3月

2025/3/13
豊山派宗会 宗会公開やコンプラ推進を 施政方針受けて要望


施政方針演説をする川田宗務総長 真言宗豊山派(川田興聖宗務総長)の第165次宗会通常会(佐藤眞隆議長)が4日から6日まで東京都文京区の宗務所に招集され、令和7年度収入支出予算案など、予算関連6議案を含む7議案が可決承認された。川田総長の執務方針を受け、宗会の公開やコンプライアンス推進など、開かれた宗派・宗政の運営が要望された。(続きは紙面でご覧ください)

2025/3/13
浄土宗宗議会 機構改革案 再び否決 6月25日 沖縄で戦後80年法要


演壇に立つ川中宗務総長 浄土宗は3日から7日まで第134次定期宗議会(宮林雄彦議長)を京都市東山区の宗務庁に招集した。昨年9月の前回議会で否決されていた宗務庁機構改革のための「宗教法人浄土宗規則改正案」が改良され再び上程されたが、議員多数の理解を得るには至らず2度目の否決となった。現行制度の下で可能な限り機構改革を進めるフレキシブルな対応が必要になってきそうだ。(続きは紙面でご覧ください)

2025/3/13
本願寺派宗会 11年ぶりに園城総長誕生 議案成立後、池田氏辞任


受諾挨拶をする園城新総長 浄土真宗本願寺派の宗会は会期最終日の6日、予算や宗務の基本方針を可決した。可決された基本方針の本文には、原案時点ではなかった「新しい『領解文』(浄土真宗のみ教え)に関する施策を取り止め、宗門の信頼回復に努める」という文章が4日の上程にあたって挿入されている。

 直後、池田行信総長は「人心を一新し、一刻も早い信頼回復のため」と辞任を表明。緊急に会期延長の上で総長選挙が議題となり、大谷光淳門主は後任の総長候補に荻野昭裕氏(総務)と園城義孝氏(議長)を指名した。現職議長を総長候補に指名するのは珍しい。

 翌7日に園城議長が「一身上の都合」で議長を辞したため、優先して議長選挙が行われた。出席議員75人中、72票を獲得して下川弘暎議員が当選。下川議長の進行の下で総長選挙の投票が行われ、園城候補が59票、荻野候補が16票で、園城新総長の選出となった。(続きは紙面でご覧ください)

2025/3/6
本願寺派宗会 新領解文、得度式で唱えず 新報への掲載停止 混乱収拾に道筋つける


演壇に立つ池田総長 浄土真宗本願寺派は2月26日、第325回定期宗会(園城義孝議長)を京都市下京区の宗務所に招集した。2年近く紛糾が続いているご消息「新しい『領解文』(浄土真宗のみ教え)」について、池田行信総長は得度式での唱和をしない、「本願寺新報」等での掲載を当面見合わせるなどの対応策を施政方針演説で提示し、混乱収拾に道筋をつけ始めた。会期は6日まで。(続きは紙面でご覧ください)

2025/3/6
智山派代表会 布施管長が辞任表明 6月末退任 次期管長推薦委を開催

 
答弁する三神総長 真言宗智山派の第140次定期教区代表会(深澤照生議長)が2月18~20日、京都市東山区の総本山智積院内宗務庁に招集された。三神栄法宗務総長は施政方針演説で、2期目に入っていた布施浄慧管長(90)が「2月12日に6月27日をもって辞任する意志表示をされた」と発表。「3月3日に管長候補者推薦委員会が開催される予定」と報告した。

 布施管長(智積院化主)の2期目(重任)の任期は、令和5年(2023)6月28日から4年間。その半分を満了する今年6月に退山し、管長在職6年間の公務を全うすることになった。(続きは紙面でご覧ください)

2025/3/6
天台宗宗議会 大阪万博に正式参加 7月24日 滋賀県デイで比叡山発信

答弁する細野総長 天台宗の第158回通常宗議会(大澤貫秀議長)が2月18~20日、滋賀県大津市の宗務庁に招集された。昨年11月に就任し初の宗議会に臨んだ細野舜海宗務総長は執務方針演説で、阿(おか)内局が示した「人材の育成」「教えの普及」「寺院の存続」の3本柱を継承すると表明。「伝教大師最澄1200年魅力交流委員会」として、4月開幕の大阪・関西万博に滋賀県と連携して正式に参加すると発表した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/3/6
相続人なき遺産 国庫納付年1000億円 宗教法人やNPOも対象だが…周知されず国庫へ 慈悲と祈りの遺贈が世界を開く


 自分の遺産を法定相続人だけでなく、任意の宗教法人やNPOなどに寄付することを生前に定めることができる「遺贈寄付」制度。昨年、制度の啓発を連携して行う協定を締結した、認定NPO法人のおてらおやつクラブ(奈良県田原本町)、テラ・ルネッサンス(京都府京都市)、税理士などで作る(一社)日本相続知財センター(東京都中央区)の3団体に、遺贈寄付による新たな可能性について話を聞いた。

 近年、国庫に入る「相続人なき遺産」が増えている。2015年に約400億円だった国庫納付遺産は22年には約768億円に増加。23年度は1000億円を超えたという(『日本経済新聞』(2月9日付)。2020年の国勢調査によると、子どもがいない夫婦は1115万世帯。全世帯の2割を占めている。

 日本相続知財センター本部の鹿内幸四朗・専務理事は、国庫納付遺産について「これからまだまだ増えていきます。しかも、これは表に出てきただけのお金。銀行にもまだまだ埋もれているのです」。 銀行には文字通り眠っている休眠預金があり、「誰も取りに来ない。毎年銀行にそうしたお金が沈んでいく。遺産をどうしたいという遺言を作らずにいると、渡したいところに渡せない」と話す。

 昨年、日本相続知財センターの仲介により、ある依頼人の遺産1億2千万円の内、子どもの貧困問題に取り組むおてらおやつクラブと地雷・子ども兵などの社会課題の解決に取り組むテラ・ルネッサンスがそれぞれ3千万円の遺贈寄付を受けた。

 「私はいつ死ぬか分からないし、どこに寄付すればいいかも分からない。あなたを信じるから、良いところに寄付してほしい」。それが依頼人の願いだった。鹿内氏は「調べると、お寺やNPOがダイレクトな社会貢献をたくさんしている。動いてくれている人がもっと評価され、資金援助もあるべきだと思った」という。

 効力のある遺言や遺贈には法律の知識が欠かせない。恣意的な遺言執行を防ぐために、用途の限定やチェック機能などが必要になる。檀信徒からお寺に遺贈される場合でも「適正な手続きを踏むことでトラブルを回避できる。ぜひ専門家に相談してほしい。残念なのは、遺贈寄付の認知度が低いこと。お寺の皆さんには、ぜひ檀家さんに遺贈寄付について話してほしい」と人生の伴走者である宗教者への遺贈寄付文化の定着を期待する。(続きは紙面でご覧ください)

2025/3/3

SZI講演会 盂蘭盆会太鼓に 駒形総監の揮毫 ハワイ強制収容所で


 SOTO禅インターナショナル(SZI)の講演会が13日、東京・芝の檀信徒会館で開かれた。南原一貴副会長(総合研究センター常任研究員)が登壇し、戦時中にハワイ布教総監だった駒形善教氏が日系人強制収容所で盂蘭盆会に用いたと見られる平太鼓について報告した。

 ハワイの日系寺院の文献や文化財に関する科研の研究(代表・安中尚史立正大教授)に携わる南原氏。SZIの総会後の講演会で「ハワイ寺院の仏教文化財―両大本山布哇別院を中心に」と題して発表した。

 平太鼓はハワイ日蓮宗別院の所蔵。1921年に信徒から奉納されたもので、安中教授らが2017年に本堂地下の倉庫で発見した。胴部に「盂蘭盆會供養 於ホノウリウリ監禁所」とあり、「昭和拾九年八月拾五日」と日付が記されている。

 これらの文字を書き込んだのが駒形氏だったという。開戦後、日蓮宗の開教師が米国本土に移送され、ハワイに残った駒形氏はホノウリウリ収容所に収容された。そのため太鼓を託したと推測されていると説明した南原氏は「宗派を超えて布教活動が維持されていた」と述べた。

 太鼓には賛の揮毫もある。「満月皎々輝中天 梵香溢堂保峡鮮 打開甘露微妙法 萬霊斉潤菩提選」と朗唱し、「少しでも安らかになってもらいたいという切実な願いが込められている」と読み解いた。

 オアフ島にあったホノウリウリ収容所は1946年の閉鎖から長く忘れ去られてきた。日系人ら有志の調査で跡地が特定され、歴史が掘り起こされたのは2000年代に入ってからだった。収容者から「地獄谷」と呼ばれた過酷な環境だったというが、「収容所で人々の安寧を祈っていたことが分かる貴重な資料だ」と話した。

 また、駒形宗彦前総監が収集した写真資料「駒形コレクション」や、両大本山ハワイ別院正法寺に安置される西国三十三観音像にも言及。観音像の台座に記された施主の出身地は新潟県が最多で、「新潟出身の駒形善教氏の影響があるのだろう」と分析した。

2月

2025/2/27

曹洞宗宗議会 東京グランドホテル閉業 27年3月末 宗務庁分館含め再開発へ 跡地は定期借地権を活用


演説する服部総長 曹洞宗の第146回通常宗議会が17~21の5日間、東京・芝の檀信徒会館で開かれた。服部秀世宗務総長が、2年後の2027年3月末をめどに東京グランドホテルを閉業すると発表した。ソートービルは解体した上で、宗務庁が入る新ビルを建設。宗務庁分館なども合わせて解体する方針で、所有不動産再開発に向けて新たな計画を示した。跡地の運用は定期借地権を活用する考え。

 東京グランドホテルとして運用するソートービルの再開発を巡っては、大和証券との契約問題で計画を変更。服部総長は昨年の宗議会で10年後をめどに建て替える考えを示していたが、大幅に早まった。建て替えまでの間、外部委託によってホテルを継続する計画は中止となった。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/27

妙心寺派宗議会 天衣尼僧堂、閉単か 女性師家の確保難しく


演壇に立つ野口総長 臨済宗妙心寺派は19日~21日にかけ、京都市右京区の宗務本所に第148次定期宗議会を招集し、令和7年度予算、花園禅塾の卒塾をもって専門道場在錫1年とみなす宗制別表改正案など全議案を原案可決した。数年間、掛搭者がおらず休単状態だった女性専門の天衣尼衆僧堂(岐阜市)については、閉単の方向が野口善敬宗務総長の施政方針演説で示された。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/27
リタ市民アセット財団設立 住職の取り組みを法人化 都内で記念フォーラム 寺院アセット 市民の公益活動支える


各団体のメンバーが参加した設立フォーラム NPOや市民団体に寺院アセット(土地や建物)を提供して活動を支えてきた大河内秀人氏(浄土宗僧侶)の取り組みを、持続可能な社会の仕組みとするべく設立された「一般財団法人リタ市民アセット財団」の記念フォーラムが2月11日に東京都江戸川区のタワーホール船堀で開催された。市民団体やNPOのメンバーが集い、寺院アセットを活かした市民社会の構築に向けた志を分かち合った。未来の寺院モデルとしても注目される。

 青年僧の頃に国際協力活動に関わった大河内氏はその現場で住民参加の重要性に気づかされ、自坊の寿光院(江戸川区)と見樹院(文京区)のアセットを高齢者・障がい者・子ども福祉、人権・環境・難民・平和等に取り組む市民団体やNPOに提供。30年に及ぶ活動で豊かな市民ネットワークが形成された。ただし、全容を知るのは大河内氏のみで、その志に依るところも大きい。そこで持続可能な社会の仕組みへと発展させるための研究プロジェクトが始動。庭野平和財団の支援を受けて、活動を整理し、財団法人設立のための調査・研究が進められ、昨年11月に一般財団法人を設立した。財団が寺院アセットのマネジメントや公益事業の推進活動を行う。今後は公益財団法人へ移行し、寄付の受け皿となることも視野に入れている。財団名の「リタ」は仏教の「利他」を由来とする。

 設立フォーラムには市民団体やNPOのメンバーら約80人が集い、各団体が活動を紹介する展示も並んだ。そのメンバーからなる財団の理事や評議員、監事で、財団の名前に因み「利他」「市民」「アセット」「財団」の各テーマでトークセッションを行い、財団の理念と使命も共有した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/25
核兵器をなくす国際市民フォーラム 6月に日米同時平和巡礼 原爆開発地と被爆地で


登壇した左から鎌田氏、マリールイズ氏、森氏 原爆投下から80年となるのに合わせ、「核兵器をなくす国際市民フォーラム」が8・9の両日、東京・広尾の聖心女子大で開かれ、9日に宗教者の立場から発信するセッションがあった。超宗派で祈りの巡礼を続ける曹洞宗直指庵(鹿児島市)の鎌田厚志住職が今年、原爆を投下した米国と被爆国の日本の両国で同時巡礼する計画を発表し、「祈りとは生きること」と行動を呼び掛けた。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/20
日蓮宗大荒行 126人が成満 法華経寺117人 遠壽院9人


渾身の読経が堂内に響いた成満会(法華経寺) 祈祷修法を習得するために「寒一百日」間の苦修練行に籠る大荒行の成満会が10日、千葉県市川市の大本山中山法華経寺(新井日湛貫首)の日蓮宗加行所(若松宏泉伝師)と日蓮宗遠壽院荒行堂(戸田日晨伝師)でそれぞれ厳修された。法華経寺では初行が一人退堂し117人が成満。遠壽院は入行した9人が全員成満した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/20
高野山大学 教育学科、継続困難に 文科省の指導後に決断


 高野山真言宗の宗門校を経営する㈻高野山学園(理事長=今川泰伸宗務総長)の理事会・評議員会が14日、和歌山県高野町の高野山大学(添田隆昭学長)で開かれた。学生募集で極度の不振が続く教育学科の今年の入学予定者は、同日時点で推薦合格2人と短大からの編入学1人の計3人。設置5年目の今回から入学定員50人を15人に減らして臨んだが、今後も「改善の見通しが立たず」(添田学長)継続困難な状況が明らかとなった。

 2月下旬~3月の間に、文科省から指導を受ける予定。その後の3月25日午後2時に理事会、3時に評議員会を招集し、募集停止の可否について最終決断を下すという。

 大阪千代田短大の河内長野キャンパスを共有する形で令和3年度に新設した教育学科だが、初年から入学者11人、20人、7人と低迷。学科完成年度の昨年は5人だった。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/20
高野山大学 次期学長に松長潤慶教授


松長次期学長 高野山真言宗の宗門校・高野山大学(和歌山県高野町)の添田隆昭学長が3月31日に任期満了を迎えるのを受け、㈻高野山学園理事会(理事長=今川泰伸宗務総長)が12月12日に同大で開かれ、次期学長に松長潤慶・文学部密教学科教授(62/高野山補陀洛院住職)を選任した。任期は4月1日から4年間。父親は故松長有慶学長(同宗管長)で、同大史上初の親子二代にわたる学長の誕生となる。

 松長氏は昭和37年(1962)10月4日和歌山県生まれ。平成8年(1996)に高野山大学大学院文学研究科密教学専攻博士後期課程修了。専門分野は密教図像学。『インドネシアの密教』で博士(密教学)の学位取得。

 平成3年(1991)から27年(2015)まで清風学園教諭。高野山大学密教文化研究所委託研究員、種智院大学非常勤講師を経て、平成24年(2012)から高野山大学非常勤講師、27年に准教授、30年に教授。大学院委員長を務め、令和3年(2021)に副学長に就任した。

 山口文章・高野山学園法人本部長(兼法人本部事務局長)も3月31日に任期満了。次期法人本部長に高岡隆真氏(49・高野山明王院住職)、法人本部事務局長に内海周浩氏(48・高野山南院住職)が選ばれた。任期は4月1日から4年間。

2025/2/20
大谷専修学院問題 不当な人事異動の撤回求める 係争中の職員2氏が会見


 真宗大谷派(木越渉宗務総長)が運営する教師養成機関・大谷専修学院(全寮制・1年間/京都市山科区)の2025年度学生募集中止を、管轄する宗派当局が決定した問題。一昨年4月に就任した佐野明弘学院長と男性教職員2人との間で起きた昨年8月の人事異動命令に至る深刻な対立が主な原因とされる中、当該教職員2人が10日午前、京都市下京区内で会見を開き、「前例のない不当な人事異動」と「現場を無視して一方的に決めた」学生募集中止の撤回を求めた。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/17
身延山大学 ラオス全寺院の仏像調査へ

 
同大の事業で修復されたワット・アーパイ寺院の本尊 日蓮宗総本山身延山久遠寺を母体とする身延山大学(山梨県南巨摩郡身延町、望月海慧学長)は12日から3月9日まで、ラオス人民民主共和国で令和6年度第27回仏像修復プロジェクトを実施する。ラオス全仏教寺院の仏像調査を開始し、報告書を同国情報文化観光省遺産局へ提出する予定だ。

 同事業は、2000年に仏教寺院の仏像修復・保護に関する協定を同大とラオス国が締結したことに始まり継続実施されてきた。前回の事業で同大とラオス国立美術工芸大学、情報文化観光省遺産局の三者による新協定を締結。これに基づき実施される今回の事業では、ラオス国全仏教寺院の仏像調査を開始する。

 今回の調査対象はヴィエンチャン特別市内サイタニー郡の60カ寺とし、この調査により台帳に掲載する仏像を選別し、重要仏像の台帳登録作業を行う。

 このほか、2006年までに調査を終えたルアンパバーン世界遺産地区内仏像(全1174体)の現況と盗難の有無についての調査や、従来の三次元測定器に加えてスマートフォンアプリを活用することで、データ収集の迅速化と効率化を図る仏像三次元測定調査も継続実施する。

 同大が高い評価を受けている仏像修復および修復技術者育成についても、木彫仏像3体および鋳造仏像1体の修復を予定し、現地技術者育成が行われる。木彫仏像はルアンパバーン王宮博物館内本事業工房で、鋳造仏像はヴィエンチャン・ラオス国立美術工芸大学内施設にてそれぞれ主な作業を行う予定だ。

2025/2/13
節分会スケッチ 西新井大師總持寺 小雨の中、だるま供養

四隅に結界を張り、剣を振るう僧侶 関東厄除け三大師の一つ、東京都足立区の真言宗豊山派西新井大師總持寺では節分会にあわせて「だるま大供養」と「撒豆式」が開催された。午前中の「だるま供養」では、家内安全や商売繁盛などが願われ、つとめを終えた大小様々なだるまを焚き上げた。

 法螺貝に先導され濱野堅眞貫首ら僧侶が祭壇まで行進。力強い読経の中、山伏姿の僧侶が祭壇の蝋燭で松明に火を移し、だるまに火をつけた。

 「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前」の九字を唱え、四隅に剣を振り下ろし結界を張ると、朝から小雨が続いた天候にも関わらず、だるまは勢いよく燃え上がった。多くの参拝者が見守る中、隣接する東武大師線「大師前」駅から供養の様子を見物する人もおり、境内や駅の中で合掌する姿が見られた。

 午後の「撒豆式」では、俳優・歌手・コメンテーターと多彩な梅沢富美男さんなどが大本堂前の桟敷から豆をまいた。(豊山派大本山護国寺、とげぬき地蔵尊髙岩寺、曹洞宗大本山總持寺、聖護院門跡、寳光院はだか祭り、大本の節分会スケッチは紙面でご覧ください)

2025/2/13
宗教者核燃裁判第7回公判 原発事故で被災した住職が意見陳述

 公判後に聖アンデレ教会(港区)で行われた報告会で話す田中住職全国の宗教者258人が原告となり、日本原燃を相手に青森県六ケ所村の原子力施設(再処理工場)の運転差止を求める「宗教者核燃裁判」の第7回口頭弁論が1月30日、東京地裁(霞が関)で開かれた。意見陳述では原発事故で被災した福島県南相馬市の曹洞宗同慶寺の田中徳雲住職は「司法と行政がそれぞれの責任に向き合うこと強く望みます」と訴えた。

 福島第一原発から北西約17キロに位置する同慶寺の田中住職は「あの事故から生活の全てが一変した」とし、高齢の住民の「ふるさとに帰りたい」という心情を「利用された感じ」で避難指示が解除されたものの「元のようには戻りません」と主張。環境中の放射線量は震災前の安全基準を遥かに超え「私たちは自ら人体実験をしているようなもの」と住民の「不安」の一端を示した。

 「この事故経験が活かされて、日本のエネルギー政策が転換される布石になるのであれば、私たちも救われる」との思いと同時に、便利な時代の恩恵を受けてきた自身を省みて「被害者であるが、加害者でもあった」という「大反省」のもとで歩み始めたと語り、司法と行政に対しても「それぞれの責任に向き合うこと強く望みます」と問うた。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/13

こんな悲惨なミャンマーを見たことがない―クーデターから4年、チャールズ・ボー枢機卿(WCRP共同会長)が来日

ミャンマー国内の悲惨さを語り、停戦を訴えたボー枢機卿。左は篠原ACRP事務総長 今月1日で軍事クーデターから4年が経過したミャンマーへの国際的な関心が薄れてきている中、同国のカトリック・ヤンゴン大司教で世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)国際共同会長のチャールズ・ボー枢機卿が来日。都内で行われた2日の記者会見では、国民の3分の1にあたる1990万人が家を追われ、そのうちの3分の1にあたる630万人の子どもが危険にさらされていると窮状を説明。国軍とそれに反発する武装勢力との交戦が続き、「ガザの停戦も課題だが、ミャンマーでの停戦も実現しなければならない」と強く訴えた。

 会見には、WCRP国際委員会のフランシス・クーリア・カゲマ国際事務総長、日本委員会の戸松義晴理事長、ACRP(アジア宗教者平和会議)の篠原祥哲事務総長(日本委員会務局長)が臨席した。

 ボー枢機卿はミャンマーの苦難と惨状を報告する一方、対話による停戦と平和構築に向けた「希望」は失っていないと繰り返して述べた。

 一般市民が直面している苦難については、身の安全確保や子どもたちが教育が受けられないといった身近な状況から紹介。さらに18歳以上の男女に徴兵を課していることから「若い世代には徴兵は嫌だと自らのいのちを削ったり、人身売買の被害に遭ったりしている。兄弟は兄弟で、姉妹は姉妹を殺しあう状況がある。次世代の若者の人生が打ちのめされている」と深刻さを語った。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/13
「蛍寺」金光院が今春から宿坊事業を開始へ コロナ禍で開かれた寺院を決心


5月下旬から6月上旬にホタルが飛ぶ庭園と戸川住職 平安貴族や歌人が様々に詠んできたように、初夏の夜に光り舞うホタルは京都の風物詩。そんなホタルが庭園にたくさん棲むのが、左京区の浄土宗大本山金戒光明寺の塔頭である金光院だ。戸川克彦住職(51)が2年前からホタル観賞会を開催したところ、あまりの美しさに徐々に口コミで拝観者が増えてきた。手応えを掴んだ戸川住職は、今春からは宿坊事業を始める。「お寺をハッピーで開かれた場所に」との思いで奮闘する日々だ。

 戸川住職が開かれたお寺をはっきりと志向したのは、実は数年前。コロナ禍がきっかけだったという。「元々、檀家さんも少ないお寺で、宗務庁で働いて兼職していました。このお寺が私の代で終わってしまったらどうしようかと悩んでいた」という。コロナ禍の後には1年以上葬儀がない時期もあったというから、事態は深刻だった。金戒光明寺の18の塔頭の中では最も古く創建(1558年)されたこのお寺を次代に残す重い使命を痛感したのだ。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/10

妙心寺派無住寺院対策委 1件あたりの解散補助費 上限150万円で議論 相談中の寺院は3カ寺 


現地調査の報告もあった対策委員会 臨済宗妙心寺派は1月23日、無住寺院対策委員会を京都市右京区の宗務本所で開催した。寺院解散補助金について、補助を受けた寺院の「報告義務」を規定上明文化すること、ならびに運用細則で補助金額を1件につき上限150万円とする案が議論された。

 令和5年に同委員会から補助金支給の基準再検討ならびに補助金予算の増額の検討を要望する答申書が宗務総長宛に出されており、今回の改定案はそれを受けたもの。現行の補助金額は年間予算として確保されている300万円を「超えない範囲」となっている。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/6

WCRP日本委 7月、3回目の東京円卓会議 理事会 評議員会 声明文の実行具合を確認


 (公財)世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会は1月31日、東京・立正佼成会法輪閣でオンラインを併用して理事会(議長=戸松義晴理事長)と評議員会(議長=杉谷義純会長)を開き、人事をはじめ4月から始まる2025年度の事業方針や予算等を審議し、承認した。3回目となる東京平和円卓会議は7月1日から3日まで行われることが決まった。

 新年度事業方針では、戦後80年、原爆被爆80年、国連創設80年の節目を迎え、阪神淡路大震災30年でもあることを踏まえて、「この重要な年にこそ宗教者による対話を深め、協力・連携することを通して苦難に直面している人々に寄り添い、安心・平和な社会実現をめざして事業を展開する」と展望した。

 その重点事業が東京平和円卓会議。2022年9月と2024年2月の過去2回の会議には、ロシア、ウクライナの戦争当事国の宗教指導者のほか、イスラエル、パレスチナ、ミャンマー、コロンビア、ハイチなど紛争や対立を抱える国と地域の宗教者が参加し、具体的な行動を明記した声明文を採択した。

 第3回会議は、声明文がどの程度実行できたのかを報告し合い、その上で課題や次なる行動を検討する予定。そして「一時的な平和会議ではなく継続的な実践を意識した平和プログラムの実践をめざす」と位置付けた。過去2回同様、紛争当時国の宗教指導者らが参加する。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/6
全日仏新年懇親会 大阪大会に向け機運高める 能登復興支援も継続


ポスターを掲げ招致挨拶を述べる府佛役員一同 (公財)全日本仏教会(全日仏)は1月29日、京都市内のホテルで新年懇親会を開催した。9月の全日本仏教徒会議大阪大会「無量の『いのち』―すべてのいのちを慈しむ」の成功に向けて加盟団体一同で機運を高めた。また、復旧が進まぬ能登半島など被災地の復興支援も引き続き行っていくことも確認された。

 能登半島地震犠牲者のための黙祷に続き、伊藤唯眞会長(浄土宗総本山知恩院門跡・浄土門主)が挨拶。「災害を受けられても乗り越えようと頑張っていらっしゃる皆さま方が道を進んで、復興を一日でも早く遂げていただけるよう、私たちも応援を申し上げたい」と被災地を励まし、仏天の加護を祈念した。小松一幸財務部長が支援状況を報告。救援基金は1月25日時点で約2341万円が寄せられており、「寄託先については支援検討会議で協議させていただく」と引き続きの支援を呼びかけた。

 全日仏副会長・大阪府佛教会会長の村山廣甫氏ら、大阪府佛役員一同が登壇し仏教徒会議の招致挨拶。村山氏は80年前の少年時代に大阪空襲で焼け野原になった故郷、そこから疎開した京都での生活を振り返って「無量のいのちを慈しむ世界に今、なっているでしょうか」といのちの尊さを強調。「万博では『いのちのデザイン』と言っており、それも素晴らしいことですが、無量のいのちという宗教家としての大きなテーマをこの大阪から発信したい」と力強く宣言すると拍手が沸き起こった。(続きは紙面でご覧ください)

2025/2/6
築地本願寺宗務長に竒山明憲氏


 浄土真宗本願寺派築地本願寺(東京都中央区)の宗務長に竒山(はやま)明憲氏が就任した。1月29日付。東京仏教学院長も兼務する。竒山新宗務長は1954年11月生まれ。大阪府高槻市の信楽寺住職。

 前任の中尾史峰氏は昨年12月に総局に入っており、後任が定まるまで宗務長を兼務していた。

2025/2/3
東京国立博物館 大覚寺開創1150年記念展 重文障壁画123面や五大明王像などを一挙公開


威厳と迫力のある五大明王像 真言宗大覚寺派大本山大覚寺(京都市右京区)が令和8年に開創1150年を迎えることを記念した特別展「旧嵯峨御所 大覚寺―百花繚乱 御所ゆかりの絵画」が21日、東京都台東区の東京国立博物館平成館(上野公園13-9)で始まった。重要文化財の障壁画123面を一挙公開する他、平安後期の仏像の最高傑作とされる「五大明王像」など圧巻の内容だ。

 嵯峨天皇(786~842)の離宮として建てられ、「旧嵯峨御所」とも呼ばれる大覚寺。貞観18年(876)に皇女・正子内親王の願いで寺院に改められ、来年で1150年を迎える。

 過去に京都国立博物館で大覚寺の展示が2回あったが、東京では初となる。重要文化財に一括して指定を受けた同寺に伝わる約240面の障壁画のうち、計123面を前後期で展示。総長約22㍍の華やかな襖絵「牡丹図」(狩野山楽筆・17世紀・重文)は寺外初の全18面を公開する。

 宗祖空海と天皇家ゆかりの明王信仰を伝える本尊「五大明王像」(明円作・平安期1177年・重文)も東京では5体そろって展示されるのは初めて。

 刀剣ファン垂涎の大覚寺に伝来する太刀「薄緑」(膝丸)と北野天満宮の太刀「鬼切丸」(髭切)を展示。数々の伝説に彩られた「兄弟刀」を一度に観る貴重な機会。

 後宇多法皇が空海への思慕の念を綴った国宝「後宇多天皇宸翰 弘法大師伝」や皇統と法流の護持を願った国宝「後宇多天皇宸翰 御手印遺告」など大覚寺の深淵で雅な歴史を語る名宝・寺宝が一堂に会する。

 3月16日まで。一般2100円(当日)。問い合わせはハローダイヤル(☏050―5541―8600)。

2025/2/3
大本山總持寺新春展 「皇室と總持寺」開催中 綸旨や恩賜品から交流辿る


伏見宮文秀女王遺愛の菊紋香炉 横浜市鶴見区の曹洞宗大本山總持寺で、宝蔵館「嫡々庵」の新春展「皇室と總持寺」が開かれている。歴代天皇の文書や恩賜品など約35点から皇室と總持寺の交流を跡づける。

 皇室と總持寺の関係は、後醍醐天皇の勅問に太祖開山瑩山禅師が答えたことから始まったと伝わる。その後1322年に紫衣の着用を認め、官寺に定めるとした綸旨が下された。転写された「後醍醐天皇綸旨写」(江戸期)をはじめ、第1部「天皇家と總持寺のご縁」では歴代天皇の文書を中心に展観する。

 双方が並んだ後陽成天皇(1571~1617)と後光明天皇(1633~1654)の綸旨の用紙に注目すると、色の違いに気がつく。綸旨はいわゆる再生紙の「宿紙」を使用する慣例があり、白紙をあえて墨染めすることも多かったという。前者は原料紙の墨の色が強く、繊維のむらも確認できる。一方、後者の色は薄く均一に染まっている印象だ。高田信敬館長は「時代が下って宿紙を使う必要がなくなっても、似せた紙を作るところに伝統が感じられる」と解説した。

 第2部「皇室ゆかりの品々」では、天皇家や宮家の美術工芸品が鑑賞できる。皇族出身の最後の尼門跡、伏見宮文秀女王(1844~1926)遺愛の菊紋香炉は、昨年の瑩山禅師700回大遠忌に参拝された高円宮妃久子さまの焼香でも使用された。菊紋は、中心にがくが施された親王家所用の14葉裏菊となっている。最後の第3部のテーマは「皇族を伝称筆者とする古筆切」。

 2月28日まで。一般300円。休館日は木・金曜日。問い合わせは同庵(☏045―581―6065)。

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2025/1/30
展望2025 人口減少社会と多文化共生 
在日ベトナム仏教信者会会長 ティック・タム・チー氏に聞く
四無量心で人間同士の交流を


 2011年の東日本大震災から、困っている在日ベトナム人を助けるための支援活動を行ってきました。コロナ禍では仕事を解雇されたり、帰国出来ずに困窮する大勢の在日ベトナム人から連絡がありました。在日ベトナム仏教信者会と大恩寺で支援活動「幸せの贈り物」として次の8つの慈善事業を行いました。1食糧支援、2人道相談支援、3お葬式支援、4保護支援、5帰国支援、6仕事に繋がる支援、7大恩寺農浄園支援、8お念仏を通じた精神的な支援。賛同してくれるベトナム人、日本の企業、僧侶や一般の方からも多くの支援をいただきました。

 約6万人分の食糧を配布し、住まいを失った方のために大恩寺と3カ所のシェルターを開き、約2千人を保護しました。その中には妊婦の方もいました。お寺の近くで畑をお借りして、自給自足ができるように野菜を育て始めました。地域の方から農作業を教えてもらい、収穫した野菜は困窮者にお分けしています。農作業を通して地域の方と交流でき、自尊感情や思いやりの心も育まれます。互いに支え合う優しい社会を作る一助になっていると実感しています。

お参りしやすいお寺を

 今は相談者の数は落ち着きましたが、人間関係や言葉の問題等でトラブルになるケースもあります。お寺への連絡で一番多いのはお葬式の依頼です。死因は事故や事件、自殺や病気、過労死など様々です。日本に来て慣れない環境で無理をするのでしょう。若い人が亡くなってしまうのはとても辛いです。
上手くいかずに落ち込んでいる時にお寺にお参りしたいベトナム人の仏教徒はたくさんいます。ベトナム寺院は11カ所ありますが、今は北海道から沖縄までベトナム人はいるので、お参りしやすい日本の寺院が増えたらいいなと思います。

 どんな支援ができるのか、と以前、日本の住職の奥様に質問されたことがあり、ベトナム人のお参りの仕方を教えました。本堂にあがり、お線香に火を点け、仏様にお願いする言葉を唱え、香炉にお線香をさす。人間界ではどうしようもないことを仏様の世界に預かってもらうんです。お参りするだけで安心感が生まれます。希望するベトナム人がいたら是非お参りをさせてほしいです。

国内で海外布教

 私も日本の僧侶たちと交流が増え、東京の吉水岳彦先生のお寺(浄土宗光照院)をはじめ埼玉や栃木のお寺にも、ベトナム人の信者がお参りする姿が見られます。お参りして楽しかったという実習生の方は大勢いるんですよ。フェイスブックなどでお参りに行けるお寺の情報はすぐに共有されています。日本の各宗派には海外布教の部門があり、海外に拠点もあると思いますが、国内にいる外国人に布教すればそれも海外布教になります。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/30
大谷専修学院 次年度の学生募集中止 内部対立と混乱が深刻化 ベテラン職員異動を契機に

京都市山科区にある大谷専修学院 真宗大谷派(木越渉宗務総長)は12月25日、複数ある教師養成機関の中で全寮制(1年間)による「念仏のある共同生活」を行っている大谷専修学院(京都市山科区)の2025年度学生募集(本科・別科)を中止すると発表した。「学院の運営体制を整える必要があるため」としている。だが関係者によると、令和5年(2023)4月に就任した佐野明弘学院長とベテラン職員2人との間で起きた昨年8月の人事異動命令に至る深刻な対立が主な原因だという。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/30
阪神・淡路大震災30年 NPOアース 発災時刻に希望の鐘 震災の教訓語りつぐ

神戸の街を一望できるヴィーナスブリッジで行われた追悼の集い NPО法人「災害危機管理システムEarth」(アース、理事長=石原顕正・山梨県日蓮宗立本寺住職)が主催する「阪神淡路大震災 市民追悼のつどい」が17日、神戸市内で開かれた。7年ぶりとなる早朝追悼のつどいでは、発災時刻の午前5時46分に「神戸・希望の鐘」を鳴らし、追悼の祈りを捧げた。

 アースは、阪神淡路大震災を機に石原理事長が1997年に設立。支援活動の中で、2001年から神戸の被災者と共に発災時刻に行う追悼集会や誰もが参加できる市民追悼式を共催してきた。しかし、現地の実行委員の高齢化により発災時刻の集会は18年、追悼式は20年に幕を閉じ、以後は石原理事長の自坊で追悼行事を行っていた。

 今年は発災から30年の節目にあたり、現地の市民の協力により「忘れられようとしている震災の教訓を伝え続け、今を生きる人々の集える機会」として、早朝追悼の集いや5年ぶりとなる市民追悼式の開催に至った。

 夜景スポットで知られる諏訪山ヴィーナスブリッジ(中央区諏訪山町)に集まった市民たちは、発災時刻に合わせ石原理事長が撞く「神戸・希望の鐘」の音と共に黙祷。読経が響く中、眼前に見える神戸の街からも呼応するかのように鐘の音などが聞かれ、参加者も希望の鐘を撞いて犠牲者の冥福を祈った。

 午前10時からは、同区下山手の兵庫県中央労働センターで市民追悼式が開かれた。毎年共に追悼式で共演してきた琵琶奏者の川村旭芳氏とアースの僧侶メンバーが「声明と琵琶による音楽法要」を営み、最後に参加者が希望の鐘を撞いた。

 石原理事長は、震災の翌年から始めた仮設住宅での慰霊祭やこれまでの追悼の集いを回想。「15年目の時に、震災の教訓が風化しないように鐘を皆で撞くことで震災を語り継ぎ、亡くなった方の慰霊にもつながればと願って希望の鐘を鋳造した」と振り返り、今後も震災の教訓を語り継いでいくと話した。

2025/1/27
終戦80年対談 戦禍と祈りの記憶
宮城泰年氏・本山修験宗総本山聖護院門跡門主 × 村山博雅氏・世界仏教徒青年連盟会長
脅しでなく理想を掲げよ 日々の祈りが平和の原動力に


聖護院門跡(京都市左京区)で語り合った宮城氏(右)と村山氏 今年で終戦から80年となる。仏教者は戦争協力を反省し、平和を祈ってきた。しかし、軍備増強や武器輸出が進められ、「新しい戦前」との警鐘に不安が漂う。戦争体験者は少なくなり、戦禍の記憶は遠い過去となりつつある。一方で世界各地で紛争は繰り返され、国内外で平和から遠ざかる現実が横たわる。当時を体験した宮城泰年氏と祈りの記憶を継ぐ村山博雅氏が語り合った。仏教者は平和な世界へ向けて何ができるのか。この節目に、国際活動にも携わる僧侶の対談を通して考える。

――今年で終戦から80年です。どのような気持ちを抱いていますか。
 村山 私は戦争を知らない世代ですが、地元だけでなく地上戦があった沖縄や南洋で慰霊を続けています。決戦の舞台となったサイパン島では、昨年に陥落から80年を迎えました。玉砕を期した最後の総攻撃「バンザイ突撃」が行われた7月7日に、仏教者の代表として慰霊祭を営みました。知事ら現地の人たちも毎年参列するほか、昨年はカトリックの大司教も初めて参加し、神仏基の諸宗教による祈りを捧げました。

 宗教者の祈りに意味はあるのか。そう疑問が投げかけられることがあります。しかし私は、祈りこそが平和な社会を形づくる原動力になると確信しています。そう信じるきっかけの一つが祖父の祈りの実践にあるかもしれません。

 祖父は旧陸軍航空部隊の軍人でした(村山竹甫氏。陸軍航空士官学校出身、中佐。戦後に大阪市天王寺区の曹洞宗吉祥寺に住持)。敗戦時、クアラルンプールで教育飛行隊部隊長を務めていて、インドネシアの無人島レンパン島に抑留された。1946年7月の帰還まで、部下とともに漁や農耕をして生きのびたといいます。

 復員後、戦前から心に決めていた僧侶となりました。サイパン島など南方各地を何度も巡拝し、遺骨の収集にも努めました。境内には遺骨を安置する観音像を建立し、供養していました。

 私は戦争を体験していません。しかしながら祖父の祈りを受け止め直し、自分事として継いでいくことはできると思っています。社会に祈りをどう展開するのかという課題も考えながら、終戦80年の節目に心からの祈りを捧げるつもりです。

思考力を奪う戦争

 宮城 平和な社会にとって、祈りは大切だと私も考えています。

 聖護院の3代前にあたる師岩本光徹門主は日露戦争に出征しました。戦争に関して一切話されませんでしたが、よく聞かされたのは廃仏毀釈のことでした。修験の徒として耐えかねたのでしょう。平和が脅かされるときは権力側の圧力が伴うものです。

 私が生まれたのは、満州事変の発端となる柳条湖事件が起きた年です。得度は終戦の前年でした。いつ死ぬかも分からない状況だったから、父(宮城信雅氏。宗務総長にあたる修験宗総務を務めた)は僧侶の一人として死なせようとしたのかもしれません。戦争へ行くべくして生まれてきた。しかし、戦地へも行かず勉学にも身が入らない。そんな少年時代でした。

 戦時中、横文字はご法度でした。野球をしていてうっかり「ストライク」なんて言うと、げんこつが飛んできました。藁人形を竹で突く訓練では「10人で一人を殺せ」と教え込まれました。あるとき疑問を口にしたことがあったのですが、教官室へ連れていかれて指揮刀でめった打ちにされました。

 私にとって平和とは、戦争が終わってものが自由に言えるようになったことです。終戦後も食糧不足は続き、それどころではなかったこともあって、そう実感できるようになったのは大学に入ってからだったように思います。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/27
昭和100年企画 みんなで選ぶ仏教者100人 思い出深い仏教者群ー③ 上位は有馬実成、中村元、松原泰道の3人


 昭和100年企画「みんなで選ぶ仏教者100人」には48人から回答が寄せられ、合計111人の名前があがった。戦後世代の回答者が多いこともあるが、昭和仏教者のほとんどは昭和20年代以降から平成期に活躍した人たちだった。

 集計したところ、上位にあがったのは仏教NGO開拓者の有馬実成、世界的な仏教学者の中村元、優しい言葉で仏教を説いてきた南無の会会長だった松原泰道の3人。それぞれ5人が取り上げた。

 次いで3人の支持を受けたのは7人。そのうちの一人は尼僧。2人が選定したのは23人だった。残る88人は単独の選定である。

 1回目(1月1日号)掲載後、複数から回答が寄せられた。機会を見て紹介したい。
 複数から選定された仏教者は以下の通り。

 5人が選ぶ
 有馬実成  昭和11年(1936)~平成12年(2000)
       曹洞宗僧侶。国際NGOシャンティ国際ボランティア会(旧曹洞宗国 際ボランティア会)創設者の一人。開発理論に仏教の視点を活かした。
 中村元   大正元年(1912)~平成11年(1999)
       東大退官後、財団法人東方研究会(現公益財団法人中村元東方研究所) を設立。仏教を研究したい人と学びたい人を結びつける場ともなった。
 松原泰道  明治40年(1907)~平成21年(2009)
      宗派にとらわれない南無の会会長として全国で講演活動を展開した。『般 若心経入門』はベストセラーで現在も読み継がれている。

3人が選ぶ
 市川白弦  明治35年(1902)~昭和61年(1986)
       仏教者の戦争協力を問う。代表的著書に『仏教者の戦争責任』。
 小島賢道  明治31年(1898)~平成7年(1995)
       曹洞宗僧侶。尼僧として初めて宗議会議員を務めた。
 鈴木大拙  明治3年(1870)~昭和41年(1966)
       国際的な禅学者。英語で仏教を発信した。
 瀬戸内寂聴 大正11年(1922)~令和3年(2021)
       天台宗僧侶・作家。岩手・天台寺での青空説法には県外参加者も。
 沼田惠範  明治30年(1897)~平成6年(1994)
       ミツトヨ創業者。仏教伝道協会を通じて『仏  教聖典』の普及に努めた。
 丸山照雄  昭和7年(1932)~平成23年(2011)
       日蓮宗僧侶。社会問題に仏教の立場から取り組む。
 山田恵諦  明治28年(1895)~平成6年(1994)
       天台座主としてしばしば海外渡航したことから「空飛ぶお座主」とも。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/25
訂正とお詫び

 1月23日号の昭和100年企画「みんなで選ぶ仏教者100人」記事中、川橋範子氏の所属を「国際日本文化研究センター・客員教授」としていますが、「南山宗教文化研究所・客員研究員」の誤りでした。本人への確認なしに過去の所属を記載してしまいました。訂正してお詫びします。

2025/1/23
展望2025 寺院経営の未来と課題 現代の苦に向き合っているか 中島隆信・慶應義塾大学商学部教授

 『神は妄想である』の著作で知られるR・ドーキンスによれば、仏教は宗教よりも人生哲学と呼ぶにふさわしいとされている。実際、私たちの苦しみの多くは、「○○でなければ厭だ」という執着から生じているのだから、「何事も程々にせよ」という釈迦仏教の教えは生き方の指針となり得るだろう。

 だが、この教えを広めるには、それを会得する方法が必要となる。なぜなら、世俗の人々には日常の生活があり、修行や瞑想に明け暮れることができないからだ。

 そこで考え出されたのが、仏や経典の偉大な力を引き出す祈祷、自力での会得を目指す坐禅、さらには仏の慈悲にすがって往生を目指す念仏などで、それぞれが仏教各宗派の教えにつながっている。

 だが、江戸時代の檀家制度により仏教寺院が住民の戸籍を管理する幕府の出先機関になったことで、宗派の教えは檀家にとってどうでもよくなり、寺院も檀家の無宗教性をよいことに葬儀/法事の請け負い業者として生計を立てるようになった。そして、このシステムは寺院経営の安定化と信者獲得競争の回避につながったといえる。

 ただ、各宗派が提唱する解脱方法には、開祖当時の時代背景に基づく裏付けがあった。実際、平安末期と現代とでは苦しみの原因も違って当然だ。にもかかわらず、仏教界はそうした世の中の変化に対応することなく、江戸時代以来の葬式仏教に依存してきた。この危機感の欠如により、檀家のお寺離れに抜本的な解決策を打てずにいる。このまま放置されれば、やがて観光寺院と一部の檀家寺を残し、ほとんどの寺院は日本国内から消えることになりかねない。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/23

天台宗 100歳 大樹座主の讓職発表 93歳 藤光賢探題 2月上任

藤光賢次期座主 天台宗(細野舜海宗務総長)と総本山比叡山延暦寺(獅子王圓明執行)は10日、令和3年(2021)11月に史上最高齢で就任した大樹孝啓天台座主(100)が2月1日に譲職(退任)すると発表した。同日、藤光賢次座探題(93)が第259世座主に上任(就任)。滋賀県大津市坂本の滋賀院で午前11時から上任式を営む。座主伝燈相承式(延暦寺晋山式)は6月10日午前10時半から厳修。祝賀会は同日午後1時半から京都市内のホテルで開催する予定。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/23
阪神淡路大震災30年 ドラム缶の鐘を新調 芦屋市西法寺 被災者支援の象徴


支援に尽力した先代の思いを継ぐ上原住職 阪神淡路大震災から30年目の17日、兵庫県芦屋市の浄土真宗西法寺(上原大信住職)では、2代目となる「ドラム缶の鐘」の撞き初めが行われた。震度7の芦屋市で、倒壊を免れ地域住民の避難所となった西法寺。その際、境内にあったドラム缶で簡易風呂を作ったり、焚き火を行っていた。いわば被災者支援の象徴がドラム缶だ。

 初代のドラム缶の鐘は2003年に本堂の建て替えを行った際、震災を忘れないために作った。実際に被災者支援で使っていたドラム缶は脆くなって撞くことが難しいため、同じタイプの缶を探して加工。20年以上撞いたことでやや傷みもありこのほど新調した。

 撞くと、「グヮン」という音が響く。17日早朝(発生時刻)の追悼法要には約100人が参列し撞いた。上原住職は30年前は17歳で、西法寺の出身ではないため当時の体験はないが、だからこそ「震災のことはずっと伝えていかなければいけないと思います」と話す。

2025/1/23

阪神淡路大震災30年 神戸市佛教連合会 語りと一絃琴で追悼 


「しあわせ運べるように」を追悼演奏した須磨琴 阪神・淡路大震災で数多くの寺院が被災した神戸市佛教連合会は17日、兵庫県神戸市須磨区の真言宗須磨寺派大本山須磨寺本坊客殿で追悼法要を営んだ。善本秀樹会長を導師に、市内各区仏教会の会長が随喜して超宗派による読経。客殿本尊阿弥陀如来に回向し、物故者6434人の安らかなることを念じた。

 須磨寺も本堂や護摩殿の損壊や塔頭寺院の倒壊など甚大な被害を受けたが、そんな中でも100人以上の犠牲者の遺体安置所としての役目を引き受けた。小池弘三管長は「これから先、この日を迎えることができなかった方の思いも自分の思いとして、繋ぎ合って、語り合って、良い世の中としていくのが私たちの務めではないでしょうか」と挨拶。矢坂誠徳兵庫県仏教会会長、和田学英全日本仏教会事務総長も来賓として挨拶を述べた。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/9・16合併号

展望2025 僧侶の資質向上と再教育 21世紀劈頭宣言を直視せよ! 「愚者」自覚し「共生(ともいき)」世界を 豊岡鐐尓・前浄土宗宗務総長


 浄土宗では、もはや4半世紀前となるが、21世紀を迎えるにあたり、浄土宗21世紀劈頭宣言を発したことはご存じのことと思う。「愚者の自覚を」「家庭にみ仏の光を」「社会に慈しみを」そして「世界に共生(ともいき)を」である。

 これは浄土宗宗門人、特に僧侶に向かって発したもので、僧侶自身、その義務、使命を理解し、ことに当たれということで、僧侶たるものその本分を忘れるなというもの。今自分が僧侶として生きていると胸を張って言えるようにということでもある。

 通常、僧侶とは、言うまでもないが「出家して仏門に入った人」であり、我が浄土宗的に申し上げれば、宗祖法然上人の心を心としてそれを理解し、喜び、そしてほかの人に伝える人である。伝え方には様々あるが、多くは寺院に所属し、檀信徒を相手にあらゆる方法でこれを行っている。

津波被災地での念仏合唱に心打つ

 宣言を発してから10年目、宗祖法然上人800年大遠忌を、一宗挙げて行おうとしていた時、あの東日本大震災大津波が発生、当時私は一宗議会議員であったが、浄土宗が何が出来るのか、何とか行動しなければ、と思っていた。結局、何も出来ずにいた時、浄土宗の僧侶十数人が、東北の海岸に集まり津波に遭遇し帰らぬみ魂に向かってお念仏の合唱をしたという記事を読み、心を打たれたものである。何ということもなく特に取り上げて言うものではないかもと思うが、浄土宗の僧侶として、今出来ることをしたのではないかと納得した。

 その年の秋、浄土宗では、宗務総長選挙が予定されており、浄土宗劈頭宣言の心をより発信しようと、浄土宗が社会のために役立たなければと考え、同じ意見を持つ同志の協力を得て、「僧侶の資質向上」「意識改革」を目指して取り組んだものである。

 しかしながら、言うのは易く、実行は大変であった。僧侶の意識とは、それぞれにあるが、浄土宗1万人の住職、それぞれに持っているもので十人十色。僧侶の資質といっても質にはそれぞれあるということであった。

一宗でできることは?

 自分自身、考えが浅かったと言うしかないことが、残念ながら真実であった。我が宗では、僧侶になるには、大学またはそれに準ずる施設で単位を取得し、最終的には、総大本山で実施される「加行」で3週間の修行を修了すれば僧侶となれる。その後はそれぞれの道があるが、大部分は全国に7000カ寺ほどある寺院に入り、そこに所属する檀信徒を相手に、葬儀、法事をすることがほとんどである。

 僧侶として、自分自身を高め、まわりの信頼を得る方法はそれぞれで、宗門が「これだ」と方針を決められるものではない、ということである。一宗が出来ることは、僧侶自身が「学びたい」と考えた時、それに対応出来るようにしようというのが、せいぜいであった。宗門としてこれが必要と思ったら、研修会を実施し、それに参加してもらうことぐらいであった。総本山の協力を得て研修施設を作り、そこに参加してもらうのが良いと考え、開設するのがやっとであった。

 今、振り返ってもはずかしいが、よく理解が出来ていなかったということである。21世紀劈頭宣言を発し、僧侶の意識つまり自覚する心はそれぞれで、持っている資質は申し分ないが、向上させるのは自覚によるものである。「僧侶の意識改革」「資質向上」と大上段にふりかざした公約も、自分の力に限界を感じたものである。

力及ばず

 ではどうすれば良いのか? 浄土宗には、全国に総本山と7つの大本山がある。浄土宗の教師が、それぞれの自坊で檀信徒教化に努力している時、それぞれの総大本山が受け入れ態勢を持っていただけることが大切と考える。

 一方、浄土宗宗務庁は、寺院経営上さまざまな悩みにぶつかった時、トラブル等が生じた時、それに対応出来る組織であれば良い。

 本務職員はそれぞれに教育を受けており、参拝者に対応する力を持っている。
 宗務庁の職員は、寺院のあらゆるトラブルの解消に向けて勉強をしている。
 彼らの協力を得て、浄土宗の生き残りを計らなければならない。

 今一度、「愚者の自覚を」そして「世界に共生(ともいき)を」
力及ばなかった老人の愚痴である!

とよおか・りょうじ/1941年8月生まれ。早稲田大を卒業後、78年まで東京12チャンネル(現テレビ東京)で勤務。1994年から宗議会議員。2011年から2019年まで宗務総長(2期)。宗務総長時代、「僧侶の資質向上」を掲げ知恩院内に研修施設を開設した。自坊は三重県伊賀市の念佛寺。

2025/1/9・16合併号

願いの一字は「慈」 慈しみを向ける1年に


鈴木氏による揮毫で発表された願いの一字「慈」 (6日・増上寺)  (公財)仏教伝道協会(BDK)が公募した「願いの一字コンテスト2025」の漢字が「慈」に決まり、6日に東京都港区の浄土宗大本山増上寺で書家の鈴木猛利氏の揮毫で発表された。

 願いの一字は昨年10月から12月の約2カ月間で集まった100字(昨年は82字)の中から選ばれた。

 「慈」の字は、思いやりの言葉と行いという意味があり、特定の人に対してでなくすべての人びとに友情をもつことを意味している。世界各地で戦乱が続く現状にあって、家族友人だけでなく、すぐ隣にいる人にも「慈しみ」の気持ちを向けていく一年になることを願い選ばれた。また仏教でいう「慈悲」の本源的な意味を多くの人に知ってもらいたいという願いも込めて選定された。「慈」の他にも「和」「平」など平和を願う文字の応募が多数あった。

 揮毫した鈴木氏は「ゆっくり優しく、温かに書いた。字を書く時には気持ちを込めることがとても大事。慈とはどういうことなのか考えながら1年を過ごしていきたい」と話した。

 増上寺執事の渡辺裕章法務部長は「仏教は大慈悲なりと言います。慈しみの中には戦いも人を騙すこともない。慈しみの輪を自分一人から始めて、隣の人へ広げ、世界がこれに覆われたら本当に良い年になる」と願った。

2025/1/9・16合併号
「繫紡心」平和を紡ごう 年賀式で比叡山から発信


垂示を述べる100歳の大樹座主 天台宗総本山比叡山延暦寺の年賀式が8日、滋賀県大津市の延暦寺会館で行われた。年頭恒例の比叡山から発信する言葉は「繋紡心」で、思いやりや感謝の心が人を繋いでいき、平和な未来を紡いでいくことを願う意味が込められた造語。その言葉通りに宗門高僧のほか政財界などから約400人が参拝し、心を繋紡した。

 満100歳の大樹孝啓天台座主が法楽の導師を務め、般若心経や山家学生式を奉読。一隅を照らす精神を改めて仏前に誓った。大樹座主は「世界ではロシアのウクライナ侵攻が止むことなく、能登半島地震は日常生活を一瞬にして奪いました」と心を痛め、現代社会の道徳の荒廃などを憂慮。「まさしく末法の世の中ですが、伝教大師の『忘己利他』のお言葉を世界中にお届けしたい」とし、人々が心を寄せ合って戦争をなくす繋紡心を説いた。

 祝賀会では獅子王圓明執行、細野舜海宗務総長の挨拶に続いて、延暦寺法燈護持会会長の鳥井信吾氏が挨拶。大阪商工会議所会頭でもある鳥井氏は、今年は関西万博の年であり、伝教大師最澄1200年魅力交流委員会でも多くの学生の万博への参加を調整中と報告。一方で「政治も経済も非常に不透明で、ポピュリズムが蔓延しフェイクニュースが飛び交っている。今こそ伝教大師の言葉を思い起こすべき」とし、道心ある人を国宝と為す宗祖の生き様が現代において肝要だとした。

 三日月大造知事が乾杯を発声。秋の国民スポーツ大会・全国障害者スポーツ大会に多くの参加を呼びかけ、繋紡心あふれる世の中を期待した。

2025/1/9・16合併号
令和大蔵経へAI活用 大正大蔵経100年/SAT設立30年記念国際シンポ

仏教研究や人文学研究におけるAI活用を討議したシンポ SAT大蔵経テキストデータベース研究会は12月21日、東京都文京区の東京大学山上会館で『大正新脩大蔵経』刊行100年と同研究会設立30年を記念した国際シンポジウム「生成AIと仏教研究」を開催した。

 人文学研究におけるAI技術の活用や仏教典籍のデジタルアーカイブなど、人文学研究の未来像について話し合われた。

 同研究会の共同代表を務める下田正弘・武蔵野大学教授は、「大正新脩大蔵経の歴史とSATの将来」について発表。仏教典籍発展の歴史やSATの成果を振り返り、今後の展望も語った。

 刊行から100年が経過した『大正新脩大蔵経』は、資金面や人材面の課題によりこれまで改訂が進んでいなかったが、「DXやAIが改訂事業を可能にしてくれた」とし、『大正新脩大蔵経』から「令和大蔵経」を編纂する構想を披露。現在、SATでは7種の大蔵経画像データを参照でき、同時に参照することにより大幅に作業の効率化が可能という。「過去からどれほど多くの方が関わってブッダの言葉を継承してきたのか。その努力による継承のプロセスに私たちもいる」と話した。

 SATデータベースの開発に関わってきた永崎研宣・慶應義塾大学教授が「令和大蔵経」に向けた新技術を説明。画像からテキストデータを読み取るOCR技術の精度が高まっており、既存のテキストと比較することでさらに正確性を上げることができるとした。

 大向一輝・東京大学大学院准教授は、人文学研究におけるAI活用の現状を解説。岩田直也・名古屋大学准教授が西洋古典に特化したAI「ヒューマンテクスト」を紹介し、AI技術の横断的な活用が議論された。

 総合討議では、こうした技術の進歩により、「AIを使って一次、二次の文献にあたり論文ができてしまう。すでにある人文学の論文のフォーマット自体を見直さなくてはいけないのではないか」との提起もあった。

 当日は、海外の研究者も多数参加。日英同時通訳による開催となった。翌日は海外研究者の発表も交え、仏教研究のデジタル化や国際的な協力体制・研究環境の整備についてシンポジウムが開催された。

 なお今シンポを後援団体の1つである(公財)全日本仏教会(全日仏)は大蔵経運営事業として公益目的事業に位置付け、運営をサポートしてきた。

2025/1/9・16合併号
能登半島地震から1年 高齢化と人口減の中で 被災地寺院レポート② 寺院復興に行政の補助を 公益性の評価方針に課題

豪雨で倒壊した岩倉寺の住居。防災ヘリで救助された 大地震と豪雨の二重被災の中にある石川県最北部の寺院の復興は、地域のお寺ならではの公益性の発信と、少子高齢化地区からのさらなる人口流出への対応を迫られるものとなる。これらは全国共通の最重要課題であり、奥能登の寺院再興への取り組みは縮小社会に入る日本の仏教の未来を決める歩みと重なる。

 日本海を望む山中にある岩倉寺(輪島市町野町)では元日の地震で伽藍に壊滅的な被害が出たが、隣接する住居での生活は何とか可能だった。一二三秀仁住職(55)と両親はここに留まり、両親は完成した仮設住宅に移る準備に着手。そんな矢先の9月21日、未曾有の豪雨災害が発生した。

 「午前7時過ぎから雨の勢いが増し、1時間後には経験したことのない豪雨になったので、1階の母に『崖から一番離れたソファーにいて』と声をかけた。私は2階にいたが、9時40分頃に3秒ほどの轟音がして吹っ飛ばされた」(一二三住職)

 倒壊した1階部分が50㌢しかなく、「母はもうだめか…」。外に飛び降り探したが、返事はなかった。ぬかるんだ土砂に埋まった足を抜こうとしていると、再び土石流が起こった。家の中に戻り、崩壊した階段部分へ。「『お母さん!』と呼んだら反応があった」。午前10時10分、携帯電話から救助を要請した。

 午後5時頃、消防隊が下の駐車場に到着。だが二次災害の危険性が高く撤退命令が出された。「ヘリも飛べないという連絡が、私の携帯に来た」。一二三住職は母親の側を離れず、「僕の名前をずっと呼んでいるので、『疲れるから、そんなに声上げんな。ここにいるから』」と励まし続けた。

 消防隊5人が来たのは翌朝7時半。一二三住職が「母はここ」と示した2階の床を隊員がチェーンソーで切ると、「ピンポイントでそこにいた」。約23時間後の8時15分に救出。午前11時の防災ヘリで、母・良子さんは病院へ。幸いにも3週間程の療養で退院できた。

増水の川で九死に一生

 裏山は、頂上から大きく崩落していた。母親が救出された頃、自衛隊48人が救助応援で寺を目指していたが、一二三住職は消防隊長に「助かったし、もう来なくてもいいのでは」と提言。その30分後、自衛隊が上がってくる予定だった山道が轟音と共に崩れ去った。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/9・16合併号
昭和100年企画 みんなで選ぶ仏教者100人 思い出深い仏教者群② 48人回答、111人を選定


 昭和100年企画「みんなで選ぶ仏教者100人」は最終的に48人から回答があり、111人の仏教者を選定していただきました。意外にも特定の人物にそれほど集中せず、幅広い昭和仏教者となりました。

 全体的には実際に面識があったり交流したり、直接学恩に預かったりと近い人物を選ぶ傾向がみられました。もちろん、埋もれていた存在に光を当ててくださる方もいらっしゃいました。 

 ご協力頂いた皆さまに感謝申し上げます。(詳細は紙面をご覧ください)

2025/1/1
新春エッセイ 忘己利他 杉谷義純・世界宗教者平和会議(WCRP)日本委員会会長/京都・天台宗妙法院門跡門主


 元旦の朝は心が少し改まった気がします。その新鮮な気持ちをできるだけ長く保ちたいものです。

 世界は、内外とも昨年来激動の中を推移しております。まずウクライナ戦争は北朝鮮軍がロシア軍に加わり、新たな展開を見せようとしています。一方、イスラエルとハマスの戦争は、シリアの突然の崩壊によって中東全体の問題になろうとしています。

 他方、国内政治は、自民党(与党)の過半数割れによって不安定な状況になっています。そんな中で米国の新トランプ政権の動向や、不況下の中国の巻き返し、ブリックスなどの新興国家の動きが、世界平和にも大きな影響を及ぼしていきそうです。

 しかし、そのような中で、昨年暮れの日本原水爆被害者団体協議会(被団協)のノーベル平和賞受賞は、特筆すべきことでありました。今日まで被団協の皆さまが自らの命を削りながら、核の廃絶を訴えて来られたその姿は鬼気迫るものがあり、また偉大でした。WCRPは被団協の活動をずっと支援してきましたが、国連で私が世界の宗教者を代表して核廃絶を訴えた時も、被団協の代表も核がこの世に存在してはならないことを強く訴え、各国代表にインパクトを与えていました。そして今回の受賞は、核のタブーを国際常識にすべく、大きな役割を果たしました。

 さて今年は、阪神淡路大震災から30年を迎えます。私はその時、天台宗の宗務総長をしており、すぐさま救援のため兵庫県へ飛びました。街道筋はすでに警察、消防などの関係車輌で渋滞なので、丹波で車を仕立て迂回して行きました。中型のトラックには物資と共に水を容れたタンクも積みましたが、重量オーバーで山道を走るうちにパンクするなどの失敗もあり、思い出になっています。

 この阪神淡路大震災の年は、今では日本のボランティア元年と言われていますが、その後東日本大震災の経験を経て、日本のボランティア活動は目を見張るほど成長しました。東日本大震災といえば大津波で空前の犠牲者を出しましたが、宮城県石巻市の大川小学校の生徒のことが忘れられません。そぼ降る雨の中、校舎の前で慰霊の読経をしました。校庭に地震直後集まったところを、津波が近くの川を遡上してきて、84人が犠牲となりました。全くの想定外で悲しい出来事でした。

 ボランティアの人々は、災害に遭い苦しむ被災者の姿にじかに接し、救援活動をします。まさに「忘己利他」(伝教大師の言葉)の行であり、相手の目線に立ちその苦しみを受け止める同事の心がなければ長続きしません。その意味で戦後80年、原爆の被災者が背負ってきた苦しみに対し、日本のボランティア活動にかかわってきた人々の心が、共鳴する時機も到来しているのではないかと思われます。

 平和は永遠に課題であり、それは引き寄せるものではなく、平和へ向かって努力するその姿の中にあるものだと思います。その努力とは、荷車を押して山道を行くのと同じで、手の力を緩めれば、荷車は下ってしまいます。しかしボランティアで培われた心は必ずや輪を広げ、大きくなっていくでしょう。



 すぎたに・ぎじゅん/昭和17(1942)年10月29日生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒。大正大学大学院文学研究科博士課程単位取得満期退学。早くから大学仏青、仏教青年会で活動。天台宗では宗議会議員、同議長を経て平成5年(1993)から宗務総長(一期)。比叡山宗教サミット実行委員会事務局長(1986)を務めた。

 またWCRP軍縮安全保障国際委員会委員長時代の平成16年(2004)、国連NPT(核不拡散条約)再検討委員会総会(ニューヨーク)で宗教代表として核廃絶を提言した。WCRP日本委員会事務総長、理事長などを歴任し、昨年6月、日本委員会会長に就任。平成29年(2017)、京都・妙法院門跡門主に。著書に『はじめての法華経』『平和への祈り』(ともに春秋社)など。

2025/1/1
オピニオン 多死社会 櫻井義秀・北海道大大学院教授 
高齢化2025年問題 林住期の人々と「縮充」の仏教へ


社会の2025年問題

 団塊の世代が後期高齢者となることで日本人口の20%が後期高齢者となる。認知症高齢者や独居高齢者が増加し、医療費・年金・福祉の社会保障費の増大に財政が対応できなくなることが予想されるが、政府や自治体は選挙結果を恐れて増税を言い出せず、国民は見せかけの所得を増やす減税策や給付金を掲げる政党に投票している。

 そればかりではない。介護や医療従事者、保育士や教師など長時間労働とストレスを強いられる職種で人手不足が顕在化し、農林水産業や自営業をはじめ、後継者不在は全業種の半数に及ぶ。

 私は札幌駅から10キロ離れた住宅地に居住するが、最寄りの地下鉄駅まで片道2キロを歩く。運転手不足と地域高齢化による乗客の減少によってバス路線が廃止されたからである。吹雪や大雪の日には覚悟が要る。コンビニも閉店し、足のない高齢者は生協の宅配サービスに頼るしかない。このような現実が全国各地でもう生じているのである。

 人口減少社会の根本原因は、少子化と移民の少なさだが、手当できる時期を逃してしまった。子育て支援は全世帯の20%にしか届かず、未婚者を結婚に導くことはない。男性30%、女性20%の生涯未婚率はさらに上昇しているので、2040年に日本は高齢化率が40%に迫ることになる。最低賃金や物価が韓国・台湾より低い日本に働きに来る外国人は今後さらに減少するだろう。空前のインバウンドは、日本が何でも安いから生じている。

 もはや縮小する超高齢社会日本であることを覚悟して社会を再デザインするしかない。

高齢社会を再定義する

 私は近年アクティブ・エイジングの研究を始め、社会福祉先進国の北欧をモデルとせず、社会保障の遅れを家族・地域・伝統文化で補完するアジア諸国から学ぼうとしている。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/1
オピニオン 多死社会 濵名雅一・東京都葬祭業協同組合理事長 東京都23区火葬場 民間企業が寡占 行政が整備を


民営が多い特殊な状態

 東京23区内の火葬料金の際立った高さが、新聞等でも報道されています。この2年あまりで段階的に値上げされ、現在の9万円(一般的な最上等)は、近県都市の7~15倍。当該住民ならば無料という自治体もあり、「東京では死ねない」といった記事も散見されます。その背景には、全国で99%が公営の火葬場に対し、東京23区内9カ所の火葬場のうち7カ所が民営で、容易に値上げができる寡占市場という特殊性から、「火葬は事業か公共サービスか」といった問題提起も生じています。

 東京23区内7カ所の民営火葬場のうち、6カ所は東京博善という民間企業が長年にわたり運営しています。昭和23年に「墓地、埋葬等に関する法律」(墓埋法)が制定され、火葬場等の運営主体は「原則として市町村等の地方公共団体が行い、それが難しい場合は宗教法人、公益法人が経営主体となり許可を受ける」と定められたものの、既に経営実績のあった東京博善は制限を受けませんでした。同社の既得権益に対して23区行政側が長年放置し、今日に至っているのです。その間に公益法人へ移行の指導もなく、民間企業のまま見過ごした事実は、行政の監督不行届きといっても過言ではありません。さらに問題なのは、東京博善が印刷出版業の廣済堂HDの傘下になり、火葬場を廣済堂という一民間企業が運営しているという現状です。墓埋法の下、民間火葬場があっていいのか。他地域の火葬場はほぼ公営ですので、問題点は明白です。

 近年は廣済堂HDに中国系企業が資本参入し、火葬事業の域を超えた葬祭関連ビジネスに積極参入していることを、TVやネットCMなどでご覧になった方も多いかと思います。さらに東京博善の併設斎場では、宗教者を呼ばない葬儀が、全国平均よりも高い割合を占めている、という情報もあるようです。

葬送文化伝承が課題に

 15年前、日本の死亡人口は100万人を超え、現在は150万人に達しています。このうち、葬儀式を執り行わない人が半数近くとなり、周辺事業(墓、仏壇、位牌等)の縮小化も顕著です。現在、墓石業者の売上の約半分が「墓じまい」だそうですが、これは商売の一時しのぎに過ぎません。

 私たち葬儀社も含めて、儀礼文化を今後どのように伝承すべきか。(続きは紙面をご覧ください)

2025/1/1
オピニオン 剃髪の意義 森香有・曹洞宗僧侶 僧侶のジェンダー問題 女性にとって高いハードル


 曹洞宗ではSDGs(持続可能な開発目標)の推進を掲げ、2021年に「SDGs推進委員会」が設置されました。私も委員の一人として、SDGsの目標にも掲げられている「ジェンダー平等」を検討するためのアンケート調査「男女平等に活躍できる曹洞宗を目指す」に携わりました。設問の1つに「現在、曹洞宗における教師の男女比は97:3です。極端に女性教師数が少ない原因は何であると思いますか」がありました。一番多い回答は「剃髪への抵抗感」(16%)。次いで「後継者に男性が選ばれること」(14%)、「女性教師ロールモデルの少なさ」(13%)、「寺院女性が活躍しにくい曹洞宗の体質」(12%)でした。

「保つ」ことの難しさ

 国際布教師として米国の曹洞宗国際センターに赴任していた折に、ジェンダーに関するアンケート調査に携わった経験を踏まえて思うのは、女性にとっての剃髪のハードルの高さの「中身」については、ほとんどの人が知る機会がないということです。「剃髪」自体はさほど難しいことではありません。難しいのはその姿を保つことです。

 渡米するまではずっと東京で暮らしていました。剃髪姿でいると、周囲から向けられる好奇の視線にどう反応してよいのか分からず、少しずつ身を削られていく感じがありました。お寺から出ると、剃髪している女性は異質過ぎて、社会のどこにも馴染めない。男でもなく、女でもない。LGBTが世間から注目され始めた当初、当事者の方にインタビューを受けたことがありましたが、マイノリティという共通点で互いに共感を持ち、尼僧は社会から見ても、宗門から見てもマイノリティの存在であるということがようやく理解でき、もやもやとしていた自分の立ち位置が明確になりました。

 剃髪という僧形に対して敬いの心を向けて下さる方もいて、ありがたいと思う反面、姿だけで判断されることに抵抗を感じ、髪を伸ばしていた時期もありました。「剃髪に抵抗があるのは男性僧侶も一緒だよ」と言われたこともありましましたが、それにはとても同意できず、その一言は剃髪について自分はどんなことを感じてきたのかを考え直すきっかけになりました。

 出家するまでは、普通の女子大生として生きていたので、剃髪に関してはそれまでの自分と、出家した自分との折り合いをなかなかつけることができずに葛藤の多かった二十代を過ごしました。それでも僧形を保ってこられたのは、これまでに出会って共に坐り、学んだ、素晴らしい師や仲間がいたからこそでした。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/1
オピニオン 剃髪の意義 黒木啓宗・黄檗宗僧侶 仏道修行と毛髪 男女別なし 出家者の自覚の発露


 黄檗宗における剃髪の意義付けについて、宗制や細則などに明記されたものは見受けられませんが、禅堂入堂時には「剃髪必須」、得度式、安居会参加時には「原則剃髪」が慣例化されているようです。

 また、一部では師僧遷化時、満中陰までは剃刀を使わない(髪や髭などを剃らない)という慣わしが今も残っているようです。

 別の観点から見ますと、黄檗宗歴代祖師方の中にも、有髪であったり、髭を伸ばされておられるご様子の頂相なども残されております。

 さて、自身の髪型につきまして、五十歳手前で在家から出家得度を望みはじめた頃は、スーパーロングヘアでした。幼い頃は母の意向により、その後も自身の意向として、ほぼロングヘアで人生を過ごしてきましたので、長髪であることは、ある種のアイデンティティの一つであったのかもしれません。

 また、師僧からは、出家得度するに際し、現段階では髪を剃らなくてもよいと告げられておりました。

 その剃髪不要の判断背景としまして、当時、黄檗宗大本山萬福寺の寺務員として勤務しながらの出家得度でしたので、禿頭で寺務服着用という違和感や他の職員方などへの影響具合などを鑑みてのご判断であろうかと推察しておりました。

毛髪に未練なし

 然しながら、自身としましては、得度=剃髪と認識しておりましたので、剃髪する事に躊躇もなく、周囲のご了承を得られるのであれば、禿頭で寺務服着用でも一向に構わぬ心持ちでしたが、やはりそこは懸念ありとされ、結局、短髪で落ち着きました。

 そもそも出家得度をするということは、家族を捨て、これまでの世俗の生活を捨て、道を行じるための妨げになる事物から遠ざかり、仏道修行に邁進することだと認識しておりましたので、毛髪に執着や未練を感じることはありませんでした。

 かと言って剃髪に固執するのも如何なものかと、短髪の髪が伸びたら、自分で事務用鋏を用いて切るという、中途半端なザンバラ頭で過ごしていました。
そして時は、黄檗宗の御開山隠元禅師の三百五十年大遠諱を控え、師僧の自坊がある滋賀県にて地方授戒を建壇するにあたり、尼戒頭の配役を賜る運びとなりました。

 これを機に、師僧の了解を得、年度末の3月31日に剃髪遂行に到りました。
翌4月1日より、寺務服ではなく作務衣着用にて勤務をし、その一か月後に萬福寺の寺務員としてのなりわいを終え、その一カ月後に、滋賀県地方授戒の尼戒頭としての配役を全うと相成りました。

 初めての剃髪は、授業寺の寺務所兼炊事場にて、扱い慣れぬ剃刀を用い、悪戦苦闘しながらも嬉々として遂行、師僧に仕上げをして頂きました。(続きは紙面でご覧ください)

2025/1/1
能登半島地震から1年 高齢化と人口減の中で 被災地寺院レポート① 檀家の一言で目が覚めた 檀家の誇りになる寺へ もう一度ゼロから頑張る


本堂に押し寄せた土砂の除去作業が続く(能登町・平等寺) 日本列島に暮らす人々が最も寛ぎ団欒する元日夕に発生した能登半島地震から1年。震災の復旧作業が緒に就こうとしていた矢先の9月21日に起こった奥能登豪雨からは、3カ月余が過ぎた。二重災害がもたらした過酷な現実を突き付けられている石川県最北部。だが、そこには懸命に前を向いて復興への一歩を踏み出した住職や寺族たちがいる。12月7・8両日、高野山真言宗能登宗務支所の川元祐慶支所長(穴水町・明泉寺住職)に案内してもらい被災寺院を巡った。

 平安時代中期開創と伝わる能登町寺分の平等寺は、建物が地震で大きく歪んでいた。上野弘道名誉住職(84)は、「家族は最初の揺れで住宅から出て避難した。平成19年(2007)の能登半島地震によく似た状況だったので、私は本堂の確認に行った。その時(午後4時10分頃)に震度7の地震が来た。仏様もお位牌も倒れ、私は動けずに呆然としていた。外にいた家内が、裏山が崩落して土砂が本堂や庫裡に押し寄せるのを見た」とその瞬間を振り返った。

 大量の土砂が建物に密着し、「高い所は4㍍近く」。二次災害の危険性があったため、「お寺の下にある空き家を借りて、1月から10月13日まで避難していた」。家族と暮らしていた住宅と蔵は全壊。平成19年の地震後に基礎を耐震化していた本堂と庫裡は中規模半壊の判定を受け、公費解体の対象になった。境内裏山の崩落で神社が倒壊し、本堂の屋根に衝突。その破損が、土石流の凄まじい威力を物語っていた。

 自身は中学校の社会科教諭、妻は高校の養護教諭として勤務。共働きで寺を護持してきた。平成元年(1989)から「十三仏とあじさい寺」と名付けて、桜や紅葉も大規模に植栽。地域の参拝者で賑わう人気の「花の寺」だったが、「この地震でゼロになった」。

 落胆は深く、「1月に金沢で檀家さんのお葬式をした時、住職と『あの土砂を見ると同じ場所でお寺を続けるのは無理かもわからんな。下に駐車場があるから、そこに小さなお寺を建てて何とかするか』と相談した」。そんな折、「親しい檀家の一人から『せっかく立派なお寺にしたのに…。何とか守れないか』と言われ、これで目が覚めた」。

 すぐに行政に陳情。急傾斜地にある境内の土砂が下の集落に流れる危険性が認められたため、県が10月から12月頭にかけて大半を除去。「まだ終わっていないが、うちのお寺は早い方。手付かずの所がたくさんある」

 現在は、本堂と庫裡を修繕しながら寺で生活。寺宝の一部は県の文化財レスキューによって町内の施設で保護され、崩れた裏山に鎮座していた高岡銅器の五尺の十三仏は土中から掘り出されるなどした。「どこまでできるかわからないが、もう一度檀家さんの誇りになるお寺にしようと頑張っている。本山や高野山大学の同窓生からの義援金、縁故のある方々からの援助に感謝している」

 9月21日の豪雨災害では、裏山がさらに崩落。本堂の一部が床上浸水したが、「横浜の徳恩寺さんが6人で駆け付けて位牌堂を直してくれた」(続きは紙面でご覧ください)


2025/1/1
本願寺派特別宗会 大荒れ総長選 池田氏再び 退席、固辞した勧学61票、白票 反対派奇策で対抗 門主意思は新領解文推進


受諾後に挨拶を読み上げる池田新総長 宗会議員選挙を終えた浄土真宗本願寺派は12月18日から20日まで、新選良(定数78)により正副議長・総長を選出する第324回特別宗会を京都市下京区の宗務所に招集した。新しい「領解文」(浄土真宗のみ教え)を推進してきた荻野総局の総務2人、副総務1人が落選し、議席の大勢は新領解文反対派が占めた。大荒れのすえ、元総長の池田行信議員が9カ月ぶりに再び総長に選出された。出席議員74人のうち白票52が示すように、2~3月の宗会も嵐の予報だ。

 初日に正副議長選挙が行われ、園城義孝議長、茶屋征夫副議長がそれぞれ再任された。

 2日目の開会式の挨拶で大谷光淳門主は、浄土真宗のみ教えの肝要をわかりやすく伝えることは「これまで私が親教や消息で述べてきたこと」と挨拶し、伝わる伝道に議員が協力してほしいと呼びかけた。

 慣例にならい、荻野昭裕総長が辞任を申し出て受理され、総長選挙となった。本願寺派の総長は門主が指名した総長候補者2~3名のうちから議員が投票で決する独特の仕組み。その候補者名を書いた紙が議場で開封されるまで誰が候補か知らされていない。

 議員たちが固唾を飲んで見守るなか、園城議長が開封し、読み上げたのは、池田行信議員と満井秀城勧学。池田候補は2023年6月から24年3月までの総長で新領解文の推進派、満井候補は新領解文の教学的正当性を各地の学習会などで説いてきた。先の挨拶と併せ、門主は新領解文をこれからも積極的に用い続ける強い意思を示した形になった。

 新領解文に反対する議員は結束し、奇策で対抗。昼休みを挟んで同日午後1時過ぎに本会議が開かれたが、園城議長が「総長選挙を行います」と宣言した瞬間に50人以上の議員が退席。定足数を満たさなくなり、有無を言わさず休憩となった。ここから3時間近く宗会は空転した。

 再開後、出席議員76人により総長選挙は行われることになったが、反対派議員は奇策の二の矢を放った。満井候補に票を集中させ、満井候補61票、池田候補14票、白票1票で、満井候補が当選者に。しかし、満井候補は就任を辞退。非議員の学者である満井候補が固辞することを見越しての戦術だった。ただし、形式的にはここで一度議員の7割以上が新領解文推進者を選出したことにはなる。いずれにしろ門主による候補者再指名と選挙は翌日に持ち越された。

 20日午前10時15分に再度門主が候補者名を書いた紙が議場に運ばれ、開封。今度は池田行信議員と、今回の選挙で引退した元総長の石上智康前議員の2人の名前があった。新領解文制定時の総長が候補に挙がったことに、ある議員は「もう言葉もないよ」とポツリと呟いた。

 午後の投票では出席議員74人のうち池田候補が22票、石上候補がゼロ。残りの52票は白票だが法規上白票は当落に影響しないため、池田候補の当選となった。

 池田新総長が受諾後に挨拶に立った時、数人の議員が議場外に退出。一方で「失礼なことはするな!」と諌める声があがった。池田新総長は「宗会が勧学寮を差し置いてご消息内容の是非について議論するとしたならば、宗会の多数決でその是非が決められることになる」と述べ、反対派議員をけん制。宗門内の相互理解が深まるよう努力をすると述べた。

【池田行信総長略歴】1953年生まれ。龍谷大学大学院修了。2005年から宗会議員。6期目。2023年5月31日から24年3月8日まで総長。現在、全日本仏教会理事長。自坊は栃木県那珂川町の慈願寺。

2025/1/1

日本被団協 ノーベル平和賞受賞 同行記 小野恭敬・宗平協事務局次長/日蓮宗僧侶 原爆死者に政府の補償なし 繰り返された発言 被爆2世「2度目は米国に向けたものと信じている」

ノーベル平和賞の賞状とメダルを授与された被団協代表委員。右から箕牧智之・田中重光・田中熙巳各氏(提供/長崎被災協 横山照子) 日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)が2024年ノーベル平和賞を受賞し、12月10日にノルウェーの首都オスロにて授賞式が行われた。筆者は、長年被爆者支援を行っている日本宗教者平和協議会(宗平協)から現地に派遣され、原水爆禁止日本協議会(原水協)などが主催するツアーの被爆者12名、被爆2世3世20名と共に渡航した。往路復路ともに日本被団協の代表団と同じ便であり、羽田空港でのマスコミの多さに驚きつつ、オスロ国際空港でも市民の方々が出迎えてくれ、平和賞受賞による現地の関心の高さを実感した。現地NGOは被爆者の証言会はじめ様々な関連イベントを企画してくれた。本稿は一連の同行記録の抜粋である。

 ダイナマイトを発明し財を成したアルフレッド・ノーベル博士(1833~1896)の遺言で、ノーベル賞が創設された。ダイナマイトは殺人兵器にも利用され、「死の商人」とも形容されたノーベル博士は、当初より平和賞の構想があった。贖罪の意味もあったのであろう。そして兵器は化学品から物理学の応用、原子爆弾へつながる。その非人道的な無差別大量破壊兵器の犠牲者を追悼し、激甚厄災から生き永らえた被爆者の実践と実績を称え、そしてロシア、イスラエル、北朝鮮といった「核のタブー」を破らんとする国家に歯止めをかける今回の被団協への平和賞は、ノーベル委員会にとってもより一層意義深いものと感じた。授賞式は毎年ノーベル博士の祥月命日に行われる。

市民との松明行進。正面ホテルのテラスに代表3名が立っている 本稿で主題となるのが、日本被団協の代表委員の一人、田中熙巳(てるみ)さん(92)が行った受賞スピーチである。授賞式会場となるオスロ市庁舎へ車いすで入場した田中さんだが、21分間のスピーチでは終始起立し、自若泰然とした立派な姿であった。筆者らは近隣のホール内でパブリックビューイングにて被爆者の方々と見守っていた。スピーチ中盤、これまで手元の原稿に走らせていた視線を、スッと上に持ち上げ田中さんは正面を見据えてこう述べたのである。

 《もう一度繰り返します。原爆で亡くなった死者に対する償いは、日本政府は全くしていないという事実をお知りいただきたい》

 筆者も田中さんのスピーチ原稿を入手した。確かに上記文章は元原稿にはなく、その場のアドリブで発言したものであった。日本政府は原爆犠牲者に補償をしていないことを2度言及したのである。各国の大使が出席し、世界中が注目するなかでの、長崎出身の一翁の渾身パフォーマンスである。

英語でも完璧に

 筆者は翌日、受賞スピーチの英語での同時通訳バージョンの録画を見た。この原稿にない部分をきちんと英語で訳出できていたかを確認したかったのだが、果たして完璧に英語でも伝えられており、ホッとした。田中さんの強い意志のこもったメッセージが世界に伝わったと。

 これは、「日本批判だ!」とネット上で喧喧囂囂(けんけんごうごう)するようなレベルの低い話ではない。戦争犠牲者の国家補償を行わせる、するとどうなるか。軍人の恩給だけで60兆円とも言われる補償が、一般国民の犠牲者向けと合わせて倍増となったら、多くの国家は財政破綻してしまうだろう。つまり戦争を遂行すると国家破綻する、自滅する。よって戦争は全く意味がない、という究極の抑止力になり得るのである。

ノーベル平和センターで小野氏。唱題行脚の直前に撮影 朝日新聞の記者も現地オスロで直接田中さんに丁寧に取材をしている。スピーチのアドリブ部分に対して田中さんは、「『戦争犠牲者に対する国家補償は日本だけでなく国際的な問題でもある』として、世界全体で関心を持ってほしいという願いから繰り返したという」(朝日新聞デジタル、2024年12月12日 6時00分)。

 帰国前夜のホテルでの食事会、全ての日程を終えて私たちはくつろいでノルウェー料理を堪能した。同席した被爆2世の方から次のようなコメントが飛び出した。「私は田中さんが繰り返した言葉は、2度目は、アメリカに向けて言ったものだと信じている」―― 

原爆投下80年と核禁締約国会議

 次回筆者が田中さんと話す機会があれば、このコメントを伝えて、米国市民による原爆犠牲者追悼並びに被爆者支援基金の創設働きかけについて意見を交わしたいと思う。

 5日間の旅ではあったが筆者は数多くのことを被爆者並びに被爆2世の方から学んだ。被爆2世の方のお話も、戦後世代の2世(団塊ジュニア)にしてみれば、十二分に生々しい被爆の実相に迫る語りで、人類の悲惨な歴史の証人であると痛感した。今回のノーベル平和賞受賞をきっかけに、ノーモアヒバクシャ!の叫びは、世代を超えて人類の叡智としてアーカイブされることを確信した。

 今回日本中、世界中から集った平和を願う団体の掲げる旗の「色」は様々であった。また旗を持つ「手袋」も全部は見えないものの様々であるように感じた。しかし所属する組織は違えど平和を希求する思いは同じくして、我々は協力体制にあると信じている。またもっと数多くの宗教者が出てきて良いと思った。2025年は原爆投下80年。3月には核兵器禁止条約第3回締約国会議が開かれる。日本政府にはオブザーバーを要請したい。そして核兵器禁止運動という大きな乗り物に便乗させてもらった者として微力ながら支援を続けたい。

おの・くぎょう/1979年生まれ。富士宮市・日蓮宗富士山大乗坊住職、横須賀市・妙忍寺副住職。日本宗教者平和協議会(宗平協)事務局次長、日蓮宗立正平和の会事務局。

2025/1/1
曹洞宗2045年宗勢予測 教師数3割減の1万人 若手は5% 賦課金平均負担額15万円増 無住の墓地 東京ドーム2・5個


 曹洞宗はこのほど、20年後に迎える2045年の宗勢を予測する報告書を発表した。教師数は約3割減の約1万人となり、若手は全体のわずか約5%まで減少する。後継者不足から半数が兼務寺院となり、経済格差を背景に無住寺院の増加が見込まれる。財政は現状の規模を維持すれば、賦課金総額に対する教師一人あたりの負担は大きくなる見通しだ。

 宗務庁運営企画室が報告書「曹洞宗2045年予測」として公表した。教師数は現在(2024年)の1万5789人から約3割減の1万人程度になると予想した。

 20~30代の若手教師数は1931人から大幅に減り、全体の約5%にあたる約500人まで減少。最多となる団塊ジュニア世代をはじめ60代以上が約7割を占め、3人に2人が60代以上という高齢時代を迎える。

 教師1人が在籍中に得度授戒を行った徒弟数(得度者数)を算出した指標は0・77人に低下し、得度者数は294人から半減して約150人になるとした。

 教師数の減少に伴い、本務寺院数も1万390カ寺から約3割減の約7400カ寺に減少。全寺院数約1万4千カ寺の半数近くまで兼務・無住寺院が増える計算となる。

 現在の兼務(約3千500カ寺)・無住(約500カ寺)寺院の約8割が級階20級未満で、報告書では「経済力の低さは住職不在の恒常化や兼務住職の就任を困難にする要因ともなる。無住寺院あるいは実質的に無住の状態に近い寺院が今後増加する見通しが高い」としている。

 一方で無住寺院の合併・解散は進んでいない。2023年に合併が15件、解散が8件と過去20年間で最多だったものの、2022年の調査で無住寺院の6割が合併・解散を望んでいる状況だ。

 処分困難な残余財産が足踏み状態の要因で、無住となって5年以上経つ寺院の所有する墓地の面積は約11万7千平方㍍に及ぶという。東京ドーム約2・5個分の広さとなる。所有建物の解体費用は坪単価3万円で計算すると、約2億7千万円に上る。

 財政に目を向けると、2045年までに2~3億円の歳入縮小を見込むが、準備資金を除いた一般会計歳入歳出は43~46億円と現在からほぼ横ばいで推移すると予測。教師が減少する中で予測通り現状の財政規模が維持されれば、賦課金の負担は当然大きくなる。賦課金総額に対する教師一人当たりの平均負担額を算出すると、約15万円増え約41万円になるという。

 同室担当者は報告書に関し、「可能な限り信頼度の高い手法で検証を重ね、現実的な予測を出した」とし、「宗門の実態を把握し、将来を考えるきっかけにしてもらえたら」と話した。

 また兼務・無住寺院や低級階寺院の割合、高齢化の度合いなどは地域差がかなり見られるとし、「地域によって状況は異なるため、一概に同じ施策を適用できるとは言えない」と指摘。「今後、中長期的な視点でどんな課題に取り組んでいくべきか提案していきたい」と述べた。