8月

025/8/5
模擬原爆投下80年 恩楽寺で追悼式 長崎原爆と同型 5㌧の火薬、7人死去

門前の追悼碑には千羽鶴が供えられた 80年前の7月下旬、終戦を目前にした日本各地に「模擬原爆」が投下された。それは米軍が原爆を落とす練習のためだった―その被害を受けた大阪市東住吉区の真宗大谷派恩楽寺(乙部大信住職)で7月26日、犠牲者追悼式が営まれ、当時を知る人から小学生まで120人以上が参加した。オンラインで各地の平和団体とも繋いだ。主催は追悼実行委員会。

 1945年7月26日の朝、B29は恩楽寺付近に模擬原爆を投下、急旋回して消え去った。中身は約5トンの火薬で、7人の死者を出した。外形は長崎原爆「ファットマン」と同じ。本物の原爆を投下した時に自機が衝撃波を受けないように急旋回する練習のためだったと指摘されている。恩楽寺もこの時の爆風で柱が傾いており、現在でも敢えてその傾きを残して戦争の被害を知る助けとしている。

 3人が体験を語った。当時、小学校2年生だった山本悦子さんは空襲警報が鳴り響き、防空頭巾を被って路地で伏せると「とたんに爆風の凄い音がして、上から瓦とホコリが降り掛かってきた」。帰宅すると家の窓ガラスは全部割れていた。当時はもちろん模擬原爆とは知る由もなかったが、「戦後4、5年して何か怪しい爆弾だったという話を聞きました。数十年経ってやっと模擬原爆だとわかった」と回想。戦争は人間の尊厳を無視したものだと訴えた。(続きは紙面でご覧ください)

2025/8/1
自由な意思決定権を奪われた 宗教2世 旧統一教会を提訴 弁護団、教団の共同不法行為問う


記者会見する弁護団。前列中央が村越進弁護団長 旧統一教会(現世界平和統一家庭連合)信者の親を持つ2世の8人が24日、教義に基づく虐待などによって精神的な自由な意思決定権等を奪われたとして教団に対して総額約3億2千万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。弁護団は教団側の民法上の共同不法行為を問うとしている。同日、全国統一教会被害対策弁護団と原告の1人が都内で記者会見した。

 弁護団長の村越進氏は「2世の方が統一教会を訴えるのは初めてであり、画期的なことと考えている」と語った。訴状では、「被告(教団)が、親に対して、2世の人権よりも教義の実践を優先するよう指示した結果、2世の発達環境を著しく歪めた」と指摘。具体的には「恋愛は堕落の始まり」「統一原理に反する行動を取れば地獄に落ちる」「親や教会に背くことは神に背くこと」と教え込まれ、「人生の基礎にかかわる事柄について自由な意思決定を行うことを許さなかった」としている。

 こうした2世への人権侵害に対し、民法709条、同719条に基づいて教団の故意の不法行為を問うとしている。

 会見では、原告8人の被害は「驚くほど似通っている」とし、ネグレクトのような状況、教育環境が十分ではない、交遊・恋愛関係の制限、趣味・趣向の制限、幼少時から教義の教え込みを受ける、祝福によってさまざまな苦しみを受ける――といった事象を列挙。その上で「個別家庭ではなく、多くの問題が共通して起こっている。それを生み出している教団も教義で指導している。教団は組織的にそうした被害が生じうると分かった上で行為に及んでいることになり、法律的には共同不法行為にあたる」と説明した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/8/1
仏教伝道文化賞決定 本賞 河野太通氏・妙心寺派元管長 沼田奨励賞 雄谷良成氏・日蓮宗蓮昌寺住職 贈呈式は10月16日


河野太通氏雄谷良成氏(公財)仏教伝道協会は7月24日、第59回仏教伝道文化賞選定委員会を開催し、仏教伝道文化賞に河野太通氏(95、臨済宗妙心寺派元管長、兵庫県・龍門寺先住職)を選出した。沼田奨励賞は雄谷良成氏(64、石川県・日蓮宗蓮昌寺住職、社会福祉法人佛子園理事長)に決まった。

 仏教伝道文化賞は国内外で仏教関連の研究や論文、美術や音楽、仏教精神を基に活動する実践者など、幅広い分野で仏教精神と仏教文化の振興と発展に貢献した人物や団体に贈られる。今後の活動に期待ができる個人や団体に「沼田奨励賞」を贈呈している。

 河野氏は太平洋戦争の激戦地の慰霊、内戦地での人道支援、震災復興支援などを長年にわたり実践し、宗教者としての生き方を身をもって示してきた功績を称賛しての授賞となった。アジア南太平洋友好協会会長、花園大学学長、全日本仏教会(全日仏)会長等を歴任。ちなみに全日仏会長時には東日本大震災とそれに伴う原発事故を受けて「原発によらない生き方を求めて」とする宣言文を発表。脱原発依存を打ち出した。

 雄谷氏は特別支援学校教員、青年海外協力隊、北國新聞社勤務などを経て、祖父が創設した佛子園に戻って事業を展開。「シェア金沢」のオープン、「輪島KABULET®プロジェクト」の始動など、世代・障害・国籍の分け隔てをせず共生する福祉施設を運営。差別のない世界を目指す地道な活動が評価された。昨年元旦の能登半島地震では金沢市の自坊が被災しながら、復旧・復興活動に取り組んでいる。

 贈呈式は10月16日午前11時から、東京都港区の仏教伝道センタービルで開く。受賞者には賞状と賞金(本賞500万円、奨励賞300万円)、記念品が贈られる。
 
受賞者の声

無文老師の志継承
河野太通氏

 この度は文化賞を賜り、誠に光栄に存じます。妙心寺派山田無文老大師の志を受け継ぎ、アジア南太平洋友好協会・RACKの活動を続けてまいりました。諸仏の加護と皆様の支えに深く感謝し、今後も平和と共生のため精進いたします。


感謝の大切さ学ぶ
雄谷良成氏

 能登半島地震から1年7カ月、復旧・復興活動では人と意見を交わすことが必要ですが、色々なことに向き合っています。一番必要だと思うのは、日頃から子どもも若者も高齢者も、障害のある人もない人も、外国人も、みんなが何らかの形でつながっていること。これが災害時にも大きな力を発揮します。そして感謝をする力がある人はすごく強い。災害に遭っても「ありがとう」と言える人は周りを引っ張っていく力がある。そういう人たちと一緒に、感謝する大切さを学ぶ場になっています。今回の表彰を自分のことのように喜んでくれて、お祝いをしようと考えてくれています。

2025/8/1

次期全日本仏教徒会議 2027年秋 東京で開催
東仏賛同 全日仏70周年式典も


 東京都仏教連合会(東仏)は7月28日、台東区の浄土宗凉源寺で理事会を開き、全日本仏教会(全日仏)が2年後の2027年秋に開催を予定する「法人創立70周年式典・記念祝賀会」の一環として「第48回全日本仏教徒会議」の企画運営を行うことを決め、東京大会が内定した。東京大会は昭和58年(1983)10月、池上本門寺で行われて以来44年ぶりとなる。今後は実行委員会を作り、内容を検討していく。

 理事会には55地区仏教会から30人が出席。三吉廣明理事長(烏山仏教会)、吉田泰樹事務局長(浅草仏教会)が全日仏から東京大会開催の打診を受けてからの経緯や、60周年大会が行われた2017年の福島大会を参考にしながら予算計画について説明した。細かな質疑の後、出席者の賛同を得て大会開催が内定した。

 今後は東仏事務局・常務理事を中心にした実行委員会を組織し、仏教徒会議の方向性や具体的な内容を計画していく。また事務局は今回の理事会に参加しなかった地区仏教会に対して必要があれば説明するとしている。

 全日仏はおよそ2年に一度、加盟する全国の都道府県仏教会との共催で全日本仏教徒会議を開催してきた。今年9月5・6日に第47回大阪大会が行われる。
 
 次期大会となる2027年は全日仏の法人創立70周年と重なるため記念式典や祝賀会も開催する。全日仏からは50周年、60周年の大会が「ご縁」をテーマに行われたことを踏まえ、70周年大会のテーマも「明日へつなげるご縁の力」(案)で検討されている。開催時期は2027年10~11月頃を予定。

2025/8/1
じわり浸透 キャッシュレス 野村証券公益法人部主催 宗教法人実務者会議 物品販売に導入 トラブル減少 政府は将来的に80%目標


野村證券の塚嵜氏(左端)をモデレーターに3法人財務担当者で行われたパネル討論 野村證券㈱金融公共公益法人部主催の第2回宗教法人財務運用実務者会議が7月18日、東京・大手町の野村證券会議室で開かれた。各宗教法人から70人余りが参加し、宗教法人のキャッシュレス決済や宗教法人の資産運用について情報共有をはかった。外国人参詣者の多い観光寺社では物品販売を中心にキャッシュレス化がじわり浸透。一部の本山ではお賽銭に導入した事例もあるが、まだ手探りの状態のようだ。

 パネルディスカッション「宗教法人におけるキャッシュレス決済対応の現状と課題」には3法人の担当者が登壇。モデレーターの野村證券の塚嵜智志氏が趣旨説明を行い、「政府は総決済の80%以上をキャッシュレスにしたいとしている。2024年時点でキャッシュレス決済比率は42・8%。その中で宗教界はこれをどう考えるのか」と提起した。

 奈良・春日大社権禰宜の岩城隆宏財務部長は、「宗教とは切り離されたところに限って導入している」と述べ、2年ほど前から宝物殿と植物園の券売機、茶店に導入。「釣り銭が不要で計算間違いがなくなった。もちろん現金での対応も出来るようレジも設置している」と報告した。

 京都・清水寺の森清顕執事(北法相宗宗務長)は所属する京都仏教会の2回(2019年6月、昨年6月)にわたる声明の意図を説明し、キャッシュレスには「情報と手数料の二つの問題がある」と指摘。情報問題とは、憲法で保障されている信教の自由には「信仰秘匿の自由」も含まれ、「キャッシュレスによって第三者が知ることになる」と警戒した。

 手数料問題は、国税庁の見解ではクレジット払いの手数料に課税される可能性があった。しかし、「令和6年のガイドブックでクレジット(キャッシュレス)は非課税ですという一文が入った」と解説。宗教行為である拝観に対する料金は非課税であるべきで、その手数料が非課税だとした国税庁見解を重視したのが2回目の声明だった。

 森氏は清水寺について「段階的に納経所横の物品販売のところから始めた」と述べ、本堂拝観や御朱印には導入せず、現金としているとした。(続きは紙面でご覧ください)

7月

2025/7/28

住職が語る『敵も味方もなく尊い命』刊行 墜落B29搭乗兵を弔う


 戦後80年、住職が地域の戦争の記憶を語った証言記録『敵も味方もなく尊い命~米兵を弔い住民を救った僧侶』(A5判・20頁・価300円・日本機関紙出版センター)が、このほど刊行された。

 終戦直前の昭和20年(1945)6月5日、米軍のB29爆撃機が京都府南部・木津川の河川敷に墜落。10人近い搭乗兵の半数以上が死亡した。現場に近い浄土宗深廣寺(城陽市)の住職がいち早く駆け付け、「憎らしい兵隊かもしれないが、人は死んだら敵も味方もない」と敵国への怒りや憎しみで興奮している住民を必死になだめていたー。

 当時10歳の竹田正信・同寺前住職が目の当たりにした惨状や、「仕返しをしてはいけない」という法然上人の教えで米兵の位牌「B29搭乗五勇士英霊」を「軍に黙って」作り弔っていた父の姿、戦争がもたらす過酷な現実を証言。「寺(仏教)はどんな時も決して人に死ねとは言わない」という師父の言葉を振り返った。

 戦後、占領軍が墜落事件と搭乗兵の行方を捜査。深廣寺の本堂で軍事裁判が開かれたが、日本語と英語で書かれた米兵の位牌があったおかげで、1人も捕虜虐待の罪に問われなかったという。住民たちを救った位牌は今、死亡した米兵の関係者も手を合わせる怨親平等と平和の絆になっている。

 編集は原爆被害者相談員の会の黒岩晴子氏(佛教大学元教授)。綴喜京田辺戦争展実行委員会の北村武弘氏が協力、遊友画会の西村公一氏が挿絵を添えた。黒岩氏は、「世界の平和をめぐる情勢はますます厳しくなっています。戦争体験者の方々の後世への伝言をしっかり受けとめたいと思います」と述懐。竹田前住職は、「世界のどこの国の人々も子どもたちも、皆が平和で安全に生きていくことができるよう願います。ウクライナやガザでの戦闘の終結を祈って!」とのメッセージを寄せている。

2025/7/25
第47回全日本仏教徒会議大阪大会に向けて 『無量のいのち』空襲から平和を考える 戦争はしてもさせてもいけない


空襲の激しさを伝える竹林寺の「焼け地蔵」 日本中の仏教徒が集い、釈尊の教えを鑽仰して仏国土建設を目指す全日本仏教徒会議。第47回となる今年は全日本仏教会(全日仏)と大阪府佛教会(府佛)の共催により、9月5・6日の両日に大阪市のホテル日航で開催される。テーマ「無量の『いのち』―すべてのいのちを慈しむ」には真実のいのちの平等性を仏教から考える意味を込めている。もちろん慈・悲・喜・捨の四無量心が背景にある。

 会議初日には、伊藤唯眞・全日仏会長(浄土門主)を大導師とし、戦後80年の全世界物故者追悼慰霊・世界平和祈願法要が営まれる。伊藤会長は滋賀県出身の94歳。学徒動員で働いていた兵器工場が滋賀空襲で壊滅した体験を持ち、平和を願う気持ちは強い。「必要なのは、いのちを尊重するという人間の基本に立ち返ること」だと、かつて浄土宗平和協会30周年大会で語っている。

 村山廣甫・府佛会長(全日仏副会長/豊中市曹洞宗東光院住職)は81歳で、大阪空襲の体験者だ。天王寺区の吉祥寺に住んでいた赤ん坊の頃に母親の背中で、油脂焼夷弾が燃え上がり寺が焼けていくのを見たことを記憶している。昨年11月の大阪府佛教徒大会では「戦争はしてもいけない、させてもいけない。そのために宗教家ができることは祈りです」と呼びかけた。釈尊の「殺すなかれ、殺さしむるなかれ」(ダンマパダ)の教えは、全仏教徒共通のものだろう。

 「焼け地蔵」が問う

 こうした両会長の平和への強い願いもあり、仏教徒会議ではピースおおさかの協力を得て平和パネル展が開催される。戦争体験者の思いを、戦後世代、さらには平成・令和世代に伝えていく一助となるだろう。そのピースおおさかでは今年3月から7月13日まで、「大阪空襲」展が開かれていた。昭和20年(1945)3月から8月にかけ8回の大空襲で、およそ1万5千人が死亡。人間だけでなく建造物被害も甚大で、同展でもいくつかの寺院について解説されていた。

 そのうちの一つが、二上寛弘・府佛事務局長の自坊である高野山真言宗釈迦院(港区)。元は難波津にあったが6月1日の第2次空襲で全焼しており、昭和27年(1952)に現在地に移転した。いわば存在そのものが戦争を伝えるお寺だ。

 浄土宗竹林寺(西区)も空襲展で解説されていた寺院。墓地にある「焼け地蔵」は煤で真っ黒な痛々しい肌をしており、空襲の激しさを如実に伝える。手に持っていたはずの錫杖は鉄製だったため、溶けてなくなったという。「戦争の頃はお寺に防空壕を掘っていたそうです。それでも境内は全部焼けてしまって、阿弥陀さま(本尊)だけはなんとか守ったと伝わっています」と寺族の保阪濱子さんは話す。

 大阪の寺院にこうしたエピソードは事欠かない。仏教徒会議で展示を見た人が体験や、復興の道のりなどを語り合う場面もあるかもしれない。(続きは紙面でご覧ください)

2025/7/25
ヒロシマ・ナガサキを繰り返すな! 日本山妙法寺 平和行進を開始


展示された第五福竜丸の隣で行われた出発式 日本山妙法寺は12日、核兵器廃絶・世界平和を祈念して広島・長崎へと歩む平和行進を開始した。原爆が投下された8月6日に広島、同9日に長崎で平和祈念法要を行う。東京都江東区の都立第五福竜丸展示館での出発式では約30人が集い、平和への思いを新たにした。

 出発式で同寺の武田隆雄氏は「南無妙法蓮華経を唱えて平和行進を務めることは、日本山妙法寺のお師匠さまの誓願であり、私たち一人ひとりの誓願です」と述べ、「広島長崎で無残に亡くなられた方々を思い起こして少しでも祈っていただきたい」と話した。

 同館を管理する(公財)第五福竜丸平和協会の市田真理事務局長は「広島・長崎、ビキニ事件は過去のことではなく、今現在の私たちの命に直結する話です。私もここで解説をしながら、共に学ぶ毎日です。皆さんの非暴力の戦いが私たちにもつながっていると確信しています。安全に行って来てください」と激励した。

 当日は、米国NPO「Manabi Alliance」の体験学習に参加するワシントン州公立学校の教員7人が米国によるビキニ環礁の水爆実験で被ばくした第五福竜丸が保存されている同館を訪問。非暴力の平和への取り組みを見学したいと出発式に参加した。

 ワシントン州は長崎・広島に投下された原爆やB29爆撃機が製造された州で、参加した教員の中にはこれから酷暑の中で行進する僧侶らを見て涙を浮かべる人もいた。

 平和行進は、1958年から毎年実施。団扇太鼓を持ち撃鼓唱題しながら東京から岡山、広島、長崎までの道程を歩く。参加者は「ヒロシマ・ナガサキを繰り返すな!」と書かれた横断幕を手に出発し、平和を願う旅路の一歩を踏み出した。

2025/7/25
天台宗一隅運動 新会長に杉谷義純門主 利他の精神で学びながら活動


 『生命(いのち)・奉仕・共生』を実践三つの柱とする天台宗の一隅を照らす運動。一人ひとりが「自身の置かれた環境で全力を尽くす」社会啓発運動であることから、「ポストにベスト」とも言われる。その理事会が9日、滋賀県大津市の天台宗務庁で開かれ、第12代会長に杉谷義純氏(妙法院門跡門主)が選任された。任期は同日から4年間。杉谷新会長(82)は就任会見で、「利他の精神が一番大事。新たな社会問題が次々と起こる現代、我々は学びながら活動していかないといけない」と表明した。

 杉谷会長は、一隅を照らす運動が発足した昭和44年(1969)から現代までを概観。「発足当初は高度経済成長で物質的に豊かになった反面、物を粗末にするような時代になりつつあった。〝物で栄えて心で滅ぶ〟、そんな日本になってはいけないという危機感があった。現代は非常に閉塞感がある。〝自分の居場所がない〟など、生きづらさを感じている人が多い時代だ」と述べた。

 この〝生きづらさ〟は、どこから来るのか。「居場所がなくなるとは、他者との心の交流ができていない状態のこと。社会との繋がりの断絶だけでなく、家庭内でも起こっている」と指摘し、「一隅を照らす運動は、利他の実践そのもの。(〝生きづらさ〟を解消するには)お互いに利他の精神で生きていかないといけない」と明示した。(続きは紙面をご覧ください)

2025/7/25
大本山總持寺 み霊祭りに7万人超 6年ぶりに花火が復活


やぐらに上った修行僧の掛け声で盛り上がった盆踊り 横浜市鶴見区の曹洞宗大本山總持寺で18~20日、恒例の「み霊祭り」が行われた。6年ぶりに打ち上げ花火が復活し、夜空を彩った。3日間に訪れた住民ら計7万人超が修行僧とともに盆踊りなどを楽しんだ。

 み霊祭りは戦後の1947年に住民らを勇気づけようと始まり、横浜大空襲(1945年)や旧国鉄鶴見事故(1963年)の犠牲者の慰霊も続けている。今年で75回目。境内には多くの露店が並び、浴衣姿の家族連れら住民たちが夏の夜を過ごす憩いの場にもなっている。

 コロナ禍の中断を経て、今年は6年ぶりに花火が復活した。最終日の20日に、大祖堂裏から打ち上げられた花火が色鮮やかに境内を照らし出した。中日の19日には渡辺啓司監院を導師に万灯供養と施食の法要があわせて執り行われ、向唐門へ続く参道は行灯の明かりに包まれた。

 3日間を通して大駐車場では盆踊りが行われた。み霊祭りは總持寺の修行僧でつくる「三松会」が運営し、やぐらの上でマイクを握るのも修行僧。盛り上げ上手な僧侶の掛け声で、参拝者たちは總持寺の盆踊りではお馴染みの「一休さん」や「ひょっこりひょうたん島」の曲にあわせて踊った。

2025/7/22
〝二世の声、残さないと大変なことに〟 瓜生氏、統一教会問題考えて


二世信者と対話を重ねた瓜生氏 真宗大谷派僧侶でカルト対策に取り組む瓜生崇氏が『統一教会・現役二世信者たちの声』を法藏館から出版した。瓜生氏は6月27日、京都市下京区の法藏館でトークイベントを行った。

 霊感商法など長年の所業を問題視する瓜生氏だが、「安倍首相銃撃事件は統一教会がやったわけではない、山上徹也さんがやったこと」だと確認。銃撃事件以後にインターネットで流れる統一教会論は「ほとんどヘイト」だと思ったという。

 カルトからの脱会支援やを続けてきた瓜生氏は、カルトの信者一人ひとりは普通の人間だとした上で、統一教会に対するメディアの報道・評論は、「中の人たちの顔が見えていないのではないか」と指摘。信者の全員がマインドコントロールされて騙されている被害者だとする見方は行き過ぎだと懸念を示した。

 そうした考えを一昨年、毎日新聞に発表したところ、二世信者からアプローチがあった。「無視するわけにもいかない」ので自坊の玄照寺(滋賀県)で面会。「めっちゃ明るい」と驚いたというが、話は盛り上がり「こういう人たちの自然な声をどこかで残さないと大変なことになる」と思ったことが、出版につながった。「お前たちはカルトだから悪い連中で、脱会するのは正義だ、という態度で相手が脱会することは100%あり得ない」とし、カルトの信仰に入った理由を知り対話することが必要だとした。(続きは紙面をご覧ください)

2025/7/22
日本仏教看護・ビハーラ学会 第21回大会「山谷まちあるきツアー」実施
高齢化進む路上生活者たち 墓友意識が生む連帯感 ケアの歴史と文化に触れる


光照院境内の「あさくさ山谷光潤観音菩薩像」を安置するお堂。墓友の参拝が絶えない 日本仏教看護・ビハーラ学会(今井洋介会長)の第21回大会は6月28・29の両日、東京・下町の南千住回向院(荒川区)と浅草寺(台東区)を会場に行われた。初日午前には、エクスカーション(体験型見学会)「山谷まちあるきツアー」が企画され、30人超が3コースに分かれ、高度経済成長を影で支えた日雇い労働者たちが居住する山谷・浅草の「地域ケア」を学んだ。この地域で炊き出しや夜回り支縁を行っているひとさじの会(社会慈業委員会)が協力。

 江戸時代、小塚原処刑場だった地に建つ回向院。境内には吉田松陰や幕末の志士たちが眠るお墓が林立。なぜかプロレス界で名を馳せたカール・ゴッチのお墓まである。

 隣接する延命寺も刑死者を弔う浄土宗のお寺だが、同寺には首切り地蔵尊と「南無妙法蓮華経」と刻まれた題目塔が建つ。題目塔は元禄11年(1698)に寄進され、宗派を超えた信仰がうかがわれる。

 泪橋交差点を渡ると台東区に入る。簡易宿泊所が並ぶ、いわゆるドヤ街。山谷と呼ばれる地域である。一日2100~2200円ほどで宿泊できる。NPO法人「ふるさとの会」が運営するホテル三晃は日常生活支援住居施設で、一人暮らしが困難な高齢者や障がい者などを受け入れている。

 ふるさとの会は台東区、荒川区、墨田区、新宿区に全26カ所の事業所を持ち、就労支援から訪問介護、給食サービスにいたるまで多岐にわたる活動を展開している。

 その先には無料診療所を運営するNPO法人「山友会」、ホスピスケア施設のNPO法人「きぼうのいえ」がある。30度を超える真夏日にもかかわらず、山友会前のベンチには利用者たちが談笑中だった。きぼうのいえはキリスト教系ではあるが、礼拝堂ではキリスト教と仏教の祈りが捧げられている。

 さらに進むとひとさじの会の拠点(事務局)、浄土宗光照院(吉水裕光住職)がある。副住職の吉水岳彦氏は同会事務局長で、今回のエクスカーション企画に携わった。チベット風の五色の仏旗が荘厳され来訪者を迎え入れた。墓地の一画に「あさくさ山谷光潤観音菩薩像」を安置した施設がある。“慈愛の光で心を潤わせ、共にやわらかく生きていることを願い”、そう名付けられた。

 特徴的なのは観音像の胸にキリスト教のシンボルであるロザリオと仏教を示す菩提樹の実が飾られていることだ。同時にここは自死者や路上生活者支援団体に縁のあった人たちも納骨されている。超宗教の祈りの場であり、墓友として残された者が先人を偲ぶ場でもある。(記事全文は紙面をご覧ください)

2025/7/17
大谷専修学院問題 教職員5氏、京都地裁に提訴 現場復帰求める「真心の闘いになる」


 真宗大谷派が運営する教師養成機関・大谷専修学院(全寮制・1年間/京都市山科区)での「不当な人事異動」をめぐって、男性教職員2人が宗派を訴えた地位保全仮処分命令申立事件。京都地裁が3月27日に配置転換命令と自宅待機命令を「人事権の濫用」「違法無効」とする決定を出したが、宗派側は不服申立を行う姿勢を見せて従っていない。そのため同じく配転命令を受けた3人が新たに加わり、教職員男女5氏(30~40代)が原告となって、専修学院への現場復帰を求める本裁判を10日に提起した。

 同日、訴状提出後に京都地裁内で原告4氏と代理人の塩見卓也・諸富健両弁護士が会見。弁護士が、「大谷派は仮処分決定の後も4月1日付の2氏への配転命令を保留したまま自宅待機命令を継続し、3氏には不当な配転を行っている」と現状を説明。「配転・人事異動、自宅待機命令が違法であることの確認と共に、慰謝料の請求を求めて提訴した」と述べた。(続きは紙面をご覧ください)

2025/7/17
智山派総本山智積院 吉田化主が初登嶺 仏教が世界平和の力に


入退山の時のみ開く総門から入山した吉田化主 京都市東山区の真言宗智山派総本山智積院で8日、吉田宏晢(こうせき)第73世化主(同派管長)の初登嶺(入山式)が営まれた。吉田化主(90)は諸堂参拝後の講堂での就任式で、「弘法大師と興教大師、釈尊の教えが世界の人々を救う大きな力になる。これでなければ世界は平和にならない」と力強く垂示を述べた。

 吉田化主は午前9時、宗内要職者や自坊宥勝寺(埼玉県本庄市)の法類寺院住職、埼玉第九教区住職、智積院関係者、自坊役員ら約150人の出迎えを受けて化主の交代時のみ開かれる総門から入山。智積院の三神栄法寺務長(同派宗務総長)と大本山成田山新勝寺の岸田照泰貫首から花束を受け取り、境内を進んだ。金堂をはじめ明王殿、大師堂、密厳堂など諸堂を参拝。弘法大師・興教大師・歴代先師に初登嶺を奉告した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/7/17
全一仏教運動 戦中から戦後へ ある造語の変遷<上・戦中編> 国策 宗教統制協力への意味が 大竹晋(仏典翻訳家・宗教評論家) 


 全一仏教運動とは全日本仏教会定款に出る語で戦後伝統仏教復興のキーワードである。ただし、この語は支那事変(日中戦争)以降の戦中に宗門にこだわらない自由仏教人によって使用され、戦後に彼らによって再利用されたものであった。

椎尾弁匡
(1876―1971)

 昭和13年(1938)1月9日、椎尾は支那事変視察に飛び(『教学新聞』昭和13年1月11日3面)、24日、帰国し(同紙1月22日2面)、29日、銀座スエヒロで「北支の現状を聴く会」を開いた(同紙2月1日1面)。その時、彼は新支那仏教工作すなわち仏教による対中宣撫工作の方途として仏教全一運動を語った。

「仏教全一運動といふことが云はれる。誰いふとなき時代精神の叫びである。私が之を始めて聞いたのは、椎尾博士が事変震央地への使から還つて、新支那仏教工作の方途を語られた際の用語であつた必ずしも彼博士の造語とも考へぬこう云ふ時代指導のスローガンは誰が云ふた彼がいふたといふ穿鑿立ては無用である」(浜田本悠「全一仏教運動の立場(一)」、同紙2月26日1面。続きは同紙2月27日、3月1日、2日、4日、5日、6日各1面)

浜田本悠
(1891―1971)

昭和14年(1939)、浜田は自由仏教人の宗教的雰囲気を全一仏教と呼んだ。彼は全一仏教を国策である宗教統制に呼応させて語った。

 「そこでこう云ふ、幾分かづゝ宗門からの脱走者と云ふか、そう云ふ者の間に、知らず知らず連絡が取られ、一つの紐帯が出来て来る。こうした団体に、心ある宗門人も加はつて吾が日本社会に一沫の宗教的雰囲気を醸し出して居るのが、全一仏教とも称せらるゝ者である」(浜田本悠「全一仏教と各派仏教――心ある宗門人に寄す――」、『仏教思想』昭和14年10月号25頁)

 「国家の有機的統一が高度化すればする程、雑多の宗教思想は統制せられやうとする。その時代精神の波に乗つて渡つて来た達磨が即ち吾々の時代の全一仏教である」(同26頁)(続きは紙面でご覧ください)

2025/7/17
七月一日「花岡事件」80年
大館・信正寺で慰霊祭 元華人労工の娘も参加 事件発生「6月30日」説は誤り
報告=金子博文(七月一日「花岡事件」慰霊供養の集い実行委員会)


信正寺本堂の裏側にある中国人殉難者供養塔前で記念撮影 さる7月1日と2日、秋田県大館市花岡町にある曹洞宗信正寺で、19人が参加して慰霊祭が行われた。「七月一日『花岡事件』慰霊供養の集い実行委員会」(代表・石飛仁)が主宰し、信正寺の蔦谷家住職三代目の蔦谷達徳師の協力を得て実施した。

 慰霊祭には40年近く石飛仁との交流がある張兆梅と妹の張兆蓮が初めて参加。姉妹は鹿島組花岡出張所に「華人労工」として連行された張肇国の娘である。また、中国等との友好親善をすすめる(一社)国際善隣協会の井出亜夫会長、花岡事件裁判和解の偽りの実情をともに明らかにしてきた上海交通大学の石田隆至副研究員や明治学院大学の張宏波(チャンホンボ)教授も参加した。

 戦時中、大日本帝国は英米との総力戦遂行に必要な物資が極めて不足。戦況の激化・拡大とともに軍事物資を生産する労働力が払底。その穴埋めとして政府は閣議決定により中国人(「華人労工」)を日本全国35企業の135事業所に移入した。その一つ鹿島組(現・鹿島建設)花岡出張所の飯場「中山寮」の中国人約800人が飢えや虐待や苛酷な労働に耐えかねて蜂起したのが「花岡事件」である。

 蜂起の鎮圧過程で推定約80人が死亡。花岡出張所に送り込まれた中国人986人のうち、戦後中国に帰国するまでに419人が亡くなっている。この中国人死者を慰霊供養するため1997年に始めたのが、7月1日の慰霊祭である。

 今年は1945年に起きた「花岡事件」から80年。1997年の第1回以後、毎年7月1日に行い、途中コロナ感染拡大による中止を余儀なくされたが、今年で25回目となった。

 この慰霊祭はなぜ「七月一日」なのか。

 それは「花岡事件」の発生日として戦後言い伝えられてきた6月30日は間違いで7月1日が正しいと判明したからだ。

 記録作家の石飛仁が長年にわたり「花岡事件」の調査研究の結果、確定した〝事実〟だった。それは埋没・秘匿されていた一級資料を入手し、事件関係者を訪ね歩いて探し出し、直接証言を記録するという地を這うような努力の成果なのだ。(続きは紙面でご覧ください)

2025/7/15

都の火葬料高騰問題
公営火葬場設立求めて 東葬協が区議会に要請


 6月23日に行われた東京都仏教連合会の総会・研修会で、都内の火葬場を運営する㈱東京博善の高額な火葬料問題が取り上げられた。昨年に続いて東京都葬祭業協同組合(東葬協)の濵名雅一理事(㈱オリハラ=墨田区)が報告した。

 公共性が高い火葬事業は基本的に自治体が火葬場を運営し、一般的に住民は無料か1~2万円程度で火葬できる。しかし東京博善が運営する23区内にある6カ所の火葬場では値上がりが続き、現在は9万円まで上昇。先日の東京都議選の前には産経新聞でも高騰する火葬料の問題が取り上げられた。

 濵名氏は都議会や各区議会を回って公営火葬場を設立するよう働きかけているとし、「特に区議会の半分位には理解いただき、議会で論議を交わしてもらっている。火葬場を作るにはどうしたらいいか真剣に考えるところまで来ている区もある。最終的に不利益を被るのは区民、都民。党派を超えて取り上げていただいている」と進捗状況を話した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/7/10
インド最高裁 7月29日最終審理 提訴から13年、ブッダガヤ大菩提寺管理権を仏教徒の手に 原告は佐々井秀嶺師 南天会、全日仏に申入書提出


南天会の佐伯氏(右)から全日仏の富岡国際部長に申入書が手渡された ブッダ成道の聖地であるインド・ブッダガヤ大菩提寺の管理権返還を求めてインド国籍の佐々木秀嶺師がインド最高裁に提訴しているが、今年5月、インド最高裁が7月29日を最終審理日とし、延期はしないと通告。これを受け6月30日、佐々井師を支援する南天会や在日インド人仏教徒らが東京・芝の増上寺会議室で集会を開くと共に、申入書を全日本仏教会(全日仏)に提出した。

 集会では、南天会事務局の佐伯隆快氏(真言宗醍醐派僧侶)が佐々井師の運動と連動した裁判の概要を報告した。1949年施行のブッダガヤ寺院法は管理委員会9名の内、インド国籍のヒンドゥー教徒と仏教徒は各4名だが、管理委委員長となるガヤ地区長官はヒンドゥー教徒と規定され、実質的にはヒンドゥー教徒が優位となっている。

 佐伯氏は「インド憲法を起草したアンベードカル博士が1956年、ナグプールで仏教に改宗し、それからインド仏教徒は増え続けている。そのインド憲法には、憲法制定以前の法律を審査する違憲審査制がある。ブッダガヤ寺院法は1949年の法律であり、インド憲法に反するのではないかと訴えている」と述べ、裁判の根源にアンベートカルの精神があると解説した。

 佐々井師は1992年からブッダガヤ大菩提寺の返還運動を開始。2012年にはブッダガヤ寺院法の無効をインド最高裁に提訴。南天会は日本国内で裁判費用を集め送金してバックアップ。2018年には全日仏に最初の申入れをしたものの、進展はなかった。

 7月29日がインド最高裁の最終審理日だが、佐伯氏は「この日すぐ判決が出るのか、別の日に出るかわからないが、良い状況にあると思っている」と手応えを語った。(続きは紙面でご覧ください)

2025/7/10

WCRP円卓会議 行動・平和構築・生命尊重・赦し― 東京平和プロセス推進


円卓会議に参加した宗教者ら(1日) 世界宗教者平和会議(WCRP/RfP)国際委員会、同日本委員会、国連文明の同盟(UNAOC)三者による第3回東京平和円卓会議は紛争地域のロシアとウクライナ、ミャンマーをはじめインドやトルコなど12カ国から約120人が参加(オンライン含む)し、1日から3日まで都内のホテルで開催された。中東情勢の急激な悪化によりイスラエルとパレスチナの宗教者は参加できなかったが、宗教者の行動を強く促す「東京平和プロセス」の推進を確認し合った。

 ロシアによるウクライナ侵攻から7カ月後の2022年9月に紛争当事国の宗教指導者が東京に参集し、1回目の円卓会議が開かれた。2回目はハマスがイスラエルを攻撃し双方の応酬から4カ月後の2024年2月に開かれ、イスラエルとパレスチナの宗教指導者も出席した。

 今回は、「戦争を超え、和解へ」をテーマに「ロシア・ウクライナ」「イスラエル・パレスチナ」「ミャンマー」の3紛争地域に絞って準備を進めてきたが、直前にイスラエルとイランの紛争が勃発した。そうした中で迎えた円卓会議の開会式で、日本委の杉谷義純会長(天台宗)は暴力が増大し、多くのいのちが犠牲になっている世界情勢を憂いながら「このような悲劇を一刻も早く止め、人々が平和と安心のうちに生きていく世界の実現を目指すのが、この東京平和円卓会議の目的である」と明言した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/7/10
日蓮宗 沖縄と広島で終戦80年法要


炎天下の中、祈りの題目を唱えて行脚する青年僧 日蓮宗では、終戦80年の節目の今年、各地で戦没者を追善供養する法要を営んでいる。6月5日、東京都大田区の大本山池上本門寺(貫首=菅野日彰管長)で宗門法要を執り行ったのを皮切りに、沖縄(23日)と広島(30日)で戦争犠牲者の慰霊と平和への祈りを込めた法要が厳修された。

 沖縄戦の犠牲者を悼む「沖縄慰霊の日」の6月23日、沖縄県那覇市の日蓮宗琉球山法華経寺(伊東政浩住職)で田中恵紳宗務総長を導師に立正平和祈念法要が営まれた。約150人の青年僧による慰霊行脚も行われた。法要や行脚に日蓮宗だけでなく全日本仏教青年会(全日仏青)や世界仏教徒青年連盟(WFBY)も加わり、沖縄から宗派を超え、世界の仏教徒と連帯して慰霊と平和の祈りを発信する機会となった。

被爆証言者として講演した廣中氏 広島県広島市の本山國前寺(疋田英親貫首)で6月30日、広島県宗務所(鹿内要秀所長)管内の寺院・檀信徒でつくる護法会の広島原爆死没者追善供養並立正安国世界平和祈願法要が厳修され、270人が参列した。法要後は導師を務めた田中総長らが檀信徒と共に平和記念公園で原爆死没者慰霊碑に献花、供養塔で焼香した。
 
 法要に先立ち、東京での宗門法要でも講演した福山市妙法寺の総代でNPT(核拡散防止条約)再検討会議派遣団の一員を務めた廣中正樹氏(86)が被爆体験を話した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/7/10
能登・大本山總持寺祖院 高円宮妃久子さまが参拝 お手植えの木が復興の希望に


鋤を手に渡辺監院とともに植樹された久子さまと承子さま 高円宮妃久子さまと長女承子さまが1日、能登半島地震被災地の石川県輪島市と七尾市を訪問され、被害を受けた曹洞宗大本山總持寺祖院(輪島市)も参拝された。境内では「ヤマボウシ」をお手植えされ、復興の希望となるよう願いが込められた。

 昨年の太祖瑩山禅師700回大遠忌の際に大本山總持寺(横浜市鶴見区)に参拝されたのに続いて、祖院に足を運ばれた。

 門前町の住民たちが久子さまを出迎えた。植樹されたのは山門をくぐってすぐの放生池のほとり。大本山總持寺の渡辺啓司監院とともに久子さまと承子さまが鋤を手に土をかけられた。焼香された大祖堂へ向かう参道では、被災を気に掛けられ被害や復興の状況について聞かれたという。

 渡辺監院は「大きな被害を受けた開山の地をお見舞いくださり、大変ありがたいことです。門前の人たちにとっても励みになったと思います。お手植えの木が復興の希望となるよう願っています」と話した。植樹には花を咲かせる木が選ばれた。

 祖院は2007年の能登半島地震で被災。14年かけて復興を遂げたが、昨年の地震でも建物41棟すべてに被害が及んだ。昨年末に国登録有形文化財の大祖堂や仏殿、山門、回廊、経蔵など16棟が重要文化財に指定され、復興に弾みがついた。

 現在、2034年春の工事完了を見込む復興計画を進めている。4月には通常拝観を始め、修行僧の受け入れ再開も目指している。

2025/7/7
提言 今こそ考えるべき 介護事業とお寺の親和性 上田二郎・税理士兼僧侶(元マルサ)


 葬儀の省略化が止まらない。筆者は通夜の省略化は必ず葬儀の衰退を招くと警鐘を鳴らしてきたが、もはや都内の斎場では通夜がない葬儀プランが主流になり、いよいよ寺院は消滅の危機にあるように思える。

 税理士である筆者の目線からすると、観光や祈祷で潤う一部の大寺院以外の檀家寺に明るい展望は見えない。それでも檀家がある限り、そう簡単に廃寺にする訳にもいかず、次世代に継承させることもできずに頭を抱えている住職も多いのではないだろうか。

 宿坊経営やホテルと一体化した本堂の建立などは、立地条件が良い極めて限られた寺院にしかできない。副業で寺院を支えるなどとは簡単に言えるが、サラリーマンになってもいつ葬儀が入るか分からず、自由に休暇を取れるような会社があるのか。リモートワークの副業で稼ごうにも、仏教系の大学卒の僧侶にそのスキルがあるのか。

 そもそも副業で伽藍を維持するのは不可能で、檀家離れが進む現状に本堂の修繕費などの勧募金は期待できず、多くが伽藍の朽廃とともに消滅していく運命なのだろう。

 日々悩みながら筆者が考えた寺院の生き残り策の一つは介護施設の運営だ。すでに実践している寺院もあるが、大きな寺院が中心になって介護施設を運営し、近隣寺院の後継者などを雇用すれば若手僧侶も利用者と日常的に接することができ、ホスピタリティーなど僧侶としてのスキルを活かすことができる。

 そうは言っても介護施設の運営は簡単ではない。地域によって通所介護型と訪問介護型のどちらが良いのかなど、マーケティングを怠れば倒産する。(続きは紙面をご覧ください)

2025/7/3
曹洞宗宗議会 再開発でコンサルと契約 費用に補正予算5千万円 倫理規程案は継続審査


演説する服部総長 曹洞宗の第147回通常宗議会(小林孝道議長)が6月23~27の5日間、東京・芝の檀信徒会館で開かれた。東京グランドホテルの跡地再開発で、服部秀世宗務総長はプロジェクトマネジメントを担当する企業インデックスコンサルティング(東京・虎ノ門)と業務委託契約を結んだと発表した。契約の費用として5千万円の補正予算を組んだ。

 東京グランドホテルは老朽化や業績不振により2027年3月末をめどに閉業する方針で、宗務庁分館など周辺の土地を含め所有不動産の再開発計画を進めている。

 服部総長は、インデックス社は内局が推薦した3社の中から選ばれ、6月の責任役員会で契約が承認されたと説明。「曹洞宗所有不動産再開発推進委員会」の委員に加わり、同月に最初の意見交換を行った。契約の費用として、同委員会の予算を5千万円増額する補正予算案が提出された。

 服部総長は今後について「ホテル事業の廃業時期を含め、適宜修正を加えることも視野に入れ、再開発を推進していきたい」と話した。(続きは紙面でご覧ください)

2025/7/3
東京都仏教連合会総会 新会長に増上寺の小澤法主 防災協定の報告も 


挨拶する小澤会長 東京都仏教連合会は6月23日に浅草ビューホテル(台東区)で総会を開催。令和7年度から新会長に小澤憲珠・浄土宗大本山増上寺法主が推戴されたことが報告された。任期は2年間。休止状態だった荒川区仏教会の再発足も報告された。

 総会に出席した小澤会長は自坊の極楽寺が八王子市にあり、前々会長の山田一眞氏(高野山真言宗金剛院)と「親しくお付き合いをさせていただいた」と述べ、「会長の責務をお引き受けすることになったが、皆さま方のお導きをいただきながらお務めしたい」と抱負を述べた。

 総会では令和6年度の事業・決算報告等を承認。令和7年度の事業計画・予算報告も承認された。

 その他、島田昭博氏(本郷)が東京都と東京都宗教連盟(都宗連)が今年4月28日に結んだ防災協定締結について報告。防災力向上のための連携協力に関する防災協定で、宗教法人が災害時の一時滞在施設や避難所、緊急車両の駐車スペースなど、どういった支援ができるか情報提供を行い、今後詳細を決めていくと説明した。

2025/7/3
第42回韓日・日韓仏教文化交流大会 「持続可能な交流」目指す
釜山市・梵魚寺 2年後、第1回大会から半世紀 「因陀羅網」で共生和合


法要会場に向かう眞愚会長(右)と藤田会長 第42回韓日・日韓仏教文化交流大会が6月17日から20日まで、韓国・釜山の曹溪宗梵魚寺で開催された。2年後に交流50年を迎えることからテーマを「韓日・日韓仏教交流、新たな50年に向けて―持続可能な交流」とした。挨拶や学術講演会などでは過去を踏まえつつ未来を展望する発言が多数寄せられた。共同宣言では国交正常化60年にあたり、民間交流組織としての両国仏教の役割を再確認した。主催の韓日仏教文化交流協議会(眞愚会長・曹溪宗總務院長)から約120人、日韓仏教交流協議会(藤田隆乗会長・川崎大師平間寺貫首)から約40人が参加した。

 中心的行事は18日。午前は梵魚寺大雄殿前で世界平和祈願法会が営まれた。両国挨拶では、眞愚会長は華厳経の「因陀羅網」を引き合いに、「韓日仏教交流の今後50年は、この因陀羅網の真理を悟り全てが共生と和合の道へ進んでいかなければならない」と述べた。一方、藤田会長は不穏な世界情勢を俯瞰した上で、「両国仏教界が未来を見据えた交流のあり方を模索し、現代社会を永く善導するべく意見を交わす好機」と今大会を位置付けた。

 法要後、全日本仏教会の伊藤唯眞会長(浄土門主)の祝福メッセージを日谷照應理事長が代読。「世界平和に対する仏教の役割は大きいものがある」とし、両国仏教徒の活動に期待を込めた。(記事全文は紙面をご覧ください)

2025/7/3
念仏と笑い声でナムアミダブツ 巣鴨・眞性寺で百万遍大念珠供養


16㍍の大念珠を回して無病息災を念じた 〝おばあちゃんの原宿〟東京・巣鴨地蔵通り商店街の夏の風物詩、百萬遍大念珠供養が6月24日、江戸六地蔵尊の真言宗豊山派眞性寺(鳥居幸譽住職)で営まれた。参拝者が車座になり、鉦の音に合わせて「ナームアーミダーブツ」と大合唱し、直径16㍍に及ぶ大念珠を繰りながら無病息災を祈願した。

 地蔵菩薩坐像前で法要を営んだ後に、大念珠が参拝者の前に運ばれた。鳥居住職が「「心配されていた雨の心配もなくなりました。皆さまのご祈願も叶うと思います」と挨拶。諸願成就を祈願し、鉦を打ち、お念仏を称え、これを合図に大念珠回しがスタート。上下に揺らしながら念珠を回し、ご利益があるという大念珠の白い大房が回ってくると、参拝者は不調のある身体の部位などに当てがって祈願。徐々にお念仏を唱和するボルテージが上がり、夏本番のような暑さのなか、汗をかきながら大念珠を回した。

 大塚から来た60代の女性は巣鴨のお地蔵さんを縁に仲良くなった女性の誘いで初めて参加。近くに座った初対面の参拝者と笑い声をあげながらお念仏三昧。「すごく楽しかった」と笑顔で汗をぬぐっていた。

 鳥居住職は「梅雨時期で、今日も雨が降っていましたが、いつも法要の時には晴れ間がでる。お地蔵様の霊験を実感します」と話した。百万遍大念珠供養は江戸後期に始まった伝統行事。コロナ禍では法要のみ行い、念珠回しは中止していたが2023年に再開された。