げた総本山伽藍修復基金検討委員会で、資金の概算、その捻出方法などについて検討を始めた」と報告。一般質問への答弁の中で、「修復事業全体の費用は(試算で)約34億円になる」と発表した。

 総本山長谷寺伽藍修復事業の中心となる建造物は、本堂(観音堂=国宝)、大講堂(本坊=重要文化財)、子弟教育等様々な目的で使用される昭和寮(屋根の葺き替えを予定)。本堂・大講堂の修復費用総額の55%には国からの補助金が充てられるため、宗派は45%の資金を約20年かけて用意することになるという。(続きは紙面でご覧ください)


浄土宗 3局1室の改革案提出 責役と内局の役割明確化

  浄土宗の第118次定期宗議会(木村弘文議長)が5日、京都市東山区の宗務庁で始まり、豊岡鐐尓宗務総長が「積年の課題」と位置付ける宗務庁の抜本的な機構改革案が提出された。豊岡内局は組織の適正化に向け、5局2室3事務局の現行体制から3部1室とする規則改正案を提案。責任役員ではない新設の部長職を内局に含め、運営方針の意思決定を行う責任役員と宗務執行機関としての内局との役割分担を明確に打ち出した。

 現行体制は総務、教学、財務、社会国際、文化の5局と総長公室、人権同和室の2室、社会福祉推進と災害対策、浄土宗開宗850年準備の3事務局。機構改革案を検討した構造改革検討委員会(村上眞孝委員長)の答申を受け、豊岡内局は総務、教学、社会の3部と企画調整室の1室とする新体制を提案した。社会部は東京宗務庁に置く。(続きは紙面でご覧ください)


日蓮宗 「強い日蓮宗」要綱提出 総長、危機認め克服目指す

  日蓮宗は6日、第114定期宗会(大塩孝信議長)を東京都大田区の宗務院に招集した。中川法政宗務総長が就任して3カ月。同心会・明和会が連立しオール与党の宗会となり、2021年の宗祖降誕800年に向けて全宗門の総力で取り組む方向性を確認し議論を交わしている。新年度一般会計予算は約23億円で前年比約5400万円の減。降誕800年特別会計は予算総額約12億円を計上している。

 就任時に「強い日蓮宗」を目標に掲げた中川総長は施政方針で「あらゆる状況に対応できる強い体質を持った日蓮宗組織を目指すということ」と再度強調。その3要綱として①厳しい社会情勢下でも十分対応できる宗門・寺院・教師を作る、②すべての教師が活発な布教を継続できる支援体制を整える、③宗祖の願いを実現するという使命を全教師が異体同心に歩む意識改革の展開、を掲げた。(続きは紙面でご覧ください)

 御室派 松林庵、今春に運営開始 外国人向け文化体験施設


真言宗御室派(瀬川大秀宗務総長)の第147回前期定期宗会は、緊縮型となった2018年度予算案など全17議案を原案通り可決し、2日間の会期を終え2日に閉会した。外国人向け文化体験施設「松林庵」の運営を今春に始めることが発表されたほか、来年度予算は参拝者の減少が響き、緊縮予算となった。

 松林庵は、境内に移築された寺侍・久富文連氏の子孫の屋敷を改築。久富氏は、同寺29代門跡・済仁法親王の発願で御室八十八カ所霊場の創設に携わった人物。

 日本財団の助成を受け、2016年に着工。総事業費約1億5700万円のうち約8割に当たる約1億2600万円が補助された。木造2階建て延べ約160平方㍍。枯山水庭園を備える。浴室や洗面所なども整備し、昨秋に完成した。(続きは紙面でご覧ください)

2018/3/8 立正佼成会80周年式典 根本命題は「人材育成」 創立100周年展望し会長表明 高見大司教、森川座主が祝辞

  立正佼成会(庭野日鑛会長)は創立記念日の5日、東京都杉並区の大聖堂で80周年記念式典を挙行し、庭野日敬開祖(1906―99)長沼妙佼脇祖(1889―1957)に報謝すると共に創立100年に向けて菩薩道邁進の誓いを新たにした。庭野会長は啓白文で20年後の100周年を見据え「人材育成、人を植えるという根本命題に全力を尽くすことが、私たちの務め」と訴えた。大聖堂には教会役員功労者および会員特別功労者の約500人を含む4千人が参拝した。1立正佼成会80年.JPG青年女子部員による奉献の儀。式典には全国から4千人が参集した

 壇上のご宝前には開祖と脇祖の法号「開祖日敬一乗大師」「脇祖妙佼慈道菩薩」が安置され、本尊の横には「祝創立80周年」の文字が掲げられ、祝賀ムードを演出。華やかに着飾った青年女子部員代表26人による奉献の儀では、女子青年の散華に合わせて天井からも散華が舞い降りた。

 庭野光祥次代会長を導師に法華経如来寿量品を読誦し、続いて庭野会長が啓白文を奏上した。庭野会長は「本会は昭和13年3月5日、開祖さまと脇祖さまの法華経に込められた真の仏教精神をひろめ現実に人を救い、世を建て直したいとの熱意と真心を基に創立されました」と原点を強調。そして「来たるべく教団創立100年を展望して人材育成、人を植えるという根本命題に全力を尽くしていくことが、私たちの大切な務めであります」と述べ、人材育成を最重要課題とした。その上で庭野会長は「 教団創立100年に向けて一人ひとりが常に創造的な歩みを進める確たる志をもって、菩薩道に邁進することをお誓い申し上げます」と宣言した。

 祝辞では、カトリック長崎教区の高見三明大司教(WCRP世界宗教者平和会議日本委員会理事)と森川宏映天台座主が登壇した。高見大司教は庭野開祖の宗教協力による世界平和建設を目指した活動を高く評価した。森川座主は庭野会長が掲げた教団目標「心田を耕す」と宗祖伝教大師の教えである「一隅を照らす」に相通じるものがあるとし、さらなる活躍を期待した。

 庭野会長の法話後、3月20日に満80歳を迎える庭野会長と登壇した佳重夫人に、園児代表から記念の花束が贈られると、会場からは一きわ大きな拍手がおくられた。

2018/3/15 日本臨床宗教師会 認定臨床宗教師146人誕生 〝故岡部医師との約束果たせた〟

 (一社)日本臨床宗教師会(島薗進会長)は5日、東京都千代田区の上智大学で同会が認定する資格「認定臨床宗教師」の認定証授与式を行った。これまでも臨床宗教師は被災地や病院など公共空間で人々の心に寄り添ってきたが、資格として扱われることでより信頼度と透明性が高まると期待される。

 認定証を授与された宗教者は146人。うち126人が「修了者」、20人が「先駆者」となっている。修了者は指定の研修・講座を修了した者、「先駆者」は公共空間でのスピリチュアルケアの臨床経験が300時間以上ある者が認定された。このほか養成教育プログラムを実施する大学など8機関にも授与された。(続きは紙面をご覧ください)

2018/3/15 大正大と種智院大が協定 学術交流・地域貢献等で 連携して寺院活性化も

  天台宗・浄土宗・真言宗(智山派・豊山派)の4宗派が経営する大正大学(大塚伸夫学長、東京都豊島区)と真言宗14本山が経営する種智院大学(村主康瑞学長、京都市伏見区)は5日、大正大学で教育・研究・地域貢献などの項目から成る包括的連携協定を締結した。両学長が協定書に調印。東京と京都にある2大仏教系大学間の連携は、大学の地域での役割を高めていく取り組みとして注目を集めそうだ。大正大・種智院大協定③.JPG笑顔で固い握手を交わす村主学長と大塚学長㊨

 両大学は平成18年3月、大正大学・星野英紀学長と種智院大学・頼富本宏学長の間で学術交流協定を締結。教員の交流・相互派遣や共同研究、学生の単位互換、学術資(史)料の交換利用などを進めていくという内容で、協定期間は5年間だった。今回、新たに締結された協定の最大の特長は、教育・研究分野の連携・協働だけでなく、地域の活性化や振興など社会貢献活動が盛り込まれていることだ。

 村主学長は、「地域貢献活動と共に、お寺の活性化もしていければ。大正大学と一緒に、お寺を中心にした地域活動を広めていきたい」と連携に期待。大塚学長も、「大正大学の使命は地域創生。学生は(現地での)実習などを通して地域を牽引していく力を養っている。設立4宗派の寺院が全国にあるが、地域が活性化すれば寺院も活性化する。種智院大学と共に取り組んでまいりたい」と力強く応じた。

2018/3/15 京都・三十三間堂 1001体の千手観音立像が国宝に 45年に及ぶ修復が完了 「国民的な財産伝えたい」

  国の文化審議会(馬渕明子会長)は9日、三十三間堂(蓮華王院本堂、京都市東山区)に安置される1001体の「木造千手観音立像」を重要文化財から国宝に格上げするよう文部科学大臣に答申した。三十三間堂④1.jpg国宝に指定された千手観音立像

 木造千手観音立像は、平安時代の創建時(1164年)の124体と、鎌倉時代の再建時の876体、室町時代の補作1体からなる大群像。焼失後の再建時には、定朝様を踏襲する円派・院派、さらに慶派ら当時の仏師集団が総出で造像。平安、鎌倉両時代を代表する作風の仏像を一堂に伝えている。

 1973年に全1001体の保存修理を開始。昨年末に45年に及ぶ作業がすべて完了したのを機に、文化審議会は「王朝文化の華やかさと壮大な規模を伝える記念碑的作例」として国宝に指定するよう求めた。

 国宝に指定されることになり、三十三間堂本坊・妙法院門跡の杉谷義純門主が同日に記者会見した。今回の指定で堂内の全仏像が国宝となり、「改めてお預かりする者として責任を感じる。国民的な財産をきちんと伝えていきたい」と話した。杉谷さん⑤.JPG思いを語る杉谷門主

 大修理を終えた観音像について、「喜んでいるように見える」との感想を述べ、多くの仏師が造像に携わったことから、「同じように見える観音さまにもそれぞれ思いが込められ個性がある。だから会いたい人に似た仏像に会えると伝わっている」と語った。

 国宝指定を記念し、今秋に三十三間堂で慶祝法要を執り行う。法要に合わせ、修理資料に基づく記念誌を発行する予定。宗教的啓発につながるような新たな視点での行事や、観音像すべてに名前があることを知ってもらう企画も検討しているという。

 毎月開いている「仏教文化講座」では、関連講座を連続開講。初回は6月10日午後1時半から京都市下京区のメルパルク京都で、彫刻家の籔内佐斗司・東京芸術大教授を講師に開く。

2018/3/15 《東日本大震災7年》 名取市東禅寺 仮落慶の本堂で追悼法会 早期復興と生活再建願う 4メートルかさ上げ地に再建

 7度目の3月11日を迎えた名取市閖上(ゆりあげ)地区の曹洞宗東禅寺(三宅俊乗住職)。東日本大震災による津波で伽藍が崩壊し、先代住職夫妻が犠牲になったが、この地で再建を果たし、4日に仮落慶法要を済ませた。11日午後2時から営まれた被災物故者追悼法会には檀信徒ら200人近くが参列し、午後2時46分にはサイレンと共に祈りを捧げた。続いて境内から太平洋を遠望する妙光慈海観音像の開眼供養、夕方には参道をローソクで照らす万灯供養が執り行われた。1東禅寺全景.JPGかさ上げした土地に完成した東禅寺本堂、庫裏、墓地など。後方は市営住宅。その右奥が太平洋となる

 4㍍のかさ上げをした土地に5棟の市営住宅が並ぶ。東禅寺はその合間にある。旧本堂より西側に30㍍ほど移動したが、ほぼ同じ大きさで完成した。崩壊した旧伽藍の柱や梁はそのまま再利用され、傷も残っている。天蓋は修復を経て再び吊された。境内墓地も整備。津波で一部損壊した墓石の再利用もあるが、ほとんどは新しい墓石と物故者銘板に切り替わった。午前中から仏花や線香を手にした檀信徒がひっきりなしに訪れ、参拝前に墓石を拭いたり、掃除したりする場面が随所で見られた。

 法要が始まる午後2時には本堂はほぼ満席。地元曹洞宗第4教区青年会有志僧侶が出仕した。導師の三宅住職は香語で「被災地早期復興、被災者生活再建」を願った。三宅住職は御宝前に進み、240人余りに及ぶ檀信徒の震災物故者戒名と一部俗名を一気に読み上げた。そして読経と梅花流詠讃歌のなかを幼児を抱えた家族からお年寄りまで全員が焼香した。

 法要後、2東禅寺本堂法要.JPG三宅住職を導師に営まれた物故者追悼法会三宅住職が挨拶。「この閖上に住まう者として、大きな悲しみとそして忘れてはならない大切な日。同時に多くの亡くなった人への祈りの日。生かされた者が再建を誓う日である」と3月11日を意義付けた。津波により閖上地区で700人余のいのちが失われたことにも言及し、「皆さま方はご家族を亡くされ、大きな悲しみと失意の日々を送られたことと思う。しかしながら私も生かされた者として、亡くなった方の気持ちも込めて一歩前に進まなければならない」と自身の体験と重ね合わせて、心の整理と街復興への意志を口にした。

 挨拶終了と同時に2時46分を迎え、参列者は一斉に合掌して物故者を追悼した。

 同日夕刻には、参道と妙光慈海観音像をローソクで照らす万灯供養が行われた。近くの市営住宅住民も駆け付け、「見事だねー!」と感心した表情で見入っていた。

2018/3/22.29 連携 西本願寺×龍谷大学 学生が外国人参拝者を案内 4月下旬から試行

  浄土真宗本願寺派の本山西本願寺(京都市下京区)と龍谷大学は13日、増え続ける外国人参拝者の対応で本山と宗門校が連携し、学生による外国人参拝者の案内を始めると発表した。4月下旬から土日限定で試行する。入澤崇学長は「学生を通じて西本願寺の歴史を知っていただき、学生にとっても異文化交流の実践の場になる」と話した。③本願寺派 本山と龍谷大が外国人案内で協定.JPG右から本多執行長、入澤学長、久松国際学部長

 案内対応に当たる学生は、国際学部の中から希望者を募り、選考する。外国人参拝者の質問に答えられるような講習や職員が受ける接遇などの研修を経て、二人一組で午前9時から午後5時まで外国人参拝者への声かけを行う。現在7人の希望者がいるという。

 国際学部の久松英二学部長は、平素から「非常に厳しいスパルタ式の教育を行っている」と学生の語学力に太鼓判。入澤学長は1年後にカリキュラムに組み入れる構想も明かし、「授業に取り入れていきたい」と語った。

 京都市産業観光局の調べでは、東日本大震災の翌年から京都の外国人宿泊客数は増え続け、平成28年に318万人に達している(無許可民泊を含まない)。

 西本願寺でも平成28年度に境内の外国人参拝者数を調査。海外から1万2千人以上の来訪者があり、外国人向けに浄土真宗を解説した英語版「必携(普及版)」や日本語を含む8カ国語で寺院パンフレットを用意するなど対応を進めてきた。

 本多隆朗執行長は、「職員だけでは対応しきれない部分もあり、学生の皆さんに協力いただけるとありがたい。より多くの外国人の方々にみ教えに触れていただきたい」と期待を寄せた。

2018/3/22.29 WCRP日本委員会 鎮魂と復興の祈り捧ぐ 福島県浪江町の慰霊碑から 残る津波と原発事故の爪痕

  世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会は14日、福島県双葉郡浪江町を訪れ東日本大震災の追悼と鎮魂、復興のための合同祈願式を行った。宗教者・地元住民約60人が参加。未だ津波被害や原発事故の爪痕が生々しく残る現地の様子に、復興を共に歩む大切さを改めてかみしめた。①WCRP浪江.JPG慰霊碑に向かい祈りを捧げる宗教者たち(14日)

 浪江町営大平山霊園に昨年3月11日建立された182人の犠牲者のための慰霊碑。小高い丘からは青い水平線が眺められるが、陸地は津波の直撃により荒れたままだ。震災前は約2万人が住んでいた浪江町も、現在の帰還者はわずか500人程度にすぎない。

 冒頭、震災復興タスクフォース責任者の黒住宗道氏(黒住教教主)が「避難指示が解除されたのは、復興に向けた一歩には違いないと思うところですが、それに伴う悩みがますます複雑化、深刻化する中で、復興が叶いますようにと心から追悼と鎮魂、祈りを捧げさせていただきます」と挨拶した。続いて立正佼成会・プロテスタント・扶桑教・天台宗・浄土真宗本願寺派・黒住教・カトリック・イスラーム・一燈園の代表者がそれぞれの儀式に則り祈りを捧げ、地震発生時刻の午後2時46分には一同黙祷。白菊を献花した。

 浪江町権現堂地区行政区長の佐藤秀三氏が深く感謝。「皆様に報いるためには復興に向けた姿を見ていただくことが一番。これから浪江は必ず復興します。元の姿には戻れないかもしれないが、少しでも近づくよう頑張ります」と決意を語った。

 津波の直撃を受けた請戸地区の元郵便局長、熊川勝氏は「私の妻もこの碑に刻まれています」と胸が張り裂けんばかりに、今でもあの日のことが脳裏に焼き付いていると吐露。「震災の翌日、町民は何がなんだからわからないうちに避難させられた。放射能さえなければ、流されてきた家族を、亡骸でもいいから抱きしめてあげられたのに…」と悔しさをにじませ、1カ月以上も放置された肉親の遺体を「まるで物を扱うようにホースの水で洗われた」遺族の心を想像してほしいと訴えた。

 延暦寺総務部長の獅子王圓明氏は「これまで中通りには行って話を聞いていたが、今回浜通りを始めて訪れ、7年経ってまだこれか、と衝撃を受けました。自分の眼でしっかり見なければならないんですね」と話した。扶桑教管長の宍野史生氏は「神にたのみ仏にすがるしかない我が身を痛感した、の一言です。現場に来るとすごく胸が痛みます。まだまだやれることがたくさんあるんだなと考えさせられました」とさらなる支援を展望した。

2018/4/5 高野山東京別院に僧侶派遣相談窓口を開設 地方寺院と離郷檀家つなぐ

  港区高輪の高野山真言宗・高野山東京別院(廣瀬義仙主監)は4月から、離郷檀信徒と郷里の菩提寺を繋ぐための仏事相談ダイヤル「首都圏僧侶派遣相談窓口」を開設する。同別院や東京近郊の斎場等で首都圏在住の地方出身者の仏事(葬儀・法事等)を営むことで、「人口流出・過疎化による檀家減少に悩む地方寺院を少しでも助けたい」(廣瀬主監)。宗報等での周知徹底をはじめ、インターネットでも検索できるようにするという。

 首都圏で業者主導による費用一律の僧侶派遣が広がりを見せる中、同別院では都市部と地方のお布施額の差に配慮。連絡経路は「依頼者→別院窓口→依頼者の郷里の菩提寺→別院窓口→依頼者」として緊密な三者関係を構築し、「一切の費用は依頼者菩提寺の基準を勘案して決定する」とした。

 遠方から菩提寺の住職らが葬儀・法事等で東京に出張する場合、別院に1泊千円(食事なし)で宿泊できる。別院を離郷檀信徒と菩提寺住職の再会・交流の場とすることで、故郷の絆を深めてもらう。

 戒名は菩提寺が授与。別院の僧侶が葬儀や法事を行った場合、戒名以外のお布施は5割を別院に納めてもらう。「菩提寺が分からない。確か真言宗だったような気がする」という人にも配慮する。

 通夜・葬儀以外の四十九日忌や年回忌、納骨などは菩提寺で営むのを前提とするが、事情があれば別院でも可能。納骨場所が未定の場合は一時、別院で預かり、墓の紹介等も行う。遺骨の預かり料は1年間3万円。10年経過したら、別院の合祀墓に入れるなどする。

 同別院では首都圏開教拠点としての機能拡充を進めている。秋には東京で初となる結縁灌頂を開壇。檀信徒以外の一般無宗派層にも大師信仰の普及を図り、教線拡張に努めていくという。

2018/4/5 大本 出口王仁三郎聖師入山120年、高熊山岩窟で記念祭

④大本 高熊山タテ.JPG王仁三郎聖師がこもって修行した岩窟前で執行した祭典 京都府亀岡市曽我部町の高熊山岩窟で明治31年(1898)に大本の教祖・出口王仁三郎聖師(1871~1948)が修行してから今年で120年となるのを記念し、入山の旧2月9日に当たる3月25日、大本は現地で祭典を執り行った。王仁三郎聖師が救世の使命を自覚し、自身の開教日と位置付ける霊的修行の節目に、参拝者約400人が祈りを捧げた。

 高熊山岩窟は丁塚山(約354メートル)八合目付近の高台に位置する。今年は王仁三郎聖師の入山から干支が二巡する節目でもある。岩窟前での記念祭後、登山口から約1・5キロにある同町の王仁三郎聖師生家跡「瑞泉苑」でも出口紅教主が臨席して祭典を執行した。

 鈴木穎一本部長が、「聖師さまに対するそれぞれの思いを胸に一歩ずつ登ったことでしょう」と挨拶。全国各地に拠点を開き、教義の体系化や芸術活動の実践、人類愛善会の創設など教団の基礎を築いた王仁三郎聖師の偉業を讃えた上で、人群万類愛善の教えは国際的発展を遂げ、「世界平和へ向け脈々と息づいている」と述べた。

 王仁三郎聖師の産土神社で、かつて高熊山に鎮座していたとされる同町の小幡神社にも参拝。宮司を務めていた故上田正昭氏の孫倉本貴史宮司は「今後も大本とともに伝統を守り伝えていきたい」と話した。

 当時27歳だった上田喜三郎(王仁三郎聖師)は、富士浅間神社の祭神木花咲耶姫命の神使松岡芙蓉仙人に導かれ、岩窟にこもり1週間修行した。現神幽の三界を見聞し、過去・現在・未来を洞察する神力を受け救世の使命を自覚。翌年に大本入りするが、高熊山での修行を自身の開教日と位置付けている。修行中の体験は根本教典の一つ『霊界物語』(全81巻83冊)として著された。

2018/4/12 真宗佛光寺派で法灯伝承式 渋谷真覚氏が門主に就任

1佛光寺 法灯伝承式.JPG恵照門主(右)から門主がまとう紫の衣を受け取る真覚氏 真宗佛光寺派の門主継職を奉告する「法灯伝承式」が1日、京都市下京区の本山佛光寺で営まれた。渋谷惠照第32代門主(92)から門主を象徴する衣と印章が授与され、渋谷真覚氏(37)は第33代門主に就任した。

 本尊の阿弥陀如来像を安置する本堂で佛光寺住職相承の奉告後、大師堂で門主継職の儀式が執り行われ、全国の式務衆約30人が勤行に出仕した。

 参拝者約300人が見守る中、親鸞聖人の御真影前で惠照門主と向き合った真覚氏は、門主がまとう古代紫色の衣と佛光門主が持つ印章を受け取った。

 この後、真覚氏は門主として初めての法要に臨み、第12代性善上人550回忌、第15代経光上人450回忌を執行し、歴代住職の遺徳を偲んだ。

 祝賀会で挨拶した真覚氏は、「身の引き締まる思いがするとともに、今日の日を迎えることの喜びを実感している」と心情を語るとともに、高齢の惠照前門主が宗門を護持してきたことへの感謝と尊敬の思いを述べた。

 「浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし 虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし」と告白した親鸞聖人の和讃を引き、「聖人はお念仏の歩みを深めるほど、己を見つめる厳しい目をいただいていかれた。聖人のみ跡を学ぶものとして自分を見つめ直し、求道、聞法の営みを相続していきたい」と抱負を語った。(続きは紙面でご覧ください)

2018/4/12 日蓮宗・立正大学が協賛「夢さがし作文大賞」 応募総数1万1千点超える

3日蓮宗夢さがし.JPG受賞者に記念品を手渡す中川宗務総長 産経新聞社主催、日蓮宗と立正大学学園が協賛する「全国小中学校 夢さがし作文大賞」の表彰式が3月27日、東京都内のホテルで行われた。小中学生に夢を持つこと、夢を叶えることの素晴らしさを啓発するための企画で、日蓮宗は宗祖降誕800年、立正大学学園は大学開校150周年記念事業として協賛した。応募総数は1万1442点、大賞から佳作まで16人が賞に輝いた。

 大賞に輝いたのは、小学生部門は徳島文理小学校1年生の折本諒真さん、中学生部門は白河市立白河第二中学校3年生の加藤慶大さん。折本さんは警察官になりたい夢を元気いっぱいに書き、加藤さんは美容師として活躍する祖母への尊敬を綴った。

 審査員の中川法政宗務総長は「私も小学校の時に作文で将来、政治家になりたいって書いたんです」と披瀝。国や自治体の政治家にはならなかったが、僧侶として厳しい修行を重ねて宗務総長になったことで夢をかなえたと語りかけ、「乗り越えられない試練はないし、望んだ夢は必ず実現します」と子どもたちを激励した。元ワールドカップ日本代表の北澤豪さんは他者へのリスペクトが込められた作文を褒め称えた。

 加藤さんは受賞の挨拶で、優秀な兄弟と比較されてプレッシャーをいつも受けていたことを告白。しかし、作文投稿後に病気を患った祖母が、もう一度店に立ちたいとリハビリに励んでいるのを見て「兄たちを羨んでいた自分を恥ずかしく思いました」と述べ、自分も祖母にとっての美容師のような、一生をかける価値のある仕事に出会いたいと語った。

 大賞には次回以降も協賛を続ける。松井大英伝道部長は当初の予想よりはるかに多い応募があったことを喜びつつ、寺院・檀信徒の家庭からの応募が400通程度だったので「来年はこの10倍くらいの応募を宗内から出したい」という“夢”を実現させると意気込んだ。

2018/4/12 第42回正力松太郎賞 本賞に田端義宏氏(日蓮宗)と小原智司氏(曹洞宗)、奨励賞に東海林良昌氏(浄土宗)

②正力賞 田端2(修行).JPG「海辺のつどい」の本堂での修行体験の様子 公益財団法人全国青少年教化協議会(全青協)が主催する第42回「正力松太郎賞」の本賞に日蓮宗永昌寺(青森県鰺沢町)の田端義宏住職と曹洞宗西光寺(愛知県豊橋市)の小原智司住職が選出された。今年から青年奨励賞が廃止され、本賞の候補に上がった個人・団体を表彰する「奨励賞」に浄土宗雲上寺(宮城県塩竈市)の東海林良昌副住職が選ばれた。報告会・表彰式は5月31日に東京都港区の東京グランドホテルで開催する。

 田端氏は、1968年から半世紀にわたり、小学4年生から中学3年生を対象とする「海辺のつどい」を開催してきた。子どもたちは、堂内でのお勤めや唱題行、1時間以上もの正座の修行等を体験する。

 2泊3日の団体生活を通して感謝の心や宗教的情操、何ごとにもくじけない心、仲間と共に活動することの大切さ、自主自立の精神を育む。企画・指導・運営がОB高校生などによって行われるのも特長で、責任感のある自立した大人としての資質を養う場ともなっている。長年にわたり仏教精神に基づく地道な青少幼年の教化活動とその普及が評価された。

 小原氏は、1986年から海外新興国において貧困や差別といった厳しい状況に置かれた人々への支援活動を行ってきた。「日本・スリランカ禅仏教協会」の事務局長を務め、2004年にスリランカ初の曹洞宗寺院「瑞慶山永雲寺」を建立。同年のスリランカ大津波では、同寺を拠点に災害支援を行った。

④正力賞 小原.JPGスリランカの西光寺幼稚園で園児に語りかける小原氏 水月会、シャンティ国際ボランティア会、日本ミャンマー友好協会、SOTO禅インターナショナル、ライオンズクラブの会員としてスリランカ、ミャンマー等からの要請を受けて、76の幼稚園建設に関わり、中国とミャンマーにも1校ずつ小学校が寄贈された。自身も全額出資してスリランカ国内に西光寺幼稚園、日東山幼稚園、小原幼稚園を建設。アジア仏教国の教育振興に努め、地道な国際的な子ども支援の功績が評価された。

 奨励賞を受賞した東海林良昌氏は、地域において介護者支援組織「ケアむすび」代表として介護者の孤立を防ぎ、介護当事者の精神的な支えと休息の場を目的とした活動をしている。
東日本大震災では、自坊を避難所として開放。仮設住宅への訪問や被災者の心のケアに努めた。「慈悲の実践」としての活動に共鳴する僧侶とともに仏教者の社会参加を推し進め、仏教の縁起に基づく、苦しみに寄り添う活動が評価された。

受賞者のコメント

視野広い人間を育成…田端義宏氏
 色々な形で青少年に関わり、50年ずっと続けてきました。仏教界だけじゃなく、日本にとっても若い世代の育成は大事だという思いでやってきました。AI(人工知能)が出てきていますが、そうしたものが出てくるほど、心が大事になる。新しいものだけではなく、古いものを大事にできる幅の広い視野を持った人間の育成が必要と思っています。所属する日蓮宗でも青少年の育成に関わる寺院を800カ寺作ろうという動きがあります。同じように活動なさる方々の励みになり、青少年への活動が広まればありがたいと思います。

現地の人に良い印象が…小原智司氏
 アジアの貧しい子どもたちの様子を見たことで活動を始めました。初めて幼稚園や学校を建てたのが25年前になりますが、当時通っていた児童も今では30歳になっています。
 子どもたちは意外といろんなことを覚えています。日本人が建てた学校で勉強した、と言って良い印象を持ってくれます。そういうことって大事なんだろうと思います。この受賞を機に国際協力や教育活動を大勢の人に知ってもらいたいと思います。

2018/4/19 台座から18メートル「鹿野大仏」 日の出町・寶光寺が建立、戦没者や被災者を供養

大仏①.JPG住職二代にわたる悲願だった大仏 東京に大仏のニューフェイス登場―。西多摩郡日の出町の曹洞宗寶光寺の裏山に18メートルの「鹿野大仏」が建立され、11日の開眼供養から一般公開された。評判を聞いた大勢の人で連日拝観道はいっぱいに。新しく誕生した大仏ということで、像の前には小さな誕生仏も置かれ、参詣者は灌仏で祝した。

「毎日、2~3千人は拝観に来られていて、職員もお昼ご飯を食べる暇がないくらいです」と笑顔で語るのは八坂良秀住職。参詣者の求める御朱印に嬉しい忙しさを感じている。大仏は約40年前、先代の故・八坂昭道住職が全戦没者・災害犠牲者の供養のために発願したもの。その遺志を継いだ八坂住職は、東日本大震災の追悼の意味も込め2013年から造立をはじめ、このほど完成となった。寶光寺は明治時代末期に火災により伽藍が全焼しており、以後少しづつ復興を歩んできたが、この大仏の完成により住職二代の悲願が達成された。

 台座も含めた総高18メートルは奈良の大仏とほぼ同じ高さ。青銅の威厳ある色彩が山の中で映える。「鹿野大仏」の名はこの地域の温泉に大勢の鹿が傷を癒しに来たという伝承に基づくが、もちろん「インドのサールナートにも絡めています」(八坂住職)。台座の「鹿野大仏」の文字は愛媛・瑞應寺住職の楢崎通元氏によるもの。

 施工は翠雲堂(台東区)で、仏師は渡邊雅文氏。像本体の費用は約4億円だが、それ以外に参道整備などへの負担もあった。八坂住職は「裏山は完全に林でした。でも切り開いてみると本当に眺めが良くて東京が一望できます。山桜も見ごたえがありますし、秋には植えた紅葉もきっと素晴らしく色づくでしょう。多くの人に参拝していただければ嬉しいです」と期待する。

 拝観料は無料。JR武蔵増戸駅から徒歩30分。

2018/4/19 超宗派の過疎問題連絡会が報告会、伝統が残る地域は法事継続 石川・能登で調査

過疎問題連絡会 能登地方調査報告④.JPG調査の報告をする浄土真宗本願寺派総合研究所の那須公昭研究員 浄土真宗本願寺派など7宗派や大学が石川県の能登地域で行った寺院や門信徒の実態調査の報告会が6日、京都市下京区の大谷派しんらん交流館で開かれた。転出者への働きかけが重要との見方が示されるとともに、地域に家族がいなくなったときの寺院との関係性といった課題も浮かび上がった。

 転出者の帰省理由を調べると、仏事の割合が高いことが分かった。葬儀では8割近くが帰っていたが、法事では7割を切っていた。県内に住む場合は帰省の割合が高く、石川・富山両県外の遠方では低かった。寺院に求めることは、法事や葬儀が約98%と圧倒的に高く、個人的な相談に乗ってもらう場所としては約37%で最も低かった。

 こうした結果から、転出者は地域社会の維持に貢献できると位置づけた上で、寺院へのニーズを強みに近距離(50㌔圏内)に住む転出者の参加を見込んで、告知などで法事の参加を呼びかける必要があるとした。しかし、地域に家族がいなくなった場合、帰省の機会が失われると指摘。墓の問題や寺院との関係性などを課題に挙げ、転出者への対応が寺檀関係の持続を左右すると訴えた。

 過疎地域では法事が続きにくい傾向があるが、今回の調査では33回忌以降も続ける寺院が8カ寺と半数近くあった。このうち告知をしなくても続く寺院が4カ寺あった能登島では、結婚して地域外へ移住した女性が実家に帰り、寺院に参拝する「こんごう参り」の習俗を現在も維持。伝統を保っている共同体では、法事は住民も参加し続きやすいことも分かった。
次回7月の調査では、能登島の「こんごう参り」についても詳しく調べる予定だ。

 調査は昨年8月25~28日、同県七尾市仏教会の5宗派20カ寺(大谷派8、本願寺派6、曹洞宗4、日蓮宗1、高野山真言宗1)と能登島の門信徒などを対象に、超宗派でつくる「過疎問題連絡懇談会」が実施。本願寺派、大谷派、高野山真言宗、真言宗智山派、臨済宗妙心寺派、曹洞宗、日蓮宗の7宗派と龍谷、大谷、静岡の3大学がアンケートを行うなどして調査した。

 臨済宗妙心寺派の久司宗浩・宗門活性化推進局顧問は、今後、寺院と住民の意思疎通や信仰の培養をいかに図るかが大きな課題になると述べ、「一宗一派の発想では乗り越えられない。この懇談会で仏教の隆盛を導く道筋を見出していけたら」と話した。

 同会に新たに全日本仏教会と真宗教団連合、天台宗、真言宗豊山派が加わり、加盟数は14教団4大学3団体となった。

2018/4/19 西国三十三所草創1300年 長谷寺で記念法要厳修

西国霊場①.JPG十一面観音の宝前で草創1300年を奉告する田代化主 観音霊場三十三カ寺を巡拝する日本最古の巡礼道「西国三十三所」の草創1300年を記念する大法要(西国三十三所札所会主催)が15日、奈良県桜井市の第八番札所・真言宗豊山派総本山長谷寺で田代弘興化主(同派管長)を導師に厳修された。同日を「4月15日=良いご縁」として、「日本巡礼文化の日」に制定。毎年、札所をあげて巡礼文化の普及・振興に努めていくことになった。

 午前10時、小初瀬山の若葉を法雨が潤す中、西国霊場各札所の山主らが急勾配の回廊を上がって舞台造りの本堂へ入り、本尊・十一面観音立像の宝前で草創1300年を奉告。豊山派要職者や札所先達ら約300人に加え、大勢の参拝者も結縁した。

 西国三十三所は、近畿2府4県と岐阜県に広がる総距離約千キロの観音霊場。奈良時代前期の養老年間、大和長谷寺開山の徳道上人が冥土に赴き、閻魔大王から霊場開創を託されたのが起源と伝えられる。「『この世の中には自分のことばかり考えている人が多い。(観音の)札所を巡るように世間に説きなさい』と徳道上人が閻魔大王から言われた日から1300年。今も〝人は人と共に生きている〟と伝えていかなければならない」(田中良宜・記念事業広報委員長〈六角堂頂法寺執事〉)

 田代化主は表白で、西国霊場の縁起を読誦。1300年にわたって人々を仏道に導いてきた巡礼信仰のますますの振興を祈念した。副導師の鷲尾遍隆・札所会会長(第十三番札所・石山寺座主)が慶讃文を奉読。西国巡礼の功徳を讃歎した。

 法要後に、峰覚雄・記念事業実行委員長(第三十番札所・宝厳寺管主)が挨拶。「日本における巡礼文化は長谷寺に始まったと言っても過言ではない。観音の思いやりの教えを広めることで、人々が幸せになる。『観音の慈悲の心を今一度、社会に流布しなさい』という徳道上人のお声が聞こえてくる」と追慕した。

 星野英紀・豊山派宗務総長が、万感の思いを込め謝辞。「(1300年の時空を超え)観音様と徳道上人、私たちが同じ時間の中に過ごせたという法悦を深く感じた」と感慨深そうに話し、「これから二十数年間にわたって進める(長谷寺の)大修復事業を前に、今日の記念法要で大きな力を頂いた」と述べた。

2018/4/26 中台僧侶「漢伝仏教訪日団」 大正大学で日中台合同法要

1大正大.JPG大正大学礼拝堂で日中台の僧侶が般若心経を唱えた 日中平和友好条約の締結(1978年)から40年を記念し、中華人民共和国(中国)と中華民国(台湾)の高僧ら130人による「中華漢伝仏教訪日代表団」が16日から22日まで来日。関西・関東の名刹や教団を歴訪した。19日には東京都豊島区の大正大学(大塚伸夫学長)を表敬訪問。合同法要を実施して交流を深めた。

 大塚学長は挨拶で、設置4宗派の宗祖である最澄・空海が中国に留学して天台学や密教を日本に伝えたこと、法然も中国浄土教から強い影響を受けていると述べ、「中華漢伝仏教に御恩があるといっても過言ではなく、切っても切れない深い繋がりがあります」と千年以上の歴史的な日中仏教交流を強調。従来、同大は中国仏教協会と文化・学術交流をしてきたが、今回新たに台湾の中華人間仏教連合総会との縁もできたことに深く感謝した。

 続いて雅楽部の奉納演奏があり、4宗派の学生がそれぞれの法要を厳修。真言宗智山派は四智讃、天台宗は十方念仏、真言宗豊山派は錫杖経、浄土宗は念仏一会をし、意味を丁寧に説明した。最後は代表団が主導し、学長と大学教職員らが随喜しての般若心経合同法要を営んだ。

 代表団団長の湛如法師(中国仏教協会副会長)は大正大学について、戦前に教授だった荻原雲来の『漢訳対照梵和大辞典』が今なお世界的に評価が高いことや、現代でも大塚学長ら第一線の仏教学者を擁していることを賞賛。「1955年、当時の中国仏教協会副会長だった趙樸初先生が広島で行われた原水爆禁止世界大会に参加した時、椎尾辨匡学長にビザをお願いして発給していただくことができました。日中友好宗教者懇話会会長の小野塚幾澄先生も教授としていらっしゃいました」と、大正大学と中国仏教協会の深い縁を振り返って一層の友好を誓った。

 副団長の慧傳法師(佛光山寺常務副住持)は教団が大学による人材の育成を重視しており、台湾だけでなくアメリカなどにも大学を創立していることを語り、留学や学術交流を大いに期待。「和」の精神で中国・台湾・日本の仏教界が一致して人々の心を清めていくことを願った。

 中国と台湾の僧侶が合同で日本に来訪するのはきわめて異例。中国側の僧侶はおよそ20人で、台湾側の多くは佛光山の僧侶だった。一行は21日、群馬県渋川市に建立された佛光山日本総本山の法水寺の落成式にも参加。佛光山は台湾の新仏教教団だが、開祖の星雲大師が中国仏教協会と友好関係を持っていることでも知られる。