2021年

7月

2021/7/1 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<諸宗教編②>
宗教サミットにみる宗教協力と宗教間対話 今こそ求められる忘己利他 杉谷義純(妙法院門跡門主)

 
比叡山宗教サミット30周年を記念して各国の宗教指導者が集い、平和の祈りを捧げた(2017年8月) 早いもので明年は「比叡山宗教サミット」35周年を迎える。諸宗教による平和の祈りが毎年比叡山上で開催されるのは、やはり伝教大師の宗風によるところが大きい。

 まず天台宗の開宗については、伝教大師が中国から帰朝した頃には、すでに日本には法相宗など南都六宗といわれる六つの仏教宗派が伝えられていた。しかしそのうち活動していたのは法相と三論の二宗のみであったので、伝教大師は他の四宗に天台宗を加え、七宗で手を携えて共に多くの人々を救いたいと、朝廷に願い出たのであった。

 そこではじめて天台宗は公認されるのであるが、その仏教は法華一乗を根本理念とするものであった。その教えは、智慧で相手を論破折伏する「破折の法華」ではなく、慈悲で相手を救いとる「融摂の法華」であった。伝教大師は法華一乗をいうが、法華経のみに依るのではなく、釈尊一代の説経はすべて真理が宿っており、それらを含んで三種の法華経とする教義を打ち立てた。さらにこれらを解決するのに「開会(かいえ)」の思想といって、いろいろな教理を切り捨てるのではなく、それらを包摂、止揚する立場をとった。

 従って比叡山から各宗の祖師たちが輩出されたことも、その後、天台宗が天台宗としてその命脈を保持してきていることも理解できるのである。そのうえ、そこには色々な宗派、宗教と対話が可能な素地も有しており、諸宗教間対話という現代的側面も内包していたともいえる。

 一方、伝教大師は天台仏教の実践者として菩薩を中心においた。その基本精神は慈悲と利他である。それを端的に次のように表現している。

 「悪事を己に向かえ、好事を他に与え、己を忘れて他を利するは、慈悲の極みなり」(山家学生式)

 実はこの伝教大師の言葉に感銘を受けたヨハネ・パウロ二世ローマ教皇は、1981年に来日した時、日本の宗教代表をバチカン大使館に招き、この言葉を引用して宗教協力の重要性を訴えたのである。その席に招かれた山田恵諦天台座主は、教皇のスピーチに感激を覚えたと同時に、大きな責任を感じたという。
(続きは紙面でご覧下さい)

6月

2021/6/24 大谷派宗会 危機的財政の安定化目指す 懇志金2割超減 調整基金新設と運用検討


議席にもアクリル板が設けられた議場。但馬総長は行財政改革方針を打ち出した 5月下旬の招集予定をコロナ禍で延期していた真宗大谷派の宗会(常会)が21日、京都市下京区の東本願寺しんらん交流館で始まった。但馬弘宗務総長は施政方針演説で、「持続可能な宗門機構への変革」を掲げた宗務改革の本丸である行財政改革を推進すると表明。人口減少やコロナ禍で宗派・末寺の減収が深刻化する中、安定的な財政基盤を確保する「財政調整基金」(仮称)の新設や、一般会計と特別会計の統合による宗派会計の再編成を打ち出した。

 2019年度の経常費御依頼(宗費)の収納は、総額54億4112万9577円(103・5%)。再来年に迎える宗祖親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃の懇志金(4カ年度)では、総御依頼額29億円に対し、収納は11億6633万円(40・2%)になった。

 齊藤法顕財務長は同年度一般会計決算について、「宗門財政の非常事態」との認識を表明。経常部・臨時部を合わせた歳入額は80億7494万円(予算比94・2%)で、コロナ禍の直撃を受けた3月から年度末(同派の年度は6月末日締め)までの4カ月間の影響が大きかったと説明した。

 特に真宗本廟や大谷祖廟の読経志が前年度比26・1%、納骨志が同27・2%の減。同朋会館冥加金33・5%、斎冥加金39・1%、懇志金全体では20・7%の大幅減収となった。歳出は経常部・臨時部計78億9809万円(予算比92・1%)で、差引剰余金が前年度決算より2億3556万円も減少して1億7685万円になるという「過去に例を見ない状況」となった。(続きは紙面をご覧ください)

2021/6/24 全仏婦 新理事長に花岡眞理子氏 〝子どもたちを守る〟


 (公社)全日本仏教婦人連盟(全仏婦)は2日、オンライン会議システムZOOMにより第9回総会と理事会を開いた。本多端子理事長の任期満了に伴い、新理事長に花岡眞理子氏を選んだ。任期は2年間。

 花岡氏は栃木県下野市の真言宗智山派慈眼寺の出身。昭和58年に全仏婦に入会し、平成10年から監事、同19年から理事、令和元年から常務理事を歴任してきた。現在は栃木県小山市の「認定こども園 梅ケ原幼稚園」の園長補佐を務める。

 理事長の就任にあたりコロナ禍で活動が制限されているが、「この機会に内部でどのような活動を進めていくかを話し合っていきたい」と抱負。現在の社会状況による貧困問題に加え、コロナ対策で除菌やマスクが新たな生活様式となるなかで、「子どもの成長にどんな影響があるのかを心配している」と懸念。「子どもたちをどう支え、守っていくのかという思いをもち話し合っていきたい」と話した。

 副理事長は梨本三千代氏(真言宗豊山派)、常務理事は大橋百合子氏(真言宗智山派)、日比野郁皓氏(浄土宗)、丸山弘子氏(学識経験者)、遠賀磨理江氏(天台宗)、海老塚るり子氏(真言宗智山派)に決まった。前理事長の本多氏は理事として参画する。

2021/6/24 多文化共生墓地求め陳情 大分・別府ムスリム協会と賛同者が厚労省に


厚労省に陳情書を提出するカーン氏(前列右)と賛同者たち(©WCRP日本委員会) 大分県日出町に土葬のためのイスラーム墓地開設が進まないため、計画主体の宗教法人別府ムスリム協会代表と賛同する地元の僧侶やキリスト者が17日、東京・霞が関の厚生労働省を訪れ、「多文化共生公営墓地」の新設を求める陳情書を提出した。日本ムスリム協会と世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会も同行し、陳情後、参院議員会館で記者会見を開いた。

 会見した別府ムスリム協会のカーン・ムハマド・タヒル・アバス代表(立命館アジア太平洋大学教授)はパキスタン出身で、2011年に日本国籍を取得。イスラーム墓地が早急に必要となり、3年前に土地を購入し行政および住民との折衝を重ねてきた。条例に基づいて周辺関係者全員から同意書も得た。「一生懸命に頑張ってきたが、許可がおりなかった。すごく難しい」と徒労感を口にした。

 カーン氏は「そこで厚生労働省に陳情することになった」と述べ、「これはイスラームだけの問題ではない。色々な国から来た人たちは文化が違う。他の文化と自分たちの文化を守って、多文化社会を作れば、みんな自分の人生は完全にストレスフリー(ストレスからの解放)になれる」と強く訴えた。

 陳情書では、国が示している「墓地経営・管理の指針等について」に言及しながら「すべての都道府県に少なくとも1つの『多文化共生公営墓地』をつくることを要望します」と明記している。

大分県日出町の埋葬計画土地(自覚大道氏提供) 賛同者の自覚大道氏(中津市・曹洞宗善隆寺住職)は、住民が反対している理由が大きく2点あると指摘。1つは「農業用水の上流にあることによって起こる風評被害。コメ農家や畜産業者はこのため池を利用されている。住民が反対したことでマスコミで取り上げられることになり、風評被害を懸念している」とした。2つ目は飲み水に対する心理的な負担。「2キロ少し離れたところに簡易浄水地があり、地下水をくみ上げて殺菌だけして地域の飲み水としている。水への影響は考えにくいが、上流に土葬墓地があること」を意識するようになる。

 しかし日出町のトラピスト修道院では土葬が行われており、塩谷久修道院長は「土葬をしているが、住民が説明会で初耳だと言ってからも実際に地下水へのトラブルなど苦情は一度もない」と述べた。日本ムスリム協会の徳増公明会長は、日本人のイスラームに対する理解や関心がなく、地方では接する機会が少ないこともあり、「9・11以降、イスラムとテロ問題が結びつけられてマスコミで伝えられていること」も一因ではないかと背景を探った。

 WCRP日本委の篠原祥哲事務局長は、難民認定をめぐり3月にスリランカ女性が亡くなった人権侵害や日本の人身売買問題を指摘しながら、「国際社会から日本の共生が外国人に開かれているかどうかが問われている。五輪で多文化共生が言われている。一方で国際社会から、厳しい目が向けられている。今回の事例も多文化共生に関する問題を象徴しており、今後も関わっていきたい」と協力姿勢を示した。

【別府ムスリム協会の墓地計画の経緯】

 2009年、別府市内に別府ムスリム協会を設立。カーン氏が代表を務め、九州と沖縄にあるモスクの設立に携わる。イスラームでは火葬を禁じているため、これまではキリスト教会の厚意により教会墓地に土葬してきた。土葬できる場所を探していたムスリム協会は2018年12月、日出町のトラピスト修道院の紹介で、修道院墓地近くの土地を購入(100区画予定)。以降、町役場との折衝と住民説明会を重ねるものの住民側から、ため池の水質悪化を懸念し反対の声があがる。しかし、ため池に、より近い修道院墓地では土葬が行われてきた。ムスリム協会は早期設置許可を求めて2千名の署名をつけて町長に提出したりもした。

 イスラーム墓地は北海道から関西まで全国に7カ所ある。しかし兵庫・和歌山両県以西にはない。そのため九州で死亡した場合、東日本に遺体を運んで埋葬したケースもあった。日出町の墓地を九州・沖縄地域のムスリムの墓地にしたいという希望を持つ。

2021/6/24 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<諸宗教編①> 神道からみた比叡山と天台本覚思想 鎌田東二(神道ソングライター・京都大学名誉教授)


比叡山の麓に鎮座する日吉大社。最澄は比叡山の神々の加護を願って一乗止観院(後の根本中堂)を建立した 比叡山は日本最古のテキスト『古事記』の中に出てくる。「大山咋(おおやまくひの)神(かみ)、亦(また)の名は山末之(やますえの)大主(おほぬしの)神(かみ)。この神は近(ちか)つ淡(あふ)海国(みのくに)の日枝(ひえ)の山(やま)に坐(ま)し、また葛野(かづの)の松尾に坐して、鳴(なり)鏑(かぶら)を用(も)つ神ぞ」というのがその記述だ。『古事記』は和銅五年、つまり西暦712年に編纂されたとされるので、それが事実だとすれば、奈良時代にはすでに山城国の比叡山(日枝山)が日本の神山の一つとして崇められていたことになる。

 が、事実はそう簡単ではない。この章句は平安時代初期に、ある人物によって書き加えられた後日挿入記事ではないかと疑われている問題の箇所でもある。

 この大山咋神がどのような神格であるのかは「鳴鏑を用つ神」とされるところから、音の鳴る矢を持つ、狩猟にかかわる神であることが推測される。近江や山城の国の山の威力を持つ「山末の大主」である「山王」の神。そこに、大和の国から最強の神山の三輪山の大物(おほもの)主(ぬしの)神(かみ)(大己(おほな)貴(むちの)神(かみ)ともされる)が勧請され、日吉大社の西本宮の神とされていくので、日吉大社は比叡山の神と三輪山の神の二つの最高神山の神々を祭る稀有の神社である。そこに最澄が一乗止観院を創建した。間違いなく、比叡山の神々、日吉大社の神々の加護を念じながらの創建であった。

 この比叡山で、円仁の弟子の相応(831~918)の時代に天台千日回峰行が始まったと言われている。それが歴史的事実であるかどうかは定かではない。が、回峰行の始祖とされる相応と回峰行起源伝承には興味深いものがある。

 それは、相応の行の発端に『法華経』の常不軽菩薩の精神と行動規範への賛美と追跡があったとされている点だ。そしてそれが、相応と同時代の安然(841~?)らの天台本覚思想の命題「草木成仏(草木国土悉皆成仏)」と共通する精神性を宿すと考えられる点である。

 天台本覚思想は、すべてはすでにそのままで悟っている、仏であるという、万物仏の究極の肯定思想である。それが回峰行の精神とつながっている。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/6/17 仏教とキリスト教が漁業支援 魚網と船外機を寄贈


セレモニーに参加した(左から)青野さん、鎌田さん、佐藤市長、戸松氏、マキューン氏、東海林氏 仏教者やキリスト者が協同し、東日本大震災で被害の大きかった宮城県塩竈市の寒風沢島の漁業者に漁具が寄贈され、3日に同市マリンゲート塩釜でセレモニーが執り行われた。

 支援したのはWFB世界仏教徒連盟(パン・ワナメッティ会長)、全日本仏教会(全日仏/大谷光淳会長)、東北サンガ(東海林良昌代表=塩竃市雲上寺)、末日聖徒イエスキリスト教会アジア北地域(ガース・リード代表)で、漁業網と船外機(合わせて約150万円)が送られた。セレモニーにはWFB執行役員で全日仏の戸松義晴理事長、末日聖徒イエスキリスト教会のジョン・A・マキューン顧問、東海林代表、塩竈市の佐藤光樹市長、漁具を受け取った青野友樹さん、鎌田雄大さんらが参加した。

 寒風沢島をはじめとする浦戸諸島では現在も災害の復旧工事が続いており、基幹産業である漁業の後継者不足が喫緊の課題となっているため「地域おこし協力隊」制度を活用して青野さんと鎌田さんを受け入れて後継者として育成。青野さんは今年4月に卒隊し操業を始めている。支援を受けて「コロナのなかで需要が減ったことなどもあり、魚価が下がっている状況だったので、こういう寄付は非常に助かります」と感謝。さらに古い網を使って漁に出ていたが、「新しい網と古い網では、漁獲量が全然ちがう」といい、「先輩方にも優しく指導してもらってきたし、期待に応えられるように頑張りたい」と話した。

 協力隊として指導を受ける鎌田さんも「お礼の言葉しかない」と謝意。宗教者の支援に「菩提寺の住職さんにもお世話になってきたし、こうしたご縁は嬉しい」と話し、「魚を獲って自立した姿を見せていきたい。キリスト教の方が孤児の支援をしていると聞いた。将来は漁業体験などの受け入れなど、お返しもしたい」と展望した。

 東北サンガの東海林代表は今回の支援を通してキリスト教との交流を深め、末日聖徒イエスキリスト教会から「隣人の自立を促すことの大切さ」に重きを置いた人道支援を学んだと言い、「宗派や所属に拘わらず手を携えれば、もっと支援の可能性が広がる」と手応えを口にした。

2021/6/17 龍谷大学GRRCオンライン研究会 宗派のジェンダー格差を問う 尼僧や寺族に対し 根強い性差別と偏見


 龍谷大学のジェンダーと宗教研究センター(GRRC)のオンライン研究会「宗派運営におけるジェンダー格差―改善への道を模索する」が9日に開催された。女性と仏教・関東ネットワーク世話人で曹洞宗宗務庁に勤務する瀬野美佐氏と、浄土宗宗議会議員の稲岡春瑛氏(林宗院住職)が発表し、根強い性差別の意識や構造上の問題が共有された。

曹洞宗の問題について話す瀬野氏 寺院出身の瀬野氏は「宗内で一番性差別を受けてきたのが尼僧さん」とし、制度上の性差別が戦後の尼僧たちの撤廃運動で解消された経緯を紹介。一方で尼僧と男僧の経済格差や差別意識が残る現状にも言及。尼僧数が301人(全体の約3%)と減少し、70歳以上が65%(男僧32%)と高齢化が進む現状に「男女の非対称性が働く場にあるのは差別意識」と論じた。

 僧侶の結婚で世襲化が進み「寺族」の定義や保護の問題も生まれたが、お寺の仕事に従事する寺族は「寺院の責任役員会に入れるべき」と提起。この動きが進まない背景に差別や偏見、ミソジニー(女性嫌悪)があると指摘。そのうえで最近の出来事で若手僧侶グループから機関紙へのジェンダー問題の寄稿を依頼されたが、掲載が見送られた事例を紹介。「現代の寺院は寺族の無償の労働力によって支えられている」という一文に、「寺族はご本尊や仏様へのお勤めと思っているのではないか」という意見があったことが理由だという。瀬野氏は「不愉快な事実に目をつぶるのは、組織が駄目になる兆候」と青年僧の意識に落胆と危惧を重ね、「仏様へのお勤め、という言葉は思いやりかもしれないが、その言葉に男女平等が侵害される事実を穏便にすまそうとする気持ちが含まれていないか考えてほしい」と訴えた。

浄土宗の問題について話す稲岡氏 稲岡氏は女性教師として受けた差別の体験を吐露。学びのため宗内の「雅楽会」「式師会」の入会を希望したが前例がないことを理由に拒否された。「布教師会」には入会できたが、夫が住職だった当時、稲岡氏が「尼僧らしい法話ができるように」と自己紹介すると、講師に「本当の尼僧に失礼」「ご主人である住職の補佐でいい」と怒りを向けられた。宗内の差別を思い知らされた稲岡氏は女性教師の横のつながりを作るため、トランスジェンダーも受け入れる「ふたはたの会」を結成。「女性教師は一人前に見てもらえない。日常会話によくある〝跡取りの話〟では、男女共に後継者は男性が好ましいという考えが根強いが、おかしいこと」と意識改革を強く求めた。

 宗会議員として寺族問題にも取り組むが、住職認証の書類に寺族の署名と捺印が条件だったのが、数年前の改定で不要になった。寺族の権利が奪われたことに加え、寺庭婦人会への相談がなかったことを問題視。「宗幹部は寺庭婦人の会合で『お寺は奥さんでもっている。住職と寺庭婦人は車の両輪』とご挨拶をするが、表向きに必要と言いながら意見は聴かない。絶対に意見を聴くべきだった」と批判し、内なる差別や偏見への自覚を求めた。

分断される女性
 発表にコメントした川橋範子氏(国際日本文化研究センター客員教授)は「構造的な性差別を個人の心の問題のみに還元してはいけない。女性が教団の男性中心主義の制度や意識で分断されることは深刻」とし、「仏教界の女性たちに問題意識を持っている女性たちがいることを知らせていくことが重要だ」と提起。池田行信氏(浄土真宗本願寺派宗会議員)は「女性の幸せは結婚と子育てという女性像のうえにある寺族像を前提とする限り、女性たちは疎外感を感じたままだ」と指摘した。参加者からは「男性が圧倒的優位な状況で女性信徒にどう寄り添うことができるのか不思議でならない。女性が相談しようと思う相手になれるのか、仏教界では問題にならないのか」と仏教界の現状に疑問が投げかけられた。

2021/6/17 浄土宗教宣師会 自死者追悼 思い届ける 事前講習にのべ100人参加

法要はオンライン配信。画面の向こうに語りかけた山崎会長と僧侶 自死で亡くした人を悼む場をつくり、ともに手を合わせる浄土宗東京教区教宣師会(山崎聡志会長)の自死者追悼法要「倶会一処―ともに生き、ともに祈る」が「時の記念日」にあたる10日、東京都港区の大本山増上寺で執り行われた。新型コロナウイルスの影響で、約10人の僧侶だけで営み、法要の様子を動画共有サイト「ユーチューブ」で配信した。

 「悲しみで止まってしまった時間が再び動き出すきっかけになれば」。そんな思いを込め、毎年、時の記念日に営む。今年で12回目。感染防止対策で昨年に続き遺族らの参列を避け、法要の映像を申込者限定で配信した。

 自死でなくした大切な人を安心して悼んでほしいと始まった法要。希望者の宗派は問わない。今年は首都圏以外にも全国から約60件の申し込みがあり、50人以上が視聴。前年に比べ約20人増えた。山崎会長は「悲しく、つらい気持ちを抱える人がいる。中止は選択肢にありませんでした。コロナ前のように、お堂で一緒に手を合わせられる日が早く戻ってほしい」と願う。

 法要に出仕する僧侶は事前に、自死遺族のグリーフサポートについてなどの講習を受け準備する。コロナ禍で社会全体の自死リスクが高まっていることから、教宣師会の全メンバーなどにも案内を出したところ、のべ約100人が受講。寺庭婦人の参加もあった。講師はリヴオンの尾角光美代表理事や吉水岳彦光照院住職が務めた。

 この日午後6時から、山崎会長を導師に営んだ法要では、自死で亡くなった人の名を読み上げて回向した。僧侶たちは五体投地を繰り返し、念仏しながら祈った。

 法要後、山崎会長は「画面の前からの参加となりましたが、極楽にいる大切な人へ皆さまの思いは必ず届いています。そして私たちのことを見守ってくれているはずです」とカメラに向かって語りかけた。配信を希望しない人に配慮し、終了後に再び入堂して名前を読んだ。

2021/6/17 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<比叡山と各宗祖師編⑤>
日蓮にみる最澄と天台宗 法華教学継承者の系譜 布施義高(法華コモンズ仏教学林・学林長)


日蓮が晩年を過ごした身延山久遠寺の三門(山梨県身延町) 鎌倉時代の日蓮(1222~1282)は、仁治三年二十一歳の頃より、比叡山を拠点として京畿を遊学し、建長五年に故山・清澄寺で立教開宗した。その後、法華思想が弥々確立される時期において日蓮は、インドの釈尊、中国の天台大師智顗、日本の伝教大師最澄、そして自身へと連なる系譜こそが、釈尊の真意に適った法華経の正統流通史(「三国四師」〈『顕仏未来記』〉)と受け止めた。

 日蓮は、中国の天台三大部本末を法華経解釈の基本に位置づけ、最澄を自己以前における日本で唯一の正統法華教学継承者と捉えて教学を形成したのである。

 文永初期から晩年まで日蓮が天台大師講(毎月二十四日、佐渡流罪中は一時中断)を修して法華経や『摩訶止観』の談義を行ったことは、天台・伝教両大師への敬慕から比叡山の霜月会を踏襲したものであった。また、日蓮染筆の大曼荼羅の多くは、「南無天台大師」と対をなす形で「南無伝教大師」と勧請されている(北川前肇『日蓮教学研究』等参照)。

智顗の後身 最澄
 そして、日蓮は、中国天台の円定・円慧の継承に止まらない最澄が果たした功績として、大乗戒壇建立運動による円戒=「霊山の大戒」(『撰時抄』)の確立(最澄入寂一週間後建立)を挙げる。

 こうした日蓮の最澄鑽仰態度の根底には、霊鷲山の会座で法華経を聴聞した薬王菩薩が中国では智顗となって垂迹示現し、さらに智顗の後身(再誕)として日本の最澄が世に出現した、という信仰的認識(『法華題目鈔』『和漢王代記』)が存することを見逃せない。

 かくして日蓮は、独自の本門思想が樹立されるに至って、究極的に、次のような認識を提示する。(続きは紙面をご覧ください)

2021/6/10 ホワイトハウスでヴェサック バイデン大統領が祝福声明 大乗仏教から本願寺派参加 


献火する原田開教総長。右がエンホフ氏(ホワイトハウス公式写真 撮影:キャメロン・スミス) アメリカ合衆国の首都ワシントンDCのホワイトハウスで「ホワイトハウス・ヴェサック」が5月25日に開催され、テーラワーダ仏教、大乗仏教、チベット仏教の僧侶たちと米首脳が釈尊の誕生を共に祝った。バイデン大統領とジル夫人は公務のため出席できなかったが、祝福の声明を寄せ、多宗教国家アメリカが仏教徒も尊重していく意思を国内外に示した。

 大乗仏教代表として出席したのは浄土真宗本願寺派北米開教区開教総長のマービン原田氏。北米開教総長がホワイトハウスを公式に訪問するのは初めて。テーラワーダからはスリランカ僧のカツガストタ・ウパラタナ師、チベット仏教からはニンマ派のタータン・トゥーク師が出席した。ホワイトハウス・ヴェサックの実現を働きかけた2つの組織、仏法実践財団のシェカー・ナラシンハン代表とアメリカ国際仏教協会のワングモ・デクシー代表が参加。ホワイトハウスからはカマラ・ハリス副大統領の夫であるダグラス・エンホフ氏とスタッフのエリカ・モリツグ氏(ハワイ出身の日系人)が出席した。

 セレモニーは午後2時半から約30分間で、テーブルに設けられた祭壇で献火し、3人の僧侶がそれぞれ短い読経を行った。その後、ヴェサックの意味やアメリカ仏教について懇談した。原田開教総長は本願寺派がアメリカで最も古い仏教教団の一つであること、強制収容の苦難とその後の仏教会の再建、そして今日では日系人だけでなく多様な人種の教団になっていることを話した。

 原田開教総長は「このような歴史的イベントに参加できたこと、そしてホワイトハウスでヴェサックを祝うことでアメリカにおける仏教がこの政権によって認められたことは大変光栄なことです」とコメントし、他の宗派も仏教を広めるために精力的に活動していることを実感、学ぶべきことがたくさんあるとした。

 翌26日、バイデン大統領がヴェサックへの声明を発表(別掲)。カマラ・ハリス副大統領もツイッターで世界中の仏教徒にお祝いのメッセージを出した。

 ホワイトハウスでの仏教徒の集まりの前例としては、オバマ政権下での2015年5月に「全米仏教徒指導者会議」が開催されており、その時にも一環としてヴェサックの祈りがあったという。

バイデン大統領がヴェサックに寄せた声明(北米開教区訳)
 仏様のご誕生、成道、そして入滅をたたえる日であるヴェサックを祝うアメリカ合衆国と世界中の仏教徒の皆さんに、ジルと共に心よりお祝い申し上げます。

 2500年以上にもわたって行われてきたこのヴェサックを象徴するロウソクに火を灯すという儀式は、慈悲の心、謙虚さ、そして自己中心性からの脱却という仏教の教えを我々に思い起こさせてくれます。

 本日ここに、明るい未来へ向かって共に取り組んでいる我が国、そしてこの社会を豊かにしてくれるアメリカの仏教徒の方々の多大なる貢献を我々は深く心に刻みます。

2021/6/10 高野山総長選 今川泰伸氏が当選


今川次期総長 安藤尊仁・岡部観栄・今川泰伸の3氏が立候補していた高野山真言宗の次期宗務総長(総本山金剛峯寺執行長)選挙が9日に開票され、957票を得た前宗会議員の今川氏が当選した。安藤氏842票、岡部氏264票だった。今川氏は7月5日の就任に向け、直ちに組局人事に入る。

 全有権者(投票資格を有する全国正住職)は2487人で投票総数は2205票。白票11、無効票131。総長選初の一宗選挙の投票率は88・7%だった。

 投票は9日正午に締め切られ、午後1時から金剛峯寺内宗務所(和歌山県高野町)の3階大会議室で開票開始。選挙管理委員会の宮田永明委員長を選挙長に、長谷川祐宝、二上寛弘、安念清邦、坎宥行の各委員が立会人を務め、当選確定を確認する選挙会を経て午後4時半に終了した。

2021/6/10 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<比叡山と各宗祖師編④>
道元からみた最澄と比叡山 叡山修学時代の学びから 佐久間賢祐(東北福祉大学非常勤講師)

 
道元が開いた大本山永平寺の唐門(福井県永平寺町)。創建当初は大仏寺と号していた 叡山開祖最澄の気質受け継ぐ道元
 伝教大師最澄と禅の関わりは深い。十二歳で近江国分寺行表の弟子となり北宋禅を受けてより、叡山で山林修行、禅浄行を修し籠山行を行い、唐では翛然から牛頭禅を受け多くの禅籍を将来している。また延暦十六年(797)、三十二歳の時には内供奉十禅師となる等、幾重もの意味において禅師という立場であった。内供奉として官より供給を与えられるようになると、日毎六升の扶持米を資縁とし、南都七大寺の助援を得て『一切経』や鑑真将来典籍を書写し叡山に具える。

 この最澄の勤勉努力によって叡山学問所としての基盤が整う。最澄発願の書写本は信長の焼き討ちの時まで残っていたといわれるから、鎌倉期の祖師方も当然に最澄の一切経を参学していたはずである。

 最澄の天台教学の水準の高さ、完成度と総合性の高い教学は夙に知られるところとなり、最澄の稠密な学問への姿勢がその後の叡山教団に引き継がれている。道元(1200~1253)は叡山修学時代十代の頃一切経を二度通覧している。最澄の一切経を精読し仏教全体の知識を吸収した。最澄が「法華の宝車を日本に運らす」ために身命を賭して天台に参じた如く、道元は十四歳で座主公円に就いて得度してより、叡山教団の学風を一身に浴び学仏道を歩むこととなる。

 教学の超克と継承
 道元は仏教に特異な修行無用、「本覚倒れ」という自堕落な傾向をもつ本覚法門を超克するために自らの道を求めた。しかし道元の修証観を代表する語「本証妙修」は天台教学と微妙に交錯する。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/6/3 第45回正力松太郎賞表彰式 個性豊かな活動讃える 


 正力賞本賞を受賞した中野代表と上村氏と奨励賞の伊藤理事長(右から) (公財)全国青少年教化協議会(全青協、鬼生田俊英理事長)は1日、東京・芝の東京グランドホテルで第45回正力松太郎賞の表彰式と祝賀会を開催した。本賞を受賞したさいたま市・真言宗智山派彌勒密寺の上村正剛住職と(一社)タンダバハダンスカンパニィ(東京都中野区)の中野真紀子代表(聖徳大学短期大学部教授)、および奨励賞のNPO法人日本語の美しさを伝える会(鎌倉市)の伊藤玄二郎氏(星槎大学教授)に賞状が贈られた。

 最初に主催者を代表して齋藤昭俊専務理事の挨拶に続いて、選考委員会の長谷川匡俊氏が選考経過を報告。「候補者のご活動は個性豊かで、白熱した審議が行われた」と説明してから、受賞者を紹介した。

 上村氏は50年にわたりみ魂ひな祭りや夏の日の子ども会一泊合宿などを実践。コロナ以後は疫病退散の経本や手作りマスクなどを配布している。「地域の方々に仏教情操の涵養と心の潤いを供する役を担っている」

 1926年に始まったタンダバハダンスカンパニィは、身体と心は一つであるという仏教思想に基づき、日本舞踊を中心に活動。賀来琢磨・良江氏親子2代(ともに故人)より続く、「継続、努力、くじけない」のモットーを継承。「子どもたちに忍耐、努力を伝えてきた」と評した。

 奨励賞の日本語の美しさを伝える会は2005年から鎌倉建長寺で毎週土曜日に行われ、昨年800回を迎えた。会の始まりには般若心経を唱え、坐禅を組む。「禅文化に触れる機会を提供し、建長寺の大切な教化活動の場となっている」

 受賞者には鬼生田理事長から賞状と副賞が贈呈された。また関係者から祝辞が述べられた。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/6/3 妙心寺派内局認証式 緊縮と発信のバランス必要 野口総長が展望示す 


小倉管長から辞令を受け取る野口総長 臨済宗妙心寺派の内局認証式が5月26日、京都市右京区の大本山妙心寺小方丈で行われた。野口善敬新宗務総長と内局員、栗原正雄前宗務総長と前内局員が全員集合し、小倉宗俊管長からそれぞれ辞令を手渡された。

 小倉管長は前内局に心身の休息をとるようにいたわり、新内局には「このような状況でございます。皆さま方には大変ご苦労をお願いすることになろうとは思いますが、その類希なる力量をいかんなく発揮して、一派のため護持興隆に邁進していただけますよう」と期待した。

 その後、宗務本所前で全職員と新旧内局員が記念撮影。旧内局部長たちは花束を受け取り、笑顔で手を振って宗務本所を離れた。緊急事態宣言下ということもあり「祝儀」は中止とした。

 野口総長は式後に取材に応じ、丁寧に前内局の宗務を引き継ぎ、機構刷新会議の提言を取り入れていくと話した。「コロナのため行事はまだまだ行えない状況」と、ワクチンの接種が広まるであろう秋まで慎重な活動の姿勢をとるが「何もしていないからこそ考えられる」とこの時間を利用して難局を乗り越える思考を深めることを展望。宗門の課題として財政のスリム化を挙げるが「あまり緊縮ばかりでは発信する力が落ちていくかもしれない」と、バランスをとる必要性もあるとした。

 後継者育成も難問の一つで、「天衣寺(岐阜市)での尼僧の育成をどうやっていくか考えたい」と語った。

2021/6/3 浄土宗大本山清浄華院 新法主に飯田実雄氏推戴


飯田新法主 浄土宗は5月26日に京都宗務庁(東山区)で浄土門主・法主推戴委員会を開催し、大本山清浄華院(上京区)と協議の上で新法主に飯田実雄氏を推戴した。任期は4年。長期にわたる法主不在だったが、満場一致で新法主が推戴されたことで決着となった。

 飯田新法主は1949年5月8日生まれ。大正大学大学院文学研究科修了後、長野県駒ケ根市の安性寺、安楽寺の住職となった。宗内では長野教区教区議会副議長、常任布教師などを歴任。清浄華院では長野教区出張所長を務め、2011年の総本山知恩院における法然上人800年大遠忌大会の清浄華院法要では真野龍海前法主の右導師を務めた。2016年より清浄華院長老。

2021/6/3 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<比叡山と各宗祖師編③> 栄西は天台宗を離れたのか 禅と戒から両祖師をみる 大竹晋(仏教翻訳家・博士)


建仁寺境内にある栄西禅師入定塔(京都市東山区) 栄西(1141―1215)は天台宗の台密の大家であり、のちに入宋して臨済宗黄龍派の虚菴懐敞(生没年未詳)に嗣法し、現在の臨済宗建仁寺派の祖となった人物である。ただし、栄西は決して天台宗を脱して臨済宗を唱えたわけではなく、生涯にわたって天台僧の自覚を持ち、最澄の跡を慕った人物でもあった。

栄西と最澄の禅
 栄西は生涯に二回入宋している。
 第一回(1168)においては、出国前に博多において通訳から禅宗が宋に広まっていることを聞き、宋の明州(現在の浙江省)にある広恵寺において禅宗について訊ねたが、参禅しないまま半年で帰国した。

 第二回(1187―1191)においては、天台山において虚菴懐敞に参禅し、公案を用いて、早くに悟り体験を得た。『興禅護国論』(1198。以下、『論』)第七門に「幸いに祖令を提げ、夙(つと)に発明有り」とある。

 ただし、第二回の入宋の目的は、もともと、仏蹟巡礼にあった。北方民族の侵攻によってそれが危険となったため、代わりに禅を学んだのである。『入唐取経願文』(1178)に「志は秘密の教に在り」とあるように、栄西の志は密教にあり、この時すでに数え年四十七歳の大家であった。それが敢えて禅を学んだのはなぜか。(続きは紙面でご覧下さい)

5月

2021/5/27 立正佼成会 ワクチン接種始まる 選定背景に広い駐車場 区に11月末まで提供

 
接種会場となっている法輪閣の第五会議室 新型コロナウイルス感染拡大防止のカギを握るワクチン接種。5月17日から東京都杉並区に法輪閣第五会議室を接種会場として提供している立正佼成会は19日の接種終了後、記者会見を開き、区の担当者は選定した最大ポイントに広い駐車場があったと述べた。

 会見した杉並保健所健康推進課長(新型コロナ予防接種担当)の渡邊秀則氏は、接種会場として駐車場を備えている区立施設などを探していたが、「区内にはほとんどない」。以前から駐車場がある集会施設として立正佼成会の存在を認識していた区の上層部が、使用できないかを提案。職員が同会に打診したところ、「ご快諾をいただいた。大変ありがたかった」と安堵するように振り返った。

 杉並区の人口は約50万人。そのうち65歳以上の高齢者が12万人。渡邊氏はこのうち7割が接種希望者だとしながら、「お年寄りには足の不自由な人もいる。できれば駐車場がある場所がいい。その点で広い駐車場は魅力的。区民からも、車で来られて良かったという声が届いている」と述べた。また別の区職員は「敷地の広さと、佼成会さんの心の広さのおかげだと勝手に思っている」と順調な滑り出しに感謝した。

 接種会場は駐車場からすぐの会議室。フロアには養生シートが敷かれ、医師が待機する4カ所の予診ブースとワクチンを打つ接種ブースおよび接種後の経過観察の場が設けられている。これまで1日に約240~300人がこの会場を利用した。今後の計画では最大480人にするという。「区内5会場の中では一番スムーズに進んでいる」(渡邊氏)は太鼓判を押した。

 政府は医療従事者に続いて65歳以上の高齢者の接種を進め、7月末までの完了を目指している。その後に一般接種が行われる。立正佼成会では11月末まで杉並区に会場を提供する。

2021/5/27 本願寺派 あそか診療所が移転・改称 あそか花屋町クリニック開院


2階建ての新クリニックと出口理事長 浄土真宗本願寺派の宗門関連病院「あそか花屋町クリニック」が6月1日、本山西本願寺から徒歩2分の京都教区教務所顕道会館の隣(京都市下京区)に開院する。運営にあたる(一財)本願寺ビハーラ医療福祉会の出口湛龍理事長は地域密着の運営を目指すとし、「心配なことがあったらここに来たら何かしてくれるという病院。裏には本願寺があるから安心して『かかりつけ』としていただければ」と話し、体の治療だけでなく心のケアもしていきたいと展望する。

 本山北側の門徒会館1階に構える「あそか診療所」が移転・改称するという形。本山から敷地を無償貸与されている。従来「本願寺の保健室」として僧侶や門徒の診察を中心に行っていたあそか診療所は、親鸞聖人750回遠忌宗門長期計画(2005~2015)で移転・拡充の方向が定められ、宗門総合振興計画でもより開かれた利用やビハーラ活動のさらなる展開が企画されていた。今年3月、2階建てで330平方㍍の建物が竣工。あそか診療所は床面積95平方㍍で、3倍以上の広さに拡充されたことになる。医師・看護師・職員も増員した。

 診療科目は内科で、診療時間は午前診(月~金)が朝9時半~12時30分、午後診(月・水・金)が3時~6時。病床は持たない。

 2階の多目的室には仏壇が設けられている。ここを会場に、火・木の午後にビハーラ僧が病気の悩みや不安を傾聴する会や、健康セミナーなども検討しているという。出口理事長は同法人が運営するあそかビハーラ病院(城陽市)と同様にがん緩和ケアにも力を入れるとし、「緩和ケアは、来てくれるならもっと早く来てくれればゆっくりいろいろなことを話せたのに、という人がほとんど。緩和ケアというとみんな怖いように思うが、そうではないということを色々な方法で伝えていきたい」とした。

 新型コロナウイルスのワクチン接種も行われる。

2021/5/27 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<比叡山と各宗祖師編②>親鸞思想にみる比叡山と最澄の教え 四夷法顕(龍谷大学非常勤講師)


親鸞著『阿弥陀経註』。国宝、西本願寺蔵(『親鸞展:生涯とゆかりの名宝』より) 一、比叡山時代の学問的素養
 親鸞が九歳から二十九歳までの間、比叡山でどれほどの学問をおさめていたかは主著『教行信証』への引用文献から窺える。『教行信証』には多くの天台典籍が引用されており、中でも注目すべきは十世紀中頃に高麗沙門の諦観が著した『天台四教儀』である。今日では天台教学を学ぶ上での入門書となっているが、日本で一般に知られ始めたのは遥かに時代が下がった十五世紀初頭、必読書として用いられるのは十七世紀に入ってからで、親鸞こそ日本で初めて『天台四教儀』を引用した人物とされている。さらにその註釈書である神智の『天台四教儀集解』まで引用しており、親鸞は輸入されて間もない文献をいち早く学んでいたことがわかる。
 
 また、法然のもとで学んでいた頃の著述『観無量寿経註』『阿弥陀経註』にみられる経文の行間・上下・紙背の余白に細かく書き込まれた註釈は、在叡時代に身に付けた学問形態と考えられる。かつて比叡山で学んでいた日蓮の『注法華経』にも同様の書き込みがあり、当時の比叡山における学習方法だったのであろう。

 二、真の一乗とは
 教学面において天台との関わりで中心となるのは一乗思想である。「一乗」とは一切衆生がすべて仏に成ることができるという教えで、天台は『法華経』に拠って「法華一乗」の立場から一切皆成の教えを説く。それに対し、成仏できない存在を認める教えが「三乗」で、一乗家の天台最澄と三乗家の法相徳一との教義論争、「三一権実論争」は有名である。

 親鸞は比叡山で学んだ一乗の教えを承けつつ、『大無量寿経』に説かれる阿弥陀仏の本願念仏によって、すべての者が救われる「本願一乗」の教えを展開していく。その際に親鸞が重視した経典は『涅槃経』であった。天台教判によると『涅槃経』は天台正依の『法華経』と同時同味の経典とされ、『法華経』と同等に扱われている。親鸞は『涅槃経』を重視している一方で、『法華経』は『教行信証』に一度も正引していない事実を見る時、そこに明らかな意図が窺える。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/5/27 『日蓮』主演 市川猿之助さん、意気込み語る 「コロナ禍の今と重なる」


取材会でインタビューに答える市川猿之助さん 日蓮宗の日蓮聖人御降誕800年を記念した歌舞伎『日蓮-愛を知る鬼(ひと)』の取材会が20日、東京都大田区の日蓮宗宗務院で開かれ、演出・主演する歌舞伎役者の市川猿之助さんが作品への意気込みを語った。

 歌舞伎では江戸期から日蓮を題材とした作品があり、昭和42年、46年には明治座で上演されている。これまでは霊験譚としての物語が多かったが、今作では比叡山で修行し法華経に行き着いた日蓮の青年期に焦点を当てる。

 猿之助さんは「一番描きたかったのは、今こういうコロナの時代で、日蓮さんの時代も蒙古が攻めて来たり、疫病が流行っていた。日蓮さんの劇中の気持ちは今の我々と重なる部分がある」。

 天災や戦乱、疫病により混乱する世の中で、なぜ人々は救われないのか。「宗教は〝目の前の病気で死んで往く人を救えないじゃないか〟日蓮さんはそこを疑問に思った。死んでから浄土にいくと言われても分からない。生きているこの世で救われないと。この世の中を浄土に変える。生まれてよかったと言ってもらいたい、そんな理想に燃えて山を下りていくところを描く」と話した。

 今回の舞台では大掛かりな装置を使わないが、内容については「〝スーパー歌舞伎〟とつけても言いくらい」との自信を見せ、「日蓮というと宗教の芝居かと思う方もいらっしゃるかとは思いますが、心温まるものになっています。内容で感動してもらえる心にしみる芝居をしたい」と語った。

 歌舞伎座では、公演再開以来、席数を半分にするなど新型コロナ対策を徹底してきた。「日蓮聖人は多くの法難に遭っていますから、聖人の〝万難を排してやり遂げる〟という精神に支えられている」と千穐楽までの無事を願った。

 公演は6月3日から28日まで東京・歌舞伎座「六月大歌舞伎」の第三部で上演される。

2021/5/20 全青協 臨床仏教公開講座 オンライン化で受講者増


公衆衛生学と仏教からウイルスと人との関係を語る大井氏(左) 全国青少年教化協議会(全青協)臨床仏教研究所が主宰する第7期臨床仏教師養成プログラムの公開講座が12日、東京都港区の東京グランドホテルで始まった。コロナ禍に配慮して今期の会場定員を30人に制限。その上でオンライン受講を導入し、当初想定した定員50人を大きく上回る約80人がオンラインで受講した。

 初回のこの日は、医師で公衆衛生学の専門家である東京大学名誉教授の大井玄氏が講師を務め、新型コロナ時代での縁起観に基づく共生社会について講演した。

 大井氏は、人とウイルスとの関係について「人の遺伝情報の約半分がウイルスに由来する」と説明。哺乳動物の誕生にもウイルスが関わっており、人とウイルスとの共生や共進化の関係を解説した。

 さらに、人とウイルスとの関係では、釈尊の説いた「無常」「無我」「相依相関」といった教えが常に成り立つことにも注目。人の50~100万倍というウイルスの進化の速度は変化の速さという意味では、
「無常」「無我」にあたるとの考えを提示した。

 人間が野生動物の生息地を減らすことで、新たなパンデミックの原因を作る可能性があることも示唆し、一つの現象が他のすべてと関係し合っているという仏教の縁起観が現代にも当てはまることを語った。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/5/20 中国観音霊場会 コロナ終息へ「いのちのリレー」 5県37カ寺が「平和の灯」つなぐ

平和の灯を分灯する採火式に臨んだ僧侶ら 新型コロナウイルスの感染収束を願い、観音菩薩をまつる中国地方5県の寺院でつくる「中国観音霊場会」は「平和の灯 いのりのリレー」を始めた。広島市中区の平和記念公園で11日、「平和の灯」を分灯する採火式が行われ、今後5カ月にわたり霊場の37カ寺を巡り、祈りの輪を広げる。

 今年7月に迎える霊場の開創40年を記念し計画した。理念とする「世界平和への祈り」の実現に向け、コロナ禍で不安を抱く人々や医療従事者に観音菩薩の功徳が広く届くよう祈りを繋ぐ。

 この日、札所寺院の僧侶10人が平和の灯を前に世の安穏を願い読経。ランタンに火が移された。小林暢善会長(広島県尾道市・真言宗泉涌寺派大本山浄土寺住職)は願文を奏上し、観音菩薩の功徳を讃えた上で、「コロナ禍感染症の早期終息に向け、慈悲心による叡智を結集し、世界平穏なることを祈らん」と読み上げた。原爆死没者慰霊碑前でも追悼法要を営んだ。

 火は最初に岡山県倉敷市の6番札所・真言宗御室派別格本山蓮台寺(佐伯増寿住職)に安置。7番札所以降、順にリレーし、広島・山口・島根・鳥取の各県を巡る。各札所では5日ほど安置し、勤行するなどして祈りを込める。最後に再び6番札所に戻り、10月に札所合同の法要を執り行う予定。

 小林会長は「世の中が平穏となり、世界の恒久平和に繋がっていくようお祈りしたい」とコメント。「世界の人々が新型コロナウイルス感染症によって未曾有の危機に直面しています。皆さまが叡智のもとで一致協働し、その不安と恐れが一日も早く終息するようお祈りしたい」と話している。

2021/5/20 立正佼成会「青年の日」活動 岩国教会 オンラインでSDGs学ぶ 一食運動と結びつけ実践


岩国教会道場を主会場に行われた「青年の日」 5月の第3日曜日を「青年の日」として地域での菩薩行実践を呼びかけている立正佼成会(本部=東京都杉並区)。今年は16日、「大河の一滴になろう」をテーマに全国で行われた。山口県の岩国教会(刀禰起代子教会長)ではオンラインで、SDGs(持続可能な開発目標)への学びを深めた。併せてSDGsと結びつけて実行された一食を捧げる運動の集計結果も発表された。

 最初に刀禰教会長が挨拶し、コロナ禍での開催となったことに言及しつつ、「(画面を見て)最初の緊張がワクワクに変わってきた。楽しみでもある」と述べ、期待感を示した。

 続いてSDGsを初歩から学ぶため、その理念や実践を優しく説いた絵本の読み聞かせと、ビデオ上映が行われた。また「同悲・祈り・布施」を活動の精神とする一食運動とSDGsの共通性も報告された。

 そしてSDGsと連動した今年の一食運動の集計を発表。551人が参加し、88万6372円の浄財が寄せられた。全額が一食ユニセフ基金に寄託される。

 節電や節水、マイバッグなど多岐にわたる日常でのSDGs実践例も紹介された。これを受けて参加者の一人は「アルバイト先で余分な食材を寄付していた。こんなところでSDGsとつながっているんだと知ることができた」と感心したように報告。さらに「私は夜中の活動が多かったので、電気を点けずに済むよう外が明るいうちに活動したい」と決意を披露した。

 別の青年が発表。朝の通勤途中に落ちていたゴミが、帰宅時にもそのままだった。見て見ぬふりをしていた自分。翌朝、道にゴミはなかった。「ゴミを拾う気持ちを持っている人がいた。そうした人の心の優しさに気づかされた」とし、率先してできるようになりたいと表明した。

 今回のズームには28画面が映し出されたが、その中には小さな子どもを抱えた家族の参加が複数みられた。

 山中快友実行委員長によると、今年1月から実行委員会(5人で構成)をオンラインで十数回重ねて準備をしてきた。コロナ禍で、教会に集まることが困難なため、青年の日はズームによる開催になったが、「楽しくできたと思う」と手応えを口にした。

 ただし最初の頃は「SDGsは聞いたことはあるけれども、詳しくは知らなかった。そこから学び始め、17目標と169のターゲットはすごく細かいところまであるとわかった」と言い、「より多くの人に知ってもらいたい」と話した。

2021/5/20 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開 <比叡山と各宗祖師編①> 法然著作にみる最澄 専修念仏の提唱と補強 林田康順(大正大学教授)


浄土宗を開いた法然の入寂の地に建つ総本山知恩院の国宝御影堂(京都市東山区) はじめに
 日本天台宗の祖・伝教大師最澄は、円・密・禅・戒の四宗兼学を唱え、仏教を総合的に学ぶことを奨励し、広く「国の宝」となる人材育成を目指した。また最澄の弟子円仁が唐から念仏を伝えたことを契機に比叡山では浄土教が盛行した。こうした背景から浄土宗祖・法然をはじめ、親鸞・一遍・栄西・道元・日蓮など多くの宗祖を輩出し、比叡山は日本仏教の母山と呼称されている。
最澄が提唱した四宗兼学の中、円(法華)や禅の教えを強調したのが、日蓮であり栄西や道元である。それでは、法然は最澄の思想からいかなる影響を受けているのだろうか。小論では、法然の著作に引用される最澄の四種の著作を通じて、両祖師の思想の系譜について一考を巡らせたい。

 『内証仏法相承血脈譜』―天台宗の例証
 まず、法然の主著『選択集』において、最澄が天台宗の正統性を明らかにした『内証仏法相承血脈譜』を二箇所引用する。第一章では、浄土宗の師資相承を論じるにあたり、「天台宗においては、慧文―南岳―天台―章安―智威―慧威―玄朗―湛然…と次第に相承される」と本書を参照したことが推測される。
続く第二章では、念仏(正行)と諸行(雑行)の功徳をめぐる五番相対の中、純雑対を論じる例証の一つとして、「『山家仏法血脈譜』には、「一つは胎蔵界曼陀羅を相承した血脈譜、二つは金剛界曼陀羅を相承した血脈譜、三つは雑曼陀羅を相承した血脈譜」とあり、前の二つは純、後の一つは雑である」と本書を引用している。このように法然は、天台宗に関係する例証を挙げる際、まずもって最澄の典籍の引用を心掛けていたことが伺える。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/5/13 「廃寺」木材で本堂再建 老朽化本堂解体し活用 

優良木材が生かされた光泉寺の本堂 「廃寺」の木材が別のお寺のお堂として再生される――。2016年に完成した、岐阜県羽島市の真宗大谷派光泉寺(吉田顕成住職)の本堂がその一つ。費用を抑えて立派な伽藍を建てる方法として、他宗派からも注目を浴びる。3月29日には浄土真宗本願寺派総合研究所や岐阜教務所のメンバーが訪れ、伽藍維持の参考事例として話を聞き取った。

 光泉寺は十数年前、老朽化した本堂の修復か新築の必要に迫られていた。だが、資金面がネックになりなかなか進んでいなかった。そんな折、五藤社寺建設(岐阜県岐南町)の五藤勝博社長から提案を受けたのが、無住寺院の本堂の移築だった。

 三重県いなべ市のある寺院は、過疎化により存続の危機に陥っていた。代表役員は千葉県在住の兼務住職で高齢のため三重まで来ることが困難になった。門徒も40軒に満たなかった。本堂は築100年ほどだったが、無住が長かったためか老朽化しており、門徒はやむなく解体を決断。そこで「須弥壇だけでも別のお寺に移築できないか」と五藤社長に相談した。五藤社長はまだ使える木材だと直感が閃き、光泉寺への移築を提案することになった。

吉田住職は、「たまたま門徒の方に大工さんがいらっしゃって、一緒に見に行ったところ、素晴らしい木材だと感激されまして。それなら移築でやってみようとなりました」と話す。特に直径8寸のケヤキ材は現在ではなかなか手に入らないほど立派で貴重なものだったという。

解体前のいなべ市の寺。老朽化が進んでいた(光泉寺提供) 2012年にいなべ市の寺院は解体され、木材は光泉寺に運搬された。腐食しているものと使えるものを選別したうえで、使える木材は磨き上げて再利用。「新築に比べるとかなり安く完成させられました」と吉田住職も驚く。光泉寺ではこども園を運営しており、六間半四面と広い本堂に園児たちも大喜びだ。

 五藤社寺建設によると、解体本堂をサイズ調整の上で観音堂や地蔵堂に再生することも可能だという。解体する側にとっても解体費用が無償になるメリットがある。

 エコロジーの面はもちろんだが、SDGs(持続可能な開発目標)の一つにある「つくる責任、つかう責任」にも合致する。今後、注目される建築だと言えよう。

2021/5/13 高野山臨宗 3氏総長候補に確定 一宗選挙に突入

 高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)の次期宗務総長(総本山金剛峯寺執行長)候補者を決める第168次臨時宗会(赤松俊英議長)が11日、和歌山県高野町の金剛峯寺内宗務所に招集された。全議員37人による投票が行われ、安藤尊仁氏(75)、岡部観栄氏(71)、今川泰伸氏(60)が候補者に確定した。3氏確定は初。

 無記名による投票の結果、岡部氏15票、今川氏13票、安藤氏9票。それぞれ有効投票数の5分の1(8票)以上を獲得した。最多得票の岡部氏は〝現職〟財務部長(総長選立候補のため3月5日付で辞任)の強みを最大限に活かし、現内局指名の耆宿議員(10人)の票を手堅く集めたようだ。各選挙区選出の公選議員(27人)の票が、大きく割れる結果となった。

 候補者辞退の届出期日は24日午後5時。この日時までに2氏が辞退しなければ、総長選初の一宗選挙戦に入る。政策と立場が異なるため、3氏とも一歩も引かぬ構えだ。

 3氏はすでに、立候補の挨拶とマニフェスト(選挙公約)を発表。これらを判断材料として、有権者(全国正住職)約2600人が投票することになる。3氏にはコロナ後を見据えた宗団・本山の財政改革をはじめ、寺院収入減少に配慮した財務調査と末寺救済の具体的なビジョン、大学・高校を経営する高野山学園の経営改善への取り組みなどが問われそうだ。

2021/5/13 比叡山延暦寺 国宝根本中堂にVR参拝 修復後の華麗な姿も

 
 天台宗総本山比叡山延暦寺(滋賀県大津市)は4月29日、世界のどこにいても大改修中の国宝根本中堂に参拝できる「VRウォークスルー」の公開を開始した。3D測量・4K画像・AIなど最先端技術を駆使し、様々な角度から修理現場や文化財保存の伝統技法などを紹介。不滅の法灯が奉安されている内陣をはじめ、通常は入れない所までヴァーチャル参拝できる。

 臨場感抜群で、国宝・重要文化財ならではの珍しい屋根の葺替や蟇股彫刻の彩色修理などを見ながら画面上を進んでいくうちに、実際に堂内を歩いているような高揚した気分に。ウォークスルー上に設けられたポイントでは、大改修の模様が映像でも紹介されているため非常にわかりやすい。日本語・英語の字幕付き。

 大改修後の根本中堂を目の当たりにヴァーチャル拝観できる「AR体験(無料アプリ)」も同時公開。根本中堂周辺等(延暦寺東塔エリア)の7ポイントでスマホのカメラをARマーカーにかざすと、極彩色の華麗な根本中堂が眼前に立ち現れる。

 文化庁「令和2年度先端技術を活用した日本文化の魅力発信事業」の支援を受け、令和8年3月末まで公開する予定。利用は延暦寺公式HP(https://www.hieizan.or.jp/)から。

2021/5/13 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開 <最澄存命時代編③> 最澄と徳一の論争 何が争われ、問われたのか 吉田慈順(天台宗典編纂所編輯員)



 平安時代のはじめ、日本天台宗の開祖 伝教大師最澄と、法相宗の碩学 徳一法師との間で激しい教理論争が展開された。現存する最澄の著作は、その大部分がこの論争に関連するもので占められており、この一点のみを取り上げても、最澄がこの論争をいかに重視していたのかが窺える。ところが、「論争」という言葉が持つある種のネガティブなイメージのせいであろうか、現状、この論争については、その重要性に見合うだけの十分な顕彰がなされているとは言い難い。折しも伝教大師1200年大遠忌を迎える本年、最澄の生涯におけるこの論争の重要性について、些か私見を述べてみたい。
 

 従来、最澄と徳一の論争は「三一権実論争」との呼称で知られてきた。三乗と一乗のいずれが権(方便説)でいずれが実(真実説)であるのかを巡る論争、という意味である。最澄と徳一の論争が、三乗と一乗の真実性を主題の一つとしていたことは間違いのないところである。加えて、この問題に関しては最澄・徳一間での見解の相違が最も顕著であったため、このような呼称が定着したものと思われる。ただし、この論争で扱われている問題は、仏陀論、教判論、修道論、仏性論など、実に多岐に亘っており、必ずしも三乗と一乗についてのみが議論されていたのではない。

 そのため、この「三一権実論争」という呼称に捕らわれると、その本質を見誤る恐れがある。(続きは紙面でご覧下さい)

4月

2021/4/29・5/6合併号 京都・毘沙門堂門跡 今出川門主が晋山 秘法で世の安寧を祈願 


宗祖伝教大師から続く法燈相承譜に署名する今出川門主 天台宗五箇室門跡の一つである京都市山科区の毘沙門堂門跡で4月23日、昨年11月19日に就任した今出川行雲第62世門主(83)の晋山奉告法要が営まれた。今出川門主は、宗祖伝教大師から続く法燈相承譜に署名。法華経を日本社会に浸透させる歴史的な役割を担ってきた毘沙門堂の歴史の継承を誓い、新たな仏法発信への意欲を見せた。

 今出川門主は極楽橋から参道を進列。地域住民らで作る護持会「般若会」や近隣住民ら120人が、参道両側で紅白の提灯を持って出迎えた。住民らは門主の後に続いて石段へ。晋山式の時にだけ開く勅使門をくぐった。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/29・5/6合併号 京都・壬生寺 松浦貫主が晋山 戒と律の伝統をつなぐ


晋山式を無事終え感無量の松浦新貫主 律宗大本山壬生寺(京都市中京区)で24日、松浦俊昭新貫主の晋山式が営まれた。鑑真和上の律の伝統と、地蔵盆や大念仏狂言など地域の心の支えとなる活動を継承し営んでいく決意が披露された。新型コロナウイルスを鑑み、参列者は約30人と最小限度にとどめた。

 法要で律宗管長の岡本元興長老を導師に地蔵堂で営まれ、松浦俊海前貫主も出仕。奉告文で松浦新貫主は新型コロナウイルスに人々が悩み苦しむ中、仏教の力で「万劫の安らぎ」を与える活動に精進することを誓った。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/29・5/6合併号 豊山仏青・災害対策講習 自助力の向上目指し 青年僧、重機免許を取得


講習を受ける青年僧たち。講師は林代表 真言宗豊山派仏教青年会(鈴木真人会長)は21・22日に、千葉県柏市の同派布施弁天東海寺(下村法之住職)を会場に災害対策講習会を開いた。災害復旧でも使われるパワーショベルなどの重量3トン未満の建設機械(小型車両系建設機械)の運転免許を取得できる講習を行い、参加者28人が免許を取得した。

 講習会は豊山仏青前会長の林映寿氏(長野県小布施市・浄光寺)が代表を務める(一財)日本笑顔プロジェクトの協力で実施。豊山仏青の会員27人と同会と災害協定を結ぶ石井食品㈱のスタッフ1人が参加した。初日は学科の講習と試験、2日目は屋外にて林代表をはじめ災害現場で活動してきた3人が講師となり、パワーショベルを使った実技を行った。使用した重機は笑顔プロジェクトが協定を結ぶ建機メーカー「アクティオ」が用意した。参加者は2日間の講習を終えて、全員に免許証が授与された。

 講習に参加した榊宥章氏(千葉県松戸市・広照寺)は初めての重機操作に、「思ったよりもスムーズに動かせて楽しい」と手応え。一昨年の台風19号では布施弁天にもほど近い利根川も氾濫する危険があったが、「災害の時に重機を使えれば(復旧も)早くすすむ。こうした機会は有難い」と話した。 

 参加者からは重機操作に経験が必要なため、練習の機会を求める声もあった。鈴木会長も「資格があっても動かすのは難しいので、定期的に訓練する必要性も感じました」と課題にあげ、他地域での講習会開催にも意欲を見せた。震災から10年の節目で、「災害への備え・支援への備え・自助力共助力の強化」を念頭に講習会を企画したが、「宗派が動く前にフットワーク軽く動けるのが豊山仏青」と話し、「お寺は檀家だけでなく、地域の方に支えられている。昨年はコロナもあり熊本県の豪雨災害では県を超えた支援が難しかったが、お寺がある地域を自分たちで守っていけるようにしたい」と展望した。

2021/4/29・5/6合併号 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開 <最澄存命時代編②>最澄と南都六宗の戒 『梵網経』再検証 大竹晋(仏典翻訳家)


 インド仏教の諸学派、中国仏教の諸宗、日本仏教の南都六宗においては、仏教徒である七(しち)衆(しゅ)の戒が定められている。

在家者の戒 ①優婆塞・②優婆夷:五戒、八斎戒
出家者の戒 ③沙弥・④沙弥尼:十戒⑤式叉摩那:六法戒⑥比丘:二百五十戒⑦比丘尼:五百戒

最澄没後、比叡山に建立された戒壇院。現在の建物は江戸期に建立された。重要文化財 七衆の戒は部派仏教と大乗仏教とに共通である。奈良時代の南都六宗においては、奈良の東大寺、大宰府の観世音寺、下野の薬師寺に戒壇が設置され、正式な出家者となる者はそこで比丘の戒を受けていた。なお、平安時代に真言宗を開いた空海も、七衆の戒を真言宗の顕(けん)戒(かい)として採用し、みずから東大寺別当職を務めている。

 ところが、空海に先立って天台宗を開いた最澄は、七衆の戒のうち出家者の戒を小乗戒として放棄し、偽経『梵網経』の菩薩戒を在家者と出家者とに共通の大乗戒として採用した。最澄の死後、比叡山に大乗戒壇が設置され、正式な出家者となる者はそこで『梵網経』の菩薩戒を受けるようになった(のちに各地に設置)。

 『梵網経』の菩薩戒は在家者と出家者とに共通である。では、最澄は在家者と出家者とをどのように区別したか。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/22 日蓮宗 身延山でライブペイント 小松美羽さんが描き奉納


描き終え、作品と向き合う小松さん 日蓮宗総本山身延山久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町)で17日、宗祖日蓮聖人御降誕800年事業の一環として身延山、比叡山、高野山の日本仏教3大霊山への祈りの旅をしているアーティスト・小松美羽さんによるライブペイントが行われ、作品が奉納された。コロナ禍に配慮して混雑を緩和するためユーチューブでも配信された。

 ライブペイントのために本堂前には、金箔と銀箔が施された直径1㍍80㌢の円形のキャンバスを3枚設置した特設ステージが用意された。小雨が降る中、白装束に身を包んだ小松さんが現れ、本堂で山内僧侶が読経を開始。絵を描き終えるまでの約1時間、読経が続けられた。

 今回は身延山を守護する龍をモチーフに作品を描いた。絵具を直接塗りつけたり、手の中で混ぜ合わせて投げつけるなど、迫力ある制作過程に居合わせた参拝者は釘付けになった。独特のリズム、色彩でキャンバスに描かれた龍に、最後に目が入れられると、小松さんは合唱し天を仰いだ。

 ライブペイントを見守っていた宗務院の関本城伝道部長は「小松さんに龍神さんが宿ったような迫力で鳥肌が立った」と感嘆。ライブペイントを食い入るように見ていた地元の高校に通う美術部の生徒たちは「感動しました。作品も素晴らしいけど、制作過程も迫力があってパワーをもらいました」「私も独創的な自分の世界を描いていきたい」と刺激を受けた様子だった。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/22 本願寺派愛唱歌公募最優秀作品「みんな花になれ」 加藤登紀子さんが作曲


御影堂で朗々と歌声を響かせる加藤さん 浄土真宗本願寺派(石上智康総長)は本山西本願寺(京都市下京区)で営まれた春の法要最終日の15日、かねてより歌詞を公募していた「愛唱歌」を発表した。東京都練馬区の童話作家・山口タオさんの詞による「みんな花になれ」が最優秀作品に選ばれた。審査委員長で作曲をしたシンガーソングライターの加藤登紀子さんは「とってもわかりやすくて、つい口ずさんでしまうような楽しい曲にしたいと思った」と講評。優秀作品には東京都中野区の幸田哲弘さんの「つなぐ命」と岡山県倉敷市の井上千紗さんの「おくりもの」が選ばれた。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/22 伝教大師1200年遠忌シリーズ 天台仏教とその展開<最澄存命時代編①>空海から見た最澄 ライバルか理解者か? 内藤理恵子(善通寺勧学院専門研究員)


 
1.エンターティンメント作品に描かれる両者の関係
 空海は最澄をどう見ていたか。これについては小説、映画、漫画の題材にもなっています。フィクションの中では両者の関係は誇張されがちで、モーツァルトとサリエリのような光と影の相剋という雛型に当て嵌めようとする傾向が見られます。周知のようにエンタメ作品はエキサイティングな面白さを追求するものですから、それに対しては何の異論もありません。
 
 とはいえ、多くの人がそうしたフィクションを通して、両者の関係を認識している現状もあります。そこで今回は、実際の関係性はどのようなものであったのか、慎重に考えてみたいと思います。

伝教大師が筆写した「弘法大師請来目録」(冒頭部分)。国宝、東寺所蔵(図録『日本国宝展』より) 2.国宝『弘法大師請来目録』(最澄筆)について
彼らの関係性を示す資料として、まずは国宝『弘法大師請来目録』(最澄筆)が挙げられます。空海が唐から持ち帰った経典等のリストを最澄が写したものです。最澄は、唐で天台の教えはもちろんのこと、密教にも触れてはいるのです。しかし、自身が持ち帰ったものと空海が持ち帰ったものを比較して、自身の持ち帰った密教の知識が完全ではなかったことに気づきます。

 その後、最澄は空海に経典の貸し出しを請うようになります。このエピソードは、空海の才を証明すると同時に最澄の真摯な姿勢の証しでもあります。しかしながら、両者の関係は、その後、断絶に至りました。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/22 四天王寺 聖徳太子かるた完成 漫画家・川崎ゆきおさん描く 札の裏には僧侶の解説


絵はフルカラー。解説も充実 聖徳太子が創建した日本最初の仏法道場である和宗総本山四天王寺(大阪市天王寺区)でも来年の1400年御聖忌法要を前に各種記念事業が行われている。その一つが3月から販売されている「聖徳太子かるた」。聖徳太子の偉業や四天王寺の歴史が楽しく学べるものだが、イラストを描いているのが漫画界の奇才・川崎ゆきおさんなのだからビックリ。漫画マニアからも注目されている。

 川崎さんは伝説の漫画雑誌「ガロ」でデビューし、独自の画風と世界観がマニアックな支持を集める。大阪・関西の風物についての飄逸なエッセイも人気で、四天王寺の山岡武明参詣課長は「地元のことをよくわかっている漫画家に描いてほしいという思いがありました」と話す。四天王寺が川崎さんに資料を提供、5年がかりで46枚のイラストの執筆となった。凛々しくもどこかとぼけた感じの太子や仏像は抜群に印象に残る。

 「和の精神平和を愛す太子の心」など読み札の裏には詳細な解説がある。「四天王寺には絵解き説法の伝統がありますが、かるたも絵解きと同じく幅広い人々に仏法を伝える手段。まさに僧侶が法話をするつもりで解説を書きました」と山岡課長は力を込める。

 箱には「PЯAYING—CARD of Prince Shotoku」との英語表記が。「PLAYING」ではないのは祈り(PRAY)とひっかけているというわけで、こんな遊び心も面白い。(1500円)

2021/4/15 聖徳太子1400年御遠忌が開白 太子ゆかりの寺院勢ぞろい 和の心 世界へ伝える


御詠歌が響く中、御廟への階段を上がる近藤住職ら 聖徳太子の御廟所である大阪府南河内郡太子町の叡福寺(近藤本龍住職)で10日、聖徳太子1400年御遠忌大法会が開白した。初日は僧俗合わせて約250人が参列、仏教や和の精神を日本に根付かせた偉大なる功績を敬い感謝した。来月11日までの1カ月にわたり、ゆかりある宗派・霊場会の親修法要や関連行事が続く。

 雲一つない快晴の下に御詠歌の声が鳴り響き、境内を近藤住職をはじめとする聖徳太子御遺跡霊場会寺院の僧侶が練り供養した。出仕したのは四天王寺・大聖勝軍寺・道明寺・西琳寺・野中寺・橘寺・金剛寺・法輪寺・朝護孫子寺・平隆寺・大安寺・広隆寺・六角堂・中山寺・鶴林寺・斑鳩寺・西方院。宗派を超えて太子が尊崇されていることが示された。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/15 曹洞宗大本山總持寺祖院 江川貫首親修で落慶法要 能登半島地震から14年 伽藍復興


江川辰三貫首の親修で営まれた大般若転読 2007年3月25日に発生したマグニチュード6・9の能登半島地震で大きな被害を受けた石川県輪島市。そのシンボルともいえる曹洞宗大本山總持寺祖院(輪島市門前町)で6日、伽藍の修復落慶法要が江川辰三貫首の親修により営まれた。鬼生田俊英宗務総長をはじめとする全国宗侶や工事関係者ら約100人が参列。9月の開創700年慶讃法要を迎える準備がここに整った。

 発生時刻の朝9時41分、境内で金沢市在住の書家・阿部豊寿氏が黒板に金色の墨で「禅」と書き、続いて長さ10㍍、幅2・5㍍の巨大和紙に「完全復興」と力強く大書し奉納した。阿部氏は「人は祈ることや手を合わせること、あるいは他人の支えによりどんな難局も乗り越えることができると信じております」と語り、「禅の里」である輪島市門前町がますます発展することを願った。

 大般若経の転読の声が修復された大祖堂に鳴り響いた。守護神の三宝荒神には荒神真言で報恩。江川貫首は垂示で全国の寺院・檀信徒・関係者の力添えで復興が果たせたことに感謝。「本山と祖院は一体であります。これからも常に数限りない方々の信仰のよりどころとしてあり続けます。護持発展のためになにとぞご協力を頂きたく、よろしくお願い申し上げます」と述べた。

修復された境内で「完全復興」と大書する阿部氏 乙川暎元・震災復興委員会統監(大本山總持寺監院)は、この14年の間に伊東盛熈監院や横山敏明監院ら、再建に尽力した人々が亡くなったことに思いを馳せた。神奈川県横浜市の大本山總持寺と輪島市の祖院が一体となり活動をしていく将来を見据え、「願わくば能登半島、輪島市の信仰の一助になればそれに勝る幸せはありません」と語った。

 祝辞で梶文秋市長は、震災発生後に祖院の僧侶が懸命に被災者支援のボランティア活動をし、市の復興支援に協力したことを回想。「自分のことを差し置いても人のために尽くす祖院の皆様の姿に心を打たれました」と感銘を語った。梶市長は、「祖院の復興なくして市の完全復興なし」との気持ちで市の「完全復興宣言」を控えており、この日の午後に営まれた市主催の復興式典で宣言した。

 鈴木永一・總持寺祖院監院は「静寂の中に高くそびえる七堂伽藍の中に佇む時、皆様がたのご恩を決して忘れることはありません」と感謝し、永遠の祈りと安らぎの場としていきたいと抱負を語った。

 祖院は完全に倒壊した坐禅堂をはじめ、山門や大祖堂など18棟が甚大な被害を被った。復興に要した資金は約40億円。

2021/4/15 宗教者核燃裁判 第2回公判 原告宗教者 核燃サイクル停止を要求 当たり前の理論で勝負 


公判後に光明寺で報告集会が行われた 仏教、キリスト教などの諸宗教者約240人が原告となり日本原燃株式会社を相手取り、青森県六ケ所村の原子力施設(再処理工場)の運転差止を求めている「宗教者核燃裁判」の第2回公判が8日、東京地裁(千代田区霞が関)で開かれた。原告は原発事故の危機的被害や安全性の問題を主張し、核燃料サイクル事業は「未来世代のいのちを貪っている愚かな行為」と訴えた。

 地裁前での集会では原告団事務局の長田浩昭氏(兵庫県、真宗大谷派法伝寺)が裁判母体となった「原子力行政を問い直す宗教者の会」が「もんじゅ」が初臨界を迎える93年に結成されたことにふれ、「当初からプルトニウム利用を問題とし、課題としてきた。この不正義に声を上げ続けていこう」とアピールした。

 公判では原告側の井戸謙一弁護士が答弁書に反論。再処理工場の安全性について、被告代理人が絶対の安全性は望めないため内在する危険性が顕在化するおそれが一定程度に低減していると主張。これに対して、再処理工場の事故が起これば原発以上に重大で広範に被害が及ぶことから、「通常人が万が一にも事故は起こらないと確信を持ちうるというレベルの安全性が必要」と主張した。

 原告の片岡輝美さん(福島県、日本キリスト教団若松栄町教会信徒)による意見陳述では、原発事故で子どもたちが育つ環境が放射能に汚染された苦しみや、再処理工場の稼働や事故で「未来のいのちを滅びの道に引きずり込むかもしれない危険性を次世代に渡すことに耐えられません」と語り、「核燃料サイクル事業を手放さないことは、この時代の富を享受している者たちが未来世代のいのちを貪っている愚かな行為」と断言し、事業廃止を求めた。

 この訴えに対して被告側は本件と関係ない陳述を制限するよう意見。これには河合弘之弁護士が再処理工場停止を求める理由に結びつく内容であり、「何を陳述するかは原告の自由だ」と反論した。

 公判後は神谷町光明寺を会場に報告集会を開いた。原告共同代表の中島哲演氏(福井県、真言宗御室派明通寺住職)は「超危険・超浪費・半平和をキーワードに『もんじゅ』のことを語ってきたが、再処理工場はこれに輪をかけたようなもの。再処理工場ストップまで頑張りたい」と挨拶した。共同代表の岩田雅一牧師(青森県、日本キリスト教団八戸北伝道所)は体調不良で欠席した。河合弁護士は「彼ら(被告側)は宗教者かどうかは関係ないという立場だが、僕らはそれこそが大事であり、再処理施設を止めなきゃいけない理由だ」と改めて強調した。2014年に福井地裁で大飯原発の運転差し止め判決を出した樋口英明元裁判長も参加。「原発の及ぼす被害はとてつもなく大きい。だから事故発生確率を抑えるため安全にしないといけない。しかし原発も六ケ所も地震に弱い。だから止める。当たり前の話だ。この当たり前の理論で勝負しないといけない」と今回の裁判でも鍵となる「樋口理論」に言及し、「最高裁で勝ち切らないといけない」と激励した。

2021/4/8 大本山永平寺 南澤道人貫首が晋山開堂 問答で只管打坐説く


修行僧が担ぐ輿に乗り山門へ向かう南澤貫首 福井県永平寺町の曹洞宗大本山永平寺で2日、南澤道人第80世貫首(93)の晋山式が執り行われた。修行僧らと問答した南澤貫首は道元禅師が示した禅の真髄を伝え、只管打座の徹底を説いた。

 梵鐘の音を合図に塔頭・地蔵院を出発。修行僧らが担ぐ輿に乗った南澤貫首は太鼓が鳴り響く中、唐門をくぐり山門へ進んだ。自身の境地を表す法語を述べ、『無門関』に記される「大道無門」を語った。その後、佛殿、土地堂、祖堂、承陽殿と巡拝し、各堂で法語を捧げた。

 法堂で晋山開堂に臨み、須弥壇に上堂し説法を開始。8人の修行僧と問答を繰り広げ、修行の意味などを問われると、「古仏現成」など道元禅師の教えを示しながら、只管打座を徹底するよう説いた。仏法の奥義を聞いた修行僧たちは「吉祥、吉祥、大吉祥」と喜びの声を上げ立ち去った。

 大本山總持寺(横浜市鶴見区)の江川辰三貫首や乙川暎元監院、鬼生田俊英宗務総長、河合永充永平寺町長ら参列者が祝辞を読み、永平寺の小林昌道監院が謝辞を述べた。

 式後に行われた記者会見で南澤貫首は「ご開山さまの教えを修行僧たちと一緒に行じ、命ある限り勤めたい」と決意を語った。修行僧との問答を振り返り、「それぞれ表現の違いはあるが、みな同じ問い。只管打座ということで本来の自己を確立すること、そして善悪無記を挙げた。煩悩と向き合いどう生きていくか、身体と心で受け止めていってほしいと伝えた」と述べた。

 卒寿を迎えて貫首に就いたとあって元気の秘訣を尋ねられ、「食事は腹八分で、やりたいこともある程度慎む。自律自戒を心掛け、良い生活習慣を確立する。その中で本当の自由を味わっていけるような生活が、結局は長生きの秘訣なのでは」と話した。

 感染防止策で宗内関係者だけに参加を制限するなどし、参列者は山内僧侶と合わせて約300人に絞られた。08年の福山諦法前貫首(88)の晋山式では、約2500人が参列した。

 南澤貫首は1927年生まれ。長野県出身。47年に得度した。駒澤大専門部仏教科を卒業後、永平寺に安居し、長野県千曲市の龍洞院住職に就任。永平寺監院、札幌市の中央寺住職などを歴任し、2008年に永平寺副貫首に就任。福山前貫首の退董に伴い、昨年9月に貫首に就いた。

2021/4/8 法隆寺で聖徳太子御聖諱 和国の教主に仏恩報謝

 
輿によって運ばれる太子七歳像と南無仏舎利 奈良県生駒郡斑鳩町の聖徳宗総本山法隆寺(古谷正覚管長)で3~5日、聖徳太子1400年御聖諱法要が営まれ、全国から太子を讃仰する僧侶約450人をはじめ仏教徒が参集。日本仏教最大の恩人に篤く報恩感謝した。新型コロナウイルス感染症を鑑み、遠方の太子信者のために朝日新聞社の協力でインターネットによるライブ配信も行われた。

 太子の命日にあたる3日(旧暦2月22日)、午後0時半を回った頃に東院伽藍から練り供養が始まった。法要の本尊となる「太子七歳像」(平安時代)と、太子が2歳の時に東を向いて合掌し「南無仏」と唱えた際に手のひらからこぼれ落ちたと伝わる一粒の「南無仏舎利」が輿によって西院伽藍の大講堂まで運ばれた。鬼や鳥の面を付けた伎楽人や舞人が雅楽の音色と共に桜咲く境内を行進し、一帯は古式ゆかしい飛鳥時代の雰囲気に包まれた。舞人は五重塔の前で舞を奉納。鳥に扮した子どもたちがかわいらしく踊る「迦陵頻の舞」も大講堂前舞台で披露された。

ゆかりの寺院が集って営まれた法華・勝鬘講(3日) 開白にあたる法華・勝鬘講法要では、古谷管長が「神分」と「表白」を読み上げ、諸仏・神々に対して世界平和と疫病退散を祈った。法隆寺と並ぶ聖徳太子創建寺院の四天王寺からは加藤公俊管長が慶讃文を読み上げ、「和国の教主」として国を守ってきた遺徳を讃えた。出仕した僧侶は法隆寺と隣の中宮寺(聖徳宗)のほか、奈良県の達磨寺(臨済宗南禅寺派)、橘寺(天台宗)、兵庫県太子町の斑鳩寺(天台宗)、大阪府太子町の叡福寺(真言系単立)で、ゆかりの寺院から宗派を超えた法要となった。各宗管長や大本山法主、立正佼成会や神社界からの焼香があった。

 2日目の法華・維摩講法要では法隆寺と興福寺・東大寺・薬師寺・西大寺・唐招提寺で構成される「南都隣山会」の僧侶による法要が営まれた。法隆寺で隣山会全山が揃った法要は初。5日の結願である管絃講を終え、太子七歳像と南無仏舎利は再び東院伽藍に遷座。準備にあたっていた大野玄妙前管長が2019年10月に急逝し、コロナ禍に悩まされながらも、100年ぶりの御聖諱法要は無事に円成となった。

 夢殿では秘仏の国宝・救世観音像が特別公開された(5月18日まで)。また大宝蔵殿では国宝3点・重文40点を含む特別展「法隆寺の信仰と宝物」を開催(6月30日まで)。拝観した奈良県在住の男性(70代)は「法隆寺には何度も来ているけど、仏像も五重塔も何度見ても感動があります。今日の法要も一生の思い出になりました」と手を合わせた。

2021/4/8 ミャンマー国軍の資金源絶て! 宗教者ら外務省前で抗議

 
外務省前で行われた集会には宗教者、在日ミャンマー人が多数参加した ミャンマーで2月1日に起きた軍事クーデターから2カ月となる4月1日夕刻、アーユス仏教国際協力ネットワークなどの国際協力や環境NGOが呼びかけて、東京・霞が関の外務省前で集会が行われた。日本政府に対して経済的関係を断つ行動を求め、外務省に要請書を提出した。「国軍の資金源を絶て!」と書かれたボードやキャンドルを手にした宗教者やNGO関係者約200人が集まった。この内、在日ミャンマー人約100人も参加し、犠牲者を追悼し、平和と民主主義を求める行動を訴えた。

 日本政府はミャンマーに対する多額の経済援助を行っており、その一部が国軍に利益をもたらしていると言われている。アーユスの枝木美香事務局長は「日本に暮らす私たちもミャンマーの在り方や暮らしに深い関係があり強い影響を及ぼしていることを自覚しないといけない」と促し、呼びかけ団体の一つであるメコン・ウォッチの木口由香事務局長は日本政府に対し「要求はシンプル。きちんと調べてください。そして国軍との関係を切ってください」と求めた。

 共同要請書は「ミャンマー国軍を利する日本政府の経済協力事業を直ちに停止するよう求めます」とし、新規の対ミャンマー支援は『緊急・人道支援』以外は実施しないと国際社会に表明すること、国際協力機構(JICA)が現在実施している対ミャンマーODA事業について全て支援を一旦停止し、事業の実施が国軍に経済的利益をもたらしていないか早急に調査することなどを求めている。

 集会に参加した在日ミャンマー人の女性は「2カ月たったが、日本政府の具体的な行動は見られないし、多くの日本国民に知られていないのが現状です。ミャンマーで起こっていることをメディアを通す以上にわかってもらうためにもこうした集会が必要」と訴えた。

2021/4/1 花まつりに食を考え、食をアピール 曹洞宗大本山總持寺 五十嵐典座に聞く 食べるだけが「食」にあらず 作る側といただく側 お互いに尊敬を


典座の五十嵐徹通氏 「食」をテーマにした今年の花まつり特集。真っ先に浮かぶのは禅宗寺院の典座である。そこで100人超の修行僧がいる曹洞宗大本山總持寺(横浜市鶴見区)で典座を務める五十嵐徹通氏(51)に取材した。食や食育、そして僧堂での食事などについてうかがった。

 まずは僧堂では、花まつりにちなんだ食事はあるのかを尋ねると、五十嵐氏は「特別な料理はありません」とあっさり回答。「誕生仏に甘茶を注ぐ花御堂を総受付に置くのですが、昨年はコロナのため、出しませんでした。今年もどうなるか」と顔を曇らせた後、本題について話し出した。

 「『食』はとても大きなテーマです。毎日のことですから、動物として自分の身やいのちを支えるものである一方で、コミュニケーションの場であったり、生活のリズムを刻むものであったりします。とはいえ、私自身が修行中の身なので、これだという明確なものは申し上げにくいのです」

生産者への思い

 五十嵐氏はサラリーマンを経て30代に入ってから總持寺に安居し典座寮へ。修行を終え郷里(山形)に戻ってから再び上山したのは平成26年(2014)9月。坪川民主典座のもとで副典を務めた後、典座となった。典座寮には6人ほどの修行僧がいて、五十嵐氏の指導のもと1回150人分を日に3度作る。

 「典座寮の修行僧に、『あなたにとって食とは何ですか』と聞いてみました。生きるために必要なものとか、初めて大変さを身をもって考えるようになりました、といった返答がありました。それまで包丁なんか握ったことはなくて、やってみて初めてわかる部分があるのです」

 總持寺で参拝者に提供される精進料理の一例(写真=大本山總持寺提供)「それに食は、いただくだけが食ではありません。作る側の食があるのです。道元禅師の『典座教訓』や『赴粥飯法』に記されていることは、まさにそのものです。『典座教訓』には食を作る側の心得、『赴粥飯法』は食をいただく側の作法など。それを習得中の修行僧ですから、作って、食べてと両方の側に立てば、その答えは見つかるのかなと思っています」

 最近はグルメ番組が多い。圧倒的に食べるシーンだ。五十嵐氏は、食や食育においては両方の視点が重要だと指摘。禅宗での食事の際の言葉である「五観の偈」の一番である「一(ひとつ)には、功の多少を計り彼の来処を量る」を唱えた。

 五十嵐氏はこの意味について、「何もしなければ食事はのぼりません。ここにあるお茶一つとっても、運んでくれる雲衲さんがいて、遡ればお茶の生産者さんがいてと多くの人たちの手を経てここに来ているわけです。そうしたことに思いをめぐらし、感謝していただきましょうという偈なのです」と解説する。

一生懸命作る

 道元禅師が中国にわたり、老典座から修行の基本を学んだように、僧堂生活に欠かせない精進料理を作るのも修行である。「どうしたらおいしくできると思うか」と修行僧に尋ねると、だいたい味付けに関する回答があると五十嵐氏。でもそうではないという。

 「一生懸命作ったものは形に出る。形が悪くてもいいんです。それがいただく側にも伝わり、おいしいと言ってくれるのです。よく精進料理は、作る側も、いただく側もお互いに敬う気持ちがないといけないと言っています。今どきの言葉でいうとリスペクト。多少焦がしても、どうしたのかなとか、忙しかったのかなと思えば文句も出ずにいただける。作る側も、なんで残すんだとは思わずに、どこか体調でも悪かったのかなとか。そのようにお互いにリスペクトし合うとおいしくいただけるのです」

 こうした指導のたまものか。五十嵐氏はあるエピソードを話した。修行僧の中には動物性タンパク質にアレルギーを持つ人がいる。そうしたものが入っている調味料を使わないようにしようよ、と作る側の修行僧が提案した。「ここにもお互い敬う心がある。いい心構えだなとみていました」と優しく笑った。

 形よりも一生懸命調理する姿勢は相手に伝わり、さらに作る側といただく側を分けずに、互いに尊敬し合う心が大事だと五十嵐氏から学んだ教訓である。

2021/4/1 花まつりフード 京都大原記念病院グループ 4月は〝花まつり〟献立 


春の色彩と見閣を大切にした4月の行事食「花まつり」 洛北・大原にあるリハビリテーションを中心に展開する京都大原記念病院グループでは、四季折々の風情を感じさせる食事を大切にしている。特に歳時記をテーマにした毎月の行事食には、様々な工夫が凝らされている。もちろん、4月の献立は「花まつり」だ。

 4月8日の「花まつり」と言えば桜。「昨年は、普通のお食事ができる方の花まつりの献立は、桜の塩漬けを混ぜたきれいな桜色のごはんをはじめ、桜餅の餡の着物を着せた蒸し魚に、ほうれん草のおひたし、それにお吸い物。デザートは旬のイチゴをお出ししました。調理師さんに頑張ってもらっています」
 管理栄養士の安達洋子さんはそう話し、「皆さん、配膳され、ふたを開けると、その色彩に〝うわぁ〟って感動されます。〝きれいやね〟〝えらいごちそうやね〟〝美味しかったわぁ〟って。春らしさを感じてもらっています」と微笑む。

 『古今和歌集』に代表される季節感が今も息づく千年の古都、京都。四季の移ろいを愛でる丁寧な暮らしは、心の安らぎにもつながる。

 「たとえば1月の行事食はお正月のおせち料理。3月はひなまつり。5月は葵祭で12月はクリスマス。入院生活では朝昼晩の3食を楽しみにしている方が多い。病気を治す、リハビリを頑張る―。それにはしっかり食べないといけない。それなら楽しみながら食べていただきたい。栄養科ではそう考え、季節感を大切にしています」(安達さん)

 東の比叡山、西の北山に囲まれた自然豊かな大原は、朝夕のほど良い寒暖差のある気候や清らかな水で育つ京野菜の生産地としても有名。京都大原記念病院グループではできる限り地産地消を心がけ、地元の季節の食材を用いるようにしている。

 さらに大原は京都の中でもとりわけ、千年の仏教文化が根付いている地域でもある。「例年、花まつりに合わせて、特別養護老人ホームに三千院のお坊さんが来てお話をされ、その後、利用者の皆さんが甘茶かけをしたりしていました」と回想。「皆さん、毎回楽しそうに花まつり行事に参加していました。コロナ禍で今はしていませんが、終息したら再開を検討するつもりです」と話す。

2021/4/1 花まつりフード 山梨県身延町 幻の郷土菓子「おしゃかこごり」 


妙経寺でつくられたおしゃかこごり(写真=妙経寺提供) 山梨県の北部と南部で花まつりの際に食べられていた幻の郷土菓子「おしゃかこごり」をご存知だろうか。公益社団法人山梨県栄養士会のホームページによると、昭和30年頃まではそれらの地域にある各寺院で灌仏会のお供えものとして作られていたが、今ではほとんど見られなくなった。幻の花まつり料理、いや花まつりスイーツだ。

 実は現在でも灌仏会で檀信徒とともに「おしゃかこごり」を作っている寺院がある。山梨県身延町の日蓮宗妙経寺(筒井治稔住職)だ。今年はコロナ禍のため「おしゃかこごり」作りは中止にしたが、筒井住職は「今でも花まつりの午前中に作り、午後の法要でお供えして、その後に皆で分けています」。

 作り方を筒井住職に聞くと、主な材料は、正月の鏡餅をとっておき乾燥させバラバラにしたもの、節分の時の豆、米粉、砂糖、熱湯。非常にシンプルな上、花まつりまでの年中行事で使う食材を無駄なく使い切る知恵が込められていた。

 まず餅を揚げてアラレにする。次に米粉に砂糖を混ぜ、好みの甘さに調整して熱湯を回し入れてこねる。適度な硬さになったら団子にして最後にアラレ餅や豆を加える。ただし、「あまりきれいな形にするのではなく、お釈迦さまの頭の様に、ある程度ゴツゴツした感じに仕上げる」のがポイント。

 地域によって作り方や材料は違うが、お釈迦さまの頭をイメージしたゴツゴツとした見た目は共通する。味は「甘いお団子なのですが、柔らかいけど、堅いところがあったり」と面白い食感だ。ちなみに「こごり」とは〝固まり〟を意味するという。

 ぜひ一度、幻の花まつりスイーツを作ってみてはいかがだろうか。

2021/4/1 臨済宗妙心寺派 次期総長に野口善敬氏


野口善敬氏 臨済宗妙心寺派の次期宗務総長選挙は3月26日に開票され、野口善敬候補(現教学部長)が1295票、上沼雅龍候補(現総務部長)が1177票を得て野口候補が次期宗務総長の当選者となった。栗原正雄現総長の任期は5月25日までで、野口内局の認証式は翌26日に行われる予定。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/1 大本山成田山新勝寺 岸田照泰貫首が入山


事業遂行などの決意を語った岸田貫首 千葉県成田市の真言宗智山派大本山成田山新勝寺で3月28日、岸田照泰・中興第22世貫首(66)の入山式が執り行われた。

 本尊不動明王の縁日のこの日、岸田貫首はこれまで住職を務めた筆頭末寺・圓應寺などを巡拝。本山に戻ると大本堂へ進み、本尊に法楽をあげた。先師墓地では香を手向け、歴代貫首に入山を奉告した。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/1 日蓮宗 宗立谷中学寮が閉寮 半世紀にわたり人材育成


谷中学寮最後の日に学寮前で記念撮影も行われた 50年にわたり日蓮宗教師養成の一翼を担った東京都台東区の宗立谷中学寮(菅野龍清寮監)の閉寮式が3月24日、設置寺院の浄延院で営まれた。日蓮宗管長で28年間2代目寮監を務めた菅野日彰・大本山池上本門寺貫首は「50年はあっという間でしたが、涙あり、汗あり、喜びあり、悲しみあり。数々のエピソードは卒寮生諸君の胸の中に生き続けている」と万感の思いを語った。

 日蓮宗の宗立学寮は、日蓮宗僧侶を目指して立正大学に通う学生が、大学1・2年を東京都杉並区の堀ノ内学寮、3・4年を谷中学寮で過ごし僧風教育の下で団体生活を行う。谷中学寮は宗祖降誕750年慶讃事業の一環として昭和46年(1971)に開設され、約700人の人材を宗門に送り出してきた。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/4/1 第45回正力賞決まる 表彰式は6月1日都内で


 仏教精神による青少幼年育成に尽力している個人・団体を表彰する(公財)全国青少年教化協議会(全青協)主宰の第45回「正力松太郎賞」本賞に上村正剛氏(埼玉県さいたま市・真言宗智山派彌勒密寺住職)と(一社)タンダバハダンスカンパニィ(東京都中野区/代表=中野真紀子聖徳大学短期大学部教授)が決定した。今後の活躍が期待される奨励賞にはNPO法人日本語の美しさを伝える会(神奈川県鎌倉市/理事長=伊藤玄二郎・星槎大学教授)が選ばれた。3月23日に発表された。(続きは紙面でご覧下さい)

3月

2021/3/25 聖徳太子1400年御遠忌インタビュー 御廟所・叡福寺 近藤本龍住職に聞く


近藤本龍住職 聖徳太子1400年御遠忌の今年、各地の寺院でさまざまな行事が行われる。その中でも、太子ゆかりの各宗の管長を導師に迎えてひときわ盛大に行うのが、磯長山(しながさん)叡福寺(大阪府南河内郡太子町)だ。推古天皇30年(622)に太子が没した後に葬られた御廟所である。4月10日から5月11日までの1カ月にわたり営まれる大法会の抱負を、近藤本龍住職(57)に聞いた。

―50年ぶりの大法会となります。

 50年前の1350年御遠忌では1週間にわたり、各宗の管長猊下においでいただき厳修しました。午前、午後の2部制で、それぞれ別の宗派による法要だったという記録があります。今回はそのような窮屈なスケジュールで行うのもいかがなものかと考え、普段は拝観できないお堂や寺宝の特別公開、奉納行事も取り入れて1カ月にわたる長期の大法会としました。


―準備にはどのくらいの期間をかけましたか。

 平成24年(2012)から境内整備を進め、一昨年から各宗に伺ったり、奉納行事の依頼を進めたりしてきました。昨年春からはご存じの通り新型コロナウイルスのためなかなか動きが取れなかったのですが、ありがたいことに管長猊下方にもご快諾いただき、東儀秀樹さんの講演と雅楽(4月10日)、野村萬斎さんの狂言や大槻文蔵さんの新作能(5月9日)などの奉納も快く引き受けていただけました。お参りに来る皆様も命がけ。感染症対策をしっかりとって務めさせていただきます。

―9つの宗派の管長が導師を務められるのも叡福寺ならではですね。

 昭和30年ごろまで、叡福寺は住職とは別に各宗派の持ち回りによる座主がいました。日本仏教が様々な宗派として分かれていく中でも、聖徳太子の教えを現代へ、未来へ伝えていこうという思いで各宗の方が法灯を守っておられます。今回の御遠忌も、宗派にとらわれず多くの人にご縁を結んでいただければと。

聖徳太子の御廟所―聖徳太子といえば、やはり十七条憲法ですが。

 十七条憲法は世界的に見ても最も早い時期に作られた憲法です。それは官僚に向けてのものというよりも、もっと広く人間に向けての憲法。第一条の「和を以て貴しとなす」をはじめ、人間が生きていく上での大切なことがらを示したものです。

 最近、よく言われているSDGs(持続可能な開発目標)も、ちょうど17項目の達成目標がありますね。これも、一つ一つを見ればなんてことないように思われるかもしれないけれど、社会の「和」を達成するために持続可能な社会を作ろうということでしょう。

 それとこれは偶然ですが、量子力学の世界で近年、17番目の素粒子が発見されましたが、これは他の素粒子を制御する役割があるというのです。それを聞いた時、第一条の「和」を達成するために外の十六条が存在する十七条憲法を思い出さずにはいられませんでした。

―十七条憲法の教えは現代社会にも科学にも不思議に共通するものがあるということですね。

 時間はかかるかもしれませんが、そういった「和」の教え、太子の精神を世界に発信し、また次の世代にも伝えていけたらと思っています。

―ところで、50年前の1350年御遠忌のことは記憶にありますか。

 いや、まったく覚えていません(笑)。祖父(近藤本昇師。高野山真言宗宗務総長などを歴任)が叡福寺の貫首に迎えられましたが、家族は全員高野山に住んでいたので、祖父に連れられて7つの時に初めて叡福寺に来たのです。夏休みにここでカレーを食べるのが楽しみでしたね。

 私は高野山大学の卒業論文で、弘法大師の得度の師である勤操大徳をテーマにしましたが、研究するうちに弘法大師が聖徳太子をとても尊崇していたことを知りました。当時は、自分が叡福寺の住職になるとは思っていませんでしたが。平成4年(1992)に住職になって30年近くが経ちましたが、これからもしっかりと聖徳太子の御廟所をお守りしていかなければと身の引き締まる思いです。
 
 1400年御遠忌の詳細なスケジュールは叡福寺ホームページhttps://eifukuji-taishi.jp/で。

2021/3/25 佛光寺 飛鳥時代の「裂」発見 太子信仰との関わり示す


蔵の調査で発見された裂(写真右から2つ目) 真宗佛光寺派本山佛光寺(京都市下京区)で進められている蔵の調査で、飛鳥時代に織られたと考えられる「裂(きれ)」が発見され、江戸時代末期の天保12年(1841)に奈良の法隆寺から佛光寺に贈られたものだと判明した。19日に同寺で記者会見が行われ実物が公開された。今年は聖徳太子1400年遠忌にあたり、記念すべき発見となった。

 今回の調査は親鸞聖人御誕生850年などの「慶讃法会」の一環として行われた。内事蔵は門主の管理下にあり、これまで個々の収蔵物についての本格的な調査が行われたことはなかったという「聖徳太子御褥蜀江」と書かれた桐箱から、2枚の墨書とガラス板に挟まれた長辺10㌢ほどの裂が発見された(蜀江とは幾何学模様の布のこと)。京都国立博物館企画・工芸室長の山川曉氏に鑑定を依頼したところ、東京国立博物館所蔵の飛鳥時代の「蜀江錦裂」(重文)と類似した色彩・模様であることが確認された。素材や織り方の面でも、飛鳥時代の裂であることはほぼ間違いないとみられる。

 また、「佛光寺御日記」によると、天保12年10月12日に法隆寺子院の東蔵院から、法隆寺伽藍の修復のため金子200疋の寄進の依頼があり、その謝礼として「聖徳太子御褥蜀江」と平安時代の藤原頼長の日記『台記』の跋文墨書、それに素麺が送られたことが確認できたという。佛光寺は、法隆寺が元禄時代に江戸出開帳をした際に金子200疋を奉納し、また門末の西徳寺(現在の台東区に所在)が宿所などで協力したため、天保の出開帳でも同額の寄進の依頼を受けた。『台記』には聖徳太子の衣がお守りになると考えられていた平安時代の太子信仰の記述があり、今回発見された裂もお守りの意図で法隆寺から佛光寺に贈られたようだ。

 佛光寺は、「一枚の裂の発見から『御日記』を紐解くことで、法隆寺の伽藍修復に佛光寺が寄与していた事実が確認された」とし、真宗教団と法隆寺の関係解明に寄与する新発見だと今後の研究にも期待を寄せている。

 佛光寺は4月2日に聖徳太子1400回忌法要を営む(慶讃法会の一環)。これに合わせ1・2日の両日に寝殿で今回発見された裂や重要文化財「孝養太子木造」など聖徳太子ゆかりの宝物を展示。入場無料。

2021/3/25 横浜市仏 コロナ禍で弁当無料配布 飲食店と困窮者を仲介 民生委員とも協力 5週間で3千食以上


弁当を配布する横浜市仏の僧侶たち 横浜市仏教会(佐藤功岳会長)では、新型コロナウイルスにより苦境に立たされた地域の人々を支援するため、食事(弁当)の無料配布を行った。2月中旬から始め、5週間にわたり計3323食を配布した。活動を知った地域の民生委員とも連携し、市仏が飲食店と困窮者の仲介役となった。

 弁当の無料配布は、週3回実施され、横浜市内の5カ寺(常照寺、弘明寺、香象院、本覚寺、専念寺)が週替わりで会場になった。時短要請で売り上げが減少している飲食店の支援となるように、弁当は配布地域の複数の飲食店に依頼。毎週平均約650食を発注した。


 最終日の今月19日、浄土宗専念寺(佐々木敬易住職)では、開始時刻午後3時の30分前から約30人の行列ができていた。会場となった同寺の佐々木住職は「佐藤会長の発案で仏教者も何かできないかとコロナで困っている飲食店と生活困窮者の支援という一石二鳥の活動を考えられた。私も少しでも協力できれば」と語った。

 弁当を受け取った人が本堂に手を合わせてから、笑顔で帰宅していく。受け取った住民たちは「とにかくありがたいという思いで手を合わせた」「お友だちに聞いて来ました。お坊さんがこういう活動するのを初めて見た。思いついても行動にするのは難しいはず。素晴らしいですね」と話した。

 口コミや役所からの情報で支援活動を知り、高齢者や一人親世帯、事情により外出できない人のために列に並ぶ民生委員の姿もあった。民生委員は担当地区で支援が必要な家を1軒ずつ訪問しており、中には20人分を配達する人もいた。

 民生委員の女性(73)は「いただく私たちがお礼を言わなくてはいけないのに、お坊さんが〝ご協力ありがとうございます〟と言ってくれて、すごく感動しました。受け取った方も感激していますよ」と喜びを口にした。

 市仏の三浦公正副会長は「時代の要請ということもありますが、大きな組織では足並みが揃わないもの。市仏で支援ができたことは一つの成果。コロナの終息にはまだ時間がかかると思います。引き続き色々な形でできることをやりたいと考えています」と話した。

2021/3/18 宗会シーズン 日蓮宗・天台宗・豊山派


施政方針を述べる中川総長 日蓮宗 来年度限定 寺院負担金を減額 慶讃諸事業の完遂誓う
 日蓮宗(中川法政宗務総長)の第117定期宗会(柳下俊明議長)が9・10日、東京都大田区の宗務院に招集された。今期は宗会議員任期最後の定期宗会であったが、昨年に続き、新型コロナウイルス感染防止のため、会期を2日間に短縮。コロナ禍での寺院運営状況に配慮し、宗費負担を軽減するため、来年度限定で「寺院負担金」を減額する予算案など22議案を上程。一部修正の上、全議案を可決・承認し閉会した。(続きは紙面でご覧下さい)


総長として初の宗議会に臨む阿部総長天台宗 感染対策徹底し6月に大遠忌法要 秋の教区・各教宗派法要は中止
 天台宗(阿部昌宏宗務総長)の第148回通常宗議会(中村彰恵議長)が9・10日、滋賀県大津市の宗務庁に招集された。阿部総長は新内局最初の宗議会で、6月に迎える宗祖伝教大師1200年大遠忌御祥当法要と記念諸行事の奉修方針を説明。6月3~5日の報恩法要を新型コロナ感染防止対策を徹底して厳修する一方、各教区法要や各教宗派法要を中止すると発表した。(続きは紙面でご覧下さい)


施政方針を述べる鈴木宗務総長 豊山派 1250年事業委を設置 福祉事業展開へ研究班
 真言宗豊山派(鈴木常英宗務総長)の第155次宗会通常会(川田興聖議長)が9・10日、東京都文京区の宗務所に招集された。予算関連6議案や長谷寺伽藍修復事業に伴う規則の一部変更、「弘法大師御生誕千二百五十年記念事業委員会規則案」など10議案が上程され、全て原案通り承認された。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/3/18 楢葉町宝鏡寺 「非核の火」被災地に灯る 被害者の伝言を次世代へ 


点火式を営んだ小野寺、伊東、早川、佐々島の各氏(左から) 核兵器廃絶を願い、東京都台東区の上野東照宮で30年間にわたり灯されていた「広島・長崎の火」が福島県楢葉町の浄土宗宝鏡寺(早川篤雄住職)に移され、東日本大震災から10年となる11日、同寺で点火式が営まれた。東京電力福島第1原発事故の経験も伝える「非核の火」として被災地に灯り、超教派の宗教者や火の管理者ら参加者約130人は核なき世界の実現を誓った。

 この火は、福岡県八女市(旧星野村)で保管される広島に投下された原爆の残り火と、長崎の原爆で焼けた「被爆瓦」から採った火を合わせたもの。1990年から上野東照宮境内で灯されてきた。

 事情により移設を求められた管理団体「上野の森に『広島・長崎の火』を永遠に灯す会」の理事長で弁護士の小野寺利孝氏は10年以上移設先を模索。共同代表を務める福島原発避難者訴訟の原告団長だった早川住職(81)に相談し、受け入れが決まった。

 今年1月には火を受け継ぐ団体「ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマを結ぶ『非核の火』を灯す会」(福島県いわき市)が発足。核兵器だけでなく原発事故の教訓も合わせて伝え、核なき世界を願う「非核の火」として平和への針路を照らす灯火を保守する。伊東達也共同代表は「『これ以上被爆者をつくるな』『二度と原発事故を起こすな』という声を日本と世界に伝えていく決意だ」。

 点火式の呼びかけ人には玄侑宗久氏(同県三春町、臨済宗妙心寺派福聚寺住職)も名を連ねた。「非核の火」の隣に、上野東照宮にあったモニュメントが移設された。新しい火屋に伊東、佐々島忠男両共同代表が種火を移し、原発を許してしまった悔いを綴った安斎育郎立命館大名誉教授と早川住職連名の石碑「原発悔恨・伝言の碑」が除幕された。境内には原発や核兵器の歴史を伝える資料館「伝言館」も開設された。

 午後2時46分に町一帯にサイレンが鳴り響き、仏教や神道、キリスト教の宗教者らが祈りを捧げた。運営費として61人と10団体から募った100万円が小野寺氏から寄付された。

点火式に臨んだ早川住職 早川住職はこの火を「伝言の灯」と呼ぶ。「私たちは核の被害者から伝言された。そのメッセージを次の世代に伝えることが、今を生きる人間の責務だ。その責任は等しく全員にあり、被害者と加害者という枠組みをも超える」と語った。

 新たに造られたモニュメントは上野灯す会が設置。非核の火を灯す会が引き継ぎ管理・運営する。火の燃料費は年間20万円を想定。現在の会員数は約130人で、会員を募集している。個人は1口千円、団体は同2千円。問い合わせは伊東氏(☎0246―23―0488)。

2021/3/18 東日本大震災から10年 各宗派・団体が追悼行事を開催


東北福祉大・全日仏・仙台仏教会・都仏
被災者の心 今なお癒えず 大学法堂で慰霊法要
 4氏によるパネルディスカッション。 右から伊達、千葉、戸松、新倉各氏東北福祉大学・全日本仏教会(全日仏)・仙台仏教会・東京都仏教連合会(都仏)の4団体による震災10年慰霊供養が11日午後2時から仙台市の東北福祉大学法堂で営まれた。この様子はオンラインで配信され、約120人が視聴した。

 法要にあたり仏前には「東日本大震災殉難者諸精霊位」と刻字された位牌を安置。仙台仏教会の伊達廣三会長を導師に営まれた。導師と出仕者たちは観音経を読誦。福祉大在学中に犠牲となった9人の名前が読み上げられると共にすべての物故者を追悼した。発生時刻に先立ち、司会者がダライ・ラマ14世の言葉を紹介した後に、鐘の響きと共に黙とうした。

 終了後、千葉公慈学長が「東日本大震災に思いを馳せ、今を生きる」と題して基調講演。釈尊の教えを「いま、ここ、私」に集約し、「これをいかに生きるのかという実存的な生き方が問われている」と提起。その上で「仏教は思想や哲学にとどまるものではない」として、「信じる心(信心)こそ明日を生きる力となる」と説いた。

 続くパネルディスカッションでは4団体の代表が発表。全日仏の戸松義晴理事長は千葉学長の講演で紹介された『法句経』にある「己が身をひきくらべて」に言及しながら、震災に際して「もし自分の家族や子どもが犠牲になったら…、神も仏もあるのかと疑った」と吐露。さらに宗教者の立場から「われわれにできるのは、祈ること、回向すること」と述べつつ、「被災者の笑顔に救われたこともあった」と話した。

 震災直後から被災地に入った都仏の新倉典生氏は当初、暗中模索だったと告白。現在は大震災の経験を東京で生かすために防災への取り組みを推進しているとし、「災害発生の際にお寺や宗教施設が貢献できるよう、東京都宗教連盟と都の間で協定ができた。東京の防災、減災、人々の助けになれば、犠牲者に報いることになるのではないか」と報告。さらに「支え合う意識、絆の強さを実感した10年ではなかったか」と振り返った。

 地元被災地で活動してきた仙台仏教会の伊達会長は、「この間、語ることのできた人や、ある程度語って心の中に光が届いた人もいるが、まだまだ語りきれない、また語ることのできない人がいる」と被災者の心情を思いやった。

 被災者の中には海(波)の音や潮の香りに身震いする人が少なくないという。そのため住み慣れた沿岸部から内陸部に住宅を新築した人もいる。伊達会長は「沿岸部のお寺にお墓のある方が、海の音がしないところに眠りたいと内陸部の私の寺に来たりする。良いのか悪いのか迷いましたが、菩提寺さまの許可をいただいて新たに墓地を設け、ご供養されている。

 その方の悩みを聴き、心の病が癒えない人はまだまだ多いと思います」と復興への険しい道のりを口にした。


全曹青・全日仏青・WFBY
青年僧が支援継続を誓う

 全国曹洞宗青年会(全曹青、原知昭会長)と全日本仏教青年会(全日仏青、谷晃仁理事長)、世界仏教徒青年連盟(WFBY、村山博雅会長)は10日、「東日本大震災慰霊復興祈願法要」を福島県伊達市の曹洞宗成林寺で営んだ。全国から寄せられた写経を奉納し慰霊や復興の祈りを届けるとともに、10年の節目を過ぎても支援し続けると誓いを新たにした。

 法要は3団体の共催。物故者追悼と復興の誓いを込めて建立された、同寺に安置される納経塔前で執行された。支援活動の拠点となり、記念碑「活動の灯」が建立された宮城県角田市の曹洞宗自照院、岩手県山田町の同宗龍泉寺をはじめ全国の僧侶らがオンラインで参加した。

 原会長が挨拶し、「失われた命、そして生きとし生けるすべての命に耳を傾け、向き合ってきた10年だった」と歩みを振り返り、「この法要が明日への新たな一歩を踏み出す力となり、未来に大輪の花を咲かせることができる一助となるよう願いたい」と話した。

 地震が発生した午後2時46分から1分間の黙とうを捧げた後、納経塔に刻まれた碑文「鎮魂の誓い」を唱和。写経は約6千枚が寄せられ、納経塔に奉納した。オンラインで参加した各地の寺院の法要も中継された。

 谷理事長は、この10年間でさまざまな自然災害が起こり、全国から支援の手が差し伸べられてきたとし、「どんなことが起ころうとも、今の日本には助け合い、支え合う力がある。全日仏青としてもこれからも被災地へ足を運び続けたい」と述べた。

 村山会長は10年前にボランティアで被災地に駆けつけたことを回顧し、「そのときの思いは今も私とともにあり、そのときの経験が今の私をつくり上げている。これは多くの方々に言えることと思う。決して忘れてはならない記憶だ。これからもずっと応援していきたい」と語った。

 新型コロナウイルス感染拡大を防ぐため、各団体の代表者ら少数の僧侶だけが現地を訪問。全曹青や全日仏青の加盟32団体がオンラインで参加した。法要は全曹青のユーチューブチャンネルで視聴できる。

2021/3/18 沖縄「孔子廟」政教分離訴訟 最高裁が違憲判決

 
 儒教の祖である孔子を祀る「孔子廟」が沖縄県那覇市の所有地にありながら、市が敷地の使用料を徴収しなかったことの是非が争われた裁判で、最高裁大法廷(大谷直人裁判長)は2月24日、政教分離に違反するとの判決を出した。裁判官15人中14人が違憲とし、1人が合憲とした。

 沖縄市の公園内にある孔子廟(久米至聖廟)は一般社団法人「久米崇聖会」が管理。市は使用料を免除していたが、住民が無償提供の違法確認を求めて提訴していた。

 最高裁判決では、施設は、「社寺との類似性」があり、平成25年(2013)以降、孔子の誕生日とされる9月28日に行われている祭礼は「宗教的意義を有する儀式」と規定している。

 そして「社会通念に照らして総合的に判断すると、本件免除は、市と宗教との関わり合いが、我が国の社会的、文化的諸条件に照らし、信教の自由の保障の確保という制度の根本目的との関係で相当とされる限度を超えるものとして、憲法20条3項の禁止する宗教的活動に該当すると解するのが相当である」と判示。公園内の施設で宗教儀式が行われていることを踏まえ、政教分離に違反するとした。

解説 塚田穂高氏(上越教育大学大学院助教)
公有地の「宗教」施設 確認必要

 最高裁が戦後、政教分離関連で違憲判断をくだすのは、1997年の愛媛玉串料訴訟、2010年の北海道砂川市空知太神社訴訟に続き、3例目である。よって、「歴史的出来事」ではある。判決の評価は難しいが、宗教研究者として「宗教」を広く捉えることを前提とし、孔子廟という施設の様態や、儀礼内容など事実認定から明らかとなっている事項を踏まえた上で、「宗教」に対する公平性を考えるならば、妥当と言わざるをえない(ここでは原告側の訴訟動機等については省略する)。

 本判決の注目点の一つは、「儒教は宗教か」をめぐってである。結論的には、この問いそのものには明確に答えず、孔子廟が「外観等に照らして」「社寺との類似性」があり、そこで行われている儀礼に「宗教的意義」があるとした。他方、2018年4月の地裁差戻し審判決では、廟を設置する一般社団法人を憲法20条1項・89条の「宗教団体」「宗教上の組織」に該当するものとしていたが、最高裁では同条項については「違反するか否かについて判断するまでもな」いとした。これは宗教法人ではない法人を「宗教」認定することに慎重になったとも言えようが、「氏子集団」という「宗教団体」に特別な便益を提供していると認定し違憲判断した空知太神社訴訟と比べると、異なる理路を選んだこととなる。

 その帰結として、もう一つの注目点である「国・自治体の宗教的活動とは何か」が前景化する。「宗教団体」かどうかはともかく、そういう宗教的な儀礼が行われている宗教的に見える施設に公有地を無償提供していること自体が、「一般人の目から見て」「社会通念に照らして総合的に判断すると」「限度を超える」、20条3項の「(自治体による)宗教的活動」に当たるため違憲だとしたのだ。

 これらの点を総合すると、当該団体が「宗教団体」「宗教法人」かは問われず、「社会通念に照らして総合的に判断」される20条3項の国・自治体が忌避すべき「宗教的活動」の外延が広げられた、ハードルが低くなったような印象を持たざるを得ない。

 では、本判決の影響はどうか。空知太神社訴訟の際には、全国に数千件も類似事例があるとも言われ、各地への波及の懸念が見られたが、本件ではほぼ見られない。各地の孔子廟への影響だけが言及されている傾向もある。はたしてそうだろうか。やはり、公有地上の「宗教」施設に対する重要判例が積み重ねられたと見るべきだ。

 その点ではまず、国や自治体はあらためて公有地を点検する必要があろう。空知太神社訴訟以降、確認作業は進んだが、筆者の調査結果からいえばこれも自治体による差が大きい。

 宗教界、特に仏教界も各寺院であらためて境内地等が公有地にかかっていないか確認しておきたい(そういうケースはある)。宗派としての取り組みがあってもよいかもしれない。他人事とするのではなく、社会のなかで持続可能なかたちで存在していくためにも、必要なことだと思う。(宗教社会学者、著書に『宗教と政治の転轍点』など)

2021/3/11 9条世界宗教者会議 オンラインで開催 平和憲法を世界に発信


 オンラインで開催された9条世界宗教者会議 日本国憲法第9条に込められた平和の精神を再確認し、世界に発信しようと7回目となる9条世界宗教者会議が2・3両日、東京と沖縄をベースにオンラインで開催された。「憲法9条とアジアの平和―沖縄からの祈り」のテーマのもと、オンラインで開催された。13カ国・地域から約120人が意見を交わした。6日の報告会では6項目の行動計画を盛り込んだ共同声明が発表された。




第7回9条会議共同声明の行動計画(要旨)


1 今年5月3日午後6時、「普天間基地ゲート前でゴスペルを歌う会」に連帯し、オスプレイ配備の反対、軍事基地の撤去、暴力への抗議(NO!OSPREY NO!RAPE NO!BASE)を表明して、We shall overcomeを歌う会を各地で開催する。

2 沖縄辺野古新基地建設埋立工事に、沖縄戦戦没者(日本兵、沖縄住民、朝鮮半島からの連行者)の遺骨が眠る沖縄本島南部の土砂を使うことに反対する意思表明を行うために、沖縄県知事あてに、ファックスあるいはメールを反対のメールを送る。玉城デニー沖縄県知事は、知事権限を行使し、熊野鉱山の開発をやめてください。遺骨が眠る土砂を基地に使ってはならない。

3 今年5月3日、各国の日本大使館に「9条守れ」のメッセージを送る。

4 韓国平和アッピール 朝鮮戦争を終結せよ Korean Peace Appeal―End The Korean Warを支持する。

5 バイデン政権に対し、「アジア基軸」(Pivot To Asia)政策を再検討し、対立を避け、武力の行使、あるいは脅威によらないアジア太平洋地域の緊張緩和を強く求める。

6 若い世代が、平和、非暴力について知識を深め、体験によって感性を培うために、体験学習、オンラインのプログラム、諸宗教の祈りの集いなどについて情報を交換する。

2021/3/11 浄土宗東京教区 コロナで収入4割減 都内の半数以上が回答


オンラインでも行われた講習会。左から佐藤雅彦教化団長、林田氏、武田氏、小川氏 浄土宗東京教区は2月26日に普通講習会を開催し、昨秋行った新型コロナに関するアンケート結果からコロナ禍の教化について考察した。調査結果からは前年収入比で半数以上の寺院が4割以上の減収と判明。葬儀・法事が縮小するなか、寺院からの発信強化が呼びかけられた。

 東京教区は昨年9月に438カ寺を対象に新型コロナの影響に関わるアンケートを実施。210カ寺が回答した。そのうち「影響を受けた」寺院は96%。前年同時期と比べた寺院収入の割合は4割減60件(28%)、2割減47件(22%)、6割減35件(17%)、8割減26件(12%)、増減なし19件(9%)で、半数以上の寺院が4割以上の減収となった。

 アンケート結果を武田道生氏(元淑徳大学准教授)が考察。葬儀は「会葬者の減少」「直葬・骨葬などの簡素化」「お斎の中止」などの簡素化がすすみ、自由記述では「四十九日になって納骨を兼ねた授戒葬儀」、「住職から火葬場への同行を自粛」といった事例もみられた。武田氏は「収骨まで立ち会う時間が重要だ。寄り添うという住職の役割に対し、遺族だけでの収骨が増えているとしたら、住職として自分から首を絞めている」と懸念した。

 新型コロナ感染者の葬儀を行った25件中、「お骨になってから」13件、「四十九日忌」6件、「行わなかった」5件、「通常通り」1件となった。武田氏は「やらないというのは遺族にとって救いにならない。最大の対策をしてやるのが聖職者の役目ではないか」と苦言を呈した。法事や行事の減少・縮小の増加という結果をみながら、「亡くなった方と家族を結びつける役割が寺や住職にはある」と確認し、「お寺が気にかけていることを檀家さんに知ってもらう努力を」と積極的な発信を呼びかけた。

 大正大学地域構想研究所BSR推進センターの小川有閑氏は、同センターの寺院WEB調査の結果を報告。昨年5月・12月の調査結果を全国と東京で比較した。全国的に葬儀・法事の規模は縮小しているが、東京での簡素化は極めて顕著と指摘した。こうしたなか「お便り」などの紙媒体が「温もりが伝わるコミュニケーション」として見直されたことなど、メッセージを発信する重要性も強調した。

 講習会は新型コロナと教化をテーマに開催。大正大学の林田康順教授がコロナ感染症を視野に「法然上人の祈りについて」と題した講義も行った。増上寺慈雲閣の会場とオンラインを併用し、120人が受講した。

2021/3/11 宗教者ネットら呼びかけ 沖縄の断食行動に連帯 辺野古新基地問題で

 
約100人の宗教者・市民が参加した衆議院議員会館での集会 沖縄県名護市の辺野古新基地建設のための埋め立て問題で、沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松氏が今月1日から6日まで、戦没者の遺骨を含む土砂の使用に反対するハンガーストライキ(断食行動)を沖縄県庁前で行った。「平和をつくり出す宗教者ネット」「基地のない沖縄をめざす宗教者の集い」の呼びかけで2日、東京都千代田区の衆議院第一議員会館で具志堅氏に連帯する集会が開かれ、約100人の宗教者・市民が参加した。


 テレビ電話で沖縄県庁前と東京の会場をつなぎ、具志堅氏が東京の集会に参加。沖縄戦犠牲者の遺骨を遺族に返すため、38年間にわたり現地で遺骨を収集してきた具志堅氏は、ハンガーストライキにより「どうか本土にいるご遺族に、亡くなった犠牲者の遺骨がアメリカ軍の基地建設現場の埋め立てに使われようとしている現状を知ってほしい」と訴えた。

 さらに「私が訴えているのは、基地の建設に賛成とか反対とか、政治的な問題を取り上げているのでありません。戦没者の尊厳を守るため、国による戦死者への冒涜を止めさせてくださいという要請です。どうか皆さん、この気持ちを共有してください、一緒に声をあげてください」と話した。

 主催団体の挨拶では、浄土真宗僧侶の石川勇吉氏が「お骨が混じった砂を土砂として扱う、それを戦争に直結する基地建設に使う、そんなことは断じてあってはならない」。日本山妙法寺の武田隆雄氏は「今後も沖縄の運動、そして日本中の市民運動と連携していけるよう努力したい」と協力を呼びかけた。

 ハンガーストライキ最終日の6日には、東京・渋谷駅ハチ公前広場でもスタンディング連帯行動を実施した。

 賛同者はさらに広がり、ハンガーストライキ開始から沖縄県庁前で集められた賛同は6530人にのぼった。これを含む賛同者数の合計は計1万7272人(3月8日現在)に達している。

2021/3/4 宗会シーズン 本願寺派・智山派・浄土宗・高野山


執務方針を演説する石上総長 本願寺派宗会 伝道「茨の道」を覚悟
 浄土真宗本願寺派は2月25日、第319回定期宗会(園城義孝議長)を京都市下京区の宗務所に9日間の会期で招集した。昨年12月に3期目の総長当選を果たした石上智康総長は、浄土真宗の教えが一般生活者、とくに若者たちに伝道しきれていないことに危機感をあらわにし、改めて「伝える伝道から伝わる伝道」に進んでいく強い意志を示した。

 石上総長は執務方針演説でコロナ下における宗門内外の厳しい現実を認めた。中世の欧州でペスト大流行後に、人々への救いも死の意味への回答も与えられなかったカトリックが権威を失墜したというフランスの思想家ジャック・アタリの説を紹介し、同様の事態がコロナ後の日本仏教に起きるのではないかと危惧。

 新型コロナウイルスの蔓延を受け、昨年6月以後「本願寺新報」の全面を使い「すべての人々へのメッセージ」をポスターとして発信しているが、インターネットを使って全世代500人にポスターの言葉の意味が理解できたかを調査したところ、結果は「極めて厳しいものだった」という。

 科学や技術、知的分別を是とする現代人に「伝わる伝道」をすることは「茨の道」だとしつつ、「従来のようにご聴聞を継続してくださっている世代や地域の人は加速度的に減少していく」と予測。インスタグラム、フェイスブック、ツイッターなどのSNSツールでの伝道が不可欠とし、そこから仏縁を深めるため「突き刺さる言葉」をどう生み出していくかが大切だと展望した。これに関連し、DX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組むことも方針として掲げた。(続きは紙面でご覧下さい)


演説する芙蓉総長 智山派教区代表会 ご誕生事業本格始動
 真言宗智山派(芙蓉良英宗務総長)の第132次定期教区代表会(池田英乘議長)が2月23~25日、京都市東山区の総本山智積院内宗務庁に招集された。智積院境内で建設工事が進む新宝物館「展示・収蔵庫」に続き、令和5年に迎える「宗祖弘法大師ご誕生1250年」の慶讃事業が本格的に始動。総本山の信仰環境を護持する大規模補修工事がスタートすることになった。

 平成16年以来となる金堂の全面補修工事(工期5月1日~令和4年3月31日)では、㈲ベック建設(京都府向日市)と1億5570万5千円での請負契約締結を承認。境内各所の築地塀の修繕工事(工期7月1日~令和4年3月31日)でも、同社と4048万円で同契約を結ぶことになった。

 さらに智積院所蔵の代表的な宝物で、桃山期の美の頂点に位置する長谷川等伯一門の国宝障壁画の修理(期間4月1日~令和6年3月31日)の業務請負契約を、4626万5404円で㈱岡墨光堂(京都市)と締結することも承認。国宝「紙本金地著色 松に草花図」と重要文化財「金地著色 松ニ梅図」を修復する。

 同事業は国庫補助金の対象で、令和3年度分として503万4千円を受ける。建設中の「展示・収蔵庫」への同年度分の国庫補助金は2757万5千円。

 池田議長は閉会式の挨拶で、「ご誕生1250年奉修事業の全てが完成に向かって進み始めた」と感想。「宗団が一丸となってこの大事業を完遂させることが、宗祖弘法大師の鴻恩に報いることだと確信する」と強調した。

 令和3年度の「ご誕生1250年奉修事業特別会計」予算は18億7912万1千円。(続きは紙面でご覧下さい)

 浄土宗宗議会 コロナ給付金3億3千万円 
 浄土宗は1日、第125次定期宗議会(村上眞孝議長)を4日間の会期で京都市東山区の宗務庁に招集した。川中光敎宗務総長は執務方針演説で、目睫に迫った浄土宗開宗850年(令和6年)に向けての事業全体像を明らかにすること、新型コロナウイルスを徹底予防した上での僧侶育成、宗務庁の構造改革推進を掲げた。

 令和3年度の一般会計経常部予算は約24億円で前年度当初予算比1億1千万円減。ただしこれは一般会計の収益事業収入(出版部門)をすべて特別会計「浄土宗出版事業」(予算額約4億9千万円)として移管したことも要因にある。文化庁が出版事業は特別会計とすべきと指導していることを受けての移管。

 一般会計経常部には新型コロナ対策費として約5600万円を計上。宗議会議員、道場入行者らへのPCR検査代や感染防止物品の購入などに充てられている。

 特別会計「災害救援復興資金」に、新型コロナ対策として感染症対策支援給付金を計上。本山・特別寺院を除くすべての一般寺院に対し、通常課金における等級割課金の約23%にあたる総額3億3千万円を、令和3年度課金納付時に交付する。また感染症対策支援貸付金の予算として1億5千万円を計上。新型コロナの影響で寺院収入が減少した寺院に1千万円を無利子で貸し付ける(償還期間5年)。(続きは紙面でご覧下さい)

 高野山真言宗宗会 寺族婦人保護規程を可決 得度義務は努力目標に
 高野山真言宗(添田隆昭宗務総長)の第166次春季宗会(安藤尊仁議長)が3月2〜4日、和歌山県高野町の宗務所に招集された。コロナ禍で1年遅れとなった寺族婦人の保護規則を可決。法的立場が不安定とされる寺族婦人(主に住職夫人)を宗務所に寺族代表として登録し、各末寺の規則を変更した上で各宗教法人の責任役員に就任できるようにした。登録は任意で届出制。

 血縁関係のない新住職や法類によって前住職夫人が寺から放逐されるという深刻な実例を踏まえて策定された同規則案。宗規上に初めて「寺族婦人」が明記され、役割や責務とともに保護についても具体的に規定される存在となった。

 同規則は寺族婦人会の正副会長も参画した対策委員会での討議を経て、制度調査会で成案化。当初案では寺族代表登録を行う前提として「寺族婦人得度」を義務化していた。昨年上程予定の規則案にはそれが明記されていたが、昨年暮れの制調会で是非が改めて論点になったようで、今回の案からは削除された。添田総長は本紙の取材に「宗規には明記しないが、マニュアルを作る際に『寺族代表は得度を受けていることが望ましい』と入れたい」と話した。

 得度義務化には「寺族婦人」を“呼称か資格か”曖昧な状態から、法儀に基づく資格にまで高める意図が込められていたとみられ、宗教法人の責任役員に就任できるようにするための措置と表裏一体の規定となっていたようだ。

 寺族婦人の得度を義務化して「資格」とする試みは、他宗派に複数の先行事例がある。だが結果として定着せずに、「寺族婦人は得度を受けるものとする」などと努力目標に後退してしまった感がある。僧籍簿とは異なり寺族婦人の登録が任意であるため、宗派の思うようには進まなかった事情も背景にあるようだ。

 添田総長は施政方針演説で、「寺族代表=責任役員」という新概念を説明した。

2021/3/4 超高齢社会 VRで認知症を体験 変わる病状理解 小さな手助けを社会に


VRで認知症の症状を体験的に学んだ 超高齢社会を迎え、認知症人口が2025年には約700万人とも推計される。社会的な課題となるなか、VR(バーチャルリアリティ)で認知症を体験的に学ぶセミナーが2月19日、千葉県松戸市の法要館八柱霊園前で行われた。僧侶、介護・医療関係者らが参加し、認知症と共生する社会における理解と支援の在り方を学んだ。

 セミナーは超宗派の有志僧侶や神職からなる(一社)「恩送り」と、SRE AI Partners㈱(ソニーグループ)、㈱シルバーウッド、㈱センタンが共同し、経済産業省の認知症共生社会に向けた効果検証事業の一環。高齢者住宅・施設の運営やVRコンテンツ開発をてがける㈱シルバーウッドの石田香澄さんを講師に3つのVRプログラムを体験した。

 一つ目は認知症の中核症状である「空間失認」を体験するプログラム。VRゴーグルを付けると、突如ビルの屋上に立っていて、背後から「降りますよ」と促す声が聞こえてくる。状況が分からず戸惑っていると、場面が切り替わり地上へ。ヘルパーが笑いかけ、その後ろには車がある。

 このプログラムは実際の認知症高齢者が「ビルの上に立っている」と感じて車から降りられなくなったケースをもとに作られた。空間を認識できない症状に、石田さんは「もし車から降りることを躊躇っている人がいたら恐怖のためと思ってほしい。そして〝どうしたんですか?〟〝何が見えますか?〟と言葉をかけて、何を感じているかを知る。聴くことがまずは何よりも大事」と理解を求めた。

症状の軽減も

 このケースで無理やり車から降ろそうとした場合はどうなるのか。石田さんは患者の中に不信感が生まれ、介護側も症状の悪化と評価してしまうと指摘。認知症患者の感情や見える世界を知り、接し方を変えていければ「うつ状態や怒りっぽくなるといった認知症の行動・心理症状も軽減できるのではないか」と解説した。

 若年性認知症の男性の体験をもとにした「ここはどこですか編」、人物や動物の幻視がみえる「レビー小体病幻視編」もVRで体験。症状を理解することの重要性や、どんなサポートが必要かを示唆する内容となっている。石田さんは「町中に小さい手助けが溢れていることが大切だ」と社会の課題も示した。

 参加した㈲川本商店の川本雅由さんは「知識として学んだことはあったが体験はなく、最初のVRでも後ろから声を掛けられるだけで怖かったり、些細なことが気になると実感できた」と収穫を口にした。日本看取り士会の中屋敷妙子さんは、「レビー小体病の幻視の話は聴いたこともあるが、こんな風に見えていたのかと、自分で体験できたのは貴重」と理解を深めた。恩送り会員の三上蓮淨さん(東京都板橋区・真言宗慈慧院)は社会福祉に携わったこともあるが「体験すると違いました。(認知症だから)仕方ないではなく、認識の仕方で変わる」と共生社会へのヒントを見出した。

 セミナーではVRの他にも高品質の音声と映像で自然なコミュニケーションを可能にする「テレプレゼンシステム『窓』」も体験。「高齢者宅↔家族宅」「介護現場↔集いの場」をつなぐ最新のデジタル『窓』の技術にも触れた。

恩送りの新田代表 恩送りの新田崇信代表の自坊は滋賀県長浜市の浄土真宗佛心寺で、東京都豊島区に東京布教所をつくり活動をはじめた。無縁社会といわれるなかで、2018年に社団法人を設立。宗派や国籍を問わず入れる合同供養墓を作り、納骨や供養の相談を受け付けてきた。

困っている声から

 恩送りの主たる活動場である法要館本堂には自治体等からの要請で引き取り手のない遺骨も安置する。年間100柱ほどを預かり、年に2~3人の引き取り手が現れることもあるため5年間は無償で預かっている。このほか、子ども食堂や障がい者支援など幅広い取り組みで、支えあいの共生社会を目指している。

 新田代表は「活動を通じて(介護や認知症についての)困っている、という声を聴いてきた」ことをきっかけに認知症支援に着手。次世代企業とも積極的に連携を図り、「お寺はつながりを生む場所。ITの力も使ってご縁をつないでいきたい」と展望した。

2021/3/4 第38回庭野平和賞 台湾の昭慧法師に 動物保護からジェンダーまで社会派の尼僧


第38回庭野平和賞を受賞した昭慧法師 © Hong Shi Cultural and Educational Foundation  宗教協力による世界平和や平和構築に貢献した個人や団体を顕彰する第38回庭野平和賞は、仏教思想に基づいて動物保護や死刑廃止、人権保護、カジノ反対、ジェンダー平等などに取り組む台湾の社会派尼僧、昭慧(チャオフェイ)法師(63)に決まった。2月26日、(公財)庭野平和財団の庭野浩士理事長により発表された。贈呈式は6月2日に開催するが、実施方法についてはオンラインを含め決定次第、同財団HPなどで発表する。

 昭慧法師は1957年、中国本土出身の両親のもとミャンマーのヤンゴンで生まれた。1965年に家族と共に台湾に移住。1978年に出家し、仏教の道を歩み始めた。玄奘大学や佛教弘誓学院で教鞭を執り、現在は玄奘大学宗教文化部長を務めている学究派でもある。

 27歳の時、日本の大正大学で博士号を取得した印順導師との出会いが昭慧法師のその後を決定づけた。それから仏教精神に基づいた社会運動を推進してきた。「すべての生きとし生けるものを尊ぶ」という教えから、台湾において「野生動物保護法」と「動物保護法」の立法に取り組んだ。

台湾国内初となるLGBT カップルの結婚式を主宰(2012) © 2012 Hong Shi Cultural and Educational Foundation また男性・女性という性別が、社会的にさまざまな差別を生んでいるジェンダー差別にも目を向け、2001年、尼僧は男僧に従わなければならないとする「八敬法」の廃止を求めて声をあげた。2012年には台湾で初めての仏教徒の同性結婚式を主宰して世界的に注目された。

 今回の庭野平和賞決定にあたり、125カ国600人の学識者や宗教者に推薦を依頼。第1次、第2次書類選考等を経て5組に絞られ、庭野平和賞委員会委員による最終選考(オンライン)で決まった。


 不正見たら行動 昭慧法師の受諾メッセージ

 90 年代以降、私はギャンブルや動物虐待、核エネルギーの拡散、そして愛や家族の差別的解釈について反対する運動に関わってきました。なぜなら、それらがいかに大きな害を及ぼしているかを目にしてきたからです。

 もちろん、声を上げることは常にリスクが伴いますが、真の平和は、表面的な調和や平穏という幻想を越えた先を見据えられた時こそ実現します。私たちが不正を見て行動しないとき、そこに私たちも一種の苦痛を経験します。行動を起こすことで、私たちの心と世界に、より深い平穏と平和が生まれます。

 コロナウイルスの世界的大流行は、長年にわたる幻想を露呈し、古い様式を打ち砕きました。私たちに与えられているものは、一切衆生のためにより良く構築するためのかつてない機会です。私は、積極的かつより永続的な平和へのこうした献身の覚悟をもって、謹んで庭野平和賞をお受け致します。 (要旨)
 
 解説 證厳法師に続き台湾から2人目 
 「人間(じんかん)仏教」の継承・実践者

 昭慧法師は、台湾から2人目の受賞者となった。07年の受賞者は、財団法人台湾仏教慈済慈善事業基金会(仏教慈済基金会)創始者の證厳法師(1937~)である。両法師とも「人間(じんかん)仏教」を提唱した印順導師(1906~2005)に師事し、強い影響を受けている。人間仏教は、日本では仏教を基盤とした社会活動の意味に近い。すなわち「世の中で仏教の教えを実践し広めること」(仏教慈済基金会日本語HP)である。

 記者発表で両法師とも印順導師の弟子であることについて庭野理事長は「たまたまです」と説明した。また人間仏教には「人間の活動にいかに仏教を生かしていくかという発想がある。證厳法師にもそういうところがある」と両法師の共通性を紹介した。

 『驚異の仏教ボランティア― 台湾の社会参画仏教「慈済会」』(白馬社)の著者で、台湾宗教に詳しい金子昭氏は、昭慧法師に直接会ったことはないとしつつ、次のようにコメントした。

 「昭慧法師は台湾のテレビ番組によく出ておられ、多岐にわたる社会活動は大変有名です。

 證厳法師の慈済基金会が組織化された『社会事業』だとすれば、昭慧法師は、所属は玄奘大学や仏教弘誓学院などありますが、基本は法師個人による『社会活動』です。社会事業にせよ、社会活動にせよ、人間仏教(≒社会参画仏教)の現われ方の違いかと思います。

 昭慧法師自身も證厳法師を尊敬しており、仏教弘誓学院の共同設立者の性廣法師(この性廣法師が1986年に弘誓協会を創立してそれを母体に92年にできたのが弘誓学院です)と3名での写真もあります。仏教弘誓学院はまさに印順導師の人間仏教の理念に基づいているものです」

2月

2021/2/25 日蓮宗 オンラインで国内外を結び 宗祖降誕800年法要を執行


日蓮聖人誕生の聖地・誕生寺で営まれた宗門法要 宗祖日蓮聖人の降誕800年正当を迎え、日蓮宗(中川法政宗務総長)は16日、千葉県鴨川市の大本山誕生寺(石川日命貫首)で宗門法要「宗祖降誕八百年慶讃大法要」を執り行った。コロナ禍ということもあり、感染防止対策を徹底しながら、宗祖誕生の聖地と国内外の僧俗をオンラインで結び、リモート参加型の法要として営まれた。前日、翌日にも地元千葉教区や誕生寺主催の法要も行われ、宗祖降誕八百年の聖日を祝った。

 正当である16日の宗門法要は、菅野日彰管長(大本山池上本門寺貫首)を大導師に厳修。菅野管長以下、式衆来賓はマスクとフェイスシールドを着用し、検温や手指消毒、換気など感染防止対策が徹底された。法要の内容は簡略化せず、宗門法要としての修法祈祷や数々の声明が盛り込まれた。

 会場となった祖師堂にはオンライン配信のためにビテレビカメラ8台、大型モニター10台を配置。国内全74管区の代表者、アメリカ、インド、インドネシア、イタリア、ドイツ、ブラジル、マレーシア、韓国の国際布教師が参加し、祖師堂に参列した宗務内局や宗会議員、本山貫首など宗門要路とともに宗祖降誕を祝う国内外の思いが宗祖誕生の聖地に集結した。

 御親教で菅野管長は、世界各地の現在時刻を挙げ、法要の中継を見守る人々のリモートでの参加に感謝。国内外の僧俗が一体となって「この尊い聖日を機に、お題目の輪を広げ人々をやすらぎの世界にともに導いていかせていただきたい」と話した。

 表白を述べた中川総長は挨拶で先師先哲による800年にわたる不断の努力が紡がれた宗門の歴史を思い、「私たちは宗祖、先師先哲の要靖に応え、未来に向けてその歴史を繋げていく義務がございます。この法要は、その決意と覚悟を次の時代に向けてお誓いする砌なのです」と祖願成就への決意を新たにした。

 石川貫首も「このご降誕800年以後、一人ひとりが心のよみがえりの道場として、全国の方々の心の拠り所、法華の道場として山内一同、異体同心、一意専心の想いで、蘇生願満日蓮聖人へ給仕の誠を捧げてまいる所存」と誓った。

 法要後は、宝前にも置かれた世界的イラストレーター天野喜孝氏の「法華経画」を宝物館で展示。夜には、奉納演舞『日蓮』が披露された。竹灯籠による境内ライトアップ、宗祖降誕の伝説「三奇瑞」を意味する3色のライトも点灯。降誕800年を祝う「報恩献灯花火」も海上に打ち上げられた。

2021/2/25 宗会シーズン 臨済宗妙心寺派・曹洞宗


施政方針を演説する栗原総長 【妙心寺派】ハラスメント防止を規定 職員の服務を厳格化
 臨済宗妙心寺派は17日から19日まで、京都市右京区の花園会館に第140次定期宗議会(小川哲秀議長)を招集。宗務本所職員規程を改正し、ハラスメント防止をより厳格に義務付けることが可決された。新年度歳入歳出通常会計予算は秋の宗議会で可決された毎歳香資(僧侶賦課金)の増額などもあり、約10億8千万円で今年度当初予算比約1億1千万円の増。5月25日に任期満了となる栗原正雄宗務総長・内局にとって最後の定期宗議会となる。

 栗原総長は初日の施政方針演説で「万遺漏なきよう十全な引継ぎをして、次期内局に新しい施政、施策を実施していただけますよう、全力を尽くしたい」と述べた。課題としては財政の逼迫をあげ、昨夏からの宗務本所機構刷新会議などで歳出削減を図っているが「継続した歳出削減とともに、歳入の増加につながる花園会費等の見直しも喫緊の課題」とした。

 宗務本所職員規程は従来から服務の心得(第30条)として性的言動や人格を傷つける指導・注意を禁じていたが、今改正で「相手の意に反する性的言動や、妊娠、出産、育児及び介護に関する不適切な言動、又は相手の尊厳や人格を不当に傷つけるような指導、注意、行為等によって他の職員、本派の僧侶及び檀信徒へ迷惑をかけないこと」と詳細に整えた。これらの行為が再度に及んだ場合や悪質なとき、「他の職員に対して、交際や性的関係を強要したとき」は総長が諭旨退職又は懲誡免職処分とすることができるようにした。(続きは紙面でご覧下さい)

演説する鬼生田総長 【曹洞宗】宗費賦課金を12%減 コロナ対策に5億円
 曹洞宗の第136回通常宗議会(三𠮷由之議長)が22日、東京都港区の檀信徒会館に招集された。教師などの宗費賦課金を12%減らす新型コロナウイルス対策案のほか、約56億7900万円とした2021年度一般会計予算案など16議案を提案した。

 宗費賦課金の軽減は、寺院と教師、准教師それぞれの21年度納付額を12%差し引く形で実施する。感染症流行の影響で未執行の事業予算を集約するなどした感染症対策積立金5億800万円を財源に充てる。

 この積立金は、2億7400万円が20年度補正予算に計上されたが、残りの金額について鬼生田俊英宗務総長は演説で、「さらに令和2年度の事業の執行状況および今後の事業予定を検討し予算の見直しを図った」と説明した。

 ほかにも新型コロナ対策として、宗令で対応した宗費納付期限延長の特例措置を規定化するため財務規程の変更案を提案。昨年11月に開始した、収入が減少した寺院への運営資金貸付制度に、1月末までに申請のあった2カ寺に貸し付けを行ったことが報告された。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/2/25 文化庁 不活動宗教法人対策会議 将来見据え「トリアージ」必要 格差の増大が深刻化 教団形態の検討訴える


 包括宗教法人に対し、不活動宗教法人に関する自主的な取り組みを求め、必要な対策を伝える文化庁宗務課の「不活動宗教法人対策会議」が16日、初めてオンラインで開かれた。教団や自治体の担当者ら約200人が参加し、急速に進行する人口減や儀礼文化の変容など社会変化を見据えて「トリアージ(優先順位の判断)」といった手を打つ必要性があることも確認した。

 出生数よりも死亡数が上回る人口の自然減は急激に進み、2019年には50万人を超えた。同年の出生数は初めて90万人を切ったが、コロナ禍も少子化に拍車をかけ、2021年に一気に70万人台に落ち込むとの試算もある。

 こうした人口動態に加え、家族構成の変化や地方の過疎化など戦後の社会変動に対応しきれなかった結果、「遠くない将来、寺院の一部が消滅、衰退し、包括団体の財政基盤は弱まっていく」と、講師を務めた石井研士・國學院大教授は指摘。「社会変動は、少子高齢化も伴って祖先祭祀などの儀礼文化にも変容をもたらしている」と寺院が置かれる状況を説明した。

 仏教界にも衝撃を与えた、日本創生会議が提示した「消滅可能性都市」にも象徴されるように、「問題は現象が一律に起こらず、包括団体全体の問題として認識されにくかったこと。当分の間勢力を拡大、維持する寺院もあり、格差の増大が深刻化する」と問題の所在を示した。

 その上で、推進しやすい活性化策をとる教団にとっても、「将来を見据えて、トリアージが必要」と強調。「寺院数や教団の規模、教区などの組織形態といったあり方を検討し、早めに手を打たねばならない。今一度、教団としての一体感を取り戻せるかが問題になる」と語った。

 田中聡明宗務課長は、2019年時点で約18万ある全国の宗教法人(仏教系は約7万7千)のうち不活動宗教法人は約3千500(同約2千)あるとし、放置されると売買の対象になり、脱税などに悪用される懸念があると説明。「宗教法人制度そのものが批判されかねない。各法人の主体的な取り組みが重要になる」と話した。

 香取雄太宗務課専門官は「不活動状態となる前の予防措置が大切」と訴え、役員の選任手続きや意思決定の方法など規則を見直しておくべきだと述べた。解散時の課題となっていた境内地など残余財産の処分に関し、初となる近年の国有化の事例も紹介した。富永浩明弁護士が宗教法人の解散や清算の手続きについて実務的な観点から解説した。

2021/2/18 福島県沖地震 相馬市興仁寺「大震災より大きい」 拝殿屋根が崩落


崩落した薬師堂拝殿の屋根(興仁寺提供) 13日午後11時8分頃、福島県沖を震源地に東日本大震災の余震と見られる地震が発生し、最大震度6強の強い揺れが福島県や宮城県で観測された。大震災で大規模半壊の被害を受けた福島県相馬市の浄土宗興仁寺(名木橋隆英住職)では、堂宇の屋根が崩落するなどの被害が出ている。

 薬師堂の拝殿屋根が落ちた。10年前の大震災では持ちこたえたが、今回の揺れに耐えられなかった。名木橋住職は「予兆なしに突然揺れ、非常に驚いた。庫裡で棚を支えるので手一杯で、収まった後に外に出て崩れているのを見つけた」。

 本堂と庫裡の境目が横に5㌢ほどずれたほか、本堂の壁も一部剥落した。墓地では倒れた墓石もあった。大震災後、地震に備えて仏像や位牌が落下しないようくくっていた銅線も切れてしまった。本尊は無事だった。

 「大震災のときよりも大きく長く感じた」と名木橋住職。「今回は食器なども大分落ちた」と揺れの強さを語った。

2021/2/18 日蓮宗遠寿院大荒行堂 コロナ禍 全12人が成満 


百日間の行を終え、成満会に臨む修行僧ら 修法祈祷を修得するため寒一百日間、苦修錬行を行う日蓮宗遠寿院の大荒行が10日に満行を迎え、千葉県市川市の遠寿院大荒行堂(戸田日晨伝師)で成満会が厳修された。コロナ禍の中、昨年11月に入行し、今年1月には政府による緊急事態宣言が発出されたが、入行した12人全員が満行した。

 今年度は、新型コロナウイルスの感染防止策として修行僧を出迎える寺族・檀信徒は修行僧1人につき5人までに制限。外部との接触は細心の注意を払った。成満会も入行時と同様に許可証の無い者は境内への出入りを禁止して営まれた。

 修行僧については、結界が張られ隔離状態にある堂内での修行には特別制限を加えず例年通り行った。コロナウイルスの発症を疑うような事態もなく、戸田伝師は「怪我などもなく逆に例年よりも何事もなく修行を終えられた。尊神さまのお示しとしか思えない」と話した。

 修行僧を迎えにきた僧侶の一人は「無事に成満してくれて本当に良かった。待っている間、なんとか無事にやり遂げることを祈っていた」と我がことのように安心した様子だった。

 成満会の許証授与式で戸田伝師は、「各宗派の修行道場も続々と中止や閉鎖が続いた。色々考えなければならない事態になったが、こういう時こそ、百日の行をして自ら精進に励むのが法華経の行者の保つべき精神だと日頃思っていた」とコロナ禍の入行を振り返った。

 さらに、宗祖日蓮聖人が『曾谷殿御返事』の中で仏教で戒める貪瞋痴が世に広がることで飢饉(貪)、戦争(瞋)、疫病(痴)が蔓延すると記しており、「痴とは、邪な気持ちや自己本位な考え。嫉妬心。こういうもので世の中が形作られてしまうと疫病が出るということではないか」と行や布教の意義を説示。

 荒行堂の護持は、「僧侶だけでなく地域の人々の支援が欠かせない」との感謝も表明し、「日本という国の大切な修行の場としてこれからも伝統を保持していく」とも語った。

2021/2/18 宗教と性差別を徹底討論! 仏教界「意思決定機関に女性なし」 牧師夫人「365日教会在住を求められ」


右上から時計回りに山本氏、太田氏、松谷氏、露の氏、西永氏 「牧師&僧侶&弁護士が宗教界の根深い差別構造をぶった斬る!!」と銘打ったオンライントークイベント「宗教と性差別」が6日に開催された。お寺にも教会にも未だに残る男性中心の考えが厳しく問われた。主催はキリスト新聞社(春秋社・大月書店後援)。司会はキリスト新聞編集長の松谷信司氏が務めた。

 森喜朗元総理大臣が「女性がたくさんいる会議は時間がかかる」「組織委の女性はわきまえている」などと女性差別発言を連発したことを受け、天台宗尼僧で落語家の露の団姫氏は早速「私はわきまえない女です」と自己紹介。露の氏自身は剃髪しているが、剃髪していない尼僧は「まじめにやれ」と男性僧侶から評価されることもあるといい「頭剃っててもまじめにやってへん人もいますし、髪の毛あってもすごくまじめにやってる人もいるやないですか。男性僧侶には、剃髪してるかいないかで評価をするのはやめてほしい」と苦言。伝統教団において最高意思決定機関である宗議会に女性が極端に少ないことも問題視した。天台宗も現状、宗議会議員は全員男性である。

 同じく宗会議員が全員男性で占められている浄土真宗本願寺派の僧侶である西永亜紀子氏(築地本願寺職員)も、「女性を宗会に入れないとおかしいよ、ということすら気づいていないかもしれない。同年代の議員さんには、おかしいと言ってるんですが」と述べ、クオータ制を提案。

 西永氏は17年間、鹿児島別院の僧侶の妻として暮らした後に離婚して上京した経験から、鹿児島別院では、出張所に赴任する僧侶の妻は他の仕事をすることが事実上認められず、寺の運営を手伝う「坊守」となることを余儀なくされ、有無を言わさず数万円の「坊守手当」が口座に振り込まれる特殊な構造があったことも証言した。

 プロテスタント牧師の妻である山本百合氏(仮名)は、所属している教派では数年前まで牧師女性が結婚すると牧師の資格を返上しなければならなかったと説明した。信徒も「牧師夫人は24時間365日教会にいてお茶くみとか、教会の事をするという意識の人がほぼすべて」と嘆息。信徒は牧師の妻に給料を払うという考えもなく、他の仕事をしようとすると白眼視されるといい、教団の構造だけでなく信徒の意識にも問題点があると声をあげた。

 仏教界でも同様に檀信徒の意識が旧態依然としていることは西永氏も指摘。露の氏は、女性僧侶が葬儀の導師を務めた時は男性僧侶の時よりもお布施は少なくていいと思っている檀信徒もいると話した。

 宗教界のさまざまな男女不平等の実態を、目を丸くして驚きつつ聞いていた弁護士の太田啓子氏(国際基督教大学出身)は、時折、法律的なアドバイスを加えつつ連帯の態度を示した。「成文化されていない暗黙のものに縛られていると思う」とし、「うちの宗教はこうだから」と安易に女性差別を温存するのは「宗教への冒涜ではないか」と述べると、参加者一同うなずいた。「わきまえない女」になり、伝統や慣習がどうであろうと、男女差別にはおかしいと言っていくことが大切だという認識で一致した。

2021/2/11 ミャンマーでクーデター発生 WCRP国際委と日本委が声明 拘束者解放、平和回復を要請 

 
 今月1日、ミャンマーで国軍によるクーデターが発生し、昨年11月の総選挙で圧勝したNLD(国民民主連盟)の党首であるアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相、ウィン・ミン大統領ら幹部らが拘束された。現在も軟禁状態が続いている。世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)国際委員会は2日、拘束者の即時解放などを求める声明を発表。3日にはRfPミャンマー委員会のチャールズ・ボー枢機卿がメッセージを発し、4日には日本委員会も植松誠理事長名で声明を発表した。


解説 「ミャンマー政治と仏教僧」 藏本龍介・東京大学東洋文化研究所准教授
 2月1日、ミャンマー国軍は現NLD(国民民主連盟)政権のトップであるアウンサンスーチー氏らを拘束し、全権を掌握した。ミャンマーでは1962年以来、約半世紀に渡って国軍による政治主導が続いた。2011年に民政移管が実現し、2015年に総選挙を経てNLDがようやく政権を握った。

 昨年11月に実施された総選挙ではNLDがさらに議席数を増やし、2月から議会が始まる予定だった。10年に渡る地道な民主化への歩みはしかし、またしても一夜にして閉ざされた。
 
 このクーデターは、国民に失望と混乱を与えているが、一部の仏教ナショナリストにとっては吉報だったかもしれない。ミャンマーでは2011年以降、仏教徒による反ムスリム運動が活発化している。その中心にいるのがウ・ウィラトゥや「民族・宗教保護協会(通称マバタ)」といった政治僧である。彼らは「仏教および仏教徒を守る」ことを目的とした活動を行い、反ムスリム的な法改正まで実現した。しかし国内融和を目指すNLDには批判的な立場を取り、2015年、2020年の総選挙では軍事政権の流れをくむUSDP(連邦団結発展党)側についた。NLD政権下ではその活動は低迷していたが、今回のクーデターを機に、過激な政治僧たちもまた復活するのだろうか。

 独立運動の端緒となった20世紀初頭の反英闘争、国政を混乱させ軍部のクーデターを招いた1950年代の仏教国教化運動、民主化運動を支えた1990年代以降の反軍政デモなど、ミャンマーの近現代史の転換点には常に仏教僧の存在がある。つまり異教徒の侵入や世俗権力による反仏教政策といった仏教の危機に際して、仏教僧が政治活動を行い、国政に大きな影響を与えるというパターンがある。しかし国政が安定すれば仏教僧は政治の舞台から退去させられるというのも毎度の構図である。その意味では、今回の政治僧の役割は既に終わったといえるのかもしれない。

 クーデターに対し、一般の仏教徒たちは非暴力的な不服従を呼びかけあっている。地道な歩みが、また始まる。

2021/2/11 立正佼成会 普門エリアが落成 聖観音菩薩が見守る


庭野会長、次代会長、理事長によるテープカット 立正佼成会は3年かけて東京・杉並の聖地にある普門館の解体と跡地の緑地化を進めてきたが、その工事を終えて8日午前、「普門エリア」落成式が行われ、庭野日鑛会長、庭野光祥次代会長、國富敬二理事長によるテープカットで新たなスタートをきった。

 波羅蜜橋の東側に位置する普門エリア。野球グランドと同じぐらいの敷地を有する。その一角には旧普門館から遷座された普門の象徴である聖観音菩薩像がガラスケースに安置されている。

 テープカット後、入り口から聖観音菩薩像の場所まで庭野会長はじめ教団幹部らがゆっくりと歩いて移動した。式典で庭野会長は、設計を担当した(株)入江三宅設計事務所と施工業者の清水建設(株)に感謝状を贈り、労をねぎらった。

聖観音菩薩像から大聖堂が仰ぎ見られる 庭野会長は謝辞で、教団の希望と諸々の要件を両立させながら完成したことに感謝。さらに「これから植生にあった樹木を植え、花を植え、きれいな場所にしたい」と述べ、誰もが休息でき、心安まる場所を願った。

 庭野会長はまた、コロナ禍の現況に「私たち人間が生き方を省みると共に新たな創造という時期にかかっている。今回の落成式は、そうした状況でなされた。この普門エリアを有効に活用して、みなさまに喜ばれるよう精進したい」と気をひきしめた。

 芝生はまだ色づいていないが、5月頃には一面緑で覆われそうだ。

2021/2/11 レポート 兵庫県尼崎市 浄土宗光明寺 尺八を縁に米国僧が坐禅会 「禅浄双修」を現代に


すっかり意気投合した柴田住職とフーさん 浄土宗といえば、言うまでもなく「ただ一向に念仏すべし」を宗旨とする。だが、坐禅会が好評な浄土宗寺院がある。兵庫県尼崎市西難波町の光明寺(柴田雅章住職)だ。しかも、指導をするのはアメリカ人の禅僧だというから二度びっくり。1月30日に開催されたその「少林寺坐禅」を体験してきた。

 指導するのは米国籍の臨済僧であるフー・ミヤタニ・フレンチさん(漢字表記は宮谷風)。客殿を会場に、まずは阿弥陀如来像に向かって合掌礼拝、お十念。特徴的なのは全身を使った動きと呼吸法を組み合わせていることで、さしずめ「歩行禅」といったところか。どこか太極拳に近いような雰囲気もある。運動不足でカチコチの記者にも「リラックス、リラックス」と優しく指導してくれた。座り方についてはさほど厳格ではなく半跏趺坐でも大丈夫だった。坐蒲ではなく座布団を使用する。

 確かに全身の緊張がほぐれてスッキリした気分になる。日本の坐禅とはまた違った趣で、他ではなかなか体験できないものだ。

 フーさんはカリフォルニア出身で、元々はマーシャルアーツ(格闘技)の武道インストラクター。なぜ禅宗の僧侶に?と尋ねると「武道を深く極めていく中でタオイズム(道教)に出会いました。中国のタオイズムは仏教、特に禅と融合していますし、自然に流れるように禅に関心を持ちました」と英語で話す(取材時は、参加者に通訳していただいた)。「中国のカンフーや拳法はお寺で修行しています。なぜ、お寺で武道をするのか?それが不思議で、武道のフィロソフィーを知りたくて僧侶になりました」という。2016年に中国系臨済宗虚雲禅寺のラスベガス支院で得度し、その後来日したという。


「吹禅」仲間に
 柴田住職(60)によると、もともとはお寺で「禅リズムCafe」というイベントや夏祭りを開き、コンサートや挽きたてコーヒーの提供、ヨガや流しそうめんなどで地域住民や檀信徒と一緒になって楽しい寺作りをしてきた。「けれども、コロナでそれができなくなって、それでも何かイベントができないかと思って企画したのが、フーさんの坐禅会だったのです」。昨年7月から毎月1回行われている。

中国式の坐禅。この時は柴田住職も共に坐る 柴田住職は尺八を学んでおり、外国の奏者とも交流がある。フーさんとは3年ほど前、尺八仲間の米国人の紹介で知り合った。すっかり意気投合した。フーさんはしばしば光明寺を訪れ、共に演奏したりする仲になった。尺八も元々は虚無僧の楽器で、それを吹くのは「吹禅」なのである。

 柴田住職はなぜ、浄土宗ながら禅を受け入れるのか。「藤吉慈海先生に強く影響を受けました」と語る。

 藤吉慈海氏(1915~93)は京大出身で、花園大学教授を務め、大本山鎌倉光明寺法主などを歴任した学僧である。生涯にわたり「禅浄双修」を唱えた。さらに柴田住職は「禅僧の良寛さんは『良寛に辞世あるかと人問はば南無阿弥陀仏というと答へよ』との句を遺しています。自分の宗旨と違うものを認められる許容力がある良寛さんを尊敬していることもありますね」と話す。

 曹洞宗の内山興正氏や浄土真宗の東井義雄氏の本もむさぼり読んだ。救いの道は念仏だけではないというおおらかな考えを抱く。龍樹の「指月の譬え」がお気に入り。「月は真理。指は念仏や坐禅といった伝える手段ではないでしょうか」。すなわち、真理に到達するのが目的なのに、手段にばかり固執してはならないということ。「お釈迦さまの教えは『こだわるな』でしょう。なのに指しか見ていない人がいますよね」

 「禅リズムCafe」やフーさんの坐禅会だけでなく、伝統的な大念珠繰りなどの行事も欠かさない。インスタグラムやYouTubeなどインターネットを活用して情報発信もしており、「インスタを見て、木魚を叩きたい!とお寺に来てくれる親子連れもいらっしゃいます」とニッコリ。坐禅して「無になんねん」と話すちびっ子もいるそうだ。「子どもだからといって、仏教がわからないと思ったら大間違いですよ」と話す。

 総本山知恩院と大本山百万遍知恩寺の布教師でもある柴田住職。幅広い人脈を活かし、固定観念にとらわれない様々な形の伝道にチャレンジする姿はまさに、布教師の鑑といえそうだ。(越高陽介)

2021/2/11 大本開教129年 出口教主 原発と放射能を憂慮 「愛善エネルギー」呼びかける


大潔斎神事でこの世を祓い清めた舞姫 今年開教129年となる大本は2日、四大大祭の一つ「節分大祭」を京都府綾部市の聖地梅松苑で執行した。人数を絞った上で全国信徒の参列を受け入れる予定だったが、緊急事態宣言が京都府にも発出されたことを受け全面謝絶に方針を転換。本部職員らごく少数のみの参加とし、甘酒や福引などの接待も取りやめた。そのため夜を通してオンラインで生中継された(一部録画はYouTubeの大本公式チャンネルで一般公開中)。

 神火が祭壇に奉献され、世界の平和と人類の幸せを祈る「大潔斎神事」が厳修された。2人の舞姫が鈴と麻を振り、大宇宙から家族、個人に至るまでこの世のすべてを祓い清めた。今年一年の五穀豊穣を願う豊年祈願祭や、出口すみこ二代教主(1883年2月3日生まれ)と出口聖子四代教主(1935年2月19日生まれ)の生誕祭も合わせて営まれた。

 全国の信徒から寄せられた人型・形代が、瀬織津姫に扮した祭員により壺に収められ、午後11時と午前2時半の2度にわたり和知川の綾部橋まで運ばれ、神言が奏上される中で川に投じられた。その後は豆まきが長生殿で行われた。大本では鬼神である艮の金神(国常立命)が節分の日に出口なお開祖に神がかりしたことを寿ぐため、「鬼は内、福は内」と呼ぶ。また、炒り豆は発芽しないので、生命に感謝するために生豆を撒くというしきたりでもある。

 祭典に先立ち、小林龍雄本部長と出口紅教主が挨拶した。小林本部長は「コロナ禍で思うような活動には至りませんが、ご家族や信仰の仲間の皆さんと、自分の役割は何か、何ができるかを具体的な活動にイメージしてどのように行動すべきかを話し合っていただくのが大切かと思っております」と、平和を願う愛善精神でできることを一つひとつ実践してほしいと激励。

 出口教主は東日本大震災から10年を迎えるのを前に被災者の心の傷に深い同情を示し、「天災と人災が重なったともいえる原発事故による放射能汚染の問題が常に案じられ、心から離れません」と憂慮。原子力発電は一度事故が起きると人間の手には負えないものであるとし、大地や海、川、空気を汚すことのない大自然の力を「愛善エネルギー」として構築していくことを呼び掛けた。

 安心安全な食の確保のため、個人レベルでも家庭菜園や田畑で作物を育てることも促した。

2021/2/4 全日仏 10月島根大会「やり抜く」清水谷副会長


 全日本仏教会(全日仏)は1月28日、最先端ITを研鑽する新年学習会「仏教のDX(デジタルトランスフォーメーション)化について」をオンラインで開催。開会にあたり大谷光淳会長(浄土真宗本願寺派門主)の挨拶に続いて、副会長で島根県仏教会会長の清水谷善圭氏(天台宗)が1年延期された第45回全日本仏教徒会議島根大会(10月)について「(役員会で)方法を変えてでもやり抜こうと意思を固めた」と表明した。また東京オリンピック・パラリンピックの関連イベントである「世界平和願いの祭典」(7月、築地本願寺)に戸松義晴理事長は「積極的に協力」すると明言した。

 この日は当初、京都で理事会と恒例の新年懇親会が予定されていた。しかし新型コロナウイル感染症の拡大に伴う緊急事態宣言が発せられたため延期となった。理事会は3月上旬に開催される運びだ。

 最初に大谷光淳会長が新年の挨拶を述べた。新型コロナで亡くなった人を追悼し、罹患者を見舞い、医療従事者らに感謝の言葉を述べた。そしてコロナ禍にあって縁起思想の大切さを主張した。

 5人の副会長を代表して島根県仏の清水谷会長が挨拶。コロナ禍で延期された10月の島根大会に対して、役員たちと話し合い「日程短縮はあるにしても、方法を変えてでもやり抜こうではないかという意思を固めた」と苦渋の決意を示した。大会は「異文化理解と共存―仏心を稽古する」をテーマに10月1日(金)2日(土)に松江市内で行われる。清水谷会長は全日仏関係者に協力や支援を要請しながら、「10月、みなさまに松江にお越し頂いて大会が開けるよう切々と訴えた。

 学習会は川邊健太郎氏(Zホールディングス株式会社代表取締役社長兼ヤフー株式会社代表取締役社長)を講師に行われた。ネットとリアルとの連携とその戦略を話したが、その延長上で今年7月に築地本願寺で開催する「世界平和願いの祭典」への参加や協力を呼びかけた。

 同祭典事務局長でもある川邊氏は、東京オリンピック・パラリンピックの公式イベントであることを説明。オリンピックでは「宗教」はタブーだが、文化イベントとして実施する。コロナにより1年延期され、7月10日(土)11日(日)、築地本願寺を会場に行う。

 「コロナ禍のため曖昧な表現になってしまうが、世界のさまざまな宗教の方が集う予定で、世界平和やコロナ終息への願いや祈り、シンポジウムなど」を企画しているという。同祭典会長で元国連事務次長の明石康氏が基調講演を行う。

 戸松理事長は趣旨に理解を示し、「誰一人取り残さない」というSDGs(持続可能な開発目標)の理念に言及しながら「全日仏も、積極的に協力させていただきたい」と応じた。川邊氏は歓迎し、新たな企画があれば提案してほしいと要望した。
 全日仏が今後、どのように協力するのか注目される。

2021/2/4 妙心寺派 無住寺院対策委 無住16カ寺重点的に検討 兼務の見通したたず


 臨済宗妙心寺派は1月26日に京都市右京区の宗務本所で令和2年度無住寺院対策委員会オンライン会議を開催。無住寺院16カ寺を重点的に討議した。他宗と比して積極的な吸収合併・解散の施策を取る同派だが、一部寺院の無住解消には資金や制度面で険しい道のりもあるようだ。

 約3400カ寺を擁する妙心寺派。兼務寺院は約千カ寺あるが、今年度、重点対策寺院と位置付けている無住寺院は16カ寺。このうち、正・兼務住職の遷化により無住状態になっているが、近いうちに兼務住職が就任する予定の寺は10カ寺、やや時間はかかるが後継就任の予定が立っている寺が1カ寺となっている。

 残り5カ寺は長期戦もあり得る模様。責任役員会がコロナ禍で開催できず、代表役員選任手続きが膠着状態になっている寺院や、敷地内に個人所有の土地建物が存在しているためその処分後の兼務住職就任を計画している寺院がある。これらは比較的見通しがついているものの、千葉県のA寺院の場合は、昨年10月に住職が死去したが、支所長によると「その住職が東京都在住で法務には全く関わっておらず、部内寺院との付き合いが皆無であった。そのため兼務住職の引き受け手も皆無」というかなり厳しい状況にあるという。現状調査もまだ手がついていない。
 
 広島県のB寺院では、兼務していた名古屋市在住の住職が一昨年死去。山陽教区第3部支所長から解散に持っていきたいとの意見があり、昨年11月に久司宗浩・宗門活性化推進局顧問らが現地を視察して、責任役員である兼務住職の親族らと面談した。

 兼務住職の実弟が浄土宗寺院の住職をしており、仏像はそちらに奉安されているという。しかし堂宇は荒廃しており、解体にはかなりの費用がかかることが予想される。宗派の「寺院解散補助金」の利用を視野に入れることになった。

 寺院解散補助金は昨年から運用されており、努力の結果どうしても解散がやむを得なくなった寺院が申請する。上限は100万円。ただし、かねてから100万円の補助では足りないとする意見があり、寺院解散補助規程運用細則を改定して100万円以上の支出を可能にする方向性も委員会で提示された。

 今月17~19日の定期宗議会では吸収合併・任意解散が完了した6カ寺について報告される予定。うち、岐阜県の淨專院は終戦直後の旧宗教法人令で宗教法人になったが、その後の宗教法人法で申請手続きをしていなかった特殊な事例で、旧宗教法人令第17条に基づいて清算手続きをする必要があった。

 このため裁判所により清算人として栗原正雄宗務総長が選任され、残余財産の処分と清算決了登記を行った。

2021/2/4 ありそうでなかった 法華経やご遺文おみくじ 日蓮宗兵庫東部布教師会が作成


宗祖降誕800年を記念して制作された「寶樹おみくじ」 日蓮宗兵庫県東部布教師会は、降誕800年記念事業の一つとして「寶樹みくじ」を作成した。法華経や宗祖日蓮聖人のご遺文の聖句が入った「今までありそうでなかった」おみくじで、寺院と参拝者がよりご縁を結ぶ手段となりそうだ。

 「寶樹みくじ」は、1番~31番各50枚(計1550枚)が1セット。1セットの価格は、短冊型が1万5000円(税込み)、折込型は1万8000円(税込み)。短冊型は50セット、折込型は250セットが制作され、計300セットの限定販売となる。

 長崎市の版画家・小﨑侃氏が三十番神と鬼子母神の絵を入れ、カラフルなおみくじに仕上がった。聖句の他にも、スマートフォンなどでおみくじに記載されているQRコードを読み取ると、番号の解説や法話を見ることができる。

 吉凶には「凶」や「大悪」も入っているが、それぞれの番号は束になっており、吉凶の分量は調節可能だ。内訳は大上吉100枚、大吉300枚、吉550枚、半吉250枚、凶250枚、大悪100枚となっている。

 問い合わせは妙法華院内同会担当(☎078-575-2608)。

2021/2/4 醍醐寺 宇宙寺院計画を発表


 醍醐寺は1日、人工衛星開発企業のテラスペース㈱と提携し、宇宙寺院の開発と打ち上げに向けた「劫蘊寺実行委員会」を発足させた。仲田順和座主が「宇宙からの目線で祈ることのできる寺院」の建立を呼び掛けたところ同社の協力を得て、2年後の2023年打ち上げ予定の人工衛星に「宇宙寺院・浄天院劫蘊寺」の建立を目指す。8日に地上で「宇宙法要」を営み、YouTubeで配信する。詳細はホームページ(https://www.gounji.space)で。

1月

2021/1/28 展望2021 「寄り添う」を意識しすぎるな 対本宗訓氏(僧医・秋田県大館記念病院理事長・院長)


 臨床現場に注力
 この3月でこちらにきて丸5年になります。やっと雪に少し慣れたところですが、私は蜜柑の国の生まれですので、雪国の冬はまだ手強いです。

 大都市圏では新型コロナウイルスの感染拡大が続き、収まる気配がない。変異種も出てきている。 

 当地はコロナ陽性者の発生はまだ散発的でしたが、今月に入って、秋田市の市立病院でクラスターが発生し、一気に緊張感が高まっています。

 この地域には大館市立総合病院という基幹病院をはじめとして三つの公立病院があります。その次に位置するのが私どもの大館記念病院で、民間病院としてはトップです。100床近くのベッドはほぼ満杯で、高齢者が多い。急性期医療も担っているので日々外来患者であふれています。その中でいかにコロナの院内感染を起こさないかが喫緊の課題です。

 発熱者の診療には細心の注意を払っています。外来や入院など、患者さんの出入りにともなう水際対策はある程度できますが、むしろ危惧しているのはスタッフのウイルス持ち込みです。そのため感染症流行地域との往来や接触を慎み、ふだん生活を共にしていない人との会食など、リスクのある行動を避けるよう注意喚起しています。不自由ですが、医療従事者は患者さんのいのちを預かる身ですから、それだけの使命感を持たねばなりません。

 私は理事長・院長として患者さんを護り、医療スタッフを護り、病院と地域医療を護る責任があります。そんな状況ですので、コロナ禍によって社会がどう変化するのか、コロナは文明にどんな影響を及ぼすのかといったようなマクロなことは考える暇がありません。今は臨床現場のことに注力すべき時です。

 「坊さんの日」
 毎月10、20、30日と丸のつく日は「坊さんの日」として近隣の僧侶の方々が集まり院内で活動しています。当院では坊さんたちのために5回の研修を用意し、基礎的な生命科学や医学の講義、バイタルサインの取り方や感染防御などの実習、そして医療倫理について学んでもらい、修了した方に院内での活動を許可しています。当初は病棟で入院患者さんのケアにあたったりしていましたが、昨春に新型コロナが出始めたころから、外来での茶話会に切り替えました。外来ラウンジのコーナーにテーブルを置き、受診患者さんとお茶を飲みながら世間話をするのです。求められれば即興の法話会が始まったりもして、いい雰囲気で好評でしたが、パンデミックとなってからは一時休止しています。その代わりに今は感染対策をしながら勉強会を続け、最新の医療情報を共有したり、先日は指先につけて動脈血酸素飽和濃度を測定するパルスオキシメータについて勉強と実習を行いました。

大館記念病院の中庭にある銀杏に灯された「感謝のイルミネーション」。医療スタッフへの感謝のために市民団体が行っているもので毎晩輝いている 試される「ことば」
 しばしば「寄り添う」という言葉を聞きます。耳触りよく便利な言葉ですが、私はふだんあまり意識していません。病院では科学的根拠に基づき標準化された医療という方法論をもって診療にあたっています。どんな症例であっても基本的にやるべき対応は概ね決まってきますし、たとえイレギュラーな事態でも応用がききます。

 ところが、宗門にいたころの私も悩みましたが、標準的方法論があるようで実はない。教理教義をそのまま説いたところで相手が耳を傾けるかどうか。寄り添うという言葉を意識しすぎると、何かしなければならないと考え、何をどうすればいいのか答えが出ず苦しむ。当院に集う僧侶の方々からもそういう声があがります。

 私が思うに、お坊さんとは本来、何もしなくても尊い存在のはずです。何かをしなければならないと強迫的に考えることはない。いつでもお寺にいて、求められればいつでもあなたのそばにいますよ、行きますよというのが基本的な構えです。消極的な守りの姿勢ではありません。むしろ積極的なスタンバイ状態です。
元旦に髑髏を掲げて都大路を練り歩いた一休禅師のように、僧は平常時には安逸に流れる世情に警鐘を鳴らす存在です。しかし今のように社会全体が浮足立ってパニックに陥っている時節には、むしろ人々に落ち着きを促し、安心と希望のメッセージを伝えて無畏を施すのが役割だと思います。

 もちろん、具体的に何かできることがあれば率先して行動すればいいでしょう。たとえば災害時のように、瓦礫や汚泥を片付けたり炊き出しに参加したりといった活動はストレートです。しかしこのような身を挺した動きも、今は下手すると感染拡大を招きかねず注意が必要です。そういった観点からオンラインなどの手段を活用するのもいいと思います。医療も条件付きながら初診からの遠隔診療ができるようになりました。

 医療も宗教も、従来は対面や集会形式が前提でしたが、今は人と人とのコンタクトやコミュニケーションに時間と空間をどうコントロールし克服するかが課題です。現代社会では情報の収集力や発信力が決め手とされますが、むしろ「ことば」本来の力が試される時なのかもしれません。僧は僧の、医は医の可能性に信を置き、その「ことば」に魂を吹き込むのです。さまざまな試練と模索を通して、必ずや新たな地平が開けることでしょう。

 危急混迷の時は身を低くかがめ視座を高く持つ。状況の変化を読み取りながら、世上の風潮に振り回されず、今日やるべき務めを至心に果たす。これが今の私です。(談)

つしもと・そうくん/1954年愛媛県生まれ。京都大学文学部哲学科卒業後、天龍寺専門道場にて15年修行。93年臨済宗佛通寺派管長に就任。2000年帝京大学医学部医学科入学、管長辞任。大学卒業・医師免許取得後、イギリスで研修。帰国後の14年都内にクリニック開設。16年再建を託されて医療法人健永会大館記念病院の理事長・院長に就任。

2021/1/28 核兵器禁止条約が発効 被団協が批准要請 政府と各政党に


「歴史に明記される日」と喜びを語った田中代表委員 核兵器禁止条約が発効した22日、日本原水爆被害者団体協議会(被団協)は東京・永田町の衆院議員会館で記念の集会を開き、各政党の議員らと意見交換した。批准に向けて国会で議論する場をつくってほしいと訴え、政府と各政党に条約への署名と批准、国会審議を求める要請書を提出した。
 
 集会には8党の議員8人のほか、外務省の本清耕造軍縮不拡散・科学部長らが参加した。被爆者14人が出席し、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)の川崎哲国際運営委員も駆け付けた。

 要請書では、政府に対して「被爆者の76年間の受け入れがたい苦しみは伝わっていないのか」と訴え、各政党には「原爆被害への国家補償」の実現も改めて求めた。

 田中熙巳代表委員は「歴史の中に明記される日になる」と条約発効を喜び、「75年間願ってきたことが実現した。たくさんの仲間が今日を迎えられずに亡くなり非常に残念だ。廃絶までの半分は成し遂げたと報告したい」と語った。(続きは紙面をご覧ください)



条約発効を祝う各市民団体の代表ら 京都宗平協も集会〝子孫に核残すな〟
 核兵器禁止条約が発効した22日、京都市東山区の円山公園で条約発効を祝う「ヒバクシャ署名京都の会」(事務局=原水爆禁止京都協議会など)主催の記念集会が開かれた。各市民団体から約80人が参加し、引き続き日本政府に同条約への署名・批准を強く求めていく意志を共有。京都宗教者平和協議会の代表団6人は、仏典や聖書の言葉を掲げて核武装による平和論を批判した。

 京都府在住の被爆者を代表して挨拶した女性は、「(核廃絶の)ドアの入口まで来た。次は(条約批准という)日本国のドアを開けたい」と表明。京都宗平協の小島寛・浄土宗西山禅林寺派良恩寺住職は「条約発効は、〝戦争は嫌だ〟という世界中の人々の願いが叶う初めの一歩。お互いに祈りながら核兵器廃絶を目指していきたい」と話し、「今日は、覚悟を新たにすべき日」と呼びかける宮城泰年・京都宗平協理事長(聖護院門跡門主)のメッセージを代読した。

 集会後、八坂神社前で日本政府に条約への批准を求める署名活動を実施。道行く人々に条約発効をアピールした。(続きは紙面でご覧ください)

2021/1/28 高野山大学 次期学長に添田宗務総長 教授会推薦 異例の判断


高野山大学で記者会見する次期学長の添田総長(左)と次期高野山高校校長の橋本教学部長 高野山真言宗の宗門校・高野山大学の次期学長に添田隆昭宗務総長(73)が就任することが25日、和歌山県高野町の同大で開かれた㈻高野山学園の理事会・評議員会で決まった。高野山高校の次期校長に橋本真人教学部長(58)、空席となっていた学園法人本部事務局長に山口文章山林部長兼宗務総長公室長(59)が就任することも承認。7月4日に任期満了を迎える現内局から3人が学園の要職に移り、引き続き創立135年となる大学・高校の経営改革を推進することになった。任期は4月1日から4年間。添田総長は3カ月間、総長と学園理事長、学長を兼ね、7月から学長職に専念する。

 宗務総長が学園理事長を兼職する同宗にあって、添田内局2期8年間で最重要視されてきた施策が大学・高校の入学生増加策。特に大学では既存の密教学科に加え、4月から大阪府河内長野市に教育学科を新設し、同大初の高野山・河内長野2キャンパス制で経営再建を図ることになった。

 しかし、「入学定員50人×4学年」の充足に至るまでに様々な困難が予想される教育学科の開設とほぼ同時期に、学科新設の〝最高責任者〟である添田総長が任期満了を迎える事態に。乾龍仁学長の後任候補者を推薦する大学教授会では、新学科が完成する4年後まで添田総長の「リーダーシップと経営手腕に期待して」学長としての舵取りを委任するという異例の判断に踏み切った。

 添田総長は学長就任から3カ月間、総長・理事長・学長を兼ねる同宗史上初の人物となる。同大教授以外の学長就任も初。同大大学院で密教学の博士課程を修了し、同大でドイツ語の非常勤講師を20年近く勤めていた経歴を持つ添田次期学長だが、原則講義などは持たず、経営改革に注力する異例の学長となる。

 「教育機関の維持=宗派の公益性」を施政方針に掲げて、大学・高校改革に取り組んできた添田内局。新たに学園の要職に3人が就き、最初の3カ月間は内局職と兼任するという初の人事は、「本宗は大学・高校を絶対に廃止しない」という宗内外への強いメッセージでもあるようだ。

 添田総長は理事会・評議員会後の記者会見で、大学興隆による学山高野山の復興を表明。「学生募集には困難な時期だが、教育の重要性を説いた弘法大師様から課せられた任務を果たしてまいりたい」と抱負を述べた。橋本教学部長も、「高野山高校は私の母校。その原点に立ち返り、生徒に夢を持ってもらうような教育を教職員一丸となってしていきたい」と話した。

 学園への助成金など、その時々の内局の施政方針の影響を大きく受ける学園経営。次期内局との連携は模索されているのか。添田総長はこの問いに、「次の総長に誰が就くのか現時点では未定だが、学園維持を最大の目標とする人に宗団のリーダーになっていただきたいと思っている」とした。(続きは紙面でご覧ください)

2020/1/28 WCRP理評議 新年度方針に6目標 ACRP大会オンラインも検討へ


 (公財)世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会は25日、オンラインを併用しての第34回理事会と第21回評議員会を相次いで開催した。コロナ禍により延期されていた第9回アジア宗教者平和会議(ACRP)東京大会は10月に行うが、オンライン開催も検討する。同じく延期されたWCRP創設50周年式典は11月24日に挙行する。

 理事会は東京・杉並の立正佼成会法輪閣会議室とウェブ会議システムを用いて開かれ、18人が出席した。

 開会に当たり植松誠理事長(日本聖公会主教)が挨拶し、コロナ禍で制約がありながらも活動を続けてきた各タスクフォースメンバーやスタッフ、協力者に感謝の言葉を述べた。また「うれしいニュース」として、核兵器禁止条約が22日に発効したことから、「人道的な観点から絶対悪だとはっきりと打ち出され、意義深い。今までの地道な活動の結果だと感じている」と歓迎した。

 新年度の事業方針では、コロナ禍の状況を俯瞰した上で、2019年の第10回世界大会で採択された「リンダウ宣言」をもとに行動計画を策定。①平和的で公正で包摂的な社会の促進、②ジェンダー平等の推進、③持続可能な環境の醸成、④思想・良心・信教の自由の醸成、⑤諸宗教教育の強化、⑥諸宗教の連携と国際的パートナーシップの発展――の6つの目標を掲げた。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/1/21 展望2021 日本仏教史は太子のイメージ変遷史 石井公成氏(駒澤大学仏教学部教授)


石井公成・駒澤大学仏教学部教授凝然が全力傾注
 聖太子尊崇という点で最も有名なのは、和讃で「和国の教主、聖徳皇」と詠った親鸞でしょうが、同様に太子を篤く信仰し、太子に関する著作を最も多く著したのは、親鸞とほぼ同時代に活動した東大寺の大学僧、凝然(一二四〇~一三二一)です。凝然は、「三経学士」と名乗ったことが示すように、生涯をかけて三経義疏研究に打ち込みました。

 『勝鬘経疏詳玄記』十八巻はおそらく六十四歳の時、『法華疏慧光記』六十巻は七十五歳の時に完成しており、『維摩経疏菴羅記』三十巻に至っては、亡くなる前年に完成を見ています。

 そこまで凝然が全力を傾けたのは、太子が大乗経典である『法華経』『維摩経』『勝鬘経』の注釈を著し、日本を大乗の国としたと凝然が考えていたためだ、というのが筆者の見解です。凝然のこうした太子尊崇は、天台大師の師である南嶽慧思禅師が日本に生まれ代わったのが聖徳太子だとする伝承も、その一因となっています。

 この伝承がいかに重要な役割を果たしたかは、歴代天皇の漢字諡號を定めたことで知られ、「聖徳太子」という名の初出とされている『懐風藻』序の作者と推定されている奈良時代の文人、淡海三船(七二二~七八五)が、『鑑真大師東征伝』で慧思後身説に触れつつ「聖徳太子」という言葉を用い、「扈従聖徳宮寺一首」という漢詩でも太子を南岳大師の生まれ代わりと称していることからも知られます。つまり、「聖徳太子」という呼称そのものが、慧思後身説と結びついていたのです。

 一方、最近、文科省の指導要領改定時に話題になった「厩戸王」という名は、伝説に縛られずに太子の事績を検討しようとした広島大学の小倉豊文が、戦後になって仮に想定した名であり、古代・中世の文献にはまったく見られません。その厩戸王が太子の本名であって、厩戸王をモデルとして『日本書紀』編集の最終段階で創造されたのが聖徳太子だとするのが太子虚構説です。

 しかし、太子が観音の化身とされるようになったのは没後のことと思われますが、生前も、少なくとも周囲の人々は、太子のことを何度か王宮に生まれたのち、仏になる特別な存在とみなしていました。

滋賀県近江八幡市の観音正寺境内にある聖徳太子像 そもそも、中国の北朝では皇帝は如来と同一視され、南朝の梁の武帝は菩薩天子と称されました。仏教を復興させた隋の文帝も仏の化身とされましたし、チャンパやカンボジアの国王は、ヒンドゥー教の神や密教系の観音菩薩と一体視されることによって権威を保っていました。

 国王や新たに王位につく者については、そうした存在とみなすのが、東アジア・東南アジアの常識だったのです。

最澄との共通点
 日本の天台宗は、当然、慧思後身説を強調していましたし、太子と最澄には共通点があります。それは、戒律を軽視し、菩薩の心構えを尊重することです。『勝鬘経義疏』では、「小乗の戒法は、但だ身口を制するのみにして、心を制せず」と述べています。心を重視することは、「憲法十七条」にも見られる特徴です。最澄が晩年になって、伝統的な戒律を受戒しなくても大乗戒を受けるだけで大乗僧になることができると主張した結果、日本仏教は世界でもきわめて特異な存在となりました。

 天台宗の戒律軽視をさらに進めたのは、最澄撰と伝えられてきたものの偽撰説が有力である『末法灯明記』です。この書は、末法の世には戒律そのものが存在しないため、破戒ということはありえず、むろん持戒も存在しえないうえ、仏教を保護する立場の人々もその役割を果たしていない以上、名前だけの無戒の僧尼であっても、世の福田として尊重されるべきだと説いていました。

 この『末法灯明記』を重視して大幅に引用していたのが親鸞です。伝承によれば、親鸞は聖徳太子の墓所に参詣した際、「日域は大乗相応の地なり」という太子の霊告を得たとされています。

 この「日域は大乗相応の地」という言葉は、先の大戦の際、大乗仏教の国家である大日本帝国が不十分な仏教を奉じるアジア諸国を統括するのだとする主張の根拠とされました。戦時中は、「憲法十七条」が説く「和」は、国民が「和」して一体となり、この大戦を勝ち抜くのだというスローガンとして用いられたのです。戦後は、太子は平和を重視し、話し合いを強調した民主主義の祖とされました。

 聖徳太子のイメージは、時代によって大きく変動しています。仏教史は釈尊のイメージの変化の歴史であり、日本仏教の歴史は、聖徳太子のイメージの変遷史でもあるのです。

 いしい・こうせい/1950年東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科単位取得退学。専攻は仏教とその周辺文化。著書に『聖徳太子―実像と伝説の間』(春秋社)『東アジア仏教史』(岩波書店)など。近著『近代の仏教思想と日本主義』(法藏館)は監修者として参画。

2021/1/21 神戸市佛 阪神淡路大震災27回忌 理性院で犠牲者回向 

 
理性院の檀信徒や地域住民が焼香した 神戸市佛教連合会は17日、阪神淡路大震災の27回忌法要を神戸市東灘区の高野山真言宗理性院で厳修した。僧侶や檀信徒、地域住民ら約60人が参列。6434人の犠牲者に回向の祈りを捧げた。

 辻井定宏会長(西区・天台宗歓喜院住職)と善本秀樹副会長(須磨区・浄土真宗本願寺派順照寺住職)、そして理性院前住職の西蔵全祐副会長が出仕し、般若心経と重誓偈、自我偈を読誦。参列者が次々に焼香した。

 辻井会長は当時、住職をしながらサラリーマンをしており、火曜日の朝に会社に向かおうとして起床した時に「まさか地震とは思わなかった。飛行機でも落ちてきたのかと思いました」と驚いたことを振り返った。自坊の被害は軽微だったが、職場が保険会社だったために何としても出社せねばならず、西宮まで歩いたという。「土日も働いて、3月の頭まではお寺に帰ることができず、彼岸前にやっと帰れました。若いお坊さんの炊き出しや物資の配布を横目に見て、お寺をほっぽり出して申し訳ないと思っています」と話した。

 西蔵副会長の理性院は震災で築4年の本堂が全焼し、同年の11月に先代住職の父が死去した。「震災の時に親父と一緒にあの世に行っていたらよかったのかな、と思ったこともありました。しかしそれでは申し訳ない。せっかく残された命があるのですから、家族ともども先代の恩に報いるために一生懸命やってまいりました」と回想。自身も苦しい中で、仮本堂でのコンサートや映画上映で被災者の心を和ませたという。先代の7回忌は檀信徒の協力で再建したこの本堂で行うことができたと感謝を語った。

 来年は住職継承の晋山式が控えているといい、「それが終わった時点でやっと私の責務も終わるのではなかろうかという思いがしております」と話した。なお理性院のある東灘区は、神戸市の被害報告書によると死者1471人、家屋全壊1万3687棟、全焼327棟と、最も被害の大きかった区である。

 井戸敏三兵庫県知事、久元喜造神戸市長からのメッセージも寄せられた(いずれも代読)。法要の模様はYouTubeでも公開されている。

2021/1/21 緊急事態宣言 7府県にも 関西教団 業務や行事見直し


 首都圏1都3県に続き、13日に京都・大阪・兵庫・愛知・福岡・岐阜・栃木の7府県にも緊急事態宣言が再発出された。このため関西に宗務庁や本部を置く各教団でも勤務態勢や行事の見直しが相次いでいる。各教団の対応は次の通り。

【天台宗】
 京都市に隣接する滋賀県大津市の宗務庁の勤務体制は現在平常通りだが、状況を注視しながら交替勤務も検討中。諸会議は文書審議が中心で、行事の実施・中止も適宜判断している。

【高野山真言宗】
 和歌山県の高野山にある宗務所では昨年の緊急事態宣言以降、各部ごとの交替出勤体制を原則維持。2月末まで継続予定。

【真言宗智山派】
 緊急事態宣言発出時のマニュアルに則り、京都市東山区の宗務庁の勤務を3交替制に移行。東京都港区の別院真福寺でも同様に交替勤務。真福寺での定例講習会などは中止に。総本山智積院の名勝庭園等の拝観受付時間は平常通りだが、第55回「京の冬の旅」非公開文化財特別公開は感染拡大を受け延期になった。

【浄土宗】
 京都宗務庁(東山区)は東京宗務庁同様に時差出勤を取り入れたが、開庁時間は午前9時から午後5時までと変更していない。今月22日まではこの形で、以後、様子を見ながら臨機応変に期間を延ばすなど対応する。各種委員会や会議はリモート参加を強く推奨していくという。

【臨済宗妙心寺派】
 宗務本所(京都市右京区)は14日から2月7日までの交替勤務を決定。各部署必ず1人は勤務するようにしている。委員会はすべてオンライン会議に変更。いくつかの行事が中止となっている。

【浄土真宗本願寺派】
 宗務所(京都市下京区)は職員の勤務比率を5割以下に抑えることを目標とし、午後7時以後の時間外勤務も禁止する。自宅待機や分散勤務、勤務場所の変更、テレワークを実施。「自宅待機中は不要不急の外出は控えるものとし、業務連絡を常に取れる体制を整えておくこと」や会食・懇親会の自粛を求める通知も出されている。23日の「西本願寺医師の会」後援の講演会など、いくつかの行事も中止とされた。2月7日まで。

【真宗大谷派】
 京都市下京区の東本願寺(真宗本廟)などへの参拝は、感染防止対策徹底の上でこれまで通り可能。だが真宗本廟奉仕の受け入れは原則停止とし、同朋会館などの施設利用も中止とした。19日から宗務所職員の出勤を半数に抑制することを目標とする分散勤務態勢に移行。「住職修習・住職任命式」「得度式」「教師修練」は感染防止対策を徹底した上で実施する予定。しんらん交流館での公開講演会を中止とし、開館時間を午前9時~午後5時として閉館を1時間早めた。喫茶FIKAは休業中。

【念法眞教】
 大阪市鶴見区にある教務本庁の勤務体制は、職員寮が境内にあり職員住宅も徒歩1分圏内にあるためほぼ通常通り。

【大本】
 教団本部の勤務体制に変更はないが、13日付で、天恩郷(亀岡市)と梅松苑(綾部市)、東光苑(東京都)における祭典への直接参拝を遠慮してもらうよう通知を出し、地方機関での祭典・研修会も内容や開催を再検討するよう要望している。4大大祭の一つ「節分大祭」は2月2日に梅松苑で執行されるが、参拝は謝絶。祭典・講演会はオンラインで配信する。

2021/1/21 豊山派僧侶設立 笑顔プロジェクト 大雪の「関越道」で自衛隊サポート 立往生に急行


大雪立往生の現場でスノーモービルを駆使して支援活動を行う林氏ら 長野県小布施町にある真言宗豊山派浄光寺の林映寿副住職(44)が、東日本大震災の被災地支援活動をきっかけにボランティア団体「日本笑顔プロジェクト」(事務局=浄光寺内)を設立してから今年で10年。被災地での救援活動や防災・減災社会の実現に向けた諸事業を展開し、昨年8月には一般財団法人になった。12月に関越自動車道で発生した「大雪立ち往生」に際しては、現場に急行して自衛隊をサポート。車の中で命の危機に直面していた人々に、支援物資を届けるなどした。

 新潟と群馬の県境付近が急激な降雪に見舞われた12月16日。関越道の車列は、たちまち身動きが取れなくなった。「立ち往生」2日目の17日夜になっても、現場に救助の手は届いていなかった。

 これを知った林氏は午後10時、小布施町を出発。新潟県南魚沼市でバギーとスノーモービルの専門店を営む高橋盛行氏と深夜12時半頃合流し、2人で店から車で15分ほどの現場に向かった。

 封鎖された高速道路の側面を雪に埋もれながら登り、徒歩で関越道内に。支援活動を開始したばかりの自衛隊の隊長に「手伝わせてほしい」と直談判し、六日町のインターチェンジからバギーとスノーモービルで進入した。

 最大2100台が立ち往生した現場だが、「当初、700台前後と聞いていた。吹雪がひどく、渋滞規模が自衛隊でも把握できていなかった」(林氏)

 積雪は高い所で170㎝に到達。自衛隊はプラスチックのソリと隊員各自のリュックサックで支援物資を運び、歩いて各車両の安否確認を行おうとしていたが大雪が行く手を阻んでいた。

 そこで林氏らが雪上も走れるキャタピラ装着のバギーとスノーモービルで圧雪して道を作り、自衛隊員約40人を先導。自衛隊が用意したおにぎりやパン、水、燃料に加え、林氏らも準備してきた非常食やカイロなどを配布した。「現場は想像以上に過酷だった。ずっと飲まず食わずで〝このままここで死ぬ〟と思った人も少なからずいた。女性は救助が来ない心細さから特に疲弊していて、涙を流しながら感謝してくださる方もいた」

 林氏らは車内の一酸化炭素中毒を警戒して、車のマフラー周辺の雪かきもしながら進行。「5~6キロの範囲で約150台に支援物資を届けたが、午前10時頃に体力の限界が来た」。ここで緊急救援活動を終了。自衛隊員から、「林さんたちの機動力のおかけで支援物資のピストン輸送ができた」と感謝されたという。(続きは紙面でご覧下さい)

2021/1/14 展望2021 本山・大学・行政 相補関係が必要 星野英紀氏(前真言宗豊山派宗務総長)

 
星野英紀・前真言宗豊山派宗務総長 教学の興隆と子弟養成が伝統仏教で本格化するようになったのは江戸時代以降である。私ども真言宗豊山派も総本山長谷寺で新義真言宗の教学、教育の体系的展開と子弟の養成を行うようになったのは、江戸時代の始まりである。長谷寺はもともと民衆の祈願と往生の願いに応える祈願寺であったが、そこに江戸時代当初より新義真言宗の教学興隆、後継者養成のセンター的役割が、派祖専譽僧正の入山により始まった。

 一千人が修行

 江戸時代、長谷寺の盛んな時期には一千人の修行僧がいたと言われている。夕飯時に一斉に食事を食べる、その飲み込む音が下の門前町にまで聞こえたとも伝えられている。一千人は誇張ではないかと思っていたが、修行僧を収容する「所化部屋」が一山の所狭しと設置されている古地図を見て事実だと認識した。一千人の修行僧の管理運営は大きな仕事だったと想像されるが、変貌きわまりない現代と比べれば、江戸時代を通じて基本的には安定して、教学振興と後継者養成がなされていたと思う。

 その理由は江戸幕府による仏教寺院、特に本山クラス寺院への強力なバックアップと、現代とは比較にならないほどの社会の固定性のお陰であろう。

 真言宗豊山派のケースでいえば、明治新政府の発足とともに、豊山派は新たな装いをとり、宗派行政の中心を東京に移転し、それと同様に教学、子弟教育の中心を東京に移した。長谷寺にも教師養成のための専修学院を残したのであるが、豊山大学校を東京に起こし、そして大正大学開校とともにそこを教学興隆と子弟養成の中心とした。東京移転の是非は一言で結論することは難しいが、国家行政の中心に宗派の中心があることはメリットもある。

 社会貢献活動

 しかし、子弟養成についていえば、仏教の基本的立脚点である、行学一致という部分において、修行機関としての本山と教学研鑽の大正大学とが同一場所にないことはさまざまな工夫を宗派に強いることになっており、その苦労は今も解決されているといえない。

 さらに、本山の宗教的世界と東京の行政世界は相補的で等しい関係であるはずだが、完全に同じレベルではないことは問題である。行政の世界が宗教的世界に勝っているのである。

江戸時代には一千人が学び、今日では専修学院が置かれている真言宗豊山派総本山長谷寺(奈良県桜井市) 大正大学においては法儀研究という講座を設けて豊山派僧侶の必修科目にしている。年に夏、冬の合計2週間ほどの本山研修を行う。任意であるが大正大学卒業後、2年間、本山研修生として研鑽を続けている。大正大学における僧侶教育においては、もちろん高等教育機関でしっかりした仏教学関係の知識や見識を学べるということで、専修学院にありがちな「なあなあ主義」的な教育に陥らず、単位取得によるより厳正な教育システムを実行できるというメリットはある。 

 しかし、入学が他学科に比して容易なこと、大半の学生が寺院の子弟であることによる過度の均質性、単位履修さえすれば、僧侶への道が開けるという安易な修学態度、就職という一般学生が体験する対社会への緊張感と対面するチャンスが少ないので、〈社会との重要な接点〉が希薄になる、という問題点は残る。

 なかには優れた社会的視点を持つ学生もいる。私自身は〈仏になることをめざす、仏にできるだけ近づく〉という僧侶の最終目標は、ある意味では日常の社会を超越したものであるから、社会活動をすることが聖職者の唯一の目標であるとは思わない。しかし、「お坊さんとはどんな人なの?」という素朴な疑問に答えるためには、社会的活動、特に社会貢献活動を行うことは非常に大切なことであると思う。信仰がなければ活動はできないとたかをくくっているのは正しくない。行動を通じて信仰が徐々に形成されていくのであると思う。

 冒頭に私は江戸時代の日本仏教がおかれていた時代のことに触れた。宗派は鎖国状態で社会が今に比すれば固定化していた時代の教学のあり方、子弟養成のあり方を、いまも完全には脱却しきれていないのではないだろうか。現代の「なんでもあり」的傾向は、われわれの世界でいえば、ひとつ葬儀のあり方に関する急激な多様化をみればわかる。伝統主義一本ではもうやっていられない。
 
 ほしの・えいき/昭和18年(1943)生まれ。真言宗豊山派僧侶。大正大学学長・日本宗教学会会長・真言宗豊山派宗務総長を歴任した。

2021/1/14 再び緊急事態宣言発令 1都3県 教団本部の業務見直し


 政府は7日、新型コロナウイルス感染症対策として東京・千葉・埼玉・神奈川の首都圏1都3県に緊急事態宣言を再発令した。期間は今月8日から2月7日まで。

 首都圏の教団本部の勤務態勢は次の通り。

 【真言宗豊山派】
 12日から宗務所(文京区大塚)業務は職員を約半数に減らして交替で業務にあたる。これまで通り時短勤務(午前10時から午後3時)を継続する。各種委員会等は今後の動向をみて判断する方針。

 【日蓮宗】
 宗務院(大田区池上)は12日から、緊急事態対応として一部業務を除き通常業務を縮小する業務体制に移行した。当面は勤務時間を午前10時から午後4時とする予定。各部署内で交替で業務にあたる。急な用件には、各部署への直通電話で対応する。実施期間は2月7日まで。状況により期間の短縮・延長を行う。

 【曹洞宗】
 宗務庁(港区芝)は年末に感染が急速に拡大したのを受け、御用始めを12日に遅らせた。緊急事態宣言に伴い、13日から出勤者を減らし、交替で在宅勤務を始めた。

 【浄土宗】
 東京宗務庁(港区芝公園)は12日から職員の一部を時差出勤とした。感染状況を見ながら、今後の対応を検討する。

 【立正佼成会】
 本部周辺施設(杉並区和田)は閉鎖を継続中。宣言後、事務所は業務の内容に応じて、出勤と在宅を併用する。出勤時は時差通勤も活用し、職場では感染防止対策を徹底。さらに就業時間後は速やかに帰宅し、公私共に会食は控える。

 【真如苑】
 総本部(立川市)の勤務態勢や業務に大きな変更はないが、マスクなしに直接話さないことが今宣言後の要点。従来通り、消毒や換気などの感染対策を徹底する。

2021/1/14 各山会 厳戒態勢で御修法厳修 世界のコロナ禍 終息を祈る

開白上堂の進列を合掌しながら見送る僧侶ら(8日) 鎮護国家・五穀成就・国土豊饒を祈る真言宗の最高儀式・後(ご)七日(しちにち)御修法(みしほ)(主催=真言宗各派総大本山会〈各山会〉)が8日から14日まで、京都市南区の総本山教王護国寺(東寺)・潅頂院で厳修された。智山派総本山智積院の布施浄慧化主が大阿闍梨(大導師)を務め、真言宗各派の高僧が7日間二十一カ座にわたって国家・国民の安泰や世界平和、コロナ禍の終息を祈願した。

 8日の開白には、天皇陛下の御衣を奉持した宮内庁京都事務所からの勅使が参向。別當の芙蓉良英・智積院寺務長と総務の砂原秀輝・教王護国寺執事長、局長の菊入諒如・各山会事務局長が小子坊の門前で出迎えた。

 御衣を菊の御紋の入った唐櫃に奉安して潅頂院へ。御衣伝達式が厳かに営まれた。勅使は11日の中日、14日の結願にも焼香参拝した。

 正午から開白上堂。御修法に出仕する高僧が本坊から潅頂院へと続く参道をゆっくりと練り歩くと、参道の脇では僧侶や参拝者らが合掌しながらお練りを見送った。

 昨年3月に東京から京都市内に転居してきた男性(73)は、10年ぶりに開白に参拝。「今年はコロナ禍だから特に祈願することが大事ではないか。我々は何もできないので、こうして祈ってもらえるのはありがたい。そう思って来させていただいた」と感謝していた。

 開白前日、国は感染者が激増している1都3県に緊急事態宣言を再発出。潅頂院で熱祷が捧げられていた9日には、大阪・京都・兵庫が緊急事態宣言の要請に踏み切り、13日に発出された。

 厳戒態勢下での御修法厳修となったが、出仕者には事前にPCR検査を実施し、期間中はPCR検査を受けた人以外は東寺本坊への出入りを禁止するなど対策を徹底。例年賑わいを見せる定額位の中日参拝や外部からのお見舞いも自粛とし、極力外部との接触を避けるための措置が取られた。

 後七日御修法は、宮中の重要な正月行事。正月の前半7日間は神事、後半7日間(後七日)は仏事が行われ、御修法は宮中真言院で営まれてきた。真言宗の開祖・弘法大師空海が唐の例にならい、承和2年(835)に自ら大阿闍梨となって厳修して以来、南北朝期の動乱や明治初期の廃仏毀釈の影響による一時中断を乗り越えて、現在は東寺・潅頂院を道場に連綿と受け継がれている。

2021/1/14 埼玉63人のキーマン展 住職2人を選出 「仏教いいね」に手ごたえ


63市町村のキーマンの一人に選ばれた高応寺(三郷市)の酒井住職 埼玉県で地域活性化やまちづくりに取り組む63市町村のキーマンを紹介する企画展が昨年12月15~20日までJR東京駅内イベントスペース「スクエアゼロ」で行われた。三郷市のキーマンには日蓮宗高応寺の酒井菜法住職が選ばれ、会場でお守りづくりや写経のワークショップ等を行い埼玉県に加えて仏教の魅力も発信した。主催は地域愛を育む推進協議会。

 今年2021年が誕生150周年となる埼玉県。「キーマン展」は63市町村のキーマンの活動を紹介する展示のほか、トークイベントや各種ワークショップを開催。地域の自然や社会環境、伝統文化を大切に守り、人々を有機的につなげる取り組みを行う人をキーマンとし、63人の中には酒井住職のほか、小鹿野町・十輪寺の五十嵐英尚住職も選ばれている。

 「まちのサードプレイスとして、お寺が地域を超え世界を癒す」としてキーマンになった酒井住職は会場で「写経と御守りの会」「マインドフルネス瞑想」のワークショップを毎日開催。御守りは5種類の中から選んでもらい、その場で酒井住職が祈願。コロナ禍にあっても、ワークショップには遠方からくる人もおり、マインドフルネスでは涙を流した人もいたという。

 高応寺ではがんカフェ、ヨガ教室、ホタルの夕べなどを開催してきたが、今回はお寺を飛び出してのイベント。酒井住職は僧侶が公共的な空間での活動を認められたことを喜び、「仏教を知らなかった人も知ってもらえれば〝仏教いいね〟と関心を持ってもらえる」と手ごたえを得ていた。

20201/1/1 新春エッセイ 「愛楽仏法味 愛楽故郷味」 杉岡誠(浄土真宗本願寺派善仁寺住職、福島県飯舘村長)


 新年あけましておめでとうございます。

 昨年2020(令和2)年10月27日付で福島県相馬郡飯舘村の村長に就任いたしました。その重責を感じるとともに、深い感謝と感慨を覚えずにはいられません。

 飯舘村は、東日本大震災とその後の東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故により、全村避難を余儀なくされた被災地のひとつです。現在、総人口は約5300人。長泥地区以外の19地区は避難指示が解除されましたが、居住人口は震災前の約25%の約1500人であり、うち180人ほどが震災後の転入者です。

 私は東京都世田谷区に生まれ、神奈川県川崎市で24歳ごろまで過ごしました。幼少のころ母方のふるさとであるこの村に、夏休み、冬休みの度に訪れるのが何よりの楽しみでした。 私に村の素晴らしさと、南無阿弥陀仏という人生の拠り処を教示してくれた祖父は、私が大学3年生の3月末、浄土真宗本願寺派教師の資格を取得したその日、まるで私の報告に安堵したかのように往生いたしました。 私は祖父の遺言もあり、善仁寺住職を継職しつつ、その後も専攻していた物理学の勉強を続け、東京工業大学大学院に進学して原子核物理学を学び、修士号を取得しました。

 そして2000(平成12)年、数えきれないほどの思い出と、広大な自然、大らかで明るい心根を携えた村民の生き生きとした笑顔に手招かれるように、飯舘村にIターンしたのです。

 翌年に村役場職員となりましたが、この時点では、10年後に原発事故に遭い、大学院で学んだ知識を奇しくも活用することになり、農政担当として復興創生の10年間を過ごすことになるとは夢想だにしないことでした。

 震災と事故対応は筆舌に尽くし難いものがありますが、全村避難中にも避難先での営農再開など、それまでの国・県・村行政にはなかったコンセプトや手法を示しつつ、村民の復興と生きがいの再生に尽くして参りました。

 この間、全国から差し伸べられた多くの手によって、村の復興は少しずつではありますが、一歩一歩、前進してくることができました。皆様方の温かいお心に触れたことで、村民はどれほど心温められ、救われたことか。あらためまして、深く感謝申し上げたく存じます。

 阿武隈山系北部の高原に開けた美しい飯舘村の自然。村の総面積の約75%を山林が占める。広大な自然と歴史ある風土に育まれた「力強さ」と「開拓」の精神を、飯舘村民は受け継いでいる かつて相馬藩の山中郷と呼ばれた時代、約180年前から200年前の天明・天保の大飢饉の折り、主に北陸地方からの移民が新たな村民となり、生き残った村民とともに田畑を耕し、復興を成し遂げてきた歴史を持つ飯舘村です。

 この歴史を踏まえた風土に育まれてきたからこそ、未曾有の災害を経験しても、住まい方が変わっても、村への関わり方が変わっても、土を耕し、種を蒔き、花を咲かせ、実を結び、また次年へと繋ぐという「農」の営みに学んだ「力強さ」と「開拓」の精神を、飯舘村民は受け継いでいるのだと感じます。

 2021(令和3)年3月には震災から10年を満了します。村は避難指示解除から4年目です。「明日が待ち遠しくなるようなワクワクする楽しいふるさと」を、「ふるさと」を楽しみ、喜びをともにする方々、すなわち「ふるさとの担い手」とともに実現することが私の務めです。

 お念仏の味わいが私の根幹にはあります。「ありがとう、おかげさま」の報恩謝徳の心で、愛するこのふるさとのため、この身を報じて参ります。皆様方にも、飯舘村のあゆみをどうぞ温かく見守っていただけますよう、厚くお願い申し上げます。

 すぎおか・まこと/1976(昭和51)年3月14日、東京都世田谷区生まれ。浄土真宗本願寺派善仁寺住職。日本大学理工学部物理学科卒。東京工業大学大学院(原子核物理学)博士後期課程在学中に飯舘村に移住。2001(平成13)年4月に飯舘村役場に入庁。2020年10月、飯舘村長に無投票で初当選した。

2021/1/1 本願寺派総長選挙 石上氏3選果たす 伝道活性化を表明

選出後、議場で謝辞を述べる石上総長。後ろは園城議長 浄土真宗本願寺派は総選挙後の12月17日、第318回特別宗会を京都市下京区の宗務所に招集した。総選挙で選ばれた新議員による投票で、新総長に石上智康氏が選出された。石上氏は2014年から総長を務めこれで3期目。4年の任期中には2023年の「慶讃法要」など重要行事が営まれる。

 17日にはまず議長選挙が行われ、園城義孝氏(元総長)が出席議員77人のうち73票を獲得し議長に選出された。コロナ禍のため地方教務所からオンラインで出席した議員は電子メールによる投票となった。

 翌18日に、石上氏が総長退任を申し出、大谷光淳門主から議会へ総長候補を指名する文書が下された。指名候補者は石上氏と沖井智子氏(福島県会津若松市本光寺副住職、本願寺派スカウト指導者会副理事長)の2人。女性が候補者になるのは、1952年以後の門主による総長候補者指名制度で初のこと。

 会場に出席した67人の議員が投票し、この日は終了。通常は即日投開票だが、オンライン出席の議員は書留郵便によって投票という特例が定められているため、土・日曜日を挟み月曜日(21日)に開票が行われた。結果、石上氏が67票、沖井氏が8票、白票・無効票が1票ずつで、石上氏の3選が決まった。

 22日の記者会見で石上氏は「伝える伝道から伝わる伝道」を掲げた。「昔、布教使の方がお説教された時、それに対してナンマンダブ、ナンマンダブという受け念仏が出てきた。ここに感応道交の一つの世界、真実信心で心が通い合う安心の世界が現実にあった。ところが今はなかなかそれが難しくなっている」と、少年時代に北陸に疎開した時の体験を語り、シンプルであるがゆえに伝えることが難しいみ教えを分かりやすく伝道し、慶讃法要に向かう決意を示した。

 また、秋に宗門財政構想委員会・宗務組織等に関する専門部会が出した答申書「新しい持続可能な宗門組織をめざして」を踏まえ、宗門組織に女性を起用することにも前向きな姿勢を示した。

 石上氏は1936年生まれ。東京大学大学院印度哲学科修士課程修了。千葉県君津市光明寺住職。1989年から宗会議員9期、総務5回。2001年から05年までは宗会議長を務めた。龍谷大学理事長。宗外では全日本仏教会理事長など公職を多数歴任。

総務は全員再任

 総務・副総務の5人は全員再任となった。▼竹田空尊総務(68)福井県坂井市本専寺住職。宗会議員8期、総務5回。▼光岡理學総務(78)佐賀市浄照寺住職。宗会議員6期、総務6回。▼足利善彰総務(72)宮城県仙台市善正寺住職。宗会議員6期、総務3回。▼公文名正真副総務(68)富山県射水市光照寺住職。宗会議員3期、副総務2回。▼高屋顕裕副総務(58)福井市光明寺住職。宗会議員3期、副総務2回。

2021/1/1 宗教者核燃裁判初公判 放射性廃棄物 将来に残すな! 命をつなぐ権利主張


初公判前、原告団は裁判所前でアピール。マイクを握っているのは中嶌共同代表 青森県六ヶ所村にある再処理工場(核燃料サイクル事業)の運転停止を求めて事業主体である日本原燃株式会社を相手取り宗教者有志が3月、東京地方裁判所に提訴(宗教者核燃裁判)。その初公判が12月17日、同地裁で行われた。原告団は幸福追求権として「いのちをつなぐ権利」を主張し、再処理工場の運転停止を強く求めた。原告団は28人増えて239人になったことも明らかにされた。

 原告は「原子力行政を問い直す宗教者の会」のメンバーらで、共同代表の中嶌哲演氏(福井県、真言宗御室派明通寺住職)と岩田雅一氏(青森県、日本キリスト教団牧師)が意見陳述を行った。両氏ともそれぞれの地で長年にわたり原発問題に取り組んできた。

 中嶌氏は裁判長や傍聴席に一礼してから約15分にわたり述べた。15基の原発が集中し「原発銀座」と呼ばれる若狭のある小浜市住民であると自己紹介。その原発から産み出された電力のすべてが関西圏に送られ、使用済み核燃料は六ヶ所村に搬出されていることを指摘。福島原発の電力も地元ではなく関東首都圏に送電されており、「原子力が安全ならば、なぜ多くのエネルギーを消費している人口の中心地から遠く離れた田舎に原発が建設されるのか」と問いかけた。放射性廃棄物を将来世代に残していることも問題視した。

 またブッダの言葉を引用しつつ、かつて仏教が戦前戦中の「滅私奉公」に加担したことに言及。「同じ『国策』としての原発推進に、私たち仏教者がどのように対応していくのかが厳しく問われている」と仏教者の課題も示した。

 原告代理人の河合弘之弁護士は、「日本の宗教者が立ち上がりました」と述べ、この裁判の意義を力説。とりわけ核燃料サイクルによって永久にエネルギーが得られるという構想の実現は不可能だとした。そして人格権と幸福権の重要な内容として、人類の一員として次世代に生命をつなぐ「命をつなぐ権利」を主張した。

 初公判後、原告団と弁護団が記者会見。環境行政に詳しい池田直樹弁護士は「先祖から受け継いだ命をつなげていく権利を現代風に言えばSDGs(持続可能な開発目標)だ」と説明した。

2021/1/1 辺野古埋め立てに遺骨含む土砂 平和ネットが反対の共同声明

 
参議院議員会館で共同声明について会見する宗教者ら 平和を作り出す宗教者ネットは東京都千代田区の参議院議員会館で12月10日、戦没者の遺骨が残存する沖縄本島南部で辺野古新基地建設のための埋め立てに使う土砂が採取されることに反対する共同声明を発表した。

 防衛省は4月、公有水面埋立法に基づき、設計変更を沖縄県に申請。埋め立てに使う土砂の採取地に現行計画にない沖縄本島南部を追加した。しかし、沖縄戦の激戦地であった本島南部には今も戦没者の遺骨が眠っているという。現地を訪れた日本山妙法寺の武田隆雄氏は「手で少し掘っただけでも遺骨が出てきた」と現状を語った。

 共同声明では、沖縄戦犠牲者の遺骨を38年間収集してきたボランティアの具志堅隆松氏の言葉「戦争で亡くなった人の遺骨を、土砂と一緒に軍事基地を造るための埋め立てに使ってはなりません。これは戦没者を二度殺すことと同じなのです」を紹介。その上で「日本人にとって遺骨は死者の尊厳そのものです。遺骨をないがしろにすれば、死者の尊厳を踏みにじることになる」と計画の撤回を求めた。

 共同声明は、6団体が呼びかけ、16団体306人が賛同。日蓮宗僧侶の小野文珖氏は「遺骨収集が終わっていない土砂を埋め立てに使うのは、本当に言語道断。人道にもとる行為」と批判し、基地建設よりも遺骨の収集を優先することを強く訴えた。

 宗教者らは同16日に共同声明を内閣府に提出。同22日には、沖縄県庁記者クラブで会見の後、玉城デニー沖縄県知事宛てに、防衛省が申請した設計変更を承認しないこと、土砂採取を禁止し南部戦跡一帯を「聖域慰霊保護区」とすること、遺骨の収集、土砂採取地現場を視察することを求める要請書を提出した。

 同23日には、糸満市米須の「魂魄の塔」など遺骨収集現場を視察。諸宗教合同慰霊式を行った。

2021/1/1 東日本大震災から今年3月で10年 10代で震災を体験 今、私たちが思うこと

福島県相馬市興仁寺 苦しみのその先へ 布教師との出会いが導く

名木橋さん 「自分にできることは何だろうか」。そう問い続けた5年間だった。無事だったことを負い目のように感じた。「この世はどこまでいっても苦しみしかない。でも、その先に仏さまの世界が必ずある」。すとんと腑に落ち、歩むべき道を見つけられたのは2016年。きっかけはある布教師との出会いだった。
    
 2011年3月11日。名木橋大光さん(28)は当時、相馬高校(福島県相馬市)の2年生だった。古典の授業中に揺れが襲った。ただ事でないと直感した。先生の誘導で、教科書やノートが飛び散る廊下を抜け校庭に出た。いたるところでひび割れが起きていた。

 急に降ってきた雪の中、電話が鳴り出した。「波がきているらしい」「自分の家はもうだめだ」とあちこちから聞こえた。海沿いに住む生徒も多くいた。泣き叫んだり、過呼吸で倒れ込んだり見たことのない姿の同級生たち。「世界が終わる」。そう思った。

 学校から自坊・興仁寺(同市)へは一人で帰った。約1㌔の道のりは、倒壊した建物や鉄骨が行く手を遮っていた。たどり着くと、電話がつながらなかった寺で父の隆英住職(58)が片付けをしていた。出掛けていた母と姉も無事だった。瓦や土壁が崩れ落ちた寺は後に、大規模半壊と判定された。

負い目にも似た感情

 進路が決まり家庭学習期間に入っていた3年生らの被害は深刻だった。自宅で、自動車教習所の送迎バスの中で、津波にのまれていのちを落とした。家が流され、親を亡くした同級生もいた。

 「そこまで思いをめぐらせることができなかったんです」。何が起こっているのかよく分からないまま、目の前に迫る事実に対応するほか為す術がなかった。「そのときのみんなの気持ちを考えると、今も胸が苦しくなる」

 避難所となっていた体育館におにぎりを持っていった。何かできることを、との気持ちだった。そこで被災者たちの姿を目の当たりにした。「自分は家族も無事で、庫裏も住めない状態ではない。被災したなんて言えない」

修復中の本堂(興仁寺提供) 福島第一原発の爆発で、叔父の寺がある山形県米沢市に身を寄せ、その兼務寺で生活を送ることになった。「恵まれていた」と思っていた環境が原発事故によって変わり、震災を自分のこととして受け止められるようになった。が、心にかかる霧は深まった。「自分に何ができるか見つけられなかったことを負い目のように感じていた」と、今思う。

 引き裂かれた思いは自分を責める方へ向かった。腹いっぱいに食べることが申し訳なく、スルメをかじりまぎらわせた。母には腹が減っていないと言い訳した。笑っていていいのかと、精神世界の本に手が伸びた。避難の間中考えたが、答えは出なかった。

世界の見え方が変わる

 1カ月余りを過ごし、高校が再開する4月に自坊に戻った。通常の学校生活を送り、卒業後は大正大へ進んだ。もどかしさを抱えながら、慣れない都会での暮らしの中で仏教を学び始めた。3年生から家計の助けになればと、寮もあって給料も出る祐天寺(東京・中目黒)に大学の研修制度を利用して勤めた。その冬、大本山増上寺で伝宗伝戒道場に入行し、教師となった。

 卒業後は祐天寺に就職した。経験を積むためで、現在も教化課の一員として勤務する。転機が訪れたのは、働き始めた2016年。10年ぶりに開筵された五重相伝にめぐり合った。勧誡師を務めたのは大本山金戒光明寺布教師会の日下部謙旨会長だった。

 「思い詰めていた心に光が差したような感覚だった」。5日間で計15時間の法話を聞くうちに、大学での学びが体験としてすっと身体に染み入るようだった。毎日お参りに来て手を合わせるおばあさん、寺を護持する一人ひとりの住職たち―。これまで見てきたものが鮮やかな意味を持ち始め、自然と涙が流れた。うれし泣きだった。

 受者たちも泣いていた。「僧侶として発信する姿を見て、自分もそうなりたいと思った」。腹は決まった。金戒光明寺に2年間通って研鑽を重ね、2019年、布教師の資格を取得した。

 見え方が変わったのは、震災の体験が大きかった。あの日の校庭での情景が忘れられない。「この世界は無常。人の苦しみは分からないかもしれないが、その中ですべての人がそれぞれこらえながら生きている」。そう確信できる。
 
 「どれほど上り坂で荒れた道のりでも、杖となって支えるものがある。念仏をしても苦しみは消えないかもしれないけれど、その先にそれを超えた仏さまの世界が必ずある。そこを目指して進んでいけると伝えたい」

 自坊は震災から8カ月後に修復を終え、庫裏も建て替えられた。将来は地元に戻って住職を継ぎ、教えでつながれる場を築きたいと考えている。

(紙面では、このほか、宮城県石巻市西光寺、宮城県仙台市妙運寺、福島県楢葉町大楽院をレポートしています。ぜひ紙面をご覧下さい)