2021年

9月


2021/9/23・30合併号 曹洞宗檀信徒会館 東京グランドホテル無償提供 港区の「ミッドナイト接種」会場 〝地域のために〟


会場で接種を受ける人たち(17日) 曹洞宗が運営する港区の東京グランドホテルで17日、金曜日の深夜まで新型コロナウイルスのワクチンを接種できる「週末ミッドナイト接種」が始まった。

 ホテルは檀信徒会館として利用され、宗務庁も入る施設。区に接種会場を無償提供し、7~8月に保育園や小中学校、学童クラブなど子どもと関わる施設で働く人向けの会場となり、約4200人が接種した。11月まで職域接種会場になっている。ホテルと宗務庁の職員はキャンセルなどで余ったワクチンを活用し、8月中に希望者すべてが2回の接種を終えた。

 コロナ禍に加え、東京五輪が無観客開催となって想定の集客が見込めないと判断し、協力を決めた。五輪関係者の利用は、海外メディア用の80室のみだったという。ホテル運営を担当する来馬宗憲事業部長(宗議会議員)は「空いているのなら、地域のために使ってもらいたい」と区に申し出た。

 17日から始まった週末ミッドナイト接種は、金曜日の午後7時から午前0時まで専用の接種会場を設け、仕事などの都合で日中に時間をとりにくい若い世代に接種を広げる取り組み。副反応が生じた場合も土日を静養に充てられるとみている。

 会場は3階桜の間。12月24日まで設置され、計2500人の接種を計画する。この日は10~70代の208人が接種。約半数が30代以下だった。ホテルでは、新型コロナ対策として高機能空気清浄機を設置するほか、接種後に体調変化があった場合に宿泊できる部屋を特別料金で提供する。

 企画した港区の野上宏・ワクチン接種担当課長は「ホテルだからこそ実現できた」と話す。深夜に施設と人員、器材を用意すると多額の費用が必要になるため、「奇跡的なこと。職員の皆さんも設営に協力してくださる。本当にありがたい」と語った。

 港区では、7~8月に浄土宗大本山増上寺も集団接種会場となった。

2021/9/23・30合併号 大谷派 但馬総長が逝去 宗議選で7選したばかり


 入院加療中の但馬弘氏(たじま・ひろし)真宗大谷派宗務総長が23日午前2時頃、死去した。62歳。通夜は26日午後7時、葬儀は27日午前10時から、石川県小松市月津町ラ36の自坊・興宗寺で営まれた。喪主は住職で長男の但馬諒(まこと)氏。

 現職宗務総長の死去は極めて異例だ。大谷派宗務所は8月25日、但馬総長が「1週間から10日間程度の予定」で入院加療すると発表した。本人の希望で病名は明らかにしなかった。同日付けで望月慶子参務が総長臨時代理に任命された。但馬総長は、9月13日施行の宗議選で7回目の当選を果たしたばかりだった。

 大谷大学卒業。興法議員団に属し平成9年(1997)9月に宗議会議員初当選。参務・同和推進本部長などを経て同28年(2016)12月に宗務総長に就いた。

2021/9/23・30合併号 大本山總持寺 江川辰三貫首が遷化 退董発表からまもなく

  
 曹洞宗大本山總持寺(横浜市鶴見区)の独住25世、江川辰三貫首が19日、遷化した。93歳だった。10年にわたり務めた貫首を退董すると、1日に発表されたばかりだった。

 江川氏は6月初めに体調を崩し、入退院を重ねつつ職務にあたってきたという。昨年9月に退董した福山諦法大本山永平寺第79世が9日前の10日に示寂。同時代に大本山貫首として宗風を広めた両禅師が時を同じくして遷化した。

 江川氏の死去に伴い、石附周行副貫首が貫首に昇住した。10月18日の入山式は予定を繰り上げて営む。江川氏の密葬は26日に總持寺で執り行われた。喪主は乙川暎元監院。本葬の日時は未定。

 江川氏は地元山梨の県立高校で17年間教鞭を執った教育者でもあった。貫首に就任した平成23年は東日本大震災が起きた年だった。震災物故者の慰霊や復興を祈願し、桜の苗木を本山で育てて被災地の寺院に贈るプロジェクトにいち早く取り組み、震災翌年から「祈りの夕べ」を毎年開き、境内を万灯で照らし供養の誠を捧げ続けた。

 二祖峨山禅師650回大遠忌の厳修に尽力し、来山したダライ・ラマ14世とも交流。全日本仏教会会長も務めた。ヨーロッパ国際布教50周年記念にフランスを巡錫し、ブルターニュ地方ヴァンヌ市では、江川氏を勧請開山に古海寺が建立された。

 總持寺の機関誌『跳龍』9・10月号に江川氏の退董の挨拶が掲載されている。「信愛する『我逢人』の教えを常に胸中にしっかりと抱えて、今後も老衲は、自らの歩調で弛まずに歩んで参ります」

2021/9/23・30合併号 妙心寺派 野口内局初議会 宗務本所移転、機構刷新、後継者育成 6項目の課題提示


演壇に立つ野口宗務総長 臨済宗妙心寺派(野口善敬宗務総長)は15~17日、第141次定期宗議会(小川哲秀議長)を京都市右京区の花園会館に召集。全31議員中29人が現地出席、2人がオンライン出席した。令和2年度の各種決算を中心とした議案の審議が行われ、全議案が原案通り可決された。野口内局初の議会であり、質疑も活発に行われた。

 野口総長は施政方針演説で「目前の課題」は6項目、すなわち①宗務本所のスムーズな移転、②宗務本所の機構刷新と財政改革、③後継者育成、④布教教化、⑤教区・部の再編・無住寺院対策・第二の人生プロジェクト、⑥人権活動の推進、だと説明。特に財政改革については「入るを量りて出るを制す」と『礼記』を引用して歳出削減に努める決意を示しつつ、「コロナ禍により派内寺院のみならず花園会員も経済的打撃を受けていることから、宗費等の増額については財政改革の最終的な手段とすべきものと考えている」とし、配慮を見せた。

 令和2年度通常会計歳入決算は約9億9400万円となった。コロナ禍により宗派主催の行事、研修会などがことごとく中止となったこと、オンライン会議の普及で交通費等が大幅削減されたこと等により歳出は約9億1200万円で、約8200万円を次年度に繰り越す。一方、修学旅行など大規模顧客のキャンセル相次ぐ花園会館の歳入は、予算約3億3500万円に対し決算約2億4800万円ときわめて厳しく、徹底した経費の切り詰めにより300万円弱の繰越金を残すにとどまった。

 7月に花園禅塾でコロナウイルス集団感染が発生したことを受け、教学部では禅塾における感染症対策ガイドラインを作成。手洗い、消毒、換気など基本的なことから感染時の対応手順、人権上の配慮に至るまで細かく定められており、20日から適用された。これに関連し、小川太喜議員(兵庫・常楽寺)が、各寺院にも対策ガイドラインを送付できないかと要望。「特に人権上の配慮は発信していかなければ」とした。足立宜了教学部長は、僧堂にはガイドラインを送付するが、各寺院へは「少しご相談を」と答弁。また僧堂でワクチン接種の希望者がいる場合は速やかに対応するよう要望をしたとも述べた。

 目前の課題の①に挙げられた宗務本所のスムーズな移転に関して、宗務本所の住所を変更し、㈻花園学園との賃貸借契約を交わす宗制改正議案も可決された。12月に近傍の花園学園中学高等学校新1号館(建築中)に移転し、以後は年間約2200万円の家賃を宗派が支払う。現宗務本所は築53年で老朽化が進んでいた。

 ㈻花園学園の松井宗益学園長が9月末日を以て退任し、栗原正雄氏(前宗務総長)が後任学園長となることが報告された。松井氏は来年行われる150周年記念事業の実行委員長は引き続き担う。

2021/9/16 共生特集 SDGsとシルクロード史から考える 「共に生きる」とは? 入澤崇・龍谷大学学長


東西交流史をまじえて「共に生きる」を話す入澤学長 今夏の東京オリンピック・パラリンピックの基本コンセプトの一つに「多様性と調和」があり、その解説には「共生社会をはぐくむ契機となるような大会とする」とある。しかし組織委員会トップによる女性蔑視発言や、開会式関係者の問題発言が相次いだ。「共生」や「共に生きる」の語が用いられて久しいが、その本質が認識されているとは言い難い。そこで龍谷大学の入澤崇学長に、SDGs(持続可能な開発目標)の理念や専門とするシルクロード史から21世紀の「共に生きる」について提起していただいた。
      
誰一人取り残さない
 2015年9月、国連総会で「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択されました。その重要な理念である「誰一人取り残さない」を聞いたときに、これは西洋版の仏教ではないかと直観しました。こうした発想は、これまでの西洋や欧米の価値観よりも極めて東洋的だと感じたのです。

 これはいち早く教育界、宗教界が本気で取り組むべきだと思い、国連のSDGs担当者を招いて国際学部の学生たちに講義をしてもらい、すぐに東京の国連大学にも出向きました。本学は仏教を建学の精神としています。とりわけ浄土真宗にかかわってくるのですが、阿弥陀如来の誓願である「摂取不捨」の精神と極めて近い。そこで両者を接合して仏教SDGsを打ち出したわけです。

 さらに龍谷総合学園という巨大な教育グループが本願寺派にあり、その理事長をさせてもらっているので、高校・中学においてもSDGsの取り組みを行ってみてはどうかと提案しました。一部から反発もありましたが、私は、若い人たちのほうが飛びついてくると思っていました。予想通り、高校生たちが自分たちの地域や学校でどういうことができるかを提案してくれました。先般、オンラインでしたが、総合学園に加盟する26校のうち、23校の高校生たちがそれぞれテーマを設定してSDGsの取り組みを発表しました。

 環境問題に一石を投じたスウェーデンの女子生徒グレタ・トゥーンベリさんが、あなたたちは何をやっているんですか、と大人たちに痛烈な言葉を投げかけました。私は童話の『裸の王様』を想起しました。無限の経済成長を追いかけている大人社会に対して問題提起しているのに、大人たちは『裸の王様』状態で現実問題として直視しようとしないのです。

 しかし社会実践や社会貢献の意欲をもった学生たちが年々増えています。これは大きな希望です。ですから未来社会をつくる今の高校生や大学生たちがSDGsへの理解を深めて動かしていけば、社会は劇的に変わるのではないかと期待しています。

アジアの平和政策の源流 
 シルクロードは多くの民族が行き交ったところです。異なる価値観を持っている者が、ぶつかり合ったときには争いが起き、当然のことながら戦争に次ぐ戦争でした。紀元1世紀から3世紀、かつてガンダーラと呼ばれた地域は、まさに民族の坩堝(るつぼ)でした。中央アジアや西から見るとインドへの入口。インドからみると中央アジアや西への出口。面白いことに、いろんな民族がひしめき合う、そうした地域で仏像が誕生しているのです。それも穏やかな表情の仏像が非常に多い。

 今問題となっているアフガニスタンもそうです。それまで悲惨な争いがあった。でもそこに仏教が広まった。この事実は過小評価されており、もっと評価すべきだろうと思っています。仏教は個人の心の安定であるとか、そうした受け止め方が特に近代以降、根強い。しかし長い歴史的観点から見るとそんなことはない。聖徳太子が十七条憲法で説かれた「和を以て貴しと為す」。これは聖徳太子独自の考えではなくて、私はインドからシルクロードを経て中国、朝鮮半島を経由して日本に仏教がもたらされる過程で生み出された思想だと考えています。

 実際、当時の為政者は仏教の影響を受けて、平和政策を打ち出した。例えば紀元前3世紀のインド・マウリヤ王朝の3代目アショーカ王が採った政策は、アジアに大きな影響を及ぼした。アショーカ王の施政を起点にして仏教の広がりを見ていくと、いかに彼の政策が偉大で影響が大きかったかがわかるのです。

 仏教徒のアショーカ王は、国境地帯に異なる民族や異なる宗教も保護せよと詔勅文の中で指示している。ですから仏教が行き渡った地域は、仏教一色になったわけではなく、その土地の宗教も大切にしている。私はフィールドワークで、そうした土地を巡りました。仏教寺院の隣にゾロアスター寺院があったりと他宗教を認めているのです。

 龍谷ミュージアム(京都市下京区)では、ベゼクリク石窟寺院の仏教壁画の修復をしています。ウイグルの人たちが造立した壁画です。ウイグル族はもともとマニ教を信仰していました。かれらが北からトルファンに進出したとき、トルファンでは仏教が行き渡っていた。最初は仏教と摩擦が生じた。仏教壁画の上にマニ教の壁画を施した例もありました。ただしウイグル族が徐々に仏教を受容していくのが修復でわかってきた。ウイグルの王が指示して壁画を造らせているのですが、他の地域には見られない、極めてマニ教的な仏教壁画なのです。ですから自分たちの宗教を捨てるのではなくて、マニ教の上に仏教を受容して独特な仏教世界を作り上げているのです。

一切衆生の思想
 「共生」や「共に生きる」という言葉は便利です。しかし仕事場にしても家庭にしても、やはり人間には感情があるので行き違いはある。共に生きるとは嫌いな人とも生きることです。近代の「共生」は椎尾弁匡師によって打ち出されましたが、もとは浄土教の「極楽浄土に共に生ぜん」から導き出されたと思っています。同時に縁起の思想とも結びつく。自分というものは、他者がいないと存在しないからです。

 ところで、戦争の反対は平和だと多くの人は信じていますが、これは一つの思い込みではないか。というのは、戦争の語は名詞であるのと同時に動詞になる。しかし平和は動詞にはならない。名詞だけです。では戦争の反対は何か。それは「交流」です。ガンダーラにおいて諸民族が交流している時代は平和なんです。交流を具体的な場で可能にさせているのが「対話」です。文化や宗教が違っても他者を排除せず、対話し、交流ができる。これこそが平和と共生を実現させる大きな手段だと思います。

 また仏教がシルクロードに行き渡ったとき、キーとなるのが「衆生」という思想です。生きとし生けるものであり、一切を付けて「一切衆生」。為政者の詔勅文をみると「一切衆生の利益や安楽のために」とある。つまり自分の支配地域や自国の利益にとどまらず、生きとし生けるものの利益を、より鮮明に打ち出しているのです。これは「摂取不捨」や「誰一人取り残さない」と通じています。菩薩が仏になる前に一切衆生を救済すると誓願するように、それを国のトップが実現しようとした。自分がすべてを見渡しても見えないところがある。けれども見えないところで苦しんでいる人がいるかも知れないという意識は常に持っていなければならない。見えなくても悲しみ、苦しんでいる人の立場に立つというのは仏教が初めから説いてきたことです。

 「共に生きる」とはどういうことか、少し見えてくると思います。(談)

2021/9/16 大谷派宗議選 全65席無投票当選 記録残る64年以降初めて


 任期満了に伴う真宗大谷派の宗議会議員総選挙が13日に25選挙区で施行され、僧侶議員全65議席が無投票で確定した。新人は14人。全選挙区無投票当選となったのは、記録が残る1964年以降で初めて。近く議会構成の臨時宗会が招集される。任期は17日から4年間。(続きは紙面をご覧下さい)

 

2021/9/16 高野山宗会 財務調査引継ぎ表明 コロナ困窮寺院増加? 賦課金未納問題が発生


初陣となる所信表明を行う今川総長 高野山真言宗の第169次秋季宗会(赤松俊英議長)が8・9両日、和歌山県高野町の総本山金剛峯寺内宗務所に招集された。今川泰伸宗務総長は初陣となる所信表明演説で、13年後の「宗祖弘法大師御入定1200年御遠忌大法会」を見据え「内局一同、宗本の護持興隆に力を尽くす所存」と表明。現在延期中でコロナ禍終息後に1年間の本調査を実施し新指数(各末寺の宗費負担額)を決定する予定の財務調査について、「宗会後、(指数算定方法決定や財務調査申告書作成を行う)財務調査諮問委員会を新たに立ち上げ、(前内局策定の)行程に従い準備を進めたい」と発表した。

 竹井成範財務部長は、佐伯公応財務部長(当時)名で全末寺に送付された4月吉日付の文書「財務調査諮問委員会の経緯と今後について」に記載の「本調査実施案」を説明。「7月に内局が交代したが、宗団の継続性からこれ(新指数確定までのロードマップ)を反故にするつもりはない。(各末寺が提出した平成29年度分以降3年間の収支計算書など)頂いた貴重な資料を尊重し、残された課題に取り組んでいきたい」と強調した。

 その上で、「御遠忌大法会、それ以降も視野に入れて、抜本的にこれからの財務調査のあり方について広く宗内で議論したい」との方針を示した。

 さらにコロナ禍による寺院困窮問題に言及。「一部寺院では賦課金(宗費・教師義納金・護持負担金)の未納問題が発生したため、当該宗務支所と連携して対処する必要がある。困窮寺院への対応のために今年度の賦課金納入期限(12月25日)を目途に、各支所宛てに(方法や内容等は全て未定だが、財調とは別に困窮状況の)調査を行いたいと考えている。今年度のコロナ禍による賦課金減免調査なども併せて行い、来年度以降はその都度検討したい」と説明した上で、令和4年度の宗費を3年度同様2割減額するとした。

 竹井財務部長は本紙の取材に、「現実問題として賦課金の減免申請が複数出ている。当該の支所長にそうした寺院の現状を聞いたが、『生活ができない状況だ』という。賦課金の減免レベルどころではない」と懸念。「困窮と言っても様々な状況がある。これらを把握する調査実施の可否も含めて、宗会後に検討したい」と話した。コロナ禍が末寺に及ぼした経済的影響を把握する宗派主体の調査としては、東寺真言宗が昨年実施した「3月4月期の法人収入状況のアンケート調査」などがある。

 近藤本淳総務部長は「悪質な賦課金未納寺院への対応」を求める一般質問への答弁の中で、「(正当な理由も含め)様々な事情による未納寺院は全国に100カ寺以上ある」と報告した。(続きは紙面をご覧下さい)

2021/9/16 共生特集 フードバンク目黒 祐天寺で食品配布 全日仏応援「思いを形に」


フードバンク目黒の平瀬代表(右から3人目)の説明を受ける全日仏の戸松理事長(右端) 一人親家庭や失業者、高齢者など十分な食事をとることのできない困窮者を支援しているフードバンク目黒(平瀬栄治代表)は12日、目黒区内の浄土宗祐天寺(巖谷勝正住職)で食品無料配布会を行った。これには全日本仏教会(全日仏)事務総局から3人が応援に駆けつけ、戸松義晴理事長も視察に訪れた。

 フードバンク目黒は4年前から子ども食堂などを開いてきたが、新型コロナの影響もあり今年1月からは食品配布(パントリー)に移行した。区内のキリスト教会では毎月実施しているが、祐天寺での配布は初めて。平瀬代表は「祐天寺はよく知られているお寺で、こうして協力していただけるのはありがたい」と感謝の言葉を述べる。

 この日用意された食品は36世帯分で、事前に家族構成や年齢などを聞き取る。「シングルマザーが多いかな」と平瀬代表は印象を口にする。

 平瀬代表によると、食品全体の半分あまりがセカンドハーベストジャパンから提供され、3~4割が食品メーカーや一般家庭から。1割ほどはフードバンク目黒が購入。その中には食品のほか生理用品や赤ちゃん用おむつも含まれる。

 正午過ぎから食品の仕分け作業が行われた。36のボックスが用意され、家族構成に合わせて食品が詰められていく。お米や醤油、缶詰、レトルト、卵パック、パン類など。子どものいる家庭にはおやつが入る。さまざまな食材が手際よく仕分けされ、フードバンクスタッフと共に祐天寺の僧侶や全日仏職員も一緒に汗を流した。

 配布は午後3時からだが、その少し前から登録者が順次訪れ、リュックや大きな鞄に詰め替えた。スタッフたちもこれを手伝った。

 全日仏は今年3月31日に「仏教とSDGs」シンポを開催し、戸松理事長が仏教界としてこうした活動に取り組むと明言。事務総局はフードバンクに関する情報収集や視察を重ね、祐天寺の協力を得て今回の配布会となった。戸松理事長は「思いを形にということで進めてきたが、今日がスタート。これが各地に広がることを期待したい」と意欲を示した。

2021/9/16 共生特集 世界救世教 熱海市土石流災害 境内地など提供し救援サポート 防災訓練活きる


お米1200㎏を被災者に配布するため職員らで小分けした(9月9日) 静岡県熱海市の伊豆山で7月3日に発生した土石流災害。犠牲者26人、行方不明者1人という甚大な被害となった。警察や消防、自衛隊による捜索活動が行われるなか、被災地にほど近い場所に聖地・瑞雲郷を有する(宗)世界救世教(長澤好之管長)は、境内地や研修施設を提供するなど救援活動を支援した。

 土砂災害の発生直後、伊豆山地区の住民が「MOA美術館」に一時避難し、熱海中学校を経て、市内のホテルの避難所へと移動した。熱海市の災害対策本部からは消防・警察・自衛隊の対策拠点及び、災害救助車両の待機場所として駐車場の提供要請を受け、世界救世教と岡田茂吉美術文化財団(MOA美術館を運営、同館は5日間の臨時休館)が敷地内全ての駐車場(約600台の乗用車を収容)を開放した。

 連絡体制はスムーズに進んだ。というのも「南海トラフ地震」が想定される地域のため、毎年、市全体の防災訓練に参加し、地域とも共催訓練を実施してきた。平常時から市や警察、町内会や近隣の学校と顔が見える関係が築かれていた。発災当日も市の担当者から世界救世教の災害対策本部へと直接連絡が入った。

 教団の駐車場が拠点となり捜索活動は1カ月ほど続いた。この間、隊員らに休憩所やお風呂を提供。活動前半は長雨、後半は猛暑という過酷な状況下で野営する隊員らにお風呂は喜ばれた。

 熱海市には支援金を寄付。ニーズの聞き取りを行い、食品を寄贈したほか遺体安置所の交通整理ボランティアも行った。心の癒しを願って手作りした花器と生け花も避難所へ届けた。被災者のなかには信徒もおり、教団施設で保護し、宿泊施設の個室で約1カ月を過ごして、信徒や職員が寄り添った。(続きは紙面をご覧下さい)

2021/9/16 共生特集 大本・人類愛善会 天恩郷に給水スポット設置 プラごみゼロ目指し


亀岡のおいしい水を誰でもマイボトルに詰められる 大本(出口紅教主)と人類愛善会では、マイボトル推進のため、京都府亀岡市・天恩郷の施設内にウォータースタンドを設置した。

 同会では、人類愛善運動を広めるための実践活動として「マイ箸・マイボトルを携帯しよう」「プラスチックごみをゼロにする取り組みに協力しよう」を掲げている。このたび、亀岡市が推奨している「いつでもどこでも『亀岡のおいしい水』プロジェクト」に人類愛善会として賛同し、給水スポットとして登録を行った。

 また、日本全国の無料給水スポットを探せるスマートフォン用アプリ「mymizu(マイミズ)」へ登録を行い、亀岡市民や観光客などが自由に給水可能となった。

 マイボトル推進運動は、全国の多くの自治体で現在、増加中。設置したウォータースタンドは、おいしい水で定評のある亀岡市の水道水を使用しており、半年ごとにフィルターを交換、不純物を取り除き、常温、冷水、温水の3コースから選び、誰でも利用できる。

2021/9/9 第9回ACRP東京大会 概要発表 行動力ある運動体目指す SDGs基調に4分科会 オンライン開催 10月19日開幕 海外から300人参加


ACRP大会ロゴ 10月19日に開幕する第9回ACRPアジア宗教者平和会議(東京)大会の概要が2日、発表された。「行動するアジアの宗教コミュニティ:誰一人とり残さない、健やかで豊かなアジアの平和をめざして」のテーマのもと、すべてオンラインで行われる。海外参加者は約20カ国から約300人。日本を含めると5~600人規模になるという。ACRP事務局と世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)日本委員会が記者会見して明らかにした。

 最初に植松誠理事長(日本聖公会主教)が挨拶。オンライン開催となったことに無念さを滲ませながら、「本当は一緒に集まりたい。一緒に食事をし、お茶を飲み、 話し合う。そういう時間を持ちたかった。しかし世界にもアジアにも課題が多くある。それらを宗教者の立場から話し合って少しでも平和構築に前進したい」と述べた。

 続いてACRP(RfPアジア)事務総長の根本信博氏が概要を説明。連日、各国の役員と打ち合わせを重ねてきたと言い、「オンラインではあるが、参加者が東京に来ているような雰囲気を醸し出したい」と順調に準備が進んでいることを強調した。

 今大会について、3点の目的を示しながら、「ACRP組織を簡素化し、対話に基づく、より行動力のある運動体を目指していくこと」と位置づけた。さらにWCRP/RfPが17項目あるSDGs(持続可能な開発目標)を6項目(6SG)にまとめた目標を、ACRPはフラッグシッププロジェクトと統合させ、①いのちの尊厳教育、②人身取引防止、③平和構築と和解、④環境問題、⑤青年リーダー育成――に集約。⑤以外は分科会テーマに通じるものであり、具体的に検討していく。

 大会にはアジアから約20カ国の宗教者が参加するが、国内委員会(KCR)のある北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)は参加しない。

 会見で、中国からの圧力が強まっている香港問題について問われると根本氏は「(ACRPとして)香港に関してはまだ問題提起していない」と応答し、今大会の議論には間に合わないかも知れないと示唆した。

 一方で台湾やウイグルといった問題に言及し、「ウイグルに関しては世界的レベルで問題が提起されている。私たちもCCRP(中国委員会)に申入れした。コロナが収まったら代表団を派遣し、対話をしたいと。来年行こうと思っている」と明かした。

 全体会議ではミャンマー状勢が取り上げられる。米国に身を寄せているWCRPミャンマー委員会創設メンバーの一人でムスリムのアル・ハジ氏が発言する。

 国内委員会を持たないアフガニスタンについては、隣国パキスタンの国内委員会(RfPパキスタン)がアフガンの宗教者と連携を有し、国際委員会と共に情報交換しているという。根本氏はまた「イギリスにはパキスタン系の非常に有名なNGOがある。かれらも強力なネットワークをアフガンに持っているので、宗教をベースにして何ができるかを検討している」と説明した。

 なお、大会用の専用ウェブサイトが開設され、事前登録すれば一般の人も開会式や全体会議などを視聴できる。

2021/9/9 曹洞宗大本山總持寺 江川貫首来月退董 新貫首に石附副貫首就任


江川貫首石附副貫首 曹洞宗は1日、大本山總持寺(横浜市鶴見区)の独住25世、江川辰三貫首(92)が退董することを発表した。次期貫首には石附周行副貫首(84)が就任する。退董式と入山式は10月18日に執り行う。貫首の交代は10年ぶり。

 同寺によると、江川貫首は6月初旬に体調を崩し入院。入退院を重ねて職務にあたってきたが、継続は難しいと判断し退董を決めた。

 江川貫首は昭和3年(1928)生まれ。山梨県出身。駒澤大卒。曹洞宗審事院副院長などを歴任。總持寺監院を経て、平成22年(2010)に副貫首に就任。大道晃仙前貫首の退董を受け、翌年に貫首に就いた。

 石附副貫首は昭和12年(1937)生まれ。群馬県出身。駒澤大大学院博士課程単位取得満期退学。神奈川県南足柄市の大雄山最乗寺山主。宗議会議員、宗務庁伝道部長、曹洞宗師家会会長などを歴任。平成23年(2011)に總持寺副貫首に就任した。

2021/9/9 浄土宗 カイシュウ850ハイチュウ発売


別料金で寺院名も入れることができる 3年後の浄土宗開宗850年(令和6年)を盛り上げるため、宗務庁は記念の「お菓子」を考案。ユニークなアイデアに思わず微笑がこぼれる好企画として人気を呼んでいる。

 森永製菓(本社・東京都港区)の誰もが知っているお菓子「ハイチュウ」。1975年にリリースされて以来、長く子どもたちに親しまれているが、このほど法然上人のシルエット(開宗850年記念ロゴ)と宗紋、マスコットキャラクター「なむちゃん」、それにキャッチコピー「お念佛からはじまる幸せ」をあしらった特別デザインとして浄土宗寺院向けに限定発売。名称も「カイシュウ850×ハイチュウ」と、韻を踏んでいて面白い。

 企画調整室によると、これまで浄土宗オリジナルのお菓子にはお寺同士で手土産として持っていくようなものはあったが、直接檀家に配布できる手軽なものがなかったため、開宗850年を機にハイチュウとコラボしたとのこと。

 価格も通常のハイチュウと変わらず1本95円で、50本から1本単位で注文できる。500本以上注文の場合、別料金5千円をプラスすれば寺院名も入れることが可能。賞味期限は製造日から12カ月。日曜学校や花まつりなどの行事をする際に配布すれば、笑って楽しみつつ、浄土宗への親しみを感じさせる機縁となりそうだ。なお、味は一番人気のグレープ。

 850年記念お菓子は他にも、京都を代表する菓子舗とのコラボで販売中。八ツ橋(聖護院八ツ橋総本店)、千寿せんべい(鼓月)、京べにもなか(鶴屋吉信)、ラングドシャ茶の菓(マールブランシュ京都北山)の4種で、こちらは法要の際のお配り物などにぴったりだ。

2021/9/9 大震災10年 被災中学生が僧侶の道へ 一般大学から宗門大学編入 支援に感謝、地域復興の思い語る


オンラインで講演する小林瑛真副住職 真言宗智山派智山青年連合会の災害救援対策講習会「東日本大震災から10年 震災の記憶を未来につなげるために」が2日、オンライン形式で開催された。震災発生当時15歳・中学3年生だった岩手県陸前高田市・金剛寺副住職の小林瑛真さんが、「私の10年―被災者から僧侶へ」と題して基調講演した。

 小林さんは住職の娘として寺に生まれたが、当初は別の道を目指して県内の大学に進学。だが10代で経験した大震災の影響は大きく、宗門大学に編入学して僧侶になると決心。そこに至る過程などを語った。

 震災発生時、気仙中学校の全校生徒は体育館で卒業式の合唱の練習をしていた。「大きな揺れで体育館がきしんだ。普段は温厚な教頭先生の『逃げろ!』という叫び声で皆外に出て、高い所にある避難所に逃げた」

 海に近い同校では定期的に地震・津波の避難訓練を実施。そのため初期避難は「スムーズにできた」。しかし、気仙川の川底が見えるほど水が引いたのを見た時、「恐怖感が膨れ上がった」。泣き出す生徒もいたという。

 教師たちは次の避難所への移動を検討。マニュアルの避難経路では次の避難先は気仙小学校だったが、低地を通らねばならず、教師たちは危険と判断。

 「先生たちは急遽、さらに上の高台へと避難経路を変えた。今、思い返しても素晴らしい判断をしていただいた。避難するはずだった気仙小学校は屋上まで津波をかぶった。先生方の臨機応変な判断に命を救われた」

 だが、「指定避難所に避難したにもかかわらず、犠牲者が出てしまった事例が数多くあった」。友人の父親も亡くなった。「決して津波を甘く見ていたわけではない。指定避難所に到着しても、絶対に安全とは言えない」(続きは紙面でご覧ください)

2021/9/2 龍谷総合学園 SDGs達成へ高校生が発表 ジェンダーや食品ロス対策など


オンラインで全国23の高校が結ばれ協議(写真は岡山龍谷高校) 浄土真宗本願寺派の宗門校24学園72校で構成される龍谷総合学園は21日、オンラインプログラム「仏教×SDGs2021」を開催した。持続可能な開発目標(SDGs)の達成に取り組むため、全国23の加盟校がアクションプランを発表、協議した。「仏教✕SDGs」は2019年からスタート。今回はオンラインで初開催となる。

 龍谷総合学園理事長の入澤崇氏(龍谷大学学長)は、「これからの未来を作り上げるのはあなたたちです」とエールを贈り、誰一人とり残さない社会の実現に向けて行動する「まごころある国際人」への成長を期待した。

 討議テーマになったのは「ジェンダー/多様性」「食べること/エシカル消費」「SNS/対話・コミュニケーションの可能性」で、いずれも高校生にとって身近な課題。旭川龍谷高校(北海道旭川市)は「生理を恥じない世の中にしたい」というプランを発表。労働基準法第68条には生理休暇の取得が定められているが、「生理という言葉を恥ずかしいと思っている女性がほぼ全員」で、男女ともに正しい生理の知識があるわけではないため休暇を申告しづらい等の状況があるとし、インターネットなどで生理について正しい知識を啓発して生理を恥じない世の中にしたいとした。ちなみに戦後、労働基準法に生理休暇を盛り込んだ国会議員の赤松常子は本願寺派寺院の出身である。

 進徳女子高校(広島市)は目標12「つくる責任、つかう責任」に関連し、「日本を含む先進国の食品ロスが飢餓の問題を助長している」と指摘。野菜の皮など一般的には捨てられるような部位も無駄なく使う精進料理の知恵を普段の生活に取り入れ、SNSなどで発表することを提案。「仏教の知足の教えを正しく理解することで食品ロスを減らせる」と展望した。

 北陸高校(福井市)は「SNSとの仏教のかかわり」について発表。SNSには災害時の情報共有や世界中の人とのつながりを担保する可能性を持ちつつ、自分勝手な人々がフェイクニュースや誹謗中傷を流す危険性もあると指摘。「仏教の教えである、自分だけよければよいという思いからの転換、物事を色々な視点から柔軟にありのままに見ることを学ぶこと」でSNSを正しく使えるようになると呼びかけた。

 こういったプランを、3つの班に分かれて協議し、ブラッシュアップ。龍谷総合学園公式や各学校の生徒会によるSNSアカウントを作り、「仏教✕SDGs」について情報を発信していくことなどが提案された。

 今後の実践のために「仏教✕SDGs2021宣言」を発表。龍谷総合学園の建学の精神には仏教の縁起の教えが流れており、「SNSについても同じで、世界のどこかで見知らぬ誰かが取り組んでいるものではなく、私たち一人ひとりの生活に密接に関わっているはずです」として、すべての課題を「自分ごと」として積極的に取り組むことを誓った。

2021/9/2 大谷派 但馬総長が入院加療 望月参務が臨時代理


 真宗大谷派宗務所(京都市下京区)は8月25日、但馬弘宗務総長の入院加療を受けて望月慶子参務を宗務総長臨時代理に任命したと発表した。同職は宗務総長が一定期間宗務を執り行えなくなった場合に置かれ、「あらかじめ指定する参務」が任命される。

 但馬総長の入院加療期間は、「一週間から10日程度の予定」という。「病名や病状については、ご本人の希望により公表を差し控えます」としている。

 女性参務の宗務総長臨時代理就任は、「おそらく初めて」(総務部広報担当者)。前回の同職任命は2007年で、熊谷宗惠宗務総長の南米本願寺理事会出席を受けて、石川正生参務がその留守中10日間の総長職を代行した。

2021/9/2 H1法話グランプリ 日本仏教発祥の奈良で開催 10月30日 審査員に宣教師も 公募8組9人が出場


奈良県庁で記者発表を行った雲井実行委員長㊥と森圭介副委員長㊧、池尾宥亮委員 超宗派の若手僧侶による法話の祭典「H1法話グランプリ2021」が10月30日午後1時から、奈良市三条宮前町7―1のなら100年会館で開催される。実行委員3氏が8月25日、奈良県庁内で記者発表を行い、雲井雄善委員長(兵庫県神戸市・天台宗能福寺住職・52)が「各宗派の教義の優劣や僧侶個人の話術を競う大会ではない。審査基準は『また会いたくなるお坊さん』。日本仏教発祥の地である奈良は、宗派の垣根を越えて集まる場所として最もふさわしい」と熱っぽく語った。

 45歳以下の若手僧侶を対象に、初めての全国公募を実施。選考会で16宗派36組の中から8組9人の出場が決まった。

 登壇順はあみだくじで決定。①小林正尚氏(山梨県北杜市・日蓮宗見法寺住職・38)②関本和弘氏(大阪府寝屋川市・融通念仏宗大念寺副住職・44)③畔柳(くろやなぎ)優世氏(愛知県西尾市・浄土宗西山深草派養寿寺住職・43)④田中宣照氏(兵庫県神戸市・高野山真言宗西室院住職・43)⑤舟川智也氏(福岡県行橋市・浄土真宗本願寺派両徳寺住職・43)⑥野田晋明氏(愛知県春日井市・臨済宗妙心寺派林昌寺副住職・31)⑦中田定慧氏(奈良市・華厳宗隔夜寺住職・38)⑧破石晋照氏(岩手県平泉町・天台宗金剛院副住職・41)と南洞法玲氏(同・同宗寿徳院住職・42)のコンピが、各10分間の法話を行う。

 審査員と来場者の投票でグランプリを決定。審査員長を釈徹宗氏(相愛大学教授・浄土真宗本願寺派如来寺住職)、審査員をいとうせいこう(アーティスト)後藤正文(ミュージシャン)露の団姫(落語家・天台宗尼僧)の各氏が務める。キリスト教宣教師のクリスチャン・モリモト・ヘアマンセン氏(関西学院大学教授)も審査員に加わり、キリスト教の説教の観点から仏教の法話を聴く。

 当日の開会セレモニーでは、奈良市立飛鳥中学校の書道パフォーマンス部の生徒たちが釈尊の名号を揮毫。その書を大会本尊として会場正面に掲げるなど、地元と一体となって大会を盛り上げる。

 観覧料は全席自由で2千円(なら100年会館チケットセンター☎0742―34―0111)。コロナ禍の状況で席数とチケット販売数を調整する。オンラインによるライブ配信も検討中。

 雲井委員長は、「疫病が蔓延した(1300年前の)奈良時代に東大寺の大仏が建立された」と日本仏教の黎明期を追想。コロナ禍の今、「こんな時だからこそ宗教が果たせる役割があると強く信じている」と意気込みを語った。

2021/9/2 全国教誨師連盟 中川文隆理事長インタビュー コロナ禍の教誨活動

 
 昨年6月、(公財)全国教誨師連盟の理事長に神道界から初となる中川文隆氏(東京・鐵砲洲稲荷神社宮司)が就任した。新型コロナウイルス感染症の終息が見通せない中での舵取り役となった。先般、NHK報道番組で今年2月に横浜刑務所でクラスターが発生したとを報じられた。緊急事態宣言とまん延防止の範囲も広がっている。コロナ禍の教誨活動についてインタビューした。


 ――本題の前に、神社界から初の教誨師連盟の理事長に就任されました。その心境についてお聞かせください。

 中川 教誨師連盟には仏教、キリスト教、神道、諸教、各宗教の方々が集まっています。教誨活動は、矯正施設の被収容者(受刑者)に、人として罪を犯したことに対しての後悔の念を起こさせ彼らに寄り添い、共に悩み、新しい生き方について考えることに大きなウエイトを占めていると思います。例えば、刑罰を受けて入所(服役)しているけれども、何年間か我慢すれば終わりなんだと、そういう意識を持つ人に対して、宗教的な面から人間の内面に語りかけ罪意識の自覚を促し、彼らが立ち直ろうとするようにしていく。神仏の教えに添いつつ、彼らの魂を解放し、人間性の回復をはかり、社会復帰へつなげていく――こうした基本的な考えは教誨師のみなさんは持っていると思います。

 ですから、神社界出身ということはあまり意識していません。5代前はキリスト教の理事長ですから。それに結構、みんな仲が良いですよ(笑い)。

 ――コロナ禍の教誨活動ですが、横浜刑務所でクラスターが発生し、その対策をとりながら運営されているとの報道がありました。宗教教誨には、個人教誨と集合教誨と宗教行事があります。コロナ禍ではどのようになされているのでしょうか。

 中川 施設職員は感染対策には非常に気を遣っています。その中で教誨活動が厳しい状況にあるのも事実なのです。実は、各地域の施設によって対応の仕方が違うのです。ほとんどの施設ではウイルスを持ち込ませないため、外部ボランティアの受け入れを厳禁としています。

しかし宗教教誨の場合、例えば、緊急宣事態言下にある首都圏ではできないけれども、宣言やまん延防止の対象外地域では、対策をとりつつ教誨をしているところもあるのです。本来、教誨は、被収容者の宗教の自由、信教の自由を守るために行われる。彼らが教誨を受けたいと願い出たとき、東京に緊急事態宣言が出ているから、地方にある施設でもダメとなると、彼らの信教の自由に強い制限を加えることになる。そのため各施設では、どこまで教誨活動ができるのかを、慎重に決めているようです。ですから各施設によって対応が異なるのです。

 ――横並びというわけにはいかないということですね。

 中川 そうです。個人教誨ではフェイスシールドとマスクをしながら、アクリル板を立てて実施しているところもあります。集合教誨では、広いスペースのある施設では、間隔を空けて人数を制限しながら行っているところもあるようです。

  何よりも被収容者の心の安らぎが大切です。しかしながら対面できないというのは、教誨師としても心苦しい。個人教誨の場合、入所してから同じ人と教誨を重ねることが多く、相手が変わっていく様子が伝わってきます。これは個人教誨の基本だと思います。それが対面できないと、どうしているのかなと気になったりしますね。(続きは紙面をご覧ください)

8月


2021/8/26 IBYE2021 アジアの青年仏教徒がオンラインで交流 アフターコロナ、SDGs学ぶ


初のオンライン開催となったIBYE アジアの青年仏教徒の国際交流とグローバルな人材育成のための国際青年仏教徒交換プログラム(IBYE、主催=WFBY世界仏教徒青年連盟、JYBA全日本仏教青年会)が20~22日にオンラインで開催された。日本、韓国、マレーシア、インドネシア、シンガポール、バングラデシュ、スリランカなどの青年仏教徒約120人が参加し、コロナ後の世界や仏教の持つSDGs達成の可能性について学びを深めた。

 IBYEはこれまでにも日本を含めたアジアの仏教国で開催され、昨年2度目となる日本での開催を予定していたが、コロナ禍のため中止。今回は初のオンライン開催となった。

 テーマは「アフターコロナとパラダイムシフトー未来への希望」。村山博雅WFBY会長とホスト国の谷晃仁JYBA理事長の挨拶に続き、発災10年を迎えた東日本大震災や国内外で頻発する自然災害犠牲者の追悼、新型コロナ終息を願う祈りの時間が設けられた。

 初日は、相愛大学副学長の釈徹宗氏(本願寺派如来寺住職)と神戸女学院大学名誉教授の内田樹氏が基調講演した。

 釈氏はコロナ禍で生じている二項対立の問題を指摘し、世界的に感染症の対応を通じて政府が国民をコントロールする傾向が強まっていると指摘。健康とプライバシー、健康と経済など、どちらかを選ばせ人々が対立する状況があるが、「どちらかを捨てるのではなく、両者を維持しながら、その隙間を埋める心と身体が大切になる」と語った。

 SDGsでも課題に挙げられている地球環境の問題にも言及。地質学的には人類が地球環境に大きな影響を与える人新世(アントロポセン)の時代に入っており、「人類のエネルギーの過剰な部分があまりに環境に対して影響を与えている。この過剰な部分との付き合い方を仏教は教えている」と説示した。

 仏教は経済活動を否定してはいないが、「最初期から仏教はエシカル(倫理的)な経済活動を説いてきた」とし、六波羅密で説かれる布施行などを例に挙げて、現代人には「フェアとシェア」が必要だと提言。「普段からフェアネスがある社会を作っていかなければいけない」と日常生活での教えの実践を呼びかけた。(続きは紙面でご覧ください)

2021/8/26 没後50年 鈴木俊隆シンポ 北米に坐禅伝えた先駆者 根底に伝統宗学


在りし日の鈴木俊隆 北米で曹洞禅の布教に努めた鈴木俊隆(1904―1971)。没後50年にあたり、その功績を検証しようとオンラインシンポジウム「鈴木俊隆の人と禅」が21日、愛知学院大学教授の林淳氏を進行役に開かれた。サンフランシスコ禅センターを設立し、『禅マインド、ビギナーズマインド』を著し、坐禅を根付かせた先駆者だが、その根底には伝統宗学があった。 

 海外ではシュンリュウ・スズキとしてその名が知られている。1959年に渡米し、最晩年の13年間を禅布教に尽くした。

 最初に林氏のもとで研究に着手している大学院生の糸川定伸氏が、「鈴木俊隆研究の現在」と題して発表。生涯を辿りながら、「日本の禅仏教を北米に伝えた人物」と評価した。

 生前に出版された著書は『禅マインド、ビギナーズマインド』(1970)のみだが、世界24カ国以上で翻訳されているロングセラーだ。邦訳は3種。ほかに4点の著作があるが、『禅マインド―』を含めて「本人の書き下ろしではなく、英語の法話を録音し、それを弟子たちが書き起こし編集したもの」と説明した。

 日英両語文献を渉猟してきた糸川氏は「俊隆は日本の仏教史ではなく、米国の仏教史に位置づけられていることがわかった」。しかし「曹洞宗僧侶」としての側面が先行研究では軽視されており、一次資料の収集と検討により、俊隆研究が曹洞宗や日本仏教の海外開教、さらには日本仏教史研究上に位置づけられると展開した。

 南山宗教文化研究所研究員の守屋友江氏は「アメリカ仏教史における『二人のスズキ』―鈴木俊隆と鈴木大拙」を発表。鈴木大拙(1870―1966)は19世紀末に渡米し、「20世紀に入ってから大乗仏教と禅を英語」で論じ、禅思想の普及に大きく貢献した。

 曹洞宗は1920年代から北米に僧侶を派遣。その当時、俊隆は英語に堪能な忽滑谷快天が学長をしていた駒澤大学に在学。守屋氏は「俊隆の思想形成において海外に目を向ける機会があったのではないか」と推察した。

 北米の日系社会では葬式仏教が僧侶に求められたが、「『二人のスズキ』のZENは、必ずしも葬式仏教ではなかった」と説明。さらに宗教思想的な共通性として守屋氏は、「教義をフレキシブルに解釈し、普遍性と実践を重視」し、「儀式や学問のスペシャリストではなく、求道者的な在り方」をあげた。

 駒澤大学教授の石井清純氏は「Zen Mind, Beginner's Mindにみる鈴木俊隆の禅風」と題して『禅マインド―』の行間からにじみ出る俊隆の禅思想を探った。

 同著では「悟り」や「見性」には距離を置き、一元論的な理解が見られる。臨済の公案では独自の表現が見られるものの、基本には岸沢惟安や西有穆山の『正法眼蔵』理解があり、伝統的解釈に即した記述がなされているとした。「北米の個人主義的な傾向を意識した個の強調も存在する」とも話した。(続きは紙面でご覧ください)

2021/8/26 智山派教学振興会 SDGs債に初投資


 真言宗智山派教学振興会(理事長=芙蓉良英宗務総長)は20日、奨学金貸与事業を行う独立行政法人日本学生支援機構発行の債券「ソーシャルボンド」に投資したと発表した。投資額は非公表。債券購入を通して社会に貢献するという、伝統仏教教団の新しい資産運用の方法として注目を集めそうだ。

 「ソーシャルボンド」は、社会的課題の解決に資するプロジェクトに資金使途を限定して発行する債券。果実(収益)を期待する通常の投資とは考え方を異にする新しい債券で、元本保証の安全運用が大原則だ。国連で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の達成を目指していることから〝SDGs債〟とも呼ばれ、宗教法人の活動とも親和性が高いとされている。

 智山派教学振興会(旧教学財団)は、宗内の学生・研究者らを対象に奨学金支給や研究費助成などを行っている宗内団体。これまでは国債などで資産運用をしてきたが、今回初めてSDGs債にも投資した。

 日下敞啓財務部長は今回の投資について、「日本学生支援機構の奨学金貸与事業に協力することを通して、全国の一般の学生を広く支援できる」と説明。「学ぶ人を大切にしてきた学山智山の歴史をふまえた上で、微力ながら現代社会での社会的責任を果たしていこうと考えている」と話している。

2021/8/26 急変するアフガニスタン情勢 アーユス緊急報告会〝予想できない〟と現地NGO


 アーユス仏教国際協力ネットワークは24日、オンラインによる緊急報告会「急変するアフガニスタン情勢」を開催。同国で識字教育や対話を通じた問題解決などの平和活動に取り組むNGO代表が混乱する現地の状況や共生のための課題、平和活動の重要性について報告した。同NGOパートナーに活動する(一社)平和ユナイテッドの小野山亮さんが通訳と進行、アーユスの枝木美香事務局長が司会を務めた。約250人が参加した。

 同NGOが活動拠点とする地域がタリバンの支配下に入ったのは8月15日。「誰も予想できないことだった。寝る時には民主的な世界だったのが、起きたらタリバンの支配下になっていた」。タリバン支配下で生活は大きく変わり、国内避難民の発生、国外避難のために空港に集まる人たちへの発砲、タリバンへの抗議と弾圧など危険な状況が生まれている。銀行が閉鎖しており、日々の生活に困窮する人もいるという。

 9.11から間もなく20年経つが、米軍が撤退したことについて「米国は平和のためにといって、私たちのシステムを破壊した。犠牲を払ったのはアフガニスタン人で、現実には平和をもたらしていない」とその責任を問いかけた。
 
 タリバン支配下で懸念される女性の人権については「以前は女性も教育の権利があり、外で働く人もいたが今は女性たちが不安を覚えている。タリバンの報道官は正式にどうするか言っていない。何が起きるかわからず、女性たちは基本的に外出を控えている」と話し、「以前は町に出る人の半分は女性だったが今はいなくなった」とその変化を話した。(続きは紙面でご覧ください)

リスクある人の庇護を
シャンティ国際ボランティア会(SVA)事務局長
山本英里氏の話

 SVAは首都カブールをはじめナンガハル県、クナール県、ラグマン県の4カ所で教育事業を中心に活動しています。現地スタッフ34人の安否は確認できています。あらゆる手段で情報収集しているところです。

 現地ではカブールがもっとも混乱しているように思います。タリバンが短期間で制圧できた背景には地方の事情が関係していると思います。地方によっては、タリバンが攻勢を強める以前から、女性は長年培われた習慣の中で生活しなければいけないところがありました。そういう地方ではタリバン制圧後もさほど日常生活は変わらないと報告されているからです。

タリバンは女性の権利を尊重する旨の発言をしていますが、一方で制限も加えているようです。この20年、一部では女性の飛躍はめざましいものがあります。女性の権利を広げていこうと行動してきた人もたくさんいます。今まで制限されつつも、認められてきた女性の権利の後退が懸念されます。

 1990年代半ば、タリバンが政権を取るまで何十年も紛争が続きました。私はタリバン政権崩壊後の02年、アフガニスタンに入りました。ほんとうに何もない悲惨な状況でした。再びそこに戻ってしまうのか。ここで国際社会が手を引いてしまうと、切実な人道危機を招きかねないと思っています。

 コロナも深刻で、感染者の実数が把握できていない。タリバンが制圧してから急激に感染者が増加し、私たちの身近な関係者が感染か非感染かよくわからない中で亡くなったりしています。以前から脆弱な医療体制でしたので、PCR検査もできないでいます。

今回の事態を受け、一定の方々がリスクを抱えているのは事実です。その中には援助関係者も含まれます。こうしたリスクを抱えた人たちの安全を保証し、庇護を国際社会にはお願いしたいと思います。

 アフガニスタンが自国だけで課題を解決していくことは困難で、そのためにはいろんなチャンネルが必要です。その一つが私たちのような市民団体です。市民同士が関係を継続していくことは重要です。我々はつながっているとのメッセージをアフガニスタンの市民に届けることです。(談)

2021/8/19 新宗連青年会「8.14式典」風化させず、次世代へ


雨の中、六角堂に代表者が整列し祈りが捧げられた  新宗連青年会(新日本宗教青年会連盟)主催の第56回戦争犠牲者慰霊並びに平和祈願式典が今年も14日夕、降雨のなか、東京・国立千鳥ヶ淵戦没者墓苑で執り行われた。昨年同様オンラインによりライブ配信され、全国で平和の祈りが捧げられた。

 昭和37年(1962)から続くこの「8・14式典」。新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言下のため、参加者を制限して行われた。

 主催者を代表して新宗連青年会の宮本泰克委員長(妙智會教団)が挨拶。戦後76年が経ち、戦友会や遺族会の解散などが相次いでおり、「戦争の記憶が急速に風化しつつあるのではないか、と危惧する」と述べた。一方で半世紀以上にわたる式典の意義を力説し「次の世代へと伝えていかなくてはならない」と決意を披瀝した。

 続いて新宗連(新日本宗教団体連合会)の岡田光央理事長(崇教眞光教え主)が挨拶し、世界平和を祈り地道に平和への行動を重ね、近年は被災地ボランティアに従事するなどしてきた新宗連青年会の活動を評価。そして「宗教協力という崇高な理念のもとに、平和に向かって祈りを捧げる皆さまと共に、手を組みスクラムを組んで前進して参ります」と表明した。

 教団別礼拝には解脱会、思親会、松緑神道大和山、崇教眞光、善隣教、玉光神社、妙智會教団、立正佼成会の8教団が参加。降り続ける雨の中、一人ずつ戦没者遺骨を奉安する六角堂に歩を進め、それぞれの作法に則して経文や祝詞、メッセージを読み上げた。

 平和へのメッセージは、善隣教の泉愛さんが福岡県の教団本庁施設から発表。祖父母の戦争体験や教団が取り組んでいる「韓国原爆被害者救済活動」の一環で訪韓した自身の体験を紹介し、「韓国へ戻ってからの差別と偏見との戦いなど、(韓国の被爆者は)祖父母が体験した苦しさとはまた違う苦しみがあることを知りました」と吐露。そうした祖父母や韓国被爆者の言葉を「私の言葉で伝えていきます」と決意を述べた。

 最後に宮本委員長と8教団代表が六角堂前に整列し、配信視聴者と共に1分間の祈りを捧げた。

2021/8/19 土砂が墓地直撃 京都市山科区 お盆中の極楽寺


擁壁が崩れ土砂に覆われた極楽寺墓地(山科区) 8月9日に上陸した台風9号、さらにその直後から九州~東北まで広範囲かつ長期間にわたり発生した豪雨のため、各地の寺院に被害もあった。各教団は情報収集を進めている。気象庁によると、西日本での豪雨は20日をピークに続くという。

 京都市山科区の浄土宗極楽寺では14日、境内裏手の住宅の擁壁が崩落し、墓地に大量の土砂が流入。そのため墓石約100基が埋まる大きな被害となり、お盆のお墓参りに訪れた檀信徒を嘆かせた。山門・墓地入り口には黄色の立ち入り禁止テープが張られ、「危険回避の為、ご参拝はお控え下さい」という貼紙も掲示された。

2021/8/19 大本山總持寺祖院 開創700年記念ワイン 僧侶がラベルをデザイン


物産館の記念ワイン販売コーナー 曹洞宗大本山總持寺祖院(石川県輪島市)の開創700年法要が9月12~16日に厳修される。これを記念した開創700年限定ラベルのワインが、門前の商店や、のと鉄道七尾線穴水駅そばの物産館で販売されている。

 祖院とのと鉄道が企画し、能登ワイン(鳳珠郡穴水町)が製造。ロゼは香り高く爽やかな甘口で肉・魚を問わず色々な料理に合う。赤はヤマブドウとカベルネ・ソーヴィニヨンを掛け合わせた「ヤマソーヴィニヨン」で作られており、ボディの強さは満足感たっぷり。

 ラベルは瑩山禅師と定賢律師が向き合う様子で、赤には「お二人の想いが未来へ受け継がれる」との文字が力強く書かれる。定賢律師が住持していた諸嶽寺を観世音菩薩の夢告により瑩山禅師に譲ったことが總持寺の開創縁起である。

 デザインを担当した高島弘成副寺は「曹洞宗、瑩山禅師の教えが能登から日本中に広まっていったように、ワインをはじめ能登の素晴らしいものが日本中に広まっていって欲しいという思いを込めました」。ハーフボトル(360ミリリットル)で税込み1500円。

関連イベントは中止
 新型コロナウイルス感染拡大が止まらない状況に鑑み、祖院は市と協議の上でイベント「ぜんのきらめき」の中止を決定。全国曹洞宗青年会の記念行事が11・12の両日に予定されていたがこちらも中止となった。

 法要自体は厳修され、YouTubeの全曹青公式チャンネルでライブ配信される。高島副寺は「残念なことではありますが、ぜひ動画でご参拝いただければ」と話す。

2021/8/5・12日合併号 第55回仏教伝道文化賞 本賞 小川一乗氏 奨励賞 高岡秀暢氏


 (公財)仏教伝道協会(木村清孝会長)は7月29日、第55回仏教伝道文化賞選定委員会(大久保良峻委員長)を開催し、仏教伝道文化賞に小川一乗氏(85、大谷大学名誉教授、北海道北見市・真宗大谷派西照寺前住職)を選出した。沼田奨励賞は高岡秀暢氏(77、愛知県名古屋市・曹洞宗徳林寺住職)に決まった。贈呈式は10月14日午前11時から、東京都港区の仏教伝道センタービルで行われる。

 仏教伝道文化賞は国内外で仏教関連の研究や論文、美術や音楽、仏教精神を基に活動する実践者など、幅広い分野で仏教精神と仏教文化の振興と発展に貢献した人物や団体に贈られる。
 
 小川氏は長年にわたりインド仏教の根本思想を深く研究し、わかりやすく教化に尽くした。また臓器移植問題では仏教徒の視点を国会で積極的に発言するなど仏教精神を広めた。

 高岡氏は「ともに生きる」を理念に、自坊で外国人の受け入れを実践し、国籍を超えた新しいつながりを生んでいる。またネパールに伝わるサンスクリット経典や祭儀等の文化財保存活動にも尽力した。
受賞者には賞状と賞金(本賞500万円、奨励賞300万円)、記念品が贈られる。


受賞者コメント
 
小川氏 社会の中に生きる

 受賞は思いがけない報せだった。近代教学の礎を築かれた金子大栄先生は、真宗を学ぶのでないとおっしゃった。鎌倉期、親鸞聖人が仏教とどう向き合ったのか、その生き方を学ぶのだ。それが真宗の学びの基本となる、と。その言葉から受けた感銘を、これまで忘れたことはない。宗派を超え、こうした姿勢に共感していただけたと受け止めている。

 それから、臓器移植問題を巡り国会で発言したことが評価されたようだ。平成9年の公聴会だった。脳死による臓器移植は誰かの死を待つことになる。それによって誰かが助かるという人間同士のいのちのやり取りは止めるべきだ、と言った。ヒューマニズムにも限界はあるのだ。これを機に、社会の中に生きる仏教者としてその立場、考えをもう一度確認したい。

 
高岡氏 開かれた寺を実践

 ネパール仏教はあまり知られていない仏教ですが、受賞によりネパール仏教や仏教徒の方々がクローズアップされるのであれば嬉しいことです。

 ネパールで10年ほど暮らし文化財保護の活動をしていたご縁で、日本で住職になり、約20年前からネパール留学生たちの生活面での支援、医療やビザの問題のサポートを始めました。アジアやアフリカの人々の支援もしてきたなかで、昨年はコロナ禍でベトナム人の受け入れをし、それが報道されました。私にとっては長年の交流や活動があり特別なことではありません。ただ報道のおかげで資金的サポートをして下さる方もいて有難いことでした。

 住職になるときにお寺を支えてくださる方に「開かれたお寺にしたい」という思いを話しましたが、その実践です。

2021/8/5・12日合併号 残ったろうそくで福祉施設支援 曹洞宗僧侶が連携し支援 


施設の利用者にろうそくを手渡す和田住職(左)ら 茨城県取手市の障害者福祉センターふじしろで7月26日、利用者が手作りする着火剤の材料に役立ててもらおうと、神奈川県川崎市内の葬儀社などでつくる「川崎葬祭具協同組合」が、燃え残ったろうそく約200㌔を寄贈した。

 呼び掛けたのは曹洞宗茨城県宗務所の山﨑孝裕所長(つくばみらい市・瑞原寺住職)。ろうそくが不足していると知り、昨年、施設を訪問。「楽しそうに作業しているのを見て、利用者たちの家族の笑顔が思い浮かんだ。支えになりたい」と協力を決めた。

 県宗務所などの広報誌に援助を求める投稿を掲載すると、永平寺(福井県永平寺町)や總持寺(横浜市鶴見区)の両大本山からも届けられた。

 同組合に働き掛けた曹洞宗大乗院(川崎市中原区)の和田学英住職は、「ちょっとしたきっかけで、ものが生まれ変わる素晴らしい取り組み」と話した。

 この日、藤井信吾・取手市長ら関係者約20人が贈呈式に出席。同組合顧問の橋本勝・川崎市議会議長は「議会でも積極的に応援していきたい」と賛同。同組合理事長の齋藤隆・川崎葬儀社代表取締役は「葬儀などで使用したろうそくはそのとき限りで廃棄する。それがこのように好循環を生み出し喜ばれる。支援を続けたい」と述べた。

 同組合加盟の葬儀社は1年間に、市内の約3割にあたる約3千件の葬儀を執り行っているという。市に許可を得て、今後、火葬場にろうそくの回収ボックスを設置する予定だ。着火剤は茨城県内などのホームセンターで販売。売り上げは利用者の収入となる。

2021/8/5・12日合併号 臨済宗妙心寺派 ハラスメント防止委が発足 相談窓口のあり方検討


初招集の委員会で多角的に検討 臨済宗妙心寺派(野口善敬宗務総長)は7月27日、京都市右京区の宗務本所で第1回ハラスメント防止委員会を開き、委員7氏(うち女性は3氏)への委嘱状手交とハラスメント防止規約案の運用課題の検討を行った。宗務本所でのハラスメント行為の調査と事実認定のあり方から、調停・解決に至るまでの道筋について、規定される具体例を挙げながら議論を深めた。

 ハラスメント防止委員会の委員長に佐竹浩久・妙心寺派人権擁護推進委員長(宮城福島教区・建徳寺)、委員に三品桂子・同副委員長、河合宗徹・前同委員長(京都両丹教区・成徳寺)、橋本和明・花園大学社会福祉学部臨床心理学科教授、秦美香子・同大文学部日本文学科教授、清水勇磨・宗務本所職員、五十川実貴・同職員が就任。任期2年で、妙心寺派人権擁護推進委員長と宗務本所外部の有識者4人(2人以上は女性)、職員組合(養心会)から推薦された者2人(1人以上は女性)で構成されることになっている。

 最初の接点となる相談窓口を、総務部職員1人・同法務部職員1人、花園会館部職員2人が担当。運用上の主な課題として、「相談窓口からどのように事案を上げ、誰がいつハラスメント行為の調査と事実認定を行うのか」が検討された。

 委員の一人は「相談者保護」の観点から、「相談者が何を求めているのか。調査か調停か、話だけ聞いてほしいのか、明確にする必要がある」と提起。規約案では委員会派遣の調停員が委員会招集前にハラスメント行為の事実関係を調査するという流れになっていたが、「調停員2~3人で事実関係を決めていいのか。調停と調査が(案では)ごっちゃになっている。事実を認定してから解決のために調停するというのが順序。ハラスメントの事実の有無の判断は、やはり委員会がすべきではないか」との意見を述べた。

 相談窓口を担当することになる職員は、「窓口は自分の意見を言わずにひたすら聴き、委員長(もしくは委員)にそのまま伝えればよいのか」と質問。窓口担当の職員にかかる精神的なプレッシャーを和らげる面も含めて、「窓口が直接相談に乗るわけではない」など職務範囲が明確に示された。

 相談窓口用の記入式「受付シート」等の試作紙も提示。次回以降も規約案第2条の「宗務本所は、職場における人権侵害行為を許さない」という宣言に則って、多角的に検討を重ねていく方針。

2021/8/5・12日合併号 お寺の戦伝遺産を歩く A級戦犯遺骨の行方㊦ 江戸川区国柱会「妙宗大霊廟」 文京区護国寺「身代地蔵尊」


A級戦犯として死刑に処せられたのは土肥原賢二(元陸軍大将)広田弘毅(元首相)板垣征四郎(元陸軍大将)木村兵太郎(元陸軍大将)松井石根(元陸軍大将)武藤章(元陸軍中将)東條英機(元首相・陸軍大将)の7人。昭和23年(1948)12月23日未明に執行され、その日のうちに横浜・久保山の斎場で荼毘に付された。遺骨は米国の第8軍によって太平洋に撒かれたものの、残骨・遺灰は秘かに運び出された。翌昭和24年(1949)5月、熱海市の興亜観音に落ち着いた。興亜観音では毎年のご供養を欠かさない。

A級戦犯の東條・木村・板垣の遺骨を納める国柱会妙宗大霊廟 東京都江戸川区一之江にある国柱会の妙宗大霊廟。昭和3年(1928)に竣工した霊廟は、近代の合祀墓としては嚆矢に近いだろう。昭和30年(1955)9月、ここに板垣・東條・木村の遺骨が納められた。「大東亜戦争のA級戦犯として、悲運の最後を遂げた七人の遺骨が、昭和三十年に厚生省からそれぞれの遺族へ渡された。東條英機、木村兵太郎両元大将の未亡人は、板垣喜久子夫人の勧めによって、その遺骨を妙宗大霊廟に納鎮することになり、昭和三十年九月二十四日の秋季彼岸大供養会に際し、三霊位一緒に霊廟に納鎮された。因みに巷間A級戦犯の遺骨について憶測されているが、このように国家が正式の手続きをもって、遺族に遺骨は渡されているという事実を明らかにしておきたい」(『国柱会百年史』)

 すなわち妙宗大霊廟の遺骨は、興亜観音のそれとは異なった経緯を辿っている。昭和28年(1953)12月14日、横浜の久保山火葬場でBC級戦犯の遺骨発掘式が行われた。戦犯遺骨は米国第8軍によって海に撒かれたため、本来は存在しない。しかし残りの骨灰が埋められていた(捨てられていた)ことがわかっていた。

 遺骨を53等分

 発掘して集まった遺灰は、BC級戦犯刑死者にあたる53等分された。翌日には東京・護国寺で追弔会が営まれ、遺骨の一部は平和観音(身代地蔵尊)に納骨された(「仏教タイムス」1953年12月15日号)。

 この時に集められた遺骨は、後日(1955年4月)「復員局の一室でひっそり七人のものを引き渡したという」(千葉光則『東京裁判』)。国柱会の記述はこのことを指している。刑死した広田弘毅の生涯を描いた城山三郎著『落日燃ゆ』では、経緯がいささか異なるが、「昭和三十年四月、厚生省引揚援護局は、この骨灰を七等分し、それぞれ白木の箱に納めて、各遺族に引き渡された」とある。ただし広田の遺族は引き取りを断ったという。

護国寺境内にある身代地蔵尊。BC級戦犯の一部遺骨を納めているが、A級戦犯の遺骨も含まれている可能性がある 視点を変えれば、護国寺の身代地蔵尊にもA級戦犯の遺骨が眠っている可能性がある。地蔵尊はスガモプリズンの戦犯教誨師で豊山派僧侶の田嶋隆純(1892~1957、大正大学教授)が発願。昭和28年(1953)2月の涅槃日に建立された。説明石板の題字「身代地蔵尊」は曹洞宗の高階瓏仙管長が揮毫した。

 興亜観音の遺骨は昭和35年(1960)6月、松井石根の出身地である愛知県の三ヶ根山(西尾市東幡豆町)に分骨された。現在、同地には「殉国七士廟」が建つ。

 また長野市には、「前島照定」が建てた「七光無量寿之墓」がある。A級戦犯の骨灰を納めているという(住本利男『占領秘録』)。久保山火葬場の場長だった飛田美善から日本独立後の昭和27年(1952)5月22日、前島に届けられた(同著)。

 飛田は最初の入手に関わっているのは確かだが、長野に届けたのであれば、興亜観音に納めた遺骨とは別に持っていたことになる。この経緯は今後の検証・研究課題となろう。(敬称略)

7月


2021/7/22・29日合併号 仏教タイムス創刊75周年 再録「本紙創刊10年の回顧」「教学新聞の思ひ出」 

 
 弊紙仏教タイムスは7月25日で創刊75周年を迎えた。原爆投下からおよそ1年後の昭和21年(1946)のこの日、常光浩然(1891~1973)によって仏教タイムスは広島で呱々の声をあげた。常光は昭和25年(1950)10月に上京した。昭和27年に開催する第2回世界仏教徒会議日本大会を実行するため、盟友ともいえる中山理々(1895~1981)が強く働きかけたのである。その中山も以前は『教学新聞』を経営していたが、この頃は休刊中で、昭和28年には仏教タイムスに合流した。創刊75年にあたり、創刊10周年時の常光の回顧録と中山の『教学新聞』合流時の原稿を再録する。(一部、改行や句読点を補ったが、ほぼ原文のまま掲載)




常光浩然 再録「本紙創刊10年の回顧」常光浩然
 本年はわが仏教タイムスの創刊十年にあたるので、過ぎし十年の歩みの跡を顧みるとまことに感慨無量なものがある。そもそも本紙創刊の動機は、他の新聞のそれとは、やや趣きを異にしている。それは有史以来人類がかって経験したことのない恐るべき原子爆弾に関連がある。広島市民の大半は、昭和二十年八月六日午前八時一瞬の閃光と共に白骨と化し、あるいはこの世の人とも思えぬ悲惨な形相となり、あるいは幸に負傷を免れたと思って喜んだ者も相ついで原子病の症状が現れて、たちまちにして死亡するというまことに恐ろしい悪魔の洗礼をうけたのである。このような大混乱につづいて、やがて米軍が上陸すれば、鬼畜の如き残虐行為をあえてするであろうという不安が生じ、海岸地帯の人は恐怖のあまり、奥地へ奥地へと避難する人々の群を見るに至った。

昭和30年(1955)7月25日号の回顧録 こういう事態に直面した時、広島県下仏教寺院の有志者の中から、この時こそ仏教家が立ち上って、人心の安定に努力すべきであるという声が盛り上り、それが漸次具体化し、ここに「仏教伝道協会」を打ち建てた。その機関紙として創刊せられたのが、外ならぬわが『仏教タイムス』であった。時に昭和二十一年七月二十五日である。当時の社会の状況は、用紙を手に入れることも、容易なことではなく、また印刷機械も他の大都市の戦災で、なかなか見付からぬ有様であった。かような悪条件の下にあって、よく万難を排して、とにもかくにも毎月刊行をつづけ得たことは、今から思うと奇蹟ともいうべく、全く快心の至りである。

 仏教伝道協会は、講演会、座談会等を各地で開催し、人心の安定をはかると共に童謡、舞踊、仏教浪曲、仏教琵琶、仏教劇、盆踊等、あらゆる情操方面から呼びかけ、手段をつくして沈滞し切った県民に、明るい気持ちを持たせることに努力し、着々業績を挙げ成果をおさめた。時の仏教タイムスはこれを雄弁に物語っている。

 本紙は、戦後五カ年の間、広島県下全般にわたって、あらゆる意味の伝道事業をつづけたのであるが、やがて世の中も落ちついて来るとともに、東京仏教界の有志たちのすすめがあって、昭和二十五年十月、本紙を東京に移し、ひとり広島県下の一地方に限定せず、日本全国に向って、新たに仏教運動を起すことにした。(続きは紙面をご覧ください)





中山理々 再録「教学新聞の思ひ出」中山理々
 『教学新聞』の歴史は古い。大正十二年関東大震災の直後に遡りうるだろう。焼け野原となった浅草の一角に東本願寺の仮本堂が立った。その復興事務局の指揮者としてみえた御連枝大谷瑩潤師が小笠原義雄君に文書伝道として教学新聞を創刊させた。その後大東出版社長として岩野真雄氏が引き受け更に奥田宏雲氏の手に渡って日蓮宗の田中謙秀氏の後援する所となった。然るに昭和十六年の暮、時しも太平洋戦争勃発の直後、私に経営を一任された。私は年の瀬に迫った十二月二十三日に引きつぎ最初の号を出したがそれは第二千三百五十号であった。(続きは紙面をご覧ください)

2021/7/22・29日合併号 大雄山最乗寺参道で土砂崩れ 4県25カ寺に豪雨被害


神奈川県南足柄市の最乗寺で発生した信徒会館前参道の土砂崩れ 活発な梅雨前線の影響で今月、全国各地が記録的な豪雨に見舞われ、曹洞宗では関東・山陰地方4県(神奈川・千葉・鳥取・島根)の25カ寺で土砂崩れなどの被害が確認された。鳥取県倉吉市の大慈寺では土砂崩れで本堂が全壊し、島根県松江市の南正寺では同じく土砂崩れで鎮守堂が破損した。

 神奈川県(神奈川第1宗務所)では南足柄市の大雄山最乗寺のほか、秦野市の2カ寺と小田原市の1カ寺で土砂崩れがあった。千葉県(千葉宗務所)では、鋸南町の日本寺で土砂崩れと倒木があり、鴨川市の1カ寺でも土砂崩れがあった。鳥取県(鳥取宗務所)では大慈寺のほか、鳥取市の1カ寺で境内地に土砂が流入した。

 島根県(島根第2宗務所)では南正寺のほか、出雲市の荘厳寺の屋根が破損。そのほか安来市の4カ寺と松江市の4カ寺、雲南市の3カ寺、飯南町の2カ寺、出雲市の2カ寺の計15カ寺で土砂崩れなどの被害があった。

2021/7/22・29日合併号 宇宙寺院 劫縕寺打ち上げ 醍醐寺で概要を発表


人工衛星のモデルと仲田住職 宇宙から祈りが降り注ぐ―今年2月に開山が発表された宇宙寺院「劫蘊寺(ごううんじ)」(仲田順英住職)の概要が21日に真言宗醍醐派総本山醍醐寺の霊宝館(京都市伏見区)で発表された。この日はアポロ11号が月面に着陸した日。大日如来尊像と両界曼荼羅、それに祈りや供養のデータを搭載した人工衛星は地球の上空1000㌔以下の地点をゆっくりと回転。あらゆる生きとし生けるものの平和と安寧を願う。

 劫蘊寺は人工衛星開発企業の㈱テラスペース(京都市左京区)が開発する超小型衛星(縦20㌢横10㌢高さ30㌢)で、2023年11月の打ち上げに向けて準備を進めている。仲田住職は醍醐寺執行でもあるが、「醍醐派だけでなく広く真言宗、さらには各宗派の方にも共用の宇宙寺院として利用していただきたい」と述べ、宗派を問わず協力寺院を募集することも発表した。

 協力寺院はそれぞれの方法で祈願や供養を行い、映像や音声、戒名、さらには遺伝子情報などを電子データ化する。このデータを劫蘊寺が集積して搭載し打ち上げる。協力寺院の考えや教義にもよるが、ペット供養や人形供養のデータも受け付けられるという。

 テラスペースの北川貞大代表(劫蘊寺責任総代)はデータに偽造不可能な鑑定書を付ける「非代替性トークン」の技術を利用することで「宇宙寺院に載せられたデータが、正式な僧侶によって供養された唯一無二のものであるということが証明できる」と説明。北川氏は「遺骨や遺髪と違ってデータは質量がないので、従来の宇宙散骨などに比べるとお求めやすい価格で宇宙での供養を提供できる」とも話した。

 劫蘊寺の位置・軌道を確認したり、劫蘊寺からの案内が提供されたりする専用アプリも現在開発中。劫蘊寺は未来永劫宇宙に浮かぶわけではなく、5~10年程度で流れ星となり、宇宙の一部になると説明している。

 協力寺院の申し込みは劫蘊寺公式ホームページ(www.gounji.space)から。

2021/7/22・29日合併号 核兵器禁止条約 批准求め長野ネット結成 共同代表者の一人に若麻績敏隆氏就任


結成総会で講演する若麻績住職 日本政府に対し核兵器禁止条約の批准を求めて活動することを目的に「ヒバクシャの願いをつなぐ~核兵器禁止条約をひろげる長野ネット」(長野ネット)が結成され、総会が18日、長野県教育会館(長野市旭町)で開催された。

 2017年3月に結成された「ヒバクシャ国際署名長野県推進連絡会」の後継組織。同連絡会は2020年12月までに26万8563筆を集め、今年1月に「核兵器禁止条約」の発効を機に解消した。長野ネットは日本の同条約の早期批准を求めて署名活動や学習会を行う。結成総会までに22の団体個人が参加を表明。長野県原爆被害者の会の藤森俊希会長や無言館(上田市)の窪島誠一郎館主ら9人が代表世話人を務める。
 
 結成総会の記念講演では代表世話人の一人として名を列ねる善光寺白蓮坊の若麻績敏隆住職が「戦争・ジェンダー・仏教」と題し講演した。

 被爆者の藤森氏が国連で演説した「同じ地獄をどの国のだれにも絶対再現してはならない」という願いと、仏教が説く「怨みは怨みを捨ててこそ止む」の教えが同じ境地にあると指摘。「戦争を始めるのも心、平和を願うのも心」と説示した。

 子どもたちが描く自由画から男女の世界観の違いを考察。男児が乗り物や武器といった「闘争的世界観」、女児が自然物や人間などの「楽園的共生的世界観」を対比させた。男性に「闘争的世界観」があるものの、ブッダやイエスは修行などによって「心の中に共生的世界観を包括した。人間的な完成にむかうに従い統合がおこる」との見方も示した。

 そのうえで「世界の指導者の多くは無意識的に男性の闘争的世界観に依拠して、世界を認識している」とし、政治や意思決定の場に「半分近くは女性が関わっていかないと現状が回復しない。核兵器や環境問題など地球が持たない」と警鐘を鳴らした。

 総会では参加者が核廃絶と平和への思いを共有した。今月31日には長野駅善光寺口で署名活動と街頭宣伝を行う。

2021/7/15 大谷大学 国際学部がJAL・JTBと連携講座 グローカル思考を学ぶ


左から木越学長、JAL京都支店長の安部圭太氏、JTB京都支店長の上山裕之氏 大谷大学(京都市北区)は国際学部の講座として、航空会社大手のJAL、旅行会社大手のJTBと協同した「グローカルキャリア論」を9月からスタートする。観光企業との産学連携は同大で初めて。訪日外国人が増える社会を鑑み、「身の回りの国際化」から多文化共生を実現できる人材育成を目指す。グローカルとは地球規模(グローバル)の視点から地域(ローカル)を考えること。

 グローカルキャリア論は全16回の講義。JALは航空・ホテル・テーマパークなど様々な職種におけるホスピタリティ(おもてなし)やダイバーシティ(多様性)を、客室乗務員が実体験に即しながら教える。JTBは「インバウンドとアウトバウンド」「顧客分析・マーケティング」などを教え、京都の大学生が修学旅行生と一緒に観光する「京都B&Sプログラム」への参加、さらにはシンガポール支店と中継して現場の声を聞く。

 JAL産学連携部の白川和美氏は「どうやって人とコミュニケーションをとってより良い関係を早期に築いていけるのか、これから社会に出ていく学生たちにヒントを感じ取っていただければ」と抱負。JTB京都支店長の上山裕之氏はコロナ禍で旅行業界も人の流れが止まり「トラベル以外の事業をどうやっていくのかを色々トライアルしているところだった」と明かし、共同事業の成功は業界にとってもプラスだと期待した。

 木越康学長は「学生は世界の動きがそのまま自分の生活に大きく影響を与え、自分の行動が他者に大きな影響を与えることを肌で感じている」と話し、グローカルな視点はますます必要になっていることを強調。連携講座で学生たちへの教育ができることを喜んだ。

2021/7/15 世界救世教 熱海土石流災害で後方支援 緊急車両の駐車場提供


3日に土石流があぅた熱海市伊豆山  写真提供=(宗)世界救世教  静岡県熱海市で3日に発生した土石流災害。懸命な捜索活動が続くなか、発災地に近い世界救世教は境内を緊急車両などの駐車場として提供するなどの後方支援を行っている。

 世界救世教は人命尊重と災害救助を最優先に、自治体の要請をうけ、被災地域に隣接する聖地「瑞雲郷」境内地のすべての駐車場を提供した。自衛隊や警察、消防などの緊急車両の駐車場として活用されている。救助隊の休憩所として研修施設も開放。救急作業にあたる消防隊員らに風呂が提供された。

聖地瑞雲郷の境内が緊急車両の駐車場として提供された 写真提供=(宗)世界救世教  瑞雲郷内にあるMOA美術館は発災直後に十数人が一時避難。避難者はその後に自治体が設置した避難所に誘導され無事だった。MOA美術館は8日の木曜日まで臨時休館し、駐車場などの対応をとった。

 広報委員会は「実際に(災害が)起こってみると、何ができるかというよりも、求めに応じることだけですが、できる限りの支援に努めて参りたい」と話した。

 被害のあった伊豆山地域には世界救世教が包括する、いづのめ教団・東方之光の信徒もいるが、建物被害はあったものの、人的被害はなかったという。

2021/7/15 日本禁煙学会 平泉町と2カ寺に抗議書 SDGsに違背 タバコ会社の加熱式喫煙所


 世界遺産で知られる岩手県平泉町が、タバコメーカーのフィリップモリスジャパン合同会社と包括協定を締結し、中尊寺、毛越寺門前の町営駐車場に加熱式タバコ専用喫煙所を寄贈したことに対し、(一社)日本禁煙学会(作田学理事長)は14日、抗議の書簡を二寺一町の関係者に送付。フィリップ社との包括協定の破棄を求めている。

 同学会は加熱式タバコも従来のタバコ製品と同様に有害で、包括協定が「持続可能な開発目標(SDGs)」と、世界保健機関(WHO)が主導する「タバコ規制枠組条約(FCTC)」に違背しており、世界遺産と宗教的権威が狡猾に利用されている、と警鐘を鳴らし注意を喚起している。

 同学会の監事で、禁煙推進活動で知られる、東京・巣鴨のとげぬき地蔵尊高岩寺の来馬明規住職は、「加熱式タバコも、罪なき喫煙者をさらなるニコチン依存に陥れることを意図した製品。国際的な公害産業として悪名高いタバコ会社にだまされたようだ。神社仏閣は一切のタバコ製品を近づけず、タバコ産業と関わらないことが求められる」とコメントしている。

 フィリップ社は「たばこの煙のない平泉町を目指す」プロジェクトを今月1日から始動。中尊寺と毛越寺の町営駐車場に3カ所の加熱式たばこ喫煙所が新設された。

2021/7/15 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<番外・人物編②>一隅を照らすと忘己利他に生きた近現代の天台僧 葉上照澄と関口亮共


 【葉上照澄】
 戦後二人目の千日回峰行者として知られる葉上照澄(1903~1989)。その回峰は海外へも及び、イスラームとの対話に先鞭をつけた。

 岡山県の寺に生まれ、地元旧制六高を経て東京帝大に進み、ドイツ哲学を専攻し、哲学者フィヒテについて研究した。卒業後は開学して間もない大正大学の教壇に立った。教え子には後に大正大学学長となる佐藤密雄(鎌倉大仏高徳院)や中村康隆(後に浄土門主)らがいた。しかし日米開戦から間もない時期に大学を辞めて帰郷した。

 1947年比叡山で千日回峰行に入った。マッカーサーが日本の精神年齢は12歳と言ったことを聞き、「もう一度、若い者の教育を建直さなければいかんと考え、それには先ず自分からだ」(葉上著『願心』)と決意。40歳半ばで回峰行を始めたのだった。

 葉上のユニークさはその後である。円覚寺の朝比奈宗源の要請を受けて1975年12月、日本イスラム協会の代表と共にエジプトのカイロへ飛んだ。名門アズハル大学の総長と会見し、来日を促した。翌76年6月に総長は来日し、世界連邦日本宗教委員会主催の第8回大会で講演した。「これがフォーマルには日本宗教者とイスラムとの最初の出会い」と葉上は記す(同)。77年5月にはエジプトのサダト大統領と会談。その時に「照于一隅」の軸を贈り、「ポストにベスト」という意味だと伝えた。(続きは紙面でご覧ください)


 【関口亮共】
 関口亮共(1913~1982)については4年前、布川玲子・伊藤京子編著『教誨師 関口亮共とBC級戦犯』(日本評論社)が出版された。孫の伊藤京子が2015年春、本堂内から発見した「資料」を編集したもので、これにより関口がシンガポールのチャンギー刑務所で戦犯教誨師だったことが知られるようになった。

 関口は川崎大師に近い、明長寺(川崎市)に生まれた。1936年に大正大学を卒業(大学時代、教授だった葉上と出会っている可能性が高い)。地元小学校の教員となり、間もなく召集され中国大陸に渡った。2年後に召集解除となり帰郷した。1943年6月に臨時召集され、シンガポールに派遣され、現地で終戦を迎えた。

 連合国はポツダム宣言で「戰爭犯罪人ニ對シテハ嚴重ナル処罰ヲ加ヘラルベシ」と明記。BC級裁判では捕虜虐待や人道に対する罪などが問われ、934人が刑死した。

 関口は僧籍を有していたことからチャンギー刑務所の教誨師に選任された。前任は大谷派の松浦覚了、後任は日蓮宗の田中本隆(日淳)である。関口が教誨師として活動したのは1946年5月から翌年3月のシンガポール出港までおよそ10カ月。同著によれば87人を見送った。この数は、他の戦犯教誨師に比しても圧倒的に多い。スガモ刑務所では、A級を含めて刑死者は60人であることからもそれが理解できよう。

 戦犯遺書を収載した『世紀の遺書』をめくると、「昭和21年9月11日」チャンギーでは10人が執行されている。その中に自分より若い人もいた。26歳の憲兵曹長は両親にあてた遺書の中で、「遺髪を送ります。(略)一つは関口と云ふお坊さんに托しました」と記している。(続きは紙面をご覧ください)

2021/7/8 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<番外・人物編①>一隅を照らすと忘己利他に生きた近現代の天台僧 半田孝海と山本慈昭


 前号で妙法院門跡の杉谷義純門主が、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世が来日(1981)した際に、「己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」を述べ、これを耳にした山田恵諦天台座主は感激し、宗教協力による平和構築への道を力強く歩み出したことを紹介した。「忘己利他」と共に『山家学生式』には有名な「一隅を照らす、これすなわち国宝なり」がある。教団運動「一隅を照らす運動」の根源である。

 忘己利他と一隅を照らす――この精神を苦難の中で体現した近現代の天台僧がいる。とりあげるのは、生年順に半田孝海(1886~1974)山本慈昭(1902~1990)葉上照澄(1903~1989)関口亮共(1913~1982)の4人。共通するのは戦争が人生を大きく変えたことである。

半田孝海 【半田孝海】
 半田孝海は、第256世天台座主半田孝淳(1917~2015)の師父に当たる。茨城県水戸市の生まれで、幼少時に長野・別所温泉の常楽寺住職半田義海の養子に入った。旧制七高(鹿児島)卒業後、東京帝国大学に進み、心理学を専攻した。学者の道を志していたものの、養父が病気で倒れ、31歳で常楽寺住職となった。地元ではお寺を中心にさまざまな文化活動を行った。

 終戦は59歳の時だった。その後、長野県俘虜殉難者慰霊実行委員会委員長を務めた。長野県内で強制連行されてダム建設などに従事させられ死亡した中国人が多数いたことに胸を痛め、慰霊や遺骨送還事業に努めた。1964年11月の第9次遺骨送還団で半田孝海は副団長として訪中し、周恩来首相ら要人と会見した。もちろん、日中国交正常化以前である。

 他方、1954年3月1日のビキニ水爆実験は、日本の原水爆禁止運動のきっかけとなり、長野県でも運動が盛り上がった。翌1955年には原水爆禁止署名運動長野県協議会が発足し、県仏教会会長であった孝海は役員の一人となった。同年8月の原水爆禁止世界大会(広島大会)には県の団長として参加した。すなわち最初の世界大会に仏教者として参加したのである。運動が紆余曲折しながらも孝海は原水爆禁止に生涯を賭した。(続きは紙面をご覧ください)

山本慈照 【山本慈昭】
 半田孝海が副団長を務めた第9次遺骨送還団メンバーの1人が山本慈昭であった。山本は「中国残留孤児の父」と呼ばれる。1902年長野県に生まれ、8歳で僧侶の道へ進み、長野・善光寺、比叡山で修行し、叡山学院で学んだ。そこで「一隅を照らす」を教えられた。ハワイ別院を経て1937年、長野県阿智村の長岳寺住職となった。同時に地元国民学校の教員を兼務した。

 本土空襲さなかの1945年5月、学校教員として「阿智郷開拓団」に加わり、妻と4歳と1歳の幼い娘と共に渡満した。当初は固辞したが、有力者から何度も説得されての決心だった。満州に渡り3カ月後、ソ連軍が侵攻。満蒙には27万の開拓団員がいたが、8万人が犠牲になった。慈昭はシベリアに抑留された。待っていたのは厳寒の中での過酷な労働であった。

 2年後に帰国できたものの、家族の死亡と開拓団のほとんど全滅が知らされた(最近の資料では、約190人の団員のうち、帰国できたのは47人とされる)。慈昭は開拓団家庭をまわり状況を調べた。それは「阿智村・満州死没者名簿」としてまとめられた。また中国人労働者が長野県内で犠牲となっていることも初めて知った。関係者から中国人の遺骨と位牌を託され、1964年の第9次遺骨送還団のメンバーとなり、周恩来首相と会見することもできた。

 その後、中国に残された日本人孤児から手紙が届いたのが契機となり、日本人孤児の帰国事業に着手。1970年にNHKの協力で日本語と中国語で活動が紹介されると大きな反響があり、日中両国から多くの手紙が届いた。

長女と再会
 日中国交正常化の翌1973年には「日中友好手をつなぐ会」が結成され、慈昭は会長に就くが、運動は私財を投じてだった。この年に一人の孤児が帰国できることとなり、母との再会がかなった。以降、多くの孤児が肉親と涙の再会を果たした。(続きは紙面をご覧ください)

2021/7/8 善通寺派宗会 開運商法 勝訴を報告 詐欺グループ警戒呼びかけも


 真言宗善通寺派(齋藤弘道宗務総長)の第117次臨時宗会(生駒琢一議長)が6月25日、香川県善通寺市の総本山善通寺内宗務庁に招集された。宗費未納寺院への対応強化による不活動法人対策と、宗派の勝訴で終結した開運商法詐欺事件の再発防止について議論を深めた。

 岡山県内の所属寺院(昨年3月に宗派離脱)が開運商法詐欺に関与していた事件で、包括法人である善通寺派の監督責任も問われた民事裁判について、福原昌文総務部長が報告。「末寺のしたことで本山の責任が問われた今回の裁判は、宗派でも全日本仏教会でも初めてのこと。裁判の結果によっては各宗派の本山に波及してしまうため、和解ではなく完全勝訴でなければならないと思って裁判に臨んだ」とし、「完全勝訴で3月31日に結審した」と説明した。

 福原総務部長は、「被告とされた住職は『自分も(詐欺グループに)言葉巧みに騙されていた。自分は加持祈祷を一生懸命しただけ』と言っていた。だが、5600万円もの損害賠償を命じられる結果になった」と慨嘆。全所属寺院に、寺院を狙う詐欺グループへの警戒を怠らないよう呼びかけた。

 東京地裁で4年以上続いたが、議員からは同様の裁判の再発を危惧する声も。「宗派の勝訴だけでなく、末寺を救済する」(生駒議長)観点から危機意識を共有した。

 神野元道議員(愛媛県東温市・医王寺)は、「本山が宗費未納寺院の運営実態を確認する」必要性を提起。「不活動でも法人格は生きている。本山が確認していないと、そこを狙われる」と憂慮した。

 齋藤総長は、「不活動でも解散しない限り、法人は生き続ける」と指摘。「各支所と連携して把握していく」考えを示した。(続きは紙面をご覧ください)

2021/7/8 駒澤大学 元気だして!学生に食品配布 コロナ禍で3千人分 企業も協賛

声をかけながら学生に食料品を手渡した各務学長 新型コロナウイルスの影響で食に困る学生を支援しようと、駒澤大学(各務洋子学長)は5日、東京都世田谷区の駒沢キャンパスで食料品を無料配布した。米や水など約3千人分を用意し、カルビーや敷島製パンなど協賛企業からも食品が無償提供された。

 コロナ禍を受け実施する食支援プロジェクトの第2弾。前回は5月に、災害発生時用の備蓄品のうち、食品ロス削減につなげる意味も込め、賞味期限が近いカレーライス6千食を配った。

 今回は開催にあたり、東日本大震災の被災地支援も兼ねて福島県産の米(1合、約3千袋)とペットボトルの水(約2千本)を購入。ほかにも同大附属苫小牧高所在地の北海道苫小牧市のご当地カレー「ほっきカレー」(約2千個)などを準備した。

 さらに協力を依頼したカルビーや敷島製パン、全国包装米飯協会から賛同を得て、人気のグラノーラ(2種、計4千袋)や食パン(3枚入り1千袋)、パックご飯(1人3パック、3千人分)が無償提供された。

 会場の記念講堂では、入学・卒業式でのみ開帳される一仏両祖が出迎えた。学生たちは入り口でQRコードを読み取り、経済的な困窮があるかなどの簡単なアンケートに回答。昼休みになると大勢が列をつくった。

 職員にまじって声をかけながら食料品を手渡した各務学長は、「少しでも元気になってほしいとエールを送る気持ちでしたが、『おいしいものが食べられて、うれしい』といった学生の声を聞いて、反対に元気づけられました」。福島県出身の学生も多いといい、「今年で震災発生から10年の節目。こうした形ですが、改めて応援する思いを大学全体で共有できたら」と語った。

 一人暮らしをする経営学部の学生(18)はコロナ禍でバイトの収入が減っているといい、「仕送りを頼むのも申し訳ない。食費を抑えているので、助かります」と話した。

 同大では現在、履修者数によってはオンラインの授業も行っていて、1日に登校するおおよその学生数に合わせて食料品を準備。配布は9日までで、先着順とした。

 食支援プロジェクトは継続して実施する予定で、協賛企業・団体を募集している。担当者によると、日本学生支援機構の修学支援制度を利用した昨年度の学生・大学院生数は給付型が700人以上で、貸与型はのべ計約4500人だった。今年度の利用者は昨年度よりも増えているという。

2021/7/8 お寺の戦伝遺産を歩く12 宇治市靖国寺 靖国神社からの分霊祀る 〝勤王僧〟中井祖門が建立


分霊を受けた戦没者240万人余の霊璽簿と祖英東堂 京都府宇治市の曹洞宗靖国寺(中井英生住職)は、靖国神社から分霊を受けた戦没者を祀る、存在そのものが戦伝遺産という寺院だ。その経緯に触れるには、まず開基和尚である中井祖門(1880~1964)の生涯を知らなければならない。祖門の晩年の弟子である中井祖英東堂(82)は、戦災孤児だった自分を引き取り養子にした師僧に深い感謝を示し、語った。
     
 祖門は明治13年(1880)、奈良県北部の川西村の農家の次男として生まれた。幼名は吉井音次郎。13歳の時に大阪に家出したが、数年で母親に発見され連れ戻される。しかしその後ほどなく母は死去する。

 16歳の時、再び大阪に出て難波の多聞院の住職・中井祖峰に巡り合う。「母を亡くした懺悔の心があり、菩提を弔わねばと考えていたため、一番弟子となりました」。こうして養子となり中井祖門と改名。宇治の興聖寺で3年間安居した後、28歳で永平寺への上山を願い出るが安居者が多かったため、しばらく近くの吉峰寺を再興した田中仏心の下に就いてから本山に安居した。

 祖峰の求めに応じ帰山するが、「破れ寺でもいいから再興して、自分の力で寺を作りたい」と相談すると、八幡市の常昌庵という廃寺寸前のお堂を勧められ、托鉢の浄財で再興を成し遂げる。

 祖門はもう一つの目標に向かって動き出す。「祖門師は明治維新の志士を尊敬する心がとても強かった。自らを『勤王僧』と称していたほどでした」。志士だけでなく、戦没軍人や殉職警官など国家功労者を弔う寺の建立を発願したのが昭和2年(1927)の秋。「国家を挙げての運動にしなければならない」との思いから上京し、時の内閣総理大臣・田中義一に直談判する。

 一禅僧が総理とのコネクションをどう掴んだのかは謎だが、祖英東堂は「おそらくこの辺りの衆議院議員の紹介があったのでは」と推測する。祖門の影響力は政界にも及んでいたのだろうか。

 田中総理は国家支援には難色を示すが、祖門が提案した賛同者千人名簿には真っ先に署名。この千人名簿を基に「大日本勤王護国会」が結成される。会主は祖門で、会長に公爵・海軍大佐の一条実孝を迎え、軍人や華族から支持を集めた。

 宇治町から町有山林3万6千坪の無償貸与を受けたのが昭和9年秋。堂宇は少しずつ作られていったが、祖門が高階瓏仙(後に永平寺貫首、曹洞宗管長)の後を受け海外の軍人慰問に出たことや、戦争の激化もあり、当初の予定からは規模を縮小せざるを得なかった。昭和19年、高階を開山に迎え、正式に靖国寺が誕生した。この経緯から「永平寺御直末」となっている。

憲兵隊長の来訪
 この「靖国寺」の寺号について、祖英東堂は秘話を明かす。戦時中のある夜、建設中の靖国寺に憲兵隊長が刀を持って来訪し、差し違える覚悟で「靖国寺と名乗ることは絶対にやめてほしい」と訴えてきたという。国家施設の靖国神社と同じ名をつけるのは許されないということだった。(続きは紙面をご覧ください)

2021/7/1 安来市清水寺 島根大会100日前法要営む 大会円成とコロナ終息願い 


1400年の歴史を持つ安来市の清水寺で執り行われた100日前法要 第45回全日本仏教徒会議島根大会の無事円成と新型コロナの早期終息を願って大会開催100日前法要が6月24日、安来市の天台宗清水寺で島根県仏教会及び全日本仏教会(全日仏)の役員が出仕して営まれた。

 晴天のもと、出仕者は各宗派の衣をまとって庫裏から本堂へとお練り。導師は島根県大会会長で全日仏副会長の清水谷善圭氏が務めた。表白では昨年10月2・3両日に開催予定だった大会がコロナ禍のため今年10月2日に変更となったことを述べつつ、「実行委員会一同は『必ず成功させたい』との願い強く、鋭意準備に怠りなし。大会100日前に当たり、大会実行委員会の決意を新たにするとともに、御仏の御加護を祈るため、此処に結集す」と表明。

 重ねて「混乱の世界に平和をもたらし、一刻も早く新型コロナウイルス感染を鎮めたまえ。重ねて本年10月2日開催予定の第45回全日本仏教徒会議島根大会の無事円成を守護したまえ」と力強く宣言した。

 法要後、清水谷大会会長は、「とても良い天気に恵まれ、 10月2日を彷彿させそうです。おそらく対面で本願寺派ご門主の大谷光淳(全日仏)会長をお迎えして実施できそうな気がしている。 実行委員会、関係者の皆さん、これを機会にさらに準備に力を込めて邁進していただきますようお願いいたします」と挨拶した。

 全日仏の木全和博事務総長は、これまで実行委員会との打ち合わせがオンラインであったことから、「対面でお話しするのは初めて」と安堵したように口を開いた。さらにコロナ禍の大会になることから、「どのような大会を迎えるかについては、大会会長はじめ実行委員会の皆さま、県仏教会の皆さまに本当にお知恵を出していただき、大会円成に向けて細部にわたりご計画いただいていることに感謝申し上げる」とねぎらった。

 そして、コロナ禍で社会の価値観が変わろうとしているとしながら、「われわれ仏教徒は、仏の教えという確かな立脚地をいただいている。そういうことをぜひ島根大会で世界に向けて発信をしていただければと思う」と期待した。

 島根大会は「仏の心を稽古する―異文化理解と共存」をテーマに10月2日午後1時から、島根県民会館(松江市)で開催。大谷光淳会長を導師に世界平和を願う法要を営むほか、テーマに即して釈徹宗氏(相愛大学教授)による記念講演などが行われる。

 会場には坐禅や写経などの体験コーナー、出雲神仏霊場会のお砂踏みコーナー、不昧流茶席コーナーが設けられる。

2021/7/1 国際葬儀連盟50周年大会・全葬連65周年大会 葬送儀礼文化の世界遺産目指す 


横浜市内のホテルで行われた国際葬儀連盟と全葬連の大会。オンラインを併用して実施された 世界88カ国・地域が加盟する国際葬儀連盟(FIAT-IFTA)の創立50周年記念大会と全日本葬祭業協同組合連合会(全葬連)創立65周年記念全国(神奈川)大会が6月23日、横浜市内のホテルでオンラインを併用して開催された。世界的に猛威を振るう新型コロナウイルス感染症に苦慮しつつも臨機応変に対処している状況が各国から報告された。また共同宣言では、葬送儀礼文化をユネスコの世界無形文化遺産への登録を目指す取り組みが盛り込まれた。

 コロナ禍のため1年延期となった大会。FIAT-IFTAの北島廣会長は「私たち葬祭専門者は、新型コロナに罹患された個人や遺族に寄り添う存在として携わっている。全世界で懸命に対応している葬儀業界のメンバーに深く敬意を表する」と世界に感謝のメッセージを発した。

 世界大会実行委員長の石井時明・全葬連会長も「地球規模でのコロナ禍、世界のあらゆるところでわれわれの同業者、仲間たちが危険を顧みず使命を果たしている姿勢に誇りと感謝でいっぱいである」とエールを送った。

 来賓祝辞では、彬子女王殿下が新型コロナで亡くなった人たちに追悼の言葉を述べた。また挽歌に込められた「哀」の意味を繙きながら、「死者を弔う儀式をするのは地球上で人類だけです。どんな人種、どんな民族にもかかわらず、『哀』の感情を制御するのは共通して難しいもの」と述べつつ、葬儀文化の大切さを話した。

 各国からの葬儀事情報告ではコロナ禍の対応から最近の環境に配慮した火葬などが提起された。

 ドイツの法制度について述べたステファン・ヌーサー氏は、16の連邦州がそれぞれ独自の葬儀法を有しているが、基本は同じだとした。異なるのは施行の仕方だが、「コロナ死者の扱いに関して各州が個別に葬儀の方策を定め、異なるガイドラインを出した。その結果、業界は混乱。厳格な規制が葬儀の準備に影響を与えた時には、遺族の怒りも勝った」と振り返った。

 今日では火葬率が上昇し、全ての州で50%を超えている。しかし「亡くなった人の遺灰を分けることはドイツの法律で禁止されている。これは犯罪だと考えられている」。今では国をまたいだ骨壺の移動の必要性から、法律の見直しについて国会議員と話し合っていると報告した。

 ベルギーでは、コロナ禍以降、火葬率がアップし、「財政的な理由で火葬のみを求める家族が増え、儀式的な要素が減った。この傾向が新しい定番となっている」と日本と同様の簡素化を指摘。離れた場所への動画配信なども行われ、今後も続くだろうと述べた。

 イギリスでは新型コロナ後に成立した法律により、規定以上の会葬者があったため罰金を科せられた事例が報告された。アメリカではパンデミック初期に最も打撃を受けた地域へボランティアのために870人近い葬儀専門家を採用し、葬儀業者や検視官を支援した。

 ブラジルでは遺灰を納めた骨壺を安置して屋内でキリスト教式のお別れが行われていることが紹介された。さらに遺灰引き渡しの際に行われる鳩のリリース(日本で言う放生)が、最近の研究で遺族の肉体的・感情的な健康の一助になっていると報告。「約1分間上空を見るという単純な動きが、神経システムに刺激を与え、血圧を下げることで、リラックスさせ呼吸速度を落とすことにつながる。鳩の飛行に合わせた首の動きも緊張緩和の助けとなる」と解説した。

 他方、世界的な関心事である環境意識や持続可能な開発と遺体処理についてベルギーのトム・ウッテンバー氏が話した。天然ガスを使用した火葬炉ではなく、二酸化炭素を排出しない電気炉や、バイオ水葬とされるリソメーションについて説明した。リソメーションでは、遺体を専用機械に入れ、水とカリウムが加えられる。遺体を溶かしてお骨だけを残す。「排気ガスを出さず、無菌で安全」とし、残液は地表に流したり、墓地に転用したりできる。

 国際葬儀連盟と全葬連の両大会からなる共同宣言では、「葬儀は世界の全人類が生涯を終える時に必ず行う儀式です」と原点を確認し、「各国の歴史と伝統に育まれてきた葬送儀礼文化を、ユネスコの世界無形遺産へ登録することで弔いの文化を次世代へ受け継ぐ」といった5項目の具体的取り組みを表明した。

 なお国際葬儀連盟の北島会長は今大会で退任し、新会長にポーランドのマーク・シェシュウィック氏が就任。世界大会は2024年の予定。

 また国内大会は、来年10月18日、秋田県で行われる。

2021/7/1 具志堅氏が再びハンスト 遺骨残る土砂使用は国際問題


政府に断念を求めてハンストした具志堅氏(6月20日、平和祈念公園、上田慶司氏提供) 沖縄県名護市辺野古の米新基地建設工事に、沖縄戦の戦没者の遺骨が残る本島南部の土砂を使う計画に反対し、ハンガーストライキを行った沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」の具志堅隆松代表が6月22日、同県糸満市の平和祈念公園からオンラインで記者会見した。具志堅氏は「戦没者は日本人だけでない。国際問題だ」と訴え、政府に計画の断念を求めた。

 具志堅氏がハンストをするのは今年に入って2回目。沖縄戦の犠牲者らを悼む6月23日の「慰霊の日」直前の19日から県庁前(那覇市)で始め、21~23日に平和祈念公園に場所を移し5日間にわたり実施。埋め立てに使う土砂を本島南部から採取する政府の設計変更申請を承認しないよう県に求めるとともに、不承認とする理由に「人道的に許されない」と盛り込むべきだと訴えた。

 この日記者会見した具志堅氏は、沖縄戦では動員された朝鮮半島・台湾出身者や米兵も亡くなり、行方不明者もまだ多いと強調。現在、国が進める戦没者の遺骨のDNA鑑定に国内外を問わず参加してほしいと述べ、「遺族にはその権利がある」と語った。

 6月3日の参院外交防衛委で、本島南部に米兵の遺骨が残る可能性を政府が認めたことを挙げ、「国内だけの問題でない。国際問題だ」と主張。「遺骨を助けたい思いはどの国も一緒。戦没者の尊厳を守るためにともに声を上げるべきだ」と力を込め、参加した国内外のメディアに呼び掛けた。(続は紙面をご覧ください)



官邸前でハンスト行動をした土屋氏 平和ネット 都内で連帯集会 尼僧、官邸前で座りこみ
 前日の22日正午から、真宗佛光寺派僧侶の土屋和葉氏(59)は数人の支援者とともに首相官邸前でハンスト行動による座り込みを行った。

 ハンスト行動開始時に黙祷した後、「遺骨を含む土砂を基地建設に使わないこと」「戦没者の遺骨を国家の責任で収集し遺族に返還すること」などを要請する決意表明を読み上げた。

 参議院会館での集会にも参加した土屋氏は「夜中はロウソクを点けて、位牌を前に戦争を起こさないと決意を新たにしました。平和のために宗教者がまず伽藍から外に出て、一歩前に出なければいけない」と宗教者には、もっと関心をもってもらいたいと話した。

2021/7/1 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<諸宗教編②>
宗教サミットにみる宗教協力と宗教間対話 今こそ求められる忘己利他 杉谷義純(妙法院門跡門主)

 
比叡山宗教サミット30周年を記念して各国の宗教指導者が集い、平和の祈りを捧げた(2017年8月) 早いもので明年は「比叡山宗教サミット」35周年を迎える。諸宗教による平和の祈りが毎年比叡山上で開催されるのは、やはり伝教大師の宗風によるところが大きい。

 まず天台宗の開宗については、伝教大師が中国から帰朝した頃には、すでに日本には法相宗など南都六宗といわれる六つの仏教宗派が伝えられていた。しかしそのうち活動していたのは法相と三論の二宗のみであったので、伝教大師は他の四宗に天台宗を加え、七宗で手を携えて共に多くの人々を救いたいと、朝廷に願い出たのであった。

 そこではじめて天台宗は公認されるのであるが、その仏教は法華一乗を根本理念とするものであった。その教えは、智慧で相手を論破折伏する「破折の法華」ではなく、慈悲で相手を救いとる「融摂の法華」であった。伝教大師は法華一乗をいうが、法華経のみに依るのではなく、釈尊一代の説経はすべて真理が宿っており、それらを含んで三種の法華経とする教義を打ち立てた。さらにこれらを解決するのに「開会(かいえ)」の思想といって、いろいろな教理を切り捨てるのではなく、それらを包摂、止揚する立場をとった。

 従って比叡山から各宗の祖師たちが輩出されたことも、その後、天台宗が天台宗としてその命脈を保持してきていることも理解できるのである。そのうえ、そこには色々な宗派、宗教と対話が可能な素地も有しており、諸宗教間対話という現代的側面も内包していたともいえる。

 一方、伝教大師は天台仏教の実践者として菩薩を中心においた。その基本精神は慈悲と利他である。それを端的に次のように表現している。

 「悪事を己に向かえ、好事を他に与え、己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」(山家学生式)

 実はこの伝教大師の言葉に感銘を受けたヨハネ・パウロ二世ローマ教皇は、1981年に来日した時、日本の宗教代表をバチカン大使館に招き、この言葉を引用して宗教協力の重要性を訴えたのである。その席に招かれた山田恵諦天台座主は、教皇のスピーチに感激を覚えたと同時に、大きな責任を感じたという。
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