6月

2024/6/13

著者・大谷哲夫氏に聞く 『永平廣録大全 全8巻』(勉誠社) 半生かけた参究の集大成



 「いま此の録を繙き拝覧すれば、そこには間断なき高祖正伝の仏法の息吹が実に親しく眼前に彷彿としてくるのであります」

 昭和の終わりに『祖山本 永平廣録』が一穂社から発刊された際、永平寺第78世丹羽廉芳貫首が述べた言葉である。それから36年を経て、このほど勉誠社から祖山本を原本にした『永平廣録大全』が全8巻で刊行をみた。両著とも曹洞宗学を専門とする大谷哲夫氏(元駒澤大学学長・総長)が校訂し著した。今回の『永平廣録大全』の題簽は現永平寺貫首南澤道人禅師によるものであり、禅師は「五葉花開劫外春」さらに道元禅師の仏法の真髄を「非思量」とご染筆され巻頭を飾っている。

 大谷氏は以前から『永平廣録』の定本の必要性は感じていたが、それと真剣に対峙するのは1977年、駒澤大学北海道教養部に籍を置いてから。「北海道には旧宗学研究所出身の渡部賢宗先生(苫小牧駒澤短大学長)や中西道瞻先生(後に苫小牧駒澤短大学長)といった大先輩がいらした。両先生の協力を得て始めたのが『永平廣録』の祖山本と諸本の対校と訓読でした」。多忙な両氏に代わって奮闘したのが40代後半の大谷氏だった。幸い、渡部氏による「祖山本」の訓註を中心とした第1巻が大谷氏の元に届けられた。

 北海道赴任からおよそ2年後に全体の訓註はできたものの、その後も苦難は続いた。月2度自坊のある東京と北海道の往復だけではない。研究の重要性を示しながら出版助成金を得るため共同研究として曹洞宗宗務庁と交渉もしなければならなかった。言うまでもなく北海道の冬は厳しい。「吹雪がやまず、自家用車は吹きだまりで動かすことができなくて7度ほど研究室に閉じ込められたことがありました」と笑う。それでも「『永平廣録』参究の場としてはもっともふさわしいところだった」と振り返る。

 『永平廣録』には慧可断臂をテーマにした上堂(須弥壇上からの説法)が収載されている。12月10日のこと。晩冬の雪を見ると慧可大師の求法の心が思い出され、感激で胸が詰まり、悲涙が襟を濡らすのだ(意訳)――。中国少林寺での出来事を時空を超えて越前の永平寺法堂で涙をこぼしながら説示する道元禅師。大谷氏は厳寒の地で寒さに堪えて参究し続けた。もっとも短いけれども夏は過ごしやすいらしい。

 今年85歳の大谷氏は人生の半分以上を『永平廣録』の研究と敷衍に努めてきた。まさに今回の『大全』はその集大成である。「この上梓によって仏祖道を歩んでいる洞門僧とともに道元禅師の謦咳に接し仏法を正しく理解していただきたい」と期待する。

 中国に渡り、中国語にも不自由しないはずの道元禅師は『正法眼蔵』を和語で記した。これは新しい挑戦であった。

 他方、『永平廣録』は道元禅師の上堂を弟子たちが筆録した日本人の禅僧による最初の漢文の語録である。いわば中国を中心とした東アジア漢文圏における確たる禅語録なのである。

 大谷氏は「『正法眼蔵』と『永平廣録』は車の両輪。両者を参究することで道元禅師の説く『禅(黙照禅)』の真相が理解できる」と強調する。

 正確な訓読と訳と註解をも心掛けたという全8巻のうち、1~7巻は『永平廣録』そのものを扱い、8巻目は解題・原典と関連書・索引などを収載する。(B5判・全3548頁・価7万1500円/分冊不可)

2024/6/13

浄土宗大阪教区大講演会 三味線法話に歓声 A4判記念経本に賛同の声

 
三味線歴30年の寺尾住職 浄土宗大阪教区教化団は4日、第39回仏教文化大講演会を大阪市天王寺区の大阪国際交流センターで開催した。2人の布教師がタイプの違った法話で念仏の心を伝えた。

 岸和田市西光寺の寺尾昌治住職は三味線法話「心にぞ澄む」。少年時代から日本民謡と三味線を習っていた寺尾氏はまず、津軽じょんから節のエモーショナルな演奏で聴衆の心を掴んだ。引き続き、民踊「能登麦屋節」を披露。そうめん造りが盛んな能登で粉引の際に歌われるのどかな音色で被災地に想いを寄せた。宗歌「月かげ」については「法然上人は月明かりのことを言いたかったのかというとそうではない。そのお月さまのみ光を阿弥陀様のみ光に例えているわけですね」とわかりやすく説いた。そして大阪名物河内音頭による「法然上人一代記」では会場の手拍子と「ドッコイセー」の合いの手が加わり盛り上がった。

 堺市正明寺の森俊英住職は、教区が開宗850年を記念して発刊した『浄土宗日常勤行式』を用いて法話。この冊子はA4判という特大サイズだが、檀家からは「ちょうどいい、うん、これだったらメガネなくても読めるな」という感想をもらい「嬉しかった」という(ちなみに経文は総ルビ大活字)。「僧侶も、どなたも、今日初めてお教本をご覧になった人も、一緒に声を出してお念仏できる、それが浄土宗、法然上人の教えなんです」と、あらゆる人が念仏を称えることで救われる道を示した法然上人の思いを具体化した冊子だと解説。

 「今日ものすごい沢山念仏申したからしばらく念仏称えなくていいというのはダメ。少なくてもいいから念仏の生活をずっとするならば十人が十人、百人が百人絶対に極楽浄土に行ける」と、開宗の御文にあるような行住坐臥を問わない念仏生活を勧めた。

 法話の後は仏教通のお笑い芸人である笑い飯哲夫さんが爆笑を誘う講演をした。ロビーでは北陸・東北の被災地復興支援の物産展や募金活動も行われた。

 大阪教区の850年慶讃法要は10月25日、一心寺と四天王寺で行われる。法話、声明とご詠歌による法要、上宮学園書道部によるパフォーマンスを予定。

2024/6/6
晋山式 東西で相次ぐ 大本山妙心寺 総本山醍醐寺 大本山誕生寺


京都市右京区 臨済宗妙心寺派大本山妙心寺 第36代山川宗玄管長 須弥壇上から香語  

法堂で香語を示す山川管長 臨済宗妙心寺派の第36代管長(妙心寺第698世)となった山川宗玄新管長(74)の晋山式が5月26日に京都市右京区の大本山妙心寺で営まれた。檀信徒や、各宗高僧ら約千人が参列し祝福。無心の一歩をあゆんで禅門の頂点に登った霧隠軒大和尚のさらなる本領発揮を願った。

 仏天の加護てきめんの快晴の朝8時、入山・晋山の時しか開かれることがない境内南側の「勅使門」が開扉され、山川管長が厳かに焼香。奉行や稚児と共に放生池の石橋を通って仏殿に入堂し諷経した後、衣を更えて無相大師関山慧玄を祀る開山堂、花園法皇を祀る玉鳳殿を参拝し、茶湯を奉献し700年近い妙心寺の歴史を守ってきた祖師先徳に報恩感謝した。(続きは紙面でご覧ください)


京都市伏見区 真言宗醍醐派総本山醍醐寺 第104世壁瀬宥雅座主 法脈継ぐ重責を覚悟

金堂へと進列する壁瀬座主 真言宗醍醐派総本山醍醐寺(京都市伏見区)で壁瀬宥雅第104世座主(75)の晋山奉告法要が5月30日に営まれた。理源大師聖宝から続く法脈を継承し、開創1150年の慶讃円成や一宗の繁栄への決意を披瀝した。真言宗各派の管長をはじめ高僧や関係者約160人が参列した。

 三宝院の勅使の間に座していた壁瀬座主は唐門を出て、法螺貝の先導により職衆とともに晴天の醍醐寺境内を厳粛に進列。仁王門を経て新緑の美しい参道から国宝・金堂に入り、本尊薬師如来坐像に相対した。(続きは紙面でご覧ください)


千葉県鴨川市 日蓮宗大本山誕生寺 第85世片桐日岳貫首 「本化再生道場」興隆へ

晋山奉告式でお題目を唱える片桐貫首 日蓮聖人生誕の聖地として知られる千葉県鴨川市の日蓮宗大本山誕生寺で5月23日、片桐日岳・第85世貫首(76)の晋山奉告式が執り行われた。片桐貫首は「本化再生道場の法幡を掲げ、お題目結縁の先鋒となる」と決意を述べ、宗祖降誕の聖地のさらなる興隆を誓った。(続きは紙面でご覧ください)

2024/6/6
孝道教団 自殺対策で日韓会議 自死者追悼法要に関心 日本の11.5倍 行政の取り組み吸収 


上が韓国側参加者、下が日本側参加者 自死・自殺対策に関する日韓仏教徒会議が5月28日、横浜市神奈川区の孝道教団(岡野正純統理)で開かれた。韓国から韓国政府への政策提言を予定している韓国生命運動ユニオンのメンバー13人が参加。仏教、キリスト教、専門家らで、官民による対策によって自殺者数減少に転じた日本の取り組みを熱心に聞き入り、活発な質疑が行われた。

 最初に岡野統理が挨拶。2017年に韓国訪問し自殺問題に触れ、秋には日本で国際シンポジウムを開いたことを回想し、「交流を通して学び合いたい」と話した。

 韓国側は3氏が挨拶と発表を行った。圓仏教教務の金大禅氏が韓国の自殺予防対策の現状と課題を報告し、1995年に11.8人(10万人当たり)だった自殺率が、2009年に33.8人とピークを迎え、2020年では24.1人。OECD(経済協力開発機構)加盟国の中では2003年から2022年まで1年を除いて19年間ワースト。加盟国平均の10.7人の2.4倍、日本の15.4人の1.5倍にあたると深刻さを吐露した。

 日本側は、最初に行政担当者が発表。政府の自殺対策に携わり、現在は川崎市健康福祉局総合リハビリテーション推進センターの所長を務める竹島正氏は、1998年から14年続けて3万人を超え、2006年の自殺対策基本法制定、2019年の新法制定など網羅的に発表した。続いて、川崎市健康福祉局総合リハビリテーション推進センター企画連携推進課長の塚田和広氏が川崎市の取り組みについて、内閣府の孤独・孤立対策推進室参事官の松木秀彰氏が予防の観点から日本政府の取り組みを報告した。

 質疑で韓国側は川崎市の対策に関する事業予算と内訳、条例による組織変化、対策に関する評価のあり方、ゲートキーパー(悩んでいる人に気づき声をかけられる人間)の育成法など実務的で具体的な質問を矢継ぎ早に提出した。

 後半は日本の仏教者の取り組みについて。自死・自殺問題に向き合う僧侶の会の小川有閑氏(浄土宗)は自死遺族を招いての自死者追悼法要や自死念慮者との往復書簡などを発表。曹洞宗総合研究センターの宇野全智氏も追悼法要や法要後の茶話会などでハイリスク者にアプローチしていることを話した。

 こちらにも具体的な質問が次々に寄せられた。手紙など僧侶たちは専門的な学びをどのようにしているのか、僧侶と遺族に倫理的な問題が生じていないか、必要な予算はどうしているのか、追悼法要に有効性を感じるが遺族だけなのかなど時間を超える質疑が続いた。若者の自殺問題が提起された際、韓国では今年7月から学校で生命尊重教育が実施されると報告した。

 一行は日本滞在中、専門家と面会したほか京都自死・自殺相談センターにも足を運び、日本の対策の吸収に努めた。

2024/6/6
全葬連 石井会長が4期目に 責任と使命感を強調

懇親会で挨拶する石井会長 全日本葬祭業協同組合連合会(全葬連)は5月30日、都内のホテルで第49回通常総会を開き、石井時明会長の再選と理事21人、幹事3人の新役員を決めた。来賓を招いての懇親会で改めて発表された。

 石井会長は懇親会で再選を報告し、「3期6年が過ぎ、4期7年目に入らせていただいた。全葬連は56単組1220社の組織。1220社は同一の会費だけでなく、同一の義務と責任をもっている」「地域に根付き、地域になくてはならない存在。そんな中で人の最期をお見送りする仕事をさせていただく責任と使命感を忘れてはならない」と表明した。

 また業界全体の発展と健全化のために進めている法制化についても石井会長は「我々の責任として、消費者にとっても早い段階で実現できれば」と決意を述べた。

2024/6/6
全曹青創立50周年記念式典 「外へ向かって羽ばたいて」 第2代会長の石附貫首が激励


祝辞で青年僧を激励する石附貫首 全国曹洞宗青年会(全曹青)は発会から50年を迎え、東京・芝の檀信徒会館で5月23日、記念式典を行った。歴代会長や各地の青年会の僧侶ら参加者約210人が節目を祝した。第2代会長を務めた大本山總持寺の石附周行貫首も駆け付け、「外へ向かって大きく羽ばたいてほしい」とエールを送った。

 全曹青は1975年に発会。来年に創立50年を迎える。この日は世界仏教徒青年連盟の村山博雅会長や全日本仏教青年会の新井順證会長、曹洞宗尼僧団の山田宣宗団長、曹洞宗婦人会の高野美智子会長、シャンティ国際ボランティア会の若林恭英会長らも参加した。

開会の諷経で導師を務めて会員物故者を慰霊した田ノ口太悟会長が「全曹青を継承くださった先輩に報恩感謝を示したい」と式典に臨む意気込みを述べ、青年会活動を未来へ継承すると決意を語った。

 「実に刺激を受けた集まりだった」と祝辞に立った石附貫首が発会当時を振り返った。「大衆教化の接点を求めて」をスローガンに「緑陰禅のつどい」の開催を通して青年会活動が広がっていった全曹青の歩みを伝え、内向きの活動にとどまらずに、「外へ向かって大きく羽ばたいてほしい」と激励の言葉を送った。

 大本山永平寺の南澤道人貫首の祝辞を大本山永平寺東京別院の宗清志副監院が代読。古教照心の示訓を旨に心豊かな社会を形成するという全曹青の目的に向け、「智慧と慈悲をもって精励し、百尺竿頭進一歩、50年の吉辰を越えてさらなる高みを目指し、活躍してほしい」と述べた。

 服部秀世宗務総長は、被災地支援など全曹青の活動は高く評価されているとし、「内局として敬意と感謝の念を表したい」と話した。こうした菩薩行は時代の要請に即応できると強調し、「若く燃えるような志と行動力で、人々の苦しみの中に飛び込み、社会の様々な問題に対して貢献してほしい」と述べ、宗門として活動を支援すると約束した。

 宮本昌孝副会長が能登半島地震の支援活動を報告。発災2日後の1月3日に現地に入り、支援物資の提供や炊き出しを行い、現在も倒れた仏具の整理など被災寺院の支援を継続しているとした。5月9・10両日には被害の大きかった輪島市や珠洲市、七尾市、能登町、穴水町の被災した31カ寺を訪問。「倒壊した建物、町の惨状を見ると、発災当初からあまり変わっていない印象を抱いた」と述べ、長期にわたって支援を続けていくと語った。

5月

2024/5/30
第19回国連ウェーサク祝典 分断世界に信頼と連帯の構築を 智慧と慈悲で使命達成へ 


式典途中でタイの少年僧(沙弥)約100人が登壇して読経。合間に平和に向けたメッセージを発信 第19回国連ウェーサク祝典が19・20の両日、「信頼と連帯を構築するための仏教の道」をテーマにタイのマハチュラロンコン仏教大学(MCU)アユタヤキャンパス講堂とバンコク市内の国連会議センターで開催された。世界73の国と地域から2千人超が参加。ブッダの生誕・成道・涅槃を祝すると共に3つのパネルを通じて分断した世界に対し、信頼構築を訴えた。主催は国連ウェーサクの日国際評議会(ICDV)。

 初日午前の開会式はタイ仏教僧伽最高位ソムデット・プラ・マハティラチャン大僧正が臨席して挙行。ICDVのプラ・ブラマプンティット議長(前MCU学長)が1999年12月の国連決議による「国連ウェーサクの日」の制定から、今日までの歩みを大僧正に報告し、大僧正は参加者たちを歓迎するスピーチを行った。

 大僧正の退堂後、同議長が登壇して挨拶。ICDVが掲げている持続可能な開発目標(SDGs)、気候変動、教育、平和構築の4課題を提示した上で「仏教の智慧と慈悲を用いて信頼と調和を築き、4つの使命を果たしていこう」と呼びかけた。

 午後からは、①健康と幸福のための仏教マインドフルネスの応用、②信頼とグローバルパートナーシップへの仏教の道、③調和の取れた社会のための仏教教育―の3パネルディスカッションを実施した。

 ①では、禅を基調に心が調う食事を提唱し、世界各地でワークショップを実践しているZen Eating代表のももえさんが5人のパネリストの1人として登壇。「足るを知る」「自由」をひも解きながらウェルビーイング(幸福)へのアプローチ方法を話した。

 2日目は国連会議センターで開催。各界リーダーからの発言やメッセージが披露された。日本からはITRIの高野展至支部長がスピーチ。コロナ禍で2年の中止を経て昨年の対面による祝典に続いて今回も対面開催となったことに深謝。また国連決議以来、四半世紀にわたり国連ウェーサク祝典を牽引してきたプラ・ブラマプンティット議長に謝意を表した。そして「来年は20回目の節目の年を迎える。さらにウェーサク祝典が飛躍、拡大されることを祈念申し上げる」と期待した。 

 ワチラロンコン国王主宰の祝賀会では、国王陛下の名代としてスラユット枢密院議長(元首相)を迎えて、厳粛な中で執り行われた、枢密院議長は、各国代表僧侶に記念の仏像を贈呈。日本代表として天台宗海岸寺(名古屋市)の川口圓玄住職が拝受した。

 今年のバンコク宣言は、「世界の仏教コミュニティーは、市民と政府に対し、思いやりや共感、敬意に満ちた対話と協力を基礎に、紛争によって分断された今日の世界に信頼と連帯を構築するよう努める」など12項目で構成。来年の第20回祝典がベトナムで開催されることも盛り込まれた。

2024/5/30
日蓮宗本山妙成寺 藤井日傳貫首が晋山 伽藍の国宝昇格へ努力 能登全体の復興胸に


宝前で奉告文を読み上げる藤井貫首 日蓮宗本山妙成寺(石川県羽咋市)で19日、藤井日傳貫首(75)の晋山式が執り行われた。藤井貫首は古式に則り、勇壮な奴行列を伴い駕籠に乗って参道をお練り。能登半島地震の復興を祈念すると共に、伽藍の国宝昇格に向け、「護持繁栄に努めてまいります」と抱負を語った。

 当日は法要に先立ち、入寺の際に歴代貫首が末寺筆頭の本成寺で休んだとの故事に由来する「草鞋脱ぎの儀」を本成寺で行い、妙成寺の門前へと向かった。門前町では檀信徒や地域住民が見守る中、貫首の晋山の時にだけ行われる奴行列と藤井貫首を乗せた駕籠が晋山を知らせるようにゆっくりと参道を進んだ。

 地域に伝わる伝統の「高題目」が奉唱され、本堂に入堂。藤井貫首は奉告文で、師匠である藤井日光・総本山身延山久遠寺91世法主(1909~2006)も自坊の東京・小伝馬町の身延別院から妙成寺貫首に晋山したことから、「師範の仮入山の時に随行して50年。同じく晋董するとは、これ仏縁にあらずしていかなる縁となさんや」と仏縁に感謝した。(続きは紙面でご覧ください)

2024/5/30
延暦寺執行に獅子王氏


 天台宗総本山比叡山延暦寺(滋賀県大津市)で水尾寂芳執行(代表役員)の2期目任期途中での辞任に伴う山内の執行選挙が23日に行われた。副執行(財務部長)の獅子王圓明(えんみょう)氏(58)が当選し、24日に就任した。任期は3年間。

 昭和40年(1965)11月、兵庫県伊丹市生まれ。延暦寺一山壽量院住職。第17期延暦寺本山交衆(三年籠山行)課程遂業。大正大学仏教学部天台学卒業。延暦寺檀信徒会館館長や横川中堂輪番などを経て、平成24年から延暦寺副執行(総務部長)を3期9年間、令和2年から同(財務部長)に就任。昨年6月から同職2期目の任期に入っていた。

2024/5/30
立正佼成会「青年の日」 千代田中央教会は千鳥ヶ淵戦没者墓苑へ 玉石拭いて清掃奉仕


青年部員らが玉石を一つひとつ拭いて清掃奉仕した 立正佼成会の千代田中央教会(東京都中央区、金澤尉順教会長)は19日、「青年の日」との共同活動として千鳥ヶ淵戦没者墓苑で清掃奉仕と慰霊供養を行った。千代田、中央区両明るい社会づくりの会も協賛。小さな子どもから青年部、壮年部まで異世代の会員約100人が参加して「菩薩行」に勤しんだ。

 「『大河の一滴』になろう。」をメーンテーマに、全国の青年部員が地域や世界の平和のための菩薩行を実践する「青年の日」。従来は5月の第3日曜日に実施してきたが、「青年の日」の意識を日常化していくことを目標に、各教会で年間を通じて様々な菩薩行を実践している。

 金澤教会長が「開祖さまが願われた平和への思いを胸に、生きて郷土の地を踏むことが出来なかった御霊安かれ、そして世界平和の将来を念じ、真心でお掃除をさせていただきたい」との心構えを示して清掃奉仕を開始。会員は手分けをして墓苑の石畳の左右の溝にある玉石を全て取りあげ、一つひとつを丁寧に雑巾で拭いた。溝に溜まった落葉も綺麗に掃き出して、祈りの場を清めた。

 清掃後は学生部長が導師を務め、六角堂に向かって慰霊供養を厳修。世界の紛争に思いを馳せながら、祈りの言葉「世界が平和になりますように」「人のことを思いやる人がふえますように」「まず私からやさしくなります」を全員で唱和して黙とうを捧げた。

 墓苑の清掃奉仕はこの日で2回目という青年部員は「大人になって清掃活動をする経験があまりないので、こういう体験は有り難い。身体を使うのは楽しいです」と充実感を口にした。金澤教会長は幼い子どもが玉石を「あかちゃん」に見立て友だちと一緒に磨いている姿を見て、「思いが少しずつ伝わっていくことを目の当たりにして感動しました」と嬉しそうに話した。

 立正佼成会は千鳥ヶ淵戦没者墓苑が創建された昭和34年(1959)の9月21日に庭野日敬開祖が秋の彼岸会法要を執行、以降毎年行っている。千代田中央教会の清掃奉仕も当時から始まり、毎年春と秋に実施している。

2024/5/23
曹洞宗覚皇院 石川禅師の紫雲臺が倒壊 明治期の火災後に過ごす


崩落した紫雲臺について話す髙島住職(6日) 能登半島地震で大きな被害があった石川県門前町で、曹洞宗大本山總持寺の移転を決めた石川素童独住4世が、明治期の火災後に過ごした覚皇院の紫雲臺が倒壊していたことが分かった。

 大本山總持寺は1898年(明治31)の火災を受け、現在の横浜市鶴見区に移転した。当時監院として再興にあたった石川禅師は1905年に貫首に就任。計画を進め、1911年に移転を実現させた。

 火災後、およそ90人いた修行僧らは山内寺院に分散するなどして過ごしたという。石川禅師が住したのが塔頭覚皇院だった。「坐禅や朝課も行われていたようです」と話すのは髙島仙龍住職。移転計画も同院で進められたと見られる。大本山總持寺で紫雲臺と称される禅師の居室も建立され、石川禅師が暮らした事跡を伝えていた。

 諸嶽奕堂独住1世が住持した天徳院(金沢市)が認めるものとして、同院を大本山總持寺の別院に定めると記された額があったが、倒壊した紫雲臺の瓦礫の下に埋もれてしまった。ほかにも石川禅師の書が残されていたという。(続きは紙面でご覧ください)

2024/5/23
庭野平和賞贈呈式 アブニマー博士に贈る イスラームの教えに導かれ「赦しと和解」基調に活動 ガザ地区の現状 深く憂慮

 
庭野名誉会長からアブニマー氏に賞状が手渡された (公財)庭野平和財団(庭野浩士理事長)は14日、東京・六本木の国際文化会館で第41回庭野平和賞を受賞した米国「平和と正義のためのサラーム研究所」創立者で所長のモハメド・アブニマー博士(61)を迎えて贈呈式を挙行した。イスラームの教えから導かれた「赦しと和解」を基調に平和構築に取り組んでいるアブニマー氏の活動を讃え、賞状と顕彰メダル、賞金2千万円(目録)が財団の庭野日鑛名誉会長(立正佼成会会長)から贈られた。国内外から132人が参加した。(続きは紙面でご覧ください)

2024/5/23 日蓮宗静岡県東部宗務所 元会計担当が4500万円着服 調査から1カ月 住職を懲戒罷免


 日蓮宗静岡県東部宗務所の元会計担当僧侶が約16年にわたって約4500万円を着服していたことが判明し、日蓮宗は15日付けで住職罷免の懲戒処分を決定したことが分かった。刑事民事での追及は検討中で、着服した僧侶は返済の意思を示しているという。

 同宗務所によると、4月15日付けで調査委員会を発足。「本人からの聞き取りに加え、帳簿を精査し、着服の形態及び総額をほぼ特定」し、同宗務所の一般会計と災害対策基金より概算で4500万円を超える着服が確認された。

 着服をした僧侶は、2008年から会計を担当し、2011年から2023年まで会計主任を務めていた。退任後の今年3月の決算処理で着服が判明。同宗務所では、調査委員会に加え、新たに危機管理対応と原因追及を行う専門の対策委員会も発足させ、原因追及や管理体制の再構築を進めていくという。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/5/23 日本香堂 「母の日俳壇」入選作発表 母との絆、ラジオで詩吟


 ㈱日本香堂(本社=東京都中央区、土屋義幸社長)は、今年で3回目を迎える同社開催の俳句公募『母の日参り 俳壇』の入選作と特別賞受賞作を特設ページで発表した。入選作4句はお笑い芸人のパンサー・向井慧さんとフルーツポンチ・村上健志さんが選句。同社提供のラジオ番組「パンサー向井の#ふらっと」内で2人が朗吟した。

 「母の日」に向けて 〝お母さんとの心の絆〟を詠んだ俳句作品を募集したところ、20日弱の応募期間ながら昨年を大きく上回る1511句が全国から寄せられた。この中から向井さんと村上さんが2句、計4句の入選作を選出。ラジオ番組「ふらっとポスト」(TBSラジオ)の6・7日の放送内で、パーソナリティの向井さんと、ゲストの村上健志さんが朗吟した。作品の解釈で盛り上がり、句を通して伝わる母の温かな気持ち、孫や子どもたちと過ごす母の日の情景などを語りあった。

 入賞句のほか「母の日参り」パートナーシップ企業のJAグループ和歌山、(一社)日本石材産業協会、(一社)PRAY for (ONE)による特別賞3句も選出。日本香堂サイト内の特設ページで作者コメントと共に掲載している。入賞者には副賞の「クオカード」1万円分と「日本香堂 香りのギフトセット」2万円分を進呈する。

【入選句】
母の日の 母から届く 常備菜(富山県・祐宇さん)
母の日の フォントの大き スマホかな(福岡県・なつきさん)
母の日の 数だけ小さく なりし母(広島県・あささん)
母の日の 固定電話の 母の声(山梨県・みなまるさん)

2024/5/16 宗教者核燃裁判原告ら 岡山で脱原発結集 原発避難計画は破綻 能登半島地震が証明 「いのちに対し」無責任


岡山市内で街頭アピールを行った参加者たち 青森県六ケ所村の原子力施設(再処理工場など)の運転差止を求める「宗教者核燃裁判」の原告らが4月24日、岡山市北区の臨済宗妙心寺派蔭凉寺で「脱原発結集・全国キャラバンin岡山」を開催した。奥能登出身の長田浩昭(真宗大谷派法傳寺=兵庫県丹波篠山市)が石川県珠洲市の反原発運動の歴史や能登半島地震の被災状況を報告。避難計画の杜撰さを指摘し「地震大国のなかで原発があるということが、住民の切り捨て以外の何ものでもないと明らかになった」と断じた。

 震災直後から被災地入りしている長田氏は復旧が進まない現状に「いま能登半島には全く人手が足りない。知事はいま助けて下さいと言わないといけない。これほどの震災でこれほど人の姿を見ない現場を経験したことがない。能登割等でもし旅行に来るなら1日でもいいので能登に入って手を貸してほしい」と呼びかけた。

 1989年、珠洲市で10基の原発計画が浮上、昨年5月と今回の地震の震源地近くが立地予定地だった。当時、長田氏も参加した反原発運動は10人から始まり、その後町を推進派と反対派に二分しながら広がった。今回の震災で被災した蛸島漁港の漁師たちが座り込みで事前調査を阻止し、輪島の海士町の人々がそれを支えた。2003年に計画は白紙となったが「親戚や友人、全ての人間関係に大きな傷が残った。誰もが今回被災者になった。家を失った人が避難所で珠洲原発がなくてよかった、と笑っていた。深い溝が今回の地震で乗り越えられるかもしれないと少し希望を感じた」と話した。

 輪島市の南側に位置する志賀原発(志賀町)は幸いにも3・11以降稼働していなかったことで非常事態を免れたが、地震によって道路が寸断された状況で住民避難ができないことが露呈。長田氏は「全ての避難計画は破綻した。地震大国のなかで原発があるということが、住民の切り捨て以外の何ものでもないと明らかになった」と断じ、原子力に携わる司法や行政、科学者たちの、「住民のいのちに対する無責任さ」に憤った。「もし原発が立ち並んでいたらどうなっていたか想像してほしい」と問いかけ「人々の暮らしを奪う放射能の被害を、珠洲の人たちが止めたことを忘れないで」と訴えた。

 原告共同代表の中嶌哲演氏(真言宗御室派棡山明通寺住職=福井県小浜市)と内藤新吾氏(日本福音ルーテル稔台教会=千葉県松戸市)が核燃裁判の概要を説明。中嶌氏は電力を大量消費する都市部の沿岸部には火力発電所が並ぶ一方で、危険な原発が過疎地に押し付けられている差別構造を批判。「原発阻止の運動は後からくる世代にも重要な役割がある」と意義を示した。内藤氏は再処理工場が原発よりも危険なうえ、耐震基準が非常に脆弱な点を理由に運転差止を求める「樋口理論」を解説。核燃サイクル事業と核兵器開発の関係にも言及しながら、原子力行政の根幹である再処理工場の停止が「全国の原発を止めることになる」と強調した。

 参加者との意見交換の後には幟や横断幕を持ち会場から岡山駅まで行進し、脱原発を訴えた。

2024/5/16 大阪北新地クリニック放火事件 死亡した院長の妹が胸中語る 傾聴を機に仏道を歩む


亡くなった院長の妹・伸子さんは、仏教者としての道も歩み始めた 超宗教の「死刑を止めよう」宗教者ネットワーク主催・第34回死刑廃止セミナー「後悔のないように生きるー被害者遺族として〝心の孤立〟にむきあう」が4月25日、大阪市北区のカトリック大阪梅田教会で開かれ、オンラインを含む63人が参加した。令和3年12月17日に起こった大阪・北新地心療内科クリニック放火事件で亡くなった西澤弘太郎院長の妹で歯科医師の伸子さん(47)が講演した。

 伸子さんは複数の大病と手術の経験を振り返り、「人生、何が起こるか分からない。絶対に後悔しないように生きよう」と決意したと回想。「3年連続、もう今年は(手術は)ないと思った矢先、兄の事件が起きた」

 事件の概要は報道で知ったという。「事件直後のネットニュースに『これからどう生きていけばいいのか』『次の病院はどうしたらいいか』という(患者の)コメントがたくさんあった。それを見て、〝自分は何かできないのか〟と感じた」

 1カ月後、この事件で利用者1人が亡くなった福祉団体がオンラインサロンを開くことを知り、「ここに行けば(兄のクリニックの)患者さんに会えると思った」。元患者たちと月2回程、オンラインで交流するようになり、「今は実際に会う機会も作っている」。

 活動の中で必要性を感じ、カウンセリングの基礎講座を受講。「堺のレンタルスペースで『心の整理をしませんか』という活動を始めた。家族がうつ病で自死、夫のモラハラなど、たくさんの話を聴かせていただいた」

 傾聴活動を通して、「人の心に寄り添うことは仏教と重なる」と気付き、昨年6月から奈良県五條市の高野山真言宗生蓮寺に通い、12月に得度。今年3月から、岡山県内の真言宗単立寺院で修行に入った。

 昨年9月に京都アニメーション放火事件の裁判を傍聴した折、記者から「京アニと北新地の両放火事件は似ているが、何をしていればこうした事件は防げるか」と質問された。それから「(犯人は)2人とも再犯だった。再犯防止ができれば防げた。更生とはいったい何だろう」と思考を重ね、「刑務所を出た人の話を聴くことはできる」と思い至った。昨年暮れに精神疾患や様々な障害、各種依存症、触法者の心身の回復を支えている奈良県大和高田市のワンネス財団に連絡。「今は月2回、いろいろな方の話を聴かせていただいている」(続きは紙面でご覧下さい)

2024/5/16 始まりの地・関東で慶讃法要 満堂の築地本願寺 響く報恩念仏 大谷光真前門も出座


庭儀で本堂へ向かう階段を上る東京教区の僧侶ら 東京都中央区の築地本願寺で4月26~29の4日間、親鸞聖人御誕生850年・立教開宗800年慶讃法要が営まれた。浄土真宗本願寺派の大谷光真前門主が出座した初日、東京教区の僧侶や門徒ら千人超が参拝し、満堂となった本堂で報恩感謝の念仏を響かせた。

 法要に先立ち、華道未生流笹岡の笹岡隆甫家元が献華、古儀茶道薮内流の藪内紹智家元が献茶し、堂内を荘厳した。この日、導師を務めた中尾史峰宗務長が挨拶。承安3年(1173)に生まれた親鸞聖人が法然上人の教えに帰依し、立教開宗の年と定める元仁元年(1224)に根本聖典『教行信証』を著した歴史を振り返った上で、「浄土真宗の始まりの地であるここ関東、築地本願寺で慶讃法要をお勤めできることは尊いご縁。ともどもに喜ばせていただきましょう」と話した。

 境内に参集した東京教区の僧侶約55人が庭儀を執行。2列に並んで大階段を上り、本堂へ進んだ。雅楽が奏でられる中、大谷前門が内陣向かって左に着座し、中尾宗務長が登礼盤した。慶讃法要のために制定され、『教行信証』の御文のみからなる伝統声明と大衆唱和を兼ね備えた「新制 御本典作法」が執り行われた。

 法要後、法話に立った大谷前門は能登半島地震などの被災地にお見舞いを述べるとともに、紛争が多発する世界情勢の混迷に心を寄せた。「殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」との釈尊の言葉を挙げ、「仏教に限らず人類に共通する人倫道徳と言えるのではないか」と強調。「確かに理想論だが、理想を忘れて現実に埋没してしまっては仏教の役割はなくなってしまう」と指摘し、「声は小さくても繰り返し発言し、人びとの心の中に染み込ませることによって、いずれ力になっていくことを願わずにはおれない」と説いた。

 さらに、「人間の力で制御できない核兵器が開発された時代だ」と核兵器の問題に言及。「昔と同じままでは人類の滅亡につながる。誰が責任をとるのか」と各地で“戦争前夜”と囁かれる現代に警鐘を鳴らした。

 慶讃法要は前半の2日間に大谷前門が出座し、後半の2日間に大谷光淳門主が導師を務めた。4日間で計約5千人が参拝した。

2024/5/16 日本の宗教人口 30年で5700万人減 令和5年版『宗教年鑑』1億6299万人


 かつては人口のおよそ2倍とされてきた日本の宗教人口(信者数)。令和5年版『宗教年鑑』(文化庁編)によると1億6299万人(2022年12月31日現在)で、1992年の2億2007万人より5708万人減少。前年比でも1657万人の減少となった。

 減少が顕著なのが新宗教教団だ。霊友会321万人(92年)→110万人(22年)、立正佼成会654万人(92年)→198万人(22年)。現在でも全国に2万7千以上の教会・布教所を擁する天理教は115万人(22年)だが、30年前は7倍近い741万人(92年)だった。逆に真如苑は72万人(92年)から93万人(22年)と増加している。

 もともと氏子(神社)と檀家(寺院)に属するという重複がある。それが“人口2倍説”の主要因だった。そのため人口と宗教人口は一致していないが、人口が微減なのに対して、宗教人口は30年で26%減少。現在の人口1億2400万人に近づいている。

 ある宗教学者は、「教団側(特に在家教団、新宗教)が実態に合わせた数字を出し始めたからではないか」と読み解く。

 “宗教離れ”も考えられるが、少子高齢社会や経済的要因が宗教人口減に影響している可能性もありそうだ。信者数はいずれも『宗教年鑑』より。

2024/5/2・9合併号 浄土宗西山深草派総本山誓願寺 開宗850年記念法要 5日間奉修 管長揮毫の念仏を散華


十念を授ける誓願寺・倉内管長 浄土宗開宗850年を記念する慶讃・記念法要が京都市内の総大本山で営まれる中、中京区の浄土宗西山深草派総本山誓願寺(倉内賢道管長)では、4月21日に記念法要がスタートした。

 満堂の檀信徒は善導大師の「浄土法事讃」を奉読し、「不捨慈悲入道場 証明功徳滅諸罪」(法要の功徳を保証し私達が抱えるたくさんの罪を滅ぼしてください)と、本尊阿弥陀如来の絶対の慈悲に帰依。倉内管長が直筆で一枚一枚に「南無阿弥陀仏」と揮毫した散華が惜しげもなく撒かれ、拾った信徒は「お宝や!」と感激していた。

 記念に行われた寺宝修理を完了した宝物がお披露目された。伝・円光大師法然上人筆の「絹本著色四十八光真向弥陀ノ尊像」や大作「誓願寺縁起絵」の明治時代の貴重な模本に檀信徒は深く感銘を受けていた。これらの寺宝は次回の展示は未定だという。

 京都市内から来た参拝者は熱心に縁起絵を見つめつつ「今、戦争が起きたり景気も悪くなっていたり、本当にとんでもない時代になりつつある」と、法然上人の時代と同じような末法の現代だと話し、そこを生きる力は念仏にこそあると頷いていた。25日の結願まで、1日2座の法要と説教が営まれた。

2024/5/2・9合併号 大正大学 創立100周年へ舵取り 学長就任祝賀会 神達学長「10の力」展開したい

 
杉谷元理事長の乾杯前の挨拶に聞き入る神達学長 昨年11月、大正大学(東京都豊島区西巣鴨)の第37代学長に就任した神達知純教授(54)の祝賀会が4月23日、東京・上野精養軒で催された。2年後に迎える創立100周年に向けて新学長は、建学の理念「智慧と慈悲の実践」に基づいて構想した「4つの人となるための10の力」を展開したいと抱負を口にした。

 開式にあたり主催者を代表して柏木正博理事長が挨拶。「創立100周年を学長として迎えるのが、若きリーダー神達知純先生」と紹介し、「大正大学はいつも明るく正しい大学として、学長には導いていただきたい」と要請した。

 来賓を代表して、大正大学の地域創生学部より1年先んじて地域創造学部を開設し、現在は包括連携協定を結んでいる追手門学院大学(大阪府茨木市)の真銅正宏学長が登壇。協定に感謝すると共に巣鴨プロジェクトに参加している追大生に言及し、「学生同士の交流を見ていると、タネを蒔いて実るまで時間がかかるかも知れないが、きっと良い未来が待っていると思う。ぜひ神達先生のお力をお借りしたい」と期待。他方で「学長をしている身からすると、半分ぐらいはご愁傷様です、という感じがしないでもない」と話し会場を沸かせた。

 続いてマイクの前に立った神達学長は、「昨日までの当たり前がきょうは当たり前ではなくなったとまざまざと実感することになった」とコロナ禍の4年間を振り返った。そして創立100年に向けて構想した「4つの人となるための10の力」を掲げながら「学長任期中にこの『10の力』を全学的に展開したい」と力強く抱負を語った。(続きは紙面でご覧ください)

2024/5/2・9合併号 能登半島地震 妙心寺派、總持寺に500万円寄付 瑩山遠忌終幕日 祖院復興の一助に


石附貫首(右)に目録を手渡す野口総長 臨済宗妙心寺派は、能登半島地震で大きな被害を受けた曹洞宗大本山總持寺祖院(石川県輪島市)の復旧に役立ててもらおうと、支援金500万円を寄付した。瑩山禅師700回大遠忌本法要が終幕を迎えた4月21日、野口善敬宗務総長が横浜市鶴見区の大本山總持寺を訪れ、石附周行貫首に目録を手渡した。

 妙心寺派檀信徒らでつくる花園会で募った能登半島地震の義援金の一部を充てた。両宗派は互いの禅風理解や学術振興に向け、2016年から付置研究所を通して交流を続けている。シンポジウムで知見を出し合ったり、若手僧侶たちが泊まり込みで法話の腕を磨き合ったりしている。昨年10月には僧堂体験として祖院を訪問した。

こうした交流を踏まえ、妙心寺派は支援を決定。2007年の能登半島地震で受けた被害から14年かけて復興を果たしたが、再び被災した祖院の復旧のために寄付した。

 この日、大遠忌御正当法要を前に、禅師の表方丈・紫雲臺で支援金の目録が贈呈された。石附貫首のほか、渡辺啓司監院と宗務庁の龍谷顯孝教学部長が参席した。

 野口総長は「困ったときはお互いさま。宗派を超え、慈悲の心で今できることをしなくてはならないという思いです」と話した。

2024/5/2・9合併号 第48回正力松太郎賞決定 本賞・本像寺青少年修養道場(滋賀・日蓮宗) 奨励賞・2団体1個人


本賞を受賞した本像寺青少年修養道場の様子 (公財)全国青少年教化協議会(全青協)は4月23日、仏教精神に基づき日曜学校や子ども会などを通じて星少幼年の教化に尽力している個人や団体を顕彰する第48回正力松太郎賞を発表。本賞は本像寺青少年修養道場(代表=藤岡暎邦日蓮宗本像寺住職/滋賀県守山市)。奨励賞は楠恭信氏(曹洞宗長照寺住職/福島県猪苗代町)、迎接院子ども寺子屋(代表=伊藤信道浄土宗迎接院住職/鳥取県米子市)、三重県曹洞宗青年会和太鼓集団「鼓司」(代表=花井正道曹洞宗新堂寺住職/三重県津市)が選ばれた。

 本像寺青少年修養道場は1974年から檀信徒及び地域の子どもたちの健やかな成長を願い「青少年修養道場」を開催。夏休みに2泊3日の日程で行われ、おつとめ、静座と唱題行による修行、創作劇、レクリエーション、灯籠流しを行い、「いのち」に感謝しながら敬う心を育んできた。企画・運営・指導は道場に通っていたOBも携わる。また、コロナ禍でもオンラインを活用するなどして実施。長年にわたる地道な活動とその普及が高く評価された。

 奨励賞の楠恭信氏は第1期臨床仏教師に認定され、緩和ケア病棟での終末期ケアや神経難病患者の傾聴活動等に携わる。また「学校×アート×地域」をテーマとする芸術祭を企画するなど、青少年育成活動も行う。

 迎接院子ども寺子屋は春休みや夏休みに小中学生に学習の場を提供。お泊り会やプチ修行、高齢者との交流を図るお茶会など、地域に根差した教化活動を展開している。

 和太鼓集団「鼓司」は2006年から活動し、言葉で伝えることができない悟りの世界を和太鼓の「音と所作」で伝えようと取り組んでいる。海外での演奏活動も称賛され、演奏を通じて教化・布教活動、国際交流へと活動を広げている。

 報告会・表彰式・祝賀会は9月26日午後2時から東京都港区の東京グランドホテルでの開催を予定している。

 
循環が50年の活力
藤岡住職コメント

 受賞の知らせに感激しています。子どもたちを対象とした修養道場ですが、当初から指導者も共に修行する場にしたいと考えていました。10年ほどして道場に来ていたOBが指導者として育ってきました。子どもたちの世話をしながら学び、子どもたちはOBたちの姿をみて「自分も将来、指導者になりたい」と思う。この循環が50年間続けられた活力にもなっています。

 道場のメインテーマは「合掌の心を育てよう」ですが、サブテーマは指導者たちがその時々の社会状況から選びます。地震があった時は災害問題を考え、ある時は戦争体験を聞いたり、ある時は手話を学んだり。コロナ禍では指導者を対象としたミニ道場を開くことで継続しました。29歳の時に子どもたちのお世話をしたいと始めた道場。50年間事故もなく続けられたことがうれしいです。

2024/5/2・9合併号 安田松慶堂 増上寺で仏壇供養 法要で〝心が落ち着いた〟


増上寺の境内で仏壇がお焚き上げされた  ㈱安田松慶堂(東京都中央区、安田元慶社長)は4月23日、東京都港区の浄土宗大本山増上寺で仏壇供養会を営み、。役割を終えた約100基の仏壇や仏具をお焚き上げした。

 はじめに本殿で魂抜きの法要を厳修。お仏壇を所有していた16組25人が参列し、読経のなか焼香した。安田松慶堂は春と夏に仏壇供養を実施しており、挨拶に立った安田社長は参列に謝意を示した。コロナ禍や生活様式の変化により供養産業も大きな過渡期にあり、仏壇のお焚き上げも環境問題への配慮が求められていることを述べたうえで「私どもにとって大切な行事ですので、できる限り続けたい。何かお困りのことがあればご相談ください」と呼びかけた。

 その後境内の炉に移動して浄火でお仏壇を次々にお焚き上げした。埼玉県から参列した夫妻は「古い仏壇が壊れ、新しい仏壇を買い替えることになり、相談したら法要があることを知りました。心が落ち着きました。参列してよかったです」と話した。

 境内には海外からの旅行者も多く、仏壇供養を写真撮影したり、関係者に「これは何をしているんですか?」と訊ねる姿もあった。

4月

2024/4/25 京都府長岡京市 西山浄土宗総本山光明寺 「浄土門根元地」 開宗850年記念法要開白


参拝者に十念を授ける沢田管長 その時、「門」は開かれた―43歳の法然上人が念仏を説き始めた「浄土門根元地」である西山浄土宗総本山光明寺(京都府長岡京市)で19日、立教開宗850年記念法要と御忌が併修で始まった。青紅葉が美しく晴れる境内に、救われる喜びの念仏が響き渡った。

 表千家の千宗左家元による献茶式に続き、正午には西山仏讃歌の会によるコーラスが奉納された。福岡県中間市・阿弥陀寺の中山卓仁住職による説教の後に日中法要が営まれ、沢田教英管長臨席の下で和歌山市・阿弥陀寺の髙木歓恒住職(宗会議長)が慶讃導師を務めた。

 沢田管長による宣疏では、法然上人の教えが850年の歴史の中で世界に広がっていることを称え「同心同行の僧俗一同あい集い慶讃の大法会を展べ誦経念仏申して広大の慈恩に報謝し奉らんとす」と深い祈りが捧げられた。その後、一同で「一枚起請文」を奉読。阿弥陀仏を信じ、疑いなく往生するという心を改めて堅固にした。

 沢田管長は参列者に十念を授けた後に垂示。「法然上人が一番大切にされたのは、お念仏の申す所はどこでも自分の居場所だとされたこと。皆さんが家に帰りましても生活の中で、拝みあい、時間を選ばず、数を選ばず、一言でもいいからお念仏を申し上げて生活してほしい」と、念仏による日常の充実を呼びかけた。

 続く住歴50年表彰で、高木氏が沢田管長により表彰された。髙木氏は「昭和49年(1974)晋山してあっという間に50年」と振り返り、教誨師として28年間和歌山女子刑務所での法話を続けるなど、宗祖の心に叶った布教に取り組めていることに感謝した。土江賢祥宗務総長が祝辞を述べた。

 20日には一般公募した児童による庭儀式、全国青年僧の会による二十五菩薩行道が行われた。法要は25日まで。

2024/4/25 曹洞宗大本山總持寺 高円宮妃久子さまが参拝 700回大遠忌 瑩山禅師に香手向ける


出迎えた山内の園児や生徒たちに手を振って応えられた久子さま 横浜市鶴見区の曹洞宗大本山總持寺で16日、太祖瑩山禅師700回大遠忌に高円宮妃久子さまが参拝された。出迎えた山内の園児や生徒たちに、にこやかに手を振って応えられ、大祖堂で香を手向けられた。

 久子さまは午前10時頃に三門に到着され、渡辺啓司監院と三村契一大遠忌局長らが迎えた。鶴見大短期大学部附属三松幼稚園の園児と同大附属中学校の生徒たちが国旗を振って歓迎する中、参道を進まれた。勅使門の名が残る向唐門をくぐり、佛殿と御霊殿を巡拝された。禅師の表方丈・紫雲臺では、石附周行貫首と親しく挨拶を交わされた。

 大祖堂には随喜の僧侶約80人が参集。梅花流詠讃歌が詠唱される中、久子さまは宝前へ進み、皇室の方々の拝礼のときにのみ使用される純銀製の香炉に焼香し、手を合わせられた。瑩山禅師の尊像などが安置される御真殿の最上段に香炉が運ばれ、太祖に香が手向けられた。この日は7日間にわたる報恩大授戒会の最終日にあたり、戒を授かったばかりの仏弟子約60人も参列した。

2024/4/25 文化庁宗務課『宗務時報127号』 宗教法人の事業調査を報告
単位法人1割、包括法人3割 単位宗教法人の年収 全体の63%が300万円未満


『宗務時報127号』(58頁)より 文化庁宗務課が実施した宗教法人が行う事業に関する調査の報告書が、『宗務時報127号』(今年3月発行)に掲載された。調査の主目的は宗教活動以外の事業について。事業実施法人は、単位法人で10・7%だが、規模の大きい包括法人は32・7%だった。一方で、単位法人の年収は、300万円未満が63%で、500万円未満は72・2%。ちなみに国税庁が発表した給与所得者の平均給与額は458万円(2022年)。小規模の宗教法人は限られた収入と非課税制度によって維持されていることが裏付けられた。
    
 12年ぶりの調査は2020年12月から翌年2月にかけて行われた。単位宗教法人約1万8000法人から都道府県別、神道・仏教・キリスト教・諸教の系統別に10%を無作為抽出し、約18万法人に調査票を送付。有効回答数は7536法人。包括法人は396の全法人に送付し、有効回答は220法人だった。

 
 新型コロナの影響 単位法人80% 包括法人90%
 宗教活動以外の事業がどのように行われ、同時に新型コロナが事業にどのような影響を与えたかを調査することが目的。新型コロナの影響は、単位法人で「甚大なマイナス」が6%と「運営縮小等ある程度のマイナス」74・5%を合わせて80%を超えた。「全く影響はない」は14%だった。包括法人は、マイナスの影響があるとした回答は約90%で、「全く影響はない」は6・8%。新型コロナは、収益事業の割合が高い包括法人への影響が強かったようだ。(続きは紙面でご覧ください)

2024/4/25 西国三十三所札所会 大使にみほとけさん 異色の仏像大好き芸人


慈悲の道の隆昌を期待する藤田会長とみほとけさん 西国三十三所札所会(藤田浩哉会長)が提唱する「日本巡礼文化の日」である15日、藤田会長の自坊である京都市東山区の今熊野観音寺(第15番)で、市内の札所寺院の寺院が随喜して巡礼者の道中安全満願祈願ならびに能登半島地震物故者追悼のための記念法要が営まれた。これに併せ、浅井企画所属のお笑い芸人でお寺・仏像研究家としても活躍するみほとけさんが西国三十三所PR大使に任命された。

 みほとけさんは女子高生の時に六波羅蜜寺(第17番)の空也上人像に出会ってから仏像の素晴らしさに目覚めた。「これから1300年以上の歴史がある西国三十三観音を、日本中どころか世界中にPRしていきます。幅広い世代にお参りいただきたいのはもちろんですが、私がこの役割を仰せつかったからには、特に若い世代が観音様に触れる入口になりたい」と笑顔を見せた。

 今後、SNSを通じた発信や、メディアへのアプローチを積極的にしていくという。みほとけさん自身も未だに満願はできていないということだが、PR大使任期中の1年以内の満願を目指すと意気込んだ。

 藤田会長は「慈悲」と揮毫した笈摺をみほとけさんに贈呈。藤田会長は「慈悲の道」と言われる西国巡礼が盛んになり、多くの人々に自分自身を磨く旅を通じて観音との縁を結んでほしいと期待。「世の中のために観音様の心を世の中に植え付けてまいりたい」と抱負を語った。

 「日本巡礼文化の日」は「良いご縁」のごろ合わせで毎年4月15日と定められている。その旨や「観音さんさんサイコク巡礼」のキャッチフレーズ、ロゴマークをあしらったのぼり旗もお披露目された。

2024/4/25 真言宗豊山派 観音山明王院鐘楼堂落慶 「三世祈之鐘」鳴り響く


「金剛合掌画」の下で鐘を鳴らす石原住職 群馬県邑楽郡邑楽町の真言宗豊山派明王院で3月24日午後、弘法大師御生誕1250年記念事業として建設していた鐘楼堂の落慶法要が厳修された。

 石原照盛住職と群馬県邑楽宗務支所の僧侶らが鐘楼堂前で加持作法。般若心経や光明真言、宗祖御宝号の厳かな唱声の中、石原住職が鐘楼堂の天井に描かれた「金剛合掌画」を見上げながら3度鐘を撞き、鐘の音に祈りの心を乗せて町中に届けた。

 大勢の檀信徒が待つ本堂に入った石原住職は、本尊不動明王の宝前で力強く表白を奉読。煩悩を滅して清らかな心を起こさせる鐘の音の功徳を讃嘆し、「『三世祈之鐘』と名付く」と高らかに奉告した。(続きは紙面でご覧ください)

2024/4/18 浄土宗開宗850年 総大本山で慶讃法要 救いの平等 今こそ
総本山知恩院「尋源培根」を再確認 大本山金戒光明寺「浄土真宗最初門」を胸に 

 
知恩院の開白。紐は外の結縁柱と結ばれている 浄土宗総本山知恩院(京都市東山区)で9日、開宗850年慶讃法要が始まった。承安5年(1175)に元祖法然上人が比叡山黒谷青龍寺で善導大師の「開宗の御文」に出会い、誰もが等しく救われる道を切り開いてからの歴史の重みに思いを馳せ、僧侶約200人、檀信徒や一般参拝者約300人が嘉辰に巡り合えた幸福を喜んだ。

 開白法要は93歳の伊藤唯眞門跡が中導師を務める予定だったが、体調を考慮して急きょ中村康雅副門跡が務めることに。左導師に丹農秀知知恩院顧問、右導師に問川良元慶讃記念事業副委員長が配され御影堂で阿弥陀経の読誦、散華。僧侶が堂内をぐるりと進列しながら念仏する「笏念仏行道」では僧侶が華やかな姿と挙措を披露し、参拝者の感興を呼んでいた。

 中村副門跡は850年前の戦乱の時代と同じく現代も苦しみが絶えないとしつつ、伊藤門跡がしばしば口にする「尋源培根」の精神に基づき、「元祖大師のお気持ちに戻って、毎日の生活をお念仏の中に過ごさせていただきたい」と世界中が平和で安心して暮らしていける日々を呼びかけた。

 御影堂門前には、堂内の法然上人像と五色の糸で結ばれた念仏結縁柱が建てられており、触れていた団参女性は「これで長生きができますよ」と微笑み、結縁に感激していた。14日の結願(一宗法要)までに約5千人が参拝した。18日から25日にかけては御忌大会が営まれ、元祖への報恩が続く。

「浄土真宗最初門」こと金戒光明寺の開白 法然上人が比叡山を下りてすぐに草庵を結んだ「浄土真宗最初門」こと大本山くろ谷金戒光明寺(左京区)では10日から14日まで慶讃法要が営まれた。開宗850年と同時に開創850年の2つの慶びが重なったことで多数の団参があり、連日、琵琶や演歌、舞楽が奉納されて盛況だった。

 初日の開白法要には約300人が参列。中導師は吉水定宏氏(慈済寺)、左導師は佐藤道明氏(阿弥陀寺)、右導師は伊藤壽彦氏(延命寺)が務めた。一同で「一紙小消息」を拝読して「天に仰ぎ地に臥して悦ぶべし、このたび弥陀の本願にあう事を」と、たとえ罪深き人間であっても必ず往生できる信心を改めて確信した。

 藤本淨彦法主は金戒光明寺を法然上人が教化の第一歩を踏み出された由緒ある地だと強調し、「その小さな山の泉がこんこんと湧き出て850年という時、場所、人の心を潤しながら今日に至った。南無阿弥陀仏のお念仏こそが、いつでも誰でもどこでも人の心を潤し、尊い命をより豊かに過ごし、私たちの行く末を迷うことなく照らし出してくれる」と垂示した。

 金戒光明寺の850年慶讃事業は重文三重塔などの文化財修復や藤本法主の書籍出版などを実施する。2026年には18年ぶりの五重相伝も行われる予定。

2024/4/18 立正佼成会 学林創設60周年式典と入林式挙行 「庭野日敬スクール」開設へ 学林ビジョン 国際的リーダー養成


学林ビジョンを発表する杉野学長 立正佼成会(庭野日鑛会長)は6日、東京・杉並の大聖堂で学林創設60周年式典と学林合同入林式を執り行った。実践的仏教指導者育成を中核とする学林の杉野恭一学長は、諸宗教対話・協力を担う国際的なリーダー養成に向けて「庭野日敬スクール・フォー・グローバルリーダーシップ」の設立などの学林ビジョンを発表した。オンラインの700人を含めて2200人が参加した。

 入林式では31人の新入生が入場。大樹(本科)61期生6人および蓮澍海潮音科31期生の代表、光澍大学科50期生の代表、芳澍31期生の代表が杉野学長の前で、力強く抱負を発表した。

 杉野学長は訓話で、「実践的仏教と諸宗教対話・協力という庭野日敬開祖の願いのもと、現在まで学林各科を合わせて2400名の仏教実践家、指導者を生み出してきた」と実績を強調。そして「感性・知性・品性を磨き人々に希望と勇気を与え、世界を創造する菩薩道の先駆者への道を喜びと誇りをもって歩んでいって下さい」と激励した。

 また学林ビジョンとして、すでに実行されている「諸宗教に開かれた学林」のほか、学林大樹の年齢上限の引き上げや非会員にも門戸を開く「多世代共創の学林」を提示。さらに「庭野日敬スクール・フォー・グローバルリーダーシップ」では、国際協力を推進するリーダーを養成していくと宣言した。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/4/18 花まつりスケッチ 東京・青松寺、尼僧法団 


東京・青松寺 子どもたちが和太鼓で荘厳

太鼓の演奏を体験した子どもたち 東京都港区の曹洞宗青松寺で6日、花まつりが営まれた。参拝を呼び掛けた区内の小学校に通う子どもたちの家族ら約70人が、釈尊が誕生した際に宣言した「天上天下唯我独尊」の教えを胸に刻んだ。和太鼓の演奏会もあり、迫力ある音の響きで釈尊生誕の祝典を荘厳した。

 愛宕下通り沿いに建つ高さ7㍍の山門に花まつりを告げる恒例の横断幕を掲示。道行く人に釈尊降誕の日を知らせた。

 本堂での法要に際し、喜美候部鐵示住職が釈尊生誕の故事をひもといた。天地を指差す誕生仏の佇まいの由来となっている「天上天下唯我独尊」の意味を説き、「動物も植物も人間もこの宇宙の中で同じ存在として生きている。だから、心に壁をつくらず認め合おうという教えです。すべての存在が尊い生命を生きています」と伝えた。

 観音聖堂に会場を移し、プロ和太鼓チーム「暁」の演奏会を開催。コンテストで3回の日本一に輝いた迫力ある音に飛び上がって驚く参拝者の姿も。子どもたちも手ほどきを受け、太鼓の演奏を体験した。

 参拝者には外国人の親子連れも見られ、共に手を合わせた。新聞で紹介された花まつりの記事を読み、興味をもって千葉県から足を運んだ家族もいた。

 花御堂や白象が安置された境内では縁日の催しがあり、ぜんざいや甘酒が振る舞われた。シャンティ国際ボランティア会が能登半島地震や東日本大震災の被災地を支援するブースを設け、輪島市門前町の商店街の品物などを販売した。



尼僧法団 久々に大茶会

尼僧法団の花まつり茶会 全日本仏教尼僧法団(笹川悦導理事長)は7日、東京都港区の浄土宗善光寺で第38回「花まつり茶会」を開いた。境内の桜が満開となるなか、約300人がお茶席を楽しんだ。

 今年の尼僧法団席は立礼席に加えて、コロナで中止していた大茶盛(希望者のみ)を久々に再開。顔がすっぽりはまるほどの大きなお茶碗で点てたお茶を数人で廻し呑みするユニークなお茶席で、実際に目の前に大茶盛が運ばれると「おぉー」と小さな歓声があがった。

 茶席の掛け軸は「瑞草生喜運」(大徳寺378世無学宗衍)。笹川理事長は「世の中に雑草というものはない。大地から芽が出るもの全てが嬉しい、というお軸。花の種もお配りしているが、いのちを大事に育てて下さい」と語りかけた。

 濃茶席(表千家・氏井千佳子席主)、薄茶席(裏千家・新美宗修席主)も設けられたほか、本堂には花御堂が置かれ、参列者も甘茶を注いで釈尊降誕をお祝いした。シャンティ国際ボランティア会が出店し、能登半島地震支援として同地のおぼろ昆布などを販売するなど、震災支援金の協力も呼びかけらえた。

2024/4/18 ロシア・ウクライナ戦争3年目 歴史からみるロシアの政治と宗教 三宅善信氏(金光教教師・WCRP日本委理事)に直撃取材



ロシア正教会の専門家でもある三宅氏 大阪・茨木市の金光教春日丘教会長で世界宗教者平和会議(WCRP)理事を務める三宅善信氏(65)は、異能の才人である。同志社大学の大学院でキリスト教神学を学び、ハーバード大学の世界宗教研究所でも学究生活を送った。本人曰く。「寺社が甍を並べる京都でキリスト教を、ニューイングランドで仏教を学んで、大阪で金光教をやっています」。それが三宅氏の学びの系譜だが、学位論文のテーマは「正教会儀礼の機能研究」だそうだ…。3年目に突入し、終わりの見えないロシア・ウクライナ戦争の宗教的背景を三宅氏に取材した。

 「どの辺から話しましょうか?」とネイティブな大阪弁で切り出してきた。こちらの疑問は、旧ソ連の共産政権時代にさまざまな受難がありながらも生き延びてきたロシア正教会の本質についてだ。身近なところから話し出す。

 「宗教を否定したボルシェビキ革命(1917年)の時に何が起きたか? 国を追われた正教会関係者たちは世界中に亡命した。日本にもやって来た。学生時代、京都御所の南にあるハリストス正教会を訪ねた。そこで、典礼(儀式)の際に用いる祈祷書を見せてもらったら、ハリストス(「キリスト」のロシア語)や生神女(マリア)や諸聖人を崇め奉るというのはもちろんですが、『天皇陛下のために祈る』という文言があった。意外だったので司祭に尋ねると、『ロシア皇帝のために祈る』という文言があるので、それを日本では天皇に変えたというわけです。それが1980年代初めのことです」

 そこから三宅氏の西洋史と教会史の講義が始まった。おおよそこんな内容だ。

 ――西ローマ帝国は、北欧から南下してきたゲルマン諸部族の侵入で5世紀に滅亡し、現在のドイツ・フランス・イタリアに繋がるいくつかの王国が建てられた。ゲルマン人たちはキリスト教信仰を受け入れ、カトリック教徒となった。その後、スラブ民族が東ヨーロッパに侵入してきて、現在のウクライナやポーランド辺り当たりから地中海沿岸まで達した。ユーゴスラビアというのは「南スラブの国」という意味である。その後、欧州ではいろんな王国興亡の歴史が続いたが、ゲルマン人の西欧社会とスラブ人の東欧社会という大きな枠組みは維持されてきた。それは今も同じ。プーチン大統領がしばしば言及する「西側」とか「NATOの東方拡大」という言葉に表れている。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/4/11 曹洞宗大本山總持寺 瑩山禅師700回大遠忌開幕 一味同心 能登祖院へ報恩 今月21日まで


法会の始まりを告げた迎真諷経 曹洞宗大本山總持寺を開いた瑩山紹瑾禅師の700回大遠忌本法要が1日、横浜市鶴見区の同寺で始まり、瑩山禅師を迎える迎真諷経が渡辺啓司監院を導師に執り行われた。随喜の僧侶や檀信徒ら約400人が参拝し、太祖の遺徳に手を合わせた。報恩感謝の誠を捧げ、相承を誓う法会が21日まで続く。

 渡辺監院は、宗門発展の礎を築いた瑩山禅師に感謝を込めて茶湯を献じ、「伝光赫赫道無窮 七百星霜太祖崇 嫡嫡相承輝萬世 嶽山峰頂月玲瓏」と法語を唱え、大遠忌のテーマとする「相承」の決意を示した。

 「やっとここまで辿り着いた」と法要を終えて所感を述べた渡辺監院は「21日間、山内僧侶一味同心となって全力で報恩行に徹したい。それが能登、祖院への唯一の恩返しになると信じている」と力を込め、能登半島地震の被災地と大本山總持寺祖院の復興を誓った。

 本法要に向け、昨年4~11月に国内9管区と海外4国際布教総監部管内で宗門による予修法要が執り行われた。大本山總持寺では昨年10月に10日間にわたり予修法要を営み、この日を迎えた。法会期間中、全国から随喜の僧侶約800人、檀信徒ら約2200人の参拝を見込む。

 この日は高祖・道元禅師を迎える光伴諷経も盛田正孝副貫首を導師に執行。両祖に報謝の香が手向けられ、本法要の始まりが告げられた。続く法要2座では、鶴見大学長で福昌寺(東京都渋谷区)の中根正賢住職、大雄山最乗寺(神奈川県南足柄市)の増田友厚山主がそれぞれ焼香師となり、両寺院の檀信徒らを供養する総諷経の導師を石附周行貫首が務めた。(続きは紙面でご覧ください)

2024/4/11 臨済宗妙心寺派 山川宗玄新管長が入山 一雲水に戻った気持ちで


「懐かしい」と語った山川新管長 臨済宗妙心寺派の第36代管長に就任した山川宗玄氏(岐阜県美濃加茂市正眼寺住職)の入山式が1日に京都市右京区の大本山妙心寺で営まれた。妙心寺一山など宗門要職ら約160人が参列。管長の任期は4年で、令和9年の興祖微妙大師650年遠諱は新管長の下で営まれる。

 微妙殿に上った山川新管長を迎え入れた野口善敬宗務総長は低頭し挨拶。小倉宗俊前管長の辞任後に「余人をもって代えがたく」と三顧の礼で管長就任を依頼したことを振り返った。「50年前、大師600年遠諱の際に管長をお務めになられたのは当時正眼寺住職だった梶浦逸外老大師であり、その折に隠侍をしておられたのが山川老大師。なんとも深い因縁を感じます」とし、宗内寺院3400余、花園会員36万人余の頂点として活躍することを強く期待しつつ、「激務」と言われる妙心寺派管長として健康の自愛も願った。細川晋輔宗議会議長、久下浩文妙心寺一山会会長も就任に感謝する言葉を述べた。

 山川新管長は「一雲水に戻った気持ちで、一からここで頑張りたいと思います」と挨拶し、無事に務めを果たしたいと抱負を語った。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/4/11 浄土宗大本山増上寺 開宗850慶讃会開白 徳川家康公像を開眼 平和の象徴 世界に発信


開眼された家康公像を背に垂示する小澤法主 東京都港区の浄土宗大本山増上寺(小澤憲珠法主)で2日、浄土宗開宗850年慶讃会と御忌大会が開白した。2日午後には徳川家康公像の開眼式、3日午前には増上寺・光明寺・善光寺大本願の三導師法要を厳修。9日までの会期で、法然上人の慈恩に報いる法会が盛大に営まれた。

 徳川家の菩提寺でもある増上寺に新たに徳川家康公像が安置された。静岡県出身で篤志家の伊藤明氏が、友田達祐・増上寺前執事長との縁から開宗850年慶讃記念として寄進した。

 松本明慶大仏師、明観大仏師、宗観大仏師の親子三代が制作を手掛け、開眼式には徳川宗家19代当主の家広氏をはじめ有縁の来賓が参列した。

 2日午後、小澤法主を導師に大殿で開眼式を執行。表千家の堀内宗完宗匠による献茶式も行われ、家康公像に茶が献じられた。

 家康公の念持仏「黒本尊阿弥陀如来」が祀られる安国殿に家康公像が安置される。小澤法主は「家康公のお像が納められることになり、(黒本尊様も)『待ってたよ』と喜んでいるのではないか」と寄進に感謝した。

 伊藤氏は徳川宗家19代当主の家広氏に「大変お喜びいただき心の底から沁みいり、安心しました」と喜んだ。尽力した関係者と共に「家康様、どうもありがとうございました」と感謝した。

 増上寺の小林正道執事長は、天災や疫病、戦乱が続く現代社会と法然上人が浄土宗を開いた850年前を重ねて、「若い方へどう時代を引き継いだら良いのか考えないといけない」と問題意識を口にした。そのうえで、「家康公は世界史的にも非常に稀な、260年にもわたる戦乱も内戦もない時代をお築きになられた世界に冠たるお方」と讃え、新たな像を祀ることで「平和の象徴として世界に発信していきたい」と展望した。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/4/11 薫香の老舗3社がコラボ 東西で「香り博」開催 日本の香り文化楽しむ 5月12日まで


日本香堂は香り袋作り体験を開く 鳩居堂製造㈱・㈱松栄堂・㈱日本香堂ホールディングスの薫香業界老舗3社がコラボレーションし、日本の香り文化を楽しむ回遊型イベント「香り博」を12日から5月12日まで、東京・京都の各3店舗(合計6店舗)で初開催する。4月18日の「お香の日」を中心にした1カ月間のイベントで、香道を体験できるワークショップやスタンプラリー等を企画。限定商品も販売される。

 薫香業界の老舗3社が初めてコラボする「香り博」のテーマは「Origin of fragrance(香りの原点)」。お香文化の足跡を知ることができる歴史資料の展示、貴重なアーカイブから限定復刻したアイテムを販売。東京・京都で3社を巡るスタンプラリーも企画し、参加者限定の景品プレゼントも用意した。

 各ブランド店舗で香りのワークショップも実施。鳩居堂の「初心者向け聞香体験(お土産付き)」、松栄堂の「匂い香づくりワークショップ」、日本香堂の「香り袋作り体験」をはじめ、「聞香」や「組香」など、世界中から注目される日本の豊かな香り文化を体験する機会を提供する。

 参加店舗は【東京】が東京鳩居堂銀座本店、松栄堂銀座店、香十銀座本店、【京都】が京都鳩居堂、松栄堂京都本店・薫習館、香十二寧坂店。散歩しながら香りを楽しめる春のマチイベント。詳細は特設ホームページ(https://www.kaorihaku.com/)から。

2024/4/4 花まつりに考える いのちと慈悲の実践 能登半島地震支援 日本笑顔プロジェクト 林映寿代表に聞く


林副住職 釈尊の生誕を祝い、全てのいのちの尊さを胸に刻む花まつりを今年も迎えるにあたり、真っ先に想起するのは被災地の現状である。

 春が訪れた能登半島の被災地では、様々な支援活動が続けられている。災害救援ボランティア団体(一財)日本笑顔プロジェクト(笑顔P)は、半島最北端の珠洲市で発災直後から重機を駆使した復旧作業に従事。代表を務める真言宗豊山派浄光寺(長野県小布施町)の林映寿副住職(47)は、被災者の心に寄り添いながら災害関連死を防ぐ活動に取り組んでいる。

 現在も大半の地域で断水が続く珠洲市では、避難所のトイレ環境の改善が喫緊の課題だ。「高齢者が多い奥能登にはバリアフリートイレが必要。片側にしか手すりがなく、不安定で段差の大きい階段を上がって利用するトレーラー型のトイレが多く導入されていますが、高齢者には危険で使いにくい。水洗や汲み取りが必要なのも断水地には不向きです」(林副住職)

 そこで長野県内のバイオトイレメーカー・コトヒラ工業㈱と共同で、被災地用のバリアフリー仮設トイレを開発。「微生物の力で分解するため、水も汲み取りも必要ない。メンテナンスもほとんどしなくてよい。トイレと言うよりファーストクラスの憩いの空間で『ラウンジ』と名付けました」

 ここまでこだわったのは、災害関連死の防止とトイレ環境の整備が密接に関係しているからだ。「被災地で一番行きたくない所がトイレ。〝臭い、汚い、暗い〟仮設トイレに行かなくて済むように、できるだけ飲食を控えるようになる。そうすると免疫力も落ち、体調が悪化する。しかし東日本大震災から13年経っても、〝トイレはあればいい。贅沢する必要はない〟が日本の常識。トイレ環境の改善は、行政任せでは進まない。だから車イスの方でも使えるバリアフリーのバイオトイレを民間の連携で作りました」

 今回の大地震では、携帯電話の基地局がダウンして通信不能状態に陥った。その苦い経験から衛星Wi-Fiも装備。通信手段を確保し、「トイレでありながらシェルターの機能も持たせました」。

 発災1週間後から、お風呂支援も開始。昨夏から作り始めていた笑顔Pオリジナルのドラム缶風呂を初めて使用した。「湯を沸かす熱で暖も取れるし、調理もできる。ソーラーパネルや発電機も搭載し自家発電が可能。携帯電話はもちろん、電動車イスの充電もできます」

倒壊家屋で被災者の思い出の品を探す笑顔Pメンバー バリアフリートイレ「ラウンジ」に、このドラム缶風呂もセット。今月中に珠洲市内にある天台宗翠雲寺の境内に、第1号を設置する予定だ。

 思い出の品を一つでも

 元旦の発災を受け、2日に情報収集と準備。3日早朝には小型のダンプに重機を積んで、小布施町から被災地に向かった。「被災状況が一番悪い所の支援に入ろう」と奥能登の北端を目指し、救援車両等が通行できるように重機を使って道路の土砂を撤去した。

 「1月3日の時点では道路状況が非常に悪く、自衛隊の重機が大き過ぎて現場までたどり着けないという事態に遭遇しました。我々の重機は小型で運搬も容易なので、自衛隊と協力して道を開きました」。警察官や救助犬と一緒に、行方不明者の捜索も行った。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/4/4 能登半島地震3カ月 輪島市・朝市周辺ルポ 15カ寺すべて甚大被害 3カ月経っても手つかず

火災により灰燼に帰した蓮江寺伽藍 復興は遠い道のりをゆっくりと進むしかないのか。元日夕方に発生した震度6強の地震と、それが誘発した大火災により激しい被害を受けた石川県輪島市中心部、朝市周辺の15カ寺を3月25日に訪れ、そう痛感した。あれから3カ月が経つが、全壊した寺院はそのままで、ほとんど何も手がつけられていない。住職や寺族の多くも避難し、復旧・復興への道のりは遠そうだ。(越高陽介)

 金沢市と輪島市を結ぶ北陸鉄道の特急バスは1月25日に復旧した。片道3時間の道のりだ。金沢から内灘の市街地は震災の影響はほとんど見られない。ところが羽咋、穴水と北上するに従い、道路状況の悪化や家屋の被害が大きくなっていくのがわかる。

 バスの終点「道の駅輪島」の土産物屋は営業していた。しかし歩き出すと、輪島塗の大きな店舗がひっくり返ったままになっているのがまず目に飛び込んだ。ひび割れた道路や通行止めの橋も修復できていない状態で、ボランティアや重機作業員が入ることも難しいのか、人の姿は多くはなかった。

 観光客で賑わう朝市は地震発生直後から火災が発生し、約200棟を焼き尽くして一帯を灰燼に帰した。この朝市に最も近い寺院の曹洞宗蓮江寺は、前田利家の正妻・まつの開基。歴史ある伽藍だったが本堂・庫裡は全焼し、鐘楼のほか街のシンボル的な山門も倒壊。瓦が散乱し、手つかずのままの本堂跡地はむごたらしい。

「いずれ輪島に戻ります」と告げる善龍寺 その近くの真宗大谷派善龍寺は鐘楼の柱が根本から折れてぺしゃんこ。かろうじて立っている本堂も瓦が剥げ落ち、内部もぼろぼろになって立ち入りは困難な様子だ。庫裡も潰れている。かろうじて残った石柱には、住職が市外に二次避難していることを示す貼り紙が。「いずれ輪島に戻ります」と、自分自身を鼓舞するように書いてあった。

 大谷派圓龍寺も本堂・庫裡が全壊。本堂の屋根が完全に崩落しており、仏事も生活も難しい状況が察される。寺が運営する和光幼稚園の園舎は数年前に新築したばかりだったこともあってか無事で、電気と水道が復旧した後の3月11日から園児の受け入れを再開した。ただし、職員も避難している人が多く、従来通りの開園にはもちろん至っていないようだ。通園用バスも激しく損傷している(3月に新潟県の寺院から1台寄贈があったという)。河原田川を渡った新橋通にある大谷派長楽寺も胸が苦しくなるほどの全壊で、何層にも積み上がった木材はどこから撤去すればいいのかわからない。

 川を上った宅田町地区にも寺院がある。大谷派真照寺は境内に被災した家具や本が積まれており、処分するしかないようだ。鐘楼は完全倒壊、石の門柱も折れて真っ二つに。向かいの大谷派照念寺も屋根にブルーシートが張られておりダメージは大きい。戸には板が打ち付けられ、連絡先の携帯番号がマジックで書かれていた。やはり避難中のようだ。古い柱に書いてあった「命を大切に」という標語が重い意味を投げかけていた。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/4/4 能登半島地震3カ月 七尾市妙国寺・安楽寺ルポ お寺が物資配付、避難所に

 
宗派や一般ボランティアから妙国寺に届いた生活支援物資 石川県七尾市の山の寺寺院群の一つである日蓮宗妙国寺(鈴木和憲住職)には震災直後から生活支援物資が搬入され、地域に配布された。街中にある浄土真宗本願寺派安楽寺(相川秀住職)は近隣住民の避難所となった。両寺ともに、救援の拠点となったことで被災者同士が不安や心配事を「話す」ことができたことが力になったと語る。(棚井里子)

 高台にある妙国寺は津波の避難所に指定されているため、発災後に近隣の40人ほどが避難してきた。余震を警戒しながらお寺にある毛布やカイロを提供して寒空の下で警報が解除されるのを待った。4,5日すると日蓮宗や一般ボランティアから生活支援物資を届けたいとの連絡が入り、境内や本堂を片付けて物資の受入を始めた。

 妻の淳子さんが食料品の品目、離乳食、生理用品、カイロなど細かに書き出し、町会や子ども会のグループLINEに投稿、「取りに来て下さい」と呼びかけた。この動きが知られると、大阪大学の稲稲場圭信教授や真如苑救援ボランティア(SeRV)等の支援グループとつながり、続々と物資が届いた。東日本大震災で被災した福島県相馬市の家族からの炊き出し支援も受けた。妙国寺は井戸水があったため、これも住民に開放した。

 物資の配布は、震災後の体験や安否の確認、思いを分かち合う大切な機会になった。「話すということが大事でした。被災者同士、地震の恐怖やこれからの不安をうち開けることで、私自身も気持ちが楽になりました」と鈴木住職。新潟や宮城の被災地で傾聴活動をした経験もあり、日頃から相談を受ける立場だが、「会話することで共感が生まれた。被災者同士でお互いに慰め合い、お互いに和らぎ合ってきた」と思いを話す。

 妙国寺も塀垣や浄行堂が倒壊、地割れが起き、本堂も傾いたが、「奇跡的」に倒壊を免れたことで支援物資を配ることが出来た。それが炊き出しや子どもの遊び場作りにつながった。「崩れていたらできなかった。自分からやろうというより、仕事を与えられた気がします。大変な状況ですから、心を病むこともある。けれども、励まされることもある」。

 鈴木住職には小学3年生の娘がいる。被災のショックは大きく「食欲がなくなっていた」というが、友だちと遊んだり、食事を共にすることで元気を取り戻していった。大阪大学の支援チームが子どもたちのための遊ぶ会を企画したことも大きい。「がれきの片づけをしていても、子どもたちが遊んでいる声が聞こえると心地がいい。近所の人たちも元気になると言われました」。震災後、静かになった町を子どもの声が明るくしてくれる。

震災直後、本堂が避難所となった 街中にある安楽寺は震災後の5日間、避難所として被災住民が身を寄せた。当日、坊守のとし子さんは、津波警報の直後にご近所さんと一緒に近くのマンションに避難。夜になり皆で相談して安楽寺に避難することを決めた。近くに暮らす元アーユス仏教国際協力ネットワーク職員で現在は民生委員を務める三村紀美子さんも合流、8人が避難生活を送った。

 安楽寺には布団も飲食物もストーブもあり、タンク式のトイレも使えたため、温かく快適な避難所だったと言われた。ただし、市役所で生活物資の配布が始まり、私設避難所へも物資を回してもらうよう相談したが、断られたという。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/4/4 身延山久遠寺 日産と連携協定結ぶ EV活用し地域貢献 脱炭素促進や災害時の電源に


本堂で行われた協定締結式 日蓮宗総本山身延山久遠寺(山梨県身延町)は3月26日、脱炭素化や地域強靭化を図るため、日産自動車株式会社などと「電気自動車を活用した脱炭素化及び強靭化に関する連携協定」を締結した。電気自動車(EV)を導入し、脱炭素化の促進や災害時の電源等に活用する。日産自動車では同様の協定を自治体等とも結んでいるが、宗教法人との締結は初という。

 同寺と協定を結んだのは、日産自動車、甲斐日産自動車、日産プリンス山梨販売の3社。連携協定により、同寺は4月以降にまず電気自動車1台を導入する予定で、軽自動車「サクラ」の導入を検討している。今後は締結した4者で、電気自動車の活用を通じて地域活性化や住民の環境意識の向上、観光施策の実施に取り組む。

 身延山久遠寺では、「共に生きる。共に栄える」をスローガンとする共栄運動を展開中で、SDGsの推進や地球環境保護に取り組んできた。

 本堂での締結式で署名した久遠寺の青山泰謙・法務部長は「より具体的な取り組みにつなげるために協定を締結した。いつ何時起こるかもしれない災害で全国から来られている参拝者の安全安心を守ることや、地球環境のための脱炭素化に取り組み、全国の日蓮宗寺院の手本となるよう努めたい」と話した。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/4/4 立正佼成会 病院、杏林大に事業譲渡 4月から付属杉並病院


 宗教法人立正佼成会(熊野隆規理事長)が運営するは佼成病院(東京都杉並区)が3月31日、学校法人杏林学園(東京都三鷹市)に事業譲渡された。4月1日から「杏林大学医学部付属杉並病院」として新たなスタートを切った。

 佼成病院は昭和27年(1952)8月10 日、庭野日敬開祖の「心の病は法座の指導で治し、肉体の病は医者にゆだねる」という考えのもと、中野富士見町駅近くの中野区弥生町に開設された。法華経にある「真観」(正しくみて、正しく手当てする)を理念とし、社会や時代の要請に応じて専門性を高めてきた。

 平成 26 年(2014)には現在の杉並区和田に移転。併せて杏林学園と医療連携を結び、東京都災害拠点病院としての役割なども担いながら、開設から70年以上にわたり会員や地域住民の健康を支えてきた。

 一方で医療を取り巻く環境が次第に複雑化し、専門的なかじ取りが求められるようにもなり、それに伴い、経営的な困難を抱えてきた病院状況を受け、立正佼成会の理事会において、今後も安定的な医療を提供していくには、業務の運営主体と経営主体とが分離した状態では難しいと判断。その後、10年間にわたる医療連携協定先である杏林学園に事業の譲渡を相談し、決定にいたった。

 病床数23床でスタートした「交成病院」(当時)は、本館落成後には300床を超える総合病院となった。庭野日敬開祖は平成11年(1999)10月4日、同病院で最期を迎えた。

2024/4/4 仏教情報センター 3宗派僧侶が「仏談噺」 1人約20分 本堂で法話リレー


 超宗派の僧侶たちが電話で悩みを聞く「仏教情報センター」(東京・本郷)による伝道活動の新企画「仏談噺」が15日夕、東京・神宮前の浄土宗長安寺本堂で開かれた。順々に演壇に立った宗派の異なる3人から、参加者約30人が三者三様の法施を受け取った。

 白川淳敬理事長(東京都世田谷区・浄土真宗本願寺派正法寺住職)は「それぞれ違う味わいの話を聞いていただけたら」と挨拶。鬼頭広安事務局長(東京都町田市・曹洞宗宗保院住職)も「法話のフルコースを楽しんで」と話した。

中山氏 登壇したのは日頃電話相談を受けている都内の僧侶たち。1人20分程度の法話リレーに臨んだ。トップバッターは臨済宗妙心寺派圓光寺(台東区)の中山宗祐副住職。講話者唯一の禅僧として「挨拶」や「玄関」といった禅語を通して説いた。 中でも自身が最も好きな言葉は「自由自在」だと紹介。自らを由りどころに在れとの教えを伝えた上で、「生活の中にはたくさんの禅語があふれている。禅の言葉に触れたときは心を調えるチャンスです」と話した。

青龍寺氏 続いて真言宗智山派仙蔵寺(台東区)の青龍寺空芳住職が登壇。今春に小学生となった難聴を抱える長男の子育てを通して、自身の未熟さに気づいたと打ち明けた。「息子にとって耳が聞こえにくいのは普通のこと。不安に駆られるのは親のエゴだった」と吐露。釈尊の「正見」の教えに導かれ、偏見から離れられたと語った。「皆さまも悩み苦しむときがあると思う。そのときは仏教情報センターを頼ってほしい」と述べ、「仏さまの力を借りながら乗り越えていきましょう」と呼び掛けた。

布村氏 トリを務めたのは浄土宗専念寺(新宿区)の布村伸哉住職。「『明けない夜はない』のは本当でしょうか」と語り始めた。煩悩を捨て切れず、苦しみに満ちた無常の世界に生きる私たちにとって、夜は長く感じるものだと強調。しかし世は移ろいゆき、世界は元々苦しいとの教えが仏教だから、「仏さまの加護でこの程度で済んでいるのかもしれません。明けない夜は険しくつらいが、なるようになると信じていれば光が見えるはず」と語った。


 会場となった長安寺の石川隆信住職が挨拶し、「同じ仏教でも、宗派が異なれば違う宗教かと思うところもある。『仏談噺』は仏教情報センターならではの企画。いろいろな切り口の法話を聞いていただけたのでは」と話した。

3月

2024/3/28 兵庫区佛教会×地元警察署 特殊詐欺防止で協定結ぶ 花まつりで啓発劇上演 政令指定都市では初か


仏旗が掛けられた署長室でサインと押印(兵庫警察署) 兵庫県神戸市兵庫区の83カ寺が加盟する兵庫区佛教会(会長=田民俊英浄土宗長福寺住職)は14日、兵庫県警兵庫署と「特殊詐欺被害防止協定」を締結した。仏旗が掛けられた署長室で、田民会長と三木一也署長が締結書に署名し交換した。地区仏教会と警察がこうして特殊詐欺撲滅に取り組む協定は珍しく、会によると、政令指定都市の仏教会では初めてではないかという。

 三木署長は「警察署においても日夜、犯罪抑止のために頑張っていますが、特殊詐欺に関しては主犯者を検挙できない状況がある」と話す。署でも対策チームを作っているが昨年は35件、今年は2月末日時点で既に15件の特殊詐欺被害が管内で発生していると、卑劣な犯罪への憤りをにじませた。1千万円級の被害を受けた事件もあったという。

 三木署長は区内の浄土宗願成寺の濱田賢時住職と懇意で、その縁で佛教会に特殊詐欺防止への協力を依頼したところ快諾があった。すでに各寺院では檀家への啓発チラシの配布など予防活動に取り組んでいるが、「こうして締結することでさらに色々な協力活動ができる」と三木署長は期待感を示した。

 田民会長は「兵庫区にも一人暮らしの檀家さんが多くおりますが、昨今は地域、隣近所の繋がりも薄くなってきているのが現状。不審な電話や強引な勧誘の相談が多くあると(他の住職から)聞いていますし、私も相談を受けています」とし、警察との緊密な連携で少しでも特殊詐欺撲滅の一助になりたいと話した。月参りがしっかりと行われている神戸では高齢者と住職が触れ合う機会が多く、地域資源としての月参りを活かす取り組みとも言えそうだ。

 さっそく、この協定に基づく啓発活動がある。兵庫区佛教会が加盟する神戸市佛教連合会は4月8日午後1時から神戸文化ホール(中央区楠町4―2―2)で花まつり祝賀市民大会を開催。この中で兵庫県警察音楽隊によるコンサートと、県警による「特殊詐欺撲滅寸劇」が上演される。その後は落語家の露の團姫さんと太神楽芸人の豊来家大治朗さんの講演、市民による合唱コンサート。

2024/3/28 アーユス賞2023授賞式 大賞はコリアNGO代表 〝苦悩に向き合い育てられた〟


今年のアーユス賞受賞者、中央が郭氏 アーユス仏教国際協力ネットワーク(松本智量理事長)は12日、東京都品川区の日蓮宗本立寺で、功績のある国際協力NGOを表彰するアーユス賞の授賞式と記念パーティーを開催。大賞受賞のコリアNGOセンターの郭辰雄代表理事をはじめ各賞受賞者や関係者が集い授賞をお祝した。

 NGO大賞受賞の郭辰雄氏は大阪生まれの在日コリアン3世で、在日コリアンの人権問題や韓国市民社会との連携、北朝鮮人道支援事業に取り組み、民族教育やヘイトスピーチ根絶、大阪コリアンタウンで多文化多民族共生をテーマにした研修事業等を実施している。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/3/28 宗会シーズン 真言宗醍醐派、真言宗大覚寺派


醍醐派宗会 宗費改革で財政再建へ 宗制・規則見直しに着手

 真言宗醍醐派の第76次定期宗会(岩鶴密雄議長)が14・15両日、京都市伏見区の総本山醍醐寺内宗務本庁に招集された。1月に就任し初の宗会を迎えた大原弘敬宗務総長は施政方針演説で、「大きな目標として醍醐寺・醍醐派の改革」を表明。「変革」を強調し、専門委員会の新設と制度審議委員会による宗制・規則の見直しや宗費の抜本的な再検討を含む財政再建に着手すると述べた。(続きは紙面でご覧下さい)


大覚寺派宗会 嵯峨御流に青年部創設 宗門大学の定員増やす 

 真言宗大覚寺派の第73次定期宗会(谷亮弘議長)が6日、京都市右京区の大本山大覚寺内宗務庁に招集された。伊勢俊雄宗務総長は施政方針演説で、華道いけばな嵯峨御流の活性化策として全国の各司所から部員を募り青年部「SAGAS」(サガス)を4月に創設すると発表。「全国の若手同士の勉強・交流の場としたい」と述べた。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/3/28 新連載 瑩山禅師700回大遠忌シリーズ 瑩山禅師からみた道元禅師 曹洞禅の継承者にして流布者① 宮地清彦・曹洞宗総合研究センター常任研究員


 『伝光録』第五十一祖 永平元和尚章
 
 曹洞宗太祖瑩山紹瑾禅師(1264?/8?~1325。以下瑩山)の『伝光録』は大乘寺における提唱録であり、一巻五十三章、釈迦牟尼仏章からはじまり第五十二祖永平奘和尚章で締めくくられている。

 光、即ち真実の仏法を伝えていく歴史の流れ、インド、中国、そして日本と続く流れを表す『伝光録』には、当然、法を授ける師と受ける弟子が存在し、この両者が種々の機縁によって出会い、法の伝授によって一体となっていく様子を、瑩山は分りやすく説いている。

 永平奘和尚、つまり孤雲懐奘禅師(1198~1280。以下懐奘)は瑩山の師・徹通義介禅師(1219~1309。以下義介)の嗣法の師であり、瑩山にとっても出家得度の結縁の師であったわけだから、『伝光録』最終章に懐奘章を置き、締めくくりとしたことに、瑩山の先師を思う気持ちの強さを感じずにはいられない。さらに、その思いが永平道元禅師(1200~1253。以下道元)へと遡っていくことは明らかである。

 そこで、『伝光録』第五十一祖永平元和尚章を中心とし、同書にて瑩山が何を大事にしていたのだろうか。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/3/28 京都宗平協など 清水寺で日米平和交流 核廃絶に向け協働

 
リボンで平和をアピールする日米の参加者 米国カトリックの平和団体「パックス・クリスティ」(「キリストの平和」の意)の広島・長崎平和巡礼団9人が来日し、6日午後に京都市東山区の清水寺圓通殿で京都宗教者平和協議会(理事長=宮城泰年聖護院門跡門主)のメンバーや平和活動を行う市民らと交流した。

 日本側からは広島と長崎の被爆者2人が体験証言を行ったのをはじめ、1970年代から清水寺参道で続けられている京都教職員組合女性部による核兵器廃絶署名運動「6・9運動」の歴史、京都府綾部市の中学生による「振袖の少女像」(被爆死し振袖を着せられて火葬された少女2人)の建立活動を報告。広島で被爆し、帰国途中の京都で病死した南方特別留学生サイド・オマールさんの顕彰活動も紹介した。

 「パックス・クリスティ」は第2次世界大戦後、フランスの信徒が独仏和解を願って設立。その後世界に広がった。米国側の参加者は今回の来日の目的について、「米国政府による原爆投下を謝罪し、被爆者と直接対話して被爆の実相を学ぶことにある」と語った。

 米国の核爆弾部品の85%を製造するカンザスシティーでの放射能汚染の実態も説明。それに抵抗して核廃絶を訴える医療従事者の活動や、平和の思いを四角の布(リボン)で自由に表現しアピールする「リボン・インターナショナル」の活動を紹介した。

 日米の参加者が、それぞれ平和のメッセージを書いて1枚のリボンを制作。最後にこれらのリボンと日本ですでに作られていたリボンを持って輪を作り、参加者54人全員で平和をアピールした。宮城理事長は「今世界に大きな力が働き、同じ人間が不条理に命を失わされている。この集いが非戦・平和の運動にいささかでも寄与されることを念ずる」とのメッセージを寄せ、国際的な連帯を示した。

 米国巡礼団のキャロライン・ザブロトニー・ホートンさんは京都での日米平和交流に、「言葉にできないぐらい感動しました」と感想。「この思いを決して忘れず、日米で共に核廃絶に進みましょう」と呼びかけた。一行は10日に広島、14日に長崎を訪れ被爆者団体と懇談。謝罪の声明を発表した。
(報告=京都宗教者平和協議会・冨田成美)

2024/3/21 東電福島原発13年 被災者は計画を止めた人たち
能登半島地震に見る原発問題 「原子力行政を問い直す宗教者の会」事務局 兵庫・真宗大谷派法傳寺住職(能登出身)長田浩昭氏が語る

仲間たちと共に奥能登ボランティアセンターを立ち上げた長田氏(右から2人目) 東日本大震災は13年前の3月11日に発生した。翌12日は東電福島原発で水素爆発が起こり、爆発は計3度にわたった。13年経った今でも廃炉への道のりは遠い。今年1月の能登半島地震でにわかに注目されたのが過去の原発設置計画である。「原子力行政を問い直す宗教者の会」の長田浩昭氏(63)は能登半島出身。兵庫県丹波篠山市・真宗大谷派法傳寺に移るまで能登に居住し、原発反対運動を担ってきた。能登半島地震から見えてきた原発問題について語っていただいた。
    
 地震直後に「がんばれ奥能登災害支援丹波ささやま」を立ち上げ、1月12日から被災地に通っています。奥能登のど真ん中に能登空港があって、そこから車で15分のところにある集会所を真宗大谷派の「奥能登ボランティアセンター」(能登町)として1月12日に開設しました。月のうち10日間ほどこちらに詰めて、残りは北陸の仲間たちにシフトを組んで入ってもらっています。

 よく何を持っていったらいいのですかとか、何が不足していますかという問い合わせを受けます。今回は、これまでと違って自衛隊と企業があっという間に大量の支援物資を送り込んでいて、足りないものはないんです。交通網も、道路が一本復旧し、渋滞はあるものの物資は順調に運搬されています。

 では足りないのは何か。それは生活排水なんです。飲料水はペットボトルが山積みされて困ることはない。しかしトイレや洗濯などの生活排水が下水道が復旧していないため流せない。またがれき撤去や片付けが始まりましたが、ボランティアが全然足りていない状況です。

 ご存知の通り、ここには珠洲原発が計画されていました。今年1月1日の能登半島地震の前、昨年5月5日に地震がありました。珠洲市で震度6強。震源地は寺家(じけ)という地区です。寺家は中部電力の原発予定地でした。1月の震源地は高屋(たかや)という地域です。ここはまさに関西電力が予定していた場所です。原発立地予定地を直撃したのが、去年と今年の地震なんです。

10基の原発計画

 かつて寺家と高屋には10基の原発を設置する計画がありました。反対運動が本格化した1989年の段階では、寺家と高屋に2基ずつ。その後、国が目指したのは福井県の若狭にある原発(関西電力)の老朽化を見越して珠洲に移す計画だったのです。

 4年後の1993年4月、市長選が行われました。その2カ月前に高屋沖を震源とする地震が起きた。震度5。幕末以来の地震でした。能登半島の人たちはそれまで地震を知らなかったのです。そのため市長選は日本で初めて原発と地震が争点となった。すでに津波の問題も提起され、住民たちも地震を経験して原発はノーという流れだった。圧倒的に反対派が勝利すると思った。ところが推進派が勝利。しかし3年後の最高裁判決で選挙の無効が確定し、不正選挙が明らかになった。そういう意味では、地震と原発をずっと考えてきたのは珠洲や輪島の人たちだったのです。家が倒壊した被災者が、「珠洲原発がなくて良かったね」と安堵して口にするぐらいです。

 今回の被災者は、珠洲原発計画を止めた人たち。原発に反対した人たちが被災しているのです。もし原発が設置され稼働していたらどうなっていたか。北陸の季節風は、関ヶ原に大雪をもたらすように、その先は名古屋です。水源である琵琶湖も汚染されますので関西地方も全部ダメになる。ですから中部や関西の人たちの今の生活を守ったのは、珠洲や輪島で原発に反対した人たちなんです。そういう人たちが被災していることを都会の人たちは絶対に忘れてはならない。

 福島原発事故後、原発立地自治体では災害時の避難計画が策定されました。それがどうにもならないとはっきりしたのが志賀原発(北陸電力、志賀町)の問題です。複合災害を想定しておらず、高速道路で避難しなさいとか、屋内退避とかを言うけれども、道路はズタズタ、家屋は倒壊、船で逃げるにも海岸線や港が隆起した。避難しようがないのです。幸いだったのは志賀原発が13年前に停止したままで、原子炉に核燃料が入っていなかったこと。だからこれで済んでいるんです。

 政府は原発の運転延長や増設を認める方向に政策を転じましたが、地震が頻発する日本列島にまだ原発を作るというのは人間としての感性を失っています。福島原発事故の教訓を改めて心に刻むべきです。

 能登の被災地に入って色んなことを学びました。過疎地では、高度経済成長時代のインフラを耐震性に変える力はない。ところが、能登の友人に聞いたら普通に生活しているという。水は井戸水、トイレもそう。よくよく聞くとトイレの排水は下水道につないでいなくて合併浄化槽なんです。井戸水と合併浄化槽で、電気さえあれば普通に生活できる。

 激しい揺れに敏感なのがコンピュータの基盤。そうするとマイコン式の洗濯機は使用できず、二層式の洗濯機が有効だった。地震直後でも山間部の避難所に集まった人たちは炊き出しをしていた。能登半島は山水や湧き水が豊富。コメはたくさんあるし、野菜もある。私も避難者が食事をしているシーンをみてびっくりしたほどです。

 どうしようもなく困ったのが町場の人たち。断水があり、下水が使えない。自分たちが目指してきた生活の便利さが、実は脆いものだと教えてくれたのが能登半島地震でした。東京や大阪、名古屋など大都市の人たちがこんな状況に陥ったら生き残れるのか。今回の地震はけっして他人事ではありません。

法話より嘆きに耳を

 宗派幹部が能登に必要なのは法話だと言ったと聞きました。寺は被災し、僧侶の半分ぐらいは金沢に避難し、能登にはいない。だれが法話をするのか。むしろ被災者たちの嘆き、呻き、苦しみに耳を向けるのが先で、それが宗教者の役割でしょう。

 お寺も、そびえ立つ伽藍ではなくて、六畳一間でもいい。囲炉裏を囲んだり、一緒にがれきを撤去したり、炊き出しをしたり。そういうことを通して人々の声を聞いていく。それが宗教者が今しなければならないことだと思っています。(談)

2024/3/21 東日本大震災 原発被災地の13年 復興から創生へ 福島県楢葉町・大楽院 罹災者や動物の諸精霊供養


慰霊堂での支所法要 東日本大震災から13年目の朝を迎えた11日、福島県楢葉町の真言宗豊山派大楽院では酒主秀寛住職が朝勤行に合わせて「罹災者諸精霊」の位牌に供養の祈りを捧げた。さらに原発事故による強制避難で「離れ牛」となり殺処分された「牛馬諸精霊」、飼い主と別れることになり生を絶たれた「愛玩動物諸精霊」の位牌も奉安。「どうか我々衆生をお護りください」と念じながら、全ての命の成仏を願った。

 「施設復旧・整備などのハード面については概ね目途が立っている」(町役場資料)という楢葉町。だが「帰町者の人口構成は高齢者が多く、『町内の事業を担う生産人口が不足している』『人口が減り、行政区での活動が十分にできない』などの課題」がある。若年層の移住など定住促進施策が必要とされている。

楢葉町・大楽院の本堂の位牌 震災発生当時、町役場の職員として原発事故による全町避難やふるさと復興の先頭に立ってきた酒主住職は、現状について「町民の帰還率も7割弱(約4350人)でほぼ止まったようで、復興から創生の時期に入った感じです」と述懐。「無理なく精進してまいります」と話した。

相馬・慈眼院で法要

 震災が発生した午後2時46分から相馬市の大震災慰霊堂「慈眼院」で、大楽院も所属する福島県第2号宗務支所の慰霊法要を厳修した。

 導師を務めた林心澄支所長(浪江町・清水寺)をはじめ支所下住職ら15人が出仕。津波・原発事故で亡くなった全ての檀信徒を供養し、今年も大災害の記憶を改めて胸に刻んだ。

2024/3/21 宗会シーズン 御室派、善通寺派、新義真言宗



御室派宗会 御室会館の営業一旦休止 労務環境悪化と老朽化で パワハラの聞き取りも

 真言宗御室派の第160回前期定期宗会(山岡大純議長)が6・7日、京都市右京区の総本山仁和寺内御室会館に招集された。大林實温宗務総長は施政方針表明で、労務環境の悪化等を理由に宿坊御室会館の飲食・宿泊部門の7月末での「営業一旦休止」を発表。再開時期は未定だが、有識者や関連組織を交えて「直営か委託か協業体制か、新規の事業展開なども含めて柔軟に御室会館の将来ビジョンを探りたい」と表明した。(続きは紙面でご覧ください)


善通寺派宗会 永代納骨堂の需要高く 第2光明殿の設計開始

 真言宗善通寺派の第122次定期宗会(生駒琢一議長)が6日、香川県善通寺市の総本山善通寺内宗務庁に招集された。善通寺の宗教活動収入のうち、コロナ禍の影響とは関係なく供養料収入が年々増えてきた永代納骨堂「光明殿」(宗派・宗教不問)で、令和6年度予算でも需要の高さを見込み前年度予算より200万円増額の1億1500万円を計上。3~4年後の満杯が確実なため、同年度から第2光明殿の建設に向けた企画設計を始めることも発表した。(続きは紙面でご覧ください)


新義真言宗宗議会 根来寺本坊新築事業 7億円超の寄進申込

新義真言宗(妹川敬弘宗務総長)の第73次定期宗議会が6日、中村元信管長の自坊である東京都荒川区の宝蔵院に招集され、令和6年度事業計画・同予算、総本山根来寺運営の3議案が可決承認された。(続きは紙面でご覧ください)

2024/3/21 日蓮宗総本山身延山久遠寺 持田法主の入山式営む 喉頭がんで声帯摘出 共栄運動の発展願う


入山式で精進を誓った持田法主 日蓮宗総本山身延山久遠寺(山梨県身延町)の第93世法主に就任した持田日勇法主(87)の入山式が13日、日蓮聖人の神霊を祀る祖師堂「棲神閣」で挙行された。持田法主は喉頭がん摘出手術を行い声を出せないが、代読により祖願である立正安国の具現化を願い、「これからも宗門の繁栄と身延山の発展のために努力して参ります」と誓った。

 当日は身延山病院での歓迎式の後、総門、山門前で法味言上。その後、祖廟にて奉告式を厳修し、大玄関にて久遠寺新内局や宗務内局らが出迎えた。

 法要には、田中恵紳宗務総長をはじめ、宗務内局、宗会議員、本山貫首、法縁法類が列席。法要に先立ち、田中総長より持田法主に僧階の最高位である大僧正叙任、久遠寺住職認証書が伝達され、浜島典彦総務から持田法主に法燈継承を象徴する払子が奉呈された。

 持田法主は回向文で守塔沙門の重責を担う覚悟を表明。共栄運動を発展させ貧困の解消と世界平和に寄与することを願い、「日本国民の誇りと勇気を涵養して強者を誡め、弱者を扶く。自ら行うべきことを行い、他のために為さねばならぬ事を為し、自利利他の精進を誓う」と誓願した。(続きは紙面でご覧ください)

2024/3/14 本願寺派宗会 予算成立受け池田総長辞任 荻野氏が新総長に 27票獲得 白票34票


「白票の意味はわかっている」とした荻野新総長 浄土真宗本願寺派宗会最終日の8日午前、2024年度の予算43億4300万円(前年度比4億2700万円の減)と宗務の基本方針を可決した後、池田行信総長が突如として退任書を提出し、総局総辞職を行った。退任挨拶では「明年度の方向性をつけることができ、総局の責任の一端を果たせたと思う。これを期に総辞職の決意を固めた」とし議案成立を理由に挙げたが、議会でも質問が集中した新しい「領解文」(浄土真宗のみ教え)をめぐる混乱を受け退いたと考えられる。なお池田氏は一般質問の松原功人議員の質問の中で「覚悟を持ってその解決に取り組む所存」と語っていた。

 これを受け、総長選挙が緊急日程に浮上。本願寺派の総長選挙は門主が指名した2人または3人の候補者の中から宗会議員の投票によって決まる。午後1時半過ぎに大谷光淳門主が候補者の名を書き入れた箱が本山本願寺から議場に届き、園城義孝議長が開封。退任書を出したばかりの池田氏の名前と、池田総局で筆頭総務だった荻野昭裕氏の2人の名前を読み上げたところ、議場の空気は一変し、複雑な表情で会派控室に戻る議員の姿もあった。両氏共に新しい「領解文」を推進してきた立場であり、どちらが総長になっても今後の推進姿勢は変わらないという門主の「意思表示」とみられる。

 この日、議員は78人中75人が出席。投票は、荻野氏が27票、池田氏が13票、白票34票、無効票1票で、荻野氏が総長に選出された。宗法上、総長選挙は有効投票数の過半数以上を獲得した候補が当選し、白票は有効投票にカウントされない。当選者の票より白票が多い結果は前代未聞で、新しい「領解文」を批判する議員が結束し態度を示した形だ。ただし、荻野氏と池田氏の得票数を合計すれば白票を上回る。

 荻野氏は当選受諾後の挨拶で「この状況、白票の意味は十分わかっている。たくさんの意見を取り入れて宗務を執行したい」と話し、池田総局の後を受けて混乱収拾に取り組む意向を示した。

 荻野氏は1955年9月生まれの68歳。龍谷大学文学部卒業。和歌山県海南市の淨國寺住職。2008年に初当選し現在4期目。石上智康総局で副総務、池田総局で筆頭総務を務めた。本願寺派総長は㈻龍谷大学理事長を兼ねるため同日に龍大理事長にも就任した。

 総長に任期はないが、12月には宗会議員の改選が控えており、慣例にならえばその後に再び総長選挙となる。

2024/3/14 宗会シーズン 日蓮宗、高野山真言宗、真言宗豊山派、浄土宗


日蓮宗宗会 「期間の定めがない代務」制度化 兼務制や福祉共済等、改革を実行

施政方針を述べる田中総長 日蓮宗の第122定期宗会(川口久雄議長)が5日から8日まで、東京都大田区の宗務院に招集され、令和6年度経常部会計予算案などを原案通り可決し、閉会した。田中恵紳宗務総長は、令和13年の日蓮聖人第750遠忌に向けた奉行会設置のための規程制定案のほか、住職兼任制度や福祉共済制度改革などを実施する改正議案を多数提出。長年懸案だった各種改革を形にした。(続きは紙面でご覧ください)






高野山宗会 御入定大法会へ準備委始動 最初の記念事業 御廟燈籠堂の改修に着手

御入定大法会への抱負を語る今川総長 高野山真言宗の第174次春季宗会(赤松俊英議長)が2月27〜29日、和歌山県高野町の総本山金剛峯寺内宗務所に招集された。4年の任期を折り返した今川泰伸宗務総長は施政方針演説で、10年後に迎える弘法大師御入定1200年御遠忌大法会の事務局開設準備室・企画準備委員会を4月1日から始動させると表明した。(続きは紙面でご覧ください)









豊山派宗会 長谷寺伽藍修復継続・御生誕事業・機構改革 3方針の成果と課題示す

施政方針演説をする鈴木宗務総長 真言宗豊山派(鈴木常英宗務総長)の第162次宗会通常会(佐藤眞隆議長)が5日から7日まで、東京都文京区の宗務所に招集された。予算関連6議案と規定変更案等合わせて10議案が上程され原案通り可決された。4年間の任期を控え最後の宗会通常会となる鈴木内局。就任時に「総本山長谷寺伽藍修復事業の継続」「弘法大師御生誕1250年記念事業」「大きな意味での宗派の機構改革」の3つの基本方針を示した鈴木宗務総長は施政方針演説でその成果と課題をあげた。(続きは紙面でご覧ください)






浄土宗宗議会 メタバース寺院建立へ 川中総長肝煎り ネット空間から発信

答弁する川中総長 浄土宗は5日から8日まで、第132次定期宗議会(宮林雄彦議長)を京都市東山区の宗務庁に招集した。昨年11月に再選された川中光敎宗務総長は令和6年度を「令和版基本計画具体化の1年」とし、開宗850年事業の成果を活かした宗務行政に邁進することを誓った。(続きは紙面でご覧ください)

2024/3/14 3・1ビキニデー70年 核廃絶願い行進と墓前祭 宗平協主催 焼津市弘徳院で


焼津漁港近くを行進する墓前祭の参加者たち 太平洋のビキニ環礁でアメリカが水爆実験を行い、日本の漁船第五福竜丸が被曝してから70年を迎えた1日、第五福竜丸が所属していた焼津港のある静岡県焼津市で「被災70年―3・1ビキニデー久保山愛吉墓前祭」が執り行われた。主催は日本宗教者平和協議会(宗平協)。

 墓前祭は、焼津駅前から「原水爆の犠牲者は私を最後にしてほしい」と言い遺して、およそ半年後に死去した漁船員の久保山さんが眠る曹洞宗弘徳院(松永芳信住職)までの平和行進で始まった。横断幕すぐ後ろには主催する宗平協メンバーがならび、行進をリードした。「核兵器のない世界」を願う被爆者団体や市民団体などから約1千人が参加し弘徳院まで約1時間かけて行進した。

 地元の日蓮宗伊豆国撃鼓伝道隊5人も行進に加わり、力強く団扇太鼓とお題目を轟かせた。数年来、続けて参加している同隊の佐治寿英前隊長は、「少しでも世界が平和になればという思いで行進しました。世界は核廃絶を願っている。にもかかわらず大国が核使用をほのめかすのはもってのほか。(為政者は)もっと思いやりをもって行動していただきたい」と口にした。

 弘徳院では、本堂横に特設テントが設営され、久保山さんの位牌や遺影を安置。松永住職の読経により、代表者が焼香した。久保山さんが好んだ赤いバラを手にした行進参加者は順次墓前まで石段を登り、バラを供え、焼香して追悼した。

久保山さんの墓前に献花する海外参加者 読経後、松永住職が挨拶。前夜の雨が止んだことから、「天気に恵まれたうえ、70年ということで大勢の方にご参加いただき、久保山氏もさぞかし喜んでいることと思います。今日一日、有意義な日にしていただきたい。ご苦労さまでした」と感謝とねぎらいの言葉を贈った。

 第五福竜丸平和協会顧問の山本義彦氏は、「70年の間に久保山さんの思いを生かす運動は広島、長崎をはじめ人々の核兵器反対の心に引き継がれ、ついに2017年核兵器禁止条約が採択されるにいたった」と説明。現在、世界93カ国・地域が署名し、70カ国・地域が批准していると報告し、「唯一の被爆国である日本は、最低でも締約会議にオブザーバー参加を」と訴えた。

 続いて各界代表による誓いの言葉。宗教界からは日本山妙法寺の武田隆雄氏が発言し、「平和を叫び、祈り、行動し続けていけば必ず核兵器のない平和な世界を実現することが出来る。平和の原点、久保山愛吉さん、妻のすずさんの平和の思いと共に祈り、行動することを誓う」と表明した。

 宗平協主催による久保山さんの墓前祭は今年で60年を迎えた。

2024/3/14 天台宗 性暴力で調査開始 女性僧侶が胸中語る


記者会見で時折涙を拭いながら訴えた叡敦氏 女性僧侶の叡敦(えいちょう)氏(50代)が1月、四国の天台宗寺院の男性住職(60代)から性暴力などを14年間にわたって受けてきたと告発した問題。天台宗務庁(滋賀県大津市)は懲戒事犯の調査を開始し、4日午後に同庁で叡敦氏本人から話を聴いた。約2時間の調査を終えた叡敦氏は大津市内で会見を開き、「ようやく土俵に乗れたかなという気持ち。天台宗様には丁寧に事実確認をしていただいた。これからだと思っている」と胸中を語った。宗内の調査に加え、第三者委員会の設置も求めたという。

 PTSD等を患う叡敦氏からの聞き取り調査には、特例措置として代理人の佐藤倫子弁護士が同席。宗規に則り、宗務総長の命を受けた調査人の参務(内局部長)2人が事実確認を行ったという。

 叡敦氏は会見冒頭、「被害状況を話すのは本人にとっては残酷なこと。壊れたカセットのように暴言が常に頭の中で回っている状態」と吐露。「フラッシュバックがひどく、佐藤弁護士に助けてもらった」と苦衷を明かした。

 加害住職だけでなく、その師僧である大僧正(80代男性)の擯斥(ひんせき)(僧籍剥奪)処分も求めている。大僧正は叡敦氏の母のいとこで、比叡山千日回峰行を成し遂げた数少ない北嶺大行満大阿闍梨。叡敦氏は大僧正を、子どもの頃から「生き仏」と「畏敬していた」。加害住職は大僧正の「一番弟子」。大僧正は「助けを求める」叡敦氏の手紙などを全て無視した上で「隠蔽」を図り、「金を渡して弟子の非違行為を助長させた」という。

 叡敦氏は、「阿闍梨は仏様に一番近い絶対的な人。(四国の寺から親族によって救出される)1年前までは(自分と同じ)人間だと気付かなかった」と振り返り、「阿闍梨からも『自分の言葉は仏様の言葉だ』と言われていた。逆らったら地獄に堕ちる…。とても大きくて優しい仏様が、いつしか恐怖の仏様に変わっていた」。(続きは紙面でご覧ください)

2024/3/7 宗会シーズン 曹洞宗、智山派、本願寺派、妙心寺派


曹洞宗宗議会 被災地支援 急ぐ 1.9億円確保し宗費減免も

演説する服部総長 曹洞宗の第143回通常宗議会(浅川信隆議長)が2月19~23の5日間、東京・芝の檀信徒会館で開かれ、能登半島地震の被災地支援に向け、計1億9千万円の予算が確保された。服部秀世宗務総長は演説で「宗門として全力で向き合い支援していく」と力を込め、申請した年度から被災寺院の宗費減免を実施できる制度も成立させた。(続きは紙面でご覧ください)





智山派代表会 会館収益 さらに好転 宗派の財政負担軽減

2期目の4年間を総括する芙蓉総長 真言宗智山派の第138次定期教区代表会(深澤照生議長)が2月20~22日、京都市東山区の総本山智積院内宗務庁に招集された。団体・一般参拝の回復で智積院と宿坊智積院会館の収支がさらに好転したため、宗派の財政負担を軽減。智積院会館の令和5年度一般会計第2次補正予算額は1906万円増の2億9618万円となり、そのうち坊入宿泊料が1644万円増の2億4050万円に改善した。(続きは紙面でご覧ください)





本願寺派宗会 新領解文唱和「現場の判断」 混乱収拾に配慮 「門主無答責」に踏み込む質問も

演説する池田総長 浄土真宗本願寺派は2月28日、第323回定期宗会を京都市下京区の宗務所に招集した。昨年の定宗から1年間議論が続いている新しい「領解文」(浄土真宗のみ教え)の唱和推進は新年度の宗務の基本方針に掲げられず、混乱収拾のため総局が一歩配慮をした形となった。(続きは紙面でご覧ください)







妙心寺派宗議会 微妙大師遠諱に動き出す 花園会館をリニューアル

演壇に立つ野口総長 臨済宗妙心寺派は2月20日から22日まで第146回定期宗議会を京都市右京区の宗務本所に招集した。通常会計令和6年度予算約10億2千万円(前年度比約2500万円増)のほか、令和9年に迎える興祖微妙大師650年遠諱の予算10億円など全議案を原案可決。大法会に向けていよいよ実働が始まる。(続きは紙面でご覧ください)

2024/3/7 第41回庭野平和賞 イスラエル出身のアメリカ人ムスリム モハメド・アブニマー博士に 紛争解決研究し和解を実践


アブニマー博士(©Mohammed Abu-Nimer) 宗教精神に基づいて宗教協力による平和構築に尽力している個人・団体を顕彰する第41回庭野平和賞に、イスラエル出身のムスリムで米国「平和と正義のためのサラーム研究所」創立者のモハメド・アブニマー博士(61)に贈ることを決定。先月27日、(公財)庭野平和財団の庭野浩士理事長が京都市内のホテルで発表した。受賞者には賞状と副賞として顕彰メダルおよび賞金2000万円を授与。贈呈式は5月14日、都内の国際文化会館で挙行される。

 アブニマー博士は1962年6月、イスラエルのガリラヤ地方で生まれたパレスチナ人。ヘブライ大学(社会学・教育学)・修士課程(教育学)を修了後、渡米しジョージ・メイソン大学博士課程で紛争解決学を修めた。1997年からワシントンD.C.のアメリカン大学国際学部に奉職。03年に同地に「平和と正義のためのサラーム研究所」を創立した。以来、イスラームにおける赦しと和解の研究と実践に取り組む一方で、ムスリム間や諸宗教間対話のプラットフォーム作りに尽力。さらに教育を通じた平和構築を目指し、次世代に対立を超える道を示している。

 またヘブライ大学時代、 ユダヤ人とパレスチナ人の共存という理想を掲げて活動し、第10回庭野平和賞(1993)を受賞した「 ネーブ・シャローム/ワハット・アッサラーム」に参加した経験を有している。

 選定にあたった庭野平和賞委員会のフラミニア・ジョヴァネッリ委員長(ローマ教皇庁「人間開発のための部署」元次官)は、祖国イスラエル/パレスチナの戦争に直面し、最初の著作が『イスラエルにおけるアラブ人とユダヤ人の紛争解決(仮邦題)』(1993)であることなど、青年期から宗教間対話に関心を持ち続けてきたことを紹介し、「特筆すべき点は、紛争解決と平和構築の実践を教育に結び付けた包括的な平和貢献にある」と評価した。

 選定は世界70カ国400人の識者・宗教者らに推薦を依頼し、第一次、第二次選考を経て、庭野平和賞委員会による最終選考で決まった。

 軍事では解決できず 相互の苦痛の理解も
 アブニマー博士の受諾メッセージ
 
 この度は第41回庭野平和賞の受賞者にお選びいただき、まことに光栄に存じます。 

 イスラエルとパレスチナの戦闘やロシアによるウクライナ侵攻など、根深い歴史的背景を持つ紛争は、軍事力の増大や武装化では解決できないという基本的な教訓を、私たちは今日においてもなお学びきれていません。

 真の平和に向けて私たちがとるべき方法は、人間性、公平性、同情、共感、真実の証明、傾聴、相互の苦痛やニーズの理解といった基本的かつ共通の価値観に立ち返ることであります。こうした和解のための基本原則を教育、メディア、芸術、その他のあらゆる文化的・政治的機関に取り入れることは、さらなる構造的・社会的暴力の防止に向けた重要な一歩となります。それは世界に、それぞれの国に、そして地域に平和の文化を築く礎となるのです。(要旨)

2024/3/7 築地本願寺で出版記念対談 安永氏×鵜飼氏 忖度せず生きよ

 
自分らしく生きるためのヒントを語った安永氏(左)と鵜飼氏 浄土真宗本願寺派本山本願寺(京都市下京区)の執行長・安永雄彦氏が2月17日、新著『何度でもリセット』の出版を記念した対談イベントに登壇し、「忖度してはいけない。肝心なのは大勢に流されないこと」と自分らしく生きるためのヒントを語った。

 「自分軸」を見つめ、逆境の中でも一歩を踏み出すよう誘う本書。そんな生き方に憧れる約120人の参加者が駆け付け、会場の築地本願寺蓮華殿(東京都中央区)は満席となった。

 本書で「自分軸」を貫く大切さを説く安永氏も、かつて言うべきことを通せなかった後悔があるという。ケンブリッジ大留学を終え、帰国したのは景気後退局面に入っていた1993年。英国経済を間近に見た経験から、「今に日本もそうなる」と言い続けたものの言葉は届かなかった。90年代後半になると、勤め先の三和銀行に自己資本がほとんどないことも知ったが、「こうなると分かっていたのに結局、改革はできなかった」。

 組織の中にいると忖度が働いてしまうと振り返り、「うしろめたさがずっと残った」と罪悪感を抱き続けていたと吐露。「長いものに巻かれていると、社会にどんな貢献がしたかったのか、本当の自分を見失ってしまう。世のため人のためになると思うことは勇気をもって声を上げるべきだ」と力を込めた。

 対談の相手はジャーナリストで浄土宗僧侶の鵜飼秀徳氏。「仏教者も組織の中で忖度する。一般社会より強いと言っても過言ではない」と憤りを見せながら、「ぶれない価値観を育むために適しているのは仏教だ。“正しい行いは正しい結果につながる”という考えが仏教の根本的な立場だから」と話した。

 僧侶に転身する際に、「さぞかし清浄な世界で人格者ばかりだろう。今までのような苦労はしなくていいはずだ」と考えていた安永氏は「人間社会という切り口ではまったく一緒だった」と告白。鵜飼氏が大きくうなずくのを見ながら安永氏は邪正一如の教えをひもといて、「私たちは邪悪であり清浄な側面も併せ持つ。そんな存在でも仏さまが受け入れてくれていると思えば、荒くれる心も落ち着きを取り戻せる。こうしたことを伝えていくのが宗教者の役目だと思っている」と述べた。

 鵜飼氏は不確実性の高い現代にこそ、仏教の英知は求められていると強調し、「仏教に普遍的な価値があると仏教者は気づき、社会の中で生かしていかねばならない」と語った。

2024/3/7 WCRP日本委含む3団体主催 第2回東京平和円卓会議 持続可能な平和を願う


開会式で歓迎の挨拶を述べる杉谷元WCRP日本委理事長(中央) ロシアとウクライナ、イスラエルとパレスチナといった紛争当事国の宗教指導者や政治家、政策立案者らが出席し、「紛争を超え、和解へ」の第2回東京平和円卓会議が2月18日から21日まで都内のホテルで開かれた。15の国と地域から約100人が公式・非公式の行事を通じて絆を深めた。オンラインでも100人が参加した。最終日に声明文が発表され、赦しと和解の促進へ対話の継続を訴えた。

 円卓会議は、世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)国際委員会、同日本委員会および国連文明の同盟(UNAOC)の三者主催。

 開会式で日本委員会を代表して元理事長の杉谷義純氏(天台宗妙法院門跡門主)が歓迎の挨拶。2年前の1回目の円卓会議の誓いが、今会議に引き継がれているものの、「状況はさらに悪化している」と危機感を募らせた。そして「現在の紛争原因、ほとんどが我欲の衝突の結果であり、他者の立場に思いを馳せることこそ紛争解決に最も重要だ」と述べた。その上で最澄の「己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり」を紹介し、「自分の存在を計算に入れず他者に寄り添う」姿勢が必要だと主張した。

 続くオープニングセッションでは各界代表が発題。WCRP国際共同議長のエマニュエル・アダマキス府主教(トルコ)は「人類の未来は、私たちの和解の精神にかかっている」と即時の和解を訴えた。

 WCRP国際名誉会長でパレスチナ出身のムニブ・ユナン氏(ヨルダン・聖地福音ルーテル教会名誉主教)は中東情勢を踏まえ「この4か月で憎悪のパンドラの箱が開かれてしまった」と嘆息。反ユダヤ主義がイスラームに広がっているとし、「あらゆる憎悪や暴力に反対する。われわれは持続可能な平和を確立しなければならない」と力説した。

 元外務大臣の岡田克也氏(WCRP国際活動支援議員懇談会共同代表)は、「憎悪や暴力の連鎖が国際的に拡大しており、国際政治や国際機関が抑止できない限界も直視しなければならない」「憎しみや敵意を解除するWCRPの取り組みを大いに期待する」と宗教を超えた和解への活動を支持し期待を込めた。

 円卓会議は翌2月20日に都内の宗教施設見学と国会議員との懇談が行われ、翌21日にセッションと閉会式が行われた。閉会式で声明文が発表され、「確認」「呼びかけ」「行動」の3分野から、具体的な内容や課題を掲げた。6項目ある「行動」にの一つは「橋渡し役として、また平和構築者として、激しい暴力、強制退去、その他の人権侵害に対処するための共通の行動において、誰一人取り残されることのないよう協力する」。SDGs(持続可能な開発目標)の理念を打ち出したものとなっている。また円卓会議の継続開催も盛り込まれた。

 日本委員会の篠原祥哲事務局長によると、会議終了後の3日間で「バチカン、ウクライナ、ロシア、ギリシャ、タイ、マレーシア、オーストラリアなど10を超える海外メディアで配信されていることを確認できた」(談話)とし、一定の手応えを確認した。

 日本での開催は、紛争当事国宗教者らの安全確保、安心安全な場と発言の場の提供、中立性といった観点からも出席者から歓迎された。 

2月

2024/2/22・29合併号 天台宗宗議会 新宗費導入で予算増額 財政安定を根幹に 1個数40円アップ270円


答弁する阿部総長 天台宗の第156回通常宗議会(細野舜海議長)が13~16日、滋賀県大津市の宗務庁に招集された。阿部昌宏宗務総長は執務方針演説で、「財政の安定」を宗派発展の根幹施策に設定。公平な新宗費を策定する目的で昨年実施した寺院教会収入額申告の結果、寺院教会納金(通常の宗費)を算出する新個数の合計が約3千個減ったと報告した。記念業や大災害を受け20年間固定してきた単価「1個数=230円」を、40円アップの「270円」に改定。新年度予算を増額編成したと説明した。

 令和6年度通常会計予算総額は12億122万5千円(前年度予算比1億1464万9千円増)。寺院教会納金は6億4719万円(270円×法人寺院239万7千個数)で前年度予算比9519万円増。昨秋の宗議会で議決した各種冥加料の値上げで、寺院教会冥加料が1億250万円(3088カ寺)、僧侶冥加料が1300万円(2千円×6500人)となり、前年度比で倍増した。

 宗務庁経費で「役職員費の削減、公用車保有台数の削減」を行い、「事業予算はできるだけ実額経費に絞る」など節約。引き続き「準備資金頼りの財政構造」の解消に努めるとした。

 能登半島地震を受け、支援充実のために令和5年度の災害対策費を100万円増額補正し600万円に。6年度予算でも同費を800万円とし、災害に関する繰入金を増額計上した。自然災害頻発の中、被災寺院に被害報告書の提出を求めた上で、「災害復興支援金の支給、復興支援貸付制度の活用、災害補償制度との連携を含め、可能な限り迅速な支援を行う」と表明した。

 資産管理運用規程を一部改正。国債購入中心から「安全で多様な運用を進めるため」、「預金、貯金、国債、地方債」の次に「政府保証債」を追加。これら以外の金融資産の運用も「格付機関の格付等を参考に」判断するとした。令和6年度予算の基本財産運用益繰入金収入を運用益の増加を見込み前年度比700万円増の1500万円とした。

 無住職・兼務寺院対策を行う昨年の常任委員会で解散費用助成規則の一部改正が承認され、合併する寺院に助成金の支給が可能に。一方で「解散及び合併を奨励する制度ではない」と強調し、今後も寺院活性化策を探究していくとした。

 新年度の布教方針に、新たに「チャットGPTなどの生成AIを安易に利用することは避けよう」を追加。天台教学の敷衍と人材の育成を担う教師研修会の施行から10年が経過したのを受け、制度見直しを検討する。

 昨年11月25日の天台宗海外開教・ハワイ別院開創50周年記念法要の際、ハワイ州知事とも面会。マウイ島火災に対する一隅を照らす運動の義援金234万6833円と同運動の緊急救援引当金からの200万円を合わせて災害支援団体に寄託し、ハワイ仏教連盟にも同引当金から100万円を寄贈したと報告した。

2024/2/22・29合併号 本願寺派常務委 領解文、唱和推進掲げず 学習会総括を求める声も


 浄土真宗本願寺派は14日、補正予算や重要な宗務の執行にかかる具体策を議決する「常務委員会」(第50回)を京都市下京区の宗務所に招集し、令和5年度補正予算18議案と新制通信教育規程の一部変更案を全15委員全員の賛成で可決した。次年度の「宗務の基本方針」案(宗会議決事項)には新しい「領解文」(浄土真宗のみ教え)の唱和推進を明記しないことが1日の企画諮問会議で定まっており、これを踏まえた上で議論もあった。

 複数の委員から強く主張されたのは、昨年8月に始まり今年12月まで全国の教区で開催されている宗派主催による新領解文の学習会の内容公開と総括。「領解文は大きい問題であり、自分の教区以外でどんな意見が出たか知りたい人もいるのではないか。何も機密事項ではないと思うし、公にしてこの問題を前に進めなければいけないのでは」「大賛成という教区は一つもないと思う。(学習会に)これまで予算400万円を費やしているが、私に言わせれば全くの無駄金で事業として成り立っていない。他の教区(の反応)を知りたいのは当然だと思う。賛成する教区があったのならそれでいい」といった意見が述べられた。池田行信総長は総括事業について「28日から宗会で色々ご意見を聞かせていただくと思うので、前向きに検討したい」と応じた。

 閉院する方針が打ち出されている(一財)本願寺ビハーラ医療福祉会の「あそか花屋町クリニック」については、今年度は収入が約800万円、支出は約3千万円だったことが明かされた。(続きは紙面をご覧ください)

2024/2/15 WCRP日本委 第2回円卓会議 19日開幕 紛争国・地域の宗教者ら参加「信頼の絆」期待


 「戦争を超え、和解へ」諸宗教平和円卓会議(第2回東京平和円卓会議)が19日、都内のホテルで開幕する。世界宗教者平和会議(WCRP/RfP) 国際委員会、同日本委員会、国連文明の同盟(UNAOC)が主催。ウクライナ、ロシア、イスラエル、パレスチナ、ミャンマー、コロンビア、ハイチ、マリといった戦争・紛争・暴力の中にある各国の宗教指導者や政府関係者およびWCRP/RfP関係者らが参加する。

 一昨年9月の第1回円卓会議では複数の紛争当事国のほか、ウクライナとロシア両正教会の指導者が出席。当事国では会うことすら困難だが、中立で安全な場で対話をすることが可能になり、出席した宗教指導者や各国政治家に好インパクトを与えた。この時の声明文では円卓会議の継続が求められ、2回目の開催につながった。

 期待される成果の1つとして「多様な宗教指導者間、また宗教者と宗教に関係のない政策立案者や平和構築者間の連帯、取り組み、信頼の絆を強める」が挙げられている。第三者を挟んだ話し合いのほか、非公式ながらの当事国同士の対話も期待される。

 主な日程は次の通り。
 ▶2月19日午後2時30分 開会式とセッション1「赦しと和解の促進に向けた現在の武力紛争への洞察と宗教指導者の役割」(非公開)アフリカ(エチオピア、マリ)、アジア(ミャンマー、アフガニスタン、タイ)、欧州(ロシア、ウクライナ)、 南米・カリブ地域(ハイチ、コロンビア)、中東(イスラエル、パレスチナ)各地域の発表と報告
 ▶午後4時30分 同2「諸宗教・各界による赦しと和解に向けたアプローチ」(公開)アフリカ、ヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカ・カリブ海の各地域事務総長発表
 ▶20日 都内観光・宗教施設訪問など(非公開)
 ▶21日午前 グループ討論ほか(非公開)
 ▶午後2時30分 閉会式、声明文発表(公開)

2024/2/22・29合併号 WCRP/RfP国際委員会 クーリア新事務総長来日 アフリカ出身今月就任 東京円卓会議出席


会見で発言する新事務総長のクーリア氏(左)と新副事務総長のシン氏 世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)国際委員会は空席だった新事務総長に、アフリカ宗教指導者評議会(ACRL)事務総長で、ケニア諸宗教評議会(IRCK―RfP)事務局長のフランシス・クーリア・カゲマ博士(59)を選任したと12日、HPで発表した。

 クーリア事務総長はカトリックで、獣医学と外科学の学位を持ち、RfP国際委員会のプログラム・ディレクター兼ケニア評議会事務局長を6年務めた。就任後、最初の国際会議となる第2回東京円卓会議出席のため来日し、16日都内で記者会見に臨んだ。事務総長に就任して初訪問国が日本。「光栄に思っている」と述べ、今回の円卓会議について「現在の世界情勢をみてわかるように、非常に重要性を増している。円卓会議では、多様性に満ちた方々とさまざまな討論をすることにななっている。どのような貢献を出来るのかを参加者、政治家、政策立案者を含めてどんな変化を起こして行くことが出来るのかを議論していきたい」と抱負を口にした。

 アフリカで諸宗教協力・対話の活動を続けてきたクーリア事務総長は、紛争地和解の体験から「平和をどう構築していくか。戦争前、戦争さ中・戦争後の3つの段階において大事な事項がある。和解に関しても紛争が起きる前から考えるべき」と紛争前の予防的な視点を提起。そして赦し、和解、非暴力を掲げて人権の重要さも話した。

 円卓会議にはウクライナとロシアの宗教者が出席するが、両者の絆が深まることを期待する。さらに「この2つの国が、他の国・地域の紛争から何か学ぶことはないかというところも探っていきたい」と語った。

 なおRfP国際副事務総長にディーピカ・シン氏が就任した。シン氏も円卓会議に参加する。会見では「第2次大戦後、もっとも紛争が多い。人口の25%が紛争地で生活をしている」とし、「現状と未来に向けて何が可能なのかを議論したい」と語った。

 記者会見には日本委員会の戸松義晴理事長、篠原祥哲事務局長(ACRPアジア宗教者平和会議事務総長)、WCRP/RfP名誉会長のムニブ・ユナン氏(ヨルダン)が出席した。

2024/2/22・29 龍大など共催シンポ したたかな京料理の戦略 伝統の中に常識を超える発想も


飛竜頭・白和え・なます・松風焼き4種16品 龍谷大学食の嗜好研究センター・NPO法人日本料理アカデミー・日本料理ラボラトリー研究会の共催によるシンポジウム「したたかな京料理」が18日、京都市内のホテルで開催された。とかく「伝統を守る」という面が強調されがちな京料理だが、時代の流れと共にその姿を変えていく「したたか」な生存戦略も持つ。菊乃井や一子相伝なかむら等の料亭の包丁人の解説と常識を打ち破る新作の試食を通じて奥深さを考察した。

 テーマになったのは飛竜頭・白和え・なます・松風焼きという4つの定番の和食。いずれのメニューもまず伝統的な調理法で作られた模範的な「形」の一椀が提示され、その後に大胆なアレンジを施した三椀が提供された。元々は精進料理の飛竜頭は、竹茂楼・佐竹洋治調理総支配人がスッポンとウナギを具にした超豪華で動物性タンパク質を活かしたコクのあるものを提供。たん熊北店・栗栖熊一氏は飛竜頭という名前の通り竜の頭をイメージした造形で、かつダシも含めて動物性タンパク質を一切使っていない「完全な精進」のものを仕上げた。

 なますの部では、平等院表参道竹林・下口英樹主人が紫大根、紫人参、紅芯大根、赤い京人参、白大根、黄人参、緑芯大根を用いて、さまざまな西洋ハーブを加えた酢で和えることで口の中でどんどん香りが変わっていく面白いなますを考案した。この五色は仏旗の色と同じだが、市場に行く途中に西本願寺の門前で見た仏旗に触発されたという。

 龍大は2016年にアカデミー、ラボラトリーと包括連携協定を結んでいる。

2024/2/15 曹洞宗大本山總持寺 復興の願いを込め 「福は内」響かせる


大祖堂で豆まきを行った石附貫首や山口もえさんら 横浜市鶴見区の曹洞宗大本山總持寺で3日、4年ぶりに一般参拝者を受け入れ、盛大に節分会追儺式が営まれた。能登半島地震の被災地復興への願いを込め、石附周行貫首をはじめゲストで参加した山口もえさんや佐々木健介さん・北斗晶さん夫妻らが、「福は内」の掛け声とともに約千人の参拝者に豆まきを行った。

 法要では、事前に応募で集まった福男・福女79人が裃姿で参列。石附貫首が経典を繰って生じた清風によって功徳を受け取り、厄災消除を祈願した。法要後に石附貫首は能登半島地震の犠牲者や、今も避難生活を送る被災者に心を寄せ、「どうぞお励みくださいと心の中で念じてください」と豆まきの際に被災地に祈りを捧げてほしいと語った。

 2021年の貫首就任以来初めて大勢の参拝者とともに節分会を営んだ石附貫首が第一声。寺の習わしにより「福は内」のみの掛け声を、千畳敷の大祖堂に響き渡るほどの大きな声で発声し、勢いよく豆をまいた。

 山口もえさんは「皆さんたくさん福を持って帰ってくださいね」と笑顔を振りまいた。一昨年に死去した同区出身のアントニオ猪木さんの墓所が同寺にあることにちなみ、ものまねタレントのアントキの猪木さんとアントニオ小猪木さんも参加。「元気があれば福は内もある。ダァー!!」と参拝者をわかせた。

 佐々木健介さんと北斗晶さん夫妻は「能登の皆さんに元気を届けましょう。皆さん一人ひとりの力を合わせれば、大きな力になります」と、節分会にあたって同寺が募った被災地支援のための浄財に協力を呼び掛けた。

 ほかにも熊切あさ美さん、桜一花さん、空乃みゆさんらが参加し、豆をまいた。

2024/2/15 WCRP日本委 第2回円卓会議 19日開幕 紛争国・地域の宗教者ら参加「信頼の絆」期待


 「戦争を超え、和解へ」諸宗教平和円卓会議(第2回東京平和円卓会議)が19日、都内のホテルで開幕する。世界宗教者平和会議(WCRP/RfP) 国際委員会、同日本委員会、国連文明の同盟(UNAOC)が主催。ウクライナ、ロシア、イスラエル、パレスチナ、ミャンマー、コロンビア、ハイチ、マリといった戦争・紛争・暴力の中にある各国の宗教指導者や政府関係者およびWCRP/RfP関係者らが参加する。

 一昨年9月の第1回円卓会議では複数の紛争当事国のほか、ウクライナとロシア両正教会の指導者が出席。当事国では会うことすら困難だが、中立で安全な場で対話をすることが可能になり、出席した宗教指導者や各国政治家に好インパクトを与えた。この時の声明文では円卓会議の継続が求められ、2回目の開催につながった。

 期待される成果の1つとして「多様な宗教指導者間、また宗教者と宗教に関係のない政策立案者や平和構築者間の連帯、取り組み、信頼の絆を強める」が挙げられている。第三者を挟んだ話し合いのほか、非公式ながらの当事国同士の対話も期待される。

 主な日程は次の通り。
 ▶2月19日午後2時30分 開会式とセッション1「赦しと和解の促進に向けた現在の武力紛争への洞察と宗教指導者の役割」(非公開)アフリカ(エチオピア、マリ)、アジア(ミャンマー、アフガニスタン、タイ)、欧州(ロシア、ウクライナ)、 南米・カリブ地域(ハイチ、コロンビア)、中東(イスラエル、パレスチナ)各地域の発表と報告
 ▶午後4時30分 同2「諸宗教・各界による赦しと和解に向けたアプローチ」(公開)アフリカ、ヨーロッパ、アジア、ラテンアメリカ・カリブ海の各地域事務総長発表
 ▶20日 都内観光・宗教施設訪問など(非公開)
 ▶21日午前 グループ討論ほか(非公開)
 ▶午後2時30分 閉会式、声明文発表(公開)

2024/2/15 大覚寺 神仏習合の架け橋が甦る 観光と防災兼ねた新名所


渡り初めをする山川門跡 千年変わらぬ王朝の風雅を体感できる「日本最古の庭池」大沢池(国指定名勝)の環境整備を進めている旧嵯峨御所・真言宗大覚寺派大本山大覚寺(京都市右京区)。このほど天神島から百人一首に詠われた名所・名古曽(なこそ)の滝跡へと通じる「名古曽橋」が完成し、6日に渡り初めが行われた。

 令和8年(2026)に迎える「大覚寺寺号勅許(開創)1150年記念法会」の目玉事業。中世以来の神仏習合の架け橋が甦り、観光と防災を兼ねた新名所が誕生した。

 大沢池に浮かぶ天神島で、北野天満宮の神職が竣工清祓式を斎行。嵯峨天皇の離宮を大覚寺として開創するに当たって清和天皇への上奏文を起草するなどし、大覚寺の俗別当も務めたと伝えられる菅公(菅原道真)を祀る天神社の前で、祝詞や巫女舞を奉納した。

 名古曽橋の前に移動し、山川龍舟門跡を導師に竣工法会を厳修。伊勢俊雄執行長が慶讃文を奉読した。続く開通式典で、山川門跡と関係者らがテープカット。橋を慶祝しながら進む北野天満宮の神職に続いて、山川門跡と宗内外の関係者、一般参拝者が渡り初めを行った。山川門跡は、「渡りやすかった」と感想。「新しい橋が嵯峨野観光のメインになれば」と期待した。

 名古曽橋は建武3年(1336)の焼失前、中興・後宇多法皇の時代(鎌倉後期)の境内を描いた「大覚寺伽藍図」(南北朝期)にある橋を約700年ぶりに再現。災害時の避難路複数確保という防災上の観点と観光・参拝者の周遊性向上の見地から、広範な資料集めや専門家も含めた委員会の設置、莫大な予算が必要になる「復元」ではなく、歴史的景観に馴染む「令和の橋」(鉄骨橋梁を木でコーティング/施工=㈱宮田工務店)とした。

 令和3年から建設準備に入り、当初は「天神島北橋」と仮称。正式名称を大覚寺職員から募集し、得票数で決定した。

 大沢池の拝観者数は、コロナ禍でも安定して増加。境内整備で収入源の創出を図る施策が奏功している。大沢池エリアの参拝料金は大人300円・小中高生100円。

2024/2/15 大本節分大祭 開祖偲び先人に学べ 震災犠牲者の鎮魂祈る


綾部大橋から和知川に人型が流された 大本(出口紅教主)は開教から132年目を迎えた3日の夜から4日の早朝にかけ、教団最大の年中行事である「節分大祭」を京都府綾部市の聖地・梅松苑で執行した。コロナ収束後ということもあり約2200人が参列。「われよし、強いもの勝ち」の暗黒の世界に国祖である国常立尊が再現したことを寿ぎ、併せて五穀豊穣や出口すみこ二代教主(1883年2月3日生)、出口聖子四代教主(1935年2月19日生)の生誕も祝った。

 大祭に先立ち、出口教主が挨拶。出口なお開祖の『大本神諭』から「日本神国の人民なら、チトは神の心も推量いたして身霊を磨いて世界の御用に立ちて下されよ」といった箇所を引き、「日本の人民とは、日本人はもちろんですが、日本という国の枠や国籍を超えて神様のお言葉を素直に理解して改心することのできる人々のことではないかと思っています」と提示。

 この日発刊された『大本開祖伝―出口なおの生涯』(天声社)で改めて開祖の生涯を偲びつつ、先人たちの姿勢にも学んで、「一人ひとりが潜在的に秘められた力を発揮し、明るく温かい清らかな美しい灯火とならせていただきましょう」と呼びかけた。

 長く続くウクライナや中東の紛争の終結、さらに1月1日に発生した能登半島地震からの速やかな復興のため「世界平安安全祈願ならびに令和六年能登半島地震鎮静復興祈願祝詞」を奏上。「いのち失せたまいし人々のあまたありしはげにも痛ましく憂たき極み」と鎮魂を祈った。玉串捧奠では、教主に続き、山崎善也綾部市長、本田太郎衆議院議員、福山哲郎参議院議員などが恭しく神前に玉串を捧げた。

 宇宙の一切を浄化する「大潔斎神事」、全世界の国土を清める「中潔斎神事」、一身一家を清める「小潔斎神事」が行われ、幸福を願って名前が書き記された人型用紙が素焼きの壺に納められた。人型は女性信徒が役目を務める「瀬織津姫」によって梅松苑の近くを流れる和知川に架かる綾部大橋まで丁重に運ばれ、清流へと流された。

 節分大祭は教団行事というだけではなく、地域住民に開かれた「おまつり」でもある。大本青年部と綾部市料飲組合が協力して提供するうどんは具だくさんで体が芯から温まるもの。大小様々なだるまさんが当たる福引も好評だった。

2024/2/8 全国日蓮宗青年会が戦争体験のアーカイブ事業 毒蝮さんの空襲体験収録 〝坊主しっかりしろよ〟と激励も


戦争体験を語る毒蝮三太夫さん 全国日蓮宗青年会(全日青)は1月24日、東京都台東区の長運寺で「戦争体験のユーチューブ・アーカイブ事業」として、同寺総代で俳優の毒蝮三太夫さんに戦争体験を聞く収録を行った。戦争を体験した世代の話を聞く機会が減る中、体験談を記録し若い世代でも共有してもらおうと企画。毒蝮さんが人を惹き込む独特の語り口で空襲の経験を語った。

 毒蝮三太夫さんは、昭和11年(1936)生まれ。9歳の時、東京・品川の荏原で大空襲を経験した。空襲に備えるための建物疎開で住んでいた同潤会アパートを追われ、転居先の荏原で大空襲に遭った。

 同級生が学童疎開する中、毒蝮さんは父親の判断で残った。二人の兄がすでに戦地に行っており、「後から親父に聞くと、自分たちに何かあったら、疎開から戻っても誰もいない。死なばもろともという思いだったようだ。これが俺の人生のターニングポイントだったね」と振り返った。

 3月10日。荏原からも空襲で燃え盛る下町が見えた。「真っ赤な空にビューという爆風。10万人が3時間の空襲で亡くなったのは知らなかったが、真っ赤で熱かった」。熱心な日蓮宗信者だった母親が一心に拝んでいる時に、「天の啓示があったと言って桐ケ谷の駅の空き地に逃げた」という。

 皇居の南側を襲った5月24・25日の山の手大空襲では、B29の大群から空爆を受けた。焼夷弾が直撃し苦しむ人、防空壕の中で亡くなった人々、悲惨な光景を目にした。

 空襲が終わった町で、自分と同じくらいの子どもの革靴を拾った。「もう片方も拾うと重かった。足首が残っていた。足首を抜いてね、その靴を持って帰りましたよ。おふくろはね、それをなんとなく見てた。でも何にも言わなかった」。後年、母親に当時のことを尋ねたのを回想し、「お前がね、その靴を履いてあげることで、その子の供養になったんじゃないかなと言っていた」と語った。

 聞き手としてインタビューした全日青の森光寛・立正平和運動委員長と梶原亮大・広報委員長が僧侶に期待することを聞くと、「そりゃあ、坊主しっかりしろよ、頼むよ!」と辛口で激励。毒蝮さんは「宗教界が人を救ってない。自分が生きることに一生懸命な僧侶が多い。そりゃ食べていかなきゃなんない。でも、日蓮さんみたいに、一遍や法然、親鸞、空海、最澄みたいに自分を滅してまで人を救おうとしているかね、仏教界が」と毒蝮流のエールを送った。

 収録したインタビューは今月中にユーチューブの全日青チャンネルで公開する予定。企画した若佐顗臣・社会教化委員長は「一流の話し手で檀家さんでもある毒蝮さんに力を借り、これを残していくことで、次の世代にも平和の大切さを伝えられれば」と話した。

2024/2/8 全日仏 被災地支援に「総力」 年頭のつどい 僧侶ボランティアに期待


元気に挨拶する伊藤次期会長。左は大谷現会長 (公財)全日本仏教会(全日仏)は1日、京都市内のホテルで「年頭のつどい」を開催した。僧侶や賛助会員企業、政治家など約200人が参加。本来「新年懇親会」の予定だったが能登半島地震の甚大さを鑑み、急遽「災害支援の呼びかけ」を主要目的とすることに趣旨と会の名を変更。参加者から救援志納金が寄せられた。里雄康意理事長は被災地支援に「総力を挙げる」と話した。

 3月末日までの第35期会長・副会長、ならびに4月1日からの第36期会長・副会長のお披露目も兼ねたつどい。大谷暢裕現会長(真宗大谷派門首)は「災害救援本部からの報告を聞く度に胸が締め付けられるような悲しみを覚えます。被災地支援に尽力されているすべての方に心より敬意を表します」と挨拶。全日本仏教徒会議や世界仏教徒会議への参加を通じ、「皆がともに安らかに生きることのできる世界の実現は思想信条や立場の違い、時代を超えた人類共通の課題だと改めてその思いを強くしました」とし、次期会長をはじめ全日仏が和の精神や仏教文化の宣揚に活躍することを念じた。

 骨折により脚のリハビリ中だという伊藤唯眞次期会長(浄土門主)は車椅子に乗って来場した。しかし元気いっぱいの大音声で「早くこの格好を改めて、二本脚で立ってできるだけのことを尽くしたい」と挨拶。「皆さまはアクティブな方々なので、どうか私の任期の間、絶大なご支援を頂いて務めを全うできますよう」と笑顔を見せた。

 発災直後から現地に救援に入った大阪大学の稲場圭信教授が状況、復興支援の展望について講演し、避難所で悲しみに沈んでいる被災者の元に宗教者が向かうことに期待。「ただ黙って聞いて手を握って温かいお茶を飲む、その営み自体が被災者に安心を与えるんです。そういった被災者の声も聞いている。ぜひ今後、仏教界をあげ、被災地支援に取り組む僧侶を送り出してほしい」とエールを送った。(一社)日本石材産業協会は被災寺院、墓地の様子の写真を展示した。

2024/2/8 天台宗女性僧侶 宗務庁に性暴力被害告発 加害住職と師僧の大僧正 両者の擯斥求める


 四国の天台宗寺院で14年間にわたって男性住職(60代)から性暴力や恫喝による心理的監禁を受けたとして、女性僧侶の叡敦(えいちょう)氏(55)が同住職とその師僧である大僧正(80代男性・滋賀県内の住職)の擯斥(ひんせき)(僧籍剥奪)処分を求める懲戒審理申告書(1月22日付)を宗務総長に提出した。

 叡敦氏は31日、都内で佐藤倫子弁護士と共に申告書に沿って「仏教における性暴力事案」を告発する会見を実施。「弟子の非違行為を助長させた」大僧正の責任も追及した。

 大僧正は叡敦氏の母のいとこで、日本仏教を代表する苦行・比叡山千日回峰行を成し遂げた数少ない北嶺大行満大阿闍梨の1人。叡敦氏は自身が小学生の頃に阿闍梨となった大僧正を、「生き仏」と「畏敬していた」。

 平成21年(2009)7月に母が死去。遺言に従って大僧正に供養を依頼すると、「一番弟子」である四国の寺の住職を紹介されたため、4日後に面会した。

 程なく住職のつきまといが始まり、ストーカー行為に発展。同10月に叡敦氏を「寺に呼び出し、強制的に性行為に及んだ」。

 住職は「説教を交えつつ頻繁に性行為を強いる」ようになり、「坊主に逆らうと地獄に落ちるぞ」などと繰り返し恫喝。叡敦氏の心身を虐待し続けた。

 叡敦氏は「何度も大僧正に助けを求めた」が、逆に大僧正は現金を彼女に押し付けるなど「隠蔽」に腐心。住職は平成22年3月、彼女の髪を剃って「叡敦」と名付け、偽尼僧として寺に居住させ性行為を強要し続けたという。平成29年(2017)10月、外部の援助で寺を脱出し女性シェルターへ。複雑性PTSD・うつ病と診断された。

 平成31年(2019)1月に住職を告訴。だが令和元年(同)9月嫌疑不十分で不起訴となった。大僧正と住職は叡敦氏に四国の寺に戻るよう宗教的恫喝を行い、同11月に大僧正の自坊で得度させたという。寺に戻ってからも暴力や恫喝は続き、再び心理的監禁状態に。昨年1月、家族によって救出された。

 叡敦氏は「仏様への信仰心や大阿闍梨への敬信を利用された」と振り返り、「民事訴訟による損害賠償ではなく、僧籍剥奪を求めたのは私の被害が金銭では到底解決されないものだから」と強調。「私の被害を広くお伝えし、信仰と性暴力の問題について皆様に一緒に考えていただきたい」と社会に呼びかけた。

 最後に「天台宗は正しい判断を必ずしてくれると信じている」と期待。宗務庁(滋賀県大津市)は、「申告書は(1月23日に)届いている。受理するかどうかも含めて協議中」としている。

 天台宗懲戒規程第十五条2に「僧侶は他の僧侶にかかわる懲戒事犯の事実を認知したときは、宗務総長に申告できる」とあり、僧侶の叡敦氏は申告の権限を有する。受理されれば宗規に則った調査が始まり、司法機関に当たる審理局が審判を行う。擯斥は罷免の上の最も重い処分で、師弟の擯斥を同時に求める今回の申告は極めて異例。

2024/2/8 WCRP日本委員会 女性部会が難民支援で宿泊施設提供呼びかけ


 世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会理事会(戸松義晴理事長)での各種報告の中で女性部会の森脇友紀子部会長が、主に女性の難民申請者や難民申請家族のための宿泊施設の提供を要望した。

 女性部会は認定NPO法人難民支援協会から講師を招いて内部学習会を開いてきた。新型コロナの水際対策が緩和され、難民申請者が急増し、東京入管(東京出入国在留管理局)では面談が追いつかないという。また以前は単身男性が多かったが、女性や家族連れが増え、妊婦もいる。訪日旅行者の増加もあり、宿泊施設の確保が困難な状況が続いている。

 そのため女性部会では、難民申請者のため宗教施設の提供を呼びかけた。また女性用シェルターとして利用できる施設の提供も要請した。支援は難民支援協会と協力して行う。

2024/2/1 石川県七尾市レポート 能登半島地震 被災寺院 復旧ままならず 雪や余震で倒壊の恐れ 宗教法人は補償対象か 途方に暮れる住職たち 


傾いて壁や屋根が落ちた願正寺の本堂。解体を決めた 能登半島地震から間もなく1カ月。能登半島の中央に位置する石川県七尾市内の被災寺院では、復旧作業が進まない状況に置かれている。断水状態が続くなかで生活し、地震で傷んだ建物が雪の重みで倒壊する恐れもあるなかで、「自分たちでできることを」と少しずつ復旧を進めている。

 本堂解体、悔しい
 市街地にある真宗大谷派願正寺(三藤了映住職)は鐘楼堂が全壊、本堂は大きく傾き、屋根や壁は崩落した。寺社専門の建築会社に診断を受け、解体を決めた。「直せると思ったが、莫大な費用がかかるうえ、作業中に倒壊する恐れもあると言われた。雪の重みや余震で倒れる恐れもあり、早急に取り壊す算段を立てている。やむを得ないが安全が第一」と三藤住職は説明する。解体費用はお寺で捻出するつもりだが、本堂再建は今は考えられない。「最悪プレハブでもいい。仏さんと門徒さんがおればお寺になる」と三藤住職は気丈に話すが、歴史が詰まった本堂解体は「悔しいです。見るのも辛い」と吐露する。

 昨年11月に住職に就任したばかりで、大晦日はぜんざいや年越しそばを振舞った。コロナ禍で中断していた行事を再開し大盛況だった。翌日、本堂で片づけ作業をしている最中に発災。外に飛び出すと、鐘楼堂が倒れ、墓石が倒壊し砂煙が上がった。軋む本堂に入りその日のうちに本尊を運び出した。その後も何往復もして仏具や門徒のお骨を移動させた。「くさらずに、出来ることをやっていきます」と話す三藤住職。坊守の星子さんが心強い存在で、共に復旧作業や門徒回りをする。「今日明日だけを考えようと話しています。皆さんの顔をみると我々も元気が出る」と前を向く。

西勝寺の本堂内。壁が落ちた状態に 人手があれば…
 願正寺近くの同派西勝寺は本堂や鐘楼堂が傾き、掛け軸などを保管していた蔵が倒壊した。「どうすればいいのか見当がつかない」と龍至徳住職は溜め息まじりにこぼす。本堂横の下屋根部分が倒壊して壁面がぽっかり空き、大屋根の瓦が落ち雨漏りしている。「傾きさえ直してもらえれば後は自分でどうにかする。何とかこの形を残したい」と曳家による修復を望んでいる。しかし業者との連絡がなかなかつかず目途が立たない。倒壊したお堂の木材を電動カッターで切りわける。「昨日は瓦、今日は木材を運び出した。人手があればあっという間に終わるが、ボランティアも来ていない。どこもかしこも大変ですから仕方ないです」。蔵にある掛け軸や巻物も取り出したいが、二次災害の恐れもあり1人では作業できないもどかしさがある。

 傷んだ本堂で朝夕のお勤めをする。「諸行無常の娑婆です。親鸞聖人の言葉でいえば自分に〝能わったもの〟。地震というご縁に遇わせていただいた」と言い聞かせる。「とはいえ、朝起きて戸を開けると〝あぁ〟となります」と変わり果てた境内の光景に嘆息する。

本行寺の境内。倒壊したゼウスの塔と小崎住職 120人が津波避難
 加賀藩の祖、前田利家が防御陣地に転用する目的で各宗派寺院(真宗寺院を除く)を配置した「山の寺寺院群(現存16カ寺)」でも山門や灯籠が崩れ「立入禁止」の張り紙が掛けられている。

 本門法華宗本行寺(小崎学円住職)は本堂が傾き一部壁が崩落した。境内は津波の避難所で、約120人が避難して一夜を明かした。「ストーブを全部出した。夜は中に入ってもらったが余震が多くて恐ろしかった。トイレも詰まって大変やった」と小崎住職。職人たちが建物の応急処置をし、自身も重機に乗って瓦礫を片付けた。檀家の少ない観光寺院で2007年の能登半島地震後には自前で復興した。

 隠れキリシタンのお寺で海外からも参拝者が訪れる「ゼウスの塔」も倒れた。塔の一部を指して隠れた十字架のサインを朗々と説明する口ぶりはイキイキとしているが、「いまに目がパッと開いたら元に戻っとらんかなって夢みとる」と、度重なる被災に肩を落とす。

實相寺の山門前の日蓮聖人像も傾いた 日蓮宗實相寺(南谷清覚住職)は山門が歪み、本堂や庫裏が傾いた。境内地にある巨大な日蓮聖人像は台座からずれ、灯籠は倒れた。南谷住職は日中は片づけ作業をして夜は避難所で過ごす。慣れない生活で眠りが浅く「法務ができない」ことも辛いと話す。被災した檀信徒も多く、電話で連絡をとってきたが、「明日からお経参りに伺う」と月参りを再開する。本尊は倉庫に移しそこを仮本堂にするという。

 厳しい再建への道
 七尾市内は上下水道の復旧、ボランティアの受け入れ態勢が遅れている。奥能登地域の甚大な被害への対応など、自治体職員の働きを気遣いながらも、被災寺院は「何から手を付けたらいいのか」と途方に暮れる姿があった。檀信徒も被災しているため寺院再建は厳しい道のりだ。「激甚災害」には指定されたが「宗教法人も補償の対象になるのか」と心配する声も聞こえてきた。宗派の共済制度に加入しているがそれだけでは再建費用は賄えず、民間の地震保険には未加入の寺院も多い。自治体からはまだ明確な回答がない。ある住職は「解体費用が出るとなれば気持ち的に再建に進みやすい」と話す。(棚井)

2024/2/1 日蓮宗総本山身延山久遠寺 次期法主に持田日勇総務


持田次期法主 日蓮宗総本山身延山久遠寺(山梨県南巨摩郡身延町)は1月21日に内野日総92世法主が死去したことを受け、25日に開かれた参与会、祖山常置会、総代会において全会一致で同寺総務の持田日勇・本山藻原寺貫首(87)を93世法主に選定することを決定した。

 持田総務は、昭和11年(1936)東京生まれ。権大僧正。早稲田大学第一政経学部政治学科卒。立正大学大学院文学研究科仏教学専攻履修。昭和41年に東京都墨田区本久寺住職、平成13年に本山藻原寺貫首に就任。宗務院総務課長、宗会議員4期、日蓮聖人700遠忌事務局長、総合企画部長など歴任。平成22年には宗務顧問に就任した。立正育英会理事長や國際佛教親交会理事長、日中友好宗教者懇話会理事長などを歴任し、人材育成や国外の仏教徒との友好親善に尽力している。

2024/2/1 曹洞宗管長交替 南澤貫首が2回目の就任


南澤・永平寺貫首 曹洞宗の石附周行管長(86)が任期満了に伴い21日付で退任し、大本山永平寺の南澤道人貫首(96)が22日付で管長に就任した。

 管長は両大本山の貫首が2年交替で就任する。南澤貫首が管長を務めるのは2回目。

 南澤貫首は1927年生まれ。長野県出身。駒澤大専門部仏教科を卒業後、長野県千曲市の龍洞院住職に就任。宗議会議員、永平寺監院、札幌市の中央寺住職などを経て、2008年に永平寺副貫首。福山諦法前貫首の退董に伴い、2020年9月に貫首に就いた。

2024/2/1 WCRP日本委員会理事会・評議員会 ACRP大会、再び立候補 創設50年にあたる2026年開催


 (公財)世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会(庭野日鑛会長、戸松義晴理事長)は1月25日、東京・杉並の立正佼成会法輪閣で理事会と評議員会をそれぞれ開き、4月から始まる新年度の事業方針案や予算案などを審議し、ほぼ原案通り承認した。前回(2021)に続いて2026年開催予定の第10回アジア宗教者平和会議(ACRP)に日本が開催国として立候補することが決まった。同年がACRP創設50周年に当たり、記念行事も検討していく方針で、5月のACRP執行委員会で決定する見込みだ。2大会続けての同一国は初めて。

 ACRP事務総長でもある日本委の篠原祥哲事務局長が経緯を説明。昨年12月にACRP執行委員会が開かれ、規約で大会を5年に1回開くことが規定されていることから2026年に開催すると決定。創設50周年に相当し、記念行事を視野に大会準備委員会が発足し、テーマやプログラムなどを討議していく。篠原氏は今年5月のACRP執行委員会で「第10回大会を日本で開催する意思を表明させて頂きたく提案します」と述べた。

 評議員会では「日本開催は歓迎だが、他の国の立候補はなかったのか」といった質問が寄せられた。篠原氏は「昨年5月の会議でパキスタン委員会が手を挙げたものの、テロが発生したりと安全面に問題がある」と説明し、他国の委員会も不安視していたという。他方、各国委員会はコロナ禍で停滞していた活動がようやく再起動したばかりで、受け入れる状況にない。篠原氏は「非公式ながら日本において対面による大会開催を希望している国もある」と報告し理解を求めた。

 日本委はこれを承認。5月のACRP執行委で正式に決定する見込み。

 能登半島地震に対しては1月10日に災害対策タスクフォースの緊急会合を経て、被災障がい者らを支援している認定NPOゆめ風基金に100万円を寄託。同タスクフォース責任者の黒住宗道理事(黒住教)は「女性部会が作成された冊子(『災害時に備えて-発達障がい児者受け入れのてびき』)にあるように災害弱者への観点から、それに関係する団体を支援することになった」と説明した。今後も支援と勧募を行っていく。

2024/2/1曹洞宗 富山尼僧堂121年の歴史に幕 2専門僧堂が閉単

 
 曹洞宗の教師育成機関としての役割も担う専門僧堂のうち、富山専門尼僧堂(富山市)と智源寺専門僧堂(京都府宮津市)の2僧堂が昨年末に閉単した。8僧堂を閉単とする僧堂改革が行われた2022年10月以降、専門僧堂が閉単するのは初めて。

 宗務庁学事課によると、いずれも僧堂側の意向で閉単が決まった。これにより全国の専門僧堂数は、本山僧堂を除いて15僧堂になった。専門尼僧堂は愛知専門尼僧堂の1カ所のみとなった。

 富山専門尼僧堂は明治35年(1902)の開設(当時は富山尼僧学林、1950年に改組)。121年に及ぶ尼僧育成の歴史に幕を下ろした。

 2006年に堂長に就いた長谷川慧能氏(76)は「大変残念だが、教えをひたすら守るかつてのような修行によって僧侶を育てていくのは難しい」と説明。「時代の流れの中で、尼僧が安居に求めるものも変わった」と話した。尼僧堂として結制の人数確保が困難だったことも理由に挙げ、「尼僧だけで人を集めるのは限界がある」と厳しくなった制度も運営に影響したと、悔しさをにじませた。

 2003年に堂長に就任した智源寺専門僧堂の高橋信善氏(74)は「申し上げることはない」とコメント。同寺ホームページでは、「出家希望者の修行に対する考え方と僧堂側の指導方針の相違」などと説明しているが、関係者によると、問題を起こした同僧堂に対し、宗務庁が調査、指導を行っていた。こうした事態を受け、自主閉単したと見られる。

 両僧堂の閉単時の掛搭僧は富山専門尼僧堂が0人、智源寺専門僧堂が4人。学事課によると、修行を続けたい僧侶には、希望する僧堂に移籍できるよう対応するという。同課担当者は1世紀を超える歴史があった尼僧堂の閉単に触れ、「寂しい気持ちは当然あるが、時代が大きく変化する中で、やむを得ないところもある」と述べた。

 僧堂改革は、掛搭僧の減少や僧侶の資質向上が課題となる中、釜田隆文元宗務総長が打ち出した僧堂活性化策として実施。新たに設けた運営基準に満たない専門僧堂が閉単となった。

2024/1/25 展望2024 ポストコロナの布教と寺院 なぜ葬送の簡略化は止まらないのか? 故人を送る物語 伝える努力を 薄井秀夫・(株)寺院デザイン代表

 コロナ禍前の流れが加速しただけ

 コロナ禍の長いトンネルを抜けたものの、コロナ禍の影響は、社会の各所に大きく傷跡を残している。

 仏教界でその影響が顕著なのは、葬送の簡素化である。コロナ禍においては、三密を避けるため儀式そのものを行わない直葬が少なくなかった。儀式を行ったとしても、家族のみで親族すら呼ばない葬儀というのも当たり前になっていた。首都圏ではさらに、通夜を行わず一日で完結する一日葬が一般化した。

 コロナ禍が収束したら、本当にもとに戻るのかを心配していた僧侶も多かった。もしかしたら戻らないのではないかと。新型コロナ感染症が5類に移って、社会は日常を取り戻しつつある中、簡素化は止まったように見えなくもない。

 しかし現実は、もとに戻ったわけではない。スピードは緩んだものの、簡素化は確実に進んでいる。特に首都圏では、コロナ禍が収束しても、一日葬は当たり前になってしまった。コロナ禍前、一日葬という言葉はあったが、現実にそれを選択する人はほとんどいなかった。それが今では、半数以上が一日葬だというお寺も少なくない。この流れは確実に地方にも伝播していく。そして簡素化の流れが続くのは、必ずしもコロナ禍の影響とも言えないところがある。

 思い返せば、コロナ禍前も、葬送は簡素化の流れを突き進んでいた。コロナ禍は、それを加速させただけである。

 故人をあの世に送るという実感

 簡素化の原因は、地域社会と家族親族のあり方が変化したことが大きい。亡くなる人の高齢化も原因のひとつである。そうした外的要因のほかに、葬儀の意味をわかっていない人が増えたということがある。

 葬儀の意味をわかっていない人が増えている原因は、一般的に、現代人が葬送を大切に思わなくなっている、供養心がなくなっていることだと思われている。ただ私はそれ以上に、葬儀という儀式のあり方に問題があるのではないかと思っている。現代の葬儀の形式は、そんなに長い歴史があるわけではない。

 今は葬祭ホールで行うのが当たり前であるが、それ以前は自宅で行うのが一般的であった。さらにその前は、野辺送りと言って、家族親族が棺とともに列をなして、自宅からお寺、お寺から墓地に練り歩く葬儀が当たり前の時代が長かった。

 戦後すぐくらいまでは、都市部を除いた場所では、全国どこでも行われていたし、平成に入ってからも野辺送りを行っていた地域は少なくない。 そしてこの野辺送りが現代の葬儀と異なるのは、「家族親族が自ら故人を墓地に送る」ということである。

 会場に座って僧侶がお経を読むのを聞いているという受け身ではなく、自ら故人を送っていくという参加型の儀式である。 「故人を墓地に送る」という体験は、故人をあの世に送る体験に等しい。体験を通して、故人をあの世に送っている実感を持つことができるのだ。

 果たして現代の葬儀という儀式で、参列者が、故人をあの世に送っている実感を持つことができるだろうか。

 現実は、葬儀の参列者の多くは、眠気と戦いながら会場に座っている。僧侶が前のほうで何かをやっているが、何をやっているかはわからない。僧侶と遺族参列者の間で意味が共有されていない。そんな状況で、葬儀の意味を理解しろと言っても無理だと思う。

 野辺送りの葬儀から、葬祭ホールで行う葬儀に変化する中で、あの世に送る体験と理解が失われてしまったのだ。

 現代の葬儀を見直す

 現代の葬儀のあり方には、葬儀の意味を理解してもらおうという姿勢が感じられない。

 「葬儀の意味がわからない」の次に待っているのは、「葬儀における僧侶の必要性がわからない」であろう。それが表面化するのは、そう遠い未来ではないような気がする。 そうした状況を改善するためには、野辺送りを復活させるのが理想であるが、それは現実的ではない。

 提案したいのは、せめて葬儀のプログラムを参列者に説明することである。儀式を始めるまえに、プログラム全体を説明するか、式が進む中で逐次、次のプログラムは何かを説明するか等、いろんな方法があるだろう。紙に書いたものを配布してもいい。

 注意したいのは、決してお経の現代語訳などが必要なわけではない。なぜ、ここで、このお経を読むか、なぜここでこうした作法を行うかである。

 場を浄める、仏さまに供物を捧げる、仏さまを称える、戒を与える、故人を称える、引導をわたす――宗派によって異なるが、それぞれには意味があるはずだ。そしてそれが全体として、故人を送る物語になっているはずである。

 せっかくの故人を送る物語が、誰にも理解されていない。物語を理解すれば、参列者はもっと儀式の中に没入していけるはずである。言葉で語らなくとも、自ずと体験で葬送の意味を理解できるはずである。

 うすい・ひでお/1966年群馬県生まれ。東北大学文学部卒(宗教学専攻)。中外日報社、鎌倉新書を経て、2007年に株式会社寺院デザインを設立。寺と人のコミュニケーションサポートに努めている。著書に『10年後のお寺をデザインする』『人の集まるお寺のつくり方』など。近著に『お寺のための弔い委任実践マニュアル』(共編著)。

2024/1/25 真言宗智山派 次期総長に三神栄法氏 初の一宗選挙で当選 投票率82%


三神次期総長 初の一宗投票となった真言宗智山派の宗務総長選挙(選挙長=深澤照生教区代表会議長)の開票が18日、京都市東山区の宗務庁で行われ、現内局の総務部長を辞任して立候補した三神栄法氏(京阪教区・京都府京田辺市草内南垣内・法泉寺住職)が当選した。3月28日に就任。任期は4年。

 三神次期総長は、「芙蓉内局の事業を踏襲しながら、学山智山の伝統である子弟教育と指導者育成を一層充実させていきたい」と抱負。「全国檀信徒の安心感得に寄与する教化活動に宗団を挙げて取り組んでまいりたい」と力強く語った。

 17日に投票を締め切り、18日に開票を行う選挙会を実施。深澤選挙長と共に、立会人として倉松俊弘教区代表会副議長と佐𦚰貞憲(京阪)・反町秀明(福島第1)の両教区代表が出席した。

 投票総数1607・有効投票数1531で、得票数は三神氏1151・楠宗融氏(福島第1教区・勝行院住職)380。押印・記入不備等による無効票数63、白票数13。

 選挙人(有権者)は住職・教会主管者・長老の計1947人で、投票率は82%だった。

 平成26年の第119次定期教区代表会で、激論の末に「宗務総長一宗公選制」を可決。28年の総長選から導入されたが、候補者は2期続けて1人だったため一宗投票には至らなかった。「一宗公選制」を可決した当時の教区代表の一人は、「今回は、せっかく導入した一宗投票を行ってみたいという雰囲気があった」と証言。8割超の投票率が、宗内の関心の高さを裏付けた。

 小宮一雄総長(平成24年)、芙蓉良英総長(同28年・令和2年)、そして今回と、連続で前内局の総務部長が総長に就任する流れとなった。

 三神氏は昭和36年4月14日生まれ、62歳。大正大学真言学科卒。昭和59年に宗務庁入庁。総務課など各課課長職を経て、平成22年に京阪教区支所長就任。同28年から法務部長(第1次芙蓉内局)、令和2年から総務部長(第2次同内局)。

2024/1/25 曹洞宗調査 15年間で10~30代若手僧侶30%減 低級階寺院で減少大きく 2040年に教師数は45%減


 曹洞宗は、10~30代の若手僧侶を対象とした人数変動の調査結果を、12月に公開した。2020年の僧侶数は6829人で、減少傾向が強まった2005年からの15年間で約30%減少していることが分かった。

 調査は運営企画室が実施。宗務庁が管理する1950年以降の僧侶情報をもとに、2020年までの動向をまとめた。報告書では、僧侶数などのデータを5年ごとに出している。

 僧侶数は9788人だった85年頃をピークに減少に転じ、近年の僧侶数は55年(6533人)頃の水準にまで落ち込んでいる。教師数も3535人だった85年頃をピークに減少局面に入った。20年に2233人となり、10年間で約23%減少した。報告書では、同じペースで減少すれば、20年から40年までの20年間で僧侶数は約40%減の約4千人、教師数は約45%減の約1200人になると推計している。

 僧侶数減少の要因である年間得度者数は50年からの50年間は約400~600人で増減していたが、00年から減少傾向が続く。20年に246人となり、20年間で約50%減少。教師1人が在籍中に得度授戒を行った徒弟数(得度者数)を算出した指標では80年に3・05人だったが、20年に0・81人となり1人を切った。

 僧侶数と寺院規模の関係を見るため、級階別に00~20年の減少率も調査。10~15年の間に、39級以下の寺院に属する僧侶の減少率が40級以上を上回り、最も減少幅の大きな19級以下は20年間で34%減った。報告書では「若手僧侶の減少に級階が関係している可能性がある」と指摘。規模の小さな低級階寺院の僧侶がより顕著に減少していることが浮き彫りとなった。

 さらに、人口減との関連を調べようと、10~30代の国内人口と比較したところ、若手僧侶の減少率の方が高いことが分かった。05~20年の15年間で国内人口が約21・4%減に対し、若手僧侶は約27・6%減だった。

 同室担当者は「若手僧侶の減少は人口減の影響だけでないことを示唆している」と分析。その上で今回の調査結果について、「深刻なのは減少のペース。縮小スピードに合わせ、迅速に対応策を考えねばならない」と話した。

2024/1/25 被災地・石川訪問記 遅れるとトラウマ固定化、急がれる被災者ケア  行政・社協は機能不全、望まれるプロのコーディネーター 神仁・全青協代表執行理事


 全国青少年教化協議会(全青協)代表執行理事で東京慈恵会医科大学附属病院SCW(チャプレン)の神仁氏が被災地の石川県に入り、寺院や自治体を巡った。特に自治体の機能不全に直面した。神氏に聞いた。

 被災地の状況確認と支援のあり方を探るため11日から14日まで石川県内を回りました。小松空港で四輪駆動車をレンタルしました。これまで何度も国内外の被災地を訪れ、5年前の台風15号(2019年9月)では千葉県内で直接災害も体験した。悪路は慣れているつもりでした。しかし途中、前が見えないほどの猛吹雪に遭い、どこにがれきや段差があるのか、わからないぐらい。七尾から先は道路状況が悪く、被災地の方にご迷惑をお掛けする可能性があったので、奥能登に行くのは諦め、羽咋(はくい)市と金沢市周辺のお寺や自治体の対策本部を回りました。

 最初に全青協協力者である金沢市内北部の高野山真言宗宝泉寺を訪問しました。辻雅榮住職によると、灯籠や墓石がいくつか倒れたものの断水や停電はなかったそうです。しかし現状では自身がすぐに被災地に入るのは難しいと話していました。

加賀市内の2次避難所に並べられた支援物資 被災者による支援は困難

 羽咋市の日蓮宗本成寺では中山観能住職から当時の状況を聞きました。建物の壁の一部が落ち、灯籠や墓石が倒壊。震災当日は「檀家数十名が客殿で過ごした」とのことです。電気水道は前日(11日)に復旧。「ようやく全国の寺院から支援物資が届くようになったが、タイミングを逸し、不要となってしまったものもある」と零していました。中山住職も支援の気持ちはあるものの、被災地に行くのは難しいと。

 その気持ちはよく理解できました。私も5年前の台風被害で道が寸断され停電と断水を経験しました。被災直後は、被災者自身が支援活動を行うことは困難なのです。当時、県知事が県庁に不在だったため初動が遅くなり、自治体も有機的な支援が出来なかった。それが被害を大きくし長期化した要因だと思っています。県南ではいまもブルーシートの家屋が残っているほどです。

 これと同じことが今回の地震で起きました。発災時、県知事は県内にいませんでした。その後の支援は後手後手にまわった。実際に社協(社会福祉協議会)を訪ねてそれを実感しました。(続きは紙面でご覧ください)

2024/1/18 展望2024 少子化時代の寺院サバイバル 修行僧減は少子化だけにあらず 山本文匡・元臨済宗妙心寺派教学部長


 令和5年上半期の出生者数は過去最低の37万人でしたので、年間出生者数も令和4年の77万人をさらに下回る見込みです。この急激な少子化は日本社会の様々な分野に影響を及ぼしていますが、仏教界もその中の一つでしょう。臨済宗妙心寺派では、妙心寺派の道場に在籍する修行僧と他派の道場に在籍する妙心寺派の修行僧に補助を行っていますが、修行僧の数はここ20年で半減しています。多くの人は「これも少子化のせいだ、仕方ない」と考えているようですが、本当にそうでしょうか。

 令和5年9月発表の文部科学省の資料を見ると、令和4年(2022)の18歳人口は112万人でした。平成14年(2002)は150万人でしたので、18歳人口はここ20年で38万人、26%減少した訳ですが、同期間の修行僧は55%も減少していて、減少率は18歳人口の2倍以上です。つまり少子化だけが修行僧の減少理由ではないのです。

 管見ながらその原因には二つあると考えます。一つは経済的な問題です。浄土真宗本願寺派が令和3年に実施した「第11回宗勢基本調査」によると年間収入が1千万円を上回る寺院は全体の約2割でした。曹洞宗が平成27年に実施した「宗勢総合調査」でも1千万円を上回る寺院は約2割にとどまり、どちらも全体の約6割が500万円以下の収入しかありません。こうした傾向は他の教団でも同様でしょう。

 妙心寺派の場合、寺院は特例地から8等地まで11区分されますが、1等地以上は全体の約2割です。一方、等地が低い寺院ほど専任住職のいない割合が高く、そうした被兼務寺院の数は年々増え続けていて、今後さらなる増加も予想されます。一人の住職が多数の寺院を兼務することは負担も大きく、様々な問題の要因にも成りかねませんが、これといった解決策も見当たらないのが現状です。

 もう一つは寺院や僧侶の社会的価値の低下です。令和5年3月に全日本仏教が発表した「仏教に関する実態把握調査」を見ると、高齢者ほど寺院や供養に対する関心の低い傾向が伺えます。例えば「菩提寺の有無」を尋ねた質問に対し、60代・70代の約3割が「菩提寺は無い」と回答していますが、そのうちの約7割は将来にわたって「菩提寺を持つことを考えていない」と回答しています。また葬儀や年忌法要に関しても、菩提寺の有無に関わらず、高齢者ほど普通の葬儀よりも一日葬を希望する割合が高く、法事も一周忌や三回忌迄でいいという傾向が見られます。

 従来は高齢者ほど信心深いというイメージがありましたが、どうしてこうなったのかを推察すると、一つには回答者の殆どが戦後生まれだということがあげられます。核家族化し仏壇の無い家で暮らしてきた人達には、仏事に関わる習慣が無いのでしょう。

 もう一つは経済状況です。内閣府の「令和5年版高齢白書」によれば、昭和55年には65歳以上の高齢者のいる世帯の半数が三世代同居でしたが、令和3年では1割にも満たない9・5%に減少しています。一方、夫婦のみの世帯と単独世帯がそれぞれ全体の約3割を占めるほか、未婚の子と同居の高齢者も約2割にのぼります。また厚生労働省の「令和4年度版国民生活基礎調査」によると、これら高齢者世帯の平均年収は300万円程度で、年金等を受給している高齢者世帯の44%には年金以外の収入がありません。

 こうした社会状況から、戦後の寺院経済を支えてきた先祖供養も今後は期待できません。そのため、仏事を司る僧侶や先祖を祀る場としての寺院の価値も低下しているのです。

 一般的に報酬が安く、社会的価値の低い職業を希望する優秀な若者はいません。ですから、もし仏教界が将来を担う人材を獲得したいと考えるのであれば、先ずは現在の僧侶や教団が変わるべきではないか、というのが私の提言です。自然淘汰に任せる、という考えの方も多いようですが、それでは日本の仏教そのものが滅んでしまう気もします。何故なら、生き残りをかけてお骨や葬儀を奪い合う姿には和合僧の欠片も感じないからです。

 ではどう変わればいいのでしょうか。やはり迷った時は基本に立ち返るべきです。とはいえ、今さら肉食妻帯を禁止もできませんし、大乗仏教は時代や地域に応じて変化してきました。ですから形式よりも、その本質が仏法に適っていることが重要です。

 仏教徒の基本は三帰依ですが、現在の教団が僧伽だと言えるかどうかが問題です。戦後、各寺院は独立した法人になりました。その結果、住職の婚姻とあいまって寺院の公共性は失われました。本来、托鉢で自分の鉢に入ったものは僧伽でシェアされるべきものです。そうした観点から法人格を各寺院単位から教区などの行政単位に移行して、資金と人材の共有化を提案します。

 もし、それが実現できたならば、日本仏教は再び息を吹き返し、高齢化する社会の諸問題解決に貢献出来ると共に、必ずや後継者も現れることでしょう。

やまもと・ぶんきょう/1964年高松市生まれ 1977年下呂市禅昌寺磯部文保老師に就いて得度。1987年佛教大学仏教学科卒。虎渓山専門道場掛搭。1990年同暫暇。2000年妙心寺派布教師。2012〜14年常任布教師。2014〜17年教学部長。2018年高松刑務所教誨師。同年宗議会議員、現在2期目。高松市實相寺住職。

2024/1/18 能登半島地震 僧侶と災害看護師が連携 大谷派専光寺佐々本住職 医療と物資を届ける 福井県鯖江市から珠洲市の避難所へ 


被災地の避難所に至る道路(佐々本住職提供) 福井県鯖江市・真宗大谷派専光寺の佐々本尚住職(50)は6・7日、能登半島地震で甚大な被害を受けた石川県珠洲市に入り、NPO法人災害看護研究所(福井市)の看護師ら17人と共に避難所を回った。看護師たちが手分けして、高齢者や持病がある人の体調を確認。支援が及んでいない小規模な私的避難所等に水や食料を運搬したりするなどし、医療と緊急救援物資を届けた。

 災害ボランティア先進県と言われる福井県には官民協働の組織があり、緊急医療支援を行う災害看護研究所もその一つ。佐々本住職は「私は看護師ではないが悪路に慣れており、私が10人乗りのキャラバンを運転してその後に車2台が続いた。地割れや歪みで道路状態が極めて悪く、通常4時間の道のりが倍近くかかった」と話した。

珠洲市内の避難所に救援物資を搬入する福井県のボランティア有志ら(佐々本住職提供) 水と電気が止まった避難所の衛生環境は、日増しに悪化。看護師たちは数グループに分かれて避難所を巡り、トイレ掃除をしたり清潔な生活環境を整えたりした。「田舎のお年寄りは、しんどくても我慢してしまう。看護師さんのバイタルチェックで〝我慢しなくていいんですよ〟と言われ、初めて体調の辛さを打ち明けてくれる」(佐々本住職)

 私的避難所など狭い場所にいる避難者には、エコノミー症候群を防ぐ医療用靴下を配布。行く先々で感染症予防の対策を講じるなどした。

 「真宗大谷派災害ボランティアネットワーク福井」の代表でもある佐々本住職ら有志は、長期的支援を視野にボランティア活動拠点を珠洲市内に協力して構築。建物等が倒壊した同派西勝寺境内に、住職の許可を得て現地本部を置いた。引き続きここで、官民協働の救援組織「福井県災害ボランティアセンター連絡会」が「チーム福井」として活動するという。

2024/1/18 曹洞宗北信越管区 寺族に広がる支援の輪 七尾市の寺院に物資届ける


松本市の龍昌寺に各地から届いた物資を仕分けるゾンタクラブ会員ら市民たち 曹洞宗北信越管区内の寺族たちが集めた支援物資が9日、能登半島地震の被災地・石川県七尾市の大覚寺(大洞敬二住職)に届けられた。

 大覚寺の寺族・令子さんが、同管区婦人会役員でつくるメッセージアプリ「ライン」のグループでメッセージを確認したのは2日。通信障害が起きていたため受信が遅れた。電波状況が悪い中、断続的に連絡を取り合って無事を伝えるとともに、寺族たちから「必要なものを教えてほしい」との声も受け取った。

 長野県松本市の龍昌寺(越場豊明住職)の寺族・路子さんが中心となって呼び掛け、支援の輪が広がった。地元の長野県第2宗務所(中南信地域)の婦人会にも声を掛け、管区内の長野・福井・富山・新潟各県の寺院から同寺に物資が届けられた。自身も所属する「松本ゾンタクラブ」や市内の少年サッカークラブからも寄せられた。

 同宗務所のライングループに「現地に入る」と4日にコメントが入った。昨年亡くなった茅野美代子さんのスマートフォンからだった。「長期支援が必要となります。今後の支援体制など皆さまと共有していけたらと思います」。夫でシャンティ国際ボランティア会(SVA、東京都新宿区)の副会長、茅野俊幸氏(松本市、瑞松寺住職)が書き込んだものだった。

 「『少しでも被災された人の助けになって』。そう美代子さんから言われたような気がしたんです」。生前、夫の活動をいつも支えてきた美代子さんから、路子さんは背中を押されたように感じ、寺族たちに支援を呼び掛けた。阪神・淡路大震災以降、東日本大震災などの被災地で支援活動をする「松本市炊き出し隊みらい」の浅田修吉代表や茅野住職が被災地に向かうと知り、一緒に物資を持っていってほしいと頼んだ。

 安曇野市の浅川石材(浅川景司社長)が提供した2㌧トラックが段ボール50箱近い支援物資を積み、炊き出しの食料を載せた車両2台とともに9日夕に出発。現地では大覚寺の大洞住職が兼務する東光寺(七尾市)が活動の拠点となった。物資は、行政の支援が届きにくい自主避難所となっている集会所などで配付された。

 「仏さまの温かいお導きのおかげ。本当にありがたい」と、路子さんと令子さんの2人は同じ言葉を口にした。「お寺は地域のためにあり、大勢の心の支えにならなければいけないと、戒めをもって過ごしてきました」と路子さん。「今回、地域の人を含め多くの人たちと心を一つにできたことをうれしく思っています」

 松本市の龍昌寺にはその後も秋田県の婦人会などから物資が届けられている。路子さんは支援を続けていきたいと話している。

2024/1/18 醍醐寺 新執行長に大原弘敬氏 


大原執行長 真言宗醍醐派総本山醍醐寺(京都市伏見区)ならびに宗務本庁の新内局が壁瀬宥雅座主により9日付で任命された。新執行長(宗務総長)には福岡県北九州市門司区不動院の大原弘敬住職が就任した。

大原執行長は1959年3月生まれ。高野山大学卒業。福岡宗務所長を務めた後に2011年から宗会議員を4期務め、19年からは宗会副議長でもあった。大僧正・定額位。

 執行・部長は留任。

 仲田順英執行(総務部長)1964年4月生まれ。大正大学修士課程修了。宗派総務課長を経て執行となる。自坊は醍醐寺塔頭の菩提寺。宇宙寺院劫蘊寺の住職でもある。中僧正。

 浦郷宜右執行(教学部長)1972年2月生まれ。種智院大学卒業。宗派会計課長を経て執行。自坊は滋賀県彦根市の明見院。権中僧正。

 三好祥徳執行(財務部長)1960年6月生まれ。種智院大学卒業。宗会副議長、醍醐寺顧問を経て執行。自坊は香川県丸亀市の観音寺。中僧正。

 壁瀬座主の入山式は22日午前10時半から醍醐寺で営まれる。

2024/1/18 埼玉県金澤寺 辰年に龍のふすま絵 伝承と寺伝をモチーフに


迫力ある龍が描かれた製作途中のふすま絵と絵師の木全さん(1月13日) 埼玉県鳩山町の曹洞宗金澤寺(宮寺守正住職)で伝承と寺伝に基づいた龍のふすま絵が制作されている。国内外で活躍する絵師の木全靖陛(きまた・よしのり)さんが正味4日間で描き、16日に完成。辰年にふさわしい水墨画となった。

 宮寺住職は修行時代の友人が「ふすま絵プロジェクト」で自坊にふすま絵を製作していることをフェイスブック(FB)で知った。ちょうど檜の枠に鳥の子紙が貼られた客殿のふすまを修復したばかり。「汚される前に(笑)、何か描いてもらおう」と思い、同プロジェクトを運営する京都市内のアートギャラリー北野にコンタクトした。

 宮寺住職には地名「泉井」にまつわる龍の伝説が念頭にあった。かつて泉井には7つの名水があった。その一つが六角形の六角井戸で龍が棲んでいた。ある時、川越の小畔川流域が枯渇し、田畑が干上がった。女性の行者が現れ、六角井戸の龍を貸して欲しいと言い、連れて行った。また金澤寺は愛宕権現が守護尊で、向かいの山に祀られている。すなわち龍と六角井戸と愛宕権現がモチーフである。

 依頼を受けた木全さんはもともと多くの龍作品手がけてきた。金澤寺版について「ふすま4面をみてどうつなげるかを考えました。六角井戸と龍を愛宕権現が見ているストーリーです」と説明する。ふすま絵の右側には龍と井戸、左端には白馬に乗った愛宕権現を配置。両者が違和感なくつながっている。ちなみに木全さんは1976年生まれの辰年だ。

 客殿には釈迦像が祀られているため、「龍があまり強くなってはいけない」との思いから、木全さんは墨の色を薄めにした。それでも迫力ある姿は変わらない。ふすま絵の反対側4面には観音菩薩などを描く。「龍と観音さまのセットは初めてかも知れない」

 宮寺住職は「木全さんは気さくな方で、製作作業を見てもらいたいと言ってもらいました。檀家さんに話したのですが、創作現場に入るのはどうかと遠慮したようです」と苦笑い。他方、木全さんは「製作過程も作品です」と言い切る。これまで何度もステージやライブイベントで描いてきた実績があるからだ。

 ふすま絵は広く一般にも開放していく。

2024/1/11 展望2024 僧侶育成と資質向上への課題 僧侶の脊梁となる信仰体験を 村井惇匡・日蓮宗教育研修委員会委員


 日蓮聖人の誓願が今も留る棲神の祖山こそ霊山身延と称される身延山久遠寺であり、とりわけ祖廟浄域は今なお凛とした霊気に包まれる聖地である。祖廟浄域の最も近くに位置する日蓮宗信行道場は、教師資格取得に欠かせない結界三十五日の行を積む道場である。

 コロナ禍にあっては、閉堂期間もあり、開堂しても隔離処置やオンライン講義など従来の課業とは異なる形態で訓育指導が行われた。

 僧堂生活や行動範囲に大きな制約が課せられたコロナ禍に於ける僧道林・布教研修所・布教院・加行所・声明師養成講習所等、修行道場開設の成否の行方を占う試金石として令和三年度第一期信行道場が開設された。

 例えば総本山久遠寺本堂での朝勤出仕、霊跡参拝や霊峰登詣、外来講師の来訪を中止。その分、徹底した読経と法式の修練、五大部を始めとする主要な御遺文の奉読、法話演習、内観や法座の充実、社会活動・臨床仏教・寄り添いなどの幅広い教化学の学修にあてる特別なカリキュラムが作成され今日に至る。

 令和五年度には、宗祖御降誕八〇〇年事業の一つとして信行道場改修・新築工事によりバリアフリー化の整備と前述の暫定カリキュラムが相俟って長年の懸案であった身体障がい者と健常者が共に修行し成満。

 さらには外国人志願者のみによる外国語信行道場を実施。生活習慣の違う外国籍の沙弥に立ち居振る舞い、坐作進退まで丁寧な訓育指導が施され、アメリカ・イギリス・イタリア・ブラジル出身の8名が成満し、教師認証を受け母国へと羽ばたいた。

 いみじくも暫定とは言え、従前とは異なるカリキュラムによって日蓮宗「教育規程」に明記される修練科目の三宝給仕・正助二行・法要式及び布教法・宗学及び仏教学大意・信行訓話の習熟度が格段にあがった。

身延山内にある信行道場【訓育者のハタラキ】
 あらためて、僧侶の育成を問うとき、一人ひとりの器、法を受け持つ法器とは千差万別であると同時に、それぞれに個性、特徴を持つ人格体であることを先ず認識し許容しなければならない。

 加えて法器には、個々人が今日まで培った人生経験や価値観という蓋があり、容易に修行生活や教法が入らない。ただ、その蓋には小さな穴があることを訓育者は見落としてはならない。その孔穴こそ本人にとって法乳が注がれる穴であり、少しでも広げるのが訓育者の役目と心得る。

 転じて資質とは、生まれつきの性質を指すことから、教師としての誕生、すなわち僧侶としての原点である信行道場で末代の弟子たる脊梁(せきりょう)をつくる信仰体験が求められる。

【僧侶の脊梁】
 日蓮宗は、文字の宗派と表現できる。数多ある真蹟・曽存・写本等の御遺文から宗祖の教えを聴聞できる。就中、御本尊は筆文字で図顕せられた大曼荼羅御本尊である。日々祖廟に参り御遺文を奉読し、祖山の霊水で墨を磨り大曼荼羅御本尊を臨写するとき、宗祖の謦咳を耳朶に触れ、一乗妙法蓮華経の光に鬼神異類までもが等しく照らされる霊山虚空の世界を観ることとなり得る。そして恰も南岳慧思禅師が若き智者大師と邂逅したおり霊山同聴を感得せられた如く、宗祖が身延に在山の往時、共に膝下に在って修行した法友が、今また宿縁の追うところ祖廟浄域に集うと感じる修行生活は一日一日が尊い信仰体験となり、修了後も萎え曲がることなき僧侶の脊梁となる。

【現今の課題】
 今日、宗門や寺院を取り巻く環境や状況、社会の事象は実に厳しい。

 宗門的には五年から10年先に描く将来像たるビジョンと、変化する環境下で強みを活かし何を成し遂げるかのグランドデザインを明確にすることが求められる。

 その中で僧侶の育成と資質向上の課題を論点とするならば、訓育者の磨き上げをおざなりにしてはならない。現在、日蓮宗の信行道場や僧道林、布教研修所等では、年度あるいは回期ごとの現場責任者である主任によって、若干異なる又は個性的な訓育指導が行われている。現下、統一したカリキュラムや副読本、指導要綱の作成に所管部と関係委員会で作業中であるが、完成後には主任及び副主任を対象とする訓育指導者研修を実施し教育内容の均質化を図ることが肝要である。

 加えて教育現場の改善指導やアドバイスを授受できるスーパーバイザーとスーパーバイジーの構築によって訓育能力の研磨に繋げ、宗門としての教師養成と資質向上へと結実するのではあるまいか。

むらいじゅんきょう/昭和43年(1968)生まれ。埼玉県東松山市妙昌寺住職。日蓮宗務院伝道推進課長、信行道場・僧道林・布教研修所主任を歴任。現在、日蓮宗教育研修委員会委員、常任布教師、立正大学非常勤講師、教誨師、保護司、人権擁護委員等。

2024/1/11 能登半島地震 寺院直撃 各教団 お見舞い発表し支援に動く


伽藍が倒壊した石川県珠洲市の真宗大谷派西勝寺(住職提供)。住職と家族は避難して無事だった 1日夕刻に発生した石川県・能登半島地震は震度7を記録し、120人超が犠牲となった(8日現在)。多数の寺院が被害を受けており、各教団・団体は発災直後からお見舞いメッセージや談話を発表する一方、被災寺院等の情報収集に努めている。支援の動きも出てきているが、長期的な対応が迫られそうだ。(紙面では各宗派の動きを紹介)

全曹青先遣隊 〝命に係わる事態〟に直面

 全国曹洞宗青年会は3・4日の両日、能登半島地震復興支援の先遣隊として髙栁龍哉副会長らが2台の車に物資を積み込み石川県に入って状況調査、ニーズ把握ならびに緊急支援物資の搬入を行った。七尾市の寶塔寺に水17箱、お茶3箱、缶詰2箱、お菓子類3箱を寄託。被災者は「生活ができるかどうかといったレベルではなく、命に関わる事態という感じ」で、非常に憔悴しきっていると髙栁副会長は心配する。現地では墓石や擁壁の倒壊が目立ち、寶塔寺の山門も根本から折れていたという。

 道路の隆起による寸断でスピードを落として移動するほかなく、特に細い路地のダメージは甚大で「SUV車でも入るのが難しい」。雪の悪天候も重なり、土砂崩れの危険性もあったため北部に向かうことは断念。「現地は水に非常に困っている様子です。今後は石川県曹洞宗青年会の会長の自坊を拠点に水を集めてピストン輸送を検討しています」と話した。

笑顔プロジェクト 珠洲市に物資届ける

 真言宗豊山派僧侶の林映寿氏が代表を務める日本笑顔プロジェクト(長野県小布施町・浄光寺)は3日に現地入りし、重機による土砂撤去などの支援を開始。災害協定を結んでいる石井食品㈱からの支援物資を、石川県珠洲市に直接届けた。

2024/1/11 仏教伝道協会 願いの一字「穏」 5日発表 穏やかな1年を念じ


鈴木氏による揮毫で発表された願いの一字「穏」(5日・増上寺) (公財)仏教伝道協会(BDK)が公募した「願いの一字コンテスト2024」の漢字が「穏」に決まり、5日に東京都港区の浄土宗大本山増上寺で書家の鈴木猛利氏の揮毫で発表された。

 主催者を代表して挨拶したBDKの青木晴美常務理事は能登半島地震の犠牲者の冥福を祈ると共に、「私どもが力を少しでも送ることによって一日も早い復興が出来ることを願う」と念じた。

 「穏」の字を揮毫した鈴木氏は「一画一画祈りを込めて書かせていただいた。年が明けて心配なことがたくさんあり、みなさんも不安な毎日だと思う。この日常が当たり前ではないことを心に噛みしめて穏やかな日々が送れたら」と話した。

 増上寺執事の伊藤広喜氏も能登半島地震や航空機事故に言及し「仏教の教えではあなたと私は同じ。私が思う嬉しいことや嫌なことはあなたも同じという気持ちを持って、心のなかに平穏を感じ、相手を思いやったり、やさしい言葉をかけたり、出来ることをする。そんな小さなことから穏やかなものが社会に広がっていく」と説示し、1年の息災を願った。

 願いの一字の「穏」は昨年10月から12月の約2カ月間で集まった応募総数82件の中から選ばれた。ロシアによるウクライナへの侵攻、パレスチナとイスラエルの紛争などが続く世界情勢、国内での物価上昇や政治家の不祥事などが続く世相を鑑み、2024年が少しでも「穏やかな」な方向に進むこと、人々が「平穏」で「静穏」な心持ちでいられることを願って選出された。仏教的にも安楽で平穏無事なこと、悩みや迷いのないさとりの境地を意味する「安穏」の言葉が多くの宗派で使われている。

2024/1/11 龍谷大・ソフトバンク・LINE 包括連携協定を締結 人材育成やAI推進へ「共創」


調印する3氏。右端は来賓の門川大作市長 京都市の龍谷大学(入澤崇学長)は、情報通信最大手のソフトバンク㈱、LINEヤフー㈱との包括連携協定を12月15日に締結した。同大が京都駅近くに設置を進めている新拠点「共創HUB京都」(仮称)における最先端技術や人材育成、DX(デジタルトランスフォーメーション)化など様々に協定を進め、大きな相乗効果をもたらすことを企図している。

 伏見区の深草キャンパスで行われた締結式には入澤学長、ソフトバンクの宮内謙取締役会長、LINEヤフーの池端由基上級執行役員が出席。入澤学長は共創HUB京都が大学、京都信用金庫、大阪ガス都市開発の産学連携によりイノベーション(社会変革)を起こす施設だと説明した上で、これにソフトバンクやLINEヤフーが加わることでテクノロジーと芸術や伝統産業、文化が融合する効果や、学生の起業などが進んでいくと展望。瀬田キャンパス(滋賀県大津市)の先端理工学部・農学部の活性化も期待した。

 宮内氏はソフトバンクの構想する「キャンパスまるごと5G・AI化」のスマートキャンパス構想を説明、最新テクノロジーにいつでも触れられることで社会で活躍できるデジタル人材の創出を目指すとした。池端氏は今や大半の学生が使うメッセージアプリLINEを使ったデジタル学生証や各種申請の簡便化、就活相談など快適な学生生活の支えとなるシステムの作成に意欲を見せた。

 具体的にこうしたテクノロジーと伝統文化の「共創」にどのようなことが考えられるかと記者から質問を受けた宮内氏は「なかなか難しい質問」と微笑。先日、京都国立博物館で開催されていた「東福寺展」を観て京都に数多くの仏教文化が残っていることに改めて感銘を受けたといい、「ああいったものをデジタルでお見せすることができれば、あるいはアーカイヴできちんと情報を格納できれば」としてテクノロジーによる文化保存、より広く公開できる可能性を一例として示した。

2024/1/1 新春エッセイ 把手共行 石附周行(曹洞宗管長・大本山總持寺貫首)

 新年明けましておめでとうございます。

 年ごとに繰り返されるお正月の儀礼は、時代と共に変ってまいりますが、神仏の前でお祈りする心は変るはずがありません。大本山總持寺の初詣も、例年、多勢の方々をお迎えしております。

 除夜の鐘から早朝にかけてのお詣りは、若い方々が圧倒的に多いのですが、日中の陽ざしが降り注ぐ時間になりますと、中高年のご夫婦やお年寄りと一緒のご家族が目立ちます。手を把ってのお詣りであり「把手共行」の姿です。

 四国遍路や西国巡礼をされる旅人は、たとえ一人旅であっても「同行二人」と笠に記して歩きます。自分以外の一人は、観音さまであり師の場合もあるでしょうし、家族や友人と共に、影と形のようにより添って歩んでまいります。

 つくしんぼのように、どこか見えないところでこころとこころがつなぎあっているのでしょう。新年の大本山總持寺の参拝風景は、若い方々も中高年のご夫妻も、お年寄りと一緒のご家族も、こころとこころがつなぎあっているお姿を見受けるのです。人間と人間だけが“手を把って共に行く”というだけでなく、ほとけと人間、ほとけとほとけが、共に手を把りあってお詣りをしている、そんな光景なのです。

 初詣の参詣者でにぎわう大祖堂(令和5年元日)。今年4月に700会大遠忌法要が奉修されるその光景は、横に並んで歩くときもありますし、前後になりあうときもあります。手を把って共に歩く相手は、苦悩にあえいでいる自我の心の奥底に潜んでいるもう一人の自分であることもあります。

 このもう一人の自分にめざめていくことが、禅仏教の教えです。それは、礼拝の行願からさずかる信心なのです。新年に当って、共に手を把りあって、行願に生きる自分にめざめたいと念じております。

 大本山總持寺では、愈々、本年に御開山・太祖瑩山紹瑾禅師七〇〇回大遠忌正当の年を迎えました。来る四月一日より二十一日までの三週間にわたって報恩法要が営まれます。

 瑩山禅師は晩年、置文をしたためられ「師檀和合 来際一如」と示されて、教えを説き導く者とそれを聞き支える者が一味同心にして心を一つにして、水と魚のように親しい関係を築き、未来永劫にわたって一体となって信頼と思いやりを持つべきである―とお示しであります。

 そして、「たとえ難値難遇の事あるも必ず和合和睦の思いを生ずべし」と人々の悲しみも苦悩も我がことのように受けとめ、和合して生きることをお説きです。つまり、把手共行をお示しであります。

 本年の曹洞宗といたしましては、大遠忌が一大行持でありますが、一味同心にして把手共行が実現できますよう精進してまいる所存であります。大遠忌報恩法要に香を手向けていただければ有難いことと思います。

いしづき・しゅうこう/昭和12年(1937)5月生まれ。群馬県出身。駒澤大大学院博士課程単位取得満期退学。大本山永平寺、大本山總持寺特別僧堂、タイ・ワットパクナム寺院にそれぞれ安居。雙林寺(群馬県渋川市)や最乗寺(神奈川県南足柄市)などに住持し、平成23年(2011)に大本山總持寺副貫首に就任。令和3年(2021)に大本山總持寺に晋住した。全国曹洞宗青年会会長や宗議会議員、曹洞宗伝道部長、最乗寺専門僧堂堂長・師家、布教師養成所主任講師などを歴任した。

2024/1/1 浄土宗新旧女性宗会議員に聞く ”価値観の違う意見”が必要 稲岡春瑛氏、吉原知仙氏

前宗会議員の稲岡氏㊨と現職の吉原氏 世界経済フォーラムが発表した「ジェンダーギャップ指数2023」で日本の男女格差は146カ国中125位、経済と政治分野へ女性が参画できない環境にあることが要因だ。仏教界においても主要10宗派で女性の宗会議員はほとんどいない。こうしたなか2015年に浄土宗で36年ぶりに稲岡春瑛氏(東京都練馬区・林宗院)が女性宗会議員となり2期8年を務めた。昨年11月の改選では吉原知仙氏(山梨県甲府市・善光寺)が続いた。両氏ともに「価値観の違う意見」や「多様な視点」を宗会に反映させたいと明確な意思を持って臨んでいる。

 稲岡氏は所属する城北・浅草組の推薦を受けて議員に立候補した。「宗会議員になる方は青年会や教区長などの宗派の役職を経験した大寺の方ばかり。当初はありえないと断るつもりでいました」。しかし夫で前住職の正順氏から「引き受けなかったらこの先10年は女性の宗会議員は出ない。自分にとっても誇りだし、応援しなきゃという活力にもなる」と背を押された。大病を患い療養中だった正順氏の言葉を「そんなこと言われたら断れないですよね」と苦笑交じりに振り返る。

 宗会議員になると決めてからは「自分にできること、やるべきこと」を考え、「女性教師の横のつながりを作りたい」と組織作りを目指す。議員になって直ぐに「がんばりなさい、宗務総長になって」とメールをくれた女性教師もいた。そんな仲間たちに声をかけた。以前から東京教区で女性教師の為の研修会が開かれていたが、その参加者からも「こういう会が欲しかった」と人が集まった。2019年2月、自身が代表となり浄土宗全国女性教師の会「ふたはたの会」が発足する。

 同会では研修会を開くほか、グループLINEで法務や行事に関する相談をし合う。「みなさん宗政にも関心があるし、寺院を取り巻く社会環境や人権の問題など、意識が高い人たちが多いです。会の活動を活性化させたい」

 浄土宗の女性教師数は全体の約1割。稲岡氏は職員にも議員にもクウォーター制を入れるよう宗会で提言したこともある。しかし当局は「優秀な男性がその職に就けなくなる」といった趣旨の答弁。「能力でこの男女比になっているんでしょうか。この発言は凄く女性差別だと思いました。再質問の機会もないので言われっぱなし。控室で同僚議員にどう思うか聞ても〝だって、そうでしょう〟と。そんな意識なんです」と落胆する。

2019年2月に増上寺で行われたふたはたの会の第1回集会 3期目も考えたが、家庭の事情もあり退いた。「環境が整えば続けてもよかった。私が抜ければ価値観の違う意見をいう人がいなくなる。改定された寺族規程も私が納得できる方向ではない」と心残りもある。ただ、後に続く女性議員も誕生した。ふたはたの会の副会長を務める吉原氏だ。

 「稲岡さんがお一人で頑張っていましたので、女性教師の声を倍にしたいと考えていました」と吉原氏。「将来の女性教師が自由に動けるようにするための土壌を耕やす役割だと思っている」と抱負を語る。周囲の男性教師に「なぜ出るの」と言われたが、「加行に入る人数が減っているなかで女性教師の割合が増えています。女性教師はこれから増えていく。昔は男の子が生まれると後継ぎができて良かったねということが言われていたけど、子どもが後継ぎと考えれば性差は関係ない。みんなの認識を変えてもらうためにも、声を出せる場所に行かないといけない」と展望する。女性教師との交流、研鑽の機会を通して自分の思いも明確になったという。

 吉原氏は父が会社員で子どもの頃は在家の生活だったが、結婚して寺庭婦人となった。「女性が(宗議会に)入ることで視点が変わることもある。私は在家の気持ちも、寺庭婦人の気持ちもわかる。よく男性教師の方は〝寺庭婦人なしにお寺はやっていけない〟と言います。その力は大きいです。寺庭婦人会の活動にも参加してましたが、優秀な方も多く、また色々な声も聴いてきたので、寺庭婦人の方々の橋渡し役にもなれればと思います」。多様な意見こそが宗派組織の活性化につながるとの思いもある。

2024/1/1 大学仏教青年会に聞く 日本仏教の現在と将来①東京大学仏教青年会編

東京大学仏教青年会の入口 日本社会と同様に高齢社会少子化、過疎化は仏教界にも及んでいる。コロナ禍を挟んで葬儀や法事の縮小に続いて、お墓の引っ越しも行われるようになった。他方で、「ひとさじの会」「子ども食堂」「お寺フードパントリー」など僧侶による困窮者支援ボランティア、お寺を活用した食料配布などが行われている。

 これからの日本仏教界や寺院はどんな方向に進むのか。各伝統教団は将来的な危機を認識しているものの、打開案を見出せずにいる。そこで大学仏青の方たちに現在と未来の日本仏教について4項目の質問を用意し、回答いただいた。1回目は東京大学仏教青年会。

回答者(取材対応者)
左藤仁宏(東大大学院博士課程、インド哲学専攻)
32歳 僧侶(真宗大谷派)
 
①現在の日本仏教界の問題点は何か。良い点は何か。

 僧籍はありますが、宗派を代表するものではなく個人的な意見となります。また仏教界の動向にそれほど詳しいわけではありません。

 まず今の仏教界は一般の方々の需要にお寺が十分に応えられていないようには感じています。個人的な経験から何度かそういう場面がありました。

 ある地方都市に暮らしている友人が、都市の疎外感と商業主義的な会社に違和感を持ち、精神的に苦しんでいた。私は仏教を研究しているので、お寺に行くのはどうかと勧めました。彼はネットなどで調べてみたけれど意外と見つからない。彼の家の宗旨に合わせて探しだし、ようやく見つけたお寺は脱出ゲームのようなことをしているお寺でした。彼が求めているのはそういうものではなかった。積極的に情報発信しているお寺でも、仏教以外が主になっていたりと、ストレートな仏教の窓口がそれほど多くないと感じています。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/1/1 特別寄稿 ますますフツー化して自然衰退 池田名誉会長の死と『教学要綱』発行後の創価学会 西山茂氏(宗教社会学者)


 創価学会の池田大作名誉会長の死去後、特に新聞で評伝や解説が掲載されたが、政治や外交に関するものがほとんどで、宗教については少ない。池田氏が監修し発刊された『創価学会教学要綱』は、今後の創価学会を占う意味で貴重な資料だとする宗教社会学者の西山茂氏に特別寄稿頂いた。西山氏は、ライフワークの一つとして創価学会を多年にわたり研究してきた。

  昨年11月15日に創価学会の池田大作名誉会長が逝去した。発表は、どういうわけか家族葬の終わった後の18日であった。すなわち、創立記念の祝賀行事を終えた後であった。この日はまた、『創価学会教学要綱』の発行日でもあった。23日には創価学会葬が行われた。

 『教学要綱』は生前の池田が監修したことになっているが、13年間も同会の公式行事に出られなかったということからみても、本当に監修したかどうかについては分からない。しかし、これは、日蓮正宗の伝統教学からの呪縛と世俗社会のプレッシャーを、ともにかわそうとする在家教団としての創価学会の野心的な試みであり、ポスト池田の創価学会を占う貴重な資料でもある。

 池田は1960年に第三代会長に就任し、当初は戸田城聖前会長の路線を継承していたが、次第に激しい「折伏」や他宗への「謗法」攻撃その他の非常識的な行動を緩和して行き、1970年には「国立戒壇論」を放棄するとともに公明党との「政教分離」(創公分離)を社会的に宣言した。これらのことは世間常識への譲歩であり、宗教運動論的にいえば公称750万会員世帯達成(1970年1月末段階)という著しい教勢の発展にともなう夜郎自大的な宗教運動のフツー化現象である。(続きは紙面でご覧下さい)

2024/1/1 新春満腹企画 寺系ラーメン営業中!


 ラーメンは日本の国民食。老若男女、誰もが大好きで心も体も暖かくなるごちそうだ。牽強付会だが、こうして人の心をほっこりさせるラーメンと、仏法の癒やしには通ずるものがあるのではなかろうか。ラーメンを提供しているお寺もいくつもある。そんなラーメンを家系ならぬ寺系ラーメンとカテゴライズし実食取材した。(全文は紙面でご覧下さい)

忘己利他の心で調理―華興(東京都北区)
 「お腹へってんだろ?まずは食べなよ」。そう言って取材に訪れた記者を迎え入れてくれたのは中華料理店「華興」を営む僧侶、渡辺玄晃さん(71)だ。数分歩くと大正大学がある東京・西巣鴨で75年にわたって学生や住民に愛され、テレビなどの取材も多数受ける人気の“町中華”だ。(⬅ピリッとした辛さが癖になる華興「四川ソバ」)


琥珀色のスープが光る―観音寺(三重県木曽岬町)
 キッチンカーを走らせるお坊さんが作るラーメン、その名も「おてらーめん ケンニュウ観音寺」。三重県桑名郡木曽岬町見入の曹洞宗観音寺の僧侶である服部哲丈さんが作る、鶏ガラと野菜でしっかりとダシを効かせた一杯に、リピーターが各地で続々と誕生している。(⬅味がしみた肉も美味しい観音寺「チャーシューメン」)




鉄眼版一切経守るため―宝蔵院(京都府宇治市)
 文化財を守るためにラーメンに挑んだお寺も。京都府宇治市の黄檗宗宝蔵院(盛井幸道住職)の寺宝「鉄眼版一切経」は江戸時代前期の黄檗僧鉄眼が開版した一切経で、国指定重要文化財だ。この鉄原版を保存し後世に伝える「鉄眼版プロジェクト」の一環として2022年10月から提供しているのが「寺そば ヴィーガンラーメン」(600円)。(⬅豆乳みそが優しい味の宝蔵院「寺そば」冬季限定)



菩提寺の住職と共作―松岡製麺(広島県福山市)
 「精進料理として食べられるラーメン」というコンセプトの下、広島県福山市の臨済宗妙心寺派弘宗寺(水野宏泰住職)と松岡製麺が共同開発したのがミートフリーの「精進麺」「寺麺(てらーめん)」だ。精進料理の思想をラーメンに落とし込み、どちらも動物性の食材を一切使わずに旨味のある味に仕上げた。(⬅季節の具材を乗せた「精進麺」。写真提供:松岡製麺)

2024/1/1 日蓮宗 第2次田中内局スタート 日蓮宗新聞社に初の女性社長

 田中総長と再任・新任した内局役員。左から秋山室長、畑部長、柳下局長、田中総長、長谷川部長、笠井部長、田邉社長日蓮宗(田中恵紳宗務総長)は12月13日、東京都大田区の宗務院で宗務役員退任・就任認証式を執り行った。日蓮宗では内局任期4年の折り返し地点となる2年で会派役員が交代するため、これに合わせ内局改造する慣例がある。これにより6人が再任・新任し、第二次田中内局が発足した。今回の人事で日蓮宗新聞社社長に田邉木蓮議員が就任し、同社初の女性社長が誕生。日蓮宗の内局役員としても女性の入局は初となった。

 田中総長は内局交代の経緯について、宗会議員が所属する宗政会派・明和会・同心会の「両会派の役員交代に合わせ内局の人事も移行することにあいなった」と説明。同心会は会派としての方針で、会派に所属する内局役員は一旦全員辞任し、「改めて(同心会の)新会長とご相談して新しい人事を決めさせていただいた」とした。

 光岡潮慶総務局長、川久保光隆教務部長、赤堀正明現代宗教研究所所長は留任した。(各役員の略歴は紙面をご覧下さい)

2024/1/1 真言宗智山派 総長選、初の一宗投票 楠・三神両氏が立候補

 11月28日に発令された真言宗智山派の宗務総長選挙(選挙長=深澤照生教区代表会議長)の立候補届け出が12月8日午後5時に締め切られた。2期目の任期4年間を3月27日に満了する芙蓉良英宗務総長の後任となる候補者は、届出順に前教区代表の楠宗融氏(福島第一教区・福島県いわき市・勝行院住職)と12月6日付で総務部長を辞任して立候補した三神栄法氏(京阪教区・京都府京田辺市・法泉寺住職)に確定した。

 1月17日を投票期日に、総長選では初の一宗投票を実施。住職・教会主管者・長老2千人超が選挙人(有権者)となる。

 平成26年の第119次定期教区代表会で、激論の末に「宗務総長一宗公選制」を可決。「いわば教区代表60人の投票による現行の『議院内閣制』から、全国末寺が直接投票で総長を選ぶ『大統領制』への移行」(当時の教区代表の一人)に踏み切った。平成28年の総長選から導入されたが、候補者は2期続けて1人だったため、一宗投票には至らなかった。

 立候補者は教区代表5人以上の推薦と所定の書式に則った選挙公報(マニュフェスト)を提出。立候補者が4人以上の場合、臨時教区代表会を招集して上位3人を投票で決めるが、今回は立候補者が2氏だったため、臨時代表会を経ずに即一宗投票に入ることになった。

 ここで特徴的なのは、選挙規程第四十一条で「立候補者、候補者及び推薦人は、選挙公報以外に文書その他の方法で選挙運動をしてはならない」と定めていること。過剰な選挙戦にならないようにし、選挙公報も有権者以外には発表しないなどルールを明確化している。

 選挙長の権限で候補者の立会演説会を開催できるが、公正さを担保した細則が設けられている。

2024/1/1 総本山醍醐寺 新座主に壁瀬宥雅氏

  壁瀬新座主真言宗醍醐派総本山醍醐寺の第104世座主に壁瀬宥雅執行長(宗派宗務総長)が就任した。12月8日に開催された座主推薦委員会の満場一致の決定によるもので、壁瀬氏は即日就任。大本山三宝院門跡・宗派管長も兼ねる。

 壁瀬新座主は1948年7月京都市生まれ。同志社大学工学部、種智院大学仏教学部を卒業後、岡田宥秀101世座主を師僧に得度。醍醐派財務部長などを歴任し、2010年から執行長・総長を13年間にわたり務めた。大僧正。真言宗各派総大本山会常任委員。自坊は醍醐寺塔頭の別格本山理性院。チェロ奏者としても知られる。

 なお座主就任の同日に執行長・総長の職を辞しているため、近く新執行長・総長が選出される見通し。

2024/1/1 真言宗豊山派特別会 正副議長に佐藤・岡本氏 1月26日に長谷寺で総登嶺結願法要

 佐藤議長真言宗豊山派(鈴木常英宗務総長)の宗会議員の改選後初となる第161次宗会特別会が12月15日、東京都文京区の宗務所に招集され、議長に佐藤眞隆議員(山形県白鷹町・相応院住職)、副議長に岡本教雄議員(東京都板橋区・長徳寺住職)が選出された。

 議員協議会を開き、議長候補に佐藤議員、副議長候補に岡本議員が選出され、本会議で全員一致で決定した。佐藤議長は「重責に身の引き締まる思い。浅学非才でございますが、宗会の更なる活性化、豊山派の発展、総本山長谷寺の興隆に力を尽くしていく」として抱負を述べた。岡本副議長は「微力ながら佐藤議長をお助けし、円滑な議会運営ができるよう努力する。活発な議会活動が豊山派ならびに総本山長谷寺の興隆につながると考えていますのでよろしくお願いします」と協力を呼びかけた。

 岡本副議長鈴木宗務総長は初当選した22人の議員を祝福し、2、3期目の議員には一層の活躍を期待し、「よき宗政となるための方向付けをお願いします」と挨拶した。

 残り約半年の任期となった現内局の3つの基本方針にも言及。総本山長谷寺伽藍修復事業は特別賦課金の第一期が終了し、来年度から第二期に入るため修復事業への理解と協力を求めた。弘法大師御生誕1250年事業については来年1月26日に総登嶺結願法要を厳修する。宗派の機構改革は現在も作業を進めており、「来年3月の宗会でその成果をご報告したい」と展望した。

 総務・教務両常任委員会委員(各14人)も指名されたほか、参事会、管長推戴委員会、菩提院結衆選考委員会、総合保障制度運営委員会、不活動宗教法人対策委員会の各委員も決定した。

【佐藤議長略歴】昭和24年4月14日生まれ。平成27年から宗会議員。このほか、支所長、教区長、本山特派布教師、総本山長谷寺評議員等歴任。

【岡本副議長略歴】昭和32年4月17日生まれ。菩提院結衆。令和元年から宗会議員。支所長、制度調査会委員、寺院所得審議委員会委員等歴任。