2018年

2018/1/1 「愛の像」再び東京駅前に 戦犯教誨師・真言宗豊山派僧侶の田嶋隆純が「愛」を揮毫

東京駅前の「愛の像」 東京駅南口(丸の内側)に両手を天に突きだしたブロンズ像「愛(アガペー)の像」が再設置された。台座に刻まれている「愛」の文字は、戦争犯罪人(戦犯)を収容した巣鴨プリズンの教誨師だった真言宗豊山派僧侶で大正大学教授だった田嶋隆純(1892―1957)が揮毫。東京駅周辺の再開発のため10年余り、別の場所で保管されていた。昨年11月末に設置され、12月7日の駅前整備完了後から注目されるようになった。

 愛の像は反戦と平和のシンボル。恒久平和を願ってのものだが、一時は再設置が危ぶまれていた。そのため田嶋が住持していた正真寺(江戸川区)や巣鴨プリズン元刑務官らが署名活動を行い、平成21年(2009)12月、都知事・JR東日本社長・東京駅駅長3者に提出。そうした活動が功を奏したのかは定かではないが、事業完了後は再び設置することが決まった。

 BC級戦犯には、上官の命令に従ったという人や、無実のまま絞首台に赴いた人が少なくなかった。そうした状況に直面した田嶋教誨師は異例の助命嘆願運動に奔走した。そうした活動が戦犯から信頼を集め、“巣鴨の父”と慕われた。

愛の像の台座に刻まれている「愛」は田嶋教誨師が揮毫 巣鴨だけではなく、世界各地で刑死した戦犯の遺書を集め昭和28年(1953)、巣鴨遺書編纂会編『世紀の遺書』(講談社)が刊行され、田嶋は序文を執筆した。その印税や同著を読んだ篤志家の中村勝五郎さん(故人)などの協力によって愛の像が製作(作者は彫刻家の横江嘉純)され、昭和30年(1955)に除幕。ギリシャ語で愛を表すアガペーの文字は中村さんの母親が記した。

 愛の像は再び姿を現したものの、説明文などはない。そのためほとんどの人は素通り状態だ。東京駅の担当者は、説明文などを設置する予定はないと話した。また、再設置にあたり、セレモニーはなされていない。

 NHKの放映で設置を知った田嶋の長女、田嶋澄子さん(77)は急いで出かけ、タクシー車中から拝した。「全体をみてホッとしました。世界の恒久平和を願う像が戻って来て本当に良かった。東京駅から多くの若者が戦場に行きました。そうした時代が来ないことを願っています」と話した。

2018/1/1 本山東本願寺、ダムに沈む寺の「荘川桜」2世を植樹 念仏500年飛騨門徒の象徴

阿弥陀堂近くに植えられた若木に土をかける大谷暢顯門首(中央の木の右)ら 真宗大谷派高山別院(岐阜県高山市)の前身、旧荘川村の照蓮寺にかつて植わっていて、ダム建設に伴い移植された「荘川桜」の「2世」が本山東本願寺に2本植樹され、12月11日、京都市下京区の同寺で植樹式が行われた。高山教区や本山の関係者ら約130人が見守る中、大谷暢顕門首らが若木に土をかけた。
 荘川桜は樹齢500年超とされるエドヒガンで、光輪寺にあった桜と合わせて2本あり、同県の天然記念物に指定されている。御母衣ダムの建設で湖底に沈むのを惜しまれ、1960年12月に現在のダムを臨む湖岸に移植された。

 照蓮寺は親鸞聖人の弟子、嘉念坊善俊上人が開基。永正1年(1504)に旧荘川村で再建され、落慶記念に植えた桜が荘川桜と伝わる。
今回、2019年5月10~12日に高山別院で執行する親鸞聖人750回御遠忌の記念事業として、本山で飛騨地方の真宗の歴史を伝える架け橋になってほしいとの願いを込め、高山教区と高山別院が主催した。
高さ約6メートルの若木が植樹された阿弥陀堂近くで式典が行われた。小原正憲御遠忌推進委員長は、「500年以上お念仏を聞きながら育った桜が、本山に植樹されるのは大変意義深い」と語った。

 但馬弘宗務総長は、「飛騨真宗の熱き願いを引き受けて、後の世の人々へ伝えていくための大切な勝縁となった」と話し、感謝の言葉を述べた。もう1本は研修道場付近に植えられた。

2018/1/1 日蓮宗 新宗務総長に中川法政氏 掲げる目標は「強い日蓮宗」

中川法政新宗務総長 日蓮宗は12月15日、小林順光宗務総長の任期満了に伴う新宗務総長を選出する第113臨時宗会を東京都大田区池上の宗務院に招集した。45議員は全員一致で中川法政議員(同心会)に投票し、新総長に選出した。前内局で連立を離脱した明和会は再度連立を組み、2021年の宗祖降誕800年に向け挙宗一致で動く方針が固まった。これに先立つ14日の第112特別宗会では議長に大塩孝信議員(同心会)、副議長に高津憲周議員(明和会)を選出した。

 選出後、中川新総長が挨拶。降誕800年の慶讃事業の始動や災害対策などに的確な対応をしてきた小林前総長に対して感謝を述べた。「その重責を引き継ぎ、宗政宗務を全うするには各聖のご協力が不可欠」と宗門僧侶すべてに期待した。

 小林前総長は退任挨拶で広島・長崎・沖縄での戦没者追善法要ができたことを「心願成就」と感慨を持って振り返り、執政中の助けに深謝した。

 認証式は20日に宗務院で行われた。中川新総長は寺院を取り巻く状況が悪化している中、「強い日蓮宗」を目標に掲げた。「体質的にも絆においても、色々な面で強いということ。その強さの源は異体同心であります」と述べ、僧俗一体で宗祖の祖願達成のために邁進することを誓った。

 中川新総長は68歳。大阪府如在寺住職。龍谷大学卒。宗議会議員4期。加行所五行成満。小林内局では財務部長。他の内局役職は以下の通り。

▼塩田義徹伝道局長=熊本県正立寺住職。68歳。元明和会会長。立正大学卒。熊本県宗務所長など歴任。
▼松永慈弘総務局長=埼玉県實相寺住職。54歳。同心会。早稲田大学・立正大学卒。制度研究委員など歴任。
▼松井大英伝道部長=静岡県了仙寺住職。60歳。同心会。ハワイ大学大学院修了。小林内局で伝道部長(留任)。
▼北山孝治教務部長=岡山県妙楽寺住職。65歳。明和会。早稲田大学卒。伝道推進委員など歴任。
▼大場正昭総務部長=静岡県大慶寺住職。64歳。明和会。慶応大学卒。宗門機構検討委員など歴任。
▼木村吉孝財務部長=福井県妙顕寺住職。57歳。同心会。立正大学卒。福井県中部宗務所長など歴任。

2018/1/1 真言宗御室派に史上初・2人の女性議員が誕生 “女性として注目は不本意”

議会に臨む岡田さん(左)と石川さん 京都市右京区の真言宗御室派総本山仁和寺で12月12日、宗会議員の改選に伴う宗会があり、146回を数える宗会史上初めて女性が参画する議会が開かれた。11月に行われた宗会議員選挙で当選した岡田幸恵さん(61)と石川仁蓉さん(60)の2人に話を聞いた。

 前香川支所副支所長の岡田さんは香川県善通寺市の出釋迦堂住職。「まさか自分がなるとは思っていなかった」。支所長ら周囲からの推薦を受け腹をくくった。偶然同期になった石川さんとは今回初めて会話。「男性社会の中で心強い」

 自坊は四国八十八カ所の73番札所。在家出身で僧侶になった夫と二人三脚で護持にあたる。「途中で息がつける寺になれたら」と、全国の先達に支えられてきた報恩の気持ちを込め、お遍路さんに「もうひとがんばり」と声をかける。

 3年前に県内の23カ寺でつくる四国霊場讃岐部会に女性部会を立ち上げ、女性の活動の場を広げようと励んでいる。「後継者がいない寺が増えてきた。議員1年生で分からないことも多いが、課題を見つけて解決につなげていきたい」と意気込みを話した。

 前広島支所長の石川さんは広島県府中市の福泉寺住職。広島支所では、元支所長の吉田正裕次期宗務総長から宗会の結果を聞くのが習わしで、「本山の現状には理解がある」と使命感に燃える。

 自坊では、「24時間いつでも電話してきてね」と檀信徒に呼びかける。都会から移り地域になじめないとの相談や嫁姑問題まで身近な悩みに応えてきた。一般の人向けの写経や御詠歌の教室も催し、開かれた寺を目指している。元会社員の夫も支えてくれる。

 同市の人口は40年間で1万人減少。「過疎化は他人事でない。無住寺院も多くなっている。地元の声を本山に届けながら、長期的な視点で対策を考えたい」と目標を立てる。「女性だからと注目されるのは不本意。役割をしっかり果たしたい」と力を込めた。

2018/1/1 明治維新150周年企画座談会「学僧が語る近代仏教」 安中尚史・佐久間賢祐・星野英紀・山崎龍明

 平成30年(2018)は明治維新から150年という節目の年にあたる。時代を大きく区分すると敗戦の昭和20年(1945)が分岐点であり、戦前77年、戦後73年となる。檀家制度を柱とする近世仏教は明治に入り、神仏分離令・廃仏毀釈といった問題に直面しつつ、存続をはかるため様々な取り組みをしてきた。そうした中から、近代を代表する仏教者が誕生し、時代をリードしてきた。今日、近代仏教研究はめざましい進展を遂げているが、仏教系大学や教団、僧侶、寺院がそれらをどのように受け止めてきたかは判然としないところがある。僧籍を有する研究者の視点から近代仏教について、人物と事象をたどりながら語っていただいた。

――各発題を受け、色々なことが提起されました。いまは学問が細分化されていますが、かつては八宗兼学のように他宗派についても学んでいた。そのあたりから進めたいと思います。

星野 戦後仏教が隘路に陥ったのは、自分のところの所依経典しか読まなくなったことだと思っていて、例えば私どもの総本山長谷寺ですが、真言宗では理趣経だとか、大日経だとかを学ぶ。でも本山にいけば法華経も読む。大乗仏教なら当たり前です。真言の考えからすると自我偈(法華経如来寿量品)は当然関連してくるのですが、大学では学ぶ機会が少ない。単位となる宗典講義とか弘法大師の著作を読ませるだけでせいいっぱい。だから、もう8年ぐらい大学にいてほしいという先生もいる。自分の宗派だけにこだわりすぎるというのはどうなのでしょうか。

山崎 先日、こんなことがありました。日本で亡くなった韓国人の方のお骨を本国にお返ししようということで所沢のお寺に行った。墓前で般若心経を読むことになり、ぼくは読みますがほかの真宗の人は読まない。真宗では、般若心経を読んでいいんですかという雰囲気があります。「般若心経」の空を否定したら、親鸞の浄土や念仏は成り立たないですよ。十万億土にユートピアがあるんだというようなことを言うけれども、親鸞はそんなことは説いていないと考えます。
(座談会の続きと4氏の発題は紙面をご覧ください)

2018/1/1 新春随想 引き継がれる仏教精神―印度山日本寺・東大寺修二会 北河原公敬(東大寺長老)

ブッダガヤの大塔を仰ぎつつ印度山日本寺に晋山する北河原竺主(2017年1月) 昨年(2017)1月、インドのブッダガヤにある印度山日本寺の第6世竺主として晋山しました。国際仏教興隆協会(東京都目黒区)が運営しています。各教団へ就任の挨拶まわりをしましたが、仏教界の方々があまり認識されていないのには驚かされました。

 40年以上前、日本寺本堂落慶の際には12月8日を中心に各教団や団体が、だいたい一日一座の法要を執り行いました。東大寺は南都六大寺からなる南都隣山会の一員として参加し、私も法要に出仕しています(昭和48年12月9日)。東大寺から4人でしたが、生き残っているのは私だけ(苦笑)。そうしたご縁もあったのでしょう。日本寺では光明施療院(無料診療所)や菩提樹学園(無料幼児保育施設)を運営しています。ブッダガヤには各国寺院がありますが、こうした活動をしているのは日本寺だけです。多くの人に知ってもらいたいと思い、竺主として行く先々で広報活動に努めています。

 仏教は中国、朝鮮半島を経て日本に伝わりました。より大きな視野でみれば、伝来した経典はお釈迦さまが説かれた教えであり、それはインドにたどり着きます。東大寺の大仏開眼では、インドの菩提僊那(704―760)が導師を務めました。2002年、大仏開眼1250年慶讃大法要の折、東大寺では菩提僊那のお徳を讃え感謝するために、その彫像を新造しました。残念ながら大仏開眼にインドからお坊さんが来たという歴史を初めて知ったという方が圧倒的でした。

 東大寺は聖武天皇によって創建されましたが、その後の展開をみると罹災と復興の歴史なのです。源平の戦い(1180)では灰燼に帰し、復興して戦国時代になると三好・松永の乱(1567)で再び中心伽藍が焼失。そうしたなかでも、お水取り(=修二会)という行法は続けられてきました。1260回以上になります。修二会の様子は『二月堂修中練行衆日記』に記録され、重要文化財に指定されています。それを読むと中止の危機もありました。衆議で今年は止めようと決めていながら、そういうわけにはいかないと、必要な物をかき集めたり、これまで懸命に続けてきた人たちに申し訳ないと言って行ってきているのです。

 昭和19年の日記をみると、行中に召集令状が届き、お坊さんが3人抜けたこともありました。また灯火管制の厳しさが増し、松明を赤々と燃やすわけにはいかず、お堂の灯りが漏れないように締め切ったそうです。昭和20年3月13日、夜の行法を勤めているさなかにB29の飛来音がし、行中に手水(ちょうず)といって手洗い休憩で堂の外にでると、西の空が真っ赤に染まっていたと書かれていました。大阪大空襲の日です。

個人的な思いですが、どんな苦難に遭っても、どこかに支柱となるものがあり、東大寺の場合、それは大仏さまと修二会という行法ではないか。明治の廃仏毀釈もありましたが、仏教の精神と東大寺の伝統を絶やしてはならないという強い信念がそれぞれの時代の人たちにあったと思っています。そうした精神が日本の文化や伝統を支えていると思っています。(談)


きたかわら・こうけい/昭和18年(1943)奈良県生まれ。龍谷大学大学院修士課程修了。東大寺執事、執事長、東大寺学園理事長などを経て平成22年(2010)、東大寺第220世別当に就任。現在は同長老。平成28年(2016)7月、印度山日本寺第6世竺主に就任、昨年1月ブッダガヤで晋山式が営まれた。
 ロータリークラブ2650地区(京都・福井・滋賀・奈良)のトップであるガバナーを2014・2015年に務め、地域と世界の両面から国際交流や平和活動を推進した。
 著書に『蓮は泥の中で育ちながら、泥に染まらない』DVD対談集『いのちを語る第10巻 北河原公敬×さだまさし』など。

2018/1/11 新連載シリーズ「貧困現場の帯同者たち」①群馬県館林市・源清寺三松会 孤独死防止から葬送まで

納骨堂と塚田副住職。境内には皆護墓地があり、死後も無縁にはしない 曹洞宗源清寺(群馬県館林市)の境内にある三松会(NPO法人・社会福祉法人)は、僧侶による福祉専門の葬儀社だ。その活動は生活困窮者の葬送支援に始まり、後見人事業による孤独死予防活動、さらには66人を収容する救護施設の運営にまで広がる。理事長の塚田一晃副住職(51)は、「この活動は、お寺でなければできない」と言い切る。

 20年ほど前、亡くなった生活困窮者を読経などの供養儀式を一切せずに火葬する直葬が出始めた。当時、千葉県内の寺院に勤めていた塚田氏は、「本当はお葬式をしたいのに『お布施が払えない』という理由で供養を諦める遺族を目の当たりにした」。自坊に戻った後、「増加する直葬を阻止するには、自分で葬儀社を立ち上げるのが一番手っ取り早い」と考え、平成7年に福祉専門の葬儀社を設立。「その頃はNPOがなかったので、有限会社として妻と2人で始めた」

 収益を目的としない僧侶による葬儀社は、意外にも他の葬儀社からの賛同を得た。本堂脇に知り合いの葬儀社からもらった祭壇を置き、棺桶も手作り。大工の檀家が霊柩車に改造した中古のバンで、病院に遺体を迎えに行った。「病院も、僧侶が来たのでびっくりしていた。最初はストレッチャーもなかったから、病院で納棺していた。看護師も手伝ってくれた。私が行けない時は、妻が子どもを背負って行っていた。火葬の手続きも収骨も、全て行った」(続きは紙面でご覧ください)

2018/1/11 「遺骨奉還宗教者市民連絡会」発足 朝鮮出身徴用者の遺骨返還目指す

 太平洋戦争を巡り日本で死亡した朝鮮半島出身者の遺骨返還を目指す「遺骨奉還宗教者市民連絡会」(森俊英事務局長=大阪府堺市・浄土宗正明寺住職)が6日、発足した。日韓両国間で難航している民間徴用者などの遺骨返還が、宗教者らの市民活動で大きく前進しそうだ。

 朝鮮半島出身の旧日本軍人・軍属の遺骨は、国内にまだ残されているものの、これまでに9千柱以上が返還された。しかし、民間徴用者らの遺骨返還に関しては、2004年の日韓首脳会談での合意を受け、日本政府が企業や全日本仏教会(全日仏)に情報提供を求めて調査してきたが、両国関係悪化などの影響で難航している。

 一方で、北海道では1970年代から市民グループによる遺骨発掘が行われていて、2015年9月には民間徴用者115人の遺骨が返還された。それまでにも16人分の遺骨が韓国に返還されている。

 実施したのは、日本と韓国の市民や宗教者でつくる「強制労働犠牲者追悼・遺骨奉還委員会」。共同代表を務めた殿平善彦氏(北海道深川市・浄土真宗本願寺派一乗寺住職)が、今回発足した連絡会の世話人となった。ほかにも遺骨返還の調査や研究に関わる正木峯夫氏(広島の強制連行を調査する会)と小林知子氏(福岡教育大教授)が世話人に名を連ね、日韓両国のメンバー計28人(6日現在)が参加する。このうち宗教者は12人。

 1945年10月に長崎・壱岐島の芦辺湾で遭難した朝鮮半島への引き揚げ船に乗っていた人の遺骨を安置する埼玉県所沢市の真言宗豊山派金乗院(田中政樹住職)や、遭難者の供養を当時から続ける壱岐市の曹洞宗天徳寺(西谷徳道住職)での慰霊法要の機会などに意見交換するなどして、連絡会は結成された。住職2人もメンバーとなった。

 金乗院は国から委託されて遺骨を安置しているが、両寺院は韓国に返還できないのならば壱岐に戻されることを望んでいる。天徳寺の西谷住職は厚労省などに何度も訴えており、金乗院の田中住職は年度末の3月をめどに移動を求めている。

 森事務局長は、朝鮮半島への遺骨返還が目標だが、壱岐への送還が当面の課題になると述べた上で、「国内の寺院に遺骨がなお多く残されている。全日仏の依頼で各教団が調査し、分かったことを放置するのは心苦しい。国家間で返還されるのを強く願っているが、そのために市民活動が担えることを模索したい」と話した。

2018/1/11 愛知学院前理事長・曹洞宗訴訟 訴えを棄却、宗門側の主張認める

 愛知学院前理事長の中野重哉氏が曹洞宗審事院から下された懲戒処分の無効確認と宗議会議員の選挙権及び被選挙権の確認を求める民事裁判の判決が12月22日、横浜地方裁判所であった。長谷川浩二裁判長は被告曹洞宗の主張を認め、中野氏の訴えを却下した。中野氏は控訴した。

 判決では、宗教教団内の懲戒処分の効力に関する紛争に関して、「具体的な権利義務又は法律関係に関する紛争ということはできない」とし、「裁判所に対し上記処分の効力の有無の確認を求めることはできない」と判示した。

 学院理事任期が4年に改正され、内局交代の際、曹洞宗側が宗門理事に辞職を求めたが、裁判所は「長年にわたり継続」していたことから、「被告(曹洞宗)が原告(中野氏)に対し理事を辞任するよう求め、原告(中野氏)がこれに従わなかったことから懲戒の手続を執ったことには相応の合理的理由があるものと解される」と曹洞宗側の主張を認めた。

 懲戒処分をめぐっては元理事を含む愛知学院理事で宗議会議員の3氏が提訴した東京地裁の判決(11月16日)では、懲戒処分を「無効」とし曹洞宗側の不法行為を認定した。東京地裁と横浜地裁で判断が分かれた形になった。

2018/1/11 展望2018 成熟社会に入った日本社会―急がれる潜在力の顕在化

 日本は成熟社会に入った。成熟社会とは、大量生産・大量消費の時代が終息し、精神的な豊かさや生活の質を重視する社会である。昨今のマインドフルネスやヨガ、メディテーション(瞑想)のブームをみても、それが実感できるだろう。マインドフルネスは医療や教育などで効果を示しているという。これらは仏教(宗教)から発したものではあるが、だいたいが脱色されている。けれども視点を変えれば仏教(宗教)には潜在力があるということだ。

 潜在力を埋もれたままにするのではなく、いかに顕在化していくか。また新たな素材を見出していくか。宗教には教えのほか儀礼、行、実践などの魅力的な要素が少なくない。それらを抽出し社会にアピールしていくにはどうするか。

人材育成と登用

 技術面とあわせて不可欠なのが人材である。しかしこの人材発掘と育成が簡単ではない。伝統教団の場合、寺院後継者難が指摘され続けている。過疎化の進行や寺院家庭の縮小もあって人材確保は容易ではない。道元禅師の「一箇半箇」(極めて稀少な真実の仏道を求める人)ではないが、志ある人材を指導し、登用していくことが迫られている。

 日本の人口は西暦2060年代に4千万人減の8千万台になると推計されている。こうした数字から元首相の福田康夫氏は、政治家や官僚に対して「少なくとも三十年~五十年後くらいを見据えた総合的・戦略的な計画を早急に練らないといけません。ところが政治家は、官僚にそれを命じていないどころが、そもそも自分たちが突き詰めた議論すらしていない」(『文藝春秋』1月号)と嘆いている。福田氏は同時に「東京一極集中」にも警鐘を鳴らしている。

 ほとんどの伝統教団は定期的に教勢調査を実施し、現実を的確に把握していると考えられる。教勢調査をしていないまでも、宗費賦課金の納入状況や住職辞令などから教団の状況は推測できる。福田氏の発言までいかなくても5年、10年、20年先を見据えたうえで、今なにをなすべきかを多角的に考えることが必要となる。

 向こう10年余をみると、各教団とも祖師の生誕や遠忌など節目の行事が待っている。こうした行事を一過性ととらず、思い切った人材登用をはかり、時間をかけた育成の機会にできないものか。10年後、40~60代前半となる人たちの積極活用もその一つだ。そうした体験はその後の教団・寺院運営や人材育成にも役立つ。

相続資産が都市に

 一方で、人口減少に伴う教団財政の見直しもしなければならないだろう。東京への人口集中は、相続資産の移動にもつながっている。「親が地方圏、子供が首都圏に住む場合、相続資産は地方圏から首都圏に移転する可能性が高い。今後10年間に地方で発生する相続資産は238兆円。そのうちの約21%の50兆円は子供などの相続人が3大都市圏に住んでいるため、相続資産の3大都市圏への移転が起きるという。首都圏だけでも、10年間の累計で36兆円、年間当たり3・6兆円の相続資産の流入が起きる」(前田裕之著『ドキュメント銀行』ディスカヴァー・トウェンティワン、2015年12月)

 親の死去に伴って資産が都市圏に移動すると、地方銀行や地方経済に打撃を与える。実際、地方からのお墓の引っ越しも増加傾向にあり、地方寺院の経済基盤はさらに弱まるとみられる。葬儀や法事の縮小・簡略化がそれに追い打ちをかける。

 では、どのような未来への対策が考えられるのだろうか。例えば、給付型の奨学金の充実による人材育成と確保、檀信徒を含めた大都市圏の寺院と地方寺院の定期交流、増加する外国人旅行者へのアプローチ――。

 じっと時を待つよりは、種を蒔かなければならない。蒔きさえすればやがて芽が出て実がなるだろう。

 仏教詩人、坂村真民さん(1909―2006)の詩を紹介する。

 あとから来る者のために 

 あとから来る者のために
 田畑を耕し
 種を用意しておくのだ
 山を
 川を
 海を
 きれいにしておくのだ
 ああ
 あとから来る者のために
 苦労をし
 我慢をし
 みなそれぞれの力を傾けるのだ
 あとからあとから続いてくる
 あの可愛い者たちのために
 みなそれぞれ自分にできる
 なにかをしてゆくのだ
 (『坂村真民記念館公式ガイドブック』より)

 成熟社会時代。仏教者・宗教者は、あとから来る人たちになにを用意し、なにを残すのか。

2018/1/18 福井・仁愛大学 次期学長に田代俊孝氏

 学校法人福井仁愛学園(禿了修理事長)は5日、理事会を開き、仁愛大学(福井県越前市)の次期学長に田代俊孝氏(65)を決定した。任期は4月1日から4年間。

 田代氏は三重県いなべ市出身。大谷大学卒。同大大学院博士後期課程満期退学。平成5年に同朋大学教授。同11年に同大いのちの教育センター長。同15年に同大大学院文学研究科博士前期課程仏教文化専攻教授(現職)、同文学研究科長(現職)、同17年に同博士後期課程同専攻教授(現職)。
専門は真宗学、生命倫理学、死生学。日本印度学仏教学会、真宗連合学会、日本生命倫理学会、ビハーラ医療団などで要職を歴任した。

2018/1/18 連載シリーズ「貧困現場の帯同者たち」② 東京都日の出町 岩井院 福生市 三宝会 青少年・高齢者・障がい者 貧富・年齢を超えた大家族主義



志茂有山住職前号でレポートした群馬・源清寺の三松会。実はその三松会がモデルにしたのは仏教系NPOだった。東京都日の出町・曹洞宗岩井院(がんせいいん)の志茂有山住職(62)が代表を務めるNPO法人三宝会だ。三宝会は福生市・横田基地のそばで、青少年と高齢者の自立型住宅と障がい者グループホームを併設する施設「ウィステリア福生」を運営するほか、福生市、青梅市、あきる野市でも障がい者グループホームを運営している。モットーは「大家族主義」。貧富も年齢も超えた、すべての人が家族という温かい家だ。



貧困者7千人を弔う

 岩井院の貧困支援活動は、ホームレスや野宿者ら、家のない人たちをお寺で受け入れるものから始まった。今から30年ほど前だ。時はバブル真っ盛り。日本中が好景気で浮かれており、そこからこぼれ落ちる人のことなど、世間はほとんど気にも留めようとしていなかった時代だ。志茂氏と新子夫人は、福祉機関や行政に紹介された行き倒れの人に心を込めて葬儀をし、岩井院の墓地に埋葬した。4階建てグループホームのウィステリア福生

 生活保護を受けながら老人ホームで亡くなった身寄りのない人など、他の寺院や葬儀社が遠ざけた貧困者を弔った数は現在までにおよそ7千人。「誰にも看取られずに亡くなるのを見過ごすわけにはいかなかった」と志茂氏は語る。新子夫人の父である佐藤黙童氏も、お寺で貧困者への支援を長年行っていた。その姿に志茂氏は感銘を受けたのである。

 参列者も供物もない葬儀を何度も見てきた。自殺者や生み捨てられた赤ちゃんもいた。そういった貧困に転落し、身寄りのない人がたくさんいる現実に直面し、亡くなる前からの支援をしていかなければならない、という思いがだんだん強まっていった。「最近は経済状況を反映してか、そういう葬儀は昔よりも増えているように思います」。かっては年間100~200件だったが今では300件近い。

 ウィステリア福生を開設したのは2001年にNPO法人となってからだ。施設は4階建て。虐待や貧困家庭ゆえに自宅にいられない青少年、身寄りのない高齢者(生活保護受給者)、自立が困難な障がい者が約50人で共同生活をしている。共同生活の発想は里親経験から得た。志茂氏も「こういった共同生活が行われる施設はなかなかないんじゃないですか」と自負する大家族主義なのである。入居者には個室が充てられるが、食事はみんなで一緒に摂る。明るい雰囲気の施設内には笑顔があふれる。(続きは紙面でご覧ください)

2018/1/18 展望2018 仏教伝道の現在と未来に向けて 布教は「信心」を原点に 勇気をもって寺の外へ 細川晋輔・臨済宗妙心寺派布教師・東京禅センター副センタ―長

 昨年の大河ドラマ「おんな城主 直虎」の劇中で柴咲コウさん演ずる井伊直虎が観音経を歌うシーンがありました。井伊家の菩提寺が臨済宗妙心寺派龍潭寺(静岡県浜松市)ということもあり、私が禅宗指導を担当したのですが、普段とは異なる節回しの観音経に多少なりとも葛藤がありました。しかし音楽家の菅野よう子さんが作曲し、柴咲さんが歌うことで大きな反響があり、「念彼観音力ってどんな意味?」という声も聞かれました。
細川晋輔氏
 仏教や禅に興味を持つ人の受け皿となるのが、私たち僧侶。仏教を知識として知るには学問書で十分かもしれませんが、その言葉の先にあるものを伝えるためには、僧侶自身が「仏教で救われているか」という点が大事になります。その実感がないままで仏教を伝えられるでしょうか。

 祖父の松原泰道師は休む間もなく布教伝道に生涯を捧げました。その原動力の一つは戦争体験だったと思います。

 修行道場にいた仲間の雲水たちは赤紙が届いて召集されていきました。体が弱かった祖父は徴兵を免れ生き延びた。生と死の極限を経験し、生かされたいのちに報いてどう社会に還元していくかを考えたのでしょう。

  「生涯現役、臨終定年」という祖父のモットーにはこうした厳しい体験があり、それが布教を続けるパワーになっていた。私たちも、私たちの時代で強い思いや行動が必要になっていきます。龍雲寺に掲げられている松原泰道老師の遺詞「私が死ぬ今日の日は、わたしが彼土でする説法の第一日です」

 最近はお寺で婚活やヨガ、各種イベントが開催され、お寺は身近なところになりました。「お寺の敷居を下げる」という言い方もされますが、果たしてそれだけでいいものなのでしょうか。なぜなら仏教を求めてお寺に来る人の動機は、悩みを持ち、自分と向き合うためなのです。緊張感があるのは当然で、「お寺に行ってみよう」というその決心に応えられる場でないといけません。だからこそ非日常の空間を大事にするべきではないでしょうか。

 仏教は心の病院とたとえられますが、SNSなどに「死にたい」と書き込むほどの苦しさを抱えた人たちに少しでも届くよう、仏教の門戸を広げる。この時に何か新しいことを始めるというよりも、私は法話・写経・坐禅の3本柱を根幹にしたいと考えています。

 祖父は昔、法話をしても誰も興味を示してくれないからといってオルガンを弾いたそうです。祖父の世代や多くの先輩方が苦労をして、法話を聞く土壌を作ってくれました。今、法事でお寺に来る方はたとえ法話が拙くても静かに聞いてくれます。しかし、本当にその法話が心に届いているでしょうか。内容を省みながら、研究を重ねる。様々な社会の資格のための勉強も必要ですが、何よりも仏教を学び続けなければなりません。

 数年前のある調査では妙心寺派全カ寺で坐禅会を開いているのは3割程度。禅宗寺院にとっての最高の布教は坐禅であると思うのです。私たちこそ坐禅を最も好んで行ってなければならないはずです。布教伝道は宗教法人の責務でもあります。人口減少など厳しい時代だからこそ、僧侶の原点である「信心」を再確認していかなければなりません。

 坐禅によって見出したもの

 「恩に報いる」。これが私の活動のキーワード。祖父に加えて、妙心寺派の宗務総長を務めた父の存在もあった私は、七光りどころか十四光の環境にありました。プレッシャーもありましたし、知らないうちに天狗になっていたかもしれませんが、9年にわたる僧堂での修行生活によって、それらを捨てることができました。坐禅によって豊かに生きる光を見出し、恩を知るだけでなく、その恩に報いるために何をすべきなのかと考えることができた。それはまさに禅のおかげなのです。

 周囲からは「若過ぎる」と言われましたが、35歳で宗会議員となったのも一番の根幹である僧堂を支えたい、万全の体制で修行に打ち込める環境を護りたいという思いがあったから。私が僧侶として生きるうえで、唯一、寄り掛かれるのが修行時代だからです。次世代の僧侶にもこの修行の場を残したい。将来的には、寺院子弟だけでなく、真剣に道を求める人を受け止めるシステムも整えたいと考えています。

 自坊では坐禅会、法話会や写経会を行い、学校や企業、カルチャーセンターでの話や坐禅を行う機会も増えてきました。檀信徒ではない不特定多数の方にお話をすることの難しさを常に感じていますが、毎回毎回、気づきがあり、自分が仏教や禅とどう向き合っているのか、その「信心」を見直す絶好の機会にもなっています。

 在家の方が、勇気をもって寺の門を叩くように、私たち僧侶も勇気をもって寺の外に踏み出す。お釈迦さまが悟りを開いたのちに、何のために立ち上がったのか。私たち僧侶はそのことを忘れてはならないと思うのです。



ほそかわ・しんすけ/1979年生まれ。臨済宗妙心寺派龍雲寺住職。佛教大学卒、花園大学大学院修了。 妙心寺派宗議会議員。妙心寺派布教師。東京禅センター副センター長。著書『わたしの坐禅』(青幻舎)。南無の会会長を務めた松原泰道老師の孫。

2018/1/25 横浜市・真照寺で「葬儀から永代供養まで」新葬儀保険スタート

新保険の概要図。「入院や介護でお金を使い果たし、葬儀費用がない」という切実な声を受けて作られた 葬儀から納骨までの費用を保険でまかなう新しい葬儀保険が、昨年12月からスタートした。「ご安心150万円プラン」で、「家族に葬式の負担をかけたくない」「高齢で加入できる保険がない」「医師の診断を受けるのが面倒」という人に、特におすすめだ。お寺にとっては檀信徒だけでなく、一般の人々との新しい縁作りにも活用できそうだ。

 葬儀(主に家族葬)代一式、寺院費用(戒名・お布施)、永代供養墓(納骨・供養など一括費用)を含む葬儀保険を始めたのは、横浜市磯子区の高野山真言宗真照寺(水谷栄寛住職)と引受保険会社株式会社メモリードライフ。「数年前から『入院やその後の介護でお金を使い果たしてしまい、葬儀費用がない』という相談を度々受けるようになった」(水谷住職)のがきっかけだ。「ご安心150万円プラン」で葬儀から永代供養までまかなえるが、加入者がより質素な葬儀を希望するなどして残金が発生した場合は加入者に返還する。

 従来の葬儀保険では葬儀までが対象で、納骨まではカバーしていなかった。そのため「遺骨の埋葬先がない」というケースが発生。新保険では永代供養墓に埋葬されることになり、その後の供養も約束されている。
保険には弁護士費用も含まれる。保険金受取を弁護士に一任することで、保険金請求手続きをはじめ、死亡届の提出、葬儀費用の支払い、相続や財産処分、遺品整理などもスムースにできるようになる。

 保険料(かけ捨て)は例えば50歳男性(3カ月払・3780円)女性(半年払・4350円)。60歳男性(月払・2340円)女性(3カ月払・3060円)など。年金や生活保護費でも十分負担できる額で、保険には80代でも加入できる。

 新保険に協力希望の寺院(宗派不問)や葬儀社からの問い合わせ、資料請求等は取扱代理店株式会社つなぐワーク(電話090―4826―4170 児島大輔氏)。今後、自治体窓口をはじめ後見人業務をしている行政書士や司法書士、高齢者福祉施設、各地の民生委員などに幅広く広報。「生活困窮者のセーフティネット」としても周知を図っていく。

2018/1/25 浄土宗 オーストラリア・カウラ日本人墓地で慰霊法要 脱走時に日本兵234名死亡

 平成30(2018)年1月18日、豊岡鐐尓宗務総長を団長とする浄土宗訪豪団6名がニューサウスウェールズ州カウラ市の日本人戦争墓地において慰霊法要を執り行った。カウラでの浄土宗法要は、平成9年(1997)11月の追悼法要に次いで2回目である。一行はその後ブリズベンの浄土宗開教地を視察後、木曜島の日本人墓地での慰霊法要を行った。(報告・文責 田村恵子)

カウラ市の日本人戦争墓地で慰霊法要の導師を務める豊岡総長 カウラはシドニーから西へ約300キロの人口1万2千人の町で、第二次大戦中に日本人とイタリア人捕虜の収容所があった。捕虜待遇は良好だったが、1944年8月5日未明に日本人捕虜約千名が集団脱走を決行した結果、日本人が234名死亡し、豪軍側も4名の死者を出した。この事件は歴史的にも脱走として最大規模だった。事件後、日本人死亡者はカウラに埋葬され墓標が立てられた。

 戦後、日本政府は豪国内に点在する日本人墓の扱いに苦慮した。その数は500基以上で、戦争捕虜として死亡した軍人に加えて、敵国人としての抑留生活中に死亡した民間人の墓も含まれていた。日本政府は遺骨の日本送還も検討したが、豪国内に戦争墓地を設置して日本人墓を一カ所にまとめるとの決定をした。1964年11月に開園したカウラ日本人墓地には525基の墓があり、その土地は豪政府からの永久貸与で、日本政府が豪政府機関に依頼して維持管理をしている。しだいに脱走で生き残った元捕虜たちが慰霊のためにカウラを訪問するようになったが、カウラ市民は日本人訪問者を温かく迎えるだけでなく、日本との友好親善と和解を目的に、広大な日本庭園や桜並木を市内に整備している。

 今回の法要では、豊岡総長が墓地の慰霊碑への献花後、一つの花輪をある軍人の墓に捧げた。この墓に眠るのは長野県出身の陸軍准尉若麻績通明さん(享年27歳)で、長野県坂城町の浄土宗西念寺住職の次男だった。若麻績さんは1939年に陸軍航空通信兵として入営し、中国からニューギニアへ転戦後、1944年7月の戦闘中に捕虜となり豪国内の収容所に移送された。終戦間際の1945年7月30日に肺炎で入院先の病院で死亡し、遺骨を納めた墓がカウラにある。一方、遺族は「ニューギニアで1944年7月に戦死」との公報を受け取っていたため、若麻績さんが豪国内でその後1年近く生存し、墓がカウラにあることを知らなかった。(続きは紙面でご覧ください)

2018/1/25 1.17阪神淡路大震災から23年 継承し伝えていく使命

神戸青年仏教徒会・全日本仏教会 カトリック教会で追悼行事

位牌、十字架が置かれた祭壇で献灯・焼香する参列者 一般社団法人神戸青年仏教徒会(神戸JB、矢坂則人理事長)と全日本仏教青年会(倉島隆行理事長)は17日、神戸市長田区のカトリックたかとり教会(神田裕神父)で諸宗教による阪神淡路大震災の追悼行事に参加した。同地区にある「あわせ地蔵」でも震災慰霊法要を営み、いずれも震災発生時刻の5時46分に追悼の祈りを捧げた。

 同教会では震災当時、地域の寺院・教会・神社がボランティアを通じて絆を結んだことから、毎年宗教宗派を超えた合同の追悼式を行っている。

 同教会主任であった神田裕神父(カトリック大阪司教区)が震災から3年後に作成した「宗教者による神戸メッセージ」を読み上げ、地震発生時刻の黙祷を前に「最後の一人が震災から立ち直るまで震災は終わらない」と語りかけた。続いて青年僧侶の読経の中、十字架と位牌を並べた祭壇で参列者が献灯・焼香した。

 倉島理事長は、「こうしてご一緒に祈れる場所があることに感謝し、共に未来に向かって行動していきたい」と話し、神田神父も「多くの人の苦しみに思いを注ぐことができた歩みを、未来につないでいくための大事な日として祈りたい」と述べた。

 前日からの雨が降り続く中、「あわせ地蔵」での法要を終えた矢坂理事長は「これから学校があるだろうに、小さい子どもたちが3時に起きて豚汁をふるまってくれた。思いが紡がれていく。涙が出る思いだった」と感謝。

 地元の思いとして「思い出したくない方がたくさんいる一方で、忘れてほしくない方もたくさんいるのも事実。我々僧侶の言葉にまだ少し力が残っている。継承し、伝えていくのが使命だと思っています」と語った。

神戸市仏教連合会 避難所となった寺院で追悼法要

約90人の僧侶と住民が手を合わせ焼香した 神戸市仏教連合会は17日、神戸市中央区の浄土真宗本願寺派西方寺で、金井孝顕会長を導師に阪神・淡路大震災犠牲者追悼法要を執り行った。辻井定宏、善本秀樹両副会長が脇導師を務め、市内7区の仏教会会長が出仕。約90人の僧侶と住民らが手を合わせた。

 会所の西方寺は約2カ月間、避難所となった。当時副住職だった本川英暁住職(64)は夜明けを待って庭先に出ると、崩れ落ちた家で門前の道が塞がれていた。「地獄絵」のような風景が広がっていた。
同寺も庫裏が歪む被害(判定は全壊)を受けたが、震災17年前の1978年に鉄筋コンクリート2階建てに建て替えた本堂は大きな被害(同半壊)はなかった。「開けてくれないか」と集まった住民は夜には150人に達していた。

 寺に設置する唯一通じた公衆電話(ピンク電話)で区役所に連絡を入れ、当時の区長に状況を説明すると「分かった」と一言。翌日午後から救援物資が届くようになり、「公認民間避難所」になった。

 集まったのは門徒関係者が6割で、後は面識のない人たちだった。トイレ掃除や上下水道の仮復旧などは避難者が協力して行い、本堂1階の会館で共同生活を送った。ボランティアに訪れた多くの人に助けられた。

「写真を撮ろうと思わず、避難生活を伝える一枚も残っていないが、犠牲者6434人と遺族、被災者すべてに物語がある」と本川住職。「風化させまいと語り継ぎ、震災を思い出すのが追悼の意味ではないか。震災を知らない世代に日常の折々に伝え、その背中を見せるのが残された者の役目」と決意を新たにした。

 法要は、東日本大震災と熊本地震の犠牲者追悼を併修。金井会長が挨拶し、「神戸市仏教連合会が続く限り、追悼を続けたい」と語った。

2018/1/25 展望2018 僧侶再教育の場作りを 資質向上は布教や寺院存続にも(阿純孝)

 平成21年に天台宗宗務総長に就任するにあたり、「人材育成」「教えの普及」「寺院の存続」を執務方針に掲げました。試行期間を経て、平成24年には「教学の進展並びに人材の養成を図る」ことを目的に「教師研修会規程」を新設しました。加行を終えた天台宗全僧侶を対象にした再教育の場です。平成25年には規程改訂を行い、「僧都」の補任を受ける際の研修を義務化しました。

変化した寺院生活

 研修制度の背景には、寺院生活を含めた大きな社会変化があります。運営状況が厳しい寺院も多く、同時に高齢化によって80歳を過ぎても元気に活動する住職がたくさんいる。後継者の副住職は、生活のために外で仕事を持つようになります。こうした状況で将来を考えた場合に、仏教系大学よりも就職に有利な大学や学部、あるいは自坊から通える地元の学校を選択するようになる。学校を卒業して就職すれば、会社中心の生活になってしまいます。

平成29年6月に大正大学で行われた研修会の様子(天台宗提供) もちろん、昔から役所や学校の先生などを兼職しながらお寺を運営する住職はたくさんいましたが、職場環境が変わってきているのも事実。葬儀が入った時に、かつては「お寺さんだからしょうがないね」と、仕事を休むことが許容されていましたが、今はそうはいきません。

 社会人としての経験を積みながら、いずれはお寺の住職になろうという人は少なくありません。社会に出たことで幅広い知見を得ることもできるわけですから、僧侶になって活かせるものもあるでしょう。とはいえ、大学・社会人の時代に、仏教の勉強をする機会がほとんどなかったということでは困ります。近年、僧侶の資質向上が課題にされていますが、人材養成を考えるうえで、こうした社会構造の変化も考慮に入れるべきでしょう。

 天台宗の「教師研修会」では仏教的教養を身に付けてもらうことを念頭に、大学レベルの質を持ったカリキュラムになるよう内容を考えました。具体的には、A群『基礎科目』でインド・中国・日本の仏教史、B群『実践科目』で天台宗の行事や儀礼、C群『応用科目』で天台教学。各群10単位で計30単位あります。研修会は1回2泊3日で行われ、3回で満了となります。会場は大正大学、叡山学院を含め東北や九州などの全国5カ所ほど。講師は大正大学などの若手研究者を中心に登用し、事前に審査を行って任命することにしました。

 各会場に私も足を運びましたが、幅広い年齢層から多くの参加者がありました。これまでも学びたいと思っている人は多かったのでしょうが、その機会がなかったということなのでしょう。

“学び”のきっかけ

 幼少期からお寺で生活をしている限りにおいては、作務やご供養、朝夕のお勤めなど僧侶としての基本的な生活態度は身についていきます。同時に、檀家制度が立ち行かなくなり、これまでの枠を超えて親しくお寺に人が来られるようにしなければいけない時代に、仏教的教養の習得は不可欠です。研修会だけでは十分ではありませんがきっかけにはなるはず。研修会で仏教の基礎を学びなおして、その後は各々が勉強していけばいいのですから。

 昔はお寺を掃除してきれいにし、檀家さんのためにお経をあげていれば、ある程度はお坊さんとして認められていました。しかし、時代の変化によって、お寺や僧侶に対する見方、社会的な立場や役割は変わってきた。今は一般の人も仏教書を読んでいて、知的レベルも高くなっている。書店に行けば仏教書のコーナーにたくさんの本が並んでいます。仏教を学ぼうと思う人は、お寺に行かず書店に行くのです。それでは情けないではありませんか。

さまざまな段階で研修

 仏教の教えを知りたいという人はたくさんいるのですから、門戸を開いて仏教を説ける僧侶を養成しなければいけません。もっと言えば、仏教的教養がなければ社会的な問題に対して意見も言えないでしょう。例えば戦争や紛争などの大きな問題から、身近に起きる諍いへの対処の仕方など様々ですが、仏教的な見地からの意見を述べるためにも仏教的教養は必要です。これからの時代、そうしたことはさらに求められてくるかもしれません。

 当初は、加行後の研修のほかにも、得度を終えた寺院子弟を対象にした研修も検討していました。「写経」「止観(坐禅)」を通した布教実践を学ぶ研修などもいいかもしれません。様々な段階で研修を行うことで、豊かな人材を作る。それが僧侶の資質向上にとどまることなく、教えの普及や寺院の存続にもつながっていくのだと思います。(談)
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おか・じゅんこう/1937年、東京生まれ。早稲田大学文学部東洋哲学科卒業。同大学院修了。平成21年から天台宗宗務総長を一期務める。茨城県の名刹千妙寺貫主。

2018/2/1 全日仏新年懇親会 11月のWFB大会アピール 現・次期会長が協力と参加を要請

 今秋11月、千葉県成田市と神奈川県横浜市の曹洞宗大本山總持寺を会場に第29回WFB世界仏教徒会議日本大会・第20回WFBY世界仏教徒青年会議日本大会を開催する(公財)全日本仏教会(全日仏、石上智康理事長)。1月30日夕、都内のホテルで加盟教団はじめ各界代表ら500人以上が参席して新年懇親会を催し、大「三感王」について述べる中西副会長。左隣が小峰会長、右隣が江川次期会長 会をアピールした。


 現第32期と4月からの第33期会長および副会長が登壇。小峰一允会長(真言宗智山派管長)は昨年10月に実施された財団創立60周年記念式典と福島大会への協力に感謝しつつ、WFB大会に向けて「ぜひ、皆さまにはご参集いただきますようお願い申し上げます」と要請した。


 江川辰三次期会長(大本山總持寺貫首)は今年3月で満90歳を迎えるが、「この重要な役職を無事に全うできるよう心身をととのえ、精進を重ねてまいりたい」と抱負を披瀝。大会では總持寺も会場となることから「皆さまのお力添えをお願いします」と呼びかけた。


 乾杯の発声は中西玄禮副会長(浄土宗西山禅林寺派管長)。「感恩・感動・感謝の三感王をめざそう」と口上を述べて杯を上げた。


 WFB大会は11月5~9日、成田市内のホテルと總持寺で行われる。開会式は同7日、記念シンポは同9日の予定。 

2018/2/1 全日本宗教用具協同組合(全宗協) 3月27日を「祈りの日」に登録



「祈り」をPRする全宗協のクリアファイル  全日本宗教用具協同組合(全宗協/小堀賢理事長)が3月27日を「祈りの日」と登録したと発表した。昨年に日本記念日協会に申請し、同11月20日に登録された

 全宗協は設立した昭和63年(1988)から「3月27日(毎月27日)はお仏壇の日」を開始し、各店でのぼりを出すなどしてPRしてきた。しかし、宗教用具業界を取り巻く厳しい環境もあり、全体の協調を考えて「祈り」に変更。業界全体で協力し合うことを目的に今回の記念日登録に至った。

 「祈りの日」の由来は『日本書紀』巻29、白鳳14年(685)3月27日の天武天皇の勅命である「諸國毎家作佛舎、乃置佛像及經、以禮拜供養(諸国の家毎に仏舎を作り、即ち仏像と経とを置きて礼拝供養せよ)」に依拠している。

 全宗協では「日本の祈り文化と、共にある」をテーマに、「INORI JAPAN」のロゴや動画CM製作など様々な活動を行っている。

2018/2/1 WCRP理評議 ACRP東京大会「行動する宗教コミュニティ」 20年10月開催 テーマや日程が内定 核廃絶に向けタスクフォースに「条約批准」明記

 (公財)世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会(杉谷義純理事長)は1月23日、東京都杉並区の立正佼成会法輪閣で第24回理事会・第15回評議員会を開催し、日本委員会人事、平成30年度事業方針・事業計画・予算などを審議し了承した。核廃絶に向けた取り組みとして「核兵器禁止条約批准タスクフォース(TF)」に名称を変え、啓発活動や他団体と連携していく。2020年に東京で開催する第9回アジア宗教者平和会議(ACRP)については、「行動するアジアの宗教コミュニティ」(仮)を大会テーマとして調整中であることが報告された。開式にあたり挨拶する杉谷理事長

 開会に先立ち、杉谷理事長が挨拶。昨年、国連で核兵器禁止条約が採択され、協働でハンドブックを作成した国際NGO「ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)」がノーベル平和賞を受賞したことに触れ、「運動にはWCRP国際委員会はもちろん、日本委員会も頼りにされている」と改めて受賞を喜んだ。一方で条約の発効に向けての課題も多く、「普段の政治的なスタンスはあるだろうが、宗教者として核兵器に関しては心を一つにし、人間が存在する以上共存できないという基本姿勢を持っていきたい」と協力を呼びかけた。

 新年度からはこれまでの「核兵器禁止条約TF」から、条約の批准と発効に焦点を当てた「核兵器禁止条約批准TF」として事業を推進する。ICANとは協働で映像作品制作を検討しており、科学者、国会議員やNGO、首長ら他団体とも連携して条約批准に焦点を当てて取り組む。

 東日本大震災復興TFは当初5年間の活動が3年延期され、2018年度で最終年を迎える。これ以降の取り組みとして、継続的に支援してきた協賛団体への支援を続ける。地元の人々の自立を支えるフクシマコミュニティづくり事業は、地元の団体「ふくしま百年基金」を引き継ぎ団体の候補の一つと想定して調整することになった。

 報告事項として、2020年に開催のACRP東京大会の概要も報告された。東京大会は「具体的な行動をする運動体」(根本信博ACRP事務総長)の眼目のもと、「行動するアジアの宗教コミュニティ―包摂的で平和なアジアに向かって」を大会テーマに調整を進めている。大会は10月14~16日の3日間で4つの分科会を開くほか、11~13日に青年大会、13日に女性大会を開く予定。

 人事では理事に大本の浅田秋彦前本部長が退任、鈴木頴一本部長が就任。臨済宗妙心寺派の栗原正雄宗務総長も新たに就任した。



ロヒンギャ救援 米12トンを支援

 1月20日にバングラデシュ・コックスバザールのロヒンギャ難民キャンプを救援のため訪問したACRPシニアアドバイザーの神谷昌道氏が、理事会・評議員会で現地の様子を報告した。

 WCRP日本委員会の勧募で2万ドルが集まり、現地の救援活動の母体であるRfPバングラデシュに託された。これまでも毛布や蚊帳を送ってきたが、食料が不足しているという現地の要請から、12㌧の米を買い付けてキャンプに届けた。RfPの関係者20人が物資の配給にあたった

 神谷氏は難民登録ができずにキャンプに入れない難民が多くいたことなど、劣悪な生活環境下にあることなど厳しい状況に置かれたロヒンギャ難民の様子を話した。

2018/2/1 興正寺裁判に添田総長が出廷 寺有地無断売却 「宗規違反、確信犯的」

  中京大学への138億円を超える寺有地無断売却で罷免された梅村正昭元住職側と、宗派の特任住職側との間で住職の地位や寺の明け渡し等をめぐる裁判が続く名古屋市昭和区の高野山真言宗別格本山・八事山興正寺。名古屋地裁で1月24日、添田隆昭特任住職(同宗宗務総長)の尋問が行われ、罷免に至った経緯や処分(平成26年1月)の妥当性が争点となった。

 添田特任住職は、「元住職は宗規に違反して境内地を管長の承認を得ないまま売却し、礼録(売却収入の3%)も納めていない。確信犯的な宗規への反抗だ」と答弁した。

 元住職側弁護士は、「(処分に際し)他の罷免事例との比較はしたのか。高野山の塔頭寺院が重要文化財の仏像を売却しても降級処分。重文売却より重く処分している」と罷免処分の不当性について質問。添田特任住職は、「塔頭寺院は非を認めて礼録を払ってきたから、処分は軽微で済んだ。梅村氏は確信犯的に礼録を払わず、懲戒処分を避けるために宗派から離脱しようとしていた。だから(審査委員会で)罷免になった」と答えた。

 裁判長は、「末寺は(寺有財産処分に際して)どういう礼録が発生するのか、(宗派から)指導しないとわからないのではないか」と質問。添田特任住職は、「梅村氏は宗務支所長、宗会議員をしていた(から礼録納付の規則は熟知している)。確信犯的に宗規違反をしている」と答えた。特任住職側弁護士も、「寺有財産処分の際、管長の承認を得なければならないことは、興正寺の規則にも書いてある。周知するまでもない」と補足した。

 罷免後も寺を占有し続ける元住職側の職員への給与支払いについて、元住職側弁護士から「宗派から5億6千万円も借り入れているのに、なぜ多くの従業員に給料を払わないのか」と問われると、「公租公課を納めるためにやむを得ず借りている。この額は宗団にとっても簡単な額ではない。寺が不法占拠されているので、一人一人の雇用契約や勤務実態がわからない」と反論。社会保険料等は、「登記簿上の住職である私の所に請求が来るので、こちらが納付している」と強調した。

 元住職が1月17日の尋問で寺有地売却代金の投資運用益で「100億円」に上る伽藍改修事業を行う計画だったと説明したことに対しては、「50年に一度の高野山開創記念大法会でも、総事業費は約70億円。高野山よりも小さい興正寺で、100億円も伽藍改修にかければ、本来の興正寺の面目は失われてしまう」と主張。「宗務総長として宗規は守らなければならない。いわば梅村氏、(その息子の)昌寛氏は同僚。罷免・除名を通達する役にあったことは心苦しい」と吐露した。

 2月28日午前10時から最終弁論が開かれ、双方共に最終準備書面を提出。これで結審し、1審の判決日が決まる。

2018/2/8 朝鮮半島出身者の遺骨 壱岐・天徳寺に安置求める 宗教者市民連絡会が厚労省に要望書

 戦時中、朝鮮半島から日本に来た人の遺骨を韓国・北朝鮮に奉還することを目的に1月6日結成された遺骨奉還宗教者市民連絡会は同31日、加藤勝信厚生労働大臣に「金乗院の遺骨に関する要望書」を提出した。森俊英事務局長、曹洞宗天徳寺(長崎県壱岐市)の西谷徳道住職、浄土真宗本願寺派延立寺(東京都八王子市)の松本智量住職、在日コリアンの信仰を集める禅宗国平寺(東京都東村山市)の尹碧巌住職が霞が関の厚労省を訪れた。

 終戦の年の1945年秋に、福岡県・山口県などから船路で帰国する朝鮮半島出身者が、台風の直撃を受け対馬海峡で犠牲となった。遺体は壱岐・対馬の海岸に打ち上げられ、埋葬された。その後、1976年には壱岐で、83・84年には対馬で遺体の発掘が行われている。

 犠牲者の遺骨131柱は、国から委託され埼玉県所沢市の真言宗豊山派金乗院に安置されている。この遺骨は3月末までに別の場所に移される。

 そのため、「朝鮮半島出身者の遺骨は少しでも故郷の近くに安置され、ご遺族関係者などがお参りしやすいよう配慮されるべきと考えます」と指摘。長年にわたって犠牲者の供養を続け、韓国からも遺族や僧侶が弔いに訪れる天徳寺に安置されてこそ「現在の時点で実現可能な最も人道的な処置」と述べている。また、この海難犠牲者だけでなく、全国に存在する朝鮮半島出身者の遺骨をできるだけ早く奉還することも求めている。

 要望書を受け取った厚労省社会・援護局事業課の青木一生氏は、次の安置場所が見つからない場合は省内の安置室で預かる可能性があると示唆。要望書への文書回答はすぐにはできないが、できる段階になれば送付するように努力するとした。

 森事務局長(大阪府・浄土宗正明寺住職)は「壱岐の天徳寺への移送がスムーズに進むことを願うが、そうなるとは限らないという印象があった」と懸念しつつ、連絡会として何をすべきか模索していきたいとしている。

2018/2/8 曹洞宗・愛知学院理事裁判 東京地裁・横浜地裁両判決を読み解く 内局交代と理事退任 事実認定の違いが判決に反映 紀藤正樹弁護士に聞く

 曹洞宗(釜田隆文宗務総長)と愛知学院理事と元理事の3宗議会議員および前愛知学院理事長の間で争われていた懲戒処分をめぐる訴訟は、昨年相次いで一審判決が出た。東京地裁判決(11月)では「却下」としつつも原告宗議会議員の地位と賠償請求を認めた。一方、被告曹洞宗の主張を全面的に認めたのが横浜地裁判決(12月)だった。今回の訴訟は宗教法人と学校法人との関係性をめぐる争いでもあった。宗教教団の訴訟に詳しい紀藤正樹弁護士に、両判決を読み解いていただいた。紀藤弁護士

 ――二つの判決は矛盾しているように見えますが。

 紀藤 原告側の請求は3つに分解できます。3人の原告がいる東京地裁では①懲戒処分の無効確認、②宗議会議員の地位確認、③550万円の損害賠償請求です。横浜地裁は、①と③は同じですが、②が異なり、宗議会議員の地位ではなく、宗議会議員の選挙権および被選挙権を有する地位の確認です。

 ②は、そもそも争いの対象が違いますので、東京地裁では宗議会議員の地位確認を求めたところ「法律上の争訟」とされましたが、横浜地裁では、議員の選挙権・被選挙権を有する地位は「法律上の争訟」ではないと判断されました。この点、宗議会は、世俗の宗教法人の組織上の議決機関として、その議員の法律上の地位は認めやすい。他方、選挙権・被選挙権を有する地位は、まさに宗教団体内部で決めるべき事項なので、法律上の地位というのは難しいケースでした。

 ①は、いずれの請求も「法律上の争訟」にあたらないとして却下しており、両者で違いはありません。他方、③は、東京地裁は損害賠償を認め、横浜地裁は損害賠償を否定している。この点は矛盾を感じる人もあると思います。なぜそうなったのか。東京地裁判決は懲戒処分の有効性について「処分にいたる手続が著しく正義に悖る場合」「処分の根拠となった重大な事実に誤認がある等により重大な事実の基礎を欠くこととなる場合」など、いくつか例を挙げて「裁量権の範囲を逸脱し又は濫用したものとして無効となる」とある。これが規範となります。

 横浜地裁判決でその規範にあたるのが「その判断が著しく不合理でない限り裁判所はこれを尊重すべき」という部分です。両判決で、懲戒処分の有効性について、「宗教団体の自律性」を尊重する立場の基本は一緒ですが、東京地裁判決はいろいろなケースを考慮しながら「裁量権」を限定する具体的な場面を意識した規範を設定しています。

 その規範に則して、横浜地裁判決では懲戒処分を受けた原告が敗訴し、東京地裁では原告の主張を認めている。この違いはどこにあるのか。東京地裁判決では「責任役員会の推薦により選任された理事が、内局の任期満了によって同一に退任するべきとは考えられていなかった」としている。つまり東京地裁判決では内局が代わったら、理事も代わるとは考えられていなかったことが認定されています。他方、横浜地裁判決では「内局が交代するごとに宗門理事も交代するとの取扱いがされていたと認められる」としており、それに伴う懲戒手続きは「相応の合理的理由がある」としています。

 つまり一見、両判決は法律上矛盾しているように見えますが、東京地裁と横浜地裁の両判決の大きな違いは、内局の交代が大学理事の退任につながるかどうかという真逆とも言える事実認定の違いの問題に尽きる感じがします。事実認定の違いで東京地裁は事実上原告が勝って、横浜地裁は被告が勝った。訴訟の場合、同種事件でも事実認定が矛盾することは往々にしてあります。(続きは紙面をご覧ください)




きとう・まさき/1960年山口県生まれ。リンク総合法律事務所所長(東京都千代田区)。著書に『21世紀の宗教法人法』『決定版 マインド・コントロール』『大阪弁訳 あたらしい憲法のはなし』など多数。

曹洞宗と愛知学院理事の訴訟】  平成26年10月、釜田内局が発足。これに伴い翌年2月、釜田内局は愛知学院理事の交代を求めたが、理事長および3理事は任期途中を理由に拒否。申告を受けて審事院から分限停止や謹慎の懲戒処分が下された。理事等は懲戒処分の無効などを求めて横浜地裁と東京地裁に提訴。東京地裁は却下としたが原告宗議会議員の賠償を認めた。横浜地裁は被告曹洞宗の主張を認めた。どちらも控訴した。

2018/2/8 《オウム裁判終結 事件の核心 今後の課題》 永岡弘行・オウム真理教家族の会会長 実行犯の証言を再発防止教育に

 社会を震撼させた無差別殺人テロ・地下鉄サリン事件(1995年3月)に至ったオウム真理教による一連の凶悪事件の裁判が先頃、終結した。今後の焦点は、死刑が確定した教祖・麻原彰晃(本名・松本智津夫)と実行犯12人の刑の執行に移る。だがこれを、事件の幕引きとしていいのか。オウム事件に深く関わった人に聞く。1回目は「オウム真理教家族の会」(旧称・被害者の会)の永岡弘行会長(79)。
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 オウム事件の裁判が全て終結したことで、事件の風化が急速に進むことを強く懸念している。

 私たちの会では、オウム真理教に入信した家族を取り戻す活動に加え、麻原以外の実行犯12人の死刑を回避するための署名活動をしている。死刑が執行されてしまえば、オウム事件の本質を解き明かす貴重な証言が失われてしまうからだ。

 私は死刑囚となった実行犯との面会を続けている。彼らは異口同音に「死にたい」と言う。私はそんな彼らに「とんでもない話だ!お前自身は死んだら楽だろう。だが、お前たちが役に立つことが必ずあるはずだ。大変なことをしてしまったと思うなら、生きて償いをしろ」と本心から言い聞かせている。

 実行犯を操った麻原彰晃という人間を見ていると、「なぜここまで人を憎めるのだろう」と思う。常軌を逸した憎しみがなければ、あそこまでできないだろう。「人のために尽くしなさい」と弟子たちに教えていながら、その若者たちに実行させたのは憎しみの行いでしかない。麻原はまず「現世の親子は、前世の敵同士。だから離れよ」と親への憎しみを教え、親から子どもを奪った。そして、その財産も奪い取った。

 純粋な若者ほど

 オウム真理教の教義は、麻原の歪んだ憎しみの上に仏教らしきものを被せただけのものだったのだろう。最初は、そのうわべの部分だけを教えて若者たちを惹きつけ、だんだん憎しみの行いへと導いていくという布教の構造がある。私は説法会で、麻原に何度も会っている。その弁舌には、詐欺師独特のわかりやすさがあった。これに騙され、「人のために何ができるか」「どう生きていけばいいのか」と真剣に考えていた好青年たちが入信し、マインドコントロールで徐々に思考力を奪われていった。

 10代後半から20代前半の若者が次々と麻原に騙されていったのは、麻原が若者の声を聴くふりをするのが非常にうまかったからだ。常に聴く耳を持っているように装っていた。皆、その姿に騙された。「この人だったら自分のことをわかってくれるかもしれない」。純粋な、きれいな、優しい心を持っていた若者ほど、そう信じ、どんどんオウムにのめり込んだ。(続きは紙面でご覧ください)

 ながおか・ひろゆき/1938年4月生まれ。89年にオウム真理教に入信した息子を脱会させた後も、教団への抗議活動を継続。地下鉄サリン事件直前のVX襲撃事件(95年1月)で、生死の境をさまよう。後遺症に苦しみながらも、カルト宗教による凶悪事件の再発防止のため、麻原以外の実行犯の死刑回避を求める署名活動を展開している。

2018/2/8 全日本仏教会理事会 WFB大会 總持寺で法要・シンポ 特別協賛金納入率113% 据え置きの負担金 見直し示唆

 公益財団法人全日本仏教会(石上智康理事長)は1月30日、都内のホテルで第20回理事会を開き、4月からの新年度事業計画案と予算案を審議し、承認した。11月開催の第29回WFB世界仏教徒会議日本大会・第20回WFBY世界仏教青年連盟日本大会の進捗についても報告された。大会テーマ「慈悲の行動」(Compassion in Action)のもと、最終日(11月9日)にシンポジウム「生死の中に見出す希望」(Creating Hope in Life and Death)を行うことが決まった。


 事業計画では、財団創立60周年記念事業として行われるWFBおよびWFBY日本大会について、「国内外の仏教徒とともに、社会との対話を推進していく」と位置づけた。併せて大会の詳細が発表されたが、その中の60周年勧募のうち、加盟団体協力金の予算額5千万円に対し、4311万円が納入済みで、納入率は86%(今年1月10日現在)。特別協賛金は予算額2千万円に対し、2258万円と納入率は113%に上り、今後も勧募を継続する。


 WFB大会の日本開催は10年ぶり4回目となる。前回は2008年11月、浅草寺と近接ホテルを会場に開催された。


 新年度予算では、経常収益総計1億8959万円、経常費用総計1億9665万円となった。

 出席監事が、収支赤字が続いていることから「こうした団体である以上、プラスにするのは難しい。もう少し赤字を減らすようにできないか。あるいは公益目的事業以外のところで収益を考えてはどうか」と提案した。


 これに対して久喜和裕事務総長が「ある程度の赤字予算で組ませてもらっている。最終的には内部で調整してやりくりしてきた。本会も20年以上、負担金を増額していない。事業も増え、大変苦しい状況ではある。今後、理事会とも協議しながら、これからの全日仏について考える必要があると思っている」とし、負担金の見直しを示唆した。


 各部報告では、社会・人権部から3月27日に国会議員と全日仏による「仏教懇話会懇談朝食会」を開くと発表。広報文化部は、機関誌『全仏』を年10回から4回に変更するとした。


 昨年1月の理事会では、僧侶派遣問題を検討する「法務執行に関する協議会」の中間報告が公表されたが、今理事会では言及がなかった。現執行部の任期中(今年3月末)に、何らかの報告があるとみられる。


2018/2/15 福岡県春日市の浄運寺 インドに仏教学校建設 シッキム州に今年3月開校予定

 浄土真宗本願寺派浄運寺(福岡県春日市)の白山大慧前住職が代表を務めるFKサンガ教育機構では、インド・シッキム州で学校建設プロジェクトに取り組んでいる。インドにはまだ本願寺派の開教拠点はないが、親鸞聖人のみ教えに基づく仏教主義の学校になるという。今年3月の開校を目指し、準備を進めている。インドで建設中の学校。左は学生寮、右が幼稚園を含む小中学校となる


 シッキムはインド北東部に位置し、西にネパール、東にブータン、北にチベットの国境があるヒマラヤ山脈に囲まれた内陸州。学校は、州都ガントクから約58キロ離れたヤンガン町で建設中だ。


 ヤンガンは人口の70%が仏教徒。本願寺派ネパール開教地カトマンズ本願寺所長のソナム・ワンディ・ブティア氏の出身地でもあり、地元住民の要望に応え、ソナム氏が2016年に仏教の教えに基づく学校の開設を発願した。


 新設する学校名は「ピュアランド インターナショナル アカデミー」。すでにインド政府からの開設許可を得て、学園理事長にソナム氏が就任。ソナム氏からの希望で校長と日本事務局代表を白山前住職が務める。
 幼稚園、小中学校から始めるが、白山前住職は「将来的には高校、大学まで発展させていきたい。浄土真宗の仏教情操教育を一貫して行う学校になる」と話す。


 高校までの学校開設資金の目標は約1億円。現在建設中の校舎は、3階建て鉄筋コンクリートで教室数は24部屋。建設用地にはソナム氏が寄附した0・58ヘクタールの土地などを充てた。2014年に発足したシッキム州浄土真宗仏教青年会(インドYBA)が現地で学校建設のためのボランティアを行っている。


 インドではカースト制撤廃後も地域によって差別が続いていることもあり、仏教主義の学校に通いたいと遠隔地の入学希望者もいるという。そのため、敷地内に学生寮も建設中だ。白山前住職は「仏教は縁の教え。非暴力、平和、自由、平等を説く教えがインドで広まり、教育から共生社会が実現できれば」と話している。


 FKサンガ機構を通じて賛助会員となることで学校建設支援を行うことができる。問い合わせは(浄運寺内同機構・電話092―593―1111)。

2018/2/15 《オウム裁判終結 事件の核心 今後の課題》② 滝本太郎・オウム真理教被害対策弁護団弁護士 12人を「殉教者」にしてはならず

  オウム事件の刑事裁判が終わりました。化学兵器は貧者の核兵器であり、世界史的にはそれほどのテロでした。様々な事件で起訴は193人、無罪は2人、無期懲役が6人、死刑確定が教祖以下の13人です。私の自動車にサリンをまいた教祖の愛人だった女性17歳は、私の要請もあり少年院にいかず歩んでいます。麻原が得意とした「空中浮揚」を自分でもできると実演する滝本弁護士(1994年撮影)

 オウム集団は、最盛期の10%程度ですが今も残っています。出所者で戻ったのはごく一部です。本流の名を変えただけのアレフが1400人程、その資金は10億円ほどです。「山田らの集団」が30人程。アレフと話し合って分かれた「嘘をつくのがワーク」の上祐が指導する「ひかりの輪」は100人程です。アレフは特に血脈を重要視することから正妻と間の次男を新教祖にしたがり、次男や未だ離婚していない妻は、脱会者名目の信者らの支援で生活しています。「山田らの集団」は三女・長男の指導を仰ぎたがっています。教祖の死後はそのお骨の問題です。

 事件発覚からすでに23年を経過しており、今、若者の入信勧誘が成功する比率が高まっているようです。「真相が分からない」「麻原は語らなかった」という偽りの報道も影響しています。麻原は1997年4月24日、当時の17件中の多くは無罪を主張したが事件の成立と関与を認める罪状認否をしているのに、それが知られていなさすぎなのです。

 信者の問題は、第1には現実感覚を失っていることです。LSDや覚せい剤が出家者にはイニシエーションとして使用されてその影響もありましょうが、強烈な呼吸法などによる神秘体験の影響が継続しています。頭ではなく体で「現世は幻」と感じています。


 破壊的カルト 同時に宗教

 第2には、目的のためには手段を選ばないヴァジラヤーナの教えが、「説話ではなく現実にしたんだ」と分かりながら、残っていることです。

 だから平気で「冤罪だ」と言って勧誘します。次は「弟子が暴走」といいます。弟子が暴走と書いてある森達也氏の著作「A3」も利用されます。絶対者たるグルが出れば、その命令によりまずは内部から事件が起こるでしょう。グルは神様以上の存在で、全宇宙とすべての転生を把握している、「殺してあげる」という信仰なのですから。破壊的カルトであると同時に宗教なのですから。(続きは紙面をご覧ください)



 たきもと・たろう/1957年神奈川県生まれ。早稲田大学法学部卒業後司法試験合格。大和法律事務所所長(神奈川県弁護士会)。坂本堤弁護士一家殺害事件以後「オウム真理教被害対策弁護団」の一員としてオウムをはじめとするカルト問題に対峙している。著書に『Q&A 宗教トラブル110番』など。

2018/2/15 高野山3法人と前内局との訴訟 和歌山地裁が和解案提示 「遺憾の意と和解金」で

  放漫財政を行ったとして、前々内局の庄野光昭元宗務総長と森寛勝元財務部長を宗派3法人(宗教法人総本山金剛峯寺・宗教法人高野山真言宗・学校法人高野山学園)が訴えた総額8億7500万円超の損害賠償請求訴訟。第11回裁判(中山誠一裁判長)が7日、和歌山地裁で開かれた。一昨年1月21日の提訴から2年余り。裁判所は具体的な和解条項案を提示し、双方に打診した。

 現時点での和解条項案は、①「被告らは、原告らに対し、被告らが内局において宗務総長ないし、財務部長の職責にある際に、原告らに多大な財産的な損失を出したこと等について、深い遺憾の意を表明する」②被告らは「原告らに対し、本件和解金として、〇〇円の支払い義務があることを認め、次のとおり分割して〇〇の口座に振り込んで支払う。ただし、送金費用は〇〇の負担とする」③「原告らと被告らは、本件和解以降、より一層、宗門の発展及び一切衆生済度の大願を達成するために大同団結して、協力していくことを誓約する」④「原告らはその余の請求を放棄する」―など(〇印は未定を表す)。和解金額など詳細は、これから審理される見通し。

 原告側は今回の裁判で、賠償責任を負う善管注意義務違反など一切の法的責任を否定し続けている被告側に対し、「5千万円が54万円になってしまうようなハイリスクな仕組債を購入する必要があったのか、庄野・森両氏の認識を尋問で聞きたい」と要請。被告側は当時の金融市場の状況から、「(前任内局の)従来の為替商品に偏重した」運用にはリスクがあり、「分散投資の一環として」仕組債を購入した判断には「一定の合理性」が認められると主張し、その後の金融危機の発生は予見不可能だったと反論した。

 裁判長は、「本件は尋問など行わず、和解で解決すべき事案だ」と表明。次回期日は3月28日。

 宗内でも裁判終結を望む声は少なくない。しかし、「事実究明を曖昧にしての和解では、問題再発を免れない」と危惧する声も。今月末からの宗会での議論が注目される。

2018/2/22 各宗宗議会始まる 曹洞宗・天台宗

曹洞宗 39年ぶり選挙規程見直し
 第129回曹洞宗宗議会(小島泰道議長)が19日、東京都港区芝の宗務庁に招集された。残り任期8カ月となった釜田隆文宗務総長は、就任当初から取り組んでいる僧堂振興・改革における成果を強調。9月予定の宗議会議員選挙を前にして選挙規程一部変更案を上程した。平成30年度一般会計歳入歳出予算案総額は約50億6千万円で、前年度当初予算と比較し約1億3千万円増加している。級階賦課金は1点あたり161円で12年連続同額。
 釜田総長は施政方針演説で、選挙において連記制の投票用紙は引き続き用いるものの「投票における有効票、無効票の判断において、必ずしも連記であることを要しないとする抜本的な変更とななる」と述べた。昭和54年(1979)に現行規程に移行してから「系別・同数・連記制」に初めて手が付けられた。

天台宗 一隅運動来年50周年法要
 天台宗(杜多道雄宗務総長)は20日、滋賀県大津市の天台宗務庁に第141回通常宗議会を招集した。杜多総長は執務方針で機構改革に言及し、木ノ下前内局が提唱していた宗務庁機構、教区機構等を改編する〝新生天台宗〟を目指して機構改革に着手するとした。
 執務方針で杜多総長は歴代内局の懸案であった機構改革について、「平成34年4月より〝新生天台宗〟と生まれ変われるような宗務庁機構、教区機構」等のあり方を検討すると表明。平成30年度は機構検討委員会の回数を増やし、「まず現存する委員会の必要性、定員、任期や統廃合を含めた見直しから着手致したい」との方針を語った。

2018/2/22 《オウム裁判終結 事件の核心 今後の課題》③ 藤田庄市・ジャーナリスト 宗教的動機は解明されたか

オウム真理教第六サティアン跡(山梨県旧上九一色村富士ヶ嶺。現、富士河口湖町。2018年2月7日撮影)。麻原彰晃は1995年6月15日、ここで逮捕された 最高裁は1月18日付で高橋克也被告の上告棄却を決定し、オウム真理教事件裁判群は約23年を経て終結した。裁判は、事件の外形は明らかにした。だが、事件の動機については、麻原判決に代表されるように、「(反対運動の中心者だから)将来教団にとって非常な障害となる」(坂本事件)とか、「強制捜査の矛先をそらす」(地下鉄サリン事件)といった世俗的動機に限定してしまった。そのため事件群全体が矮小化され、犯行を実行せしめた宗教的動機や修行・信仰内容と、事件の有機的結合は隠されてしまい、マスメディアもその枠内を出ることはなかった。今も「真相がわからない」という声が散見されるのはそれゆえであろう。

「事件は菩薩の所行」
 しかし、早川紀代秀死刑囚が収監直前の面会で、筆者に「(宗教的動機が)最後まで理解されなかった」と厳しい口調で語ったように、法廷によっては宗教的動機がかなり供述されていたのである。最も詳細かつリアルな言辞を吐いた新実智光死刑囚をみてみよう。彼は坂本事件の動機についてこう供述した。

「(坂本氏は)教団が進めているすべての人びとをニルヴァーナに導くための障害となり、最大多数の最大幸福を規制するので、やむなく一殺多生、一死多生で、坂本弁護士の犠牲で多くの人びとが救われるのならいたし方ない」

 そうして殺した一家三人は、麻原と縁ができたことにより救済されたとする。またほかの被告の法廷において裁判長から、「罪のない人びとを殺したことをどう考えるのか」と質されると、新実死刑囚はつぎのように証言した。

「すべては因果応報。罪なくして死する人はいません。因があって結果がある。これが罪のない人についての答えです」

 彼は27人を殺した。自らの法廷では、グルの指示であれば殺人にも喜びを感じるのが理想の境地、すなわち解脱であると供述した。さきの法廷ではかように言い放った。

「事件は大いなる菩薩の所業といえる」

新実死刑囚の精神は正常である。生来の凶悪的性向もなかった。一審判決は彼を、「両親の情愛に恵まれ、弟二人に対しても優しい兄であったことがうかがわれる」と認定した。一方、犯行動機については次のように断じた。

「如何に言葉を尽くして宗教的潤色を施そうとも」「(犯行は)所詮は自らの教団内の地位を守り、個人的な自負や意地、他の信者らに対する優越感を満たそうとする世俗的な欲望により動機付けられたものというべきである(続きは紙面でご覧ください)
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ふじた・しょういち/1947年東京生まれ。フォトジャーナリスト。現代宗教、カルト、山岳信仰、民俗宗教、宗教と政治など宗教取材に従事。昨年刊行の『カルト宗教事件の深層』でカルトに特有な「スピリチュアル・アビュース(霊的虐待)」の視点を提示した。

2018/2/22 第35回庭野平和賞 レバノンのNGO「アディアン財団」に 中東で和解プログラム実施

レバノン教育大臣や関係団体との署名式。国家憲章の中に非排他的市民権や共存教育の概念が盛り込まれ、レバノン全土の教育に導入された。右端が理事長のファディ・ダウ神父、左端が教育大臣 公益財団法人庭野平和財団(庭野浩士理事長)は19日、京市内のホテルで記者会見を開き、第35回庭野平和賞をレバノン共和国のNGO「アディアン財団」に贈ることを発表した。同財団は、シリア内戦で傷ついた人々への平和と和解のための「回復と和解構築プログラム(BBR)」を開発し、シリア危機に対応した。贈呈式は5月9日、東京・港区の国際文化会館で行われる。

「アディアン財団」は2006年にキリスト教とイスラームの異なる宗派に属す5人が内戦により自国内のキリスト教徒とイスラームの対立が深まることを憂えて、レバノンで設立。現在、理事長を大学教授である、マロン派カトリック教会のファディ・ダウ神父、副理事長をイスラームを信仰する大学講師のナイラ・タバラ博士が務める。

 創設から延べ3千人以上のメンバーの協力を得て、教育者や宗教者への教育の他、政策立案、政策提言を含む社会的なプログラムを実施。現在、中東アラブ諸国を中心に13カ国でプロジェクトを稼働している。同財団が実践する誰もが有する権利「インクルーシブ・シチズン(非排他的市民権)」の概念は、レバノン全土の教育に導入され、国際社会でも広く受け入れられつつある。

 非排他的市民権に基づく「回復と和解構築プログラム(BBR)」は、レバノンとシリア両国の教育者への教育訓練を通じて宗教間に穏やかな対話と平和教育を提供した。国連グローバル教育担当特使からは「IS(イスラム国)に対する本当の解毒剤」と評され、子どもたちが暴力の連鎖に取り込まれることを防ぐのが期待される。

 ファディ理事長は受賞受諾に際し、「この賞を受賞するにあたって、庭野平和財団への私たちの心からの敬意と幸あれとの思いをお伝えしたい。世界に平和をもたらすため、信仰者が共通となる宗教の社会的責任に基づいて協働するという永続した諸宗教のハーモニーを確かなものにするため、中東そして世界で、多くの犠牲を伴いながら自らを捧げる者として、この思いを伝えます」とメッセージを寄せている。

2018/3/1 各宗議会 高野山真言宗・真言宗智山派・臨済宗妙心寺派

高野山真言宗春季宗会 高野山大学、河内長野に教育学科新設案
 高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)の第159次春季宗会(安藤尊仁議長)が2月27日、和歌山県高野町の総本山金剛峯寺内宗務所に招集された。添田総長は施政方針演説で、入学者減が深刻化している高野山大学(学校法人高野山学園理事長=添田総長)の経営再建の切り札として、大阪府河内長野市に教育学科(入学定員50人)を新設する計画を発表。「大学の命運を賭けた提案であり、残された道はここにしかない」と理解を求めた。
 教育学科は、弘法大師の教えを建学の理念として共有する河内長野市の千代田短期大学のキャンパス内に開設。幼稚園教諭・保育士資格の免許が取れる同短大のカリキュラムに加え、高野山大の教育学科で小学校教諭の免許も取得できるようにする。提携関係にある短大と4年制大学が単位互換を柱として教育学科を設置するというユニークな構想だ。(続きは紙面でご覧ください)

真言宗智山派教区代表会 宗祖誕生1250年事業に向け27億円勧募
 真言宗智山派(芙蓉良英宗務総長)の第126次定期教区代表会(川崎純性議長)は、2023年に迎える宗祖弘法大師誕生1250年に向けた予算総額約29億円の記念事業案など全27議案を原案通り可決し、4日間の会期を終え2月23日に閉会した。
 芙蓉総長は誕生年に向け、全宗門人の力を結集するときだと力を込めて演説。「宗祖の教えを宣揚し、檀信徒と共に宗団発展、総本山護持興隆の聖業にあたることこそ宗祖の鴻恩に報いることと確信している」と述べ、協力を求めた。
 記念事業の資金は来年度から23年度末の5年間で、約27億円を目標に勧募を実施して集める。寺院・教会に依頼するのは宗費4年分に当たる約24億円。1年に2回、計10回に分割して納めてもらう計画だ。(続きは紙面でご覧ください)

臨済宗妙心寺派宗議会 新宗務本所を花園中高に併設
 臨済宗妙心寺派(栗原正雄宗務総長)は2月21日から23日まで、京都市右京区の宗務本所に第134次定期宗議会を招集した。喫緊の課題であった老朽化による宗務本所の建替えについて、松井宗益花園学園長が花園中学高等学校に宗務本所を併設する案に賛意を示し、方向性が定まった。今後は宗門と学園との間で賃貸借契約や条件等の調整に入る。秋の議会で具体案が上程される見通しだ。
 宗務本所の建替えについては、老朽化や耐震対策の必要性から僧風刷新会議(会長=河合宗徹議員)の総務専門部会で「最優先課題」として議論され、昨年12月に栗原総長に答申が出された。
 答申では、平成34年に150周年を迎える花園中学高等学校が1・2号館の建て替えを計画しており、建設される新校舎に宗務本所や議場、委員会室を併設する宗務本所併設案を「短期計画として現況では最善の案」とし、学園と継続協議するよう要望していた。(続きは紙面でご覧ください)

2018/3/1 法話力競う「H-1グランプリ」開催 青年僧11人が挑戦、「また会いたくなるお坊さん」に

工夫をこらした内容を一生懸命に法話。11人がエントリーした 檀信徒だけでなく、社会全体に向けた布教の重要性が高まる現代。青年僧侶が法話力を競う「H―1グランプリ法話決戦」(主催=真言宗豊山派栃木県第1号宗務支所仏教青年会)が2月12日、栃木市のサンプラザで開催された。「また会いたくなるお坊さん」をコンセプトに、昨年に続き2回目。同仏青に所属する20~40代の11人(平均年齢35歳)がエントリーし、日頃の研鑽の成果を発表した。

「小さい仏教みつけた」というタイトルで先陣を切って登壇した加茂龍阿さん(光明寺)は、「仏教って堅苦しい。今日は皆さんのそんなイメージをなくしたい!」と第一声。沢庵などを片手に、身近にある仏教由来の言葉を紹介し、「私はもっともっと皆さんにお会いしたいと思っているお坊さんです」と呼びかけた。

 仙田達広さん(成就院)は「幸せってなんだろう」と問いかけ、年末ジャンボ宝くじに当選するよりも「この世に人として生まれることができた幸せ」の方が確率的にも遥かに難しいと説明。「皆さん一人一人が奇跡」と説いた。

 小倉崇秀さん(慈福院)は、「成仏」とは亡くなることではなく「仏さまのような行いをすること」と法話。「自分の行動で周りの人が幸せになり、自分も幸せになる。〝日々成仏〟していただければ」と語りかけた。

 法話時間は8分。講評・採点を行う審査員は5人で、林亨尊・栃木県第1号宗務支所長をはじめ、法話の名手として知られる名取芳彦・豊山派布教研究所研究員、正城宥史・宗務所教化部布教課長、俳優・ナレーターの池渕厚子氏、ラジオMCで僧籍も持つ月門海氏が務めた。来場者も「また会って法話を聴きたい」と思った僧侶に投票するという全員参加型のルールで、一般のホールを会場としたのは「日頃、お寺と縁がない一般の人も来やすいように」という配慮から。今回も大盛況となり、10~80代までの171人(超満員)が来場した。

 「控室では皆、緊張で真っ青だった」(同青年会OB)というほどの重圧の中、「大切なこと」「むし歯」「欲との付き合い方」「供養のすすめ」「お塔婆って、なぁに?」「慈悲について」「生きること・死ぬこと」などのタイトルで法話。青年僧侶が一生懸命に話す姿と工夫をこらした内容に、来場者も引き込まれていった。(続きは紙面をご覧ください)

2018/3/1 WCRPいのちの森でヤマザクラなど50本の植樹祭 庭野日鑛会長も参加

庭野会長(右から2番目)も記念植樹。右はボランティアの野口さん 世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会気候変動タスクフォースは2月25日、埼玉県所沢市の「トトロの森」に隣接する「WCRPいのちの森」で第一回植樹祭を行った。同委員会の庭野日鑛代表(立正佼成会会長)や同タスクフォースの薗田稔代表(秩父神社宮司)らが記念植樹を行ったほか、子どもから大人まで130人が森に集まり、所沢産のヤマザクラやコナラの苗木50本を植えた。

 薗田代表は参加者の明るい表情を見ながら「人間は森から育ってきた。森に帰ると元気になると感じている。土に触れ、木に触れ、その体験を大事にして、心にも森を作っていただきますように」と挨拶。埼玉県川越農林振興センターの大里説慈郎氏は「大人から次世代を担うお子様まで、たくさんの皆さまが集い、新たな森づくりをされることに心より敬意と感謝を申し上げます。一本一本が大きく育ち、立派な森として、次世代に引き継がれますように」と祈念した。

 記念植樹は庭野会長や園田代表らが4カ所に分かれて行い、「よいしょ!よいしょ!」の掛け声で土をかけた。

 その後は参加者が手分けをして50本の植樹に着手。シャベルで穴を掘ると木や竹の根があり苦戦する子どももいたが、みな楽しそうに土に触れていた。最後の1本となったヤマザクラの苗木が植樹されると自然と拍手も起きた。子どもたちも楽しそうに植樹した

 さまざまな動植物がいのちを育むことができる森になるようにと願い名付けられた「いのちの森」。西武球場前駅から徒歩15分の距離にある狭山丘陵にある1万平方メートルの土地に「堀口天満天神社 周辺緑地を守る会」と協力し、昨年6月から本格的にプロジェクトが始動。これまで多くのボランティアが参加して堆積竹の伐採・焼却、下草刈り、園路整備などしてこの日を迎えた。

 初回からボランティアに参加してきた高校生の野口昌宏さん(16)は大量に積まれた竹の処分に苦労したそうで、「終わるのかなと思いました。でも、来るたびに景色が変わっていった。今日を楽しみにしていたので嬉しいです」と話した。

2018/3/8 臨済宗妙心寺派 峰尾節堂100回忌営む 大逆事件に連座 「痛恨なおあり一百年」―河野前管長ー 墓前に「誓い」の碑建立 新宮市

  臨済宗妙心寺派は6日、「大逆事件」に連座した宗門僧侶、峰尾節堂の100回忌法要を節堂が住職を務めていた和歌山県新宮市の眞如寺で営んだ。100回忌に合わせ、市内の南谷墓地の墓前に石碑が建立された。河野太通前管長は、懺悔の念とともに宗門や仏教界の戦争協力にも言及し、「我々僧侶が今日も自浄作用をしっかり持っているのか反省しなければならない」と話した。節堂の墓所がある新宮市内の南谷墓地に石碑が建立され、河野前管長のもと回向が営まれた

 法要には、前日の宿忌法要で導師を務めた栗原正雄宗務総長や野口善敬教学部長ら宗門関係者、大谷派や曹洞宗、高野山真言宗の人権問題担当者、節堂の遺族など約50人が参列した。
 導師を務めた河野前管長は「痛恨尚存壱百年」と香語を唱え、「復階をしていただいたが、過ちが消えるわけではない」と懺悔の思いを表明し、「すべての命が尊いものであり、みな平等に尊いというお釈迦さまの教えを私たち僧侶自身が失っていた」と語った。

 宗門や仏教界の戦争協力に対し、「教えに基づいて自ら過ちを正さなくてはならなかったが、他の方に指摘されて初めて過ちに気が付いた。自浄作用の力を失っていた」と悔悟。「我々は一早く懺悔すべきであった」と述べた。

 市内の南谷墓地にある墓前では、「平和人権の誓い」を記した石碑が建立された。石碑は高さ約66センチ、幅約90センチで「人権尊重」や「過ちを再び繰り返さぬ」ことを願う碑文が刻まれている。

 墓前での回向後、野口善敬教学部長が挨拶。「これで終わりということではない。今日が出発点。人間はやはり弱い存在であり、その自覚の下に人々に対する優しさや慈悲心を見出し、仏教者としてのあり方を考え直していきたい」と話した。

 遺族の一人で節堂が大叔父にあたる三好哲也さん(54)は、「墓参りはしていたが、父親からも詳しい話はなかったので、色々知ることができ勉強になったというのが正直なところ」と話した。
 大逆事件は、1910年に明治政府が天皇暗殺を企てたと捏造し、幸徳秋水ら社会主義者を弾圧した事件。峰尾節堂は事件に連座して死刑判決を受けた。翌日に恩赦で無期懲役に減刑されたが、1919年3月6日に千葉の刑務所で服役中、病気により35歳の若さで獄中死した。

 当時の妙心寺派は判決が出る以前に節堂に対して「擯斥」処分を下し僧籍を剥奪。1996年に僧籍の復権・復階がなされ、処分が取り消された。

 百回忌で総長談話
 宗派HPで発表

 妙心寺派HPでは、2月8日付けで「百回忌を迎えるにあたって」の総長談話を掲載した。

 談話では、「宗門の社会的責任について改めて深く反省し、先の大戦で宗門が戦争に協力してきた事実を常に思いおこし、二度と同じ轍を踏まないよう、非戦平和の決意をあらたにせねばなりません」と表明。

 百回忌を迎えるにあたり、「節堂師に対する懺悔の念を込めつつ、この世の全ての人々の思想・信条の自由を守り、お互いの生命と人権を尊重すると共に、師の事蹟を忘れることなく啓発活動を進めていく所存です」と今後も引き続き宗内外での啓発活動を通じて、人権問題に取り組む意向が述べられている。

2018/3/8 各宗宗議会 本願寺派 豊山派 浄土宗 日蓮宗 御室派


本願寺派 基本方針に「念仏者の生き方」 総合計画第2期スタート

 浄土真宗本願寺派(石上智康総長)の第313回定期宗会が2月27日、京都市下京区の宗務所で始まった。石上総長は執務方針演説で、平成30年度の宗務の基本方針に「『念仏者の生き方』に学び、行動する―今、私にできることから」を掲げた。来年度から宗門総合振興計画の第2期がスタートし、「宗務組織が連携して一歩前に進める一年」としたいと話した。

 石上総長は行動指針に「真実をいただくとともに、広く阿弥陀如来の智慧と慈悲の心を伝える」「念仏者を育て、自他共に心豊かに生きることのできる社会の実現に努める」「宗門内外の課題に対応し、創造的な活動を育てるため、宗務の充実を図る」の3点を提示。この指針を具現化する取り組みとして「『念仏者の生き方』の学び」や「子ども・若者へのご縁づくり」「運営体制の強化と築地本願寺への支援」など7項目を挙げた。(続きは紙面でご覧ください)


豊山派 総本山伽藍修復に34億円 20年計画〝現代の長谷聖〟に


 真言宗豊山派(星野英紀宗務総長)の第146次宗会通常会(加藤章雄議長)が6日、東京都文京区の宗務所に招集された。星野総長は施政方針演説で総本山長谷寺(奈良県桜井市)の20年に及ぶ伽藍大修復計画について、「昨秋、立ち上げた総本山伽藍修復基金検討委員会で、資金の概算、その捻出方法などについて検討を始めた」と報告。一般質問への答弁の中で、「修復事業全体の費用は(試算で)約34億円になる」と発表した。

 総本山長谷寺伽藍修復事業の中心となる建造物は、本堂(観音堂=国宝)、大講堂(本坊=重要文化財)、子弟教育等様々な目的で使用される昭和寮(屋根の葺き替えを予定)。本堂・大講堂の修復費用総額の55%には国からの補助金が充てられるため、宗派は45%の資金を約20年かけて用意することになるという。(続きは紙面でご覧ください)


浄土宗 3局1室の改革案提出 責役と内局の役割明確化

  浄土宗の第118次定期宗議会(木村弘文議長)が5日、京都市東山区の宗務庁で始まり、豊岡鐐尓宗務総長が「積年の課題」と位置付ける宗務庁の抜本的な機構改革案が提出された。豊岡内局は組織の適正化に向け、5局2室3事務局の現行体制から3部1室とする規則改正案を提案。責任役員ではない新設の部長職を内局に含め、運営方針の意思決定を行う責任役員と宗務執行機関としての内局との役割分担を明確に打ち出した。

 現行体制は総務、教学、財務、社会国際、文化の5局と総長公室、人権同和室の2室、社会福祉推進と災害対策、浄土宗開宗850年準備の3事務局。機構改革案を検討した構造改革検討委員会(村上眞孝委員長)の答申を受け、豊岡内局は総務、教学、社会の3部と企画調整室の1室とする新体制を提案した。社会部は東京宗務庁に置く。(続きは紙面でご覧ください)



日蓮宗 「強い日蓮宗」要綱提出 総長、危機認め克服目指す

  日蓮宗は6日、第114定期宗会(大塩孝信議長)を東京都大田区の宗務院に招集した。中川法政宗務総長が就任して3カ月。同心会・明和会が連立しオール与党の宗会となり、2021年の宗祖降誕800年に向けて全宗門の総力で取り組む方向性を確認し議論を交わしている。新年度一般会計予算は約23億円で前年比約5400万円の減。降誕800年特別会計は予算総額約12億円を計上している。

 就任時に「強い日蓮宗」を目標に掲げた中川総長は施政方針で「あらゆる状況に対応できる強い体質を持った日蓮宗組織を目指すということ」と再度強調。その3要綱として①厳しい社会情勢下でも十分対応できる宗門・寺院・教師を作る、②すべての教師が活発な布教を継続できる支援体制を整える、③宗祖の願いを実現するという使命を全教師が異体同心に歩む意識改革の展開、を掲げた。(続きは紙面でご覧ください)

 御室派 松林庵、今春に運営開始 外国人向け文化体験施設


真言宗御室派(瀬川大秀宗務総長)の第147回前期定期宗会は、緊縮型となった2018年度予算案など全17議案を原案通り可決し、2日間の会期を終え2日に閉会した。外国人向け文化体験施設「松林庵」の運営を今春に始めることが発表されたほか、来年度予算は参拝者の減少が響き、緊縮予算となった。

 松林庵は、境内に移築された寺侍・久富文連氏の子孫の屋敷を改築。久富氏は、同寺29代門跡・済仁法親王の発願で御室八十八カ所霊場の創設に携わった人物。

 日本財団の助成を受け、2016年に着工。総事業費約1億5700万円のうち約8割に当たる約1億2600万円が補助された。木造2階建て延べ約160平方㍍。枯山水庭園を備える。浴室や洗面所なども整備し、昨秋に完成した。(続きは紙面でご覧ください)

2018/3/8 立正佼成会80周年式典 根本命題は「人材育成」 創立100周年展望し会長表明 高見大司教、森川座主が祝辞

  立正佼成会(庭野日鑛会長)は創立記念日の5日、東京都杉並区の大聖堂で80周年記念式典を挙行し、庭野日敬開祖(1906―99)長沼妙佼脇祖(1889―1957)に報謝すると共に創立100年に向けて菩薩道邁進の誓いを新たにした。庭野会長は啓白文で20年後の100周年を見据え「人材育成、人を植えるという根本命題に全力を尽くすことが、私たちの務め」と訴えた。大聖堂には教会役員功労者および会員特別功労者の約500人を含む4千人が参拝した。青年女子部員による奉献の儀。式典には全国から4千人が参集した

 壇上のご宝前には開祖と脇祖の法号「開祖日敬一乗大師」「脇祖妙佼慈道菩薩」が安置され、本尊の横には「祝創立80周年」の文字が掲げられ、祝賀ムードを演出。華やかに着飾った青年女子部員代表26人による奉献の儀では、女子青年の散華に合わせて天井からも散華が舞い降りた。

 庭野光祥次代会長を導師に法華経如来寿量品を読誦し、続いて庭野会長が啓白文を奏上した。庭野会長は「本会は昭和13年3月5日、開祖さまと脇祖さまの法華経に込められた真の仏教精神をひろめ現実に人を救い、世を建て直したいとの熱意と真心を基に創立されました」と原点を強調。そして「来たるべく教団創立100年を展望して人材育成、人を植えるという根本命題に全力を尽くしていくことが、私たちの大切な務めであります」と述べ、人材育成を最重要課題とした。その上で庭野会長は「 教団創立100年に向けて一人ひとりが常に創造的な歩みを進める確たる志をもって、菩薩道に邁進することをお誓い申し上げます」と宣言した。

 祝辞では、カトリック長崎教区の高見三明大司教(WCRP世界宗教者平和会議日本委員会理事)と森川宏映天台座主が登壇した。高見大司教は庭野開祖の宗教協力による世界平和建設を目指した活動を高く評価した。森川座主は庭野会長が掲げた教団目標「心田を耕す」と宗祖伝教大師の教えである「一隅を照らす」に相通じるものがあるとし、さらなる活躍を期待した。

 庭野会長の法話後、3月20日に満80歳を迎える庭野会長と登壇した佳重夫人に、園児代表から記念の花束が贈られると、会場からは一きわ大きな拍手がおくられた。

2018/3/15 日本臨床宗教師会 認定臨床宗教師146人誕生 〝故岡部医師との約束果たせた〟

 (一社)日本臨床宗教師会(島薗進会長)は5日、東京都千代田区の上智大学で同会が認定する資格「認定臨床宗教師」の認定証授与式を行った。これまでも臨床宗教師は被災地や病院など公共空間で人々の心に寄り添ってきたが、資格として扱われることでより信頼度と透明性が高まると期待される。

 認定証を授与された宗教者は146人。うち126人が「修了者」、20人が「先駆者」となっている。修了者は指定の研修・講座を修了した者、「先駆者」は公共空間でのスピリチュアルケアの臨床経験が300時間以上ある者が認定された。このほか養成教育プログラムを実施する大学など8機関にも授与された。(続きは紙面をご覧ください)

2018/3/15 大正大と種智院大が協定 学術交流・地域貢献等で 連携して寺院活性化も

  天台宗・浄土宗・真言宗(智山派・豊山派)の4宗派が経営する大正大学(大塚伸夫学長、東京都豊島区)と真言宗14本山が経営する種智院大学(村主康瑞学長、京都市伏見区)は5日、大正大学で教育・研究・地域貢献などの項目から成る包括的連携協定を締結した。両学長が協定書に調印。東京と京都にある2大仏教系大学間の連携は、大学の地域での役割を高めていく取り組みとして注目を集めそうだ。笑顔で固い握手を交わす村主学長と大塚学長㊨

 両大学は平成18年3月、大正大学・星野英紀学長と種智院大学・頼富本宏学長の間で学術交流協定を締結。教員の交流・相互派遣や共同研究、学生の単位互換、学術資(史)料の交換利用などを進めていくという内容で、協定期間は5年間だった。今回、新たに締結された協定の最大の特長は、教育・研究分野の連携・協働だけでなく、地域の活性化や振興など社会貢献活動が盛り込まれていることだ。

 村主学長は、「地域貢献活動と共に、お寺の活性化もしていければ。大正大学と一緒に、お寺を中心にした地域活動を広めていきたい」と連携に期待。大塚学長も、「大正大学の使命は地域創生。学生は(現地での)実習などを通して地域を牽引していく力を養っている。設立4宗派の寺院が全国にあるが、地域が活性化すれば寺院も活性化する。種智院大学と共に取り組んでまいりたい」と力強く応じた。

2018/3/15 京都・三十三間堂 1001体の千手観音立像が国宝に 45年に及ぶ修復が完了 「国民的な財産伝えたい」

  国の文化審議会(馬渕明子会長)は9日、三十三間堂(蓮華王院本堂、京都市東山区)に安置される1001体の「木造千手観音立像」を重要文化財から国宝に格上げするよう文部科学大臣に答申した。国宝に指定された千手観音立像

 木造千手観音立像は、平安時代の創建時(1164年)の124体と、鎌倉時代の再建時の876体、室町時代の補作1体からなる大群像。焼失後の再建時には、定朝様を踏襲する円派・院派、さらに慶派ら当時の仏師集団が総出で造像。平安、鎌倉両時代を代表する作風の仏像を一堂に伝えている。

 1973年に全1001体の保存修理を開始。昨年末に45年に及ぶ作業がすべて完了したのを機に、文化審議会は「王朝文化の華やかさと壮大な規模を伝える記念碑的作例」として国宝に指定するよう求めた。

 国宝に指定されることになり、三十三間堂本坊・妙法院門跡の杉谷義純門主が同日に記者会見した。今回の指定で堂内の全仏像が国宝となり、「改めてお預かりする者として責任を感じる。国民的な財産をきちんと伝えていきたい」と話した。思いを語る杉谷門主

 大修理を終えた観音像について、「喜んでいるように見える」との感想を述べ、多くの仏師が造像に携わったことから、「同じように見える観音さまにもそれぞれ思いが込められ個性がある。だから会いたい人に似た仏像に会えると伝わっている」と語った。

 国宝指定を記念し、今秋に三十三間堂で慶祝法要を執り行う。法要に合わせ、修理資料に基づく記念誌を発行する予定。宗教的啓発につながるような新たな視点での行事や、観音像すべてに名前があることを知ってもらう企画も検討しているという。

 毎月開いている「仏教文化講座」では、関連講座を連続開講。初回は6月10日午後1時半から京都市下京区のメルパルク京都で、彫刻家の籔内佐斗司・東京芸術大教授を講師に開く。

2018/3/15 《東日本大震災7年》 名取市東禅寺 仮落慶の本堂で追悼法会 早期復興と生活再建願う 4メートルかさ上げ地に再建

 7度目の3月11日を迎えた名取市閖上(ゆりあげ)地区の曹洞宗東禅寺(三宅俊乗住職)。東日本大震災による津波で伽藍が崩壊し、先代住職夫妻が犠牲になったが、この地で再建を果たし、4日に仮落慶法要を済ませた。11日午後2時から営まれた被災物故者追悼法会には檀信徒ら200人近くが参列し、午後2時46分にはサイレンと共に祈りを捧げた。続いて境内から太平洋を遠望する妙光慈海観音像の開眼供養、夕方には参道をローソクで照らす万灯供養が執り行われた。かさ上げした土地に完成した東禅寺本堂、庫裏、墓地など。後方は市営住宅。その右奥が太平洋となる

 4㍍のかさ上げをした土地に5棟の市営住宅が並ぶ。東禅寺はその合間にある。旧本堂より西側に30㍍ほど移動したが、ほぼ同じ大きさで完成した。崩壊した旧伽藍の柱や梁はそのまま再利用され、傷も残っている。天蓋は修復を経て再び吊された。境内墓地も整備。津波で一部損壊した墓石の再利用もあるが、ほとんどは新しい墓石と物故者銘板に切り替わった。午前中から仏花や線香を手にした檀信徒がひっきりなしに訪れ、参拝前に墓石を拭いたり、掃除したりする場面が随所で見られた。

 法要が始まる午後2時には本堂はほぼ満席。地元曹洞宗第4教区青年会有志僧侶が出仕した。導師の三宅住職は香語で「被災地早期復興、被災者生活再建」を願った。三宅住職は御宝前に進み、240人余りに及ぶ檀信徒の震災物故者戒名と一部俗名を一気に読み上げた。そして読経と梅花流詠讃歌のなかを幼児を抱えた家族からお年寄りまで全員が焼香した。

 法要後、三宅住職を導師に営まれた物故者追悼法会三宅住職が挨拶。「この閖上に住まう者として、大きな悲しみとそして忘れてはならない大切な日。同時に多くの亡くなった人への祈りの日。生かされた者が再建を誓う日である」と3月11日を意義付けた。津波により閖上地区で700人余のいのちが失われたことにも言及し、「皆さま方はご家族を亡くされ、大きな悲しみと失意の日々を送られたことと思う。しかしながら私も生かされた者として、亡くなった方の気持ちも込めて一歩前に進まなければならない」と自身の体験と重ね合わせて、心の整理と街復興への意志を口にした。

 挨拶終了と同時に2時46分を迎え、参列者は一斉に合掌して物故者を追悼した。

 同日夕刻には、参道と妙光慈海観音像をローソクで照らす万灯供養が行われた。近くの市営住宅住民も駆け付け、「見事だねー!」と感心した表情で見入っていた。

2018/3/22.29 連携 西本願寺×龍谷大学 学生が外国人参拝者を案内 4月下旬から試行

  浄土真宗本願寺派の本山西本願寺(京都市下京区)と龍谷大学は13日、増え続ける外国人参拝者の対応で本山と宗門校が連携し、学生による外国人参拝者の案内を始めると発表した。4月下旬から土日限定で試行する。入澤崇学長は「学生を通じて西本願寺の歴史を知っていただき、学生にとっても異文化交流の実践の場になる」と話した。右から本多執行長、入澤学長、久松国際学部長

 案内対応に当たる学生は、国際学部の中から希望者を募り、選考する。外国人参拝者の質問に答えられるような講習や職員が受ける接遇などの研修を経て、二人一組で午前9時から午後5時まで外国人参拝者への声かけを行う。現在7人の希望者がいるという。

 国際学部の久松英二学部長は、平素から「非常に厳しいスパルタ式の教育を行っている」と学生の語学力に太鼓判。入澤学長は1年後にカリキュラムに組み入れる構想も明かし、「授業に取り入れていきたい」と語った。

 京都市産業観光局の調べでは、東日本大震災の翌年から京都の外国人宿泊客数は増え続け、平成28年に318万人に達している(無許可民泊を含まない)。

 西本願寺でも平成28年度に境内の外国人参拝者数を調査。海外から1万2千人以上の来訪者があり、外国人向けに浄土真宗を解説した英語版「必携(普及版)」や日本語を含む8カ国語で寺院パンフレットを用意するなど対応を進めてきた。

 本多隆朗執行長は、「職員だけでは対応しきれない部分もあり、学生の皆さんに協力いただけるとありがたい。より多くの外国人の方々にみ教えに触れていただきたい」と期待を寄せた。

2018/3/22.29 WCRP日本委員会 鎮魂と復興の祈り捧ぐ 福島県浪江町の慰霊碑から 残る津波と原発事故の爪痕

  世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会は14日、福島県双葉郡浪江町を訪れ東日本大震災の追悼と鎮魂、復興のための合同祈願式を行った。宗教者・地元住民約60人が参加。未だ津波被害や原発事故の爪痕が生々しく残る現地の様子に、復興を共に歩む大切さを改めてかみしめた。慰霊碑に向かい祈りを捧げる宗教者たち(14日)

 浪江町営大平山霊園に昨年3月11日建立された182人の犠牲者のための慰霊碑。小高い丘からは青い水平線が眺められるが、陸地は津波の直撃により荒れたままだ。震災前は約2万人が住んでいた浪江町も、現在の帰還者はわずか500人程度にすぎない。

 冒頭、震災復興タスクフォース責任者の黒住宗道氏(黒住教教主)が「避難指示が解除されたのは、復興に向けた一歩には違いないと思うところですが、それに伴う悩みがますます複雑化、深刻化する中で、復興が叶いますようにと心から追悼と鎮魂、祈りを捧げさせていただきます」と挨拶した。続いて立正佼成会・プロテスタント・扶桑教・天台宗・浄土真宗本願寺派・黒住教・カトリック・イスラーム・一燈園の代表者がそれぞれの儀式に則り祈りを捧げ、地震発生時刻の午後2時46分には一同黙祷。白菊を献花した。

 浪江町権現堂地区行政区長の佐藤秀三氏が深く感謝。「皆様に報いるためには復興に向けた姿を見ていただくことが一番。これから浪江は必ず復興します。元の姿には戻れないかもしれないが、少しでも近づくよう頑張ります」と決意を語った。

 津波の直撃を受けた請戸地区の元郵便局長、熊川勝氏は「私の妻もこの碑に刻まれています」と胸が張り裂けんばかりに、今でもあの日のことが脳裏に焼き付いていると吐露。「震災の翌日、町民は何がなんだからわからないうちに避難させられた。放射能さえなければ、流されてきた家族を、亡骸でもいいから抱きしめてあげられたのに…」と悔しさをにじませ、1カ月以上も放置された肉親の遺体を「まるで物を扱うようにホースの水で洗われた」遺族の心を想像してほしいと訴えた。

 延暦寺総務部長の獅子王圓明氏は「これまで中通りには行って話を聞いていたが、今回浜通りを始めて訪れ、7年経ってまだこれか、と衝撃を受けました。自分の眼でしっかり見なければならないんですね」と話した。扶桑教管長の宍野史生氏は「神にたのみ仏にすがるしかない我が身を痛感した、の一言です。現場に来るとすごく胸が痛みます。まだまだやれることがたくさんあるんだなと考えさせられました」とさらなる支援を展望した。

2018/4/5 高野山東京別院に僧侶派遣相談窓口を開設 地方寺院と離郷檀家つなぐ

  港区高輪の高野山真言宗・高野山東京別院(廣瀬義仙主監)は4月から、離郷檀信徒と郷里の菩提寺を繋ぐための仏事相談ダイヤル「首都圏僧侶派遣相談窓口」を開設する。同別院や東京近郊の斎場等で首都圏在住の地方出身者の仏事(葬儀・法事等)を営むことで、「人口流出・過疎化による檀家減少に悩む地方寺院を少しでも助けたい」(廣瀬主監)。宗報等での周知徹底をはじめ、インターネットでも検索できるようにするという。

 首都圏で業者主導による費用一律の僧侶派遣が広がりを見せる中、同別院では都市部と地方のお布施額の差に配慮。連絡経路は「依頼者→別院窓口→依頼者の郷里の菩提寺→別院窓口→依頼者」として緊密な三者関係を構築し、「一切の費用は依頼者菩提寺の基準を勘案して決定する」とした。

 遠方から菩提寺の住職らが葬儀・法事等で東京に出張する場合、別院に1泊千円(食事なし)で宿泊できる。別院を離郷檀信徒と菩提寺住職の再会・交流の場とすることで、故郷の絆を深めてもらう。

 戒名は菩提寺が授与。別院の僧侶が葬儀や法事を行った場合、戒名以外のお布施は5割を別院に納めてもらう。「菩提寺が分からない。確か真言宗だったような気がする」という人にも配慮する。

 通夜・葬儀以外の四十九日忌や年回忌、納骨などは菩提寺で営むのを前提とするが、事情があれば別院でも可能。納骨場所が未定の場合は一時、別院で預かり、墓の紹介等も行う。遺骨の預かり料は1年間3万円。10年経過したら、別院の合祀墓に入れるなどする。

 同別院では首都圏開教拠点としての機能拡充を進めている。秋には東京で初となる結縁灌頂を開壇。檀信徒以外の一般無宗派層にも大師信仰の普及を図り、教線拡張に努めていくという。

2018/4/5 大本 出口王仁三郎聖師入山120年、高熊山岩窟で記念祭


王仁三郎聖師がこもって修行した岩窟前で執行した祭典 京都府亀岡市曽我部町の高熊山岩窟で明治31年(1898)に大本の教祖・出口王仁三郎聖師(1871~1948)が修行してから今年で120年となるのを記念し、入山の旧2月9日に当たる3月25日、大本は現地で祭典を執り行った。王仁三郎聖師が救世の使命を自覚し、自身の開教日と位置付ける霊的修行の節目に、参拝者約400人が祈りを捧げた。

 高熊山岩窟は丁塚山(約354メートル)八合目付近の高台に位置する。今年は王仁三郎聖師の入山から干支が二巡する節目でもある。岩窟前での記念祭後、登山口から約1・5キロにある同町の王仁三郎聖師生家跡「瑞泉苑」でも出口紅教主が臨席して祭典を執行した。

 鈴木穎一本部長が、「聖師さまに対するそれぞれの思いを胸に一歩ずつ登ったことでしょう」と挨拶。全国各地に拠点を開き、教義の体系化や芸術活動の実践、人類愛善会の創設など教団の基礎を築いた王仁三郎聖師の偉業を讃えた上で、人群万類愛善の教えは国際的発展を遂げ、「世界平和へ向け脈々と息づいている」と述べた。

 王仁三郎聖師の産土神社で、かつて高熊山に鎮座していたとされる同町の小幡神社にも参拝。宮司を務めていた故上田正昭氏の孫倉本貴史宮司は「今後も大本とともに伝統を守り伝えていきたい」と話した。

 当時27歳だった上田喜三郎(王仁三郎聖師)は、富士浅間神社の祭神木花咲耶姫命の神使松岡芙蓉仙人に導かれ、岩窟にこもり1週間修行した。現神幽の三界を見聞し、過去・現在・未来を洞察する神力を受け救世の使命を自覚。翌年に大本入りするが、高熊山での修行を自身の開教日と位置付けている。修行中の体験は根本教典の一つ『霊界物語』(全81巻83冊)として著された。

2018/4/12 真宗佛光寺派で法灯伝承式 渋谷真覚氏が門主に就任

恵照門主(右)から門主がまとう紫の衣を受け取る真覚氏 真宗佛光寺派の門主継職を奉告する「法灯伝承式」が1日、京都市下京区の本山佛光寺で営まれた。渋谷惠照第32代門主(92)から門主を象徴する衣と印章が授与され、渋谷真覚氏(37)は第33代門主に就任した。

 本尊の阿弥陀如来像を安置する本堂で佛光寺住職相承の奉告後、大師堂で門主継職の儀式が執り行われ、全国の式務衆約30人が勤行に出仕した。

 参拝者約300人が見守る中、親鸞聖人の御真影前で惠照門主と向き合った真覚氏は、門主がまとう古代紫色の衣と佛光門主が持つ印章を受け取った。

 この後、真覚氏は門主として初めての法要に臨み、第12代性善上人550回忌、第15代経光上人450回忌を執行し、歴代住職の遺徳を偲んだ。

 祝賀会で挨拶した真覚氏は、「身の引き締まる思いがするとともに、今日の日を迎えることの喜びを実感している」と心情を語るとともに、高齢の惠照前門主が宗門を護持してきたことへの感謝と尊敬の思いを述べた。

 「浄土真宗に帰すれども 真実の心はありがたし 虚仮不実のわが身にて 清浄の心もさらになし」と告白した親鸞聖人の和讃を引き、「聖人はお念仏の歩みを深めるほど、己を見つめる厳しい目をいただいていかれた。聖人のみ跡を学ぶものとして自分を見つめ直し、求道、聞法の営みを相続していきたい」と抱負を語った。(続きは紙面でご覧ください)

2018/4/12 日蓮宗・立正大学が協賛「夢さがし作文大賞」 応募総数1万1千点超える

受賞者に記念品を手渡す中川宗務総長 産経新聞社主催、日蓮宗と立正大学学園が協賛する「全国小中学校 夢さがし作文大賞」の表彰式が3月27日、東京都内のホテルで行われた。小中学生に夢を持つこと、夢を叶えることの素晴らしさを啓発するための企画で、日蓮宗は宗祖降誕800年、立正大学学園は大学開校150周年記念事業として協賛した。応募総数は1万1442点、大賞から佳作まで16人が賞に輝いた。

 大賞に輝いたのは、小学生部門は徳島文理小学校1年生の折本諒真さん、中学生部門は白河市立白河第二中学校3年生の加藤慶大さん。折本さんは警察官になりたい夢を元気いっぱいに書き、加藤さんは美容師として活躍する祖母への尊敬を綴った。

 審査員の中川法政宗務総長は「私も小学校の時に作文で将来、政治家になりたいって書いたんです」と披瀝。国や自治体の政治家にはならなかったが、僧侶として厳しい修行を重ねて宗務総長になったことで夢をかなえたと語りかけ、「乗り越えられない試練はないし、望んだ夢は必ず実現します」と子どもたちを激励した。元ワールドカップ日本代表の北澤豪さんは他者へのリスペクトが込められた作文を褒め称えた。

 加藤さんは受賞の挨拶で、優秀な兄弟と比較されてプレッシャーをいつも受けていたことを告白。しかし、作文投稿後に病気を患った祖母が、もう一度店に立ちたいとリハビリに励んでいるのを見て「兄たちを羨んでいた自分を恥ずかしく思いました」と述べ、自分も祖母にとっての美容師のような、一生をかける価値のある仕事に出会いたいと語った。

 大賞には次回以降も協賛を続ける。松井大英伝道部長は当初の予想よりはるかに多い応募があったことを喜びつつ、寺院・檀信徒の家庭からの応募が400通程度だったので「来年はこの10倍くらいの応募を宗内から出したい」という“夢”を実現させると意気込んだ。

2018/4/12 第42回正力松太郎賞 本賞に田端義宏氏(日蓮宗)と小原智司氏(曹洞宗)、奨励賞に東海林良昌氏(浄土宗)

「海辺のつどい」の本堂での修行体験の様子 公益財団法人全国青少年教化協議会(全青協)が主催する第42回「正力松太郎賞」の本賞に日蓮宗永昌寺(青森県鰺沢町)の田端義宏住職と曹洞宗西光寺(愛知県豊橋市)の小原智司住職が選出された。今年から青年奨励賞が廃止され、本賞の候補に上がった個人・団体を表彰する「奨励賞」に浄土宗雲上寺(宮城県塩竈市)の東海林良昌副住職が選ばれた。報告会・表彰式は5月31日に東京都港区の東京グランドホテルで開催する。

 田端氏は、1968年から半世紀にわたり、小学4年生から中学3年生を対象とする「海辺のつどい」を開催してきた。子どもたちは、堂内でのお勤めや唱題行、1時間以上もの正座の修行等を体験する。

 2泊3日の団体生活を通して感謝の心や宗教的情操、何ごとにもくじけない心、仲間と共に活動することの大切さ、自主自立の精神を育む。企画・指導・運営がОB高校生などによって行われるのも特長で、責任感のある自立した大人としての資質を養う場ともなっている。長年にわたり仏教精神に基づく地道な青少幼年の教化活動とその普及が評価された。

 小原氏は、1986年から海外新興国において貧困や差別といった厳しい状況に置かれた人々への支援活動を行ってきた。「日本・スリランカ禅仏教協会」の事務局長を務め、2004年にスリランカ初の曹洞宗寺院「瑞慶山永雲寺」を建立。同年のスリランカ大津波では、同寺を拠点に災害支援を行った。

スリランカの西光寺幼稚園で園児に語りかける小原氏 水月会、シャンティ国際ボランティア会、日本ミャンマー友好協会、SOTO禅インターナショナル、ライオンズクラブの会員としてスリランカ、ミャンマー等からの要請を受けて、76の幼稚園建設に関わり、中国とミャンマーにも1校ずつ小学校が寄贈された。自身も全額出資してスリランカ国内に西光寺幼稚園、日東山幼稚園、小原幼稚園を建設。アジア仏教国の教育振興に努め、地道な国際的な子ども支援の功績が評価された。

 奨励賞を受賞した東海林良昌氏は、地域において介護者支援組織「ケアむすび」代表として介護者の孤立を防ぎ、介護当事者の精神的な支えと休息の場を目的とした活動をしている。
東日本大震災では、自坊を避難所として開放。仮設住宅への訪問や被災者の心のケアに努めた。「慈悲の実践」としての活動に共鳴する僧侶とともに仏教者の社会参加を推し進め、仏教の縁起に基づく、苦しみに寄り添う活動が評価された。

受賞者のコメント

視野広い人間を育成…田端義宏氏
 色々な形で青少年に関わり、50年ずっと続けてきました。仏教界だけじゃなく、日本にとっても若い世代の育成は大事だという思いでやってきました。AI(人工知能)が出てきていますが、そうしたものが出てくるほど、心が大事になる。新しいものだけではなく、古いものを大事にできる幅の広い視野を持った人間の育成が必要と思っています。所属する日蓮宗でも青少年の育成に関わる寺院を800カ寺作ろうという動きがあります。同じように活動なさる方々の励みになり、青少年への活動が広まればありがたいと思います。

現地の人に良い印象が…小原智司氏
 アジアの貧しい子どもたちの様子を見たことで活動を始めました。初めて幼稚園や学校を建てたのが25年前になりますが、当時通っていた児童も今では30歳になっています。
 子どもたちは意外といろんなことを覚えています。日本人が建てた学校で勉強した、と言って良い印象を持ってくれます。そういうことって大事なんだろうと思います。この受賞を機に国際協力や教育活動を大勢の人に知ってもらいたいと思います。

2018/4/19 台座から18メートル「鹿野大仏」 日の出町・寶光寺が建立、戦没者や被災者を供養

住職二代にわたる悲願だった大仏 東京に大仏のニューフェイス登場―。西多摩郡日の出町の曹洞宗寶光寺の裏山に18メートルの「鹿野大仏」が建立され、11日の開眼供養から一般公開された。評判を聞いた大勢の人で連日拝観道はいっぱいに。新しく誕生した大仏ということで、像の前には小さな誕生仏も置かれ、参詣者は灌仏で祝した。

「毎日、2~3千人は拝観に来られていて、職員もお昼ご飯を食べる暇がないくらいです」と笑顔で語るのは八坂良秀住職。参詣者の求める御朱印に嬉しい忙しさを感じている。大仏は約40年前、先代の故・八坂昭道住職が全戦没者・災害犠牲者の供養のために発願したもの。その遺志を継いだ八坂住職は、東日本大震災の追悼の意味も込め2013年から造立をはじめ、このほど完成となった。寶光寺は明治時代末期に火災により伽藍が全焼しており、以後少しづつ復興を歩んできたが、この大仏の完成により住職二代の悲願が達成された。

 台座も含めた総高18メートルは奈良の大仏とほぼ同じ高さ。青銅の威厳ある色彩が山の中で映える。「鹿野大仏」の名はこの地域の温泉に大勢の鹿が傷を癒しに来たという伝承に基づくが、もちろん「インドのサールナートにも絡めています」(八坂住職)。台座の「鹿野大仏」の文字は愛媛・瑞應寺住職の楢崎通元氏によるもの。

 施工は翠雲堂(台東区)で、仏師は渡邊雅文氏。像本体の費用は約4億円だが、それ以外に参道整備などへの負担もあった。八坂住職は「裏山は完全に林でした。でも切り開いてみると本当に眺めが良くて東京が一望できます。山桜も見ごたえがありますし、秋には植えた紅葉もきっと素晴らしく色づくでしょう。多くの人に参拝していただければ嬉しいです」と期待する。

 拝観料は無料。JR武蔵増戸駅から徒歩30分。

2018/4/19 超宗派の過疎問題連絡会が報告会、伝統が残る地域は法事継続 石川・能登で調査

調査の報告をする浄土真宗本願寺派総合研究所の那須公昭研究員 浄土真宗本願寺派など7宗派や大学が石川県の能登地域で行った寺院や門信徒の実態調査の報告会が6日、京都市下京区の大谷派しんらん交流館で開かれた。転出者への働きかけが重要との見方が示されるとともに、地域に家族がいなくなったときの寺院との関係性といった課題も浮かび上がった。

 転出者の帰省理由を調べると、仏事の割合が高いことが分かった。葬儀では8割近くが帰っていたが、法事では7割を切っていた。県内に住む場合は帰省の割合が高く、石川・富山両県外の遠方では低かった。寺院に求めることは、法事や葬儀が約98%と圧倒的に高く、個人的な相談に乗ってもらう場所としては約37%で最も低かった。

 こうした結果から、転出者は地域社会の維持に貢献できると位置づけた上で、寺院へのニーズを強みに近距離(50㌔圏内)に住む転出者の参加を見込んで、告知などで法事の参加を呼びかける必要があるとした。しかし、地域に家族がいなくなった場合、帰省の機会が失われると指摘。墓の問題や寺院との関係性などを課題に挙げ、転出者への対応が寺檀関係の持続を左右すると訴えた。

 過疎地域では法事が続きにくい傾向があるが、今回の調査では33回忌以降も続ける寺院が8カ寺と半数近くあった。このうち告知をしなくても続く寺院が4カ寺あった能登島では、結婚して地域外へ移住した女性が実家に帰り、寺院に参拝する「こんごう参り」の習俗を現在も維持。伝統を保っている共同体では、法事は住民も参加し続きやすいことも分かった。
次回7月の調査では、能登島の「こんごう参り」についても詳しく調べる予定だ。

 調査は昨年8月25~28日、同県七尾市仏教会の5宗派20カ寺(大谷派8、本願寺派6、曹洞宗4、日蓮宗1、高野山真言宗1)と能登島の門信徒などを対象に、超宗派でつくる「過疎問題連絡懇談会」が実施。本願寺派、大谷派、高野山真言宗、真言宗智山派、臨済宗妙心寺派、曹洞宗、日蓮宗の7宗派と龍谷、大谷、静岡の3大学がアンケートを行うなどして調査した。

 臨済宗妙心寺派の久司宗浩・宗門活性化推進局顧問は、今後、寺院と住民の意思疎通や信仰の培養をいかに図るかが大きな課題になると述べ、「一宗一派の発想では乗り越えられない。この懇談会で仏教の隆盛を導く道筋を見出していけたら」と話した。

 同会に新たに全日本仏教会と真宗教団連合、天台宗、真言宗豊山派が加わり、加盟数は14教団4大学3団体となった。

2018/4/19 西国三十三所草創1300年 長谷寺で記念法要厳修


十一面観音の宝前で草創1300年を奉告する田代化主 観音霊場三十三カ寺を巡拝する日本最古の巡礼道「西国三十三所」の草創1300年を記念する大法要(西国三十三所札所会主催)が15日、奈良県桜井市の第八番札所・真言宗豊山派総本山長谷寺で田代弘興化主(同派管長)を導師に厳修された。同日を「4月15日=良いご縁」として、「日本巡礼文化の日」に制定。毎年、札所をあげて巡礼文化の普及・振興に努めていくことになった。

 午前10時、小初瀬山の若葉を法雨が潤す中、西国霊場各札所の山主らが急勾配の回廊を上がって舞台造りの本堂へ入り、本尊・十一面観音立像の宝前で草創1300年を奉告。豊山派要職者や札所先達ら約300人に加え、大勢の参拝者も結縁した。

 西国三十三所は、近畿2府4県と岐阜県に広がる総距離約千キロの観音霊場。奈良時代前期の養老年間、大和長谷寺開山の徳道上人が冥土に赴き、閻魔大王から霊場開創を託されたのが起源と伝えられる。「『この世の中には自分のことばかり考えている人が多い。(観音の)札所を巡るように世間に説きなさい』と徳道上人が閻魔大王から言われた日から1300年。今も〝人は人と共に生きている〟と伝えていかなければならない」(田中良宜・記念事業広報委員長〈六角堂頂法寺執事〉)

 田代化主は表白で、西国霊場の縁起を読誦。1300年にわたって人々を仏道に導いてきた巡礼信仰のますますの振興を祈念した。副導師の鷲尾遍隆・札所会会長(第十三番札所・石山寺座主)が慶讃文を奉読。西国巡礼の功徳を讃歎した。

 法要後に、峰覚雄・記念事業実行委員長(第三十番札所・宝厳寺管主)が挨拶。「日本における巡礼文化は長谷寺に始まったと言っても過言ではない。観音の思いやりの教えを広めることで、人々が幸せになる。『観音の慈悲の心を今一度、社会に流布しなさい』という徳道上人のお声が聞こえてくる」と追慕した。

 星野英紀・豊山派宗務総長が、万感の思いを込め謝辞。「(1300年の時空を超え)観音様と徳道上人、私たちが同じ時間の中に過ごせたという法悦を深く感じた」と感慨深そうに話し、「これから二十数年間にわたって進める(長谷寺の)大修復事業を前に、今日の記念法要で大きな力を頂いた」と述べた。

2018/4/26 中台僧侶「漢伝仏教訪日団」 大正大学で日中台合同法要

大正大学礼拝堂で日中台の僧侶が般若心経を唱えた 日中平和友好条約の締結(1978年)から40年を記念し、中華人民共和国(中国)と中華民国(台湾)の高僧ら130人による「中華漢伝仏教訪日代表団」が16日から22日まで来日。関西・関東の名刹や教団を歴訪した。19日には東京都豊島区の大正大学(大塚伸夫学長)を表敬訪問。合同法要を実施して交流を深めた。

 大塚学長は挨拶で、設置4宗派の宗祖である最澄・空海が中国に留学して天台学や密教を日本に伝えたこと、法然も中国浄土教から強い影響を受けていると述べ、「中華漢伝仏教に御恩があるといっても過言ではなく、切っても切れない深い繋がりがあります」と千年以上の歴史的な日中仏教交流を強調。従来、同大は中国仏教協会と文化・学術交流をしてきたが、今回新たに台湾の中華人間仏教連合総会との縁もできたことに深く感謝した。

 続いて雅楽部の奉納演奏があり、4宗派の学生がそれぞれの法要を厳修。真言宗智山派は四智讃、天台宗は十方念仏、真言宗豊山派は錫杖経、浄土宗は念仏一会をし、意味を丁寧に説明した。最後は代表団が主導し、学長と大学教職員らが随喜しての般若心経合同法要を営んだ。

 代表団団長の湛如法師(中国仏教協会副会長)は大正大学について、戦前に教授だった荻原雲来の『漢訳対照梵和大辞典』が今なお世界的に評価が高いことや、現代でも大塚学長ら第一線の仏教学者を擁していることを賞賛。「1955年、当時の中国仏教協会副会長だった趙樸初先生が広島で行われた原水爆禁止世界大会に参加した時、椎尾辨匡学長にビザをお願いして発給していただくことができました。日中友好宗教者懇話会会長の小野塚幾澄先生も教授としていらっしゃいました」と、大正大学と中国仏教協会の深い縁を振り返って一層の友好を誓った。

 副団長の慧傳法師(佛光山寺常務副住持)は教団が大学による人材の育成を重視しており、台湾だけでなくアメリカなどにも大学を創立していることを語り、留学や学術交流を大いに期待。「和」の精神で中国・台湾・日本の仏教界が一致して人々の心を清めていくことを願った。

 中国と台湾の僧侶が合同で日本に来訪するのはきわめて異例。中国側の僧侶はおよそ20人で、台湾側の多くは佛光山の僧侶だった。一行は21日、群馬県渋川市に建立された佛光山日本総本山の法水寺の落成式にも参加。佛光山は台湾の新仏教教団だが、開祖の星雲大師が中国仏教協会と友好関係を持っていることでも知られる。

2018/4/26
真如苑が都心に文化スペース「半蔵門ミュージアム」 運慶作「大日如来」を公開

地下1階のミュージアム。中央奥に大日如来坐像が置かれている 真如苑(伊藤真聰苑主)が東京都千代田区にある友心院の一部に建設中だった「半蔵門ミュージアム」が完成し4月19日から一般公開が始まった。運慶作とされる重要文化財の大日如来坐像はじめ両界曼荼羅、醍醐寺伝来の不動明王坐像などの密教関連美術のほかガンダーラの石仏などを展示。18日には関係者を招いての内覧会とレセプションが行われた。

 内覧会の記者会見で水野敬三郎館長(東京芸大名誉教授)は学生時代に運慶作品に魅せられて日本美術史研究に入ったと回想しながら、「東京で唯一、運慶作品に常時接することが出来る場所として、多くの人たちに鑑賞していただきたい」と抱負を語った。

 学芸員の岡野寛徳氏は施設と展示品を紹介しつつ、「他の美術館と比べて決して広くはない。小規模ながら開かれた施設となればと思っている」と語った。真如苑社会交流部の平島進史氏は所蔵する美術品は特に収集したものではないと言い、「多くはさまざまな縁を通して所蔵することになった作品。そのため美術的価値の高い作品が多いわけではないが、宗派・ジャンルを超えた作品群がある。仏教美術の寛容性、多様性を感じていただければ有り難い」と意図を説明した。

 真如苑は2008年3月、ニューヨークのオークションに出されていた運慶作とされる大日如来坐像を競り落とした。美術関係者からは「海外に流出しなくてよかった」と評価する声も上がった。

 その大日如来坐像が常設展示される半蔵門ミュージアムは、地下1階・地上3階。地下1階がミュージアムで「ガンダーラの仏教美術」と「祈りの世界」が常設展示となる。スペースの奧に本尊のように大日如来坐像が安置されている。期間限定の特集展示は現在、「神護寺経と密教の美術」を行っている。

 1階は受付と小ギャラリー、2階はラウンジとマルチルームがあり、マルチルームでは運慶仏写真とエックス線パネルを展示中。3階はシアターおよびホールを配置。開館時間は午前10時から午後5時30分。毎週月曜と火曜が休館。入館料無料。場所は半蔵門駅4番出口すぐ。

2018/4/26 真宗教団連合、50周年に向け共同宣言 「われら」の共感から共生へ

 浄土真宗10派でつくる真宗教団連合は18日、「誰一人取り残されることなく、共に生きることのできる世界を目指す」などとする共同宣言を発表した。2020年に迎える結成50周年に向け連合としての意志を改めて示したもので、各派間の連携強化や他団体との協力関係構築にも力を入れるとしている。(続きは紙面でご覧ください)

2018/4/26 日蓮宗次期管長に菅野日彰氏(大本山池上本門寺貫首) 5月9日就任奉告式

 日蓮宗の内野日総管長(総本山身延山久遠寺法主)の管長任期の満了に伴い、第54代管長に大本山池上本門寺(東京都大田区)の菅野日彰貫首(80)を推戴することが11日、管長推戴委員会で決まった。5月9日に宗務院で就任奉告式が執り行われる。任期は4年。

 18日の全国宗務所長会議で中川法政宗務総長は、内野管長から「管長職は現任期までとし、今後は身延山の山務に専念したい」との意向を受けたことを報告。宗憲で任期満了の2週間前までに次期管長を推戴する規定があり、11日に同委員会が開催された。16日に菅野貫首が就任の意志を伝え、次期管長に決定した。

 就任奉告式前日の5月8日に菅野貫首の大僧正叙任式典が宗務院で執り行われる。身延山祖廟への参拝は就任奉告式後の同10日の予定。

 菅野貫首は、昭和12年北海道生まれ。立正大学仏教学部宗学科卒。昭和43年初行成満。昭和48年に宗立谷中学寮寮監に就任。平成14年に久遠寺布教部長に就任するまで同学寮寮監を務め、教育・人材育成に尽力した。浄延院(東京都台東区)住職、本山海長寺(静岡市清水区)住職を歴任し、平成27年に大本山池上本門寺に晋山。同29年には、東京都仏教連合会会長に就任した。

 布教師として一般への布教教化の他、唱題行の指導やその指導者の育成でも知られ、本門寺貫首就任後も一般に向けて毎月「法話と唱題行の会」を開催するなどして教化活動に取り組む。著書に『法華経・永遠のおしえ―全28章解説と唱題行』(大法輪閣)などがある。

2018/5/10 WCRP女性部会 障がい者受け入れ学ぶ 宗教施設備災マニュアルに即して

発刊記念イベントでの避難所運営の模擬練習。障がい者や妊婦など配慮の必要な人々をどう受け入れられるかについて話し合った 公益財団法人世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会の女性部会(部会長=森脇友紀子カトリック東京大司教区アレルヤ会会長)は4月25日、京都市中京区のカトリック河原町教会で〈備災マニュアル 宗教施設保存版〉『災害時に備えて 発達障がい児者受け入れのてびき』(A4判・カラー38頁・価500円)の発刊記念イベントを開催した。加盟教団などから40人が参加。災害時に宗教施設が果たすべき「福祉避難所」的な役割などについて学んだ。

 災害時、寺院や教会などの宗教施設が避難所になる場合、どのような事前準備をし、実際に発生した時にはどう対応すればよいのか。特に自閉症などの発達障がい児者や外国人、性的マイノリティ、妊産婦、乳幼児、高齢者、病気療養者ら特別な配慮が必要な避難者を受け入れるにはどうすればよいのか。『てびき』は、こうした点に留意して編纂された。

 東日本大震災の避難所での発達障がい者と保護者らの苦労を知った女性部会が、東日本大震災や熊本地震の当事者と専門家らに取材するなどして、仏教NGOネットワーク刊『寺院備災ガイドブック』の姉妹版として制作。女性部会アドボカシー委員会責任者の黒住昭子・黒住教婦人会会長は、「本書を活用して、一見しただけでは分かりにくい(障がいを持った)方々の存在に気づいてもらい、支え合うという視点を持っていただければ」と要請した。

発刊された『てびき』 熊本地震で地域の私的避難所となり、教会に障がい者を受け入れた小泉基(もとい)・日本福音ルーテル健軍教会牧師(熊本市東区)が体験を報告。「教会に(特別な)備えはなかったが教団の横の繋がりから必ず支援が来る」「避難してきた教会員や(元気な)避難者自身も働き手になる」「食卓が共同体を形成し、相互扶助を促進する」ことを挙げた。

 続いて、避難所運営の模擬演習を実施。停電・断水・ガス遮断などの状況下、寺院が避難所になったという想定で、様々な事情を抱えた住民を受け入れるにはどうすればよいのか、4グループに分かれて話し合った。

 『てびき』の購入希望は事務局(電話03―3384―2337)まで。

2018/5/10
引き上げ船事故の朝鮮人遺骨、壱岐へ戻る 広島、埼玉と渡り42年ぶり

遺骨を移動する金乗院の田中住職と厚労省の職員(金乗院提供) 長崎・壱岐島の芦辺湾で1945年秋、終戦を機に日本から帰ろうとする引き揚げ船が台風で遭難し、死亡した朝鮮半島出身者たちの遺骨が5月末、壱岐に戻される。国に委託され遺骨を安置していた埼玉県所沢市の真言宗豊山派金乗院から、壱岐市の曹洞宗天徳寺に移され、同寺で31日に遷座法要が営まれる。壱岐に遺骨が戻るのは42年ぶり。

 移送される遺骨は131柱で、70~80年代に長崎県の壱岐島(86柱)と対馬(45柱)で発掘されたもの。市民活動をきっかけに、旧日本軍人・軍属以外の民間人の遺骨に関し、国も調査に加わった極めてまれな事例として知られる。

 遺骨131柱を納めた37の骨壺が4月18日に金乗院から運ばれ、現在、東京・霞が関の厚生労働省の一室に安置されている。30日にバスで天徳寺に向け出発し、福岡市内の宿泊施設に遺骨を移動した上で1泊。翌日に福岡港から壱岐島に渡る予定だ。

70年以上の慰霊

 壱岐・芦辺湾で45年10月、台風による遭難事故が起きた。近くの天徳寺(西谷徳道住職)は犠牲者168人を祀る位牌を作り、事故翌年から毎年慰霊法要を執り行い、70年以上にわたって供養を続けてきた。現場付近の清石浜には、住民によって67年に慰霊碑が建立された。98年からは韓国の水谷寺(慶州市)と天徳寺で1年ごとに、仏国寺(同)も参列し合同慰霊祭を営んでいる。

 西谷住職は祖国への返還が困難ならば朝鮮半島にも近い壱岐島に戻されることを望み、曹洞宗宗務庁の協力を得ながら粘り強く厚労省に訴えてきた。しかし、「目の届く所で管理したい」などの返事からは、進展する気配は感じられなかった。金乗院の田中政樹住職もこの意見に同意。厚労省に対し納骨堂の修理を理由に、前年度末の3月を期限に移動を求めた。(続きは紙面でご覧ください)

2018/5/10 引き上げ船事故の朝鮮人遺骨、壱岐へ戻る 広島、埼玉と渡り42年ぶり

遺骨を移動する金乗院の田中住職と厚労省の職員(金乗院提供) 長崎・壱岐島の芦辺湾で1945年秋、終戦を機に日本から帰ろうとする引き揚げ船が台風で遭難し、死亡した朝鮮半島出身者たちの遺骨が5月末、壱岐に戻される。国に委託され遺骨を安置していた埼玉県所沢市の真言宗豊山派金乗院から、壱岐市の曹洞宗天徳寺に移され、同寺で31日に遷座法要が営まれる。壱岐に遺骨が戻るのは42年ぶり。

 移送される遺骨は131柱で、70~80年代に長崎県の壱岐島(86柱)と対馬(45柱)で発掘されたもの。市民活動をきっかけに、旧日本軍人・軍属以外の民間人の遺骨に関し、国も調査に加わった極めてまれな事例として知られる。

 遺骨131柱を納めた37の骨壺が4月18日に金乗院から運ばれ、現在、東京・霞が関の厚生労働省の一室に安置されている。30日にバスで天徳寺に向け出発し、福岡市内の宿泊施設に遺骨を移動した上で1泊。翌日に福岡港から壱岐島に渡る予定だ。

70年以上の慰霊

 壱岐・芦辺湾で45年10月、台風による遭難事故が起きた。近くの天徳寺(西谷徳道住職)は犠牲者168人を祀る位牌を作り、事故翌年から毎年慰霊法要を執り行い、70年以上にわたって供養を続けてきた。現場付近の清石浜には、住民によって67年に慰霊碑が建立された。98年からは韓国の水谷寺(慶州市)と天徳寺で1年ごとに、仏国寺(同)も参列し合同慰霊祭を営んでいる。

 西谷住職は祖国への返還が困難ならば朝鮮半島にも近い壱岐島に戻されることを望み、曹洞宗宗務庁の協力を得ながら粘り強く厚労省に訴えてきた。しかし、「目の届く所で管理したい」などの返事からは、進展する気配は感じられなかった。金乗院の田中政樹住職もこの意見に同意。厚労省に対し納骨堂の修理を理由に、前年度末の3月を期限に移動を求めた。(続きは紙面でご覧ください)

2018/5/10 全日本仏教青年会 東大寺千僧法要30周年、慈悲の行動を未来へ

大仏殿での1万枚の大散華 全日本仏教青年会(倉島隆行理事長)は4月26日、奈良市の華厳宗大本山東大寺大仏殿で30周年となる「仏法興隆花まつり 千僧法要」(共催=南都二六会、東大寺)を執り行った。加盟各団体の青年僧約500人が盧遮那仏の御前に参集し、災害からの復興や世界平和を祈念した。倉島理事長は30周年の節目にあたり、「千僧法要が40年、50年と月日を重ねていく中で慈悲の行動を未来へと紡ぎ、このご縁が国内のみならず世界中に広がるよう祈念したい」と話した。

 今年は、南大門左脇にある東大寺総合文化センターが改修中のため、奈良春日野国際フォーラムから青年僧が出仕。東大寺本坊前で来賓や東大寺学園幼稚園の園児も合流し、法螺貝(金峯山青年僧の会)や和太鼓(三重県曹洞宗青年会「鼓司」)が境内に鳴り響く中、大仏殿へと進んだ。

 大仏殿での記念法要では、倉島理事長を導師に加盟団体の各宗派僧侶が盧遮那仏を囲み、大転読般若や園児による仏讃歌の奉納で釈尊の生誕を慶祝。訪れていた多くの修学旅行生や外国人旅行者などが足を止め、青年僧らが被災地の復興や平和を一心に祈願する様子を見守った。
30周年を記念して、大仏殿の唐破風から平和を願い1万枚の散華を撒く大散華を実施。東大寺では、聖武天皇1250年遠忌などの大法要でのみ行われるもので、趣旨に賛同した東大寺の協力で実現した。全僧侶が中門まで下がり、盧遮那仏と舞い落ちる色とりどりの散華を遥拝し、平和を念じた。

 続いて大仏殿の隣地にあるアショカピラーの宝前で、地元奈良の寺院でつくる南都二六会の森川隆行会長を導師に法要が厳修された。

 市内のホテルで開催された記念式典では、東大寺の橋本聖圓長老が祝辞を述べ、「最初に始めた方々の志を継いで、今の方々も熱心にこの活動を継承しておられる。大変心強いのと同時に、関係者として敬意と感謝を伝えたい」と挨拶。国内外の状況を俯瞰して「仏教が世界的な広がりを見せている一方で、変形し歪曲されたものを仏教だという団体がある」との懸念も話し、東大寺の「八宗兼学」の教えを引いて「日本仏教の本当の姿を世界に示す活動を進めてほしい」と超宗派の青年僧の活動に期待した。

大仏殿へと向かう超宗派の青年僧らの行列 南都二六会の森川会長は、「これからの日本仏教の中心になる方々が年に一度、宗派を超えてこの奈良の地に集まり、親睦を深める。それがゆくゆくは日本仏教のためになれば。地元の仏教会として、そのお手伝いをしたい」と今後も協力を惜しまないことを語った。

 千僧法要の誓願にちなみ、「仏法興隆」や「世界平和」を題材にした奉納書道展も開催。全国の小中学生から寄せられた153点の作品が大仏殿内で展示された。中門前には、次世代を担う若者との協働として、奈良芸術短期大学の学生が作成した30周年記念パネルを設置。英語表記での説明文もあり、国内外の参拝者に法要の意義を伝える試みもなされた。

2018/5/17 多様性ないところに平和なし―庭野平和賞贈呈式、レバノンのアディアン財団に

表彰状を手渡す庭野名誉会長とダウ理事長。右はタバラ副理事長 公益財団法人庭野平和財団(庭野浩士理事長)は9日、東京・六本木の国際文化会館で第35回庭野平和賞を受賞したレバノンのアディアン財団創設者のファディ・ダウ理事長とナイラ・タバラ副理事長を迎えて贈呈式を執り行った。多様性や相互理解を重視した教育活動などが評価され、庭野日鑛名誉会長(立正佼成会会長)は長期的な視野からの人材育成に共感の言葉をおくった。受賞記念講演でダウ理事長は「多様性のないところに平和はない」と明言した。同財団には表彰状と顕彰メダル、副賞2千万円が贈られた。約200人が参席した。

 選考結果を庭野平和賞委員会のノムフンド・ワラザ委員長(南アフリカ、キリスト教)が報告。世界の紛争や対立の背景を概観しつつ、過去7年間の受賞者が「3人の男性と3人の女性が受賞しており、女性指導者の役割に対する認識の高まりを反映している」とした。さらに「アディアン財団は多様な社会における市民権と共存をより確固たるものとし、宗教間の精神的連帯のための文脈と基盤を作り出すことを使命とし、キリスト教、イスラーム教と専門性も異なる5人によって創設された」と紹介した。

 特に「多様性の中の団結がアディアンの最も強力な資産となっている」と評価。具体的な取り組みとして子どもと教育者のための「回復と和解構築プログラム」開発が、「シリア内戦の影響下にある人たちに和解の手引きをするもの。国連の教育特使ブラウン元英国首相は、“ISに対抗する心の解毒剤”と評価している」と讃えた。

 平和賞贈呈に移り、庭野名誉会長と2人の創設メンバーが登壇。庭野名誉会長からダウ理事長に表彰状と賞金目録、タバラ副理事長に顕彰メダルが手渡された。(続きは紙面でご覧ください)

2018/5/17 「真宗大谷派関係国会議員同朋の会」朝食会 衆参両議院40人が出席

挨拶する伊吹議員。手前は大谷門首夫妻「真宗大谷派関係国会議員同朋の会」の朝食会が国会会期中の10日、永田町のホテルで開催された。伊吹文明代表世話人(自民)をはじめとする国会議員が約40人参加し、大谷暢顯門首・妙子夫人や但馬弘宗務総長と歓談した。

 大谷門首と同席した伊吹議員は「内外とも日本は難しい状況。人間社会の秩序や平安というのはまず法律で守られている。同時に法律では義務付けられていないけど、やってはいけないこともある」と挨拶。「相手が嫌がるようなセクハラ的発言をしてはいけない」とちょっとした国政への皮肉も交えた。「日本民族の生き方を形成している一つの要素は仏教」と述べ、聞法で党派を超えて交流できる清らかな時間にしたいと語った。

 衆院選後最初の朝食会ということもあり役員が交代。遠藤利明議員(自民)、荒井聰議員(同)、樽床伸二議員(無所属)、大塚耕平議員(国民民主党)が新世話人となった。国民民主党を結党し共同代表に就任したばかりの大塚耕平議員は但馬総長と同じテーブル。「中道を綱領に掲げた政党をスタートさせていただきました。異なる意見を否定せずに世の中の調和を見出すという仏教の(中道の)原点を学ばせていただきたい」と謙虚さを見せた。

 司会を務めたのは大谷派の宗門校・大谷学園の評議員でもある左藤章議員(自民)。浄土真宗本願寺派の僧籍を持つ谷川とむ議員(同)も出席した。

2018/5/17 日蓮宗宗務総長・中川法政氏インタビュー 「強い日蓮宗」狙いは仏教界底上げ

 一体なぜこの総長は好かれるのか。野党会派の明和会との関係改善を果たし、満票で総長に就任、宗務所長からは「宗務院が明るくなった。雰囲気が変わった」という声も耳にする。野党会派の宗会議員ですら、親しみを込めて「総長はなかなかの人たらしだ」と話す。

 寒一百日の大荒行を五行成満した修法師。宗門校ではなく、龍谷大学を卒業した。総長ではどちらも珍しい経歴だ。「行政畑でもなく、人脈の中で総長に選ばれたわけじゃない。そういう人脈がない代わりに、しがらみもない」とうそぶく。

 宗政での人脈はなくとも、宗門の修法師の世界ではエリートとして知られる。「日本一の験者に俺はなると思っていた。総長になったのは、たまたま期が上だったから。選挙結果が違えば別の人がなっていた」。内局会議では役員らに「皆、私より優秀だ」という一方で「すべての責任は私が持つ」と言い切る親分肌。

 大雑把に見えて、実は細かい気遣いを忘れない。少しでも気軽に総長室に寄れるように、執務室のドアは一度も閉めたことがないという。「常に開けっ放しで、誰に対しても構えない」のが中川流。行事や法事の挨拶、弔辞も必ず自分の言葉で話し、常に胸襟を開く。その辺りに好かれる秘訣があるのかもしれない。(続きは紙面でご覧ください)

2018/5/24 聖エジディオ共同体・上智大学・立正佼成会の3者が共働 アフリカ支援で国際会議

上智大学で開催されたアフリカ支援のための国際会議 カトリック在家運動体の聖エジディオ共同体(イタリア)と上智大学、立正佼成会の3者は19日、東京都千代田区の上智大学でアフリカ支援に関する国際会議「アフリカの新たなビジョン」を開催した。各国の駐日大使、政府高官、市民など延べ約千人が参加し、イタリア、日本、アフリカ諸国の協力と開発のためのプロジェクトを促進する「2018 共同のよびかけ」を発表した。 

 「よびかけ」では、イタリアの聖エジディオ共同体、日本の上智大学、立正佼成会のこれまでのアフリカへの取り組みを踏まえた上で、両国がアフリカ支援で連携できることを確認。国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ(SDGs)」の「誰一人として取り残さない」という精神の下、「アフリカを愛し、未来に向けて行動することは、世界のすべての国を愛すことを意味し、そしてそれはすべての世界の未来に向けて行動をおこすこと」だと表明した。

 上智大学の曄道佳明学長は、アフリカ連合創立(1963年)を祝う5月25日のアフリカ・デーに合わせ、昨年から同大でアフリカ・ウィークを実施していることや、アフリカ5カ国で5大学と提携を結んでいることを紹介。アフリカが直面する貧困、飢餓、差別、環境保全、気候変動等の問題と重なるSDGsについて「私共もこれに実質的に参加することを試みている」と大学でもSDGsへの取り組みを始めていることを話した。

 立正佼成会の庭野光祥次代会長は、第二バチカン公会議から世界宗教者平和会議へと続く諸宗教対話の流れに触れ、「現在宗教間対話の場は飛躍的に増え、多くのことが成し遂げられた一方で、紛争や貧困、テロや難民などの暴力が絶えません。宗教間対話を次の局面に展開していく必要を強く感じています」と今必要な対話とは何かを問い直す〝宗教間対話2・0〟を主張した。(続きは紙面でご覧ください)

2018/5/24 天台宗臨時宗議会 善光寺大勧進の正常化を求め異例の「決議文」採択

小松前貫主をめぐる問題の経緯を説明する杜多総長 天台宗(杜多道雄宗務総長)の第142回臨時宗議会が17日、滋賀県大津市の宗務庁に招集された。「女性職員への差別やセクハラ発言」など、小松玄澄前貫主の言動をめぐって混乱が続く長野市の善光寺大勧進の問題を全議員が憂慮。宗議会として早期解決を切望する決議文を採択した。

 細野舜海議員(南総教区・観明寺)が、「善光寺大勧進の問題について動議」を提出。「長年にわたり小松前貫主は世間を騒がせ、参拝者の減少を招き、関係者に多大な迷惑をかけてきた」とし、当局に詳細な説明を求めた。

 杜多総長が「昨年3月14日の総長就任以降の経過」を説明。「小松師と大勧進との確執は10年以上前」に遡るとし、「小松師は貫主として運営正常化を図るべき立場にありながら、それを果たさなかった結果が騒動の引き金になった」とした。

 さらに「即刻貫主辞任を求める大勧進側と事実無根を主張する小松師側との間に事態収拾の糸口は見出せず、大勧進と善光寺天台宗一山寺院(25院)の決議に基づき、昇堂禁止や給与支給停止の処分を出された小松師は自らの判断で謹慎に応じつつも辞任には応じず、長らく混乱が続いていた」とし、「天台宗、善光寺の名誉を著しく損なう状態を宗門として看過できず、早期解決のため関係者と協議を重ねてきた」と報告。紆余曲折を経て昨年12月7日、「小松師が宗務庁に来庁して辞任願の提出に同意。自身で退任年月日欄に平成30年3月31日と記入し、辞任住職が記入すべき全事項に漏れなく記入して署名・押印の上、提出した」が、「2月末に突如、辞意を撤回。しかし、小松師は自発的な意思で辞任を約束したので撤回できる道理はない。身勝手な信義にもとる申し入れであり受け入れられない」と退けた。

 その上で、「本年3月31日付で解任辞令を本人に送付した」と述べ、「瀧口宥誠大僧正が4月1日から後任住職が決定するまで特命住職を務めている(5月1日付で住職に任命)」と報告。「ところが小松師は3月27日、宗門を相手取り地位確認と業務妨害禁止を求めて大津地裁に提訴に及んだ。4月23日に取り下げたが、宗務運営を徒に混乱させる行為は宗徒として許されるものではない」と批判し、「大勧進の正常化や自身の名誉回復を図るとの理由で3月9日、大勧進と善光寺天台宗一山の関係者11人を業務妨害罪・強要罪で長野地検に告訴。4月18日には長野地裁に新たに大勧進を相手に提訴に及び、全面対決の姿勢を示すなど、殊更事態を悪化させる行動には唖然とするばかり」と慨嘆した。

 これを受け、細野議員が異例となる決議文を発表。全会一致で採択した。(決議文は紙面でご覧ください)

2018/5/24 興正寺問題 裁判外「和解」が成立 すべての訴訟取り下げ、元住職父子は寺から退去

記者会見の冒頭で挨拶する添田総長 寺有地の巨額無断売却に始まる一連の問題で宗派から罷免・除名(僧籍剥奪)処分を受けた梅村正昭元住職側と、宗派の特任住職(添田隆昭宗務総長)側の裁判が続いていた名古屋市昭和区の高野山真言宗別格本山・八事山興正寺。処分後も寺を占有してきた元住職側への「明け渡し」訴訟等の一審判決が25日に出されるのを前に21日、双方の話し合いによる裁判外での「和解」が成立した。

 梅村元住職と息子の梅村昌寛元副住職は21日をもって寺から退去し、代わって添田特任住職が入寺。双方が訴訟を取り下げ、裁判紛争を終結させることに合意した。

 4年間に及んだ住職の地位や寺の明け渡しをめぐる民事訴訟の一審判決直前、急転直下の「和解」となった。特任住職側では当初から、「元住職父子の寺外退去」を和解の最低条件としてきただけに和解は不可能とみられてきた。だが裁判外での「和解」交渉は元住職側からの呼びかけにより、GW頃から始まったという。

 添田総長は21日午前、宗派要職者ら二十数人と共に興正寺境内に入り、本堂へ。出迎えた僧侶職員らに住職着任の挨拶と正常化への協力要請を行った後、本尊の宝前で法楽を捧げた。

 続いて普照殿内の暁堂で、梅村元住職による住職袈裟の「返還作法」を挙行。元住職と面談し、「和解」事項の最終確認などを行った。双方の合意による訴訟の取り下げは、元住職側が取り下げたのを確認した後に特任住職側も行うという。対立の象徴となっていた門前の特任住職側の檀信徒連絡寺務所は近く撤去する予定。

 添田総長は午後の記者会見で、「裁判継続によるイメージダウンを一刻も早く解決したい(という思いから和解した)」と説明。「檀信徒や名古屋の皆様の信頼を失墜した状態なので、信頼回復に努めるのが当面の私の任務だろう」と決意を語った。

約80億円の寺外流出 捜査継続も立件困難

 梅村元住職は平成26年1月、138億8千万円に及ぶ中京大学への寺有地無断売却と5億円超の礼録納入拒否で罷免された。一方、国税局の税務調査で、息子の元副住職や元責任役員の関係会社などに売却収入から合計約80億円を支出していたことが判明。特任住職側では「寺有財産の不正流出」に当たるとして、元住職らを刑事告訴した。

 これを受けて名古屋地検特捜部が昨年9月、興正寺や元住職宅など関係先に背任容疑で強制捜査に入った。

 だが裁判外での「和解」成立により、民事訴訟だけでなく刑事告訴も取り下げられる。それでも地検の捜査は継続するというが、「和解」の影響で立件は困難になるとみられる。「明け渡し」と「和解」の成立日である21日は弘法大師の縁日であり、興正寺の縁日でもある。この日をもって、全裁判を終結に導きたいという双方の強い意向が読み取れる。今回の「和解」は、当事者同士が極めて短期間の話し合いのみで合意した特異なケース。双方の弁護士が間に入って、法的な合意文書を取り交わす通常の和解とは異なり、「和解文書はない」(添田総長)という。(続きは紙面でご覧ください)

2018/5/31 臨済宗妙心寺派 小倉宗俊管長の晋山式 「功至無功汗馬髙」示す

法堂の須弥壇に上がり、晋山の決意を表明した小倉管長 臨済宗妙心寺派第35代管長の就任を披露する小倉宗俊氏(69)の晋山式が27日、京都市右京区の大本山妙心寺で営まれた。宗内外の高僧や檀信徒ら約千人の前で、法堂の須弥壇に上がった小倉管長は力強く法語を唱え、晋山の決意を表明した。

 午前8時過ぎ、交互に撞かれた洪鐘と大鐘の音が響き、小倉管長は特別なときにのみ開く勅使門をくぐり境内に入ると、塔頭和尚らが山門で迎えた。佛殿に入堂し香語を唱えた後、祖師堂など諸堂を巡拝。開山堂、玉鳳院では開山・無相大師と開基・花園法皇に茶湯を献じた。

 同10時半から晋山上堂式に臨み、法鼓が打たれる中、法堂に入った。須弥壇に上がると、法語を読誦。『碧巌録』から「祖師西来意」の公案を引いた上で、名馬に優れた馬具を付けても乗りこなす力がなければ無意味だという意味合いの「駕與青龍不解騎」と述べ、多くの人に支えられて大きな功があるという「功至無功汗馬髙」との言葉で締めくくり、管長としての姿勢を示した。

 松浦明恭宗議会議長が、「衷心よりお慶び申し上げます」と祝辞。取り組むべき今日的課題は多く、衆知を結集しなければならないと述べ、「本派のみならず、仏教界の大教導たらんことを切に念じたい」と切望した。

 栗原正雄宗務総長が代表して謝辞。境内の総合防災対策や白隠禅師250年遠諱を終え、一息ついたところだとしながらも、「これからはしっかりと宗門の将来を見据えて動くとき」と強調。生きにくい現代だからこそ、仏教の叡智と臨済禅の教えが求められていると述べた上で、「新管長を中心に一丸となり、社会の課題と乖離せずに悩み苦しむ人々に寄り添える教団であるよう努力したい」と語った。

 さらに、海外を含む約4千カ寺の妙心寺派寺院が、いつでも坐禅で心を空っぽにできる禅寺でありたいとして、「座ることを大事にして精進したい」と力を込めた。

 小倉新管長は京都市東山区出身。立命館大入学後に花園大に移り卒業。室号は玄玄庵。静岡県三島市の龍澤寺専門道場に掛搭し、1991年に愛知県犬山市の瑞泉寺専門道場師家に就任。1994年に歴住開堂し、妙心寺第694世に就いた。管長の任期は2018年4月から4年間。

2018/5/31 第15回国連ウェーサク祝典開催 世界連邦日本仏教徒協議会・高野山大学代表がスピーチ

ウェーサク祝典で、パーリ語のお経を唱える各国の上座部僧侶(27日 バンコクの国連センター) 仏陀の生誕・成道・涅槃を祝する第15回「国連ウェーサクの日」祝賀式典が25日から27日までの3日間、「人間開発のための仏教の貢献」のテーマのもと、タイ・バンコクを中心に開催された。GNH(国民総幸福)で知られるブータン国首相が基調講演を行った。上座部・大乗・金剛乗の枠を超えて約80カ国・地域から約2千人が参加した。日本からは世界連邦日本仏教徒協議会(世連仏)やITRI、高野山大学関係者、霊雲院国際禅交流友好協会関係者ら30人余が出席した。

 初日午前、バンコク郊外のマハチュラロンコン仏教大学(MCU)アユタヤキャンパス大講堂を会場に、タイ僧伽の最高位であるソムデット・プラ アリヤヴァンサガタヤナ大僧正を迎えて開会式が行われた。

 主催者である「国連ウェーサクの日国際評議会」(ICDV)議長のプラ・ブラマプンティットMCU学長は、1999年12月、仏陀の生誕・成道・涅槃を祝するウェーサクの開催を奨励するとの国連決議を紐解きながら、タイ政府・タイ僧伽の協力を得て2004年から主にUNSCAP(国連アジア太平洋経済社会委員会)の本部であるバンコクの国連センター(会議場)で開催してきた歴史を報告。「15回目のウェーサク祝典を皆さまと祝福できてうれしい」と歓迎した。

 さらに「ICDVには4つの役割がある。持続可能な開発・気候変動・平和構築・教育である。これらは国連のSDGs(持続可能な開発目標)でもある」とし、今回のテーマもこれらに基づいていると述べた。

 基調講演はブータン王国のツェリン・トブゲー首相。国際的な経済指標であるGDP(国内総生産)によらない、自国独自のGNH(国民総幸福)について解説。仏教を背景にしたGNHには、生活の質や共感なども含むという。タイのプミポン前国王が示した「足るを知る経済」にも言及し、人々を幸福や調和に導くものと評価した。

 午後からはタイ王室の代表が臨席しての式典が挙行され、続いて各国代表のスピーチ等に移行し、翌2日目は終日、アユタヤキャンパスで4分科会が開かれた。

 最終日は国連センターで祝典行事。アントニオ・グテーレス国連事務総長、プラユット・タイ国首相、オードレ=アズレ・ユネスコ事務局長のメッセージ(各代読)が紹介された後、各国・団体代表が登壇スピーチ。世連仏は、叡南覚範会長(天台宗曼殊院門跡門主)のメッセージを水谷栄寛事務総長(高野山真言宗真照寺住職)が読み上げた。ユネスコ憲章前文にある「戦争は人の心の中で生まれるものであるから人の心の中に平和の砦を作らなければならない」を引用し、「仏教は一人ひとりが信じる神を決して否定したりしない。逆に尊重することで人々は融和の関係を持つことができる。本当の平和とは、一人ひとりの自己が認められ、一人ひとりが信じる対象を否定しないことで築かれる」と主張した。

 高野山大学の乾龍仁学長は、最初に添田隆昭宗務総長のメッセージを紹介。仏教が各地に伝播する中で土地の宗教に影響されつつも「慈悲と平和と寛容の精神」という仏陀の教えは変化していないと説いた。続いて学長として大乗仏教の立場から、「すべての生きものを尊重することは社会貢献につながる」と述べた。

 終了後、MCUのプラ・ブラマプンティット学長は本紙の取材に、「今回のウェーサクには経済の学者もいた。ある学者は、哲学をもっていなければならないという。グローバル経済と仏教はどう関わるのか。精神的なものがなければ発展しない。精神的に良くなれば人間は成長できる。そこに仏教の役割があると思う」と話した。

2018/5/31 真言宗豊山派、長谷寺修復で説明会 宗派負担の34億円は22年かけて課金 豊山人の力を結集しよう!

宗務所で開かれた説明会 真言宗豊山派は24・25日に東京都文京区の宗務所で、宗務支所三役(支所長・副長・布教長)を対象に、奈良県桜井市の総本山長谷寺伽藍修復と総合調査に関する説明会を開いた。両日で110人が参加した。星野英紀宗務総長が長谷寺伽藍の老朽化の現状を説明したうえで、「豊山人の力を結集して、長谷寺の未来を支えよう」と呼びかけた。

 説明会は星野総長が「当局との第一回目のコミュニケーション」と位置付け、今後も様々な形で開催する意向を示し、自ら「総本山長谷寺の魅力と課題」と題して現状を説明した。

 本堂、本坊・大講堂は共に、長年の雨風による腐食が進行。昭和23年に応急的な瓦葺き替えを行った本堂は棟瓦の劣化、葺き土の緩みもみられる。「本堂よりも大変」な状況にあるという本坊・大講堂は、建設から95年が経過、屋根全体に凍害による割れや瓦のズレが生じており、「早急な修理が望まれる」という。

 星野総長は1500年の歴史で本堂だけでも7度の火災に遭い、そのたびに「(勧進活動をした)長谷聖(はせひじり)」らの活躍で復興を果たした歴史を紐解き、文化財を守る役割を伝統仏教が担っていると強調。「歴史のなかで武士や貴族、商人たち、そして長谷聖が支えてきたものを、豊山の寺院が支えるということになると思う。それぞれのお寺にお考えがあると思うが、お力をお貸しいただけると有り難い」と理解を求めた。今説明会は5月31日に福島、6月18日に名古屋でも開催される。

 123の建造物を有する総本山長谷寺。これまでの発表によると、専門家の調査で国宝の「本堂」、重文の「本坊・大講堂」など75棟に修復が必要と判断された。宗派でも昨年11月に「総本山伽藍修復基金検討委員会」を設置し、修復対象となる建造物の特定、費用の概算と捻出方法を審議。本堂と本坊・大講堂を修復事業の中心とし、修繕費は国の文化財であるため55%を国が補助し、残りの45%(約34億円)を宗派が負担。その費用は22年間の「特別課金の賦課」などで捻出する方向で検討している。

2018/6/7 韓国人教授が日本で得度 東北福祉大学の大谷哲夫学長と意気投合

仏弟子の証の絡子を授けられる崔氏 東北福祉大学学長で国際(日中)禅文化交流協会会長の大谷哲夫氏に、韓国人福祉学者の崔枰圭氏(チェ・ピュンキュ、72)が弟子入り。5月28日、大谷氏の自坊、曹洞宗長泰寺(東京都新宿区)で行われた交流協会の総会に併せ崔氏の得度式が営まれた。

 崔氏は曹渓宗立東国大学校出身で、名門高麗大学校などで福祉行政を講義してきた。高麗大は大谷氏の母校早稲田大学の姉妹校でもある。大谷氏が会長を務める仏教稲門会に仏教と福祉のつながりで交誼を深めたいと連絡があり、意気投合。大谷氏が得度を勧め、この度の縁となった。

 受戒の後に大谷氏から仏弟子となった証に絡子が贈られた。戒名は「薫風泰鳳居士」。鳳仙山長泰寺の文字を織り込んでいる。崔氏は「何十年も前から奈良・京都・鎌倉など日本のお寺を見て回り、活動に感銘を受けてきました。縁を結んでいただき本当にありがたいことです」と感激の言葉を述べた。

韓日禅文化交流協会の発会も発表され、崔氏が会長に就任。「禅も日本の中で閉じこもっているだけではだめ。曹渓宗も禅宗ですから、これからどんどん交流を深めていきましょう」と呼びかけた。大谷氏は崔氏が福祉学者であることから東北福祉大学との学術交流にも意欲。翌日、崔氏は宮城県仙台市の東北福祉大学を表敬訪問した。

 崔氏はダライ・ラマ法王の韓国訪問に尽力するなど仏教を通じた国際交流を活発に実践。韓国政府の大統領特別諮問機構の委員など公職も多数務める。

2018/6/7 次世代のための環境シンポジウム 仏教思想と実践で地球を救え!

約200人が集まり仏教思想の有効性を確認 次世代のための環境シンポジウム「仏教は地球を救えるか」が4日、港区の東京グランドホテルで開催された。約200人が仏教精神を環境保護に活かす必要性に耳を傾けた。主催は経済人が主体となって環境問題を考える「和合科学国際会議」(川瀬泰人代表)。

 基調講演は東京大学名誉教授の山本良一氏。経済発展が進んでいる国では環境破壊も進んでいることを示し、「生活の満足を実現するために環境を犠牲にしている」と危惧。世界に目を向ければカンタベリー大主教のローワン・ウィリアムズ氏など、環境問題に積極的に取り組む宗教者がいるが「なぜ日本でそれができないのか」と檄を飛ばした。

 化石燃料や原子力発電の恩恵に与る大銀行から自然エネルギーを推奨する銀行に預金を移すのも宗教団体にできる環境保全の一つだと提言し、実際にやっている市井のお寺もあると例示。大本山・総本山がそういう活動をすれば「大ニュースになる!」と期待し、後世の需要を損なわない「倫理的な消費」をすることが現代に求められると語った。

 世界仏教徒青年連盟(WFBY)会長代行・全日本仏教青年会(全日仏青)顧問の村山博雅氏が招待講演を受けた。副住職を務める大阪府豊中市の曹洞宗東光院が創建以来1300年間咲かせ続ける萩の花のことを説明し、寺院が環境保全を担ってきたことを提示。仏教の「三時業」(現世・来世・それ以後で報いを受ける業)の視点から、仏教は未来に対しても因果を考えることができるとし、自然保護などにもつながる思想だと指摘した。

 この世の諸問題に対し「他人事ではない、というところに(心を)もっていくのが仏教。これからの世界を考える上で一層重要になっていく」と指摘。そういう思想があってこそ初めて慈悲が実践でき地球環境などに向きあえると述べ、全日仏青も「誰一人取り残さない」を掲げるSDGs(持続可能な開発目標)達成のために取り組んでいると力説した。

 続く討論では東洋大学学長の竹村牧男氏、湯島天神権禰宜の小野洋一郎氏が登壇。武村氏は村山氏の言う「他人事ではない」という仏教思想に深く同意。「悪は来世にまで影響して他者を損ねていく」と述べ、現代人の生活指針として十善戒・六波羅蜜・四無量心を実践していくことが環境を守ることにつながると呼びかけた。

 山本氏も村山氏の提言に啓発され、「人身受けがたし今既に受く」という三帰依文は科学者から見ても非常に重要だと指摘。銀河系に生まれた唯一の知的高等生物たる人類が、愛や慈悲心を担う生物になるための自覚を仏教で促すことを期待した。

2018/6/7 全日本仏教会 新理事長に曹洞宗・釜田隆文氏 事務総長に浄土宗・戸松義晴氏

就任の挨拶を述べる釜田新理事長 公益財団法人全日本仏教会は4日、東京・芝の東京グランドホテルで第22回理事会を開き、新理事長に曹洞宗宗務総長の釜田隆文理事を選出した。石上智康前理事長(浄土真宗本願寺派総長)に続いて2期にわたる現役総長の就任となった。事務総長には浄土宗の戸松義晴理事が選任され、初の2度目の就任。これにより第33期執行部が整った。新体制当面の取り組みは、11月に開かれるWFB世界仏教徒会議日本大会となる。

 事前の評議員会を経て新任9人、継続9人、再任2人の全20人が第33期理事に就任。理事会には15人が出席し、石上前理事長を議長に進行。釜田理事が理事長候補者に推薦され、全会一致で選出した。続いて釜田新理事長が議長席に着き、新事務総長に戸松理事を選出した。

 石上氏は理事長退任にあたり感謝の言葉を述べた。「理事長就任早々、マスメディアの集中砲火を浴びたりもした」と当時、ネット通販大手のアマゾンが僧侶派遣サービスの販売を開始し、全日仏としての対応に追われた体験を振り返った。一方で「時代がどう変わろうと、仏法、仏さまのお悟りの真実は変わることはなく、永遠に私どもを導いてくださる」とし、“現場目線”を呼びかけて新執行部に期待を寄せた。

 釜田新理事長は、前執行部を慰労すると共に、公益財団としてのあり方を再提示し、「時代の要請にも応えながら、目的達成のために誠実に最善を尽くす所存である」と抱負を口にした。

 理事会ではさらに理事長と事務総長を除く第33期の全理事が各種審議会及び委員会、部会と担当となる案が審議され、原案通り承認された。

 報告事項では、11月7日成田市内のホテルで行われる第29回WFB世界仏教徒会議・第20回WFBY世界仏教徒青年会議日本大会の総会・開会式典・歓迎レセプション、9日横浜市の曹洞宗大本山總持寺で行われる記念法要・式典・シンポジウムについて説明がなされた。

 5カ月後に迫ったWFB日本大会は新執行部にとって最初の大型イベントになる。

会長と理事長 初の同じ宗派

 昨年11月の全日仏理事会で第33期会長に江川辰三曹洞宗大本山總持寺貫首が就任すると発表。江川貫首は1月の管長交代を経て曹洞宗管長となり、4月から正式に全日仏会長となった。

 全日仏理事長・事務総長は慣例により、曹洞宗・本願寺派・大谷派・浄土宗の4宗派が順送りで就任してきた。かつては全日仏会長もそうだったが、現在は10宗派から選出される。

 第33期の江川会長、釜田理事長は共に曹洞宗。順番とはいえ全日仏の歴史で初めて同じ宗派となった。江川会長が住持する大本山總持寺(横浜市鶴見区)はWFB日本大会の会場となる。
 また曹洞宗の現役宗務総長が理事長に就くのは、第13期の町田宗夫氏以来20期(40年)ぶりとなる。

理事長・事務総長略歴
 【釜田隆文理事長】かまだ・りゅうぶん/昭和15年(1940)8月三重県生まれ。77歳。正眼短期大学卒。曹洞宗三重県青年会会長、松阪市佛教会会長等を歴任。平成14年(2002)から曹洞宗宗議会議員を務め現在4期目。教化部長を経て平成26年(2014)10月から宗務総長。今年10月に任期満了を迎える。自坊は三重県松坂市の養泉寺。
 【戸松義晴事務総長】とまつ・よしはる/昭和28年(1953)5月東京生まれ。65歳。慶應大学卒、ハーバード大学大学院神学校修士課程修了。浄土宗総合研究所主任研究員。全日仏第29期の事務総長を務めた。世界仏教徒連盟(WFB)執行役員。自坊は港区東麻布の心光院。

2018/6/7 引き上げ船事故の朝鮮出身者の遺骨、42年ぶり壱岐島に戻る 天徳寺で安座法要

移送された遺骨を前に営まれた安座法要 終戦直後の1945年秋、日本からの引き揚げ途中に台風による海難事故に遭い、長崎・壱岐島で死亡した朝鮮半島出身者らの遺骨が5月31日、これまで安置されていた埼玉県から壱岐島に移された。遺骨の安置を国に委託された長崎県壱岐市の曹洞宗天徳寺で安座法要が営まれ、日韓両国の僧侶や檀信徒、厚生労働省担当者ら参拝者約70人は、祖国への返還が早期実現するよう願った。壱岐島に遺骨が戻るのは42年ぶり。

 遺骨は全131柱で、70~80年代に長崎県の壱岐島(86柱)と対馬(45柱)で発掘されたもの。壱岐島の86柱は76年、朝鮮半島から動員され三菱重工の広島工場で働いた徴用工を探していた広島の市民団体によって掘り出され、持ち帰られた。

 後に遭難時期や犠牲者の特徴から三菱の徴用工でないとほぼ確定したものの、寺院などを転々とし、最終的に本願寺広島別院で保管されていた。2003年に厚労省が引き取り、対馬の遺骨45柱を委託する埼玉県所沢市の真言宗豊山派金乗院に預けられた。

 事故翌年から70年以上にわたって慰霊を続けてきた天徳寺の西谷徳道住職は厚労省などに対し、曹洞宗宗務庁や壱岐市の協力を得ながら、返還が困難ならば朝鮮半島に近い壱岐島への遺骨移送を訴えてきた。金乗院の田中正樹住職もこの考えに同意。納骨堂の修理を理由に、17年度末の3月末を期限に遺骨の移動を求めた。

厚労省はこうした要望を受け、移送を決定。4月中旬に金乗院から東京・霞が関の同省に一旦移した上で、この日、遺骨を納めた37の骨壺が天徳寺に運ばれた。

 法要では、地元僧侶約10人が壱岐島独特の壱岐歎仏で手厚く供養するとともに、韓国の僧侶も勤行。韓国・慶州市の曹渓宗仏国寺前住職、李性陀・同宗元老議員は関係者に感謝の気持ちを述べた上で、「壱岐島からは韓国までもう遠くない。すべての遺骨が故郷に1日も早く戻れるよう願いたい」と日本語で話した。

 池田大智・曹洞宗宗議会議員が、釜田隆文・曹洞宗宗務総長の慰霊の言葉を代読し、「遺骨の受け入れ先が二転三転し、御霊がさまようことになった」と懺悔。その上で日韓両政府に対し、「返還の方途を実現していただけるよう心からお願いしたい」とした。

 西谷住職は、遺体が埋葬されていた清石浜付近に67年に慰霊碑建立を発願した檀家総代長らに思いを馳せ、「あなた方の力が後押ししてくれた」と声を詰まらせた。壱岐島に戻り、さらに望郷の念に駆られていると犠牲者の気持ちを代弁し、「祖国への返還に向け、日韓の友好の絆がますます結ばれるよう祈念したい」と語った。

 厚労省の担当者は「日韓政府間で合意に至れば、速やかに返還したい」としたが、政府間の協議は進んでいない。

2018/6/14 高野山真言宗 元総長らと和解成立 損失責任2千万円

 放漫財政を行ったとして、前任内局の庄野光昭元宗務総長と森寛勝元財務部長を宗派3法人(宗教法人総本山金剛峯寺、宗教法人高野山真言宗、学校法人高野山学園)が訴えた8億7500万円超の損害賠償請求訴訟で12日、和解が成立した。一昨年1月21日の提訴から2年半。元総長らが在職時に出した「多大な財産的損失」について「深い遺憾の意」を表明し、和解金として1千万円ずつ計2千万円を原告に支払うことで合意した。

 和歌山地裁での第11回裁判(2月7日)で、中山誠一裁判長の「本件は和解で解決すべき事案だ」という強い意向から示された和解条項案。現内局(添田隆昭宗務総長)では和解案を事実上の判決と受け止め、和解金の額などが明示された和解勧告(4月24日付)を受け入れた。

 元総長らの提訴は宗会での責任追及決議に基づいて行ったことから今月4日、大阪市内で安藤尊仁宗会議長ら宗会議員の代表からなる宗派の監査機関・参事会と協議。和解勧告受け入れについて理解を求めた。

 他の和解条項は、「原告らと被告らは、本日(和解成立日)以降、より一層、宗門の発展及び一切衆生済度の大願を達成するために大同団結して協力していくことを誓約する」「原告らは、その余の請求を放棄する」など。(続きは紙面でご覧ください)

2018/6/14 各地の本山で晋山式 僧侶・檀信徒が祝す

日蓮宗本山實相寺 小松浄慎貫首が晋山 新旧管長や総長が祝福 
晋山式で練行する小松貫首 日蓮宗本山實相寺(静岡県富士市)の第72世に就任した元宗務総長の小松浄慎貫首(70)の晋山式が5日、同寺で営まれた。静岡市内のホテルで開かれた祝賀会では、新旧管長をはじめ内局、本山会貫首、宗会議員ら約350人が集い、小松貫首の入山を祝った。

 小松貫首は稚児や万灯講ら約200人と共にお練り。沿道で声援を送る地域の人々の声に応えながら、同寺までの約1キロの道程を進んだ。法要は小松貫首を導師に駿河達師法縁会が出仕して厳修された。

 豊田日穂前貫首(91)から払子を受け継いだ小松貫首は、古式に則り歴代住職の名が記された相承譜に記帳。奉告文で護念護法、寺檀和融に精進することを誓った。

 同寺は久安元年(1145年)に鳥羽法皇により創建された勅願寺。宗祖日蓮聖人が戦乱や飢饉、他国侵逼等の国難を憂えて同寺の一切経蔵に篭り『立正安国論』の草稿を編んだことで知られる。

 一切経蔵をはじめとする伽藍の諸修理や奥書院の再建、地元教師の悲願であった静岡中部宗務所建設ため境内地の提供を決断するなど、多大な功績を残した豊田前貫首は、「21年間ただこの實相寺のためを思ってやってきました。新しい貫首さまと共に、この天下の實相寺を皆さんで発展させてほしい」と今後の寺門興隆を願った。

 小松貫首は、約8年前に豊田貫首から次期貫首への打診があったことを振り返り、「豊田猊下が入山したのがちょうど70歳。私も70歳になりました」と万感を込め挨拶。

「総長時代、常々口にしていたのが〝祖山の繁栄なくして宗門の発展なし〟。祖山と共にお参りいただき、このお山の大聖人ご在世当時の空気を大勢の皆さんに感じていただけるよう努めていきたい」と抱負を語った。(続きは紙面でご覧ください)

真言宗智山派別格本山高幡不動尊金剛寺 杉田純一貫主が晋山 先代の遺訓を尊び遵承
第34世として晋山した杉田純一貫主 東京都日野市の真言宗智山派別格本山高幡不動尊金剛寺で12日、第34世に就任した杉田純一貫主の晋山式が執り行われた。真言宗智山派の小峰一允管長(総本山智積院化主)や芙蓉良英宗務総長をはじめ、宗内外の僧侶や檀信徒らなど300人が参集し、杉田貫主の晋山を祝した。

 午前11時、客殿「舞台ノ間」で法燈相承式を執行。法類寺院、教区代表、総代世話人が参列し、幡山会の清水博雅会長から杉田貫主へ相承品が手渡された。午後からは門前参道で江戸消防記念会による木遣りと纏ふり、総代世話人、職衆、杉田貫主がお練りし、山門をくぐり不動堂に入堂。晋山記念の大護摩供を厳修した。

 奥殿参拝に続いて、大日堂に進み入り晋山奉告法要を厳修。杉田貫主は伝燈奉告文で先々代の秋山祐雅、先代の川澄祐勝両大僧正の「遺訓を尊び遵承し」と述べ、「先輩諸友の教導を仰ぎ且つ檀信徒の信援を願い山内和合を専らとし自ら研鑽を以って寺門興隆宗団発展の大道に迷わらざらん事を期すのみ」と奏上。「一山の整備伸長を誓うものなり」と表明した。(続きは紙面でご覧ください)

2018/6/14 東洋大学 学祖・井上円了100回忌を蓮華寺で営む “哲学”が求められている

円了の墓前で「南無絶対無限尊」を唱える竹村学長 日本仏教の復興と近代化に尽力した仏教学者・哲学者・教育者として改めて注目されている井上円了(1858―1919)。円了を学祖とする東洋大学は、祥月命日の6日、墓所のある東京都中野区の日蓮宗蓮華寺(金子朋史住職)で100回忌法要を執り行った。福川伸次理事長、竹村牧男学長はじめ大学関係者ら170人が焼香した。

 本堂の宝前には円了の位牌を安置。福川伸次理事長が宝前に進み、5キャンパス、13学部を擁する大学の現況と展望を報告した。文系と理系ともに相互交流と哲学の必要性を指摘しながら、「井上円了先生の建学の精神『諸学の基礎は哲学にあり』がまさにこれからの時代に求められている」と述べた。

 読経の中、最初に井上家を代表して円了の孫で数え100歳となる井上民雄氏が焼香。そして福川理事長、竹村学長、学校法人および大学関係者が続いた。導師の金子住職は円了の法号「甫水院釈円了大居士」を奏上して回向した。

 大学代表15人は境内にある円了墓前に移動。井桁の上に円形の石を置いた墓石は、「井上円了」の名前を表現したもので、円了の発意とされる。円形の裏側には円了と妻(芳田院釈妙敬)の法号を刻印。その墓前に一人ひとりが交代で進み、手を合わせた。最後に竹村学長が、円了創唱の「南無絶対無限尊」を三唱して100回忌法要を閉じた。

井桁に円形の墓石に詣る孫の井上民雄氏(1919年生まれ) 昨秋、『井上円了―その哲学・思想』(春秋社)を上梓した竹村学長は、「100回忌法要に参列したことで、あらためて井上円了先生の卓越した建学の理念を現代に活かしつつ、東洋大学のさらなる発展に努めたいと思いを新たにしました」とコメントした。

講演先の大連で死去 近代仏教研究で注目

 井上円了は安政5年(1858)、新潟県長岡市の真宗寺院生まれ。東本願寺(大谷派)給費生に選ばれ東京大学に進み、哲学を学ぶ。29歳の時に東洋大学の前身、私立哲学館を創立。仏教の近代化にも力を注いだ。「妖怪学」の研究でも知られる。仏教近代化に加え、社会教育や生涯教育の分野でも先駆的な業績を残した。

 生涯、3回にわたり世界旅行を行った。晩年は全国を講演行脚。大正8年(1919)6月5日中国の大連にある西本願寺附属幼稚園での講演中に倒れ、翌6日死去した。 近年、近代仏教史研究が盛んになると円了と哲学館が注目され、哲学館は「明治の新仏教運動の一大拠点」(『近代仏教スタディーズ』)とされている。

2018/6/21 国を超える9条の力―ヒロシマで9条世界宗教者会議 軍事力によらない安全保障へ

12カ国・地域の宗教者が9条の精神を共有 「憲法9条による世界平和―被爆地ヒロシマから」をテーマとする第6回「9条世界宗教者会議」(主催=「宗教者9条の和」などから構成される実行委員会)が13~15日、広島市中区の広島平和記念公園内国際会議場で開催された。アジアや欧米の12カ国・地域から仏教やキリスト教などの47団体、のべ約500人(各日170~180人)が参加。日本国憲法9条を「世界の平和実現の道しるべ」として北東アジアを非核兵器地帯にし、「武力に頼らない安全保障」体制を構築することを共通目標に掲げた。

 史上初の米朝首脳会談の翌日から始まった今会議。日本国憲法9条の「殺さない、殺させない」の精神を世界の宗教者と共有し、特に東アジア地域における正義と平和の世論を形成することを目的に2007年から隔年で開催されている。東京、ソウル、沖縄、東京、大阪と続き、今回は9条の原点を確認する意味をこめ「世界で最初の被爆地」広島での開催となった。

 初日の開会式で、小野文珖氏(日蓮宗僧侶・お題目9条の会)は、米朝首脳会談を踏まえて、「北東アジアを非核・平和地帯にする大きなうねりが起こっているこの時、9条の精神を世界に高く掲げようと宗教者が広島の地に集まったことを一大因縁と捉えている」と挨拶。「絶対に9条を改憲させない」と強調した。(続きは紙面でご覧ください)

2018/6/21 立正佼成会が米朝会談歓迎メッセージを発表 新たな扉開かれた

 史上初となる米朝会談をうけて立正佼成会(庭野日鑛会長)は13日、「米朝首脳会談を終えて」と題するメッセージを教団名で発表した。会談を歓迎し、対話が重ねられることを願っている。会談前の9日には「米朝首脳会談を前に」とのメッセージも発表している。 

 「終えて」のメッセージは以下の通り。

 米朝首脳会談により、平和に向けた新たな扉が開かれたことを心より歓迎します。

 今回の会談は、戦争のない世界に近づく第一歩となりました。引き続き対話が重ねられ、信頼が醸成されることにより、離れ離れになっている家族の再会が実現し、朝鮮半島の平和と非核化が達成されることを切に願っております。

 私たちも、平和を願うすべての人々、その実現のために努力する人々と共に、これからも祈り、そして行動してまいります。

 平成三十年六月十三日      立正佼成会

2018/6/21 米朝会談から東アジアの平和へ―識者に聞く宗教の役割

 東アジア情勢が急激に変化しようとしている。米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が今月12日、シンガポールで史上初の会談を行い、完全非核化に向けて署名した。これに先立ち、4月27日と5月26日には韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金正恩委員長が板門店で歴史的な会談を行った。朝鮮半島、東アジアに平和と安定がもたらされるのか。拉致問題を抱えている日本、あるいは日本の宗教界はどのような貢献ができるのか。韓国、北朝鮮、東アジアで交流を重ねている識者らに寄稿とコメントをいただいた。池口惠觀氏は編集部が提出した質問項目に回答いただいたので、全文掲載した。
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祈りと念力で後押しを―池口惠觀氏(高野山真言宗別格本山清浄心院住職)
2009年、訪朝した際に妙香山普賢寺を参拝した池口氏(池口氏提供)①今回の会談の感想
 トランプ大統領、金正恩委員長が初対面であったにもかかわらず、最初からお互いに長い握手を交わしながら、笑顔で挨拶を交換するなど、友好ムードの中で行われ、非核化へのプロセスなど細部の合意には至らなかったものの、大枠では朝鮮半島の平和と安定を目指すことで合意に至ったことは、大いに評価すべきことだと思います。会談をひとまず成功裡に終えることができたのは、両首脳の現状打開への共通認識があったことと、両首脳の天上天下唯我独尊的なキャラクター、政治手法が、天の配剤ともいうべき効果を発揮したという感じがします。

②今会談を契機として朝鮮半島の平和と安定に日本、あるいは日本仏教はどんな貢献ができるか
 日本は、朝鮮半島が南北に分断される前、朝鮮半島を長年統治してきた経緯があり、特に北朝鮮に対しては、戦後補償が行われていない状況です。したがって、今回の米朝首脳会談を契機に、何らかの形で拉致問題が解決されれば、非核化後の北朝鮮の経済発展に対して、日本は積極的にサポートしていくことになるはずで、日朝関係は様変わりに改善されるはずです。それによって、北東アジアの平和が促進されれば、日本にとっても大いに歓迎すべきことです。
 北朝鮮には数十の仏教寺院があり、仏教僧侶の仏教会もあります。朝鮮戦争のとき、北朝鮮の仏教寺院のほとんどが灰燼に帰したようですが、当時の金日成主席のツルの一声で、仏教寺院の再建が最優先で行われたと聞きました。
 弘法大師空海が唐の長安で密教を伝授された当時、長安の密教の寺には新羅からの留学僧もいたという話もあります。非核化後の北朝鮮の民衆の幸せのために、日朝の仏教界が協力し合うことはできるはずです。
 私は平成21年から24年の4年間に5回、訪朝しましたが、その最初の訪朝の際、政府高官に「北朝鮮の地で、仏教の怨親平等思想に基づく戦没者慰霊と世界平和祈願の大柴燈護摩をやらせてほしい」とお願いしました。朝鮮半島には朝鮮戦争をはじめ数々の戦乱において非業の死を遂げた数多くの戦没者の霊が、慰霊されないまま彷徨っています。私はそうした戦没者慰霊の祈りが、朝鮮半島の平和の礎になると確信しており、それをまず実現したいと考えています。(続きは紙面でご覧ください)


南北仏教を架橋する―西郊良光氏(日韓仏教交流協議会理事長)
 米朝会談後、韓国側(韓国仏教宗団協議会)から連絡がありました。米朝会談を高く評価し、南北融和と米朝和解を推進する文在寅(ムン・ジェイン)大統領の政策を支持するとのことでした。興奮した様子で話していました。今月25日から韓国で日韓仏教交文化流大会が開かれますので、そこでも提起されると思います。(続きは紙面でご覧ください)

2018/6/21 大阪北部地震 茨木市妙徳寺の山門が倒壊

建て替えから26年で倒壊した妙徳寺山門 大阪府北部を震源とする最大震度6弱の地震が18日午前7時58分頃、発生した。震度6弱を観測した同府茨木市で、寺院の被害が相次いだ。片桐町の日蓮宗妙徳寺と宮元町の真宗大谷派浄教寺で山門が倒壊。田中町の大谷派光得寺では塀が崩落した。3カ寺は半径約600㍍以内にあり、狭い範囲で被害が集中した。

 「まさか」――妙徳寺の三浦惠廣住職(30)は、東日本大震災の被災体験が脳裏をよぎった。大学を卒業したばかりの7年前、師父が住職を務める岩手県山田町の善慶寺で被災。避難生活を経て翌年6月、次男の三浦住職は滋賀県の寺に身を寄せた。京都、兵庫の寺で経験を積み、妙徳寺に入ったのは昨年3月。同年末に住職認証を受け、今年5月26日の入寺式を終えて1カ月も経たないうちに、再び地震が襲った。

 揺れが収まりすぐ表に出ると、山門が崩れ落ちていた。26年前の開創400年記念で建て替えた比較的新しい山門だった。本堂に大きな被害はなく、けが人もいなかった。市内の信徒らが駆けつけ、片付けを手伝ってくれているが、夜一人になると不安が頭をもたげる。「住職として寺を護っていかなくてはいけない」。責務が重くのしかかる。

 「どこかでまた地震が来る。そんな予感があった」。師父からは地形や避難場所を把握しておくよう言われていた。現実となった今こそ、被災経験を生かそうと腹をくくる。「檀信徒の心のケアが最優先。冷静に対処して乗り越えていくしかない」。そう自分に言い聞かせるように語った。

2018/6/28 臨済宗妙心寺派 路上生活支援から人権を考える―「自己責任論」を超えて

貧困問題などについて対談した髙瀬氏(右)と河合氏  臨済宗妙心寺派は19日、京都市右京区の花園会館で人権擁護推進本部の合同研究会を開いた。炊き出しなどで路上生活者を支援する「ひとさじの会」代表を務める浄土宗法源寺(静岡県富士市)の髙瀨顕功副住職を講師に、全国27教区の人権擁護推進委員ら約60人が、格差社会の課題を探った。

 「格差社会と貧困」をテーマに18日にシンポジウムを開く予定だったが、大阪府北部地震の影響でパネリストの作家・雨宮処凛さんが欠席。日程と内容を変更して実施した。

 髙瀨氏は活動のきっかけは、「お経をあげてほしい」と求められたことだったと述懐。「高齢・単身・男性」に当てはまる多くの路上生活者は、遺骨の引き取り手がないのを認識していて、死後の行き場所が切実な問題となっている。こうしたことを受け2008年、生活困窮者の共同墓「結の墓」(東京・台東区、浄土宗光照院)を建立したところから活動が始まったと説明した。

 路上生活者となったのは「自己責任」とする意見に対し、精神疾患や知的障がいがある人も多く、DV被害で行き場をなくし、生活保護などの助けを申請できない人もいると指摘。自己肯定感が極端に低くなっていることも挙げ、「他者とのつながりを回復する縁を支える『支縁』を目指したい」とし、活動が僧侶自身の支えにもなっていると話した。

 この後行われた髙瀨氏との対談で、人権擁護推進委員長の河合宗徹・成徳寺住職は、現在大学生の半数近くが奨学金を利用していると指摘。物欲がなく高望みしない「さとり世代」と呼ばれる若者や、収入が低い非正規労働者などは、「結婚したり車を買ったりできる状態でない」とし、背景に貧困問題があることに理解を促した。 (続きは紙面をご覧下さい)

2018/6/28 日蓮宗神奈川二部法華和讃会が30周年 「龍口法難和讃」初披露

龍口法難の霊跡本山龍口寺で開催された記念の集い 創設30周年を迎えた日蓮宗神奈川第二部管区(楠山泰道宗務所長)の法華和讃会(大森ゆきゑ会長)が24日、神奈川県藤沢市の本山龍口寺(本間日恩貫首)で記念の集い「日蓮聖人の祈りと共に」を開催した。2年後の龍口法難750年に向けて制作された『龍口法難和讃』など、日頃の練習の成果を披露する和讃奉詠を行った。約250人による祈りの歌声が本堂に響いた。

 龍口法難は文永8(1272)年、『立正安国論』を著した日蓮聖人が龍口刑場で処刑される寸前に難を逃れたことに由来する。地元の同和讃会では2年後の法難750年迎えるにあたり、大本山本圀寺(京都市山科区)の伊藤日慈貫首に作詞を依頼し、新たに『龍口法難和讃』の制作を企画。当日は完成した和讃が披露され、歌詞の教本が記念品として配布された。

 法華和讃は団扇太鼓で優しく調子を刻み、情感を込めて信心を歌うのが特徴。大森会長は「伊藤貫首の歌詞や教本の解説で法難の情景が思い浮かぶ素晴らしいものができた。和讃を通じて、龍口法難の奇跡を多くの人に深く知ってもらうため、まず地元で弘めていきたい」と話した。

 当日は和讃奉詠以外にも、オペラ歌手で米国ハワイ州ホノルル妙法寺の山村尚正住職が記念法話や唱題行指導を行った。

 「子どもの頃からお題目の信仰があった」という山村住職は、名刀政宗で知られる刀鍛冶、岡崎五郎政宗の25代目として鎌倉に生まれた。先祖の政宗の名は日蓮聖人が名付けたとの言い伝えがあり、僧侶になったことに「仏縁を感じている」と感謝。「和讃を聴かせていただいたお礼」にオペラで歌われる「オー・ソレ・ミオ」などを披露し、アンコールでは、同和讃会とともに「上を向いて歩こう」を歌った。 (続きは紙面でご覧下さい)

2018/6/28 曹洞宗 4年後に全専門僧堂の認可取り消し

力を込めて教育規程改正の重要性を語る釜田総長。後方は小島議長
 曹洞宗(釜田隆文宗務総長)は25日、第130回通常宗議会(小島𣳾道議長)を東京都港区芝の檀信徒会館に招集した。釜田総長が就任以来最も重要視してきた僧堂振興に関し、僧侶教師分限規程、教育規程の大規模な変更案が上程された。平成34年9月30日をもって開単している全国27の専門僧堂・尼僧堂が一旦認可を取り消されることも含まれている。今秋には宗議会議員選挙と内局交代があり、釜田内局にとって最後の通常宗議会となる。

 釜田総長は施政方針演説で「僧堂の隆替こそが宗門の盛衰に繋がると考え、就任当初から取り組んできたことの集大成」と力を込めて議案上程の意義を説明。特に、僧堂の継続基準(認可取り消し理由)の明確化を図ったものだとした。

 掛搭僧の減少、不十分な資産、幽霊安居、人権意識の希薄さに伴う暴力事件の発生など、近年の専門僧堂には宗内外から改善が求められていたことが背景にある。

 一度すべての専門僧堂の認可をリセットすることで、継続困難な僧堂を閉じ、健全な僧侶養成の体制を確立する意向。平成34年10月1日をもって再び専門僧堂を設置しようとする者はあらかじめ平成31年4月1日から32年3月31日までの間に認可申請を届け出て、教学部長の認可を受ける必要がある。事実上、全専門僧堂の教育力・経済力チェックという形だ。(続きは紙面でご覧ください)


2018/7/5 固定観念ゆさぶれ!高橋卓志氏が「遺言」 

青年僧侶に様々な問いかけをした高橋氏 今年5月に長野県・浅間温泉の神宮寺を去り、8月からタイで仏教を学ぶことを宣言している寺院改革の旗手、高橋卓志氏。6月26日、東京都文京区の真言宗豊山派宗務所で行われた青年僧侶有志からなる法話研鑽会の研修会講師として登壇。「高橋卓志からの遺言」と題し、葬儀やお寺の在り方、世襲や戒律の問題など様々な課題を投げかけ、「固定概念にゆさぶりをかけろ 既成概念を疑ってかかれ」と叱咤した。

 高橋氏は「お坊さんの世界は固定観念の塊。既成概念がなければ葬儀はやっていられないと思いこんでいる人が山のようにいる。このままでは飛べないペンギンになってしまう」と叱咤。神宮寺では、葬儀の前に遺族に話を聞いて故人を偲ぶ映像を製作して式で流すなど、一つひとつの葬儀をオリジナルで作り上げてきた。「大切な人の死を納得し、心の中に残せるのか。それが一番のスピリチュアルケアになり、グリーフケアになる」とし「葬儀の現場にはそうした場面がいっぱいあるのにそれを逃している」と苦言を呈した。

 「大乗仏教は抜苦。苦を抜くことから成り立っている」と高橋氏。生老病死の苦のほか、チェルノブイリと福島で起きた原発事故への支援など、「社会にあふれる苦の現場に対応してきた」と述べ、この経験から「異分野の人とどうつながるか」が重要と指摘した。

 イオンの葬儀やお坊さん便などが話題になったが「本当の危機は戒の問題。坊さんが本来は持戒しているはずなのに、今の日本の仏教では難しくなってきた。それをどうするのか」と提起。このほか、団塊世代の大量死、いのちの定義の変化など、「社会が大きく変わる」と見通し、そのなかでも「四苦八苦を一括してケアできるシステムを有利に使える場所が寺であると考えてほしい。自分一人の力では難しくても、異分野の人とコラボレーションしてほしい。生老病と続けていけば、死の場面でも今までとは違った対応になる」と変化を期待した

2018/7/5 第38回韓日・日韓仏教交流大会 米朝会談高く評価

法住寺大雄寶殿で営まれた世界平和祈願法要  第38回韓日・日韓仏教文化交流大会が6月25~28日、韓国中部忠清北道の古刹、曹渓宗法住寺を中心に開催された。昨年は北朝鮮のミサイル発射など政情不安を背景に中止されたため2年ぶりの大会。日韓仏教交流協議会および韓日仏教文化交流協議会による共同宣言は、先の南北首脳会談・米朝首脳会談を踏まえた平和メッセージとなった。

 26日、法住寺大雄寶殿で世界平和祈願法要が営まれ本式典がスタート。両国僧侶は心を一つに般若心経を読誦した。韓国側会長の雪靖氏は「相生を願う世界中の人々の切実な祈りに感応し、朝鮮半島と北東アジアにも平和の機運が芽生えています」と挨拶。日韓両国の仏教界が不幸な過去を克服するために歩んできたことを踏まえ、釈迦の大慈大悲を実践してきた日本仏教界に深い感謝を述べた。

 続く学術大会はテーマを「青少年の人格形成における寺院の役割」とし、曹渓宗の宗門校である東国大学校師範大学付属女子中学校校長の金衡中氏と川崎大師教学研究所教授の佐藤隆一氏が講演。金氏はテンプルステイ(韓国版宿坊)や経典読誦による青少年育成などを通じ青少年に良い影響を与える寺院の力を力説、護国仏教思想による愛国心の涵養もプラス面に挙げた。

 佐藤氏は青年期の課題は「いかに生きるか」という実存的な悩みとの格闘だとし、シッダールタが出家して釈尊になった歩みにその解決法があると仏教心理学の観点から論じた。

 大会最後に共同宣言を発表。「これまで韓半島には長きに渡り葛藤と反目の時代を経てきたが、去る4、5月に歴史的南北首脳会談と、6月の米朝首脳会談を通じ、韓半島を越え全世界へ究極の和解と平和というメッセージを伝播している」と述べ、日韓両国の仏教界が持続的に願ってきた釈迦の慈悲の具現化ともいえる時代の流れだとしている。


2018/7/5 新宗連 新理事長に岡田光央氏(崇教真光三代教え主)を選出

岡田光央新理事長(新宗連提供)(公財)新日本宗教団体連合会(新宗連)は6月27日、都内で理事会を開き、新理事長に崇教真光(岐阜県高山市)の岡田光央・三代教え主を選出した。任期は2年。

【新理事長略歴】
 岡田光央(おかだ・こうおう)/昭和22年(1947)東京生まれ。国学院大学文学部神道考古学科を卒業後、崇教真光の幹部育成機関・訓練部の第1期訓練生を志願し、岡田光玉(おかだ・こうたま) 救い主の直弟子となる。平成14年(02)、二代教え主代理に就任し、同21年(09)に三代教え主に就任。世界平和実現のため、世界各国での幅広い救済はじめ、アフリカでの植林活動など環境問題にも取り組んでいる。新宗連では平成18(06)年から理事。同22年(10)から同28年(14)まで常任理事。(続きは紙面でご覧ください)



2018/7/5 浄土宗東京教区寺庭婦人会 仏教音楽コンサートに1600人

サントリーホールで行われた仏教音楽コンサート 浄土宗東京教区寺庭婦人会(小野富子会長)は6月27日、東京都港区のサントリーホールで仏教音楽コンサート「未来に響くみ仏のこころ」を開催した。仏教音楽の普及に努めた作曲家・オルガニストの伊藤完夫氏が作曲した「ばあらたの岸辺」のオーケストラ版が初演され、聴衆1600人が壮大な仏教音楽を楽しんだ。

 仏教音楽コンサートは東京教区寺庭婦人会発足50周年記念、浄土宗開宗850年慶讃お待ち受け事業として開催。声明や詠唱、明治以降の西洋音楽と融合して作られた仏教音楽を通して、み仏のこころを感じてもらおうと企画された。

 コンサートの第一部は大本山増上寺式師会による声明、関東吉水講有志による詠唱で始まり、オルガン奏者の小島弥寧子氏が伊藤完夫作曲「讃仏」を演奏。次いで、東京混声合唱団と、東京教区の4人の寺庭婦人も含む大本山増上寺合唱団有志が「念仏」「みほとけは」「法然上人頌」のほか、法然上人御忌800年記念委嘱作品でさだまさしさんが作った「いのちの理由」を美しいハーモニーで披露した。

 第二部は伊藤完夫(1906~2005)がインドの詩聖タゴールの宗教詩に感涙して作曲した「ばあらたの岸辺」をオーケストラ版で初演。迫力ある仏教音楽をホールに響かせると、演奏後は舞台に並んだ出演者に対してのカーテンコールが鳴りやまなかった。

 小野会長は「すばらしい仏教音楽をみなさんにも知ってほしいという思いでした」と企画の趣旨を語ると共に、記念の音楽コンサートが無事開催されたことに「東京中のお寺さんがバックアップしてくださった」と感謝した。

2018/7/12 西日本豪雨の寺院被害が広範囲に及ぶ 各宗派、確認急ぐ

 7月5日以降、西日本各地を襲った長期にわたる豪雨による被害は、11日までに150人を超える死者を出し、行方不明者も70人以上に及んだ。死者は広島・岡山・愛媛県に集中している。各宗派寺院も浸水や土砂崩れなどの被害を受けている。また被害を免れた寺院の中には被災者やボランティアの休憩施設としているところもある。各教団とも被害調査を急ぐと共に、緊急支援を始めている。

【天台宗】
 滋賀県大津市の総本山比叡山延暦寺の浄土院前で土砂崩れ。奥比叡ドライブウェイでも土砂崩れが発生した。岡山教区では圓満寺(高梁市)で参道の土砂崩れ。蓮華寺(同)では土砂崩れで墓地が壊滅的被害。明王院(浅口市)では境内に大量の土砂流入。善應寺(津山市)でも境内に土砂流入。慈恩寺(同)では本堂裏の庚申堂が土砂で損傷。四国教区では常信寺(愛媛県松山市)で土砂が墓地に流入。兵庫教区では14カ寺が被災。神戸市垂水区の多聞寺で10㍍幅の土砂崩れが発生し、アパート駐車場のフェンスと塀、駐車中の車を損傷したほか、他の寺院でも境内・参道の土砂崩れや山からの流水での駐車場損傷、土砂流入、倒木、瓦の落下などの被害が発生。九州西教区では7カ寺で被害。二階寺(佐賀県三養基郡)では本堂裏山が崩れ、境内に流入、駐車場でも土砂崩れ。安禅寺(同県神埼郡)では裏山からの落石で十三観音が2体破損。他の寺院で庭園や参道の土砂崩れ、倒木被害。玄清法流の福岡県内の3カ寺で大規模な雨漏りによる浸水、壁の剥落と瓦落下、参道破損などが発生している(10日現在)。

【高野山真言宗】
 9日正午、社会人権局に災害対策本部を立ち上げ、被災各県の宗務支所と連携して情報収集を開始。被災寺院と被災自治体の復興支援や関係機関の支援活動のために「義捐・支援金」の募集を開始した。10日現在で被害の大きい岡山県の備中地区で寺院の浸水被害が報告されているのをはじめ、各地から被害が報告されている。警察や自衛隊の救援活動で被災地入りが規制されているため、地元支所や青年会、婦人会と連絡を取りながら支援活動に入る準備を進めている。

【真言宗智山派】
 災害対策室で情報収集中。石川県加賀市の寺院で物置に土砂が流入し全壊した(10日現在)。

【浄土宗】
 広島県内の寺院に床上床下浸水の被害があったとの情報が災害対策事務局に入った。情報収集中だが、寺院数の多い福岡県などでも被害確認を急いでいる。大阪府内の寺院からブルーシートやタオルの救援物資の求めがあった。

【曹洞宗】
 宗務庁広報係によると、特に広島・岡山の山陽地方に被害が大きいとのこと。広島県竹原市勝運寺では庫裡裏のがけ崩れが発生した。岡山県総社市の華光寺では道路の崩落、高梁市定林寺では床下浸水、高梁川に近い倉敷市源福寺では天井まで浸水した模様。京都府では舞鶴市桂林寺の裏山が崩れたと報告されている。このほか、兵庫県、高知県でも被害があった。
 今週末から福祉課が現地入りし調査と被害実数の確認にあたる。

【臨済宗妙心寺派】
 8日、災害対策本部を設置。救援金の募金を始めた。四国西教区では、肱川の氾濫で浸水した愛媛県大洲市で大きな被害があった。同県宇和島市を流れる立間川決壊の影響などで、福厳寺では道路が寸断され出入りが困難な状況。大乗寺では胸あたりまで浸水した。土砂崩れがあった2カ寺では宗昌寺の参道がふさがれ、西光寺の本堂が傾いた。京都両丹教区では、法常寺で床上浸水、少林寺で床下浸水、常栖寺で浸水の被害があった(9日現在)。

【日蓮宗】
 10日現在で岡山管区14カ寺、広島管区6カ寺、福岡管区で1カ寺に被害があったことが報告されている。被害範囲が広範囲で今後も継続して被害調査が行う見通しだ。建物被害については、被害の全容が判明した上で、建物災害見舞金で対応をすることを検討中だ。
 岡山管区では、美作市の寿林寺で床下浸水。岡山市の複数の寺院で裏山が崩れ、土砂が境内に流入する被害があるほか、井原市の圓立寺では、県道が浸水したため地域全体が孤立し、地域住民7人が避難中。避難中の住職もおり、被害状況が不明の寺院もある。
 広島管区では、東広島市の妙養寺で裏山が崩れ、本堂が一部損壊。安芸郡の清正寺で土砂が境内に流入し、本堂裏壁に歪み。三次市の妙栄寺、妙眼寺でも境内に土砂が流入した。
 福岡管区では、北九州市門司区の大雄寺で本堂裏の崖が崩れ、建物被害が発生している。

2018/7/12 特別寄稿 オウム死刑囚7人執行 事件解明も不問の宗教的動機(藤田庄市)

麻原死刑囚が刑を執行された東京拘置所(葛飾区小菅) 7月6日午前、教祖・麻原彰晃死刑囚の死刑執行に続いてオウム真理教幹部だった6人の死刑囚の刑が執行された。20年以上にわたる裁判によって事件の真相はだいぶ明らかになったとはいえ、事件が持つ宗教的要素は顧みられなかった。長年オウム事件を取材し、死刑囚とも接触してきた藤田庄市氏は弊紙の「まいんど」に何度も寄稿してきた。改めて今回の死刑について執筆いただいた。 
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 刑を執行されたオウム真理教事件元死刑囚7人の冥福を祈ります。

 今年2月、山梨県旧上九一色村富士ケ嶺(現冨士河口湖町)を訪れた。かつて林立していたサティアン群。その倉庫のような無機質な姿が思い出された。跡地は枯草と雪に覆われていた。サリン工場として建設途上だった第七サティアンの跡地の隣には新築の民家があった。車でそう遠くない静岡県富士宮市人穴の富士山総本部道場跡は盲導犬の訓練場に生まれ変わっていた。1989年2月、最初の殺人と死体損壊事件の現場となったところである。犬の声が響いた。諸行ハ無常ナリ。

 刑執行の7月6日、朝8時半過ぎ、NHKテレビから麻原彰晃教祖(松本智津夫)の名が伝えられるや、一時間ほどのうちに次々と処刑者の名が流された。井上嘉浩、新実智光、中川智正、早川紀代秀、土谷正美、遠藤誠一。名前がそこで止まってほっとする。残り6人は処刑されてない。テレビは各局ともワイドショーを先頭に、一日中、かしましく番組が展開された。7日、8日も時事番組や特別番組が続いた。新聞、芸能スポーツ紙も死刑関連記事が紙面を占拠した。延長国会のニュースは隅に追いやられた。

 「公開処刑」。そんな指摘があった。たしかにマスメディア、インターネットによる現代の、刑場の見えない公開処刑だった。


 麻原が法廷でほとんど語らなかったことでオウム事件の真相が明らかになっていないという声がある。しかし、オウム法廷群の膨大な裁判記録や諸判決、それらを報じた新聞雑誌記事を虚心に読めば、事件は相当に解明されていることがわかる。責任を弟子になすりつけた麻原の法廷発言も明瞭だ(http://sky.ap.teacup.com/takitaro/、 http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/blog-entry-186.html)。この点ははっきりさせておかないと混乱が生じる。

 しかし筆者の持論であるが、司法(警検察、裁判所、弁護士の多く)が明らかに目を逸らせてきた重大な側面、というより根幹部分がある。それは、「事件の宗教的動機と犯行における有機的結合の解明」である。その回避ぶりは諸判決に表れており、それはメディアに反映された社会全体の意識であった。

 ※じつは興味深い現象がある。死刑囚の移送後、取材に来た記者たちの多くは20代前半から30代前半だった。事件当時は出生時か幼児である。彼らは「なんでオウム死刑囚は殺人まで犯したのか」という冷静かつ根本的疑問を発した。先輩たちのかつての報道を検討するうちにそう思ったという。それで修行による神秘体験と麻原への霊的隷属、宗教的動機による犯行について説明すると納得できたようだった。

 犯行の宗教的動機について法廷で声を大にしてきたのが早川紀代秀だった。だが、
 「なにもかも却下された。最後まで理解されなかった」
 裁判についての口調は厳しかった。早川は次のように総括している。

 「オウム事件は、どんな気狂いじみたことであっても、それはグルの宗教的動機から起こっていったということ、そしてグルへの絶対的帰依を実践するというグルと弟子の宗教的関係性によって、弟子がグルの具体的な指示、命令に従って事件を起こしていったということ」(『私にとってオウムとは何だったのか』ポプラ社)

 こうした事件、ばかりか歴史的社会的背景を含めた麻原とオウム真理教の全体像は解明されていない。そのためにも死刑囚たちには生き証人として語ってもらわねばならなかったのである。残り6人を処刑してはならない。今や「遺言」となってしまった、収監直前の最後の面会での早川の言葉が蘇る。

 「また(カルトの犯罪が)起こりますよ」

※事件と宗教的動機の結びつきの具体相については、拙著『宗教事件の内側』(岩波書店)、『カルト宗教事件の深層』(春秋社)をご覧ください。
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ふじた・しょういち/1947年東京生まれ。大正大学卒(宗教学専攻)。フォトジャーナリスト、日本写真家協会会員。カルト事件の取材からスピリチュアル・アビュース(霊的虐待)の観点を提示した。


2018/7/12 高野山大学密教文化研究所 空海直筆の拓本発見 『性霊集』所収の和韻詩

嵯峨天皇に返礼として贈られた和韻詩(四天王寺大学・恩頼堂文庫所蔵・縦約28センチメートル) 真言宗の宗祖で、書の達人「三筆」の一人として知られる弘法大師空海。その直筆から作成された江戸時代中期の拓本(原本をそのまま写し取って木版などで刷ったもの)が、このほど発見された。同じく「三筆」の一人である嵯峨天皇から贈られた七言詩に対して、空海が返礼として作った和韻詩で、その筆勢から大師の息遣いまでも伝わってくるようだ。

 高野山大学密教文化研究所(和歌山県高野町)の大柴清圓研究員が、四天王寺大学(大阪府羽曳野市)所蔵の古文書コレクション「恩頼堂文庫」の中から発見。目録に「弘仁五年三月一日弘法大師上表」(外題)と付けられていたため長く埋もれていたが、空海の直弟子である真済が師の詩文を集めて編纂した『性霊集』巻三に納められている「奉謝恩賜百屯綿兼七言詩詩一首并序」(恩賜の百屯の綿兼ねて七言の詩を謝し奉る詩一首ならびに序)であることがわかった。

 さらに『性霊集』には記述されていないが、拓本には「弘仁五年三月一日沙門空海上」とあり、書かれた日付も判明。この和韻詩は、嵯峨天皇から贈られた百屯の綿と七言詩(『凌雲集』所収)に対して、天皇の詩の押韻字を変えずに作って返礼したもので、1200年前の嵯峨天皇と空海の交流の深さを直に伝える。弘仁5年(814)当時の空海は41歳で、京都の高雄山寺(後の神護寺)に居住していた。高野山開創の2年前だ。

 大柴研究員は、「嵯峨天皇が寒い神護寺で暮らす大師を気遣って、服を作るための綿を贈ってくれた。そうした優しさへの感謝が筆跡から伝わってくる」とし、「筆跡は格調高く、楷・行・草の三書が自在に駆使され、大師特有の龍爪書や蠆尾(たいび)書などの技法が認められる。誰にも真似できない」と分析。「模写の可能性は極めて低く、ほぼ真筆と断定できる」と結論付けた。

 真筆発見の可能性も

 拓本には、天皇に関係する言葉が行頭に来るように改行する「平出」や、天皇を表す言葉の前を1文字分空ける「闕字(けつじ)」が施されており、嵯峨天皇への深い敬意を表現。興味深いことに、いわゆる「弘法も筆の誤り」も3カ所ほど見られ、「書き忘れた『奉』を加えたり闕字を置き忘れたりするなどしている」。これらは大師がその場で返礼の和韻詩を書き上げたことを示し、『性霊集』序の「草案を假(か)らず(弘法大師は下書きをしない)」を裏付ける実証例になるという。
 大柴研究員は、「大師が天皇の使者に詩の原本を託す前に、真済師が急いで書写したものが『性霊集』に収められたのだろう」と推断。「大師の側近くに仕えていた真済師は、そのようにして大師の詩文を写し集めて『性霊集』を編んだ。その功績は実に大きい」と追想する。
 その上で、「真筆本の所蔵者が江戸時代に拓本を作ったのは、大師真筆を大切に保管したいから」と指摘。「先日、もう一本、同じ版の拓本が見つかった。京都のどこかで拓本のもとになった真筆が見つかる可能性もある。もし発見されれば伝教大師との書簡『風信帖』などと並ぶ大師全盛時代の書となり、国宝指定は間違いない」と展望している。

2018/7/19 ヤズディ教幹部が来日 ISによる大虐殺訴える

 イラク北部からトルコ東部に居住するクルド人やイラク人らによって信仰されているヤズディ教。IS(イスラム国)が「邪教」として攻撃したことでも知られる。そのヤズディ教の代表を示す「プリンス」のブリーン・タフシーン氏とカラフ・メルザ氏(薬剤博士)が初来日し10日、東京・杉並の立正佼成会施設内で世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会主催の特別学習会と記者会見に臨んだ。

 学習会は「ヤズディ大虐殺を知る」をテーマに開かれた。2氏によるとイラク国内に50万から60万人、シリアに8万人から10万人、ドイツに10万人から15万人などアメリカやロシアなど複数国にヤズディ教徒が存在する。

 ISによる虐殺は2014年8月3日に発生。イラクで勢力を拡大していたISはヤズディ教徒が多く居住するシンジャールに侵攻。「一日で1293人が虐殺された。わずか4年前の出来事です」と言い、ISは生き埋めのシーンを撮影しメディアに公開した。殺害された場所が集団墓地となったケースもある。

 その後、「6千人以上の女性や子どもたちをバラバラに誘拐した。女性は性奴隷にされ、子どもはジハード戦士として教育された」。いまもISに誘拐されたままのヤズディ教徒が存在する。「女性を10ドル、10ユーロ(約1200円)で売買している。恥ずべきこと」と横行する人身売買を糾弾した。

 二人は「宗教の名の下において行われたが、決してこれは宗教(イスラーム)による行為ではない。なぜなら、私たちを助けてくれたのは友人のムスリムたち。ISはイスラームを騙っているが、ムスリムの友人たちを見て彼らがイスラームだとは思いません」と言い切った。

 囚われの身となった女性の中にはリスクを冒して脱出した人もいる。「彼女たちを村の人たちは温かく迎えている」という。トラウマ(心的外傷)を抱えた子どもは多い。トラウマ対策として1100人が治療を受けているが、受けられない子どもたちは「非常に悪い状態」にある。難民や避難民は17キャンプに16万8千人余りいるが、キャンプに入れない人たちもいる。

 二人はこのISによる大虐殺を国際社会に訴えている。英国をはじめ米国、カナダ、イタリア、フランス、EUなどの議会や政府は大虐殺を認定した。「日本政府にも虐殺の事実を認定して欲しい」と要望する。
 「長年にわたり私たちはイスラームと共存してきた。私たちは平穏な生活を送りたいだけ」と二人は平和を願った。

 なお、二人の来日には、数年前にバチカンで庭野光祥WCRP日本委理事(立正佼成会次代会長)との出会いと協力があったことを明かした。

【ヤズディ教】イスラームの教えにゾロアスター教や古代ペルシャの宗教、キリスト教などが混淆。50万~100万人。主にクルド語を話す。

2018/7/19 高野山真言宗 次期管長に葛西光義氏

葛西次期管長
  高野山真言宗総本山金剛峯寺(和歌山県高野町)の中西啓寶座主(同宗管長)が11月14日に任期満了を迎えるのを受け、次期座主候補者の確定公示が10日に行われた。

 宗規が定める正住職10人からの推薦を受けた高野山成就院住職の葛西光義氏(85・前官・寶壽院門主・専修学院長、推薦責任者=加藤榮俊・高野山常喜院住職)の就任が事実上決定。座主候補者が一人だったため、金剛峯寺座主推戴委員(宗会議員・宗務支所長・山内住職らで構成)による投票は行わず、8月3日に開かれる座主推戴管理会で正式に第414世座主への就任が決まる。任期は11月15日から4年間。

【葛西氏略歴】昭和7年9月生まれ。高野山大学卒。山林部長や耆宿・宗会議員を務めるなど宗内要職を歴任。平成21年には、弘法大師の名代として1年間にわたって高野山金剛峯寺の法会の導師を務める第510世寺務検校執行法印。同27年、高野山大本山寶壽院門主(高野山専修学院長)に就任した。


2018/7/19 西日本豪雨レポート 岡山県倉敷市真備町 見慣れた風景が一変 

曹洞宗源福寺本堂では、浮かび上がった椅子が天井に突き刺さった(源福寺提供) 西日本各地を襲った豪雨は広範囲に河川の氾濫や土砂崩れなどを引き起こし、多くの寺院にも甚大な被害をもたらした。面積の3割が水没した岡山県倉敷市真備町地区では2カ寺1分院が浸水したほか、同県総社市の爆発したアルミ工場からの爆風で、窓ガラスが割れるなどの被害が1カ寺1分院にあった。最初の大雨特別警報が出てから1週間が経った13日も、2つの非常事態が重なった同地区の寺院は片付けに追われていた。

災害を告げる爆発音

 「ドーンと大きな音がして、地震が起きたか、雷が落ちたと思った」。高梁川西岸にあるアルミ工場「朝日アルミ産業」が6日午後11時半過ぎ、爆発した。浸水が影響したとみられている。直線距離で約800㍍西に位置する浄土真宗本願寺派大圓寺(真備町辻田)の庫裏2階寝室で坊守奥村容子さんは飛び起きた。一緒に寝ていた孫を抱きかかえ、枕元にガラスが飛び散っていたのに気づいた。

 本堂・寺務所・庫裏のガラス計約20枚が割れた。本堂の天井板が落下し内陣の後戸も倒れたほか、庫裏玄関の建具が折れるなど、爆風の強さがうかがえる。

 倉敷市水島に住む奥村昭道住職代行(66)は翌7日朝に到着すると、ガラスだけでなく障子が組子ごと壊れていて、台風が通り過ぎたような状況に驚いた。片付けをしていると、高台にある寺に通じる坂道の下まで水がきた。「裏手は山。さっき来た道が通れなくなり、逃げ場がなくなった」

 同寺に上がる参道から250㍍ほど離れた平地にある同寺真備分院の奥村宏道代表(70)も、「あの爆発がすべての始まりだった」と振り返る。大きな爆発音の瞬間、テレビが消えた。

アルミ工場爆発に伴う爆風で本願寺派大圓寺の本堂ガラスが割れた(大圓寺提供) 7日午前9時半頃はまだ水が少なかった。昼過ぎから水が増え始め、庫裏2階に避難。夜に水は2㍍ほどに達し、本堂は水没した。「40年連れ添った。覚悟しよう」と妻と話し合った。

 助けが来たのは8日朝。自衛隊のボートで大圓寺参道まで運んでもらった。本堂・庫裏のガラスが計約20枚割れ、納骨堂も泥だらけになった。

寺号に水跡、水没の寺

 避難指示などを伝えるアラームが鳴り、曹洞宗源福寺(同町川辺)の小谷典尚住職(34)は6日夕方、所属する地元消防団の団員らと災害の可能性に備えていた。

 爆発が起きたアルミ工場の様子を見に行った後、7日朝に近くの大圓寺に避難。事態は深刻になると判断し、同日昼頃に同寺を出た。山伝いに西へ歩き、途中で会った知人の車で、同県総社市を迂回して高梁川に架かる川辺橋へ向かった。

 小谷住職は橋付近で、自衛隊のボートで救助された人のケアや交通整理など、できることを見つけ翌8日夜まで救援活動を行った。「町全体が大変なことになった。自分のことは後回し」と、自坊に戻ったのは膝下あたりまで水が引いた同日午後7時頃だった。

 「見慣れた風景が一変していた」。同寺周辺は被害の大きかった地区。しっくいが剥がれ落ちた本堂外観から堂内に目をやると言葉を失った。入口上部に掲げる寺号に付いた水の跡が浸水の高さを伝えていた。浮かび上がっただろう椅子が天井に突き刺さっていた。「どうやって片付けたらいいのか」。途方に暮れ、立ち尽くした。境内の墓地も水没した。分かっている範囲で2人亡くなった。衣などは着用できる状態でなく、同門の僧侶に葬儀を頼んだ。被災を免れた人が訪れて墓を確認すると、骨壺の中に泥が入り込んでいた。200基ほどあるほかの墓も同様と予想される。


爆発音と共に水が

しっくいが剥がれ落ちた客殿を見る高野山真言宗清願寺の高橋住職 高野山真言宗清願寺(同町辻田)の高橋戒隆住職(51)は6日夕方、運営する特別養護老人ホーム「クレールエステート悠楽」(同町有井)の入所者を避難させていた。高台にあるもう一つの「シルバセンター後楽」(同町箭田)に38人を送り届けた後、爆発音が聞こえた。それを合図のように、敷地に水があふれてきた。7日午前0時頃、職員ら約20人と屋上へ逃げた。

 施設は平屋建てで、同日中に水は屋上まで50㌢ほどに迫った。自衛隊のボートで運ばれてきた避難者も増え、約50人が救助を待った。奈良県の消防ヘリや自衛隊のボートで全員が救助されたのは、同日午後6時過ぎだった。

 「後楽」に身を寄せ、片付けのため寺に通う。地面から約1㍍30㌢の高さに境内があるが、本堂の仏具や須弥壇が水に浸かった。乾いた木材が反り上がり基壇から柱が浮いている。客殿は土壁が剥がれ落ちた。庫裏は約1㍍50㌢まで浸水した。

 檀家は15軒で被災した人も多い。同寺は1998年、青少年の健やかな成長を願って人が集う場所となるよう新たに建立した寺。高橋住職は「必ず復興したい」と力強く語った。(板倉純平)

2018/7/26 京都古文化保存協会 子どもたちが〝匠の技〟体験 

集中して畳の縁付け作業に挑戦する小学生 子どもや一般に文化財の伝統技術に親しみを持ってもらおうと〝匠の技〟を体験できるイベントが21日、東京都千代田区の有楽町朝日ホールで開催された。(公財)京都古文化保存協会と京都の伝統工芸技術者でつくる文友会が主催し、文化財修理保全の無料相談会「第20回文化財ドック」も同時開催された。

 体験コーナーでは、小学生の子どもたちが苔玉作り、瓦粘土、鉋(かんな)削り、飾り金具の作成など9種類の〝匠の技〟を体験した。

 畳の縁付けでは、大きな縫い針で畳縁を縫う作業に挑戦。ひじを使って針糸を強く引き上げるコツを教わった坂戸市の小泉虎太郎くん(12)は「針を下から引き上げるのが難しい。普段やらないので貴重な経験ができました」。

 鉋削りは子どもに大人気。木材に名前や日付を書き、鉋で薄く削る大工体験に挑戦した松戸市の塚本慧悟くん(9)は、「楽しい。強すぎても弱くてもダメ」と独特の力加減に感動。匠の技に「すごい!」と極薄の削り屑を嬉しそうに持ち帰った。

 同時開催の文化財に関する相談ができる「文化財ドック」では、個人を中心に掛軸など9件の相談があった。未指定文化財の維持管理に不安を抱える声を受けて平成20年から始まった。京都で年2回開催して今年で10年。東京での開催は10回目の前回から5年ぶり2回目となる。

 同協会の田中安比呂理事長(上賀茂神社宮司)は、「文化財を後世に伝えるには保存活動と共に、多くの方に文化財に触れてもらい、ご理解いただくことが大事」と話す。体験活動は、「多くのお子さんが体験することで今後は見る目が違ってくると思う。それが一番大きい。単に古いものを見ても、違った視点でものを見てくれるのではないか」と語った。

2018/7/26 WFBが百万バーツ、西日本豪雨で義援金

 西日本を襲った「7月豪雨」に対し18日、WFB世界仏教徒連盟からWFBの日本センター(全日本仏教会内)へ、義援金100万バーツ(約300万円)とパン・ワナメッティ会長からお見舞いのメッセージが寄せられた。

 メッセージでは「未曾有の豪雨による破壊そして人命の損失に、心よりお悔やみ申し上げます」と悼み、「日本人の団結と落ち着きをもってすれば、状況はきっと早く回復すると信じております。大きな危機、また人々の苦しみが訪れた今、日本の皆様の悲しみを、WFBのメンバー、地域センター、関係団体、皆の心の中で分かち合っているということを知ってください」と表明。「日本の皆様が三宝のご加護を賜り、安全で正常な状態に戻られますよう、WFBを代表しお祈り申し上げます。亡くなられた方々が安楽の境地に至らんことを」と結んでいる。

2018/7/26 仏教伝道文化賞決定 本賞に西村惠信氏、沼田奨励賞にみうらじゅん氏

西村氏㊧とみうらじゅん氏 (公財)仏教伝道協会(木村清孝会長)は、第52回仏教伝道文化賞・沼田奨励賞の選定委員会を開き、仏教伝道文化賞に西村惠信氏(84、花園大学名誉教授、元学長)、沼田奨励賞にみうらじゅん氏(60、漫画家・イラストレーター)を選定したと発表した。

 仏教伝道文化賞は国内外を問わず、仏教関連の研究や論文、美術や音楽、仏教精神を基に活動する実践者など、幅広い分野で仏教精神と仏教文化の振興と発展に貢献した人物や団体を顕彰。また、今後の仏教伝道を通じた文化活動の振興が大いに期待できる人物や団体に沼田奨励賞が贈られる。

 西村氏は昭和8年(1933)生まれ。滋賀県東近江市の臨済宗妙心寺派興福寺前住職。1960年に米国ペンデルヒル宗教研究所に留学し、キリスト教を研究。京都大学では宗教哲学を専攻した。その後、花園大学、教授、学長、㈶禅文化研究所所長などを歴任。長年にわたり国内外で禅の思想と文化の研究・普及に尽力し、その成果を分かりやすく伝えた功績が評価された。

 奨励賞のみうらじゅん氏は漫画家、作家、イラストレーター、ミュージシャン等、多分野で活躍。マイブームやゆるキャラなどの命名者としても知られる。子どもの頃から仏像好きで、紀行文『見仏記』(いとうせいこう氏との共著)などで仏像ブームを牽引。若い世代へ仏教精神を発信した功績が評価された。

 文化賞300万円、沼田奨励賞200万円が贈られる。贈呈式は10月4日に東京・芝の仏教伝道センタービルで執り行われる。

受賞コメント

西村惠信氏 宗教交流も

 夢にも考えていなかった受賞ですので非常に驚き、喜んでおります。推薦してくれた方にただ感謝あるのみです。私はキリスト教や仏教の他宗派の方々との交流を続けてきましたが、こうした活動を評価してくれたのだと思います。

 終戦後、旧制中学校で米国の宣教師から英語を教わり、そこでキリスト教を布教されました。反感を覚えましたが、その後、米国留学のチャンスを得てキリスト教を学ぶことができました。バチカン公会議が行われてからは各国で話す機会もでき、他宗教の方々との交流が続いています。これからは対話がより大事な時代です。宗教者は様々な宗教を知らなければなりません。

みうらじゅん氏 啓示を受け…

 思い返せば小学生時代、突如マイブームの啓示を受け〝仏像〟の魅力にハマリ、将来は僧侶に成るべく仏教中学に入学。仏教のクールな生きてく上での覚悟を知って益々、ファンになりました。以来、まだ、その素晴らしさに気付いていない、特に若者に向け、どうにか伝わらないものかと著作や講演で笑いを交えながらやってきました。
 
 この度、何かの縁あってこんな立派な賞を頂戴することになり、誠にありがとうございます。驕ることなく今後も精進していく所存です。

2018/7/26 事件風化 カルト増加の中で① 
オウム死刑囚死刑執行 弟子たちの語り カルト対策に重要
日蓮宗僧侶、脱カルト協会顧問 楠山泰道氏

 7月6日、オウム真理教の死刑囚13人のうち7人が執行された。オウム問題が再燃しだしてもいる。改めてこの問題やカルト問題に関わった人たちに取材し、あるいは寄稿いただく。オウム事件は現代社会に何をもたらしたのか――。

 麻原彰晃(本名・松本智津夫)はじめ6人の弟子の死刑執行。第一報を耳にした時、日本の法律はカルト問題をよく認識していないと痛切に感じました。担当大臣を含めてカルト問題を深く考えていない。だから麻原と6人を一緒に死刑にできたのだと思っている。もし分かっていれば、あんなことはしないはずです。日本はカルト問題の先進国なのに、法律的には全然整備されていない。

 つまり、マインドコントロールは法律自体では裁けなかった。マインドコントロールにかかっている弟子たちが、教祖の指示に従ってあれだけの事件を起こしてしまった。指示した人間と、指示された人間が同じ土俵の上で死刑にされていいのか、ということです。同時に彼らが語っているメッセージはまだ途中ではないのか。井上(嘉浩)君にしても中川(智正)君にしても、例えばテロ問題の対策を原稿にしたり、井上君は自分はこんなことをするために宗教に入ったわけではないんだと後悔の念と経緯をノートに書いたりしている。

 こうした問題が二度と起こらないための予防という意味で、彼らが語るメッセージはいたって重要なのです。それをしない限り、日本のカルト問題、テロ対策は後手後手にまわっていくんだろうなと思っています。

 彼ら弟子たちは真っ直ぐに麻原についていった人間たちです。その根底には宗教観や救いといったものがあり、それが麻原の恣意的な解釈によってポワという形が作られてしまった。当然、彼らは自分を疑いながらもそうしなければならない境地に立たされたと思う。そのあたりは解明されなければならないし、彼らの言葉は重要です。少なくとも残りの6人は死刑執行すべきではないし、もっと専門家が面談し聞き出せる環境整備が求められます。

真面目な子が
 子どもがカルトに入ってしまうことで親や家族、今回の死刑囚の親や家族には言葉にならないぐらいの苦しさ、悲惨さがあります。彼らは真面目で、真っ直ぐで、不器用ですが、生き方次第では日本を背負っていくような人たちですよ。それがある日突然、カルトに入ってしまい、その結果がテロ犯罪に手を染め、そして死刑執行。親の心情は言葉にならないですね。サリン事件の犠牲者遺族や被害者もまた突然のことですから、言葉にならない辛さを何年も抱えてきた。双方の人たちの苦しみや悲しみをどうやって癒し、救っていくのか。これも宗教の仕事だろうと思います。(続きは紙面でご覧下さい)

2018/8/2 創価学会が靖国に提灯奉納 ネット騒然 みたままつりに

多くの提灯の中の下側に「創価学会」が見える 先月13日から16日まで開催された靖国神社の「みたままつり」に創価学会が提灯を奉納しネット上で騒然となっている。弊社記者が撮影した提灯群の中に創価学会名の提灯が映っていたことが確認できた。

 ネットでは「信じられない」「謗法厳戒を忘れたなれの果て」などの言葉が登場。初代の牧口常三郎会長は「国家権力と対決した創価の厳父」(創価学会HP)であり、2代戸田城聖会長も「宗教・思想の統制を図る軍部権力に検挙・逮捕され、2年余の獄中生活を強いられた」(同)と紹介されている。それが同会にとり軍国主義の象徴ともいえる靖国神社への奉納。

 ある学会ウォッチャーは「謗法だけでなく、戦前の弾圧を体験してきた創価学会は靖国神社に対しては政教分離問題もあって厳格な態度であった。池田大作名誉会長の長期不在が続き、原田稔会長はじめ現体制は自民党寄りになっている。それが靖国神社への提灯献灯に至ったのではないか」とみる。

 公明党に詳しい元国会議員秘書は「中国がこれをどうみるか。公明党も創価学会も中国に近い。公明党は首相の靖国参拝を黙認していたが、本来は反対だったはず」と創価学会と中国政府の関係を注視する。

 本尊、会則、会憲制定など創価学会は近年立て続けに変化を見せている。靖国神社への提灯奉納もその流れなのか。

2018/8/2 名古屋・興正寺 添田特任住職が辞任

自力での運営再建の道を選んだ興正寺 名古屋市昭和区の高野山真言宗別格本山・八事山興正寺の責任役員3氏が7月上旬に添田隆昭特任住職(同宗宗務総長)の「解任要望書」を宗派に提出した件で27日、大阪市内に宗派の司法機関・審査委員会が招集された。責任役員会の同意を得ずに独断で、住職の地位等をめぐって係争中だった元住職側と「裁判外和解」をした責任などを理由とする「解任要望」だが、審査委員会は「興正寺に損害を与えたとは言えない」として棄却した模様だ。だが同一人物が宗務総長と特任住職を兼職することで生じる著しい「利益相反」状態を解消するため、「特任住職辞任」という結論に至ったようだ。

 審査委員会の通告書を受け取った添田総長は、後日開かれた内局会の議を経て特任住職をすでに辞任したとみられる。宗派から興正寺への貸付金5億6千万円の回収に加え、元住職が在職時に行った寺有地売却に伴う礼録5億4千万円の納付を同寺に求めるに際して生じる利益相反状態を解消した形だ。これで宗派は完全に興正寺の運営から手を引くことになった。

 一方、特任住職辞任を受けた興正寺責任役員会は、次の住職を速やかに選出しなければならない。現状では、特任住職の名代として実務に当たっている西部法照主監が推される可能性が高い。

 宗派主導の運営正常化をわずか2カ月余りで自ら断ち切り、自力での運営再建という厳しい道を選んだ興正寺。その意思は檀家総代である責任役員3人(全員)の賛成で決められたが、これまで共に興正寺正常化運動に携わってきた多くの檀信徒や地域住民には知らされていなかったようだ。檀信徒の一人は、「宗派のおかげでここまで来られた。興正寺はまだ〝ヨチヨチ歩き〟の状態。これから本格的に宗派の指導や助力が必要だったのに」と憤る。今も添田特任住職を慕う声は多く、一部には特任住職続投を要望する動きもある。

 審査委員会は午前10時半から始まり、午後3時前に終了。午前中には責任役員3氏、午後には添田特任住職の事情聴取が行われた。責任役員3氏は本紙の取材に「私たちからは何も話せない」としつつも、「言うべきことは言った」と回答。揃って会場を後にした。添田総長も「審査委員会は秘密会だ。私から話すことは何もない」とした。

2018/8/2
事件風化 カルト増加の中で② オウム死刑囚13人執行
井上さんは私だったかもしれない 誰もが罪を犯し得る
真宗大谷派僧侶・シンガーソングライター 鈴木君代氏

 井上嘉浩さんに東京拘置所と大阪拘置所で十年にわたり、面会を続けてきました。オウム真理教の事件報道を通して、嘉浩さんの存在を知りました。京都で生まれ育った私は、同じように悩みを抱えた一人の人間として、道ですれ違っていたかもしれない人だと強く思ったからです。誰もが、現実社会の中で苦悩を抱えて生き、どれほど願っても出遇えない苦しさ、押し寄せてくる不安感、共に生きたいのに生きられない孤独感と共に在ります。しかし、人はどんな人に遇ったかという出遇いによって一生が決まるものです。

 嘉浩さんは高校二年生の時、深い悩みの中でオウム真理教に入会し、真摯に道を求めたからこそ、教団の要職を任されていました。高校生まで住んでおられた場所が私の家の近くで、直感的に同じ場所にいたかもしれないと思ったと同時に、私もまた苦悩の中で体調を崩して人を求め、寺院を訪ね歩き、たまたま親鸞聖人の仏教に生きる人に出遇えたことで、道を歩ませてもらっていましたから、事件を知った時には他人事には思えませんでした。出遇った人が違っていたら、私が拘置所にいたはずでした。ですから、アクリル板の向こうにいるのは、私だったかもしれないと思いながら、ただ遇い続けてきました。この出遇いは、とてつもなく重い問いを私に与えてくれました。

 私たちは、面会室の二十分という限られた時間で、現状を語り合い、互いの体調を思いやり励まし、それぞれ学んできた仏教や、私が送った本の本願念仏の教えについて会話を続けてきました。最初に面会した時には、社会の作り上げたイメージとはほど遠い、16歳のままの優しく純真な人柄にふれて驚いたことを覚えています。そして23年の間、罪の重さに苦悩し懺悔され続けた真実の姿をこの目で見てきました。その存在は、人間に生まれた限り、誰の中にもある闇を見つめさせ、「どんな人も殺してはならない、殺さしめてはならない」(『法句経』)と仏教が証する世界を私に示してくれました。

 誰もが、被害者になることはあっても加害者になることはないと思っています。人を殺すような悪人は、自分とは違う人間で、死刑になって当然だと考えます。しかし親鸞聖人は、「わがこころのよくて、ころさぬにはあらず。また害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし」「さるべき業縁のもよおせば、いかなるふるまいをもすべし」(『歎異抄』)と仰っています。人間は、縁が整えば誰もが罪を犯し得る存在なのです。(続きは紙面でご覧下さい)

2018/8/2
潜伏キリシタン 世界遺産登録に寄せて
忘れてはならない為政者へのまなざし 
共同通信社編集委員  西出勇志氏

長崎・外海の出津集落にある出津教会。世界遺産登録後、多くの人々が訪れている ユネスコの第42回世界遺産委員会は7月、「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」を世界文化遺産に正式登録した。250年にわたる禁教下、信仰を密かに保持・継承してきたのが潜伏キリシタンであり、その関連遺産に「普遍的価値」があると世界が認定したことになる。国内の世界遺産は22になったが、キリスト教に関する遺産はこれが初である。

 1549年にザビエルが日本にもたらしたキリスト教は、17世紀初頭に徳川幕府によって禁制とされた。幕府は発見・摘発・予防のため絵踏、訴人褒賞、寺請制度、五人組、さらに改宗した元キリシタンやその子孫である「類族」の監視も実施した。密告を中心に周到に整備された統治のシステムを知ると、心理を巧妙に突いて人間の弱さを抉り出す為政者の深謀に慄然とする。事実、あまりにも多くの殉教者、棄教者が出た。それでも幕府の目をかいくぐって保持する組織が各地に組み立てられ、信仰は代々密かに継承された。

 1865年、浦上の潜伏キリシタンが居留地の外国人向けに建てられた大浦天主堂を訪れ、フランス人神父に信仰を告白した。世界宗教史上の奇跡と言われる「信徒発見」である。自覚的になったキリシタンの行動によって信仰が顕在化し、幕府は1867年に浦上の秘密教会などを急襲、大規模摘発を行った。

 明治政府も禁制を踏襲する。浦上のキリシタン約3400人が流罪となり、配流先で改宗を迫られて拷問などを受けた。これが「浦上四番崩れ」である。欧米歴訪中の岩倉使節団が各地で批判を浴び、政府が禁制の高札を撤去したのは1873年。つまり、世界遺産の対象となったキリシタン潜伏は明治6年に終了することになる。

 潜伏キリシタン遺産は、遠藤周作の『沈黙』の舞台となった長崎・外海地方にある出津集落、五島の頭ケ島集落、島原の乱で知られる原城跡、熊本・天草の崎津集落、そして現存する国内最古の教会で国宝の大浦天主堂など12の資産で構成される。キリシタンは人目を避けて住まざるを得なかったため、資産は離島や沿岸部でも特に交通が不便な場所にあり、過疎化が進行した土地が多い。資産を地域で維持し、観光資源としての活用や巡礼対応のためには諸々の整備が必要だろう。同時に、世界遺産と、地域の人々の祈りのための静穏な空間を両立させることも大きな課題となる。(続きは紙面でご覧ください)

2018/8/9
被爆地蔵の顔 西から東へ 「子育て」が縁つなぐ

やさしい表情の子育て地蔵 広島原爆の直撃を受け、胴体は粉々になったが顔だけが辛うじて残った石仏「子育て地蔵」。それが祀られているのが東京都目黒区の日蓮宗常圓寺(古河良晧住職)だ。今年も原爆忌の6日、慰霊法要が営まれた。檀信徒のほか、被爆者も数人参加。回向文には「核兵器廃絶」の誓いも織り込まれ、題目を唱えて立正安国の世界の実現を願った。

 この子育て地蔵は、爆心地間近100メートルに建つ浄土宗西蓮寺(広島市中区)に祀られていた。よだれ掛けを奉納すると子どもが丈夫に育つという伝承もあり、市民に親しまれていた。原爆投下後、西蓮寺住職の香月崇海氏はお寺の復興の傍ら子ども会活動をいち早く始め、広島市児童文化会館の設立も手掛けた。

 1947年、児童文化会館の上棟式のために、英字新聞「ニッポンタイムズ」記者だった村山有氏が広島市を訪れた。詳しい事情は不明ながら、これをきっかけとし、香月氏が村山氏に、原爆の悲惨さを伝えるために渡したのではないかとみられている。

 村山氏は、世界に初めて「ピカドン」という言葉を発信したジャーナリストであり、日本ボーイスカウト連盟の幹部として、スカウト発展にも尽力した人物。

 目黒在住だった村山氏はしばらく自宅に安置していたが、やがてやはりお寺で祀るのが良いと考えたのか、常圓寺前住職の古河俊良氏に供養を託した。俊良氏も、目黒のボーイスカウトの役員をしていた記録が残っている。その縁があったのだろうと、子息の古河住職は推測する。

被爆した「子育て地蔵」に手を合わせる古河住職 毎年8月6日に行われていた供養がやがて世間に知られるようになり、1987年以来、目黒区内の被爆者団体「萌友会」が主催して法要が行われている。被爆体験を語り継ぐ場にもなっていたが、高齢化により今年から休会。しかし「原爆の被害のことは、ずっと伝えていかなければならない」と決意した古河住職は、寺の主催として行うこととした。

 当時、広島一中の2年生だった小西清治さん(萌友会会員)は「私も年なのでいつまで来られるかわかりませんが、こうやって続けていってもらえるのが本当にありがたい」と感謝する。投下された日は宮島で勤労動員をしていたため、命だけは助かったという。

 古河住職は「広島のことは、東京から遠いから今一つピンとこないのかもしれない。原爆供養をするお寺は都内ではほとんどないのでは」と語る。6月の米朝会談や、昨年のICANノーベル平和賞受賞などで核兵器廃絶への機運が高まっていることを喜びつつも、被害の記憶を伝えていく活動が大切だと強調する。古河住職自身も、児童館で子どもたちに、原爆の被害や子育て地蔵の来歴をスライドで伝える活動を行っている。地蔵堂にはそんな子どもたちが奉納した千羽鶴がたくさん掛けられている。

 常圓寺は先代の頃から子どものための活動に熱心だった。西蓮寺、村山氏、そして常圓寺という、子どもを育てた人たちが「子育て地蔵」を繋ぎ、原爆の被害を伝える。

2018/8/9
比叡山宗教サミット31周年 今こそ共生思想の共有を! 

平和の鐘が響く中、黙祷が捧げられた 超宗教で世界の恒久平和を祈る比叡山宗教サミット31周年「世界平和祈りの集い」が4日、滋賀県大津市の天台宗総本山比叡山延暦寺・一隅を照らす会館前広場で開催された。約900人が参加し、宗教・宗派を超えて神仏の導きによる平和行動の実践を誓った。
 
 主催者を代表して、杜多道雄宗務総長が開式の辞。世界規模で頻発している異常気象による自然災害にふれ、「かねてより地球環境に対する人間の横暴さが問題となり、異常気象の根底には地球温暖化の影響が指摘されているにもかかわらず、一部先進国のエゴにより、対策は遅々として進んでいない」と批判した。


 さらに「世界各地で武力紛争やテロが頻発し深刻かつ大規模な人権侵害はやむことはなく、暴力や憎悪の連鎖が続いている」と懸念。「自国第一主義が世界を揺るがし、新たな分断線が引かれ始めている」とし、宗教の垣根を越えた世界の宗教者による「共生の思想の共有」の必要性を訴えた。

 第53回「天台青少年比叡山の集い」に全国から参加した小学6年生から中学生の約280人が、舞台中央の地球儀に平和や災害復興などの願いを込めて折り鶴を奉納。続いて森川宏映天台座主を大導師に、延暦寺一山住職が出仕して平和祈願法要を厳修した。

 森川座主は平和祈願文を奉読し、昨年の30周年記念の「集い」で打ち出されたメッセージ「多様性を認め共に生きる」を強調。平和を実現するには、世界中の人々が「良き友人になることが近道である」と述べた。

 各宗教の代表11人が登壇。午後3時30分、天台青少年とワールドピースベル協会の代表者が文殊楼横鐘楼の「世界平和の鐘」を打ち鳴らし、参加者全員が起立して黙祷を捧げた。

 次いでローマ教皇庁諸宗教対話評議会議長の故ジャン=ルイ・トーラン枢機卿の平和メッセージを、教皇庁駐日特命全権大使ジョセフ・チェノットゥ大司教が代読。世界仏教徒連盟のパン・ワナメティー会長のメッセージも披露された。

 次代を担う青少年が「平和への思い」を発表。立正佼成会の西田友希乃さん(高3)は「私にとっての平和とは、みんなが笑顔でいること」とし、「(戦争で)どれだけの笑顔が失われたのか。(戦争が)どれだけの人を孤独にさせたのか。体験していない私でさえ、戦争の恐さが想像できる。『私たちが平和でいるのは幸せなことである』と多くの人に伝えられる活動に参加したい」と述べた。

 天台青少年代表の加藤良明君(中3)は、「人の助けになれる自分になるために、ボランティア活動に(積極的に)参加しながら学んでいきたい」と抱負を語った。

 青少年2人の情熱を受け止めた全日本仏教会の戸松義晴・事務総長は、ベトナムの高僧ティク・ナット・ハン師の言葉を引用して「平和は日々の積み重ね。困っている人がいたら助けたいという気持ちを持ち続けていく(ことが大切)」と応答。「平和の祈り」を行動に移していくために、全員で改めて黙祷を捧げた。

 司会者が、「平和のために祈ることは、平和のために働くこと、そして平和のために苦しむことですらある」という比叡山メッセージを朗読。小堀光實延暦寺執行は閉式の辞で、全参加者に両隣に座った人と手を繋ぐよう求め、「これからも平和のために頑張りましょう!」と強く呼びかけた。

2018/8/9
事件風化 カルト増加の中で③ オウム死刑囚13人執行
利用される「宗教学者」 問われる宗教研究の姿勢
宗教社会学者・上越教育大学大学院助教 塚田穂高氏

 

かつてのオウム真理教南青山総本部 「遅れ」を取り戻したい。何とか追いつきたい。そうもがいている間に、大きなドアが閉ざされてしまった。7月6日・26日のオウム真理教事件13死刑囚の刑執行。私がわずかながらも、面会し、意見を交わし、法廷でその声を聴いた彼らはもういない。

 事件時は中学2年、「ポストオウム世代」の私は、二重に「遅れ」て来た。一つは、大学院進学時には麻原(彰晃)地裁公判も終わっていたという点。もう一つは、事件前後に複数の「宗教学者」がオウムを見誤り醜態を晒していた(と後で知った)という点だ。

 その後の宗教研究では、「カルト問題」研究が櫻井義秀らによって切り拓かれた。オウム研究も(私も関わった)『情報時代のオウム真理教』『〈オウム真理教〉を検証する』(ともに宗教情報リサーチセンター編、春秋社)などによって足場が整えられてきた。
 あらためて、オウム事件と宗教研究について体験と事例を踏まえて考えたい。

 2012年に特別手配の3人が逮捕され、裁判が再開された。今しかないと思い、地裁から傍聴券の列に並んだ。傍聴できたのは20回超。一部だ。それでも私にとってほぼ最初で最後のオウム法廷は、貴重な経験だった。

再開オウム法廷

 傍聴の列には、実に粘り強くオウムを追い続ける人びとがいた。メディア、ジャーナリストはもちろん、弁護士、家族、信者、支援者、そして一般人のウォッチャーら。宗教研究者は見かけなかった。彼ら・彼女らには多くの「知らない」ことを教えてもらった。
 法廷では、「宗教学者」が言及されたり、登場する場も何度かあった。

 「教団に好意的な宗教学者の島田(裕巳)さんにでも見にきてもらうか」(2014年1月28日、東京地裁・平田信公判、杉本繁郎無期懲役囚の証言)。第7サティアンのサリンプラントを発泡スチロールの神像などで宗教施設と偽装した際のことである。

 「島田さんを攻撃することで世間の同情を買う情報操作だから」(同年2月19日、同公判、被告人質問)。地下鉄サリン事件前日、教団が疑われないための陽動作戦として、同氏の元自宅マンションの入口に爆発物を仕掛けた事件で、井上嘉浩死刑囚が語ったという動機である。

 自分たちの犯罪・問題から目を逸らさせるための「宗教学者」の利用。しかも、周りの傍聴者は、それに特に疑問も持たずに耳を傾けていた。

 オウムが対抗文化的な土壌に育ったことは確かだが、そうした対抗性に、メディアは消費コンテンツとしての魅力を見出し、知識人は自らの優越性(「自分は彼らを理解できている」)を無批判に寄託したことが、その問題性を見過ごし、肥大化させたのだと総括できよう。

 「“狂気”がなければ宗教じゃない」(中沢新一)、「(オウム批判は)ああ、またか、という思い」(山折哲雄)、「オウム真理教はディズニーランド」(島田裕巳)なども、結局は「~と言われているけど実は…」式の変奏である。これらを、宗教学や社会学、人類学などの姿勢・方法の問題に帰してよいかは慎重になりたい。だが、そこには「逆張り」の魔力があり、それが広く効力を持ったのである。

 いや、これは過去の問題では済まされない。現に、後継団体の幹部や麻原子女を「インタビューしてみた」「ゲストに呼んでみた」式の批判的検討なしに取り上げる例は枚挙に暇がない。

 あるいは大学の授業でオウム問題を扱う際、映画『A』(森達也)を見せて、「異常」だと思われている「カルト」信者の日常の姿から「意外と普通なんだ」といった気付きを与える(だけの)ような例もあるという。

オウム中

 後継団体のひかりの輪(代表・上祐史浩)に対しては、「宗教学者」が「オウム真理教の危険性と問題点を自己反省的・総括的に批判」(鎌田東二)・「(オウムに対する)反省が、きわめて真摯かつ徹底した仕方で行われている」(大田俊寛)などと同集団が望むような「お墨付き」を与えている。

 その上祐は、教団で殺害現場に立ち会っていたのを今日まで隠していたことが明るみに出た。それで「反省」も「総括」もあったものではないが、「利用」されに向かう「宗教学者」の姿は同型反復である。

 われわれは「オウム後」ではなく、「オウム中」にまだいるのかもしれない。「救いがない」、だろうか。だが、そうした過去と現在の実態と問題に向き合わないかぎり、前には進めない。「宗教」と「宗教研究」との関わり方が問われている。死刑執行で終わり、ではない。確定した裁判記録を基礎資料に、共同・連携して考究を続けたい。  (敬称略)
 ………………………
つかだ・ほたか/昭和55年(1980)、長野市生まれ。東京大学大学院博士課程修了。博士(文学)。著書に、『宗教と政治の転轍点』(花伝社)、『徹底検証 日本の右傾化』(編著、筑摩書房)など。

2018/8/16・23 
岡野賢祥さん得度授戒式 孝道教団法嗣「孝順の菩薩道」誓う

来賓や信徒らが見守るなか厳粛に営まれた賢祥さんの得度授戒式 孝道教団(岡野正純統理)は19日午前、横浜市神奈川区の孝道山本仏殿で法嗣岡野賢祥さん(高1)の得度受戒式を厳粛に執り行った。来賓のほか地元代表信徒ら500人余が将来の統理を見守った。

 賢祥さんは父である第3世岡野正純統理から授戒。衣・袈裟・念珠が授けられ、いったん本仏殿を後にした。墨染めの衣と袈裟をまとった法嗣は再び現れ、得度を証明する度牒が統理から授与された。賢祥さんは誓言を述べ、「今身を尽くして、熟益正法の教・戒をよく持(たも)ち、孝順の菩薩道を完(まっと)うせんことを誓い奉る。南無妙法蓮華経」と奏上した。

 岡野統理は挨拶で、「本人はたいへんシャイ」と紹介。事前にいろいろ話し合い、「43年前の自分が感じたことと同じようなことを感じていた」と披露。「本人はたくさんの問いを心の中に持っている。その問いの答えを探す旅の第一歩となる」とし、信徒には「そっと見守っていただきたい」と要望した。

 来賓の田中昭徳浅草寺貫首は「衣鉢を継ぐ」と「三衣一鉢」を紐解き、衣をまとい形を身につけることの大切さを解説。さらに「ご自分の立場、使命の重さを自覚されたと思うが、心配する必要はない。周囲には多くの立派な先生方がいる。孝道の道を堂々と歩んでください」と激励した。

 小堀光實比叡山延暦寺執行は、田中貫首の「衣」関連で、忘れてはならない仏さまへのお供え物として、お香・灯明・お花を欠いてはならないと話した。そして「プレッシャーを感じる必要はありません。お師匠さまにプレッシャーを与えてください」と逆説的に説いて期待を込めた。そのうえ学生時代、コーラス部で鍛えた喉でパーリ文による三帰依文を前段から独唱しプレゼント。参席者も熱心に聞き入った。

 賢祥さんは平成14年(2002)12月4日生まれ。同日、孝道教団と縁の深い比叡山の叡南祖賢大阿闍梨の33回忌法要が営まれたことから賢をいただいたという。

2018/8/16・23
大本・天恩郷 「四大綱領」教碑を建立 聖師の修行120年記念し

石碑の除幕を行った出口教主 出口王仁三郎聖師が高熊山に入山してから今年で120年となるのを記念し、教義の神髄の一つ「四大綱領」を刻んだ石碑が京都府亀岡市の聖地・天恩郷の教学碑前広場に建立され、大本の四大大祭の一つ「瑞生大祭」に合わせて7日、除幕式が行われた。これにより最重要と位置付ける4教義を刻んだ3つの教碑が揃った。

 除幕式では、出口紅教主が紅白の縄を引いて白布を取り払い、教碑を披露した。宮城県の稲井石で、縦約2・2㍍、横約1・2㍍、重さ約3㌧。大きな石が採れないため、原本の約8割の大きさとなった。

 四大綱領は、王仁三郎聖師が高熊山の修行で悟った生活の原理を示した教義。神と人の関係を示した「大本教旨」、神の実在を明らかにした「三大学則」、天人が実践する生活を説いた「四大主義」の計4つの教義は昭和10年(1935)9月8日、王仁三郎聖師が生誕地の瑞泉苑(京都府亀岡市)で記したもの。当時石碑にする予定だったが、建立直前に起こった同年12月8日の第二次大本事件で破壊された。

 その後、石碑を製作した石材店が保存していた拓本が見つかり、昭和28年(1953)に開教60年を記念し、教旨と三大学則を記した石碑を建立。王仁三郎生誕100年となる昭和46年には四大主義を刻んだ石碑を建碑した。この碑文は当時の出口直日三代教主が揮毫。王仁三郎聖師筆の拓本は所在不明という。四大綱領の拓本も長く失われていたが、平成23年(2011)に内事の蔵で発見された。

 瑞生大祭後に挨拶した出口教主は、王仁三郎聖師の高熊山入山から今年で120年の佳節にあたるとし、「このような記念すべき年の瑞生大祭に大本教義の神髄の一つである四大綱領の石碑が建立されることは、まことにおめでたく大変嬉しい」と喜んだ。さらに、今回石碑が建立されたことで、「聖師さまのご意思であったすべての教碑が揃うことになり、その意義はとても大きく深い」と語った。(続きは紙面でご覧下さい)

2018/8/16・23
事件風化カルト増加の中で④若者たちの悩み 共に考えられるか オウム事件が問いかけること…臨床仏教研究所上席研究員 東京慈恵会医科大学講師 神仁氏 


「うちの子どもがアーレフ(Aleph)に入信してしまったんです。なんとか脱会させられませんでしょうか……」

 筆者はそのような悲痛な声をしばしば当事者の親御さんから聞く。オウム真理教の後継団体であるアーレフへの入会者の多くは20代の若者であり、特に大学生の頃に入信した人が少なくない。

 大学での人間関係でつまずき親にも話せずに一人で悩んでいるところ、先輩から優しい声をかけられてヨーガ・スクールへ。そして度々通う内に、指導者から突然、実はアーレフであることを明かされて入信を迫られる。自分がつらい時に寄り添い支援してくれた恩人からの誘いを断りきれずに入信書類にサイン……。入信後は指導者や先輩から「一連の事件は国家や警察の陰謀だ」と繰り返し教え込まれ、疑問を抱えながらも自分の居場所をその場に求め続けようとする。

 オウム真理教の教祖麻原彰晃こと松本智津夫は、7月6日に東京拘置所で死刑を執行された。6日と26日の両日にわたり、麻原以下13人の元幹部の死刑執行が終了したことにより、平成の時代において、一連の刑事事件は一定の区切りがついたと捉える向きもある。しかしながら、筆者は今後も懸念すべき事柄がいくつか横たわっていると思う。

 第一に、なぜ20代30代の若者たちが、オウム真理教および麻原の教えを信じ犯罪者になるまでに到ってしまったのか。そして、なぜその後継団体に今なお入信していくのか、ということ。

 第二に、被害者やご遺族の方々の精神的なケアや支援を今後どのように行っていくのかということ。

 第三に、自分たちの心の寄りどころとはならず、信者から「単なる風景に過ぎなかった」と表現された寺院や仏教界、宗教界がこれらの問題に対して未だ明確な対応や対策を取っていないこと。また、オウム真理教の教宣拡大に加担をしたとされる宗教学者等による充分な検証と総括がなされていないこと。

 そこで、これら三つの懸念事項に応える手がかりを、筆者なりに二点ほど提示させていただきたいと思う。

 一つ目は、人間の欲求というものにまず焦点を当てるということである。アメリカの心理学者アブラハム・マズローは人間の欲求を次のような5段階に分類した。
 
 ①生理的欲求 ②安全の欲求 ③所属と愛の欲求 ④承認の欲求 ⑤自己実現の欲求

 生理的な欲求は食欲や睡眠欲などの人間が持つ根本的な欲求である。生理的な欲求の充足をベースとして人は他の段階の欲求を満たそうとする。しばしば宗教の中には生理的な欲求を否定することによって、宗教的な自己実現、神仏との一体感ないしは包含感を求めるものもある。
 
 しかしながら、これらの5段階の欲求を否定することなく、ありのままに見つめながら、それぞれを昇華させていく道を探ることが重要ではないかと考える。それは仏教が説く「中道」の実践でもあろう。
 
 また二つ目に、近年筆者が終末期の患者さんのケアの場で実践してきた、自尊感情と自己存在を保つための次のような「三つのつながり」の支援が挙げられる。
 
 ①自分(自己)とのつながり ②他者(他己)とのつながり③大いなるいのち(神仏・大宇宙)とのつながり
 
 人が生きていくためにこれら三つのつながりが不可欠であろう。苦しみやグリーフの最中にある方々が、これらのつながりを確認し深めてもらえる支援が求められる。
 
 人は生まれながらにして「なぜ自分はこの世に生まれて来たのか」「生きる意味とはなにか」「死んだら人はどうなるのか」「こんなに苦しい人生なら早く終わらせた方が良いのでは」といった実存的な問いを抱えている。オウム真理教に入信していったかつての若者たち、そして後継団体に所属している今の若者たちもまたこのような問いを抱え苦しみながら、それらの答えを求めて入信したのではあるまいか。
 
 今から20年近く前、私の元を何度も訪れてくれたオウム真理教の元出家信者の女性がいる。彼女は高校生の頃、家庭内の不和に悩むようになり、学校の図書室で哲学書や宗教書を読みあさる。そこで出会ったのが「空」という教えであった。彼女はこの「空」の教えによって自分は救われると思ったそうだ。そして学校近くにあった禅寺を訪ね、寺の僧侶に「空」の意味について問いかける。

 そこで返ってきたのは「そんな難しいことをわしに聞くな」という言葉だった。門前で僧侶によってあしらわれた失意の中で、ほどなくして彼女はオウム真理教の門を叩くことになる。

 逆説的に聞こえるかも知れないが、今、私たちが大切にしなければならないことは、若者たちが抱えている実存的な問いに直接答えることではなく、彼ら彼女たちに寄り添いながら、共に悩み考えることである。そのことが、若者たちにとって「風景」ではない、「リアル」な宗教のあり方につながっていくのだと信じている。
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 じん・ひとし/1961年東京都生まれ。大正大学、駒澤大学で仏教学を専攻。インド国立ベナレス・ヒンドゥー大学大学院へ留学。現在、全国青少年教化協議会(全青協)主幹・常務理事。著書に『仏教教育の実践』『家族再生』など。


2018/8/23 平成最後の終戦記念日 日蓮宗千鳥ヶ淵法要 墓苑開設以来60回目



墓苑の六角堂で修法を行う日蓮宗東京4管区の僧侶ら 日蓮宗(中川法政宗務総長)は終戦記念日の15日午前、東京都千代田区の国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑で戦没者追善供養・世界立正平和祈願法要を執り行った。同墓苑開設以来、毎年終戦の日に法要を営み、今年で60回の節目を迎えた。中川総長は表白で万霊の願いを「信心安穏なる平和世界をこの地上に築き上げること」と述べ、祖願である立正安国・世界平和を祈念した。

 法要は、墓苑の六角堂内で執行された。中川総長が大導師を務め、東京4管区の内山堯邦所長(東部)、茂田井教洵所長(西部)、今田忠彰所長(南部)、肉倉堯雄所長(北部)を副導師に厳修。修法導師は、豊田昌樹・東京北部修法師会長が務めた。

 宗門を代表し松永慈弘総務局長が挨拶。60回を迎えた法要の意義に触れ、「次代を担う世代に私共の志を受け継ぎ正しい道を歩んでいただくよう、この思いを語り伝えていくことが使命」だと語り、「心からの祈りと願いが亡き人々を安らかならしめ、今を生き、未来に生きる人々の平安の実現に結び付く」と念じた。

 (公財)千鳥ケ淵戦没者墓苑奉仕会の古賀英松理事長は、墓苑設立以来、欠かさず終戦の日に法要を営んできた日蓮宗に感謝しつつ、「来年は墓苑、奉仕会の60周年。天皇陛下もお代わりになり、新しい時代が到来する。戦没者慰霊の慰霊奉讃を絶やすことがないようにがんばりたい」と話した。

 炎天下にもかかわらず、日野市から参拝に訪れた女性(70)は「叔父が南の海で戦死したと聞いていましたので、お参りできて気持ちが少し穏やかになった。有意義な時間でした」と語った。

 同墓苑は、先の大戦のため海外で戦没した兵士や一般邦人の遺骨を納める「無名戦没者の墓」として昭和34年(1959)に創建。今年も新たに1892柱が奉安され、5月現在で36万9166柱の遺骨が収骨されている。

2018/8/30 靖国提灯奉納 創価学会 業務妨害罪等で警視庁に告訴 靖国神社「個人の奉納」と回答



 靖国神社の「みたままつり」(7月13~16日)に創価学会名の提灯が奉納されていた件で、新たな動きと情報が明らかになった。

 創価学会は8月23日、氏名不詳のままで偽計業務妨害及び名誉毀損罪で警視庁に告訴の申し立てを行った。同24日付け聖教新聞で報じた。紙面によると、「学会は献灯の申し込みなど一切行っていない」と明言。提灯をみた関係者から問い合わせがあり「日常の法人及び宗教業務が妨害された」としている。さらに告訴状では「『謗法厳誡』を旨とする学会が謗法を容認したとの印象を与えるものであり、学会の名誉を毀損する」としている。

 一方、弊紙は8月17日、靖国神社広報課に創価学会名の提灯奉納について文書で質問書を提出。22日同課から文書による回答があり、「当件の提灯は個人の方からの奉納でしたが、個人情報の回答は控えさせていただきます」と個人からの奉納だとした。
 弊紙からの質問と靖国神社からの回答は以下の通り。

 質問①提灯は個人を含めて多くの団体が奉納されております。今夏の創価学会提灯もその一つと理解してよろしいのでしょうか(創価学会が直接奉納されたのか)。

 質問②一部では、個人が勝手に奉納したという意見があるようです。個人が団体を名乗って(今回の場合は創価学会)、奉納するケースはあるのでしょうか。

 質問③これまで奉納されていなかったと思われる、創価学会の提灯奉納について、靖国神社の所感があればお願いしたく存じます。

 靖国神社広報課からの回答(全文)
 みたままつりの献灯は英霊の慰霊、そして感謝をささげるためのものです。毎年、ご遺族・崇敬者などの個人の方々をはじめ、企業や宗教団体などからも数多くの奉納がありますが、国籍はもちろん宗教・宗派などによる隔たりをつくること無く承っております。そうした方々からの奉納は英霊への純粋な想いであり、靖國神社では他意による奉納を想定しておりません。仮に、ご質問のように他意があるとしましたら、当神社としては甚だ遺憾でございます。尚、当件の提灯は個人の方からの奉納でしたが、個人情報の回答は控えさせていただきます。    
・・・・・・・・・・
 聖教新聞によると、告訴状では「悪質な犯罪行為の再発防止のため、厳重な捜査と、被告訴人に対する厳重な処罰を求めます」としている。今後、警察による捜査が行われるとみられるが、奉納した個人が名乗り出ない場合、靖国神社側がどこまで捜査に協力するのかがカギになりそう。

 なお、弊紙8月2日号に「創価学会 靖国に提灯奉納」との見出しと記事がありますが、この件について創価学会に確認しておりませんでした。お詫び申し上げます。

2018/8/30
高野山真言宗 「和解」崩れ興正寺問題再燃 預金8億円差押えに

 「裁判外和解」で全裁判を取り下げたばかりの名古屋市昭和区の高野山真言宗別格本山・八事山興正寺で、寺の銀行預金約8億円が再び差し押さえられたことがわかった。添田隆昭特任住職(宗務総長)が辞任し、西部法照新住職が就任する間隙を縫って、興正寺問題が再燃した形だ。「和解」による平穏な状態はわずか3カ月で崩れた。

 興正寺の責任役員3氏は、添田特任住職が「和解」で「元住職側の使途不明金70億円の刑事告訴を取り下げ、責任追及を放棄したこと」「興正寺と元住職側の関係会社との契約継続を認め、現在も毎月約2500万円の支払いを続けていること」等を問題視。宗派に「解任要望書」を提出した。これを契機に特任住職が辞任したのを受け17日、特任住職の名代として入寺していた西部法照主監を新住職に選出した。

 西部氏は入寺直後から「和解」内容を厳しく批判し、添田特任住職に反発。「和解」を継承しないと周囲にも公言し始め、特任住職と「袂を分かつ」(宗派関係者)ことになった。そうした西部氏の強硬な姿勢が、再度の差し押さえを招いたようだ。

 預金を16日付で差し押さえたのは、㈱リジェネレーション(東京都大田区)。同社は梅村正昭元住職時代の興正寺と結んだ業務委託契約に基づいて公正証書を作成し、平成28年5月に同寺の預金等約15億8500万円を差し押さえた。今回も同額を差し押さえていることから同様の手続きを踏んだものとみられる。

 興正寺側は差し押さえの強制執行を防ぐ訴訟を今週中に提起。強制執行停止の決定を取得しなければならないが、名古屋地裁に供託する担保金1億5千万円が必要になる。前回は金剛峯寺からの借入金を充てたが、今回は特任住職辞任後のために宗派の援助は得られない。

 実際に差し押さえられているのは3銀行の預金合計約8億600万円。差し押さえを免れた預金は数億円とみられ、これが訴訟資金になるようだ。

 差し押さえの事実を知ったある地域住民は、「また泥沼か…」と嘆息した。

2018/8/30
脱カルト協会「オウム」公開講座 元信者 表面化していない悲劇語る

麻原法廷について語る青沼氏 日本脱カルト協会(西田公昭代表理事)は25日、都内の立正大学品川キャンパスで公開講座「オウムのすべて―事件をふりかえって そしてこれから」を開催した。7月にオウム真理教教祖・麻原彰晃をはじめとする死刑囚13人の刑が執行されたことを受けてのもので、ジャーナリスト、宗教者から一般学生まで幅広い参加者約200人で会場は満席となった。

 西田代表(立正大学教授)は冒頭の挨拶で、「死刑が執行された信者の中には、教祖に幻滅し、過ちを認めた人もいれば、ずっと信仰を持ち続けている人もいた。この決定的な違いはいったい何が引き起こしたのか。この点はまだ十分な調査ができていない」と述べた。これこそがカルト入信者の家族にとっては最も重要な点で、分析を続けていく必要があるとした。

 オウム法廷を当初から傍聴したジャーナリストである青沼陽一郎氏と降幡賢一氏が報告した。青沼氏は「麻原は起訴された事件についてすべて、自身の見解を語っている」とし、〝麻原は法廷で何も語っていない〟という一部知識人の意見に論駁。「私は指示をしておらず、弟子が勝手にやったことである。よって無罪」と、麻原と弁護人が主張していた事実を強調し、自身の罪を認めていない以上「動機を語るわけがない」と解説した。

 弟子たちについては「彼らが死刑を覚悟した上で、語らなければ真相は明らかにならなかった」とし、麻原以外の12人が死刑になることを覚悟し、教祖を追い詰め事実を明らかにしたことがオウム法廷の特徴と指摘。カルトに入信し、事件を起こす人間の心理もこの点から解明に繋がるのではと示唆した。

 元信者として登壇したのは沢木晃さん、渡辺恵美子さん、山中次郎さん(いずれも仮名)。沢木さんは修行の同期だった友人が「キリストのイニシエーション」(薬物と温熱浴を組み合わせた修行)を受けているうちにいつの間にか行方不明になり、おそらくは死亡、教団により処理されたであろうことを告発。「テレビや新聞で報道されない、刑事事件にもならなかったオウムの悲劇があったことも知ってほしい」と訴えた。(続きは紙面でご覧下さい)

2018/8/30
浄土宗大本山清浄華院 法然上人の「御骨」発見か?江戸前期に五輪塔に奉納

「浄華院開山元祖法然源空上人御骨」の木札と共に奉納されていた「御骨」 京都市上京区の浄土宗大本山清浄華院は24日、江戸前期の五輪塔から「當山開山元祖源空上人御骨」と書かれた六角形の箱板に包まれた骨が見つかったと発表した。同院御廟の無縫塔には遅くとも中世から、法然上人の遺骨を奉祀。今回、それとは異なる別の「御骨」が発見されたことになる。

 室町時代の宝物目録には法然上人の遺骨の存在が明記されており、中世には「分骨」を奉祀していたことがわかる。現在、御廟の存在は史料上、江戸時代以降でしか確認できないが、宝物目録の遺骨は御廟の遺骨のことだとされている。


 今回の「御骨」は、参道の改修工事中に偶然発見された。免震加工を施すために石塔を解体していた㈱石留石材の斉田斎・統括本部長が基壇部分から取り出した。「正面」とだけ書かれた経筒のような容器に納められた状態で、筒の中には元禄2年(1689)4月20日に第45世法主である雲龍上人が「奉納」したことを記した木札や小さな仏像もあった。木札の表には「浄華院開山元祖法然源空上人御骨」と墨書。さらに昭和8年11月、岩井智海法主(後の浄土宗知恩院門跡)が「御骨」を再発見し、破損していた箱板を作り直して再度納めたことも判明。これら以外の史料はなく、「御骨」の由来がわかる文献等は残されていないという。

「御骨」の中には、歯やあご、喉仏の他、腰や腕か足とみられる骨もある。歯は仏舎利の中でも特に貴重であるため、特別な信仰が寄せられた「御骨」である可能性がある。

 香林浩道執事は、「まさか石塔に法然上人の御骨と伝えられる骨が納められていたなんて」と驚嘆。同院史料編纂室の松田道観研究員は、「宝永5年(1708)の大火で元禄の史料は焼失してしまった。御骨の記録もこの時に焼失したのでは」と推断。「雲龍上人は寛文の火災で焼けた伽藍を再興し、現在までつながる清浄華院の基礎を築いた方。江戸時代と昭和の伽藍再興時に発見された御骨が、今また発見された。歴史の重要な局面で姿を現す御骨なのだろう」と感慨深そうに話した。

 今後の調査等は未定。

2018/9/6
曹洞宗宗議選 70人が無投票 永平寺系 四国と宮城で選挙戦

 8月20日に告示された曹洞宗宗議会議員選挙は29日に立候補者届け出を締め切った。定数72人のうち70人の無投票が決まった。選挙規程改正により連記制がなくなったが、選挙戦は永平寺系の2カ所にとどまった。両選挙区とも新人の争いのため、全体で20人が初当選となる。總持寺系は全選挙区が確定した。来月招集される選挙後の特別宗議会で總持寺系から宗務総長が選出される。(続きは紙面でご覧下さい)

2018/9/6
西本願寺 新執行長に武田昭英氏〝宗門の活性化実現したい〟

本願寺で会見した武田執行長 浄土真宗本願寺派本山西本願寺(京都市下京区)の執行長に安芸教区龍仙寺(広島県府中町)の前住職、武田昭英氏(74)が就任し、同寺で8月29日、記者会見した。「大役なのでためらったが、仏教界は危機的状況。かねて考えていた宗門の活性化を実現したい」と抱負を語った。任期は28日から2年間。

 非公開の国宝・書院など文化財の活用も視野に入れながら、「より多くの人に参拝してもらい、仏さまに出遇うご縁をつくっていきたい」と意欲を見せた。

 西日本豪雨で被災した。建物の被害はなかったものの、自坊の境内に土砂が流れ込んだ。「災害に限らず、人間には拒絶できない『負』の部分が押し寄せてくる。それを受け入れ、再び立ち上がる心を念仏は養ってくれる」と話した。
 
 「念仏者は無碍の一道なり」。歎異抄のこの言葉を胸に刻んでいる。「どんな障害があったとしても、必ず超えていく力が念仏にはある」と力を込めた。
 
 体調不良のため、1期目の任期途中で本多隆朗氏(75)が執行長を退任するのを受け、後任を決める本願寺評議会臨時会が28日に開かれた。大谷光淳本願寺住職が指名した候補者2人で選挙が行われ、武田氏が有効票14票の全票を集めて選ばれた。本多氏は23日に辞表を提出していた。

 副執行長の富永愼秀氏(70)と中尾史峰氏(66)は本多氏の退任に伴い28日に辞任したが、29日付で再任された。
 
 武田氏は広島県生まれ。龍谷大卒。1998~2007年に同派総務を6回経験。89年から29年間同派宗会議員を務め、27日に辞職した。2012年から宗派と本山の機能を分離して以降、4人目の執行長となる。

2018/9/6
関東大震災95年 東仏出仕し慰霊法要 相次ぐ災害 他山の石とせず

法話で自然災害への備えを呼びかける東仏の菅野会長(池上本門寺貫首) 死者・行方不明者合わせて10万人という大惨事となった大正12年(1923)9月1日の関東大震災から95年。今年も墨田区横網の東京都慰霊堂で秋季慰霊大法要が秋篠宮ご夫妻出席のもと執り行われた。東京都仏教連合会(新美昌道理事長)が出仕し、菅野日彰会長(日蓮宗大本山池上本門寺貫首)が大導師を務めた。遺族ら約600人が参列し、焼香した。法要後に迎えた発生時刻の11時58分には鐘の音と共に一斉に黙祷が捧げられた。

 慰霊堂に東仏の各地区代表と大導師および池上本門寺一山式衆が入堂。読経を行い、犠牲者を回向した。

 続いて長谷川明副知事が小池百合子都知事の追悼の辞を代読。関東大震災および73年前の東京大空襲で数多のいのちが犠牲になったことに言及し、「遺族の癒されることのない深い悲しみに思いを致しますと、悲痛の念に堪えません」と述べた。さらに東日本大震災や熊本地震、6月の大阪北部地震、7月の西日本豪雨と災害が相次いでいることから、「自然災害による各地の被害状況を踏まえ、改めて都が取り組む防災事業の総点検を実施し、各事業のスピードアップとグレードアップを図り、防災に万全を期したい」と表明した。

 ほかに長橋桂一都議会副議長、山本亨墨田区長、瀧澤良仁墨田区議会議長が追悼の言葉を述べた。

 再び読経に移り、秋篠宮ご夫妻の焼香に続いて、主催者および遺族代表、来賓・協賛団体代表が焼香した。

 法要後、菅野会長が法話。昭和12年(1937)生まれの菅野氏は、関東大震災の時は生まれていないとしつつ、戦争時の体験を語った。「北海道の礼文島という、先般天皇陛下が訪問された利尻島の隣の島で生まれた。昭和20年8月15日以後、毎日のように避難民が礼文島、利尻島にきた。けがをした人もいた」と小学生当時の記憶を呼び起こした。

 そして頻発する自然災害に対して「他山の石、他人事とせず、我がこととして受け止めて、ご回向させていただいた。我が身の備えが大切になる」と呼びかけた。

 東京都慰霊堂には震災遭難者と東京空襲遭難者の約16万3千人の遺骨を安置。この日は裏側の納骨堂前に祭壇が設置され、こちらで手を合わす姿もあった。(続きは紙面でご覧ください)

2018/9/13
36年間の「集大成」を披露 もろはしせいこうの世界 東京の劇場で大型紙芝居ライブ

 画家、絵本・紙芝居作家として活躍する真言宗豊山派僧侶の諸橋精光氏(新潟県長岡市・千蔵院住職)の紙芝居ライブ「もろはしせいこう超大型紙芝居の世界」が10日、東京都豊島区のあうるすぽっとで行われた。36年間で22作品を作り上げた諸橋氏が「集大成」と位置付けた初の自主公演は、昼・夜の部が満席となる600人が参集。迫力の超紙芝居の世界を楽しんだ。

 お寺に集まる子どもたちを楽しませるために造り始めた130×90センチメートルの原画をつかった超大型紙芝居。「書くのも運ぶのも大変。体が動くうちに人々が集まる東京の、舞台芸術のホールでやってみたい」という思いから公演が実現した。お気に入りの作品から最新作まで5作品「茂吉のねこ」「月夜とめがね」(最新作)「くもの糸」「注文の多い料理店」(最新作)「モチモチの木」を上演。「私にとってはささやかな説法。やはりしゃべる説法は最強。紙芝居では伝える力が弱いと思うこともあるが、ささやかな声を聞き取ってほしい」と来場者に挨拶した。

 設備が整った劇場のホール。芝居の大道具・小道具で使われる絵具「ネオカラー」で彩色した原画は照明を受け色鮮やかに輝き、迫力ある生の語りと太鼓・銅鑼・妙鉢・法螺貝・ギターなどの効果音や音楽が観客を紙芝居の世界に引きこんだ。紙芝居の魅力を知らしめるライブとなった。